ポケモン小説wiki
アブソルの失脚計画 の変更点


作[[呂蒙]]


 セイリュウ国南部の大都市、ケンギョウに南国の春がやってきた。太陽の日がさんさんと降り注ぎ、暖かな南風が木々に彩りを添えてゆく。適度な暖かさというものはいいものだ。誰もが、湿気や汗臭さでまいることなく、快適に仕事ができる。
 ハクゲングループ本社では、今日も多くの人間、ポケモン問わずに社員が労働に精を出している。労働の場としては誠に理想的な空間である。定時になり、残業を終え、そして一日が終わる。一日の疲れを浴室やベッドで癒し、次の日に出勤。平社員から会長のシュウユ=ハクゲンにいたるまで平日はこのようにして消化される。もっとも、海外出張を終えて帰国した次の日は休み、という規定があるが、それはあくまで例外だ。
 朝、シュウユが出社してくると、その姿を見た部下たちがあいさつに来る。
「おはようございます」
「おはようございます、会長」
「おはよう」
 やはり、部下に囲まれるというのはいいものだ。これほど心強いものはない。人間の社員はともかく、ポケモンの社員に関しては絶対の信頼を置いていた。そもそも、どこから連れてくるという話だが、実は、全てが社員あるいは親しい付き合いをしている人のポケモンだ。だから身元が判明しているので安心して雇うことができる。何年か前に「野生のポケモンを乱獲し、会社で奴隷のような扱いをしている」と週刊誌に書かれたことがあった。もちろん事実無根なのだが、そのせいでシュウユはひどい目に遭った。
 まず、会社に苦情の電話が多くかかってきて社員はその対応に追われる。連日、雑誌社が取材に押しかけてくる。訳の分からないトレーナーがポケモンを連れて会社を襲撃する。という事件もあった。しかし、ポケモンたちに命じて相手をぶちのめしたが最後、シュウユが罪に問われてしまう。結局裁判に持ち込み、相手の雑誌社を負かした。シュウユは反撃に転じ、その会社に競争を仕掛け、潰すことに成功した。残酷なようだが、資本主義とはそういうものだ。
 それからは平和な日々が続いた。時折、泥棒が会社に侵入することもあったが、ものの見事に警察に突き出されたり、撃退されている。かくして、社員たちは安心して仕事ができるようになったのだ。

