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飢えた獣に青春を の変更点


※&color(Red){注意!}; この物語では&color(Red){流血、暴力、死};などを取り扱っております。

written by [[beita]]


「あなたの草笛の音が大好きです!」
人気の無い場所にポケモンが二匹。
一匹は雄のエイパム。その彼と向かい会うもう一匹のポケモンは雌のロゼリア。
言いたいコトがあるからとわざわざエイパムの方から呼び出したようだ。
対するロゼリアは軽く納得し、あまり深く考えるコトも無く、指定された時間に指定された場所へとやってきた。
そしていざ彼の言葉を聞くものの、結局何が言いたいのかハッキリ分からず思わず首を傾げてしまう。
「え……わたしの、草笛……?」
告白……でも無いような。エイパムの意図をロゼリアが知るハズも無く、彼からの次の言葉を待つしか仕方が無かった。
それまでの間、両者間には尋常でないくらい気まずい空気が流れた。
できるコトならば逃げ去りたい、
そう切望したくなってしまう程だ。
気まずい空気を煽るかのようにひゅっと風が吹き抜ける。
ロゼリアは相当な時間静寂を満喫させられ、ついにエイパムが口を開いた。
「だ、だから、あなたのコトが……好きです」



「ごめんなさい」
回答に要した時間は皆無だった。
断るコトになんのためらいも無かった。
むしろ早くこの妙な空気を取り去りたかったぐらいだろう。
それでもなるべく相手を傷つけてしまわない様に、といった意識はあった。
彼女、このように雄のポケモンから告白されるのは初めてではない。
フる時の台詞は言い慣れたものだった。
前にこんなコト言ったのっていつだったかな、とか思いながらロゼリアは口を開いた。
「わたしじゃあなたとは釣り合わないと思う。……それにわたしよりいい雌なんて探せばきっとすぐにでも見つかるわ」
言うべきコトだけ伝えるとロゼリアはくるりと背を向け立ち去ろうとする。
「ちょっ……ちょって待ってよ!」
そう言葉は吐き出したものの、追い掛けるための足は動かなかった。
エイパムはぽかんと口を半開きにしたまま茫然と立ち尽くすしか無かった。
去っていく彼女の背中、ただ一点を見つめながら。



「くそー……また失敗か……」
しばらく時間は経ち、彼はショックから随分回復した。
“また”と言ってる通り、エイパムの告白は今回が初めてでは無いのだ。
詳しい回数はともかく、それなりな数であるコトは揺るぎなさそうだ。
故に慣れているのか、立ち直りにかかった時間は平均的なそれより遥かに短い気がする。

 ただ単に前向きな性格なだけなのか、エイパムはスキップなんか踏み出した。
「次は誰にしよっかなー」
表情も明るく、そんなコトを言いながらエイパムは自分の住みかへと帰っていった。

