作[[呂蒙]] 街には、秋の柔らかな日差しが降り注いでいた。冬になれば、曇りや雪の日が多くなる北部の都市では、晴れる日の多い晩秋は貴重な時間であった。冬物の洋服を準備し、夏物の服を洗濯、あるいはクリーニングに出すといったことはどこの家でも行われていることであった。いささか気が早い気もするが、クリスマス商戦に向けて準備が進んでいる店も多く見られる。 ラクヨウ郊外にあるシュゼン=ギホウ邸には、家の主の長男・カンネイ=ギホウとポケモンたちが休日を過ごしていた。この住宅街の中でひときわ目立つ一軒家は、敷地の周りをレンガの壁が囲み、門扉のところには24時間態勢で警備員がいる。国の中枢にいた人物の屋敷である。家の主が言うにはこの何倍もの警備員を配置している屋敷もあるとのことだった。 この日、屋敷には、カンネイと友人・リクソン=ハクゲンのポケモンたちがいた。リクソンが旅行に出かけるというので、ポケモンたちを預かっているのである。主人がポケモンを置いて旅行などとは無責任に思うかもしれないが、7匹も面倒を見るのはやはり疲れるとかで、年に2,3回は面倒のことを忘れてゆっくりしたいのだという。親同士が友人であり、付き合いも長く、お互いのことをよく知っている仲であったし、広い屋敷に一人でいるのも退屈なので、拒む理由はなかった。 時計の針が90度になった、午後の時間。この季節、この頃になると、どういうわけか腹が減る。もちろん昼食を抜いたわけではない。 「あぁ、腹減った……」 「さっき、お昼を食べたでしょ?」 「おっ、こんなところにおいしそうなお魚が。いただきま……」 「何すんのよ!」 シャワーズが繰り出した尻尾の一撃を後方宙返りで、身軽にかわすサンダース。前脚からの着地もきちんと決める。 「ったく、冗談が通じないやつだなぁ。まぁ、いいや。カンネイさんに何かないか聞いてこよう」 客間を出て、階段を上り、カンネイの個室のドアを叩く。その音を聞いたカンネイがドアを開けてくれた。 「お? どうした?」 「何か、つまめる物ない? 腹減っちゃったからさ」 「うーん、台所に行けば何かあると思うけど、スナック菓子とかはないぞ?」 「え? どうして?」 カンネイが言うには、スナック菓子のようなジャンクフードは体に良くないというので、小さい頃から食べた記憶がないのだそうだ。その習慣が現在も続いており、スナック菓子は一切買わないのだという。しかし、お菓子類を一切食べないわけではなく、アイスクリームや、チョコレート、頂き物の箱や缶に入ったお菓子は普通に食べるとも言った。 廊下を歩いているカンネイが思い出したように言った。 「あぁ、そういえば昨日、お餅を買ったな」 「餅、か。お腹いっぱいになりそうでいいな」 その言葉通り、台所には未開封の餅があった。小さなもちが二十個ほど袋に入っている。スーパーで普通に売られている切り餅である。 さて、どのようにして食べようかと思案しているところに、エーフィがやってきた。 「ん? お腹空いたからなんかちょうだいってか?」 「え、サンダース、何で分かったの?」 エーフィは不思議がるが、考えることは皆同じなのだろう。どうも寒くなってくるとお腹が空きやすくなってくるが、それは人間もポケモンも一緒なのかもしれない。 「カンネイさんが、餅を焼いてくれるってよ」 「お餅かぁ。お餅っていろんな食べ方ができたよね」 「そうだな、どういう食べ方がいい?」 カンネイが言うと、2匹は少し考えていたが、エーフィが言った。 「じゃあ、醤油をつけて、海苔を巻いて食べるのはどうだろう」 「ああ、磯辺かぁ。いいかもしれないなぁ……。磯辺だと、炭火で焼いたほうがうまいかもしれないな。庭で食べようか?」 この屋敷に広い庭があるからできるのだ。庭は時にコミュニティーの場にもなる。お菓子をつまみ、コーヒーを飲みながら仕事仲間や友人と談笑することをシュゼンは好んだ。その様子を時々、カンネイも目にすることがあった。 庭に七輪を置き、網をかける。 「火はどうするの?」 「ギャロップにやらせる」 火力はマッチやライターに比べるとずっと強いので、苦労することもなく炭に火がついた。餅を網の上に乗せ、焦げないように注意深く見守る。表と裏を薄い狐色の焦げ目がつくまで焼き、刷毛で餅に醤油を塗り、さらに炭火で焼く。醤油の食欲をそそる匂いと音が辺りに拡散する。 「余計、腹が減ってくるな」 「いや、ほんと」 餅の甘みと、醤油の塩分による辛さのコラボレーションを七輪の周りにいる誰もが頭の中に思い浮かべていた。実際に食べているわけではないのに、網の上で焼かれている醤油を塗った餅を見ていると、自然と涎が出そうになる。餅を食すこと以外の思考を奪い取る何とも魅惑的で、罪深い香りである。 