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Reach For The Sky 11 ‐それぞれの想い‐ の変更点


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Written by [[SKYLINE]]

目次は[[こちら>Reach For The Sky]]
世界観やキャラ紹介は[[こちら>Reach For The Sky  世界観とキャラ紹介]]
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前回のあらすじ
ドク達の戦闘に敗れてしまった斬空はロイスや希龍の懸命な処置も虚しく帰らぬ人となってしまった。斬空を慕っていた希龍、そしてロイスの二人はそれが原因で心に深い悲しみを負ってしまう。また、希龍は斬空の最後の頼みである、“自分の翼を形見として持ち歩き、武器として役立ててくれ”と言うそれをしっかりと受け継ぎ、手先が器用なフィナの手によって斬空は刀へと姿を変えてこれからも希龍と共に旅を続ける事になった。
しかし、希龍は悲しみや悔しさ……そして斬空を殺したドクへの憎しみから、ドクへの復讐へと足を踏み入れてしまったのだった。
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''Episode 11 それぞれの想い''

「か、仇討ちなんて止めろって……あいつらは斬空さんを倒した奴らだし、そんなの自殺行為じゃんか。あいつらはお前を狙ってるんだぞ!?」

 憎悪に芯まで染まったコモルーの希龍の、あまりの変貌ぶりに硬直してしまっていたグラエナのロイスだったが、彼は慌てるように希龍に言葉で待ったを掛けた。普段は陽気かつ楽天的で正直物事を深く考えているようには思えない彼だが、今の希龍が間違っている事ぐらいは彼にも分かっていた。だが……。

「狙われていようが俺は斬空さんの仇を絶対に取る! 斬空さんを殺したあいつらは絶対に許さない!」

 間違いを正そうとするロイスに希龍は強い口調でそう言葉を返したのだ。もはや希龍の瞳の中にあるのは希望ではなく、荒ぶる憎しみだけだった。しかしそれほどの憎しみを抱くまでに、彼が斬空を慕っていたのもまた確かな事であったのだ。夢を一緒に叶えると言う契はドクと言うドラピオンによって無残にも破られた。永久の別れの悲しみも彼にとって相当なものだったが、その後に込み上げてきた怒りや憎しみは、その悲しみを超える程のもの。間に合わなかった自分への責任感、そして激しい憎悪に飲み込まれ、本来の自分を見失ってしまったかのような希龍にロイスの言葉は届かなかった。
 不意に焚火の炎が強く燃え上がり、ロイスと希龍の間に立ち塞がる。まるで復讐に燃える希龍の荒い心を具現しているかのように燃えた炎。その強い紅に染まる希龍は再び口を開いた。

「とにかく、明日になったらあいつらを見つけ出して俺は仇を討つ」

 あまり突っ走らず、良くも悪くも物事を深く考えて行動するあの希龍は何処へ消えてしまったのだろうか。炎越しに見える彼をロイスは悲しげな面持ちで見つめながらそんな疑問を抱いていた。けれどロイスも決して希龍の気持ちが分からなくは無かった。彼もまた、ようやく親しくなった斬空を目の前で殺されたのだ。正直にドク達は憎かったが、彼は復讐だけは間違っていると思い、それが希龍との意見の食い違いに繋がってしまっていた。
 仇討ちに立ち向かっても、斬空を倒したあのドラピオンの実力を考えると返り討ちに逢うのが関の山。確かに斬空と共に体を鍛えていたであろう希龍は自分よりは強いと思うが、それでもロイスは希龍が心配だった。普段は物事を慎重に考える彼がここまで一変しまうなんて……。目の前の希龍の姿はまるで憎しみの恐怖そのものにロイスは見えていた。

