ポケモン小説wiki
DELI HELL BIRD 3 の変更点


※ポケモンSVのネタバレ要素を含みます

[[ルミネエスト新宿で「デリバードマーケット by Pokémon Center 」が開催決定! >https://www.pokemon.co.jp/info/2022/12/221216_e02.html]]

ポケモンセンターのオリジナル商品を取りそろえたポップアップショップ、「デリバードマーケット by Pokémon Center 」が開催決定!
12月17日(土)〜25日(日)の期間中、ルミネエスト新宿地下1階の催事スペースで開催するよ。
ポップアップショップでは、大きなクリスマスツリーと、せっせとプレゼントを運んでいる、はこびやポケモンのデリバードがお出迎えしてくれるよ。ポケモンたちといっしょに、楽しいクリスマスの準備をしよう!……

「だ、そうです」
 気のない表情で、デリバードの男はタブレットの画面で目にした広告を棒読みし、何の感想も漏らさずにそれをテーブルに放り投げると、凝った肩を伸ばしながら座椅子に深く体を沈めた。隈取りを施したような目は、何に焦点を合わせているでもないトロリとしていて、ここへ来る前にしこたま酒でも飲んだか、もしかしたら何かしらキメてきたかもしれなかった。
「いやはや、今年もお互いにご苦労さまでしたな」
 背をもたれ、脂肪が詰まってだらしなく二段に垂れたお腹を恥じらうことなく突き出しながら、彼は面倒臭そうな手つきで、小脇に置いた糸のほつれが隠せない袋からタバコを一本取り出し、もう何万回と繰り返した手つきで火をつけ、煙を吐いた。まったく、またタバコが値上がりしてしまいましてねえ、と彼は不服そうにつぶやく。
「しかしながら、あなたのお家はまるで我が家のように落ち着きますよ」
 吸い殻をテーブルの灰皿に捨てるたびに、彼はいつも難儀する。立ちあがろうとすれば、かえってお尻が座椅子に沈み込んでしまうせいだった。
「私は言うなれば会社が我が家のようなものですから、居心地が悪いというわけではないですが、まあ、断じて小綺麗ではないでしょうな。昨今持て囃されるZ世代の若者からすればこのような感覚は恐らくグロテスクで唾棄すべき考えでしょうが。は、は、は」
 ですが、住めば都とは良く言ったものですよ。デリバードが笑うたびに、二段腹が揺れるのに気を取られてしまう。この全身が風刺画に描かれていそうなデリバードの顎から胸元にまで伸びた白い毛は、くたびれたTシャツのように黒ずんで、まるで育児放棄された赤ん坊がかけている涎掛けみたいだった。
「さて、そろそろ本題へと参りましょうか」
 そう言うとデリバードはさっきまでの気怠さとはうってかわって溌剌とし、起き上がるにも苦労していた座椅子からすくっと立ち上がった。さっきから座椅子の脇でモゾモゾと動く気配のあった袋の結び目のところを握って、それを私のすぐ側まで引きずってくる。
「実を言いますと、先日まで私は出張、と言いますか遠征に行っておりまして」
 どこだと思います? やたら期待を込めた眼差しを込めてくる。だが、こちらが何か言う前に、デリバードは話を継いだ。
「もちろんパルデア地方です。ええ、ええ、このような業界でも最新のトレンドにはしっかり付いていかなければなりませんからね。私も早速こんな体ながら、ひとっ飛び、させていただきましたよ、はい」
 ぷふう、と独特なゲップの音を出しながらデリバードはいつもの営業スマイルを浮かべる。とはいえ、それをスマイルと呼ぶことができるかどうかは、見る人によって評価が分かれるのかもしれない。いわゆる、ローストリンダーの笑みよりも不器用でぎこちなく、グロテスクでさえあるのが彼なのだった。
「名にし聞きパルデア地方、それはそれはスゴいところでしたな」
 と、デリバードが言うとそっけなく、まるでマサラタウンに仕方なく出張してきた、というような響きさえ感じられる。
「創立805年と言う……何アカデミーでしたかな、オレンジだったかグレープか……すみません、私こういう固有名詞はすぐに記憶が飛んでしまうもので」
 かといって、タブレットのアプリケーションから検索をかけることもしなかった。オレンジでもグレープでも、バナナでもピーチでも糞食らえ、といった風にデリバードは話を続ける。
