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なぜかガラル地方に転生したコライドンだけどイケメンなので何とかなった の履歴差分(No.1)


CAUTION
※今作のコライドンの描写は主にSV発売前の情報と印象に依拠しており、本編での描写、設定とは&ruby(・){著};&ruby(・){し};&ruby(・){く};異なる場合があります。
※※故に設定が迷子の箇所がございます(特に冒頭10話まで)
※※※要は顔とガタイの良さだけで書いた妄想の代物です
※※※※SVに関する重大なネタバレを含みます
※※※※※ケモホモです、♂×♂です、つまり⚣です

&size(25){なぜかガラル地方に転生したコライドンだけどイケメンなので何とかなった}; 作:[[群々]]

1

 コライドンが目を覚ました時、なぜか湖面のど真ん中に仰向けに漂っていた。その姿勢のまま長いこと気を失っていたようなのだが、喉から胸にかけて大きく張り出したタイヤのような部位——コライドン自身、これが何のためにあるのかよくわかっていないのだが——が浮きの役目を果たしたおかげで溺れずに済んだらしかった。
 何がどうしてこうなったのか、コライドンにはわかりようがなかった。直前の記憶はある。住処にしている人里離れた岩場の頂上で彼は眠りにつくところだった。
 そこは、浜辺からも離れたところにある、島というよりは険しい岩礁のようなところで、周囲の波も荒いから並大抵のポケモンは近づきようもないところだ。あるいはゴルダックやニョロボンならば何とか遊泳して来れるかもしれないが、いずれにせよ切り立って掴みどころもない岩壁がホエルオーのように立ちはだかっている。
 そんな場所にコライドンは住み着いて、毎日のように遠い陸地とを往復していたのだった。朝起きれば、威勢の良い雄叫びをあげながら躊躇なく海に飛び込み、手脚の食指と中指の間に発達した水掻きを使って器用に水を掻き分けて泳ぐ。それに、胸元にある喉袋が浮き輪代わりになるのでさして体力を消耗することなく、陸地へ泳ぎ着くことができるのだった。
 陸地では太陽が昇っている間にたらふくきのみを喰い、心地よい草原で昼寝をする。時にはポケモンたちが何やら楽しげな祝祭をしているのを見かけたら自分も加わり、歌えや踊れやと存分に大騒ぎをする。額から生える派手なトサカがよく映えるので、周りのみんなはうっとりとしてコライドンを見つめるのだった。秩序を乱す悪いヤツが現れようものなら、すぐに駆けつけて相手をぶちのめした。目下、コライドンの腕っぷしに敵う相手はいなかったので、種族や雌雄に関わらずみんなに好かれていた。そんな日々だった。
 とにかく記憶に残っているのは、いつものような日々を終えてまたぞろ海を渡って寝ぐらにしている岩礁をようやっと登って一息吐いたことだった。ああ、今日も楽しかったな、というようなことを考えながら大の字になって綺麗な星空を眺め、綺麗だなぁなんて思いながらいつの間にか眠りについているはずだった。突然、異様な物音が辺りにこだました。キツイ耳鳴りのようにツンとする不愉快な音が鼓膜に響いて、鬱陶しげに微睡んだ目を見開いた瞬間強烈な光を浴びた。
 そして今に至る。
 気が動転して、寝っ転がったまま岩礁から落っこちて伸びてでもいたんだろう、とコライドンは気安く考え目を開こうとするが、あまりに長く目を閉じていたせいで日差しがあまりにも眩しくてしばらくは目を細めていないといけなかった。ボンヤリとした景色ながら、ギラギラとした太陽は丸く、空は青かった。仰向けに浮かんだままカラダのあちこちをさすってみたが、高いところから無防備な姿勢で落ちた割には痛みを感じないのは妙だった。胸や脇腹の辺りにもかすり傷の一つも感じられないというのは、運が良かったという言葉では到底説明できないことのように思えた。
(変なことって、あるもんだな)
 目がようやく光に慣れてきた。コライドンはあくびをした。水面でカラダをピンと伸ばすと全身の筋肉が心地よく弛緩する。何はともあれ朝だ。またぞろ陸地へ繰り出そうと辺りをキョロキョロと見回したところで、周囲の景色が何やら見慣れないものであることに気付いた。
 まず、ここは海ではなかった。周囲を穏やかな草原に囲まれたこの場所は湖のようだった。気を失って海を漂っているうちに変な場所まで運ばれて来てしまったのだろうかとも思ったがそれでもない。草原の方を見遣ると、どこもかしこもコライドンには見覚えのない景色なのだ。遠くには何やら赤煉瓦造りの古めかしい壁に囲まれた向こうにもくもくと噴煙を立てる煙突やら、一定の規則で回り続ける巨大な歯車が見えたが、そんなものはろくすっぽ聞いたことがなかった。コライドンは居心地の悪さを感じ出した。紅色の鱗から珠のような滴が隆起した胸から流れ、腋下へと滑り込んで行くのを感じる。
(ここ、どこだ?)
 目を凝らして青空と陽光を見つめる。コライドンにとってこれだけは変わることのない、確かな景色だ。数えきれないほどに見た安心感のある景色、たとえどんなことが起きていたにしても自分が世界のどこかにしっかりと存在しているのだというボンヤリとした安堵感をもたらしてくれるもの。コライドンは両手で胸元の膨らみを抱きかかえるように掴んで大空を見つめ、浮かんでいた。
「おおい!」
 誰かが叫ぶ声がした。
「おいって!」
 その声は、どうやら自分に呼びかけているようだった。コライドンは声の方へ首を擡げようとしたが、胸元が邪魔になってよく見えない。ふうと息を吐くと、おもむろに水中でクルリと回転してから立ち泳ぎの姿勢になった。
「何してんだ? 大丈夫かあ?!」
 両手を筒のように口にあててめいっぱい大声を張り上げているのは、確かジャラランガという種族だったかとコライドンは思った。名前こそは聞いたことがあったが、頭からお下げのように鱗を垂らしているとか、それでジャラジャラと音を立てて威嚇だとかアプローチをするのだという風の噂で知っているくらいだった。
「おう!」
 コライドンは咄嗟に腕を振り上げた。引き絞られた腋を懸命に降りしきると、水面からバシャバシャと水飛沫が立った。
「こっちまで泳げるかあ?!」
 請け合うように片腕を突き上げると、コライドンはぶるぶると首を頻りに横に振り、トサカの水滴を弾き飛ばした。それを濡らさないようにしながら平泳ぎをして、ジャラランガのいる岸へと辿り着く。すっくと地に足を着けようとしたら、ずっと水面にいたせいで思いの外足に力が入らず、崩れ落ちそうになったところをジャラランガのガッチリとした腕が支え起こすのだった。
「あ、わりっ……」
「いいってことよ」
 ジャラランガは口端をギュッと引き締めて見せる。
「良くわかんねえけど、随分そこで気を失ってたみたいだな? 無理すんなよ」
「……」
 どうやらコイツは良い奴みたいだ、とコライドンは安心してカラダをもたれかかった。力を抜くと、それまで全然意識しなかった疲れがドッと押し寄せてくるのが感じられた。腰の括れたところを掴むジャラランガの手がとても暖かい。目がとろんとしてきた。頭がグラグラと傾き、腕を動かすのも億劫になった。


2

 パッと目を開くと、ジャラランガがこちらをジッと見下ろしている。目つきは悪いが、敵意といったものは感じない。
「起きたか」
 鼻を鳴らしながら、コライドンの胸を叩く。蒸れた草の香りが鼻腔に忍び込んできた。瑞々しい草葉の感触が脇腹をくすぐる感触に身をくねらせ、コライドンはカラダを横倒しにする。気怠さはまだ残っているみたいだ。もうしばらく横になっていたい。そんな気分を察してかジャラランガは、
「ま、寝たいならも少し寝とけ」
 とだけ言う。お言葉に甘えてコライドンは何度も寝返りを打った——といっても、この胸のおかげで俯せになると上体が浮かび上がる形になってしまうので一向落ち着かなった。
 改めて自分の身に起きたことを考えてみる。俺がいま寝そべっているところは明らかに俺の知らない場所だ。ジャラランガは疲れ切ってまたぞろ気を失った俺を、小川の辺りに寝そべらせているようだったが、そこから見える景色にも見覚えがない。それは赤煉瓦というもので組み上げられた巨大な橋とか、そういうもののようだ。同じような赤煉瓦で積み上げられた高い壁の向こうから盛んに白煙が噴き出して来るし、耳を澄ませばずっと何かが唸るような落ち着きのない低音を響かせている。
 あれ、なんなんだ? と隣であぐらを掻いているジャラランガという奴に聞けばそれまでのことなのに、コライドンはなかなか切り出すことができなかった。人見知りというのではなく、むしろ性格はその逆だし、これがいつも通りの日々であるならば、気の良さそうな奴でもあるわけだから、気軽に肩を組んで話すだろうが、それよりも躊躇いや戸惑いの方が大きかった。今ここにいる場所が何なのかがわかればモヤモヤとした感じは取れるのかもしれないが、どうにもそれが億劫というか、気が引けてしまうのだった。仕方がないのでジャラランガに背中を向けて寝たふりをした。
「おい」
 再び目を開くと辺りは夕焼けが草地を染めていた。ジャラランガの手が自分の肩を掴んで爪先を肉に食い込ませている。
「もう起きれっか?」
 コライドンは向きを変え、こちらに向かってうずくまるジャラランガを見た。睨むような目つきは相変わらずだが、口元は緩んで桃色の舌がちらと見える。戯けているつもりらしい。
 仰向けのまま腕を目一杯伸ばしてあくびをすると、空気で膨らんだ胸が大きく反り返った。その勢いで引き締まった腰が、痙攣したみたいにピクピクと細かく震える。ふう。一挙に全身の力を抜いてから、上体をすくりと起こした。派手に伸びたトサカが揺れた。ラピスラズリに染まった根本の辺りは夕日に照らされて黒々としている。
「えっと」
 コライドンは思い出したかのようにその言葉を口に出した。
「ありがとな」
 ジャラランガは爪でそっと頬を掻いた。
「ま、このままこうしてもらんねえだろ? 行こうぜ」
「どこへ?」
 コライドンはとりあえず腰を上げた。ジャラランガも合わせて立ち上がり、コライドンの肩をぽんと叩く。
「俺んとこ。話はそこでいいだろ?」
 肩をそびやかせ、全身に垂れ下がった鱗をしゃんしゃんと鳴らしながら歩いていくジャラランガの背後に付き、ゆっくりとした足取りで相手の言うどこかしらかへ向かうのだった。


3

 巨大なアーチ状のレンガ橋を支える橋脚の陰にジャラランガのねぐらはあった。平原の上空を横切るように建てられたそれは、コライゴンの住む岩礁よりも遥かに高く、見上げると目まいがしてきそうなほどだった。ジャラランガが住み着いているのはその片隅の一角で、小高い丘を登り切った先の柱と赤レンガの壁とに挟まれたところ。
「ま、適当に座っとけ」
 辿り着いて早々、レンガの壁に寄りかかってリラックスするジャラランガの隣にコライドンはおずおずと座り込んだ。ここまで来る間に野生のポケモンたちとすれ違ったが、どいつもこいつも不思議な顔をしていた。誰も俺のことを知らないみたいだ。
「結構良いとこだと思わねえか?」
 ジャラランガが得意げに胸を張る。
「この辺は天気が変わりやすくてな。雨風だの砂嵐やらクソみてえな雪だとか。ここなら全部凌げる。それに、近くにゃきのみのなる木だってあるし、ちょっと丘を下れば——さっき通って来る時見ただろ? 池だってある。飲むなりカラダ洗うなり、泳ぎたかったら泳ぐなり、至れり尽くせりってわけだ、良いとこ見つけた、って思うだろ?」
 コライドンは曖昧に頷いた。
「それはさておき」
 ジャラランガはいきなりコライドンの耳元に囁いた。しゃん、と鱗の音が響き渡り周囲の空気を引き締める。
「お前、見かけないナリしてるけど、名前なんて言うんだ?」
 いかにも馴れ馴れしげな素振り。じっとこちらに注ぐ視線には好奇心が満ち溢れている。
「……知らないのか?」
「ああ。お前のこと、初めて見るし」
 コライドンは困惑した。自分の存在を知らない奴なんてただの一匹もいない、という事態をまだ飲み込むことができないでいた。悪い冗談じゃないかとも思ったが、まじまじと自分を見据えるその表情に揶揄っている素振りは全くなかった。
「……コライドン」
「こらいどん?」
 ジャラランガの目がコライドンの緋色のカラダのあちこちに注がれる。その口振りは聞き慣れない単語を反芻するみたいだった。ねっとりとした視線がなんだか気恥ずかしくて、腋からじんわりと冷や汗が滲んでくる。
「俺はこの辺りのことはとうに知り尽くしたとばっか思ってたけど、まだまだ知らねえことってあんだなあ」
 コライドンの胸の突起を興味深そうにまじまじと観察しながら、ジャラランガは興味深そうに呟いた。
「……ここ、どこなんだ?」
 コライドンは兼ねてからの疑問をようやく口にした。ジャラランガは目を丸くする。
「へ?」
 互いに顔を見合わせながらしばらく黙り込んでいた。ジャラランガは首を傾げた。太ましい首の骨がポキッと乾いた音を立てる。
「どこって言ったって、ワイルドエリアに決まってんじゃんか」
「わいるどえりあ?」
 今度はコライドンが聞き慣れない言葉を反芻する番だった。
「そ、ワイルドエリア」
「……ワイルドエリア」
 もう一度呟いても、その言葉から何のイメージも記憶も印象も湧き出て来ないのにコライドンは閉口してしまう。本当に、どこまでも未知の言葉だ。
「でよ」
 ジャラランガは、場の雰囲気を取り繕うように話題を変えた。
「俺は根っからのガラル生まれガラル育ちでよ。細けえことは色々あってめんどくさいから端折るけど、ま、こうして一匹狼? 的な感じで暮らしてんだけど」
 で、お前はどこ住み? そうジャラランガは何の悪気もなく尋ねるのだった。ガラル、という少しも聞いたことがない言葉でコライドンはさらに混乱した。
 少し躊躇ってから、コライドンは自分が住んでいた地方の名前を答えた。ジャラランガは腕組みをし、しばらく考え込んだ。
「悪い、もっかい言ってくんねえか?」
 もう一度、あの土地の名を繰り返した。反応は一緒だった。
「パルデア……んー、悪い、聞いたことねえな」
「……そっか」
 コライドンはため息をつき、胸のタイヤとも殻ともつかない形状の膨らみを両手で挟んでぽふぽふさせた。自分に起きたことをどうジャラランガに説明すればいいものか、言葉が出て来なかった。
「お、おい」
 ジャラランガは驚いた。
「そんな顔すんなって。俺もバカだからぶっちゃけよくわかんねえけど……良い顔が台無しだろうが」
 待ってろ、と言ってジャラランガは立ち上がってスタスタと歩いて行った。胸の出っ張りと一体になってしまいそうなほど背中を丸めた姿勢でコライドンはその背中を見つめていた。ジャラランガは一本の細長い木の傍で立ち止まり、幹に抱きつくようにしながら激しく揺らすと、ぼたぼたと色とりどりのきのみが落ちて来る。そいつを全部腕に抱え、してやったりという表情で戻ってくる。
「とりあえず腹減ってんだろ?……喰えよ」
 と言って差し出したオレンのみは、コライドンがいつも齧っているきのみと同じものだった。その青色と、緑色のヘタを手のひらの上でじっくり観察していると、込み上げてくるものがあるのだった。
「どったよ」
「あ、ああ」
 コライドンはしゃにむにオレンに齧り付いた。辛かったり渋かったり甘かったり苦かったりすっぱかったり、色んな味が変わるがわる押し寄せてくるのも、いつものオレンの味だった。目をカッと見開きながら何かが溢れ出そうなのを堪えた。
 しんみりとした気分になりかけていると、ジャラランガが勢いよく背中を叩いたので、口に含んだオレンを吹き出しかけた。ムッとして相手を見遣ると、ジャラランガはしたり顔を浮かべた。
「しけた顔すんなって! よく知らねえけど巡り会ったのも何かの縁なわけだし、な?……えっと、名前何つったっけ」
「コライドン」
「コライドン、まっ、よろしく頼むぜ!」
 ジャラランガは親愛の情を示して両拳を力強く打ち付けた。しゃらん、とチリーンのような音がコライドンの耳にじんわりと響いた。


4

 暗闇に浸っていた瞳が少しずつ光に慣れていくように、コライドンも自分の置かれた状況を冷静に捉えることができるようになった。もちろん何がどうしてこうなったのかまではさっぱりだ。目が眩むような光を浴びたのは、眠気で意識が朦朧としていたときのことだったし、凄まじい物音がしたのは確かだったが、それも一瞬のことで後のことは何も覚えていない。
 そうして、ガラルという知らない場所の湖で伸びていたわけだった。
 ジャラランガのヤツも自分からおつむは良くねえからとは言いつつも、コライドンの言った地名に聞き覚えのあるポケモンがいないか探ってくれたが、さしたる成果は得られなかった。この辺りで一番頭が良さそうなアーマーガアはコライドンの容姿を見てただただキョトンとするばかりだったし、ミロカロ湖——そこで自分は長らく気を失っていたのだと、ジャラランガに教えてもらった——の近くを悠然と飛んでいるネイティオに至ってはコライドンを見てガタガタと身を震わせるばかりだった。
「ったく、しょうがねえ野郎ばっかだなあ」
 ジャラランガのヤツは頻りに鱗を掻き撫でて、その度にカチャカチャと落ち着きのない音を立てた。コライドンという名前の、緋色のドラゴンともトカゲとも取れるようなナリをした、向こうからしたらポケモンと言っていいのかどうかもまだわからないものに対して、さほどそれを気にするでもない味方の存在はありがたいと思った。
「コライドンさ、住んでた場所の名前? 以外になんかねえのかよ?」
「……んっと」
 コライドンは額から一際長く伸びた触覚を弄った。何かないかと急かされるように言われると、途端に自分の記憶がふわふわとし始める。コライドンが思い浮かべることができるのは、どれもあまりにも他愛ないことばかり。それもそのはずで、このガラルという名前のワイルドエリアと呼ばれる一帯は、コライドンがいた場所と根本的には変わるところがないのだった。野生に生きるポケモンたちは思うがままに動き回り、きのみで腹を満たし、時には縄張りを争って喧嘩したり、あるいはみんなで集まってがやがやと宴に興じたりしていた。けれど、コライドンにとってこの土地は一向に見知らぬものだったし、ワイルドエリアのポケモンたち誰一匹としてコライドンのことを知らない。
 日がな一日ジャラランガと連れ立ってワイルドエリアを歩き回ってみたが、自分がこの場所では本当に余所者なのだということが確かめられるばかりだった。元いた場所の手がかりなど到底得られそうになく、日が暮れてエンジンリバーサイドとハシノハ原っぱの境にある大橋へと戻るのだった。だだっ広い砂漠を彷徨うかのような足取りだった。
 肩を落とすコライドンの背中をジャラランガは励ますようにさする。
「……っぱ、帰りたい、か」
 コライドンは黙って頷く。
「正直、俺にもどうすればいいのか全然わかんねえ。お前の話聞いたって何が何だかって感じだしよう」
 装甲のように腕を覆っている黄金色の鱗が夕焼けに照らされてきらめいた。その反射が思いのほか眩しくてコライドンは目をチカチカさせた。
「でもよ、こういうのは焦っちゃいけねえ。そのうちきっと何かあんじゃねえの? ソイツが来んのをジッと待ってればいい。だから、あんまし落ち込むなって、コライドン」
「けど、お前は良いのか?」
「あ?」
「だって、俺なんかずっといられても迷惑だろ……」
「けっ!」
 肩を落とすコライドンにジャラランガは鼻息を荒げ、胸の鱗を力強く叩いた。
「心配すんなって。どデカい船乗ったつもりで、俺に頼ってみろって」
「……すまない」
「いいんだっつの!」
 ジャラランガが肩をキツく組んでコライドンの顔に勢いよく頬擦りした。鱗が顔にまとわりついて擦れるのがちょっと不愉快だったが、コライドンは黙っていた。
「まあ、まあ、そういうのはちょっくら置いといて、よ……」
 ジャラランガはコライドンの真正面に向かい合うと、ニタニタとした笑みを口元で浮かべながら、軽く握りしめた拳でコライドンの胸を軽く小突いた。
「一発、相手してくんねえか」
「相手?」
「そりゃ、もちろんよう」
 ゴツゴツとした手の甲をグリグリと胸筋に押し当てると、
「正直お前の姿見た瞬間から、一戦交えて見たくてたまんねえんだよなあ!……なあ、お前、ぜってえ強えだろ? な? な? 俺はバカだけど、強えヤツのニオイはばっちし、わかるんだ」
 それにカラダ動かしてけば面倒なこと考えなくて済むしな! とサッパリと言い放つジャラランガの勢いに押されて、コライドンは目を丸くしたままこくりと頷いてしまった。
「じゃあ、やっちまおうぜ!」
 即座にジャラランガは後ろに跳んでコライドンから距離を置くと、両拳を力強く打ち合わせた。全身の鱗がふんわりと跳ね上がった。コライドンは身構え、向かい合う姿勢を取った。
「見ろや、俺のブレイジングソウルビート……くらえ、おらあっ!」
 ご丁寧に技名を口上しながらジャラランガは勢いよく飛び出した。