 ……エイパムの告白がうまく行かない理由、分かった気もするが、そっとしておこうと思う。



 エイパムの告白から一日。
仲間内ではその話題で持ちきりだった。
「パミーの奴、またいったらしいぜ」
そう言ったのはミジュマルだった。
パミーとはエイパムの彼の名前なのだろう?
「ぅえ!? ホントかよ。ミズル、一体どこでその情報を!?」
言葉を返したのはニャルマーだった。
彼らはパミーの仲良しの友達であり、普段からよく遊んでいる。
ミズルと呼ばれたミジュマルはどうだとばかりに胸をはって答えた。
「本人から聞いた!」
堂々とした態度を考察する限り、中々な情報源を掴んできたのかと思いきや、一番手っ取り早い確実な方法であった。
そのギャップにあっと言わされ、ニャルマーは何とも例えようの無い微妙な表情をしていた。
「ぁあ、そうか」
とりあえず最低限の返事は返しておいた。
今一つ話に盛り上がりが欠けたが、本人が言うならまぁ、そうなんだろう。
と、ニャルマーは自分を納得させる。
「……てコトはニャンは昨日パミーに会ってないのか」
そりゃあ知らないってコトはそうでしょうよ、と思ったが。
会っても話してくれないコトも有り得るコトにも直後に気付いた。
「まぁ、ね」
普通に答え、すかさず自分の話題に持ち込もうと間髪入れず言葉を吐き出した。
「ぁ、でさ。何でパミーは中々彼女ができないんだろ?」
どうもニャンはこっちの話がしたかったらしい。
ミズルもまるっきし興味が無い訳も無く、気兼ね無く答えてくれた。
「やっぱし、その軽さじゃないかな?」
「そんなもんかなぁ……」
「絶対そうだって! パミーの奴“下手な鉄砲数打ちゃ当たる”みたいに思ってるんじゃないかなぁ、て」
「ふむぅ、なるほどねぇ」
ニャンも話を振っておいて何も意見を言わないつもりは無く、ミズルの回答を踏まえた上で自分の答えを出した。
「ニャンは狙うポケモン自体に問題があると思うなぁ」
ちょっと高みを見すぎてるんじゃないのかな、と今まで告白してきた相手を思い浮べながら述べた。
その意見にはミズルも強い肯定を示し、この後も暫らく二匹でパミーについて考察し話し合っていた。
あいつには彼女無理なんじゃないの、が彼らの結論だったコトは言うまでも無い。また、それがパミーに伝わるようなコトも永久に無いだろう。



 この話題は女子たちの間でも同じだった。
むしろこういった情報の伝達は女性の方が遥かに早いだろう。パミーのコトは十分すぎるくらい知られていた。
一部の雌達からは告り魔という通り名まで授かってしまっている。
そんな女性陣の会話の内容は、書き起こしたくも無いような怒濤の悪口ラッシュである。
それだけで無限に等しい時間を浪費できるのだからある意味羨ましいものだ。
ロクに彼の事も知らない割に知ったような口を何度も延々と述べている。
酷いんじゃないかと言いたくもなるが、パミー自体とても庇えるような存在では無いのでどっちもどっちといったところか。
手当たり次第告白する奴、そう思われてるのだから警戒、敬遠されるのは当然のコトかもしれない。
「次、誰いくんだろ……?」
「今まであいつに告白された子ってどれくらいいるー!?」
あたし、私、ウチも! と。次々に名乗り出る。
本当に一体どれほどの雌に告白したのだろうか。

 話は一瞬でそれ、それぞれ覚えている限りで告白された時の台詞を掘り起こしていった。
またこれがおもしろいコトに、というかやはり当然なのか。その言葉さえ酷似していた。
何度も告白するとなると、やはり決まったフレーズとなるものが存在するのだろうか。
けらけらと面白がりながら台詞の解析っぽいコトを続けた。
まだ告白されてない雌ポケモンがいざパミーに告られるとなったらこう言われるんじゃないかなと、見出したパターンに当てはめて言ってみたりと。
またその一言一言に爆笑を挟み込み、いつまでも幸せな時間を過ごすのだった。

 その中に一匹。上手く馴染めずにじっと黙ってる雌ポケモンが居た。
大人しい性格で一緒に笑ったりできないというよりかは、パミーを題材に言いたい放題している彼女達をどこか快く思っていない様子だった。



 楽しくおしゃべりしていた女子達の中でリオルの存在に気付いた者がすっと輪を抜けて彼女に歩み寄る。
「リオ。どしたの? なんか元気ないよ?」
リオと呼ばれたリオルの彼女、普段は周りから疎外されるような存在では無いため、やはり心配に思ったようだ。
リオルはううん、と首を横に振ると口籠もりながらもやがて言葉を発した。
「あの……さ。そこまでパミーのコトを酷く言わなくてもいいんじゃないのん?」
意外過ぎる返答に話し掛けた雌ポケモンは返す言葉に詰まる。
まさか彼を庇う子がいたなんて、そう思わざるを得なかった。
同時に、そんなリオのコトなんて何も考えず談笑していた自分に罪悪感を感じた。
二匹の会話と空気を感じて、残りの女子たちも次々に話を切り上げてはどうしたのと心配しにくる。
野次馬以外の何者でも無い行動、そんな表面だけで心配されてもかえって腹が立つ。
と、リオは内心で苛立ちを感じながらもまた同じように話すのだった。
すると当然のコトながら空気は一変する。
「え!? なんか凄い悪いコト言っちゃった! リオ、ご、ごめんね」
動揺を顕に、女子たちは次々に謝罪の言葉をもらす。
「いいのん、気にしてないから」
リオも口先だけではそういうものの、正直このやりとりも煩わしかった。