「とにかく新たな金脈を見つけるためのつごう1ヶ月のパルデア大冒険でした。あちらではそこの学生たちが『宝探し』といってあの地を自由に冒険する課外授業というものがあるそうです。私めもその顰みに倣うというわけではありませんが、ちょっくら大人の『宝探し』をすることにしたわけですよ」
 小脇の袋が微かに蠢いた。デリバードはこちらへ目配せをしながらも片翼で袋の結び目をしっかりと握りしめている。
「しかしまあ、パルデアは広大です。それに、あそこで見かけた珍しいポケモンたちは私に多くのインスピレーションをもたらしてくれましたよ」
 デリバードの舌が温まってきた。その調子は繁華街で聖書の教えを説く街宣車のスピーカーから大音量で流されるそれに似通ってきた。
「何より平原を駆け回るコライドンとミライドンの多いこと……あれは商品化したらヒット間違いなしだと思いましたよ。いや、実際今年のクリスマスはそればっかしでしてね。何てったってコライドンとミライドン合わせて数100件の受注ですよ! それだけじゃありません! マスカーニャなんかその10倍です! ついこないだまではルカリオだのエースバーンだのと宣っていた連中がこの有様です! 去年までは兎追いしかの山だったのが何てことです! まったく節操のない汚らわしい野獣どもですよ!」
 世界中からひっきりなしに電話が来るおかげで、一睡たりともできませんでしたよと長々と愚痴った。そこには幾分か私の気持ちをわかってほしいという切実な懇願が含まれていた。これから数年は、そんなことにかかりっきりにならなければいけないんですよ、と彼はここで味わい深いペーソスを感じて欲しいと言いたげだった。
「しかし私も鳥ですから。世渡りは得意なんです……まあ、何とかやっていきます。高望みの根暗どもの話はここまでに致しましょう。何せ!」
 デリバードは両翼にグッと力を込める。まるで自分が何千何万人もの聴衆の前で演説しているみたいな感じだ。これなら大統領選挙にでも出馬できるかもしれなかった。
「先述の繰り返しになりますが、パルデアは私にとりましても文字通りの新天地でした。私としましても、頭に浮かんだのは——恥ずかしがらないでいただきたいのですが——あなたのことでした。ええ、ええ! あなたのような優れた嗜好の持ち主を満足させてこそ、この仕事の甲斐というものはあるのですから、当然のことですよ」
 デリバードは一瞬袋に目を留め、それから視線をこちらに向き直した。
「あなた様に一体何を供すればいいだろうか? ある意味で、私の『宝探し』とはこの事に他ならなかったのではないかと思えます」
 手持ち無沙汰に自分の腹の肉を掴んでは、たぷたぷと弄ぶ。たぷたぷという音に、ぎちょぎちょという擬音も混じりそうではあった。
「アイデアが次々と思い浮かんできました。たとえば、イッカネズミの生態は大変興味深いものです。個体によって3体のものと4体のものが存在するのです。つがいと思われる2体とその子らと思われる1、2体ですが、実態は何もわかっていないそうです。とすれば、イッカネズミAの夫とイッカネズミBの妻を不倫させ、2個体のイッカネズミの間に複雑な関係性を生み出したいと考えるのは必然の流れでしょうな。さらに、そこから姦淫によるイッカネズミの私生児Cが生まれた場合、さらに事態は複雑化すると考えられます……まあまだ、構想段階ではありますね」
 来年か、再来年か、まあその時を待っていてくださいよ、とデリバードはこちらへの信頼を込めて言った。
「他に興味を惹かれたものと言いますと、何と言ってもシャリタツですかね。私もオージャの湖へ出向いてちょっくらフィールドワークをして参りましたが、ヘイラッシャとの共存関係はなかなかに興味深いものでした。第一、シャリタツ自身のあの手頃なサイズ感がよろしい。単体としても十分愛好者の性的嗜好を存分に満たしてくれると思います。たれた姿、そった姿、伸びた姿とあり、希少な色違いを含めれば6色のカラーで展開できるというのも強みです。場合によっては、限定カラーなんてのを出してみても……それこそスマートフォンのように幅広いチョイスを提供できる。オタク向けにシャア限定モデルだとか綾波モデルだとか……これは安易ではありますが、あるいはインテレオンモデルですとか、ウェーニバルモデルなんかでも良い。これは私としても夢が膨らむものですな。そういえば、昨年お買い求めいただいたPENGAデスはいかがでした?……はっはっは、そうでしょう。いやはや、毎度ながらあなたは本当にいいお客様ですよ」