「俺はもう寝る。明日になったら、仇を討つんだ」

 仇討ちなんて止めろよ。そう訴えかけるロイスの視線もことごとく弾かれ、希龍は部屋の隅に向かうと&ruby(うずくま){蹲};って斬空の翼を背負ったまま瞼を降ろす。残ったロイスはしばらく希龍の姿を不安が浮き上がった表情で見ていたが、蹲り、そして目を閉じて眠りに就いた彼からそっと目を逸らす。ロイスが目を逸らした先にはまだ名前も聞いていないフィナが座っていた。
 彼女は茫然としながら希龍を見ていて、彼女もまた自分を救ってくれたあの時からの変貌ぶりに驚いている……と言った雰囲気。初対面かつ口を利いた事も無い彼女に話し掛けるのが、陽気で馴れ馴れしいロイスでもさすがに恥ずかしかったのだろうか、彼は相手の様子を探るように話し掛ける。

「あ、あのさ……まだ自己紹介してなかったよな? 俺はロイス。え~と、今なんかもめちまったんだけど希龍の仲間なんだ」

 理由は知らないが、あまり口を利かず少しミステリアスな感じさえ漂わせている彼女が果たしてどういった返答をしてくるのか。多少だがロイスは心を身構えていた。

「私は……フィナ」

「フィナちゃん……か。よ、よろしくな」

「フィナでいいよ」

「お、おう」

 ロイスのような常時ハイテンションな性格の者からすれば、フィナのような常時ローテンションの者は絡み辛いのだろう。話し掛けるロイスは初対面と言う事もありどこかまだ緊張している様子。少しだけ毛も立っていた。ただ実際のところ、斬空の死によりロイスも心に深い傷を負っていて何時のハイテンションは発揮できてはいないのだが……。
 しばらくの無言の後、ロイスは焚火の向こうで眠る希龍を見た。その視線を追って、フィナも彼に目を向ける。真っ赤な炎の向こう、まるで自分を見失ってしまったかのように復讐の道へと足を踏み入れてしまった希龍は、今はもうすでに眠っていた。そして、薄い灰色の肌が炎の紅に染まっている彼を見ながらロイスはフィナに話し掛けた。

「あのさ。……その、俺も斬空さんを殺した奴らは憎いんだけどさ。やっぱり復讐なんて間違ってると思うし、斬空さんはきっとそんな事望んでいないと俺は思うんだ。それに、あいつ顔はブサイクだけどきっと心はいい奴だとも思う。……だからフィナも希龍を説得してくれねぇかな?」

 眠る希龍に焦点を合わせながら、ロイスは徐にそう言った。決して希龍の気持ちが分からなくはなかったが、今は亡き斬空はきっと復讐など望まず、これからも希龍には青い空を目指す旅を続けて欲しいと思っている筈だ。そうロイスは確信していた。亡くなった斬空の為に、そして道を踏み外した希龍の為にもロイスは彼を説得しようと考えていたのだった。
 一方のフィナは、眠っている希龍を数秒間見詰めた後にそのまま一度頷くと、口を開いた。

「うん。……分かった。私も希龍はきっと良い人だと思うし、復讐は間違ってると思うから……」

「そ、そうか。なら良かった。俺達で希龍に元の自分を取り戻させてやろうぜ」

 ロイス自身も斬空の死には心を痛めており、少し無理をしている感じもあったが彼は笑顔を浮かべていた。そんな彼の姿にフィナはもう一度大きく頷く。そして、焚火の温もりに包まれながら、二人も眠りに就いたのだった。










