作[[呂蒙]] ※この作品は、シャワーズの視点で書かれています。 大学でのラウンジでのこと。 その日もリクソンは、大学のラウンジで友達3人に諸葛先生を加えた面子で談笑していた。リクソンを含めた学生4人はともかく、諸葛先生は暇というわけではないらしいが、大学で生徒と話していると息抜きになるのだという。付け加えて言えば、コンクリの小部屋にこもってても、論文を書き進める手が動かないという。あ、何となくそれは分かるわ。 私もタヒチとかに行って優雅に波乗りしたいのよね。いや、ニューカレドニアでもいいわね。行きたいんだけど、わざわざ海外に行って泳ぐという発想がリクソンにはない。 「え~、だってさ~、好きな人とかいないし、1人で海行って泳ぐだけって言うのも、つまんないじゃん」 というのがリクソンの答えである。リクソンが好きなのは、世界遺産とか文化遺産、後はB級グルメ。それ以外の目的で遠出するという発想はない。でも私は諦めない。何とかしてリクソンを説得してみせる。 「好きな人って、私がいるでしょ」 「シャワーズは人間じゃないだろ」 「うっ」 「それにさ、そんなに人がいっぱいいるところで波乗りなんかしたら、死人が出るぞ」 「波乗りができなくても、私は海でリクソンと遊びたいの!!」 「去年の夏、里帰りしたときに行ったじゃん」 「でも、やっぱりパウダーサンドの海岸のほうがいいじゃない」 「鳥取に行けばあるぞ、鳥取砂丘」 「えーん、ひどーい。一緒に遊びたいって言う私の気持ちが伝わらないの!?」 嘘泣き。ここでどう出るか・・・・・・。 しかし、リクソンは動じない。昔からこの手を使ってたから、さすがに・・・・・・。と、思ったら 「リクソン君、いいのか?」 さすがは諸葛先生。しかし、リクソンはこう言った。 「いいんです。ちょっとはしつけないと。しっかりしてもらわないと困りますんで。あ、でもグレイシアがいるから大丈夫か」 私はどういう反応をしたらいいのかしら? 頼りにされているのかそれともされていないのか。さらにリクソンは続けた。 「グレイシアとかリーフィアは昔から苦労してるので、ここは、グレイシアたちの希望を聞くのが一番かと思うんですよね。シャワーズたちは厳しくしつけたり、鍛えたりもしましたけど、恵まれた環境で育っていますからねぇ」 「・・・・・・」 それを聞くと、諸葛先生は黙ってしまった。グレイシアさんたちが家に来たのは10ヶ月前。でも、リクソンはその理由について明確にしなかった。諸葛先生も多分何かしらは知っているんだろうけど、何も答えてはくれなかった。重い空気が辺りに立ち込めているのが分かった。皆、何か言いたそうな顔をしていたが、口を開くものはいなかった。 ◇◇◇ 空気が重い状態が続いた。心なしか、ラウンジの時計の秒針が時を刻む音がいつもより大きく聞こえる。そこへ法先生がやってきた。 「あっ、しょかっちん。ってどうしたの? なんか空気が悪くないか?」 「そ、そんなことないですよ」 「明日から、審議に参加するらしくてさ、暇なの今日までだから食事に誘ったんだけど」 「おごりですか? 」 「いや、悪いけど明日から出費が増えそうだから、割りかんで。あ、酒はなしで頼むよ。君たちも行く?」 別に断る理由もないので、ついていくことにした。この前はバリョウさんに酒が入って、ウインディにひどい言葉をぶつけた。確か、「死んじゃっても、毛皮屋に持っていけば」とか何とか。その言葉にキレたウインディはバリョウさんをどつきまわしていた。止めても良かったのだが、法先生は、 「なんかさー、無理に止めたら食べられちゃいそうだし」 と言って、止めず。他の4人もどうせ加減してるだろうと思って止めなかった。この国では、ポケモンが一般的に言われている「動物」とは違う範疇に置かれていることは誰もが知っていることだ。けれど、生態系やその他多くの研究がまだ手付かずで、詳しいことは良く分かっていない。はっきり言って、犬や猫をペットで飼うほうがポピュラーである。おまけに、路上でポケモンを使った恐喝というのが昔はやったらしい。手口はこうだ。路上でいきなりポケモン勝負を仕掛ける。相手もポケモンを持っていたら普通にバトルになるのだが、この国の場合はその確率は低い。ポケモンを持っていなかったら、脅された挙句に金を巻き上げられる。