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・官能描写はありませんが暴力的なシーンやグロテスクなシーンが数多く含まれます。
・結構な数のポケモンが命を落とします。自分の好きなポケモンが命を落としても平気な方のみどうぞ。
・この物語はフィクションです、実際の人物や団体、及び他のwiki作品とは関係ありません。
written by 慧斗
「そうか分かったぜ!ジュナが本当に俺に伝えたかった事が!」
「分かったの⁉」
「あぁ、バッチリとな。とりあえず順番に説明していくぜ」
叫んだ時の感覚で声にしたまま推理を説明していく。
「最初に、ジュナが気づいたのは一連の事件に関係する首謀者からのメッセージで、いわゆる犯行予告だった」
「犯行予告?」
「よく怪盗が【今夜12時、中央美術館の宝石“漆黒の星”を頂きます】とか書いたカードを送るだろ?要はあんなのだ」
「なるほど…」
「つまり、首謀者は次々とポケモン達を殺していく中でメッセージを準備していた。本当に起こしたい事件のな」
「どうしてそんな事する必要があったの?」
「容疑者と話した訳じゃないから推測だが、自分たちの計画によほど自信があったんじゃないか?ガブリアスみたいな種族なら自信に満ち溢れてるようなものだし」
「ちょっと分かるかも…」
「そしてCHRONICLEの能力で俺の知らない事を知っていたジュナはヒメグマを倒した後に首謀者のガブリアスと接敵、そこで致命傷を負いながらも事件の真相を知ることになる」
おそらく殺されたポケモンの情報を俺より先に全部知っていたから気づけたんだろう…
「何とかして真相を俺に知らせようとするも、致命傷を負った頭では思考共有を上手く維持できない。そこで矢文を飛ばすことで俺にメッセージを遺そうとした」
「矢文として送りたいのは、ヒメグマを倒した証である“LIARのDISCの破片”、おそらくガブリアスに関係するであろう“薄切りの大根”、そして事件の真実だ」
「それで破片や大根が一緒に刺さってたんだ…」
「送る紙として近くにあったハンバーガーの包み紙を手に入れて、そこに情報を書こうとしたけど、包み紙の模様と同封するものを見てそのまま包み紙を飛ばすことにした」
「普通に書いた方が分かりやすいんじゃない?」
「悠長に書いてる時間があればいいけどよ、一秒でも早くしないと殺される状況だったかもな」
多分俺も書かずに済むなら書かない方を選んでいる。
「そして包み紙の模様で跡の残っていた場所はバンズを含めて9層のハンバーガーの絵と縦書きのHAMBURGERの文字」
「それが、ヒントになるの?」
「ちょうどハンバーガーやだるま落としみたいに“横に切って縦に分割して、一文字ずつ割り振れ”という意味なんだ。これはアシレーヌの言った“ダイケンキとロコンからダイコン”ってのがいいヒントになった…」
「それなら良かったよ…で、どう分けるの?」
「あとはポケモンの名前の文字が一文字ずつ入るように名前の文字数に分割、ゼラオラのくれたデータに従って失われた箇所を読んで行くとどうなる?」
「ダイケンキはダイ、ロコンはコン…」
「それでダイコンだ、続けてくれ」
「本当だ、文章になってきた! これは、ラ…?」
「カラマネロは上下逆さまが平常だからな、2文字目の“ラ”じゃなくて4文字目の“ネ”だ。つまり…」
“ダイ” ケンキ
ロ “コン”
オ “オ” タチ
ニョ “ロ” ゾ
ペル “シ” アン
パラ “セ” クト
ネ “イ” ティオ
“ヤ” ドラン
“コ” リンク
“ガ” オガエン(生存、当初はキノ “ガ” ッサを狙っていた)
カラマ “ネ” ロ
ブ “ニ” ャット
“フ” ライゴン
“ル” カリオ
「ダイ、コン、オ、ロ、シ、セ、イ、ヤ、コ、ガ、ネ、ニ、フ、ル…?」
「そう、“ダイコンオロシセイヤコガネニフル”という文章が出来上がる。そして漢字かな交じりに書き換えると…」
「「大根おろし聖夜コガネに降る」」
「…どういうこと?」
「冗談に聞こえるだろうけど、ガブリアスのDISC能力はおそらく大根に関連する能力なんだろうな。薄切りの大根についた鮫肌の跡や一連の事件から導き出されたメッセージを元に考えればその結論しかない」
「じゃあ殺されたポケモン達の身体の一部がなくなってるのは?」
「メッセージとしての意味もあると同時に、おそらく全員大根おろしによって殺されている…」
「大根おろしで⁉」
普通の反応はそうなる。真実に到達した俺が笑えずにいるだけで。
「家事のライフハックに、“服についた血のシミは大根おろしで落ちる”ってのがあるのは知ってるか?」
「そんなのあるんだ…」
「簡単に言うなら大根に含まれる“プロテアーゼ”っていう酵素がタンパク質を分解してシミを落としてくれるんだ、大根おろし食ったら消化を助けてくれるって言うだろ?」
「確かにおろし竜田とか食べやすいかも!」
「まぁ味付けとか水分の問題もあるだろうけど、プロテアーゼによって消化を助けられてる効果も大きいだろうな。だが、この一連の事件ではそのプロテアーゼが殺し屋になってしまった…」
「どういうこと…?」
「DISCについて説明した時、“適合率による影響が大きい”って言ったよな?それこそアシレーヌなら美味しい大根を作り出すだけの効果だろうけど、もしも攻撃性の高いガブリアスに適合率の高いDISCだとしたら、攻撃性の高い強力な能力になる…」
「ってことはまさか…」
「プロテアーゼも攻撃的に強化されて生きたポケモンの身体も分解しちまう凶悪な大根を精製する能力に早変わりだ。おそらく身体の一部が見つからないのは凶悪な性能になったプロテアーゼによって骨まで食い尽されたからで、アシレーヌの見た断面に空いたたくさんの小さな穴は酵素によるものの名残だろうな…」
身体の一部を持ち去ったのではなくそもそもなくなってしまった、だから殺されたポケモンの身体を運んでるポケモンの姿を誰も見ていなかったんだ。
「でも、大根の酵素が強くてもそんなに上手く身体の一部を分解できるの?普通の大根は大きすぎるよ?」
「大根おろしにしたんだよ、一番酵素を有効活用できるし相手の身体にも付けやすいからな。現に俺が目と頭に付けられたからな…」
もしもチェーンに付いていた焦げた大根おろしをジュナに見せることができれば未来はまた変わっていたのかもな、今となっては想像の檻の中だけど…
「確かに大根おろしなら上手く付着させれば一部だけ溶かせそうだけど、鮫肌でいちいちおろしてたのかな…?」
「おそらくガブリアスは精製する大根の形状を自由に変えられたんだ。ジュナが矢文と一緒に飛ばした薄切りの大根も投擲武器として精製したんじゃないか?」
ただでさえ強力な種族であるガブリアスの使うDISCが大根に関するもの、しかし能力自体は超強化されて生きたポケモンの身体すら分解するプロテアーゼ入り大根おろしによって次々とポケモン達を殺していく…
正直言って一つしか弱点は思いつかない。
「でも、ガオくんも大根おろし付けられたのに死んでないし頭も無事だよね?」
「相変わらず目の付け所が違うよな、それは言っておく必要があったな」
頭を軽く撫でながら上手く説明できるように文章を構築する。
「プロテアーゼもアミラーゼもそうだが、いわゆる“酵素”には活動に適した温度があるんだ、そして酵素はみんなたんぱく質からできてる」
