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少女が来たりて亀は笑む の変更点


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 もしも、何百年、何千年という寿命が自分にあって、その途方もない年月を自由に使えるとしたら、君は一体何をするか?そう問いた時、多くの者は答えに詰まる。そして、唸りながら延々と考えはしても、結局、それだけの寿命が無くてもできるようなことしか答えられない。
 でも、別にこれは多くの者が愚かだとか、無能だとか、脳みそを腐らせているというわけじゃない。単純に、このことについて考える機会が無かったから答えられないだけなんだ。だってそうだろう?この世界に生きている多くの生き物は、長くても百年足らずしか生きられない。だからそんな、何百年も何千年も生きられたら、なんてことを考えるのは、まったくもって無意味なことだ。無意味なことは考える必要がないし、そんなことをしている暇があるなら、何かもっと生産的なことをする方が遥かに良い。
 だけど、それはあくまで、人間を基準とした“平均的な寿命をもっている生き物”についての話だ。これが“もしも”の生き物として考えるなら、当然話は変わってくる。
 そう、例えば、軽く千年は超える寿命を持つおいらのようにね。

 おいらは人間でも、普通の動物でもなく、ポケットモンスター、いわゆるポケモンと呼ばれている生物の中で「みずタイプ」の「かめのこポケモン」に分類されている「ゼニガメ」だ。最新式のポケモン図鑑に照らし合わせて言うなら、生息地が不明の非常に珍しいポケモンってことになっているけど、これは個体数が少ないおいら達のことを保護する意味合いでの表記で、専門家の間ではちゃんと生息地については把握されている。
 それから、昔はペットとして人気があるなんていう風に説明がされていたけれど、今はポケモンに関する条例が各地方共通で厳しくなったために、ゼニガメに限らず、ペットという言葉でポケモンのことを扱ってはいけないようになっているから、そうやってゼニガメのことを説明する人はほとんどいなくなっている。
 それは人間からすれば、どうして?と思うかもしれないけれど、ポケモンであるおいらからすれば、これは当然のことだと思う。
 確かに一部のポケモンはペット扱いされても良い、なんていう風に主張していたりするけれど、それじゃあそこらの動物と一緒じゃないか。おいら達は動物とはちゃんと区分けされているし、本能だけで生きているわけじゃない。だから、お店で大量に箱詰めにされて並べられたり、玩具のように扱われたりするなんて心外もいいところだ。
 これでもまだおかしいって思うんだったら、想像してみればいい。自分達が値札を付けられて店先に並べられたら、一体どう思うかってね。大体人間は・・・・

 っと、つい熱くなって話が逸れてしまった。なにせ、ポケモンが人間社会において一定の権利を有することができるようになったことには、このおいらもポケモン側として少なからず関与していたからね。
 さて、話を戻して、おいらのように何千年という寿命がある者だったら“何をするか?”という先の問いについて考えてみよう。

 まず、一番にしないといけないのは、自分にはそれだけ長い寿命があるんだってことを自覚することだと思う。これをしなきゃ、さっき言っていた“平均的な寿命を持つ生き物”と変わらなくなってしまう。もっとも、これができずに、ダラダラと生きて死んでいく連中は腐るほどいるんだけどね。おいらからすりゃ無意味の一言だ。
 けどまぁ、今はそんな連中のことはどうでもいいから、何千年っていう途方もない年月を自由に使える、と自覚できた後のことを考えることにしよう。

 何度も言うように、何千年っていうのは普通では考えられないほど膨大な時間だ。そんな膨大な時間が自分にはあると自覚できたら、大抵の者は一体どうすると思う?答えはやっぱり単純だ。大抵の者は“どうしていいかわからなく”なるんだ。
 自覚できたといっても、膨大な時間の量が変わるわけじゃない。そして、その時間を与えられた者は、何も自ら願って与えられたわけじゃない。だって生まれた時にはもう持っているんだからね。それはそう生まれたからには逃れようのないことなんだけど、大抵の者はそう理解することができないがために、どうしていいかわからなくなっちゃうってわけだ。
 ここまで言えばわかると思うけど、今度はその自覚したことを受け入れないといけない。そして、それと向かい合わないといけない。
 これは簡単そうなことに思えるかもしれないけれど、実際はすごく大変なことだ。特に、自分達とは違う生き物と深く関わってしまうような連中にとってはね。