 翌日、三人の中で一番早くに目を覚ましたのは希龍だった。良く眠れた……とは言い難いが、砂漠の移動で疲労の溜まった体をある程度は休める事は出来た。なにより、今の彼は多少の疲れが残っていようが、仇を討つべくドク達を探し出そうとしていた。昨日の斬空の痛ましい姿を思い出すと胸が握り潰されるような気がして、そして彼を殺したドクの顔を思い出すと憎しみや怒りが込み上げてくる。頭から離れない昨日の光景を思い出しながら、希龍はまだ眠っている二人にふと目を移した。
 フィナは自分の事をどう思っているか分からない。だがロイスは仇を討とうとする自分に反対の意を全面に打ち出していた。けれど、誰が何と言おうと希龍はドクを許すような考えは一切無かった。ロイスはロイス。自分は自分。そう、この世界には共通の正解などない。自分の歩む道が自分にとっての正解であり、他人にとっての間違いなのだ。希龍は眠るロイスやフィナを見ながらそう考えていた。背負う翼の質量とはまた違う重みを感じながら希龍は地上へと続く階段を上る。そして彼は地下室からそっと顔を出し、目を尖らせて周辺を見渡した。
 ミクスウォータ。いかにも潤っていそうな町の名称とは裏腹に、見える景色は荒れ果てて乾燥したものだった。家々の壁は崩れていたり、降り注ぐ隕石群によってもはや原型を留めていなかったり……まさにこの世の終末でも現しているかのような光景がそこに広がっている。この荒廃しきった町のどこかに斬空の命を奪ったドクが潜んでいる筈。復讐に染まった瞳で周辺を睨みながら、希龍は前足に力を込めた。
 憎い。悔しい。あいつさえいなければ斬空は命を落とさず、今も自分達と一緒に青空を探す旅を続けていた筈なのに。そして自分が逸れるような事さえなければ……。地下室の入り口で希龍は俯きながら地面を睨むように見ていたのだった。

「よ、よぉ……こんなところで何してんだ?」

 ふと希龍は誰かに背中から声を掛けられた。希龍が振り返れば、地下室から這い出てきたロイスがそこに立っていた。それを確認した希龍は直ぐに返答する。

「斬空さんを殺したあいつを探そうと思って」

 憎しみを宿した本心をそのまま希龍は口にした。まるで復讐が当たり前だと主張するような口調だった彼の返答に、ロイスは青い空を探す夢すら塗り潰してしまう復讐の恐ろしさを実感させられていた。だが、やはり復讐は間違っている。それがロイスの想いだった。

「だから復讐なんて止めろって。憎い気持ちは分か……」

「何も分かってないじゃんか!」

「え……?」

 突然声を上げた希龍の気迫に押され、ロイスは言葉を詰まらせてしまった。

「ロイスは憎くねぇのかよ!? 悔しくねぇのかよ!? あいつらは……あいつらは斬空さんを殺したんだぞ!」

「…………」

 発狂したように怒鳴り声を上げる希龍の目は僅かに潤んでおり、希龍は仇討ちに反対するロイスがまるで理解出来なかった。自分達より年上で友として、そして頼れる兄貴分だった斬空を殺したような連中を何もせずに許して見過ごす。彼にとってロイスの主張はそう聞こえていたのだった。
 一吹きの風が駆け抜け、舞い上がった砂埃が、まるで二人の間に生まれた&ruby(わだかま){蟠};りの亀裂を現すかのように希龍とロイスの間を遮る。耳を垂らし、言葉を詰まらせ、俯いてしまっているロイス。その前方で希龍は鋭い目付きで彼を睨んでいた。
 斬空との付き合いが短い彼に自分の気持ちなど分かる筈はない。元々、楽天的で陽気なロイスと自分とでは反りが合わないのだろう。希龍はそう思い始めてすらいた。一度生まれた蟠りを解消するのは難しく、負の連鎖のようにそれは希龍の中で大きくなってしまうのだった。

「とにかく。俺はあいつらを探す!」

 そう言いながら希龍は振り返り、俯くロイスに背を向けて仇討ちへの一歩を踏み出そうとした。だが、突然彼は足の動きを止めてしまう。止まった理由が全く理解出来ていないロイスに背を向けたまま、希龍は硬直していた。彼は目を閉じ、そして精神を集中させて感覚を研ぎ澄ます。彼はある事に勘付いていたのだ。そう――この世界に於ける最も大きな脅威……メテオスコール。その飛来を察知できる特異な能力を持つ希龍は隕石の接近を感じ取っていたのだ。
 近い。そしてどんどん近付いてくる。希龍はドク達を探し出して斬空の仇を討ちたい想いを押し殺し、素早く振り返った。