「温度によって活動が変化するの?」
「基本的に温度が上がれば酵素の反応速度も速くなるが、最高レベルになるのはちょうど一般的なポケモンの体温レベルなんだ。つまり、ポケモンの身体に付着した時が一番効果を発揮する」
「そんな…」
「とはいっても熱くなりすぎると“失活”つって酵素は機能できなくなるし、たんぱく質である以上加熱されると凝固もするし燃えちまえば炭か灰だ」
「じゃあガオくんは炎タイプだから大根おろしが付いても熱や炎でプロテアーゼがやられて効かなかったんだ!」
「多分その回答で合ってるぜ!現に一連の事件でも炎タイプは俺だけで、当初はキノガッサを狙ってたからな」
「そっか、じゃあガオくんがいれば大根おろしの酵素にも負けないね!」
「おいおい、俺以外の炎タイプだって大丈夫なはずだぜ?」
冗談めかして言ってはみたけど、実際は笑ってもいられない。
仮にプロテアーゼや大根おろしが熱に弱かったとしても、使用者がガブリアスである以上炎タイプは対面するだけで不利になる。
そして忘れかけているがジャラランガの逃亡を助けた共犯者はガブリアスと行動を共にしている可能性が高く、活動場所から考えても水タイプである可能性が高い。
「とりあえずゼラオラに連絡入れようぜ。なんにせよ決戦は明日の夜、コガネシティだ」
「でも待って、もう24日の朝4時…」
「マジかっ⁉俺たちこんな時間まで白熱した謎解きしてたのかよ…」
「みたいだね、どうりで眠いわけだよ…」
大あくびしているアシレーヌを見ると今夜には決戦が迫っていることを忘れそうになる。
「ゼラオラ、こんな時間に悪いけど謎は解けたぜ!」
「なんだって⁉容疑者が分かったのか⁉」
電話の向こうのゼラオラは眠気も吹っ飛んだと言わんばかりの声で叫ぶ。
「あぁ。結論から言えば首謀者はガブリアスで大根に関するDISCを使うと考えられる」
「…お前、寝ぼけてるだろ?」
眠そうな声で呆れられた。仕方ないっちゃ仕方ない話か…
「…ジュナが命と引き換えに俺たちに遺してくれたメッセージの一つだ、間違いはないはずだぜ」
「ジュナイパーが…?それで一つということは他には何を?」
「これまでに殺されたポケモンの失われた場所に種族の名前の文字を割り振ると、ヤツからの犯行予告が現れた」
「犯行予告⁉それで内容は…?」
「“大根おろし聖夜コガネに降る”…」
「聖夜ということは今日の夜にコガネシティで犯行に及ぶということか⁉」
「だろうな。12月24日、日没と共にコガネシティでこれまで以上の事件が起きるかもしれない…」
「マズいな、今日の日没といえば“ジョウト鍋祭り”の開催時刻ぐらいじゃないか?」
「なんだって⁉そんなポケモンの密集した所じゃガブリアスを探すのも一苦労じゃねーか!」
鍋祭りに今一つピンと来ていないせいで頭が回らなかったが、これはかなりヤバい…!
「確かにヤバいが日没までは時間がある、それまでにできることを全部やってみるのも手だな」
「できること、何かあるか?」
「この時間帯からガブリアスに焦点を絞って客を捜査すれば捕まえられるかもな、他に共犯者はどうだ?」
「種族は分からないが水中を移動できる仲間がいる。それと、DISCも破壊されて危険性はゼロに等しいけどヒメグマにも一応警戒しといてくれ」
「了解だ、これで事件が起こる前に多少の準備をする時間が手に入った…」
もし誰もあの犯行予告に気付かなければ想像を絶する事態になっていたかもしれない、そう考えれば気づいただけでもマシなのかもな…
「それともう一つ、俺を含めたお前とアシレーヌにしかできないことがある」
「…何だ?」
「今のうちに少しでも休んでおけ、万一の事態には少しでも戦力が必要だ」
「もっともだ、そしてお前もちゃんと休んどけ」
「一応指示を出して上にも危険性を示しておく、それが終わったら休むさ。流石に寝不足じゃ足引っ張るんでな」
「無理するなよ…!」
小さく微笑むような音が聞こえて電話が切れた。
「どうだった?」
不安そうなアシレーヌに眠気を帯びた笑みを見せる。
「警察も動いてくれるらしい、ゼラオラ含めた俺たちは今のうちに眠って体力を温存しとこうぜ」
「そっか、良かった…!」
「眠っているうちにガブリアスが逮捕されれば御の字、俺たちの力が必要になるならなおさら眠っとかないとな!」
午前4時半からでも2時過ぎぐらいまで眠れば体力もほぼ万全レベルまでいけるはずだ。
俺の部屋のドアを開けて入ろうとすると、何故かアシレーヌも一緒に入ってくる。
「部屋行かないのか?」
「さっきまで眠かったのに、夜になるとお兄ちゃんを殺したガブリアスと戦うことになるなんて考えたら眠れそうになくて…」
「ウールーの数か素数を数えたら落ち着いて寝れるんじゃないか?」
「素数って、1、4、6、8、9…ってやつ?」
「逆だよ、プッチ神父にすら馬鹿にされるぞ?」
「0、0、0、0、0…」
「今度はゼロに呑まれたか、結局何がしたいんだよ?」
「ガオくんと一緒に、寝たいなって…」
「…シングルだからお互い眠り浅くなるぞ?」
「眠れないよりはいいよ…」
「…大丈夫だと思うけど体力の温存優先だから変な気は起こすなよ?」
結局根負けしてベッドを半分開けてぽんぽんと叩く。
「ありがとう、おやすみ…!」
アシレーヌは喜んで隣に入ってくる。
今まで誰かとベッドを共有したことなんてないからかなり新鮮…
「⁉」
俺の頬に意図的に触れた吐息と肌の感覚が脳内に焼き付けられて、俺の方がしばらく寝付けなかった…
けたましいアラーム音に嫌でも目が覚めた。
流石に“日没まで寝てました”ではシャレにならないので、スマホで2時半に最大音量のアラームをセットしていた。
「ん、おそよ…」
俺の左腕を抱き枕にして熟睡していたアシレーヌも連動して目を覚ます。
「コガネシティに行く前にちょっと飯だけ食ってくぞ」
「何作るの?」
「作って置いてたガパオあるからそれにする、あとは適当にあるものでスープも作っとく」
寝ぼすけモードのアシレーヌにはもう少しゆっくりしてもらうことにした。
フライパンに残っていたガパオは温めればご飯に乗せて完成。残っていた人参とセロリを細切りにして小鍋で煮込み、ナンプラーと塩で味を調える。
ナンプラー味の野菜スープをお椀に入れてくし切りにしたレモンを小皿に置く。
「そろそろご飯だぞ!」
ガパオを盛り付けてバジルを添えて、手に乗せたスキレットで卵を2個焼き始める。
アシレーヌが来たタイミングで絶妙な焼き具合、黄身がトロトロな目玉焼きをてっぺんに乗せて完成した。
「ご飯もスープも美味しい!」
「ありあわせだけどそう言ってもらえて嬉しいな、場合によっては…」
「何か言った?」
「いや、良く味わって食べろって言ったんだ」
仮に事実だとしても“これが最後の食事になるかもしれない”なんてこの状況下では言う気にはなれなかった。
バジルとナンプラーに卵の黄身がベストマッチしたガパオライスは我ながら会心の出来だった。それこそ最後の食事になってもいいレベルに。
流石にポルチーニ茸をトッピングのマルゲリータは食べる気にはなれず、かと言って捨てる気にもなれずテーブルに置きっぱなしになっていた…
「ゼラオラからはいいニュースも悪いニュースもなし、そろそろ行くか」
