作者[[シデン]] [[記憶Ⅰ>記憶]]に戻る。 ---- &color(violet){記憶Ⅱ}; &color(blue){警告};&color(red){この小説には};(&color(#ffffff){暴力的、死、官能表現など};)&color(red){の表現があります。}; &color(#ffffff){展開が早すぎる、わけの分からない部分多数あり。矛盾点多数あり。}; &color(red){苦手な方は読まないで下さい。平気という方は読んで頂けると幸いです。}; ---- #contents *第十一話 『&ruby(ブレイクタイム){休憩};』 [#y20b6e6e] 僕達はG社に向かう途中に、寂れた村を発見した。 腐敗した木々で出来た、家屋の数々が、長い年月の間人が居なかった事を物語る、家屋に生えた黴が、僕の鼻を突く。 露骨に嫌な顔をしながらゼロは立ち止まり、僕達の方を向いて声を掛ける。 「丁度いい。今日は此処で休むぞ」 ゼロが言けど、まだ、紫にも染まっていない空を見ると、もう少し、歩けそうな気がする。 「いいの? 依頼主が待っているんじゃない?」 僕が、&ruby(クライアント){依頼主};の気持ちを考えて聞く。 ここで僕が、『&ruby(クライアント){依頼主};』って言葉を使ったのは、新しい言葉を覚えた子供が、その言葉を使って見たいと思う心情に似ていると思う。 「構わん。本当に急ぐ奴は、『何時までに遂行すること』って指定してくるからな。 大丈夫だろう」 ゼロが素っ気無く答える。 良いのかな、依頼主さん御免なさい…… あっ、&ruby(クライアント){依頼主};だ。ま、どうでも良いか、そんな事は。 「取り敢えず此処からは自由行動にするぞ。野営の準備は、俺に任せて遊ぶなり何なり好きにしていろ」 ゼロがそう言って、村の中に入っていく、食事の準備だろうか。 「有り難う」 僕は素直に従うことにした。だって、僕が居たって邪魔になるだけじゃないか。 何しようかな、遊びに行こうかな。でも、明日殺しに行くのに、楽しく遊ぶなんて出来ないよね。 「ロード! お前足引っ張るなよ」 刹がロードに声を掛ける。 ロードはどうなんだろう、殺し何とも思っていない訳、無いよね。 「何で僕なのさ~? ヴォルトに言った方がいいんじゃない?」 ロードが不満げに答える。僕ってそんなに弱いかな。 ゼロよりは、弱いことが確定しているし、ゼロは刹より弱いか。 ロードは刹に勝てたかも知れないけど、攻撃するときに反撃されたかもしれないしね、良くわからない。 「ヴォルトはいいんだよ! アイツは……俺が守るからな」 刹、嬉しいことを言ってくれるね。でも、情けないな、僕。女の子に守って貰うなんて。 もっと、僕に力があればいいのに。刹から頼られるような力が。 「アツイね」 ロードが茶化す。刹は、軽くロードを小突いて、どこかに行った。僕も一発小突きたかったけど、後が怖いからやめて置いた。仕返しに何をされるか分かったものじゃないからね。 さて、何をしよう。 刹がゼロに話しかけているのが見えるが、遠いので内容までは分からない。 「殺し、平気なの~?」 僕が何もすることが無くてのんびりしていると、ロードが話しかけてきた。 いままで虐められっ子だったのに、突然殺しをやる羽目になるなんて、想像できるわけが無いし、平気なわけも無い。 「僕は、この依頼で戦う気は、無いからね。 ……全生物の幸福こそが魔王の願いそれに逆らうわけにはいかないからね」 そういえば、僕たちの目的は、神を倒すことだった。忘れてたよ。 出来ればそのまま忘れ去ってしまいたかった。 何か、他にも忘れていることがある様な気がするけど、今はそれを思い出している場合ではない。 「じゃあ、どうするの?」 半ば諦め混ざりで僕は聞く。まさか、僕達に全部押し付けて傍観している気なのかな。 僕も傍観者の仲間に入れて欲しいところだね。って論点が違うね。 「G社を潰す。だろ?」 ゼロが話しに割り込んできた。G社を潰すって、どういうことなの。そして、盗み聞きは感心しないよ。 「その通りだよ、ゼロ何で分ったの?」 ロードが聞き返す。正解のようだけど、G社を壊す事によって、一体どんなメリットがあるの。 「言ったろ? 俺達の目的はG社の&size(50){社員};を殺すこと。 あれだけ&size(50){社員};を強調したんだから気付いて欲しかったぞ」 G社を壊すって、倒産させるって事か。倒産すれば社員は居なくなるって寸法だね。 でも、なんで今も社員を強調しているんだろう、種明かしは終わったのに。 それにいいのかな、こんな屁理屈で依頼に当たっても。絶対に怒るよね、依頼主。 ここから先は、ゼロとロードで盛り上がっていたので、僕は離れることにした。 ---- 黴の領域と化した民家の中に刹がいた。一人で何かしている。何しているんだろう。 気になるが、ここからはよく見えない。 「刹、どうしたの?」 僕が声を掛ける。刹が、一人で居るのは、珍しいと思う。 「わっ! な、なんだ、ヴォルトか……背後から声を掛けるなんて、驚いたじゃないか」 刹は妙に慌てていた。何でだろう。普段だったら、そんな事で一々驚かないのに。 「で、何の用だ?」 「え、いや、その、一人で何してるのか気になってさ……ゴメン」 用事なんて無いよ。ただ、刹が気になっただけでさ。 「そうか、だったら、無理にでも用事を作れ。今すぐに」 えっ、用事を作れって、う~ん……難しいよ。そんな事を突然言われてあっさり用事なんて、作れるわけが無い。 「もう一度聞く、何か用か?」 酷いよ、そんな事、突然言われて思いつくわけ無いよ。 刹はずっとこっちを見ている。 どうしよう、用事、用事。駄目だ、思いつかない。でも、用事を作らないと刹が恐いし……。 そうだ、これなら、用事……だよね。 「あのさ、………付き合ってくれないかな?」 僕は何とか用事を作る事が出来た。刹は何だかとても驚いている。驚くようなことを僕言ったかな。 刹を呼んでも反応を示さない。どうしたんだろう。具合が悪いなら日を改めてでも良いんだけど。 十五分間刹は固まったままだったが、ようやく返事をしてくれた。 「別にいいぜ。ヴォルトなら大歓迎だ」 刹、何で赤くなってるの。でも、具合は大丈夫なのかな。 「ありがとう! じゃあ早速……行くよ」 僕は刹を引っ張って、民家の外に連れ出す。 僕が身構えると、刹はさらに顔を赤くして慌て座り込む。 刹、何で座り込むのさ、今からやるんだから、ちゃんと構えてよ。ハンデのつもりなの。 「ちょっと待て! 早すぎるって、心の準備がまだ」 心の準備って、いつ始まるか分らないものじゃないの。 「大丈夫だよ。刹は僕より圧倒的に強いから、その位のほうがハンデになるでしょ?」 さて、最初は何を使おうかな…………よし、これにしよう。 *第十二話 『雌雄を決める戦い』 [#zdc4e2da] 「僕から攻めて良いよね?」 僕は尋ねる。一応の確認だ。 ただ、天気が僕にとって、あんまり好いものじゃないんだよね。 「だから、心の準備がまだ…………もう少し待ってくれって」 刹の顔は依然、赤いままだ。というよりは、さらに赤くなっている。 刹はまだ心の準備とか言っている。何でだろう。一瞬で、あの時は開始されたのに。 若干涙目になっているけど、僕は何か拙い事でも言ってしまっただろうか。 「何をそんなに悩んでいるの? 遠慮は要らないよ。さぁ、始めよう」 「あー! もう、分ったよ! やればいいんだろ、やれば!」 やっと決心してくれた刹。でも、そんなに悩む必要ないでしょ。 取り敢えず僕からだね。口に、熱を溜める。 「これでも食らえ! 大文字!」 僕は、灼熱の炎を一気に放出する。刹は動かない。 避けないと、いくら刹でも、ただじゃ済まないと思うけど。 大文字はどんどん刹に迫る。しかし動かない刹。どうしたんだろう。様子が変だ。 十、九、八、七、五、四、三、ニ、一、零 灼熱の業火は、動かない刹を無情に飲み込んでいった。 鮮やかな大の字が広がる。激しく燃え上がった後、炎は静かに消えて行った。 炎が消えた跡地には、何も残っていない。 近くにあった民家が燃えている。延焼したようだ。 誰も住んでいないから、問題ないよね。それよりも今は刹だ。何処に行ったんだろう。 まさかね、刹に限ってそんなはずは……無いよね。 「ふふふ、驚いたよ。まさかお前にそんな技を使えるとはな」 どこからか刹の声がする。良かった、やっぱり生きていた。 「だがな、元天使部隊準隊長の私をあまりなめない方が身のためだぞ。 しかし、『付き合ってくれ』とはこういう意味だったとは……少し残念な気もするぞ。 ま、変な想像をした私も悪いのだがな」 おかしい、何だかいつもと違う。声は確かに刹のものだ。でも違う。 何と言うか、迫力は無いんだけど、威圧感があるというか、とにかく、普段と様子が違う。一人称が『私』だし。それから、変な想像って何さ。 「特訓したいなら、最初からそう言ってくれれば良いのに……良いだろう相手をしてやる。 かかって来い」 誰、この人。刹じゃ無い、絶対に。 「貴方は……誰?」 僕は尋ねる。絶対に刹じゃない。刹だったら、もっと、燃えているもん。 「友の名も忘れたのか? 刹だ。これで自己紹介は三度目だぞ。いい加減覚えてくれよ。 そんなに私の影は薄いか?」 本人がそう言っていると言うことは刹……だよね。 戦闘狂って訳でも無さそうだし…………訳が分からない。 「さて、今度は私から行くぞ! 舞い踊れ!」 何もしてこない、騙し討ちかな、気をつけないと。 「ふふっ、覚悟は出来たか? 確実に切り裂く!」 刹が空から降ってきた。そうか、さっきのは、剣の舞か。確実に避けないと命に関るね。 訓練とか言っておいて、そんな攻撃力を高めるような技を使わないでよ。直撃するところで、僕は身を翻し、攻撃を避ける。 「残念だったな! 今の攻撃は『フェイント』だ」 着地したところで思い切り殴られた。僕は派手に吹っ飛ぶ。 受身が取れずに、民家に激突した。 民家は崩れてしまった。幸い下敷きにはならなかったけど。 「どうした、最初の攻撃は虚勢か?」 挑発か、でも僕にそんなことしても無意味だよ。 どこかにいい場所が無いかを探す。ベストなのは、水が一杯ある池なんだけど。 僕は辺りを見回す。求めていた物よりは規模が少ないが、あった。 何とかあそこに連れ込めれば勝機はあるはず……。 僕が見つけたのは……川。 川に向けて走り出す僕。刹は予測道理追いかけてくる。 よし、今だ。僕はジャンプして川の真上に飛ぶ。 そこから僕は、川目掛けて大文字を放つ。 川に落ちた大文字は、大の字にならなかったものの、川の水を全て水蒸気にかえてくれた。 「どうした? 血迷ったのか? 私はここだぞ」 後ろで刹が言う。 後は、運に任せるしかないね。情けないけど。 お願いどうか………………、天の恵みを僕に。 まだなの。仕方ないから、時間稼ぎをしよう。 僕は、精神を集中して、未来を予測する。 見える。刹の動きが手に取るように。 「此方から仕掛けさせてもらうぞ」 来るね。右斜め前から『かまいたち』だ。 だったら、右斜め後ろに移動すれば避けられる。 5秒後、僕の目の前に出てくるから、その直前に僕が予測した方向に走れば大丈夫。 僕は、予測していた攻撃を回避する。 これには、刹も驚いたようだが、すぐに冷静になった。 普段の彼女では想像出来ない事だ。&size(1){失礼だけど。}; 「少しはマシな動きをするじゃないか。楽しめそうだ」 うぅ、早く。もう精神力がもうもたない。 刹はまだまだ余裕だし、どうしよう。 「さぁどうした、もう疲れたのか? まだ訓練は終わってないぞ」 もう、無理かな、どうする、『未来予知』はしばらく使えないし。 &ruby(滅びの歌){あの技};は、訓練で使うような技じゃないし。 まったく&ruby(雨乞い){あの技};を覚えていれば、こんなに時間と労力を消費しなかったのに。 やっぱり無謀だったかな。でも、勝たないといけない。この戦いは僕にとっては、大事なことなんだから。 僕には負けられない理由があるんだ。守りたい人が居るから、強くならなければいけないんだ。 僕は前脚に力をこめる。そろそろ、行ける。 「いっけぇ―――!」 一気に僕は刹目掛けて走り出す。 この攻撃は有効なはずだ。一発逆転のチャンス。ちゃんと当たってよ。 「接近戦に出たか……まぁいいだろう。迎え撃つ!」 刹の刃が、光を帯びる。かまいたちだ。 もう走り出している僕に攻撃を避ける術は無い。こうなったら、突撃あるのみだ。 刹のかまいたちのチャージ完了のほうが先か、それとも僕が彼女のもとへ接近するのが先か。 正直賭けだね。でも、分の悪い賭けは、嫌いじゃないよ。 刹の刃の輝きが強くなった。急げ、時間はもう無い。 後十メートル……五メートル。 今だと思ったところで、僕は地面を強く蹴り上げた。 「空中に跳ぶとは、愚の骨頂だぞ。着地に隙が出来るのを忘れたか? 狙い撃ちにされるぞ」 確かに複数の相手がいる時は、愚かな行為だけど、一対一だったら着地地点にもよるでしょ、それは。 僕は空中で一回転して、勢いをつける。 「喰らえ―――! 岩砕き」 目標は、目の前だ。この距離からの攻撃では、流石の刹も避けられないはず。 「避けきれない……か。だが、私も準備完了だ。……真空の刃よ、敵を切り裂け!」 刹が放つ『かまいたち』だ。速いね。さっきも思ったけどやっぱり速い。 避けられないのは僕も一緒か。でも、僕にその攻撃は効かない。僕は眩しい光に包まれる。かまいたちに直撃した瞬間、その光は激しく光って消滅する。 僕はそのまま刹目掛けて落下する。 僕の岩砕きは刹に直撃したけど、多少威力が相殺されてしまった。 &ruby(うめき){呻き};ながら地に伏す刹。これって、僕の勝ち……だよね。 「見事だ。私の負けだ。済まないが手を貸してくれ。起き上がれないんだ。」 当たり所が悪かったかな。僕は急いで刹に駆け寄る……不敵に微笑む刹の顔を見ることなく。 「大丈夫?」 僕は、刹を支えようと、前足を伸ばしたら、その前足を振り払って刹は立ち上がる。 「ふふふふふ、掛かったな。油断大敵だぞ。お前は今、隙だらけだ」 刹が、笑いながら言う。 しまった。騙し討ちだ。 「…………冗談だ。今回は私の負けだ。ここまでダメージを負わされるとは、思っても見なかったぞ」 でも、あれは刹の実力じゃない。手加減してくれてたよね。 僕は笑った。僕が役立たずでない事が証明された嬉しさで。 「よし、じゃあ皆のところに戻ろうぜ、腹が減ったよ」 うん、いつもの刹だ。やっと戻ったね。戦闘中の性格は何だったんだろう。 僕は刹を倒すことが出来た。でも、彼女の実力はそんなものではないよね。 だいぶ手加減をしてくれていた。もっと、僕は強くならなくちゃ。 ---- 真っ暗な闇の中で、二体のポケモンが話している。 一体は、碧く輝く光を放っている。もう一体は、薄い桃色の光を放っている。 ただならぬ気配がする。 『あいつ、かなり力をつけてきたんじゃない?』 『そろそろ危険因子になりつつあるな』 『でも、俺達には、敵わないよ』 『そうだな、だが、裏切り者の件もある。油断は禁物だ』 『そうだね』 『では、今回はこれで解散だ』 【正義は我らに!】 闇の中に消えていった2体のポケモン。彼らは何者なのだろうか。 *第十三話 『夜にすることといえば……』 [#p0bbdfc9] 「おい、飯にしようぜ。飯」 刹は帰るなりそんな事を言っている。それに若干、呆れながらも、お腹が空いている事は否定しない。運動の後はご飯を食べて、元気になって置かないといけないもんね。 「飯? 何を言っているんだ、そんなもの無いぞ」 ゼロの返事を聞いて、刹が固まる。食事の準備をしていたんじゃないなら、ゼロの言う野営の準備って、何だったのかな。 「おいっ、冗談だろ、なっ、そうなんだろ、頼むからそうだって言ってくれ」 必死に頼み込むが、残念そうに首を横に振るゼロを見て、刹はガックリうなだれてしまった。 僕もお腹空いたけど、刹の落ち込みようを見ていると、大した事ではないように思えてくる。 「ところで二人とも何をしていたの~?」 ロードが、話題を変えた。刹が顔を真っ赤にして、ロードに当り散らす。 雰囲気を変えようとしたのかもしれないけど、もうちょっと、空気を読もうよ。 「何をしていたかなんて聞くか普通? 飯が無いんだぞ! こんな一大事に今まで何をしていたかなんてどうでもいいだろ! 訓練だよ、く・ん・れ・ん。文句あるか!」 刹は若干キレている。若干じゃないね、訂正するよ。 刹は、かなりキレている。 「訓練だと? よく無事だったな、ヴォルト」 ゼロが話に割り込む。変な笑みを浮かべているところを見ると、刹に対する嫌味のつもりだろうか。 「ヴォルトはな、どこかの便利屋よりも数倍強いんだよ!」 刹が半ば怒鳴るように言う。その言葉をゼロがどう解釈したかは、知らないけど、薄く浮かべた笑みを崩すことなく、僕の方を向く。かなり不気味な表情をしているので、少したじろいでしまう。 「そうか。なあ、ヴォルト、今度俺に稽古をつけてくれないか?」 ちょっと、ゼロ。刹の嫌味を真に受けないでよ。お腹が空いていて八つ当たりしているだけなんだからさ。そして、その変な顔やめてよ。 「まぁ、それはさておき、こんな廃村に、しかも夜中にだ。丁度森もある“アレ”をやりたくならないか?」 “アレ”って何だろう。ゼロの顔がさらに不気味なものに変化する。不気味を通り越して、怖くなってきたよ。 「お~、“アレ”か、そうだね~面白そうだね☆ ペアわけはどうする?」 ロードが真っ先に乗る。刹は何のことかを理解したようだ。納得と言う顔をしている。これで分かっていないのは僕だけか。 ゼロがようやく不気味な顔をやめたが、突然の真顔は、変化がありすぎて怖い。 って言うか、ゼロの不気味な顔が頭にこびりついて離れない。 右側だけ筋肉が引き攣ってしまったかのような笑顔。もし、これが満面の笑みだったら、そうとう笑いの無い生活を送ってきたのだろうという勝手な想像は置いておく事にする。 「俺は別に構わねぇぜ。腹が減っていたことを忘れられるかもしれないし」 刹も同意したか……何をするのか、知る必要は無くなったね。と溜息を吐きながら僕は覚悟を決める。 「よし、決まりだな。ペアわけは、そうだな。くじ引きで決めるのが基本だろう」 ほらね、もう…………慣れたよ。でも、もう少し、僕の待遇を良くしてくれたって良いんじゃないかな。 僕だけを見て、なんて言うほどに自己中心的ではないつもりだけど、少しは僕の事も見てよ。 誰だって、自分は可愛いものでしょ。自己中心的でない人なんて恐らく居ないよ。 「ところで、何をするの?」 僕が聞くと、みんなは相当驚いているようだ。あのロードまで絶句している。 ロードでも、言葉に詰まるときがあるんだね。なんて考えも一瞬だけ浮かんだけど。そんなことより、多数決で何でも決めようとするのはやめてよ。 「お前正気か? この状況で“アレ”っていったら“アレ”しかないだろう」 ゼロが半信半疑で聞いてきた。本当に分からないんだけど、僕。 正気かって、僕の精神面がまずいって思うほどに、有名なの。 「ヒントをやる。お前の怖いものは何だ?」 僕の怖いもの……いろいろあるけど、やっぱり&size(1){男みたいだって言われた時の刹かな。};…………なんて口が裂けてもいえないよね。次に恐いのは……幽霊かな。 んっ、まさか。肝試しとか言う。恐ろしい魔の遊びの事なの。 「もしかして……“アレ”って“アレ”?」 「そうだ。“アレ”だ」 他人が聞いていてもサッパリ通じない会話をする。 僕は顔面蒼白になる。嫌だ、やりたくない。 ゴーストタイプは嫌いなんだって、90%以上ライトさんのせいだ。 そういえば、ライトさんって、『LIGHT』じゃなくて、『RIGHT』なんだってさ。 正義なんて、ナルシストっぽい名前が嫌で僕に『ゲンガー』って種族名で呼ばせていたそうだ。 『LIGHT』にしても、『光』なんて名前は俺に似合わねぇ、とか言って気に入らないんだろうけどね。 って違う。今はライトさんの名前の由来を思い出して笑っている場合じゃなくて、止めさせる為の言葉を考えなければ。 「さぁ、ヴォルトも理解できたことだし。始めるとしようか」 「待ってよ! 僕はまだやるなんて一言も…………大体、オバケなんて居ないんだから、そんな事をやったって、時間、体力の無駄遣いにしかならないよ! 絶対反対!」 「いいじゃないか、体力作りになるぞ。森の中を幽霊に追い掛け回されて、走り回るんだからな。 知っているか? この森は、死者の国から魂が漏れ出してしまう場所なんだ。 だから、死んでも死に切れなかった奴らの魂がウジャウジャ居るぞ。 そして、命ある者が夜中に立ち寄ると、生命力をすべて吸い取られた挙句に、体を奪われてしまうんだ。 そして、その命を吸い取られた者は魂だけの存在になり、命ある者から体を奪おうと、今日も森の中を彷徨っているんだ。 この村は、かつて彷徨う魂共の襲撃に遭って滅んだそうだ」 僕の背筋を寒気が走る。そういう話って苦手なんだよね。今、僕の後ろにも…………なんだか、恐怖の感覚が麻痺してきた。 