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止まった記憶 二話 の変更点


written by [[cotton]] 

#memo
 
止まった記憶 二,依頼~失われた町~

――誰……? 
 目の前には、ただぼやけた世界。明るくて、何故か暗くもあった。 
 誰?とは聞いてみたものの、そこには姿すら無くて……。聞こえるものは何も無くて……。それでも、そこには誰かいるような気がして。 
 光の中へ、ゆっくり手を伸ばしてみる―― 

「ん……?」 
 窓からは、既に早朝の暖かな光が射し込んでいた。その光はテーブルに反射して、僅かに挙げた自分の手を照らしていた。微かに開けた目にも、その光は優しく届いた。ぼやぼやとした夢は、何故か今もまだ鮮明に残っていた。 
 ソファーの柔らかさは、自分を包んでいるようだった。夢の中でも、夢から覚めた今この時も。 
「ソレイユ……?」 
 陽に照らされたその部屋には彼の姿はなかった。もう仕事に向かったのだろうか。独りの部屋では何もすることはなかった。誰もいない部屋には、ただ静かな空気が流れた。 



 その空気から解放されたくて、外へ出る。ひんやりとした風が、通りを吹き抜けた。まだ朝は早く、この街:ルージュを道行く者は見られなかった。前の建物の赤煉瓦は、重々しくそこに佇んでいた。それと対比して、空の青は澄み渡っていた。 
「……お? ルピィ。目ェ覚めたのか?」 
「あ、ソレイユ」 
 赤の中を歩いてくる彼。額の宝石は街の赤に劣らぬ鋭い輝きを放っている。 
「何処……行ってたんです?」 
 彼の肩には、ビニールの袋が担がれていた。ほんのり、いい香りが漂っていた。 
「ああ、ちょっと『グロウブレッド・ベーカリー』まで買い物。いや~、あそこのパンは最高なんでね~♪」 
 上機嫌で紙袋を開ける。一つ取り出すと、こちらに手渡した。 
「食べてみ?」 
「あ、ありがとう……」 
彼に奨められ、一口食べてみる。 
――ん…! 
 そのパンは、クッションのように柔らかくて。一口かじっただけで、甘い匂いが口の中に広がって。彼が好きになる理由もなんとなく分かったような気がする。 
「さて、ボチボチ行きますかッ……と」 
「え……!? ま、まだ食べ終わってないですよッ?」 
 彼も一つ口にくわえ、歩き始めた。 
「このまま向かうぞ? 時間勿体無いから」 
「あ、味わって食べさせてくれたっていいじゃないですかッ!」 
 朝の霧はフタリを、通り全体を包みこんでいた。 

 ルージュから続く道。その続き、緩やかな丘の上にある町。 
 いつも、この道を通る時には 爽やかな風を感じていた筈なのに。 
「この道で合ってる?」 
「はい。もうすぐ着きます」 
 いつも、この空の下に変わらずあった筈なのに。禍々しい黒煙は、白い雲まで黒く染めようと伸びていた。 
 その町は―― 

 美しく並んでいた家々は、無惨に崩れて。 
 町を彩っていた花はその色を失って。 
 地に広がっていた草は灰と化して。 
 たった一晩で、ここまで変わってしまった。その様子を見ていると、段々怒りが込み上げてきた。 
 笑い声もお喋りの声も聞こえず、風が虚しく灰を拐って。……つい一昨日までは、此処は活気に溢れていたとは、到底思えなかった。 
「……で、案内しましたけど。何するつもりですか?」 
「へぇ……。思ってたよりでけぇな……。此処の長は?」 
「長……? コンフィさんのことですか?彼なら……」 



美しかった白い壁、赤い屋根。そんな物も、瓦礫と化した。一際立派だった家も、例外ではなかった。 
その瓦礫の中に、彼は立っていた。 
彼:キノガッサが此処の町長、コンフィ・スカルド。 
「おはようございます。」 
「ん?ああ、おはよう、ルピィ。大丈夫だったか?」 
「ええ、なんとか。……大変なことになってますね……」 
「ああ、全くだ。……ん?」 
 ソレイユに気付き、彼はしばらく彼を見る。見覚えがないのを確認し、質問した。 
「そちらのエーフィは?」 
「初めまして。ルージュの街で"セイバー"をしているソレイユ・ユニバースです」 
「宜しく。……ところで、今日は何故此処へ?」 
「この町を……、」 

町を見回して、自信たっぷりに言った一言。 

「…この町を取り戻しに、です」 

「と、取り戻す!?」 
 当然、ソレイユを除くフタリは飛び上がらんばかりに驚いた。 
「な、何を言ってるんですか!?」 
「何か可笑しかった?」 
 彼はむしろ、こちらの反応に驚いているようでもあった。 
「此処に住む者全てを集めてください。"奇跡"ってどんなものか、見せて差し上げますから」 
「意図が全く見えないが……。まあいいか、集めることにするよ」 
「コンフィさんまで……!」 
「ここまで言うんだから、何か策があるんだろう? やってみるだけの価値はあると思うんだ」 