バックパックには愛用のチェーンを負担を感じないギリギリの重さまで入れておき、万一に備えてのキヘイチェーンのリングもブレスレットやアンクレット以外にも両方の二の腕にセットして、アシレーヌにも“お守り”と言ってチェーンのリング6個とキヘイチェーン24個を持たせてある。
「うん、行こう」
アシレーヌからもOKサイン、コガネシティに向かって俺たちは走り出した。
警察署に着くとかなりピリピリした雰囲気だったが、ゼラオラの知り合い特権ですんなり中に入れた。
家を出る前まではゼラオラへの差し入れにサンドイッチでも買って行こうか悩んでたのに、いざ家を出たら完全に忘れていた…
「ちょうどいい所に来てくれた。ちょっと上層部に話した結果、“緊急中止を主催者に検討させる”って話になったんだ」
「それならガブリアスに殺されるリスクも減るね!」
「そう、だな…」
確かに命を優先するなら中止は正しい判断だけど、逆にガブリアスを止めたいなら逃げられてしまうリスクが大幅に考えられる。
どちらが正しいのかは分からないけど、そこは俺がどうにかする問題じゃないか…
「念のため緊急用の救護キットを渡しておく」
ゼラオラからチェリムの紋章がついた大層な救護キットを渡された。
中身は元気の塊やPP回復アイテムなどの非売品アイテムがぎっしりで仰々しいだけのことはあった。
「アシレーヌ、これは持っといてくれ」
「ガオくんの方が戦うことが多いのにいいの?」
「俺は救護キット上手く使えないからな、それに応急処置ならできる」
元気の塊なんて誰かに浸かってもらわなきゃ持ち腐れだし、と言ってアシレーヌに渡すと敬礼して受け取られた。
「俺だ、それで話はどうなっている?」
ゼラオラがスマホで話してる内容から察するに、多分鍋祭り中止に関する話だろう。
「何?主催者は意地でも開催するだって⁉」
『開催、するんだね…』
『みたいだな…』
これで、ガブリアスを捕まえるチャンスは増えるけど、罪のないポケモンの命は危険に晒される訳だ。
「そうか、もうしばらく頼む」
ゼラオラは通話を終えて深いため息をついた。
「どうやら主催者のヤツザキ家は開催したいらしくてな、今署長が必死に説得してる」
「マジか、開催まであと1時間かそこらだぞ?」
「目撃情報とかはどうなったの?」
「残念ながらガブリアスもヒメグマも目撃情報なし、それらの状況がさらにヤバさを増幅させてやがる…!」
ゼラオラは苦虫を嚙み潰したような顔で小さく叫ぶ。確かにこの状況はかなりマズいな…
「ねぇ、もしかしたらお客さんの中に隠れてるんじゃないかな?」
重い雰囲気の中でアシレーヌは口を開く。
「お客さんの中?」
「そう、会場のお客さんは毎年すごい数だから紛れ込んだら分からないんじゃないかなって思ったんだけど…」
「…」
「…アリだな」
「会場の警備をしている警官ですら見つけられないのにどうやって探すんだよ?」
「そりゃ、探す奴を増やせばいい」
「ガオガエンはそうやって簡単に言うが、警官の配置を変えるのはどれだけ大変か…」
「俺たちが探しに行く。探し絵の本も頭数多い方が早く見つかるからな」
バックパックを背負って立ち上がる。
「たまにはこっちから動かないとな、場所だけ教えてくれ」
「放送局前のステージだ、大鍋があるから場所は分かるだろうけど無理するなよ…?」
「了解だ、そして一つだけ言っとく。俺たちはこのコガネシティに来た時点で死神の鎌を首にかけられた状態なんだ、だからこそ言わせてくれ…」
軽く深呼吸して叫んだ。
「誰も死ぬなよ、全員生きて再会するぞ!」
「うん!」
「当然だ」
三者三葉の思いで同意、俺とアシレーヌは会場に向かって移動し始めた。
会場に着いた時点でもう開催30分前を切っているのに、奇妙な雰囲気の置いたリングマと警官のマフィティフは未だに論争していた。
「これじゃ全然決まらないね…」
「だな、ほったらかされた観客にもやや苛立ちが見える…」
こっそりステージの上手側に上がり込んで様子を見ていたが、論争が激化している影響でスタッフも動けずに置き去りにされた観客が苛立つのも無理もない。
「…本当にこの中にガブリアスはいるの?」
「そうだな、仮にガブリアスを視認できてもそれが容疑者かどうかまでは…」
荷物の陰で話しながら様子を見ていると、回りにはイベント用の機材がたくさん置かれている。
ビンゴの抽選機、早押しクイズのクイズ台、カラオケの機材、ブラックボックス…
「アシレーヌ、ちょっと手伝ってくれるか?」
「手伝うって何を?」
「この中にガブリアスがいるかどうかを炙り出す方法を思いついた、お前なら上手くできることだからよろしく頼むぜ!」
アシレーヌにサムズアップして見せてから、カラオケの機材の配線をJOINTの能力で一気に全部接続した。
「おい早くしろよ!」
「どうしたんだよ⁉」
お客さんが怒ってるのがよく分かる。こんな状況で本当に上手く行くのかな…?
「♪~」
スピーカーから突如ギターリフの聞いたホラー調の曲が流れ始める。
流石にこれにはお客さんも困惑を隠せない様子。
それを横目に私は歌詞カードと睨めっこしている。イントロが長すぎることで有名なB゜zの名曲だ。
なんでも“一部のパートを歌ってほしい”とのこと、本当にこれでなんとかなるの…?
ホラー調のイントロがどこか明るさをかんじさせるクラシック調のイントロに変わる。
そしてステージにはマイクを持ったガオくんが立っている。
「ちょっと主催者の会長から盛り上げるように頼まれちゃいました、ガチガチに緊張してるけど応援よろしく!」
お客さんの苛立ちは、一体このガオガエンは何をするつもりなんだという期待と疑問に変わっていた。
クラシック調のイントロが再び戻ってきたギターの音でロック調のイントロに変わる。
焦らしに焦らされたイントロの終わる瞬間、ガオくんの口が開く。
口からB゜zそっくりな歌声が出ていた。
「YEAHHH!」
会場はさっきまでの苛立ちを払拭するかのような歓声に包まれる。
予期せぬ事態にスタッフは混乱してるみたいだけど、お客さんのテンションを上げてくれた有志のお客さんぐらいの認識だったらしく特に何もされなかった。
歌うことにかけては有数の能力を持つアシレーヌの私にすらB゜zそっくりに聞こえるんだ、観客にしてみればB゜zとの違いなんて考える余裕もなく熱狂の渦に包まれている。
「いけない、そろそろ私の歌うパートだ…!」
間奏の間のパートの一行を歌い上げる。これが終わればラストのサビ手前のコーラスだ…
私が歌詞カードを見ながら必死に追いかけている傍らで、ガオくんはB゜zそっくりの歌声でお客さんのテンションをどんどん上げていく。中には一緒にサビを歌ってるお客さんまでいる。
そしてラストのサビ後のコーラスパートを首をかしげながらも歌い切り、会場は大きな拍手に包まれた。
アシレーヌはコーラスパートを上手くやってくれた。
確かに“記憶を失った後の方が歌は上手い”なんてジュナにも言われてたけど、アシレーヌのサポートは正直心強かったし、客のテンションを最高潮に高めたかった俺としては非常にありがたい。
あとは俺がここからガブリアスを見つけ出す…!
『ありがとう、良かったぜ!ちょっと時間稼ぐから俺のスマホで動画をゼラオラに送ってくれ』
『えっと、こうかな?』
少々手こずったけど上手く行ったらしい。ここからが勝負だ。
「ありがとう!」
テンションは最高潮の観客はいい感じの反応をくれる。
今“イ○バさんそっくりだった”って言ったやつ、飯奢らせてくれ…!
