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星の仔どもたち の変更点


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[[水のミドリ]]
2015年七夕記念作。



 薄い絹を何層にも敷いたような深い藍色の夜空が広がっています。散りばめられた光源は競うように輝いて、目がくらむほどまばゆいエネルギーを散らしています。それが上にも、下にも右にも左にも。ここは宇宙。
 ひときわ大きく光る彗星のしっぽに隠れるように、小さな星の欠片が連なっています。それはまるで親の背中を追う何かの小動物のよう。
 きらめく粒子の尾に意識を預けながら、星の仔たちははるか彼方から近づいてくる青い惑星を眺め、ひそひそと囁きあっていました。
 と、騒がしい星の仔たちをまとめるよう、優しく包み込むような声が響きます。
『地球に眠るあなたたちの体は、いま目覚めの時を迎えようとしています。心の用意はよろしいですか』
 水面をたたく雨音のようにせわしなかった声が、ぴたと止みました。
『何度も言うようですが――前回から1000年の時を経ています。風景や町の様子だけでなく、ヒトやポケモンまですっかり変わってしまっているかもしれません。驚かないように。それと――』
「大彗星サマ。ボクはあの星のみんなの願いを叶えるために生まれたのですね」
 いままでだんまりだった星の仔のひとりが、突然声を上げます。
『あら』
 大彗星は不思議そうな声で微笑み返しました。といってもそれは意識に直接語り掛けてくるもので、彗星そのものに表情はありません。
『アリー、あなたはついこの前まで、次に起きるのはまだかまだかと騒いでいたではありませんか』
 アリーと呼ばれた星の仔はぱっと顔を赤らめましたが、諦めずに強いまなざしで大彗星を見返しました。ほかの星の子たちはふたりの会話を聞いているようで、口を出してきません。
「そうなのですが……」
 胸の詰まったような気持で、アリーはうつむきます。
『目覚めるのはこれで何度目ですか?』
「3回目です。ボクが初めて目覚めたとき、心優しい男の子と『また遊ぼう』と約束をしてしまいました。2回目のときはヒト同士の争いがひどく彼を探すどころではなかったのですが……いま急に思い返されて、もう彼に会えないと思うと……なんだか苦しくなってしまって」
『あらあら』
 慣れない星の仔たちは、ときにちょっとした間違いを犯してしまうことがあります。大彗星の力を借りてでも叶えられない願いは聞いてはならない。これが、星の仔たちの教えられた唯一の決まりごとでした。
 そんな星の仔を、あくまで大彗星は叱りません。
『初めのうちはそういうことがあると思いますが、くれぐれもそのような願いは聞いてはなりませんよ。友達になってほしいとか、恋人になってほしいといった願いは、あなたたちがつらくなるだけですからね』
 はーい、と元気な返事がちらほら帰ってきます。何度か目覚めを経験していれば、星の仔の務めには自ずと答えが見つかるもの。きっとアリーもそんな迷える星の仔のひとりなのでしょう。
『それで、どうしたというのですか?』
 打ち明けるのをためらうような短い沈黙。そのあと、アリーはゆっくりと口を開きます。
「このようなことを訊くのはとても恥ずかしいことだとはわかっているのですが……。あの星のみんなの願いをボクたちが叶えています」
『ええ』
「ならば、ボクたちの願いは誰が叶えてくれるのでしょうか」
『……』
 アリーよりもほんの少しだけ長く口をつむいで、大彗星は答えます。
『そうですねぇ、案外頼んでみれば聞いてもらえるかもしれませんよ。さあ、目覚めましょう』



