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BOOST vol.Ⅰ/chapter.01 の変更点


BOOST vol.1 覚醒の声
**chapter.01 -常磐の森を追い越して- [#qd938028]
RIGHT:Written by [[March Hare>三月兎]]
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◇キャラ紹介◇

○エリア:人間
 マサラタウン出身のトレーナー。
○エリア
 主人公。マサラタウン出身の駆け出しトレーナー。
 ・手持ち
 カレン:シャワーズ♂
 セオラ:ライチュウ♀

○カレン:シャワーズ
 つるぷに。

○セオラ:ライチュウ
 もふわふわ。

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&size(17){*常磐の森を追い越して*};

 レッドという一人のトレーナーがわずか十一歳にしてポケモンリーグを制し、神童として名を馳せたのは、まだ私が生まれる前のこと。
 彼の故郷であるこの街には今も多くの観光客が訪れる。とても賑やかな街だ。
 マサラシティ――昔はマサラタウン、と呼ばれる小さな村だったのが、この二十年間で飛躍的に発展し、今やヤマブキ、タマムシと並ぶカントー大都市の一つとなった。
 でも、私が今立っているここと、彼の生家だけはずっと変わらずに昔のままなのだという。
「おお、良く来たの」
 ベルを鳴らすと、七十歳くらいの好々爺、といった風情の男性が顔を出した。白髪混じりの頭髪を刈り上げ、白衣を来た姿は昔からの彼のスタイルなのだという。といっても、今は白髪混じりを通り越して全白髪に近い。
 旅立ちの朝、そんな老人に私が会いにきたのは、もちろん彼がただの老人などではないからである。
「おはようございます、オーキド博士」
 何を隠そう、彼こそ全世界で知らぬ者のいないポケモン生態学の権威、ユキナリ=オーキド博士なのだ。
 ポケモントレーナーとしてデビューするには、年齢が十歳に達した後に、リーグの定めるライセンスを持つ者の承認を受けねばならない。その際、ポケモンを所持していない者は初心者にも手なずけやすいポケモンを一匹貰うことができる。
 オーキド博士はそのライセンスを持つ者の一人で、私も十歳の時に彼からポケモンを一匹貰った。
「まあ、入りなさい」
 研究所の中は、一見しただけでは何に使うのかさっぱりわからない機械がそこかしこに並んでいる。それらに目をやりつつ、オーキド博士について一番奥の部屋にたどり着いた。
「エリアちゃん、じゃったか」
「はい。それと、カレンです」
 私の横を歩いてきたポケモンの頭を撫でてやった。水色の艶やかな体が美しい、イーブイの進化系シャワーズ。
 二年前に拾ったイーブイをついこの間進化させたのだ。
「ほう、いつぞやのイーブイが……随分と懐いたようじゃな。儂のあげたピカチュウも元気かの?」
「ええ、ここに。彼女はもうライチュウに進化しましたけどね」
 答えながら、腰のボールを指先でコンコン、と叩く。
「うむ! それでは早速じゃがっ」
 七十のご老体とは思えない元気な声で、博士は側の棚から赤いゲームボーイのような小さな機械を取った。
「今日からトレーナーとしてデビューする君に、儂からこれを贈ろう」
「何ですか、これは……?」
 ゲームボーイよりボタンが多いし、ソフトの挿入口がない。しかもカメラ付きらしい。
「最新のポケモン図鑑Ver.4.2.1じゃ! ここカントー地方はもちろんのことジョウト、ホウエンからシンオウまでに生息するあらゆるポケモンのデータが記録してある! カメラをポケモンに向けるだけで自動的にそのポケモンのデータを参照できるスグレモノじゃ。カレンに向けてみい」
 エリアは言われるがまま、スイッチを入れてカメラをカレンに向けてみた。
 首を傾げる姿がかわいい、なんて思っていると。
『シャワーズ。あわはきポケモン。水を自在に操る能力を持つ。また、体表面の細胞は親水基を多く持ち、水に溶け込むことも可能である』
 画面にデータが表示され、さらに男性の声で丁寧に解説してくれた。
「ほっほ! しかもフルボイスじゃ! レッド君の協力を得て完成させたカントー百五十一種のポケモンはの、若かしり頃の儂が声を入れたのじゃぞ」
 嬉しそうな博士の顔を見ていると、自然と顔が綻ぶ。
「ありがとうございます、博士」
「なんのなんの。こうしてマサラからトレーナーを送り出すのは久しぶりじゃからの。君の噂は聞いておったよ。この間のコロシアムのバトル大会でずいぶんと健闘したそうじゃないか。レッド君、グリーン君に続いてトップレベルのトレーナーになれるやも知れぬと君には期待しておる」
「期待だなんてそんな。それに健闘っていっても初戦敗退でしたし」
「『優勝候補フラン、デビュー前の新人にまさかの苦戦』と記事にはあったがの」
「ビギナーズラックですよ、きっと」
 この仔にはすこし無理をさせちゃったかもしれない。
 頭を撫でてやると、カレンはつぶらな瞳でエリアを見つめ返してきた。
「これからもよろしくね」

