作者:[[DIRI]] **えむないん =M500= 4 [#o01cb3c0] ---- ***第九幕 [#s63ca7c7] 俺は収容所から駆け出しながらこの施設内に流れる放送を聞いていた。どうやら街のど真ん中でテロが発生したらしい。あるビルを中心に半径10キロが立ち入り禁止区域に指定されたとか。緊急出動なのでブリーフィングは道中行うらしい。俺は大急ぎで部屋の中から必要なものを取りだして身に付けた。ボディアーマー、つまり防弾チョッキは各隊員が自前で用意する必要がある。用心深いものなら防塵マスクやヘルメット、ゴーグルを装備するものもいる。だが俺はボディアーマーのみだ。ボディアーマーを着ながら急いでジープがある駐車場へ向かう。 「隊長!」 ジャックもちょうど今来たようだ。そう言えば、アルファ・チームは俺とジャックの二匹しか動くことが出来ない状態にある。それなのに穴埋めもせずに動員するというのはどういう事だろう。 「デイビィ! こっちだ!」 ジープに乗り込んでいるハービーが俺達を呼んだ。ジープと言っても、ほとんど装甲車のような装備になっているので荷台に乗って機銃を使ったりなどと言うことは出来ない。移動と防御用の車なのだ。荷台側の座席に乗り込むと、既にベータ・チームの面々が揃っていた。 ベータ・チーム隊長のルカリオのルイス・モーズビー。彼はナイフを使った白兵戦に長け、ブービートラップの扱いも熟知している。かなり軽装備で、武器はこのご時世であるにかかわらずバトルナイフと投げナイフが数本だけである。どうやら彼には彼なりのこだわりという奴があるらしかった。次に特殊部隊の中で『&ruby(Tha Bomber){爆弾狂};』と言う異名を持つバクフーンのファーブ・リークマン。常に朗らかな表情を絶やさない優男、しかしその実体は爆発や強力な一撃を食らって吹っ飛んでいくものを見るのが大好きという少々いかれた雄である。異名の通り、いつも&ruby(グレネード){手榴弾};を多数持ち、RPG-7やパンツァーファウスト、C4爆弾など武器は爆発物ばかりである。今ここで誤作動により信管((起爆用の装置))が爆発したらと思うと気が気でない。そして通信手兼&ruby(マークスマン){選抜射手};((狙撃手と一般歩兵の中間の兵科))のアブソル、オリバー・アシッド。誰しもが雌と間違う程の容姿を持った雄だ。幼少の頃から雌と勘違いされることが多かったために今は慣れたらしいが間違われるたびにしょんぼりしている様を見かける。性格も女々しいので仕方がない。マークスマンライフルM14 DMRを使った射撃精度は狙撃手であるセオドアには及ばないもののかなりのものだ。最後に我が義兄、ハービー・ルッソ。癖のあるベータ・チームの中でさらに癖のある人物でもある。使う武器が決まっていないのだ。まだ自分に合うものが見つからないらしく訓練のたび、任務のたびに使う銃が変わる。この前の任務の時はアルファ・チーム御用達のM8を使っていたが、やはり何かしっくり来ないらしく、今回は&ruby(Personal Defense Weapon){PDW};のMP7とMP7専用のサイドアームP46を装備していた。だが彼の一癖はこんな程度だが、二癖目は正直な所今の状況を悔やんだ。 「さぁ、捕まってなよ!」 ジープの操縦席に乗り込んでいたハービーはハンドルを握った途端目つきが今までのそれとは豹変した。興奮状態に達した彼におそらく何を言った所で無駄なのだろうからそこにいた全員が座席や壁にしがみついた。その瞬間、何とも形容しがたい、恐ろしく不快な揺れが全身を襲う。防弾性をあげるために窓を無くして装甲に変えてあるため外を窺うにはわずかな覗き窓のみだが、そこを確認しただけで恐ろしいスピードで走行しているのが分かる。走り屋、本人曰く「首都高ランナー」だったハービーを今程呪ったことはない。スピードを上げすぎて俺の座席の向かい側にいた筋力の無いオリバーがつんのめって俺に頭突きしかけ、さらにその瞬間に急カーブにさしかかりドリフトなどを決められるものだからルイスとジャックに挟まれてしまい窒息しかけた。オリバーはそのまますっ転んで頭を打っていた。あえて言っておくが、この中で俺は一番小さい。そんなグチャグチャな後部座席を余所に、助手席にいるファーブと運転手のハービーは奇声を上げでもしそうな程に楽しそうな顔をしていた。 15分程走っていただろうか。さすがにこれ以上こんな車内にいては吐いてしまう。ルイスとオリバーはハービーと同じ隊に所属しているので慣れているのだろうが、ジャックは今にでも吐いてしまいそうな程に顔色が悪い。俺は何度かプライベートで走り屋と化したハービーに付き合わされたことがあったので少しは慣れているものの、あと五分耐えろと言われたら耐えきれる自身はない。直線コースにさしかかった辺りでファーブが口を開いた。 「あと数百メートルで危険地域に突入ですよ。準備しておいて下さい」 そんなことを言われてもしがみつくのに必死でそれどころではない。何とかフロントガラス越しに現在の街の状況を確認した。爆発によるものか、火災が幾つか発生し、危険地域周辺は建物が幾つか爆破されたらしく瓦礫だらけだ。そこに敵の姿と応戦中の軍人が見える。 「お、おい! ハービーそろそろスピード落とせよ!」 ジャックの悲鳴に近い声が聞こえる。だがハービーは無視してスピードを落とすことはしない。 「! 前方に&ruby(パワード・スーツ){強化服兵};! ハービーさん!」 オリバーは前方に敵の存在を発見したらしくハービーに伝えたが、それを聞いてもまだスピードを緩めもしない。パワード・スーツが目の前にいるとしたらかなり危険だ。並の銃じゃダメージを与えられないのだから。さらにライトマシンガンなどの大火力の銃器もパワー・アシストによって容易に扱えるようになっているので攻撃をもろに受けたらこのジープも下手をすれば大破してしまう。 「俺の前を走るなぁぁ~!!」 ハービーが奇声を上げた瞬間、下から突き上げられるような衝撃を感じ、次の瞬間車内の全員が宙に浮いていた。……もとい、ジープが宙に浮いていた。わずかに銃声と、弾丸がジープの装甲に当たる音が聞こえるが、それより前に何が起こったか理解するのに時間がかかり全員呆けていた。俺の向かいにあるフロントガラスの向こう、ほんの一瞬の出来事だったが、何かを撥ね飛ばしていた。……ご想像の通り、パワード・スーツをジープの重量全てをかけて撥ね飛ばしたのだ。おそらくジープが飛んだのはハービーが瓦礫に乗り上げさせたからだろう。だが全てが上手くいくわけではなく、着地に失敗したジープは横倒しになってしまった。 「ッテテ……ハービー、お前無茶苦茶すぎるぞ……」 「命なんて捨てる覚悟がなきゃ走り屋は語れねぇ」 性格がいつになったら戻るのだろうか。 「とにかく、ジープから出るぞ。このままじゃ敵に囲まれる」 ルイスが投げナイフを一本ベルトから引き抜いて現在頭の上に位置しているジープのドアを開けた。ハービーも運転席側のドアを開けて外の様子を窺い外に出た。 「ルイス、悪いが……」 「わかっている、小さいって言うのは不便そうだな」 俺はルイスの手を借りて先にジープから脱出した。銃声が響いている。辺りで交戦中なのだろう。どうやらこの周辺には先程ハービーが撥ねたパワード・スーツしか敵がいなかったようだ。だがここは既に敵地、警戒を怠ればどこから攻撃されるか分かったものではない。ルイスは先にオリバーを外に出したらしい。正しい判断だろう、彼は小柄で、大体90センチぐらいだろうか。そんな彼を後回しにしてしまえば少々時間を食うだろう。それにもうひとつ理由がある。マークスマンの彼は遠方の敵を察知する必要があるので裸眼でも視力が鋭いし、双眼鏡を持っている。遠方からスナイパーがこちらを狙っていると言うことも十分あり得るので先に彼を降ろして周囲の安全を確認した方が良い。 「うわっ、ジャックお前……」 ジープの中からルイスの声が聞こえる。どうしたのかと思ったが、次の瞬間に理由が分かった。&ruby(す){饐};えたにおいが漂ってきたのだ。遂に我慢の限界に達したジャックが嘔吐したらしい。ジープから出てきたジャックは顔面蒼白でこのまま倒れてもおかしくない程の状態だった。 「もう……二度とハービーの運転する車には乗りたくない……」 そう言ってぐったりと瓦礫にもたれかかるジャックを見てハービーを窘めようかと思ったがやめた。彼の気質はおそらく変わらない。三つ子の魂百までである。 「敵兵の姿は今の所確認出来ません」 オリバーが双眼鏡で辺りを見つつ言う。今の所近くにも敵の存在はなさそうだ。ファーブが大儀そうにジープから脱出するのを確認した時、無線が鳴った。今回の任務から試作タイプの無線機と通常の無線を同時に持ってきている。と言うか試作タイプは身に付ける形になっている。右耳にイヤホンのようなものを付け、首にマイクと無線の無線の本体が一体となった首輪のようなものを付けている。要するにヘッドホンとマイクが離れているインカム、ヘッドセットのようなものだ。今まで特殊部隊の隊員全員にヘッドセットを配給しなければならなかったそうだが、種族の多種多様なポケモンにとっていちいち種族にあわせたヘッドセットを作るのではコストがかかるので通常の小型無線機で代用し、本部へのコンタクトは通信手の持っている少々大型のものでないと出来なかったが、試作タイプは通信手がいなくても本部へのコンタクトも容易に可能になり、何より無線機をいちいち取りだして連絡を取り合う必要が無くなる。これは隙や装備の軽減にもなる。だが首輪型なのは飼われているような感じがして嫌だという批判も多い。 『アルファ、ベータ、応答しろ』 「こちらアルファ、ベータも全員いる」 『どうした? 少し前からブリーフィングを行おうとして連絡を取っていたんだが?』 「すまん、気付かなかった」 理由は本部にいる連中には伝わらないだろう。だが何となく察しては欲しかった。 『とにかく、目的地に着いたようだな。