それで、いろんな法律や規制ができてしまい、ポケモンをいれるボールの開発のような技術だけが進歩して、ポケモンの研究は進んでいないのが現状だ。 さらにポケモンを持つには、車と一緒で免許が必要だ。当然、試験を受けて合格しなくてはならない。そして免許の更新の必要があり、毎年、健康診断を受けさせなくてはならない。私もこの間受けたけどね。リクソンは、高級車を7台持ったみたいだというようなことを言っていたが強ち間違いではないかもしれない。 ただ、法先生がこの間言っていたけど、ポケモンの所有に関する法律を作る人自身が、ポケモンのことに詳しくなかったりするから、現状に合っていない法律ができたり、いい加減なザル法だったりする。むろん、法の穴をくぐる人もいるわけで、そうはさせまいとする政治家とのいたちごっこが続いているのだ。 ◇◇◇ 数日して、私とリクソン、サンダース、リーフィアちゃんはとある旅行会社にいた。航空チケットやホテルなどの手配をするためだ。 結局、グレイシアさんが「寒いところに行きたい」ということだったので、初めは渋っていたリクソンも資料を集めてきて、2人で話し合っていたが、結局、マールト連邦共和国に決まった。そこってすごく寒いとこじゃない。でも、グレイシアさんがいいって言うし、リーフィアちゃんも反対しなかったからしょうがないわね。もとより私に拒否権は無いし。 出発までまだ日があるため、航空券はすんなりと取れた。あと、ホテルや国内の列車に関しては向こうに問い合わせて、予約確定表を送ってもらうため時間がかかるとの事だった。え? 何でこんな七めんどくさいことをするかって? この国ってもともと社会主義で旅行の自由が無くて、ビザを取るときにこの予約確定表や、航空チケットが必要なの。後日それはメールで返答するとの事だったので、今日は引き上げることにした。帰り際に旅行会社の人が、リクソンにこんな事を言っていた。 「ポケモンと一緒にご旅行されるんでしたね」 「ええ、まあ」 「だったら、安心ですね。いや、最近向こうで、路上強盗が出没してるんですよ。特に大都市でですね。何でも、霧のように現れて霧の様に消えていくんで、警察も四苦八苦しているようでして」 「そうなんですか?」 「ええ、この間は凍死寸前の被害者も出たそうで。あ、でも大丈夫です。夜にしか出ないそうですし、仮に襲われても、頼もしいポケモンたちが撃退してくれるでしょうね」 「・・・・・・」 リクソンは黙っていた。でも、私と同じことを思っていたに違いない。 無事に帰ってこれるのだろうか? と。 その帰り道。リクソンがつぶやく。 「しかし、神出鬼没とはまさにこのことだな」 リクソンが言わんとしていることは私にも分かった。とはいえ、この平和ボケしている国よりも安全なところを探すほうが無理だ。海外に行けば旅行者をカモにしている不逞の輩は必ずいるわけで、それはこちらが注意して防ぐしか手段は無い。矛盾があるようにも聞こえるけど、注意はして、しすぎることはない。けれどしすぎるとギスギスした精神的にも窮屈な旅行になってしまう。海外旅行とはそういうものだ。 「それにしても、どんな強盗だろうな」 「ん? 何だ、サンダース。もし出くわしたら、一戦交える気か?」 「所持金とかパスポートとられちまうよりはいいだろ」 「そりゃ、そうだけど」 「犯人は、ムー○ンだったりして、北国だから」 「あ、それだったら会ってみてもいいかな」 「大丈夫です、そんなの私がリーフブレードで、バッサリ斬り捨ててやります」 「そんなことしたら、ファンに怒られるぞ」 「・・・・・・スプラッターはちょっと・・・・・・」 それにしても、リーフィアちゃん。かわいい顔して言うこと悪魔ね。ま、とにかく予約の確定表が届いてからね。そうじゃないとビザが取れないから話が先に進まないしね。 ◇◇◇ ああ、暇。ほっんとうに暇。休みってありすぎるとどうすればいいのか扱いに困る。普段、主人が出かけている間、家でお留守番させられているポケモンたちもこう思ってんのかしら? 今はテレビとかゲームなんて言う文明の利器があるから、ある程度は退屈しのぎにはなるかもしれない。でも、それだってずっと飽きずにやっていられる保証は無いわね。もとより、人間仕様の物しかないから、操作するのも苦労するしね。