[[前回へ>漆黒の双頭第7話:蒼の貴重な経験]] 作者……[[リング]] #contents **第一節 [#ab55de01] 僕は日記のページを次々とめくっていく。エーフィに喧嘩売った後は、特に何事もなく旅をしていただけだから、あまり読むべき内容ではないみたいね。 ああ、あったあった。サブタイトルは『漆黒の双頭結成!!』 「今も続いているんだ……まだまだ、歩き続けなくっちゃね」 僕はそのページを開き、思わず笑みを浮かべていたんだと思う。 ・ ・ 「はぁ、雪と見紛う石英のかけら達に覆われた白き砂漠。太陽を照り返すその眩しさは、新月の夜さえも満月に変え、満月の暗がりを幻想に変える。 其の先、暗きを&ruby(てい){呈};すが定石の洞窟さえも、様々な鉱石が岩盤より出でて、光り、色どり、織りなす美しき光の芸術。それは正しく、無機質でありながら荘厳な花畑の如く、僅かに差し込む光を喰らうことなく照り返すは天然の照明。 ああ、息を呑む音、心臓が鼓動を刻む音、砂利を踏む音、一挙一投足に耳を&ruby(そばだてる){欹てる};この感覚に酔いしれられるはこの地に訪れた者の特権か。ああ、素晴らしきかな素晴らしきかな」 水晶の洞窟へ向かう途中のレアスは、一面が石英(水晶)で構成された美しい砂漠を抜け、其の先にある水晶の洞窟、さらに奥地の大水晶の道へと足を踏み入れていた。 最深部のそこは、これまでの道のりよりも遥かに美しく、水晶でできた床に壁に……と、まるで透明な氷が一面に張り出されたような輝きを誇っている。 この水晶の洞窟の奥地――水晶の湖にはアグノムのアドルフが住んでおり、エレオスがとらわれた負の感情によって生まれた人格を取り除くために訪れた最後の地である。そこに世界の時をつかさどる時の歯車が眠っているのも他の湖と同じで、アドルフがその場所を守護する役目についているなども、他の湖と同じである。 「こんにちわ~~……っていうべきなのかな? 洞窟だから今の時間帯がいまいちわからないや……」 ダンジョンを抜け、ホワイトでもブラックでもないグレイアウトした景色が晴れたその先に待つ水晶の洞窟。そこの主ともいえるアドルフがボードゲームを中断してこちらへと向かってくる。ゲームの相手をしていたのはエレオスで、クリスタルは退屈なのか、奥の方で&ruby(ふてね){不貞寝};をしている。 ただ、表情を見る限りでは、みている夢は悪夢では無いようであり、そこら辺にはエレオスの気遣いが感じられる。 「おやおや、こんなところまでごくろうさん。君がレアス君かな? ボクはアドルフ……まぁ、エレオスさんとは僕の方がずっと古い付き合いなんだよ。よろしくね」 「え、どういうこと?」 思いもかけないアドルフの一言にレアスは疑問を呈す。 「エレオスが負の感情を閉じ込めた結晶……元となる物はどこから調達したと思う? ここなんだ。そう言う訳で……積もる話もあったから、それを話しながらゆっくりとエレオスの中にある負の感情で構成された人格を消す作業を続けて行っていたところだよ」 アドルフが話すエレオスの意外な過去に、レアスはほほうと頷く。 「へぇ、二人にはそんな関係が」 そうして、何故かニヤニヤとしながらレアスは笑う。 「そういう目で見る関係でもないぞ」 何か熱いカップルでも見るような視線を向けるレアスに、なんだその眼はとばかりにエレオスは目をそらす。 「とりあえずアドルフ。二人きりで話をさせてもらってもいいか?」 ちらりと横目でエレオスが語りかけると、アドルフはにっこりと微笑んで、エテボースがそうするように尻尾で輪を作る。 それを了承と受け取ったエレオスは、レアスをテーブルへと案内した。 ・ ・ アンナの住む地底の洞くつでもそうだったように、エレオスは客用の椅子で。レアスはテーブルに直接座って向き合った。 「で、どうだった……あちらは。お前はあそこを変えるために頑張れそうか?」 「そうだね……時間はかかるけど行けるんじゃないかなぁ? アレを見てボクは許せなかったし、少しトラブルも起こすくらい……&ruby(いきどおった){憤った};。 まだ、何をすればいいのかも分からないけれど、僕たちの寿命は長いんだ。例え、何が起こってもやって見せるさ……今まで生きてきた中で2度も死にかけた僕なんだし、これに命をかけることになっても後悔はしないよ。 もう死んでいたっておかしくないはずの僕だから」 レアスは単刀直入なエレオスの物言いにひるむことなく、答えた。 「ふっ……頼もしい答えだな。私は何度も挫折しそうになったというのに……そのせいかな? お前の頼もしい言葉も、今度ばかりは半信半疑だ」 「挫折って……エレオスでも……挫折しかけるの?」 真に迫るエレオスの言葉は、レアスの好奇心とも不安とも取れる発言を呼び寄せる。 「あるさ……以前、お前に、『体の痛みはわかっても心の痛みはわからないだろう?』((第6話一節参照))と聞いたことがあるな? アレだけではわからないと思うが、それにもきちんと意味があったんだ……」 「ああ、アレ? アレのせいで僕はすっごく悩んだんだよ。今では、悩んでよかったと思うけれど……子供を悩ませるもんじゃないと思うよ」 「そうか、悩んでくれたか……お前が成長した証拠だな。嬉しいことじゃないか。 それで、だ。