遅くなったがブリーフィングを行う』 ここにいる隊員達の全員がちゃんといるか確認してから無線に耳を傾けた。 『今回のテロの首謀者はドレビン・アローン、前回の任務でアルファが確保したピカチュウだ』 「まさか!」 俺は思わず声を出した。少し街から離れた場所にあるちんけな収容所に重要人物を収容するわけにもいかず、街の警察署、そこの堅牢な牢獄に閉じこめられていたはずである。警察は腑抜けで頭の固い連中ばかりになってはいるものの、そこの牢屋だけはわがままな子供に対してそこに入れてしまうぞと言うだけで子供が泣いて謝るような場所である。そこから外部と連絡など取れるはずがない。 『……どうやってかは分からないが脱獄したらしい。今はその区域の中心にあるビルの屋上にいるようだ。スナイパーを配置して狙撃を試みたが、どの狙撃ポイントにも&ruby(アンブッシュ){待ち伏せ};していた敵兵がいたらしくスナイパーがやられてしまった。これ以上犠牲を増やすわけにもいかない。これからはお前達の腕が頼りだ』 「わかっている。それで、どういう作戦をとる?」 ルイスは投げナイフを手の中で回しながら言った。 『現在、ガンマ・チームが正面から威嚇を行って敵を集めている。ベータ・チームが到着し次第それらに攻撃を開始するように言ってある』 「俺達は……どうする?」 まだ具合の悪そうなジャックが呟くように質問した。そう言えば、アルファ・チームは今だ穴埋めのための隊員が配属されておらず俺とジャックの二匹だけなのだ。それなのにこの一大事にチームプレイに関して穴の空いている隊をそのまま動員する理由がさっぱり分からない。 『今回、アルファ・チームには中央ビルに潜入し、ドレビンを捕獲してもらいたい』 なるほど、それなら四人の小隊よりも機動性に長けているツーマンセルの方が向いている。 「だがそれならオメガ・チームの誰かに行かせればよかったんじゃ? 彼等は潜入工作を専行している部隊じゃないですか」 『一匹は骨折を負って休養中、もう一匹は潜入している最中だしもう一匹は殉職した。オメガ・チームの隊長と来たら「今日は妹の結婚式がある」とか言って有休を取っている。他にも潜入工作を専行している者はいるが、さすがにオメガ・チームに配属されていない者を一匹で潜入させるとなると荷が重すぎる。数が少なくなっていてチームプレイが可能な部隊と言えばアルファ・チームが都合がよかったんだ』 ファーブは納得したと言った様子で頷いていた。総合的な訓練は受けているが潜入工作を実際に行うのは初めてだ。ジャックも同様であるので少し緊張していた。 「あ! 隊長、こっちに敵の小隊が来てます。しかも複数!」 『ブリーフィングはここで打ち切るとしよう。本部からナビゲートするから言われた通りに進んでくれ』 全員が武器を手に、戦闘態勢に入った。数が多いければ&ruby(CQB){Close Quarters Battle};も警戒範囲が広がるので楽にはなるが、その分敵の攻撃を浴びやすい。慎重に行動する必要があるだろう。 ルイスは瓦礫に身を潜め、俺達を集合させた。アルファ・チームは人員が減ってしまうことを許されない状況にある。なので現在の状況ではアルファ・チームを護衛すると同時に援護する必要のあるベータ・チームに一番の権限があるのだ。オリバーが発見した敵は今俺達が身を潜めている瓦礫の先にいる。ルイスは敵の様子を隠れつつ窺っている。 『……敵がいる最短ルートを通るか、それとも比較的安全な遠回りの道を通るかだ』 「愚問だ。この隊をみんなが何と呼んでいるか忘れたか?」 無線越しのため息を聞いて、俺は思わず呟いた。 「&ruby(Mad soldiers){狂気隊};か……」 「死ぬなよ、デイビィ」 ハービーの意味ありげな頬笑みを見た瞬間、ルイスがアイコンタクトを取る。 「良いか、相手はテロリストだ。市民の安全を壊す悪党、つまり排除しなければならない。ためらうな、ためらう前に殺せ。逃げるな、逃げるぐらいなら殺せ。私が言いたいことが分かるな?」 俺とジャックが少し首を傾げると、ルイスはにやりと笑った。 「とにかくぶっ殺せって事だ」 ……いつか彼がターゲットの任務が来るのではないのか不安だ。ルイスは真顔に戻ると、投げナイフを構えた。 「&ruby(ムーブ){行け};!」 ミッションスタート。 「がはっ!」 まず最初に聞こえたのは敵の断末魔だった。ガバイトの額にナイフが突き刺さっている。ルイスが手首を返すとそれはくるくると回転しながらルイスの手元に戻ってきた。一体どんな仕掛けなのだか。仲間の一人が攻撃されたのを見て敵が応戦してくる。全員ボディアーマーは着ていないものの、迷彩柄の野戦服を身に着けているものが多い。入れ墨にタトゥー、ピアスが遠目からでも見えるため、おそらく金で雇われたごろつき共だろう。武器はほとんどのものがサタデーナイトスペシャル((小型で安価な比較的入手しやすい拳銃の総称。粗悪品が多い))だ。中にはガバメント((正式名M1911。70年以上アメリカ軍の制式拳銃だったコルト・ファイヤーアームズ社の傑作拳銃))、AK-47((“人類史上もっとも人を殺した兵器”として有名なアサルトライフル))、M16A1((コルト・ファイヤーアームズの制作したアサルトライフル。アメリカ軍に制式採用されている))などを装備している者もいた。しかし、こちらはその装備を圧倒的に凌駕している。ガバメントは大型自動拳銃では初期のものなのでカスタマイズしていれば別だが全体的な性能としてはM9に劣るし、M16A1は近年行われた実射テストにおいては動作不良はM16A1に対しM8は約五分の一程度、初速などは劣るものの小型軽量、人間工学的にデザインされていて扱いやすい。AKにいたってはコスト、全長以外の面では軽く凌駕している。しかもこっちは訓練を受けた精鋭、相手は柄の悪いただの雑兵、勝負は見えている。 「チッ、これじゃ埒が明かない」 「そろそろ、僕の出番ですかね」 ファーブはRPGを手にとってジャックの横に並んだ。今まで彼は攻撃することもなくただ戦闘の様子を見ていた。彼は本当に爆発物しか持ってきていないので、下手に攻撃を仕掛けているとすぐに弾が無くなって徒手格闘で戦わざるをえなくなる。CQBの時はオリバーからM9を借りるらしいが、今は楽しそうに敵の断末魔を聞いていただけだった。 「カバー!」 ファーブが援護の要請を出す。すぐにジャックが攻撃しそうな敵を確認し発砲する。 「クリア!」 ジャックが攻撃したことによって敵が物陰に隠れたのでそれをファーブに伝える。ファーブは別の瓦礫の影に移動し、RPGに弾頭を装填する。そしてすぐ撃てるように構えた。 「レディ!」 ファーブの指示を聞き、ジャックがM8を構える。だが撃つことはしない。今撃つと&ruby(フレンドリー・ファイヤ){同士討ち};の危険がある。次の瞬間、爆音が聞こえる。ファーブがRPG-7を発射したのだ。いつも思うのだが、&ruby(バックブラスト){後方噴射};が激しい。敵が固まっていた辺りでまた爆発が起き、敵が複数吹っ飛んでいく。 「道は開けた。ゴーゴーゴー!」 ルイスが指示を出し進んでいく。俺達もそれに続いた。 「あぁ……良い……。敵の吹き飛ぶ様……」 「悦に浸ってる場合ですか! 行きますよ!」 恍惚な表情をしているファーブにオリバーがM9を投げ渡しつつ言う。どう考えてもファーブが変態にしか思えなくなってきた。 ---- ***第十幕 [#t9df3a02] 『そこからアルファ・チームは別ルートだ』 本部からの指示が入る。敵がちらほら見かけられる道をしばらく行った所だったが、この付近は安全のようだ。 「これから先はお前達に引きの行動が全てを左右することになる。しくじるんじゃないぞ」 「言われなくても分かってる。無論失敗する気など無い」 ルイスの言葉にそう返したものの、少しは不安というものがあるのも事実である。全てを万能にこなす、配属されるのが一番難しいアルファ・チームの隊長ではあるものの、潜入工作の実戦は初めてだし二匹だけというのも今まで経験したことがない。だがその辺りを乗り越えなければならない立場にあるというのもよく分かっている。 「お前の波導は揺るぎないな。必ず成功させてこい」 ルイスはそう言い残し、ガンマ・チームがいるビル正面の方向に進んでいった。それに続き、ベータ・チームの全員が全方位に気を配りつつ去っていく。 『アルファ、お前達はビルの側部にある緊急避難用の通路に向かってくれ』 「了解」 瓦礫の多い道を進み、俺とジャックはビルを目指した。体が小さい分瓦礫の隙間を通ったりする時は都合が良いが、大きな瓦礫に道をふさがれると動きようがない。ナビゲートに従うしか移動する方向がわからない時すらある。ジャックはその点、瓦礫でも何でも飛び越えられるぐらいの脚力はあるが、なにぶんさっきの嘔吐のせいで随分と気力を削がれているらしく時々転けそうにすらなっている。 「そろそろだな」 俺は呟いてビルを見上げた。高層ビル、と言う程のものではない。それなら空軍降下をした方が都合が良い。あのビルは街の中央部に位置している小規模な会社のビルで、そろそろ倒産間近だったので取り壊すという話が上がったがまだそこの社長が諦めていないらしく完全に倒産するまでは取り壊しを延期していたらしい。だが何故そんな場所にドレビンは陣取っているのだろうか。爆破した時に偶然残っていたビルを占拠したと言うだけでは伏兵を狙撃ポイントに配置していたという計画性とつじつまが合わない。第一逃げるにしてもそんな場所では攻撃を受けるのは必至だ。ヘリに乗って逃げるにしても、&ruby(Fire-and-forget){ファイア・アンド・フォーゲット};((ミサイル本体が目標を&ruby(ホーミング){追尾};する能力を持つもの。撃ちっ放し能力))の地対空ミサイルで攻撃されればあっという間に撃墜されてしまう。謎が多いが、今は任務の遂行が最優先だ。 「! 