慣れれば話は別だけど。 え? リクソンはどうしたかって? 何か役所に行くとか言ってたわね。あれ、大使館だったっけ? まぁとにかくどっかに行くとは言ってたわ。 ドアの開く音がする。リクソンが帰ってきた。 「おかえり」 「ん・・・・」 リクソンはほぼ無言で、上着から黒い手帳のようなものを取り出して、私にくれた。 「それ、パスポートだからな。あ、それと、ビザが貼ってあるから絶対に剥がすなよ」 「あ、許可下りたのね」 「そういうこと」 「もう、出国まであまり時間が無いからな。準備しとけよっていっても、本格的に準備が必要なのはオレだけか。おめかしとかするんなら話は別だけど」 「いいわよ、そんなの」 そんなことしても、何のメリットもない。デメリットはいくらでもあるだろうけど。 「とりあえず、晩飯のときにポケモン用の持ち物何が必要か、聞いておくか」 ◇◇◇ というわけで晩御飯。リクソンが例の話題を切り出す。 「・・・・・・というわけだ」 「まず、櫛」 「36」 「・・・・・・」 リクソンのつまらない洒落に場の空気が凍る。ああもう、体中の水分が凍っちゃうわ。 「まぁ、必要だろうな。後は医薬品ぐらいか?」 「そ、そうね・・・・・・」 リクソンはメモ帳に、必要なものを書き出した。 「ところで出発っていつだったっけ」 サンダースが聞く。 「4日後の、えーと、午後1時の飛行機だったな」 「んじゃあ、8時ぐらいに出るのか?」 「言っとくけどな、ラクヨウじゃなくて、ケンギョウから出る飛行機だからな」 「じゃあ、どうやってそこまで行くんだよ」 「エーフィのテレポート」 「そんな技使えないから」 「っていうのはうそだ。ラクヨウからの国内線。確か朝8時のやつだったな。だから、4時前に起きないとな」 「・・・・・・じゃあ、前の晩から起きてます」 「そのほうがいいかも」 「何でそんなルートにしちまったんだよ」 「や・す・い・か・ら」 区切る必要はあるわけ? まあ、いずれにしても、この退屈すぎる日々からもうすぐ解放されることは嬉しかった。でも、朝4時前って。私も前の晩から起きていよう。置いてかれたら、たまんないしね。 ◇◇◇ 出発3日前。リクソンと私、ブースターちゃんは旅行用品店にいた。え? 何でかって? 実は昨日、晩御飯の後部屋から、リクソンの悲鳴に近い声が聞こえたの。その時1階にいた全員の表情が変わったのが分かった。リクソンは前に身代金目的で連れ去られたことがあって、それ以来その方面では悪い意味で敏感になっちゃったわ。それは私に限らずだろうけど。で、急いで部屋に行ってみるとそこにはリクソンがいた。 「どうしたの?」 私が聞くと、リクソンは答えた。 「見りゃあ、分かるだろ? スーツケースがぶっ壊れてたんだ」 「・・・・・・それだけ?」 「ああ」 「なら、大声出さないでよ、もう。何かあったかと思ったじゃない」 「悪い、悪い。でも、買い直さないといけないなぁ」 私たちはそこから引き揚げた。 「何だよ、人(?)騒がせなやつめ」 ブラッキーがそう言うのも分かる。でもねぇ、変なときに大声出す人って結構いるのよね。あれ何でかしら? 「いつだったか、ゴキブリが出たって理由で叩き起こされたこともあったしな」 「ああ、あったね。そんなこと」 実はリクソンは大の虫嫌い。小さい時に蜂に刺されてそれが原因で虫は蝶だろうが、ゲジゲジだろうが見るのも嫌だという。まあ、いわゆるトラウマってやつね。だから、虫タイプのポケモンもダメ。だから、リクソンは炎タイプのポケモンを欲しがっていたときがあった。リクソンが大きくなるにつれてそんなことは口に出して言わなくなったが、期せずしてブースターちゃんが家に来ると、すごくかわいがっていた。最初は警戒していたブースターちゃんもすぐになついて、「ライバル」が増えてしまった。 それにしても、店の中は混んでいる。 「混んでるわね」 「卒業旅行の時期だからかな」 「もう、そういう時期なのね」 「ま、オレには関係の無い話だけどな。卒業なんて当分先だし」 旅行鞄コーナーの一角にスーツケースは売られていた。最初は何でこんな箱みたいなのを持っていくのか不思議だった。重いだけじゃない。でも、初めて海外旅行に行ったときリクソンが教えてくれたこと。それは、「安全」のためだという。