&size(18){         ◇};

 昨日、ご主人様とボクはタマムシデパートマサラ支店に買い物にでかけた。
 旅仕度を整えるのは何かと面倒そうだった。ご主人様は視線を手元のメモ帳と案内板の間で行ったり来たりさせて、いろんな階を回って必要なものを揃えていた。
 で、今日。
 オーキドとかいうおじーさんに図鑑を貰ったご主人様とボクの旅がついに始まった。
 まずは一番道路を抜け、トキワシティ、トキワの森を経由してひとつめのジムがあるハナダシティへ向かう。
「しっかり掴まっててよ!」
 ご主人様の操縦するバイクの後に座っているボクがいた。
 最近、トレーナーというものが変わってきているらしい。
 まず、デビューの晩年化。その昔は皆十歳やそこらで旅立ち、数年かけて各地を回りバッジを集めてポケモンリーグに出場するのが普通だった。だが、最近では『やはりトレーナーになるのはある程度見識を持ってから』との風潮が強まり、デビュー平均年齢は大幅に引き上がった。
 というのも、悪質な思想団体への勧誘や新米トレーナーを狙った詐欺が後をたたなかったからだ。酷いものでは、折り畳み式自転車一台を百万円で買わされたという、俄かには信じがたい話まである。
 このバイクでも七桁はない、ってポケモンのボクにでも分かるのに。
 トレーナーの平均年齢が上がったことで、移動に徒歩ではなくこうしてバイクを利用する者が多くなった。ご主人様も二十五歳だし、免許くらいは持っている。
 それにしても、座ってるだけのご主人様はともかく、前足で腰にしがみついているのは四足歩行のボクにとっては結構きつかったりする。ただでさえ、ご主人様の長い茶髪が風に靡いて顔に当たるだけで欝陶しいのに。
「風が気持ちいいね!」
 当の本人はまったく分かってないようで。
 言葉が通じれば、言いたいことは山ほどあるのに。
 ニンゲンってのは文字なんてモノを発明したお陰で、言霊を感じる能力を失ってしまったらしい。今のニンゲンの頭の中は全部文字でできているのだ。
 だからボクにはご主人様の言葉はわかっても、ご主人様にはボクの言葉がわからない。
 まあ、それは仕方のないことだし。
 仕草を少し大袈裟にしてやることで、自分の気持ちを伝えるしかない。
 カレンは頭や腰を振って、今の姿勢がつらいことをアピールした。
「うん……? どうしたの?」
 前に回してくれない?
「あっこら、男のコがそんなコトしちゃだめなんだからっ。私の背中でそんな」
 あのう、すごく間違ったコト考えてませんか。
「え? 違う?」
 当たり前でしょうが。ボクがニンゲンの体に欲情したりするものですか。
「ああ、抱っこがいいのね……もう、甘えん坊さんなんだから」
 解釈はまたさっきとは別の方向に間違っていたが、結果としてはバイクを止めて前に回してもらったから良しとしよう。
 ご主人様はボクを左手に抱いて、片手運転に切り替えた。
「今日はとりあえずトキワの森を抜ける所までいくからね。飛ばすわよ」
 危ないからやめなよ、と止める暇もなく、バイクは急加速してボクの"電光石火"のトップスピードよりも速くなった。
 そもそもポケモンを抱いたまま片手運転なんて、警察に見つかったら確実に減点モノだ。バイクに乗るときはモンスターボールに入れておかなくちゃならない。
 ボクには事情があってそれはできないから仕方ないんだけど。何もモンスターボールに入るのが嫌だとか、そんな理由ではなくて。
 ボクの体にボールが当たっても、ボールが正常に動作しない――つまり、ボクはモンスターボールに入ることができないのだ。