5

「大丈夫か」
「あー……」
「おい?」
「……あー」
 コライドンは額から垂れる癖毛の先端を指で弄った。レンガの壁にもたれて俯いているジャラランガは壊れた機械のように呻くばかりだった。
 勝負は一瞬だった。
 ジャラランガは鱗をやかましく鳴らしながら腕をぶんぶんと振り回し、こちらと距離を詰めてきたが、一つ一つの攻撃には大きな隙があった。それを見てからかわせば、自慢の大技をスカしたジャラランガは「へ?」と目を点のようにしてコライドンを見遣るものだから、さらに隙ができる。相手が次の攻撃姿勢に移る前に間髪入れず、腕にゆっくりと反動をつけ、脇腹に強烈なフックを喰らわせると、たちまちウッウが吐き出したピカチュウのように弾き飛ばされてしまった。
 最初のうちはまだまだ元気に「ちくしょー! まだまだ!」と威勢よく立ち上がっていたのだが、いかんせんすることは一緒なものだったから、またヒョイとかわして「あれ?」と呆然しているところに一撃をお見舞いするだけで良かった。コライドンはかすり傷一つ付けることなく、ジャラランガをコテンパンにしてしまった。あまりに一方的で、少々気まずくなってしまうくらいだった。最後はムキになって真正面から殴りかかってきた相手の懐にさっと腰を屈めて潜り込み無防備な腹にパンチを食らわせたら、砂埃をあげながらレンガの壁へ吹き飛んでしまった。衝撃でレンガが割れ、鱗がけたたましく鳴り響く。何か大きな建物が崩れ落ちたかのような音だった。
 ジャラランガはようやく正気に返った。目をパチクリとさせながら、コライドンを見上げ、背後の少しヒビの入った壁を見て、しばらく上の空の表情で何かを考えてから、勢いよく立ち上がった。かと思うと、
「ひぎゃあっ!」
 と素っ頓狂な悲鳴をあげてまたひっくり返った。
「やべっ、太腿つった! 痛でえ! 痛ってええ!」
「お前……」
 痙攣した片脚を宙に突き出しながら、鱗を振り乱して喚き散らすジャラランガに呆気に取られていたコライドンだったが、急に腹の底から笑いが込み上げてきてたまらなかった。目の前のジャラランガの滑稽な姿に白く筋の入った腹を押さえながら息ができないくらいにゲラゲラと笑い散らすと、鱗の金属音を掻き消すほどにけたたましい声が見知らぬ土地に響き渡るのだった。今の今まで溜め込んでいたものが忽ちにして吹っ飛んでしまったような気がし、気持ちが一挙に楽になる思いだった。
「弱っっっっっっっっっっっっっっっっわ!」
「なななな! なんだ、テメェ! ごらっ」
 ひっくり返った上体を咄嗟に起こそうとして、思い出したように太腿の痛みを感じてギャアギャアのたうち回る。コライドンは草地に突っ伏し、口から唾が飛ぶのも構わずに笑い転げた。胸のぷにぷにとした膨らみが細っそりながら逞しい上体を支え、哄笑とともにカラダを捩らせるたびに、バランスボールのようにそれが弾み、上体を大きく波打たせるのだ。
「だって! 俺にかかって来る時の動き、いつも同じじゃねえか! そんなんじゃ! そんなんじゃさ!……」
「うるせー! それが俺のやり方なんだっての!」
「いや、ダメだろ!」
「バーカ!」
「ざぁっこ!」
 二匹はしばらく互いに騒ぎ罵り合った。太腿に走った痙攣が治まるまでジャラランガは叫んだり、喚いたりする間に全身の鱗を神経質に鳴らしてやかましかった。コライドンも胸に溜まった空気を全て吐き出して息が苦しくなるまで、草地にのたうち回った。彼らの笑いが爆音波となって、辺り一帯の草木を揺らし、眠りこけていたホシガリスが真っ逆さまに地べたに落っこちると、呆然とする間もなく一陣の風に煽られてコロコロと坂道を降って池に落ち、腹を空かしていたバスラオたちに追いかけ回されて水中を右往左往している合間に、ジャラランガもコライドンも落ち着きを取り戻し、大の字に寝そべってグッタリとしていた。
 カラダ中を巡っていた忌まわしい毒気が抜けたような心地よさをコライドンは感じていた。何かの拍子で知らない世界に飛ばされた——としか今は言いようがない——ことで気落ちしていた心が軽やかになっていた。
「ジャラ……ランガ? だっけ」
「んだよ」
「正直ワケわかんないことばっかだけど、お前がそれ以上にワケわかんなくて良かったよ」
「バカにしてんのかそれ?」
「はははははっ!」
 コライドンは勢いよく寝返りを打って胸の凸部をクッションのように抱えながら嬉々とした目でジャラランガを見つめた。
「違えよ、ホッとしてんだよ」
「?」
「なんつうか……何が起きたのか俺も全然わかってないし、正直不安で怖い、っていうのあるんだけどさ。お前がバカなの見てたら気が楽になった、センキュ」
 首をもたげたジャラランガはただでさえ重たげな瞼をいっそう細めてコライドンをまじまじと見た。屈託のない笑顔を顔面に浴びて、思わず爪で頬を掻いた。
「つうか、お前……結構陽気な奴なんだな」
「そりゃなっ!」
 ジャラランガに負けず劣らずの鼻息を噴き出しながらコライドンは言った。額を飾る派手な羽根やトサカがそよと揺らめいた。腕をぐっと引き伸ばしてジャラランガの手を握ると、力一杯にカラダを引っ張った。いきなり起こされたジャラランガの胸がどすんとコライドンの胸元のグラファイトの突起に引っかかり、二匹は鼻先を突き合わせるかたちになった。
「仲良くしてくれよジャラランガ!」
「けっ!」
 うろこポケモンは目を逸らした。
「せいぜい、ガラルの暮らしに慣れるこった」
「勝負ならいくらでも付き合ってやる、俺が鍛えてやるからさっ!」
「ったく早速コきやがって……」
「だって、まだ戦い足りねえんだろ?」
「全然足りねえ!」
「じゃ、またやるか?」
 口角をくいと曲げてコライドンは笑った。
「やったるわ、おらあ!」
 ジャラランガは立ち上がった。まだつった痛みの残り脚がガタついて、ぎえっ! と甲高い叫び声を上げながら倒れた。コライドンは胸を大きく反り返らせて、雄叫びのような笑いを上げた。
 全身がびしょ濡れになり体中に噛み跡をつけたホシガリスがそんな彼らの様子を忌々しげに横目に見遣り、住処の実のなる木へと帰っていった。


6

 見知らぬ者同士ではあったが、一つ橋の下でじっくりと顔を突き合わせてみれば二匹は驚くくらい意気投合した。きのみの趣味が合ったし、何かと好戦的な気性も合ったし、ノリがいいところも一緒だった。体力が無駄に有り余っているのも同じなら、事あるごとに拳をぶつけたがるのも似ていたが、勝負はいつもコライドンが勝った。
 ジャラランガが案内がてらワイルドエリアのあちこちにコライドンを連れ歩くと、その光景に彼はいちいち興味を持った。平原のあちこちに散らばる古代に生きていたという巨人の忘れ物と言われる一枚岩、ワイルドエリアを南に下った先にある古びた見張り塔の残骸など、どれも異国の地を訪ねたような新鮮味があるのだった。二匹はその頂上によじ登り、高所からガラルという地方の自然を一望した。心洗われるような美しさだった。
「俺が住んでいるところも」
 コライドンは自然と自分のいた場所と見張り塔跡地を重ね合わせた。
「こんな感じのとこだった。けど、海のど真ん中なんだ。毎日朝と夜に泳いで行き来してた」
「凄えな」
 ジャラランガは素直に関心した。
「この辺は湖くらいしかねえからな。俺だって泳げなくはねえけど」
 と言って湖の真ん中辺りに浮かぶ小島を指差した。キバ湖の瞳というその場所にはこんもりとした茂みと、一本の実のなる木が見えた。
「たまに、あそこ行く時にひと泳ぎするくらえかな。あんましヒトも来ねえし、のんびりできて良いぜ、行くか?」
「行こうぜ!」
 コライドンは即答すると、塔上からピョンと飛び降りたかと思うと、トサカをいきなり帆のように広げて小島へと真っしぐらに飛んで行った。
「お、おい!」
 ジャラランガは突然空を飛んだコライドンに慌てふためいた。
「平気、平気、俺、強えし!」
「そういう問題じゃねえよ!」
「早く降りて来いよー、遅いぞー」
「うるせえ! ていうか、飛べるんだったら最初から言えっての……」
「なんかそういや飛べたなって、いま思い出した」
「アホか」
 忙しなく鱗を鳴らしながら、ジャラランガはぶるぶると肩を震わせながら降り始める。コライドンは塔の周りを回りながら、野次を飛ばした。
「おっそ」
「うっせ」
 ようやくジャラランガが塔を降りた頃には、コライドンはキバ湖の辺りまで飛んで行ってしまっていた。しゃにむにそこまで駆けていくと、コライドンは余裕そうに上体を捻って準備運動をしているところだった。
「じゃ、先泳いで向こう岸着いた方が勝ちな!」
 言い出して間も無く、コライドンは湖に飛び込んだ。ジャラランガが叫ぼうとする間にも、すいすいと泳いでいってしまう。
「ったく!」
 首を振りながらジャラランガも水中に潜るが、全身から垂れ下がる鱗が普段以上に重苦しく感じられて思うように前へ進めない。そもそもからして、遊泳に特化したようなカラダつきではないのだから仕方ない。ゆっくりと水面と漂う鱗を掻き分けながら離れ小島を目指した。あちら側の岸辺にはもうコライドンが辿り着いて、腰に手をやり踏ん反り返ってジャラランガのあくせくする姿を見物していた。
「あくしろって、遅えぞジャラランガあ!」
「にゃろう! 大人しく待ってろっての!」
 自慢の鱗がこれほど邪魔で鬱陶しいと思える時はなかった。自分の意思とは無関係に好き勝手水の流れに漂うものだからそれにつられてカラダも横や後ろに引き摺られてなかなか思うように進まない。
 コライドンが待ちかねて、泳いで来た道を逆戻りしてくる。ジャラランガの側まで来るといきなり大きく息を吸ってから水中深く潜り込んだ。
 あ゛?
 と、素っ頓狂な声をジャラランガが上げた途端、思いっきり足を引っ張られ、水中に引き摺り込まれてしまった。
(や、やべっ!……)
 生命の危機を感じ目を見開きながら全身を無闇にバタバタさせているジャラランガの周りを、コライドンは悠々とアシレーヌのように泳ぎ回っている。決死の形相になっているジャラランガの正面でニッコリとした表情を浮かべると、その腕を掴んでふわりと水面に浮き上がった。風船を身につけたかのように、驚くくらい軽やかにうろこまみれのカラダが浮かびあがったのに気が抜けて、うっかり水が鼻に入ってしまった。
「ぶはっ! がはっ!」
 ジャラランガは大口を開けて肺に空気を取り込んだ。落ち着いてから、目を瞬いて辺りをしつこく見回した。ずっと腕を掴んでいたコライドンの姿がない。いきなり真下から何かが昇ってくる気配がした時には遅かった。
「に゛ゃ!」
 突然湖面に浮き上がったコライドンがジャラランガの足を握って、そのまま高くリフトする格好になった。空中高く持ち上げられたジャラランガは鱗を振り乱しながら、あたふたと全身のバランスを取り、ヤジロンのように左右へ振れる。マスキッパの振り回すマラカスのようにシャンシャンと鱗が鳴り続ける。
「ココココライドン、ごらっ」
「あはははっ! どうだ、スゲえだろ」
「知るか! 降ろせ! からかいやがってにゃろうがっ」
 湖をウロつく魚ポケモンたちが一様にキョトンとした目で二匹の奇行を眺めている。世界のどこを見回してもこんなことをするのは俺たちしかいないように思え、冷や汗が垂れる。
「やーめーろって!」
「結構耐えるなジャラランガ! じゃああと1分耐えたらお前の勝ちにしてやるよ!」
「できるかぁ!」
 既にパタパタと手を動かしていたジャラランガは垂直の姿勢を保ちきれずゆっくりと傾き、派手に水飛沫を上げた。
「やかましい!」
 岸辺から彼らを怒鳴りつける声がしてコライドンと、へこたれたドヒドイデのような姿で浮き上がったジャラランガが岸辺に目をやると、口元の斧を太陽の光でぎらつかせながらいきりたっているポケモンがいた。
「全く。いいドラゴンのくせに水辺ではしゃぎやがって……」
「悪ぃ悪ぃ、オノノクス」
 ジャラランガは平謝りした。オノノクス、と呼ばれた黄金色の鎧のような鱗を身にまとった雄は忌々しく舌を打ちながら、その隣で悠然と湖面を泳ぐ見慣れないドラゴン——とも言い切れないのだが——に視線を移した。
「で、隣にいんのはどこのどいつだ?」
「おう、なんつうか色々訳ありでよ……」
「コライドンだ、よろしく、オノノ!……クス」
「あいよ」
 オノノクスは首を傾げた。
「にしても聞いたことねえポケモンだな」
「まあ、悪いヤツじゃねえのは確かだ。それは俺が保証してやる」
「お前みたいなバカに言われても困るけどな」
「ああ?」
 ジャラランガはオノノクスに向かい合おうとズカズカ進み出ようとしたが、自分がまだ水中に浮かんでいることをうっかり忘れていた。階段を踏み外したように空振った足が水を蹴って、ジャラランガは湖底へ沈みそうになったところをコライドンに抱き抱えられる。
「ったく、カナヅチなんだからさ」
 流石に呆れたという態度を露わにしながら、コライドンは前髪のように額の先に垂れた冠羽を指先で弄った。
「いや、元はと言えばおめーのせいだろうがっ!」
「だからやかましいんだって言ってんだろうが!」
 上がるならとっとと上がってこいバカども。オノノクスがそうがなり立てたので、二匹ともそろそろと犬かきをしながら小島に上がった。


7

「カリカリしてっけど安心しろよ、悪ぃヤツじゃないからな」
 ジャラランガが小声でそう耳打ちした。
 見張り塔のてっぺんから見た印象よりも小島は大きく感じられた。実のなる木一本の他は背丈の低い草むらが広がっているだけで、見晴らしはすこぶる良かった。
「結構俺らン間じゃ有名なトコなんだ。みんなちょくちょくここに来てゆっくり羽根伸ばしたりとかしてな」
 そしてあの常にムスッとしているオノノクスは昔からこの島に住み着いているのだったが、こうして他のポケモンたちがやって来ては好き勝手に過ごしていくから、おちおちゆっくりできないといつも愚痴を吐いているのだという。
「けど、口ではあんなおっかねえこと言ってっけどな。案外まんざらでもないって話だぜ」
「ああ?」
 オノノクスは耳聡くもその言葉を聞きつけ、ジャラランガをギロリとにらみつけた。おお、怖え、怖えと腕を組んで震える振りをすると、ジャラランガは岩がこんもりと盛り上がったところにどっこいしょ、と言いながら座り込んだ。コライドンも背中を寄せ合うように座った。
「そん中入んなよ、面倒だから」
 オノノクスは目を細めて口元から生える斧を点検しながら、独り言のように言った。
「?」
「ああ、コレな」
 ジャラランガは今自分たちが座っている岩場を指差した。
「こんなかにさ、メチャクチャでけえポケモンが住んでるらしいぜ」
「へえ」
「で、たまにこの穴からよ、ゲンガーみてえな色の光がドバッって出てくんだ。凄えぜ」
「俺にはいい迷惑だけどな」
 苦々しげにオノノクスが付け加える。
「とにかく余計なことすんなよ、ジャラランガ……と」
「コライドン」
「コライドン、な……にしても」
 と、オノノクスが初めて会った時のジャラランガと同じ質問をする。コライドンは率直に答えた。よくわからないがどこか違う場所から飛ばされて来た。以上。
「そんな話本当に信じてるのか?」
 オノノクスは険しい表情でコライドンを睨め上げた。
「不思議なことはこのクソみてえな穴だけにしてほしいな」
「やだあ!」
 などとジャラランガは殊更に怖がった振りをして結んだ両手を口元に添えながら、瞳を潤ませた。
「オノノクスさんったらひどぉい! 不寛容! 排他的ぃ!」
「コキやがって」
「ま、さ。会えたのも何かの縁だし、よろしく。オノノ!……クス?」
 オノノクスは長い首を反らして高慢そうにコライドンを見下ろす。
「お前がどこから来ようが別に俺の知ったこっちゃないが、とにかく、俺をイライラさせなきゃなんでもいい」
「な? ツンデレ、って感じだろ?」
「あ゛あ゛?」
「お、ケンカか?」
 ジャラランガは肩を回しながら威勢よく立ち上がる。
「テメエが言い出しっぺだろうが!」
 オノノクスがジャラランガと一戦交えるかと思われたとき、いきなり突風が彼らを吹き付けた。コライドンのトサカが激しく煽られバタバタと音立てて揺れた。
「あーごめんごめん!」
 と謝りながらも笑っているのは、細身の翼竜のような見た目をした大きく丸い耳の目立つポケモンである。
「今日は厄日だな」
 オノノクスはますます顔を渋くした。
「最近ご無沙汰だと思ってせいせいしてたとこだったのに」
「そんなこと言うなってえオノノクスぅ!」
 ぱっくりと口を開いて甘えるような声を出す。薄らと表側が緑がかった飛膜をパタパタさせていると、まるで駄々をこねているように見える。体躯のわりにやたらと大きい声にオノノクスは耳を塞いだ。
「ああ鬱陶しい……どいつもこいつもやかましい音立てやがって」
「えっと、アイツは?」
 コライドンがそっとジャラランガに耳打ちする。
「オンバーンっていう。何でもトレーナーの手持ちらしくて、たまに羽伸ばしに来るんだ。マブダチ、ってワケじゃねえが、まあ会ったらワイワイやってる」
「ふうん」
「よっ、ジャラランガおひさし!」
 嘆息するオノノクスに構わずさっと視線を移したオンバーンに、ジャラランガは返事代わりに拳を軽く突き出すと、いえい! 相手も調子よく翼と一体化している手を突き出して、ハイタッチする。
「そういえば、今日はツレと競争してねえのか」
「あれ? アイツまだ来てないの?!」
 オンバーンは瞳をくりくりさせた。
「ってことは今度こそ俺の勝ち? っしゃあ!」
「んなワケないだろ」
 オンバーンが両腋を高く掲げた瞬間、上空から呆れたような声が漏れたので一同空を見上げると、全身灰色の、これもまた翼竜のようなナリのポケモンが悠然と円を描きながら滑空していた。
「とっくのとうに着いてた。お前が遅すぎて暇だからこの辺一周してたんだ」
 オンバーンの隣にふんわりと着地すると、揶揄うように顎をしゃくった。
「残念」
「ちぇーっ、今日も俺の負けかよ!」
 悔しがるオンバーンを尻目にノコギリのように鋭く細かな牙を持つそいつがジャラランガとオノノクス——眉間の皺がまた一つ増えていた——そしてコライドンの姿をそれぞれ見回した。
「オノノクスさん、お邪魔してます」
「……俺がお前らに言いたいことは」
 オノノクスは肩をすくめながらボソボソと呟くような調子で答えた。どうにでもなれ、とでも言いたげなヤケな気分でぺっと茂みにツバを吐いた。
「何をするのも自由だが、頼むから静かにしてくれ、ってことだ……」
「よう、プテラ」
 ジャラランガは気さくに灰色の翼竜に向かって挨拶した。
「またキャンプから抜け出して来たのか?」
「そういうとこ」
 プテラはあっけらかんとしていた。
「リーダーがお節介焼くから。俺たち、もう世話されるようなもんでもないのに」
「パーティがイヤなら、俺みたいに野良になるのもいいぜ」
「ヤダよ」
「と、こ、ろ、で、さ!」
 オンバーンがいきなり叫んだ。
「お前名前何て言うんだ? なあなあなあ! さっきからスゲエ気になってんだけど!」
 オンバーンは瞳を輝かせ、コライドンの胸に寄りすがるような格好で爪先でカラダのあちこちを突っついていた。胸の喉袋のような膨らみやプニプニとし、白抜きの紋様が入ったような胸や脇腹のあたりを惚れ惚れとしながらチョンと突く。
「うっわ、すっげえ、マジかっけえ……なあなあ、俺オンバーンって言うんだけど、お前、何ていう種族?!」
「コライドンだ、よろしく!」
「コライドン! 初めて聞くけどマジかっけえーっ! コライドンコライドンコライドン! 仲良くしてくれって!」
「どこで知り合ったんだよ」
 早速打ち解けた二匹を見つめながら尋ねるプテラにジャラランガが事情を打ち明ける。
「ふうん……」
 戯れるヒバニーたちのように、ピョンピョンと草地を跳ね回りながら小突きあっている二匹をほんの少し険しい目をしてプテラは見つめていた。
「お? 妬いてんのか?」
「違うって」
 そうは言いながらも槍のような尻尾がさっきからペチペチと地べたを叩いていた。ジャラランガは踞ってそんなプテラの肩を組んだ。
「ま、せっかく集まったんだし今日はイチャイチャしようぜえ?」
「変態」
「ヘンタイはどこのどいつだ? ああん?」
「あははっははっはははっ! ははっ!」
 オンバーンが息ができないほどに笑い転げていた。ちょっかいを出し合っているうちにコライドンに押し倒され腋や脇腹をしつこくくすぐられて悶絶しているのだった。
「やっはっっはははは!」
「どうだ! ほらっ、このっ!」
「へへへへへっ! へへへっへへへへへへっへへ!……」
 笑いすぎて声すら出てこなくなったオンバーンは、いかにも無防備に胸や腰をくねらせて動作だけは抵抗していた。スピーカーのような耳が俄に、ドクン、と鳴った。
「ふえっ……ふえっ……ふぇっ!……」
「あ、ヤバいの出る」
「おいコライドン、伏せろ!」
「?……?……」
「ぶえっっくしゅ!!!!!!!」
 ジャラランガに言われるがままにコライドンは咄嗟に腹這いになったが早いか、額の触覚がはち切れそうなばかりにピンとたなびいた。頭上で空気が激しく震えているのを間近に感じて、肝が冷えた。臓器が内側からこだましているみたいだった。
 キバ湖の瞳がシュンと静まり返った。オンバーンの耳から放たれた盛大なばくおんぱのおかげで草むらがへんなりと薙ぎ倒され、驚いたマメパトたちが一斉に物陰から飛び立った。禿げた草むらのど真ん中で、キテルグマが指を咥えて立ち尽くしている。
「………………………………」
 木の葉まみれになったオノノクスがよろめきながら、一同の前に進み出た。自慢の牙には落ちてきたきのみがいくつも突き刺さり、正面から見ると思わず笑ってしまいそうになるのをみんなで堪えた。
「だああああああああああああああ!」
 オノノクスは今日一番の雄叫びを上げた。
「うっせええええええええええええええ! 死ねえええええええええええええええ! ボケええええええええええええええええ!」