 西暦2015年7月1日、アリーが目覚めたそこは大都会の真ん中でした。
 右を見ても左を見てもやたら光を反射する四角く太い木々。1000年前には見たこともない鉄の猪が、雷を落とすまえの入道雲みたいな色をした地面の上を走り抜けています。辺りを覆っていた緑は、ぽつりぽつりと等間隔に並べられているだけ。技術の進歩は目覚ましいものでした。
 そして、アリーを見つめるたくさんの瞳。ヒトもポケモンもひしめき合って広場を埋め尽くしていました。どうやらそこは街の中心にあるちょっとした祭殿のようなもので、アリーの身体が横たえられていた椅子には、豪華な装飾が施されていました。
「おおっ、目を覚ましたぞ!」
「言い伝えは本当だったのか!?」
「ううっ……なんとありがたい……!!」
 群衆がわっと湧きました。アリーが顔を向けたり、腕を軽く振ったりするだけでもどよめきが起こります。
 うまく状況を飲み込めないアリーに、少年が近づきます。13、4歳((その種族の結婚適齢期を18としたときの相対年齢。ニャオニクスはヒトとさほど変わらない寿命を持つため、クランツは生まれてから約12年くらい経っている。))ほどのニャオニクスの男の仔が、まだ中学生とは思えない恭しさでお辞儀をします。
「お気に召していただけましたか、ジラーチさま。初めまして、私はクランツといいます。貴方がお目覚めになっていらっしゃる7日間、私が身の回りのお世話を任されました。何なりとお申し付けくださいね」
 丁寧な口調に添えられる優しい笑顔。それは何度も練習したらしい雰囲気を漂わせていて、緊張がにじみ出ていました。それでもまだ幼さの残る眼はまるで絵本から飛び出した妖精を見つめているようで、隠しきれない興奮を伝えています。
 呆気にとられていたアリーでしたが、だんだんとわかってきました。
「えっと、これは歓迎をしてくれているのかな?」
「はい、もちろん! この国の史実を調べると、戦乱の世にジラーチさまが現れ、この国の姫の願いを叶え太平してくださったと書かれています。それが事実なら今日はその日からちょうど1000年目、国民全員が貴方のお目覚めを心待ちにしておりました。私を含め、歴史的瞬間に立ち会えることができてみな感動しています!」
 だいぶ早口になっているクランツと、彼の言葉を後押しする歓声に気圧されながらも、アリーは言いました。
「じゃあ、ひとつ訊いてもいいかい?」
「はい、どうぞ! お答えできることならなんでもお教えしましょう!」
 アリーは座らされている椅子のわきにあるチクチクしそうな植物と、それにぶら下げられているいくつもの長方形の紙を指します。
「これはなに? どうやら、いろいろな所にあるみたいだけど」
「それはですね!」
 待ってました、とばかりにクランツの顔がパッと明るくなります。
「この国の人々がジラーチさまのご恩恵を忘れないよう、毎年7月7日になると笹の枝に願い事を書いた短冊――そうです、ジラーチさまの頭の飾りを模したものを吊り下げ、それを飾るのです! 1000年もの長い月日が経っていますから当時からだいぶ変容していますが、いつの時代もみなさまざまな形でジラーチさまの安寧を願っていましたよ!」
 細いひもでくくりつけられた青緑色の短冊には、幼い女の子のものと思われる文字で、一生懸命につづられた願い事が書かれています。それを手に取って、アリーは胸にこみあげてくるものを感じました。
 意を決して、アリーはおそるおそる尋ねます。
「クランツくん、ボクからひとつ、お願いをしていいかい?」
「は、はいっ、私にできることならなんでもいたしますよ!」
 どよめく観衆。それが静まるのを待って、尻尾の毛がピンとなっているクランツに言いました。
「ボクが読めるようになるまで、この国の文字を教えてください」
 


「まさかジラーチさまから願い事を頼まれるなんて思ってもみなかったよ」
「ふふ、あの時のみんなの顔、ぽかんとしてたなぁ」
 照明を落とした簡素な部屋の中央、柔らかい丸マットの上に小さめのテーブルがひとつ。隣り合うようにふたりは座って、アリーは何かを一生懸命読み解いています。
 すっかり打ち解けたふたりはまるで親友のよう。といってもアリーがお願いされて友だちになったわけではありません。歳が近かったのもありますが、7日間も一緒にいればそれは自然なことでした。
 普段はきれいに片付いているクランツの部屋でしたが、今日はまるでジャングルのよう。それもそのはず、文字を勉強中のアリーのもとには、国じゅうから自分の願い事を見てもらおうと笹の葉が届けられるのです。
 そしてそれはアリーにとって願ってもない良いことでした。
「この『ケーキになりたい』というやつは、叶えてはいけない願い事なのかい?」
「そうだね、それはきっと『ケーキになりたい』のじゃなくて『ケーキ屋さんになりたい』の間違いなんだ」
「そうかな、じゃあケーキ屋さんにしてあげよう。それっ!」
「待って! それはきっと、今すぐじゃなくて20年後くらいがいいと思うんだ」
 ときおり会話の中に笑い声が交じり、アリーが願いを叶えるたびほの暗い部屋がぱっ、ぱっと明るくなります。それは、幸せな空間でした。ふたりともこの時間が永遠に続けばいいのに、と思っていました。けれどそれの願いは叶わない、叶えてはいけない願いだとも分かっていて。
 もうかなりの数の願い事を叶えたアリーがふう、とひと息つくと、心地よい沈黙が訪れました。もうすっかり日もくれ、ふたりは初めて空腹であったことに気づきます。
「そういえば、なんで文字を読めるようになりたいんだ? 今日が終わってしまえば、次に短冊を読めるのはまた1000年後なのに」
「それは……やっぱり自分で願い事を確かめたかったからさ」
「そういうものかな」
「そういうものさ」
 机の上に散乱した短冊を片付けて、アリーはクランツに寄り添います。身長が20センチも違うと、まるでふたりは歳の離れた兄弟のようです。
 クランツが、さっきまでとは打って変わって暗い調子で切り出しました。その声は小さく、広場で堂々としていたのと同じ彼とは思えません。
「そろそろお別れだから言うけれど、たぶん今日はこれから国の偉い人たちがアリーを迎えに来て、願いを叶えてもらおうとすると思います」
 申し訳なさそうな顔をして、クランツは謝りました。口調も敬語に戻っています。
「それはきっとここに書いてある願い事なんかよりももっと狡猾で、陰惨なものかもしれません。いまこの国は一見平和に見えますが、他国への借金や軍事的脅威に悩まされているんです。もしかするとそれを一掃するために……アリーの能力を無理やり引き出そうとするかもわかりません。そうなったら僕、もうっ……!!」
 大人びたといっても、クランツはまだまだ多感なお年頃です。アリーの置かれるかもしれない状況を想像して、涙がほろり、とこぼれました。
「大丈夫、そんなことにはならないさ」
「そうだ、今から逃げてしまいましょう! あと数時間もすれば日付が変わります。そうすればアリーは眠りについて、嫌な願いを叶えなくても済む! お願いです、僕の願い事も聞いてください!!」
 それにアリーは弱弱しく首を振ります。
「でも、そんなことをしたらクランツがただじゃすまないんじゃないの?」
「いいんです、僕のことなんて!! アリーが無事でいればそれで……!!」
 ついに抱きついて泣き出してしまったクランツの頭を撫でながら、アリーは囁きます。
「ありがとう。物覚えの悪いボクに、7日間も付き合ってくれて。そろそろ時間みたいだ、行ってくるよ」
「うえっく、えっぐ、嫌です……いやだよ、眠らないでよ! また来年も一緒に遊ぼうよ!!」
「……ごめん、それは、それだけは聞けないんだ」
 ちょうどドアがノックされるところでした。その音が何を示すかは、ふたりともよくわかっています。
「最後にお願い、いい?」
「ふぇ?」
 半分開けられたドアから差し込んでくる光の中で、アリーは優しく言います。
「ボクが眠るとき、笑顔で子守唄を歌ってくれるかい? ひとりじゃちょっと、寂しいんだ」