敵がいる、下がれ」 侵入出来そうな場所にはやはり敵兵が配置されていた。非常用通路の前に三匹程ごろつきが&ruby(たむろ){屯};している。あそこを通らなければビル内部に潜入は出来ない。 「&ruby(HQ){Head Quarters};((司令本部のこと))、通路の前に敵兵が屯している」 『一匹ずつ悠長に倒していては増援を呼ばれる可能性もあるな。グレネードを使え』 「それが……距離がありすぎる。おそらくジャックでも届かない」 30メートル程先だ。元々ものを投げたりするのに向いていない体躯では届くはずがない。 「隊長、大丈夫です」 「?」 「少しM8をカスタマイズしておいたんです」 見れば、ジャックのM8にはグレネードランチャーが装備されていた。これならば遠距離にグレネードをお見舞いすることが出来る。 『行けそうか?』 「ああ、ジャックがグレネードランチャーを装備していた。これならいける」 『そうか。ベータとガンマが正面で敵の大群と戦闘中だ。彼等の弾薬や体力にも限界がある。出来るだけ早く任務を遂行するんだ』 「了解」 ベータ・チームにはルイス、ガンマ・チームにはカーラだ。おそらく4時間は耐えられる。だが仮にそこまでもったいぶって終わらせてしまえば後々俺がどんな目に遭うか……。想像するだけで寒気がする。 ジャックはグレネードランチャーにグレネード弾を装填し、後ろ足だけで立ち上がってM8を構えた。銃身下部に装備してあるグレネードランチャーを使うには両手を使う必要があるのだ。無論、通常の戦闘の際も両手で持って使うが、移動しながら攻撃せざるをえない状況の場合も多く、その場合は移動のために片手だけで射撃を行う。中には移動する時も両手を使って射撃しながら後ろ足で移動するものもいるが、あいにくそれは才能がなければ出来ない芸当である。四足歩行のポケモンが銃を使う際はその辺りがネックとなるが、その分移動する時のスピードや&ruby(ほふく){匍匐};状態で移動しなければならないような状況での対応の早さ、身体の頑丈さや徒手格闘などの武器を所持していない時の戦闘力など、様々な場所で二足歩行のポケモンに勝るとも劣らない場所が多い。 「ジャック、分かっているとは思うが足下をねらえ」 「了解」 ジャックは少し瓦礫から身を乗り出し、グレネードランチャーの照準器を覗き込みながら狙いを定める。そしてグレネードランチャーを発砲した。 ドン!! 「ほがぁっ!」 爆発と共に間抜けな断末魔が微かに聞こえてきた。煙と埃で着弾地点はよく見えないが、ジャックに指示を出してビルに駆け寄っていく。敵がいた場所に着くと、二匹は既に死亡していたが、一匹だけ傷だらけで虫の息の状態のグラエナがいた。このまま放っておいても何も出来ず死ぬだけだろう。だがそれまでずっと痛みで苦しみ続けることになる。果たしてどうするのが正しいのか。メディックを呼んで助けてやろうとするのか、それとも……。 バン!! 即効で結論を出した。グラエナは額に穴が空いて事切れている。仮に助けたとして、それでどうなるというのだ。このグラエナは金さえ貰えれば何でも、それこそテロを起こすような輩なのだ。死んで当然と言えばそこまでだが、俺は未だに誰かを殺すことに抵抗がある。しかし今俺がこのグラエナを撃ったのは殺すためではない。いや、殺すためではあるが、これ以上の苦しみを与える必要はすでにない。だから楽にしてやっただけのことだ。いちいち気に病んではいられない。それが俺の今いるこの世界、引き返せない状況という奴だ。 「HQ、ビル内部に潜入した。ナビゲートを頼む」 『こちらHQ、了解、まずは西に向かって階段を探すんだ』 指示通り、西側に向かう。ビルともなるとエレベーターで上っていきたくもなるが、エレベーターは止められていることが多いし、何より到着した先で大量に敵を配置されるという可能性もかなり高い。監視カメラもおそらく設置されていることだろう。とにかく上るには自分の足が頼りなのだ。 「ここだ」 階段を発見した。よくある折り返し型の階段だが、この手の階段は敵との思わぬ遭遇が多いので面倒な予感がする。 『こちらベータ、デイビィ、応答しろ』 「こちらアルファ、どうしたハービー?」 突然無線にハービーからの連絡が入る。階段を上りつつ対応出来るこの無線は採用されるべきだ。 『敵の勢力は思った程外部に集まってないみたいだ。内部でかなりの数の敵と遭遇する可能性がある。気を付けてくれ』 「ああわかった」 『ファーブのお陰で大分敵の数が減ってきた。さすがに志気も落ちてるからそろそろここにいる連中は逃げ出す頃だろう。片付き次第俺達も内部に向かう』 「了解。気は抜くなよ」 『もちろんだ』とハービーが言い、無線を終える。ハービーの話ではビルの中に大量に敵が潜んでいる可能性があるらしい。だとしたら階段の付近に配備されているだろう。そう思っている矢先、敵に遭遇した。悪いことにパワード・スーツだ。M240機関銃を持っている。体躯からしてフーディンのようだ。 「敵だ!」 パワード・スーツのフーディンが叫ぶ。これは恐ろしく危険だ。パワード・スーツに加え、他の敵まで集まられては絶対にやられる。一旦退くしかない。背後から連射される弾丸を避けつつ廊下に逃げ込んだ。一直線に進んだ先に道が左右に分かれている。そこまで行ったとして、後ろからパワード・スーツが迫ってきているのだからどちら向きに行けばいいのかなど考えている暇がない。勘を頼りに左側の道を選んだ。 「隊長、応戦しましょう!」 「無理だ! そんなことをしても圧し負ける!」 ジャックは何か言いたげだが、何を言わす気もない。第一今言ったように応戦したとして、こっちの火力が圧倒的に不足している。グレネードランチャーなどはあるものの、複数の敵に対しての効き目は薄い。それに弾薬が無くなるというのも目に見えている。こっちは今二匹しかいないのだ。 「……撒いたか……」 しばらく逃げていて、もう追っ手が来ないのを確認して一息ついた。追跡されている状態というのは恐ろしい程にストレスがかかる。発見されるかもしれないという恐怖と緊張、行動するたびに敵と遭遇するのではないかという不安など、そう言うものが激しいストレスになって気力を削いでいくのだ。そのストレスを解消しようと、俺は軍用のチョコレートを口に含んだ。相変わらず固いしそこまで&ruby(うま){甘};くない。だが食料の摂取、特に糖分を摂るのはストレスを解消する大きな要素でもある。 『こちらガンマ、デイブ、聞こえる?』 「カーラか……」 こんな状況でもあるために少しビクッとしてしまったのは内緒だ。 『ビルの前に集めてた連中、逃げもしないで懲りずに応戦してくるから皆殺しにしておいたわ。これから内部に突入する』 「少し前に見つかってしまったから連中は少し殺気立ってるだろう。気を付けろ」 『了解。私達が行くまで耐えててね』 そろそろ行動しなければならないだろう。非常階段にはパワード・スーツがいることが分かったので逃げる最中に通常の階段を上って少し上の階に来ていた。このビルはおよそ15階ほど。今は10階にいる。増援が来るのは少し時間がかかるだろう。 「……本当に奴ら……何匹いるのか……」 ジャックはかなり疲弊しているようだ。追加訓練の毎日であっただろうし、ここに到着した直後の嘔吐、ビル内部での敵からの追跡に対する逃亡、それらがストレスとなり身体的にも精神的にも疲れているのだろう。今まで弱音を吐いた彼を見たことがなかったので少し驚いた。 「もうすぐカーラ達が来る。それまで耐えるぞ」 “ガンマ・チーム達”と言わなかったのはカーラに好意を持っているジャックを元気づけるためでもある。ジャックはカーラを雌として好きなだけでなく、兵士としても尊敬している。だからこう言ってやるのが一番彼の気力回復を促すことになる。 最上階をこのまま目指そうかとも思ったが、他のチームの増援を待った方が良いと踏んだ俺は敵のいない部屋に身を潜めていた。敵との遭遇を避けられるポジションにあるのでストレスをそこまで感じることもなく、体を休められるので体力と気力を回復するのにはうってつけだった。俺はともかく、ジャックにはその時間が必要である。その時、壁の向こう側から慌ただしい足音が聞こえてきた。俺達は身を潜めたが、耳はそばだてておいた。壁の向こうから会話が聞こえる。 「そろそろここの階まで上ってくるらしいぜ……」 「嘘だろ……俺まだ死にたくねぇよ……」 「たった八匹のくせになんて強さだ奴ら……」 八匹、つまりベータ・チームとガンマ・チームが近づいているらしい。彼等程心強い味方はあるだろうか。 「でもよぉ……先に二匹来てたけどあいつ等どうなったんだ?」 「さあな……その辺にいたりするかもしれねぇ」 「脅かすなよ……」 少しひやりとしたが、ここを探るような様子はない。 「はぁ……金に目がくらんだ罰かもなぁ……」 「金はもらったし、もう俺達がいなくてもばれないんじゃねぇか?」 「かもな。でも降りる階段に絶対誰か居るだろ」 「向こうの階段だと連中だな……」 「どっかに隠れとくか……」 「そうしよう。ロッカールーム辺りに行こうぜ」 足跡が遠ざかっていく。そろそろ増援がやってくるのが分かっただけで今の二匹には感謝したい所だ。 「残弾数の確認をしておけ」 「了解……」 数分後、銃声が聞こえてきた。ベータ、ガンマ・チームが近づいてきたのだろう。おそらく俺達の位置はHQがナビゲートしている。 「ジャック、そろそろ任務を再開するぞ」 「了解」 次の瞬間、ドアが蹴破られた。そして間髪入れずにルイスが入ってくる。 「二匹とも無事か?」 「怪我はない。少し体を休めていただけだ」 カーラがルイスに続いて入ってきて、小さく笑った。 「潜入任務だったんでしょ? どこが潜入よ」 「その辺の惨状はお前達がやったことだろう。それにしても随分遅かったじゃないか。デートの約束だったなら俺は帰ってたぞ」 「あら、雌は少しぐらい時間にルーズな方が良いわよ。確かに待たされるのは嫌だけど」 また笑ってからカーラは真顔に戻った。 