足が震えているのが、僕自身でも分かる。 「悪霊だの幽霊だの、馬鹿馬鹿しいぜ。 あれは信じる者の心の中には、存在しているが、信じない者には関係の無い事だ。 そんな奴ら、返り討ちにしてやる。どっからでも掛かって来やがれ」 刹は、頭をブンブン振り回しながら気合の篭もった声を上げる。 そうさ、信じない人には何にも関係ないのさ。僕は幽霊を信じていない。って都合よくならないかな。 幽霊を返り討ちにする、か。なんだか、適当な事を言っている様な気もするけど、刹なら出来る気がする。 「では、早速始めようか」 ゼロは一瞬だけ僕を見てから、話しを始めた。やめてよ、そんな可哀相な人を見る様な目で僕を見ないでよ。 「ペアわけは、&ruby(あみだ){阿弥陀};くじでいいな? お前達、少しの間だけ向こうを向いていてくれ。ああ、ヴォルトはいい。刹とロードだけ向こうを向いてくれ」 僕の反対も聞かずに、ゼロはどんどん話を進めていく。はぁ、やっぱりね。 僕って、そんなに、意味の無い事しか言っていないのかな、少なくとも、一つの意見として聞いてよ。などと思っている間に、二人は素直に後ろを向いていた。 棒を咥えて、地面に線を描き始めるゼロ。つまり、ゼロか僕を決めるくじだね。 ゼロは線を描くのに&ruby(てこずって){手古摺って};いる。口で描いているのだから仕方ない。 「よし、出来たぞ。お前達どっちの線が良いか選べ」 僕とゼロの名前が書いてある部分の上には、僕が寝そべっているので((ゼロに頼まれた。))名前を見ることは出来ない。 「どっちが先に選ぶ?」 ロードが聞く。ロードの事だから、『僕から選ぶよ~』とか言って勝手に選ぶと思ったんだけどね。 「お前からでいいぜ~」 刹が先を譲る。刹は刹で、『俺が先だ!』とか言ってさ、喧嘩になると思ったんだけど。 つまらない位にあっさりと決まってしまった。 「じゃあ、お先に」 ロードが選んだのは左の線だ。刹は『右側』と二択なのに宣言する。宣言しなければいけないと言う、暗黙の了解でもあるのかな。 「ヴォルト退いてやれ」 ゼロが僕に指示を出す。僕は起き上がり名前を見えるようにした。 「えっと、僕は……ヴォルト君とペアだね。よろしく」 僕のペアはロードに決まった。頼りないけど、一人で行くよりはマシかな。 「よ、よろしく。じゃあ、僕達は、森の左側から回るから、ゼロ達は右側から、回ってきてよ。 一回すれ違うのは、安全確認だから」 僕は提案する。 安全確認は建前に過ぎない。本音は一回会っておかないと恐いからだ。 「そうだな。俺はお前を護衛する任務があるからな。万が一と言うことも無いとは言い切れん。 一度安全確認しておくのも悪くは無いだろう」 ゼロが同意してくれた。 正直否定されると思って冷や冷やしていた。 「では、出発する。また後でな」 ゼロと刹のペアは出発した。僕達も反対方向に歩き出した。 ---- 「はぁ」 俺は大きくため息をついた。 「何だ? その相手して欲しさ満タンのため息は?」 ゼロの野郎が聞いてくる。 そりゃ、ヴォルトが『怖いよ~』とか言いながら俺に抱きついてきて、『大丈夫だ、俺の傍から離れるな』みたいに決めて、めでたくラブラブに…………なんて感じを希望していたのに。 っといけねぇ、取り敢えず無視はいけないな。 「あぁ? 別に何でもねぇよ」 今更言ったって、意味無いっての。 くそっ、あの二人は絶対に危険だって。 &ruby(ロード){悪魔女};~、ヴォルトに変な事をしたら承知しねぇかんな。 色仕掛けでもして見ろ、細胞を一つ残らず消滅させて&ruby(彼の世){冥土};へ送ってやるぜ((この時、ロードが未知の寒気を感じたのは言うまでも無い)) &ruby(六文){冥銭};くらい、くれてやらぁ。 んっ、待てよ。死者の国は、アイツの指導者の支配領域じゃねぇか。確実に生き返ってくるな。 せめて、俺とロードなら、あっちは男同士で安心だったのに、まてよ、ゼロの奴、ホモじゃないだろうな。 もし、そっちに属性があれば、アイツ絶対にガチだからな。注意しなければ。 もしかして、ヴォルトの周りには危険が一杯迫っているのか。 ゼロは、素知らぬ顔をしているようにも見えないことは無い。つまり、素知らぬ顔をしているように見えるのだ。 「聞いてやるから話せ」 俺は何もねぇって言っているだろ。しつこいな。 ………この際言ってしまおうか。いや、駄目だ。俺のプライドが許さねぇ。 このガチホモ野朗、ふざけんなよ。やはり、コイツだけは信用ならねぇ。 「しかしな、お前、何のための肝試しだ? 周りをぜんぜん見ていないじゃないか」 ゼロがまた話しかけてくる。うるせぇ俺は今考え事してんだよ。黙っていろ。 やっぱここは俺が、ガッチリとヴォルトの心をGETしてだな。 そういや、今日は惜しかったな、アイツと付き合えるチャンスだったのに…………俺が動揺してしまったばっかりに、くそぉ。 「だから、話を聞いてやるって言っているだろ?」 くそっ、ほっといてくれよ。 そんなこと聞かれたら俺のプライドが崩壊しちまうだろ。…………マジで話したくなってきた。 俺が頑張らないと&ruby(ゼロ){ガチホモ};か&ruby(ロード){淫乱な悪女};にヴォルトがさらわれちまう。 俺とゼロは黙々と歩き続ける。楽しくねぇ。 「はぁ」 俺は無意識のうちにため息をついていた。 いっそ、押し倒して強引に愛の告白を…………駄目だ、そんな事をしたら、嫌われるかもしれないし。俺には愛があるけど、ヴォルトが俺のことをどう思っているのかが、問題だよな。 女には、すべてを受け容れる覚悟が要るって言うが、ヴォルトなら、バッチリオールオッケーって奴だぜ。 包容力か、今の俺には包容力が足りないのか。包容力ってなんだ。『包容』って言うくらいだから、優しく包み込むんだよな。 理想は、ヴォルトから、告白してくれるのが一番だけど、しばらく待って駄目なら、俺からアタックを激しくしてみるか。 「いつまで意地を張っている気だ?」 またゼロが聞いてくる。本当にしつこいな。……………もう、話しちまおうかな。 あぁもう、周りの景色が目に入りゃしねぇ。 …………二つの事を同時に考えるのは、結構難しいので、今のことだけを考えることにした。 「しかしつまらないな、何も出てこないじゃないか」 ゼロは独り言を呟いているが、耳には入らない。 ちっ、あれ以来、詮索して来なくなりやがった。こういうのを何て言うんだっけ、忘れちまった。まぁ、この際それはどうでもいい。 俺は言いたくてうずうずしてるってのに、聞いてくれよ。なぁ、マジで。 森の奥で、紅い瞳が光った気がする。ゴーストタイプの連中だろう。 もうマジで、我慢できねぇ。 「どうした? 何か、あったのか? 挙動不審だぞ」 落ち着きのない俺にゼロが聞く。半分以上お前のせいだっての。 責任取れよ。 「まさか、お前……」 来たか、来たよな、このタイミングでまさかって言ったら、あれしかねぇよな。 「トイレに行きたいのか?」 躓いてしまった。お前なぁ、分っていて言っていないか。 俺の期待は打ち砕かれた、と言うよりは、苛立ちで爆発したって感じだ。ああ、もういいよ。じれったい。 「俺は…………その、何と言うかだな……ああ、駄目だ。やっぱり言えねぇ」 これ以上は言うのに&ruby(ためらい){躊躇い};がある。 「何だそれは? では、俺が当ててやろう。ズバリ! 恋愛関係のことだな」 当たり。………このオッサン結構鋭いじゃねぇか。 「お前、アイツのことが好きなんだろ? でも、アイツがお前のことをどう思っているかが分からないので、なかなか言い出せない。違うか?」 くそ、的確すぎる指摘じゃないか。違うと否定できねぇ。 大体、さっきまで、トイレがどうのこうのぬかしていた奴が、何でこんなに鋭くなんだよ。 「でもって、普段のアイツの態度でさらに落ち込んでいる。大方そんな所だろう?」 何故そこまで知っている。心を読まれた訳ではないよな。 そんなの、あの気持ちの悪い医者のジジイとエスパータイプぐらいのもんだろう。 ジジイって言っても、結構若かったよな。限りなく三十代に近い二十代って感じだ。 「しかし、意外だな。お前は積極的な性格だと思ったのだが、こんなことで&ruby(ちゅうちょ){躊躇};するとはな」 こんなことでだと、俺にとっては一大事なんだぞ。飯のことなんかよりも数百倍以上。 あぁ、思い出したら腹が減ってきた。 「そうだよ。俺はヴォルトのことが好きだ。アイツにどう思われているのか気になるのも事実だ」 見抜かれているなら。正直に告白しても大丈夫だろう。 どうせ、バレてんだからよ。 「そうか、お前が好きなのはヴォルトのほうか。これでぐっすり眠れるってもんだ」 誘導尋問かよ、姑息な手を使いやがって。そういえば、『ヴォルトのことが』なんて一言も言っていなかったもんな。引っかかってしまった。今度から気をつけよう。 ってか、ロードは女だぞ。一応、このメンバーの男女比率はピッタリなんだぜ。 ま、仲良くやるなら、&ruby(ロード){極悪女};とやってな。 俺は、ヴォルトとの愛を育んで行くぜ。…………ヴォルトに俺に対する愛情を芽生えさせる方が先だな。 くそっ、愛の一方通行なんて、虚しいだけだぜ。 待てよ、ゼロはガチホモじゃないか。まさか、ヴォルトを&ruby(ターゲット){標的};に…………&ruby(ゼロ){変体野朗};なんかにヴォルトを渡すものか。 俺は、ゼロを一番に警戒する事に決めようとした時に、ゼロのガチホモが、自分の勝手な妄想だと思い出した。 さて、これからどうしたものかなぁ。ゼロに弱みを握られたじゃねぇか。 俺がユクシーだったら、確実にコイツの記憶を消し去ってやる所だが、残念ながら俺はアブソルだからなぁ。 出来る事と言えば、変な迷信の原因である災いを予報する事ぐらいだからな。 まったく、教えに行く度に、俺達が災いを呼んでいると思われるなんて、迷惑な話だぜ。役に立たない能力にも程があるってんだ。 そもそも、教えてやってんのに、その仕打ちは無いだろ。 アブソルなら、殺してもよし、奴隷にしてもよし。人権なんてあったものじゃねぇ。 大体、四足歩行の俺らなんて、奴隷にしたって何にも出来ないだろうに。 せいぜい、朝起こしに行ったりする位だろ。他に何か出来るのか。 こうして、四足歩行の不便さを並べ立てていたら、キリがねぇな。 まぁ、奴隷じゃないから、全く問題が無いし、気にしていても、仕方ないな。 …………なんでこんな事を考えていたんだっけ。 確か、ユクシーが記憶を消せるって話から、アブソルの能力に対する嫌悪感に摩り替わって行った訳だな。 でもまぁ、俺がアブソルじゃなかったら、ヴォルトに出会う事も無かった訳か。 とすると、アブソルに生まれた事は感謝するべきなのか。 でも、何度も死にそうな目に遭って来た訳だし、素直に感謝するのは、なんか納得いかねぇんだよな。 「成る程な、アイツは鈍感だからな。だが、頑張ってアプローチしてやれば、夢じゃないかもしれないぞ?」 アプローチならしている。………もっと積極的にやればいいのか、試してみよう。 そうだ、落ち込むのはまだ早い。もっと頑張ってみようじゃないか。 必ず俺に惚れさせてやるぜ。もっと、女を磨けばいいのか。よし、やってみよう。 「ありがとよ、少し気が楽になった。たまには、オッサンも役に立つじゃないか」 女らしさを意識して、ゼロに礼を言う。さっきよりも、ずっと女らしい筈だ。 この調子でどんどん女を磨いていくぜ。 &size(1){「全く、世話が焼ける連中だぜ。あのガキどもは。&br; ……両想い確定か。だが、それを刹に教えたら今後が面白くないからな。&br; どうなるか、じっくり見届けさせてもらおう。&br; そして、俺はオッサンなのか?」}; ゼロが小さく何か呟いているが、今の俺には気にならない。 さぁ、気も晴れたわけだし、肝試しをばっちり楽しもうじゃないか。 それにしても結構歩いたんだな、俺達。もう、ロードの声が聞こえる。でも、何だか様子が変だぞ。 ---- 僕は今、鬱蒼と生い茂る木々に囲まれた森の中を歩いている。 闇の中で何かが動く気配。僕は神経を尖らせて、周りに気を配る。 今ほどルカリオが羨ましいと思った事はないね。 ドンカラスやヨルノズクの声が一層僕の恐怖心を引き立てる。 鳥ポケモンが飛び立つ羽音がするたびに、僕は驚いて立ちすくんでしまう。 しかも、パートナーはロードだ。頼りない事この上ない。 はぁ~、刹かゼロだったら頼もしいんだけど。 「オバケいるかな~?」 ロードはわくわくしている様だ。 僕はゴーストタイプのポケモンでも嫌だよ。 一面の闇は僕の不安を高めていく一方で慰めてくれはしない。 黒色なんて大嫌いだ。 「ねぇ、聞こえてる?」 僕は考え事に夢中で別世界に飛んでいたようだ。突然耳に入ってきた声で、心臓が跳ね上がりそうになる。 「ごめん、聞いてなかった。何?」 僕はロードに聞きなおす。 ロードは僕が話を聞いていなかった事に腹を立てたらしい。黙り込んでしまった。 仕方ないじゃないか、僕だって、考え事ぐらいするんだからさ。 &size(1){「いいもん! 相手してくれないんだったら、僕は僕なりに楽しませてもらうよ」}; 急に悪寒がする。寒気にも近いような感覚。オバケが近くに居るのかな。 でも、霊感がないと見れないって言うし、僕は大丈夫な筈。 でも、人間の霊感でも見られるって言うし、ポケモンの霊感は、人の何倍も高いって言う。 その中でも、アブソルはかなり霊感が高いって、学者が言っていた気がする。 霊感の無いポケモンに生まれたかったな。などと、考えていると、微かにロードの声が聞こえた気がした。 「んっ、今何か言った?」 僕は先ほどの罪滅ぼしの意味もこめて、ロードに聞く。 「な、何でもないよ。ナンデモ。あはは~」 怪しい。でも、隠したい事だったら無理に問い詰めてはいけないよね。 突然後ろで物凄い何かが光るのを感じた。 驚いた僕は、咄嗟にロードの首を咥えてその場を走り去る。 ちゃんとロードも連れて逃げたんだから偉いよね。 「イタッ! ちょっとストップ! さっきのは、冗談だからさ。取り敢えず離して!」 ロードが必死に何かを伝えようとしているが、今はそれどころではない。 全力であの場所から離れなければ、いけないと思ったから。 僕は三十分程走ってようやく停止した。 「イタタタタ~ ふぅ、やっと止まったよ。冗談だって言ったじゃん。まったく、死ぬかと思ったよ!」 ロードが飛び跳ねながら怒る。驚かしたのはロードなんだから自業自得じゃないかと思いつつ、罪悪感も多少はある。 そういえばロードは、フラッシュを使えたんだ。普段は使わない技だけど、洞窟とかに入るときもあるかもしれないから覚えておこう。 「ここどこなのさ~? 戻ろうよ」 ロードが言ってくる。僕だって戻りたいのは山々なんだけど………道をね。 その事をロードに伝える。 「嘘っ? 迷ったの、僕達」 こんなに焦っているロードを僕は見たことが無い。 「ごめんね、僕が驚いて走り出してしまったから」 謝って済まされる問題じゃないよね。でも、僕には謝罪することしか出来ない。 「いいよ、僕が驚かしたのがことの発端だから。こちらこそ、ごめんね」 ロードが謝る。僕ロードの謝っているところを見るのは初めてだ。 今、責任の擦り付け合いをしていても何も始まらない。とにかく、道を探さなければ。 「謝りあうのは後にしよう。今は、刹達と合流する事が先決だよ」 僕は少し変わったね。今までだったらきっと、ロードを責めて罪から逃れようとしたと思う。 それにこの状況になった時点で前なら全てを投げ出していたと思う。 僕は少し強くなったんだと思う。多分これからも………。 「ヴォルト君、君は変わったね、多分良いほうに。 そうだね、くよくよしているのは性に合わないよ。頑張って道を探そう」 やっぱり実感しているのは僕だけじゃない。ロードには、まだ遠く及ばないけど明るく前向きに進もう。 『道を探す必要は無いよ』 どこかに誰かがいる。姿は見えないけど、話しかけてきた。もしかして、オバケが僕をあの世に招こうと…………僕は自分の妄想で、勝手に震えている。 「この声聞き覚えがあるよ。ヴォルト気をつけて! アイツはどこから襲ってくるかわからないよ」 ロードが珍しく警戒している。ほんとうに、今日はロードの意外な一面をよく発見するよ。 『残念。もう、遅いよ』 僕は何か見えない力に引っ張られていく。何でなの。 僕の引っ張られていく先には、無を感じさせるような大穴が口を開けていた。 力を入れて、引っ張る力に対抗しようとするが、まったく無意味だった。 う~ん、何と言うか、逆らえない自然の理を書き換えられてしまったって感じだね。 僕は無の空間に引き込まれていった。中は、別に寒いわけでもなく、暑い訳でもない。 どちらかと言えば、快適な空間だ。突然すぎて、落ち着けないけどね。 『君の友達は預かったよ。返して欲しかったら、そうだな、う~ん、え~と………どこにしよう? 考えてなかった。君、これからどこに行く予定? もう、場所は君が指定してよ!』 声の主は結構ぬけている性格のようだ。 場所を指定しろ、って珍しいよね。 これだけ相手が間抜けだったら、どこかに抜け出せる場所があるかも。 「ヴォルト! どこ?」 ロードからはこちらの姿が見えないようだ。 こっちからは、くっきり見えているんだけどね。 やっぱり別の空間にいるんだね、僕は、どうやってこの状況から抜け出そう。 1,おとなしく助けを待つ 2,隙を見て逃げ出す 3,滅茶苦茶に破壊する 1番は情けないよね。 2番はここにいるはずの誰かだけだったら出来るかもしれない。 3番はちょっとね。 取り敢えず相手の規模を見計らって、2番にするか1番にするかを考えよう。 随分積極的になったね、僕は。昔だったら一遍の迷いもなく1番だったと思う。 『だから、預かったって言ってるだろ! 話を聞け。&size(1){…………しまった、口調が};』 意識して、変な口調をしているようだ。素の状態がこの口調のようだね。こっちの方が喋り方として、良いと思うんだけど。 そんな事より、一体何のために僕をさらうのだろう。 「僕はこれからG社に向かうよ、これで満足?」 『そうか、じゃあG社で待ってるから、後の二人も連れて来てよ』 口調を変なものに戻して告げる誰か。気に入ってるのかな、悪趣味にも程があるよ。 ここは普通一人で来い、って言うセリフが入るんじゃないの。 ていうか、この状況だと僕がヒロインみたいじゃないか。 冷静に分析している場合じゃないね。 「分ったよ、いつ行けばいい?」 ロードは真剣そのものだ。まったく、僕だって、刹に訓練で勝っているんだよ。&size(1){かなり、手加減してくれていたけど。}; 「三日後だ、道に迷っているようだから、仲間と合流させてあげる。この中に入って』 何者かが僕の引きずり込まれた空間に似たものを創り出す。 器用だね、物質を別の空間に送り込むのって、結構難しいって話を聞いたことがあるけど、見えない誰かは、いとも簡単にやり遂げてしまう。 間抜けでも、実力はあるのかもしれない。気をつけよう。 「相変わらず、卑怯な手を使うくせに、そういうところはクリーンなんだね」 ロードと姿の見えない誰かは、昔からの知り合いなのかな。 その空間に入っちゃ駄目だよ。僕の思いも虚しく、ロードは無の空間に入ってしまった。 これから僕達はどうなるんだろう。これも全部、肝試しをしようなんて言い出したゼロが悪い。 そんな事を言っている場合じゃないね。僕ってさ、自分の意見を自分で否定する事が多過ぎる気がするんだけど、気のせいかな。 *第十四話 『空間を統べる者』 [#db18c3d5] 僕は今、見慣れない建物の前にいるが、相変わらず訳の分からない空間に閉じ込められているので、向こうから僕の姿を見ることは出来ない。 ま、誰も居ないから、一緒なんだけどさ。 建物の外見的特長を一言で言うと、悪趣味だ。 もっと細かく説明すると…………黒塗りで、窓ガラスがカラフルで、目のマークがいっぱい書いてあって……とにかく気持ちの悪い建物だ。これ以上、この建物を見ていろ。 なんて言う拷問に耐えられる自信が無い。 「出てきておくれよ。目的地に着いたからさ」 空間の一部に穴が開く、そこから僕は外に出た。まったく、暢気な声というか何と言うか。 初めて僕の目に犯人の姿が映し出される。その人も、僕と同じ様な空間に入っていたから、僕達からは姿が見えなかったのだと納得した。 薄い桃色の体に桃色の宝玉が体に埋まっているポケモン――確か空間の神として崇められている……パルキアだと思う。世界創造の絵本に描いてあった姿とそっくりだもん。 「おっ、やっと出てきてくれたか。安心しろって、今回は私的な用事だから何もしないよ」 僕に何のようなんだろう。そんな初対面の人に用事なんて無いよね。 「まっ、取り敢えず入ってくれ。えっと、お前の仲間は三日後に迎えに来るからな。それまで楽しくやっていこうや。 確かに、誘拐したけど、別に人質でも、金目的でも、体目当てでも無いからな」 なんだかイメージが、人生知らないほうがいいこともあるって本当だね。僕のパルキアに対する憧れが一瞬で砕け散ったよ。 僕と二人だけの時は、変な口調を使わないようだね。 