 話を進めよう。何千年という寿命があって、それを自覚して、さらに受け入れることができたら、次は一体どうするか?
 ってどうもこうもないんだけどね。ここまできたら、後はもうその時間を一体どう使うか考えるだけだ。

 一つはさっき言っていた“無意味”な生き方をすることだ。非生産的ではあると思うけれど、別にしてはいけないってわけじゃない。ひょっとしたら、そうやっているうちに何か良い生き方が見つかるかもしれないしね。少なくとも、自分に与えられた時の長さに耐えかねて、自ら命を絶ってしまうような選択をするよりかは遥かに良い。

 もう一つは、おいらのように“膨大な時をもってしかできないこと”をすることだ。せっかく普通の連中が持てないような時間を得られたんだから、それを最大限に使うっていうのは最もなことだと思わないかい?ま、この後者の選択肢を選ぶにしても、おいらのように時間を有効に活用できる奴なんてそうそういないだろうけどね。

 と、一通りの流れを追って解決できたところで、もしもの話はここまででおしまいだ。おいらはそろそろ“膨大な時をもってしかできないこと”に戻らないといけないからね。そのために、わざわざカントー地方にあるタマムシ大学の研究室を出て、このホウエン地方のプラムタウンにある、ドーナツ博士研究所までやってきたんだから。
 
ん?研究所で何をするんだって?それはもちろん、ポケモンの研究をするんだよ。
 
 こう言うと、ポケモンのくせに研究!?なんてよく言われるけど、おいらはそんじゃそこらの人間の研究者よりも、よっぽど結果を出しているし、色んな功績も残しているんだ。商用化されているポケモン用のアイテムや、生態が明かされていなかったポケモンについての調査で、おいらが関与していたものは50は下らない。それからこれはちょっとした自慢だけど、世界に無数のポケモンはおれど、大学で講師をする資格を持っているポケモンは多分おいらだけだ。
 もう一つおまけに言っておくと、おいらはただの頭でっかちじゃない。研究室に籠る前は、何人かのトレーナーと一緒に、各地方のリーグで殿堂入りを果たしていて、戦闘能力に関しても、並のポケモンのそれを遥かに凌駕していることを証明している。にもかかわらず、ゼニガメから進化していないのは、カメールやカメックスになることで、より一層力をセーブしなきゃいけなくなるからっていうのと、体が大きくなることで色々と面倒なことが出てくるからだ。決して戦闘経験が足りていないってわけじゃない。
 
 要するに、おいらはその辺の“無意味”な時間を過ごしている連中と違って、与えられた膨大な時間を、持て余すことなく有意義に使っているってことだ。そして今、そのすべては“この世で知らないことを無くすこと”に向けられている。
 そんなの無理に決まっている、普通だったらそう言うかもしれないね。でも、おいらにはそれを可能とするだけの時間があるし、そうするだけの能力と環境もある。だったらやるしかないじゃないか。無意味な生き方をして死ぬなんて、おいらはまっぴらごめんだ。今はポケモンのことを専攻しているけれど、それが終わったら他のことも調べるつもりだ。そう、もっともっと色々な文献を読んで、調査をして、研究を重ねて、それで・・・

「おーい!ゼニガメー!ちょっと来てくれんかー?」

 部屋に備え付けてあるスピーカーから、聞きなれたしわがれ声が聞こえてきた。この声は、この研究所の主であるドーナツ博士のものだ。もうちょっとゆっくりとおいらのことを紹介したかったけど、一応の主である博士の呼びかけとあっては無視するわけにはいかない。おいらがここで研究をすることができているのは、博士が迎え入れてくれたおかけだからね。
 とりあえず、呼びかけに対して応答をした後、おいらは座っていた椅子から飛び降りて、部屋の入口のドア――ポケモンでも開けれるように自動スライド式だ――を開けて廊下に出た。
 花だの壺だの絵画だのという余計な装飾物が一切無く、無機質で冷やかな雰囲気で統一されている廊下はシーンと静まり返っていて、おいら以外の生き物は一匹もいなかった。そりゃそうだ。今この研究所には、おいらとドーナツ博士しか住み込んでいないんだからね。もしも何かいたら、不法侵入罪で即通報だ。
 そんなことを適当に考えつつ、おいらはペタペタと足音を鳴らしながら廊下を進んで、ドーナツ博士の研究室の前までやってきた。ドアには“博士のラヴォ”と書かれた札が張り付けられている。一体どうして“ラヴォ”なのかはわからないけれど、研究者っていうのは変人が多いから仕方がない。おいらは違うけれどね。ゼニガメってことを除けば、至って普通の研究者さ。

