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君への願い事 の履歴差分(No.1)


*君への願い事 [#kb467PA]
writer――――[[カゲフミ]]

―1―

 草原には二種類存在する。寝転がったときに心地よいか、素晴らしく心地よいかのどちらかだ。もちろんその条件は気温や天候、時間帯などにも左右されはするのだが。
それらの要因がマイナスの方向へ傾いた場合は大抵、心地よい草原という評価に収まることになる。複雑な言葉は必要ない。草々に抱かれながら横になれるのは素晴らしいことなのだ。
パルデア地方のトレーナーに広まるピクニックの文化は是非とも廃れずに続いてほしいとシェルティは思っていた。仲間たちとテーブルを囲むのは楽しいし、その時に食べるサンドイッチはまた格別。
ただ、最近はご主人が新たなサンドイッチのレシピを模索しているらしく、時々パンの間にライスやヌードルが挟まっていることがある。
胃の中を炭水化物で殴るような組み合わせに、最初に見たときはテーブルの周りに何とも言えない微妙な空気が漂ったこともあった。
恐る恐る食べてみると、確かに見た目の割に味はそこまで悪くはなかったが。仲間内でのご主人作新メニューの評判はいまひとつの模様。
幸い、今日作ってくれたメニューは皆が無理なくサンドイッチと呼べるスタンダードなタイプで安定した美味しさだった。
新鮮なトマトとレタスをパンに挟んで、マヨネーズで味付け。真新しさこそないものの、シンプルであるが故に奥深い味わいを感じられるのだ。
こっそり半分残しておいたそれをシェルティは口の中に放り込む。レタスのしゃきしゃきとした小気味よい歯ごたえとトマトの甘味。そして、マヨネーズとパンの仄かな塩加減に満たされていく。
横になったまま物を食べるなんて、と世話焼きなフラージェスのモカに見つかったら間違いなく咎められそうな行為。良く言えばしっかり者、悪く言えば融通が利かないのだ。
おそらくメンバーの中で一番の影響力を持っているのは彼女のような気がする。場合によってはご主人でさえ頭が上がらないことがあるとかないとか。
まあ、細かいことはあまり気にしない大雑把なところがあるからな、ご主人。ポケモンはトレーナーに似るというか、長く一緒に居れば徐々に感化されてくるというもの。
そんな中できっちりと規律を整えてくれるモカ。息苦しく感じてしまうことは少なからずあれども、やはり居てもらわなくてはならないメンバーなのだ。
もちろんシェルティも行儀が悪いのは分かってはいる。分かってはいるが、草むらの柔らかさを全身で感じながら口にするサンドイッチのおいしさは筆舌に尽くしがたい。
密かな楽しみになっていてなかなか止められないのであった。さて、本日の草原の具合はそこそこ。少し前に降ったであろう雨の水滴が僅かに残っているのが少し気にはなる。
そこはこのぽかぽかとした暖かい陽気で相殺と言ったところだろうか。お腹も膨れたことだし、横になっていると何だか眠たくなってきた。
しばらくはこの草原で休憩するってご主人も言ってたし、せっかくなのでひと眠りしようかなとシェルティが目を閉じて数秒後のこと。
足元のありとあらゆる草をあえて蹴っ飛ばしながら走ってきているような騒々しさが近づいてくる。わざわざ顔を上げて見るまでもない。こんなせわしない足音は一匹しかいなかった。
「……寝てる?」
「うん」
「ふふ、寝てないじゃん」
 返事をして、少し経ってからシェルティは目を開いた。寝転がっている自分を覗き込む細身の青い姿。仲間のウェーニバルであるアイサだった。
僕が夜眠れなくならないように起こしてくれてありがとう、なんて皮肉も浮かんだが口には出さないでおいた。自分の足音で誰かが起きてしまうかも、といった心配はしなさそうだったし。
「ねえ、いつものお願いできる?」
「……いいよ。どこ?」
 体を起こして立ち上がるシェルティ。立ち上がったところで大分見上げなければ目線は合わない。お互いに目を見ながら長時間話そうとすると首が痛くなってしまう。
アイサがウェーニバルに進化してからというもの、随分と顔が遠くなってしまって不便だった。まあ、それを考慮してか彼女の方からシェルティに高さを合わせてくれることが多くなったのだが。
一応シェルティもパーモットという最終進化系ではあるものの、ウェーニバルほど縦に長くは伸びなかったのである。それでもパモの頃と比べるとかなり大きくなってはいる。
「ここ、腕のところ」
 すっと草の上に腰を下ろして右腕をシェルティの方へと差し出してきた。走っているときの騒がしさとは対照的に、一つ一つの動作は妙に優雅。