 ああ、前置きが長くなってしまいましたね。デリバードは、ようやく袋の結目を解き始めた。袋の中身も、生まれかけのたまごのようにさっきからもぞもぞと動いていたのだった。
「今回は本当にあなた様のためだけに&ruby(うで){翼};を奮わせていただきました。何せ、パルデア地方の中央に位置する、かのパルデアの大穴に、こっそりと潜入させていただいたのです」
 この話は内密にお願いしますよ、と翼を嘴にあてる仕草を見せる。
「かつてのパルデア帝国が国を傾けてまで探索に力を注いだという大穴の内部には、驚くべき光景が広がっておりました。いやはや、私としても時間も限られていましたからいわゆる『エリア・ゼロ』まで覗き見ることは叶いませんでしたが、一生に一度の体験をさせてもらいました。実際、そこにあったのは、何と言いますが、言語に絶するものだったのですから」
 彼は開いた袋の中に顔を突っ込んでガサゴソと漁った。いてて、と腰の辺りを気にしながらゆっくりとした動作で中にあるものを取り出した。
「はっはっは!」
 こちらの反応を見透かしたように、デリバードの男は愉快で堪らないとでもいうように笑ってみせた。
「そうでしょう、そうでしょう。私はあなたのそのような反応が見たくて、今夜のために準備をしてきたのですからね」
 不敵に微笑みながら、デリバードは喉の調子を整えた。
「さて、イッシュ地方においてフロンティアが消滅したのは1890年のこととされています。所謂1894年に発表されたフレデリック=J=ターナーによる『フロンティア学説』によればです。しかし、大陸にフロンティアがなくなったらどうするか? さらにその先にある世界に目を向けるまででした。帝国主義時代の到来ですな。しかしながら今日においては、こうしたフロンティア精神は懐疑的な目で見られるようになっております。何せ、こうした開拓は先住民の排除と殺戮と同義でもありましたから。今世紀においても植民地主義がもたらした負の遺産はいまだに精算が済んでおりません。現代という時代はあらゆる観点から、近代の発展がもたらしたツケを支払う羽目に陥った局面に入ったと言えるのではないでしょうか」
 デリバードは言葉を切る。しばしの沈黙。
「ですが、ここに驚くべき人間が登場します。言うまでもない、私が出向いた『エリア・ゼロ』の主人と言うべき某博士のことであります。現在という〈いま・ここ〉の地平においてかつてのような開拓ができなくなったからには、ヒトは最早、『脱成長』以外に選ぶべき道はないのであろうか、と思われた矢先、とんでもない発想をする者が現れるものです。いや、某博士が試みたことの一切は、そのような現代の思想潮流とは一切無縁ではあります。いっそのこと、反時代的ですらあります。博士が試みたこととは何か? 私は先ほど『現在という〈いま・ここ〉の地平においてかつてのような開拓ができなくなった』と申しました。そこが肝なのです。ならば異なる時空間にフロンティアを見出せばよい、いや、博士がそのようなことを考えたかどうかは定かではありません。あくまでもこれは私の拙い想像ではあるのですがね」
 その何とも言えぬ「クリスマスプレゼント」は困惑した視線をこの部屋のあちこちに向け続けている。とはいえ、赤いリボンでぐちゃぐちゃに梱包されているせいで、自由に身動きを取ることができない。ただ、目元の液晶画面が点灯したり、点滅したり、しばらく消灯したりしている。それについては、明らかにデリバードの説明を必要としたが、彼による自論の開陳はもうしばらく続いた。
「つまりですね、その博士は未来というフロンティアを開拓しようと試みたのです。詳細は伏せますが、その功績たるテラスタル技術を応用し、数万年後の世界のポケモンの捕獲・収集に成功したというのです。実のところパルデアの大穴とは、その博士の文字通り夢の結晶なのです。あそこは、いわばガラルの地質学者による一大奇書『アフターマン』の世界を、いや、そこからさらに数万年後? いや、数億年後を経た世界を再現していると言っても過言ではありませんでした」