「私たちさ、リオ応援するよ。パミーにいっちゃいなよ!」
誰かがそう言うなりわたしもわたしもと次々に口を突いて言われる。
どちらかと言えばそっとしておいて欲しい、リオはそう考えながら、笑顔をつくり感謝しておいた。
もちろん、作られた表情、偽られた言葉で。



 数日が経ち、パミーの一件も落ち着いた頃。
パミーは普段どおりに友達のミズル、ニャンと会っていた。
誰にとって利益も無い話ばっかりするのだが、そんな話だからこそ楽しいと思える。
今日もそんな会話をかわしながら笑っていた。
すると急に、一匹の雌ポケモンの姿が視界に入った。
彼女はリオだ。パミーも彼女の存在はもちろん知っている。
だが、まだ告白したコトは無く、パミーからすれば完全にノーマークな存在だった。
「おや……リオじゃない?」
パミーはリオがいる方を眺めながら、二匹に聞こえるよう、そうもらした。
え? と二匹は振り替えると、確かにそこにはリオの姿があった。
まだ距離は少し離れていたとはいえ見間違えられるほどでも無い。
そして確実にこちらに向かってきている。三匹の誰かに用があるコトは間違いなさそうだ。

「ねぇ、パミー。ちょっといい?」
まさかパミーのお呼びだしとは……。ミズルとニャンは確実にそう思っただろう。
リオが少しばかり顔が赤くなっているようにも見えた。
「ぇ、うん。いーよ!」
パミーはぴょこっと飛び上がり、てけてけとリオの傍まで駆け寄る。
何となく空気とやらを感じ、ミズルとニャンは互いに顔を見合わせると、うんと頷いてその場を離れていった。

「で、おれに用事? どしたの?」
パミーはうわついたテンションでリオに話しかける。こうやって雌から話し掛けられるコトは本当に稀である。
「あ、うん……。お話できて凄い嬉しい、です」
「ぁあー。おれもだよ。わざわざ話し掛けてくれるなんて」
リオのもじもじした様子にドキドキしつつ、彼女の次の言葉を待った。
だが、リオは一瞬目を合わせてはすぐそらしたり、手で鼻や口を触ったり。
何か言い掛けては直前で言葉を飲み込んだりと、いつになっても口を開いてくれない。
大丈夫? とパミーは思わず声をかけそうになった丁度その時、ついにリオは話し始めた。
「ぁ、あたしさ。……その、パ、パミーのコトが……」

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 パミーはこんなコト夢にも思っていなかっただろう。
凄い勢いで体温が上昇していくのを感じずにはいられなかった。
自分から言いにいくのとは全然違う不思議な感覚。
もはや正気を保てるかすら怪しい領域だった。

 “好きです”という彼女の言葉を聞いた瞬間の状況を説明するならばこんな説明が妥当だろう。
当然パミーはOKの返事を返した。
ちなみにミズルとニャンはしっかり陰からそのやりとりを見ていた。
ただ、距離は十分にとってあげていたため、一文字たりとも耳でとらえるコトはできなかった。
それでも視覚から得られる情報で成り行きを察するのは容易だった。
……そもそも、後にパミーから直々の報告が無いハズも無く。

「お、おれ……ついにやったぞ!」
リオからの突然の告白から一夜明けた今。
今日も三匹が集まって話していたのだが、やはり最初はまずパミーの告白された話題で始まった。
パミー自体話したがっており二匹も聞きたがっていたので、話題のチョイスには全く不都合は無かった。
パミーは凄く生き生きした表情で、嬉しそうに昨日の一部始終を話してくれた。
ミズルとニャンもじっと黙ってパミーの熱い語りを聞いていた。
とはいえ、ただ告白されたまでのお話だったので、大した尺を要せずして話し終えてしまった。