その発言の意味するところというのはだな……」 そう言ってエレオスは母親のように優しい笑みを浮かべ、スカートのような下半身から滅多に見せない脚を露出させる。 「わかるか……この傷? 手首とか、目立つ部分を切るとニュクスが心配するから、ふとももを切って……まぁ、リストカットの真似ごとだ」 ひざの裏、目立たないその場所に痛々しく残る傷跡を見て、レアスは鼓動が激しくなるのを感じる。いままで何を見ても物怖じしようとしなかったレアスが、初めて何かを恐れた瞬間だったかもしれない。 「そんなに恐ろしいか? だが、そう難しいことじゃない……お前も……もしかしたらやる時が来るかもしれないぞ? 「痛くないの……?」 「痛いぞ。痛いけど嬉しいんだ。悲しいけど嬉しいんだ……それが恐ろしいんだ。自分がやるまではリストカットなんて戯言だと思っていたけれど……伝説のポケモンの死因が、麻薬と自殺がトップであることは知っていたが……本当に訳が分からなかった」 「どうして、そんなになるまで頑張ったの? 他人を助けることだって大事だけれど……自分の命だって大事じゃん」 レアスは表現のしようのない怒り、疑問、憐みを一緒くたにして、強い口調でそのすべてをエレオスにぶつけた。 「私たちは長生きだ。父親からは……こう言われた。『自分のためだけに生きていては必ず目標を見失う。だからこそ、他人のために生きることを覚えろ』とな……でも、親よりも影響の強いことが……一つある。 リーフィア領と、ブラッキー領の境界……ミステリージャングル。知っているな?」 「この前……ニュクスがそこへ行っていたけれど……そこが何か?」 聞き覚えのある地名に、レアスが頷く。 「かつてそこにいたセフィロス……その者のために私は無理をしてしまった……」 「セフィロスってあの髪の毛とカマが異様なほどに長いアブソルの……」 「ライボルトもアブソルも関係ない!! 何を大ボケかましているんだ!? セフィロスと言うのはミュウの名前だ」 「ミュウ……?」 「ちょうどいい機会だ。お前にも知っていて欲しいんだ、私があちら側の平和を望んでやまない理由を……少し一方的に話すが、いいか?」 「是非……」 これまでもレアスは知りたがっていた。エレオスが体を壊して大失敗してしまうくらいに無理をしてまで結晶に負の心を集めていた理由や、リストカットの真似ごとをしたくなった理由も合わせて。 その知りたいと思う意思の根幹には、ただの好奇心だけではなかった。今エレオスが口にした『体の痛みはわかっても心の痛みはわからないだろう?』という言葉の真意を知るためというのが、大きな理由を占めていた。 それに対して、エレオス自身、妻であるクリスタルにすら話したことのないこの話を話す気分になったのは意外なことであった。レアスは生れてから今に至るまでの時間は非常に短い――幼いというのに。 しかし、マナフィの――レアスの成長のスピードは著しく、それだけに出会ったころとは比べ物にならないくらい成長したレアスの姿を見て、エレオスはもはや遠慮の要らない大人への道を歩み始めたと、エレオスは認めている。 いまだにレアスが知らないことは多い。それでも、この子ならば話を聞けば何もかも受け入れて、自分なりに考えてくれるだろう、と確信を持って言える。目の前の小さな蒼い少年に信頼を預け、エレオスはゆっくりと言葉を選び始めた。 「アルセウス教において不思議のダンジョンは立ち入り禁止だから、不思議のダンジョンの向こう側にある場所には何があっても到達できない。海も、その端っこは崖になっているという伝説があるから、海へ出る者もいない……幸せ岬のシェイミもそうだったが、そうした理由でアルセウス教の届かないところのホウオウ教のように広い範囲でない、非常に狭い地域で暮らしている者がいる……セフィロスの暮らしている場所も同じような事情だった。 私達がそこを訪れた時は、外へ出れば悪魔のように恐ろしいポケモンたちが外で待っているという噂が立っていて……平たくいえば外に出れば殺されるってそういう事情だったんだ。 なんせな、ホウオウ教の者達があちら側にいったら桃色のトリトドンを見て、気味が悪いとその探検隊の団体を皆殺しにさせられたくらいだ……あながち間違ってはいない。 そこにいたミュウは、アルセウス教の動向を常に監視しながら世界の様子を逐一伝えては……そうして生きていたのだが、私達が訪れた時にはそれが出来る状況じゃなかったんだ。不治の病でな。 実質不老不死の我らといえど、病魔に侵されれば話は別だ。本当はな、子供を育てるくらいの余命はあったんだ……けれど、それでも私たちに子育てを依頼したのはいくつか理由がある。 一つは旅慣れていること、もう一つは強いこと、もう一つは私たちの事が見るからに善人だと感じたから……最も大事な理由は、セフィロスがそこで死ぬことを選んだからだ」 「死ぬこと……? ってそれ母親失格じゃない?」 「母親としては……な。時にレアス、波導の勇者ってお伽噺……知っているか?」 レアスの質問にエレオスは質問で返すことで答えの代りとした。レアスはその問いかけに対しうんと頷き、エレオスの質問で半分ほど『死ぬこと』の意味を理解する。 「それなら話が早い……かつて争いを続ける国同士の争いを鎮めるためにとあるルカリオが"始まりの樹"で、命と引き換えに人々の憎しみを消し去って行った…… その"始まりの樹"が、ミステリージャングルに実在していて、ミュウがルカリオに変わったという事だ。 