 デリバードはコホン、とわざとらしい咳をする。ほんのりとタバコと日本酒の入り混じった独特のすえた臭いが漂ってくる。
「……植民地主義及び帝国主義が東洋に向けた無意識的で支配的な眼差しのありようについては、エドワード・E・サイードの名高い『オリエンタリズム』で精緻な分析がされていることはあなたもご存じだろうと思います。『マンスフィールド・パーク』を俎上に載せた冷静と辛辣のバランスが絶妙な文芸批評はいま読んでも目から鱗ですな。しかしながら、さしあたって私が言いたいのは」
 デリバードはようやく傍らにある異様なものに目を向けた。おっと、喋るのに夢中でリボンを解くのを忘れていましたと呟き、脂汗を拭いながらそれを自由にしてやる。
「これを何だと心得ます?」
 いかにも、自分の似姿たるそれを差し出しながら、デリバードはニタニタと笑みを浮かべた。
「そうでしょう、そうでしょう」
 満足げに頷きながら、デリバードはおかしくてたまらないというように二段腹を震わせた。
「テツノツツミ、というのがさしあたっての名前だそうです。いかにも、私の種とそっくりなナリをしていますが、実態については謎だらけです。超古代文明の遺物だとか、10億年後のデリバードであるとか、色々言われているみたいですが、どれも推測の域を出ません」
 デリバートの背丈の半分くらいのこじんまりとしたテツノツツミはこちらをドギマギと見つめている。いや、現代のものではおよそありえない生物に対して、我々の価値観がそのまま通用するとしての話だが。
「ですが、その異質な存在がこうして私たちの目の前にあるという現実は、断じて否定することができません、そうでしょう?」
 デリバードは神妙そうに目を閉じた。ただでさえ厚ぼったい瞼に覆い隠されそうになっている目が見えなくなると、テツノツツミよろしくモニターがオフになったように見える。
「初めてこの子を見かけたとき、私は複雑な感情に囚われました。果たしてこれは本当に私の未来の姿であるのかとひとしきり考えましたよ。はっきり言いましょう、未来を垣間見るという体験はそれがいくら数億年後のことであろうとも、恐怖を伴います。運命は一個人のなしうる努力の一切を超越しているというギリシア悲劇的な恐れとでも言うのでしょうか。私はこれでも不可知論者であると自認しておりますが、流石にこの時は『神』の実在を信じそうになりましたよ。テツノツツミは、私のささやかな一羽のデリバートとしての実存を大いに揺さぶったのです」
 デリバードはいきなりテツノツツミの後ろにある袋(おそらくはテツノツツミの「ツツミ」の由来になっているであろう部位)を脚で小突いた。驚いたテツノツツミの首がバネのようにピョンと飛び出した。
「これは決して驚くことではありません」
 両翼を広げながらデリバードは諭すように言う。テツノツツミの首はマンガの乳房のようにひとしきり揺れた後、また元の場所に収まっていく。
「これでもこの子は立派な生物です。あくまで、我々とは生物に関するパラダイムが異なっているだけなのですから……話を続けましょう、私はテツノツツミという存在を通じて心からの衝撃を覚えました。ですが、それは同時に私の商魂をも激しく燃え立たせることになったわけなのです」
 デリバードは勢いよく両翼をぽふ、と叩き、さあここからが本番ですよと気合を込めた。
「それと言いますのも、私がそうであるであろうところのものを凌辱することに、やましい興奮を覚えずにはいられなかったからです。しかしながら、性を巡る思考はそのような支離滅裂さ、さらには限りなく保守的で反動的ですらある撞着語法で成り立っていることは、あなたならきっと理解してくれることと思います。それはかのカロスの碩学も革命期の反動思想の分析を通じ大いに指摘してくれているところであることは学会では広く知られています……」
 助走をつけるようにデリバードは徐々に早口になっていった。勢い余って次のような詩句を口にした。

 闇が 宿命の掟によって 脅かした その時に、
 かくも古からの''夢''、我が脊椎の 欲望、痛みを、
 葬儀の天蓋の下、ついには 破滅かと 苦しんだ挙句、
 拡げたのだ ''夢''は、疑いの余地なき翼を わたしのなかに。

「ステファヌ・マラルメもそう書いたように、この夜の遥か彼方に地球は投げかけているのです、『輝きも強大な異形の神秘』というやつをです。そこに光を発する『一天体の天才』!……」