「んじゃっ。おれはこれからリオとデート行ってくらぁ」
すっかり気取ったような態度でパミーは言う。
「はいはい。行ってらっしゃい」
ミズルは適当に返事し、彼を送り出す。
あれだけ無理だ無理だといっていたパミーに彼女ができてしまった。
二匹ともいくら何でもあまりに突然、何の脈絡も無くああも恋は実るもんかねぇ、と腑に落ちない様子でもあった。
そのためか、思いの外先を越された感や悔しさというものは感じなかった。
心の底では悪魔が“きっとすぐ別れるさ”とでも呟いていたのかも知れない。
「ま、そっと見守っていてやろうぜ」
「うん」
進展が気になるところだが、過度には関与せず、さしあたって二匹は成り行きを見届けるコトにした。



 パミーは待ち合わせした場所に軽い足取りで走っていく。
彼の頭の中は既に彼女、リオのコトでいっぱいだった。
今までほとんど関わったコトも無い雌の子のコトを、付き合い始めた瞬間これほど想うコトができるとは、ある意味凄い才能だ。
早く会いたいという思いがパミーの足を速める。

 待ち合わせ場所に到着し、少し乱れた呼吸を整えながら周りを見渡す。
まだリオは来てないようだ。ほっとしたような残念なような。
うずうずと、周りから見てもデートの待ち合わせだと分かるくらいにパミー状態は明らかだった。
待つコトが苦手なのか、ただひたすら早く会いたいのか、五分と経たない内にじっとするコトをやめ、適当に体を動かし始めた。
恐らく両者とも理由であるだろう。何しろ約束した時間まではかなりある。

 定刻の数分前になり、とうとうリオが姿を表した。
「ごめん~。待たせちゃった?」
「あ、いや全然大丈夫」
可愛らしく謝ってくるリオに怒りなど沸き上がるハズも無く、それ以前に遅刻した訳でも無い。
簡単に会話を一往復させ、二匹は並んで歩き始めた。

 手を繋ごうとしているのか、時々パミーの手がぴくりと動く。あまり目も合わせられず、緊張を隠せない様子だ。
対するリオルもそんな素振りが見受けられなくは無いが、パミー程でも無さそうだった。
手を繋ごうと何度目か試みた時、ぎゅっと逆にリオルから手を握られる。
一瞬頭が真っ白になり、同時に心搏数は二倍以上に跳ね上がる。
「あ、ちょっ……」
何か言おうと思ったが、これだけしか言葉にできなかった。
我ながら情けないなぁ、とパミーは内心そう思った。
リオはするりと手を解くと、パミーを見つめて口を開いた。
「ごめん……嫌だった……かなん?」
明らかに動揺したこの態度が拒否にとれなくも無かったのか、リオは直ぐ様すごく申し訳無さそうに謝った。
さらに思い切った行動に出たという恥ずかしさによって頬は薄く赤く染まっている。
「い、いや。急にだったからびっくりしちゃっただけだよー」
パミーは手も使って慌てて否定する。
そして何も言わずさっと手を差し出した。
差し出された手を見て、パミーを見て。リオはにこりと笑うと再び彼のてをがっちりと掴んだ。
やっぱり笑顔が一番可愛いな、とパミーが思った瞬間だった。
それから二匹は仲良さそうに歩いて行くのだった。



 数日後。パミーはここのところ毎日デートに出かけている。
ミズルとニャンは彼が幸せなんだったら構わないとは思うものの、最近ほとんど会話もできず少しだけ寂しい気持ちもあった。
「でもそれって上手くいってるってコトだよな」
そう言うのはミズル。近頃はパミーの話ばかりしている。
「まぁ、まだ日も浅いし、まだまだこれからだよ」
あっと言うまに別れるんじゃないといった二匹の見解は大きく外れそうである。
毎日会うくらいなのだから二匹は相当ラブラブに違いない。
当初は感じなかった悔しい気持ちも今は少しずつ込み上がってきている。
悔しさと共に、むしろそれ以上の勢いで嫉妬の感情は沸き上がっていた。
何でパミーがそんなに上手くやっていけるのか、正直不思議で仕方が無かった。
嫉みすら曝け出しながら、二匹は今日も仲良くいつまでも話していた。



