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8のココロ、∞のネガイ 二章(五話~八話) の変更点


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[[8のココロ、∞のネガイ 一章(一話~四話)]]

#contents


*五話 はじまり [#x5567ed5]

 そこは、寂れていた。
だれもいない。しかし、最近まで生物の住んでいた名残がある。
その様子が夕日に照らされ、物悲しい雰囲気が漂っていた。
「しばらくは……ここに身を潜めようか」
イーブイ達の住んでいた村の1つである。
全ての住民が、逃げ出し、あるいは……最期を共にした場所。
このような場所は、他にも数多くあった。
ここを選んだ理由は、「彼等」の船の着いた場所からそう遠くないこと、加えて、全員の故郷ではなかったこと。
自分の生まれ育った場所の惨状を見なくてすむように、ということだった。

「シャインの容態も気になるし、とにかく休もうよ」
「えぇ、そうね。 ……どうしてこうなっちゃったのかしら……」
イブとエルフが心配そうに言った。反対者は1人もいない。
船が出てしばらくの後、急にシャインの容態が悪くなったのだ。
熱があり、ぜいぜいと荒い息。時折もよおす嘔吐。
「あぁ、大したことねぇよ! そいつは船に酔うんだ……なのにハイドロポンプなんか放つもんだから、こうなっちまっただけだ」
何故か、慌てたようにサンが言った。
とても船酔いだけとは思えない状態だが、彼女とずっと一緒に過ごしてきたサンの言う事、信じるしかなかった。

「この先、どうするのだ? 相手は、血眼になって私達を探しているはずだ。長くいられるわけもない」
「転々としながら逃げましょう。まだ私達を助けてくれる人たちもいるはずです」
「でも、僕らお金あるの? 8人の大部隊だよ、今のままじゃ絶対厳しい……。エル、どうする?」
「……」
「? エルフさん? どうかしましたか?」
「え!? あ、ああごめんなさい。えっと……何だったかしら?」
「いや、これから何をしていけばいいか、案がないかと思って……」
虚空を見つめていたエルフには、会話が耳に入っていなかった。
エルフには、先ほどから気に掛かっていることがあった。

 あのときの通信相手。向こうから返事が返ってきた。
つまり……念波を送れるポケモンがいたということ。
でも、このメンバーにはそんなポケモンは私以外いない。
じゃあ……あれは一体誰?
もしかしてこのポケモン達じゃない誰かが通信をしてきた?
それなら、そのポケモン達を放置してしまったということ!?
いや……それだけじゃない。まだ引っかかることがある。
――約束通り、来てやったぜ――
約束通り。これがそのままの意味なら……
一体、どういうこと!?

「……そうね、フィオナ……あなたの、『理由』を話すのに、まだ仲間が足りないのかしら?」
「いえ……もう話しても大丈夫です。ただ、さっきからグレアムさんが見当たらなくて……」
「もう、一番聞きたがってたくせに……どこにいったのかしら」
「エル、フィオナ、何の話ですか~? 気になるから、教えてよ」
「えぇ、グレアムさんが帰ってきたら、話します。大きすぎる話なので……みなさんが信じてくれるかどうか……」
「グレアムといいますと、あの水色むっつりボーイのこと? あいつ喋りにくいんだよね~……」
そういうと、また会話のない重い空気が流れた。
皆、希望の光をフィオナに託して待った。
シャインも徐々にだが回復しているようだった。

「やっと帰ってきたか。何処に行ってたんだよ?」
数分後に戻ってきたグレアムは、無愛想に応えた。
「……実家、だ」
「えっ……? だって、ここは誰も故郷じゃないって…。あんた、かくしてたの……?」
「こんなもの見たって痛むような心は持ってねぇよ。それに、お前らはここにくる必要があった」
「どういうことですか? ここにくる必要……って」
「これだよ」
グレアムが地面に置いたもの。
……色とりどりにきらめく、宝石。
誰一人として宝石の価値が分かるものはいなかったが、かなりの値打ちになることは予想できた。

「わあ、きれい……」
イブは、数多の宝石に目を奪われているようだった。
「俺の実家は宝石商だ。漁ってみたら、案外残ってやがったよ。こいつを売っ払えば、金に困ることはないだろう」
全員が唖然としてその話を聞いていた。しかし、このおかげで道は開けたといえる。
グレアムは、宝石の中から手ごろなものを1つ手に取った。
「どうだ、……着けとくか?」
透き通って光る首飾り。それを、イブに見せた。
「いいの!? ありがとう、グレアム!」
イブは喜んで受け取り、首につけた。最高の笑顔だった。
&size(8){「……妬いてんじゃないの~?」「うるせぇ、黙れ!」};
「私達のために、わざわざ行ってくれたのか……?」
「本当は、別に目当てのものがあったんだがな。なぜか知らんが、なかった。誰かが侵入したのなら、宝石が残っている理由がわからねぇが……」
「その、目当てのものってなんだったんですか?」
「今はどうでもいいだろう。なかったものはなかった。それより、お前……早く話せ」
「分かってます。話すつもりでいましたから。では……みなさん、聞いてくれますか?」

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「この世界には、ある言い伝えが残っています。8の魂により、世界が新しく作られる……」
「……驚いたな。君も……そういうことだったのか」
「ブライトさんも、知っていたんですね」
「あぁ……黙っていてすまなかったな」
「それは私も同じですよ。とにかく、みなさんに詳しく説明しますね」
フィオナはそこで大きく息を吸った。
彼女自身も、自分の話す内容の大きさに戸惑っているのかもしれない。
「このくにには、さっきも言いましたが、新世界創造の伝説があるんです。8匹のポケモンが力を合わせたとき、世界の全てが新しく生まれ変わる、という」
「世界が生まれ変わるたぁ、えらく大層な話だな」
「はい、私もにわかには信じがたいです。しかし……その新世界創造を行うために必要な『ある物』が世界の各地に納められている、ということなのですが……」

「それってまさか、宝玉のことだったり……するのかな……」
おもむろにスティールが口を開いた。
複雑そうな、信じられないけど、思い当たる節がある……といった顔だった。
「……知ってるんですか?」
「いいや、新世界については、 初耳×波乱×びっくらこいた だよ。でも、宝玉に関しては……知ってる」
彼もまた一呼吸おいた。
あたりは異常なほど静まり返っている。

「今度は僕が話す番かな? その宝玉にはね、手に入れた者の中に眠る力を呼び覚ましてくれる、なんていう話があるんだ。でも、何処にあるのかは誰も知らない。けれど僕は、どうせなら死ぬ前にっていうことで、半信半疑ながら彷徨って、それを探してた。当てもなくね。そしたら、思いがけずに、もっと大切なものにめぐり会えたんだ。だから、伝説なんか簡単に諦めたよ。 ……でも、今の話を聞いてると、本当にあってもおかしくない気がしてきたね。フィオナの話が全部、ただの逸話とは思えないし……」
「でもよぉ、その宝の場所はどこにも記されてないんだろ? それは誰も見つけたことがないから、すなわち存在してないって事になるんじゃねぇのか?」
「それに、そんな力を持つ宝物ならいろんな人が噂をかぎ付けて奪いにくるはずだよねぇ。でも、そんな事件は聞いたことがないし……やっぱり伝説の可能性が高い気がする」

「……伝説じゃないわ」
静かに、しかしはっきりとした声が聞こえた。
「! ……大丈夫なの? シャイン、まだ顔が赤いよ、無理しちゃダメだよ……」
「ありがとう、イブ。でも、話を聞く限りでは……私達はとてつもなく大きなことに挑むことになる。そんなときに1人へばってなんかいられないわ。心配かけてごめんなさい」
まだ息が荒いが、さっきよりは回復しているようだ。フィオナの薬の効果だろう。

「……伝説じゃないっていうのはどういうことだ」
ずっと黙って聞いていたグレアムが口を開いた。
彼の、ただ話を聞きたいが故の発言を聞いて、全員が嫌悪感を抱く。
しかし、自分達は彼の持ってきた宝石により助けられる。そう思い、誰も彼を完全に否定はできなかった。何より、全員が聞きたいことでもあるからだ。

 シャインが続きを話した。
「私……それらしい物を見たことがあるわ」
その発言は、意外なものだった。記されていないものを、見たことがある。
それによって、皆の宝玉、新世界創造の話の信憑性が一気に上がった。
「マジかよ!? じゃあ……やっぱり存在する話なんじゃないのか……?」
「シャイン、あなたはいつ、どのあたりで見たのか、覚えてるかしら?」
すぐに、ブライトが地図を取り出す。
「安心して、今いるこの島よ。私達は、ずっと北の島――カルパードで過ごしてきたから。ここよ、シェンナ・イエローの村の中」
「村の中? そんなところにあるのに、誰にも知られていないのか?」
「そうよね。私が見たときは、まだ子供のころ、差別が緩いとき。友達のいるこの村に遊びに来たときの、帰り道よ。村の中なのに、深い森があったの。どうしても気になって、入っていって探索してたら、さらに洞窟があってね、勇気を出して奥に進んだら、今度は開けたところにでて……そこに黄色く光る宝玉があったの」
「それで、その宝玉をどうしたの?」
「それがね、触れられなかったの。何やら結界みたいなのがあって、近づけなかったわ。そのあたり一帯に電気が流れていたような感じで、私にとっては居心地が良くなかったし……本当に不思議なことばかりだった。その後、村の人が何人か来て、怒られたわ。ここは危ないから、きちゃいけないって。それから、ここに来たことは誰にも話してはいけないって」
「謎が多いね……。どうして触れられなかったのか、村の人が知ってて隠しているのか……」

