ポケモン小説wiki
魔法のメロディ の変更点


#author("2023-11-18T11:46:21+00:00;2023-11-18T11:39:30+00:00","","")
#author("2023-11-18T11:58:05+00:00","","")
こちらの作品は[[昨日の敵は]]の内容を含む続編となっておりますので、先にそちらをお読みいただけると幸いです。

作者:[[ユキザサ]]
挿絵:ルース様
挿絵:[[ルース様>https://www.pixiv.net/users/3976544]]

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「残念ですが、今回私は参加しません」
「えっ」
 想像していなかった返答に僕は素っ頓狂な声を上げた。前回の大会の事もあり誘いを断られることはないだろうと踏んでいたけど、まさかそもそも参加しないと言われるとは思ってはいなかった。
「な、なんでさ!これまでは毎回出てたじゃん!」
「今回の私は演者ではなく審査員です」
「なっ!」
 口を開けて固まる僕の姿を見てチルタリスさんは小さくため息を吐く。
「私もこの間聞いたばかりで驚きましたがそう言う事です」
「そう、なんだ……」
 まさかそんな事になるとは思っていなくて僕はガクリと肩を落とす。そんな落ち込む僕を見てまた小さくため息を吐いたチルタリスさんはふわりと片方の綿翼を僕の右鰭に乗せて、微笑みかけた。
「むしろ貴方にとっては好都合では?」
「どういうこと?」
「全く……聴かせてくれるんじゃないんですか?世界で一番綺麗な音を」
 その一言を聞いた瞬間に僕は脊髄反射で背筋を伸ばす。結局あの時約束したその音はこの一年間で未だに聴かせることは出来ていない。そうだ、去年は二匹で歌い助けられたあの場所で今年は否が応でも一匹で歌わなければいけない。しかも聴かせる審査員に聴かせなければいけない相手がいる。そう考えた僕は今までの表情が嘘に見える様な真剣な表情になった。
「頑張るよ」
「えぇ、それで良いんです」
 ニコリと笑いながら乗せていた綿翼を離すとチルタリスさんはクルリと向きを変えて背を向けた。その瞬間。ガサリという音と一緒に一つの影が横の茂みから飛び出してきた。その影は一直線にチルタリスさんへと向かい飛んでいき、僕が気づいた時にはチルタリスを抱き寄せていた。
「チル姉ただいま!」
「ジュナ……?」
 突然起こった理解不能な状況に僕は最初ぽかんと口をあけながら唖然としていたが、ハッと我に返り当然の質問をチルタリスさんを抱きしめている梟に投げかけた。それと同時に大きな荷物を持ったもう一つの影が草むらから現れる。
「誰だお前!」
「チル姉誰こいつ?」
「ジュナ突然走り出さないで……」
「はぁぁ……」
 そんな混沌とした状況でチルタリスさんは今日聞いた中で一番の大きな溜息を吐いた。