 しかし、中には平和な日々を平平凡凡で何か刺激がほしい、と考える人もいないわけではなかった。ハクゲングループにはいくつもの部署がある。その一つ情報部がそれだ。経済や海外情勢、ライバル社の動向などの情報を収集し、会社の経営に役立てることを目的にしている。そこの責任者つまり情報部長はこんなことを考えていた。
(あーあ、最近退屈だなぁ……。ここまで登りつめたはいいけど、こっから上に行くには運もからむしなぁ……。刺激が欲しい)
 すると、目線の先には仕事をしているアブソルがいた。社員の多くが「白いモップに鎌をくっつけたようだ」というが、まさしくその通りだろう。かつて、悪タイプは毛嫌いされがちだったが、あくまでそれは偏見によるものだ。シュウユにはそんな偏見はもともと無かったし、エスパー技を潰せるというのが最大のウリだった。極端な話、超能力を使って犯罪しようとする輩もいるので、それを阻止するのには絶大な効果を発揮する。いかなる超能力も悪タイプの前には無力だ。
 それは情報部長も知っている。どういう仕組みで超能力を潰せるかまでは知らなかったが。無論、悪タイプも弱点はあるのだが、超能力を潰せるというだけで、情報部長にはすごいことのように思えた。
(よし、決めた。そうだな、まずは一つ……)
 定年まであと15年余り、このまま老いていくよりは刺激に満ちた毎日を送り、ヒエラルヒーの頂点に上り詰めてやろうではないか。突然野望に燃え始めた。まずは、ポケモンたちを味方に取り込まねば。そして気取られてはならない。慎重に慎重に。
「おーい、アブソル」
 呼ばれたアブソルは情報部長の方に歩いてきた。
「はい、何か」
 礼儀も正しい。もっとも、礼儀に関してはポケモンは人間以上に厳しい研修があるのだ。それにパスしているのだから当然といえば当然だが。
「最近、頑張っているな。どうだい、今夜一緒に酒でも」
「はい、ありがとうございます」
 そう言って頭を下げる。やはり礼儀正しい。その姿を見て、情報部長は思った。これは存外、事が順調に進むのではなかろうかと。思わず笑みがこぼれそうになる。がここで意味もなくニヤニヤしては怪しまれてしまう。壮大な目標ができたため、情報部長は仕事をものすごい勢いでこなしていった。朝早くから夜中まで会社にいることも珍しくなくなった。時には会社に泊まり込みで仕事をすることもあった。全ては野望のためだ。
 それと並行して、アブソルを酒にたびたび誘うようになった。3回目の時に、自らの野望をそっと打ち明けた。それを聞かされた、アブソルは驚き、そして諌める。
「そんなことを言っては、いけません」
「だろうな、そう言うと思ったよ。だが、私も男だ。上に登りたいという思いも強い。このまま定年になるまで大人しくしている、というの嫌なんだ。一世一代の大勝負に出て、ダメならそれもよし、うまくいけば歴史に名前を残すこともできるかもしれない。アブソルやそのご主人もきっと出世して、今以上の生活ができるようになるさ」
「……わかりました。私も部長にお世話になってきましたので、その恩返しをしたいと思います」
「おお、何と礼を言っていいか」
「では、私も仲間と情報を集めるとしましょう」
「よし、頼んだぞ」
 こうして、自らの野望に一歩近づいた。

 次の給料日、情報部長を呼びだす社内アナウンスがあった。至急会長室まで来るようにとのことだ。嫌な予感がした。
(まずい、気付かれたかな……)
 あのアブソルが裏切ったのかな。まさか……。しかし、行かなければ何かやましいことがあると思われるのは確実だ。会長室に行くと、シュウユが椅子に座っていた。
「失礼します」
「おお、来たか。すまんな、突然呼び出して」
「会長、突然のお呼びとは一体何事でしょうか?」
 つとめて、冷静を装う情報部長。すると、シュウユは封筒を渡した。その封筒はやや厚みがあるものの、重くは無かった。
「あの、この中身は?」
「ボーナスだ。最近社内でもひたすら働いて、実績もあげているから、何か礼をせねばと思ってね」
「しかし、ボーナスはまだ先では?」
「解りきったことを言わないでくれ。臨時ボーナスだよ。手渡しにしたのはその方が喜んでくれるかな、と思ったからだ」
「ありがとうございます。誠に光栄です」
 情報部長はそう言って、会長室を後にした。内心ほくそ笑みながら。軍資金は多い方が良いのだ。別に断る理由もない。
 その日のこと、例によって、アブソルを連れてお酒を飲みに行った。が、その後、問題が起こったのだ。運の悪いことにチンピラに絡まれたのだ。しかも、例の封筒から紙幣を取り出して代金を支払うところを酒場で見られていたのだ。相手はポケモンを持っていた。例の封筒を渡せば命は助けるという。
「イヤだ、と言ったら?」
「そしたら、こいつの針で一突きだぜ」
 そのチンピラの横には、スピアーがいた。針というより槍だよな、とツッコミを入れたくなるような針を見つめた。周りには人がいるのに皆見て見ぬふりだ。というより、他の人も何かされるのを恐れているのだ。
(あああ、万事休すか)
 走って逃げられるようなものでもない。金を渡してしまおうか……。そう思った時、チンピラが突然転んだ。どうも足を払われたらしい。アスファルトの上に叩きつけられた。アブソルはチンピラの動きを封じるために、脚に力を込めて、チンピラを踏みつけた。
「さーて、自慢の鎌で首をぶっ飛ばしてしまおうかな」
 ネオンサインに照らされた鎌が黒く光る。黙って見守る聴衆。何の根拠もないのだが、悪タイプイコール悪いやつイコール人を襲うという式がまだ多くの人の中にはある。迷惑な偏見だが、こういう時には効果を発揮する。
「た、た、頼む。命だけは助けてくれ……」
「んじゃあ、情報部長を解放するんだな」
「す、する……」
 情報部長は助かった。周りの聴衆からは歓声が上がった。例のチンピラは極度の恐怖で腰が抜けてしまい、そのまま起き上がることができないようであった。
 まるで夢のような気分だ。それから、アブソルが仲の良い知り合いとかでドンカラスを連れてきた。仲間も集まるし、計画もばれていない。必要な情報も集まる。順調そのものだ。