&size(18){         ◇};

 トキワシティまでは一時間少ししかかからなかった。さすがに街中で&ruby(ふたり){一人+一匹};乗りは警察に捕まえてくださいと身を差し出すようなものなので、低速でバイク走らせるエリアの横をカレンが歩く格好だ。
 まあ、もともとトキワの森は野生ポケモン保護区に指定されているからバイクの 乗り入れは禁止だ。ポケモンセンターの屋外パソコンを利用して"預けておく"のだという。
 ニビに着いたら向こうから引っ張り出せるらしいが、カレンには何がなんだかよくわからない。
 ポケセンに着くと、屋外パソコンの横にくっついている大きなドーム状になった空間がある。そこへバイクを入れて、ご主人様がパソコンをぴこぴこ操作すると、バイクが光に包まれて、機械に吸い込まれるように消滅した。
 ホントに大丈夫なの? って疑いたくなる。
「ちょっと休憩してく?」
 が、エリアは爽やかな笑顔をカレンに向け、親指でポケセンの扉を示した。
 リーグによって運営されているポケモンセンターは、戦いで傷ついたポケモンの治療を主な業務としている一方で、アイテム転送などの各種サービスをトレーナーに提供したり、野生ポケモンの保護も行っている。また、トレーナーとポケモンの憩いの場としての役割もある。
 ポケモンセンターに入ると、ロビーにはトレーナーが大抵二、三人はいる。ポケモンはその倍程度。ポケモンの方が多いのは、一人のトレーナーが複数のポケモンを出しているからだ。街では一匹しか連れ歩けない決まりなのだが、ポケモンセンター内だけは別だ。といっても、さすがに六匹フルで広いスペースを占拠するのも他人に迷惑がかかるので、そこは良心に従って、ということらしい。
 ま、うちのご主人様はボクを含めてまだ二匹しか持ってないんだけど。
「出てきなさい、セオラ」
 ご主人様がロビーの一角にあるソファに座って、腰につけた直径三センチくらいのボールを手に取ると、とたんにこぶし大まで大きくなった。赤と白の半球をくっつけたような形状のそれは、モンスターボールと呼ばれている。
 床に落ちだ衝撃で、赤と白の境目がぱっくりと開いた。中からは真っ白い光が飛び出して、ポケモンのシルエットを形作ってゆく。
 大きめの丸っこい体つきに、先が稲妻型になった細く長い尾と尖った耳が生えた形。
 シルエットは徐々に光量を落とし、数秒後には完全なポケモンの形を取った。
「まったく。私をさしおいてカレンを連れ歩くなんて、もし急に襲われたりしたらどうするつもりなのかしら」
 淡いチョコレート色の体にレモン色のほっぺ。ピカチュウの進化系、ライチュウである。
「一言目から文句なのね」
「いいでしょ別に。どうせエリアには私達の言葉はわからないんだし」
 ご主人様はボクたちが仲良く会話していると思っているのか、微笑ましげにこちらを見ている。言霊を受け取る能力がないのは、ある意味幸せなのかもしれない。
「そういうコトじゃなくて。ボクじゃご主人様を守れないみたいな言い方、ひどいじゃない」
「そうは言ってないけど。ただ心配なだけ」
「そ、その心配が傷つくんだからっ」
「はいはい泣かないの」
 セオラはにこにこしながら頭を撫でて慰めてくれた。
 ――くれた、じゃない。
「なっ、泣くわけないでしょ! これくらいでっ」
「こらこら喧嘩しないで。仲良くするのよー」
 喧嘩じゃないのに。ほんとニンゲンってばアバウトなんだから。
「仕方ないわね」
 と、セオラがやおら近づいてきてカレンを抱擁するという暴挙に出た。
「ひぁっ……な、なにするんだよっ」
 しかもそれだけには飽き足らず、セオラはカレンの体を触りまくってくるのだ。
「ご主人様の命令よ。仲良くしなさいってね。つるぷにつるぷに」
「頭から水ぶっかけるよ?」
「もう、怒らないでよ。変に意識しちゃってさ。私達姉弟みたいなもんでしょ?」
 姉弟、か。
 たしかにこの二年間、彼女には世話になりっぱなしだった。拾われた最初の頃なんてそれはひどいものだった。思い出すと自己嫌悪が止まらなくなる。
 それでも本当の弟みたいにボクを可愛がってくれて、お陰でボクも立ち直れた。セオラはボクにとって姉のような存在だ。
 互いを想う心はあるけど、やっぱりそれは姉弟愛というやつなのだろう。
「じゃ、お返し」
 反射的に怒ってしまったお詫びも兼ねて、ほっぺにキスをしてあげた。
「ふ……へ?」
 お。戸惑ってる戸惑ってる。
「い、い今なななにしたのっ?」
「キスだよキス」
 カレンは前足を口先に当ててウィンクしながら答えてやった。
「な……」
「&ruby(ふたり){二匹};とも、そろそろ行こっか?」
 って、これからが面白いところなのに。
 セオラは慌ててカレンから飛び離れ、それ以降目を合わせようとしなかった。
「お互いさま、だよ」
 こうかはばつぐんだっ♪
 と。ちょっとやりすぎたかな?
&size(18){         ◇};