「ロイス! メテオスコールが来る。早く地下室に入るんだ!」

「え!? お、おう」

 希龍にそう声を掛けられてロイスは俯いていた顔を上げると、驚いた表情を浮かべながら空を見上げる。彼の見上げる先にある空はいつも通りで、昨日と何一つ変化の無い茶色に染まっていた。正直、希龍の能力を知らない者なら希龍を疑ってしまうだろう。飛来するメテオスコール――隕石群を察知出来るなんて、先ず信じられない筈だろうから。だがロイスは希龍の、その特異な能力を既に知っており数日前に実際に彼の予想は的中した。その実績から、彼の能力を信じているロイスは慌てて地下室の階段を下る。それに続き、希龍も階段に駆け込み、床と一体化した重い扉を、前足を器用に使って閉めると階段を下っていく。
 二人が慌てながら地下室に戻ると、その只ならぬ様子にフィナは驚いたのか、少し見開いた目で二人に向かって「一体何があったの?」と、訴えかけているようであった。

「くそ……こんな時に……」

 地下室に戻り、落ち着きを取り戻した希龍は真っ先に不満を口にする。これから仇討ちをしようと意気込んでいたのに、メテオスコールによってその決意は先送りにされた。どこに向ければ良いのかも分からないその不満を吐き出す希龍の横で、ロイスはある意味安心していた。
 メテオスコールが降り注ぐ間はこの地下室に身を潜めていなければならない。つまりその間は、希龍は復讐に向かえず、彼を説得する時間が稼げたと言って良かったのだ。ロイスは不満を漏らす彼を横目で見詰めながら数歩前に出ると、再び口を開く。

「話の続きだけどよ、俺だってあいつらが憎いし、何も出来なかった自分が悔しい……。けど、あいつらはお前を狙ってるんだし、斬空さんはきっと復讐なんて望んでねぇ筈だ……」

 重たい空気の中、希龍の前に出て彼に背中を向けながら、陽気な性格からは想像できない程、真剣に自分の想いを口にした。そして彼は後ろ足を曲げてその場に座り込む。あくまで復讐は間違っていると言い続ける彼に対し、希龍は座る彼の背中をじっと見詰めながら一度視線を地面に移してから再び上げる。そして、彼もまたロイスと同様に真剣な表情を作って口を開けた。

「例えあいつらが俺を狙っていようがそんな事関係ない。俺は仇を討つって決めたんだ。……確かにロイスの言う通り斬空さんは復讐なんて望んでないかもしれない。けど、このまま憎しみや後悔を閉じ込めて、それから逃げながら夢を追い掛けたって叶えられっこない。どこかでけじめを付けなきゃいけないんだ」

 決して希龍は復讐に染まり、希望の光を見失っていたのではなかった。彼は自ら希望の光から目を逸らし、その反対側から追い掛けてくる心の闇と正面からぶつかろうとしていたのだ。憎しみに染まった自分とのけじめを付ける。それが、希龍が仇討ちに拘っている理由だった。自らの考えを主張する希龍に、ロイスは首を捻って振り返りながらただ目を合わせている。まるで、互いの信念が――師であり友であった斬空への互いの想いがぶつかり合うように、二人はただただ冷たく目を合わせ続け、無言のまま時は流れていくのだった。