一体、口調にどんな基準があるんだろう。 体目当てじゃないってことは、少なくとも、命は保障されるって&ruby(とって){解釈して};いいんだよね。 「なんだ? 俺をじっくり見つめて、もしかして幻滅したか? まぁ、初めて会った奴は、大抵そうなるな。一体全体どうしてなんだ? 俺って、変なイメージがあるのか?」 そりゃ、神と崇められているポケモンが、こんなに適当だったら誰でも幻滅するよ。 もっと神々しくて、威厳があって………この人の場合は何もかもが想像外だもん。 変なイメージがあるのかって、寧ろ、良いイメージだったのが、この人を見て、変なイメージに摩り替わってしまうのだろうね。 「まぁいいや。ここはお前たちの目的地のG社だな。話を聞いていたから知ってると思うけど」 確かに知っている。 けど、僕はそんな事よりもこの人の事が気になって仕方が無い。 もし、本物だったら、世界構成の上で重要な、四役の内の一人と話していることになる。 ちなみに、四役とは、 創造を司る『アルセウス』――彼がいなかったら、この世界に生命は生まれなかったと言われている。 死者の国を司る『ギラティナ』――彼女がいなかったら、世界は死者で溢れ返ってしまうと言われている。世界が死者で溢れ返れば、世界に新たな命は生まれない。 詳しい原理は良く知らないけど、一定の空間に入れる魂の数が限られているそうだ。 そして、空間を司る『パルキア』――彼がいなかったら、世界と言う空間は存在しない。よって、生命は生まれない。 時間司る『ディアルガ』――彼が居なければ時は動かない。時間の管理人と言う解釈を僕は勝手にしている。の四役だ。 本当にパルキアなの。何者かが変身してるんじゃない。 だって、本物だったら、もっと、威圧感というか、迫力というか、とにかく、気配が違うはずだよ。 うう、なんかもう立ち直れる気がしない。悪夢だ。 「確かこの&ruby(オールグランド){海無き世界};に旅行に行ったときにもらったカバンにここの鍵を入れて……………あれっ? なんかカバンがスカスカする。うっわ、&ruby(おニュー){新品};のカバンに穴が開いている。 スマン、鍵………失くしちまった」 うん、この人はパルキアじゃない。''&size(20){断じて!};'' 僕は心に固く誓った。 きっと、メタモンが変身しているんだ。そうに違いない。 っていうか、そういう事にしておきたい。 ミュウでも変身なら出来るぞ、って言いたいのは分かる。でも、ミュウだったら、もう少し可愛げがあってもいいじゃない。 「うーん困ったな、どうしよう? あっ、お前いい技覚えてないか?」 自己解決力は無いの。って言うか、&ruby(テレポーテーション){空間移動};は使えないの。 やっぱり偽者だな、このパルキアは。これなら、強行突破できるかも。 僕だってやれば出来るんだ。見てろよ、一泡吹かせてやる。 「そうだ! ちょっとさがってて、危ないから」 パルキア(?)が僕に声をかけることによって、僕のやる気が削がれてしまった。 何をする気なんだろう。 パルキア(?)は精神を集中させていく。 何だか周囲の空間が歪んで来た気がする。そして、どんどん入り口の扉を中心点に収束していく。 歪みは一目で分るほどに大きくなっていった。 ---- そうだ。ヴォルトの声がしないからだ。 俺の覚えた違和感の原因に気付いた。ヴォルトが居ないんだ。 近くの茂みが揺れ、ロードが出てくる。 「おいロード! ヴォルトはどこに行った?」 俺は激しい口調でロードに聞く。 ロードは少し疲れているようだが、そんな事はどうでもいい。 今は、ヴォルトの安否が気になる。 「………さらわれた。ゴメン、僕には止められなかった。僕が力不足なせいで」 ロードは珍しく落ち込んでいるが、それを気遣えるほどの余裕が今の俺には無い。 ヴォルトが何者かにさらわれたという事実を受け止める事が出来ないからだ。 ''「……………誰にさらわれたんだ? 心当たりは無いか」'' 俺は怒りを抑えるのに必死で少し声が震えている。女らしさなんて言っている場合じゃねぇ。 「多分、僕よりも君の方がよく知っている人だよ」 ロードは訳の分からないことを言う。俺の方がよく知っている……だと、誰だ。 緊急事態に妙な言い回しをしやがって、さっさと言えよ。 俺は、貧乏揺すりを無意識の内にしてしまっている。 「思い当たる人がいるでしょ? 空間移動が出来て、相手の死角から攻撃するのを得意としている奴だよ」 …………まさか、アイツがもう行動を起こしたのか。 そんな馬鹿な、アイツは特に行動が遅い事で有名なんだぞ。だからこそ、下っ端止まりなんだよ。 「………もと俺の部下で、準副隊長のカオスか? &size(1){俺が天使から抜けた時の下っ端軍団のトップだったあいつが今の準副隊長だよな?};」 俺の頭の中であの''超適当野郎''が勝ち誇った笑みを浮かべながら、ピースをして写真に写ろうとしている映像が再生された。 その瞬間、俺の心が怒りで激しく燃え上がった。アイツなんかにヴォルトを渡してなるものか。 絶対に取り返してやる。どんな&ruby(手){手段};を使ってでも必ず。 今度こそ、俺はアイツを守り抜いてみせる。それが俺の滅びの道だったとしても。今度こそは必ず。 「そうだよ、カオスだよ。突然現れて、ヴォルトを連れ去って行ったよ。 三日後にみんなでG社へ来いって言っていた」 ロードがしょんぼりと言う。やっぱりその手口か。アイツは誘拐が得意だったからな。 しかし、何でアイツの指定場所と俺達の目的地が同じなんだ。偶然にしては出来すぎているよな。 「&ruby(クライアント){依頼人};をさらわれるとは…………何たる失態。 契約不履行にならなければ良いが」 ゼロは契約不履行を恐れているようだ。腹が立つ。人がさらわれたんだぞ。もっとほかの事を考えろ。 「無傷でアイツを取り返せたら、契約不履行は勘弁してやるよ。ま、報酬は半分没収だけどな」 ようやく精神を落ち着けた俺は言ってやった。ゼロは半額の報酬になった事に不満なようだが、そもそも、護衛を出来ていないのだから、金がもらえるだけでありがたいと思って欲しいぜ。 「むぅ、仕方あるまい。''三日後までにG社に行くのだ! 絶対にヴォルトを無傷で取り戻すぞ!''」 ゼロ、なんて執念なんだよ。覇気がさっきまでと全然違うじゃねぇか。 「ところで、G社ってどこにあるんだ? あそこは天使部隊の支部の一つだが、行く時はいつもカオスに連れて行ってもらってたから知らないんだ」 俺はG社の場所を二人に聞く。 二人は顔を見合わせて首を横に振った。まさか……誰も知らない。 「やべぇ! 急げ! 走れ! たしか南の方角にあるって依頼人が言っていただろ!? それを頼りに突っ走れ! 建物はありえないくらい派手だから、見たら絶対に分る!」 俺は二人に怒鳴る。二人は、急いで走り出す。俺も後に続いて廃村付近の森を立ち去ったのだった。 ---- 空間は極限まで収束されると捻じれ始めた。 見ていて気持ちのいい光景ではない。ただでさえ悪趣味な色合いの建物が歪んで見えているのだから仕方ないよ。 「んー、そろそろいけるかな? イメージしろ。捻じれた空間を引き裂くところを………」 この歪みはどうやらパルキア(?)が起こしているようだね。 両肩についている宝玉が禍々しい輝きを放つ。 見ていると吸い込まれそうだ。 畏怖の念に打たれた僕はニ、三歩下がる。 パルキア(?)は巨大な爪を何も無いところに振り下ろす。 すると、空間の捻じれは瞬く間に''消滅''した。 比喩なんかじゃないよ。本当に消えてなくなってしまったんだ。 「よし、ドアが&ruby(無くなった){開いた};ことだし、入るぞ。って、ん? なんでそんなに震えているんだよ? 今は夏だぞ。寒がりなのか? とにかく入れ、すぐに温めてやるからな」 逃げようとしなくてよかった。 そりゃ、空間を操る力を目の前で見せ付けられたら、恐怖の念くらい覚えるよ。 優しいセリフだって僕を油断させようという罠かも知れないし。 絶対に、気を抜いちゃ駄目だ。 「何でもっ、何でも無いです!」 僕はとにかく相手の気に触れないで過ごす事を決心した。 恐い。とにかく逆らわないようにしよう。三日後が待ち遠しいよ。 「そうか? ならいいんだけどさ、まぁ、寛いでくれよ」 友好的な口調だけど、心の中で黒い思念が蠢いているのかも知れないし、今日は寝たフリをして、様子を見張ろう。 「は、はい! それじゃあ……遠慮なく」 絶対に寛ぐなんて無理。気を休める暇すらないよ。 でも、取り敢えずこう言っておかないと、後が恐いから。 外装が悪趣味だったから内装を見たときは少しがっかりした。 普通の研究所みたいな感じだったからだ。 無機質な壁に囲まれた廊下。 入室者を拒むかのような、堅くて重い扉。 驚いたのは外から見るだけでは全く想像できないほどに広かった事ぐらいだ。 僕は数多くある中の一室に入れられた。 「さてと、まずはそこら辺にある木の枝を集めて山のように積んでっと! さあヴォルト、火を点けてくれ」 ………本気で僕が寒いと思ったんだね。いや、もしかしたら、勘違いしていると見せかけている演技かも知れない。 今、火を点けたら暑いよ。 でも、逆らうとどうなるかわからないから、取り敢えず火を点けよう。 僕は大文字を出来るだけ手加減して放つ。小さく大の字になった炎は、すぐに木の枝の山に火を点けた。 黒い煙が上がる。室内なのですぐに充満してしまうね。 外でやれば良いのに。 &size(40){『ジリリリリリッ! 火事ですよ~ すぐに逃げましょう♪』}; 鼓膜を突き破らんばかりに鳴り響く巨大な警報音と共に聞き覚えのある声が聞こえてきた。 誰の声だっけ。確かここ最近の内に聞いた事があるんだけど、思い出せない。 &ruby(スプリンクラー){自動散水機};から大量の水が放出される。 冷たい。このままだと本当に寒くなってしまうよ。 「うわっ、火災報知機と&ruby(スプリンクラー){自動散水機};をこの建物に設置していたのを忘れてた。やべっ、俺まで寒くなっちまう」 もう、いい加減にしてよ。 僕は心の中で怒鳴る。勿論口には出さない。 「風邪引くから、ここから出ようぜ」 僕に言ってくる。はぁ、勘弁してよ、まったく。 僕とパルキア(?)は、走ってG社を出た。 二人とも息が荒い。 静寂に包まれた森の中に二人の『はぁ、はぁ』という荒い呼吸音だけが響き渡る。 数分たってようやく僕は呼吸を整えた。 隣ではまだパルキア(?)が呼吸を整えている。体力無いにも程があるよ。 「ふぅ~、そういえば自己紹介がまだだった気がする。 俺はカオス。見ての通りパルキアだ。よろしくな。 階級は一応、準副隊長なんだけど、輸送班を担当している。 結構キツイんだぜ、輸送班って、なんつっても、ほぼ俺一人でやっているからな。 ま、空間を操れる俺ならではの仕事な訳で、仕方ないんだけどさ。 戦闘班の指揮も執らされる訳で、面倒くさいし、そもそも、俺は戦いが嫌いだし。 時々、家出するんだけどさ、毎回、毎回連れ戻されて、気付いたら、戦場に立っていたって感じなんだよな。 俺の場合、お前たちに加担したとしても、大して、問題にならないんだよな。 少し前までは、管轄だったから、こういう風に接触すると、問題だったんだけど、今は管轄外だから、どんなにお前たちと関っても問題無いんだ。 ま、父さんの躊躇いも混ざっている訳だが、有り難い制度は最大限に活用しなきゃな。 という訳で、今回は、俺の独断行動であってだな。 別に危害を加えようとしている訳でもないし、天使部隊は関係無いんだよな。 つまりは、立場上は敵でも、俺はお前達の敵ではないって事。分かったか?」 やっと呼吸を整えたパルキアが、一息ついてから自己紹介をしてくる。 随分と長話になったね。愚痴を交えて話してきたから、正直、前半部分はあまり覚えていないんだけど、カオスさんは、僕達の敵じゃないって事だよね。 「こちらこそ、よろしくお願いします」 僕は、この人は、信用しても大丈夫だと、直感的に思った。 ちゃんと目を合わせて、話してくれるし、純粋そうだったから。 でも、僕の人間観察眼は当てにならない事も知っている。だから、もうしばらくの間、警戒態勢を解く気は無い。 「取り敢えず今日は寝ようぜ、疲れたし」 また、野宿……か。家が恋しいよ。寝るフリだけで、寝ないって言うのは、結構難しいんだよね。 「………はい」 返事をして僕は近くにあった平地で寝そべる。 カオスさんは、座って眠るようだ。まあ、仕方ないね。あの姿じゃあ寝そべれないし。 カオスさんは僕をさらった犯人だ。でも何故か憎めないや。どうしてなんだろうね。 ………刹達今頃どうしてるかな。 僕の無事だけは伝えておきたいな。心配かけると悪いから。…………心配してくれてるよね。 不安になった僕が夜空を見上げると、満天の星空だった。まるで、マイナス思考に変わりつつあった僕の気持ちを慰めるかのように。 *第十五話 『用件』 [#mcbadd1e] &size(30){「ダーッ! しまった!」}; 突然鳴り響く轟音。それに驚いたヤミカラスの群れが、空を漆黒に染め上げる。 大声に反応して目を覚ました僕は、軽く目を開けて、呆れた口調でカオスさんに聞く。 そういえば、寝てしまっていた様だね僕は。 「何事ですか? カオスさん」 なんかもう、これまでのカオスさんの非常識な行動の数々で………慣れたよ。 今ならゴーストタイプのポケモンに驚かされても平気な気がする。 「大変だ! 行くぞ、ヴォルト!」 頭の中に浮かんだクエスチョンマークは消えるどころか、細胞分裂のごとく増殖していく。 どこに、何の為に、どうして僕が、数多くの疑問を解決することなく僕はカオスさんに引っ張られていった。 行き先は………G社の方角だ。 「何のた……痛っ! 舌噛んだ。何のために行くんですか?」 引っ張られているせいで、激しく上下運動を繰り返しながら喋る僕は舌を噛んでしまった。 口の中に鉄くさい臭いが広がる。 「今助けに行くからな!」 質問に答えてくれてもいいと思うんだけどな。まぁ、何をするかは分ったけど。 誰を助けにG社に行くんだろう。 僕は引っ張られたままG社の中に入っていった。 暑い。異様に暑い。まるで火口にいるみたいだ。 取り敢えず僕は吹雪で辺りの熱を奪っていく。 「うおっ! 涼しくなった! ナイスだ、ヴォルト」 この暑い中を突っ走られたら堪らないからね。 でも、雪がぜんぜん残らなかったよ。何度((温度のことを言っています。角度ではありません。))なんだろう、この建物。 やっぱり外から見ただけじゃ想像つかないほどに中は広いな。どういう構造なんだろう。 建築学とかには興味ないけど、こんなに見事な空間活用法があるなら教えてもらいたいよ。 カオスさん、どこに向かってるんだろう。 いくつの部屋を通り過ぎただろう、扉が飛んでくるように見えて気分が悪くなってきた。 「ここだっ! レオ、助けに来たぜ」 カオスさんは多数ある扉のうちの一つに叫びながら突撃した。 重たくて硬い鉄の扉が簡単に吹き飛ぶ。凄い破壊力だ。 「カオスおじちゃん………なの?」 レオと呼ばれた子は高くて可愛い声をしていた。 僕はカオスさんに片手で持ち上げられたまま、レオと呼ばれた人を見る。 見たところイーブイだね。手と足に枷をはめられて、首輪に鎖までつけられている。 そんなに厳重にしなくても、この子なら、逃げられないと思うんだけど。 「そうだ、レオ、お前を自由にしてやるためにコイツを呼んで来たんだ」 カオスさんは僕をレオの前に突き出す。宙ぶらりんの僕と身動きの取れないレオの目が合う。 お互いに恥ずかしかったのか頬を赤らめる。少なくとも、僕は恥かしかったね。 後ろから首だけを持って、ブラーンって感じのやつ、空中で服従のポーズを取らされている訳だよ。 「あなたは………誰? 私はレオナ。レオって呼んで」 単刀直入に名前を聞いてくる。ちゃんと自己紹介もしてくれた。 カオスさんと仲が良さそうなのに、どうして礼儀正しいんだろう、反面教師って奴かな? レオナだからレオって呼ばれていたんだね。 って言うか、カオスさん、いい加減下ろしてよ。首の肉が引っ張られて痛いんだから。 僕はカオスさんの手から逃れようと、体を捩じらせる。 それに、気付いたカオスさんが、僕を地面に下ろしてくれた。 ただ、下ろすのに慌てすぎて、地面に軽く叩き付けられる形になってしまった。 若干、涙目になりながら、カオスさんに抗議の眼差しを向ける。 カオスさんは、頭を掻きながら、ミスった、とだけ言った。 「僕はヴォルトです。よろしくお願いします。カオスさんにさらわれ………頼まれてここに来たんだ」 カオスさんが恐い顔をするから、僕は言い直した。 本当に、脅すのはやめてよ。自分で言うのもなんだけど、僕は怖がりなんだからさ。 「カオスさん、僕は何をすればいいんですか? レオナさんを自由にするとか言ってましたけど」 僕は、用件が終われば早く帰れるかもしれないと思い、話を進めるように促す。 いち早く、刹に会いたい。 カオスさんはポンと手を打つと、頭を掻きながら話し始めた。 ---- 「最初に、ブレーカーを落とす。それから、非常電源を壊す。 かなり頑丈に出来ているから、ここは俺がやる。 ここからはかなりのスピードが要求されるぞ。 鍵のある部屋の前にお前が待機して、セキュリティが停止するのを待つ。 停止を確認したら、部屋に入り鍵を取る。後は、レオのところにダッシュして、助け出してオサラバする。………大体こんな感じだな」 ①取り敢えず電源を消す。 ②鍵のある部屋の前に行く。 ③カオスさんが非常電源を壊すのを待つ。 ④鍵を取ってレオナのもとに走る。 ⑤レオナを解放して、G社を出る。 ………僕じゃなくても良かったじゃないか、この作戦だったら。 そういえば、どうして一人で出来ないんだ。僕はカオスさんに聞いてみる。 「それは、ここの責任者兼技術者の………''アイス''博士だったっけ? がかなり陰険な性格でな、 全ての機械に自己修復機能をつけやがったんだ。 ここってかなり広いだろ、だから一人だと機能が回復するのに間に合わない。納得か?」 納得出来ない。自己修復機能凄すぎるでしょ。一体どのくらいの速さで再生するのさ。 それにカオスさん空間移動できるじゃないか。''腐っても''パルキアなんだから、空間の制御はお手の物でしょ。 空間移動は出来ないのかと僕がカオスさんに聞くと、ガックリうなだれてしまった。 「そうか! その手があったのか!? お前頭良いなぁ」 カオスさんは心底感心しているようだね。駄目だ、この人といたら頭がおかしくなりそうだ。 僕が頭いいんじゃなくてカオスさんが頭悪いんですよ。 まったく、僕の寿命は精神疲労でどんどん減っていく気がするよ。 「でも折角お前を呼んだんだし、俺の提案した作戦で行こう。 早くレオを助けたいから、全ての意見は却下する! さぁ、行くぞー!」 何でみんな、僕の意見を蔑ろにするんだろうね。 まともな事も結構言っていると思うんだけど。 みんなして、僕の意見はお構い無しなんだから。 怒っていても仕方が無いよね。諦めた僕は電源を落としに向かった。 *第十六話 『黒い思惑』 [#l95fb40b] 俺達は何とか、G社の前にたどり着く事が出来た。 意外と近かった気がする。方向感覚と運の良さに感謝だ。 相変わらずの悪趣味なペイントと構造だな、見ているだけで吐き気がする。 確かここの責任者の趣味だったな。責任者の名前は確か………そうだパルスだ。 パルス、ここ最近聞いたような気がするぞ。どこで聞いたんだ。 「ここがG社なの~? スッゴイ悪趣味」 ロードが的確な感想を述べている。こいつにも的確な感想が述べられるのだから、百人中百人が悪趣味って言うんだろうな。 調査対象にパルスがいなければの話だけどな。 俺はパルスの存在が気になったので、二人に聞いてみる。 「パルス? なんで突然そんな事を聞くの? 確か、ゼロを治療してくれた人だったね。面白い喋り方の人~♪」 ロードが答えるが、最後の部分はお前だけの感性だ。 しかし謎は解けた。あの超変態野郎か。喋り方と奇妙な動きだけしか頭に残らなかったからな。ロード………よく覚えていたな。 「だから~なんで今、パルスの事を聞いたの?」 あ、ロードの機嫌を損ねちまったみたいだ。親切に教えてくれた訳だし、素直に謝ってから説明するか。 「わりぃわりぃ、少し考え事をしていてな。前にここが天使部隊の拠点地だって話しただろ? ここの責任者の名前がパルスって言うんだ。んで、俺は最近パルスの名前を聞いた。だから気になったんだ」 簡単にパルスの事が気になった理由を教える。 「つまり、このサイテーカラーリングは、パルスが悪いんだね?」 普段は納得出来ないロードの適当語も今回は冴えているぜ。 サイテーカラーリング……なんてぴったりな言葉なんだ。感動したぜ。 「中が楽しみだね、こんなに悪趣味な外装なんだから、中はさぞかし悪趣味なんだろうな~楽しみだよ」 ロードが期待に満ち溢れた前向きな発言をするが、この期待が残念な結果に終わってしまう事を俺は知っている。 まぁ、折角期待しているんだし放って置こう。………反応が楽しみだしな。 