セフィロスは、命を賭して平和を手にしようとしたんだ。それには波導を使う必要があるから、ある程度体力が残っていなければ出来るものではない。だから……子育てと平和の板挟みに苦しんでいた。 彼女は、子育てをしたがっていたが、それは自己満足だから……と、もしも安心して任せられる者がくるのならば、その者に任せようと言うつもりだったらしい。それが私たちだったということだ。 で、何か予定の違いが起こるわけもなく死んだ。見送ったときには不覚にも泣いてしまったよ。 私たちはその後の事を任されたんだ。ミュウの子は……"アッシュ"という名を名付けられて親の遺言の……『ミステリージャングルを飛び出させて世界を見せてやってほしい』と言われた通り、たくさん連れまわしたものだ。 でも大変だったぞ……私達はミュウと違い変身能力を持っていない。だから、お前にやらせたように全身を布で隠して街に入ってみたり、アッシュの影に入りながら危険がないかを監視したり、悪夢を通じて他人を操ったりとか……いろいろ悪い事もしたよ。 そんなこんなで、初めての子育ては楽しかった。それに色々と勉強になったよ……でも一番うれしかったのはな、ミステリージャングルが存在する場所はブラッキー領とリーフィア領の国境付近だったのだが……それ以前にもきちんと奴隷階級があったんだが……それが解放がされたんだ」 「それって……前に話していた改善された兆しだかなんだかってやつ?((『一度だけ、それが改善される兆しもあったのだけれどな。だが、それも潰えてしまったんだ。』というエレオスのセリフ。漆黒の双頭第7話第一節参照))」 「エレオス……ああ、もともとブラッキー領はこの大陸でもかなり北の方にあるからな……気候も温暖な上に土地が肥えていて穀物が豊かな場所でな……もともと奴隷が絶対に必要って感じのところじゃないんだ。 まぁ、奴隷が必要な理由も無くはないんだ。あそこの土は農業に向いている代わりに、陶器づくりには全く向いていない土だから、食器が木で出来ているというのが普通なんだ。 裸の樹を大して洗わずに放置したりしていると、木の隙間に入った雑菌のせいで、感染症も絶えない……が、食器が漆塗りをされている地域なら、病気が少ないんだ。 だから、出来ることなら食器には漆を塗りたい。それに見た目が美しいから他国との交易品にもなるからな……だが、その漆は、液体の時に触れるとものすごくかぶれるんだ。 だからそれを毛嫌いして、採取から漆塗りまで奴隷階級にやらせていたんだが……それが無くなって行ったんだ。当事者にとっては『なんだか知らないが』なんだろうな。早くもセフィロスのおかげでそう言う動きが出てきたってわけだ」 そこまでを嬉しそうに、懐かしそうに話したエレオスだが、そこから先を話そうとするとき表情が曇る。 「しかしだ……奴隷が必要ないということは、奴隷貿易に滞りが出るということだ。そのせいで食糧と奴隷で貿易を行っていたサンダースとカクレオンの領から……攻撃を受けた」 「攻撃ってそれ……」 「貿易を再開させるための強硬手段だな、奴隷と穀物の。サンダース領とカクレオン領では穀物の輸入はそれほど死活問題ではないが、覚えているか? エーフィとグレイシアは鉱物資源が豊富だから、無理をしてでも鉄と穀物を交換したいんだ。 だが、穀物の輸出のために国民が飢えては元も子もないからな……そのために、鉄を手に入れるために穀物が必要だった。この攻撃のせいで……ブラッキー領は再び奴隷制を取らなければならなくなった」 エレオスは覗かせている片目から一筋の涙を流し、悔しそうに歯噛みする。 「それが、私にとってどれほど辛かったことか……せっかく手に入りかけた平和を、奪われたんだ。セフィロスは"平和"の中に生き続けると言って死んでいったのに、このままじゃ……セフィロスが本当に死んでしまうような気がして、耐えられなかった。 だからだ……私がセフィロスの遺志を継ぎたかった……それが私が今まで頑張ってきた理由だ。くだらないと言えば、あまりにくだらないがな」 「だから……エレオスは結晶に負の感情を閉じ込めて」 セフィロスは一瞬で負の感情を浄化した。エレオスは浄化こそ出来なかったものの、似たようなことといえばそう言えるであろう。 「ああ、セフィロスの真似ごとだ。だが、真似ごとをしても何にもならなかった……始まりの樹は一つの巨大な生物。それとミュウが力を合わせたからこそ出来る、あの奇跡は私一人の力で起こせるはずもなく…… いや、な。成功しないだけならまだいい。ブラッキー領がいとも簡単に負けたのは、ただ二つの国が攻めてきたからという理由だけじゃない。要は平和ボケだ。それに、奴隷と言う存在が……どれだけ戦争の勝利に貢献していたかと言うのも大きかった。皮肉にもな。 結晶に負の感情を閉じ込めるのは、限られたダークライしかできない能力だけに非常に難しいんだ。器用に一人一人からに負の感情を抜くことなんて出来やしないから、村一つ街一つという単位になる。 だが、街一つでは規模が大きすぎて効果が見える前に負の感情が回復してしまう。村一つの場合は……平和ボケして、略奪の的だ。盗賊に丸ごと滅ぼされたことだってある……」 エレオスは大きくため息をつき、頬を伝う涙を指で拭った。 「セフィロスはな……生きているんだ。