8

「ったくよう」
 沈みかけた夕日を浴びながら、ジャラランガは言った。
「あんなガチギレすることもねえって思うだろ、なあ?」
 頬のアザをさすりながらジャラランガはコライドンに言った。そのコライドンも口元を青紫に腫らしていた。オンバーンのヤツがばくおんぱをかました後、一同は横一列に正座させられ、堪忍袋の尾が切れたオノノクスにそれぞれ強烈なアイアンテールをお見舞いされたのだった。オンバーンとコライドンはともかく俺たちは関係ねえだろうよ、とゴネるジャラランガと黙ってそうだそうだと頷くプテラであったが、オノノクスは耳を貸さず、
「連帯責任じゃ、カスども」
 とあらゆる罵詈雑言を放ちながら、ご丁寧にしっかりと反動をつけながら全力のアイアンテールを食らわせたのだった。
「ひでえ話だよなあ。殴るならオンバーンだけにしとけってな」
 それに、俺ン時妙に尻尾の力入れやがってアイツ……とジャラランガはボソッと付け加えた。
「でも、楽しかったな」
 頬をさすりながらコライドンは答えた。
「だろ? だろ?」
「また行きたい」
「だな!」
 そう言って、盾のような鱗をまとった逞しい腕を自慢げに見せつけるように突き出す。
「ちと今日はバタバタしちまったから、今度来た時はゆっくりしようや」
「オノノクス、怒るかな?」
「ほっとけって。何だかんだ寂しがり屋な野郎だからな。キレて本望なところ、あんだよ」
 食えよ、美味いぜ、と言ってジャラランガが薄緑色の細長いものをコライドンの胸の膨らみの上に載せる。目の前の珍しい食べ物をコライドンはマジマジと見つめる。
「初めて見るヤツだ」
「みずべのハーブって言うんだ。ま、ま、試しに食ってみろって」
 ジャラランガが頻りに勧めるので言われた通りに一口で半分ほどを一気にかじってみると、忽ちツンとくる辛さが鼻を突き抜けて、悲しくもないのに勝手に涙が溢れてくる。。思いっきり上半身を反らして、しばらく悶えるような辛さを堪えながらコライドンは火を吹くように口を開けて絶叫した
「だっはっは! やったぜ!」
 ジャラランガはしてやったりだった。
「それ生でかじるヤツ初めて見たぜ!」
「……!」
「タイマンじゃ負けっぱなしだけどな、ま、搦め手もありだからな!」
「……!」
「お? その目は何だ? やんのか?」
 ようやく鼻の痛みが抜けたコライドンは息を整えた、腰をグッと屈めた。
「……ジャラランガ、テメっ」
「いいぜ、受けて立つ!」
「5本先取だからなっ!」
「っしゃおら!」
 どっしりと構えたジャラランガの胸元に勢いよく飛び込んで、またぞろ二匹は取っ組み合いを始めた。がっぷりと組み合う姿勢になるとジャラランガにも利がある。
「ふぬぬぬっ……」
「おら、どうしたんだよ?……」
 揶揄うように、コライドンの両腰をすくい上げるとそのまま楽々と持ち上げた。姿勢を低くして、リーチのある腕をコライドンの腰に回してしまえば、いとも容易く相手をひっくり返すことができた。ならばとコライドンは精一杯胸を張って咽喉から下の膨らみを互いの緩衝材のようにして、何とか距離を保ちながら僅かな隙を見て足技をかけてジャラランガのバランスを崩すのだった。
 素の殴り合いとは違って取組では両匹は互角だったが、投げ飛ばしたり、投げ返されたり、押さえ込んだり込まれたりしているうちに、どちらが何勝したかも数えられなくなっていた。屈強な体格をした二匹のドラゴン——コライドンがその見た目通りにドラゴンであるかどうかはわからないとしても——はがっしりと組んだままごろごろと草地を転げ回り、大の字に投げ出された。お互い息が上がって、肺の中にたっぷりと空気を掻き込みながら、しっとりと鱗を潤す汗の感触を感じていた。
「あー……おもしれ」
 満足そうにジャラランガは胸に手をあて、バクバクと鳴る心臓の鼓動を感じていた。コライドンにはその代わりに浮き輪のような喉袋をぽふぽふと両手で叩いた。
 ジャラランガの拳がコライドンのしっかりと隆起した胸筋の上に置かれる。横目で見ると、どこかそわそわとした様子で空の上の一点を見るともなく見つめていた。
「なあ」
 だいぶ間を開けて、ジャラランガが言った。
「やっぱり、元いた場所へ帰りたいのか?」
 コライドンはすぐには答えられなかった。
「いや、もちろん俺は楽しいっちゃ楽しいけどよ……なんだかお前を足止めしちまってるみてえで、それはちょっと申し訳ねえかもな、って思っちまってさ」
「なんだよ、寂しがりなこと言うなよ」
 コライドンは叫んだ。
「だって俺、メチャクチャ楽しいし。ま、何とかなるだろって思ってるし。心配すんなよ」
 戯れに、ジャラランガの脇腹を肘で小突いてやった。おもむろに首を動かして、ワイルドエリアの赤く染まりつつある空を眺める。空の一点を何やら黒い塊のようなものを掴んだアーマーガアが飛んでいく。
「あれはなんだ?」
「空飛ぶタクシーってんだ。ここの名物? みたようなもんさ」
「へえ……」
 コライドンは心が無性にワクワクしてきた。
「ここって、俺の知らないものがたくさんあるな!」
「知りたきゃ俺がもっと教えてやるよ」
「頼むぜ、兄貴」
「ああ?」
 渋い顔をするジャラランガを尻目に、コライドンは頬を緩ませながら、小さい点となってやがて見えなくなるまで空飛ぶタクシーというものを熱心に見つめていた。見知らぬ世界の暮らしに案外すぐに馴染んでしまうと、すぐに前いた場所に戻りたいという考えはさほど切実ではなくなっていた。だからこそいざ自分の置かれた状況を考え直すと、胸が塞がるような思いがジワリと襲ってくるのであった。
 けど、ひとまずはここの生活を楽しんでみるか! とコライドンは前向きだった。

9

「よお」
 ある昼下がり、コライドンがレンガ橋の下でうたた寝をしていると、聞きなれない声がした。ジャラランガのものでも、離れ小島で会ったオノノクスやオンバーンたちの声ではもちろんなかった。
 ジャラランガはきのみを拾ってくると言って少しの間その場を離れているところだった。帰ってきて一頻り腹ごしらえをしたらまたぞろタイマンを張るつもりでいたのだが、少し前から妙な視線を感じ続けていた。襲いかかってくるわけではない。しかし、いつまで経っても飽きもせずにコライドンの姿をねっとりとした視線で見つめ続けているのである。触られてもいるわけではないのに、腋や腹をくすぐられているようでムズムズとした。
 起き上がって周囲を見渡すが、何もいない。ただ、コライドンの体格を舐めるようなまなざしはいっそう強まり、露骨になった。思わず身震いをし、手持ち無沙汰に胸の凸部を揉みしだいた。
「ここだ」
 小馬鹿にするようにまた声がした。今度はもっとはっきりと、存在を誇示するかのように断固たる調子だった。声は上の方からしていた。身構えながら、さっと橋桁を見上げると、その出っ張りのところで屈み込んでいるポケモンの姿をコライドンは認める。頭の両側についたハンマーのような形をしたツノが特徴的なそのポケモンは挑みかかるような目配せを送ると、そこからサッと飛び降りてコライドンの目の前に着地した。コライドンは唾を飲み込んだ。
「ふうん……」
 種族名も名乗らずに、そいつはコライドンの頭から爪先まで星形に擦りむけた鼻先をグッと近づけて点検した。それも事あるごとに舌なめずりをしてジュワッと泡の立つ音を口元から鳴らすだけに薄気味悪く感じ、コライドンは閉口した。
「あの野郎、変なのとつるみ出したっては聞いたが、こういうこととはなあ」
 などとひとりごちるとそいつは、
「俺んとこ来いよ」
 ニタリとした笑みを浮かべる。コライドンは後ずさった。そいつの指がわりの鋭利な爪が伸び、コライドンの喉元の手前で止まった。
「ビビんなよ。強い野郎だってのはわかってる。だったら、もっといいトコ来ねえか、って言ってんだ」
「何してんだよ」
 きのみを腕いっぱいに抱えたジャラランガが気色ばんでいた。全身の鱗が総毛だって、ふわりと振れた。怒りを含んだ目が、コライドンに絡むその相手を刺すように睨みつけて、
「ガブリアス」
「けっ」
 ガブリアスと呼ばれたポケモンは冷ややかに目を細めて、ジャラランガを見遣った。
「雑魚が」
 その言葉にジャラランガは耳を貸さず、ふいとコライドンに視線を移して大袈裟な身振りで肩をすくめて見せる。
「何しに来たかしんねえけど、失せろ」
「んな権利てめえにあんのかよ?」
 二匹の空気はますます険悪なものになっていった。事情の分からぬコライドンはもとより彼らの間で気まずげに立ち尽くしているしかなかった。ガブリアスは牙を見せつけていた。ジャラランガも脅かすように神経質に鱗を掻き鳴らしていた。誰が見ても一触即発の状態である。
「そいつには関わるなよ、コライドン」
「コライドン、って言うのか。へえ……」
 ガブリアスは嫌らしい薄笑いを浮かべ、改めてコライドンの体躯を眺める。
「もう一度聞くが、俺んとこ来る気はねえか。少なくとも、こんな野郎よりも退屈はしねえと思うが」
「……」
「ありがた迷惑だ。困ってるだろうが、ごら……」
「ありがた迷惑なのはテメエの方なんじゃねえのか?」
 嘲りの表情を隠しもせずにガブリアスは言い放った。
「どっから来たのかわかんねえコイツのことを勝手に引き留めて自己満してんのはどこのどいつだ? なあ?……」
「知ったことかよ……」
「繰り返すが、コライドン、俺ンとこに来いよ」
 ガブリアスは頑強にも同じことを繰り返した。
「それに、元いた世界に帰りてえんだろ? こんなおつむの奴よりは俺に付いた方が得策だと思うんだがな……」
「どういうことだ?」
 コライドンの目の前に近づくと、口元から牙をチラつかせて怪しい笑みを浮かべながら、ガブリアスは気安くコライドンの肉体に触れた。鋭い爪先が緋色の胸にぷにゅと埋まり、ほんの少しチクリとした。コライドンは後退り、この乱暴なガブリアスから距離を取った。
「やれやれ、だ」
 露骨なため息をつきながら、ガブリアスは言った。
「俺に付いてきたら、いい情報を聞かせてやるんだがな」
「……いい情報?」
「とっておきの情報だ。もしかしたらだが、お前がいた場所……パルデアに戻れるかもしれねえぜ?」
 コライドンは目を見張り、不敵に笑うガブリアスの顔をまじまじと見つめた。初対面のこの野蛮そうなポケモンが、どうして俺のいた場所の名前を知ってるんだ?
「出まかせだ、聞き流せ」
 大きな舌打ちをしながらジャラランガが、ガブリアスの言葉を制そうとする。
「こんな馬鹿野郎の言うことなんか、ちっとも聞く価値なんかねえよ」
「お前は元々価値なしだろ? え?」
「へっ! どういたしまして」
 ジャラランガはもはやガブリアスの方を見遣りもしなかった。肩を怒らせながら、抱えたきのみを地面に置くと、そのまま胡座をかいて飯の支度をした。
「コライドン、飯だ、飯だ」
「えっと、でも」
「気にすんな、あんなクソ野郎」
 せっかくのきのみが不味くなっちまう。ジャラランガは憤然としていた。その様子を少し離れたところから、ガブリアスはせせら笑っていた。
「まあ、いずれお前は俺のところに来なくちゃいけねえ、必ずな……」
 コライドンがそれに答えようとするのを、ジャラランガの太い腕が拒んだ。
「じゃあな、これからもっと仲良くしてこうぜ、相棒」
 そう言って、ガブリアスはケタケタと笑いながら、颯爽と茂みの奥へと消えていった。
「何が相棒だっつの! お前の相棒はとっくのとうに俺だろうがよう!」
 気配が消えたのを見計らって、ジャラランガは悪態を吐いた。
「な、コライドン?」
「……そうだな」
 いつもはおクビにも出さない覇気を見せられて、コライドンは恐縮しながら答えざるをえなかった。
「あんなナリだが、所詮ガキだ。お前が最初に出会ったのがあいつじゃなくて俺だったってことに死ぬほどムカついてるだけだ。ったく、馬鹿馬鹿しい……」
 おら、食えよ、食えよ——拾ってきた色とりどりのきのみを乱暴に掴むと、ろくに噛みもせずに飲み込んだので、一瞬喉につっかえてむせ返った。
「とりあえず落ち着けよ」
「落ち着いてるっての!……げふ! ぐふうっ!」
「おいおい……」
 コライドンはトサカをゴシゴシと掻きながらオレンのみを手に取った。その青みをじっと眺めていると、なんだか記憶の奥底であやふやになっていたものが、ぼんやりながら形を持って現れ出てくるような気がして、思わず仰け反りそうになった。それと同時に、
——コライドンサン? コライドンサン? オンセイハセイジョウニセツゾクサレテイルデシヨウカ?
 ふと聞こえたその声が幻聴だったか何かの聞き間違いだったのか、コライドンは確信することができなかった。だが、それは確かにどこかで聞いたことがあったかもしれない声だった。それに、あのガブリアスは鼻持ちならないヤツだったのは間違いないにしても、パルデアへ帰る方法があるかもしれないなどと言ったのも、コライドンの心に小骨のように引っかかるのだった。

10

 ガブリアスとの一件以来、ジャラランガは表向きそんなこと屁でもねえよ、と陽気に振る舞ってみせるのだが、しばしば吐き気を催したように顔を歪ませることがあった。内から込み上げてくる苛立ちやら不快感やらを堪えようとするよ、その間ずっとどこかしらカラダを動かしているのだった。
 あのガブリアスとの間に何があったのかを聞き出す空気ではとてもなかったし、あくまでも居候のコライドンにとって、そのようなことをわざわざ訊ねてジャラランガの機嫌を損ねることはできかねた。嵐が来れば、それが去るのを待つしかないように、今はただ相手の気分が落ち着くのを待つことにしていた。
 今日は淡々と腕立て伏せを続けているところである。カラダを一直線に伸ばした姿勢で両腕の力で体重を支え、ユキハミが歩くくらいゆっくりと全身を上下させる。それを何十回と延々と続けている。その隣で日向ぼっこをして寛いでいるコライドンの耳には熱心にカラダを鍛えるジャラランガの荒い呼吸がまるで耳元で囁かれているかのように聞こえてくる。
「なあ」
 たぶん1000回は腕立て伏せをしたであろうタイミングでコライドンは声をかける。
「そんなに頑張んなくてもいいんじゃないか?」
「ああ?」
 ジャラランガはこちらに振り向きもせずに言う。ちょうど全身を草地すれすれにまで下げていて、逞しい腕も流石にがなり立てるようにビクビクと震えを起こしている。コライドンは胸いっぱいに空気を吸い込む。爽やかな草の香りと、ムワッとするようなジャラランガの汗の雄臭さが鼻腔の中で同時に感じられた。
「だって、元々ちゃんと、ガッチリしたカラダ? してるじゃんか」
「それとこれとは違うんだって、の!」
 牙を食いしばりながらたっぷりと時間をかけてカラダを持ち上げる。あと少しというところで腕がさらに小刻みに震え、ジャラランガの顔が真っ赤になる。ぐおっ! と悪態を吐いて鱗ごと頭を振り乱しながら勢いをつけて、ようやっとカラダを上まであげた途端、それまでの緊張が抜けたように、ばたりと腹這いに倒れた。
「ふはぁ……ぐふぅ……」
 コライドンは胸の浮き袋を掻きながら、まるで何か闘いを終えたあとのような声をあげて突っ伏しているジャラランガに目を向ける。
「気、済んだか?」
「済むもんか」
 鬼気迫る表情をしながら、ぶっきらぼうにジャラランガは言う。
「おい、お前もやれよ」
「何で」
「俺もやってんだからよ」
 コライドンは腕立て伏せをしてみようとジャラランガと同じ姿勢になってみたが、浮き袋があるおかげで腕を使わなくてもただ上半身を弾ませるだけで良かった。
「うっわ、ズリぃ!」
 不服そうにジャラランガは叫んだ。
「しょうがないだろ、こういうカラダなんだし」
「けど、それじゃちっとも筋トレにならねえだろが!」
 ジャラランガが妙にムキになっているのがコライドンにはおかしかった。仕方がないので、近くの木の太い枝に掴まって懸垂をすることにした。両腕でぶら下がって、グッと力を入れるとコライドンのカラダは軽々と持ち上がる。顎の辺りまで持ち上げて、ゆっくりと元の姿勢になり、それをジャラランガが腕立てをするのに合わせてゆっくりと続ける。
「やるじゃねえか!」
「これ、どっちかがへばるまでやるのか?」
「あたぼうよ!……」
 いつしか日が暮れた。二匹はクタクタになって地べたにへばりついていた。コライドンは胸の浮き輪を強く抱きしめるようにしながら草の葉に埋もれ、自分の肉体が熾火のように熱く燃え上がっているのを感じる。気が狂うほど全身を上下させたせいで、白目を剥きかけてぜえはあと荒い呼吸をしているジャラランガも同じで、カラダから発散される熱が隣合った自分のところにも吹きかかってくる。
「生きてる?」
「生きてるわ、ボケ」
「死んだかと思った」
「これごときで死ぬもんかっての」
 不意にジャラランガの脇腹を突くと、ハリで刺されたかのようにその灰色のカラダが跳ね上がった。じゃらん、と派手に鱗を打ち鳴らしながらジャラランガは憎らしげな目つきでにらんでくるので、コライドンは浮き輪をいっそうきつく抱きしめながら含み笑いを漏らした。
「ったく、ガラル暮らしに慣れたからって調子こきやがってよ……」
 ブツブツと呟きながらも、ジャラランガの口元はほんの少しだが緩んでいたのでコライドンは一安心する。オンバーンがソワソワとした様子で二匹のもとへやってきたのはそんな時だった。風がいてきた方に目をやると、彼が慌ただしく翼をはためかせながらこちらへ飛んでくるのが見えた。
「おーい! おーい!」
 二匹が挨拶を返す間もなく、オンバーンは二匹のいる草地に突っ込むように着地した。その周りを砂煙が派手に舞ったので、汗でじんわりと湿ったコライドンとジャラランガのカラダに小石や砂粒が糊したようにくっついた。ジャラランガに不愉快そうな目つきを向けられても、オンバーンは何食わぬ顔でワンパチのように舌を出して忙しく呼吸をしている。
「んだよ」
 鱗の裏側にまで入り込んだ小石にウンザリしながら、ジャラランガは仕方なく目の前のコウモリに用件を聞いた。コライドンは、そのままだと胸の浮き袋が邪魔をするので、腹筋にキュッと力を入れて軽く上体を持ち上げて、向かい合う二匹の様子を眺めた、
「いや、あのさ……」
 オンバーンは両爪の先端をちょんちょんと合わせながら、紫黒の肌をほんのりと桃色に染めた。俯き加減で、上目遣いでジャラランガのことを見つめるのだが、その視線は頻繁にそばで仰向けに寝転がっているコライドンにも向けられた。
「アイツとケンカ、しちゃったんだよね……」
「あ?」
 一発殴ってやろうか、と言わんばかりにジャラランガが身を乗り出した。オンバーンは身を仰け反らせながらも、両爪を組み合わせ、絡み合わせ、どこか懇願するような表情は崩さなかった。
「だから! その、何ていうかさあ……」
「仲裁なんてしねえぞ、俺は」
 チーゴの実を生で噛み潰したような苦々しい顔をしながら、ジャラランガは顔面に向けてツバの代わりに荒い鼻息を吹きかけた。その間もオンバーンの目線は、ちら、ちらとコライドンへと移っては戻り、移っては戻りする。
「帰れ、帰れ。ウンザリしてるとこにもっとウンザリすること持ち込むなっつうの」
「なあ、話くらい聞いてくれたっていいだろっ!」
 あいつ、今日は俺がギリで勝ったと思ったのに、いしあたまだからちっとも負け認めてくんなくてさ! オンバーンの言っていることが何なのか二匹ともよくわからなかった。それに、やたらと声を張り上げるし、その声がスピーカーのような形をした耳から反響されるから、まったくやかましいことこの上なかった。日も暮れて辺りも静かになってきたというのに、近所迷惑もいいところだ……ジャラランガは苛立ちのあまり真っ白になっていた。カッとなって、オンバーンのフサフサとした首根っこを掴んでグッと持ち上げた。オンバーンの脚が地面から少し浮き上がった。
「失せろと言ってるだろうが、このバカコウモリ」
「だってさあ!……」
 それでもオンバーンはちっともへこたれず、むしろ助けを求めるかのようにコライドンと目を合わせようとする。明らかに期待を込めた眼差しだった。見えない手で悪戯に触られているようで、カラダがソワソワとしてきた。
「俺、行ってみる」
 コライドンはおもむろにカラダを起こして、二匹の間に割り込んだ。
「やめとけよ」
 ガキのケンカなんか関わったところでくたびれるだけだぞ、ぶっきらぼうにジャラランガが言うのを無視してオンバーンと目を合わせる。触覚のような鼻をピクピクさせるオンバーンの肩に手をやりながら、どこに行けばいい? と素振りで訊くと、丸い耳が乳房みたいにたわわと弾んで揺れた。
「ありがとう、コライドンさん……で良かったっけ」
「ああ」
「ったく、お人好しだなお前」
 呆れながら、鱗の裏側の爪が届かないあたりに貼りついた砂に気を取られているジャラランガに向かって軽く腕を上げ、すぐ戻るよと合図をすると、額のトサカを解いて翼のように広げ、コライドンは飛び立ったオンバーンの後ろへついていった。パルデアと呼ばれていた土地でも、こんな風にポケモンたちに頼られ、頼まれればどんな場所でも飛んでいったことをコライドンは思い出していた。