「みんな、鍋料理は好きか!!」
歓声が湧き上がる。
「大規模なイベントは好きかB゜zは好きか美味しいものは好きか!!!」
立て続けに叫ぶことでテンションをさらに高める。
「次の曲に行く前にちょっとした豆知識をご紹介だ!“DISC使いは寒い日にポケ混みの中にいるとこめかみに血管浮き出ちゃう”そうだぜ!」
反応はそれぞれだがテンションは下がってない、これでOKだ。
「なんてことはない、今日の鍋祭りで美味しい鍋料理を食べれば心も体もポカポカになって寒さなんかへっちゃらだぜ!」
再び歓声が上がる。これで準備完了。
「そして今日はなんと、俺よりもすごいスペシャルゲストが皆さんの中に紛れ込んでスタンバイしてるんだぜ!」
スペシャルゲストという響きに観客は強く食いついた。
「さっき豆知識を披露した時にこめかみを触ってくれたそこの君だ!」
困惑した表情のガブリアスに周囲の注目を集めさせる。
「それではご紹介しよう、彼こそが最近各種メディアで引っ張りだこ、近頃ジョウトを騒がせてる連続殺害事件の実行犯だ!」
周囲は恐怖やら困惑の反応を見せながら、ガブリアスの周囲からポケモンが引く。
「ちょっと待ってくださいよ、僕がポケモンを殺したなんて冗談でしょう?」
「確かにほんの冗談だよ、あの豆知識はな」
冗談に重ねてガブリアスの芝居臭い反応をはねのけて反論を続ける。
「お前はあの豆知識を聞いて無意識のうちにこめかみに触ってしまった、“DISC使い”という普通のポケモンなら反応もできないような単語を聞いたにも関わらずだ」
「…」
「それはお前がDISCを使ってる何よりの証拠だ、どうせ警察の包囲をかいくぐったのは初めからコガネシティにあるサンド屋でバイトしてたから客とみなされずにどさくさに紛れててここに来たんだろ?」
「野郎、ナニモンだ…?」
最初は大人しいふりしてても、ちょっとからかうような形式で推理を披露してやればすぐに本性を現したか…!
「俺はガオガエン、真実を繋ぎ合わせる探偵だ!」
観客はパニックと興奮の渦の中にいるような状態になった。
「探偵か、まぁいい。あのメッセージに気付いてくれた奴がいるならゲームも盛り上がるってモンだな!」
そういってガブリアスは近くのビルの屋上に跳び上がり、茶色い布袋のようなものを見せびらかして来た。
「ホントはこいつの計画でリア獣を抹殺する予定だったんだが、あの変なジュナイパーがこいつを倒してくれたおかげで本当にやるべきことも含めて色々目が覚めた…」
心ここにあらずみたいな状態になってるけど、掴んでいるのはあのヒメグマか…?
「俺は両親を殺したヤツザキ家の連中に復讐するためにこの地方に来た、よく見ておけヤツザキ家のクソ野郎ども、これがお前らに家族を殺された俺の怒りだ!」
鋭い鰭と爪でヒメグマの薄い毛皮を引き裂いて袈裟斬りにした。あちこちで悲鳴が上がる。
「見たか!これからお前たちの作った能力でお前たちの死神になってやる!震えて待ってろ!」
左腕と下半身を地面に捨てて、右腕と頭だけになったヒメグマの死体を戦利品のように掲げて叫んだ。
「そしてそこの探偵気取りや罪のない観客共、ここで死んで行け!」
「RADISH!」
低音の起動ボイスと共にDISCが体内に入り込み、ガブリアスは俺に向かって大根おろしをばら撒く。
「危ない!」
ステージの袖からアシレーヌのバルーンがいくつも飛んできて、俺めがけて飛んできた大根おろしを跳ね飛ばした。
「大根おろしで殺そうにもやはり炎タイプは厄介だな…おい、大根おろしが効くように炎タイプを半殺しにしておけ!」
西側の海から何かが飛び出して来る音に気付いて身構えると、近くに見慣れたポケモンの姿があった。
「共犯者はお前だったのか、オーダイル!」
「こちらこそあの兄ちゃんが探偵だったとはな、悪いけど大根はガブリアスが美味いのを無限に作れるんで今年は作らなかったんだ」
共犯者はまさかのお隣、大根の存在から気づくべきだったのか…⁉
「まぁ知ったところで死ぬだけなんだがな!」
「DEINOSUCHUS!」
『デイノスクス?』
『かつて存在したと言われる大型の生物だ、オーダイルやワルビアルの祖先とは聞いてたけどこんなDISCまであったなんてな…!』
ただでさえ大柄な種族のオーダイルは10メートル級の大きさになり、一挙手一投足が強力な攻撃と化して技の威力も増しているだろう。
「こんな奴がいるのか…⁉」
「敵はRADISHのDISCを使うガブリアスとDEINOSUCHUSのDISCを使うオーダイルだ、かなりの強敵だな…!」
MOTORの高い機動力で駆け付けたゼラオラも困惑している。
「ガオくん、ガブリアスが…!」
アシレーヌの指差す方向を見ると、パニックになった客が逃げ惑うどさくさに紛れてガブリアスは日の沈み切った空を低空飛行しながら精製した大根おろしを撒き散らしていく。
「痛いよ!前足がなくなっちゃったし何も見えないよ!怖いよ!」
「大丈夫!すぐにポケモンセンターに、行く、か、ら…」
大根おろしに触れて前足と両目を失ったらしいニャオハを助けようとした優しいエアームドも、結果的に大根おろしに触れたことになり鋼の足が崩れ、鋼の翼が欠けて、瞳の輝きも大根おろしに奪われて地面に崩れ落ちた。
地面に投げ出されたニャオハも大根おろしが声帯に到達して声を奪われ、後ろ足も崩れ落ち、虚しくもがいていた物体は全身を瞬く間に大根おろしが覆い尽くし、ただの量が多いだけの大根おろしになった。
何気に大根おろしで誰か死んだ瞬間は初めて見たけどとんでもない殺傷能力だな…
「炎タイプ以外の身体をくまなく破壊して確実に殺す大根おろしと、炎タイプに対抗できる二匹の容疑者か…」
「ガオガエン、あの巨大オーダイルは俺に任せてくれるか?正直地面タイプ相手は分が悪すぎる」
「あぁ、頼むぜ!」
ゼラオラはMOTORによって加速された機動力でオーダイルの身体に勢い良く突っ込んで行った。
「ガオくん、私はどうする?」
「大根おろしの弱点の知識と救護キットがあれば少しでも多くのポケモンを救えるはずだ、それにあのバルーンは大根おろしに触れても大丈夫らしいからな」
「分かった、やってみる!」
アシレーヌは逃げ惑うポケモン達への指示を開始している。
「後は俺があのガブリアスを倒す、やってやる…!」
素早くチェーンを結合させて走り出した。
ガブリアスははこのコガネシティにいるポケモンを皆殺しにするために大根おろしを撒き散らしている。
だったら捕まえることもそんなに難しいことじゃない。
「ポケモンCQC伍式、マッギョトラップ!」
チェーンをトラバサミの形状に結合、ガブリアスの通りそうなルートに設置して追跡する。
「邪魔だ!」
目の前にカウンターの様な形でストーンエッジを撃ち込まれる。
「危ねっ、ポケモンCQC肆式、クロバットショット!」
シンプルに結合させていたチェーンの一部の結合を解除、ブーメランのように飛んだチェーンはストーンエッジを粉砕して元のチェーンに再結合する。
RADISHはあまり直接戦闘向きじゃないかったらしい。抜群技にさえ気を付ければ問題なくDISCブレイクできる…!
大根おろしを撒き散らして飛翔していたガブリアスだったが、ついにマッギョトラップの一つにかかった。右足を嚙みついてその場に拘束した。
「想像以上に厄介なチェーンだな…!」
「そりゃどうも!ポケモンCQC陸式、ギガスキャプター!」
他のトラバサミや手元にあったチェーンも含めてガブリアスの右足を拘束するもの以外で俺が持っている全てのチェーンで縛り上げる。
「…っ、…離せっ!」
ガブリアスはもがいているが、この技はもがこうが喚こうがきつく締め上げて逃がさないどころか、全身をズタズタに引き裂いてしまうための技だ。
「このままDISCブレイクさせてもらうぞ!」
チェーンは素早く堅くガブリアスの身体の限界を無視して縛り上げ、あちこちから血が流れ出ている。
ガブリアスは痛みに耐えるのが精一杯という様子だ。
「もらった!」
一気にチェーンを通常の一歩状態に戻るレベルで縛り上げる。
ガブリアスの手足や胴体の一部が裂けてバラバラに落ちた。
本来なら受ければ即死レベルの技、しかしこのガブリアスを倒した手応えには違和感があった。
体を引き裂いたわりには血の量が少ない、そしてブレイクされたはずのDISCもない…?