リーフィア領の中で、"平和"という形で……でも、私が生きた証は、なんの形でも残されやしなかったんだ。 そのうち私は、この世界に必要なのか分からなくなって、それで何が何だか分からなくなって……気が付いたらさっき見せた傷、ふくらはぎを切り裂いていた。 『私は血が流れるから生きているんだ』とか、『痛い……だから生きたいんだ。痛いっていうのは生きたいってことなんだ』とか……そんな思いだけが巡っていて、自分でもわけが分からなくて……やめたいのにやめられなくて、正直困った。 私が……負の感情を閉じ込めるのに失敗したのもそんな時さ。それで、探検隊ディスカバーの時の探検隊、闇の探検隊……という有様だ。 思えば……私はセフィロスとは真逆の事をやってしまったんだなぁ……これで、私の話は終わりだよ」 ひとしきり話を終えたエレオスは大きく息をつき、椅子に深く倒れこむ。 **第二節 [#p9bef3a9] 「ねぇエレオス……悪夢を見せて平和にするとか出来ないのかな? なにか、例えば弾圧された民衆が反乱を企てるとか。それが現実じみていればいるほど、政治の在り方を変えようとか、そう言う意識だって生まれるかもしれないじゃん。 他にもアルセウスが夢の中に出てくるとか……」 レアスは、ふと脳裏に浮かんだ疑問をポツリと口にした。 「ああ……そんなのも考えたな。だが、最も夢を見せるべきものが……&ruby(まじない){呪い};の中で暮らしている……ゴーストタイプの壁抜け避けや、テレポート避け……悪夢なんてもってのほかだ。貴族に見せたいのに……商人に見せるのも確かに効果はあるが……でも、ダメなんだ。 それに悪夢といっても、数人ならばまだしも数百の数に見せるとなれば……思い通りの夢を見せることなんて出来やしない。ただ漠然と悪夢、ただ漠然と花畑……そう言った夢しか見せられないで何を学ばせられるというのだ? 何も学ばない……学べないんだ。 だからこそ……だからこそだ。私は結晶に閉じ込める方法をとったんだ……何度も言うように失敗したがな」 「これからは……どうしようと思っているの?」 「……さぁな。正直に言って何も考えていないんだ」 エレオスはレアスの質問にため息を一つはさんで答えた。恐らくは怖いのだろう。再び話のような状態になってしまう事が。今度こそ無茶をして体を壊してしまえばニュクスには本当に顔向けできないし、クリスタルにも愛想をつかせられるかもしれない……とか。 そんな事を考えているんじゃないのかと、レアスは邪推している。だから、レアスも『怠け者』とか強く言うことはできないし、エレオスはこれでも働き者な方だから馬鹿にはできない。 「何も考えていないけれど、ちょっとずつ人助けでもしながら……動向を見守るくらいの事はして行こうかと思う」 長い沈黙を挟みながらの会話だった。普通ならば雰囲気が悪いとでもいうべきその大きな&ruby(ま){間};も今回ばかりはそれが必要だとでも言うように、気まずいでは無く、必要な間だと二人とも分かっていた。 「エレオス……君は思い出したくもないことだろうけれど……君は世界を一度滅ぼしかけたよね? 一人で世界を変えるって出来ない?」 やがて、思い出したようにレアスが尋ねる。エレオスは首を横に振り、語り始めた。 「壊すことなら……不可能じゃ無かった。だが、造ることは不可能だ。壊して、恐怖で支配して、そして世界を良い方向にもっていく……考えられなくはない。 だが、それまでにどれだけの犠牲が必要になるか……考えただけでも恐ろしい。セフィロスのように何の犠牲も無しに……出来るものではない。 とはいえもしかしたら……私が負の感情にとらわれた私があんな行為に走ったのも……もしかしたらお前の言う通りかも、な。そんなわけはないと思うが…… もしくは、ディアルガとパルキアに手を出したのはアルセウスに対する何か……憎しみのようなものが自分が取り込んだ感情の中にくすぶっていたのかもしれない。だからんなことをやったのかもな。 すべては憶測でしかないがな……」 再び長い沈黙を挟む。言葉を探しては霧を掴むように見つからなくて、それでも歯がゆさを感じる余裕もないほど二人は真剣に話をしていたのかもしれない。 「セフィロスのように何の犠牲も無しになんて言ってるけれど……犠牲、あるじゃん」 「なんだ?」 確認するようなレアスの口調に、エレオスは思わず声が上ずり、妙に高い声を上げる。 「セフィロスが死んでるじゃん。一人殺すも百人殺すも同じとは言わないけれどさ……でも、セフィロスが死んでる。もうすぐ寿命が尽きるたった一人の命だけれど、何の犠牲も無しじゃない」 「かもな……」 エレオスは何か反論したそうに、だが全く言い返すことはできずに肯定するしかなかった。 「でも、それでよかったって思っているんでしょ? 犠牲無しに平和は成り立たないことが分かっているんでしょ? ……僕も協力する。いや、僕だけじゃない……無理強いはさせられないけれどクリスタルも、ニュクスも……みんなでやってやろうじゃん。少し強引な手段を使ってでもさ、犠牲が出る方法かもしれなくとも……そうすればきっと出来るよ」 レアスは、いかにも無知な者が考えそうな単純な考えを、しかし理にかなった考えを述べる。 「私もそれしかないと思っていた。