 11

 エンジンリバーサイドを南下し、巨人の腰かけと呼ばれている大岩の上空でオンバーンが高度を下げていくのに合わせて、コライドンも着地の用意をしようと地上に視線を下ろす。がめつい顔をした岩蛇が我が物顔で辺りを闊歩しているのが見えた。あれは、どこかで見たことがあったっけ、とコライドンは考えた。前を飛ぶオンバーンはさっきからチラチラとコライドンの様子を伺っていたが、嬉々として振り返るとあのポケモンって知ってる? と急に訊ねて来るので、一歩反応が遅れて何も答えずにいると、してやったり、といった風にえへへ、と笑う。
「ハガネールだよ、この辺りに昔からずっと住んでて……」
 などと、そんなことを妙にうわずった声で言うのだった。二匹はハガネールの頭上を越え、大岩も飛び越えて、その裏側の一日中日陰に覆われているような物陰へと降り立った。せかせかした様子でオンバーンは、ちょうど“巣穴”のあるそばで立ち止まった。ジャラランガからこの一帯には奇妙な穴がいくつもあるということを教えてもらっていたことを、コライドンは思い出す。その穴の奥深くまで進んでいくと、何か得体の知れない力によって巨大になったポケモンが人知れず潜んでいるんだと、あたかもおどろおどろしい話を語るかの調子でジャラランガは語ったものだったが、ジャラランガ自身もそこに踏み込む勇気はなかったから、その話は説得力のない作り話のようにも思え、苦笑いをしながら脇腹を小突くと、鱗をかき鳴らしながらムキになって反論をしてくるのだった。
 その“巣穴”のそばに、このあいだキバ湖の瞳でオンバーンと一緒につるんでいたプテラがうずくまっていた。こちらに背を向け、サンドのようにカラダを丸めていたので、首筋から腰にかけて椎骨が破線のように続くのが見えた。
「……えっと」
 ためらいがちにオンバーンは呼びかけているのか、つぶやいているのかよくわからないように小声で言ってから、わかりやすい空咳をしながらつかつかとプテラの脇に歩み寄り、両爪を腰にあてて仁王立ちする。間を置いて大きく息を吸ってから、黙りこくっている翼竜に向かってがなり立てる。
「おいって!」
 辺りの草が一様にそよと揺れ、コライドンの羽飾りもふんわりと宙に煽られた。
「なに」
 プテラはウンザリとした様子で、筋肉にじっくりと自重をかけてでもいるかのようにゆっくりと立ち上がると、握り拳でオンバーンの鳩尾を突いたので、オンバーンは尻もちをつきそうになる。
「なに、ウジウジしてるんだって」
「してない」
「してるだろ」
「うるさい」
「さっきはどう考えても俺の勝ち、だっただろ」
 オンバーンは殊更に勝ち誇った表情をして言った。
「巨人の帽子からスタートして、ハシノハ原っぱ突っ切って、キバ湖の周りを2週して、巨人の腰かけまで競争だって言ったのそっちじゃんか。普通の勝負ならお前の方が速いかもだけどさ、俺の方が空中の旋回とか何とか小回りが利くし。いい勝負だっただろお。まあさ、それくらいで不機嫌になるなって」
「でもほんの鼻先の差だっただろ」
「負け惜しみするなよ!」
「してないっての!」
 オンバーンとプテラ、姿形は違うが二匹の細身の翼竜同士の小競り合いは、コライドンから見てとても些細なものに過ぎなかったが、だからこそ余計に埒が明かないのだと思った。この二匹はこのワイルドエリアを拠点にするとある人間の手持ちだが、こうして時々人間のもとから抜け出して、競争で飛行の速さを争ったり、野生のドラゴンたちとつるんで遊んでいるということも、ジャラランガから聞いたのだった。彼らの話をするとき、ジャラランガはきまってやれやれといったように、呆れた顔つきを示すのを忘れないのだった。
 小突き合っているだけなら良かったが、ムキになったオンバーンがばくおんぱを出しそうな素振りを見せた。またこの間みたいな目に遭うのは面倒だ。コライドンはさっと彼らの間に割って入った。大きな影に覆われたことに気づいてキョトンとしてこちらを見上げる二匹の翼竜の首を両腋で強く挟んで、動きを封じた。
「くだらないことでケンカするな、お前ら」
「だって、コライドンさん、コイツがあ……!」
「……」
 オンバーンが甲高い声で不平を漏らすのに対してプテラは不貞腐れたように何も言わない。子どもってわけでもないだろうに、困ったヤツらだと思いながらも、コライドンはこんなことを互いに小さなことで言い争うホゲータとクワッスを制したときもしたと思い返し、むしろ胸が熱くなる。万力のように腋を締める力を徐々に強めると、オンバーンがいっそうカラダをジタバタさせたが、やがて諦めたように大人しくなる。
「コライドンさん、離してってばあ」
 自由を封じられたオンバーンはすっかりしょげかえり、特徴的な丸い耳もワンパチの舌のようにダラリとしていた。
「早く仲直りしろ」
 二匹を腋で拘束したまま、コライドンはワイルドエリアを流れる穏やかな風を身に受けていた。じんわりとした熱のこもった肉体が程良く冷やされるのが心地よかった。思えば、陸地から離れた険しい岩礁を住処にしていたときも、パルデアのあちこちを走り回って、飛び回って、めいっぱい働かせた肉体を風で冷ましたものだったことを思い、それはついこの間までのことだったのに、とても懐かしく、かけがえのないものとして感じられた。こんな風に迷子になったパモやパピモッチを抱えて歩いたときも、夕暮れの風がじんと疲労した肉体に染みたのだった。見知らぬ土地に飛ばされてもやっていることは相変わらずだ。不思議だった。
 ずっと黙りこくっているプテラの不意をついて、腋に力を入れると、目を大きく見開いて、んっ、と驚いた声を上げた。イジけた振りをしていながらさっきからずっと胸の鼓動が高まっていることに、コライドンはもう気づいていたし、墓場に群れるボチたちのように元は化石だったというこの翼竜のことを意地らしく思った。
「で、お前は?」
「……わかってるって」
「何を?」
「言わなくてもわかるだろ」
「いや、わかんねえな」
 頸に焼印でもつけてやろうと言わんばかりに、腋をいっそう強く締めれば、さすがのプテラもキャッ、と女々しい声を上げながら降参した。よし、と満足げに頷いたコライドンは二匹を自分の腋から解放し、彼らを仲直りさせた。
 仲直りをしたらしたで、さっきまでいがみ合っていた気分は徐々に和らいでいった。オンバーンとプテラはぎこちなさげに互いの顔を覗き込んでいたが、そのうち目配せで謝罪の言葉を伝え合うと、双子のように肩を密着させ親密そうな笑みを浮かべる。コライドンは背後からいきなり二匹に抱きつき、彼らの顔の間から派手な羽根飾りをした首を突き出して、ニヤリとしてみせた。
「これで万事解決、でいいか?」
 二匹はコライドンを目を丸くして見ていたが、もちろん、と言う代わりに照れ臭く笑った。
「コライドンさん」
 照れ臭そうにコライドンの正面に立ったオンバーンが礼を言った。
「いやー、変なことに付き合わせちゃって、ゴメン!」
「いいってもんよ」
 コライドンは胸を張る。だって、元からこういう感じでポケモンたちに頼られたりするの、好きだったし、パルデアにいたころもずっとそんなことをしてきたんだから。
「その、なんつうか、いきなりで変な話なんだけど」
 オンバーンはコライドンに向かって熱い息を吹きかけながら話しかけた。
「……スゴいっすね」
 コライドンはドキリとさせられた。それと同時に、オンバーンの赤い爪がコライドンの胸筋を鷲掴んだ。頬をいよいよモモンの実のように染めながらオンバーンは、恐る恐る、けれど大胆に、その爪をゆっくりとコライドンの胸に沈めた。

 12

 出し抜けに目の前にゲンガーが飛び出してきたかのように、コライドンは呆気に取られ、すぐには何と答えればいいのか思いつかなかった。その間にもオンバーンはコライドンの胸の肉を焼きたてのパンみたいに弄んでいた。背筋がゾクリとし、冷や汗が肩甲骨から背中の深い溝をつたる感覚に続けて、水を浴びたセキタンザンのように全身から白い蒸気が噴き出してくるのではないかよ思うくらいに、カラダが熱くなったが、それがどうしてなのか頭にうごめく考えをまとめることはできそうもなかった。
「へへへ」
 照れ臭そうに微笑むオンバーンの表情は、一方で挑みかかるような上目遣いをコライドンに向けていた。ハッキリとは言葉にはできないが、何か巨大な確信を持っていると思しき態度と振る舞いだった。
「イヤじゃないです?」
 コライドンは曖昧に首を動かした。怯んだように言葉が出てこなかったし、思考も動かなかった。オンバーンはそれを肯定の意味と受け取ったのか、胸を揉む力を強めた。オンバーンの視線はコライドンの胸元と顔を行ったり来たりした。触覚の形をした鼻がしゃんと揺れる。荒い息をしながら胸の精悍な肉付きを確かめる手つきは次第に大胆さと怪しさを増してきた。コライドンには何をされているのかわからない気味の悪さがあったけれども、全身が昂っている不思議な感覚に支配されていることも否めなかった。無意識にカラダが何かをもっと欲しているのだとコライドンは思った。オンバーンは深く息を吸ったあとで、思い切ってコライドンの胸に甘噛みする。
「ん゛っ」
 コライドンから思わず上ずった声が漏れた。それは出来る限り感情を抑えた言い方ではあったけれども、こそばゆさとともに、体内の血の巡りが俄に速まっていくのは参ってしまう。そんなコライドンを尻目にしてオンバーンは、胸の最も盛り上がったところへ大きな吸引音を立てながら接吻を施し、舌先をチロチロと動かして執拗に舐ってくる。
「ああっ、しゅごっ……」
 息継ぎをするようにオンバーンは顔を上げ、感嘆の声をあげる。コライドンの肉体から分泌される汗の臭いを肺いっぱいに取り込んで、再びその胸筋のしなやかさの中に耽溺した。柔らかい舌がコライドンの弱いところを殊更に、細い穴に溜まった滓を掻き取ろうとでもするかのように素早く舐め上げると、保っていた理性がはち切れそうになる。
「ん゛おんっ」
 自分でも恥ずかしくなるような嬌声とともに、コライドンの昂りもまた一段と強くなるようだった。やめろ、とオンバーンを自分の肉体から引き剥がし、拒むべきだったのかもしれないが、もう時宜を失しているようにも思われた。自分の胸を赤子のように舐るオンバーンは、本当に無邪気な赤子のようで、自分から栄養を得ようとして必死に口を動かしているのかもしれない、とろくでもないことを考え、かといってそれを一笑に付すこともなぜかできなかった。
「おい」
 オンバーンの背後からプテラが顔をしかめて注意する。
「やめろよ、困ってんだろ……」
「何言ってんだよ」
 糸を引いて垂れ落ちるヨダレを拭いもせずに、オンバーンはずる賢いベロバーのような笑顔を浮かべながら振り返った。
「お前だってしたいくせに」
 図星だったのか、プテラはいっそう眉間の皺を増やした。
「だいたい、こないだこんなことしたいなって言い出したのお前なんだから」
 口元に余ったヨダレの水滴をやっと舌で舐めとり、オンバーンは顎でコライドンの空いた方の胸を指し示す。羨望を煽り立てるように、逞しく隆起した胸を食み、ユキハミの頬を弄ぶように引っ張って見せた。限界まで引っ張り切ると、惜しむように口から離すと、コライドンの鍛えられた胸はぺちと小さな音を立てつつ、力強く弾みながら元の形に戻った。
 オンバーンの誘うような視線を浴び、プテラは堪え難いといように身を震わせていたが、やがて決心したように、
「……くっそう!」
 と絶叫して、自らも口吻をコライドンの紅白の胸に押し付けた。
「お、おい……」
 コライドンの鼓動は流石にいやました。若い雄一匹ならともかく、二匹ともに肉体の一部を愛撫された試しなど、パルデアの自由な気風に生きてきたコライドンとて、体感したことがなかったからである。
「これは、どういうことだって……」
「わかってるんでしょ?」
 プテラはすっかり開き直り、翼と一体化した細い指でコライドンの胸の輪郭を丁寧に、何度も味わうようになぞる。
「俺たち一目惚れしちゃったんですから……」
「え?」
 呆気に取られている隙に、オンバーンが首をくねくねと動かしながら、ぢゅぢゅぢゅ、と胸をきつく吸い上げたので、快と不快の混合物が全身を貫いた。コライドンは甘い声を漏らしながら天を仰ぎ、藍色になった空に流れる雲に視線を集中させようとする。下を向いてしまったら、我慢ならなくなりそうだった。
「あ゛、あっ……」
 手持ち無沙汰になった腕を宙吊りにさせ、こわばらせ、小刻みに震わせながら、コライドンは啄むように胸を弄る二匹の翼竜の前に立ち尽くしていた。オンバーンはすっかり敏感な辺りを舌でくすぐるのに夢中だ。プテラは片手を胸元に添え、胸板をたぷたぷと揺らしながら、牙を立てないように慎重に肉を食み続けている。マトマの実が潰れるような音がするたびに、悶えたくてたまらなかった。風が止んだせいで、雲の流れは遅々としたものだった。時の流れがやけに遅かった。それに対して、オンバーンとプテラがコライドンの胸を愛でる動作の速さが吊り合わないように感じられた。
「うっ……」
 二匹はふと、口の動きを止めた。コライドンの赤面した表情を見つめると、揃って表情を蕩かした。うっとりとため息をついて目を輝かせながら、片手をゆっくりと滑らせて、熱を放っているそれに触れた。
「ふふっ……」
 オンバーンはほくそ笑み、相棒に妖しい目配せを送る。プテラは頷いて、コライドンの胸をひと舐めした。カラダが微かに痙攣するのに合わせて、勃起しきったペニスも勢いよくそそり立った。

 13 

「帰ってきたか」
 ジャラランガは横になって、リバーサイドの石橋の裏側の一点を星空のように見つめていた。
「悪りっ」
 何かを言われる前にコライドンは軽く頭を下げた。
「何も言わなくてもわかってら」
 憮然として橋裏の複雑な構造を眺めたまま、ジャラランガが言った。
「アイツら、めんどくさかっただろ」
「まあ……」
 オンバーンとプテラ、双方の言い分を丁寧に聞いてやって、互いに納得するまで我慢強く話に付き合ってやったんだとコライドンは嘘を吐いた。
 もともと、そんなくだらない喧嘩なんてそもそも存在しなかったのだ。勝負の結果など最初からどうでもよくて、ていよく、コライドンを自分たちのもとへ誘き寄せるためだけの拙い方便だったと言えるだろうか。
 結局さっきは行くところまで行ってしまった気がする。コライドンはいきなり年少の翼竜たちにカラダを愛撫されて、とうとう込み上げてくる勃起を我慢することができなくなった。そのまま、巨人の腰かけの際に寄り掛かり、塔のように立ち上がった怒り猛ったペニスを二匹に口淫させるがままにした。二匹はそれをまじまじと見つめながら、恐らくは初めて目にするものでもないだろうに、こんなものは初めて見たと言わんばかりに息を飲んだ。
「んんっ、やっぱりスゲえ、コライドンさんのチンポ……」
 オンバーンは口を半開きにし、欲望を隠そうともしなかった。股のスリットから桃色の触手のような自分のペニスを露出させ、淫らに息を吐きながら空いた爪でそれを軽く扱くと、もう先走りが飛び出していた。プテラはくんくんと鼻腔をヌメヌメとした逸物に押し当て、汗と体液と小便の入り混じったすえた臭いに夢中だった。オンバーンと同じように勃起したペニスが、興奮の昂りに呼応して神経質に先端をピクピクさせた。
 コライドンがさっきまで二匹にしつこくいたぶられていた胸に手をやると、皮膚に貼り付いた唾液と汗が手のひらにべっとりとまとわりついた。鼓動は非常に高鳴り、膨らんだ喉袋はその音に合わせてどくどくと収縮していた。胸から飛び出した心臓のようだった。翼竜たちが競い合うようにヒクヒクと震える肉棒の先端を舐り出すと、いっそう先鋭的な刺激がコライドンの下半身を包み込んだ。オンバーンとプテラは、その深紅のペニス越しに何度も接吻を交わし、彼らの口に亀頭の辺りが強く圧迫されると、コライドンは身悶えしないわけにはいかなかった。ものを考える気にはもう、ならなかった。
「んあ゛っ……んっ……!」
 んふうっ、と息を噴き出したプテラはいきなり首を上げ、コライドンの腋に鼻先を突っ込んだ。無理矢理に腕を上げさせ、顕わになった腋窩を勢いよく下から何度も舐めあげた。
「ん゛にゃ!」
 感じたことのない強烈な刺激のために、間の抜けた声とともにコライドンは腰を抜かしてしまった。マヒしたように四肢に力が入らなくなり、壁に寄りかかったまま、ずるずるとしゃがみ込んでしまう。膝立ちでフェラチオをしていた若く精悍な翼竜たちは、コライドンの体勢に合わせるように顔を下ろし、四つん這いの姿勢でなおもペニスにしゃぶりつくのをやめなかった。垂直かと思うくらいに細っそりとした腰を突き立たせ、ツヤツヤとしてハリのある臀部を際立たせていた。二匹の尻尾がペニスよろしく宙高く突き上がったり、戯れ合うスナヘビのように絡み合ったりしていた。
「はあっ、はあっ」
「んうっ!……んんっ……」
 心地よさげな呻きをあげながら、ペニスを口内に含んだり、先端を甘噛みしたり、根本から舐めあげたり、側面を舐め回したりする二匹のあられもない、雄であるということも今は忘れたとでもいうかのような淫らな姿態をコライドンは見る。まともにものを考えることもやめて、ただ目の前にそそり立ったペニスをどうにかしたいと獣のように振る舞っている姿をコライドンはぼんやりとした意識で観察する。
 無理矢理自分の陰部を弄ばれたのだから、全く気持ちがいいというわけではなかったけれど、事ここに至るまで二匹を拒み切ることができないままだった。淫らではあるが、ひたむきであることは間違いなかった。それに、パルデアからワケもわからずガラルという見知らぬ土地に飛ばされて、余所者であるコライドンをあっさりと受け入れ、あまつさえフェラチオまでしてくれたことに、言いようのない愛らしさのようなものを覚えたのだった。誰かに頼られることに対して、コライドンは非常に弱かった。それが彼らにとっての親愛の情の示し方だと思うと、ペニスに走るたまらない堪え難さと同じくらい、オンバーンとプテラの二匹を愛おしいと思うのだった。実際、コライドンは絶頂に達する寸前、熱心にフェラする二匹の頭を思わずクシャクシャと撫でまわした。
「クソっ、クソん゛、ん゛あ゛あああああああああああっ……!!」
 それは奇妙で矛盾した感情の発露だった。不躾なコイツらをぶちのめしてやりたいという苛立ちと、一途で純真なコイツらを精一杯甘やかしてやりたいという慈愛を、精が迸る瞬間に感じたのだ。高く噴き上がる自己の精を虚ろな意識で知覚しながら、恥ずかしさと誇らしさをそこに見出した。要するに、コライドンは二匹にすっかりしてやられたのだ。
「アイツらはさ、しょうもないことでケンカすんだよ」
 殊更に蔑みの表情を隠さずにジャラランガは言う。
「ああいう連中ってのはみんなそうだ。いっつもイチャイチャしてるくせ、ケンカする理由だって同じくらい持ってやがる。ろくに頭で考えねえで汚ねえ言葉投げ合って、勝手に傷ついて、本当バカみてえだよな、なあ?」
 オンバーンとプテラの痴情があたかも自分自身のことででもあるかのように、ジャラランガは言い切った。
「もっと鬱陶しいのは、そんだけ言うだけ言ったら、ウンコしたみてえにスッキリしやがってさ。前のことなんかキレイさっぱり忘れてまたぞろイチャイチャし出すんだ。アイツらはずっとそうさ。ったく、おめでてえ連中だよな、ホント……」
 結局、コライドンが派手な射精をしたところで三匹とも、正気に返ったかのように互いの顔を見合わせ、ぎこちない照れ笑いを浮かべて、事は終わったのだった。
「ご、ごめん、コライドンさん……イケナイこと、しちゃったかも?」
 とはいえ、オンバーンのペニスはなおも勃起したままだった。生暖かいコライドンの精液が額に降りかかっているのも一向気にしていなかった。プテラも押し黙って、こちらの感情を伺うような顔をしたまま、直立した肉棒をゆらゆらとさせる。
「お前ら」
 コライドンががっしりと腕を組むと、汗だくになったカラダからあらゆる飛沫が飛び散っていく。
「とりあえず、だな」
 オンバーンは片手を頸にやり、鼻の触覚を低く落としながら顔を桃色に染める。プテラは口元をわずかに綻ばせた。やれやれ、まったくコイツらは、馬鹿げてるけど、何というか、な。コライドンはいっそ清々しい気分で、彼らの肩に腕を回し、ギュッと顔を寄せ合った。
「……今回は特別に許してやるからよ、わかったな?」
 彼らの鼓動が一際とくんと鳴り、そそり立った互いのそれがいっそう大きく、かたくなるのをコライドンは認め、もう一度彼らの頭を掻き撫でてやるのだった。
「おい、なにボケっとしてんだよ?」
 ジャラランガは不平そうにコライドンに声をかけた。
「疲れてんだろ? まあ、今日はさっさと寝とけ、ったく、ホントにめんどくせえことばっかりだよな、コライドン……」