中の荷物を守るには当然頑丈でなければならない。外国では鞄に刃物で穴を開けて貴重品を抜き取る輩もいるから、それに対する備えだという。 それにしても様々な種類が並んでいる。大きさや色、デザイン・・・・・・。それぞれ人によって重視するところが違うって事かしら? でも、見るからにへんなものも売られているけど、まあ、売られてるんだから需要はあるのよね、多分。 リクソンは、私たちの意見と値段を見て、シルバーのスーツケースを購入した。ちなみにリクソンは地味な色、青とかそういう系統の色が好きだから、それもあるわね。銀も多分こっちの部類に入るでしょうね。 店を出たリクソンは私たちに言った。 「家に帰ったら、荷造りするから手伝えよ」 「はーい」 旅行の準備って何となく楽しい。行く先々を思い浮かべて、何をしようかっていう妄想に浸る。なんていうの、気持ちが高揚するのよね。もっとも、浸りすぎちゃうと準備が進まなくなっちゃうけどね。 ◇◇◇ 家に帰った後、リクソンは私たちを集めて荷造りを始めた。 「んーと、必要なものは現金、パスポート、ビザ、クレジットカード、トラベラーズチェック・・・・・・」 ちなみに、トラベラーズチェックっていうのは、まあ、その、小切手ね。早い話。いくらかの手数料を取られる代わりに無くしても、再発行してもらえるという優れものなのよ。現金が100パーセント戻ってこないことを考えると、結構便利だってことが分かるでしょ? 必要なものをあらかたスーツケースにつめてこれでおしまい。後は、手荷物としてもっていけばいいとリクソンが言っていた。ちなみにスーツケースに入れるのは衣類とか、充電器とか急を要さないものだけね。間違っても貴重品は入れないこと。え? どうしてかって? 荷物検査のときにスーツケースを開けられて抜き取られるなんていうのがどこの国でもあるのよね。これほんと。鍵をかけておけばいいって? そしたら、スーツケースがお釈迦になるわよ。覚えておいてね。 「他持っていくものはあるか?」 「ノートパソコン、ソフトつき」 「却下」 「えー、何でだよ」 「ゲームやりたいだけだろ」 「だって暇じゃん」 「なら、本を読め」 ブラッキーの要望をすげなく却下したリクソンは、スーツケースを閉じると、1階まで運んでいった。後は、手荷物ということになるけれど、それは前日に用意しても大丈夫とリクソンが言っていたので、これで、旅行前の「恒例イベント」が終わったというわけ。 あ、そうだ暇な時に読む本どうしようかしら? リクソンの部屋の本棚を眺める。と、その時リクソンが部屋に戻ってきた。でもって、他のみんなは下にいる・・・・・・。これってもしかして千載一遇のチャンス? リクソンはリーフィアちゃんにべったりだったからね。私だってリクソンとあんなことしたり、こんなことしたり・・・・・・。とにかくベッドに押し倒してじゃれつくぐらいのことは許されるように思えた。私は隙を見てリクソンに体当たりを喰らわせた。が、ベッドまでの距離が遠すぎたのか、威力が弱かったのか、リクソンの体はベッドまで届かなかった。では、どこに倒れたか? 言うまでもないわ。床よ。派手な音が部屋中に響く。 「痛たたたたた・・・・・・。いきなり、何すんだよ!」 リクソン怒ってる。ま、当然ね。あーあ、こんな凡ミスするなんてね。さて、どうしようか? とりあえず 「きゅうーん」 甘えてみる。すると、リクソンは何も言わずにくるりと背を向け、部屋から出て行った。ドアの閉まる音だけが部屋に虚しく響いた。え? 何? これって無視? だとすれば効果が無いということよりも辛い。私ってもうそういう存在になっちゃったの? 下に戻るとリクソンがいない。辺りを見回すと、姿は無かったが声は聞こえた。どうやら庭にいるらしい。 「リクソン?」 「あっ、バカ。何やってんだ」 「へ?」 私が、窓を開けて縁側に飛び降りると、リクソンの声がした、と同時に何かが耳元をかすめる。それは、雑草を切り裂きながら、隣の敷地との境に建つブロック塀に命中した。あれって葉っぱカッター? 「当たっちゃったか?」 「あ、大丈夫」 リクソンがブースターちゃん、リーフィアちゃんと一緒に駆けて来る。 「うーん、この方法の草むしりは危ないな。楽だけど」 「そうみたいですね」 「じゃ、ブースター。