「へぇ、チル姉の友達なんだ」
「友……!達だけどなんかむかつく……!」
「ほら貴方も自己紹介しなさい」
 僕が気にしている事をバッサリと言われてむかむかしているのとほぼ同時に、チルタリスさんはやれやれと首を振りながら突然現れたそいつに自己紹介をするように促す。
「初めまして。ボクはジュナイパー。長いしジュナで良いよ、友達君。チル姉とは子供のころからの知り合いなんだ。そんでもってこっちは……」
「ガオガエン。私もガオで良いよ。よろしくね」
 大きな荷物を置いて挨拶を交わしてきたガオガエンに差し出された右手に僕は一瞬躊躇いながらも素直に右鰭を返して握手をする。
「ジュナは突然どうして帰ってきたんですか」
「ちょうど大会の頃だと思ったからさ!チル姉の歌も聞きたかったし」
「あぁそういう事でしたか」
「ボクも旅で結構実力付けたんだよ?」
 そう言うとジュナは自分の影から細長い棹と太い胴に六本の弦が張られた物体を取り出した。元からそこにあった物ではなく影から作り出したそれを翼で持ちジュナは張られた弦を翼で鳴らす。その瞬間シャランと小奇麗な音が僕を含めたその場にいた全員の耳元に響く。
「それ楽器なんだ……」
「うん。ギターって言うね」
 先ほどまでの敵対心よりも興味の方が僕の中で強くなって僕はジュナの鳴らしているギターに釘付けになる。
「なら貴方たちで出場したらどうです?」
 突然、チルタリスさんから告げられた言葉に僕とジュナはチルタリスさんの方へ振り返る。
「今思い出しました。今回の出場条件に楽器があったのを、恐らくジュナ達を見かけた審査員長が去年のように気まぐれで決めたのでしょう」
「僕楽器なんて使えないんだけど……?」
「そう思ったからですよ、だからジュナ達に手伝ってもらえばいいじゃないですか」
「でも、それじゃ……」
 僕の力だけで聴かせる訳じゃなくなる。そう思って思わず僕は抗議の声を上げる。
「これは貴方を調子に乗らせるかと思って言うのをためらっていたんですが……」
 そう言うとチルタリスさんはいつにもまして優しい声色で僕の肩を翼で撫でる。
「私はもうあなたの歌のファンです。だから、貴方の歌を今回も聴きたいんです」
「……分かった」
 またニコリと笑うと今度こそ両の翼を広げてチルタリスさんは羽ばたいて行った。

 チルタリスさんが離れて少しの間この場は沈黙に包まれていた。そんな中で僕は自分のするべき事をしなければいけないとその沈黙を自ら破る。
「お願いします。僕に楽器を教えてください!」
「別にボクとガオが演奏して君が歌えば良いんじゃない?」
「それじゃダメなんだ……!」
 頭を下げていた僕はバッと顔を上げてジュナを真剣な眼差しで見つめる。それにいち早く答えたのはジュナの後ろにいたガオだった。
「ジュナ教えてあげよ?それに丁度足りなかったでしょ私たち」
「まぁそうだけど……」
「間に合わなかったら見捨てて貰って良いからお願いします……!」
 もう一度頭を下げた僕に小さくため息を吐くとジュナは右の翼を差し出した。
「ボク結構スパルタだよ?」
「構わない」
 差し出された翼に鰭を返して僕たちは笑い合う。そこには出会ったばかりの時の感じはなく、後ろのガオも安堵したように胸を撫でおろしていた。

 少しだけそれぞれの近況報告みたいなのをしながら少しの休憩。話の中にはジュナ達が旅の中でどうして楽器に出会ったのかとかいろいろと興味は尽きなかったけど、しばらくするとジュナが立ち上がって翼を伸ばして、本格的な練習を始めるための説明を始めた。
「ならさっそく始めようか時間がもったいないし」
「よろしくジュナ」
「まず楽器の練習の前に、何か君の技で作ってみて」
「技で?」
 その質問にコクリと頷くとジュナはさっきやったのと同じように影からギターを取り出した。それを持っている状態で少し集中したような表情になると、少しずつギターの形が変わっていき、弦の数が六本から四本に太さも少し太い物に変わった。
「こんな感じでボクの楽器はボクの影縫いで作ってる物。君の分も合わせて二本作る事は出来るけど流石にそれはしんどいし集中力持つかも分からないからまずは君にはこれの形を作る練習をしてもらうよ?」
「こんな感じ?」
 ジュナの説明が終わると同時に僕は自分の作り出した泡で全く同じ形の物を作りだしていた。それをジュナは目を丸くしてみていたけど静かに僕の持っている楽器の弦を鳴らすとボーンと低い音が鳴らした。
「ボクが触っても消えない位しっかり出来てるし。なんかむかつくなぁ」
「えぇ……」
「まぁ良いや。これはボクのギターと違ってベース。メロディの下地を作る重要な役割を持っている楽器だよ」
「そんな重要な物を僕がやっても良いの?」
「言っただろ?出来なかったら見捨てるって。ただそれだけだよ」
「うん、ありがとう」
「ふふっ、じゃあ準備するからその間にチューニング教えてもらって?」
 そういったガオは大きな荷物の中から筒状の物を何個か取り出して組み立てていった。それが組みたて終わる頃には僕の作ったベースの各弦の音は整っていた。
「準備できたよ、ジュナ」
「分かったじゃあ君は少しの間そこで見てて。あっ楽器は作ったままね、維持するトレーニング」
「うん」
 そうしてジュナとガオはお互いに見合ってからお互いの楽器を鳴らし始める。響く音は見事に調和して聞いている僕の心を強く揺さぶった。知らず知らずのうちに僕も心の中でリズムを取り始める。握ったベースをより強く握りなおして二匹の作るメロディを聴く。
「ふー」
「お疲れ様ジュナ」
「凄い!凄いよ!二匹とも」
 素直に褒められたことで照れているのかジュナはフードを閉めた。それを見て僕とガオは一瞬顔を見合ってクスクスと笑った。その笑い声を聞いて閉めたフードを開いて声を上げた。
「笑うなー!」
「ごめんごめん!」
 そんな笑い話をしながら最初の練習は過ぎていった。