 14

「ぶぇっっっくしゅっ!」
 ジャラランガはこのところクシャミが止まらなかった。それに、鼻も常にムズムズして気持ちが良くない。とはいっても、風邪をこじらせているわけではなかった。
 エンジンリバーサイドに係る橋の真下にジャラランガ、そして居候するコライドンの寝床があるわけだったが、ある日、辺りにヒメンカが「たいりょうはっせい」し、夥しい花粉がこの辺り一帯にばら撒かれたので、ジャラランガはたちまち花粉症になってしまった。クシャミは止まらないわ、目は充血して痛いだの、たまったもんじゃない! コイツらを追い払おうとは何度も試みた、が一向キリがなかった。さらに悪いことに、ヒメンカの花粉目当てにいきおいアブリーたちまで一斉にそこへ押しかけてくるせいで、朝から晩まで耳鳴りのような音がやまず、もうしっちゃかめっちゃかだった!
 コライドンはそんな光景を胡座を掻き、背中を丸め、顎を喉袋の上に置きながら眺めている。額の翼を収納した触覚や羽根飾りにはアブリーたちが所狭しと留まっていた。幸い、ジャラランガとは違ってヒメンカたちの夥しい花粉を吸い込んでも何ともなかったが、落ち着かないことには変わりなかった。
「……どうするよ」
 クシャミが止まらず、涙も止まらないジャラランガにコライドンは訊ねる。アホ毛のように垂れたトサカの先っぽを、さっきから一羽のアブリーがけたたましく羽根を動かしながらちょん、ちょんと突っつき回っている。
「どうするも、ぶぇぇぇっしゅ!……何も!……ぼぅぉぉぉぉんっ!」
 言うまでもないことだった。コイツらがどこかに退散するまで、どこかに避難するしかない!
「……ってわけでさ、ちょっとの間、頼むわ」
 ジャラランガはことさら気さくに振る舞いながら頭を下げた。鱗をしゃらしゃら掻き鳴らしながら、へこへこと頭を下げる。後ろからポンと腰を叩かれたコライドンも合わせて頷くように頭を下げた。
 キバ湖の瞳の主であるオノノクスは初めのうちは腕を組み、俯き加減で話に耳を傾けていたが、次第に顔色が怪しくなり、自分の足元だけ地震が起きたみたいに全身をカタカタと震わせ、口元から生える鋭利な刃が太陽の光に照らされて鈍く輝いていた。
「んでだぐぉらああぁんっ?!」
「いや、そんなこと言わずにさあ、ちょっとの間だけだから、悪いな、ホント」
 もう我慢の限界だと言うようにけたたましく二匹に吠えかかったオノノクスを、ジャラランガはもうコイツの扱いには慣れっこだとでも言うように、ニコニコとへり下った素振りを保ちながら宥めようとする。黄金色の鱗が逆上し、熱を持った鉄器のように赤みを帯びていているのを気にもせず、俺たち昔からの仲じゃんか、な? と調子のいいことを言いながらジャラランガは相手の背後に回って、労わるように肩を叩いたり揉んだりしてやる。
「オ、オノノクスさん」
 自分に向かってニカっと笑みを浮かべるジャラランガを見たコライドンも、トサカを掻きながらオノノクスに頼み込む。
「俺からも頼みます……何か手伝えることあったら俺もやるんで」
 オノノクスは訝しげにコライドンの頭のてっぺんのトサカから水掻きのついた足までぎろと睨め付けた。険しい目つきがカラダを刺し、コライドンはゾクリとさせられるが、この間あの二匹にされたときに比べればそれほどでもないと思った。
「ったく、どいつもコイツも……クソどもめ!」
 しつこく肩を揉むジャラランガを振り切って、オノノクスは汚泥がまとわりついたとでも言うように全身をぶるぶると震わせた。甲冑のような鱗がぶつかりあってカラカラ、と鳴った。
「おい、貴様」
 オノノクスは真ん前で緊張の面持ちで立っているコライドンに言ったのだった。
「ちょっと、俺についてきな」
 握り拳でコライドンの胸に軽いパンチを浴びせ、つかつかと茂みの中に入っていく。コライドンはついオンバーンとプテラとのことを思い出してしまい、指先で頬を掻きながら、オノノクスの背中を追いかけた。
「おい! 俺はどうすりゃ良いんだよ?」
 一匹その場に取り残されたジャラランガが二匹の背中に向けて叫んだ。
「クソして死ね!」
 オノノクスは振り返りもせずに怒鳴りつけた。
 キテルグマたちが徘徊する茂みの中を抜けて、オノノクスとコライドンは小島の東側の辺りにでた。そこからは、このあいだ色々な目に遭った巨人の腰かけがよく見え、そういえばキバ湖の瞳はあの二匹がよく遊びに来る場所だということに思い当たり、あれからさほど日が経っていないうちに会うのは少し気まずいかもしれないと考えた。
 オノノクスは水辺まで近寄ると退屈そうに欠伸をし、徐にその場に腰かけた。何となく、拾った小石を爪で摘んでは、湖へと投げた。コライドンも黙ってその隣に腰かけ、オノノクスが淡々と小石を投げるのを見つめていた。別に水切りをしようというのでもなく、ただ過ぎ去る時をやり過ごすためだけに投げられた小石は、水音を立てるまでもなく沈んでいった。
「おい」
 しばらく経ってから、オノノクスが口を開いた。
「貴様、あの馬鹿のことどう思う」
 そんなことをいきなり聞かれて、コライドンはドギマギした。丁寧に研がれた刃の先っぽがちょうどコライドンの首もとに近づいてきたので、まるで脅しをかけられているようだった。
「えっと、良いヤツだと思ってます」
「そうか」
 オノノクスはまたしばらく黙り込んで、小石をいくつか湖に投げた。
「まあ、アイツは馬鹿だからどうせ貴様は何も知らんと思うがな」
 聞くか? オノノクスは自嘲したような目つきをコライドンに向けた。

 15

「あの馬鹿、むかしは相当の『ワル』でな」
 オノノクスは勝手に喋り始める。コライドンは肩をそびやかせ、肩甲骨を大きく動かしながらその話に耳を傾けた。
「こっから北に上って二つの橋——貴様が世話になってるヤツの寝ぐらがあるエンジンリバーサイドと、ハシノハ原っぱの大橋を越えたところに砂塵の窪地と俺たちが呼んでるところがあってな、あの馬鹿はそこで随分と暴れ回っていたのさ」
 コライドンはいま自分とともにいるジャラランガが野放図に暴れている姿を想像したが、イメージがうまく浮かび上がってこない。毎朝太陽が昇るのに合わせて目覚め、決まった数の木の実を食い、昼間はずっとチョップやキックの練習をしたり、カラダのあちこちの筋肉をいじめ抜いている——コライドンの知っているジャラランガとはそういうヤツだった。まるで見知らぬ誰かの話を耳にしているようだった。
「あいつのこと、いつから知ってたんです?」
「ちょうど俺もげきりんの湖の暮らしに飽きて、適当にあのあたりをほっつき歩いてたとこだったか。俺があの馬鹿を見たのはな」
 オノノクスは透き通った湖面に映る空に目を落とし、片手に握った小石をひとしきり弄んだ。
「今よりも気性が荒くて、目つきも鋭かったし、何よりどうしようもない馬鹿だった」
「へえ」
「あの馬鹿、本当に何も話してなかったんだな!」
 呆れたようにオノノクスは首を鳴らす。やれやれ、お高く止まりやがってんだ、利口ぶってたって地頭は隠せるもんじゃねえとブツブツいいながら、もぞもぞとカラダを左右に揺らした。
「ま、いいさ」
 オノノクスは湖に向けていた視線をコライドンに転じた。
「貴様、これからどうするつもりだい」
「これから、ですか」
 コライドンは目を丸くした。
「俺がわかんねえのは」
 オノノクスが首を何度も横に傾けながら言った。太陽の光に照らされた刃のきらめきがコライドンにはまぶしかった。
「なんであの馬鹿がいつまでも貴様を引き止めておくか、ってことだ」
「それは、たぶん俺が元の場所に帰る方法を一緒に探してくれて」
「探してると思うのか、あの馬鹿が?」
 オノノクスは肩を揺らして、くつくつと笑った。貴様はあの馬鹿のことについて何も知らないんだな、とその表情は語っていた。ここには自分の知り得ぬものがもっとたくさんあるのだということを、コライドンは知らされているような気がした。
「それに、貴様だってそんなこと考える暇もクソもないんじゃねえのか? え?」
「それは……」
「無理もねえ。俺にだってワケがわからん。いまこうして、貴様みたいな見たことも聞いたこともないポケモン? なのかもわからんヤツと肩並べて話すっつうのはな……」
 コライドンは肩を落とし、猫背になり、目の前に広がるキバ湖の透き通った水面を見つめた。膨れ上がった喉袋を抱きしめながら、この美しくも不可解なガラルという土地に自分がいるという謎について改めて思いを馳せた。すると、自分がこのキバ湖の瞳のほとりの草地の上に腰掛けているということにいきなり自信が持てなくなってくる。
「ったく、あの馬鹿も馬鹿なら、貴様も貴様、だなあ」
 揶揄いつつも、まあ気ぃばかり落とすなとコライドンの広背筋が羽根のように広がった背中を叩く。肉体に強く触れられる感触は確かで、離れかけていた心身がまたピッタリと重なり合ったような安堵感がした。
「俺が言いたいのは、あの馬鹿は貴様が想像してるほど善良じゃないってことだ」
 かと言って醜悪ってわけでもない、とオノノクスは付け加えるのを忘れなかった。つまるところ目に見えていると思うもの、理解したと思っているものはなんだってそうだ、っていうだけの話さ、とまとめる。
「たとえば、貴様がそんなナリをしてなかったらあの馬鹿、貴様を助けたかどうかわからんぞ?」
 オノノクスは殊更に顔を歪ませた。悪戯な視線がコライドンのカラダの至るところを睨め回すので、この間自分の真正面でうっとりとした表情を浮かべながら自分の胸を鷲掴んだオンバーンのことを思い出さないではいられなかった。どこにも触れられていないのに、緋色に染まった皮膚に白い模様が刺青のように刻まれた肉体が燃えるようになるのをコライドンは感じていた。
「あの馬鹿が何考えてるか、そりゃはっきりとは知らん。俺も知りたいとは、まったく思わんね……」
 水上から一匹のコイキングが顔を出した。オノノクスはすかさず握っていた小石を投げつけた。それは見事なストレートで、コイキングの額にこつんと当たった。ひ弱なコイキングはグルグルと目を回してその場で伸びてしまった。どうだ? とオノノクスは誇らしげな目線をコライドンに向ける。コライドンは額の髪飾りをクシャクシャと掻き回しながら、口元を緩ませた。
 そういや、とオノノクスはコライドンの肩を組み、刃が触れないギリギリのところまで互いの顔を寄せながら囁いた。
「砂塵に住んでるガブリアスっての、貴様は会ったことはあったか」
 コライドンはハッとしてオノノクスを見つめた。それで大体察したように、オノノクスは頷いた。
「あの野郎が馬鹿なら、ガブリアスのヤツは阿呆。馬鹿と阿呆、どうしようもないヤツらさ」
「……この間、俺たちのところに来て、おかしなことを言って帰って行ったんです」
 その時のことをコライドンは話した。いきなりジャラランガと自分の前に現れたガブリアスは、俺についてくれば自分がいたパルデアに帰れる方法がわかるかもしれないと本当か嘘かわからないことを言った。コライドンは半信半疑ではあったが、高慢な自信深さが不可解で、あのガブリアスの真意がどこにあるのか全くわからなかった。
「まったく」
 オノノクスはうんざりしたように湖面に唾を吐いた。
「俺もあの阿呆が何をしたいのかさっぱりわからん、ただな」
 聞いて驚くなよ、とわざとらしい間を置いてからオノノクスは肩をすぼめるコライドンに耳打ちした。
「あの阿呆、ついこないだまであの馬鹿とつるんでたのさ……」

 16

 オノノクスとともにキバ湖の瞳の中心へ戻ってくると、ジャラランガはキテルグマと力比べをしているところだった。腰を屈めて取っ組み合い、腕の血管を力強く浮立たせながら、平然と構えるキテルグマの圧力に耐えていたが、茂みから姿を見せた二匹に気を取られてバランスを崩した。その隙にすかさずキテルグマが、ジャラランガの首根っこを掴み、とてつもない力で相手のカラダを地べたに押さえつけた。凄まじい重力がかけられたように、ジャラランガは少しも首を上げることができなかった。勝負は決していた。
「遅い゛っ!」
 負け姿を見下ろす二匹に向かって、ジャラランガは恨めしげに叫んだ。オノノクスは何も聞こえんな、とそれを聞き流し、そそくさと今晩食う木の実の用意を始めた。
「ったく、随分長いことコソコソしやがってよ……」
 そばでしゃがみ込んで心配そうに様子を眺めるコライドンに向かって、ジャラランガは不満を隠さず言った。キテルグマに顔面を強く土に押し付けられていたせいでジャラランガの顔はひどく土で黒ずんでいた。
「わりっ」
 コライドンは謝りながらも、ジャラランガの額の卵型のウロコを突き回した。指先で弾いてみるとカランとした音が鳴り、それがちょっと間の抜けたように聞こえるから、コライドンはなんだかおかしくなってくる。
 コイツは俺のことを果たしてどういう目で見ているのだろうとコライドンは思った。さっきオノノクスはハッキリと言いはしなかったが、言葉ではなく態度でジャラランガのヤツが自分に何かただならぬ——特殊な感情を持ち合わせているかもしれないぞということを仄めかした。
 コライドンはグッタリと地べたに臥して不平を漏らしているジャラランガがそのくせ内心では全く別のことを考えているかもしれないと考えた。自分のことを稚拙な嘘で巨人の腰かけへと誘い出したオンバーンとプテラの二匹組のように、隙あらばコライドンのカラダをほしいままにしようと頭を働かせているのではないかと想像すると、浮き袋に包まれた胸の奥底が火照る感じがした。
「何ジーッとこっち見てんだよ、ああ?」
 ジャラランガの肩から伸びた白い房毛の数本をコライドンは引き抜いた。い゛でっ、と大仰に叫んだジャラランガが草地を転げ回る。ひとしきりのたうち回ってから、うろこポケモンは膝を立てサッと立ち上がった。
「好き勝手しやがってこん野郎っ、勝負だ勝負! 勝つまでやるぞ!」
 拳をたたき合わせてから腕をぐっと左右に広げ、胸に飛び込んで来いと言わんばかりに大の字の姿勢をした。ジャラランガは自分の鍛えた筋肉の塊から、丹念に磨いた鱗の黄金色の輝きまでをいちいち見せつけてくる。コライドンは首を回し、肩の筋肉を揉みほぐしてからおもむろに屈んだ姿勢を取る。ジャラランガの顔つきがおかしなほどに真剣になる。その表情は何かを考えているのかいないのか、考えていたとしても目の前の勝負のことだけなのか、そうでないのか。コライドンはさまざまなことを考えながら仁王立ちする相手にとっしんした。
「ぐぬっ!」
 ジャラランガの丸太のように長く太い腕が自分の腰のあたりをガッと掴んだ。コライドンもまたジャラランガの腰に抱きつくような姿勢を取り、上半身を低く保ち、太腿に力を込めて相手を押し倒そうとした。互いの力は均衡し、張り詰めた筋肉がミチミチと音を立てる。
 コライドンの目の前に、珠になった汗の滴がきらめいて見えた。さっきまで暇つぶしがてらキテルグマと格闘し続けたことで皮膚から染み出した生温い汗水が、ジャラランガの鼠色のカラダをしとど濡らして、ホカホカとした雄の臭いを醸し出していたし、酷使して絞り出された腹や脇腹の筋肉の輪郭と膨らみをなおさらのこと引き立てていた。取っ組み合う時間が経てば経つほど、その汗がコライドンの鼻の上に垂れ、藍色に染まった羽根飾りがべっとりとそのカラダに貼り付いた。
 コイツはつい最近まであの野蛮そうなガブリアスとつるんでいたのだと、コライドンはオノノクスが言ったことを思い返した。自分がよくわからない理屈でパルデアからガラルに飛ばされる少し前まで、エンジンリバーサイドの物陰には、自分の代わりにあのガブリアスが共に住んでいたらしいということを。あの馬鹿と阿呆は、元は互いに砂塵の窪地で暴れ回っていた「タメ」だったのだとオノノクスは話したのだが、それがどうこう言う理由でつるんでいたのが、いつの間にかどうこう言う理由でいがみあっているのだと、オノノクスは適当にぼかしながら言ったのだ。
「しょうもない話だろ?」
 とオノノクスは手に掬い取った土をムシャムシャと噛みながら言った。なんであの馬鹿と阿呆はそんなことすると思う? とオノノクスはコライドンに聞いたが、答える間も無く話を続け、馬鹿と阿呆だからさ、とくちゃくちゃと口から音を立てながら言ったのだった。コライドンはガブリアスの凶悪そうな面と強靭そうなガタイを思い浮かべ、そいつがジャラランガと仲良くやっている様子を想像し、よくわからない、ごちゃごちゃとした感情に囚われた。
 ジャラランガを押し出そうとする全身の力がほんの少し緩んだ。途端、コライドンのカラダは少しずつ後ろへと押し返された。
「ぐぅおうっ!……」
 ジャラランガはしっかりとコライドンの腰を掴むと、そのまま両腕の筋をイキリたたせながらそのカラダを持ち上げた。
「あっ……」
 コライドンが声を上げる間もなく、ジャラランガに勢いよく地べたへと叩きつけられる。地面に激突した浮き袋が一瞬強く胸を圧迫したので、苦しげに咳をしながら仰向けに寝転がると、鈍痛を堪えながら呼吸を整えた。
「へっ!」
 勝ち誇った顔でジャラランガは顔の汗を手の甲で雑に拭い、倒れたコライドンの鼻先をチョンと突く。
「俺の勝ちぃ」
 そう言い切って、得意げにニッコリと笑ったつもりで凄んだ顔つきをした。
「……参ったよ」
 苦笑いしながら潔く完敗を認めてやる。コイツはどうしてよそ者の俺と一緒にいてくれるのだろう、とコライドンは改めて訊ねたかったし、オノノクスがこっそりと教えてくれたあのガブリアスとのことについても知りたかったが、どうしてもいまそれはできそうになかった。
「けっ!」
 今日はやけに素直なんじゃねえか? と親指でコライドンの顎をくいと持ち上げる。指の腹から伝わってくる他者の熱が今は余計にこそばゆかったし、自分を見るジャラランガの眼光がやけに鋭く、自分の内面まで覗き込もうとしているように感じられた。こういう時、赤い肌をしていて良かったと思えた。
「おい、この馬鹿ども! さっきから黙っておけば俺の場所で好き勝手騒ぎやがって……そんなに死にてえか!」
 木陰からオノノクスが心底ウンザリしながら顔を出し、荒れ放題になった一帯を見て、赤い瞳をギラリと光らせた。その光が斧状の牙に反射して、怒りのあまり鉄のように熱を持って赤くなったように見えた。
「テメエら二匹ともメシ抜きだからな! 飢え死ね、クソども! ざまあみろ!……」
 コライドンとジャラランガはキョトンとして顔を見合わせ、そして同時に腹の虫を鳴らした。様々なことはあるけれど、ひとまずオノノクスに頭を下げてこようということで、二匹の考えは一致する。