 その時、ブライトが遠慮がちに声を出した。
「悪い、まだ話していないことがあるから、聞いてくれ。触れられなかった、ということについてだが、その宝玉は……見つけられにくい場所にあると同時に、定められたポケモンにしか入ることのできない結界にまもられている。それ故、事件になることもなく、噂も広がらないということだ」
「はじめに、8の魂により、といいました。それは、紛れもない私達、イーブイ達の事です。もちろん、決められた宝玉には触れることもできる。そして、それを集めて力を使うことによって新世界が作られる。私達には……新世界を作ることができるんです……!」
「俺等の生まれ持つ特権、てぇ訳か」
「ここまででお分かりかもしれませんが、私はこの世界を変えたい。私達は、何かに導かれているのだと思います。仲間が集まったこと、そして、8人。これを奇跡と呼ばずになんと呼ぶのでしょう? なら、それ以上の奇跡だって起こる、起こして見せる! こんな差別のある世界のせいで、多くの尊い命が失われてしまった!」
フィオナが力強く言い放った。全てを託すような並々ならぬ決意、そして、深い悲しみが感じられた。

 過去を嘆く涙、未来にかける決意。様々な想いが各々から感じられ、緊張した空気が流れた。
「まぁ、その、だね。世界をまるごと変えるなんて話は流石に受け入れづらい人もいるだろうけどね。でも、僕らの、これからの目的は決まったんじゃないかな? 宝玉の力を使えば、生き残れる可能性も増えるだろうし……」
スティールが、そんな空気を押し流すように話した。

「いいこと聞いたぜ。力を呼び覚ましてくれる宝玉……ふふっ」
グレアムが不敵に笑った。
「……アンタが協力してくれるかどうかが問題なんだけど」
「安心しろ、俺もこの世界はブッ潰すつもりだ。……だが、ずっとお前達と群れて行動するのも好かん、宝玉を集める間は、俺は単独行動をとらせてもらうぜ」
言うとすぐ、彼は背を向けた。彼の眼に死は映っていない。
「今この状況で一人になるのがどれだけ危険か分かっているのか!?」
「ていうかそもそも、何処に行くつもりなのさ?」
その問いに対しても、グレアムは動じることなく答えた。
「……俺の宝玉の場所くらい、見当つかねぇのか? 面倒なことに向こうの島だが、まるで俺のためのような場所があるじゃねぇかよ。雪と氷に覆われ……俺の味方をしてくれる。死ねと言われても死ねないな。あそこになら、きっと俺のがあるに決まってるさ……」
辺りは徐々に暗くなり始めていた。風の中に浮かぶ水色の身体には、なにか複雑な想いが巡っているようにもみえた。

「……分かりました。あなたを信じます。あなたの力はよく知っている。ですが、くれぐれも気をつけてくださいね。頼りにしていますから」
「日限と場所を決めろ。その時間に帰ってきてやるからよ。3日あれば十分だ。……船は借りるぜ」
「私達も何をするか計画しないといけないわね。場所は、ここでいいんじゃないかしら。身を隠せるから、敵に見つかって逃げることにはならないと思うの」
「余裕は持ちたいけど、モタモタしてられるわけでもないし。3日後っていうことにしとこうか。合流は夜にしよう」
「分かった。お前らも、せいぜい頑張っておいてくれよ?」
「グレアム、気をつけてね。怪我とか、しないようにね……」
グレアムは、それきり何も言わずに船の方へ向かっていった。
彼の姿が見えなくなるまで、皆黙って見送った。

「……大丈夫かしら」
「ええ、きっと大丈夫です。信じましょう。」
「ぶっきらぼうだけど、悪い奴じゃない気もするねぇ。さて、と。僕らはこれからどうしていこうか?」
「私はシェンナ・イエローに向かうわ。サン、きっとあんたの宝玉よ。昔の記憶だけど、案内できると思うから」
「おぅ、俺が一番に手にできるんだな? 楽しみになってきたぜ」
「私は、ここで宝玉の場所の目星をつけておこう。今のままではあまりに範囲が広すぎるからな」
「私もここに残る。みんなについていっても、足を引っ張りそうだから……」
「そうね、私は買出しに行くわ。この宝石、悪いけど有効に使わせてもらいましょう」
「エルフさん、お供してもよろしいですか? 薬の材料も見ておきたいので」
「うわー、僕ニートじゃん。そーだなー、念のため、見張り役になるよ。誰かが近づいてきたらすぐに知らせる」
船の中の短い間でしか育まれなかった絆が、目標ができたことによってより深いものになっ���きているようだった。
着実に、全員の気持ちがそろってきている。
「今はもう暗いし、とにかく寝て活力をつけようか。夜間警備はおまかせあれ! それじゃ、みんな……頑張っていこう」

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*六話 動き出す魔の手 [#hb76c953]



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「なぁ、お前……大丈夫なのか? 2日連続で、あの状態だろ?」
「えぇ、今までよりも頻繁に、それに重くなってる……。でも、私は負けない。あんたもわかるでしょ? このメンバーには、1人もかけてはならないの」
「そうは言ってもよ、これ以上続いたら死ぬ可能性も否定できないぜ? 昨日のは大技ぶっ放したから、ってぇ理由があるが、一昨日のは……急にだろ?」
「あれは、イブ達に会う直前だったかしらね」
「そのせいで、俺が変に疑われたんだっつーの。ところで……まだなのか?その村はよ?」
「まだもう少しあるわ。ついてきて……」

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 廃墟のような場所だが、まだ日が経っていないからか、居心地のいい場所もある。
本当は、もっと様々な資料に当たりたいところだが、あまり動き回るわけにも行かない。
場所を絞る、といったものの、実際に確認されているのは1つのみの状態では、なかなか手が動かない。
地図を見ながら、ただ無駄な時間を過ごしていた。

 ふと、背後に気配を感じた。
警戒する必要はないものの、やはりこの生活が長いと仕方ない。
「あ……ごめん、邪魔しちゃった?」
そこには、茶色の小さな体が1つだけあった。
私が振り向いたのをみて、彼女は慌てたような表情をした。
純粋で、優しい子。こんな子が恐怖に苛まれていることが悲しくなる。
「いや、違う。それに、もともと作業が進んでいないからな……」
「そう、ならよかった」
「ずっと後ろにいたのか?」
「うん。地図なんてみた覚えがなくて、ちょっと気になって……」
「そうか。なら、手伝ってくれるか? 直感で構わない、だから、なんとなく怪しく思える場所がないか?」
ある考えが浮かんだので、そういって地図を渡してやる。こういうときは、子供の素直さが役に立つかもしれない。私も彼女の横に移動した。
「えっ……なんか緊張するから、やめてよぉ……」
そういいながらも、地図に、この世界に興味深々のようだった。

「いやいや、あまり真剣に考えてくれなくてもいいさ。 ……今いる場所がこの辺りだな。」
「それと、サンとシャインが向かったのってこの村だよね。あ、村とかじゃない細かい場所の名前も書いてあるんだ。よく覚えておこうっと」
「そうそう、よく分かってるじゃないか。しかし、この地図を覚える必要はないかもしれないぞ? 私達によって、書き換えられることになるかもしれないからな」
「えっと、確か新しい世界ができるんだよね。なんかまだよく分かんない」
「まだ分からなくたっていいさ。 ……どんな小さなことでもいい、何か気付いたり感じたりすることはないか?」
こっちの島なら、発展した街、コバルトシティ。二人の向かった村、シェンナ・イエロー。
向こうの島なら、赤く染まった城、カーマイン・キャッスル……。
全て虱潰しに探すのは、時間的にも厳しいだろう。何か手がかりを見つけてくれればいいのだが……

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「ただいま帰りました」
「ただいまなさいー。 大丈夫だったぁ?」
それなりに元気な声が聞こえてきた。
買い物組の2人が戻ってきたようなので、出迎えておく。
僕はニートじゃないぞ、警備員、警備員……。
「できるだけ人目につかないように移動したし、信頼できるお店の目星をつけて行ったから。尾行されないように、林の中をぐるぐるまわってから帰ってきたから、おそらく大丈夫よ」
「でも、もうそろそろ安心できないですよ。街の中も、なんとなく重い空気でしたし……」
「その分、食材とか缶詰もたくさん買っておいたから、街に行く回数も少なくて大丈夫そうよ。近くの林に行けば木の実だって採れるでしょうし」
フィオナもエルフも、自分たちの仕事を語る。うぅ、ますます仕事のなさで胸が痛い……。
「あ、そうだ。ブライトさん、どちらにいますか? ちょっと話があるんですけど……」
「え……あの小屋だと思うよ。行こうか……」

僕には話ないの?それとも頼りがいがないの?

少し泣いた。

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「失礼しまーす」
失礼してみると。
そこには、地図の前ではしゃぐブラッキーとイーブイの親子……とは少し様子が違った。
その瞬間、すべての断片がつながった! ……断片なんてあったっけか、という考えは2秒で消した。
とりあえず、ブラッキーパパに声をかける。
「泣かせたら殺す」
「……善処する」
ふん、イブが涙目になっているのを、僕が見逃すわけ無かろう。
ていうか、涙目になるまで考えるとか、普通ありえない気が……

 なにはともあれ、これで僕のやるべきことは済んだんじゃね?
「ということでブライトさんはいましたよそれじゃあ僕はここで消えます内緒話でも何でもしたらいいじゃないですかさよならぐすんっ」
「ちょっと待ちなさい。何が内緒話よ」
……え?
「あなたの意見も聞きたいんです。頼りにしてるんですよ」

 てことは何?
僕の早とちりが大炸裂してただけってこと?