「ねぇ~、早く入ろうよ~」 ロードが急かす。 これなら、相当のガッカリが期待できそうだぜ。…………おっと危ねぇ、変な趣味に目覚めるところだったぜ。 そういえば、ゼロがここに来て空気((存在感が無いという意味))に変わりつつあるが、どうしたんだ? 「どうしたゼロさっきから黙って………ってオイ!」 俺はゼロの異変に気がついた。異変なんて生易しいものじゃなかったが。 「なんて素晴しい趣味をお持ちの方なんだ! 医療技術もそうだったが、デザインのセンスも素晴しい! そしてここの責任者だと? センスに地位まで備わっているとは、彼こそまさに天才だ!」 ゼロは………いろんな意味でやばい事になっているな。 ロードがゼロから離れて俺の近くに来る。珍しく、今日はロードに同意できるところが多いな。 「うわ、ゼロ趣味悪ぅ~、この建物のペイントは犯罪の一つ&color(red){『黙れ! お前にはこの建物の素晴しさがわからないのか!』}; ゼロはロードの言葉を遮って、怒鳴る。 ……こりゃ、重症だな。 ゼロがロードに向けて火炎放射を放つのが、横目に見えた。 ちょっと待て、コラ。いくらなんでもそれはやりすぎだろ。 「うわぁぁん! ゼロが虐めて来るよ~」 ロードが泣く。だが、嘘泣きだってことはお見通しだぜ。 しょっちゅう、それでヴォルトに泣き付いているのは、知っているぜ。 …………今度、嘘泣きの仕方を教えてもらおうかな。ヴォルトへのアプローチに使えそうだし。 しかし、さっきからゼロの様子がおかしい。ここは少々手荒に行こうか。 まったく、ヴォルトの危機だってんのに、手間かけさせやがって。 「オラァ、ゼロ! 寝ぼけてんじゃねえ!」 俺はかまいたちで攻撃する。ゼロは思い切り後ろに跳び……木に頭をぶつけた上にかまいたちに直撃した。まさに『泣き面に&ruby(スピアー){蜂};』だな。 俺は笑いを堪えるのに必死だった。 笑ったらいけないと分かってはいても、抑えられない笑い。とうとう俺は大爆笑してしまった。これでも頑張った方なんだぜ。 格好つけようとして失敗する馬鹿野郎、サイコーだぜ。 ゼロは不機嫌そうに起き上がりG社を見る。ま、不機嫌にもなるな。あれだけ酷い目に遭ったんだから当然だな。 「ムッ何だ、この悪趣味な建物は! 犯罪級じゃないか!」 何だよ、さっきと言ってる事が正反対じゃないか。 俺はゼロにこの建物を素晴しいと褒めちぎっていた事を伝える。一つは親切心から、もう一つは、それを知ったときのゼロの反応が気になったから。 「何だと? そんな馬鹿な。こんな恐ろしい建物を誰が褒めるものか!」 絶対にそんな事はないと力強く否定するゼロ。一体、どうなってんだ。 「とにかく、中に入ろうよ~」 すでに泣き止んでいるロードが言う。ほら見ろ、やっぱり嘘泣きじゃないか。訳の分からないところでへんな技を使いやがって。 ま、ヴォルトの事が気になるし、入るとするか。俺達はG社に入っていった。 ---- 誰もいなくなって静まり返ったG社の前に、誰かが闇の中から現れた。 「フム、ボクの&ruby(マインドコントロール){精神制御};も完璧じゃないようだね。彼を制した時こそ、ボクの野望の第一歩が踏み出される。待ってて、すぐにボクの&ruby(マリオネット){操り人形};にしてあげるからね。 僕の趣味を愚弄した罪は重いんだからねっ!」 闇の中から不意に現れた彼は、そう言い残して闇に融けていった。 *第十七話 『救出』 [#hca04c0f] 暗闇に怪しく光る雷マーク。僕は電源装置らしきものを発見した。 レバー式のブレーカーだ。僕は手をうまく使う事が苦手だから、この手の仕掛けは苦手だ。 後足で立ち上がり、前足をレバーの上に乗せる。そのまま体重をかけてレバーを降ろす。 上げるタイプのブレーカーじゃなくて良かったと思いつつ、鍵のある部屋に向かう。 この広大な研究施設でどうやって鍵のある部屋を見つければいいんだろう。 一部屋ずつ虱潰しに調べていくしかないね。まずはこの部屋から……。 僕は一番近くにあった扉を押して開ける。 中の様子は………凄く散らかっている。本や紙切れは序の口。 食べ残された木の実が悪臭を放つ。 悪臭が嫌になった僕は、すぐに部屋から出る。 次に僕は、さっきの部屋の隣にあった部屋をさっきと同じように開けて見る。 「…………さっ、次の部屋に行こう」 見なかった事にしよう。 次にやっぱり隣の部屋に移動する。三度目の正直って言うけれど………どうだろう。 中に入ってみる。真っ暗な部屋だ。近くにスイッチがあるのが辛うじて見えた。 僕はドキドキしながら押してみる。 僕の期待は裏切られた。ただ、光が点いただけだった。 安心した反面、少しがっかりだ。たまにはスリルも良いかな、なんて思っていたんだけど。 ま、何も起こらなかったからそう思って''いた''と錯覚しただけかもね。 さて、部屋の様子は………汚く散乱している書類、腐った食べ残しの木の実は無いだけ、最初の部屋よりはマシだ。 でも、鍵らしい物は見当たらない、ここもハズレか。 僕は再び鍵を求めて部屋を巡る。 少し黒い色の扉を発見した。当然、好奇心は押さえられないわけで、僕はその扉に駆け寄る。 ここだけなぜか木製の扉だった。さっきまでと同じ要領で扉を押す。 開かない。鍵がかかっているのかな。 開かない扉と睨めっこをしている僕は、ある事に気がついた。 この扉は木製だ。という事は、………壊せる。 数歩後ろに下がり距離をとる。そこから一気に扉に突撃する。 鈍い音を立てて扉が吹っ飛ぶ。僕は勢いがつきすぎて、よろける。 中の様子を窺う。僕の目の前の床には、大量の小さな穴があった。 訝しく思った僕は、様子を窺う事に決めた。 しばらくすると、目の前に鋭い光を放つ刃状の物が飛び出てきた。 もう少し勢いがついていたら……と、想像すると恐怖で冷や汗が噴き出した。 もしかして、あれって、僕みたいに扉を破壊したときに、勢いあまって穴の上に立った人を狙い打つ罠だったのかも知れない。 でも、セキュリティと思わしい物があるって事は、ここがビンゴってことだね。 カオスさんを待とう。 ---- 確かこっちのほうに、非常電源があったような気がするんだよな。 これもレオのためだ、頑張ろう。 俺はただ一人孤独に歩き続けるのだった……。嗚呼、誰かと喋りたいな。 ま、いっつも、俺が一方的に喋ってしまうんだけどな。 あの癖ばっかりはどうしようもないな。きっぱり諦めよう。 ヴォルトとの会話は、俺だけが悪い訳じゃないぜ。ヴォルト、全然話してくれないし。 和んで貰いたいじゃないか。 無機質な鉄の扉が連なる廊下をひたすらに歩くってのも、暇だなぁ。 怪しく黒光りする光がそう遠くないところに見えた。 目を凝らしてみる。巨大な正方形をしている。 とうとう見つけたぜ、非常電源。ま、場所は知ってるから、見つけたって言葉は正しくないな。 よし、派手に行こうや。 俺は非常電源に向かって、巨大な爪を振り下ろす。さっき使った亜空切断とは、また別の技だ。 竜の気を爪に込めて引っ掻き、一気に敵を引き裂く技………通称「ドラゴンクロー」だ。 俺の爪が非常電源と衝突し、轟音と共に火花が飛び散る。 非常電源を見る。傷一つ付いていない。 やっぱりこの程度じゃ壊れないかぁ。だがな、まだ俺の心は折れてないぜ。 俺の得意技。誰も見ていないからモーションはしょりバージョンだ。 瞬間的に空間を引き裂き、縫い合わせる。 繋げる空間によって攻撃力は大きく左右される。 やり方によっては、クロノス準隊長の技『時の咆哮』にも勝てるんだぜ! 今回は情け容赦無しだ。 最初に、ブラックホールと呼ばれるものを非常電源の存在している空間と重なるように設置する。 超重力空間は俺も飲み込もうとするから、その前に一時的に非常電源ごと空間を切り離す。程よく時間を潰して、ブラックホールだけを宇宙に返却する。そして、非常電源にはここに帰ってきてもらう。これが本当の&ruby(コスモパワー){宇宙の力};だ。 これでカオス先生のクッキングタイム終了。『スクラップ電源』の出来上がりです♪ あれ、スクラップになったのにまだ動いてやがる。 アイス博士め、どれだけ頑丈に作ってんだよ。 止めの&ruby(アクアテール){水の力を纏った尾撃};で、非常電源は真っ二つに切れた。 『キィィィィィィィィィィィン』 耳を塞ぎたくなるような、音が鳴り響く。 この音は聞き覚えがある。機械の自己修復機能が起動した音だ。 二つに分かれた非常電源は少しずつ、引き寄せられるように移動する。 はぁ、一体、どんだけ細かく切断したら、修復機能が働かなくなるんだよ。 ………ヴォルト、後は任せるぜ、俺は疲れたから''休む''。 ---- えっと、針の飛び出る間隔は………あっ、出てきた。よし、一、二、三、四……また出てきた。時間は十秒か、この間隔じゃあ、走り抜けるのは無理だね。 はい、十秒。ほらっ出てきた。 うまく針の出てくる間隔を知ることが出来た僕は上機嫌だ。 突然、照明器具が機能を停止した。 僕は心の準備を済ませておいたので、驚く事も無く、瞳を閉じる。 三秒後、閉ざした瞳を開いた。 ちゃんと、暗闇に目が慣れている。針はもう出て来ないようだね。 でも急がなきゃ、非常電源は再生するって言っていたね。 僕は暗闇に変わった部屋を周囲に気を配りながら走り抜ける。 部屋の真ん中辺りで立ち止まり辺りを見回す。 鍵らしいものの姿は無い。 気になるものと言えば、管制室を連想させるような操作盤や、モニターぐらいだ。 そう言えば人間達の職業「SPY」((実際は、映画の中の世界での話をヴォルトが勘違いしている。本当に「SPY」を生業にしている人は多分いません。))と言う人達も、こういう場所に来ていたね。 思い出すんだ、あの時、「SPY」の人達は何をしていた。 確か、あの機械に似ている機械を弄って、セキュリティや、施設の機能を落としたりしていたね。 この状況に当て嵌まるかどうかは分からないけど、やってみよう。 僕は操作盤に近寄って眺めてみる。 |UODIK| |UKABIZ| |UOSUOH| |OJIAK YTIRUYKES| |OJIAK YEK| それぞれの指令コードが書かれたパネルが大きく存在していて、その脇に寂しくキーボードがあった。 ………この文字の読み方を僕は知っている。何故だろう初めて見たはずなのに、どこか懐かしい感じがするのは。 とにかく、今は鍵を解除しよう。 僕は操作盤についている。『UODIK』と表示されているパネルに触れる。 今まで死んでいたモニターが復活した。ここで僕は違和感を覚えた。 理由はすぐに判明した。非常電源が壊されたのにこの機械が正常に稼動しているからだ。 僕は、覚えた違和感を無視して行動に移った。考えていたって仕方が無いじゃないか。『OJIAK YEK』と表示されているパネルに触れる。 モニターに「OYADIKUSAGAKA,AHUKOBINIMANIT ?URIKOWITTOD,AKAOTOA,AHIMIK」と表示された。 えっと、『青と赤のどちらを切る?』か………これって、時限爆弾じゃないよね。 シチュエーション的に時限爆弾の解除なんだけど。 こういう暗号的なものは苦手なんだけど、四の五の言っている場合じゃないね。 この問題を作った人は、赤が好きなようだね。 ……………………よし、分ったよ。青を切ればいいんだ。 だって、自分の好きな色は切りたくないものだよね。 操作パネルの横にある、キーボードで、『OA』と打ち込み『RETNE』を押した。 モニターに『♪IAKIES』と表示された。 張り詰めた緊張を振り解く為に僕は大きく息を吐く。 ついでに、セキュリティも解除しておこう。カオスさんがわざわざ、何度も非常電源の修復を阻止してくれていたら悪いからね。 『OJIAK YTIRUYKES』のパネルに触れてから、先ほどと同じ問題に解答して、セキュリティを解除した。 カオスさんに報告するために、僕は『UOSUOH』のパネルに触れる。場所指定を指示されたので、僕は『IATNEZ』と入力した。 操作盤の一部が割れ、マイクが現れた。 「カオスさん、僕です。ヴォルトです。 セキュリティを解除したので、もう非常電源の修復を阻止する必要はありません」 僕は急いで放送を流す。 カオスが休んでいる事を知る由も無く………。 さてと、レオのもとに向かおう。 僕は、扉のあった場所から外に出てレオの囚われている所へと向かう。 部屋の温度がかなり高くなりつつあるから、急がないといけない。 無機質な扉の群れを走り抜けて、レオの囚われている部屋に辿り着く。 部屋を覗くと枷から解放され、元気に動き回っているレオの姿があった。 *第十八話 『合流とパーティと…………………進展』 [#kbfcbf6b] 僕が部屋に入るのと同時にカオスさんが目の前に現れた。 突然の出来事に反応しきれなかった僕は、カオスさんの背中に顔をぶつけてしまった。 「んっ? ヴォルトか、成功だ! レオは自由になった。これもお前のお陰だ」 ぶつかった事に怒る事も無く、礼を述べてくるカオスさんは、どう見ても悪い人には思えない。 「元準隊長も、近くにいるみたいだし、合流して祝おうぜ!」 かなり上機嫌なカオスさんは、早速レオと僕を掴んで、空間移動をするための準備をしている。 まだ僕は、何にも言っていないよ。でも、&ruby(せつ){刹};に会えるなら良いかな、って何を考えているんだ、僕は。 カオスさんはそのまま僕達を掴んで、空間移動を行った。 いつか経験した事のある、感覚が来るが、もう体が慣れてしまっていて、何とも思わない。 「う~ん、蒸し暑いよ~」 「&ruby(スプリンクラー){自動散水機};が起動した後に作動する&ruby(ヒートシステム){高熱発生装置};の影響だな」 「詳しく説明願おうか」 「そんなこと知ってどうすんのさ~?」 「ただの興味では不満か?」 「フーン、まぁいいや、ちょっとは僕も気になるからね」 「いや、俺も詳しい事は知らないんだけど………」 「なんだ~」 「ガッカリだな」 「人の話しは最後まで聞け! 何でも、長時間濡れているとだめになる機器があるとかですごい熱を発する機械を設置したんだ。みんなは乾燥機って呼んでいた。発する熱は200℃を超えるそうだ((ここの機器は全て高熱に耐えられるように設計されています。))」 「200℃と言っていたが、然程暑く感じないのは何故だ?」 「到着! カオス参上」 話に割り込む形で僕達は刹達の前に現れた。もうちょっと、周りの空気を呼んで出てこようよ。 「ヴォルト! 会いたかったぞ。なぁ、しばらくの間こうしていても良いか?」 刹が僕を抱きしめてくれた。みんなの前だから照れるけど、嬉しかった。 フカフカしていてとても暖かい。そして、いい匂いがする。好きな女の子に抱き締められた。と言う夢のような出来事が、夢じゃないことを触覚と嗅覚が伝えてくる。 ゼロが怖い顔をして僕をジロジロ見てくる。少しだけ怖い。そして、今の僕の状態を考えると恥かしい。 「どうやら怪我は無い様だな」 怪我の心配をしてくれていたんだね。それなのに僕は、怖いなんて思ってしまって……………。 「ところでさ~、そっちの小さい子はだぁれ?」 ロードがレオナの事を見て言う。ちょっとは僕のことも気にかけてよ。寂しくなるじゃないか。 レオは、カオスさんの後ろに隠れて出てこようとしない。 恥かしがりやな訳では無さそうだけど。 「おっ、お前以上にちっちゃいのがいて嬉しいか? こいつはレオだ」 カオスさんが意気揚々と答える。僕は、レオの様子を窺う。視線の先には、ゼロが居た。 ゼロって、喋らなかったら、結構、格好良いからね。惚れたのかな。&size(1){たまに凄く不気味な顔をするけどね。}; 「レオ? もしかして、パルスの&ruby(サンプル){実験体};のレオナなのか?」 刹がレオと言う言葉に反応する。 実験体って一体何の実験に使われたんだろう。 「そうだった、だが、今は違う。 よかったな、今日からお前は外の世界で自由に歩けるんだ」 カオスさんは優しく言う。悪人には出せない表情だと思う。 「ありがとう! カオスおじさん、大好きだよ!」 単純な言葉かもしれないけど、本当の感謝の気持ちって案外言葉に出来ないものなのかも知れないね。((いい言葉の思いつかない作者の言い訳です。すいませんm(-_-)m)) どうも、レオはカオスさん一筋って感じだから、単純にゼロが怖かっただけかも知れないね。 「さてと、どうする? 俺達はここを壊しに来たわけなんだけど、よく考えたらこの建物を壊すのって不可能じゃないか?」 刹、やっぱりこの建物の破壊は無理だよね。 「おっ、この建物を壊したいのか? うーん、困ったな。準副隊長の俺としては、黙って壊されるのを見過ごすわけにはいかないし…………そうだ! パーティやろうぜ! レオナ救出のお祝いに」 何でこの建物を壊す話からパーティの話になっているの。 「フッフッフ、良くぞ聞いてくれた。この建物は機能としては申し分ないんだけど、維持費にトンデモナクお金が要るんだ。 それで、付いたあだ名が『会計泣かせ』。結構嫌われているんだ。 なんせ、天使部隊の年間予算の90%を持って行きやがるんだぜ。冗談じゃないぜ。 給料の低い原因はこの建物にあるって言っても過言ではないぜ。 オマケに、アイス博士は、天使とは別の社員を雇っていてさ、その給料まで、天使部隊の予算から持って行きやがるんだぜ。 そんな、迷惑施設な訳だから、倒産させたって誰も文句は言わねぇよ。寧ろ感謝されるって感じだぜ。 だから、ここにあるいろいろな食料を食べて経営破綻させようぜ! &br; レオナ救出のお礼パート1だ」 誰も聞いていないよ。そして、パート1って事はまだ何かあるの。 案外あっさりと認めてくれたね。でも、腐った食べ物を見かけたけど食べられる物あるのかな。 「OK♪ その作戦乗った!」 ロードは言うまでも無く賛成のようだね。 ゼロも変なノリがあるから賛成だろうね。 刹も多分OKだね。 今回は僕も賛成に一票。だってパーティなんてやったことがないんだもん。とっても楽しみだよ。 「よし来た! じゃあ準備にかかるから、各自で時間を潰してくれ。 レオ、ちょっと手伝ってくれ、二人で最高のもてなしをしようぜ!」 「うん♪」 うーん、僕達も手伝ったほうが良いんじゃないかな。 聞いてみると、料理するのは好きだから、構わなくても良いと言われた。 カオスさんとレオは、G社の奥へと入っていった。 ゼロとロードは、談笑しながら、建物の外に出て行った。 ---- ところで刹、いつまで僕に抱きついているつもりなの? 嬉しいけど…………………恥かしいよ。 「刹、その、えっと…………恥かしいよ」 刹は、僕に抱きつくのを止める。刹の顔は真っ赤だった。きっと僕の顔も同じくらい赤いだろう。もっと、かもしれないね。 「すまない、つい、嬉しくて」 うぅ、嬉しい。僕は、好きな女の子に抱き締められたんだ。本当はもっと肌で刹を感じていたかった。でも、恥かしさに負けた。 本当は、告白したい。でも、なんて言えば良いか分からない。どんな態度で、どんな言葉で、どんな顔で、それに、フラれたらこれから先、刹とどう接して良いか分からない。 僕は怖いんだ、今の二人の関係を壊してしまうのが。 でも、僕の刹に対するこの想い。それだけは、絶対なんだ。 たとえ世界が嘘偽りで塗り固められていたとしても、この想いだけは絶対に………僕の心の中に真実として存在している。 ねぇ、僕はどうすればいいの。問いかけても誰も答えてくれない、このもどかしさ。 ねぇ、どこに行けば答えは見つかるの。 ここに立っているだけじゃきっと、僕の想いは届かない。でも、行動するのが怖い。 誰も僕のことなんて何とも思っていないんだ。 そうだよ僕なんて、世界から見たらちっぽけで何一つ取り柄も無い、ただ生きているだけなんだ。 マイナス思考が容赦なく僕を攻め立てる。 それに耐え切れなかった僕の頬を涙が伝う。 悲しい、刹に伝えたい想いを、伝える事が出来ない事が。 悔しいそして腹立たしい、僕の心の弱さが。 「ヴォルト、俺に抱き締められたのが、そんなに……嫌………だった…………のか?」 僕が泣いているのを心配して刹が声を掛けてくれる。でも、刹自身も半泣きだった。 違うんだ、刹。そうじゃない、ただ、僕が勝手な想像で自分が惨めに思えてきて………それで。 感情と言う名の濁流に飲まれていく。悲しみは意思を持っているかのごとく、僕に絡みつき引き込もうとしてくる。 心と言う名の湖の中に沈められてしまった僕。もう息が出来ない。このまま、自分の感情に溺れて死ぬのかな。 「すまない、俺は………お前の気持ちも考えないで…………最低だよ」 刹も泣き出してしまった。しかし、この一言が僕の心の湖を蒸発させるのには、十分だった。 刹を泣かしたという事が、一時的に僕の心を鎮めたのだった。 違う、刹。僕は、勝手に自分で創り出した悲しみの濁流に流されて、それで……………刹のせいじゃないんだ。 寧ろ嬉しかったんだよ。でも、僕は自分の気持ちが溢れて来るのに耐え切れなかったんだ。 言葉を紡ぎ出そうとしても、嗚咽に阻まれて何一つ言えない。伝えられない。 『刹が悪いんじゃない』ただそれだけの言葉が言えない。