 17

 必死に頼み込んで木の実は食わせてもらった。ただし一匹三個ずつだとオノノクスは念押しした。蓄えの中から適当な三つを掴んで、オノノクスはジャラランガとコライドンの胸元に投げつけた。その日の晩飯はそれで何とかなった。全然足りねえや、と文句を垂れながらもジャラランガはあっという間にそれを食い切ってからまもなく、ウトウトとうたた寝し、そのまま眠りについてしまった。透き通った夜空に雲がたなびいていた。
 コライドンも眠ろうと思った。丈の短い草上にカラダを横に倒し、浮き袋を枕のように抱き締めると、ちょうど良い弾力感が心地よかった。ジャラランガが大口を開けながらけたたましいイビキを立てるのを聞きながら自らの全身をガラルの大地に委ね、そのうち眠りがやって来るのを待った。
 鳩尾に嵌め込まれたようなジャラランガの鱗が勢いよく上下している。月の光に照らされてほのかに白い後光がそのカラダの周りに差しているように見えた。あの馬鹿め——とオノノクスはなおもを小馬鹿にするような調子で言う声がコライドンの脳裏に再生された——ムキになってやがるのさ、ガブリアスの阿呆と何やかやあって、それだってきっと些細なことだったんだろうが、喧嘩別れしたことなんかに、いっそ清々しく忘れればいいものを、ウジウジしてやがったんだ、まあ馬鹿と阿呆、お互い様ではあったんだがな……
 ジャラランガにとってガブリアスとは何なのだろう、そして自分が存在することはその二匹にとって何であるのか、コライドンも薄々ながらもわかるようになってきた。少なくとも、それでただでさえ馬鹿げていてややこしい事態がいっそう面倒なことになってしまっている、ということをオノノクスは伝えようとしたのだった。
 コライドンが突如現れたことで、彼らの関係性は大きく動揺し、変容してしまっているようだった。ジャラランガにとっても、自分の肉棒を熱心に求めに来たオンバーンとプテラの二匹にとっても、不穏な言動を取るガブリアスにとっても、飄々と高みの見物を決め込んでいるかのように見えるオノノクスでさえ、その影響から逃れることはもはやできないようだった。
 そのど真ん中に、コライドンは漂っていた。雄と雄の関係は、巨大な建物が中心に聳えるテーブルシティのように迷いやすく、行き止まりばかりのように思えた。
——コライドン、サン?
 その声は聞こえたというよりは、頭の中でその言葉を思い浮かべたようにコライドンに知覚された。頭の中で他の誰かが喋っているという感じだった。コライドンはもぞもぞとカラダをうねらせ、気のせいで済まそうとしたが、その声は勝手に自分に向けて話しかけるのをやめなかった。
——キコエマスカ、キコエマスカ、コライドン、サン。
 誰なんだよ、とコライドンは気怠げに上半身を起こし、すっかり暗くなった周囲を見渡す。ジャラランガは相変わらずデカいイビキを立てている。少し離れた木陰には幹に寄りかかって眠るオノノクスの影が見えた。目覚めているのは、神出鬼没のキテルグマたちを除けばコライドンただ一匹であるはずだった。だが、その声は確かにここにあって、コライドンに向けて語りかけていた。長い触覚が俄かに張り詰め、カラダが急にヒンヤリするのを感じ、コライドンは何度も目を瞬いて、暗闇の中から何かを見出そうとする。
——コチラデスヨ、コライドン、サン。
 後ろを振り返ると、見たことのない生き物がふんわりと宙に浮かんでいるのをコライドンは見た。そのよくわからないものは、硬質な金属のような鱗をまとい、自然豊かなこの場所には似つかわしくない怪しげな光を放っていた。
——ヤット、ミツケタトオモッタノデス、ガ、コライドン、サン。
「誰だ」
——ヤレ、ヤレ、ヒトアシオソカッタ、ヨウデショウカ。
 青紫色の電光色を放つ何某かがコライドンに言った。首から胸にかけての細っそりとしたラインから突き出している胸部は透き通り、何かを溶媒しているかのように内部でぶくぶくと泡を立てている。
「誰だって聞いてんだよ」
——セッカチ、デスネ、ソレモマタワルクハアリマセンガ。
 などと独りごちて、それは答えた。
——ワタシは、ミライドン、トヨバレテイマス。
 体内の光に呼応して、青白い閃光を放ちながらミライドンと名乗ったそれは、翠玉色の瞳をチカ、チカ、と点灯させた。
——カツワタシタチハ、ケッシテデアイ、マジワル、コトノナイソンザイ、デアルノデス。
 相手の言っていることがコライドンにはよくわからなかった。余計なことを考えると知恵熱が出てしまいそうだった。ただでさえ、触覚や羽飾りが重いと感じるくらいには、頭の痛くなることばかりだというのに。
「どういうことだよ……」
 あからさまに不愉快そうな反応を見せたコライドンは、なおも悠然とした態度で宙に浮かぶミライドンを睨む。精巧な機械を思わせるその容姿はまるで自分とは違っている。それにもかかわらず、ミライドンという謎めいた存在が、理由はわからないのだが自分のそれに似通っているようにも感じられた。
——アナタニ、アイタカッタ。
 ミライドンはコライドンから少しも目線を離さずにそう言った。見るというよりは標的をしかと定めたといった風情だった。壁際に起立させられ、まもなく射ち殺される囚人のようにコライドンは身動きが取れなかった。
「ワケわかんねえよ、おい」
 震える声でコライドンは言い放ったが、それはヘイチョーを失ったタイレーツのように覇気がなかった。ミライドンはその声すら慈しむかのように、瞳を閉じるというよりは消灯し、透き通った胸部をゆっくりと撫ぜていた。
——アア、モット、モット、ソノコエヲキイテイタイノニ!
 ミライドンは至福の笑みを浮かべ、慄くコライドンの姿体と、キバ湖の美しい夜景を眺めていたが、コライドンの側で相変わらずやかましいイビキを立て続けるジャラランガを見遣り、はっきりと侮蔑の表情を浮かべた。
——トモカク、イマハアエタダケデモ、ヨシトシマショウ。
 ミライドン、と名乗るものはふわりと向きを変え、ゆったりとした動作でコライドンに背を向けた。エンジン状になった足から青白い電光が放たれ、静かに音を立てながら発進の準備をした。
——マタオアイマショウ、コライドン、ソウシタラ、ユックリオハナシガデキルカラ。
 そう別れを告げ、宵闇にさっと紛れるミライドンの姿は月に照らされ、ヒトモシの灯す炎のように青白く輝いていた。やがてそれは空に広がる星々の点と見分けがつかなくなり、コライドンの前から姿を消した。
 夢だったかもしれない、とコライドンは思いカラダのあちこちに指を這わすと、どこもかしこも冷や汗でぐっしょりと湿っていた。夜の風がいっそう冷たく感じられると、コライドンの身はひどく震えた。隣のジャラランガは何もなかったかのように眠ったままだった。きっと朝になっても、今起きたことなど夢にも思っていないだろう、とコライドンには確信できた。
 四つん這いの姿勢で、全身を揺さぶってまとわりついた汗を弾き飛ばすと多少はマシになった。コライドンはカラダを丸め、自分で自分を抱きしめるような姿勢で眠った。ワケのわからないことばかりだが、確かなことは、自分がこのままジャラランガのヤツと馬鹿をやりながら過ごしていくワケにはいかなそうだ、ということだった。

 18

「何か力仕事をさせてくれないか」
 そうコライドンはオノノクスに頼み込んだ。とにかくカラダ中の筋肉を熱らせ、たっぷりと汗をかきたくてたまらない、とコライドンは思ったのだった。
「ふうん」
 オノノクスは感心したような眼差しを、その緋色をしたドラゴンへと向ける。
「この地方じゃ、ポケモンだってヒトと同じように働ける制度ってのがあるっちゃある。まあ、貴様みたいな野郎が顔出したらカレー鍋ひっくり返した騒ぎになるだろうからいかんが」
「お、どうしたよ、いきなり」
 何もわからないジャラランガが訊ねるのを、馬鹿は黙ってろ、と適当にあしらい、オノノクスはひとしきり考える。派手でチャラついたナリをしているわりには、随分と真当なことを言い出すとその切実な瞳でこちらを見据えるコライドンの姿を面白がった。
 自分の中に溜まったおぞましい毒気を分泌するためなら、どんなことでもしたい、しなければならないとコライドンは考えたのだった。というのも、昨晩ミライドンなる異様な存在と邂逅したあとで、寝覚めの悪い夢を見てしまったからだった。
 それが過去の記憶の残影なのか、ミライドンという言いようの知れない存在のせいで醸されたイメージなのか、コライドンには見当がつかなかったが、そこで彼はもう1匹のコライドンと相対していたのだった。それは仲間であるような気もした、兄弟かもしれなかった。しかし抱いているのは強い憎悪であることをコライドンははっきりと覚えていた。目の前の自分と同じ容姿をした相手が、羽根飾りを煽り立てながらこちらを威嚇すると、自分は縮み上がることしかできなかった。何かはわからないが、勝負はすでに決していたようであり、緋色の皮膚をますます際立たせたそいつはケタケタと嘲笑の表情を浮かべ、そのキツく絞った雑巾のように引き締まった腕を振るって、コライドンを殴り、ねじ伏せた。
 場面は突然切り替わった。コライドンは自らと同じ姿をした敵の前に跪かされ、あまつさえその汗と体臭でムラついた股間に顔面をキツく押し付けられていた。そいつは自分の羽根飾りをむしり取らんばかりに乱暴に掴み、グイと自分の下腹の方向へと引っ張るのだった。ヒドくすえた臭気が、いやでも口と鼻に入り込み、肺を通じて全身を燻すようだった。抵抗したくても、両腕は縄か何かでキツく戒められ、痛めつけられた足腰に力を入れることもできず、コライドンはされるがままにされていた。
 やがて、相手の股の間から熱く、大きく、太く、ねっとりとしたものが生え出てきて、コライドンの鼻先を突いた。羽根飾りを引っ張られて、コライドンはイヤでもその臭いを嗅がされ、悶絶しそうになる。今や自分を奴隷のように扱うそいつは、おぞましい笑い声を上げながらいたずらに腰を揺らし、そのますます膨らみ固くなる逸物でコライドンの面をしつこく叩くのだった。これから何をされるのか、何をしなければならないのかコライドンは察したが、そうやすやすと口を開けるわけにはいかなかった。頬や顎に這うように動くその燃え立つモノの感触に震えそうになりながら、口をしっかりと結んで、その時が来ないことを必死に祈ったが、恐らくはその耐え忍ぶ姿が相手のよからぬ興奮を高めていることをどうすることもできなかった。
 無理やり首を上に上げさせられると、敵は目を半分閉じて意地の悪い薄ら笑いを浮かべながら、そのけたたましくなった自分のモノを自慢げに指差し、空いた手で戯れに扱いてみせた。先端からすでに透き通った液体がピュッと漏れ出して頬を掠めると、コライドンはゾッとした。お前は俺の何でも言うこと聞くんだよ、と激しく揺れるその肉棒は語っているように見え、なおも口を結んで黙り込もうとするコライドンの口をこじ開けようと引っ付いてきた。
 コライドンの頭を陰険な相手の頑強な拳が強かに殴りつけた。頭蓋が割れそうなほどの鈍い痛みが走り、視界が一瞬真っ暗になった。拳は何度もしつこくコライドンの額や頬を殴打し、いつまでもそれを止めようとしなかった。叫ぶ間もなく拳は雨のように飛んできた。コライドンは羽根飾りを振り乱しながら許しを乞わないわけにはいかなかった。その間も怒り猛った逸物は自分の顔にピッタリと張り付いて、一刻も早く奉仕されたがっているかのようにぴくと震えるのだった。
 ったく、手間のかかる奴め、とそいつは憐れむように言うのをコライドンは聞いたと思う。もう一度、もう我慢ならないと言うように暴れるそれが目の前に勢いよく聳り立った。羽根飾りをクシャクシャに握りつぶされ、コライドンは非常な屈辱と口惜しさを感じながら、せめてこの状況に抗議するように目をキツく閉じ、ゆっくりと口を開いた——
 都合よくも目を覚ましたのは、まさに自分が陵辱的な口淫をしようとしたまさにその瞬間だったために、コライドンは安堵する一方で、そんな場面まで夢を見させようとする自分にはよくわからない何か物凄い力に対して、ひどく悪意があると思った。コライドンのカラダはヌメルゴンに一晩まとわりつかれてでもいたようにねとついた汗に塗れており、まるで高熱に浮かされたようだったが、それでもまだ汗を出し足りない気がした。まだ自分の中に良からぬものが流れているように感じられ、その毒素をできるだけ外部に排出しなければならないとコライドンには直感された。エレズンのように汚水をがぶがぶ飲んでも構わないから、とにかく腹がパンパンに膨らむほどの水分を口に含みたいという思いにコライドンは駆られ、地を這うように水辺に向かい、胸が苦しくなるまでキバ湖の水を飲んだのだった。この湖を干上がらせて、全ての水ポケモンが哀れにも干からびることになっても一向に構わないとさえ思った。飲んだ水をカラダ中至るところに行きわたらせ、循環させ、少しでも内側に澱んだ汚れた何かを皮膚を通じて、肉棒を通じて、肛門を通じてでも絞り出したいと願った。
 吐き気が出るまで水を飲んでしまったあとで、コライドンは汗を流したくなった。汗を流せるようなことができればどんな力仕事でも受けて立ちたい。それに、パルデアでは日がな一日あのだだっ広い平原のどこかしらを駆け巡り、果てしのない海を泳ぎ、途方もなく聳え立った岩壁を跳ねるように駆け上っていたじゃないかとコライドンは思ったのだった。

 19

 コライドンは一日中、熱心に働き続けていた。
 何でもいいから力仕事をさせてくれというコライドンの熱望するような眼差しを見て、見てくれは堂々としているのに純粋な心を感じ取って、まるで孫であるかのように可愛らしいとオノノクスは思い、それなら、この辺の土地でも耕しといてくれないかと、自分が寝ぐらにしている木の周りを指さした。キバ湖の瞳に生えた実のなる木はたかが知れていたし、それにしたってあの得体の知れないキテルグマたちの間で争奪戦が起こるのである。オノノクスはそういう連中や、他のドラゴンタイプどもと比べても一回りは体躯が小さく、少食でもあったから別に困ることもなかったが、ヒメンカどもの花粉に追い立てられたジャラランガのような居候する阿呆用にはちょうどいいと、自前の農園でも造ろうかと思っていた。それに、老成をしたからか、孤島だとやることが少ないからか、ちまちまと土弄りをするのも悪くはないかと考え始めていたところだった。
 オノノクスは自分の特等席にしている木陰に腰かけながら、コライドンに指先であれこれと仕事を振った。畑にしようと思い立った土壌から、雑草を抜き取らせ、小石やら木片を綺麗さっぱりと取り除かせてから、ひたすら一帯の土を掘り返させた。気まぐれなワイルドエリアの天気だが、今日に限っては乾いた空気に隠す雲とてない太陽の光がよく映え、地面に差す陰はアーマーガアの装甲のような羽根よりも黒々としていた。コライドンはオノノクスの指示に従いながら、掘り返した土をフワフワと通気性のあり水捌けも良い土壌になるまで古い土と混ぜ合わせた。鮮やかな日光がコライドンの扇のように広がった後背にジリジリと灼きつけ、そこに生えた群青色の羽毛が暖めた毛布のように熱を持つのがコライドンにはわかった。
「まだだ」
 オノノクスは立ち上がり、土を混ぜ合わせるコライドンの仕事ぶりを首を深く垂れて観察しながら、土壌にまだ細かな石が残っていると指摘した。
「あ……すんません」
 頭を軽くもたげたコライドンが平謝りすると、額の羽根飾りがほんの少し揺れ、地面に海苔のように貼り付いていた影がその瞬間飛沫のように弾ける。
 不純物を取り除いた土が植物がいきいきと根を伸ばして、そこにある栄養をたっぷりと吸収できるようになるまで、コライドンは自分の爪をクワの代わりにして、水掻きを煙ったように汚しながら土地を耕した。コータスがずっと側に付き添っているかのようなにほんばれが全身を悶えるほどに熱くさせたが、コライドンは一向に気にならず、むしろ感動に心打たれたかのように恍惚としながら、オノノクスから与えられた仕事に熱中している。土を混ぜ合わせているうち、あれだけ固くて石だらけだったものがワタシラガやワタッコの綿のような手触りに変わっていくのを、子どものように面白いと思った。
「いいぞ、じゃあそれを畝にしてみろ」
「畝?」
「ああ、その土を一列に高く盛り上げてな」
 オノノクスはまるで自分の愛弟子を指導するかのように、「畝」の意味がわからないコライドンのために自分から腰を屈めて、平たく盛り上がった畝を見せた。この向きで細長く、な? こんな感じのを作ってみるんだ。わかっただろ、な?……
 そんな二匹の様子をジャラランガは、この辺りに屯しているキテルグマたちと事あるごとに取っ組み合いをする合間に覗きに来た。
「ったくよお、お前ら」
 仲睦まじげにしている二匹を揶揄うように、やっかんででもいるかのように、見栄を切ったような大袈裟な調子で声をかけると、その妙に甲高い声の突拍子のなさに、コライドンもオノノクスも苦笑いをした。
「んだよ、力仕事って言うなら俺だっているってのによ、コライドンのヤツばっか気に入りやがって」
「貴様になんかやらせたら土地が禿げるからな」
 オノノクスは小馬鹿にしたように言い放つ。
「それに、貴様のジャラジャラやかましい鱗の音は生育に悪い……」
 言ってろ! とジャラランガは苦虫を噛んだような顔をしながら土俵へと戻っていく。円を描いたつもりで、その実、水に浸してふやかしたような円形の土俵だった。その周囲にキテルグマたちが控えて、どこで覚えてきたのか、それとも遺伝子の中に集団的記憶が埋め込まれているのかはわからないが、アローラ式の格闘技に興じているのだった。ジャラランガは一匹ずつ相手をし、腕と腕が、胴と胴が、みっちりとした音を立ててぶつかり合うごとに、汗を激しく辺りに弾け飛ばしている。
 コライドンは畝を細長く伸ばしていった。オノノクスに指示されるがまま、そこに植えた野菜やら植物やらに満遍なく日の光が照らされるように南北に伸ばした土を盛り上げ、表面を手で擦るようにして均し、大雑把な形ながらも平畝を作った。
「よし」
 ある程度の長さになった畝を点検しながら、オノノクスは満足げに頷く。
「じゃあ、今度は反対側だな」
 そう言って、いま作ったのと同じ畝を、いまできたもののちょうど向かい側に作るようと言う。太陽はちょうど天辺に上っていた。コライドンのカラダは何か沼に浸かったように腰まで汗で濡れていた。
「いや、ここは一息するかい」
 ちょっと風に涼んで休んで来いと言うと、コライドンはおもむろに立ち上がり、その巨躯をどこか不器用に揺らしながら、水辺へと泳ぎに行く。胸の間の浮き袋に劣らぬほどに筋肉をたっぷりと蓄えて膨れ上がった胸と広背のために、ピタリと腋下につけることのできない逞しい両腕が半端に開いているのを見て、オノノクスはおい、と叫ぶ。
 キョトンとした顔をしてコライドンは戻ってくると、自分より一回りは大きい躯体を気持ち屈ませてオノノクスのことを見据えた。口角の辺りから生えた文字通り斧のような牙はギラギラと照りつく日差しを受けて虹色に輝いている。小柄なわりに引き締まり、凹凸のはっきりとわかるくらいに盛り上がった黒鉛色の胸筋がコライドンの目に留まると、ワケもわからずドキリとした。
「どうしたんすか」
 困ったように訪ねたコライドンの羽根飾りをオノノクスは鷲掴み、クシャクシャと撫でるのだった。そんなことは断じてありえないのだろうが、もし俺にキバゴやオノンドになるような子や孫がいたら、きっと同じことをしたに違いないとオノノクスは思った。ひとしきりその頭を撫でさすった後で、オノノクスは今まで自分がしていたことにハッと気付かされて、ごまかすようにピシャリとコライドンの頭蓋を小突いた。
「いや、何でもねえよ」
 コライドンはオノノクスがどこか安堵したような優しい笑みを浮かべているのを見て、不思議に思うと同時に、いたたまれないというように感じて、頭を小突かれたのを合図にそそくさと水場へと駆けて行った。キバ湖の水は一際澄んでヒンヤリと感じられた。胸の浮き袋を頼りに顔と胸だけを岩礁のように湖面に浮かべながら、コライドンはオノノクスのまるで祖父母を思わせるような眼差しを浴びせられて、こんなにもカラダを動かしたくなったのは、兄なのか誰なのか、自分でもよくわからないものに奉仕させられる悪い夢を見たからだということを打ち明けてしまいたいと思ったことを思い返して、水に冷えたカラダがしゅうと蒸気を放つようだった。