「あのさ」
「何」
「?」
 僕もセッションに参加できるようになってから数日が立ち、セッションが終わり休憩をしている時に僕は伝えておきたい事を告げるために口を開く。やっと、ジュナとガオが用意してくれた曲をボクも出来る様になったから。
「本番でやる曲なんだけど……二匹の曲だけじゃなくて僕の曲もやりたいんだけどダメかな?」
 少しの沈黙。初心者が何を言っているんだと言われても仕方ない。ダメかと思って僕は諦める準備をしていたけど、返ってきた言葉は……
「まぁ、そういうとは思ってたし、ボクたち最初からそのつもりだったよ」
「え」
「チル姉が聴きたいって言っていた曲をやらずに終わったら後でボクが怒られるしね」
「むしろ私たちの曲を完成させてから言う辺りアシレーヌは優しいよね」
「まぁ、そっちの練習は明日からでも良いでしょ?今日ボク会う約束してる人がいるから」
 そう言うと、ジュナは持っていたギターを陰に戻してくるりとその身のままジャンプして、木の上に飛び乗って渡っていく。それを二匹で見送ると、突然ガオが口を開いた。

「アシレーヌはチルタリスさんが好きなの?」
「そうだよ?」
「か、隠さないんだね」
「まぁ、もう本人にも告白しているようなもんだし……」
 自分から言っておいて未だに中途半端なままであることは黙っておくけど……
「そうなんだ。ねぇ聞かせてよ、アシレーヌとチルタリスさんの話」
「恥ずかしいなぁ」
 興味津々といったその表情を見るに逃げることは出来なさそうで僕は頭を片方の鰭で掻きながら苦笑いを浮かべて話をし始めた。時折相槌を返しながらも一通り話を聞いたガオは柔らかな笑みを浮かべて空を見上げた。
「でも羨ましいなぁ。私はまだ自分の気持ち伝えられてないから」
「もしかしてジュナ?」
「気づいてた?」
「なんとなくだけどね」
 なんとなく、本当になんとなくだけどここ数日二匹を見ててそう感じていた。だから正直間違ってなくて良かった。
「ふふっ、ねぇアシレーヌの歌聴かせてよ」
「良いけど」
 去年は歌わなかった自分の歌は去年の告白から欠かさず練習を続けてきたこの歌を僕ははアカペラで歌い始める。その歌をガオは目を閉じて静かに聴き続ける。そして歌も終わって辺りが静かになってからガオはまた口を開いた。
「いい歌だね」
「ありがとう」
「でも、もっと自分らしく歌えばもっと良くなると私は思うな」
「自分らしく?」
「うん。今の歌にアシレーヌの気持ちや心を込めて歌えば、きっと届けたい誰かに届くと思う」
「僕の気持ちや心……」
 口に出してしばらくの間、目を閉じて心の中で僕は静かに想う。本当に伝えたい気持ちとその相手の姿を。