たったそれだけなのに。 『刹を泣かしてしまった』と言う過ちが僕の心を試す。 もう、手遅れなの。 二人の関係はこのまま終わるの。 ねぇ、刹。キミは……………僕のことをどう思っているの。 教えてよ、僕は…………どうすればいいの? 蒸発した心と言う名の湖が、不安と後悔と絶望が入り混じった涙と言う名の雨になって降り注ぐ。 そして、僕の心を再び水浸しにしていく。 ---- 大雨の海と旱の大地の狭間で、二人のポケモンが対談している。 一人は、紅く凄まじい熱を放っている。 もう一人は、海の中にいて全身が見えないが、かなりの大きさで、碧い体をしている。 「なぜだ、コスモス様はなぜあいつらを野放しにしているのだ?&br; 我に任せれば、自然の猛威を用いて一網打尽にしてくれると言うのに」 紅い体のポケモンが、愚痴をこぼす。 「その手の攻撃方法はコスモス様が禁止されています、諦めなさい。&br; ちなみに、同じ理由でラミエル、シャルギエル、アラエル、ラジエル、ザキエル、そして私も出動許可を頂けませんよ」 紅いポケモンとは対照的な碧い体のポケモンが、紅いポケモンの愚痴を一蹴する。 「なぜだ、コスモス様はあいつ等を滅ぼそうとしているのではないのか?&br; だとしたら、森羅万象を統べる我らなら、一瞬で済むはずなのだが」 一蹴されても納得出来ない紅いポケモンが疑問を口にする。 「もしかしたら、本当の目的は他に目的があるのかもしれませんね」 「我らにも知らされていない目的……か」 「………すこし、考えてみますか?」 「良かろう」 「まず、私がコスモス様についてどれくらいのことを知っているかを御教え致しましょう」 「所詮、下らん内容なのだろう? さっさと言え」 「心外ですね。結構興味深いものもありましたよ。それは、自らを『神』と名乗った理由です」 「支配者らしいからじゃないのか?」 「当たらずしも遠からずと言ったところですね。&br; 理由は『神』その言葉の響きから一般民衆は救世主的なものを思い浮かべるでしょう?」 そこで一旦言葉を区切り相槌を待つ碧いポケモン。 「むぅ、確かに我も生まれてすぐは『神』と聞いて救世主や英雄を思い浮かべたな」 「そうでしょう? コスモス様の狙いはそこにあるのですよ。『神』と言う単語が、与える印象をうまく使っているのですよ。&br; 簡単に言うと一般民衆に先入観を与え支持者を増やそうとしているのです」 「つまり、民衆の心に付け込む為にそう名乗ったわけだな。だが、引っ掛かる所があるのだが」 「なんですか?」 「コスモス様本人は『神』と呼ばれる事を好いておらん様に思えるのだ」 「いい所に気がつきましたね。その通り、理由は知りませんが、コスモス様は神と呼ばれることを嫌っています。だから、私たち天使には、『総帥』と呼ばせているそうですよ。&br; ついでに言いますと、『様』を付けられるのも嫌っているようです。今後『コスモス総帥』又は『総帥』と呼んだ方が何かと無難だと思いますよ」 「それも解せんな。なぜ『総帥』なのだ? 他にも呼び様があると思うのだが」 「私たち天使も一種の軍隊のようですから、それを統一するコスモス様が『総帥』と名乗ってもなに一つとして可笑しくありませんよ」 「しかし、なぜお前はそんな事を知っているのだ?」 「直接本人に聞いたからですよ。至極簡単に答えてくれましたよ」 「他に何かお前が知っている事は無いのか?」 「おや、珍しいですね。貴方が知識欲に目覚めるなんて、明日はザキエルが暴れ出しそうで心配です」 「主の事は少しでも多く知っておいたほうが良いだろう」 「ま、いいです。他には特に目ぼしい情報がありませんね」 「大袈裟な事を言っておいて結局一つしか知らないのか? 期待させおって」 「では、早速まとめましょうか?」 紅いポケモンの批判を無視して話を進めていく碧いポケモン。 「まず、最初に魔王………総帥はヘルメスを魔王と呼ぶのも嫌っていましたね。言い改めまして、ヘルメスとの戦争。&br; これは、今後の方針が一致しなかったから起こったものですね」 「何を今更そんな事を、その位は我も知っている!」 「落ち着いて聞いてください。総帥はなぜ、全生物を管理したかったのでしょうか?」 「自分が支配者になりたかったからではないのか?」 「自分の主に対してよくそんなに、拙い発言を出来ますね、ま、聴かなかった事にしておきます。&br; これから話すことはあくまで私の考えです。本気にしないで下さいね」 「考えは事実ではない。そんな下らん事をするために我を呼んだのなら帰るぞ」 「待ってください、ある程度考えておく事によって、その時々の対応が早くなりますよ。考えないと言う事は愚の骨頂です」 「まぁ、いい。我は今退屈しているからな。お前のくだらない推理ごっこに付き合ってやろう」 「有り難う御座います。&br; では、早速質問させていただきますが、貴方も、第四ポイント((G社周辺の一帯))に落ちた巨大隕石――通称『メテオ1』の衝突は知っていますよね?」 「ああ」 馬鹿にしているのかと言いたげに答える紅いポケモン。 「では、『メテオ1』が衝突してからその周辺に現れた、赤い幻を知っていますか?」 「いや、それは初耳だが、何だ。それは」 「詳しい事は私も知りませんが、『メテオ1』の調査に向かったオファニエルが、接触したようです。&br; なんでも、ユラユラとメテオ1の周囲を徘徊して突然消えたそうですよ&br; 不思議ですね」 「妙な話だな」 「そうですね。まぁ、これは、ほんの雑談で意味は無いのですがね。『メテオ1』は他にも興味深い点がありますので、追々貴方に教えましょう。&br; ですが、くれぐれも内密にお願いしますよ。一般民衆に知れ渡ってはならない極秘事項ですので」 「関係の無い話を持ち込むな! &br; ………だが、興味というものは抑えられないからな、また機会を改めてその話を窺うとしよう」 紅いポケモンの周囲に水蒸気が上がる。 「殺気を放ちながら好奇心ですか? まったく、怒るか頼むか一つにして頂きたいですね。&br; 良いでしょう、いずれ教えますよ」 碧いポケモンはその熱気と殺気溢れる気配に圧倒される事も無く悠長に話し続ける。 「さて、では本題に移りましょう。っと、ここからが私の考えです。さっきのはただの情報です。&br; 総帥の持つ宝石――通称『未来への&ruby(シナリオ){脚本};』はご存知ですか?」 「また、雑談ではないのだろうな、一応知っている。実物を見たことはないが」 「大丈夫です、先ほども言いましたが雑談ではありません。&br; あの宝石を一度見せてもらったのですが、興味深いですよ。模様が時々変わるのです」 「迷信の類ではないのか?」 「私の話を聞いていましたか? 見たのは私ですよ。私も忙しいので意味の無い嘘を考えている時間はありませんよ」 「済まなかった。お前を信じよう」 「『信じる』いい言葉ですね。この話には続きがあります。&br; 私が、見せて貰った時に丁度宝石の模様が変わったのですよ。まあ、これは偶然の産物でしょう。私は運命や宿命などと言うものは信じないことにしているので、&br; そう思っているだけかも知れませんが。&br; っと、話がそれてしまいましたね。私はそれを総帥に告げました。正直怒られるかと怖かったですね」 「お前の気持ちなど知らん。まぁ、総帥に怒られるのを、想像すると怖くなるのは分らんでもないが」 「総帥は、宝石を見るなり『今すぐに私は世界をまとめなければならない』とか、言ってそのまま、考え事に心を奪われていきました」 「いつだ、お前が宝石を見せてもらったのは?」 「確か、ヘルメスとの意見がすれ違う前日でしたね」 「まて、最初に生まれたのは総帥とヘルメスだけではないのか? なぜ、お前がその時代に存在しているのだ?」 「そうですよ、最初に生まれたのはその二人です。ですが、一足遅れて、私、ラミエル、シャルギエル、ラジエル、ザキエル、アラエルの六人が生まれました。&br; そういえば、貴方が生まれたのは戦争終結後でしたね、嬉しかったですよ、私と対になる存在が生まれたときは」 「戦争が起こる前からお前は存在していたのか。しかし、古代の文献を読む限りでは、お前たちの存在は戦争終結後にだけしか、登場していないぞ」 紅いポケモンは後半部分を無視して疑問を口にする。 「簡単な話です。私たち六人はもともと、総帥を支持する者。神話に登場する英雄は一人でいいのです。&br; だから、あえて文献に戦争が終結した後に私たちが生まれたと言う事にしたのですよ。&br; まぁ、現在、それを知っているのは、私を含む六人と総帥、ヘルメス。そして御二人の御子息のクロノス様とカオス様の十人だけです。&br; 現時刻を持って貴方も仲間入りして十一人ですが」 「信じられん………ヘルメスと総帥が夫婦だったなんて、凄まじい規模の夫婦喧嘩だな」 「今言った内の誰かに聞いてみると真相が見えてきますよ。夫婦喧嘩ですか、確かにそうですね」 「お前は、もっと総帥のことを知っているのではないのか?&br; クロノスとカオスが総帥の子供、しかも、ヘルメスとのだと? その事を知っているのかあの二人は?」 「フフ、知っている事を教えないほど私は意地悪じゃありません。二人とも知っていますよ。先日、私が教えましたので」 「なぜ、教えた」 「実の母親と戦わせるのを止めたかったからですよ。あまりに不憫で…………」 「フッ、お前にもそのようなくだらない情があったとはな」 「若気の至りです。まぁ、悪魔関係の任務にお二人が就かれないのが、救いですね」 「総帥も、未だに割り切れていないようですよ。今でも、時折寝言でヘルメスを呼んでいますから」 「嫌々なのか? ヘルメスとの対立は。&br; しかしマルティエル、お前はどこからそのような情報を得てくるのだ?&br; とにかく、あまり総帥のプライベートに首を突っ込むものじゃないぞ」 都合が悪くなった碧いポケモン――マルティエルは、無視して話を進める。 「話を戻しましょう。あの宝石は、総帥が生まれたときに持っていたものだそうです。&br; しかし、その時に模様は無かった。総帥とヘルメスの二人が世界を創造して行くにつれて、模様は増えて行った。&br; そして、私が見せて頂いた時に全ての模様が変わった」 「そして、私が宝石の模様の件を伝えたところから全てが狂い始めました。当初は総帥もヘルメスと同様に全生物の幸福を望んでいたのです」 「総帥は一体、宝石の中に何を見たんだ? 理想は実現するまで諦めないしつこいお方だというのに」 「それも、聞いてみましたが、『今は言えない』っていわれましたよ。&br; あと、主を貶すのも程々にしておきなさい。裁かれても知りませんよ」 若干声のトーンが落ちたように聞こえた。 「そういえば、私が宝石を見せて頂いた時に『メテオ1』が落ちたのでしたね。&br; ついでに、ヘルメスは『希望の鍵』と呼ばれる宝石を持って生まれたそうです」 「私は恐らく、貴女の想像以上に今回の件の真相を見ています。そして、深く関与しているのでしょう」 「簡単に教えてはくれんのだろう? 我が使命は刃向かう愚者に静寂を与える事、総帥の目的なぞ、関係無い!」 「…………それでこそ、貴女ですよ。 ですが、彼らは、私たちが関る所では無いようですから、戦いを挑んでは駄目ですよ。 それはさておき、過去の戦争の原因はあの宝石にあると見て間違いないでしょう。さて、取り敢えず今回はこれでお終いとしましょう」 「そうだな、思っていたよりも面白かった。また、そのような考えが浮かんだなら呼んでくれ。&br; ところで、総帥とヘルメスにも産みの親がいるのだろうか?」 「その話は絶対に総帥の目の前でしてはいけませんよ。 聞くのならヘルメスに会いに行きなさい」 「反逆行為で処分されるのが目に見えているからな、遠慮しておく」 「もし、総帥の命令が納得出来ないものでしたら貴方はどうしますか?」 「決まっている、命令は放棄する。我は誰かに縛られるのは好まんのでな。&br; では、さらばだ。また会おう」 そういって、紅いポケモンはのしのしと歩いていき、やがて見えなくなった。 「…………総帥とヘルメス。二人のすれ違いは私のせいなのでしょうか、もしそうだとしたら、私はどうすればいいのでしょうね?&br; 違うという確証は持てていても、後味が悪いです。ヘルメス、貴女はなぜオブサーバーという立場を選んだのですか?&br; 貴方に少しでも決定権があったのならば、私たちは貴女に協力したというのに……止めましょう、今更こんな事を言っても言い訳に過ぎません。&br; それにしても、私とヒュプノス以外は、総帥に忠義を誓っていない事が確定してしまいましたね。&br; ま、その方が、私にとっても好都合です」 海が哀しむように荒れる。 「恐らく総帥の目的は…………と関係しているのでしょうね」 波の音で言葉の一部が欠落してしまった。 「スイエル、悪く思わないで下さいね。&br; 私は確信が持てないと喋れない性質ですので。&br; あと、私のようになってはいけませんよ。自分の意思を明白に持ち続けていてください」 どこか悲しげにマルティエルは静かに海の中に消えていった。 ---- 僕の心に降ってきた雨が再び溜まって湖になる。 息が出来ないほどに張り詰めたこの想いが、僕を押し潰そうとして来る。 足掻いても、心の問題だから何も解決しない。分っていても僕の体は自然に暴れ続ける。 僕の涙は枯れる事を知らない。流れゆく涙は、無限にあるかのような錯覚を受ける。 また、息が出来ていない。慌てて呼吸しようと試みるが、焦ってさらに呼吸しにくくなった。 僕は必死に息を吸い続ける。 「大丈夫か? 落ち着け、ゆっくり慎重に息を吐き出すんだ」 刹の声だ。優しくて少し低い、いつまでも聞いていたい僕の世界で一番好きな声。 酸素が足りないのにこれ以上息を吐いたら死んじゃう。でも、好きな人を信じられないなんて嫌だ。無理矢理にでも、息を吐き出そうとしてみる。呼吸を意識して………。駄目だ、吐き出せない。 「駄目か、仕方ない。ゴメン、ヴォルト。 また俺は、お前の気持ちも考えずに勝手な事をしなければならないようだ」 そう言うなり刹は僕の口を自分の口で塞いできた。キスなんだよね。嬉しいけど、息が苦しいときに口を塞がれたら余計に息が苦しく…………。 刹は、僕に口移しで空気を送ってくる。でも、違う。僕が欲しいのは二酸化炭素じゃない、酸素なんだ。 でも、抵抗する力も今の僕には無い。酸欠で今にも倒れそうだからだ。 …………あれ、何だか呼吸が落ち着いてきた。 刹は、僕の呼吸が安定したのを見るとキスを止めた。 「ゴメンなヴォルト、今はこうするしかなかったんだ。 お前が抱きつかれるだけでも嫌だって分っていたのに、俺はキスまでしてしまった。本当にゴメン」 真っ赤な顔の刹、その顔は涙で濡れていた。 僕のファーストキス、刹が貰ってくれた。嬉しさと恥かしさで顔が熱く火照る。 「でも、過呼吸((本来、このような状況で起こるのは過換気症候群ですが、刹はヴォルトが過呼吸に陥った原因を知らないために勘違いしています。&br; 決して過呼吸を作者が間違っているのではありません。))に陥っていたお前を助けるにはこれしか方法が無かったんだ。 本当は袋みたいなもので自分の息を吸わせて治すんだけど、 袋の持ち合わせは無かったから。俺が口移しで二酸化炭素を送るしかなかったんだ((血中の二酸化炭素濃度を上げれば治りますが、手を使えず鼻を塞げない刹がこの方法で過呼吸を直すのは難しいです。しかし、理論上不可能ではありません。&br; 乱暴な言い方ですが、とにかく二酸化炭素を吸わせればいいのです。))」 俯きながら、寂しげに言う刹。 そっか、過呼吸か。僕の望みを少しだけ叶えてくれた症状の名前は。 ここまで、女の子を悲しませておいて黙っているなんて男として情けないよね。 刹が僕のことをどう思っているかじゃない、大切なのは、僕の刹に対する想いの大きさなんだ。 勇気だ、ほんの少しでいい、刹に告白できるだけの勇気を僕に。 「その、僕は刹に抱きつかれたのが嫌で泣いたんじゃないんだ」 最初に誤解を解いて置かないと……取り敢えず、告白が成功しなくても、刹の笑顔が見たいから。 刹の顔が上を向く。その瞳には涙が滲んでいた。 不謹慎だと思うけど、泣いている刹も可愛い。 でも、泣き顔の刹は、もう二度と見たくない。 「本当!」 刹は、途端に表情を明るくさせる。やっぱり、刹は笑顔の方がいいや。 「ねえ刹、僕の気持ちが落ち着いたら、告白するから、その………返事を考えていてくれる?」 言えた、もう後には引き返せない。この先に待つのは天国か地獄か、二つに一つだね。 「えっ」 驚いたときの刹の声は女の子らしさが表れていてとても可愛らしい。 どうして、普段あんな口調なんだろうね。あの口調もひっくるめて僕は刹の事が好きだから良いけど。 刹の好きなところなら星の数ほどあるけど、いざ本人を目の前にすると言えないんだよね。 だから、僕の決心がつくまで、待っていて欲しい。我が儘なのは分っているけど、やっぱり、たった一度の告白なんだから格好良く決めたいよ。 僕、変わったな。昔だったら自己保身にだけ全力を尽くしていたのに、格好良さなんかにこだわるなんて思っても見なかった。 「………」 返事が無い。前にもこんな事があったような気がする。いつの事だったっけ。 「刹、どうしたの?」 「………」 どうしたんだろう。やっぱり僕のことが嫌いなのかな。 「………」 「………」 沈黙の時が流れ、気まずい雰囲気が僕を取り囲むように漂う。 やっぱり、言わなかったら良かったかな、と後悔し始めたとき、刹がぼそりと呟いた。 「今……………な」 刹が何かを言ったけど、肝心な部分が聞き取れなかった。 「今、なんて言ったの」 仕方が無いから、僕は聞き返す。 刹は、かなり紅く染まっている顔をさらに紅く染めた。 好きな人の考えている事すら分からないなんて、悔しい。でも、分からないものは分からない。 「いや、だから、……………な」 ゴメン、全然分からない。 僕が困った顔をしたからだろうか、刹は目を閉じて大声で叫ぶ。 「今、聞きたいな、お前の想い」 刹はようやく意味の通じる言葉で話してくれた。 「でも、まだ、完全に整理できていないんだ。もう少し、まとめるから待ってて」 僕には今、想いを打ち明けられる程の安定した精神が無い。 好きな人に抱きつかれて、おまけにキスまでされて………そりゃ、キスは好きとかそういう感情でのものじゃなかったけど。僕の精神を有頂天にするのにはそれでも十分だった。 「俺が聞きたいのは長ったらしい告白の言葉じゃない!」 一旦言葉を区切る刹。大きく息を吸って続きを言い始める。 「俺が聞きたいのは、どんなに不恰好でも、まとまっていなくても、一切編集されていない純粋なお前の想いだけだ。 どんなに格好いい言葉で告白されても、素直な本当の気持ちに勝てるわけが無いだろう。 だから、今聞かせてくれよ、お前の告白を」 この一言が激しく僕の心を打った。でも、自信が無いよ。 「ほら、どうせ告白するって宣言したんだ。 いつかは絶対に言わなきゃ駄目なんだからさ、勇気を出して。 それとも、告白してくれないのか? 俺が生きて行くほどに見えなくなって行った、素直な本当の気持ちを聞かせてくれ」 今の僕にそんな言葉を投げ掛けられたら、黙っていられないよ。 それに、告白するんだったらいつしたって一緒だよね。どうせ、まとめても、刹を前にして堂々と言える自信も無いし。 「分った。凄く恥かしいから、一回しか言わないよ。よく聞いていてね」 僕は大きく息を吸い込む。刹が安定させてくれた呼吸の連鎖。僕が息をしている限り、刹を感じていられる。 「僕は、その、えっと………」 口篭ってしまった。勇気を出すんだ。 「ほら、自信を持って、な?」 「刹、君の事が好きだ。だから、その………僕と付き合ってくれないかな。 あっ、今回は戦闘訓練じゃないよ、その、彼女………としてなんだけど。やっぱり、嫌………かな?」 これって告白だよね、ちゃんと告白であっているんだよね。 「嫌いな人の命の危機でも、ファーストキスはあげないと思うぜ」 これって、OKって事だよね。 でも、一応確認しておこう。僕のことが『嫌い』じゃなくて、『普通』なのかもしれないから。 「えっと、OKって事だよね?」 「もちろん! 気付いてなかったのかも知れないけど、かなり前からアプローチをしていたんだぜ」 良かった、ふられた時の事を考えられていないまま告白しちゃったから、この後が怖くて仕方なかった。 僕は緊張の糸が切れてその場に座り込む。 「ほら、ちゃんと立って」 刹の笑顔が眩しく輝く。僕はこの笑顔が見れるのなら、どんな苦労も惜しまないと誓う。 「改めて、これから宜しくね、刹」 「宜しく」 「僕は少しでも刹の理想のタイプに近づけるように頑張るから」 このままで良い訳が無い。変わって行かなくちゃ、僕は、強くなる。 『なりたい』じゃない『なるんだ』そのためにも、小さな事で泣いてちゃ駄目だね。 愛し合える人が居れば、戦う事は出来るからね。 