でも、私は悪役や汚れ役になれるような器ではない……だから、誰かに引っ張って貰いたかった」 「なら僕が引っ張るよ」 真剣なまなざしで言うレアスに、納得するようにエレオスは頷く。 「生まれながらにして海の支配者たるポケモンだけに、もしかしたらとは思ったが……こんな年端も行かない子供に引っ張られるとは、心のどこかで理解していたとしても、やっぱり予想外だったよ。 こんなに早いだなんて」 そこまで行って深く息をつき、今度はエレオスがレアスに問いを返す。 「なぁ、レアス……お前が頑張る――私と共に頑張ってくれる理由はなんだ?」 感慨深く語っていたエレオスに突然質問を振られたレアスは少しだけ戸惑って、口を開いた。 「僕は……&ruby(あっち){アルセウス教布教領域};に行くまでは、君に恩返しが出来ればいいかなぁって感じで、軽い気持ちで行ったんだ。でも、あそこでいろいろ見て……そして思った。 あんなひどい事がまかり通るなんて許せやしないってね。 他にも、経験・人望・知能・カリスマ・能力・戦闘能力……一緒くたに含めたとき、僕より劣る者に僕の上に立たれるのは我慢ならないんだ。なんていうか、これは体に刻みこまれた支配者の血なのかもね…… だから、そんな奴らを全部潰して、民を幸せにしてやろうじゃないか。&ruby(うみのおうじ){蒼海の皇子};を差し置いて僕の上に立つなんて誰が許容してやるものか。 そんな風にね……別に、僕より上の立場に誰かがいてもいいんだ。例えばプクリンのギルドの親方ソレイス=プクリンなんかは……僕が優っているのなんて能力とカリスマくらいでしょ? だからいいの、上の者には従うの。 けれど!! 下の者は従わせたいの。ねぇエレオス……突然だけれど、なぞなぞだすよ。誰かを従わせるのに最も有効な手段ってなんだと思う?」 「えぇ? そんなこと言われてもな……」 唐突な問いかけに、エレオスは明らかに困ったような顔をして、何かヒントがあるわけでもないのに、キョロキョロとあたりを見回してみた。 「時間切れ……答えはもともと望んでいる物をさし出して命令するんだ。名誉とか、御金とか、なんでもいいからさ」 レアスはふぅと大きく息をつく。 「僕がこんな話をしたのはね、まずは手始めに君を従わせたくなったから。エレオスはもう僕の&ruby(しもべ){僕。};だから逆らわせないからね」 そう言われて、エレオスはさらなる困り顔で苦笑いしだした。 「勘弁してくれ」 「だ~め♪ とにかく僕は……恐怖によって、金によって従わせることもしようと思う。けれど……最終的には、誰もが望む結果を眼前に掲げて、それを目指せたらいいなぁ……って、そう思っている。僕が人望の厚い皇子になるか、横暴な圧政を敷く暴君になるか、それを見極めるなら今だよ。止めるならば今のうちだよ」 おどけ半分でそう言ったレアスに、あくまでエレオスはまじめに答える。 「止めないさ……止めてなるものか。&ruby(ようやく){漸く};、動き始めたんだ。望みどおり……私はお前の下につこう。必要な時はいくらでも……使ってくれ」 「そうだね……ありがとう。それでさ、一つ大事な相談があるんだ」 レアスの表情が変わる。眼を輝かせて、今まで大人びた雰囲気を見せていたレアスは途端に子供のようになる。 「なんだ?」 「僕たちの両親……探検隊『ディスカバー』みたいにチーム名を決めたいんだ。かっこいい奴をね」 いきなり見せつけられた子供っぽさに、エレオスは思わず吹き出してしまった。 「何を言うのかと思えば……だが、いいかもしれないな。かっこいい名前でいいんだな?」 エレオスが尋ねると、レアスは嬉しそうに頷いた。 「そうだな。私たち二人がこれを引っ張っていく……頭ということになるのだろう? だとしたら……&ruby(そうこくのそうとう){蒼黒の双頭};なんて言うのはどうだ?」 レアスはエレオスが即席で考えた名前を偉く気に入ったようで、目を輝かせた。 「いいね、その名前……でもさ、なんだかそれだと綺麗すぎるな。僕はどんなに汚いことだってやってみせるって決めたんだ。どんなに黒く染まろうともね……だから蒼なんて良い色じゃない……そうだ、&ruby(しっこくのそうとう){漆黒の双頭};。これでどうかな?」 「それがお前の覚悟か?」 エレオスは念を押して聞く。レアスは一度目を閉じて、目をずっと合わせてそらさないようにするために、眼球を潤す様に数秒ほど閉じて、閉じたまま頷き、エレオスの眼を見る。 「うん」 たった一言だった。おなじみの有無を言わせない不思議な感覚――カリスマだけは今までのどれよりも籠っていた。 「なら、頑張ろうか……長い目でな。いまはまだ二人しかいないが、いずれもっと……共感する者を増やしていこうじゃないか、何十人も集めてそれで引っ張っていこう」 レアスはエレオスの言葉に首を横に振る。意外そうな顔をするエレオスに、力強く諭すようにレアスは言う。 「違うよ。僕たちは一人だ……ホウオウ教は千人で一人。万人で一人……僕たちはその頭にすぎない。今はまだ、ド―ドーにすらなれない不完全な僕らだけど……いつか、ホウオウになろう。 みんなの道しるべとなる頭があっても、体がなくちゃ何もできない……オニゴーリじゃあるまいしね。それが、漆黒の双頭……そうでしょ?」 「目指すところは……ホウオウか」 「そう言うこと。なかなかいいでしょ?」 「だな。漆黒の双頭……いつかはホウオウ。