「ねぇ?」
草原に仰向けに寝そべっていたパミーの視界に突然リオが映った。
「わわっ! 何だよ急に」
思わず跳ねるように体を起こしてしまう。
「ふふん、ごめんごめん。寝ちゃったんじゃ無いかなって思ってねん」
今日は雲一つ見当たらないいい天気。だったら思い切り日光にさらされて陽なたぼっこしようと、二匹は日当たりのいい原っぱに来たのだった。
「う、いや確かにちょっとうとうとしてきてたよー」
さすがにお互いに慣れてきたのか、最初の頃のようなぎこちなさはもう感じられない。
「ねっ? 起こしてあげたんだから感謝して欲しいのん」
えへんと鼻を触るリオ。そんな彼女の仕草を見てパミーは普通にありがと、と返した。

 二匹は座った状態で少し斜め向きに向かい合った。
「でさ。パミーってすごい貴重な宝持ってるって話を聞いたコトあるんだけどホントなの?」
そう。パミーは以前金属性のきれいに輝く玉を拾ったコトがあったのだ。
パミーはぴかぴかしてきれいだな程度の気持ちでそれを持って帰ったが、後にミズルに見せた所、その玉の価値を長時間にかけて熱く語られたコトは今でも彼ははっきり覚えている。
「うん。持ってるよー」
「ホント!? うわぁ、あたし一回見てみたいなぁん」
「いいよー。リオにならいくらでも見せてあげる」
にこりと笑いながらパミーはリオのお願いをあっさり受諾。
じゃあ明日持ってきてよん、と約束し、そこで会話は途切れた。
それからも二匹はぽかぽかと降り注ぐ日光の下でのんびりと過ごしていた。



「よっこいせっと」
約束の日。リオが見たいという要求を叶えてあげるため、隠していた場所から金属性の玉をひっぱりだしてきた。
大事にしてはいるものの、周りの反応が故の行動である。本人に玉の価値は未だに理解できていなかった。
でも、彼自身なかなか気に入っているようで、手放したくない物ではあるようだ。
頂戴なんて言われたらどうしよっかなぁ……。
とか勝手な妄想を繰り広げながらパミーは玉を大事に胸に抱え込んだ。

 待ち合わせの場所まで足を運びながら、先程始まった妄想を再開する。
リオにだったらあげるか、いや、いくらリオでもちょっと無理じゃないかなー……。
などと、パミーの脳内ではただの二択が延々と繰り返されていた。
 結論は出せないままついに待ち合わせていた場所が見えてきた。
リオは既に来ていたようで、パミーが近づいてきたのを確認するとぴょんと跳ねながら手を振ってきた。
パミーも笑顔で手を振り返し、足を速めてリオのもとへ急いだ。

「持ってきてくれたんだ。ありがとう!」
リオの第一声は感謝の言葉だった。
金属の玉となるとやっぱり中々重たいもので、体力の消耗は避けられない。
割と疲労に浸ったそんな状態での彼女の声は何よりの癒しだった。
「えへへ。これぐらい平気だよー」
本当は重たかった等の言葉を一言ぐらい吐こうかなと思ったが、疲れが一気に飛んでいった気がしてついつい強気な発言をしてしまった。
すっとリオが玉に手を差し伸べるが、パミーはそれを拒んだ。
玉を抱えて一歩後退し、彼は口を開く。
「いくらリオでも、そんな簡単には触らせて……あげられないよー」
「え……ご、ごめん」
拗ねたような、すごい残念そうな表情をみせるリオに感情を揺さ振られてしまう。
いや確かに、さっと後退したのはあまりに酷かったかもしれない。
ここは詫びの意味もこめて、触るくらいは許可してやってもいいんじゃないかな。
罪悪感を振り払うにはこれが一番いいだろう、とパミーは判断すると、玉を持った手を前に差出し、すぐにでもリオが触れるコトができるであろう位置に持ってくる。
「あ、れ? 触ってもいいのん……?」
「うん、さっきはごめんね。やっぱし、リオにならいいよー」
「ううん、全然いいのん。あたしこそ勝手に触ろうとしてごめんね」
一瞬乱れた空気もこれまた謝り合うコトで瞬く間に解決した。