アイサがあえてそう振舞っているのか、それともウェーニバルという種に元来備わっているものなのかは分からない。
ただ、彼女の仕草からわざとらしさや気障ったらしさがまるで感じられないので、おそらく後者なのではないかとは思う。
座って腕を前に出す、という何気ない動きの中にも無駄がないというか。どこか洗練されたものを感じるシェルティ。
片膝を立てたままの一見だらしなく思える座り方も、彼女がやると野暮ったさがどこかに消え去ってしまうのだ。同じ行動を自分が取ったとしてもこうはならない。
「見せて」
 ウェーニバルの腕は手のように物を器用に掴める部分と、三枚の飾り羽のように広がっている部分がある。
羽の形になってはいても他の鳥ポケモンのように空を飛べたりはしないが、その代わりに強靭な足腰を携えている。本気の蹴りをまともに受ければ並みのポケモンならばひとたまりもないだろう。
バトルのときに先陣を切って相手に向かっていく姿はまさに格闘タイプといった闘志溢れるもの。それ故に、攻撃を受ける頻度も多くなりがちなのだ。
「この辺り、かな?」
 アイサの手の部分から徐々に両手を動かして、手首、肘辺りまで。両手で包むように触診していくシェルティ。水タイプらしく少し体温の低い彼女の腕はひんやりとしていた。
シェルティが手を止めた個所。一見目立った異常もなく、何らかの傷跡が残っているわけでもない。ただ、アイサの腕に触れている自分の手のひらに伝わる微かな違和感。
これはもう直感のようなものだ。てあてポケモンに分類されるパーモットの先天的な能力と、味方をサポートする技を熟練させてきたシェルティだからこそなせる業。
両手でアイサの腕を優しく包み込むようにして、ぎゅっと握るとシェルティは目を閉じて祈りを捧げた。瞼の奥できらりと閃光が走った、ような気がする。
アイサが言うには、シェルティの体の周りを小さな輝きが舞っているように見えるようだ。この技を使う時は大抵目を閉じているからあまり自分で確認したことがないのだ。
シェルティが彼女に向けて発動させた技は、ねがいごと。時間差で相手の体力を回復させることができる技だ。シェルティの得意技、と言えば聞こえは良いが。
自分が誰かを回復させられる技はこのねがいごとと、さいきのいのりだけ。さいきのいのりは瀕死になってしまった味方を一度だけ復活させられるというパーモットのみが使える珍しい技。
ただ、シェルティからすれば戦う元気がない味方を無理やり叩き起こしている感が否めない。てあてポケモンなんて言われる割には、実質手当てが間に合ってないんじゃないかと分類に疑問が生まれるときもたまに。
もっといのちのしずくとか、いやしのはどう、とか直接体力を回復させる技が使えればいいのだけれども。そればっかりはないものねだりしても仕方がなかった。
「ありがとう。これでもっと調子が上がりそうな気がする」
 ポケモンセンターで回復してもらった後のピクニックだったので、別に体力が減っていたわけではない。ただ、アイサからすると体のコンディションなどの細かい微調整はセンターの回復だけでは不十分らしい。
これをやったからと言って、何かが大きく変わるわけではないとシェルティは思っているが。これはねがいごと、というよりは一種のおまじないみたいなものなのだろう。
「あんまり無理しすぎないでよ」
「分かってるって。まかせて」
 とん、と自信満々にアイサは胸を叩いてみせる。その根拠のない自信はどこからくるのだろうか。何かと心配性な自分にも少し分けてほしいくらいだった。
パーモットに進化して彼女と同じ格闘タイプが加わったが、シェルティは元々あまり前に出ていくタイプではない。相手の懐に飛び込んで鋭い一撃を食らわすような技も覚えられはするが、柄ではなかった。
そんな彼の性格を考慮して、サポート役としての立ち回りを考えてくれたトレーナーにはとても感謝している。率先して相手に向かっていくのはアイサに任せて、シェルティは間で仲間を手助けする。適材適所という奴だ。
「ありがとね、シェルティ」
 言うが早いかせわしなく立ち上がると、アイサはもと来た方向へ騒がしく駆け抜けていった。足元には千切れた葉っぱの先端が散っている。
せっかく立ち止まっている姿は優雅なのだから、彼女の歩き方や走り方もそれ相応になるようにねがいごとをしておく。なんてのはきっと。大きなお世話、なんだろうな。
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・なかがき
久しぶりの連載です。よろしくお願いします。
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