「⁉」
鋭い刃物のような何かで右腕を切られて血がしぶく。
「どうやら筋まで切れたようだな!」
頭だけのガブリアスが俺を見て嘲笑う。
血の付いた鰭の断面には白い物体で覆われている。
「俺の大根を殺すだけの能力だと思ったのが運の尽きだったな!」
大根おろしで全身のパーツをくっつけ直したガブリアスによって地震が直撃する。
傷口から大根おろしが見えかけて、慌ててフレアドライブを発動させて大根おろしから身を守る。
大根おろしのプロテアーゼは凝固どころか燃焼して炭化する。
今のところは完全燃焼させられるけど、そもそも大根おろしに反応される程度には完全に体力が落ちている。
このままフレアドライブのPPを使い切るまでに何とかしなきゃ、俺は殺される…!
ゼロフレームと見間違う程の速度で噛み砕かれそうになり、スピードに無理を言わせて後ろにジャンプして緊急回避。追撃のハイドロポンプもスピードで無理やりサイドステップで躱したけど、残像が跡形もなく吹き飛んだ。
普段ならマルマイン相手でも残像も回避が間に合う速度なのに、DEINOSUCHUSでオーダイルの身体能力は大幅に強化されすぎている。
「パワーもスピードも段違いだな…!」
MOTORの高い機動力と圧倒的なスピードをふる稼働させても大したスピード差を感じられないなんてこのオーダイルは圧倒的に強い。
「くらえ!」
得意技のプラズマフィストを背中から叩き込んでやった、しかし一致抜群技でもオーダイルの背中は硬くて大したダメージにはならない。
それどころか自身のダメージすら気にしないような豪快なアクアテールに回避が間に合わず、流されるような形で弾かれて地面を転がる。
そのまま起き上がって反撃に移ろうとしたが、思うよりスピードが出ない。
ヤバいな、思いの外ダメージ大きかったか…⁉
けどがら空きになった比較的柔らかい腹部を取ることができた。
「バッグにでもなりやがれ!」
力強く放ったはずのプラズマフィストは、電気も纏っていないクソザコパンチに成り果てていた…
MOTORの効果はスピード面で受ける恩恵が大きいけど、当然パワーも強化されている。
それがPPは十分なのにも関わらずスピードもパワーも落ちて電気も纏っていないクソザコパンチになるとしたら理由は一つ。
ここに来て充電切れかよ…!
確かに少しは眠ったとはいえ連勤で体力はそれなりに消耗している、だからといってこの状況下で電気技もMOTORによる身体強化もなしであのオーダイルを倒せるのか…?
答えはNO、この状態でインファイトをぶちかましてもガードが手薄になり余計にピンチになるだけだ。
けどこのままむざむざ死ねない、だったらどうする…?
『どうだ?MOTORは上手く使えてるか?』
『ゼラオラの能力は強力だけど、どうも電気のエネルギー効率が大変だよね?それこそずっとフルスピードで戦ってプラズマフィストも酷使したら10分持つかどうかも怪しいね…』
『それじゃ外しといた方が良くないか?』
記憶を無くしたかつての友にDISCを渡された時の記憶か…
走馬灯ってことは俺もここまでか?
相棒のジュナイパーも死んだ今、あいつを一匹だけにしてしまうのは少しかわいそうな気もするけど、どうやらここまでらしい。
『充電切れでMOTORを解除?とんでもない!MOTORの奥の手を使えば逆に電気をチャージできるんだぜこれが』
『電気をチャージ?どうするんだ…?』
どうやら、記憶を無くしても走馬灯の中でも俺を助けようとしてくれるらしい。
「分かった、今度はお前の記憶を取り戻してこの借りは返す!」
オーダイルに聞こえるように叫んで挑発してから回れ右、一気に逃げ出した。
「ポケモンCQC捌式、ホウオウクロス・ブラザーフッド!」
ガブリアスへの搦め手は手足を引き裂かれても大根おろしで断面を包めば問題なく動けるどころか厄介なことになる以上、チェーンによる搦め手は実質的に効果は薄い。
切り札を使えばできなくはないが、ここで下手に消耗するのはマズい。外せば全てが終わってしまう。
だったら接近戦で戦えばいい、鮫肌だろうとチェーンで殴れば問題はない。
ホウオウをイメージした形に結合したチェーンのアーマーを装着、チェーンの動きでガブリアスの視界を一瞬封じ、インファイトで一気に仕掛ける…!
一瞬遅れたガードより早く顔面に一撃、そのまま両腕のガードを弾いてがら空きになったボディーにラッシュを叩き込む。
「ぐふっ…!」
ガブリアスは苦しげに吐血した、手足を狙うより頭部や胴体には効くらしいな…!
両拳のチェーンは鮫肌で傷だらけだが問題ない。
生物じゃないチェーンに大根おろしなんて効かない、このままぶちのめしてDISCブレイクしてやる…!
追い打ちにDDラリアットを叩き込もうとして、逆に俺の喉と腹に強い衝撃が走って仰向けに倒れる。ビルの縁だったせいで足だけが乗っかっている状態、落ちたらヤバいな…
発熱器官は万力で押し潰されるような痛みしか感じられず、呼吸も確実奪われつつある。
「甘いぞ!まだ両足があったのを忘れたか?」
ぼやけた視界ではよく分からないが、ガブリアスはあえて両足を繋げずに放置して俺が接近した瞬間に急所を狙う算段だったらしい。
マズい、完全に読み間違えた…!
「いくら炎タイプでも死にかけで炎も使えないお前じゃ大根おろしの良い餌食だ!」
両腕の鎌のような鰭でチェーンもろとも全身を切り裂かれる。そのままストーンエッジで上空に跳ね上げられた…
五感も大分鈍ってきた、砕け散ったチェーンと共に血も大分流れてるな…
俺のJOINTは切られた場所を問題なく動けるように結合するぐらいの治療なら外科医以上の適性はあるけど、流れ出た血を取り戻すことはできない。
デリケートな発熱器官も治せるけど、この状態じゃ結合してもフレアドライブすら満に打てそうにない。
指先から、頭の先から大根おろしが付着してきた。このままじゃ完全にプロテアーゼによって跡形もなく…
『手足のどれかを上げて炎を出してくれ!』
突如脳内に響く声、ギリギリ分解の始まっていない右手を上げて口から火を吹き上げる。
ベルトの場所が発熱器官なだけで火を出す場所は口からでも傷口からでもやろうと思えばできる。ついでに右手の大根おろしも焼いておいた。
虚空から高速で飛翔する何かが炎に照らされて生まれた俺の影を貫き、ビルの壁に縫い留めた。
俺の脳内に話しかけ、精密な影縫いでサポートできる奴なんて俺は一匹しか知らない。
『ジュナ!』
『お待たせ!僕のメッセージ、解き明かしてくれるって信じてたよ』
『お前どうやって生きてたんだ?思考共有も途切れたのに…』
『厨房にあったラップで大根おろしの接触を防ぎ、あとはゴーストタイプお得意の仮死状態でやり過ごして…』
『…色々思うことはあるけど、とりあえず生きててくれてありがとな!』
『そりゃね、ガオのあんな悲痛な叫びを見たら何度でも蘇るさ』
『あれ見られたのか… まぁいい』
24時間ぶりに見た翼を掴んで再びビルの屋上に戻り、殺したはずの増援の登場に困惑するガブリアスと対峙する
「この際だから改めて言っとく。半分力貸せよ、相棒」
「当然だ、僕は君のパートナーだからね」
途切れていた二つの思考が、再び一つになった。
「どうだい?殺したはずの相手に出し抜かれた気分は?」
「あぁ、最高にむかっ腹が立ったぜ…!」
足場にしているビルから不穏な音がする。
『ジュナ、俺を掴んで飛び上がれ!』
『もしかしたらもしかしそうだね…!』
飛行形態になったジュナの足を掴んで空に逃げるのと足場にしていたビルが内側から崩壊して崩れ落ちたのは同時だった。
『随分とまた大きなストーンエッジだな、内側からビルをぶち壊しやがった…』
『ガオの“タワーオブクワガノン”そっくりじゃないか、あのガブリアスもなかなかお目が高いよ』
ビルの内側からストーンエッジを突き上げてビルを丸ごと破壊したらしい、これもRADISHのDISCの効果なのか?