「おお、すまんな。わざわざ来てもらって」

 研究室の中に入ると、ドーナツ博士がおいらに声をかけながら出迎えてきた。その見た目は、低身長で細身、色白肌に白髪頭と典型的な研究者って感じだ。しかも、目にはグルグルと渦を巻いた文様が施されている眼鏡をかけているし、薬品に塗れて変色している白衣を纏っているから、もう誰が見ても変質・・・じゃなくて、研究者だね。
 にしてもこの部屋は汚い。おいらの研究室は、機材は機材、資料は資料、寝る所は寝る所ってちゃんと分けているけど、ここの場合だと、機材の上に寝る所があって、その下に資料の山がある、なんていう感じだ。おいらの研究室の軽く二倍は広いっていうのに、そのスペースをまるで有効に活用できていないっていうのは、呆れるを通り越してすごいとさえ思う。
 それに、一体今は何の研究をしているのか知らないけど、部屋全体から、まるで、ベトベトンが汚水プールでリフレッシュしている時のような臭いもする。普通の人だったら3分と経たずに吐き気を催すか、最悪病院に担ぎ込まれるんじゃないかな?まったく、到底人の住んでいる部屋とは思えないね。
 ちなみに、博士の場合は、おいらと違ってちゃんとした寝室が別に用意されているから、ここに寝泊まりする必要はないんだけど、この人は研究のため~とか言って、ずっとここで寝て起きているんだろうから、そのことは無視していい。要するに、博士には生活能力っていうのが全く無いんだろうね。その分頭脳を使うことに関しては、他者の追随を許さないほど抜きんでているんだけど。
 
 と、博士のどうしようもない部分についてはこの辺にしておいて、とっととおいらを呼び出した要件を聞くことにしよう。面倒なことだったら、早く終わらせないと自分の研究に支障をきたしちゃうからね。

「実は、ちょっと頼みごとがあってな」

 そりゃそうだろうね。じゃなかったら呼ばないだろうし。これがもしも、ちょっと暇だったから呼んでみただけ、なんてことだったりしたら、いくら相手が博士とはいっても、おいらにも考えがある。まぁいくら変人だっていっても、そこまで馬鹿な真似はしないだろうけどね。

「どうか怒らないどくれよ?お前にしか頼めんことじゃからな」

 おいらにしか頼めないことね。それってよっぽど難易度が高くないと釣り合わないんだけどね。なんたっておいらは、専門家の間では天才って言われているような頭脳と、リーグ殿堂入りを果たすだけの実力を兼ね備えているんだから。それこそ、伝説のポケモンについての調査をしてほしいとか、治療法が発見されていない病原菌に対する特効薬を開発しろ、ってくらいの無理難題じゃないとやる気が起きないよ。ま、ドーナツ博士もおいらのことは良くわかっているはずだから、その辺の所は心配ないと思うけどね。

「これからここに一人の女の子が来るんじゃが、その子はどうやらトレーナー志望らしくてな。今日にもこの街から旅立つ予定なんじゃ。だから、わしはその子に、最初のパートナーとなるべきポケモンを手渡してやらなければいかんのじゃよ」