 リオがうきうきとした表情を存分に撒き散らしながら金属の玉にそっと手を伸ばす。
日光を浴びて玉はまるで自らが光を放っているかのように力強く輝いている。
見た目からも察するコトはできはしたものの、実際に触ってみるコトで表面の滑らかさにこれまた感銘を受けるのだった。
「うわぁ……すごい」
玉を撫でながらリオは感嘆の声をもらす。
リオの生き生きした様子を見ていると、触らせるだけでは申し訳ない気がしてきた。
「持ってみる? 結構重たいんだー」
「え!? ホントにいいのん?」
パミーの提案に食い付くように賛成の意を示す。
いいよー、とパミーはそっと両腕を前にかざし、リオにゆっくり玉の重心を預けた。
「わ! ホントだ、すごい重たいよぉ」
長い時間とても持ってられないよん、とリオはすぐにパミーに玉を返した。
短い時間ながら腕の疲労はかなりのものだったのだろうか、腕を揉み解し始める。
「そんなに重かった……かなー?」
玉の質量を意識的に感じながらパミーは首を傾ける。
「よくそんなもの持ってこれたよねん。パミーって力持ちだよね!」
「え、へへ。そうかなー……」
この時パミーと一緒に笑っていたリオの表情には何故だか闇が含まれていたように見えた。
しかし、パミーはそんなコトに気付くハズは無かった。
そして会話が少し落ち着いた頃、リオが発音せず口だけを動かし無音の言葉を紡いだ。

バ、カ、ね、と。

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「ん? リオ何か言ったー?」
何か言おうとしてたのかな、と呑気にパミーは尋ねる。
彼の問いにリオは思わずくすりと静かに音を立てて笑った。
「バ、カ、ね。そう言ったのん」
リオの笑みは明らかに相手を蔑んでいた。
流石のパミーも異常を察し、ぞくっとした気持ちの悪い感覚が彼の頭から足までを駆け抜けた。
「え……どういうコト?」
全く意味が分からない。何かの間違いであって欲しい。
初めて見るリオの表情に動揺を隠さずにはいられない。
対するリオは至って落ち着いており、敢えて間をたっぷりとってから彼の問いに答えた。
「こういうコトなのよん」
リオがそう言うと彼女の近くの物陰からそれぞれポケモンが現れる。
姿を現したのは、サワムラー、ハッサムの二匹だった。
「紹介するねん。こっちがサワムラーのムーラン、で、こっちがハッサムのバッザ」
パミーは驚愕のあまり声も出せずにいた。
体は凍り付いたように、ただ眼球だけを動かしリオ、ムーラン、バッザを順に見る。

「あのさ。その玉、頂戴? 荷物持ちは連れてきてるのん」
さっきまでの生易しい“お願い”などではない。
明らかに“恐喝”と呼べるだろう。
後から姿を見せた体格のいい二匹が、断ればどうなるかを無言で教えてくれる。
さっさと玉を渡して身の安全を確保しようか、いくら大事にしているとはいえ、
自らの危険を覚悟してまで守るものではない。
パミーの脳内はそういった思考を辿る。
「断れば……分かってるだろう?」
痛いくらい分かってるというのに追い打ちの一言がバッザから放たれる。
「なんで……何でこんなコトを……」