お前とならきっと出来る……」 「そう――君とならば!」 二人が同時に頷き、微笑み、ため息をついて天井を見上げる。湖の奥で輝く時の歯車の光を受けて、水晶が誇らしげに煌めいていた。 **第三節 [#d9271cdf] 『お前に見せたいものがある』 エレオスはそう言って、レアスを連れて水晶の洞窟の最深部まで歩き続ける。どんな闇でも眼の利くエレオスと違い、レアスは暗黒の中では酷く歩きづらそうであった。そのためホタル火によって作り出した明かりで何とか周囲の様子を確認して進んでいる。 「ねぇエレオス……僕に見せたいものって何? こんな辺鄙なところまで僕を連れて行って、もしかしてイケないことでもするつもり? 見せたいものって君のショタコンな本性? ルリリの男の子に手を出したあの時のように……キャ~ッ♪」 「それは断固として否定する。そう言うのじゃ無くてな……私が見せたいものというのは……例のアレ、負の感情を閉じ込めた結晶だ。私がやってきたことを……お前に見せておきたいのだ」 「へぇ……そっか。ここに保存してあるんだね……その負の感情とやらは」 案内されるうちにレアスは驚いていた。エムリットやアグノムが住む居住区には光がさしているから生き物が存在するのは至極納得がいく。とはいえここまで置く深くの光の届かない場所。 もう天然の光を見失ってから10分は経っただろう。体の小さなレアスは普通に……エレオスは時折、影に姿を変えるなりしてその道を進み続けそうまでしたこの深淵にも、いきものが息づいていたことが何故かとても素晴らしく感じられる。 その生き物が潜んでいるのだろう小さな穴は無数にあり、水滴の滴るや足音だけでなく何か別の音が時折耳に触れる。視覚より他の感覚を研ぎ澄ませたのは久しぶりの感覚であった。 「光が見えた……そろそろだな」 そんな感覚に陶酔していると、不意にエレオスがそんなことを言う。エレオスがその言葉を言った地点まで歩いてみると、確かにかすかだが水晶に反射してここまで光が届いている。 いくらレアスの小さい体とはいえ、窮屈すぎるその洞窟の息苦しさから抜けられると思うと、陶酔と半々だった不快感が一気に抜けるような気がした。 「ここだ……」 その大空洞には太陽光が射し込んでいた。ほぼ100%の石英で構成された砂は眩く光り輝いていた。 「綺麗……」 その光り輝く様にレアスは掛け値なしの感嘆を漏らす。その傍らにある赤・青・黄の宝石もそれだけで美しいはずが完全に引き立て役だった。 「本当は、あの水晶のすべてが真っ黒だったんだ。けれど……アグノムとルカリオの色、『波導の力』。ヒードランとエムリットの色、『炎の力』。クレセリアとユクシーの色『月光の力』。 その三つが……真っ黒な水晶に含まれた負の感情を少しずつ浄化していってくれる。……憎しみも、怒りもな。 人が誰かを差別するのは蔑んだりする心があるから。差別する対象に少なからず怒りを感じているから……贅沢したいと思うのにも不満が少なからずかかわってくる。 それをこんなふうに閉じ込めていれば、いつかは世界が変わると信じていた……」 「けれど、ダメだった……」 「そうだ。オボンの実一つほどの大きさの結晶で私はあんなことになったというのに……な」 レアスは改めて大空洞を覗いてみるここにはホエルオー一頭よりも巨大な塊が形成されていて、結晶の中には空の裂け目で見たパルキアよりも大きな物が2つ転がっている……というのに、何の効果も無かったとエレオスは言う。((オボンの実が完全な球体だとすれば体積は約450立方cm。ホエルオーと同等のサイズの[[ザトウクジラ>http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%83%88%E3%82%A6%E3%82%AF%E3%82%B8%E3%83%A9]]の密度が水とほぼ同じだとすれば、約3千万立方cm。&br;両者には6万5千倍の差があり、アルセウス教の領域に住むポケモンの数は100万よりはるかに多いことが予想されること。&br;なお且つ、世代交代をするほどの期間負の感情を取り続けていたことから、例えば20人分の負の感情を受け取ることでエレオスが負の感情にとらわれたとして、その6万5千倍である130万人分の負の感情が保管されていたとしても不自然では無いはず。&br;加えていうならば、公式設定で色の薄い結晶や濃い結晶があるために実際は130万人分より少ないことも考えられる)) それも仕方がないこと……誰も傷つかない方法なんてないのだから。 「僕たちが今からやるのは……君がやろうとした犠牲が無いっていう綺麗ごとじゃない。だけれど……たとえば10年後。どんなに汚れてしまった僕でもこうやって光り輝くことが出来るかな?」 レアスは少し照れながらエレオスに振り返る。 「わからないが……私がこの三つの石になれるのならば……なりたいものだ。美しく……な?」 「そうだよね……僕たちはホウオウになるんじゃないか。ウジウジなんてしてやいられない」 「その意気……私には無かったものかもしれない。どうだ? ここには都合よくアグノムがいる。拝んでおけば何かとご利益があるかもしれないぞ?」 笑顔でうなずいたレアスの手をそっとつかむと、エレオスは今度は来た道を戻らずに自分の影を通じて瞬間移動してアグノムの住処へと戻る。 