「任務を続けましょう。アルファ・チームは引き続きドレビン・アローンの確保、ベータ・チームはその援護、私達ガンマ・チームは人質が囚われていないか捜索する」 彼女にはやはりリーダーとしての素質がある。こういう場所で彼女の本領というのは発揮されるのだ。 突如、銃声が響いた。部屋のすぐ外からだ。 「隊長! 敵の増援を確認!」 カーラは舌打ちすると、ルイスを押しのけて部屋から出る。二秒後、爆音がした。あの独特の高周波はフラッシュバンだ。壁越しだったのでそれなりに音は殺されていたが耳が痛い。銃声と断末魔が俺達を正気に戻し、俺達は部屋から出た。カーラ達が通路の向こう側にいる敵に向かって発砲している。カーラが使う銃はデザートイーグル、IMI((イスラエル・ミリタリー・インダストリーズの略))の作った大型自動拳銃で、彼女は50口径6インチモデルのシルバーモデルを使用している。よく“雌や子供がデザートイーグルを撃つと肩が外れる”などと言うが、下手な撃ち方をしなければそうはならないし、何より使用者がカーラであるならばそれはあり得ない。 「しばらくはこいつ等と付き合わなきゃいけないようね」 「面倒な連中だ。死にたくないなら来なければ良いものを」 次の瞬間、ファーブがRPGを撃ち、通路にいた敵が全員吹っ飛んでいった。通路に瓦礫が積もる。 「屋内でRPG撃つバカがどこにいる!」 「ここですが、何か問題でも?」 ガンマ・チームの一匹が怒鳴ったが、ファーブはさらりと返した。確かに屋内でRPGを撃てば何が起こるか分からない。下手をすれば爆風が返ってきて自滅と言うことだってあり得る。 ガンマ・チームの隊員の説明をしておこう。隊長のカーラ・ヴァレンタイン、彼女は今までかいつまんで説明をしてきた。誰もが目を惹かれる美貌の持ち主でありながら、嬉々として嫌いな雄を殴り倒す凶暴性を秘めている。さっき怒鳴っていたマニューラがジョー・マンドレイク。彼は実用性皆無と言われてきた二丁拳銃を使いこなす猛者だ。Mk.23((ソーコムピストルと呼ばれる場合がある。H&Kによって特殊部隊用に作られた自動拳銃))を二丁、両手に持って使う。その連射力は自動小銃に匹敵するとか。しかも命中精度はと言えば下手な警察よりかなり精度が高い。本人曰く、「たゆまぬ努力の結果」だそうだ。意外と彼は熱血漢だったりする。さっきから無言なアブソルはアレン・アシッド、オリバーの兄である。弟と同じく、どこからどう見ても雌にしか見えない。いつもやる気のなさそうな、覇気の全く感じられない眼をしている。だが戦闘に入った瞬間キレる。眼光鋭く敵を睨み付け、怯んだと思った次の瞬間には彼ご自慢のP90によって額をぶち抜かれている。しかし何故かフルオート連射はせず、セミオートでしか撃たない。一度民間型のPS90なのではと疑ったがバレルはP90のものだったし弾も軍用のものだった。ちなみに俺と同い年らしい。オリバーは18だそうだ。最後の一人はカーラと同じグラエナのザック・ブルーノ。カーラにちょっかいを出してはボコボコにされているのをよく見かける。どうやら過度なスキンシップを取るのが癖のようである。彼の使う銃はベレッタM93R、M9をベースフレームに攻撃力を高めるため3点バースト((一度引き金を引くと3つ弾を連射する。3点射))の機構が付いているマシンピストルだ。M9に比べ、装弾数が20+1発と多い。余談ながら、彼の口癖は「まぁ、何とかなるっしょ」である。適当な性格らしい。 「連中の拠点はこの先みたいだな」 「ここに来るまでは来てませんでしたがね」 ザックの言葉にファーブが返すと、彼は口の端をつり上げて笑った。恐ろしく不気味である。 「皆さん、少し手を休めましょうか」 何を言っているんだと俺はファーブを見たが、手に持っている何かを彼が握った所までしか見えなかった。次の瞬間にはビル全体が揺れるような爆発が起きたからである。 「フフフ……これこそ快楽ですよ……」 彼は変態の域を超越した変人である。敵が今まで乗り込んできたドアの先が吹っ飛んでいた。 「煙を吸わないようにして下さい。毒性物質が混ざっていますから」 「お前……いつの間にC4を……」 爆発した時に毒性のある物質が発生するのはC4の特徴である。ファーブが通りすがりざまにC4爆弾を設置していたらしい。握っていたのは起爆ボタンか。 「とにかく、増援は絶てたみたいね。先へ進みましょう」 一番前線に立っていたカーラは進めなくなった道を背に向けた。 「! カーラ!!」 突然ジャックが叫び、発砲する。弾丸はカーラの頬をかすめ、まだ一匹残っていた敵の胸部に当たり絶命させた。あのままではカーラが撃たれていただろう。 「カーラ隊長、すいません……。呼び捨てにしてしまって……」 「あら、こう言う時は『大丈夫か?』って聞くものよ」 「え?」 「ありがとね、ジョン。金曜デートしましょ」 カーラはくつくつと笑いながら先に行ってしまった。ジャックはと言うと何を言われたのか理解出来ていないのかまごまごしていた。ザックは「やったな」と言いながらジャックを小突きカーラに続いた。ベータ・チームの連中もニヤニヤと笑いながらジャックを見ている。ようやく状況を理解したジャックは小さくガッツポーズを取っていた。 「上に向かうに連れて……敵が上等な装備になってくるな……」 「レベルⅢ規格のボディアーマーを標準装備か……」 ライフル弾が貫徹しないレベルのボディアーマーだ。ただし、ボディアーマーは消耗品である。複数発撃ち込めば致命傷を負わすことも出来る。 「弾薬の節約をしないと持たないぞ、ヘッドショット((頭部への射撃のこと))を狙え!」 「了解!」 ジャックはかなり張り切っていた。先程の疲弊した様子はどこへやら。やはりカーラの一言が要因だろう。彼女もそれをわかっていて言ったのだろうが。今現在は通路にいる敵と交戦中だ。パワード・スーツもいたが、オリバーが急所である目に命中させたために攻撃される前に片付けることが出来た。既にガンマ・チームとは別行動を取っているので、彼女の持つデザートイーグルの打撃力やアレンのP90の貫徹力には頼れない。屋内では爆発物をむやみに使えないのでファーブのRPGにもパンツァーファウストにも期待は出来ない。第一RPGは弾頭が尽きたそうだ。頼れるのはオリバーのM14 DMRとハービーのMP7、ジャックのM8のみだ。だがルイスはルイスで的確に急所にナイフを投げ込んで手傷を負わせている。彼も頼りにはなるだろうが、投げナイフがあと一つしか残っていない。手元に返ってくるのはナイフが使用可能な切れ味を保っている時だけらしい。 「グレネードで終わらせます。下がっていて下さい」 ファーブが痺れを切らしたか、グレネードを両手に三つずつ持って言った。これは何か言えばこっちがやられる危険がある。好きにさせるのが一番だ。ファーブが片手の三つのピンを引き抜き通路の奥に投げ込む。更に間髪入れずにもう三つも同様に投げ込んだ。耳を塞いでいたい悲鳴と爆音が聞こえる。進攻するなら今しかない。ルイスを先頭に一気に通路になだれ込んでいく。ルイスはバトルナイフで道をふさぐ敵を切り伏せ、止まることなく先に進む。 「階段の手前で敵を防ぐ。アルファは屋上に向かえ!」 「わかった、しばらくの辛抱だ、耐えてくれ!」 俺とジャックは階段を駆け上がっていく。あと二階上に上がれば屋上だ。 敵との交戦が二度程あった。慎重に戦い、弾を節約はしてきたものの、もう限界である。 「チッ……マガジンがあと一つしかない……。ジャック、弾は残ってるか?」 「M8の弾は尽きました……。トカレフもあとマガジンが二つだけです」 「……万事休すか……」 あと一度でも戦闘が始まれば俺達はやられる。弾がなければ勝てるはずがない。だが俺達の行動に全てがかかっているのだ。極力戦闘を避けて行動はしてきたが、ふいの遭遇で戦闘を免れない場合もある。このままではベータ、ガンマ、全てのチームが全滅してしまう。 『こちらベータ! 敵の増援が来た! デイビィ、まだか!?』 「すまん……弾薬が尽きた……」 『何だって!? 俺達もあまり長くは持たない! こっちは敵の武器を使うって言う手もあるけど、俺達は増援にはいけない! 何とか頑張ってくれ!』 「…………」 どう頑張ればいいと言うのだろうか。誰か教えてくれと言いたい所だが、それを教えてくれる人はおそらく「諦めろ」と言うだろう。 『諦めるな! 諦めたら全部終わりだ!! ぅわっ!』 「どうしたハービー!? 応答しろ!」 『パワード・スーツが増援に来た! 無線は終わりだ!』 無線がそこで切れ、下の階から銃声と爆音が聞こえてくる。俺達は絶望に近い感情を持っているのだからそれが希望の崩壊する音にしか聞こえない。その時、ジャックがふいに顔を上げた。 「隊長……何か聞こえませんか?」 「……歌声……? こんな戦場まがいの場所でか?」 確かに聞こえてくるのだ。軽い、今にも目の前でおとぎ話に出てくる妖精でも表れそうな滑らかな歌声。吸い寄せられるように俺は歌声の聞こえる方向へ進んだ。無論警戒はおこたらない。 「……あれは……M8だ」 通路の真ん中になぜかM8が置いてある。しかもコンパクトカービンモデル。それに近づくにつれ、歌声は大きくなっていく。トラップを警戒しつつ、俺はそのM8へ手を伸ばした。 「待て」 突然の声に俺もジャックも銃を構えた。しかし先は暗闇で何も見えない。だが誰かがいると言うことは分かる。さっきの声と共に、歌声は消えた。一体何者がいるというのだろう……。 ---- ***第十一幕 [#u4428d76] 暗闇の中から白いハンカチが現れ、ヒラヒラと揺れている。 「私は敵じゃない」 その言葉と共に、暗闇の中からムウマージが現れた。雌か……。 「でもまだ味方でもない」 「何者だ」 ジャックがトカレフをムウマージに向ける。ムウマージは怖がる素振りは見せないものの、さも不快そうな表情をしてジャックを見た。 「まず銃を降ろしてくれる? もう少し落ち着いて会話とか出来ないわけ?」 