 星の仔たちははるか彼方へと遠のいていく青い惑星を眺め、ひそひそと囁きあっています。どんな願いを叶えただとか、あんなひどい奴がいたんだとか、今回の目覚めについての話があちらこちらで飛び交っています。これから100年はこんな騒がしさが続くでしょう。
『どうでしたかアリー、願い事は聞いてもらえましたか』
「はい、新しく素敵な友達と出会うことができて、何度もお願いを聞いてもらいました」
『あら、あれだけ友達にはなってはならないと言ったのですが……』
 とんだ困った仔だ、と大彗星は苦笑します。けれど同時に、彼の言葉にはなにか強い意志が滲みだしていて、成長が喜ばしく感じられました。
『では、あなたの願いは叶ったのですね、よかったではありませんか。ところで、その願いというのは何だったのでしょう』
「いえ、まだ叶えられていません。実は、ボクの願い事というのは大彗星サマに聞いていただきたいものだったのです」
『あらあら、それはいったい何でしょう』
 いつの間にか周りのみんなも静かになっています。みんなを代表するように、アリーは凛とした声で言いました。
「目が欲しいのです」
『目、ですか』
「地球では年に1回、大彗星サマを称えるお祭りを行っているのです。毎年7月7日には、ボクたちの頭飾りを模した紙に願い事を書き、笹に括り付けて飾る『七夕』という風習があるのです。どこでも見渡せる目があれば、みんなの願いを確かめることができます。それと、これは提案なのですが――」
『まだ何かあるのですか!?』
「目覚めを1年の交代制にしていただけないでしょうか。1000年に一度みんなが目覚めるより、毎年ひとりだけでも目覚め姿を現すことが、七夕の風習を残すには必要だと思います」
『けれど、それでは彗星の加護を受けることはできません。大きな願いを叶える力はないということですよ』
「大丈夫、地球のみんなは彗星サマの力に頼りきりというわけではありません。自分たちの手で願いを叶えようとしています。ボクたちはそのような力のない子どもたちの願いを叶えてあげればよいのです。それならば、大彗星サマのご加護がなくとも、星の仔ひとりの力で成し遂げることができますから」
 最後の日、国の偉い人からアリーが頼まれた願い事は『子どもたちの願いを叶えてくれてありがとう』でした。アリーを待ち受けていたのはヒトの欲望を詰め込んだような醜い願いなどではなく、感謝のこもったお礼の気持ち。安心したのか、その場に居合わせたクランツはまた泣いていました。
『なるほど……。それは面白いかもしれません。みなさん、アリーの案に賛成ですか?』
 みんな同じことを思っていたのでしょう、そこかしこから賛成の声が上がります。とうとう、反対意見を唱える仔は現れませんでした。
『あらあらあら。ではそのようにしましょうか』
「大彗星サマ、目覚める順番はボクが決めてもよろしいですか? それはですね……」



 次の年の七夕、地球をはるか遠くに離れた銀河から星の仔たちは見守ります。お腹に大きな瞳が描かれたアリーと、彼に泣きつくニャオニクスの男の仔を。


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