 一方、戦闘で傷ついたドクとハブネークは、希龍達と同様に町中に地下室を見つけ、そこで体を休めていた。お互い負傷しており、それも決して軽傷とは言えない。二人共、今無理に体を動かせば傷の回復が遅くなるばかりか、塞ぎかかった傷口が開いてしまう危険性があった。少なくとも今日一日は安静にしていた方が良いだろう。話し合いの結果生まれたその答えに、二人は地下室で安静に過ごしていた。
 だが、ドクもハブネークもとある焦りが拭えなかった。気持ちとしては今すぐにでも希龍を探し出し、捕えて約束の場所に向かいたい。しかし、この傷で行動するのが危険なのは厳しい世界を生き抜いてきたドクもハブネークも熟知していた。益して希龍を捕まえると言う目的故、昨日のような戦闘に陥るのは必至と言える。手負いの状態で戦いに挑む程、ドクもハブネークも浅はかな考えでは無かった。
 扉を閉じてしまえば真っ暗な地下室の中、光の珠が床や壁を照らし出し、風化して表面の塗装などが剥がれた壁にハブネークは身を預けていた。

「ドクさん。傷の方は大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫だ。それにあまり長く休憩しては居られない。約束の時間までに約束の場所に行かなければならないからな」

「……で、ですよね。早くあのコモルーを探し出さないと。しかし、連中はなんであのコモルーを狙っているんですかね?」

「連中の狙いなどどうでも良い。とにかく、明日になったら直ぐに捜索を再開するぞ」

「はい」

 約束の時間と場所。その言葉にどんな意味が、そして想いがあるのかは二人にしか分からない。だが、その二つが二人を焦らせているのは明確な事実だった。焦る気持ちをなんとか落ち着かせ、ドクはあの時、洞窟で起きた事をふと思い出していた。……正体も分からない驚異的なスピードを持った何者かに仲間であったゴーリキーを殺され、さらに暗闇での戦闘に慣れている筈のハブネークも負傷。そして……怒り狂ったザングースと共に挑んだ自分も、まるで“奴”には歯が立たなかった。目まぐるしく流れた展開が脳裏に浮かび、実力の差を見せつけられたあの瞬間が蘇る。憎かった。そして悔しかった。復讐に燃える希龍と同じような想いを抱きながら、ドクは腕の先端に付いた自分の爪を徐に見つめる。

(託された想いは……必ず守る)

 光の珠の輝きに包まれ、ハブネークの心配そうな視線を受け、ドクは古い過去の記憶をそこに映しながら心の中でそう呟いたのだった。










 刺さり合う視線。張り詰めた空気。自らの考えを希龍もロイスもお互い正直に口にし、その考えの相違が二人の間に見えない壁を形成していた。炎の明るみにロイス。その影の部分に希龍。まるで二人の意思を表すかのように、光と闇の部分に二人は別れていた。両者ともまだ互いを打ち解け切れてなかったのだろうか。二人とも自分の意思を曲げず、ただ無言で睨み合いながら言葉も暴力も無くして戦っているようであった。そして、フィナは焚火の向こうから不安そうに二人を眺めている。
 一触即発とも言える緊迫感の中、最初に口を開いたのはロイスだった。

「……そうかよ。お前がそこまで言うならもういい、好きなように復讐しろよ。けど俺はお前の復讐に付き合うのはごめんだ。俺は俺で斬空さんの意思を継いで青い空を探す。……確かにお前が言うようにけじめを着けるのは大事かもしれねぇ。だけど斬空さんは俺を自分の命と引き換えに守ってくれたんだ。だから俺は斬空さんが繋いでくれたこの命を斬空さんの望まない事に賭けるつもりはねぇ」

 これまで希龍やフィナが見た事がある中で、ロイスは最も目付きを鋭くして徐に、けれどもどこか強めの口調でそう言ったのだった。体ごと振り返った状態でそう自分の想いを希龍にぶつけたロイスに対し、希龍は彼を睨み返す。ロイスから伸びる影の中で希龍は足を開いて若干身構えながら自分の想いを貫き通すように、希龍はロイスに鋭い視線を突き刺し続ける。
 斬空と長い付き合いだった自分の気持ちがこんな奴に分かる筈がない。普段から軽くて、冗談ばかり抜かしていたロイスが斬空に対する想いを語った所で、希龍はその言葉に説得力など微塵も感じられなかった。そして希龍は前足に力を込めたまま口を開く。