 またしばらくして、その情報部長に辞令が下った。海外の支社の支社長に任命するというのだ。部長から支社長とは前例のない出世である。また夢のような気分だ。そして野望達成まであと一歩。残念ながらアブソルやドンカラスを海外に連れ出すには主人の許可がいるので置いて行くことになったが、ささやかな送別会で礼を言った。
(これで、あと一歩、あと一歩だ。そのうち自分が取って代わって……)
 海外というのも好都合だった。シュウユからの目が格段に届きにくくなるのだ。
 この支社は主に原油関係の仕事が中心であった。が、そこの国は原油産出量は豊富なのだが、情勢が非常に不安定でいつ戦闘状態になってもおかしくないのだ。銃声が町中に響くというのはしょっちゅうだ。
 最初は刺激とスリル、野望とか考えていた支社長だが、自分の身を守るのでそれどころではなかった。給料は部長時代の数倍だが、それ故、金持ちと見なされ、テロの標的になってしまう。ガードマンを雇ったが、それでも不安。
 ついに、支社長は緊張の毎日に耐え切れなくなり、ついに体を壊してしまった。そして、セイリュウ国のシュウユ宛に辞表を出した。セイリュウにも戻る気にもなれず、周辺国の中で幾分平和な国でのんびり隠居生活を始めたという。

 その頃、セイリュウの本社の会長室にはアブソル、ドンカラス、シュウユがいた。そこに前外相、カジュウ=コウリョがやってきた。
 実は、アブソルとドンカラスはカジュウのポケモンで、シュウユも後輩の部下ということで雇っていたのだ。カジュウはケンギョウ生まれで、実家もこの近くなので通勤も比較的楽なのだ。
「会長、そろそろ国会の開会時期なので、2匹を引き取りに来ました。今までお世話になりました」
「また、議会がない間はウチの仕事を手伝って欲しいですな。ああ、そうだ。少ないですけど、お二方に退職金とボーナスを」
「そんな功績をあげたのですか? こいつらが」
 カジュウがアブソルたちの方を見た。アブソルが胸を張って説明した。
「何か、会長を失脚させようとか考えてるとんでもねーのがいたから、協力するふりをして、逆に失脚させてやっただけだよ」
「そうそう、いろいろ作戦を考えてくれましてね」
「ほう、身近なところにもこんなことをする奴がいそうな気がするぞ」
(お前だ、お前。カジュウ!)
「で、偽情報を掴ませて油断させといて、国外追放にして、な、会長?」
「こら、言葉遣いに気をつけろ!」
「しかし、アブソルは災いを予見できるとか言いますが、ほんとなんですなぁ。私も失脚しないで済みましたし。いやはや、ポケモンの力には助けられっぱなしですな」
「ええ、お互いに」
 カジュウは煙草に火をつけて、煙を吸い込んで吐き出した。ゆらゆらと煙が立ち上る。
 会長室の窓からは、ケンギョウが見える。今日も人々は変わりなく働いていることだろう。

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