 ヤバイ、ハズい、顔赤い……のはバレないよね。
こういうときブースターってベンリだな。
「顔、赤くなってますよ」
……見抜かれてたっ。


「いやはや、イブは優しい子だ……私の言ったことに、真剣に取り組んでくれる……。 それより、というのはイブに失礼だが、何かあったのか?」
あ、本題忘れてた。ちょっと喋りすぎたかな。少し控えることにする。
「なんか、時間掛かったわね。 まぁいいけど……重要な話よ。あのね、私達の言ったシティ、あそこに……宝玉がある」
「それは……何故だ?」
最もな意見だね。ワクワク。
「話し声が聞こえたんです。できるだけ見つからないようにしていたら、路地裏から聞こえてきて……どうやらそこに、宝玉への道があるようです。会話の内容からの推測ですけど」
「しかし、イーブイではないのに宝玉のことを知っているとは怪しいな。普通の一般人のようだったか?」
「特別変な感じはしなかったけど。 でも、何よりも私達に必要なのは宝玉でしょう?だから、そいつらが何者であろうと……私達は行くしかない」
「むしろ、こうも立て続けに宝玉の場所が分かること自体奇跡に近いことだと思いますし」

 ははん、読めたぞ。何故僕らに言いに来たかがね!
「それで、シティにある宝玉が誰のものなのか、手がかりが得られていないかどうかをブライトに聞きに来たと。そういうことだね?」
「当たりよ。あなたとは話しやすいわ」
エルフの性格なら、きっと2人だけで乗り込むつもりだったんだろうけど。
もし違う奴の宝玉だったときのことを考えると、危険は犯せない……
「しかし、すまないな。手がかりはゼロだ。何せ、ああいう状態になるほどだからな……」

 いやいや、もう隅っこからすすり泣きの音が聞こえてるんだけど。
どれだけブライトのために必死なのさ。
とにかく。こうなったら、やるしかない。殺るしかない!
「お前はもう死んでいる……」
「勘弁してくれ。私にはどうしようもない」
「泣かせたんか!?」
「お前には関係の無いことだ……」
「泣 か せ た ん か」
「……泣かせました」

「話が前進しないのよね……」
「サンシャイン姉弟が帰ってきてから押しかけるのがいいんじゃないの?」
ブライトを炙る準備をしながら言う。ちゃんと話は聞いてるんだからね!
……と、思ったけど。本当に炙ったら、それこそイブ号泣じゃね? ということに気付いたので、やめておいた。
「忙しないくせに、きっちりしてるのが妙に腹立つわ……」
「人生に何%の力を使っているのですか……?」
「スティール・リムは、常に全身全霊を込めて、102%の力でお送りしています!」
やかましいは褒め言葉です。死ねっていわれたら凹みます。
スターです。

「とにかく、スティールの言ったように2人が帰ってくるまで待つのがいいだろう」
黒い生物の低い声が聞こえてくる。いいところ持ってかれた。くそ、炙ればよかった。
「一応、話はまとまりましたね」
「イブは私がなだめておくわ。 そうだ、確か技の練習がしたいって言ってたっけ。付き合ってくるわ。だから、スター、今日だけ私の代わりに晩御飯の用意してもらってもいいかしら? 買ってきたもの、何でも使っていいから」
わぉ、まさかのオファー?
仕事?仕事ですか? 

 こうなったら、僕の取る行動はただ1つ!


「ごめんなさい」
光速で土下座した。若干、前脚が痛い。
「今まで、缶詰と切っても切り離せない生活を送ってきたのでございます。水と料理だけは苦手中の苦手でございまして。火の扱いに関してなら何でもします故、どうかご勘弁の程……」
辺りが騒然とした。何コレ? 誰のせい?
「ごめんなさい」
大事なことなので2回言いましたよ。
「……どうしましょう、私、お薬の調合をしておきたいのですけど……」

「仕方ないな。私が引き受けよう。腕はフォールやレインに及ばないだろうがな……スティール、この際に克服してしまってはどうだ? 手伝ってくれ」
おっさん……! あんた、輝いてるよ……!
「助かるわ、よろしくね。ほらイブ、元気出して行きましょ? そんなんじゃついていけないわよ?」
わーい、丸く収まったー。
丸く……収まった……。

 やっぱり僕、必要なかったよね……?
くそぅ、なんでみんな料理できるの……?

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 これはマズい。冗談なんて微塵もない。さっきまでとは違うぞ……。

 無事に夕飯も終わってしばらくの後。僕は再び見回りと情報集めに勤しんでいたんだけど。
見慣れない二人組みの会話……盗み聞きがタチ悪いなんて言ってられないよ。これは重大事件だ、早く知らせないとマズい事になるぞ……!

 アイアンテールの練習をしているイブを見つけた。独りになってもずっと特訓をしていて、本当に偉いと思う……これは本音だが、とにかく今はそれどころではない。
「おーい、イブ! 悪いんだけどいいかな!? 今すぐ、みんなを呼んできて! できるだけ急いでね!」
イブは少し驚いたような顔をして、しかしすぐに事情を察してくれたらしい。
「わ、分かったよ! 行ってくるね!」

 走り出したイブの後姿を見つめながら、スティールは、サンとシャイン――シェンナ・イエローの村に向かっている2人の事を考えていた。



 モウ二度ト、誰カヲ失イタクナイカラ。



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「本当にこんな場所があったんだな」
村の中に、こんな開けた場所に通じる道があるなんて。初めて訪れたとき、私もそう思って驚いたのを覚えている。
「えぇ。 あの時のまま、まるで何も変わっていないわ……」
そう、そこは全く変わっていなかった。辺り一帯が帯電していることも。やはり、ここは私が好む場所ではない。
変わっていること、といえば、それほど広くない、ということ。子供の私にはとても大きく広く感じたけれど、今となってはそうではない。「荒野」というには狭すぎるかもしれない。
「俺は気に入ったぜ。さっきから身体が疼いてしかたねぇ。早く行こうぜ。……アレだろ?」

 中心部から、優しい光が見えた。土台の上に浮かぶ、黄色の玉から発せられる光。それも、あの時のままだった。
私達は、そちらへ歩みを進める。いや、進めようとした。

 刹那。

 とてつもない爆音が辺りに轟き、大地が盛り上がった。その衝撃で私の身体が宙に浮き、砂嵐が巻き起こった。
叩きつけられるのを覚悟したのだがその予想とは裏腹に、私の身体は優しく横たえられた。
「……大丈夫か?」
聞きなれた声がぼんやりとだけ、しかしやわらかい響きで耳に入ってきた。
声の主――――彼の身体能力なら無事だっただろう、助かっていてほしいと考えていたのだが、彼は私を見捨てていなかった。一瞬の出来事のうちに私を抱え上げ、少しでも遠くへ離れようと。
彼の腕力では、私を運ぶのは容易ではなかっただろう、しかし、それでも私のために……。
「ありがとう、サン……」
サンも爆音によって耳をやられてしまったらしく、顔をしかめている。私達は、その正体を確かめるために顔の向きをかえた。

 景色は一変していた。地面にできた大穴に加え、周囲の木が何本も倒れてしまっている。さらに、見慣れない''もの''が1つ――――見上げるような巨体を赤茶色のプロテクターが覆い、ドリルのようなツノが生えている。
その巨体から、野太い声が発せられた。
「お前の素早さはかなりのもののようだな。しかし、それがあるのならもう少し早くここに来てほしかったぞ。ずっと地面の中で、少々待ちくたびれてしまった」

「俺はお前に待っててくれなんて一言も言ってねーぜ?」
「……あんたは何者なの? 私達が来ることが分かっていたの……?」
分からない。あいつは、私達を知っている? 何が目的……?
「質問に答えてやるほど寛大な心は生憎もっていないな。しかし、これだけ教えてやろう」
そこで一旦言葉を切った。両腕を豪快に回した後、また口を開く。
「黄色、お前を殺す。それが目的だ」

「おー、そーかそーか。 大声上げたり地面にもぐったり、元気なおじちゃんだなー? 悪いけど、俺今急いでるからよ、相手してあげるヒマないんだよな。出直してくれねーか? 100万光年位あとによ」
わざとらしく、からかうような口調には、余裕の表情が伺える。
「なら、今すぐではなくてもいいぞ。2度目にここに訪れたときには、こいつは砂に混じっているだろうがな」
そういって右手を宝玉に向ける。
あいつは敵だ、私達の目的も全部知られている……!
「ここは、早めに返り討ちにしてしまったほうが良さそうよ。2対1で倒しにかかりましょう」

「おい、でかいの。気が変わった。やり合おうぜ。 ……'''''サシ'''''でな」

「ちょ、ちょっと……。あんたじゃ相性が悪いのは目に見えてるでしょ? あんたも欠けたら困るんだから……!」
「まぁまぁ。さっきから身体が疼いててな。ちょっと暴れたい気分なんだよ。大丈夫、死にはしねー。だから、マジで危なくなるまで手ェだすんじゃねーぞ?」
サンの体毛が一気に尖った。臨戦態勢に入ったようだ。ここまできたら、もう止められない。
「約束よ。危なくなったら、私の判断で助けにいくからね。絶対死んじゃダメよ」
「まかせろって」
サンが1歩前に出る。尖った体毛からバチバチと放電させ、地面を前足で掻いた。

「ふん、命知らずめ。2対1でも、こっちは一向に構わんのだがな。まぁいい、とにかく……死んでもらうぞ」
「まずは俺を捕まえることからはじめてみるんだな」
少し離れたところで待機する。とても心配だったけれど、仕方が無かった。
私はサンを見守りながら、''敵''――――突如現れたドサイドンの正体を探ることに専念することにした。

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「うわっと!?」
突如起こった大地のゆれで、サンはよろめいた。
「どうした? 私は穴を埋めてやっただけだが?」
みると、先ほどまであった大穴はきれいに平らになっていた。広いフィールドができ、バトルには最適だった。
「……へっ、そりゃどうも。そんなことしたら、俺に有利だぜ?」
サンは地面を前足で掻き、挑発的に言った。障害のない場所は、彼の得意なすばやい動きが活かしやすい。
「ふん、ならばかかってくるがいいさ」

「……後悔するぜ!」
サンは勢いよく飛び出した。次に目に映ったときには、もう敵の背後に回りこんでいた。そのスピードに、巨体は明らかについていけていないようだった。
「くらいな!」
逆立った毛から、初撃が繰り出される。一直線に放たれた電撃は、ドサイドンに襲い掛かった。