「何……!」 「ジャック、落ち着け」 俺はジャックをなだめた。だが無論このムウマージの言った通りにする気もさらさら無い。 「お前が何者なのか分からない中で、警戒するのは当然だ。お前が何者なのか言えば少しは警戒を解いてやる」 ムウマージはめんどくさそうに肩をすくめた。そしてくるりと後ろを向き、何かブツブツと呟いている。怪しい限りだ。そして唐突に振り返り、元気よく言った。 「私はハル! さすらいの武器商人って所かな」 「武器商人?」 武器商はさすらってはいけないと言う事はないのだが、根無し草であちこちを行く武器商人となるとあまり評判はよくないはずだ。利用したい時はいつの間にか居なくなられていると言うことも多いだろうし、何より平和な所で武器を売る輩がいればどうやっても敵視される。 「まぁ、武器商は趣味で、本業は魔女なんだけどさ」 ハルは楽しそうにケラケラと笑うとハンカチから&ruby(アップル・グレネード){手榴弾};を出して見せた。マジックに感心する暇は無しに、目の前で武器を出されればこちらも武器を構える他無い。だがハルはそれを見ておかしそうに小さく笑うと、手榴弾に手をかざし、それを押し潰すように手を叩いた。そして手を放すと、そこには手榴弾ではなく&ruby(アップル){リンゴ};がある。驚く俺達を尻目に、ハルはそのリンゴを囓ろうとしたが、途中でやめた。 「いる?」 リンゴを俺達に差し出してきたが俺達は首を横に振った。ハルは肩をすくめるとリンゴを床に置いてM8を手に取った。トリガーに手をかけないので銃は向けないが警戒は怠らない。 「どうやらお困りみたいだね」 ハルはM8に付いた埃を払いながら呟いた。銃の扱いには慣れているようだ。 「力になるよ」 「どういう事だ?」 くつくつと笑いながら彼女は俺達の顔を眺める。信用されていないと言うのが表情から伝わってくるのか一瞬だけつまらなそうな顔をし、M8を片手に持って腕を組んだ。 「商人にとって信用は金と同じぐらいの価値があるものなんだよ。せめて警戒を解いて欲しいな」 「無理だな」 ハルは小さくため息を吐き、「じゃあ」と俺に銃を渡してきた。 「挨拶がてらのプレゼントって事で」 「…………」 自らの方向に銃口を向けた渡し方というのは相手に信頼を得てもらうためには一番と言っても良い方法である。下手をすれば撃たれてしまうかもしれないのでそんな渡し方をするというのは相手を信頼しているからこそだ。向こうがこちらを信頼していなければこちらが向こうを信頼することなど不可能に近い。この銃を受け取ればそこにはわずかながらに信頼というものが生まれるという事だ。……俺は銃を受け取った。 受け取ったが、そこまで大した信頼ではない。俺はジャックにハルを警戒するように伝え、銃の細部に何か細工が施してないか確認を始めた。 「M8、つい最近軍に制式採用されたシステムウェポンだよね。H&KのG36アサルトライフルをベースに強化プラスチック素材なんかの新素材を使用した人間工学的なデザインで設計されていて体にフィットして自然な体勢での射撃を可能にし、反動を軽減。各兵士ごとに自分にあったアクセサリーによるカスタマイズが可能。命中精度はトップクラスだし、動作不良も少なくて反動も小さいから片手でフルオート射撃を行っても高い命中力を維持出来るよ」 ハルは少し熱っぽく語っているが、こっちはあまり聞いていない。十分承知していることだからだ。 「今キミに渡したのはコンパクトカービンモデルのM8。&ruby(ショートバレル){短銃身};にストックは無し、100連装ドラムマガジンを付けてあるから複数の敵に対しても対応出来るよ」 俺がバレルを取り外して中を覗き込むとハルがクスクスと笑いながら俺に向かって言った。 「大丈夫だよ、何も詰めてないから。そっちの人もM8持ってるみたいだからバレル取り替えられたら意味無いじゃん」 「……妙ながたつきも細工もない。信用して良いみたいだな」 「当然」と胸を張るハルは子供じみて見える。 「もし合わないなら他のアクセサリーも提供するよ」 「いやいい。所でお前はこんな所で何をしてるんだ?」 ハルはきょとんとするとにこりと笑って答えた。 「商売だけど?」 「こんな戦場みたいな場所でか?」 「そのお陰で私は新商品の入荷が出来るわけ」 どういう事か問いただしてみると、つまり彼女は戦死した兵士達の装備を漁って銃や弾丸を入手しているらしい。法律違反だとジャックが語気を荒げたが「死人に口なし文句も無し」と言われてもはや彼女に何を言っても無駄だと悟った。 「そこで私は商品集めに協力してくれるクライアントを捜してるわけ」 「なんだって?」 「つまり死体荒らしに加担しろと? 冗談だろ?」 「冗談言ってる顔ですか?」 いたって真顔である。それにしても彼女のテンションには全く付いていけない。 「あのね、拾った武器を届けてくれるだけでいいの、わかりますか? 分かんないなら私は協力出来ないんだぜ」 「……今は四の五の言ってられないか……」 「よーし、時は金なり、早速ビジネスのお話~」 要するに、俺達が任務の時は敵が落としていった武器をなんでも良いから拾って届けてくれればいいと言うことだった。手短にと言ったので、細かいことは後々説明するとか言っていたが、これ以上彼女と関わりたくはない。 「簡単に言えばポイント制の物々交換。まあもちろん普通に現金でも良いわけですけど……」 「それで、今は敵から奪ってきた銃何か持ってないんだが」 「キミ達には特別に、初会得点として10000ポイントプレゼント~。ワ~!」 会話するだけで疲れる相手というのは久しぶりだ。 「それで、まさかポイントカードでもくれる訳じゃあるまい?」 「もちろんそんな古臭いものは使いません。ではお手を拝借」 ハルは何か渡そうとしているようだった。俺達は一瞬アイコンタクトを取ったものの手を差し出した。ハルはにこりと笑うと俺達の手を同時に握る。その瞬間手の平……もとい肉球だ、そこに痛みを感じた。反射で手を引っ込めようとするものの握られた手をハルは放そうとしない。ジャックも同様のようだった。数秒後、ハルは手を放してクスクスと笑った。 「ご契約ありがとうございま~す」 「な、何をした!?」 「契約には何かしら代償がつきもの。魔法じゃないけどこれは基本だよ。キミ達にはチップを組み込ませてもらいました~」 「チップ?」 ハルはペロリと舌を出して続ける。 「特殊なチップ。ポイントが記録されてるからどんな時でも私を呼べば駆け付けま~す。弾薬が無くなって困った時は一報あれ。無線からのご連絡の場合は周波数146.66になりま~す」 「……駆け付けるって事は発信器も付いてるのか? 電波を察知されたらどうする?」 「発信するのは電波じゃないからご安心。ばれないよ」 そう言うとハルは暗闇に引っ込んでいき、箱を持ってきた。 「さて、ビジネスビジネス。今キミ達に必要な弾薬を持ってきたよ。ポイントを使って購入して下さいな」 「価格は?」 「M9の9mmパラベラム弾は30発で500ポイント、トカレフTT-33の7.62mmトカレフ弾は30発650ポイント、M8の5.56mm NATO弾は30発300ポイント頂きます」 高い。嫌がらせか? 「……え~……」 「ん~、急がないとまずいんじゃない? ベータ・チームのみんなやられちゃうよ~?」 「!」 ハルはニヤニヤと笑いながら俺達を見ている。彼女が何故それを知っているのだろうか。 「何故それを……」 「私は魔女、簡単なことだよ。キミ達が来るのも分かっててここにいたわけだしね。商売には良いカモ。商売をする時に必要なのは信用と商品。でもその前に店を開くタイミング、場所、客のニーズを知っておくことが重要なわけだよ。まさしく時は金なりの状態のキミ達にとって、迷ってる暇はないんだよ?」 その通り、迷う暇はないのだ。俺達は一刻も早く任務を遂行しなければならない。結局俺達はかなりのポイントを使って弾薬を購入した。ハルのその時の楽しそうな顔と言ったらない。殴ろうかと思ったが、さすがに雌の顔面を殴るのは気が引ける。 「ご利用ありがとうございました~」 「もう用はない。消えろ」 ハルは小さく笑うと、自分の目に指を向け、そのあと俺達を指さした。 「&ruby(Eye have you){いつも見てるよ};!」 そう言い残し、彼女は体を捻ってくるりと回って消えていった。周りにあった商品も全て消えている。残ったのはリンゴだけだ。 「……魔女か……」 「魔法なんて実在しません……よね?」 そう言いたくなる気持ちも分かる。ゴーストタイプのポケモンは自分の姿を消すことが出来ても他のものは消すことは出来ないし、なにより姿を消すだけであって移動は出来ないはずだ。それをあっという間に行ってしまう辺り、本当に魔法を使ったのではと疑いたくなる。だが今はそんなことを考えている場合ではない。弾薬も充実して志気も回復した。任務を遂行しなければ。 それから、何度か敵と遭遇した。だが弾薬は充実しているのでためらう必要もない。コンパクトカービンモデルのM8なら俺にも十分扱える大きさだ。今までM9しか使ってこなかったわけではないが、体に合うサイズのものがなかったのでM9をずっと使っていただけだ。100連装ドラムマガジンというのもありがたい。いちいちリロードを行う必要もないので素早い戦闘が出来る。いくらレベルの高いボディアーマーを装備していても連射されるライフル弾を全て防ぐことなど出来ない。強化繊維性のものであってもポリマープレートであっても当たれば劣化して脆くなる。常にフルオートというわけではないが、連射してやれば倒すことは容易い。そしていくら装備がよかろうと、結局相手はごろつき、素人に毛が生えた程度の戦闘力しかない。 「敵はフルオートで始末しろ! 時間がない!」 「了解!」 敵の数が減ってきた。屋上が近い。ここからは更に気を引き締める必要がある。屋上にはドレビン一匹だけ。武器も持っていないそうだ。と言うことは、伏兵が潜んでいるか罠を仕掛けられている可能性がかなり高い。