 縦横無尽に伸びた枝葉が空を覆い、森は&ruby(あぶりどき){夕火刻};のごとく薄暗い。湿った風が緑の匂いを乗せてさわさわと吹き抜ける。
「思ったより足場が悪いわね、&ruby(ふたり){二匹};とも気をつけて……」
 それにしても、森というのはもっと賑やかなものだとばかり思っていた。
 森に入って三十分、ニンゲンはおろかポケモンの姿すらほとんど見かけない。たまにキャタピーやトランセルが顔を覗かせても、すぐ物影に引っ込んでしまう。
「あ~~暇暇暇暇っ。ねーセオラなんか楽しいコトないの~?」
「ないわよそんなの」
 セオラに振ってみたのに、冷たくあしらわれた。
「つまんない牝」
「なっ、つまらないって何よ!」
 セオラはアテにならないみたいだ。かといってご主人さまはご主人さまで悪路を往くのに必死だし。
 と、少し先の右手に見える大木に変な形の茶色い塊がぶら下がっている。何というか、非常に遊び心を刺激するような形状をしていた。
「えいっ」
 カレンはハイドロポンプを細く集束して、レーザーライフルさながらの長射程からその物体を狙った。
 見事、超高水圧のレーザーがバシュッ、とその塊を貫いた。
「あははっ、やたー☆」
「ふふふ、上手ねカレン」
 褒めてくれたご主人さまに続いてウィンクをしようとセオラの方に視線をやると――
「カ、カレン、ちょっと……」
 セオラは青ざめた顔で、ボクの背後を指さした。
 振り返ってみると、さっきの物体が穴の空いた部分から真っ二つに割れて、下半分が、何か粘性の液体と黄色くて小さな細長い虫――ミニチュアサイズのビードルの大群を纏いながら地面まで落下するところだった。数瞬遅れて、ぐらぐら揺れていた上半分もどさりと落ちた。
「うん? 何なのアレ」
「あ、あああああんた、ス、スススピアーの巣も知らないのぉっ!?」
 ――スピアーの巣。
 じゃあさっきのは……ビードルの赤ん坊だったんだ。
 ボクが納得していると、セオラが身振り&ruby(て){前足};振り尾振りでご主人さまに危険を報せた。
「ってあれスピアーの巣じゃない! 逃げるわよ!」
 ご主人さまが叫んだのとほぼ同時だった。大木の枝の間から幹の影から、スピアーの大群が飛び出してきた。
 まだ随分と距離があるのに、もの凄い羽音だ。
「カレンの莫迦っ!」
 全力で引き返してきたご主人さまに、合流ざま怒られた。いつもなら「も~カレンったら悪戯っ子なんだから……」と窘めるくらいなんだけど、流石のご主人さまも今回ばかりは落ち着いてもいられないようだ。
 草を掻き分けて悪路を奔走する。ニンゲンには辛そうな道だ。
「アタイらの仔を何だと思ってんだい!」
 ニンゲンの女性の足に合わせているので、第一波にはすぐに追いつかれてしまった。
 五匹――いや、六匹のスピアーが一斉に第一肢の針を構えた。
「くっ――やられる前にやるわよ、カレン!」
 叫ぶが早いか、セオラの十万ボルトが二匹のスピアーを撃墜した。たかがミサイル針一発でも、ボクらはともかく、ご主人さまに当たったら大変だ。
 直後にカレンがバブル光線((初代ならシャワーズも技マシンで覚えます。ダイパ? 知らん(蹴))で二匹、続けてセオラが二匹落とした。
 もたついてもいられない。すぐに第二波が来る。
「ご主人さまは先に行ってて! セオラ、ここでやるよ!」
 叫びながら首で先を示すと、ご主人さまにも伝わってくれた。
「ありがとう、&ruby(ふたり){二匹};とも……!」
 速度を緩めずに走ってゆくご主人さまを見届け、改めて向き直る。
「偉っそうに私に命令してるんじゃないわよ、あんたの身から出た錆でしょうがっ」
 悪態をつきながらもセオラはカレンの横について、電気袋をバチバチと光らせる。
「うわ、すごい数……」
 話し合いは――
「カレン、危ない!」
「わわっ」
 ――ムリ、だよね。
 突っ込んできた一匹が、左の太い針を急降下の勢いに乗せて突き出してきた。
 間一髪、真横に跳んだボクの立っていた地面がえぐり取られる。続いて右の一撃。
「つっ……!」
 ダブルニードルの二連撃。首を捻ったが、鰭の端が破られた。とはいえ、致命傷は免れたのでそう悪い結果ではない。
 すぐさま体勢を立て直し、横を通り過ぎようとするそのスピアーに噛みついてやった。
「アギャッ」
 シャワーズの牙はそんなに大きくないけれど、土手っ腹に噛み付かれてはさすがに痛かったのだろう、そいつは悲鳴を上げた。
 ボクはすぐに口を離して地面にたたきつけた。
「マズすぎるっ!((蛇的意味で))」
 何も味が悪かったからというだけではない。敵は大勢いて、一匹倒すのに時間をかけていられないからだ。
 動かなくなったのを確認して空を見上げると、小さな真っ黒い雲が見えた。
 セオラが呼び出した雷雲だ。
「カレン、雷落とすわよ! 側雷に気をつけて、念のため私と木には近づかないで!」
 電気タイプのポケモンは電気の流れる方向をある程度コントロールできる。が、それでも雷ほどの電圧になると意図せぬ場所に電流が流れてしまったりするそうなのだ。
 ボクはセオラの後ろ、少し離れた位置で身を低くした。
 疾る紫白の雷光と、低く轟く雷鳴。光は目をつぶったボクの瞼の裏側を真っ赤に焼いて、音は折り畳んだ耳を突き抜けて鼓膜を破れそうなほど震わせた――