 なるほど。人間がトレーナー、つまり、ポケモントレーナーとして街を出る時には、ポケモンセンターや研究所から、最初のポケモンをもらうっていうのが通説だ。中にはそうせずに、親や兄弟から譲り受けたポケモンを、旅立つにあたっての最初のポケモンとして選択するってこともあるけど、大体の場合は今言ったように、公的に認められている機関からポケモンをもらうことになる。
 ちなみに、公的な機関から貰えるポケモンは各地方ごとに決まっていて、ここホウエン地方では、ほのおタイプのアチャモ、くさタイプのキモリ、みずタイプのミズゴロウの3匹の内から一匹を選べるようになっている。だから、これから来るその女の子は、この内から一匹を選ぶことになるわけだね。

「しかしじゃな、その子の申し出が急だったこともあって、今この研究所には、本来渡すべき3匹のポケモンがおらんのじゃ」

 その女の子からすれば、申し出が急だったから渡せなかった、なんて言い訳は通じない!と言いたくなるところなんだろうけど、実際、この3匹は相当に珍しいポケモンなだけに、そう簡単に取り寄せたりすることはできないから、こういった事態が発生しても、仕方ないといえば仕方ないんだよね。いくら瞬時にポケモンが入ったモンスターボールを転送することができるこの時代でも、その中身に関してまで瞬時にっていうわけにはいかないからね。まぁ、ドーナツ博士が研究に熱中するあまり、その3匹のことを疎かにしていたのが悪い、って言われたら反論のしようがないんだけど。

「しかもじゃ、その子の家はこの研究所の運営に大きく関与していてな。おいそれと申し出を断るわけにもいかんのじゃよ」

 運営に大きく関与しているってことは、要するに、その女の子の家がこの研究所の、というか、博士の研究のパトロンになっているっていうことだろう。
 研究っていうのは、文献や機材にスタッフといったものも必要だけど、一番必要なのはお金なんだよね。調査をするにしても実験をするにしても、とにかくお金がかかるんだ。時たま、莫大な財力をもって研究をしている研究者なんていうのもいるけれど、大抵の研究者は毎日のご飯を食べるのにも必死なくらいに貧乏だ。
 そして、ドーナツ博士もその例に漏れず、パトロン無しでは毎日の生活もままならない。だから、いくらポケモン研究の第一人者と言われている程の偉大な研究者であっても、パトロンには頭が上がらないってわけだ。
 とはいっても、博士の場合はそのパトロンの数も援助額も、そこらの研究者とは桁違いなんだけどね。だから、一件くらいのパトロンに去られても、どうってことはないはずなんだ。
 にもかかわらず、博士の額には大量の汗が滲んでいることからして、どうやらその女の子の家の機嫌を損ねると、大変なことになってしまうらしい。

「そこでなんじゃが・・・・」

 額の汗を拭いつつ、博士はおいらの顔をジッと見つめて黙りこんだ。何だか嫌な予感がしてきたぞ。でも、こういう予感って大体当たっちゃうんだよね。だから、余計なことなんて考えない方がいいんだけど・・・って、こう思っている時点で考えちゃっているか。

「ゼニガメ、どうかお前にその子のパートナーとなってもらいたいんじゃ!」

 うわぁーやっぱりきちゃったよ。もう予想通りもここまでくるとどうしようもないよね。でも、一応断わってみよう。礼義としてね。

「そんなことを言わんどくれ!ゼニガメは確かにホウエン地方の初心者推奨ポケモンではないが、カントー地方ではそれに該当しとるじゃろう?それに、お前は普通のポケモンなんぞよりもよっぽど優秀じゃし」

 うーん、断ってみたら、今度はやたらと説明くさい理由と一緒に返ってきちゃったな。博士が言っているように、おいらはカントー地方ではさっきの3匹と同様に、ヒトカゲとフシギダネっていうポケモンと席を同じくする、初心者推奨ポケモンのうちの一匹だし、およそ他に優秀な奴なんかいないっていうくらいに優秀だけど、大事な研究を放っておいて旅をするっていうのは御免だ。こればっかりは、いくら博士にお世話になっているといっても譲れない。