 練習は順調に進んでいった。最初の曲も僕の曲も短い時間で納得のいく所まで持っていくことが出来ていて、ついに本番の日がやってきた。楽器必須のルールもあってか昨年よりも少しだけ参加の組数は少なく感じるけど会場の熱気は去年よりも高く感じる。僕たちの出番は去年と同じでトリだけど、なぜか去年よりも伸び伸びと出来ている気がする。
「でもやっぱり緊張するな」
「大丈夫だよ。いつも通りやろう」
「まぁ、平気でしょ」
 余裕そうな二匹をみてため息を吐いていると。ガオがこっそりと耳打ちしてきた。
「こういってるけどジュナも結構緊張してるよ?もちろん私もだけど……」
「こらガオ!余計なこと言わない!」
「なんだ、良かった」
「吐きそう」
「そう言えば僕も去年はそうだったな。その時はチルタリスさんが緊張解してくれたんだよね。あっ、そう言えば僕挨拶しておきたい人がいるから少し離れるね!ガオよろしく!」
「えっ?う、うん!」
 まだ少しだけ始まるまで時間もありそうだったし余計なお世話かもしれないけれど僕はガオに軽くウインクをして少しだけ控の場所を出た。

「あのジュナ?」
「なにぃ?」
 フードを被ったままおろおろとしている彼を見て少し笑ってしまう。折角アシレーヌが二匹きりにしてくれたんだ、何か気の利く事を言おうと思ったけど、余り良い言葉は思いつかなくて、パッと何も考えずに出た言葉を口に出す。
「イケメン」
 そう口に出して私はやってしまったと顔を赤くする。その言葉を聞いたジュナはフードを緩めて私を見ると少し噴き出した後に眩しい笑顔で言葉を返した。
「ぶっ、何それ!でもなんか緊張解けたよ。ありがとうガオ!」
「ど、どういたしまして」

 今頃二匹は楽しく談笑でもしているだろうかと、どのタイミングで戻るかを僕は考えていた。
「あの……」
「え?」
 場所を出て体を伸ばしていると突然声をかけられて、僕はその方向に振り返る。そこには見慣れないシャワーズの姿があった。
「えっと……」
 なんて言おうか迷っている僕より先に彼女は口を開いた。
「頑張ってください!応援してます!」
「あ、うん!ありがとう!」
 今まで直接僕にこういう言葉をかけてくれたポケモンはいなくて、いつも又聞きみたいに友達から聞くことが多かった。だからこそ、彼女の応援は嬉しくてこの後の演奏を頑張ろうと心の中で思った。
 シャワーズさんとも別れてもうしばらくはぶらつこうと考えてぶらついていた僕の目に入ってきたのは審査員のポケモン達の集まり。そこには見慣れた彼女の姿もあった。静かにそれを見ていると気付いたのか彼女は僕の方をじっと見て口を開いた。
『がんばってください』
 声は聞こえなかったし、きっとチルタリスさん本人も声は出していなかったけど、僕は確かにそう聞こえた。それに返すように僕は小さくうなずくと高鳴る胸を押さえつけてその場を離れる。

「チルタリスさん?」
「なんですか?」
 偶々見えた彼の姿に少しだけ心が跳ねてしまって。柄にもなく激励の言葉も送ってしまった。彼が頷いていた所を見ると、その言葉は言葉通りに伝わってくれただろう。そう思って小さく笑っていると審査員長が訪ねてきた。
「いえ随分楽しそうに見えたのでね」
「えぇ、とても楽しみですから。今回は完全に聞く側ですからね」
 そう言って笑いながら私は静かに彼の声を想った。