&size(18){         ◇};

「も~セオラってば森に優しくしなよ~」
「ゴメン……」
 カレンが私の雷で燃え上がってしまった木々の消火にあたり、今、鎮火したところである。
 カレンはずずずいっと顔を近づけてきて私を睨みつけた。
「ボクがいなかったら火事だよ火事! ホント考えなしなんだからっ」
「わ、悪かったってば」
 平謝りに謝るしかなかった。いくらピンチを切り抜けるためとはいえ、森の中で雷をぶっ放したのはまずかった。スピアー達の多くは黒焦げになり残った十数匹は恐れを為して逃げ去ったが、森への損害も小さくはない。下手をすればエリアが賠償金を取られることも――いやちょっと待て。何か忘れて……
「っていうか、事の発端はあんたでしょうがっ――アレ?」
 私が気づいたときには、カレンはさっさとエリアの逃げていった方へ向かっていた。
「何してるの? ご主人さま追いかけるよー」
「あ、あんたって仔は……ま、待ってよ!」
 いつもこうだ。場を引っかき回すだけ引っかき回しておいて、自分は平然としている。毎回その迷惑を被るセオラとしては堪ったものではない。
「……何だよ?」
 ――でも、可愛いんだよね。見た目が。
「ううん、何でも。さ、早く行きましょ」
 私ってば、ほんと……情けないわね。

&size(18){         ◇};

 スピアーの大群を無事退散させ、道なき道を進む。道なき道――というのは大袈裟か。トキワシティとニビシティを行き来する人々の踏みしだいた跡が、長い年月の間にけもの道ならぬ人間道を作っている。
「おねえちゃん、ポケモン勝負しよ!」
 横の草むらから麦藁帽を被った少年が飛び出して来たのは、そろそろ出口も近づいたかというところだった。
「いいけど……お姉さん、子供だからって容赦しないわよぉ」
「へへっおいらの虫ポケなら大人のおねえさんにだって負けないよ!」
 虫とりの少年は自信満々に言い放ち、腰のモンスターボールを手に取った。風船が膨らむみたいに大きくなり、てのひら大になる。少年の手には少し余るくらいだ。
「カレン、お願いね!」
 シャワーズのカレンは、きゅぅ、と一鳴き、私の前に進み出た。さっき野生のスピアー達と一悶着あったとはいえ、まだまだ元気そうだ。
「ゆけっ、ヤーサン!」
 やーさん((やくざ))?
 子供らしくないネーミングセンスだ。虫とり少年が凪げたボールから出てきたのはヤンヤンマだった。
「ルールは一対一、賞金は……100円くらいでいいかしら?」
 賞金とは、ポケモン勝負における賭け金のこと。予め両者の合意の上で決めておいて、負けた方が買った方にその金額を支払うといういたって単純なものだ。
「へっ、子供だと思ってバカにして。500円で勝負だ!」
 500円……ね。
 笑いを堪えながら、私は頷いた。
「わかったわ」