 デリバードはテツノツツミをひょいと抱えると、尾羽についた袋状のものを取り外す。
「ここは着脱可能なように多少アレンジを加えさせていただきました。普段は移動用に噴射する氷を溜め込んでいるようなのですが、まあそんなものは必要ないでしょうから、好きなものを詰めてお使いください」
 翼首のスナップを利かせると、テツノツツミのお尻をパチンと打った。何かあずかり知らぬ金属でできたテツノツツミの体は思いの外、弾けるような反響音を立てた。こんな体でも痛覚というものはあるのだろうか、デリバードそっくりの悲鳴を上げたが、それはビールと発泡酒の味の違いくらいには異なって聞こえた。内側から込み上げる鼓動に任せて、デリバードはテツノツツミをテンポよく打ちのめした。テツノツツミの目元のモニターから流れる涙もデジタルだった。
「このように、遥か未来の私であったとしても——いや、そうかどうかはそれこそ神のみぞ知る、ですが——しごく一般的な性癖を満足させるには十分なポテンシャルを有しています。確かに私自身も初めは半信半疑でした。この機械ともロボットとも言い難い生命体が果たしてエロたりえるのかと? ですが、なんてことはない、ちょっと弄ってみれば現在に生きるポケモンたちとちっとも変わらないということが翼を羽ばたかせるようにわかりました。そうなればあとは歴戦の勇士たる私のターンです、ずっと」
 突然デリバードはぶるぶると震え上がって、体中の毛をボサボサにさせた。翼を休めがてら、ほふう、と黄ばんだ色のついていそうな息を吐いた。一瞬、気の抜けて真表情になったデリバードの顔面は、唐突に世界が滅亡するまさにその瞬間にハッとした中年男のそれだった。
「しかしながらこの子を調教していると、不思議な気持ちになります。私には妻子なんかおりませんが、ただの赤の他人にしているのとは、何か、こう、別な感情が湧いて出てくるんですよ。は、は、は」
 と言って、またテツノツツミのお尻をビシバシと叩き始める。
「そんなことを考えたのも、チャンプルタウンの『宝食道』で隣り合わせた御仁と随分意気投合したおかげでしてねえ。その方はポケモンリーグの営業をしているようで、あちらの業界も苦労が多いようですな。で、互いに独身でここまで来てしまったわけですから。ええ、その方からオススメされた飲み方がまた乙で、からしむすびを一個つまみながら、芋焼酎をくいっとあおる。ちょっと違いますが、自分が小津映画の一登場人物になったようなハイな気持ちになりますよ。それでネギだけをトッピングしたかけそばをず、ず、ず……とです。〆にはあそこの自家製のうめぼしをパクリ。何よりソイツが悪酔いに効くってやつで」
 そんなことを&ruby(くち){嘴};走りながら、しこたま懲らしめた後でやっとほうぼうの体のテツノツツミを床に下ろし、取り外したツツミを付け直した。マグネット式なのか、ちょっと近づけるだけでツツミは尻尾のところにすぐにくっついた。デリバードは袋の中から真新しいディルドを取り出す。
「これも、うちの精鋭が開発したばかりの新発売のセグレイブモデルです。なかなかの見た目をしているでしょう。イメージとしては、アイスの天ぷらでしょうかね。外はサクサクホクホク……で、中はつめた〜い、ってそんなヤツです」
 言ったそばから、そのセグレイブモデルの巨大なディルドをテツノツツミの嘴の奥深くに突っ込ませ、イラマチオの要領で激しく前後させる。テツノツツミのモニターが一瞬オフになり、再起動を仄めかすように瞳の辺りに進捗インジケータのような丸い点が現れた。それから画面いっぱいに未知の言語が現れる。といっても現代的な文字の諸体系とは無縁なそれは、X軸、Y軸のみならずZ軸にまで線が展開され、名辞、用言の区別など虚しいものだと言わんばかりに、言語そのものが現代で言えばさながらVR空間上のアバターのように躍動しているのだった。
「果たしてそこには一体何が書かれているのでしょうな? さっぱりわかりませんが、この状況において語られる言語なんて何億年経とうが変わりないでしょうな。仮に未知との遭遇でもしたならば、いっちゃん性行為を行わせてみるというのも、あながち突拍子な発想でもないのではないかと思われます。『イクイク』だの『Fuck』だの、どこに生まれた生物だろうが言うに決まっていますからね……そうそう、テッド・チャンの『あなたの人生の物語』は読まれました? まあまあいい短編でしたからオススメです。映画の『メッセージ』もあれはあれで良い出来だったと思いますね」