 しかし、電撃は急に進路を変えた。角度が上がり上空に向かって走り出した閃光は、ドサイドンの大きなツノに吸い寄せられて消えていった。
「チッ……、この野郎……」
「目に見えていたことではないか。貴様如きの弱弱しい攻撃など、この避雷針の前では無力! ……さぁ、こちらからもゆくぞ」
電撃をものともしない岩と土の身体。その持ち主は、怒号と共に地面を踏み鳴らした。
再び大地が揺れ始める。ヒビ割れる地面に飲み込まれては、サンの電気は通らない。こうなっては、彼が一方的に不利になってしまう。

 しかし、次に彼を見たのは、先ほどまでよりも空に近い場所だった。
「おら、上には攻撃できないのかい?」
彼は地震攻撃を避けるために、近くの大木に登っていた。
再び、頭上から電撃を浴びせようとするものの、やはり敵には通用しなかった。
「ふん、無駄だといっておろう。そちらの技に、私に通用するものはない。……さぁ、いつまでこちらの攻撃を避け続けられるかな?」
余裕の笑みを浮かべたままドサイドンは上を向いた。
悔しいが、あいつの言葉に間違いはない。サンには、あいつの身体への有効な攻撃手段は持ち合わせていない。このままでは、体力の消耗を待つばかりだった。

 どれだけの時間やりあっていたのか分からない。しかし、未だお互いに有効打は与えられていなかった。サンの電撃はことごとく消され、またドサイドンの攻撃も素早く身をかわす。その応酬だけが続いていた。
「小賢しい奴め。だが、そろそろ限界なのではないか? 動きが鈍っているように見えるぞ」
大地を荒々しく踏み鳴らす巨体は、サンのスピードについてこれてはいない。しかし、私の目から見ても……ドサイドンの言うことに間違いはなさそうだった。少しづつ動きが遅くなってきている。これ以上続けると、体力が尽きてしまう。

 サンの口から言葉が発せられた。
「ふっ……ふふふ、そうかそうか、動きが鈍く……ねェ」
私の心配をよそに、不敵な笑みを浮かべるサン。
「どうした、とうとう頭がおかしくなったか?」
「いや、てめぇみたいなウスノロにも分かるくらい、俺の動きが遅くなってるんだな、ってな……。そろそろ、俺、腹一杯だからよ……」
サンの体は、絶縁体であるはずの空気中にも電気を流し続けてるほどの電力が蓄えられていた。
「へへっ、もう食えねーな……。さて、覚悟してもらうぜ」
今まで放っていた電撃、ドサイドンの持つ避雷針には成すすべなく消されていた技は、残留電力を自分の体に蓄えることができる‘チャージビーム’だったのだ。
サンは敵の方を見据えた。大きな音をたて、身体から溢れる電流。ドサイドンの表情には、今まで全く効果がなく見下していた電気に対して、明らかに狼狽の色があらわれていた。
黒雲が発生し、辺りが少し暗くなる。
「……骨の髄まで、焦げちまえ!」
空を裂いて降ってきた閃光で、辺りは強烈な光に包まれた。私は咄嗟に目を閉じる。

----

 辺りが静まるまでには、少々の時間をはさんだ。
「俺の邪魔をしようとするからだよ!」
その声を合図に、私はゆっくりと目を開けた。真っ黒な炭くずと化して佇んでいるものは、考えたくもなかった。
「終わらせたぜ。どうだ、大丈夫か?」
サンが、私にやさしく声をかけた。外傷は見当たらない。私は安堵の溜め息を漏らして頷いた。そして、しばらくの間忘れていた輝きに目を取られる。
私は、神秘的な輝きに吸い寄せられるような感覚を覚えた。それに身を任せ、私たちは宝玉のほうへ歩みを進めた。
バチバチと電撃の爆ぜるような音が聞こえる中、柔らかな光を放ちながら浮かぶ黄色の玉。それは私の心を少し落ち着かせ、何故だか和やかな気分になったような気にさせた。
手を伸ばせば私でも届きそう――。しかし、それは意味のないことだというのはよく分かっていたのでやめた。

 サンは唾を飲み込み、ゆっくりと手を伸ばす。サンの手は宝玉を守る結界――目には見えないが、あるのは分かっている――を突き抜け、またゆっくりと引き戻されてゆく。&color(black,yellow){その中には、しっかりと宝玉が収まっていた。};それは先ほどまでと違わず、淡い光を放つだけだった。小さく風が吹いて私たちの体を撫でたのがはっきりと分かったほど、辺りは静かだった。
「……なんだか呆気なかったわね」
それが正直な感想だった。大きな変化が宝玉やサンの体に起こるわけでもない。
私は、そこでサンの表情をうかがった。彼からは、困惑したような、しかし驚き興奮しているのが伝わってきた。彼の様子が少し違う。
「……すげぇ、なんだかよく分かんねぇけど、体から力が溢れてくるぜ……」
サンの体毛は先ほどの戦闘態勢の時のように鋭く尖っていた。しかしその時よりも大きな電気の力が、彼の体を突き抜け、空気を震わせ、こちらにまで届いてきているようだった。
宝玉は、これほどまでに大きな力を持つものだったのか。
自分も手に入れたい、というよりも、サンが手に入れた力の強大さをもっと見てみたいという気持ちのほうが大きい自分に気付いた。

 そう、私たちは1つ伝説に近づいたのだ。喜ばしいこと。それは分かってる。
しかし、私の肌は何かもう1つを感じている。
それは、嵐の前の静けさ――


*七話 仲間と過去の咽びと [#x5567ed5]

「おーい、2人とも!」
サンとシャインの2人は、静寂を切り裂く声のほうへ振り向いた。
そこには、スティールをはじめとする仲間たち――今は1人欠けている――が、そろってこちらに駆けてくるのが見えた。
慌ただしい彼らの様子に2人はただならぬ気配を感じ、また気を引き締める。
「どうしたの、あなたたち。こっちは万事順調よ、ほら……」
冷静さを欠かずにシャインが言った。全員が気を引き締めすぎ、意気込んでいてはいけない。冷静に場を見る目を誰かが持っていなくては、思わぬ事態を引き起こす危険性があるからだ。

 サンの手に収まる宝玉を見、他の仲間たちも驚きを隠せないようだった。それは、全員の意思をより強固なものにした。目標への道に光がさしたのだから。
スティールは鼻を覆いながら、くぐもった声で言った。少し慌てた様子で。
「すごい、伝説じゃなくて、本当にあったんだ……。これで、みんなの士気も上がるってもんだよね。流石だよ、2人とも。……でも、急いでここから離れないとダメなんだ!」
「ここにね、政府からの回し者――敵さんが来るの。堂々とケンカ吹っかけたのは私だから、仕方がないのだけれど……。でも、ここを狙ってくるっていうことは、私たちの目的が完全に知られてしまっているということよ。……とにかく、すぐにここを去りましょう」
同じく鼻を覆いながらエルフが言う。仲間たちの中で、エルフは他の仲間よりも疲弊しているようだった。おそらく、サンとシャインの2人を探すのに念力を使ったのだろう。

しかし、その知らせを耳にしても、2人は慌てるどころか苦笑を漏らすのだった。
「なんでぇ、それならもう倒しちまったぜ」
そしてサンは炭と化して黒煙をあげている塊を指さす。シャインは咄嗟に、イブの前に踏み出して壁になった。それは、あまりにも過激だと判断を下してのことだ。
スティールはそれに一瞥をくれると、目を見開く。しかしすぐに事の次第を理解し、頭を掻いた。彼の体毛が、風に揺れてなびく。
そして、気まずそうに口を開いた。
「あ、あっはは、なんだ、この異臭はアレか……。いや、すごいよ。熱くなってたのは僕だけだったのかな……。危険だと思って知らせにきたのに、逆に返り討ちにしてるなんてね」
「当たりめーよ。こちとらそんなにヤワじゃねーって。……にしても、すげぇぜ、コレはよ。今だったら何でもできそうな気がするぜ」
サンはいたずらに音をたて、有り余るほどに溢れる力を知らしめた。フィオナは感嘆の声を、ブライトは一言、興味深い、とだけつぶやいた。

悪い知らせがなくなり安堵したスティールは、みんなを取りまとめるために笑顔になって言った。
「&size(8){うーん、それなら僕を料理上手に仕立てあげて欲しいんだけど。};……まぁいいや。じゃあ、みんな戻ろう。僕ったら、もっと仲間の力を信じるべきだったよ。ゴメンね、お騒がせして」
スティールは先頭に立ち、皆を導いていこうとした。全てが順調なのだから、今は全員の気持ちは高く持たせるべきだと考え、率先して。

シャインの胸騒ぎは的中することとなる。
大地が悲鳴を上げ、全員の気持ちを再び不安に絡め捕ろうとしはじめる。
突如の咆哮と地響き。辺りが轟音に包まれる。木々がなぎ倒され、世界が揺れる。
それぞれは、お互いを守ろうとする気持ちが重なり合い、自然と1か所に集まった。
耳を塞ぎ顔をしかめながらも、その狂気の正体を確かめようと、ブライトは顔をあげ、うごめく世界に視線を泳がせる。
「あれは……!? 馬鹿な……!」

 木々の合間にそびえ立つ、先ほどまではなかったはずの‘もの’。それは、紫がかった白の体をもち、肩と思しき部分には真珠のような、紫色の光を放つ物がある。それが持つ2対の目はギラリと怪しく輝き、ねめつけるように世界に一瞥をくれ……7人の姿を捉えた。
再びの咆哮が、心の奥底まで揺さぶり、恐怖を駆り立てる。その巨体は、寄り添う小さな7つの命に牙を剥き、容赦なく歩みを進めた。
悠々しいはずの大地も成す術なく服し、蹴散らされてゆく。西の空に傾きかけた太陽も、その存在が霞んで見えた。
「こ、怖いよぉ……」
揺られて倒れてしまわないように踏ん張ろうとしても、ふらつく足ではそれもかなわない。イブの小さな体は強い衝撃に耐えられず、力が入らなかった。恐怖のあまり強く目を瞑っている彼女に、スティールがなんとか近くに寄り、支えたのがシャインには見えた。

「まずい、こちらに向かってくる! 逃げるぞ!」
駈け出そうとするも、地響きのせいでまともに歩くことさえもできない状態だ。
スティールは背中にもたせかけたイブを支えるために尚の力で踏ん張り、それ故に足を前に出すことができないようだった。
その間にも、シャインたちの4倍ほどの体躯の持ち主は、大きな1歩で彼らのほうへ向かってくる。木々は嘆き、大地は呻き、鳥ポケモン達は狼狽して飛び去った。
このままでは、あの巨体に踏みつぶされてしまう――!