「それにじゃな、その女の子はすごいべっぴんじゃぞ?気品もあって、おしとやかじゃしな」

 必死になっている博士には悪いけど、おいらは異性には全く興味はない。さらに誤解を招かないように付け加えておくと、同性にも興味はない。っていうか相手は人間でしょ?ポケモン相手ですらありえないのに、人間相手で釣られるわけがないじゃないか。それに相手がパトロンのお嬢さんなら、なおさらのことそういう対象として見ちゃだめだよね。
 あー、何だかこのまま首を振っていても埒があかなそうだなー。でも、その女の子をどうするか良い手段が思いつかないしなー。適当なポケモンを渡したら渡したで面倒なことになっちゃうんだろうし。面倒くさいなぁ。

「お願いじゃから行ってくれんか?もしも行ってくれたら、使える研究室を増やしてもいいぞ?今の研究室じゃ手狭じゃろ?」

 ホント博士は諦めが悪いなぁ。研究室を増やすだって?そんな甘い餌でおいらが釣られるとでも思っているのかい?まったく、おいらのことを体のいい研究生か何かと勘違いしてるんじゃないのかな。
 大体だね、研究室が増えるってことは、機材を新たに設置して、今までできなかったような研究ができるようになるってことで、さらには同時並行で進められる実験が増えるから、作業効率はグンと増すし、これまでゴチャゴチャしていた資料だのなんだのを、まとめて置いておけるスペースなんかも作れるかもしれないし、そうしたら大学の研究室に置いてきたレポートだとか、フィルムなんかも一気に取り寄せて、それからそれから・・・


「そうか!行ってくれるか!いやー助かった助かった。それじゃわしは色々と準備をしてくるから、お前も部屋の整理をしておいておくれ。もしも経過をみなけりゃいかんような実験があったら、わしが極力継続できるように取り計らうから、メモを残しておくんじゃぞ。じゃあの」

 
 そう言い切って博士は疾風のごとき勢いで研究室から飛び出して行った。後には、その後ろ姿に手を振ったまま硬直しているおいらだけが残された。
 
 やられた。あれ程甘い餌に釣られまいとしていたのに、つい頷いてしまった。実に巧妙な罠だった。
 しかしどうしたらいいんだろう。おいらは目先の欲のために、自分の最も大事にすべき部分を投げうってしまった。まだ「ボスゴドラが食する鉱石と、そのエネルギー還元率」だとか「ヘルガーの体内の毒素と食生活の関連性」の検証が全然進んでいないっていうのに!それに、大学の学生や、各地の研究者から送られてきている未読のレポートが山のようにあるし・・・うー、困ったな。
 一度頷いてしまった以上、もうどうしようもないのはわかっているけれど、それでも頭を抱えずにはいられない。大体トレーナーとして旅に出るってことは、おいらの経験からして、少なくとも丸一年は戻ってこれないことになるってことだ。リーグで殿堂入りを目指すだとか、コンテストで優勝を目指すだとか、目的は色々あるけれど、どれもこれも大変に時間のかかることだ。
 ん?そういえば、博士はその女の子がどういう目的をもって旅を始めるかについて全く言っていなかったな。
 女の子のトレーナーの場合で一番多いのは、コンテストで優勝を目指し、トップコーディネーターになる、っていうものなんだけど、中には多くの男の子のように、リーグに出場して優勝を目指す、なんてこともあるんだよね。もちろんそれ以外にも、単純に各地を見て回るだとか、自分の生涯のパートナーとも言うべきポケモンを探す、なんていう目的をもって旅立つ子もいるけどね。
 あー、その女の子がなるべく時間をかけずに達成できるような目的をもっていたら・・・

と、そこまで考えて、おいらの頭の中に天才的な閃きが走った。

 そうだよ、良く考えてみたら、その女の子はとんでもないお嬢様なんだよね。詳しいことはよくわからないけれど、博士があれだけ取り乱す程なんだから、きっと家は滅茶苦茶な大金持ちなんだ。ということは、きっとその女の子は箱入り娘と言ってもいいくらいに世間知らずなはずだ。いや、こんな、“車が道路を全く走っていないような田舎の中の田舎”にいるくらいなんだから、絶対そうに決まっている。
 だったらもう楽勝だよ。普通の子どもならともかく、箱入りお嬢様がきっつい野宿の旅なんかに耐えれるわけがない。それこそ、この街を出てすぐの所にある森で、「もう帰りたい」なんて泣きごとを洩らす可能性が十分にある。そしたらそこで旅はおしまい。おいらはたった一日で獲得した新しい研究室の中で、今まで使えなかった新しい機材にうっとりすることができる。素晴らしい!
 あーでも、パトロンが怒って援助金を減らしてきたりするかもしれないし、博士が渋い顔をするかもしれないなぁ・・・・うーん。けど、結果はどうあれ、旅に連れ出すっていう義理は果たすんだし、おいらには関係ないよね。ストレスでちょっと博士の頭が禿げあがっちゃうかもしれないけどね。って心配するまでもなく、博士の頭にはもうほとんど毛は無いんだったっけ。