「今回の大会は採点方式!各審査員の持ち点20点、合計点数100点で勝負を決めます!それでは前置きは置きまして!まずは一組目お願いしますっ!」
 司会の一言で会場は完成に包まれる。僕たちも緊張は完全に消えていないけど、少しだけ楽しみな気持ちで溢れかえっていた。
「緊張は解けた?」
「ガオのおかげでね」
「そ、そんなことない……」
 談笑していると一組目の演奏が始まる。いつも聞きなれている曲だけど、今回は楽器のおかげでいつもと少しだけ違く感じる。
「あのさ、今更だけどありがとう」
 そう言えばまだ言ってなかったと思って僕はお礼の言葉を二匹に渡す。
「どうしたの突然」
「いやぁ二匹がいなかったら僕今年は出れなかったなぁと思って」
 その言葉に二匹は笑った。
「あっ、ひどい!」
「ごめんごめん。でもなら優勝してからもう一度聴かせてよ。そしたらボクも教えた甲斐があるって思うから」
「そうだね」
「確かに!」
 そう言ってまた僕たちは笑い合う。優勝出来るかどうかは分からないけど、僕は伝えるべき相手に伝える為にも精一杯頑張ろう。
「そろそろ準備をお願いします!」
 運営のポケモンから言われた言葉で僕たちはお互いを見合う。今までやってきたことをやるだけだ。僕は大きく息を吸う。
「折角ならさ……」
「ガオこういうの好きだよね?」
「?」
ぽかんとしてる僕を巻き込んでガオが言うがまま僕たちはお互いの手、翼、鰭を組み合わせて輪を作りガオが掛け声を言う。それに呼応するようにジュナと僕は言葉を返す。
「頑張ろう!」
「当たり前!」
「うん!」
「例年よりも熱いメロディで溢れたこの大会もついに最後の組となりましたぁ!トリは去年優勝者もいるチーム。文句なしの優勝候補!前の組の95点を超えることが出来るのか!それでは皆さん盛大な拍手でお迎えください!」
 組んでいた輪を離して、僕たちは司会の言葉に乗る形でステージに上がる。さぁ、本番だ!

「行きます!」
 アシレーヌの声をスタートの合図にガオガエンがスティック同士を打ち鳴らす。その六カウント目、三匹の旋律が一つに重なりメロディが生まれる。
 経験者であるガオガエンとジュナイパーの旋律はとても安定していた。だがそれよりも観衆が息をのんだのはセンターでリズムの下地を作りながら、透き通った声でメロディを乗せる彼の姿だった。
(チル姉から本番に弱いって聞いてたけど、そんなことないじゃん。むしろ……)
(今までの練習以上に生き生きしてる)
『----』
 楽しそうに伸び伸びとそれでいて力強く歌うアシレーヌの歌は観衆だけでなくそれは一緒に演奏している二匹の心も強く揺さぶる。そして、それは今ここで共に歌っていないチルタリスにもしっかりと届いていた。
(出来ることなら、私も一緒に……)
 そう考えていた彼女だが、すぐに首を小さく振り審査員の顔つきに戻った。
『----』
(しっかりと聴いておかないと……!)
『----』
 
 一曲目が終わり少し乱れた呼吸を整えアシレーヌはゴクリと息をのむ。今や会場に来ていた観客だけでなく、偶々通りかかっただけの鳥ポケモン達ですら彼らの音楽を楽しむためにわざわざ空から降りてきているほどである。
 鳴りやまない歓声のなかセンターの彼が片鰭を空に掲げて今一度強く楽器を握る。その一挙手一投足が観客を引き付ける。スーッと吸い込まれた息の後に声に出された言の葉は多くの人が聴いたことのある歌。いつもと雰囲気は違うけれど、それは紛れもなく……
『届かないと分かっていても澄んだ空に手を伸ばす
 広がる雲の隙間から見える青に憧れてた』
 彼が例年歌っていた彼の歌。歌いだしで気づいた観客は小さくおおと歓喜の声を上げた。今までの静かで語り掛けるような彼の歌でなく、それはどこか何かを必死に伝えるための不器用な感情が込められていた。
『あの時の背中を今もまだ追いかけてた
 でも今は隣でいつも笑ってほしくて』
 彼一人の力ではなくその不器用で必死なメロディをより引き立てているのは他の二匹の演奏技術だった。先ほどとは違いそれは今の今まで上がっていた温度を整えるような穏やかなメロディ。
『鳴りやまない綺麗な音に耳を澄ませてよ
 笑い合ってる未来の先が見えますか
 空にかかる虹のような恋の音
 君に聴かせて見せるから』
その音は会場に来ていた観客たちの心を確かに揺さぶった。そして、彼女はメロディを聴きいる様に目を閉じる。去年聞いたあの音よりも不器用だけど、それは確かに気持ちが込められていて。胸の奥がざわつく。でもきっとこう感じているのは私だけではないと、そう感じるたびにちくりと胸が痛くなっていた。