 20

 カラダの内にこもった言葉にしがたいものを発散するために、コライドンが働き続けたおかげで、オノノクスのねぐらの側に二列の見事な畝ができあがった。土塊に優しく触れてみれば、まるで雪のように柔らかく、サラサラと爪の間を流れていくのを子どものように楽しみながら、オノノクスは満足げに頷き、その脇でウジウジと様子を見守っていたコライドンに笑いかけたが、普段から目つきの悪いその表情は笑っているというよりは、何か悪事における共犯関係を確かめ合っているようにも見え、コライドンは心の中身を見透かされたように不安になったが、それはもしかしたら安堵感かもしれなかった。
「意外とやるじゃねえか」
 上機嫌に鼻を鳴らし、腕を組んで畝の全体を眺めるオノノクスは、早速どの場所にどのきのみや野菜を育てるかをブツブツと勘案し始めた。あそこはオボン、こっちはオレン、けどせっかくだからこの辺じゃ取れないやつも育てておこうか。
 コライドンはドギマギしながらオノノクスを見つめていた。一日中ガラルの太陽を浴びて作業に励んだ緋色のカラダはじんわりと熱をもち、ホカホカとした蒸気が筋肉の詰まった胸元やら下腹やらから噴き出してくるのを、黄金色の夕日の光が照らすとキラキラと輝き、まるで霜が降ったかのようだった。
「おい、貴様」
 何を押し黙ってる、と揶揄いの調子を含みながら握り拳でコライドンの胸を小突くと、隆起した胸筋が痙攣したようにビクリと震える。
「なんか食いてえもんはあるか」
 驚いて目を丸くするコライドンの表情のおかしさに、オノノクスは牙を剥き出して、く、く、くと笑う。
「好きなきのみを言いな。そこに植えといてやる」
 オノノクスが口元の斧で指した方をコライドンは見た。自分がオノノクスのために一日がかりで作った土壌が、地面の他の場所とは違うくっきりとした茶色を見せていた。南北に連なって、満遍なく日の光を浴びている平畝を見ていると、いまさらながら働いたという感慨がコライドンを満たし、誰かの役に立ちたいという渇望にも似た意識に、喜びがカラダ全体に浸透していくのが感じられた。
「はいはい! 俺はロゼル!」
「貴様みたいな馬鹿には聞いてねえ!」
 これでも食って死ね! ちゃっかりコライドンを押し退けたジャラランガの口に、オノノクスはどこからか持ってきたみずべのハーブを捩じ込むと、たちまちジャラランガは音を上げた。
「かっっっっっっっっっっっっっっっっれえっ!」
 口に手を当てながら、水辺に突進していくジャラランガのヤツに見向きもせず、オノノクスはコライドンをまじまじと見据える。欲しいものなら何でも言え、買ってやるぞと孫に優しく請け合う祖父のように暖かく、しかしくすぐったい眼差しにコライドンはどぎまぎしていた。
 俺は、ともごもごと口に出したのが、ためらいがちに低く聞き取りづらかったために、オレンの実を望んでいるのだとオノノクスは早合点した。やれやれ、手元にある木の実の山から取り出したオレンをポイとフカフカと柔らかい土の中に投げ入れた。
「やれやれ、見た目のくせに控えめな野郎だ」
「えっと……悪りっす」
「謝ってどうすんだ。まあ、いいさ。オレンはいくらあったって足りやしねえんだからな」
 鱗から滴を垂らしながらジャラランガが二匹のもとに戻ってきた。たらふく水を飲んで丸く膨れ上がった腹を、一歩ごとに情けなく揺らしながら、物凄い形相で近寄ってくるのを、オノノクスは目にも留めなかった。
「流石にバカにしすぎだろうが、ごらあ!」
「だってバカなんだろう。バカなんだから仕方ねえじゃねえかバカめ」
「うるせー! バカって言うなバーカ!」
 ジャラランガ一匹が鱗を打ち鳴らすだけで、まるでポケモンたちがどっと押し寄せたように賑やかになる。コライドンが思わず噴き出すと、一応ドラゴンであるこのうろこポケモンが険しげな目つきを向けた。
「んだよ、お前まで馬鹿にしやがって」
「そ、そうじゃなくって」
 慌てて首を激しく横に振り、いきり立つジャラランガを宥めた。
「そうじゃなかったら何なんだよ、このっ、このっ」
 そう言いながら、握りしめた拳をコライドンの腹に軽く打ち付けてくる。温まった筋肉を詰め込んだカラダに、さっきまでどっぷりと湖に浸かっていたジャラランガの手の甲は一際冷たく感じられ、キュッと引き締められてクリーム色をした腹から筋肉の輪郭が浮かび上がってくる。その塊のうちの一つをジャラランガは爪でキツく摘むと、コライドンは思わず小さな呻き声を出した。
「やめろって」
「んでだよ」
「くすぐったいじゃんか」
「おっと謙遜かあ? ったく、コライドンくんよぉ、また一段と鍛えたんじゃねえかあ?」
「なんかテンションおかしいぞ、今日……」
「別にいいだろ? おらおら……」
「ほら見ろ、バカはどこまで行ってもバカなんだ」
 な? と同意を求めるようにオノノクスの目が言っていた。コライドンは黙って頷き、なおもウジウジとカラダを突いてくるジャラランガにされるがままになりながら、めいっぱい働いた一日の感慨に浸っていた。好き勝手腹の筋肉を摘まれながらも、コライドンは悪い気はしなかった。ミライドンという謎めいた存在と出会い、自分と同じ姿をしたものに犯されるという悪夢のせいで、自分の体内に染み付いていた毒素を、汗と一緒に何とか全て絞り切れたように思った。

 21

 ヒメンカの大量発生はようやく止んだと風の噂で聞いたから、二匹はまたエンジリンリバーサイドへ帰ることにした。それを聞いたオノノクスはやっと邪魔者がいなくなったと安堵した様子を見せ、とっとと帰れこのバカども、とでも言いたげに手で宙をサッサと払いのける素振りで、ジャラランガたちを送るが、帰り際こっそりとオノノクスが、
「また来たときは、頼むぞ」
 といかにも頼りがいがあるようにコライドンに耳打ちした。その吐息がふんわりと耳穴にかかると、思わず表情が緩むと同時に、なぜか全身がゾクリとするのだった。オノノクスの言い振りには何とも言えない含みがあって、その意図は測りかねながらも、コライドンはほんのりと頬を桃色に染めるのだった。
「……にしても、よう」
 キバ湖に隣接するミロカロ湖のほとりをあるきながら、尻尾の先端の鱗を神経質に鳴らしながらジャラランガは独りごつように言うのだった。その視線は何とはなしに湖面を我が物顔で遊泳するギャラドスのしかめ面に向けられている。
「オノノクスの野郎、珍しくデレやがったな」
「『デレた』?」
 聞き慣れない俗っぽい響きに、コライドンはこめかみを掻いた。
「いつもは俺が来ると終始ぶすくれてさ。ろくに口利かねえ時もあるのによ。っぱ、お前がいるからかねえ?」
 困惑したように頷くことしかできないコライドンを尻目に、ジャラランガは顎に拳をあてながら話を続けた。何かいたぶる獲物でも見つけたのか。ギャラドスは背を向けて、次第に自分たちから遠ざかっていく。
「なんか、いつにもなくお前のこと可愛がってたよな? なあ、あいつと二匹っきりになってたけど、何か変なこと言われたんじゃねえの?」
 言われたと言えば、言われすぎるほど言われたのである。オノノクスの口を通じ、ジャラランガとガブリアスの意外な関係を知らされたし、言外には彼らもまたあのプテラとオンバーンの二匹組のようなことを陰でしていたということでもあった。しかしガブリアスと遭遇したあと、しばらく表情が晴れなかったジャラランガのあの態度を思い出すと、コライドンに尋ねる度胸はなかった。
「どうなんだよ? なあ?」
 ジャラランガがいつになく絡んでくるのは何故だろう、とコライドンは考えないではいられなかった。キバ湖の瞳と呼ばれる小島でもっぱらオノノクスにほっぽかれ、キテルグマたちと取っ組み合いするしかやることのなかったから、鬱憤は溜まっているのだろうと思った。それに、コライドン自身にしても、オノノクスに何かと付きっきりになっていることが多く、それでジャラランガはヤキモチを焼いているのかもしれなかった。
「いや、何にも」
 とはいえコライドンは嘘をつかざるを得なかった。それを聞いてジャラランガはへっ、と鼻を鳴らした。
「あいつが何て言おうが絶対ぇ間に受けんじゃねえぞ」
 どうせ、からかってるだけなんだしよ! ジャラランガの口調はどことなく命令的で、変に押し付けがましいところがあった。オノノクスの野郎が何を言おうが絶対に信じちゃいけねえぞ、と教訓を垂れている節すらあったのをコライドンは不思議に思ったが、肩をそびやかして歩くジャラランガの横顔は有無を言わせぬ気色だった。
「な?」
 念押しするように脇腹を爪で突っついてきたので、コライドンはピクリと背筋を伸ばした。
「よし、いい反応だ」
 ジャラランガは一方的に満足したように、何度もこくりと頷くのだった。そんなやり取りをしているうちに、ミロカロ湖を過ぎ、石橋を渡って今はすっかりヒメンカも失せて静かになったエンジンリバーサイドであった。
 住処である石橋のたもとに戻れば、またいつものような暮らしだった。日が昇れば起きて手持ちのきのみを食い、数が減っていたらその辺の木を回ってかき集めにいくし、何もなければジャラランガは黙々とどこかしらカラダを鍛え始める。汗でしっとりと濡れてテカテカと白く輝いているジャラランガの肌を横目に見遣りながら、コライドンは草地の斜面に仰向けに寝そべって日の光を浴びる。そのうち、ジャラランガがムッとしながら随分余裕そうじゃねえか、と腕でコライドンの胸元の浮袋をチョンと突きながら、ちょっくら付き合え、という風情で顎を動かす。それは、夕食のための——きのみだけでは飽きるだろ、というのが言い分だった——おかず探しだとか、鍛えたカラダを早速試すための取っ組み合いだったりしたが、いずれにせよ日が沈む頃にはクタクタになって、二匹で飯を喰らって、思い思いのうちに寝っ転がって、そのうちプツリと意識が途絶えて一日が終わる。
 何事もなくジャラランガのヤツと過ごしていると、自分がこのワイルドエリアでは余所者なのだということをコライドンはしばしば忘れそうになった。突然、この場所の湖に一匹ポツンと意識を失って浮いていたあの日からどれほど経ったか、いつの間にか数えることもしなくなっていた。石橋の壁に初めのうちは爪で印のような模様を刻んで、まるで無人島に遭難でもしたかのように、救いが来るのを待つかのように、異郷の地で過ごす日々を数えたものだったが、30を越えるか越えないか辺りで途絶えていた。そのことを、たまたま壁に視線が行ったことでコライドンはようやく思い出す始末だった。
 元いた場所に帰りたいという気持ちはないでもなかった。とはいえ、ここがイヤというわけでは無論なかった。ガラルという聞いたこともなかった土地は、コライドンにとって悪い土地ではないし、そこに住んでいる連中も、少なくともさほど悪いというわけでもなかった。ちょうどいい温水プールに浸かっているような心地よさがして、こうしている間はあらゆる不愉快な感情とは無縁でいられたし、できるものならこの状況が続けばいいんじゃないだろうか、とコライドンは考えるでもなく考えていたのであった。
「おい、ごら、テメェっ」
 横で寝ていたジャラランガがいきなり叫んだ。だが、その後に曖昧に口をモゾモゾとさせながら、やがて荒い寝息を立てたのでそれがとりとめのない寝言であるとわかった。まあ、幸せかそうでないかと言われれば、幸せなんだな、とコライドンは自信をもって思えた。

 22

 やけに暑い日だった。キバ湖の瞳と呼ばれる小島でオノノクスの畑仕事の手伝いをした日も大概だったがそれ以上だと思われた。付近をコータスの群れが行進しているのではないかと思うほどに日が照り、噴き上がった草いきれが霧のようにカラダにまとわりついた。その場に立っているだけで珠のように汗が流れ出すし、熱い空気を取り込むたびにカラダの内側が燻されるようで気色が悪い。日陰で凌ごうとしても、日向に比べれば多少はマシという程度でしかなかった。二匹とも、猛烈に水中に飛び込みたくなっていた。とはいえ、オノノクスのいるところまで歩いて行くことを考えるだけでマホイップのようにその身が蕩けてしまいそうだった。エンジンリバーサイドを流れる川でさえも億劫だったから、ごく自然にバスラオやらホエルオーが浮いている近所の池へ向かうことになった。
 うだる暑さの下で項垂れながら歩くだけでも一苦労だった。いつも日が暮れるころ、簡単な水浴びをするのに訪れる場所のはずなのに、灼けるような日差しのせいでやたら遠く感じられるのだ。重い足取りで歩くジャラランガの全身を飾る鱗が鮮烈な太陽光を反射すると、まるでそのカラダが黄金をまとっているように見えた。それでコライドンは慣れ親しんだパルデアの土地にもそんなヤツがいたことをぼんやりと思い返していた。
「んだよ」
 コライドンの視線に気づいてはいたが、顔を動かすのも億劫だというように、ジャラランガは目つきの悪い視線を向けた。
「あの野郎のトコ行きてえって言うんなら素直に言えよ」
 いくらアホだのバカだの好き放題呼ばれてはいても、それでも自分のことを差し置いて、オノノクスとこそこそ何かやっていたことに対して、まだいじけているのだろうかと思った。
「大丈夫」
「ホントか?」
「本当だって」
「そっ!」
 視線を元の位置に戻すと気怠げに両腕を垂らし、姿勢を深く前傾させながらジャラランガは歩を進める。コライドンは背筋を思わずまっすぐ伸ばしてその脇に付いて行く。気の利いた言葉をかけようとして何も思いつかずもどかしかった。
「ったく、暑苦しくってやってらんねえよ、なあ?」
 いきなり肩を組んで、わざとらしく頬に擦り寄ってくる。ドレッドヘアのように垂れ下がった鱗がぷらぷらと揺れてうなじに降りかかると、青く染まる豊かな毛越しにもその熱さが伝わりコライドンは肩をすくめた。ジャラランガの火照った吐息がコライドンの鼻面をいぶし、じんわりと顔中の鱗から汗が滲み出してくるのがわかった。額から流れた滴が目に染みて、視界がぼやけると同時に充血したように痛くなった。
「ああ」
 目を瞬きながら、コライドンはやっとのことでそう答えた。目を瞑りがちにし、ジャラランガにカラダを預け、まるで怪我人のように肩を組んだジャラランガに池まで誘導してもらっている。ふふっ、とほんの僅かにジャラランガは息を乱すと、跡が残りそうなほどにコライドンの肩をギュッと握りしめてくるのを感じた。
 やっと池に着いたら間髪入れずに水に飛び込んだ。幸いなことに池の水はプルリルのように透明で澄んでいたし、底の方は苛烈な陽射しも関係ないとばかりに冷たく心地よかった。コライドンは素潜りして膝を抱え、水の流れに揉まれながらクルクルと何回転もし、仄暗い岩場の底と、太陽が輝く水上を交互に眺めると、なんだか不思議な気分になってくる。宙に浮いたように軽やかな心地だった。水際の辺りにジャラランガの下半身が恐る恐るといった風情で浮かんでいるところへ一気に浮かび上がると、背後から羽交い締めした。
「びゃ!」
 奇声を上げるジャラランガと共に深く水に沈んだ。激しく泡を吐く同居人の必死の形相を笑いながら、逆立ったように浮かぶ鱗がキラキラと光を反射しているのを綺麗だと思った。怒気を含んだジャラランガの表情は息を止めるごとに青褪め、やがて懇願するような哀れさを帯び始めたところで、その案外細いカラダを抱き抱え、水面にふわりと浮かび上がった。
 肺いっぱいに大袈裟なほど胸を膨らませて呼吸をしたあとで、バカ野郎! と、コライドンの額を思わず引っ叩く。二匹は黙って数秒間見つめあった。クツクツと、ワケもわからずに笑いが込み上げてきた。
「てめえ、何笑ってんだっつう、の!」
「お前もじゃんか!」
「うっせー、バカ!」
「バカバカ言ってる方がバカっぽいし!」
 聞こえねーよ、黙れ黙れバーカ! 叫びながらジャラランガは鱗を振り乱して、コライドンの声を掻き消そうとする。池に住まうホエルコが渋い表情を浮かべながら二匹からゆっくりと距離を取り、その巨体を水中に沈めていったので、いつもは水ポケモンたちがたむろす池の水面も、今は緋色と黄金色をした屈強な雄たちしかいなかった。
 コライドンに小脇を掴まれることでようやっと水面から半身を出していられることに気づいたジャラランガは、熱を出したように顔を赤くし、くすぐったいとばかりに身を捩らせる。一匹じゃろくに浮いてもいられないくせに、とコライドンが揶揄うのも構わずにその腕を振り払って、不器用に水面をバシャバシャと叩きながら水際へ向かおうとしたが、果たしてその鱗をカチカチ鳴らしながら溺れかけるので、コライドンは仕方なしにジャラランガをだっこした。
「や、やめろっつの!」
「だってほっといたら溺れるじゃんか」
「けっ!……」
 あからさまな正論に見栄を張って反論さえできないのをいじらしいと思う一方で、コライドンの気持ちはホッとするのだった。ガラルで暮らさざるを得なくなって以来、常に一緒にいる相手ではあるけれども、こうして密接に過ごしたのはご無沙汰という気がしていたからだった。ジャラランガの機嫌を損ねることは、この土地で生きていくうえでの土台をまるまる失うことに等しいという感じがしていたからだった。そういうわけで、ぷりぷりしながら満更でもなさそうな相手の態度を見て、救われた、ということをコライドンはガッチリと引き締まった体躯のわりに小心なことを考えていた。
 だっこした姿勢のまま水際まで連れて行くと、やっと安心したようにジャラランガは草を掴みながら、どこか間の抜けたため息をした。息というよりは多少の生気が含まれていそうだった。おもむろに陸地へ這い上がると、そのまま打ち上げられたカマスジョーのように身を草池へ滑らせ、くるっと仰向けに回転して大の字になった。コライドンもその隣で同じ姿勢になって横たわり、草いきれのする地べたに身を沈めた。肌膚を灼く日差しはなおのこと強烈だったが、たっぷりと冷やしたカラダにはむしろ心地よかった。胸の浮き袋に手を当てて気怠げに目を瞑ると、そのまま眠りこけてもしまいそうだった。
 腹のすぐ脇の辺りにジャラランガの指の気配がするのを、コライドンは感じ取った。勢いよくそこまで伸ばされたかと思うと、あとわずかなところで躊躇いがちになって、草葉を指の腹で擦る掠れた音が聞こえるのだ。その聞こえるか聞こえないかのもどかしい音に耳を澄ませていると、胸の鼓動がワケもなしに高まってくるのがわかった。かといって、自分から相手の腕を引っ張り出すことも味気ないような気がした。コライドンは素知らぬ体で大きく腹を凹ましながらすかした欠伸をし、節くれだった相手の指が意を決して緋色の脇腹から白い下腹へと這い上がってくるのを待った。そんな想像をするだけで、思考は一瞬にして泡を立てて煮えくりかえるようだった。
「おーい!」
 いきなりがなり立てるような声がし、コライドンはパッと目を開いた。サッと首をもたげると、水分を吸った冠羽がいつもより重く感じられた。
「おーい! おーい! お・お・い、って!」
 空の向こうから飛んでくる陽気で無神経な叫び声に、隣に伏したジャラランガが渋い顔をするのが見えた。