この状況下で警戒せずに突っ込むような間抜けは普通いないだろう。指向性地雷や赤外線センサーなどのトラップがないか慎重を期して進んでいく。そして何事もなく屋上への階段を発見した。今更ながら、ここの構造は不親切でややこしい。階段ぐらい一つの場所に統一してくれればいいものを。 「この上にターゲットがいる。気を引き締めてかかれ」 「了解。背中は任せて下さい」 俺が前方を、ジャックが後方を向いた状態で陣形を組み、俺達は屋上へと上っていった。 ドアを開け、屋上に躍り出ると、ドレビンが屋上の真ん中辺りにポツンと立っていた。ピカチュウのくせに黒いレザーのロングコートを羽織り耳はピアスだらけだ。それと何故かチェスの白のポーンを模した首飾りを着けている。見かけはごろつきと大した代わりのなさそうな奴である。辺りを警戒しつつ、俺達はドレビンに近づいた。と、突然ドレビンはコートを翻し俺達の方を振り返った。銃を構えるが、特に何をしそうな雰囲気でもない。 「ドレビン・アローンだな。罪はいちいち言う必要もないだろう、逮捕する」 形式上言うべき事だ。本来なら四の五の言う前に取り押さえるが、状況がこれでは慎重に行くしかない。ドレビンはと言うと、高圧的な雰囲気を醸し出しながら俺を睨み付けていた。 「僕はキミ達程度の奴らに捕まる気はない。最初に捕まったのも僕の計画の内さ」 「計画だと?」 さすがにここでその“計画”とやらをペラペラと説明してくれるような輩ではない。奴はペテン師、詐欺師なのだ。今言った“計画”も俺達の猜疑心を利用して何か俺達から逃げる策があるのかもしれない。ここでパニックを起こせば負けだ。 「その計画はもう一度牢獄の中でじっくりと聞かせてもらう。抵抗は無意味だ。おとなしく捕まるんだな」 俺はじりじりとドレビンに近寄っていく。しかしドレビンは逃げる素振りを見せない。まさか本当に素直になったわけではあるまい。不審に思い立ち止まる。 「フフッ、キミは頭が良いな。でも僕には劣るけどね!」 ドレビンが突然動いた。懐から何かを取りだし、それを高々と掲げると気がふれたかのように叫んだ。 「見ろ! 起爆装置だ!」 「何!?」 「このビルの周辺にはC4爆弾がセットされている! 僕がこのスイッチを入れればどうなるか分かるな? ビル周辺の爆弾が全て爆発し、この付近にいる奴らは皆殺しだ! 無論、お前達もな」 そんな隠し球を持っているとは。周囲にいる民間人は避難させたものの、ここには数百匹の軍人がいる。それを全て殺されるかもしれないとなれば迂闊な行動は出来ない。だが奴はペテン師だ、もしかしたらでまかせという可能性もある。しかし最悪の事態を想定しなければならないのが現状と言うものだ。ここはドレビンの言うことに従うしかないだろう。 「銃を捨てろ。ゆっくりとな」 「チッ……」 俺はゆっくりとM8を床に置いた。ジャックも仕方なく銃を捨てる。 「フン、&ruby(SOCOM){特殊作戦軍};の連中は扱いやすくて良いよ。何が一匹はみんなのためにだ、ヘドが出る」 ドレビンはニヤニヤと笑いながら俺を見ている。自惚れ屋だ、恐ろしく。自分の過ちに気付かない程自惚れるとは。起爆装置のスイッチから指を放している。そして、俺が捨てたのはM8だけだ。俺は素早くM9を引き抜くと起爆装置に向けて一発発砲した。俺の狙いからはずれて起爆装置には当たらなかったものの、ドレビンの腕に弾は命中し起爆装置を弾き飛ばした。ドレビンが悲鳴を上げる。その隙にジャックが弾き飛ばされた起爆装置を回収した。 「自惚れた自分を恨むんだな。詐欺師の割には頭が悪いじゃないか」 「っく……黙れ……! 僕はお前なんかよりもずっと頭が良いんだ……。僕は天才……天才なんだ!!」 ここまで来ると思うのだが、奴は人格障害なのでは無かろうか。そう言う、自分が全てにおいて最高であるという思いこみを持ってしまう障害があると聞いたことがある。確か“自愛性障害”だっただろうか。まあ今はそんなことはいい、ドレビンを確保しなければ。俺が奴の急所を撃っていないのは今回の目的がドレビンの確保だからである。俺がドレビンに駆け寄ろうとした次の瞬間、奴はポーンの首飾りを引きちぎり手に取った。 「動くなぁ!!」 今度は何だと思いつつ、俺は奴に銃を向けた。右腕は血まみれ、顔は痛みで出た涙と汗、鼻水に涎と顔から出る体液全てが出ている。完全に気がふれたようにしか見えない。 「この屋上には大量のC4がセットされている……お前の足下だよぉ!!」 俺にドレビンは叫んだ。俺の足下には何もないが、もしかしたら床の下に&ruby(ダクト){通気口};があってそこにセットされているのかもしれない。 「バカな! そんなことをすればお前も死ぬぞ!」 「いいや、僕は安全だってあの人は言ってくれた……。死ぬのはお前達だけなんだぁ!!」 おそらくスイッチになっているであろう、ポーンの上部をドレビンが押そうとした。その瞬間、ジャックが飛びかかる。無茶も良い所だ。だが距離が開いていたのと、ジャックの反応が間に合わなかったので既にスイッチを押されてしまった。 爆音。耳を塞ぎたくなるような爆音。だがそれは出来なかった。俺は爆風で吹き飛ばされていたからだ。しかし、意識はまだあった。爆心地は俺の足下ではなく、奴だった。ドレビンを中心に爆発が起きたのだ。あまりの爆風に俺は吹き飛ばされ、壁に後頭部を打ち付けて気を失ってしまった。 数分後だろう、俺は目を覚ました。場所はまだあの屋上だ。痛む後頭部を押さえつつ、俺はなんとか立ち上がった。屋上は変わり果てた様となっていた。ドレビンがいた所を中心に床に穴が空き周辺は爆風で瓦礫の山だ。 「……! ジャック!」 瓦礫の山の中にジャックを見つけた。傷だらけで意識がない。ドレビンに飛びかかっていた時に奴が爆発してしまったのだから爆風をもろに喰らっているはずだ。だがジャックはまだ死んでいない。わずかだが呼吸があった。 「ジャック! しっかりしろ!」 ジャックの肩を揺すってみたが意識を取り戻す気配はない。 「くそっ! HQ! こちらアルファ!」 『こちらHQ。どうした?』 「隊員の一匹が負傷した! 至急メディックの手配を!」 『ドレビンはどうなったんだ?』 「そんなことを言ってる場合か!! さっさとメディック寄こせって言ってんだよ!!」 思わず怒鳴ってしまった。事情はあとで説明しなければならないだろうが、こちらからしてみれば数段階上の階級である少将クラスの者に怒鳴り散らしてしまえば後々俺の立場が怪しくなってくる。だが今はそんなことよりもジャックの安否が重要だった。アルファ・チームの隊員で俺以外の全員が負傷したことになる。隊長の俺を残して全員だ。 『……了解、すぐにパラメディック部隊を投入する』 その言葉を聞いてほっとしたが、ジャックが意識を取り戻したのですぐにそっちに気を回す。 「ジャック、大丈夫か?」 「……隊長……」 「無理をしてしゃべらなくても良い」 ジャックは既に虫の息だった。息をするのも辛そうである。 「俺……隊長の部下になれて……幸せでした……」 「しゃべるな! 体力を温存するんだ」 「隊長の下で戦えたこと……誇りに思います……」 これではまるで最期の言葉ではないか。思わず歯を噛みしめてしまう。涙すら出そうになってしまう。 その時、視界の端に黒い影が映った。顔を上げると、カーラがここまでやってきていた。 「ジャック、しっかりなさい。死んじゃダメよ」 「……カーラ隊長……」 「カーラで良い。金曜のデートを忘れるんじゃないわよ。すっぽかして逝っちゃうなんて絶対に許さないから」 カーラはジャックの頬に手を沿えてじっと瞳を見つめていた。武装していなければ恋人同士にも見えたであろう。俺は一応カーラに本部がパラメディック部隊を寄こしてくれることを伝え、ジャックのそばから離れた。今は二匹だけにしてやろう。ジャックもその方が良いだろうと思った。遠目にジャックとカーラを見て、何気無しに空を見上げた時に頭に浮かんだのはリジーの顔であった。 ---- ***終幕 [#ce366fa0] 「結局ドレビンは爆死、ジャックも全治三ヶ月か……」 「もう意識はあるから金曜は病室の中でデートになりそう。まぁ、仕方ないか」 「ジャックには気がなかったんじゃ?」 「気が無かった訳じゃないけど? 今までは遊んでただけよ。不器用なアプローチしてくる所とか可愛くってね」 「人のことを言えないくらいぞっこんになりそうだな」 「言ったわね?」 こんな会話をしているのは夕方、治療室のベッドの上だ。俺も爆風で軽く火傷をしたり、後頭部に傷があったので今はあちこち包帯まみれだ。 「塞翁が馬って言うじゃないか。悪いことのあとには良いことがあるんだよ」 フレッドが俺の治療に使った道具を片付けながら言う。今回は特に失敗もしていない。 「そうだな。セオドアも意識が戻ったし、ジムもミランダとは上手くやってるらしい」 「ジムは引退するそうだけど、セオドアはリハビリが終わったら復帰する予定らしいよ。『デイブばかり無理してるようじゃあの隊はすぐ潰れる』ってさ」 「頼もしいな」 セオドアがいるというのは戦力的なことではなく、むしろ精神的に落ち着くという面が大きい。彼の存在は俺にとって兄に近い。どこかの義兄は頼りにならないが、セオドアは頼って良い存在なのだ。 「とにかく、事の首謀者は死亡、全ては謎のまま迷宮入り……。ま、今はね。一応今回の騒動も一区切り付いたって所でしょ」 「そうだね。僕もようやく、羽が伸ばせるよ」 フレッドは背伸びしながら言う。俺もそろそろ行動を起こすべきだろう。 「? どこに行くんだいデイブ?」 「……察しろ」 俺はゆっくりと、自分に何か言い訳をするように歩いた。向かう先は収容所、リジーの所だ。いつもならこんなにゆっくりと行くことはない。だが今回は俺にとって重大なことである。重大なことだからこそこうやって頭の中で色々と考え事をしているのだ。ほとんどが自分への警告である。だがやらずにはいられないというか……。