「俺は背伸びしていない&ruby(ありのまま){等身大};((背伸びをしていないという意味での発言なので、『等身大』を無理矢理『ありのまま』と読ませました。&br; 決してそんな読み方があると作者が勘違いしているわけではありません))のヴォルトの方が好きだと思うぜ」 「僕だって、本当の刹が一番好きだよ」 「じゃ、お互い本当の自分でいようぜ」 「だが、浮気したらどうなるか、分かっているよな? 俺の愛の深さを知って貰う為に一日を使うぜ」 脅しは怖いけど、大丈夫だ。 「刹、大丈夫だよ。僕は、一度に何人も好きになれるほど、器用じゃないから」 浮気なんてする訳無いよ。僕から告白したんだからさ。 再び抱き合う僕と刹、今度は一方的にじゃ無い。 お互いに相手の存在を求め合っての行動だったと思う。少なくとも、僕は。 僕の五感を通して伝わってくる刹の全てを忘れない様にと、僕は息を止めた。 全ての神経で刹を感じていたいから。 『あ~あ、御馳走様でした』 あ、嫌な予感。 『アツいね、二人とも~』 陰からゼロとロードが出てきた。 嗚呼、やっぱりね。 ゼロの声がした時に、ロードが居る事は予想が出来た。だって、あの二人結構、仲が良いもん。 「すっごいね~ゼロ、予想通りの展開じゃん☆」 ………………最初から見られていた。途中からかと思ったんだけど。 僕の恥かしいシーンが、筒抜けになっているなんて…………最悪だ。 しかも、ゼロみたいな人は、悪意ある暴露をするし、ロードみたいな人は、悪意無き暴露をするし…………悪意がない分、ロードタイプの方が、圧倒的に質が悪いね。 「だろ? こういう話は、見ていて飽きんからな。しっかしお前たち、どれだけベタ((あり得ない位にありがちな展開ですね。すいませんm(-_-)m))な展開なんだ? 少しは、視聴者を楽しませようとするサービス精神を…………」 告白するだけでも、一杯一杯なんだから、そんなサービス精神を出している余裕なんてあるわけ無いじゃないか。 それに、二人が見ている事なんて知らなかったのに、誰に対してサービス精神を持てばいいのさ。 「五月蝿い! この盗聴魔共が!」 僕に抱きついていた刹が、突然、僕を放してロードとゼロを追いかける。 でも、的を一つに絞れていない刹は、肝心な所で片方に気を取られて逃がしてしまう。 そして、捕まえられない事にイラついてさらに速度を上げて追いかけ続ける。 それでこそ、刹だよ。 『皆様~大変長らくお待たせいたしました。現時刻を持って、パーティの開催を宣言します!』 カオスさんが大声で呼ぶというよりは叫ぶに近い。 この一言がみんなの動きをピタリと止めた。 丁寧な口調のカオスさんはなんだか、イメージが狂うや。 口調に慣れると結構、格好良い人なのかも、どこまでも素直で真っ直ぐな瞳とかね。 「行こう、刹」 「楽しみだな」 僕達は、肩を並べて歩き出す。 「フン、俺はどこかの馬鹿カップルのせいで腹が一杯だぜ」 「うん、僕もお腹一杯だよ」 多分嫌味なんだろうけど、それでも、祝福の言葉に聞こえるのは、僕だけかな。 だって、刹と僕が公認のカップルになったってことでしょ。だったら、やっぱり嬉しいな。 見上げた心と言う大空が青く澄み切っていく。前を向いて生きることを決めた。 晴れ晴れとした心持ちでパーティ会場へと向かう僕。 いつもの経験に足を取られて、ありもしない壁を作っていた。 その壁は少しずつ取り払われて行く。作った僕自身の手によって……… 自分を保護するために作った壁はもう必要ないから。 ---- 僕達がカオスさんのところに戻る途中、レオが迎えに来てくれた。 「ヴォルトさん、それに皆さんもこっちです。後に続いてください」 レオはスタスタと歩き始める。 歩幅の問題もあってかなりゆっくりな気がする。 会場の入り口前で、カオスさんがコックの姿で出迎えてくれた。 パルキア用の服ってあるんだね、驚いたよ。後で聞いてみたら、自分で作ったそうだ。 カオスさんって、意外と家庭的な人なのかな。 「おお、来たか。 んんっ、ヴォルトそれに刹元準隊長も、お前たち随分と晴れ晴れとした顔をしているじゃないか。何か良い事でもあったのか?」 どうしてそんなに速く、人の表情の変化に気が付くんだろう。 「おお、やっぱりお前は人を良く見ているな。俺とヴォルトは今日、恋人同士になったんだ」 刹が代表して答えると、カオスさんは、わざとらしいほど大袈裟なリアクションをした。 いまどき、演劇でもそんなリアクションはしないよ。 「複雑な心境だぜ、俺も元準隊長を狙っていたんだけどな~。 ま、このカップリングの方が似合っているか、おめでとう!」 そうなんだ、諦めてくれて良かった。カオスさんを相手にしたら、勝てる気がしないよ。 「おじさんは私と結婚するんでしょ?」 レオが不平そうに言う。微笑ましい光景だね。 ゼロが厭らしく、にやけている。実年齢は僕達よりも若いそうだけど、この中で一番、オジサン化が進んでいるよね。カオスさんは、おじさんと言うよりは、青年って感じだよね。実年齢は知らないけど。 「ほら、世界にはおじさんより良い男の人がいっぱい居るからな~。 でも、天使部隊には、スタイルが良い人が居ても、人間性のいい人が居ないんだよな~」 照れながら、言うカオスさん。 人間性のいい人が居ないってカオスさん以上の人がいるの、天使の中には。まったく、本当に世界は広いよ。 「ちょっと~退いてよ、見えないじゃない」 ロードがピョンピョン飛び跳ねながら言うから、変な風に聞こえた。 「カオス、退いてやれ。こいつは怒ると何をするかわからないぞ」 刹が笑いながら言うのに、ロードが反応する。 「酷い言い様だね。でも、刹だって男って言われたら、可哀相な犠牲者が出ちゃうじゃん」 後半部分でゼロが反応する。あんまり、悪ノリしないほうが身のためだよ、ゼロ。 「ああ、全くだ。この鬼女といったら恐ろしい事この上ない。 ヴォルト、お前も彼女を選ぶのなら慎重に択ばないと…………いや、何でもない。忘れてくれ」 余計なお世話だよ。僕だって自分の彼女は慎重に選んだつもりさ。 刹がにやりと恐ろしい笑みを浮かべる。 刹は確かに男らしいけど、そこがチャームポイントでもあるんだよね。 「そうは問屋が卸さないってな~、年貢の納め時だぜ、ゼロ!」 ゆっくりと刹がゼロに迫る。頭の刃が光り輝く。 「ちょ、待て。落ち着け、話せば分るって、生物は手を取り合って生きていか……」 「問答無用! 生物は手を取り合ってなんてほざいても、お前殺し屋なんだから、説得力が皆無なんだよ!」 「違う! 俺は便利屋であって殺し屋ではない! それは、殺しの依頼を受けるときもあるが……すいませんでした」 ゼロが頭を下げて謝罪する。勝てないって分かっていて、戦いを挑むほどの馬鹿ではないようだね。 「よろしい、今回滅ぶのはお前じゃない、お前だっ!」 刹はゼロの方を向いて頭を振ると見せかけて、ロードへと振り向きざまにかまいたちを放つ。 刃から放たれる真空の鎌がロードに襲い掛かる。 ロードはそれをあっさりと避ける。 「エッヘン! どんなもんだい、刹は単純だから、僕の方に振り返る前に一瞬体が傾くんだよ。 お返しだよ! 怪しい光~」 ロードの体にある黄金の輪が、不規則に点滅する。 「ふぇっ! &ruby(ヴォルト、大好きだよ~){ふぉると、らいすきらよ~};」 刹が僕に擦り寄って来る。呂律が回っていない所を見ると、ばっちり混乱しているようだ。 僕は、丁度何を逃れたゼロの様子を観察していたから光を見ていない。 「ちょっ、刹! 落ち着いてよ。ほらしっかりしてよ」 刹が可愛すぎて、僕は気が動転している。 取り敢えず、恥かしいから刹から離れようと試みる。 ロードが僕を見てくる。 なぜだか、その場から動けなくなった。別にロードに惚れたとかそう言うのじゃないよ。 「折角いいムードなんだから、逃げちゃ駄目だよ~」 ………やられた。黒い眼差しだ。そういえば、僕達が旅立つ日にも使っていたね。 「ファァ~、僕眠くなってきたよ~」 今度は欠伸か、まったく、変なところで技を使ってくるね。 などと考えていると、回りの景色が反転して、落ち着いてから、前を見ると、刹の顔が目の前に迫っていた。 刹が僕に倒れこんできたのを考えると、技の対象は刹だったようだね。 「スゥスゥ………」 安らかな寝顔で寝ている刹の鼓動を感じる。絶対的な安心感を僕に与えてくれる。 無防備な刹の寝姿は、女の子らしくて、男らしさが全く無い。 という事は、意識的に男っぽく見せていたのかな。 でも、それだと男だって間違えられた時の反応が説明できないし、なんなんだろうね。 考えられるのは、幼い日々の人格形成期間に異常があったって事ぐらいかな。 頼もしいから、いいんだけどね。 「う~ん、ヴォルト~、ロード! テメェだけは絶対に許さねぇ!…………」 寝言か、僕の名前を呼んだ後にロードに対する怒りを爆発させるって……どんな夢なの。 ロードは何事も無かったかのようにパーティ会場を覗いている。 「うわっ! すごく豪華だよ!」 ロードの言葉に反応してゼロも覗きにいく。 ゼロはオジサンだけど、ロードは同級生の恋愛模様に興味があるって感じだよね。雰囲気と口調のせいかな。 この二人は仲が良いよね。気が合うからかな。 「元準隊長、寝ちまったな、どうしよう、レオ?」 カオスさん、人に頼るのも程々にしておいたほうが良いと思うよ。 「う~ん、起こしちゃうのは可哀相ですし。 かと言って、勝手にパーティを始めれば怒るのは目に見えていますね。 ここは、最愛の彼氏であるヴォルトさんにお願いして起こして貰いましょう」 カオスさん、レオを少し見習ったらどう。 取り敢えず、ちゃんと状況分析出来るようになろう。 でも、ちょっと待ってよ。僕が起こすの。僕は、もう少し刹の寝顔を見ていたい気もする。 でも、僕も会場見たいし、刹を地面に放り出していくのもアレだからね………仕方ない、起こそう。 「刹起きて、朝だよ&size(1){夜だけど};」 僕は刹を優しく揺さぶる。起こすときの常套語って奴だね、朝だよ、は。 「うぅん、もう少しだけ……あと五時間ぐらいだけ」 五時間ってどこが少しなんだろう。人それぞれの概念の違いって奴かな。 何人くらいが五時間を少しって言うだろうね。 「パーティ始まっちゃうよ」 もう一度さっきより少し強く刹を揺すぶってみる。 「うぅ、ヴォルトがキスしてくれたら起きるかも」 恥かしいよ、刹。でも、僕と刹はカップルなんだから、キスしたって可笑しくは無いよね。 僕だって男だ。頑張ってみよう。 恥かしいから、目を閉じて刹の唇に僕の唇を近づける。 二つの唇の接触、これで二度目か。最初は刹から、今回は僕から。 一瞬だけの接触。キスをしたことにはした。 「えっ、これだけ? そんなのって酷くない?」 それだけ言って刹は再び眠りに引き込まれて行った。 まだ、混乱が続いているのかな。いつもと雰囲気が違うけど、どうしよう。 っていうか、約束が違うよ。キスしたら起きるって言ったじゃないか。 「刹、酷いよ! キスしたら起きるって言ったじゃないか」 僕が、若干強く刹を揺すりながら、駄々をこねる子供みたいな声で言う。 「『起きるかも』って言ったけど『起きる』なんて断言していな…………」 言葉の途中で再び眠りに堕ちる刹。一回起こされたら、頑張っても寝られない気がするんだけど。人それぞれだね。とにかく、降りてよ。 「よし、僕に任せて、すぐに起こして見せるよ♪」 ロードが名乗り上げる。刹の下敷きになっている僕には、どうしようもない。 「あっ、いいよ。退かなくて」 ロードは不敵に笑いながら僕に近づいてきた。 「ねぇ、ヴォルト~僕と楽しい事をしない? 僕もヴォルトの事が好きなんだ~ お寝坊さんなんて放って置いてさ」 可愛い。でも、僕は、僕は…………刹が。 ロードが僕に体を擦り付けてくる。と、言うよりは、頬擦りに近いかな。 頭の中がロードで一杯になる。 あぁ、誘惑とメロメロだね。僕の理性が消え失せかけた時に頭を過ぎる一つの答え。 つまり、僕のこの感情は造り替えられた嘘偽りに過ぎないんだ。 危ないところで僕は、理性を取り戻した。 「ヴォルトに色目を使うんじゃない! ヴォルト、お前も言っている傍から浮気を…………俺は悲しいぞ!」 刹が跳ね起きて怒鳴る。凄い、本当に起きた。 でも、僕は無実だって。危なかった事は確かだけど、ちゃんと理性を保っていたよ。 「冗談だよ。そうでもしなきゃ起きないでしょ? それに、ヴォルト君は、相手にしてくれなかったよ」 ロードって結構、頭いいのかな。まったく、変な所でばっかり機転を利かすんだから質が悪いよ。刹はロードの『相手にしてくれなかった』で怒りを鎮めてくれた様だ。刹以外の女の子と話す時には細心の注意が必要だ。と肝に銘じて置く。 「よし、ナイスだ、ロード。早速パーティを始めようぜ!」 はぁ、結局パーティが始まるまでに中の様子を確認できなかった。 ま、いいや。楽しみは後まで取っておいても損は無いからね。 会場に入っていくみんなの後に僕が続く。 パーティはどんな感じなのかな、楽しみだよ。 ---- 方言の意味が理解出来ない方はお手数ですが、方言の入っているセリフの上の行をドラッグして下さい。出来る限りの範囲で共通語に直したものが表示されます。 ただし、翻訳された言葉では、性格がかなり変わってしまう恐れがある事を御了承下さい。 また、『ウチ』については一人称という事で勘弁してください。m(‐_‐)m ---- 「うわぁ」 無意識の内に歓声が漏れる。それほどまでに豪華だった。 シャンデリアのある、テレビとかで出てくるパーティ会場そのものだった。 料理もとっても豪勢で美味しそうだ。でも、六人で食べきれるのかな? 「本当にG社の一室なのか? 信じられん。あの悪趣味な建物に、ここまで健全なパーティ施設があるとは」 ゼロがかなり驚いた口調で言う。さっきも見たんじゃないの。 「ここは、G社じゃないからな~。俺がG社と、この空間を交換して持ってきたわけだ」 良いのかな、そんな事をして。管理している人が見たらビックリすると思うんだけど。 「言っておくけど、ちゃんと予約しておいたからこの会場の管理人は知っているぞ」 カオスさんが僕の心を読んだのかと思うようなタイミングで説明してくる。 って、いうより、絶対に読まれたよね、今のは。 僕は、カオスさんに未知の恐怖を感じる。笑いながら、自然の理に反した事を、軽々と遣って退けそうな感じだ。なんていうか、この人に常識は通用しないって感じさせる雰囲気があるんだ。 「んで、料理は俺とレオが、今作ったって訳だ」 信じられないよ。カオスさんがこんなに上手に料理が出来るなんて、見た目だけなんて事は無いよね。きっと、レオが作ったんだよ、大半を。 「よっしゃ、パーティ開始だ、大いに騒げ」 『オー!』と、みんなが口を揃えて言おうとした時、大地が震撼するかと思うほどの大声が、響き渡る。 &size(30){「待て!」}; 突然の出来事に、カオスさん以外のみんなが、目を白黒させている。声の主はカオスさんじゃない。もっと、心が震わされるような声で、何と言うか、気合の抜けて、ただ大きいだけのカオスさんの声とは、大きさの質が全然違う。 「げっ、この声は………拙い! 逃げるぞ」 サッパリわかんないけど、声の質からして、怖そうな人が居る事は確かだ。 「時間を制御出来るこの俺から逃げられると思うなよ、戯け者が」 カオスさんを平気で馬鹿にするって言う事は、カオスさんより強いんだろうね。ま、馬鹿にされた程度じゃ、怒らないだろうから、それを知っている人って言う可能性もあるね。 「やっぱ、ムリ?」 カオスさんは元から逃げれないことが分っていたようだね。 「まったく、貴様がパルキアのイメージを悪くしていくから、俺が頑張らなければならないのだぞ。 もっと、父上の息子だという自覚を持て」 胸に巨大な碧い宝石をつけているポケモン――ディアルガが、突然カオスさんの目の前に現れた。 時間を止めて、ここに来たのだろうけど、わざわざ時間を止める必要性が分からない。 それはさておき、やっぱりカオスさんのせいで、パルキアのイメージが壊れているんだね。 「うおっ、出たー!」 思い切り尻餅をつくカオスさん。地面が揺れているけど、大丈夫かな。 「黙らんか! この大馬鹿者が!」 ディアルガが、カオスさんを一喝する。 当のカオスさんは、肩を竦めるだけで、僕の心への被害の方が大きかった。 鼓動が、激しい運動を行った後のように速くなって、しばらく収まらない。 「そりゃ目の前に突然巨大な化け物が現れたら、驚かずにはいられないって」 カオスさんは立ち上がりながらぼやく。 ディアルガは、怒りのあまり震えている。 また、大声が来ると思って、身構える。折角戻った鼓動のリズムをまた崩されたのでは堪らないからね。 「化け物だと! それが兄に対して投げ掛けるべき言葉か! 大体貴様はもっと、誇りというものをだな…………」 説教を続けるディアルガと、耳を塞いで嫌々をするみたいに、頭を左右に振り続けるカオスさん。 はぁ、なんだか、日常茶飯事のようだね。 「とにかくだ、ここにいるのは反逆者なのだ! 行くぞ」 戦うのは、嫌だよ。カオスさんだけでもきついのに、ディアルガまでいるなんて、勝てるわけないよ。 「クロノス((Χρόνοςであって、間違ってもΚρόνοςでは無い。よって、農耕の神では無く、時の神から名前を取っています。))準隊長殿! 俺達の任務はあいつ等の討伐では無いよ。 確かにあの時まではそうだった、けど、あいつ等のことはもう、俺達の管轄外になったでしょう?」 あの時って何。カオスさんとは少なくとも戦わなくてもいいんだよね、話の流れからすると。 ていうか、その喋り方何なの、物凄く違和感があるんだけど。 「確かに、任務の管轄外ではあるが、報告はしなければならないだろう? ま、礼儀であって、義務ではないな。 だが、軍人である以上、主に害を為す者を始末するのは当然の事。違うか? それから、俺達は兄弟なのだ、プライベートでは、上官としてでなく、兄として接してくれと何度言ったら理解するのだ?」 クロノスさんとは、戦わなければいけないのかな。カオスさんとは、戦わなくても良さそうだけど、この人と戦うときに加勢を期待するのは無理そうだね。 兄弟で戦って欲しくも無いし。 「ま、パーティを楽しみましょうよ。ジュース飲みますか? 兄貴。 それに、母さんとの、夫婦喧嘩まで、俺達兄弟に首を突っ込まれていては、息苦しいだろうよ。 俺達は、悪魔関係以外の任務を受け持てば良いさ。 父さんもそれで許してくれただろう?」 クロノスさんの機嫌をとりつつ話題を変えていくカオスさん。良くこのタイミングでそんなセリフが言えるよね。お酒の方がこの人にはいいと思うんだけど。そして、重要なことを僕と出会ってから、結構な量、言っているよね。 話の流れから察するに、魔王って呼ばれている人は、カオスさんとクロノスさんの、母親って事だよね。そして、僕達の倒すべき敵、神の子供。僕達が、神と戦う時が来れば、この二人は敵になるのか。そして、僕達の敵と、指導者は夫婦関係。 笑い事じゃないけど、仄々しているよね。 「むっ、ジュースがあるのか? では、参加させてもらおうか。 今回はお前の言う事にも、一理ある。 夫婦喧嘩を一々子供が介入している様では、親として、示しが付かないからな」 嘘でしょ、まさかのジュース派なの。 夫婦喧嘩か、僕も刹と結婚したら、するのかな。 ま、刹に喧嘩を挑むような度胸は僕に無いか。って、違う。僕の目的は、刹を守れるような実力を身に付けることで、決して、そんな疚しい事を考えている場合じゃなくて、とにかく、今は僕自身を磨く時間なんだから。 &color(#ffffff){「ウチらも参加する~」}; 「ウチらも参加や~」 「はい、師匠!」 「私は寝かして下さい」 あ、この声は、彼女達だよね。 現れたのは、生命の源となった心の創造者として、神話に現れた。 ユクシー、アグノム、エムリットだった。 仮面とマントを外した様だね。 なんで、伝説にしか登場しない彼女達がここにいて、芸人紛いの事をしているんだろう。 「OK! 楽しもうぜ、御三方、って大丈夫か、黄色い奴。随分傷だらけじゃないか」 はぁ、やっぱりOKしちゃうんだね、怒らすと怖いからその方が良いのかも知れないけど。 「はぁ、ちょっと私はリタイアさせて下さい。もう、寝ます」 黄色いポケモン――ユクシーが疲労困憊した様子で言う。 傷だらけだから、ソフィアさんだ。 &color(#ffffff){「駄目。チーム&ruby(通り雨){スコール};は世界一のお祭り乙女(?)の集まりだから。&br; パーティなんて言う一大イベントに呼ばれておいて、寝たいとはどう言う事だ? いい度胸をしているな」}; 「アカン。チーム&ruby(スコール){通り雨};は世界一のお祭り乙女(?)の集まりなんや。 パーティなんて一大イベントに呼ばれておいて、寝たいやて? ええ度胸してるやないかい」 桃色のポケモン――エムリットが言う。喋り方的に、この人がファヌエルさんだね。 そして残った青色のポケモン――アグノムが、必然的にタブリスさんとなる。 「そうだぞ、師匠が言っているんだから、従わなければいけないんだよ」 タブリスさんがソフィアさんに追い討ちをかける。 