「よーし! 500円とられて吠え面かくなよ! ヤーサン、ソニックブームだ!」
 記念すべきトレーナーデビューの第一戦。私の後ろでは、セオラが不機嫌そうに尻尾を地面に刺してそっぽを向いていた。ごめんね。次のバトルでは活躍させてあげるから。
「カレン、ハイドロポンプ」
 相手のヤンヤンマが四枚の翅を使ってカレンの横へ回りながら、衝撃波を発生させるべく鋭い顎をもつ口を開いた――ところへ、パシュン、と一発。ヤンヤンマは翅の一枚がちぎれ飛んでバランスを崩したためにソニックブームを外してしまう。
「ああ! ヤーサン!」
「オーロラビームでトドメ刺して!」
 ヤンヤンマはあわや墜落かというところで何とか堪えたが、追撃のオーロラビームを避ける余裕はなかった。冷気をまとう美しいオーロラ色の光線が、ヤンヤンマの翅を凍りつかせた。
 あれだけの凍傷を負ってはもう戦えない。戦闘不能だ。
「もどれ!」
 虫取り少年のモンスターボールから半透明の赤いレーザーが出て、その光に当たったヤンヤンマが吸い込まれるようにボールの中へ戻っていった。モンスターボールはあの小さな玉の中に、どんな大きなポケモンも入れることができるだけでなく、ボールに入っているポケモンはデータ化、圧縮されているため傷や病気が進行しない。例えば、洞窟で傷ついた瀕死のポケモンを長い間ボールに入れて、洞窟を抜けてからポケモンセンターで回復、なんてこともできるというから驚きだ。かがくのちからってすげー。
「くっっっっそーーー!」
 麦藁帽を叩きつける少年。どことなく可愛らしい。
「お姉さんの勝ちね」
「うーーー今月の小遣いがぁ……」
 ポケットから百円玉を五枚取り出した少年は、渋々といった様子で私に差し出した。
「ルールだから……ね。今度からは自分の身の丈にあった勝負をしなさい? いい?」
「みの……たけ?」
「自分の力をちゃんと考えて、無茶しないでってことよ」
「はい……」
 ポケモントレーナーを目指す子供はこうして、小さな頃から勝負をして学んでいくのだ。
「それじゃ、早くポケモンセンターに連れて行ってあげなさい。君、ニビシティの子?」
「うん。おいらはタハル。ニビシティの子供の中じゃおいらが一番なんだぜ!」
「へえ。それで自信満々だったのね。私はマサラタウンのエリアよ。ちょうどニビまで行くところだから、一緒に行きましょうか」
「お、おう! おいらが案内してやるよ!」
 少年は顔を少し赤くして、それを隠すように麦藁帽を拾って深く被った。子供っていいわね。別に変な意味じゃなく。
「カレン、セオラ! 行くわよ」
 ひとまず順調な滑り出しだ。ニビシティについたら早速ジムに挑戦してバッジをゲットして……そうだ、せっかくだし最速記録目指す勢いで8つ集めちゃおう!
 なんて、ゲーム感覚で。
 これから私が大きな大きな渦に巻き込まれてゆくなんて、露ほども思っていなかったのだ。