 緊迫した空気が流れる中、気が付けばパミーは彼女らを背に走りだしていた。





     ――死ぬぞ?――

 ――そんな玉が命より大事か?――

――まだ遅くない、謝って玉を渡せ――



 パミー自身、自分の行動が理解不能だった。とめどなく頭の中に響き渡る後悔の叫び。
それでもパミーはその足を止める気にはなれなかった。
振り返るコトはおろか正面すらまともに見ていない。
ひたすら速く限りなく遠くへ。行き先なんて分からない。
ムーランとバッザには見た目以上に、関わってはいけないような思い出すだけで恐ろしい程の雰囲気をかもしだしていた。
ただ、とにかく命の危険しか感じなかった。
憶測だが、パミーはおとなしく玉を渡したところで穏やかに解決しないと思ったのかもしれない。
玉を置いた上での逃亡ならばあるいは助かる見込みもあったかもしれないが、状況が状況。そこまで冷静な思考は到底持てなかっただろう。



 命懸けの逃亡フルマラソンは意外な程早く終幕を迎えた。
もちろん、ゴールでは無くリタイアの方だ。
後方から走って追ってきたムーランの飛び蹴りを後頭部に受けてしまい、パミーはうつむせに地面を滑る。
「うわぁっ!」
ズキンと頭がひどく傷んだが立ち上がらないとまた次の攻撃がくるかもしれない。
痛みを必死に我慢し揺さ振られた脳を全力で駆動し何とか立ち上がった。
今のパミーはふらふらと立っているだけでもかなりの苦行である。
有効な一撃というのをしっかり踏まえているようであり、相手は随分戦い慣れていそうだ。
しかし立ち上がったところで状況は何も変わらない。
まさか戦って勝てる訳も無い、かといって逃げようにも平衡感覚を欠いたパミーが走って逃亡などできるハズも無く。
しかし彼の双方の眼球は一瞬たりともムーランから反らしたりはしなかった。
沈黙の睨み合いをしているとバッザとリオが遅れて追い付いてきた。
「どうするのん?」
リオが腕を組みながら見下した態度で聞いてくる。
このどうする、はもちろん玉のコトである。
今のパミーの状態なら玉なんかひょいと奪えるだろう。
にも関わらずわざわざ尋ねてくる辺り、タチが悪い。
「……渡すつもりは……無いよ」
変な意地張ってどうするんだよ。と自分を叱り付けるが、もう遅い。
直後に謝罪の言葉が喉元までせりあげてきたが、口の外まではもれなかった。
「生意気ね。……まぁ、今更玉を渡してくれても生かして帰さないつもりだけどん」
じわじわとムーランとバッザが歩みよってくる。
リオがあぁ言った直後だ。もはや玉を渡そうとも無駄だろう。
……となると戦うしか無くなるが、相手は殺し屋と比喩できそうなポケモンが二匹。
勝負の行く末はもう見えているだろう。





 今日もミズルとニャンはいつもの場所で会っていた。
「ねぇ」
不意にニャンが声をかける。
「ひゃ!?」
ボーッとしていたミズルはハッとして変な声で返事してしまった。
その反応に笑いを挟んで、一息ついてからニャンは口を開いた。
「……そろそろさ、デート覗きにいかない?」
パミーの交際期間は日数にしてもう二桁の日数に突入している。
さすがに慣れて落ち着いてくる頃だろうと判断したのだ。
「うん。それいいかも!」
ミズルは絶賛し、今すぐ見に行こうよと言わんばかりにすっと立ち上がった。
合わせてニャンも立ち上がり、ミズルに声をかける。
「んじゃ、行こうか。……どこに?」
そう。肝心の彼らのデート先が分からないコトには覗きようもない。
ニャンの的を得た発言にもひるまず、ミズルは答える。
「ん~と……デートで行くようなところでしよ? なら目星はついてる」
そう言いながらミズルはその自分が思う場所への方向へと足を向ける。
絶対的な根拠はどうせ無いのだろうが、自信たっぷりだと信じてみたくもなる。
ミズルの態度はまるでパミーがそっちにいるコトを知っているかのようだった。
胸を張りながらニャンを先導するようにずかずかと道を進んでいく。ニャンはただそんなミズルについていくだけであった。

 現実は中々厳しいらしい。ついさっきミズルはそれを実感したようだ。
いつまで経ってもパミーの姿はおろか、彼の目撃者すら見当たない。
最初は自信に満ち溢れていた彼の表情も今は泣きそうになっている。
ニャンはさすがにそんな様子のミズルを責める気にはなれなかった。
「仕方ないよ。さ、諦めず次の場所行こうよ」
ミズルは少し間をおいてから悔しそうにうんと答えた。