「よし、海苔を巻いてあげよう」 カンネイはトングで餅をつかみ、皿の上に置くと、餅に海苔を巻いていった。これで磯辺餅の完成である。 「やっぱり、この甘さと辛さだよね。なんて言うか、一度で二度味わうことができるところがいいよね」 エーフィがそんなことを言う。餅を一口で口の中に入れ、何度も噛んで、しっかりと味わっている。その様子を見て、小さく切ったほうが食べやすかったかな、とカンネイは思った。 「なかなか上手い事を言うじゃないか。まるでこの餅のようだ」 「そうでしょ?」 匂いにつられたのか、他のポケモンたちも外にやってきた。このまま、ちらりと横目で見ながら、他の餅も食べてしまうことはあまりにも罪深いことのように思えたので、カンネイは残りの餅を他のポケモンたちにも食べさせてあげることにした。 「結局、1匹1つになっちまったな……」 サンダースはやや不満そうだったが、カンネイはこう言った。 「ん? まだ作ればあるぞ?」 「あ、いや、でも、今度は甘いのが食いたくなっちまったなぁ」 「じゃあ、安倍川にするか?」 安倍川とは餅を焼いて、お湯に浸し、黄な粉をまぶした餅のことである。ところが、時間が経ったせいか、炭が小さくなってしまったので、安倍川餅は台所で作ることにした。七輪を片付け、台所に戻るとすでにポケモンたちがダイニングで待っていた。 「やっぱ、1つじゃ足りなかったか」 そう言って、カンネイは準備を始めた。本当は、餅を焼いてから、お湯に浸すのだが、カンネイは鍋でお湯を沸かして、その中に餅を入れ、餅が柔らかくなるまで待つ方法を採った。オーブントースターで焼く方法もあったが、一度に大量に焼くのは不可能であったからだ。 餅を茹でている間に、大きな皿に黄な粉と砂糖を乗せ、よく混ぜた。 「煎茶でも入れようか。黄な粉だと喉渇くと思うから」 煎茶を湯飲み茶碗に淹れ終わると、餅が程よい柔らかさになっていた。が、やはり懸念したとおり、餅同士がくっついてしまい、無理に離そうとしたため、餅が千切れてしまい、磯辺餅のときとは違い、一つ一つの大きさがまちまちになってしまった。 「うーん、ま、いっか」 別に味に変化が出るわけでもないので、カンネイはあまり気にはしなかった。お湯に通した餅は白く光っており、腹が減っているときには、白い宝石のようにも見える。 「しかし、エーフィ。その細い体に良くそんなに多くの餅が入るよな」 「いや、だって、お腹空いているからさ。お昼ごはんは食べたつもりなんだけどね」 (食が細そうなのに、意外に大食いなんだな) 「食欲の秋だからね」 読まれたな、カンネイはそう思った。安倍川を口に入れると、甘さの二重奏が口の中で奏でられる。この二重奏は喉に渇きをもたらし、煎茶の入った茶碗につい手が伸びてしまい、結果的に口の中が甘くなり過ぎないようになっている。 結局、買ってきた餅は全て無くなってしまった。多めに買ってきたつもりではあったが、また買いに行く必要がありそうだ。食器を片付けていると電話が鳴った。 電話の相手は、カンネイの父親であった。今日は外食をするから、腹を空かせて待っていろとのことだった。リクソンのポケモンたちが来ることを知っていたので、気を利かせたのだろう。 (おいおいおい、もうお腹いっぱいだぞ……) 約束の時間になり、カンネイたちは運転手付きの車で、指定の店に行った。その店には「甲斐路」の看板がかけられていた。畳敷きの部屋に通されると、シュゼンはさっさと料理を注文してしまった。 「何を頼んだんだ?」 「ん?『しゃぶしゃぶ食い放題』と清酒」 メニューを見ると、御飯やきしめん、サラダにフルーツ、デザートが食べ放題であることが書かれていた。 (食い放題かよ……。それに、清酒って、うっわ、またお米……) 「たまには、親孝行として、酒の相手くらいしろ」 (いや、もうじゅう~ぶん孝行したぞ。親の仕事のせいで結構我慢することも多かったんだからな。それも親孝行だろうが) しかし、実際に料理が運ばれてくると、餅をかなり食べた割には、肉や野菜、御飯を何杯もおかわりを頼んだ。リクソンのポケモンたちもまた然りであった。 寒くなる季節は何故か、腹が減る。きっと、生物学的に説明がつく現象なのかもしれないが、食事のときに小難しい話をしようとするものは誰もいなかった。 #pcomment IP:42.144.186.155 TIME:"2013-11-16 (土) 23:39:55" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?guid=ON" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.0; Trident/5.0)"