&size(18){         ◇};

 トキワの森の一角にて。
「それちゃんと撃てるんでしょうね……」
「任せとけって」
 若い男女の二人組が、何やら怪しげな対戦車砲のようなものを点検していた。
 男は背中まで伸ばした赤髪、女は青みがかった黒髪を肩にかからない程度に切り揃えており、後ろ姿だけ見ると性別を逆と認識してしまいそうだ。
 マリルリのハコベは、そんな二人の背中を見守っていた。モンスターボールは男の方が持っているのだがどちらが主というわけでもなく、ハコベは二人の共有のポケモンとして扱われている。
「おい早く行こーぜ。なァなァそんなの役に立たねーッてゼッテー。オレがガツーンと決めてやっからよォ」
 などと催促してみるが、ニンゲンというやつはコトダマをキャッチできないどうしようもない生物なのでまったく伝わらない。
「騒がないで大人しくしてなさい」
「うっせーよババァ。オレべつに騒いでねーッて」
「うるさいわね。それでも誇り高きロケット団のポケモンなの?」
 このババァはコードネームをソーシといい、オレを無視してランチャーを弄っている男はイゾーというらしい。どっちも変な名前だが、その昔活躍したロケット団の二人組に肖っているのだとか何とか。
「よし! オッケーだ!」
 イゾーが立ち上がり、ミュージシャンのような長髪をかき上げた。口調に似合わない気障な仕種と髪型だが、これも伝説の二人組にちなんでのことらしい。
「これでポケモンセンターからごっそりと……フフフ」
 ソーシは込み上げる笑いを抑えられないようだ。ニビシティのポケモンセンターを襲撃する計画らしいが、こいつらロケット団はそんなことをやって何が楽しいのやら。オレは暴れられればそれでいいんだけどな。
「キャハハッ」
 どうせ最後はオレに頼るに決まってる。楽しみだ。

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To be continued...

[[chapter.02へつづく>BOOST vol.Ⅰ/chapter.02]]

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