「優勝は99点でアシレーヌチーム!」
 湧き上がる歓声と拍手が鳴りやむ事は無かった。演奏していた僕たちでさえ最初どうなったのかすら分からなかった。でもすぐに、それが優勝したんだと分かって僕たちは壇上でハイタッチした。でも点数を聞いた僕だけが少し胸に残るものがあった。そうだ、チルタリスさんはどこに。そう思って辺りを見渡すと空にその姿があった。追いかけようかしり込みしているとジュナに翼で背中を軽く叩かれた。
「早く行ってやんなよ。色男」
「ジュナ……ありがとう!」
 追いかけるべき存在を目で追って僕は得意じゃない陸地を大急ぎで進みながらがむしゃらに追いかける。

「チ、チルタリスさん!」
「……何ですか?」
 僕は漸く地上に降りたその姿を見つけて呼び止めた。
「今は表彰式の最中では?あなたがいなければ盛り上がりに欠けるでしょう?」
「ぼ、僕にとっては表彰式よりもこっちの方が大事だ」
 荒げた息を整える様に大きく深呼吸をする。うるさいくらい跳ねる心臓の音は急いで追いかけてきたからじゃない。
「僕たちの歌ダメだった?」
 それは、先ほどの自分たちの演奏に付けられた点数。きっと最後の一点はチルタリスさんだと、僕は勝手に考えていた。間違っていたら恥ずかしいけど。僕自身付けられた点数に納得がいっていないと言うより、ただ単純にどこがだめだったのか。僕はその真意をはチルタリスさん本人の口から聞きたかったのだ。
「他の人から満点を貰っても、僕はチルタリスさんから満点を貰えなきゃ意味がない……だから教えて欲しいんだ、何がダメだったのか」
 その質問に対して下を向いて沈黙していたチルタリスさんは静かに口を開いた。
「本当は……」
「うん」
「本当は満点をつけるつもりでした」
「じ、じゃあなんで!」
「笑いませんか?」
「当然」
 震えた声色でそう呟いたチルタリスさんを真っすぐ見つめて僕は言葉を返した。真剣な気持ちが伝わったのかチルタリスさんは覚悟を決めたように言葉を続けた。
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「ヤキモチです……!」
「へっ?」
「だ、だからヤキモチです!私だけに聴かせると言っていた物を他の方々も聴いている事に対しての……」
 途中強くなった語気を押さえながらチルタリスさんはまた下を向く。それは自分が行った行為に対する恥ずかしさからなのか分からないがその姿を見た僕はガクリと肩を落としてクスリと笑みを溢した。
「わ、笑わないって言ったじゃないですか!」
「ご、ごめん……でも、可笑しくって。ふふっ」
「そもそも、貴方が……!」
 チルタリスさんがすべてを言い切るより前に僕はチルタリスさんを強く抱きしめた。
「良かった。また今回も言えないかと思った……」
「な、なにを……」
 動揺するチルタリスさんから少し離れて僕は一度深呼吸をして心を落ち着ける。
「なら、伝えられる」
 想いはずっと変わらない。今も昔も僕が貴方に伝えるべきフレーズはこれだった。もう一度だけ大きく息を吸い込んで、胸の高鳴りを押さえつける。
「ずっと前から好きでした!これからは僕の隣で一緒に歌ってください!」
 顔はきっと真っ赤なんだろう。水タイプの僕が熱いと感じるくらいなんだから。でもこれが僕の本当の気持ち。疑いようがない、きっとこれが世界で一番綺麗な音。やっと完璧なその音を聴かせられた。僕の言葉を聞いたチルタリスさんは少しだけ涙を浮かべながらその綿の翼で眼前の僕を強く抱きしめる。真っ直ぐな思いにこたえるような真っ直ぐな思いが感じられる言葉でチルタリスさんは僕に返した。
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「こちらこそお願いします……!」