「ゼニガメー!もうそろそろ来るぞーい!」

 おっと、浮かれている場合じゃないか。とっとと部屋に戻って、博士に色々とやっておいてもらうことをメモしておこう。ま、どうせ1日と経たずに戻ってくるだろうから必要ないけどね。
 あ、どうせだったら、今のうちに新しい機材を発注しておくのもいいかもしれないなぁ。そうしておけば、帰って来た時に丁度良く実験を始められるかもしれないし。
 えーっと、機材のカタログとカイリュー便の料金表はどこかな?確かこの部屋の書棚にあった気が・・・

「ちゃんとモンスターボールの中に入っておくんじゃぞー!」

 博士がスピーカーから切迫した声を発している辺り、どうやら本当にもうすぐ女の子がやってくるらしい。あーあ、これじゃあカタログを悠長に見ている暇は無さそうだ。「サイコウェーブ式フリカル値計測装置」とか欲しかったんだけどなー。ま、でも、帰ってきてからじっくりと検討すればいいか。

 にしてもモンスターボールの中に入らないといけないっていうのは面倒だなぁ。最新のシステムによって、温度だの湿度だのが完璧に調整されているおかげで、ボールの中は、大抵のポケモンにとって快適な空間となっているし、これが作られたおかげで、おいら達が人間の言葉を話せるようになったのも事実だけど、おいらはどうにもボールの中に閉じ込められるっていう感覚が好きになれない。
 何ていうか落ち着かないんだよね。その気になれば、他者の力を借りなくても外には出れるけど、何かダメなんだ。
 まぁこんなワガママを言っていても仕方がない。とにかく、今は新しい研究室のためにも、おとなしくボールの中に入って女の子を待つことにしよう・・・・ってボールは机の上か。うーん、博士は体高の低いおいらにあてつけているのかな?いや、単純に気が回っていないだけか。はぁ、これだから変人は困るよね。

 と、誰に言うでもなく愚痴を洩らしつつ、おいらはボールが置いてある机の上に飛び乗った。本当はこんなことしちゃいけないんだけどね。でも、博士がおいらの手の届く範囲にボールを置いてなかったんだから仕方ない。
 机の上に置いてあるボールは4つだったけれど、そのうち空いているのは1つだけだった。それ以外のボールには何のポケモンが入っているか少し気になったけど、気にしたところでどうなるわけでもない。多分、研究用に送られてきたポケモンかなんかだろう。
 おいらは特に気にすることもなく、空いているボールのスイッチを押し、それによって開いたボールの中から発せられた赤い光に身を包まれ、吸い寄せられるような感覚を覚えるとともに、暗くて狭い空間へと身を投じた。

 強引ではあったけど、一応は納得した上で入ったにもかかわらず、やっぱりボールの中は落ち着かなかった。信頼できる統計データによれば、トレーナーと共に生活しているポケモンのうち、およそ79.7%が1日の4分の1をボールの中で過ごし、その内の80.8%はボールの中を快適であると答えているけど、おいらは1日の4分の1もボールの中にいるなんていうのは耐えられないし、入っていたとしても快適とは思えない。一体どうしてこんな暗くて狭い所を快適だって言えるんだろう?