そうこう考えている内に目的地に着いているというのはどれほどベタな展開であろうか。俺は看守から鍵を受け取り、リジーのいる牢屋へ向かった。彼女は相変わらず暇を持て余しているようで、あまりに暇なのか空中に漂っている埃を目で追っていた。 「リジー」 「デイブ……。ど、どうしたのその格好?」 「任務には怪我がつきものだ」 俺は軽く笑い、頭に巻いてある包帯をつついた。笑みを作るのが難しいと思うのは最初で最後だろう。 「今日もお仕事? ……それともまさか続きをやらせてくれるの?」 「最初の方が近い。これも仕事みたいなもんか」 俺はリジーの後肢を繋いでいる足かせを外してやった。 「え?」 「……釈放だ」 俺は何となくだが彼女の顔を見ることが出来なかった。一体どんな表情をしているのか見るのが怖いとか、そう言う事じゃない。気恥ずかしいというか、それに近いものだ。そんな感情が湧く理由は分からないが、多分彼女の顔が眩しく思えるのだと思う。 俺は収容所の外にリジーを案内していた。その間無言である。俺はリジーの顔さえ見ることが出来なかった。多分見れば顔が紅潮してしまう。俺とリジーを交互に見ながら戦闘を歩く看守のピジョットを見ればこの基地の中で俺がリジーとどういう関係と噂されているかというのがよくわかってくる。結局無言のままで俺達は外までたどり着いた。 「もうこんな場所に世話になることがないように」 「はい」 出所した時の定番である。この時もまだ俺は彼女の首辺りまでしか見れなかった。 「……これから……どうするんだ?」 俺はやっとそれだけ聞いた。彼女がどんな道を歩むのか知りたいのだ。知りたいが、俺がどう関与してやるのかも全然分からない。 「店に戻ってお金稼がなきゃ。親への仕送りとかもあるし」 雰囲気で伝わってくるのは頬笑んでいると言うことだけ。伝わることはそれだけである。しかし何か引っかかりを感じる。どうやれば引っかかりが消えるのかは重々承知しているのだ。彼女の顔を正面から見据えてやれば引っかかりなど微塵も感じなくなるだろう。それが俺に出来るかと言えば、強がらなければ出来ると言えない。だが、ここは雄としての意地だ。嫌がる体をねじ伏せ、顔をリジーの顔に向ける。彼女の顔はやはりと言うべきか美しさがある。何にも代え難い美しさだ。だが今はどこか曇りを感じてしまう。その理由、俺にはよく分かっている。彼女は出会って間もない頃、「やりたくてあんな仕事してる訳じゃない」と言った。「生きていくためには仕方ない」とも。売春婦などという仕事に対して彼女は嫌気がさしているのだ。だがそれしか働き口など見つからない。住みにくい時代なのだ。 「……そうか。身体壊したりしないようにな」 「身体が資本だもの。当然よ」 懐に忍ばせたものを確認してもなかなか踏ん切りが付かない。これほどの切り札もないだろうと言うのに。彼女の表情はどこか物悲しいというのに。 「……それじゃあね、デイブ」 「……ああ、気を付けろよ」 リジーは何度か振り返りつつ、収容所の前をあとにした。俺はそれを見つめていることしかできない。言いようのない感情で胸がいっぱいである。でも俺にはそれを処理出来ないのだ。 「……良かったのかよ? あの嬢ちゃんに何も言わないで」 看守は俺を見て言ったが、俺はリジーのいなくなる方を見るだけで精一杯だった。突如、その時声がしたのだ。 「逃げる気か? デイビッド」 「! セオドア……!?」 振り返ったその先にはアルファ・チームの一員であるセオドア・スティーブンスがいた。そのかたわらで彼を支えているのはその妻エミーだ。 「お前……出歩いて大丈夫なのか?」 「本当はダメなんですけど、この人ったら意識が戻った途端『デイブの所に行く』って聞かなかったものですからお医者様に特別に許可をもらって」 セオドアに代わってエミーが答える。セオドアはと言うと俺をじっと見つめていて微動だにしない。そしてゆっくりと口を開いた。 「逃げる気か?」 「……何が言いたいんだ?」 彼の言いたいことは痛い程わかる。だが認めたくないのだ。こんな俺は子供じみている。 「エミーから話は聞いてる。何故告白しない?」 「……それは……」 言葉に詰ってしまう。理由が自分でも分からないのだ。 「デイブ、お前はどうして現実から逃げるんだ? お前があのブースターが好きだって事を」 リジーのことは見られていたようだ。だから余計言葉が出て来ない。 「俺に遠慮してるのか? それとも、エミーか? シエラか? ここのみんなか?」 「……少しは……」 「ふざけるな!!」 セオドアは本来ならICUにいなければならない身であるのにこれでもかという程の怒号を出した。当然、傷のせいでむせ返っている。エミーは心配そうにセオドアの様子を見ていたが、セオドアはそれを邪魔だと言わんばかりに押しのける。いつもの彼の調子であれば愛妻であるエミーにそんなことをするはずがない。 「誰がお前のプライベートに首を突っ込む……。誰がお前の幸福を妨げる……! 誰がそんな事したいと思うんだこの世間知らずのクソガキが!! 気を遣ってるつもりかもしれんが余計なお世話だ!!」 「あなた! 落ち着いて……」 エミーが優しくセオドアをなだめるが、彼の鋭い眼光は俺を捉えて放さなかった。彼の言葉が思いきり突き刺さってくる。 「お前はここの隊員よりも前に……一匹のポケモンだ。一匹のポケモンの幸せを誰が阻止しようとするんだ? 言ってみろ!」 言えるはずがない。それが答えだ。 「……誰も邪魔する奴はいない、だろ?」 「……ああ……」 「……行け」 いつの間にか俯いてしまっていた俺は顔を上げてセオドアの顔を見た。さっきまで怒鳴っていたとは思えない程の優しい表情をしている。 「彼女を追え。伝えることは全部伝えてこい。そうやったから俺はエミーと結婚出来たんだ」 「……ありがとう、セオドア。目が覚めたよ」 「いいさ。……行け、デイビッド! 彼女をものにしてこい!」 俺は頷くと、リジーを追って駆けだした。 途中、ハービーとすれ違った。 「? どうしたデイビィ? 急いでるみたいだな?」 「ああ! ……ハービー、頼みがある!」 「車か?」 話が早くて助かる。ハービーは車のキーを投げ渡してくれた。 「傷は付けるなよ?」 「ああ、ありがとう。明日には返す!」 近くに止めてあったハービー自慢の車に飛び乗り、エンジンをかけて走らせる。ハービー程ではないが、今の俺はかなり制限速度を超したスピードを出している。ぐんぐんとスピードを上げるが、さすがハービーの命知らずな走行を可能にしている車だけあって俺にも扱いやすい。すぐに徒歩のリジーに追いついた。 「リジー!」 「! デイブ!?」 「乗れ!」 俺はリジーに助手席に乗るように促し、時計を見た。おそらくあまり時間がない。リジーが乗り込むのを確認するとアクセルを一気に踏み込み走行した。 「ど、どうしたの急に……飛ばしすぎじゃない?」 「お前に伝えたいことがあったんだ」 「伝えたいこと?」 彼女はシートベルトを締めてそれにしがみつきながら俺を訝しげに見た。 「それなら今言ってくれれば……」 「いや、もう少し小道具が必要なんだ」 やはりまだ勇気というものがいまいち足りないのである。それを補うにはそれなりの小道具が必要だ。 時計と外の風景を気にしながら走ること数分。着いたのは海岸から少し離れた、崖の多い場所である。ここからは車を降りて少し歩く必要がある。 「もう少しだ。ついて来てくれ」 「分かったけど……つまんないことだったら怒るわよ?」 数分歩き、高い場所にある崖っぷちに俺達はたどり着いた。 「……どうだ? ここからの景色」 「……綺麗……海って青いだけじゃないのね……」 崖の先に見える風景は水平線まで見える海、海岸線、それに町の様子も窺える。ここは偶然散歩していたら見つけた場所だ。運が良いと思う。 「ほら、あそこ。あそこの少し離れた場所にあるのが俺の家だ」 「へぇ……デイブって海の近くに住んでるのね」 リジーはくるりと振り返って俺を見た。その目はどこか挑戦的に見える。 「まさか、ここの景色を見せるために?」 「それもあるな……。でも本題はこれからだ」 俺は懐にちゃんと必要なものが収まっているか確認してからリジーをじっと見つめた。彼女も少し期待したような色を込めた視線を返してくる。 「……えっと……リジー、お前は……前に俺のことが好きだって言ったよな?」 「? ええ」 「今は?」 彼女は少し首を傾げてためらいがちに言った。 「あ、あの時本気で好きって言ったじゃない。今も変わらないわ」 これで安心、と言う奴だろうか。でもまだ完全に安心しきれるわけではない。 「デイブ、まさか……」 「リジー」 俺はリジーの言葉を遮り、懐から“あるもの”を取りだした。それをリジーに差し出す。 「……この箱って……」 「良いから……ほら、開けてみてくれ」 リジーは恐る恐る……と言いたい所だが、あっさりと俺が差し出した小箱を開けた。中には腕輪……バングルという奴が入っているはずだ。 「……デイブ」 「リジー、俺は……俺は、お前のこと好きだ、愛してる。だからその……俺としては、いつかそのバングルを付けてくれるような関係になりたいと思ってるんだ」 あのバングルは有名な貴金属店で買った“&ruby(エンゲージリング){結婚指輪};”のようなものだ。四足歩行のポケモンは指輪をすることが難しいという場合が多いので、専ら腕輪を指輪の代わりとして使うことが多い。つまり、だ。 「これ……プロポーズ?」 「……そう思ってくれて構わない」 ここが怖い所なのだ。交際はOKであっても婚約となるとそう簡単に承諾するとは思えない。だが俺は何度砕け散ろうがいずれ再挑戦する覚悟だ。リジーのことは本当に好きだ。愛しているというのも嘘ではない。運命という奴だろうか、知らず知らずのうちに俺は彼女に惹かれていたのだ。運命ならば必然、偶然ならば俺は神に感謝して良い。彼女に出会えたこと自体が俺にとっての人生最大の転機だったのだろう。無論、良い方向へだ。