 その時、サンの体が光を放ち、輝き始めた。彼から溢れ出る光は徐々に広がり、形作られていく。
時間にしてすぐ、まるで&ruby(ソリ){橇};のような透明の板が夕日を受けて輝いていた。
彼の体と電気の力でつながっているそれは、揺れの被害を受けない聖域だった。
「みんな、乗れ! 俺のスピードなら逃げられる! 見てくれなんてこの際気にしてられるか、落ちるんじゃねぇぞ!」
考えている暇などない、すぐにシャインが、それに追随して残りの全員がその足場に飛び乗った。

 後ろの巨体はかなりの距離まで近づいていた。
それをふりきるように、サンは地面をける。サンは揺れる地面をものともせず、飛ぶように走り始めた。風を、音を、光さえも突き抜けるようなスピードで駆け抜け、体につながった黄金の橇も引っ張られていく。
開けた砂地はすぐに終わり、あたりを囲む森の中へサンは突っ込んでいった。奥のほうへ行くほど、森は深くなる。
――具現化ってのは、なかなか便利じゃねぇか――
今はまだ疎らな木々の間を縫いながら、サンは1人でそんなことを考えていた。
みるみる内に後ろとの間が広まる。
またも空気を切り裂くような蛮声が――今度ははっきりとした言葉で発せられた。
''「逃がすものか、この不届き者どもめが! 我にたてつくことなど、絶対に許さん!」''
轟音、まるで押しつぶされてしまいそうなほどの声にも怯まず、サンは右へ左へと走り続けた。

 やがて、激しい地面の揺れは収まった。
シャインが後ろを見ると、巨体は足を止めて辺りを見回していた。
相手は遥かに大きな体をしているためにこちらからは容易く場所を知ることができるが、こちらの小さな姿は向こうからは確認し辛いのだろう。
未だ続く深い森の中で、一旦サンは立ち止まり、後ろを向く。6人をのせる橇は、木々が多く通れなくなってきていた。光の橇はゆっくりと消滅していく。
後ろに乗っていたシャインを含む6人は、猛スピードで振り回される感覚から解放され、安堵の息を零した。
反面、あのスピードでかなりの距離を脱兎のごとく駆け、さらには他の命をも運んだというのにサンは疲れを見せていない。それが、宝玉の持つ力の強大さを示していた。

「……なんとか、撒けたようね」
「あぁ、今はな……。だが、いつ気づかれるか分からねぇ。日も沈みかけてる。せめて森から出ないとな……」
シャインが率先して立ち上がった。それにつられて、全員の意思・行動は1つになる。
あてはないと言えど、とにかく出口を探すほかない。
1歩と踏み出そうとした時、先ほどまでの脅威――大地を揺るがす地鳴りが再び始まった。
「! 見つかったかも!」
後ろを確認する暇はない。シャインたちは、今度は自分自身の足で走り始めた。
本当であれば、ばらばらの方向に分散したほうがいいのだが、この時間帯、このような森で1人取り残されることの意味は誰もが深く理解している。
右、左、できるだけ攪乱できるように――。

 その時、前方の草が揺れ、別の影が現れた。白い体毛のために目立って見える、大きな湾曲した黒い角。それは、切迫しているシャインたちに必要以上の警戒心を与えた。咄嗟にシャインたちは立ち止まり、身構えた。
「こっちです!」
しかしその姿は予想外にも、攻撃を加えるでもなく、小声でそう言って手招きした。
挟み撃ちされたことを覚悟していたシャインたちは顔を見合わせるが、迷う暇は命取り。急いでその影を追いかけた。

 草をかき分けていくと、岩肌に大穴が口を開けていた。その中に、自分たちを手招きした白い影が滑り込んでいく。
「こちらへどうぞ、早く!」
そう言われるがままに、中に足を踏み入れようとする。
が、シャインの目は、入り口の近くで足を止めているサンを捉えた。
「何してるの、急ぎなさい!」
シャインは強引にサンの手を掴み、引きずり込むようにしながら中に入った。
義理といえども姉だからこそできることだった。

 しかし――それ故に、表情を確認することなく中へ踏み込んでしまった。そこからはもう暗闇、彼が立ち止まっていた理由も分からなくなる。それにさえも気付かなかったのだ。彼の心によぎった戦慄に――

 彼らを導いたそのポケモンは、すぐに岩で入り口を塞いだ。辺りを暗闇が支配する。通気口だけは別に確保してあるらしく、空気の流れる音をシャインは感じていた。
もう大丈夫だと思い、サンの手を離す。
闇に覆われていてもそのポケモンは中の様子を把握しているらしく、しばらくするとランプの明りによって暗黒は切り裂かれた。仄かな明かりにぼんやりと照らされ、自分と、後ろにいるサンを除く仲間の姿が皆そろっていることにひとまず安心する。その仲間たちは揃って、新たな存在――不意に現れたアブソルに意識を向けていた。
「……大変な目に合われましたね。無事でしたか?」
ランプを手に、そのアブソルが話しかけてくる。鋭い眼光とは裏腹に、丁寧な口調――男性の声であることは間違いないが、優しい響きと言葉遣いを持つ話し方。彼からは、敵対心は感じられない。だが、シャインはまだ心を許し切っていない自分がいることに気付いた。今までの生活によって培われた警戒心が頭をもたげてくる。それは彼女にはとりあえず良いことのように感じられた。

「ありがとう、あなたのおかげで助かったわ。でも……どうして私たちを……?」
エルフが尤もな疑問を口にした。今や国中で、この‘反逆者たち’を知らないものはいないだろう。虐げられていた種族が政府に対して反乱を起こしたのだから、自分たちに味方するものなどいないのが普通、いたら小躍りして喜ぶまでだ。
彼が救いの手を伸べてくれたのは確かだが、その喜ぶべき事実を素直に受け止められるほど暢気に構えてはいない。そんな図太い神経は誰も持ち合わせていなかった。
だからこそ、自分たちを安心させてくれるような言葉が彼から発せられるのを期待していた。
「あなたたちのことは知っています。……私は、国の考えには賛同しかねています。何の根拠もなく、ただ差別をするなんて。――失礼しました、私はアルドと申します」
そのため、この言葉を聞いた7人は安堵の表情を浮かべる。
ここでの協力者は大きかった。

「ありがとう。でも、僕らに関わるってことは相応のリスクをはらんでるよ? さっきみたいなデカブツに襲われちゃうかもかもだけど」
スティールの言葉にも大きな反応は示さず、アルドはただ頷く。彼は、決意ある表情だった。
「覚悟はできています。しかし……まさかこの国の王までもが身を乗り出してくるなんて。あなたたちを倒すために、国が総力をあげているのです。全く、酷い世の中だ」
「えっ……、あれが、この国の王様……。」
イブは先ほどの巨体を思い返し、身震いした。シャインには、あのショッキングな出来事が幼い彼女に恐怖心を植え付けてしまったことが自分のことのように辛く感じられた。

「今まで、国王が我々の前に姿を見せたこと全くと言っていいほどなかったからな。知らずとも無理はない……。しかし、そんな国の元締めまでもが身を乗り出すとは。しかも、ここは安全な方の島だというにも関わらず。安全地帯は消えた。我々の目的も知られているというし、状況は非常に良くない方向へ向かっている……」
ブライトが、いつも以上に神妙な面持ちで語る。彼も、予想以上の事の大きさに戸惑っているようだったが、冷静な頭脳は頼りになる。何かを考え込んでいるような様子で、地面の1点を見つめたままだ。表情に陰りが見えるのは、未だ宝玉に関する大きな手がかりを得られていないことに対して引け目を感じているからであろう。
「……ところで、皆さんはここにいる方々で全員なのですか?」
「いいえ、もう1人いるわ。ちょっと今、単独行動をとってるの。全く、バカな奴よね」
アルドの、まるで話が違うと言いたげな疑問に対して、エルフが呆れたように首を振って答える。
それに対して、アルドが少し眉をひそめた。シャインには、それは単独行動という危険を犯す理由が分からない、という意味を持ってのことだと思われた。
「……して、その人の名前は?」
「グレアム、よ」
「……そうですか。彼が戻ってきたときに、私のような部外者がいれば驚かれるでしょうね」
アルドは極めて冷静に、心配しているように言った。

 その時、フィオナの表情が少し曇った事には気付いた。
しかしそれが、アルドの体の小さな動きから動揺を感じ取った故の事だということには気づかなかった。

「……まぁ大丈夫じゃないかしら。きっと分かってくれるわよ。 ……遅れたけれど、私はシャインよ。――ほらサン、アンタ……も……?」
フィオナの変化は特に気にせず、そう言った時だった。
誰もがアルドに夢中で、サンの様子に気付いていなかった。
そう、シャインも、振り返るまではその異常に気付かなかった――

 力が抜け切ったように座り込み、虚空の1点をじっと見つめている。引きつった表情で、目からは生気が感じられない。全身から汗が地面に滴るほどに吹き出しており、ガタガタと震えているサン――!