「……だったらロイスこそ好きにしろよ。付き合いたくなければ付き合わなくたっていい。俺は俺で斬空さんの仇を討つ」

「あぁ! 俺はそうさせてもらうぜ。まさかお前がここまで分からない奴だとは思っても無かったぜ!」

 希龍が返してきた言葉に、ついにロイスも堪忍袋の緒が切れてしまったのか、彼は大きく口を開いて鋭い牙を覗かせながら怒鳴り声を上げる。そんな彼の気迫にも全く動じず、ただただ希龍はロイスを睨んでいた。もはや二人の信頼は崩れ去った。代わりに立ちはだかったのは、互いの想いの対立によって生まれた見えない壁。今の二人の心は壁の向こうにある、相対する相手の心を決して受け入れようとはせず、自ら心を閉ざして相手の心を退けているのであった。
 喧嘩すら始まりそうな緊迫した空気の中、焚火越しの少しだけ離れた所でフィナは二人をじっと見つめていた。復讐が間違っている、それは彼女も同意していたが、両者の本心からの想いを聞いた今、どちらが正しいか彼女は判断が付かなかったのだ。迷いながらも彼女は立ち上がり、二人に向かって小さいながらも声を掛ける。

「ふ……二人とも少し落ち着いてよ……」

 フィナは二人が決別してしまうのを避けたかった。けれど、そんな彼女の想い――そして声は、突如鳴り響いた爆音によって掻き消されてしまった。希龍が察知していたメテオスコールがついに地上に降り注ぎ始め、地面への衝突時の激しい音は三人の居る地下室にも低く響き渡る。微弱な振動が断続的に続き、天井からは細かな砂やら何やらが降り注ぐ。その中で、希龍もロイスも一つの動揺も見せず、互いの瞳を睨み合っていた。フィナの声などまるで届かず、二人に走った大きな亀裂は広がるばかりだった。

「とにかく俺はもうお前の復讐なんかに付き合うのはごめんだ! このメテオスコールが止んだら、俺は出て行く!」

「勝手にしろよ!」

 希龍もロイスも強い声調でそう言い放つと互いに視線を逸らし、背中を向け合う。二人を和解させる事も、希龍の復讐を止めさせる事も出来なかったフィナは俯いてしまい、もはや三人は最悪と言うべき状況に陥ってしまったであった……。










 降り注ぐ隕石群――メテオスコールは降り止んだ。三人が身を潜めていた地下室は頑丈で、なんとか隕石の脅威を耐え抜き、荒廃した世界に生きる三つの命を守っていた。床と一体化した頑丈な金属製の扉の下、奥へと続く短い階段を下れば、そこに三人の居る地下室はあった。古くなって壁が剥がれ落ちていたり、長年放置されていた色々な物が散乱していたり……外と同じでこの地下室も荒廃していた。そして、その地下室からは淡々とした声が階段に響いてくる。

「メテオスコールも止んだみたいだから俺は行くぜ。復讐なんかにはもう付き合いきれねぇ」

「だったら早く行けよ」

 目も合わせる事なく、希龍の横を通り過ぎて階段に向かっていくロイス。そんな彼を横目で睨み、希龍は冷徹にそう言いながらただその場に立ち続けていた。ロイスを止める気持ちなど心のどこを探しても無く、希龍は出て行こうとするロイスを一切止めようとはない。反発し合う想い。離れていく互いの背中。そこにはもう、二人を繋ぎ止める物は無かった。階段の手前まで足早に歩いたロイスは最後にそこで振り返り、希龍ではなくフィナを見る。