『そう言えばガブリアスはどこに行ったんだろう?完全に姿が消えたけど…』
『…噓だろ?ヤツは確実にこの町にいるポケモンを皆殺しにする気だ!』
『分かった、影打ちを展開してガブリアスを追跡しよう。ガオはどうする?』
『俺は地上から探す、拾っておきたい物もあるしな』
『その感じは何か策ありだね、一応RADISHの情報も改めて見せるよ』
それだけ言って身軽になったジュナは空を飛んでガブリアスを捜し始めた。
ビルの残骸に着地して瓦礫の中を探す、小さいけどあってくれよ…!
探し始めて15秒、気付くとブツは毛に付いていた、これは流れ来たかもな…
『ガオくん、こっちこっち!』
近くにある救護エリアでアシレーヌが俺を呼んでいた。
「そっちはどうだ?」
「とりあえずバルーンで大根おろしを取り除いたり、お湯をかけてプロテアーゼを失活させたりしてるけど、大根おろしにやられちゃったポケモンが多すぎて…」
アシレーヌは数少ない大根おろしの治療知識を持った存在として、大根おろしに襲われたポケモンの治療に奮闘していたけど、やかんのお湯もバルーンも限界があってかなりきつそうだ。
どうやら救護エリアとして使っている場所は厨房だったらしい。大根おろし相手なら逆にこの方がいいかもな…
厨房の大火力コンロでもお湯を沸かすには大変らしく、給湯器もさっきの地震でいかれてしまったらしい。
「アシレーヌ、そこの寸胴全部に水溜められるか?」
「できるけど、水じゃあんまり効果ないよ?」
「いや、それは俺に任せろ…」
まだ発熱器官は痛むけどこのぐらいはできる。鍋に直接熱を送りこみ、全部沸騰させた。
「ジュナの情報だと、60℃ぐらいあれば付着した大根おろしの治療はできる。助けたポケモンの中にはお湯を沸かすぐらいは協力してくれるやつもいるはずだ…」
ヤバいな、ちょっと炎を使いすぎたか…
「ガオくん、ちょっとだけ待って!」
すごい傷薬をスプレーされて、JOINTで無理やり結合していたダメージ箇所が治療されて大分楽になる。
『ガオ、さっきから索敵してるんだけどガブリアスがどこにもいないんだ。南の方でゼラオラがオーダイルと鬼ごっこしてるぐらいで、完全に気配がないよ?』
『そうか、大根おろしってことは浸出液にもプロテアーゼって含まれてるよな?』
『そうだね、固体でもあり液体でもあるところが厄介だね…』
『分かった、ジュナは引き続き上空からの索敵を頼む。必要そうならゼラオラの援護射撃を頼む』
『OK、ゼラオラも絶賛パワーダウン中っぽいしわりと必要そうだね!』
2対2の状況から3対2に変わるだけでも精神的な余裕が違う。
それにしてもガブリアスはどこに消えた?
砂隠れで姿をくらましたか?いや、特性は鮫肌になっている。
俺の撃破を目論んで待ち伏せか?だとしたら湯もあってフェアリータイプのアシレーヌのいるこの状況を狙う必要性は低い。
だったら影もなくてジュナの視界に入らない場所は…
地下通路も屋内も影打ちなら届くはず、だったらあそこしかない。
「アシレーヌ、俺が触ったらバルーンでこの大根おろしを包んでくれ」
「うん、すぐにお湯を手にかけてね」
大根おろしにそっと触れて、手を離すと同時に炎でプロテアーゼを完全に焼く。
そしてバルーンに入った大根おろしはピ○ゴラ装置のビー玉のように転がって行く。
「ありがとな、行ってくる」
大根おろし入りバルーンを追跡する。
俺の推理が正しければ、ヤツは他の地方にまで被害をもたらすつもりだ…!
「ちまちま逃げやがってこの野郎!」
オーダイルのアクアブレイクで隠れていた隣のビルが破壊される。正直心臓は暴力的なリズムを刻んだままで呼吸も荒い。
でもここで動くのを辞めたら逃げ回っている意味はない。
一気に階段を駆け上がって壊されていないビルに飛び移る。
正直ジリ貧だし、何よりDEINOSUCHUSによって身体強化されたオーダイルがあまりにも大きすぎる。
だがそろそろのはずだ、このまま逃げ切って反撃に出てやる!
さらに飛び移ろうとしたビルの屋上がハイドロポンプで粉砕される。次の足場を失いバランスを崩して落下する場所を狙って無慈悲なアクアテールが…
直前で動きが止まる。
真正面から動けなくなったというより、強い力で尻尾を固定されたといった状態。こんな事をできるのは…
「現在充電中なんだろう?ガブリアスを捜してる途中だけどガオも心配してたし援護射撃ぐらいはできるさ」
「ジュナイパー、恩に着る!」
さっきからあちこちに逃げ回っていたのはただただ体力を消耗したかったからじゃない。
モーターと発電機の構造は実質的に同じで、電気エネルギーを流して運動エネルギーを得るか、運動エネルギーで電気エネルギーを得るかの違いがあるだけだ。
だからこそ普段はMOTORに電気を流して高いスピードとパワーを得ているが、逆にMOTORを発動させたまま電気を生み出してチャージする。
これが俺の奥の手だった。
「さぁ、振り切るぜ!」
インファイトでオーダイルの顎下に集中させて下から突き上げる。
固定された尻尾を外そうとしていたオーダイルへの不意打ちとなり、そのままアクロバットで跳び上がると尻尾のねじれたまま仰向けに倒れ込んだ。
これでチャージ完了。
「これでもくらいな!」
MOTORをフル稼働させて急降下、がら空きになった腹部めがけて圧倒的なスピードを活かしたプラズマフィストを叩き込んだ。
五臓六腑に衝撃と電撃が染み渡ったオーダイルは口から黒い煙を吐いて巨体は動かなくなった。
やがて元の大きさに戻ったオーダイルの身体から壊れたDISCが排出されたのを見て小さくガッツポーズした。
「っしゃあ!」
とは言ってもこれで充電切れに加えてエネルギー切れだ、部下に連絡を入れて仰向けに寝転んだ。
「オーダイルは倒した、あとは頼んだぜ…!」
読み通り大根おろし入りバルーンは西側へと向かっていき、海にゆっくりと沈んでいった。
「大根おろしだって俺の能力を使えば精製先に結合する、案の定海の中か…」
光の届かないような夜の海の底なら影打ちも反応しないし、ジュナが上空から探っても見えない訳だ。
「お前のやろうとしている事は大体予想できる、大方復讐のために水中にお前の大根おろしの浸出液を流して凶悪なプロテアーゼを他の地方にばら撒いて無差別に殺すつもりなんだろ?」
反応はないが構わずに続ける。
「いくら地面タイプのお前とはいえ海の中じゃ電撃は通るよな?あいにく俺は雷パンチ持ちだしこっちにはゼラオラだっているんだぜ!」
言い終わるより早く雷パンチで海水に触れると、周囲の海水一帯に電撃が走る。
「殺し屋プロテアーゼをばら撒くのを止めてさっさと出て来ないとドザえもんにするぞ!」
「どこまでも邪魔しやがって!」
大根おろし入りバルーンで怒りに燃えたガブリアスが釣れた。やっぱりプロテアーゼをばら撒いてやがったか…!