「せっかくボクがあれだけ教えてあげたんだから、次に会った時に忘れたとか言ったら許さないからね!」
「アハハ、大丈夫だよ。これからも練習はちゃんと続けるから。本当にありがとう楽しかった」
「ま、まぁ、実際君との演奏はボクもとても楽しかったよ、ありがとう。でもチル姉泣かしたらぶっ飛ばすから!」
「えぇ、ありがとうジュナ。その時はお願いする」
 その会話を苦笑いで聞いていた僕は二人が談笑を始めたのを見計らって少し遠くで僕たちの挨拶が終わるのを待っているガオに声をかけた。
「ガオも本当にありがとう。ガオのアドバイスが無かったらきっとこうはなってなかった」
「私はただ感じた事を言っただけ……頑張ったのは君自身だよ」
「じゃあ今度はボクに君の背中を押させてよ。ガオなら絶対大丈夫だから」
 その言葉に一瞬ガオは目をパチクリとさせて固まっていたけど、その真意を理解するとガオは顔を少しだけ赤くして満面の笑顔を返してくれた。
「アシレーヌありがとう」
「うん!」
 そうやって握手をしていると後ろからチルタリスさんとジュナが僕たちの事をのぞき込んでいた。
「浮気ですか?」
「違うって!」
「ぶっ飛ばす?」
「だから、違うって!」
「ふふっ、冗談ですよ。それよりそろそろ時間じゃないですか?」
「そうだね。じゃあ二匹共元気で!あっチル姉なんかされたらすぐ呼んでね?」
「えぇ、元気で」
「また会おうね」
「うん!またね」
 そう言うと、笑顔で手を振りながらガオとジュナの二匹はまた旅に戻って行った。
「行っちゃったね」
「えぇ、でもきっとまたいつか会えます」
「うん、そうだね」
 僕が胸の中に少しだけ残る寂しさを感じていると、突然鰭にフワフワとした感触を感じた。それが横に居たチルタリスさんの翼であることにはすぐ気付いたけど、その後の仕草も相まって僕は少しドキリとした。
「でも、これで漸く二匹きりになれましたね」
 小さなため息と共に声に出されたその言葉は少し不満げで、僕はそれに少しだけ苦笑いを浮かべた。
「チルって結構ヤキモチ焼きだよね」
「今までは貴方と……レーヌとこういったこと出来なかったんですから……悪いですか?」
「全然。むしろそう思ってもらえるなら嬉しいな」
 笑顔で返したその言葉に嘘はない。真っ直ぐに向けた瞳からチルはスッと目をそらして、少しだけ拗ねたように言葉を続けた。
「なら、今度は私だけに歌ってください。あの歌を」
「ふふっ、分かった」
 これ以上待たせたら、余計に拗ねられると思った僕はあの歌を歌い始める。きっといつまでも続いていく愛の歌を。君だけに聴かせるように。

**後書き [#bVkavV5]
 何か月越しになりましたでしょうか。[[昨日の敵は]]の続編やっと出来上がりました!今回はアシレーヌ君視点ですが、時折(時折じゃない)登場キャラそれぞれの視点に飛んだりで読み辛かったとは思います。すみません。
 今回完成まで頑張れたのは[[「雨に降られたい」]]があったからと言っても過言ではありません。(あの子出しちゃいました……)この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました!
 彼らが歌った一曲目ですが、読者様が思った歌で再生していただけると幸いです(考えつかんかった)。
 さて、結ばれた二匹や旅に戻った二匹が今後どのように音色を紡いでいくかは作者の私も分かりません。でもきっと素敵な音で溢れていくことでしょう。
 長くなりましたが、この作品を呼んでいただき本当にありがとうございました。楽しんでいただけたなら幸いです!

**何かございましたら [#cAqaJ2S]
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