「ごめん、俺には希龍を説得出来ない。……俺から説得しようって持ち掛けといて悪りぃんだけど、堪忍袋の緒が切れちまった。じゃあな」

「ま、待ってよ!」

 せっかく出会ったロイスと別れてしまうのが、いや、それ以上に共通の夢を抱く二人が切り裂かれてしまうのがフィナは嫌だったのだろうか。彼女は希龍と出会ってから初めて大きな声を出してロイスを止めようとした。だが、それはロイスの耳に届いても心までは届かず、彼は直ぐに地上へと続く階段を駆け上がって行ってしまう。四本の足が階段を踏む足音が何度も反響し、彼の黒い背中や尻尾はフィナの視界から消えてしまった。そして、それとほぼ同時に、金属製の重い扉を開く際の軋むような低音が残された二人の鼓膜を揺らす。必死になって二人の繋ぎ止めようとしていたフィナとは裏腹に、希龍は階段の方に振り返る事もなく弱々しい焚火の炎を見詰めていた。
 希龍に後悔は……無かった。やはり自分の気持ちなどロイスなんかに分かる筈なんて無かったのだ。そもそもあんな軽い奴に分かって溜まるか。反りが合わない物を合わせようとするのが先ず無理な話。そう――自分とロイスは水と油だ。彼は焚火を見詰めながら一人そう考えていた。
 その向こうでフィナは焚火の紅を悲しげな瞳に映しながら、目線を階段から希龍に移して小さな声で話し掛ける。

「ねぇ希龍。ロイスに謝って仲直りしてよ……」

 焚火の向こうからそう訴えてくるフィナを、希龍はそっと目を上げて見る。砂漠で会話している内に少しずつ表情を取り戻しつつあった彼女も、今はまた悲しみを顔に浮かばせていた。彼女には悪いと彼は思っていたが、やはり今更ロイスに謝るなんて天地がひっくり返っても彼には出来なかった。けれど、フィナのその純朴の訴えは、希龍の耳にはなぜだか強く響く。
 数秒間その場で硬直してしまった希龍だが、彼は一度強く瞼を降ろし、それからそっと目を開くと、フィナに焦点を合わせながら彼女への返答を口にする。

「悪い……。あいつとの縁はもう切っちまったんだ」

「なんで……。せっかく出会えた友達なんじゃないの?」

「…………」

 縁はもう切った。そう小さな声で主張した希龍だったが、即座に彼女が返してきた言葉に彼は黙って俯いてしまう。

「ロイスは昨日、希龍が寝た後に、私に希龍は良い奴だから一緒に説得してくれって言ってた。きっとロイスだって悲しかったのに、それでも昨日は希龍の事を心配してたんだよ?」

「…………」

 希龍は言葉を詰まらせる。先程口論になったあのロイスが自分を心配してそんな事を言っていたなんて思いもしていなかった。その事実をフィナの口から聞いた途端、彼の中に一つの曇りが生まれる。――自分は間違っているのかもしれないと言う曇りが……。

「私もロイスと同じで復讐は間違ってると思う。自殺しようとしてた私を止めてくれた希龍なら、分かる……よね?」

 フィナは座った状態で希龍に話し掛け続けた。瓦礫や前に住んでいた者の所持品やらが散らばる中に腰を降ろし、一点に彼女は希龍を見詰め続けている。一方の希龍はただ無言のまま俯くばかりだが、それでも彼女は説得を止めない。その様子は出会った時に希龍がフィナに話し掛け続けたあの時を逆転させたかのようなものだった。
 フィナの言葉が耳に強く響く中、希龍は俯きながら前足にグッと力を込めて考えた。復讐を斬空はおそらく望まず、ロイスが望まず、フィナまでも望まない。自分は間違っているのかもしれない。だが、自らの口から出した言葉のように、心を埋めている憎しみや後悔を閉じ込めてそれから逃げながら夢を追い掛けた所で、心の鬱憤が&ruby(あしかせ){足枷};となり夢には追い付けない。優しくも強く耳に注ぐフィナの声は彼を悩ませる。自分は正しいのか。自分は本当にこのままで良いのか。自分の望みは何なのか……。
 戸惑い、悩む彼はそっと正面を見ていた瞳を横にずらした。何時もは傍らに居てくれた斬空が彼の相談に乗ってくれるだろうが、もう斬空は彼の傍らには居ない。全ては彼自身の意思で決めなければならなかった。静寂に包まれた地下室でしばし地面を睨みながら、黙り込んで考えていた希龍はゆっくりと顔を上げると、未だ心配そうな表情を浮かべるフィナに目を合わせた。