 そんなことを言いながら、デリバードはセグレイブディルドを、根本が見えなくなるギリギリまでテツノツツミの口腔に押し込んだ。先端は、この生物が有機的な構造をまだ保っていればの話だが、食道に達していてもおかしくなかった。テツノツツミは再起動を繰り返した挙句、ぷしゅ、と機械的な音を立てて、胴体がびよんと後方へ飛んでいった。奥まで入れたはずのディルドの先端はなかった。あるべき場所にそれがないのは、まるでマジシャンによる人体切断ショーを目の当たりにしているみたいだった。
「まったく研究が進んでいないポケモンですから、体内の機構がどうなっているかは知ったこっちゃありません。少なくとも、放射能のようなものを発する、なんてことはないようですが。それにしてもいい食いつきではありませんか。こんな状態になっても肉棒を貪ることをやめようとはいたしません。情操教育の賜物ですな」
 デリバードはゆっくりとディルドを嘴から抜き取った。テツノツツミの体内にある得も言い難い領域に消え去っていた先端部も、何事も無かったかのように戻ってきた。それこそ自分が名高いマジシャンであるかのように、タネも仕掛けもありませんよとセグレイブディルドを見せつけながら、袋にしまいこむ。
「さて、一番気になるのは当然アソコでしょう。ですがご安心ください。この子は、私どもデリバードの特徴をあたう限り忠実に再現しております。機械のように見えて、そのくせ申し訳程度の有機体としての特徴を残してもいる。実に興味深い」
 そう言ってデリバードはテツノツツミのヘソの辺りにある水色のボタンを翼指す。
「よくよく翼で弄っておりましたら、この下、ですから我々にとっての生殖器がある部位に、やはりといいますかそれに似た機構を発見いたしました。傍目からは何もないように見えますが、ほら」
 よおく見ていてくださいよ、とばかりに両翼でこじ開けるように股を観音開きすると、確かにそこには接続部とでも言うべき孔が穿たれているのがわかった。
「何たる朗報でしょう!」
 デリバードは小躍りする。ハイテンポなR&Bの音楽にのせるように腰を揺り動かすので、地震に見舞われた高層ビルのように脂肪がゆったりと横揺れするのだった。
「この1点を以ってしても、我々生命体は安堵すべきでしょう。変わらぬ性の営みというのはおそらく数億年後の世界でも存在し得るのです。まあ、人間に関してはちょっとわかりませんがね……」
 デリバードは袋から、今度はさっきのセグレイブ型と比べて細長い触手のようなものを取り出す。
「こちらも新発売のノノクラゲの足風ディルドです。ちょっと小洒落たパーティ用グッズとしての利用も想定しておりまして、既にデリバードポーチでのお取り扱いも初めております。もちろん初歩的なプレイや前戯にも最適です」
 胃カメラを挿入する医者のような慎重さで、デリバードはそのノノクラゲ風ディルドをテツノツツミの中に入れる。さっきのイラマチオでクタクタになったテツノツツミは、キョトンとした瞳を表示しながらも、無抵抗にそれを受け入れる。心なしかその顔は羞恥に火照っているかのように虹色にてかっていた。ノノクラゲの足の根本から足先までにかけて、徐々にコブのように太くなっていくそれが、ローションも塗っていないのにするするとテツノツツミの内側に収まっていくのは、なかなかの眺めだった。
 テツノツツミが瞳をまん丸く点灯しながら、音階高く鳴き声を再生した。それから、ぷしゅ、という音が尾っぽにくっついたツツミから吹き出し、沸騰間際に電気ケトルのようにカタカタと震えた。
「熱暴走しているように見えますが、興奮すると熱くなって火傷なんてことはありませんからご安心ください」
 こちらが思っていたことを見透かしているようにデリバードは解説した。コブのように一際太くなったところをトントンと叩きながらテツノツツミの中へ押し込んでいくと、カタカタという音がどんどん強くなった。目のモニターには未知の三次元言語がひっきりなしに記述された。