なんか、自由奔放って感じだな。 「ヌカせぇ、テメェの突っ込みが下手だから俺がこんな目に遭ってんだろうが!」 疲労困憊していたソフィアさんの顔が瞬時に、凶悪なものに変化する。 正直、クロノスさんの大声以上に迫力があり、ゼロの変な顔の何倍もの怖さと不気味さがある。 『ヒッ!』 僕とタブリスさんが同時に叫ぶ。 ファヌエルさんは動じる事も無く、にこやかに笑っている。どういう神経をしているんだろう。 「あれっ、私は一体何を? どうしました。タブリスともう一人……えっと、私の知り合いですか?」 急な変化がもっと怖い。二重人格なのかな。私の知り合いですかって普通聞くかな。 &color(#ffffff){「なにもしてない。さっさとパーティを始めよう」}; 「なんもしてへん。そんな事より、早くパーティしょうや」 「パーティですか? 楽しみですね。早く始めましょう」 楽しみを爆発させたような声で、返事をする。表情も、穏やかで、先ほどまでの形相と正反対だ。いったい、どういうこと。 僕の脳内が&ruby(?){クエスチョンマーク};で埋め尽くされる。 ファヌエルさんに聞くと、あの、怒りを爆発させた叫びと共に、『疲れとその前後の記憶』を吐き出しているそうだ。疲れや、マイナス思念((所謂ストレスなどの事))、傷が多く蓄積している程に、失う記憶が増えて、性格もより凶悪なものになるそうだ。 普通の人はそんな事出来ないよね。再生力の高さは、一級品な気がするけど、一々怒鳴りつけられたんじゃ、堪ったものじゃないよ。 ただ、ファヌエルさんは、鬼ではない事が分かった。ソフィアさんや、タブリスさんを見る眼差しには、確実に優しさを感じる。 「じゃあ飲み物の用意を。ジュースとお酒があるけど、どっちにする」 カオスさんが声を張り上げて言う。これ以上大声を上げないで欲しい。耳の細胞がより多く死滅している気がしてならない。 「ジュースだ」 「僕も」 「俺も」 「ウチらも」 クロノスさんとロードとゼロが返事をする。 そして、代表してファヌエルが答える。 僕もジュースにしようかな、お酒って辛いし。 「俺とヴォルトは酒な~」 待ってよ、刹。僕そんな事は一言も………一気に飲み干してジュースを貰おう。 「私もお酒がいい」 レオが手を挙げながら言う。 意外だね、レオはお酒が飲めるんだ。 「三人で飲み比べだ!」 「自信が無いですけど、頑張って見ます」 僕に勝ち目は無いね。 「よっしゃ! ちょっと待っていろ。すぐに入れてくる」 カオスさんがドタドタと駆けて行く。 「はい、お待たせ」 カオスさんが机ごと空間移動で持ってきたのを、一人ずつ丁寧に配っていく。 「コップを持った集団がすることは唯一つ! せーの」 『乾杯!』 全員が大声で言う。 何だか、これだけでも楽しいね。みんなで同じ事をするなんてこと、今まで無かったからかな。 ---- パーティが始まって驚いたのは、カオスさんの料理が途轍もなく美味しい事だった。 こう言ったら悪いけど大雑把な人って、料理下手じゃない。 ここ最近の間、常識が打ち破られっ放しだよ。 ゲシュタルト崩壊って言うんだったっけ、は起こさないけど。 「さてと、一通り料理も食ったし、飲み比べ対決スタート! ととっ、ルールは酔い潰れたら失格、負けた人は勝った人の言う事を一つ聞かなければならない。 二位の人はビリの人にいう事を聞いてもらえる。ビリ損タイプでいいな?」 刹が言う。出来れば二人でやってよ。僕に勝ち目は無いんだからさ。 『僕損タイプ』だね、と心の中で訂正する。 刹が最初に酒を飲み干す。続いて僕が飲み干して、最後にレオが飲み干した。 もうこの時点で僕は半分以上酔っている。 「次!」 三人のグラスにお酒が注がれる。 ジュースに変えさせてもらえなかった。 「次!」 もう、無理。 でも、容赦なく注がれるお酒。 酔い潰れるまでリタイア出来ないんだってさ。 「次下さい!」 徐々にレオがペースを上げていく。 僕はもう、立っているだけで精一杯。 でも、呂律がしっかりしているという''理由のようなこじつけ''でリタイアさせてもらえない。 「次ぎ下さい!」 ・(早いって)「よく飲めるな」とゼロが呟く。 ・(嘘でしょ?)「レオ! 頑張れ!」とカオスさんが応援する。 ・(待ってよ!)「兄ちゃん遅れてんで~」とファヌエルさんが僕に注意する。 ・(二人ともなんでそんなに飲めるの?)「うわぁ~、そんなにお酒ばっかり飲むと、太るよ」とロードが小声で言う。 ・(~♪)「ヴォルトさん、大丈夫ですか?」とソフィアさんが聞いてくる。 ・(あれっ?)「ドクターストップだな」と言ってゼロが僕を引き摺り出す。 僕は、とうとうリタイアした。 あれ以上飲んだら体が持たないって。 「取り敢えず、ビリは免れましたね。ヴォルトさんには、何をして貰いましょうか? 次ぎ下さい!」 はぁ、心の準備が出来ていたからいいや。でも、あんまり変な要望だと応えられないよ。 ・(うわ、速っ!) ・(もう驚かないよ) ・(一体あの小さな体のどこにあれだけのお酒が入るの?) ・(刹、足が震えているよ) ・(レオ、ドンドンペースが上がって行くね) ・(リタイアしてよかった) ・(刹、顔が真っ赤だよ) ・(それはそれで可愛いね) ・(あれ、なんか途中で思考が変に……) 凄い、いつまで飲む気なの。 二人とも凄い勢いで酒を流し込む。 おかわりする回数を数えてみる。 刹二十八回。レオ三十五回。 随分差を付けられているね。頑張れ、刹。………体を壊さない程度に、ね。 レオはまだまだ余裕そうだけど、刹はもうキツそうだね。 あっ、レオが五十回目のおかわりだ。 刹は、もう無理そうだね。だいぶふらついている。 「ヴォルト~♪ あれ、なんでマネするの~?」 鏡に映る刹の姿を僕と勘違いして話し掛ける刹。 「刹、僕はこっちだよ」 声を掛けると、刹はこっちに駆けて来た。 僕が首を傾げていると、刹は突然顔を近づけてきた。 「えっと、何?」 「その唇、貰った!」 一瞬何が起こったのかが理解出来なかった。気付いたときにはもう、僕は奇麗に磨かれた床の上に倒れこんでいた。 目を白黒させながら、僕の上に乗っている刹を見る、途端に状況が理解できた。 理解できたら、恥しくなって来た。 「むぐぐっ!」 僕の力じゃ刹の下敷きになっている状態から抜け出せない。 しばらく、暴れていると急に刹の体から力が抜けた。 刹の頭が力無く垂れ下がる。 塞がれていた口が解放された。 「スゥ………」 耳元で微かに寝息が聞こえる。 重いよ。みんな見ていないで助けてよ。 刹は相当酔っ払っていたのか、体温が異様に高い。 「私の勝ちですね、さてと、御二人に何をお願いしましょうか?」 レオは足取りも確りしていて、呂律も確りしている。 取り敢えず僕が暴れているのが見えているんだったら助けてよ。 後で酔いが廻るタイプなのかな。 それにしても、レオは僕達に何を頼む心算なんだろう。 そう言えば、クロノスさんとタブリスさんの姿が無いね、どうしたんだろう。 周囲を出来る範囲で見渡してみるけど、刹が上に乗っていて思うように首が動かない。 「ちょっと助けてよ~!」 我慢し切れなくなって叫ぶ、その声に反応して刹の体がビクリと震えて、目を覚ました。 「えっと、何で俺の下で寝ているんだ、ヴォルト?」 立ち上がりながら聞いてくる刹。刹から解放された僕も続いて立ち上がる。 何て説明するべきなのかな。酔いは醒めている様だし。 カオスさんじゃないけど他人に頼りたくなるね。 「んっ! そりゃ、アレだ、刹に欲情したって奴だな」 ゼロが適当な事を言う。厭らしい顔つきをしているから、何か変態的な意味なのだろうけど、意味を知らない言葉を使われても通じる訳が無い。 「浴場? 俺は風呂場なんかじゃない」 刹は、僕に対して怒鳴って来るけど、そんな事は知っているし、そんな勘違いもしていない。 「いや、その浴場じゃない。欲情は、つまりアレをしたくなったってことだ」 僕の脳内でクエスチョンマークの細胞分裂現象が発生する。 脳内辞書が僕の中で増殖を始めたクエスチョンマークを駆逐しようと頑張るが、今回のクエスチョンマークは手強かった。 アレって何。『浴場』、『翼状』どっちが正しいの。 頭に廻る大量の『ヨクジョウ』はカタカナや平仮名で、決して漢字に変換される事はない。 「そう、考え込みなさんな。知らない言葉を脳内で幾ら反芻させた所で答えは出て来んぞ」 造語なのかな、それとも僕の語彙に問題があるの。 う~ん、分かんない。 「刹、言葉の意味分かった?」 僕は隣に立っている刹に聞いてみると、若干慌てた口調で、『へっ? 常識だろ』って言われた。 常識なんだ………僕って世間知らずなのかな。なんか悔しいな。 「どういう意味なの?」 気になるから、刹に聞いてみる。刹は一歩引き下がる。普通に慌てている様子だ。 まさか、聞かれるとは思っても居なかったと言う様な顔だ。 「そ、それは…………言い出しっぺのゼロに聞けよ、な」 いいじゃない、教えてくれたってさ。 「どういう意味なの、ゼロ」 知りたいから聞いてみる。あんまり、知って得するような知識じゃ無さそうだけど、僕だけ言葉の意味を知らないなんて、癪だしね。 「お前はエロ本を読まないのか?」 エロ本、そういえば読んだこと無いね、僕は頷く。 ゼロは、嘆かわしいと呟いて、にやけている。 「そりゃ、知らない訳だ」 ゼロは納得顔で頷く。嘆かわしくて納得するって言うのは、一体どういう心の回路をしていたら起こる感情なのだろう。 『ゼロみたいな人の心の回路』なんて答えは受け付けないよ。 「彼氏の面倒は見てやれよ、可愛い&ruby(エンジェル){天使さん};。クックック」 刹の肩を頭の角でポンポンと叩いて去っていくゼロ。その後姿を、縋り付く様に見ている刹。 「軍人には関係の無い事だ」 クロノスさんがいつの間にか目の前にいた。わざわざ、時間を止めて近寄らないでよ、驚くからさ。 そういえば、クロノスさんって、過去や未来に時間軸を越えて行けるのかな。 もし、行けるなら、少しだけセレビィが可哀相だね。専売特許の『時渡り』が、他の種族にも使えるんだからさ。でも今は、そんな事よりも、『よくじょう』の意味を知る事の方が先決だ。 「クロノスさんは『よくじょう』の意味を知っているんですか?」 僕は手当たり次第に聞いていく。クロノスさんは、ニコリともせずに、『世間では、聞いて恥を掻く事もあると言う事を学んだ方が良いぞ。少なくとも、初対面の俺に聞くべきことではない。場合によっては第一印象を最悪にするぞ』と僕に注意をしてきた。そんなに凄い言葉なの、『よくじょう』って。 「『よくじょう』ってなんなんだよ~!」 思わず叫んでいた。僕だけ言葉の意味を理解出来ない悔しさで苛立ってしまったから。 「勉強しなさい。知識とは、他人に聞いて身に付けて行くものではないのです。 考えて、試行錯誤を繰り返して、失敗して覚える事にこそ意味があるのですよ あなたの場合、知識欲は豊富なようですから、調べる事を手伝うくらいならしてあげます。 最近は、人に頼ってばっかりで、調べ様と言う意思が無い人ばかり…………他人から教えて貰った知識など、所詮は一夜付け、付け焼刃に過ぎません。 知識とは、己の道を切り開く為の刃なのです。そんな刃が鈍刀に鋼を焼き付けたようなもので、安心できますか? 私は絶対に安心できません! 『今こうしてこの場に立っている』それも、知識があってこそなのです。 『立つのなんて感覚じゃないか』などと腑抜けた考えをお持ちではないでしょうね? 感覚は、確かに知識とは別物。寧ろ正反対のものとして&ruby(カテゴライズ){分類};されていますが、それは大間違いです! 知識には様々な物があります。『日々の経験』も知識の一つなのですよ。 より良く立つ為には、日々の経験が必要不可欠っ! 知識と感覚は、奥深くで密接に関りあっているのです。 自分で調べれば、どんなにくだらない知識でも、なかなか忘れる事はありませんし、何より、調べるに連れて用法なども理解する事が出来るのです。 他人が、わざわざ用法まで教えてくれますか? 知識というどんなに輝いている宝石よりも価値のある宝物も、他人から得た物だと、そこら辺に落ちている石ころと同レベルのつまらないごみの様な物になってしまいます。 そんな勿体無い事は、古今東西さがしても、知識を他人から与えられる事くらいしかありませんよ! 人々は知識への渇望を糧にして、日々を生きて行くべきなのです」 後半の話が随分と滅茶苦茶な気がするけど…………というか、人格がまた変なものに変わっていたけど、これはどういう状態なんだ。 ソフィアさんは、知識に対する見解が他人とは少し違うようだ。 ただ、早口すぎて言葉のほとんどが聞き取れなかったよ。まさか、あれだけの量を三秒で、しかも一度も噛まずに喋るなんて…………どういう舌の構造をしているんだろう。 それに、『よくじょう』ってそんな、壮大な意味のある言葉なのかな。 取り敢えず僕は、これ以上の説教を受けるのを避ける為にも、四足歩行でも読めるタイプの辞書を買うことを決意した。 最近は、バリアフリーになって来たものだよ。 いろいろな物が、僕達でも使えるように改善されて行くなんて、昔の人は想像も出来なかったろうな。 「分かりました」 たまに人が変わったように怖くなるから、素直に従って置こう。人格が変わる理由は分かったけど、まだ沸点がどのくらいなのかが分からないからね。 「一段落付いたようですね。刹、こっちに来て下さい。私のお願いを聞いて貰いましょう」 突然レオが話に割り込んできた。 レオは刹を呼び寄せると、刹の耳元で何かを囁いている。 遠すぎて聞き取れない。 そう言えば、僕は二人の願いを聞かないといけないんだけど、あんまり、僕に出来る事なんて無いよ。 「え、俺が?」 刹が、高い声を発する。声の質が違いすぎて、一瞬誰の声か分からなかった位だ。 「貴女のほかにいないでしょ? それとも、………ロードにでも頼む?」 「んっ! 僕に何か用? 出来る事ならやってあげるよ☆」 「えっと、今のところは大丈夫そうです。無理になったらお願いしますね」 ロードが名前を呼ばれたことに反応して話に入り込むが、レオが断る。 丁寧だけど、有無を言わさぬ口調がそこにはあった。少しばかり寒気が走る。 やばい事を頼まれたんじゃないよね、刹。 「うん! 無理になったら呼んでね♪」 レオの口調を気にする様子も無く、無邪気にはしゃいでいるロードを見ると、思い過ごしだったのかなと思ってしまう。 「分かったよ! どうせ逆らえないからな」 刹は諦めたようだ。そんなに、嫌な事を頼まれたのかな。 僕は、刹の倍の苦労をしなければいけない訳で、今から不安に思うのも無理も無いと思う。 「そう言う事♪ じゃ、頑張ってね、私たちはパーティを楽しんでいるから」 レオは、不思議な表情をしながら刹を見送る。 刹は、立ち止まって、僕に声をかける。 「よしヴォルト、行くぞ」 なんで、僕が行かなければならないの。などと考えている暇も与えられずに、刹は外に出て行く。 パーティを続けていたかったけど、仕方ないから後に続く。 いったい、レオに何を頼まれたんだろう。 僕まで、巻き込まれるなんて、思っても居なかった。 *第十九話 『皆殺しに芽生え始めた物』 [#f3c9d6ef] 星が見える部屋にオレは居る。ただ居るだけ。 硝子張りの天井越しに星を見ている。ただ見ているだけ。 みんな、それで良いと言う。何も考えずに戦えと言う。 「エクステルミ様、体調が優れないのですか?」 …………イロウェル、か。振り向いた時に俺の目に入る、彼女の瞳の中、どんなに強い光源でも吸い込まれていく虚無がそこにはある。 赤い体の胸に当たる部分に赤い&ruby(コア){核};があり、触手のような腕をしている。 虚ろなイロウェルの瞳を見ると、オレは胸の奥が熱くなるのを感じる。 「…………死んだ様な目をしやがって」 濁った瞳のイロウェルに対しての言葉だ。 イロウェルは、無表情で、『それは、彼方も、そして、ここに居る人全員に言える事』と言う。 やめろ。オレの中の何かがその言葉を拒絶する。 イロウェルは、呪文のように『私達の目はみんな死んでいる。誰一人例外無く。それで良いのです。何も考えずに戦いに明け暮れていれば良いのです』と囁いてくる。嫌だ、聞きたくない。 オレの中で何か、自分だけの力ではどうしようもない何かが&ruby(目覚める){覚醒する};のを感じた。 オレ自身の腕を槍の様な物に変化させる。そして、イロウェルを部屋の中にある無数にある柱のうちの一本に押しつけて。そのままイロウェル目掛けて腕を突き刺そうとする。 イロウェルの&ruby(コア){核};に腕が突き刺さる前に、オレの腕は止まってしまう。 再び腕を振り上げて突き刺そうとするが、やはり寸でのところで、手は停止してしまう。 何度試しても、イロウェルの&ruby(コア){核};を破壊する事は出来ない。 まるで、見えない障壁があるようだ。 イロウェルは、&ruby(コア){核};を壊されれば死ぬと分かっているのに、抵抗しようともせず、無表情のままだ。 &ruby(シャドー){分身};を幾つ作り上げても、誰一人として、イロウェルの&ruby(コア){核};を破壊する事は出来ない。当然だ、結局はオレが攻撃しているのだから。 腕を柱に突き刺してオレは崩れ落ちる。なぜだ。なぜ、殺せない。 「エクステルミ様、やはり体調が優れないのですね。すぐに御運び致します」 どこまでも機械的で無感情な声。聞きなれている筈なのに背筋がゾクリとする。 崩れたまま、動かなくなったオレを運ぼうとして、触手のような腕を、普通の形状に変化させながら、イロウェルがオレの腕を柱から引き抜く。 そして、オレに手を差し伸べてくる。 オレの体を支えるために差し伸べたその手を、オレは槍から刃に変化させた腕で切断する。 血も出ずに、吹き飛ぶイロウェルの腕。それでも、イロウェルは表情を変える事はない。 吹き飛んだ腕は、床に落ちることなく、粒子になって消える。 イロウェルの体には、先ほど切り落とした腕が何事も無かったかのように生えている。 そして、再びオレに差し伸べてくる。オレは、その無表情な顔が唐突に怖く感じるようになった。 オレはそのまま、少しずつ後退りをして、イロウェルが、数歩オレに迫って来たときに、浮上する。 そのまま、天高く舞い上がり硝子の天井を突き破る。 飛翔したオレを追って、イロウェルは上空に飛び立つ。 「どこに行くつもりですか?」 イロウェルが質問してくるが、答える気は無い。 牽制の為か、足を刃に変えているが、戦うときのアイツは、粒子の構成で作り上げる武器よりも、普通の技を好む傾向にあるから、攻撃の意思は無いと分かる。 &ruby(コア){核};はなぜか攻撃できないので、足を狙って鞭のように撓るオレの腕をイロウェルの両足目掛けて振るう。 オレは腕をイロウェルの足に当たる瞬間に刃へと変形させる。 オレの腕は的確にイロウェルの両足を根元の部分から切断していく。 腕が元の形状に戻る前に両腕を巨大な刃に変えながら、一気にイロウェルへと接近する。 「オレは、オレたちが失ってしまった、かけがえの無い物を探しに行く」 足の無いイロウェルを地面に向けて蹴飛ばして、オレは&ruby(スピードフォルム){速度重視の姿};に変化させる。肉体の構成変化はオレの得意技だ。 「これ以上、失うものなどもう無いから」 風を切りながら、月面に落ち行くイロウェルとの距離を徐々に詰めて行く。 「どこまでも追い求め、取り戻す!」 重力を味方に付けて最高速度に達したオレは、手刀の要領で、正確にイロウェルの右腕、そして左腕を切断する。 何を取り戻すかなんて、分からない。でも、いつか分かる気がすると思う。 バランスを取るのに必要な、手足を失ったイロウェルは、無様に落ちていく。 地面にイロウェルが衝突した衝撃で、地面から粉塵が舞い上がる。 イロウェルの姿が埃に隠れて見えないので、目を閉じ、&ruby(超能力){PSY};に切り替えて周囲の様子を&ruby(見まわす){感知する};。 オレの攻撃が無いのを良い事に、体を完全に構成したかのか、全体的に丸い形状のイロウェルが立っていた、 丸みを帯びているところを見ると、&ruby(ディフェンスフォルム){防御力重視の姿};に変化したようだ。 無意識の内にオレは&ruby(アタックフォルム){攻撃力重視の姿};に変化していた。 先程と比べれば、体が倍以上重たいが、動きの鈍い&ruby(ディフェンス){防御形態};相手に負ける程遅くは無い。 &ruby(ステルスロック){不可視の岩};((ステルスロックは&ruby(超能力){PSY};で感知可能。&br; また、ある程度の質量を持った物質に触れたステルスロックは、目視可能になる))を五つ程浮遊させる。攻撃を目的とした物ではない。 イロウェルは、重たい体の最高速度でこちらに接近している。 オレは、先程作った&ruby(ステルスロック){不可視の岩};を足場にして、光の屈折のように飛び回る。 一つの足場を利用する度に、一体の&ruby(シャドー){分身};を配置する。ただの浮遊する岩になった&ruby(ステルスロック){不可視の岩};((もはや、&ruby(ステルスロック){不可視の岩};ではない。))