&size(6){「どうして……だよ……? もう終わったはずだろ……?」};

うわ言のように何か言葉を連ねながら、ずっと視線の先は変わらない。何もない空中、しかしその延長線上にはアルドの姿があった。
「どうかされましたか? 何か、見えるのですか?」
アルドは力なく地面に手をついているサンに、そっと手を差し伸べた。それに応えるように、サンの腕が動く――

 突如、洞窟の中に何かが弾けたような高い音が響いた。
「くっ、くるな……! お……俺が、俺が悪かったよ、だから、許してくれよ……!」
サンがアルドの手を払いのけるように腕を振るったのだ。そして、叫び声を上げながら、アルドから逃れようと後ろに飛んだ。力の入っていない足を急に動かしたために、バランスを崩して着地の際によろめく。そのまま体を岩壁に打ち付けて鈍い音が響くが、それも全く気にしていないように、ただ狂ったように叫び続けた。
アルドも手をのけられ、戸惑いを隠しきれない。近付くのは逆効果だと判断して、彼は身を引いた。
「ちょっと! アンタ、何してるの! ほら、しっかりして! 私が分かる? 何もしないわ、落ち着いて!」
シャインは必死になだめようとする。他の者も顔を見合わせ、不意に起こった原因不明の異常事態に焦りを感じた。普段は荒っぽいサンだが、このような態度を見せたことはない。
初対面のポケモンに対して、こんなにも怯えるなんて――。イブは、恐怖に引きつったサンの表情を見て胸が締め付けられる思いがした。

 サンの豹変ぶりに事態が紛糾し、誰もがそちらに気を取られていた時。
ただ1人、フィオナだけが離れた所にいた。悲しみを湛えた表情で、俯きながら――

----

 どれくらいの時間がたったかは分からない。長かったのか、短かったのか……サンの事に必死で、そんなことにまで頭が回らなかった。それでも、呼びかけが通じたのか、時間がそうさせたのか――サンは荒い息こそすれ、抵抗するように腕を振るうのは収まっていた。
「俺はっ……俺は……!」
彼は拳を握りしめ、岩壁に体を預け、悲痛な声を上げていた。
「私が分かりますか? 何もしません……。だから、安心してください」
もうアルドを見ても発狂することはなく、サンはゆっくりと頷いた。
「ほら、しっかりして。落ち着いた? 何があったの……?」

「過去が……。過ぎ去ったはずの過去が、よみがえって、見えた……」
サンは力なく項垂れる。か細い声だった。
まだ弱弱しいものの、彼は徐々に正気を取り戻していた。会話も成り立つようになっていた。
そのことにシャインは安堵する。緊張の糸が切れ、思わず床に座り込んだ。
「俺は、人殺しなんだ……。あんな、あんな……!」
「無理に話さなくていい。今は、落ち着け」
「俺はっ! あんなに小さい子を、殺したんだ! 何も悪くないのに、俺が……俺のせいで……!」
ブライトの制止を無視し、サンは激昂してまくしたてた。そして、壁や床に何度も腕を打ち付ける。鈍い音が木霊した。水が滴るかすかな音も聞こえる。それは、サンの感情が漏れ出したもの、彼の苦しみが体から逃げ出したもの。声にならない呻きを上げて、彼は涙を流した。

 突然サンの口をついて溢れだした告白に、シャインは心当たりがなかった。そんな話は聞いたことがない。サンが、誰かを殺した――?
ふと、頭にあのドサイドンが浮かぶ。確かに殺したことになるが、サンがそのことで急に罪悪感に駆られたなんて考えにくい。

 サンが再び述懐した。
「12年前っ……! 忘れねぇよ、俺に話しかけてくれた奴……シャイン以外で……」
「差別が強まり始めた頃ね」
「俺……まだ9歳で……。1人だった……シャインだけだった。それが普通だった。そんな時――」

 『こんにちは! ねぇ君、名前は何ていうの? 一緒にあそぼ!』

「アブソルの、ルル……って奴だった。俺より、1つ上だった」
それを聞いて、頭の中に何かが走る。そう、サンの言葉に出てきた名前が。
「ルル!? ルルって……!」
「シャインも知ってるの?」
いきなり顔と声を上げたシャインに反応して、スティールが質問した。
その時にアルドも顔をしかめていたのだが、それは記憶の糸を手繰り寄せるも、切れてしまっていて掴めない、という様子だった。
&size(6){「ルル……。知らない名前だけれど、なんでしょう、この気持ちは……」};

 スティールの問いに応えるため、頭の中を走った何かを追う。それは自然と言葉となり、口から発せられた。
「私が前に言ったことを覚えているかしら。シェンナ・イエローの村で宝玉を見たって言う話よ。‘友達に会いに言った時’って言ったでしょう。その子が、アブソルのルルなの」
シャインが辺りを見回すと、視線がこちらに集まっていることに気付いた。サンも一旦話すのをやめている。一度に多く語らせすぎると、また歯止めが効かなくなって発狂しかねない。間をとる意味を兼ねて、今度は自分が弁じる番だと口を開く。過去の情景が自然に蘇ってくるようだった。
「私たちがその頃暮らしていたのは、シェンナ・イエローのはずれにある小さなボロ屋だった。その辺りでも差別が強まってきていたから、私とサンはいつも2人だった。
私はよく、隣のシェンナ・イエローまで買い出しに行っていたわ。
……ある日、その子、ルルが話しかけてくれたの。ルルは、シェンナ・イエローにある孤児院の子だった。私は彼女とだけはよく話した。
なんだかよく分からないけど、私とルルは見えない何かで繋がっているような気がしたの……」

「俺、1人で……。家の近くの川のところで、ぼぅっとして過ごしてた。そしたら、時々ルルが来て話しかけてくれた。
友達って言える存在は、あいつが初めてだった。嬉しかったんだ、それが……」
サンは遠い目をして過去を思い返していた。そこには、楽しい思い出――サンの顔がわずかに綻んでいた。
しかしそれは‘わずか’の話。すぐに彼の表情は変化する。そこに宿るのは、思い出したくなかった痛み、悔みだった。
彼は再び項垂れ、声の調子が落ちる。彼の中を巡る過去が、音を立てて崩れていく。そう、徐々に辛いものへと変化し、そして、それは言葉に乗せて運ばれる――。

「でも、ルルは……ある時、その川に落ちちまったんだ。俺は、パニックになって……。シャインはその時いなかった。俺の力じゃ、飛び込んでも助け上げられない。
だから……走って村まで言ったんだ。誰か助けを呼ぼうと思って。でも、いざ近くの家の前まで来たら、足が動かなくなった。声を出す勇気が出なくなった。
俺なんか相手にされない、むしろ俺が突き落としたんじゃないかって思われそうだったんだ。怖くて、怖くて、助けを呼べなかった!
また戻ったんだ、やっぱり自分で助けようと思って。でも遅かった。家の前で躊躇ってた時間の間に、ルルは……流れて、見えなくなってた……。
俺のせいなんだ。俺に話しかけようとしたから、落ちちまった! 俺が助けを呼ばなかったから、死んじまった! 俺が……殺した……!
言ってきたんだ、ルルが、俺の事を……酷い奴だって、人殺しだって! そうだよ、間違ってなんかない、俺が悪いんだ……! 
命を失わせた最低の、クズ野郎なんだよ、俺は……! 助けを求める目で俺を見てたルルが、俺を恨んで、出てきたんだ、急に……!」

 サンは頭に押し寄せる過去に苦しめられ、ただただ叫喚した。
忘れていたはずのその苦しみは、友を失った悲しみは、蘇りサンを縛り付け離そうとしない。
彼は悔しさに身を任せて岩壁に腕を打ち付け続ける。鈍い音が響き、それにも負けないような声で思いを溢れさせた。
「それだけじゃねぇ、怖くて、恐ろしくて……ずっと誰にも言わなかった! 怯えてたんだ、殺人者だと思われることに――! 俺は、ルルの死を隠蔽したんだよ!」
「ルル……。急に姿を見せなくなったのって、そういうことだったのね……。」

「それで、私を……アブソルの私を見て、思い出してしまったのですね」
アルドは愁いを帯びた表情をしていた。彼はサンの、想像するに容易な苦しみを自分の事のように感じていた。
増して自分が原因で呼び覚ましてしまったのだからと、詫びる気持ちを含めてサンの気持ちを労わるように言葉を掛ける。
「悪い、本当にすまねぇ……。アルドは、何の関係もないのに」
「気にしないでください。……悪いのはあなたではない、あなたを差別へを追いやった国が悪いのです。
あなたは殺人を犯したのではありません。強いショックで、歪んだ過去を思い出してしまっただけです。
友達の死は……まだ幼かったあなたには辛かったでしょう。それを背負っての12年は、軽いものではないはずです」

「俺、もう嫌なんだ……。守りたくて。あんなに小さい内に命を落とすなんて、耐えきれないんだ……。
だから、イブには生き残ってほしいんだよ。そのために旅に出たんだ……。
最初は、元いた住処を離れたらルルの死を踏みにじるんじゃないかって思ってたけど……あいつのためにも他の命を助けないとって思って……」
「……! だから、あの時……。ごめんね、アンタの傷を掻き毟るようなことを言って……」
シャインは、2人で旅に出た時の事を思い返していた。
サンの強い否定。他の命を見捨てるような言葉は、ルルの死から逃れないように連ねた上辺だけのものだったのだ。12年の時を経て、消していた記憶にサンはぼんやりと後ろ髪を引かれたのだ。
それは、自分の心ない言葉で捻じ曲げられる。今になって戻ってきた記憶に、それはあまりにも酷――!
シャインは自分の言葉を強く後悔した。それはもう取り消せないけれど、少しでも埋め合わせるために、掛けるべき言葉を探った。
「……気にしちゃダメよ、もう過ぎてしまったこと。アンタは悪くない。ルルも責めていないはずよ。
ほら、あのドサイドンを殺してしまって、罪の意識によって引き出されたのよ。大丈夫、ごめんね……。これからは、ずっとそばにいるわ」