その後は、クリスタルの『何をしていたのか』という質問に対するレアスの誤解を招くような物言いにクリスタルが悪乗りしてからかう。3人で盛大に笑いあうなか、エレオスだけがため息をついていた。 ・ ・ 水晶の洞窟居住区ほど近い場所。不思議のダンジョンの最深部にある空間の歪みによって生じた領域から抜け出すための出口となる、ワームホールの床が静かにたたずむその場所。 岩の割れ目からわずかに漏れ出した光が洞窟の中を美しく彩るその様子にもとうに慣れてしまい新鮮さを感じなくなったものだが、これが無くなると思うと少し寂しい気がするのも事実だと思わせる。そんな魅惑の光景を後ろに見送り、レアスは出口をあと数歩の距離においてエレオスへ振り返る。 「ここから先は見送りはいらないな?」 腕組をして、さびしい事を隠そうと気丈に振る舞うエレオスを少し可笑しく思い、レアスはその様子に少し笑顔になった。 「うん、僕なら一人で帰れるから」 微笑んで言った。 「それにしても知識ポケモンの元で勉強か……熱心なことだな」 「うん。僕にはまだ頭が足りないんだ……世界を動かすんだ。慎重になるに越したことはない……ここを出たら一度トレジャータウンに帰って、その後霧の湖……ユクシーの住むあそこでいろいろ学びたいと思うんだ。 思えば、僕の両親も、僕も、君も……湖の三神コンプリートだね……順番は違ってもさ」 「じゃあ、頑張ってこいよ。私の妹やお前の両親にも宜しくな」 「うん、じゃあまたね」 レアスは手を振って別れ、再び石英の砂漠にその姿を投げだした。 今はようやく浮きを迎えた初夏の1月。雨季だけに姿を現すエメラルドグリーンの湖で時折行水をしたり、そこに息づく小魚達を食料としながらレアスはゆっくりと砂漠を抜け、ひたすら南西を目指すのだ エレオスと交わした誓い。自分が限りなく黒く堕ちてもいいという覚悟。そのすべてを胸にかみしめながらも、レアスは景色が映りゆく道中を楽しんだ。やはり旅をしている方が性に合っているのだと呑気に感じながら、両親の顔にも思いを馳せる。 雨が降らないときは限りなくすみ渡る空。その空の先に故郷の海を思い浮かべて『世界はこんなにも美しいんだ』と、この地上で苦しみながら生きているすべての者に言って回りたい気分を募らせては、出来る訳ないのにと一人苦笑していた。 「それが探検隊なんだよね。誰よりも誇り高い――僕の両親。僕はもう探検隊じゃなくなるけれど……」 ・ ・ トレジャータウンに帰省していたレアスは、母親たちに長い期間を開ける事を、食事中にそれとなく伝えた。 「と、言う訳なんだ……多分これは、長い時間が必要だから……僕たちしかできないことだと思うんだ。母さん、父さん……いいかな?」 「いいよ」 「うん、オイラも」 軽い物言いにレアスは、明らかに嫌と分かる顔をした。 「え、ちょっと……いいの、そんな簡単に決めて? そう言えば僕って何かといろんな人に預けられてきたけどさ……こんなこと聞きたくないけれどさ、本当は愛していなかったの?」 「いやいや、オイラ達そんなんじゃなくってさ」 いきなり『愛していなかったの?』という質問は予想外で、アグニは対応に困っている様子が見て取れる。 「簡単なこと……」 それに助け舟を出す様に、シデンが口をはさんだ。 「マナフィは本来親の顔を知らずに育つものなんだ。海を漂ううちに二度と会う事が出来ないような者たちと何度も一期一会を繰り返し、そうして生きていく種族。こんな風に、誰かと深いかかわりを持って生きるような生き方は本来のものとは違うんだ。 だから、愛していないってわけじゃない……無理にマナフィ本来の生き方をしろと言っているわけでもない。ただ、自分はいつだってお別れは覚悟していた……子は何時か親から巣立つものってね。 それに、レアスの目……とってもいい眼をしているよ。自分たちに何かを頼むときの真剣な目……すごく頼もしい」 シデンがしみじみと言う。脳裏には閉ざされた海の情報を聞いてから、卵を拾い、数日だけの子育てをして、フィオネから薬の材料を拾い、養父のトドゼルガに預け……その一つ一つを浮かべながら、彼が生きる道を邪魔しないようにと気丈にふるまう強い母性が感じられた。 「オイラもおんなじ……いつかはそうなるだろうって話していたんだけれど、案外早かったみたいね……」 「ありがとう」 レアスは嬉しいとか寂しいとか、そういった感情が一緒くたに涙に混ざって流れ落ちるのを感じる。あくまで涙を見せないでいる両親と違い、涙脆いところは感情に抑制がきかない子供らしいと言えばそうなのかもしれない。 そのレアスを自由気ままにさせるのは、ただ彼の生き方を尊重したいと言うだけではなく二人がエレオスを信頼していたことにある。正気を失っていた時こそ、エレオスは手強過ぎる敵であった反面、味方に転じればそれに勝てる者は無い人生経験を背負った者である。 きっと、その姿を拝んだ伝説のポケモンの数も自分たちよりかは多いであろうことは容易に想像できる。そんな彼ならよもや人選を間違うことも無いだろう。 と、無責任ながら、知らず知らずのうちに二人は感じているのだ。 そしてもう一つの理由がある。レアスが思う、"恩人の力になってやりたい"という気持ちだ。レアスが抱いたその気持ちは、嵐から漂着したところを介抱されたシデンが、アグニや他のポケモンたちを救うために命を捨てたことで痛いほど分かっている。 