 ……その後も彼らの"打ち合わせ"は続いた。もう自分には理解できなかった。 
彼が言う"奇跡"。確かに、信じたいことではある。彼の態度を見ていると、尚更。 
でも、町が崩れてゆくのをこの目に焼き付けてしまったからか、どうしても疑問が残る。
「信じ難いことではあるけどね。僕も相当な物好きだね……」
 全くだ。 

「ねえ、ソレイユ? あんなこと言って……大丈夫?」 
 少なくとも私は、この町が元通りになるとは思えなかった。 
「このまま失敗したら、世界一カッコ悪りぃだろうな。どうしようか?」 
「どうしようかって……。言ったからには、皆をがっかりさせるのだけはやめてくださいね……?」 
「分かってるって、全力は尽くすからさ。失敗したら、……心の痛みっつーの、癒してくれよな?」 
「なっ……、こんな時に冗談はやめてくださいッ!!」 
「痛だぁッ!!」 
 こんな状況で何故そんな気楽に構えていられるのだろうか……。 
「だから……グーはやめ……」 
 倒れた彼を見て、ただため息が出るばかりだった。 

――約束の時間。 
 中央の広場には、悲しみに沈む皆の姿。 
――今見ているのは、本当に同じ彼……?  
 その目は一点を見つめていて、真剣そのもので。 
 誰の声も、…風すら、音無く流れて。期待…というよりは、その様子をただ見届けているだけ、という感じだ。ヴェールのこんな静けさは、今までに見たことがない。 
 何かを唱う彼の声だけが、耳に入る。語りかけるように、優しく。額の赤が輝き、右腕を光が包む。 

「&ruby(アフェア・メモリー){記憶肯定}」 

光は絨毯のように地を走り、緑で覆う。 
光は空気を温め、立体を構成してゆく。 
光は空まで伸び、忌々しい黒煙を消してゆく。 
光はヴェールの町を包み、皆を包み、 

色とりどりの笑顔を作った。 

 振り向き、一礼をする。安心したようで、一つ深呼吸をした。 
「町が……本当に……!?」 
「すげぇ……奇跡としか思えねえ……!」 
「あんた、最高だ!!」 
 歓声が空に響き渡った。 

――夜までお祭り騒ぎは続いた。 
 この町が忘れた筈の活気と笑顔と笑い声。今確かに、この場所にある。それらを取り戻した当の本人は、その雰囲気に飲み込まれているようだった。 
 テーブルを彩る料理は、どれも良い匂いを運ぶ。 
 テーブルを飾る花は、どれも夜空に映える。 
「……ん?」 
 誰かが肩を叩く。振り返ると、彼の姿があった。 
「ソレイユ……?」 
「ちょっと、話がしたい。いいか?」 

 ……その騒ぎの輪から外れ、木の下で彼と語り合う。彼自身疲れていたようでもあったし、自分も、どうしても知りたかったから。彼の、力について。
「……で、どうしてこんな所に?」
「いや~、ちょっと疲れたんだよね。あんなこと久しぶりにやったからな……」
「……そうだ。何なんですか? あれ」
「記憶の肯定、だ」 
「記憶の……肯定?」 
「そ。町がまだあった時の記憶を"思い出させた"んだ。空気だとか、地面だとかが持つ記憶をね。超能力 (サイコパワー)の応用みたいなもん」 
「そんな力…持ってたんだ」
「さて、帰らねぇとな……。もう遅せぇし……」 
「帰るって……何処に?」 
「決まってる……ルージュにだ……」 
「今からですか!?」 
 立ち上がり、覚束ない足取りで、丘の下の光目指して歩き始めた。やはり、かなりの体力を消費しているようだ。 
「待ってください! その体で無事に帰れるとは思えません! 私の家がありますから! 今日は此処に泊まった方が良いですよッ!」 
「うるせ……、この位……ヒトリでも……」 
 声は途切れ、サッ、と草が鳴る音。 
「ソレイユッ!!」 
 彼の元へ駆け寄る。息荒く、草の上で倒れていた。 

 やっぱり、力を使い過ぎたのが問題だったんだろう。小さい町だけど、それを丸ごと取り返すのには、膨大な力が必要なんだろう。 
 ベッドで寝息をたてて眠る彼は、いつもより小さく見えた。呼吸に合わせて、小さな体も僅かに上下している。 
 自分はただ見守っているしかなかった。流石に死ぬってことは無いだろうけど、それでも心配だったから。動かない彼を此処まで運ぶ時でも、鼓動はちゃんと伝わっていたし。こんな時ばっかりは自分の"馬鹿力"に感謝した方がいいみたいだ。 
 
――何が……"失敗したら"ですか……。 
 確か契約期限は、"私が満足するまで"。だったら、まだ彼処にいてもいいよね? 
――凄く、かっこよかったじゃないですか……。 
 彼の手助けをしてみたい。彼の力、もっと知りたい。 
――感謝しているんですから……ッ。 

今はもう、彼の呼吸も落ち着いていた。唇で、その頬にそっと触れる。 
まるで、日向のように暖かかった。 

三話へ。 

気になった点などあれば。
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