「俺は…………俺はやっぱり仇を討つ。さっきも言ったけど、逃げてばかりじゃきっと夢は叶えられないから」

「……希龍」

 淡い紅の光に壁や天井が照らされた中、揺れる炎と同様に希龍の気持ちもフィナの言葉で多少だが揺れていたのは確かだった。しかし、仇を討つと決めたその時から、彼は進めば崩れる復讐の一本道を歩んでいたのだ。今更歩みを止めるなんて事は出来ず、そして引き返す道はもう彼には残されてなかった。どんなに心を寛大にしても希龍はドク達を許せず、自分の描く夢を叶える為にもその憎しみに染まった心と正面から向き合う。それが彼にとってのけじめを着けると言う事なのだった。
 改めて仇討ちをする決意を示した希龍は、復讐に燃える自分の想いに苦しんでいるような、どこか悲しげな表情を見せる。だがそれも一瞬。彼は直ぐに目付きを鋭くすると揺らぐ想いを固めて階段を睨む。

「俺はこれからあいつらを探す。危険だからフィナはここに残っててくれ。それと……仇を討って必ずまたここに戻ってくるから、その……そしたらまた俺と一緒にまた夢を追い掛けてくれないか?」

「…………」

 振り返らずに、フィナに背中を向けながらそう言った希龍は、しばらく彼女の返答を待つ。だが、彼女は仇討ちに赴こうとする彼を心配そうな目で見るだけで口は開かない。それがただ単に困惑しているだけなのか、それともロイスと同様でもう希龍には付き合いきれなくなって縁切りの意味を込めて沈黙しているのか。そのどちらなのかは希龍には分からなかったが、彼は振り返ろうとはしなかった。少なからず想いを寄せていた相手と分かれるのは心残りがあったが、希龍はそのまま階段の一段目に足を乗せる。

「じゃあ……」

 小さく低い声でそう一言彼女に告げた希龍は、背負う斬空の翼の重みを確かめると階段を駆け登っていく。

(斬空さん、ロイス、フィナ……ごめん。でも、仇は討つと決めたんだ)

 階段を登りながら、そう心の奥で呟いた希龍はゆっくりと重い扉を開け、荒廃したミクスウォータの町中を一人歩き出したのだった。










To be continued...
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[[Reach For The Sky 12 ‐揺らぐ心‐]]
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あとがき
今回はサブタイトルの通りそれぞれも想いにスポットを当てながら執筆した……つもりです。それぞれのキャラクターの行動を左右する想いと言う物ですが、上手く伝わっていれば幸いです。逆に伝わらなかったから申し訳ないです(汗)。
そして展開の方は泥沼的な展開に……(苦笑)。斬空が生きている間は一つにまとまっていた希龍達ですが、今はこの通り全員がバラバラになってしまい、なんだかどんどん悪い方向に進んでる気が作者である私もしてます(汗)。
まぁ、なにはどうあれこれからも楽しんで頂けたら光栄です。

貴重なお時間を割いてまで、お読みくださり誠にありがとうございました。
感想や誤字の指摘などなど、コメントがありましたらお気軽に書き込んでくださると嬉しいです。
#pcomment(Reach For The Sky 11 それぞれの想いのこめんと,10,below)

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