「……もう夜だ、皆さんお疲れでしょう。居心地がよくはないかもしれないですが、自由に使って眠って下さい」
アルドが、全員が落ち着いた頃を見計らってそういった。空気の流れから分かるのか、研ぎ澄まされた体内時計なのか、夜の訪れをアルドは知らせる。
サンはもう落ち着いており、呼吸も乱れていない。イブが近寄り、パッと花が咲いたような笑顔を見せながら「サンが私を守ってくれるなら安心だね!」と明るく言った。
サンも嬉しそうな笑顔になり、イブの頭を撫でていた。
その様子を見て、皆安心する。すると、溜まっていた疲労の存在が頭をもたげてきた。
アルドの言葉に甘え、各自が思い思いの場所に身を横たえた。

&size(6){「ごめんなさい、サンさん……」};
最後まで瞼を開けていたフィオナの呟きは、闇の中に吸い込まれていった……。


*八話 新たな発見 [#hb76c953]

 入り口を閉ざした穴居では、夜明けは姿をくらましながら現れる。
それでも、全員を取り巻く環境が彼らを強制的に眠りを終わらせるようになっていた。
暗い空間に穏やかな火で明かりがともり、それぞれの姿が明瞭になる。
サンの表情にももう大きな恐怖や憂いは宿っていなかった。
それを確認したスティールは、すぐに口を開く。皆を取りまとめ、最善の行動を取る。そうするための状況整理を、彼は頭の中で冷静に行っていた。
「コバルト・シティに行こう。現時点で手がかりはそれしかない。でも、その手がかりがかなーり大きなものなのは間違いないんだからね」
「でも、誰の宝玉が眠っているのか分からないわよ。全員で押し掛けるのは危険じゃないかしら」
エルフの指摘はもっともである。それはスティールも心得ており、強い頷きを返した。
しかし、スティールの冷静さと大胆さの使い分けは巧みだった。
「数打ちゃ当たるよ。いや、当てて見せなきゃ。もちろん、エルの言うとおり、全員で行動するのは隊列に無理がある。行動もしにくい。
僕的には、確率論、行動方法の両方を考えて4人が適当だと思う。アルドは……加わらない方がいいね。君が僕らに同行しているのをなるだけ見られない方がいい、危険に巻き込まないためにもね」
スティールは的確に、落ち着いた指示を出す。
根拠のない言葉も飛び出るが、それは全員の士気を下げないためでもあった。
それが伝わってくるために、誰もが彼の言葉を信じる。彼の物言いには不思議な魅力があった。

「賛成だな。……私は残って、早急に的を絞ろうと思う。役に立てなくてすまないが」
「私も残るよ。足手まといにはなりたくないし」
ブライトとイブは、それぞれ似た罪悪感を感じていた。もちろんそれを責めるものなどいない。
スティールはそんなことはないと言いたかったが、話の腰を折らないためにも言葉は飲み込んだ。
その代わりに、2人に向かってニッコリと微笑んで見せた。
「じゃあ、私は行きますね。シャインさんとエルフさんはどうですか?」
話の流れを途切れさせるわけにはいかないと、フィオナが名乗りを上げた。
名の出た2人は力強く頷く。今、自分たちが動くべきだという思いが彼女らを引いてゆく。
「それなら、俺は残った方がいいだろ。俺の宝玉はもう手に入ったんだから、俺が言っても確率では損だろ?」
サンはいつもの調子を取り戻しており、皆の気持ちを下げないように取り計らい、明るく言った。
自分にしては珍しく数学的なことが言えたなぁなどと内心で思いながら。
サンの言うことは間違っていない、しかしスティールはそこで顔をしかめ、下を向き、小さく唸った。
そして暫くの後、その表情のまま彼は達した結論を言葉にした。
「……いや、それはやめよう。僕が残るよ、代わりにサン、君が行って」

「どうしてだよ? 損になるんじゃないのか?」
「確かにそうだよ、2度手間になるかもしれない。……でもね、行くメンバーは女性3人。みんな実力はあると思うけれど、やっぱり危険なんだ。
彼女らを守らなくちゃならない。だから、その役目は僕よりも、宝玉の力を得ている君の方がいい。
僕は命を賭してでもみんなを守るつもりだけど、世界再生のためには僕も自分のカラダが必要だからそうも言えない。……僕は明らかに君よりも力不足だ、悔しいけどね」
スティールは自らの力量を見誤ることなく、そう判断した。
思いをサンに託し、自分は残って他のメンバーを守る。彼は視線でそう物語った。
サンももう否定はしない、自分に与えられた使命を守るために身を引き締めた。

 スティールの言葉を最後に辺りが静まる。それは場の意思の結束を意味していた。
それを見て彼はもう1度、今度は茶化すように笑顔で言った。
「文句ないでしょ? だってあんなに綺麗な女性たちとハーレムの旅だよ。
ツアーにしたら、応募者多数のため抽選で、ってなること間違いなし! 君も男だったら乗るよね?」
「日帰りですけどね」
女性陣が笑みを零し、フィオナがそう呟いた。つられて残りのメンバーの表情にも笑いが浮かぶ。
薄暗い洞窟内の空気が少し和んだ。
場を引き締めすぎて冷静さを欠くことのないようにするための配慮だった。
スティールの場をまとめ上げる能力はソツがない。

「では、私は買い出しに行くことにしましょう。私ならまだ怪しまれずに店に入れます。急に大量買いするのは不信感を植え付けてしまうので避けますがね」
「助かるよ、ありがとう。それじゃ、シャイン、エル、フィオナ、気を付けて。サン、誰かにケガでもさせたら承知しないからね」
宝玉という大きな手掛かりを求めて外に出る4人は無言でうなずいた。
そして誰ともなく歩き始める。木霊する足音も、不思議と揃ったものになっている。
「では行ってまいります」
アルドもそう言って出ていく。
ブライトはさっそく地図や他の紙、ペン類などを広げていた。アルドの住処には彼にとって便利なものがあるらしかった。

 各々が胸に使命を抱き、大きな夢のために前進しようと足を上げたのだった。
自分たちの境遇に抗い、打ち勝とうとする夢が徐々に巨大なものになり始めていた。

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 僕はまたしても警備員。寂しくなんてないやい。
ここは借りてる家なんだから、守らないといけないしね。
とかいいつつさっきまで、風を体に受けながらうとうとしてたんだけども。だって気持ちいいんだもん。
「こんな警備員で大丈夫か?」
大丈夫だ、問題ない。
森の中だから見つからないでしょう。楽天。
あまり外に居座り続けていて万が一誰かに見られると怪しまれるので、そろそろ戻ることにする。
「異常なくらい異常なしだね」
独り言が止まらない。頭の中は割とフツー。

 アルドの家の中は、壁は岩だけで殺風景だけど、珍しいものがいくつか転がっていたりした。昨日お世話になったランプも、見たことがない形をしていたし。
行商人でもしていたのかな。
他にも例えば、部屋の中央らへんに佇んでる、負のオーラに近いものを放つ月光ポケモンとか。
背中がこちらに向かって「進展なし」って訴えかけてくる、珍しいタイプです。お1ついかが?
好奇心を駆り立てられますな、お言葉でも掛けてあげますか。
「調子よくないみたいだね。どうよ、ちょっと気分転換に外の空気吸わない?」
「……いやしかし、私たちには悠長にしている時間はない」
こっち向けよ。
「だからってずっと座ってても分かんないものは分かんないよ。そうだ、イブも誘って木の実でも採りに行こう。あたりは平和だったし大丈夫でしょ。ほら行こう」
「……分かった。確かに体に毒かもしれないな。ありがとう」
ブ……ブライトが立った! 感動シーン。キャストが少しばかり年配だけど。
それでも、なかなか魅せるような笑顔をもっていらっしゃる。ステキ。
意外とあっさり腰を上げたブライトを引き連れ、途中でイブも見つけ、嬉しそうな笑顔が見れた。カワイイ。
僕はまた岩屋の外へと向かう。僕も不思議と笑顔。ニヤニヤ。


 僕はもう、誰かの笑顔を見続けていないと生きていけないんだ。
そうしないと抑え込み続けられないんだよ……とてつもなく大きな、忌まわしいキオクを――


「すごい、たくさんあるねー」
イブは雄大な自然の中、様々な色で自己主張する木の実に驚きを示していた。彼女はさながら森の精ってところか。
僕らの体の構造、つまりストレートに言うと短☆足のせいで、木登りは難しいものがある。わざわざ危険を冒すわけにはいかないし、醜態を晒すのも御免被りたいので、地面に落ちている形の良いものだけを拾うことにした。
イブは上機嫌。それを見てると僕も上機嫌。今だけは、差別という辛い現実を忘れられる。
「ブラッキーって、みんな目が良いんだよね。夜でもよく見えるんでしょ?」
「そうだな。透視できるわけではないが、視界が遮られていなければ暗かろうが遠かろうが良く見える。
……しかし、どうして知っているんだ?」
「私のお父さん、ブラッキーだから!」
イブは、とりわけ笑顔でそう言った。父親、過去の話。悲しみを感じさせないように、押し殺すために――。

「奇遇だねー。僕も、お父さんはブラッキーだよ」
イブの気遣いを無駄にするわけにはいかない。僕は驚きを感じながらも、過去を思い出させてしまうスキを与えないように言った。それにしても何このブラッキー人口の高さ。
その会話を聞き、ブライトは――小さく反応して目線を下にやった。真顔になると、鋭い目つきが際立つ。
なんだよぅ、昔を思い出したのか知らないけれど、君が凹んじゃうの?
オトナなんだから、しっかりしてよ。
ところで、ブライトって子供とかいたんだろうか。好奇心がフル稼働。
年齢的には、いる方が自然だ。だとしたら――アレだよね……ここにいないんだから……。
僕は出かかった言葉を飲み込んで、もう1度胃の中へ。僕は牛かと。
流石に傷跡を掻き毟るようなことはしない。よりにもよって、他人のだし。