「私にはこの子の心が手を取るようにわかります。元いた世界がどのようなものであったのか私には知るよしもありませんが、このような悦楽を知ったからにはもう元いた場所には帰したくはありません。未来は私たちの時代によってかくのごとく植民地化されたのです」
 絶頂に達したことを示すために、テツノツツミはディスプレイに恍惚とした目つきを浮かべた。この瞳をさせるために私は微調整を散々繰り返したのです、とデリバードが注釈する。
「さながらエンジニアの仕事です。ですが、性産業だっていつまでもアナログというわけでにはいかない。DX化は喫緊の課題でもあります。それに、超党派による性産業に対する圧力は今や度し難いほどになっております。私たちとしても&ruby(て){翼};をこまねているわけにはいかないのです。いやはや、これからますます忙しくなりますよ……」
 ヒイヒイ、と鳴きながらテツノツツミは体の内側から来る抑え難い快感を我慢強く堪えていた。嘴をぽっかりと開いて微かな呼吸をしながら、細まった瞳孔にあたるところから擬似的に流れ出した涙が、つやつやとした鉄製の体にはダイヤモンドのようだった。
「この子が実際、幼体なのか成体なのか、はてまた遥か未来では家父長制やらジェンダーやらの存在そのものが忘れ去られるくらいには、そんな概念は風化しているかもしれませんが、とにかくです。実に可愛らしい、健気な反応をするでしょう? 先ほども述べました通り、私たちの開拓精神は未来にまで及びました。そして、未来を陵辱することに対する倫理は、未だ私たちの法学も哲学も確立しえておりません。なんと言いましょうか、私どもが時折抱く不埒な妄想、たとえば中世の男色家のように権力をほしいままにしながら、稚児どもと好色三昧に耽る、といったような願望は、この領域においては合法なのです。しかも、見ての通りのテツノツツミです。頑丈性は保証いたします。何せ、先ほどのセグレイブ型に加えヘイラッシャ型を用いた試験でも、この子は私どもの会社史上に残る成績を収めたのです。ジャラランガの鱗で作ったフライパン並みの丈夫さ、と言えば、この子が一生もののパートナーになり得ることは容易に想像できるでしょう……は、は、は。そうくると思っておりました」
 デリバードはほくそ笑みながら、ノノクラゲ風ディルドをテツノツツミから抜き取って、袋にしまった。かわいいぬいぐるみのようにお座りしたそのテツノツツミを両翼に抱えて、はい、とこちらへ手渡す。
「ええ、この子はあなただけの特別価格でお渡しいたしますよ。いつもお世話になっていることもありますから」
 デリバードはいつものように料金の内訳を伝え、電子決済用のQRコードリーダーを差し出す。
「私がこれだと思ってお渡しした子はみな我が息子娘のように思っている私ですが、このテツノツツミを見ているとなんだか……いやはや、私の子どもだと思って大事に育んでくださいよ」
 デリバードは陽気な冗談を言う。決済音が鳴り、領収書が印字された。
「ありがとうございました、また来てデリバード♪」
 沈黙。
「冗談ですよ」
 デリバードは珍しく照れ笑いをしながら手持ち無沙汰に垂れた腹を両翼で揉んだ。
「『デリ・ヘル・バード』をご利用いただきありがとうございました。メリークリスマス……ああ、もうとっくに終わっていましたっけ。ですが、今年のイヴとクリスマスは何せコライドンコライドンマスカーニャマスカーニャマスカーニャミライドンミライドンで、アレです、月月火水木金金って有り様でしたから。コラコラニャアニャアニャアミラミラ……ったくクソ喰らえ」
 デリバードは両翼を嘴に合わせてデカいクシャミをした。手羽先に付着したタンを苦々しく見つめながら、袋の端で拭き取った。
「まあいいでしょう。お互いにこれが今年の仕事納めですし。それに、クリスマスとは実のところこの私自身なのですから、違いますか?」
 自分の言ったことにデリバードは満足げに頷きながら、ポンと何重にもシワのできた腹を叩いた。
「来年こそはお互いにいい年にしましょう。必ずや、きっと」
 やれやれ、来年からのインボイス制度どうしましょうか、とブツブツ呟きながら、デリバードはよっこいしょと窓枠に上がり、注意深く左右を見渡してから、夜の街をパタパタと飛んでいった。

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