『ジュナ、現在の潮の流れを調べて他の地方に到達するまでの最短時間を計算してくれ!』
『僕計算苦手なんだよね… 現在の潮の流れで考えれば15分でホウエン地方に到達するよ』
『了解、ちなみにDISCブレイクしたらちゃんと能力は解除されるだろうな?』
『それは問題ないね、それこそノトーリアス・B・I・GみたいなDISCに関係なく動くタイプならゲンシグラードンしか止められないよ』
『分かった、15分以内にヤツのDISCを破壊する!』
ホウエン地方到達まで、残り14分28秒
投擲された薄切りの大根を回し蹴りでガード、広く展開された大根おろしをフレアドライブで強行突破、ストーンエッジをインファイトで破壊してガブリアスに肉薄するも猛攻を耐え切れずにまた距離が離れてしまう。
せめて接触できればまだ手はあるのによ…!
ホウエン地方到達まで、残り13分37秒
やっぱりガオならガブリアスを倒しDISCブレイクすることで能力を解除して被害を食い止める手を選ぶと思った。
僕にできることがない訳じゃないけど、その為にはきっともう少し協力者が必要だ。
南のさっきまで戦場だった場所を目指して飛び立った。
ホウエン地方到達まで、残り13分16秒
ちょっと回復しただけでガオくんは既にガブリアスとの戦闘を開始したらしい。
さっきから思考は共有できてないけど、あのガブリアスは海に大根おろしやプロテアーゼをばら撒いて他の地方にも被害をもたらそうとしているらしい。
私にできることなんて思いつきそうもないけど、何とかして助ける方法を見つけるんだ…!
ホウエン地方到達まで、残り12分41秒
仰向けに寝転んだままでいると、見慣れた緑色の翼。
「ゼラオラ、まだ戦う勇気があるなら力を貸してほしい。ガブリアスは海に大根おろしやプロテアーゼをばら撒いた」
「何だと⁉」
「幸いDISCブレイクすれば阻止することができるけど、最短のホウエン地方到達まであと13分もない」
「そうだな、ッ…!」
既に逮捕されていったオーダイルとの激戦で酷使した身体はそう簡単に動いてはくれなかった。
「先に君を救護エリアに連れて行こう、それからでも遅くはない」
「悪いな…」
緑色の翼で大根おろしと瓦礫に埋もれたコガネの町を飛んだ。
ホウエン地方到達まで、残り11分29秒
メインウェポンをDDラリアットとインファイト、フレアドライブは攻撃相殺用に使って接近戦で交戦を続ける。
隙ができた胴体をインファイトで急襲しようとするも上手くできない。
『PP切れか…!』
ガブリアスの方もストーンエッジは使えなくなったようだが相変わらず接触することはできていない。
「そんなに俺に触りたきゃ触ってみるか?」
俺の行動を読まれて飛び立たれてしまう。
しまった、どうにかしてあいつの動きを止めねぇと!
ホウエン地方到達まで、残り10分7秒
一瞬ガオくんの考えが届いた。
PPが切れてしまって苦戦してしまっているらしい。
ピーピーリカバーは救護キットの中にあるけど、これをどうやってガオくんに届ければいい?
私が言っても危険で足手まといになるだけ…
何かないか探っていた時に、キットの底に変な形のリングが入っていた。
このリングには見覚えがある。
「ガオくんの渡してくれたキヘイチェーンのリング…!」
ジャラランガに襲われた時に逃げるのにチェーンを使って移動したり、バルーンに一緒に入ってアサギシティまで行ったりもした。これならいける気がする。
バルーンにピーピーリカバーとまんたんの薬を入れて、キヘイチェーンのリングを入れた。
『ガオくん、回復アイテムを送るからキヘイチェーンを結合させて!』
ホウエン地方到達まで、残り9分25秒
ガブリアスの猛攻を防ぎ、躱し、相殺しているけどかなりジリ貧だ。普段使いのチェーンもリングの欠片しかない。
『ガオくん、回復アイテムを送るからキヘイチェーンを結合させて!』
『キヘイチェーン?そうかその手があったか!』
ありがとうを言いそびれた状況のまま、あえてビルの隙間に落ちてガブリアスの視界から消えてブレスレットにしているキヘイチェーンに能力を発動させる。
バルーンがまっすぐ飛んできて、リングが増えて少し緩くなったブレスレットと薬二つを残して消えた。
「アシレーヌにも色々気を使わせているな!」
ピーピーリカバーとまんたんの薬を同時に使ってHPとPPを全回復させる。
これで俺はまだ戦える…!
ホウエン地方到達まで、残り8分30秒
アシレーヌの所に到着すると、薬の入ったバルーンが飛んで行った。
「アシレーヌ、ゼラオラの治療を頼めるかい?」
「分かった、すぐに治療するね!」
「応急処置だけでいい、急いで戦いに行かなきゃだからな…!」
ジュナイパーが飛び立った後、治療の度合いを軽くするように訂正した。
「…戦える程度で早くするけど、終わったらちゃんとポケモンセンターで治療受けてくださいね」
「助かった、これで戦える」
正直プラズマフィストをもう一度使えるだけでも贅沢は言えない、MOTORを正常に使えるだけの電気エネルギーさえあればできることはいくつでも見つかるはずだ…!
ホウエン地方到達まで、残り5分55秒
ヤバいな、いよいよ残り5分も近い…!
ガブリアスへの接触は未だにできていないし、このままじゃアシレーヌが頭を使って回復アイテムを届けてくれた意味がない。
ビルの屋上を飛び移りながら飛行するガブリアスを追跡していたが、地震で足場のビルを倒壊させられて地面に落ちていく。
あちこちのビルが壊されて、いよいよ鍋祭りの目玉になるはずだった広くて浅い大鍋がよく見えるようになってきた…
『畜生、ここまでかよ!』
『諦めるにはまだ早いんじゃないかい?』
ブレイブバードで急接近してきたジュナにしがみついて、落下の衝撃を殺しながらアスファルトに着地する。
『ガオのことだ、何か策はあるんだろう?』
『あぁ、とっておきの“百式”を使う』
『百式、確かにすごそうな予感はするけど、どうやってするんだい?』
『これをあいつの体内に入れられれば発動可能だけど、全然体内に入れるチャンスがなくてな…』
『なんだそんな事か、何もそれを入れるのは真正面からじゃなくてもいいじゃないか?むしろ距離を取ってぶち込むなら僕の方がずっと得意なんだ』
打つ手なしな状況を明かしてもジュナはそれを笑うように答えた。
ガブリアスは別のビルの屋上に立っているが、かなり消耗しているらしくなかなか動けそうにない様子だ。
『問題ない、あの距離なら僕に任せろ!』
ホウエン地方到達まで、残り4分49秒
何とか戦える状態になったならできることを一つでもしたい。
しばらく探し回っていると、ガオガエンに渡されたチェーンをセットした羽根の矢でガブリアスを狙っているジュナイパーがいた。
ガブリアスはガオガエンとの戦闘で大分消耗しているらしく、あの様子ならどう動いても影縫いの餌食だろう。
「!」
突然ガブリアスは近くにあった看板の投光器の配線を切り裂いた。
「しまった、影が消えた!」
ジュナイパーがかなり動揺している、影のない相手は上手く射貫けないらしい。
「あのガブリアスを、照らせば射貫けるのか?」
無意識に声が出ていた。
「そうだね、影があれば射貫けるけど投光器の配線は切られてもう照らせないよ…?」
「いや、あれぐらいなら5秒で点灯できる。お前はさっきの場所を狙って待ってろ!」
「できるの…?」
「ジュナ、今はゼラオラを信じようぜ」
頷いてくれたのを合図にMOTORを発動させて高速でアスファルトを走り、壁を勢いに任せて駆け上がった。
「今だ、撃て!」
ガブリアスのに反応されるよりも早く配線を握りしめて投光器を再び光らせた。
ホウエン地方到達まで、残り4分30秒
「撃て!」
投光器の光で再び影が生み出されるのと矢が放たれるのは同時、側面にできた影を正確に縫い留め、慣性で動いたキヘイチェーンは先端に付いたものを驚きに染まるガブリアスの口の中に入れ込んだ。
「やった、命中だ!」
「ありがとな、これで百式を使える」
ガブリアスの動きは影縫いとダメ押しで結合させておいたキヘイチェーンで封じている。時間はないが焦る必要はない。
『アシレーヌ、近くに鍋祭り用の大きい鍋があると思うんだが、あれに水を溜めて下のコンロに火をつけてくれるか?』
『あのおっきな鍋?いいよ』
一応連続の仕込みも用意はするが、この技であのガブリアスは初めから倒すつもりだ!