他人ために命を捨てる危険を冒すことだって、場合によってはあるということを、体験したからこそだ。 「存分にやって来なさい。自分たちはレアスの味方だから。」 ・ ・ さらに数日の時が流れ、旅立つ予定日の前日。夕暮れ時に散歩に出かけたレアスの頭上で、トレジャータウン名物のクラブの泡吐きが行われていた。吐き出された泡は春の夕陽に泡が陽光を屈折させ、ところどころに光をちりばめ、または影を作る。その情景に、レアスは時に目をくらませながら見物していた。 「あ、やっぱりいた……」 見とれるように見上げていたレアスに、シデンが後ろから話しかける。 「ねぇ、母さん……あれって二人を繋いだ絆の証なんだっけ?」 横に並んで歩くシデンの脇腹を背伸びするようにつつき、空を見上げ指差し問いかける。 「そう、自分たちはあれのおかげで出会えたし、あれと一緒に再会できた……思い出の名物なんだよ。自分たちの伝説を聞いて縁起ものになっているみたいで……ひそかに暇を持て余した地主の恋人や夫婦がここを訪れているんだって」 自分たちの思い出と重ね合わせながらシデンは懐かしい気分に浸る。 「なら」 「ん?」 「あれと一緒にお別れが来るなんてことが無いよね」 レアスは期待に満ちたまなざしでシデンを見る。きっと肯定してくれるだろうと、都合の良い思い込みを確信していた。 「知らないなぁ」 しかし、返答は辛辣な……予想外の一言である。 「え……?」 唖然としたレアスは、不安げな表情を浮かべる。 「自分もアグニも、一度消滅して別れた時には二度と会えないと思っていた。それこそ……確実と言えるような思いで、アグニは『最後に笑って消えて行ったからよかったんだよね』。自分は『自分が消えてもアグニが後の人生を幸せに暮らしてくれればいい』。そう思いながら消えた。もう会えないと本気で思ったの。 その逆……またいつでも会えると思っていた誰かに、次の日からもう当たり前に会えなくなる日は来ないと言い切れる保証はない。それが嫌ならやめなさい……死にたくないという気持ちよりも命の恩人に報いたいという気持ちが勝っているならやりなさい。 それがレアス。貴方の母親として、そして探検隊の先輩としての私が言えること」 ぴしゃりと至極真面目な顔で言ったあと、シデンはいつもの母親の顔で微笑んだ。 「ね♪」 「ねえ母さん……」 こんな雰囲気だからなのだろう。普段なら躊躇うであろう、ふと浮かんできた疑問を、アスは自然と口に出す。 「僕、本当の子供じゃないけれど、僕たちほど仲のいい親子ってどれくらいいるのかなぁ?」 「そんなに沢山はいないんじゃないのかなぁ? まぁ、数えろって言われたらうんざりするような数はいるかもしれないけれどさ……」 二人は顔を見合わせることなく無言で歩く。無言になった直後に、どちらともなく繋いだ手を離さないことが、言葉に出来ない感情を伝えるための会話であるように。 「お母さん、大好きだよ」 ぼそりと言ったレアスの言葉に、シデンは何も言い返しはしなかったが、手を握る力が強くなったことをレアスは確かに感じていた。 出来れば離したくないのかもしれない。しかしそれでも、レアスを止めることはできないんじゃないかと薄々感じていたから、何も言わない。 ・ ・ 翌日…… ギルドのメンバーたちを見送ることを許される最後の地点、常に湧き水をたたえる水飲み場。ここを過ぎて追っていくことは、どんな事情があっても『決心が鈍るから原則禁止』というのが暗黙の了解やジンクスとして定着している。 「ねぇ二人とも……順番に抱きしめてもらっていいかな?」 豪勢な別れはいらないからと、両親のみで見送ることになったその日レアスは両親を見て、言った。 「自分は何時でも待ってるよ」 シデンはライチュウの短い手足をカバーするように尻尾でレアスの尻を抱え、パチパチと帯電した頬の電気袋をレアスに押し付ける。ゴロゴロと体の中からくすぐられているような不思議なくすぐったさを感じさせる抱擁だった。 「また親子でお仕事しようね」 モウカザルのアグニはシデンと比べ手足が長く、十分な余裕を持ってレアスの背中まで手を回す。炎タイプらしい暖かさを感じさせる抱擁だった。 「それじゃあ、また生きて会おうね……母さん、父さん」 道標のない道を行くことになっても、レアスは後悔しない。自分の命をかけてやるべきことを見つけて歩き出す旅路の第一歩を、まだ顔を出して間もない太陽を正面に臨みながら、足音を立てて踏み出した。 [[次回へ>漆黒の双頭第9話:暴君の帰還]] ---- やっとメインタイトルの意味が分かりましたね……あぁ、サブタイトルとメインタイトルの一致……ここまで長かった。 ちなみに今回でてきた水晶の洞窟周辺の地形は[[レンソイス・マラニャンセス国立公園>http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/cf/Lencois_Maranhenses_3.jpg]]をイメージしております。 綺麗ですよね^^。 &color(white){~以下反転~&br;それにしても……今回ポケモン要素ほぼ0だな……}; ---- **コメント・感想 [#n06770f8] コメント、感想は大歓迎です。 #pcomment(漆黒の双頭第8話のコメログ,10,below)