 ああ、会いたくもないし、興味も無いけれど、早く博士が言っていた女の子に来てもらいたい。そして、ここから出してほしい。例えその子がどんなにワガママであって、どんんなにキツイ性格であっても構わないから、早くここから出してほしい。
 よくあるパターンだと、こうやって念じた瞬間に、眩しい白い光が目の前に広がって、目を開けると目の前に女の子が!なんてことになるんだけど、どうやらおいらの場合はそうはならないらしい。
 うーん、ひょっとしたら、博士は女の子が来る時間を勘違いしたんじゃないかな?ありえるなぁ、実験のことならまず間違えないけれど、それ以外のことなら十分に・・・ん?何だかボールの外に、薄らとではあるけど誰かの気配を感じるぞ?
 ちなみに、安静に過ごせるようにと、モンスターボールの中はなるべく外界と遮断されるように作られているけれど、それでもおいらなら、ある程度は外がどんな様子かを探ることができる。
 おや?どうやら外には二人の人間がいるらしい。一人は間違いなくドーナツ博士だろうけど、もう一人は誰だろう?ああ、そうか、このもう一人の人間が、博士が言っていた女の子か。
 よーし、後もう少しでこの暗くて狭い空間ともおさらばだ。そして、約24時間後には新しい研究室とご対面だ。まずはカタログをじっくりと眺めて、機材を発注して、それから大学に問い合わせて、研究室に積まれているレポートを送ってもらって・・・・ああ、考えるだけでワクワクが止まらないよ!
 お!いよいよ博士がおいらのことをボールから出すみたいだぞ?まったく、ほんの数分しか入っていなかったのに、まるで何年もここにいたかのような気分だよ。

 さぁ博士、早くおいらをここから出して、箱入り娘のお嬢さんと会わせてくれ。きっと1日足らずの付き合いにしかならないし、すぐに顔も忘れてしまうだろうけど、それでもその間はちゃんとパートナーとして役目を果たすから!

 なーんて建前をボールの中で呟きつつ、おいらはニヤっと笑った。すると、ボールの中に吸い込まれた時とは別の、白くて眩しい光が眼前に現れて、おいらは思わず目をつぶった。そしてそれがそのまま体を包み込んだかと思うと、おいらは再び吸い込まれるような感覚を覚えた。でもさっきとは違って、おいらはそれを全く嫌なものだとは感じなかった。むしろ喜ばしいと感じていた。やがてその感覚が消え失せると、おいらは目を開けて、目の前に立っている少女を見た。


おしまい

長編へのリンク→[[レポートNo.1「困った時の亀頼み?」]]

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・あとがき

※注意!ここから先にはおよそ本編とは関わりのないことが書いてあります!ネタバレの心配はありません!(じゃあ注意する必要ないじゃん)※


 初めての方は初めまして。それから、恐らくいらっしゃらないであろうとは思いますが、私をどこかでみかけたことがある方はおはようございます。人間に対しても獣に対しても、節操無しの雑食性の亀の万年堂です。本日は「少女が来たりて亀は笑む」を読んでいただき、まことにありがとうございます。
 前置きはこの辺にして、さっそく説明に入りますが、この作品は、某所において書かせてもらっている、私の長編作品「テンテンテテテンのレポート」に出てくる「ゼニガメ」の外伝的位置づけで、彼が長編本編に登場する前の話となっております。本編の方では、この話に出てきた「彼を待っている人間の少女」を主人公として話が展開しているのですが、色々な都合上、本編ではこのゼニガメ君の過去について書くところが全く無さそうなので、こうして別枠の短編として書いてみたわけです。
 やはりいらっしゃらないとは思いますが、本編の現段階を知っている人からすれば、この短編における彼の態度は噴飯ものかもしれませんね。ええ、色々な意味で。
 ちなみに、この作品中に出てくる「信頼できる統計データ」だとか、「サイコウェーブ式フリカル値計測装置」なんていうのは実在しませんし、「ボスゴドラが食する鉱石と、そのエネルギー還元率」なんていうレポートも存在しません。いや、ひょっとしたらレポートに関しては、どこぞのボスゴドラマニアの人が書いているかもしれませんね。ボスゴドラマニアの方すいません。私もボスゴドラは雌雄問わずに大好きです(自重)。
 話が怪しい方向にハッテンしそうになってきたので、この辺であとがきの方を終わりたいと思います。拙い文章に付き合っていただき、本当にありがとうございました。

亀の万年堂でした

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何かあったら投下どうぞ。

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