「ポケモンCQC百式、ミニリュウバース!」
ジュナとゼラオラの協力でガブリアスの身体の中に入れた、リングの破片に結合の能力を発動させる。
JOINTの結合する力はそれこそ紙切れ一枚で止まるレベルにもできるし、灯台の床をぶち抜くぐらいの力にもできる。
そして、リングの破片に対して他の破片が強く結合しに行く結果、ガブリアスの体内にリングの破片が高速で突入、身体の耐久性に関係なく突き破って元のリングに戻る。
ガブリアスは声にならないようなうめき方をして苦しんでいる。流石に破片は小さすぎてどこを突き破ったかまでは認識できない。
「まだだ、まだ終わらんよ!」
一匹叫んで力を集中させる。
「ポケモンCQC百式改、ハクリュースパイラル!」
今度は破片ではなく同じ形状のリングを強い力で結合させる。
「ガフゥアッ⁉」
今度は銃弾よりも大きな物体が高速で身体を突き破って突入してくるんだ、まだ意識があるだけ大したヤツだ…
「リングはさっきお前に攻撃されて四方八方に飛び散った、全身至る所を貫かれろ!」
言葉通りにガブリアスは全身をリングに貫通されて鰭や腹部にも穴が開いて血が大量に飛び散った。
そして、コンロに点火したアシレーヌに持たせていたリングを取って叫ぶ。
「これでとどめだ!ポケモンCQCフルアーマー百式改、レックウザストリーム!」
ガブリアスの体内で一本のチェーンになっていたのを一つの塊になるように結合させて、俺の持っているリングに結合するようにした。
挽き肉をこねるような音がしてガブリアスの腹が弾け飛んだ。
ホウエン地方到達まで、残り1分21秒
「やった!あのガブリアスをついに倒したんだね!」
喜びに浸っているアシレーヌをそっとなだめる。
「いや、まだDISCが排出されてない」
確かに手応えはあった。内臓も一通りズタズタに引き裂いたはずだし、腹部もこうして弾け飛んでいる。
なのにどうして…DISCブレイクされない?
「ぶっ殺す!」
突然ガブリアスが叫び出した。
「なんだ⁉」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスオロスオロスオロスオロスオロスオロスオロスオロスオロスオロス!」
『ガオ、DISCが暴走してる!確実に全部破壊しないともう止まらない!』
『暴走だって⁉』
『RADISHとの適合率が高すぎて、逆にDISCと本体が一体化したような状態になってるんだ…』
実際ガブリアスの身体に開いた穴や弾け飛んだ腹部を大根おろしが補うように精製されて、死んだはずの身体を自由に動かし始めた。
「あれはかなりヤバいな… しゃあない、“切り札”を使う」
「切り札?」
「何をする気だ?」
「ガオ、本気なんだね」
「あぁ。ジュナ、何かあったら頼む」
そして深呼吸してRADISHに乗っ取られたガブリアスの身体を見定める。
「ポケモンCQC零式、アトミックDDドライブ」
静かに呟いて一足飛びにビルの屋上に飛び乗った。
ホウエン地方到達まで、残り15秒
JOINTの能力は結合を操作する能力だが、厳密に言えば操作している物はリングみたいに簡単なものではない。
本当の能力は“原子の結合を操作する能力”で、使い方を間違えれば世界を滅ぼしかねないレベルの能力なのは把握しているからこそ普段は抑えているけど、今ここで解放する。
ただし、消耗は通常の比じゃないので持続時間は10秒程度、一気にカタを付ける…!
10
背後から飛んできていた鰭は身体に触れた途端に原子レベルで結合を解除されて認識できないほど小さくなって崩れ去る。
9
残っていた右手の穴が開いた鰭も毛先触れた時点で崩れ始め、跡形もなく崩れ去った。
8
身を守るために飛んできた大量の大根おろしも俺に触れた時点で跡形もなく消え去った。
7
そのままDDラリアットを発動させて、俺の右手は確実にガブリアスの顔を捉えて削り取ったかのように消失させる。
6
バランスを崩したガブリアスに対してインファイトを仕掛けながら急降下する。
5
殴ったり蹴ったりする度にガブリアスの体は少しずつ消えて行く。
4
ついに砕けたDISCも出てきたが、それすらも粉砕した。
3、2、1…
かつてガブリアスとDISCだった残骸は沸騰する鍋の中に落ちて煮えていく…
「0、なんとか間に合った、な…」
よく考えたら到達自体は5秒前だったっけな…
それにしても疲れたな…
「お父様、家族全員で晩餐会なんて久しぶりですわね、一匹いませんけど」
「あらやだ、あんな格下に殺されるヒメグマなんてうちの家族にはいませんのよ?」
「ハハハ、みんな今日は初めからいなかった家族の事なんて考えずに楽しもうじゃないか!」
リングマの言葉に頷いて二匹の雌ポケモンは晩餐会を楽しみ始めた。
(それにしてもあのガオガエン、生きていたの?いやまさかね…)
結局事件は多くの犠牲を出しながら首謀者の死をもって幕を閉じた。
ニュースは「ホワイトクリスマス事件」とか銘打ってどのチャンネルも同じこと話している。
一連の事件での犠牲者は4桁に上るとか言ってたけど、今となっては俺の考える問題じゃない。
それよりも気になるのはコガネ警察署長のウインディが殺されて、主催者のリングマが行方不明になったということだ。
個人的には妙にひっかかる…
『また考え事かい?事件ファイルに書いたらどうだい?』
『ジュナ、一応俺も怪我してるんだし書きたくても鮫肌にやられた手がな…』
ジュナは全治一週間、俺は全治三週間の怪我で現在俺とジュナの二匹ぼっちなワカバタウンで静養中。
後遺症は残らないのが不幸中の幸いだけど、満足に動けないからな…
『そう言うと思って、探偵助手のアルバイトを募集したんだ。相棒の座は譲らないけど事件ファイルを書けないのも落ち着かないからね…』
『なんかジュナちょっと有能になった?熱あるのか?』
『僕は元から有能…おや?』
玄関のチャイムに会話を止める。
「俺が行こう」
軽傷な左手でドアを開けるとアシレーヌが立っていた。
「探偵助手の募集見て来ました、成功報酬払うお金が欲しいので…」
「…あの部屋はちゃんと掃除してある、料金は俺の部屋で相談するか」
「よろしく、ガオくん…」
「ちょっと、なに知らないうちにいい感じになってるのさ!ガオの相棒枠は譲らないからね!」
俺とジュナの二匹で始めた探偵業も少し賑やかになりそうだ。
さて、次はどんな事件が待ってるんだろうな?
ホワイトクリスマス!死神の鎌が届く瞬間 Case Closed!