だがこれからどう転ぶかは彼女の返答次第だ。 「……今、答えが聞きたい」 そう言うと、数秒の後、リジーのにおいに身体が包まれた。彼女が俺に抱きついているのである。 「嬉しい……。正直、実感湧かないけど私もそのくらいデイブのこと大好き」 「じゃあ……」 彼女の微笑む顔がこれほど輝いているのは彼女が美しいからだけではないだろう。 「ええ。そのプロポーズ、受けるわ」 歓喜、狂喜……まさに狂喜乱舞したい気分である。だが実際はじっとリジーの顔を見つめていた。 「……俺も実感が湧かない」 「少しずつ慣れていきましょ」 彼女は俺の口にそっとキスをした。口を離したあとの可愛らしい頬笑みはおそらく今周りで何か爆発しても気が付かないぐらいに俺の意識を吸い取っていた。彼女と俺はじっと見つめ合っていた。夕焼けの海というなかなか良い&ruby(ムード){雰囲気};に包まれて。 本来、これが物語であるなら著者はここで一旦筆を置くだろう。しかし、これは物語ではない。身の回りで起きた現実である。だからこそ続いていくのだ。リジーに抱きしめられていた俺は見つめ合っていた次の瞬間には彼女を上にして倒れていた。無論彼女から押し倒されたわけである。彼女は先程の優しいキスとはうって変わって、激しく俺の口に舌を押し込んできた。もはや抵抗する理由はない。俺もその舌に自らの舌を絡めさせてお互いの唾液を交換しあっていた。お互いの荒い呼気が洩れ、耳にそれが届くのが興奮するようその一つになっている。しばらくしてから彼女は口を離した。粘度の増した唾液が俺とリジーの口をしばらく繋げていたが、リジーが次の行動に移る時に夕日に照らされてオレンジ色の光を反射していたそれは儚く切れた。 「ふぁあっ!?」 思わず出た言葉がそれである。リジーは俺の一物を軽くだが握っていたのだ。 「り、リジー、ちょっ……」 「私、愛は交尾のあとに芽生えるって思うの。少なくとも私の中じゃそう。だから……」 リジーは意地悪そうな笑みを浮かべてずいと俺の顔に近づいた。 「結婚するとかそれより前に、一回はヤってくれないと」 「そ、そんな……」 情けない声が出てしまうのは仕方ないことなのだ。だがリジーは面白がるようにそっとだが俺の一物……モノを扱き始めた。 「ぅあぁっ!」 そもそも、自慰すらしたことがない。夢精していた、と言うことならあったかも知れないが、とにかく誰かに雄の象徴であるモノを触れられるというのは全くもって耐性がない。しかも相手は売春婦である。かたや性欲に飢えたことすらない童貞の俺ではもはやされるがままだ。 「可愛いよ、デイブ」 「ぅっ……り、リジー……俺は童貞なんだ……あまり激しいことはしないでくれ……」 「雌じゃあるまいしさぁ……でも大丈夫、悪いようにはしないから」 リジーはそっとだったその手を激しく動かし始めた。声にならない喘ぎ声を出してしまうが、リジーにクスクスと笑われて歯を食いしばり必死に耐える。そろそろ俺にも限界が近い……と言う所で、リジーはモノを扱く手を放した。 「ぅ……?」 「すぐに出されちゃつまらないでしょ?」 今更ながらか、今の言葉からか、頬が紅潮するのを感じずにいられない。俺はまだうぶなのだ。 「大丈夫だよ、“今回は”変な事しないから……」 要するに、次やる機会があったらするという事らしい。勘弁して欲しいと思うのは俺がうぶだからと言うわけでもないだろう。売春婦からこんな事を言われるとなれば誰しも不安では無かろうか。彼女はころりと寝転がり、俺を上にする体勢を取った。膨張しているモノがだらしないしみっともないので意識しないようにしつつ手で隠してみるが、おそらく彼女は肌越しにその感覚が分かっているのではないかと思う。そう考えただけで更に羞恥が湧いてきた。それが分かっているかのようにリジーは含み笑いを漏らす。そしてそれがまた恥ずかしいので少し不機嫌な顔をして誤魔化しておいた。 「デイブ、ほら、好きにして良いよ」 「……そう言われてもな……」 何度でも言おう、俺はうぶだ。何をどうしろと言うのだろうか。 「雄なら一度くらい雌に興味持ったことあるでしょ?」 「……いや。正直こういう意味での興味を持ったことは一度もない」 「それって……どうなの?」 とりあえず苦笑しておいた。そうしておけば間は繋がる。 「もう……。雌の扱いぐらい出来るもんだって思ってたのに。ちょっと幻滅したわ」 「お、おいおい……そりゃないだろ」 リジーは楽しそうに笑ったあとに「胸を揉むとか舐めるとか……」云々と簡単にどうすればいいかというのを伝えてくれた。正直な所、そんな話を聞くだけで俺は頭から湯気が出ているのではないかと思うぐらいに恥ずかしかった。だがここでそう言ったことをしなければ彼女がなんと言うのか想像も付かない。先程の言葉からして、まさかとは思うが先程のプロポーズの承諾を破棄すると言われるかもしれない。それはなんとしてでも避けなければいけない、死んでも避けるべき事だ。 俺は少々嫌々気味だったが、そっと彼女の胸に手を這わせた。胸の辺りまでもこもことした毛が生えているので多少それのせいもあるのだろうが、彼女の胸は柔らかくて弾力がある。ぎこちなくそれを握るようにして揉む。彼女の体がピクリと動いたが、痛みを感じている風ではないので揉み続けると、彼女の息は少しずつ荒くなっていた。 「ど、どうだ……?」 「うん……良いよ……結構上手じゃない……」 気をよくした俺は調子に乗って……彼女の胸を舐めていた。いつか彼女が俺にしていた焦らすようなものではなく、欲望の赴くままにと言うような激しさでだ。ああ、俺も性欲というものに囚われたのだなとは数秒後に思ったことである。彼女の身体は甘美と言う言葉が合いそうな味がする。彼女が愛おしいと言うのと、俺が性欲というものに駆られているからだろうと思うが、やはり表現はそれで間違っていないと断言出来る。彼女は喘ぎ声を漏らし、その声が俺の性欲を更に駆り立てている。 「あぁ……デイブ……んっ……」 「ん……?」 リジーは喘ぎ声の合間に俺の名前を呼んだ。どうしたのだろうかと彼女の顔を見ると、どことなく物欲しそうな目をしていた。 「もう良いわ……本番、やりましょ……」 「本番……って言うと……」 性行為、交尾のことだろう。今までのは結局愛撫という奴であり、お互いが性欲を駆り立てるためにやるためのものに過ぎない。一番重要なのはむしろここからである。体格の違いから、一番やりやすいのは後背位だそうだ。正直体位などどうでも良い、リジーと一つに慣れればそれで十分である。彼女は四つん這いになり……と言うか伏せたと言った方が近い。その状態で誘うように尻尾を振った。初対面の時に弾丸が当たって毛並みが不格好になっている尻尾だったが、それでも彼女の秘所から漂う独特の臭気のせいでそんなことを考える上等な理性とやらは既に喪失していた。本能という奴だろうか、それが俺を乗っ取っていた。あまり考えてはいないが、おそらく頭の中には彼女を犯すと言うことしかないだろう。それが一番の望みでもあるし、彼女もそれが望みだ。ためらうことなど無いのだと再確認してから俺は彼女に覆い被さった。……と言いたい所だが、実際は乗るような感じになる。その状態から彼女の秘所と自分のモノの位置を確認し……一気に奥まで差し入れた。 「ひゃうっ!」 リジーの嬌声が聞こえる。その声と共に俺は童貞を失った。言う者が言えば「大人になった」という奴だろう。だがそんなこと以上に、リジーと繋がっているというのが一番俺にとって嬉しいことだった。例え行き遅れようが結婚するまで童貞であろうが何であろうが、結局は彼女と一つになれたと言うことが俺にとっては大事なのだ。俺は少しの間動かずにいたが、本能が勝手に体を動かし始める。最初から激しく、彼女の腰を突き上げるように自らの腰を動かしていく。彼女は喘いでいるが、俺はむしろそれが催促に聞こえていた。もっと激しく、もっと強く……。腰を動かすたびに、俺のモノは彼女の秘所から締め付けられる。ついさっきまで雌を知らなかった俺にしては刺激が強すぎる。 「り、リジー……! 俺もう……」 「出して……っ!」 経験豊富であろう彼女も何故か限界が近いようだ。理由はさておき、それは何か嬉しくあった。 「っく……ん……あぁっ……!」 「やあぁぁぁっ!」 俺が欲望を吐きだしたのとほぼ同時であろうか、リジーも絶頂に達していた。さて、下手な訓練よりも疲労のたまるこの行為はいったいどんな結果を生んでくれるのであろうか。期待も孕みつつ、彼女の秘所からモノを引き抜くと息を切らしている彼女の隣で肩を抱いてやりつつ微笑みかける。 「ありがとう、リジー……。お陰で童貞卒業出来た」 「ホントは気にしてないくせに……。お礼を言いたいのはこっちよ」 少し疲れた顔ではあったがリジーは笑った。それに対して俺も笑い、この空間は笑いに包まれていた。これから先もこんな関係がずっと続いて欲しい。 「所で、この腕輪、給料何ヶ月分?」 「三ヶ月分だ」 「それが基本よね」 ……楽しい毎日ではありそうだ。 ---- あとがき こんばんは、DIRIです どうでしたでしょうか?これにてえむないんの第一編である=M500=が完結致しました。 そうです、えむないんはまだ終わりません。まだ序盤ですよ(笑 デイブはリジーのことをいつの間にか“好き”って過程をすっ飛ばして“愛してる”まで行っちゃってます。ある意味タフガイです(爆 こんな最期の場所で、新キャラクター登場しまくりです。すいません。明日辺りキャラクター表でも作ります。 色々と布石を置いていますので続編が出てきた時はぼちぼち探してみて下さい。私の文才のせいで見つけにくいことこの上ないですが…。 次回予告です。=M500=は終わり、デイブとリジーの新婚生活の中、世間の水面下である巨悪がうごめいている。デイブはその運命の翻弄されていく…。 意味不明ですね。次作タイトルは、“えむないん =P90 and M14=”です。乞うご期待…。 ---- #pcomment(コメント/えむないん =M500= 4,10)