「……イブ、スティール、あそこにも1つ落ちているぞ」
ブライトはまた元の表情に戻っていた。といっても真顔だけど。
イブが気付き、鼻歌交じりに遠くまで走って行った。やっべ、カワイイ。
しかしその時、僕の頭に別の疑問が浮かんだ。またしてもブライト絡み。……これくらいは聞いてもいいよね。
「そういや、ブライトってみんなのことをラストネームで呼んでたよね。でも、僕らの事は普通にファーストネームで呼ぶよね?」
ブライトが息をのんだ音が聞こえた。耳がピクリと動き、視線を逸らされる。
そんな、驚かせるほど核心をついた質問した覚えはないんだけどな。
「む……確かに、そうだな」
何やら言いよどむブラッキーが視界に。なんですかその下を向いて若干悲しみさえ湛えた表情は。
これも過去にまつわるタブーだったか。仕方ない、適当に終わらせておくか。
「ありがと、僕たちだけ特別扱い。でも、それならいっそ皆ファーストにしようよ。仲間なのに、カタくるしいよ」
「……分かった、そうしよう」
イブの3倍くらい生きてるんだから、それくらい辛い過去も多いのかな。でもいくらなんでも僕らにまつわる苦行なんてないと思うんだけどな。まぁいいか。
笑顔の天使がこっちに戻ってくるのが見えた。Aセット(歌声付き)。お1様1個限り? よし、レジに100回並ぼうか。

「ブラッキーと夜に戦ったら、絶対勝てないよね? だって身体が黒いからこっちからは見えないのに、向こうからは見られてるんだもん」
意外と引っ張るなブラッキーの話題。しかも結構野蛮な話をされるのね。まぁ合わせるけどね。
「そうだね。ブライトおじさんを怒らせちゃうと、夜中迎えに来るんだよ……っとね。
そういえば、ブラッキーって、ブラック――黒色だからブラッキーなのかな? 安易だねー」
「ほんとだ、そうなのかもね。
私たちって、みんな体の色が違うよね? スターは赤色だし。私は茶色だけど、進化すればすっかり変わっちゃうね!」

「色……?」
せんせーブライト君がまた反応しましたー。
どんだけピクピクすんのあんたは。この黒ピクミンが! 僕らもう何も話せないじゃん!
でも、それは悪い方向じゃなかったみたい。彼は突然、素っ頓狂な声を上げた。
「あぁっ! そうか! それなら全て合点がいく……! イブ、ありがとう。お蔭で、分かったぞ!」
普段ほとんど出さない大声。表情も明るくなっていた。
そして、アルドの住処である岩穴へと走り出す。
な……謎が解けたようです。わーい……?
呆気にとられ、事情の呑み込めない僕とイブは、風に身を包まれながら顔を見合わせるのだった。


 ――結局、僕何にもしてないよ! ぐすん。

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「なんだか静かで……様子が変ですね」
フィオナが見回すその町並みは以前と変わり映えはしない。
しかし、異常なまでの静まり方。昔はもっと賑やかで、活気が渦巻いていたはずなのに。
建物の金属が、辺りの空気をより冷めたものにしていた。
「まぁいいじゃない。私たちにとっては好都合よ。歩いている人が少ない方が、袋叩きにあう危険性は減るわ」
後ろを歩くエルフが次いで言う。
さらにその後ろをシャインが、しんがりをサンが、辺りを見回しながら歩く。

「もう店の中に入ったりするのはできなさそうね……」
「前までは少なくとも……こっちの方は良い雰囲気だったんだけどな。きっと向こうの方――俺たちの敵が多い方と対立したんだろ。もう俺たちに味方してはくれないだろうな……」
静寂の中を、フィオナを先頭に4人は歩みを進める。
そして、フィオナは昨日の記憶を辿り――ひっそりとした路地裏にさしかかる。
日も当たらず湿った空間に彼らは踏み出した。
ここからは、謎のポケモンの小さな話し声を思い出しながら行くしかない。
フィオナは気を引き締めて足を動かす。
あの発展した街の中に、こんなに細く暗い道があったのかとサンは驚く。

 歩くこと数分、まったく人目に付きそうもないほど奥――1本道だったのが幸いした――に辿りつき、フィオナは息を飲んだ。
「こんな場所が、あったんですね」
横壁に開いた、あまり大きくはない洞窟。そこは淡い光を放ちながら、フィオナたちを待ち受けていた。
お互いに顔を見合わせ、力強く頷いた後、フィオナは警戒心を募らせながら奥へと入る。
狭い道は思ったよりもすぐに終わり、奥には広い空間が。
暗い中を、たった1筋の青い光だけが照らしていた。
街の中とは思えない、岩壁だけが広がる謎の場所。そこに佇む光の主――荘厳な台座と、浮かぶ玉。
それは透き通るような青色の光で4人を迎え入れた。
「私、の……」

 もう狭い入口を抜け、すぐ後ろに来ていたシャインが声を詰まらせながら言った。
暗く湿った洞窟の中、唯一の明かりである淡い青の光に吸い寄せられるように近づいていく。ゆっくりと、地を踏みしめて――

 しかしシャインの動きは不意に止まる。それは、4人のいる場所より少し外れた所から聞こえる足音のせいだった。
フィオナは胸の中に何か嫌な予感が走り、姿勢を低くして辺りを見回した。
反響する足音が、徐々に近付いてきている。それは、前から――
仲間ではない何かが近づいてくる。不安が募り、フィオナは身を震わせた。

 そしてその正体は、青の光の中によって全容が露わになった。
「いよぅ、ようこそ墓場へ。歓迎するぜ」
不敵に笑み、立ちはだかる者――長い尾と耳、黄と茶の身体を持つライチュウ。
不気味に木霊した声には威圧してくるような狂気さえ含まれており、シャインは身を引いた。
同時にサンが3人よりも前に出て、突如現れたライチュウを睨み付けた。
「てめー、誰だよ。 わりぃけど、どいてくれねぇか」
サンは強気な態度を取る。が、当然素直に下がってくれるわけもない。
「それはできない相談だな。俺にも与えられた使命ってもんがあるんでね」
ライチュウはサンの言葉を軽くあしらい、小さく笑った。
今にも、お互いに得意の電撃を弾けさせそうな状況。まさに一触即発のとき。

 にらみ合う2人の間に、青く華奢な腕が割って入った。
サンは疑うような目でそちらを見た。
「私の宝玉があるんだもの、私がやるわ。壁は自分で乗り越える。もう、誰にも迷惑は掛けたくない」
強い意志、決意のこもった目は、サンではなく敵のライチュウを見据えていた。
サンは気押され、そして彼女、シャインの意思を酌んで後ろに下がる。
「へぇ、アンタが相手してくれるのかい? そのキレイな体に、傷がついちまうぜ」
「ありがと。だからといって、道を開けてはくれないのでしょう?」
「わりぃな。国さんの意思が違ってたら、こんなことしなくてすんだんだがな。
……さぁ、いくぜ」
ライチュウは首をすくめ、苦笑を浮かべた。
俺は国から送られたのだという意味を持つその言葉。
それは、今自分たちが相手にしているのはこの国の全てなのだということ。敵は、ちっぽけな自分たちにくらべてあまりにも強大だった。心に焦燥感が宿り、拳に力が入るのが分かった。

「私も、負けられないの。私たちは勝つわ。差別なんかに、間違った考えの国なんかに、負けるもんですか!」
シャインは力強く言い放った。彼女が戦闘態勢をとる。
シャインは強い心を持っている。それなのに、事の発端を言い出した自分が不安になってどうするというのか。不安を振り払い、敵を退けるために態勢をとる。そして加勢しようと足を踏み出そうとした。

 が、それはサンによって阻まれることになる。
「、どうして……!」
サンは無言のまま、こちらに目を向けた。
依然として手は戻さない。
今はアイツを信じろ――そう視線で訴えてくる。それは、シャインと姉弟という長い付き合いを経たサンだからこそ言えること。同じ状況を切り抜けた彼だからこそ言えることだった。
静まり返った薄暗い空間の中、彼の姿もまた強く大きなものに感じられた。
一抹の不安を覚えながらも、彼の訴えるとおりに身を引く。
今は、2人を信じるべき時だ。
戦闘態勢のシャインとライチュウに視線を戻しつつ、フィオナは固唾をのんで頷いた。

 障害となって立ちはだかる敵は、徐々に大きさを増して牙を剥いてくる。
命を狙う国家が送り込んできた刺客、それは不平等に抗い、勝利を掴むための関門。
それを潜り抜けるための戦いが始まるのだった。

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[[8のココロ、∞のネガイ 三章]]へ

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更新時の一言コメ
 
 次から、微妙なところですがページを変えます。
 重い重い。どうして1章ごとに分けなかったんだろう。


 ''お詫び:途中から、村の名前がおかしなことになっていました。''
     ''○シェンナ・イエロー ×アルピン・イエロー''
 初設定時の名前と混同してしまったことを深くお詫び申し上げます。
 文章中にまだ残っていましたら、報告してくださるとありがたいです。
 
 
 最近三人称の書き方が分からなくなってきました……。

 それから、主人公が誰だか分からなくなってきて書くのに困っている今日この頃。
 イブが主人公なのですが、区切りごとに視点キャラを変えていたらイブの登場回数が減ってしまい。これから改善したいです。
 といっても、しばらくはスターやフィオナに持ってかれがちになりそう。都合上。

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コメントがあればどうかよろしくお願いします。

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