 23

 ほとりに寝そべる二匹の姿を確かめると、彼らは流星群のように急降下した。草地すれすれのところまで首を突っ込んだかと思うと、そのまま地面に突き刺さるかと思われるところで巧みに両翼を膨らませながら姿勢を整え、投げ出すように前へ出した両脚でふんわりと着地するのだった。コライドンはその軽やかな姿を好ましいと思った。自分も額の羽根を広げて飛ぶことができるとはいえ、急降下の仕方は降りるというよりは落ちるようだし、着地のときも四つ足にグッと力を入れて、踏ん張るような姿勢を取らないといけなくて、正直見栄えが悪いと言えば悪いのだ。
「あー! 暑っっっついっ!」
 オンバーンが開口一番に叫ぶと、薄い帆のような両翼をいっぱいに広げて背中から草地に転がり込む。ちょうどコライドンとジャラランガが寝そべっているわずかな隙間に割り込んで、紫黒色の翼が視界を覆った。
「邪魔くせえ」
 吐き捨てるようにジャラランガが毒付くのも気にせずに、オンバーンは細く締まったカラダを無防備に日差しに晒して、大きく伸びをした。
「お前ら、何しに来たんだっての」
 水を差された苛立ちを隠そうともしないで、ジャラランガは握り拳をしてオンバーンの頭を小突く。痛っ! っと叫んだオンバーンがそれとなく脇からコライドンの首筋に抱きついて、
「うわっ、助けてくれよコライドンさん!」
 と猫撫で声で囁きかけるこそばゆさに胸がピクリと振れる。
「困ってるだろ、離れろって」
 様子を黙って見ていたプテラが覆い被さるように背中を丸め、オンバーンの両腋を引っ掴んで、コライドンとジャラランガの隙間から引き離そうとするが、その細身のカラダは急にいわタイプにでもなったかのように重くてビクリともしていない。
「しけたこと言うなよ」
 腹筋をひくつかせながらオンバーンは言う。
「お前も混ざりたいんだろ? な?……」
 逆にプテラの細い手首を握り返して軽く手前へ引っ張り上げると、まるでピカチュウででもあるかのようにプテラのカラダはあっさりと抱き寄せられる。
「うげっ」
 ったく、気色悪ぃ! 二匹の翼竜のカラダがぺったりとくっつき合うと、ジャラランガは絡み合う二匹にそっぽを向いた。オンバーンはそんなことも意に介さず、相方の背中を翼で覆い尽くし、肩甲骨の間から角のように突き出した突起の先端をまるでいかがわしいものであるかのように赤い爪の先で弄る。その爪が自分のふっくらとした胸筋をギュッと鷲掴みにしたことをコライドンは思い出すと、やたらと鼓動が高まるのを感じ、ジャラランガよろしく目を逸そうとしたが、視線は抱き合う二匹をつい見てしまうのだった。
 プテラは恥じらうようにコライドンとジャラランガに目配せしている。交互に視線を彷徨わせるその姿をオンバーンは微塵のためらいもなく堂々と、居丈高でさえある顔つきで見つめている。爪はゆっくりと突起を滑り、浮き出た背骨の形をなぞりながら腰の方へと下っていく。もう何百回と繰り返したであろう慣れた手つきは、ただ動かしているだけなのにどうしてこうも落ち着かなくなるのだろうとコライドンは思った。堂々とじゃれ合っている二匹の雄が、なんだか自分に見せつけるようにそうしているように思われた。
 ジャラランガは相変わらずそっぽを向き続けていた。にわか雨か何かのように、それがすっかり止むのを辛抱強く待っている。何か言葉を交わすのさえめんどくさいといったオーラが、じゃれつく二匹越しからも感じられた。
「暑いから泳ぎに来たのか?」
 黙りこくっているジャラランガの代わりに訊ねる。
「えっと、仕事中!」
「仕事?」
「ナックルとかエンジンとか、もっと向こうの街にいろんなもの配達してて」
「そうそう! で、いっつも俺たちどっちが早く届けられるかって競ってんだよな!」
 オンバーンがやけに得意顔をすると、プテラの顔つきに影が差す。
「ねえ、どっちが勝ったって思う?」
 オンバーンが期待を込めた眼差しを注ぎながらコライドンの腕に縋り付く。眩しい視線が首筋をくすぐるかのようで、滲み出した汗が強張ったおとがいの曲線に沿って流れ、ぷっくりと膨れ上がる喉袋の付け根に溜まったところが、やけにむず痒くなった。
「いっつも俺が勝つんだけどさ!」
 食いつくような口ぶりでオンバーンは勝手に話を続ける。その細く括れた腰の上に跨るような体勢になったプテラが不服そうに相手を細めで睨んでいるのが見えた。
「コイツ、飛ぶのは俺より速いかもしんないけど方向オンチで。こないだもラテラルへ飛ぼうとしてしばらくキョロキョロしてさー」
「……うるさいな」
「それに、街の名前と場所もちゃんと覚えられてないし!」
「確かにこないだはスパイクとキルクスの場所を取り違えたことあったけど」
 翼についた小さな手をオンバーンの胸の上に押し付けると、薄紫の胸の中にゆっくりと指が沈んでいく。ふっくらと発達して柔らかい胸の肉を、ささやかな仕返しにと摘んでいるのはかえってこの無骨な翼竜のいじらしさを醸し出し、このあいだも同じような仕草で自分のカラダに触れたものだとコライドンは思い返した。
「それでも結構僅差だったし。実質俺の勝ち、だろ」
「ほらほら、負け惜しみするなってえ、化石くん」
 ニヤニヤしながらプテラを揶揄うオンバーンの表情は、余裕を湛えていながらも、支配的なものがあることをコライドンは見てとった。プテラは顔を桃色に染めながら、握り拳を作り、悔しさをぶつけるつもりで胸をトントンと突くと、大仰に首を振りながらおもむろに立ち上がった。岩のような肌を持つゆえかこの暑さにも案外涼しげな顔をしながら、プテラは足首をバネのようにしならせながら軽快に跳ね上がりコライドンのカラダを飛び越えると、そのまま瑞々しい草地の上に横たわった。さっきまでオンバーンの胸をつまんでいた指が、今度はコライドンの捩れたパンのような腕をしれっと掴んだ。
「こっち、涼しいや」
 ちょうど日差しがコライドンの左隣に日陰を作っているところに寝そべったプテラが満足げにつぶやいた。
 いつのまにか二匹に挟まれるような形になり、コライドンは腋窩が噴き出した汗で湿る感触を覚え、微かに肩をすくめた。両側から暖かな鼻息がコライドンの胸をくすぐっていた。太陽はいっそうのこと眩しく、輝いていた。
 コライドンは咄嗟に腕を彼らの腰に回した。爽やかに浮かび上がった汗の珠を拭うようにゆっくりと撫でさすると、二匹の尻肉が驚いたカムカメの首のようにキュッと引き締まるのは可愛げがあった。俄かに火照った二匹のカラダの昂りが指先に伝わり、射精したばかりのペニスをもう勃起させて恍惚としている二匹の頭をしゃにむに掻き撫でてやった時の感情が蘇ってきた。
「なあお前たち」
 続き、すっか? 小声でささやきかけてみると、二匹とも頷く代わりに両腿で尻尾の付け根を挟み込んだ。若い翼竜たちはもう息を荒くしていた。尻がゆっくりとくねって、コライドンの爪先が柔らかい肉の中にとぷ、と沈み込んでいった。
 ずっと自分たちに背中を向けているジャラランガの舌打ちが聞こえたような気がし、ほんの一瞬冷や水をかけられたようになったが、体内から蒸気のように込み上げてくる昂りを抑えることはできそうもなかった。

 24

 照れ隠しをするようい、休憩終わりっ! とオンバーンは耳をブルブルと振るわせながら叫ぶとその場でサッと跳ね上がった。慌ただしく翼を羽ばたかせて、危うくバランスを崩しそうになりながら、ブレイブバードでもかますかのような勢いでミロカロ湖の方へ飛んで行ってしまう。
 あいつすぐテンパるんで……呆れながらプテラが詫びを入れた。そうは言っても、余裕があるような様子には見えず、目線はずっとコライドンの周りを泳いでいるし、一匹この場に置いて行かれてしまった気まずさと心許なさ、逃げたオンバーンに対するちょっとした憤りで感情がグチャグチャになっているのが、指先に感じる岩肌の火照り具合で知れるのだった。
 イタズラに爪を肉に食い込ませてみると、電撃を浴びせたように腰が跳ね上がるそうになって、それを必死に抑え込もうと翼竜が下半身にグッと力を入れて、引き締まった腹の筋肉の、健全な形がレリーフのように浮かび上がるのは何とも言えなかった。プテラは急いで立ちあがろうとして、かえってガタガタと震えてしまい草上に脚裏を滑らせている。
「あっ、えっと」
 あからさまに口元を染めた石竜がコライドンの耳元に口先を寄せ、日が暮れるころになったらげきりんの湖で待っているんで! ようやっと言伝すると、飛び立つときに足元の些細な草に足を取られそうにさえなりながら、オンバーン以上に狼狽してコライドンのもとから飛び去っていくのだった。翼をはためかせるのがあまりに速いので、落ち着きなく揺れ動くその翼から何か絵のようなものが浮かび上がってきそうだった。
 股間に食い込むように生えた黒い尾の内側がキュンと蠢くのがわかる。意識しなければ今にも露出してしまいそうなそれを使って、あの翼竜たちに何をすればいいのかが、何となくでも察することができるのは不思議だった。
 縦割れの裂け目のちょうど真下にある雄の孔がヒクと勝手に窄まった。アイツらはそれ以上にココが熱くなってるんだろうなと考えると、刺すような日差しに灼かれたカラダがジュワッと音を立てるような気がし、頭がクラクラして一瞬意識がぼんやりすると、このまま溶けて湯気か何かになってしまうんじゃないかと思った。
——無様にケツなんか振ってかわいいなぁ、ワンコくん。
「遊びにでも誘われたのかよ」
 コライドンがハッとしてカラダをバタつかせると、鬱陶しい奴らがいなくなって、やっと落ち着けるとばかりにジャラランガは仰向けに寝転がり直して、腕で顔に日陰を作りながら言うのだった。コライドンが素直に頷くと、少し顔を顰めはするものの特段それを止めたり責めたりする素振りもしないのだった。
「しゃあねえヤツらだよな、ってお前も思うよな? ったく!……」
 鱗をガシャガシャ鳴らしながら、けど俺がしゃしゃり出ることでもねえしな、と独りごつ。オノノクスのときとは違って妙に諦めが早いのは意外と言えば意外だった。
「ま、みんなお前のことが気になってしょうがねえわけよ」
 コライドンに向けて言っているようで、なんだか自分自身に言い聞かせているかのような言い草である。それに、これから自分があの二匹と何をするのかということも既に知っている言い草にも聞こえたのでコライドンはキュッと浮き袋が締まる思いがした。ドギマギして目を泳がせていると、
「んだよ、せっかくだから行ってこいよ。別に俺はお前の保護者じゃねえんだし。寝てえときに戻ってこいよ。せっかくの『異世界』だろ?」
 二匹のポケジョブが終わる日暮れになったら、ここから北の方にあるげきりんの湖に来てくれと、慌てて飛び去ったうっかりモノのオンバーンの代わりにプテラがそう言ったのだった。ジャラランガはそこへの行き方をやけに丁寧に教えてくれた。ハシノマの原っぱの北側に架かるもう一つの大橋を潜り抜けると、砂塵の窪地と呼ばれる砂漠に突き当たっから、そこには入らずに西側へ向かえば、そのうち巨人の帽子というデカい岩がある(このあいだの巨人の腰かけのようなものかとコライドンは内心一匹合点する)。岩の周りにはカモネギどもが残したぶっとい葱が落っこちてるから目印にはなんだろ。おっとそうだ、とジャラランガは突然目つきを険しくしながら付け加えた。
「……東側には絶っっっっっ対、近づくんじゃねえぞ」
 アイツがのさばってるからな、と憤懣やる方ないといった様子である。名前を言われずとも、それがかつてジャラランガの同胞であり、オノノクスがこっそり打ち明けて曰くそれ以上に複雑な関係であったところのガブリアスのことを、相変わらずアイツと忌々しげに呼ぶのだった。
「こないだのガブリアスか?」
 無難な受け答えをすると、フン、とジャラランガは鼻と鱗をしつこいまでに鳴らした。
「うっっっっぜえ野郎だからな! それに性格マジで終わってるし! お前のこと見かけたら絶っ対ぇウザ絡みしてくるに違えねえわ! 近づくだけイヤな思いしかしねえからな! ホント気をつけろよ!」
 ああムカついてきた! ジャラランガはムクっと起き上がると、ガシャガシャやかましい響きを立てながら池へとまっしぐらに駆け出して行った。また溺れるな、と察してコライドンも後を追えば案の定、びゃっ?! と悲鳴を挙げながらかろうじて両腕を水面から突き出して助けを求めている。
 冠羽をかき上げると、サッと飛び上がって飛沫も飛ばさずにコライドンは着水し、一掻きでジャラランガのそばまで辿り着くと、腰に手を回して掬い上げるように抱き上げた。うろこポケモンはなかなか目を合わさなかった。横向きの顔が緋色に染まっていた。コライドンの腰に触れようとして寸前のところで躊躇っている指の動きが、押し出される水の動きを通して伝わった。
「どうしたんだよ」
 コライドンはそれとなく聞いた。
「なんか変だぞ、今日のお前さ」
「うっせ」
「なんだよ、だったら」
 答えはわかりきっているはずだった。ただ妙にウジウジしているからには一回はそう言いたくてたまらなくなった。
「お前も一緒に来れば?」
「……バーカ」
 ジャラランガの爪先は、恐る恐る脇腹を突いたきりだった。

 25

 日が暮れる前に巨人の帽子に辿り着くと、カモネギたちの太ネギが至るところに散らばっているのをよそに、岩場をよじ登ってげきりんの湖を見渡してみる。湖の端から端までがよく見えるここからなら、相手から見ても目立つだろうと思った。実際、上空を飛び回るウォーグルやケンホロウたちが鮮烈に映えた緋色と藍色を何度も二度見している。コライドンは胡座を掻いてしばらくそこに佇んでいることにした。先ほどと比べれば暑さは和らいではいたが、まだ生温い風がじんわりと膚を撫ぜて、ゴマ粒のような汗を滴らせる。
 慌ただしげな羽音を感じて振り返ると、城壁に囲まれた街の辺りから飛んでくる二つの影をコライドンは認め、空気をかき混ぜるように大きく腕を振った。彼らもすぐ、その姿に近づくと突進するように近づいてきた。
「コライドンさん、ちいーっす!」
「……こんにちは」
「よお」
 コライドンは二匹それぞれと軽いハグを交わした。オンバーンの首元の房毛はあれだけ忙しげに飛び回っていたにもかかわらず、花のような香りが漂っている。プテラの無骨な頸からも同じ匂いを嗅ぎ取れた。
「へへっ」
 コライドンが興味を惹かれているのを見てとった蝙蝠はさも愉快げに高笑いした。
「いっつもマスターにいい石鹸で洗ってもらってんだ」
「マスター?」
「俺たち、野生じゃなくてヒトの手持ちで」
 傍からプテラがそう注釈をした。この辺で野営しているトレーナーのもとで、飯の時間と寝るとき、それとさっきまで行っていたポケジョブとかいうヒトのお手伝いをしているとき
以外はだいたい自由にさせてもらってる、そんな話をコライドンは聞いていたが、そんなことよりも、甘やかな香りに混じって二匹の皮膚からじんわりと立ち上ってくる雄らしい皮脂の臭いに気を取られていた。胸の辺りから途端に込み上げてくるものを感じて、コライドンはどうしてこうも気分が高揚しているのか自分でも理解できないままに、二匹の首に腕を回して抱き寄せた。
「どうするよ」
 耳元で囁くと、二匹はまるでゴーストにでも憑かれたかのようにぽうっとして、コライドンを案内する。巨人の帽子から、湖の片隅にある一角までひとっ飛びした。水辺を除いた三方が切り立った崖に囲まれているために、人気がほとんどないところである。俺たちの秘密の場所、とオンバーンは照れ臭そうに言うのだった。
「んんと、それじゃ……」
 翼竜たちがうっとりと目配せをし合うと、コライドンの手を引いた。されるがままに彼らの間に寝そべると、早速彼らが口を突き出して、キスをねだってくる。コライドンは口をパクパク動かしながら、オンバーンとプテラ、それぞれと長いキスを交わしてやった。相手の口内を貪るように舌を伸ばして、分泌される唾液を悉く拭うと、相手もあむ、あむ、と細長い口吻を不器用に動かしながら、コライドンと舌を絡め合わせようと頑張ってくれる。ぐじゅぐじゅと互いの唾の交じり合う音を立て、舌の温かみに感じ入ると、コライドンは心がぽかぽかするように思った。
 両手を伸ばし、指先でそっと彼らのカラダに触れる。こんもりと筋肉を蓄えて膨らんだ胸をくすぐり、キュッと敏感に引き締まる腹の溝をなぞって、股まで手をやると、触れた瞬間にスリットからはしたなく雄がはみ出してくるのだ。赤く、ホカホカと熱を持ったそれを根本から握り、優しい手つきで撫でると、ぷる、と二匹の腰が震えるのが伝わって、その言い方がふさわしいのかどうかわからないが、慈愛に満ちた気持ちになる。
「んんっ……んーっ……」
「はあっ、っ……ぅおんっ……」
 熱い吐息と共に喘ぎを漏らしながら、彼らはコライドンの首元に顔を埋めて、発散される雄の臭いを聞くように嗅ぎ、ねっとりと染み出す汗ごと吸い込もうとする。オンバーンがあんぐりと開いた口で甘噛みをしてくる。牙がほんの少し頸に食い込んで、くすぐったいコライドンは仕返しに握ったペニスをがむしゃらに扱いてやる。ん゛っん゛っ……と細身の蝙蝠は全身を揺さぶりながら悦び、ぢゅう、ほんの少しだけ体液を吸い上げてくる。ぢゅぢゅ、と水音を大袈裟に立てながら口を離すと、コライドンの頬に口を寄せ、熱烈に舌で舐めることをした。
 プテラは鼻先をブンブンと振り乱して、こじ開けるようにコライドンの腕を持ち上げると、腋窩にすっぽりと鼻腔を当ててジッとしている。んー……んー……単調で低い声を立てながら、そこに漂う酸味のある臭気を胸いっぱいに取り込むのに合わせて、露出した肉棒が一回り膨らんで、しっかりとした硬さを持った。その先端の辺りを拇指でクリクリと捏ね回してみると、腿の間から槍のように生える尻尾で、ぺち、ぺちと草地を叩いて儚げな抵抗をするのが何とも言えなかった。
 胸の間に挟まった喉袋がキュンと窄まるのをコライドンは感じる。半笑いで翼竜たちの雄棒から手を離し、手のひらを頭の後ろへ回して腕枕の姿勢になると、蒸れた腋が曝け出され、発酵したパンのような上腕から雄の香りをふわりと漂った。うっとりと深呼吸をした彼らは、取り憑かれたようにフラフラと膝立ちになって、おもむろに首を屈めるとコライドンの胸のてっぺんに無我夢中で口吻を擦りつけた。
「うおっ」
 ハッと空気の弾を吐き出す。二匹は牙を立てないよう慎重に、でっぷりとした桃色の舌を感じやすいところに這わす。コライドンは気怠げに首を捻りながら、くすぐったさと気持ちよさの入り混じった感覚がずっと押し寄せてくるのを堪える。オンバーンの柔らかな口が、プテラの無骨な口先が、敏感に上下動する胸に密着するたび、笑いの混じった唸り声を挙げてしまう。二匹の表情は何かにでも祈っているような敬虔さを帯びていて、見えないものを見ようとするように目を半開きにしながら、ペロペロと舐めたり、ぢゅぢゅっとした吸着音を立てるのだった。
 いつのまにか勃起しきったペニスが自ずから首を振っている。グッとそこに力を入れれば垂直に聳り立つどころか、勢い余って腹の方にまで倒れてしまう。はち切れそうだった。オンバーンが目敏く気づくと、すぐさまそこへいざりよって、恭しくコライドンに隷属するように直立したペニスを深く咥え、念じるように啜り上げた。
「っ!……ズルいいっ」
「残念でしたあっ……お前、こういうの、いっつも遅ぇよな……!」
「うざ」
「……へへ」
 小声で言葉を交わしあう姿は、彼らの若くツヤツヤと白い輝きを放ったカラダつきもあって、どこかフェアリーたちが睦み合う姿を思わせ、コライドンはゾクリとさせられるとともに、ふあっ! いっそう股間が怒張した。オンバーンは口いっぱいにその巨根を頬張ろうと頑張った。口に収まりきらなかった根本にできたわずかな隙間を埋めるようにプテラの細長い口吻が甘噛みするのだった。
 コライドンは腕を伸ばし、眼前に向けられた二匹の尻を掴んだ。程よい硬さと柔さを合わせ持った肉を揉みしだいていると、それに答えて可愛げな尻たちが微かに揺れる。尻尾の根本のアナルがキュッと引き締まっては、まるで大きな排泄物を放り出そうとでもしているかのようにぽっかりと大きな洞穴のようになった。
「ふあっ……コライドンひゃんっっっ」
 決してペニスからは口を離そうとはしないで、半開きの口から唾液を垂れ流しながらオンバーンは言った。
「あいい゛、って呼んぢぇいいぇしゅか」
「何?」
「アニキ、って」
 仕方なくプテラが注釈する。
「いいぜ」
「……へへっ、&ruby(あにき){あいい゛};、&ruby(すきっ){うひっ};!」
 一段と激しく口淫をされるものだから、危うく射精しそうになったのをジャラランガの仏頂面を想像して気を逸らした。アイツも、鬱々とあの「うっっっっぜえ野郎」のことを考えてイライラするなんてことをやめて、俺たちと混ざって心を暖かくすればいいんだ。
「よおしっ…」
 両腿が作り出す谷間に指を押し込んで、ペニスの陰の穴と思しき辺りをこねこねと弄ると、彼らは腰を大きく波打たせた。夢から覚めたようにペニスから顔を離したオンバーンが口をほんのりと開いて、牙から垂れ落ちる涎にも頓着せずに、期待を込めた微笑みでこちらを振り返った。興奮のあまりに全身がカタカタと震えていた。プテラは首を振り乱しながらコライドンの下腹に鼻先を擦り付けている。曲がりなりにも精悍な竜たる彼らが、そんなにも甘えてくるのが、意地らしいと思った。
「お前ら、もっとケツよく見せてみろ」
 片方の頬を歪ませながら、コライドンは命令した。これが合図だと言わんばかりに、パチン、と二匹の豊かな臀部を引っ叩く。垂れ下がったペニスたちが一様に跳ね上がった。
 なぜコイツらにそんなことをしたくなるのだろう、とコライドンは暑さと興奮で茹だり切った頭で、なんとはなしに考えようとしたが無駄だった。もっと猛烈にその飢えた心を満たしてやりたいという衝動にコライドンは支配されていた。さしあたって今はとにかくこいつらとこの上なく幸せな気分になりたい、そんな気持ちだった。

#hr

コライドンお兄さん概念を小説の形で表出した何か、23〜25話まとめて更新しました。
1ヶ月以内目標で! って言ってたのをギリですが守れました。じゃあ、次も1ヶ月以内目標で!(2023/03/03)


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#pcomment(ガラル転生コライドンお兄さんへの投書箱,10,below)


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