刈り取った草は火炎放射で燃やしといて」 「はーい、今すぐに」 刈り取られた草は豪快に燃やされ、1分もしないうちに灰となった。 「いやー、ブースターがいっぱいいたらマッチ産業も商売あがったりだね」 「そーねー」 いやいやいや、そこはつっこむところでしょ。こんな方法でケーキのろうそくに火をつけられたら、ケーキまで燃えちゃうから。でも、私の波乗りも一緒か・・・・・・。ただ、やっぱり思うのは、ポケモンと同じ屋根の下でうまくやっていける人って、結局は小さいことにこだわらない人なのかもしれない。皆が皆そういうわけではないけど、自分勝手な人や、自分の考えにそぐわない人はキライというタイプの人は、大体ポケモンを持っていないような気がする。ちなみに法先生は「愛情を持って世話をする暇が無いから」という理由で持たないようにしているという。でも、そういうモラルのある人を主人に出来たポケモンて幸せよ。無論、リクソンはモラルはあると私は思う。ただ、ちょっと抜けてるけどね。 「おーい、何考え事してるんだ? 足洗ってやるから早く来いよ」 「あ、はーい」 風呂場で、リクソンに足を洗ってもらう。 「熱い?」 「ううん、丁度いい」 「あ、そ」 どうしても会話が続かない。前はこんな事は無かったのに。とはいえ、こちらも話題が無いので話しようが無い。浴室内に湯気が立ち込める。その湯気がリクソンのつけている衣類を湿らせていく。 「あ、そうだ」 「え?」 「風呂の掃除しておいてくんない?」 「いいけど」 「そうか、悪いね」 そう言ってリクソンは私をなでてくれた。どうやら先ほどの心配は杞憂だったらしい。とりあえず一安心。 「じゃ、よろしく」 足を洗ってくれたリクソンは浴室から出ていった。それじゃあ、お風呂掃除といきますか。スポンジにお風呂洗剤をしみこませて、ごしごしとやってからシャワー、は面倒なのでここは水の波動で洗剤を流しておしまい。 あと3日、って言っても実質家にいるのは丸2日ね。うふふ、楽しみだわ。 ◇◇◇ 一夜明け、リクソンは私にこんな事を言った。 「冷蔵庫の中を見て、足の早そうな物があったら知らせてくれ」 「わかったわ」 要するに傷みやすいものを探して来いって事ね。だって、何日も家を離れるから、その間に腐っちゃうものもでてくるだろうしね。そういうのはさっさと出発前に胃に納めるのがリクソン流。 んーと、そうね。大体こんな感じかしら? 卵4個、ベーコン、牛乳1リットル・・・・・・。早速リクソンに報告しに行く。 「・・・・・・中途半端だなぁ。食材はあるけれど、料理は作れない。かといって買うのも面倒だ。しょうがない。どっか食事に行って、ベーコンはカリカリに焼いて酒のつまみにして、卵は明日の朝飯っと。よし、これでいこう」 え? でもそれって? やっぱりだ。 次の日の朝食は、ゆで卵半分という悲惨な結果になった。 ◇◇◇ リクソンは身のまわりの物をカバンにいれ、私たちに言った。 「それじゃあ、行くとするか」 ガチャガチャと鍵を閉めるリクソン、と、その手がぴたりと止まる。 「え?」 「いっけねー、スーツケース忘れるところだった」 あたりに微妙な空気が漂う。慌てて鍵を開け、家の中に入っていくリクソンを私たちは見送る。 再びドアが開き、リクソンがスーツケースを持って現れた。あのねー、こーいうの「画竜点睛を欠く」っていうのよ。え、えーと、最後の仕上げをし損ねて、全体が生きてこないこと。危うくリクソンは着の身着のままで2週間過ごすハメになるところだった。 「では再び」 リクソンが宣言する。ところが、一歩踏み出したところで、 「あ、前言撤回」 なんて言うもんだから私たちは全員ずっこけた。 「鍵閉めないと」 鍵も閉め終わり、郵便受けの新聞を脇にはさんだリクソンは、スーツケースを右手で引きながら歩き出した。私たちもそれに続く。空はまだ黒一色で、月の淡い光が私たちを照らしていた。 ※グロ描写は作者が嫌いなので、入れる予定はありません。ただ官能表現については入れる予定でいます。相当先になりますが。 まだまだ続きます! 「出発編」はここで終わります。「出国・到着編」に続きます。 感想やコメント、誤字脱字がありましたらこちらまでどうぞ。 #pcomment(シャワーズの北国レポートのコメントログ,9,)