の前を&ruby(シャドー){分身};が浮遊している。 イロウェルが、何も知らずにオレとその&ruby(シャドー){分身};の&ruby(テリトリー){領域};を侵す。 待ってましたと言わんばかりに時間差で襲い掛かるオレと&ruby(シャドー){分身};のコンビネーションは、同一人物の制御によるものだから、一遍の狂いも無い。 精密機械の如くピンポイントにイロウェルを攻める。 左右から、&ruby(シャドー){分身};がイロウェルを切り刻む。そして、上からオレが地面に蹴落とす。 頭部にオレの足が直撃したイロウェルが、真っ逆さまに落ちて行く。 彼女の、ボロボロになった平べったい腕がヒラヒラとはためく。 再び月面に叩きつけられた彼女は、粉塵を巻き上げる。 &ruby(超能力){PSY};で、彼女の様子を捉える。裂けた腕が痛々しいが、&ruby(コア){核};以外の部分を攻撃されても痛くも痒くも無い事をオレは知っている。 お構い無しに、オレは制御している計五体の&ruby(シャドー){分身};でイロウェルの体をズタズタに引き裂いていく。 遠めに見たら、餓えた猛獣共に食い散らかされている様にも見えない事は無い。 素早く、正確に粒子で構成された肉体を引き裂いていく。ただし、&ruby(コア){核};だけは、無意識の内に避けて攻撃していた。 裂けた布のような肉片とも呼べる粒子が、一瞬だけ宙を踊る。 赤い吹雪が、周囲に飛び散ってキラキラと光る粒になり、一つ、また一つと消えていく。 幻想的なのかも知れない。と思いつつ、オレは地球に最も近いこの&ruby(星){衛星};を飛び去る。 もう、二度と帰ることは無い故郷。最後に、一目だけ景色を焼き付ける。 オレたちの本拠地である、真っ白な施設。そこの一部屋でオレはいつも、星の創り出した運河を眺めていた。目に焼き付けるべき所は他に、何も無い。 「忘れてしまった物なら、必要はありません」 故郷の景色を焼き付けている間に、イロウェルは再生を果たし、&ruby(シャドー){分身};どもを蹴散らしたようだ。オレに攻撃するつもりは無くても、&ruby(シャドー){分身};相手なら攻撃をするという事か。 イロウェルが接近するまでまだ時間が有るので、オレは無視して目的地を目指す事にした。&ruby(スピードフォルム){速度重視の姿};に変化して、月の重力から脱する。 オレの体は真空にも、高温にも、低温にも耐えられる様に出来ている。否、造り替えられる。 遠くから見ると、仲良く身を寄り添うように見える星々も、実際に宇宙空間で見ると寂しく一人で佇んでいるだけだ。宇宙空間の冷たさは生命の無い証。 大概の星は、一色を基調としたグラデーションだが、一際色彩が目立ち、暖かい星――それがオレの目指すべき場所地球だ。 後ろを振り返ると、イロウェルが&ruby(ディフェンス){防御形態};で追って来る。 &ruby(フォルムチェンジ){形態変化};が苦手なアイツらしいと思いながら、速度を上げる。 ここで撒いてしまおうと言う魂胆だ。 かなりの距離を取ったが、しつこく追って来るイロウェルを見た。 一気に加速して、イロウェルの視界から消える。正確には、高速移動と神速を併用して、イロウェルの後ろに回りこんだ。さっきのオレは、光よりも速くタキオン((ジェラルド・ファインバーグが1960年代に提唱した、最低速度でも光速を超える粒子))より遅いという速度だ。 つまり、299,792,458 m/sより速く、無限速((最低エネルギー時))よりも遅いといった速度だ。 重力圏内では、自分の肉体が崩壊しかねない速度だが、無重力空間なら、自身への負担はそれ程でもない。 そんなオレに気付かずに、大気圏へ入り、降下して行く。位置的には、『&ruby(Wissen Breaker){対知的生命体用知能指数低下装置};』を落とした所だ。位置関係を把握する事によって遭遇のリスクを回避しなければならないので、記録して置く。 大気圏の熱で、粒子を交換し続けなければ、推進が取れずに墜落してしまうのは目に見えている。粒子構成の苦手なアイツが、無事に降り立てるとは思わないが、知った事ではない。 青く輝く&ruby(ほし){惑星};が見えると、オレの忘れてしまった物を求めて胸の奥が疼くのを感じる。 イロウェルの降下ポイントとは、離れた位置で降下を開始する。 全身の粒子消耗度を気にしつつ、大気圏に突入する。 いちど、&ruby(コア){核};に纏わせている粒子を宇宙に還元した。 &ruby(コア){核};だけの状態になって、一度にすべての粒子を纏わせて行った方が早い上に、耐熱性のより強い物に変化させる事が出来るからだ。 姿は無論&ruby(ディフェンス){防御形態};だ。 オレは、大気圏の熱をものともしない、丈夫な肉体に変わっているので、バランスを取るのに専念する。 青い&ruby(ほし){惑星};に入る前の赤い試練を潜り抜け、オレは忘れてしまったものを探す当て無き旅を始める。 *第二十話 『忘れた物を求めて水の町へ』 [#u98565c9] &color(red){流血表現があります。}; ---- 遥か下に見える月明かりに照らされた砂色の地面。オレはそこに降り立つ事に決めた。 体が普段よりも重く感じる。それほどに、この&ruby(ほし){惑星};の質量が大きいのだろう。モードを&ruby(ノーマル){通常形態};に変化。演算された通りに体の作りを変えていく。重く感じられた重力も、今のオレには普段通りの感じられない微弱な物へと変わって行く。――組織構成完了。 降下していくに連れて、小さな民家が街道を挟んで直線のように存在しているのが見えた。 くすんだ青――『蒼』と言う漢字を使用して表される様な色の屋根。昔は青かったのだろうと感じさせる、斑状の青が高度を下げて行くに連れて認められる様になった。 乱気流がオレの体を煽るが、この気候と地形に完璧に適合を果たしたオレにとっては、鼻息ほどの効果も無い。 上昇気流がオレの体を上空に押し戻そうとする。まるでオレの来星を拒むかのようだ。だが、そんな拒否も無視してオレはひたすらに下降する。 『ゴォー!』と言う音と共に砂煙を巻き上げながら、オレはこの星を縦横無尽に駆け巡る大地の一部に降り立った。常に風が吹き荒れていて、砂埃が嵐のように舞う。 周囲に点在する民家の明かりが一斉に点く。オレの起こした騒音で目を覚ましたのだろう。直線状に建てられている民家は、近所での交流が深い事を感じさせている。 それから数十秒後にはオレの周囲に幾多ものポケモンが現れ、取り囲まれていた。一瞬見ただけで、彼らの共通点が分かる。その住民たちの目は、ギラギラと怪しく輝いている。イロウェルの死んだ様な目とは違い、何かの意思を感じる力強い瞳だ。 オレが忘れてしまった物を、ここに居るポケモン達は持っている。だが、これはオレの物ではない。れっきとした彼等の物であって、オレが奪い取る事も出来なければ、オレの物にする事も出来ない。 「敵襲だ! 至急攻撃態勢に移れー! トールの奴の新兵だ。油断するなよ」 『応ッ!』 オレの前に居るポケモン達は、円陣を組みながら、少しずつ、それでいて確実にオレに接近する。『トール』と言う奴の兵士だと勘違いされている様だが、彼らのぎらついた瞳を見ると、疑心に満ち満ちていて、とても弁明を聞き入れられるような状態ではないと見受けられる。おまけに彼らは攻撃態勢を取っている。その瞳に映っているのは、オレであって、オレを敵対者と見なしているのだろう。交戦に入る理由としては十分だ。 最初に襲って来たシャワーズの四股を腕で掴み後方へ投げ飛ばす。後ろで盛大な物音を立てているが、オレは気にも掛けずに次の敵――ニョロボンに掴み掛かりそのまま投げ飛ばす。今度は正面に投げ飛ばしたので、綺麗な弧を描きながら落ちて行くニョロボンを目視する事が出来たが、然程気にもせずに次の敵――マリルに掴み掛かろうと一気に距離を詰めるが、すでに敵は戦意を喪失しているのか、震えてその場から動こうとしない。不意に俺の手が止まる。殺戮マシンのパーツであるはずの腕が動かない。 囲んでいる癖に、一対一で闘おうと言う精神が有るのかどうかは定かではないが、標的にされたマリル以外、目を瞠らせているばかりで誰一人として彼(彼女)を援け様ともしない。 「なぜ殺さない!」 後ろで声がする。疑問形ではなく、怒鳴りつける形だ。野次とでも言うのだろうか。オレは振り返りながら『なぜ殺さなければならない!』と怒鳴り返していた。その時に見えたのは、先程オレが投げ飛ばしたシャワーズだ。さらにその後ろに見える壊れた木製の何か。これが先程の盛大な音の音源だろう。そして、オレはマリルを殺せと言っているのではなく、自分を殺せという意味だったのだろう。 シャワーズは右後足を庇いながらこちらに歩み寄り戦闘態勢を取る。立つのさえ精一杯の奴に戦わせる訳にはいかないと思い、オレは素早くシャワーズを抱き抱えると、シャワーズは、一瞬だけビクンと動いたが、苦痛に満ち溢れた表情をして、動かなくなった。死んでしまったのか、と心配したが、オレの腕を通して微弱な動体反応を感知したので、そのまま怯えて震えるマリルの足元に置き、倒れているシャワーズを指差しながら言う。 「これ…………右後足に損傷が見られるのだが」 地面に置かれ露になるシャワーズの右後足には、小さな木片が刺さっていた。少量の赤い液体が、木片を染色している。オレがそれを引き抜いてみると、赤い色をした液体が溢れんばかりに流れ出る。マリルは小さく『キャッ!』と言ってから、オレの顔を覗き込んでくる。 目を合わせると潤んだ瞳がオレを見つめ返してくる。その瞳がオレには眩しすぎて目を逸らしてしまう。 「トールの手下じゃないのですか?」 恐る恐ると言った感じで聞いて来るマリルを無視し、先程投げ飛ばしたニョロボンを回収してマリルのもとへ行き、安心させる為に声を掛ける。 「損傷箇所は見られない。恐らく、軽い脳震盪だろう」 それだけ言ってシャワーズを置いたところから少し離れたところにのびているニョロボンを置くとマリルは、そそくさと二人を回収して若干引き摺りながら運んで行き、民家の中に連れ込んだ。他の住民は間の抜けた顔でオレとマリルのやり取りを見ていたが、こちらが視線を向けると皆蜘蛛の子を散らしたかのように視線は別々の方を向く。 「トールの手下じゃないんですか?」 オレのもとに帰ってきて早々に尋ねてくる。 「トールとは誰だ?」 逆にオレが聞いてみる。話の流れからしてオレはトールとやらの手下と勘違いされて攻撃を受けたようだ。トールの手下を攻撃するとなれば、トールと言う奴と敵対関係にあるのだろう。 オレの問いを聞いたマリルは、知らないのかとでも言いたげな顔をした後に話を始めた。 要約するとこうだ。――トールはライコウと言う種族のポケモンで、この町が水タイプだけなのを良い事に好き放題しているとの事だ。 力ある者が力無き者を犠牲にして生き永らえるのは自然の摂理。 【この村の長と話がしたい。今この中に長は居るか?】 トールの概要を聞いた後でテレパシーを通じて一斉に尋ねると、民衆が大きく動き、一本の道が出来上がった。その先に居るのは水色の鬣が立派で、堂々とした威厳があるポケモン――スイクンだった。 「わたしだ」 なにか、ここの住人とは違う雰囲気が漂っているが、オレにはいまいち分からない。これがハッキリと分かるようになった時、オレの探し求めている物が手に入るのだろう。 「取引をしたい。構わないか? こちらの提示する条件は知っている限りの情報提供。オレがするのは、トール討伐でどうだ?」 そういうと、無茶な奴めとでも言いたげな表情をしてから『良かろう』と一言だけ言った。 『案内はどうするつもりだ!』と言う声がどこからとも無く湧き上がり、周囲の住民達がざわつく。集団感染のように俺は嫌だとか、俺には息子や娘が居るとか、口々に自分勝手な事を喋り散らす。 「正確な座標が分かれば一人でも向かうが」 オレは混乱を打開するべく、一人で行くと宣言をする。求めている物のためなら仕方が無い。トールとやらがどれ程の実力を持っていたとしても、倒さねばなるまい。 「俺、やるよ!」 どこからか声が聞こえて来て、周囲が再びざわめく。なぜ、一々この様に口々に喋って指揮系統を乱すのかが理解出来ない。混乱の原因となったのは(声の主と言った方がいいのだろう)先程投げ飛ばしたシャワーズだった。彼は家の扉を勢い良く蹴飛ばしてオレのもとへ掛けてくる。どうやら、先程の話を盗み聞きしていたようだ。 「わかった。行くぞ」 彼の周囲には水の輪が発生していて月光に反射して銀色に輝いている。アクアリングを纏ったのだろう。周囲は、不安そうな雰囲気に包まれるが、誰一人として代わりに俺が行くとは言い出さない。止める者、異論がある者が居ないならこれ以上ここに留まる必要性は無い。シャワーズを先頭に立たせてオレはこの水気の無い水ポケモンの町を後にする。 #hr 町を出ると、砂嵐に視界を阻まれてしまった。&ruby(PSY){超能力};に切り替えて視界をクリアにする。オレは無言で進み行くシャワーズの後を進む。いつもの様にそこへ向かっているのか、シャワーズの足取りには狂いが無く正確に真っ直ぐ進んでいる。 「お前達の持っている物は何だ?」 オレの不意に呟いた言葉にシャワーズは足を止め、振り返ってオレを見上げる。 「俺、今何も持っていないぞ」 教えられないと言うのか。はぐらかそうとしたのかぶっきらぼうに返答するシャワーズだが、持っていると言う確信を俺は持っている。確かに見えないが、感じるのだ。オレの持っていない何かを、この星の住人は誰一人例外無くそれを所有している事を。 「もしかして、名前の事か? 俺の名前はヴィヴィアン((アーサー王伝説に登場する湖の貴婦人))だ。情けない事に女の名前なんだぜ」 「ヴィヴィアン――記録した」 そういうと、シャワーズ――ヴィヴィアンは訝しげな顔をして『お前の名前は何だよ?』と尋ねて来たので、『エクステルミ』と答えた。 『ふうん』と一言だけで会話が終了するかと思いきや、『御互い長ったらしくて、変な意味の名前を貰っちまったな。とりあえず俺はお前の事を[エクス]って呼ぶ。お前は俺の事を[ヴィアン]って呼んでくれ』と言ってくる。 『オレは『エクス』、これは『ヴィアン』…………了解した。先を急ごうヴィアン』 そう言うとヴィアンは『&ruby(、、){これ};って言うな!』と叫んでから再び前を向いて歩き出した。『これ』と呼ぶと怒られる…………記録した。 上手く誤魔化されてしまった気もするが、後でスイクンに聞けば良いだけの話だ。 周囲の砂嵐がヴィアンの体力を削っていくのが手に取るように分かる。&ruby(シャドー){分身};でヴィアンの両脇を固め、ヴィアンを砂嵐から保護してやる。 『うわっ、なんだお前たちは』等と言いながらヴィアンは暴れるが『あれは俺の分身だ』と言うと、『便利だな』とだけ言って納得顔になった。 砂漠の一角に巨大な水溜まりが見えてくる。恐らくオレ達はそこに向かっているのだろうと理解する。 歩み寄るに連れて次第に大きくなってくる水溜まりは相当な規模がある。そこにぽつんと一人でたたずむ黄色いシルエットは、途轍もなく貧相な者で頼りない。 次第に大きくなっていく貧相な黄色いシルエットは、少しずつ輪郭がハッキリして行き、最終的には、先程見たスイクンと似たような姿になった。もう少し接近しようかと思ったところで、ヴィアンが『あれがトールだ。俺はこれ以上近寄りたくない。後は任せた』と行って俺の後ろへと後退していく。別に咎めもせずにオレはトールへと接近する。 『バチッ!』俺が近づくとそんな音がする。静電気によるものだと瞬時に理解し、体の構成を限りなくシャワーズに近いものにする。やはり、オレの体は電気を帯びて麻痺してしまった。音に気付いたトールは、こちらに歩み寄ってくる。 「見慣れんな。何奴?」 と聞いてきたので『オレはお前の敵だ』とだけ答えてやる。トールはフンと鼻を鳴らしてオレに飛び掛ってくる。体の組織変化のついでに痺れは解けてオレは自由に動けるようになった。トールのふさふさした体毛に大量の静電気が宿りバチバチと音を立てている。スパークを仕掛けてくるつもりだと瞬時に判断し&ruby(シャドー){分身};で受け止めようとするが、一瞬で&ruby(シャドー){分身};は砕け散ってしまった。 「面白い術を使うな。楽しめそうだ」 少し後ろに下がり、微かな笑いを含ませながら鋭い眼光を放つトールは、なかなか手強そうだ。 一旦バックステップを取り、距離を離す。おかしい、オレの両腕が凄まじい熱量を放っている。 異常事態を瞬時の内に悟ったオレは両腕を切断して他の体の部分と遮断する。この判断がオレを救う事になった。 俺の両腕は、ブクブクと膨れ上がり爆砕した。腕のあった場所には、蒸気が漂っていて何か異常な現象が起こった事を感じさせる。 トールの周囲に周波数2,45GHzのマイクロウェーブを検出。水のみを加熱して蒸発させたか。ならば、体の構成時に水分を含ませなければいい話だ。((内部に流れる血液を蒸発させることによって血管などの破裂を引き起こしている)) 「ほう、自ら腕を切断するとは、なかなか、肝の据わった奴だ」 腕を切断することに躊躇う必要など無い。また新しく腕を生やせば良いだけの話なのだ。 体内組織構成変化。含水分細胞パージ、これより、戦闘形態コード&ruby(ゼロスリー){03};に移行。フォーメーションシャドー&ruby(ブート){起動};。 &ruby(コア){核};で演算されたとおりに組織を再構成…………&ruby(コンプリート){完了};。&ruby(シャドー){分身};の作成及びに配置………………&ruby(シャドー){分身};作成&ruby(コンプリート){完了};…………攻撃開始。 オレの意思に従って四散する計二十体の&ruby(シャドー){分身};は、本当のオレと見分けの付かない程に高い精度であり、意思統合による陣形の為に一糸乱れぬ動きを醸し出す。 余裕の表情を保っているトールを見れば何か策が有るのだろうが、知った事ではない。オレの求める物を手に入れる為に、ただ撃ち抜くのみ。 一体の&ruby(シャドー){分身};をトール目掛けて突撃させる。 ――能力測定開始。 突撃した&ruby(シャドー){分身};をトールが後足で立ち上がり、右前足で受け止める。何と言う馬鹿力なのだ。片手で攻撃を受け止めるとは、周囲に凄まじ風圧が送られる、トールの周囲に展開された大気の歪み――衝撃とでも言うのか。がトールとオレの&ruby(シャドー){分身};とを隔てている。&ruby(シャドー){分身};内部の熱量増加を確認。トールから高周波の放出を確認。膨張していく&ruby(シャドー){分身};は膨張しきった挙句に先程の腕と同様に爆砕した。なぜだ、先程と違って今回は水分を完全に消し去った筈。だが、爆砕した&ruby(シャドー){分身};の周囲には蒸気が漂っている。違う、周囲の熱量増加によって空気中の水分が蒸発したのだ。 爆砕した&ruby(シャドー){分身};の残骸はすぐに粒子に戻っていく。 「フフフ、さて、このフィールドを破らない限り貴様に勝機は無いが、どうするかね」 不敵な笑いは、オレを嘲笑っているのだろうか。フィールドというよりはあの右腕に気を付けなければ、粒子の再構成に専念しながら突っ込むか。オレの&ruby(コア){核};を破壊されて終わりか。どうすれば良いと悩む。その一瞬の隙が命取りになる。そんなことも忘れて考えを巡らしていたオレはトールが放つ攻撃で半ば強制的に思い出さされた。咄嗟の判断で手だけを&ruby(ディフェンス){防御形態};の物に変化させるが、やはり例の高周波によって膨張させられて行く。再び腕を見捨てて後ろに退いた瞬間に例の如く腕は爆砕された。流石に、高周波を周囲に収束して放つような芸当は出来ないようだが、こちらの攻撃が通用しないなら消耗戦になるのが関の山だ。さぁ、どうする。 ---- To Be Continue [[記憶Ⅲ]]へ ---- 途中書き:修正作業も継続的に行っていますが、何度見直してもなかなか難しいものですので、この度、更新活動を再開させて頂きました。 #hr 今回もエクステルミSIDEを更新。人型は人間と近い動きが出来るので癖になりそうです。しかも、体を自由自在に変化させられるので動かしやすいです。 彼の感情描写が少ないのはとある事情があってのことです触れないで下さい。m(‐_‐)m 中途半端なところですが、ここで『記憶Ⅱ』と第二十話は終了です。 ---- コメント、アドバイスなど頂けると嬉しいです。 気が付けば修正しますが、どうしても気付けないところもあると思いますので、誤字の指摘等もお願い致します。 方言翻訳のミス指摘もして頂けると助かります。 また、方言を使用していないキャラもところどころ方言になっている可能性がありますので、そちらも指摘の方よろしくお願いします。 方言関係のミスを自分で気付く事は無いと思います。 #pcomment(記憶のコメログ,5)