「うぁっ!」
また一撃、バッザの硬い拳がパミーの腹を突いた。
またも衝撃で玉はパミーの手元から旅立ってしまう。
げほげほと舌を出して喘ぎながらパミーは体勢を立て直す。
すぐに玉も拾い直そうとしたが、直後にムーランの蹴りが側頭部にヒットし、またぐらりと姿勢を崩した。

 稀に回避には成功するものの、反撃の手立てが無い今、時間稼ぎ以外の何にもなり得なかった。
何度もムーランに蹴られ、バッザに殴られパミーの体はどんどん傷だらけになっていく。
ふと見えたリオの顔がこの上無く憎らしかった。
ぶん殴ってやりたいと猛る気持ちと現状は釣り合わず、二匹にひたすらいたぶられ続けるのだった。

 しばらく経った頃、パミーは散々ムーランに蹴飛ばされ、バッザにボコボコに殴られ、もう自分の意志ではピクリとも体を動かせない程に衰弱していた。
体は泥だらけで全身の至るところから血は流れ出していた。
パミーの手元を離れた玉は、リオの手に渡っていたが、それでも手を引く気は無さそうだ。
パミーは辛うじて意識は保てているものの、もはやその脳裏には絶望しか浮かばなかった。
地面に伏していたパミーにムーランがゆっくりと歩み寄る。
鋭くパミーを睨みつけながら無言で脚を高く上げる。
そして、そのかかとを振り下ろそうとしたその時。





「ムーラン。一旦やめてあげて」
リオからのストップの声。ムーランはぴたりと足の降下を止め、直立の姿勢に戻った。
「パミー、まだ意識はあるよねん?」
リオがバッザに何か手振りで指示を出すと彼もパミーの傍まで近寄った。
ひょいと首を掴み、顔を強引に上げリオと視線を合わさせる。
「何でここまで酷い目に遭わされなきゃいけないんだー。……って言いたいよねん?」
にやりと口元はつり上げながらリオは淡々と話を続ける。
もはや言葉を返せる程の元気などパミーには無く、ただ無言を貫くだけであった。
しかし、口には出せずとも聞けるものは聞きたいという意志はあった。
リオがそれを察したのかただ喋りたいかっただけだったのかは分からないが、自慢げに話を始めるのだった。

「あたしらは各地を回って高価な物を集める、ていう所謂トレジャーハンターなのよねん。
とでも言えば格好良く聞こえるかもしれないケド、欲しいと思えば他のポケモンの物でも遠慮無く奪うし、目的遂行のためなら平気で殺しだってする。
……ここまで言えば理解は容易よねん。あんたはあたしらの目的達成のために消えてもらうのねん。
もちろん、好きと偽ってあんたに近づいたのも作戦の一部。実は玉はずっと狙っていて、コツコツとあんたの周辺を調べてたんだけど玉の在処は全然分からなかったのん。
だから直接あんたに近づいて玉を見せてもらおうと思った訳」
「全部……嘘、だったの?」
パミーの口から思わず言葉がもれた。かすれた意識の中でだったが、辛うじて話は聞こえていた。
リオの言葉一文字一文字を耳を通すにつれて悔しさや怒りがどんどん込み上げてきたのだ。
「全くの嘘よん、くすっ」
笑いながら軽い返事で肯定する。
パミーはこの相手を蔑む態度が許せなかった。だけど体は全然言うコトを聞いてくれない。
どんな方法でもいい……、一回だけでいい。
リオを全力で痛い目に遭わせたい……!
そう強く望むパミーをよそに、リオはバッザにとどめの指示を出す。
頭はすでに掴んでいる。もう片方の手で首元を切り裂けばパミーの命は容易く散るコトになるだろう。

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「ああぁーっ!」
不意に辺りに響き渡る叫び声。
バッザも驚いてしまい、腕の動きが中断されていまった。
ある二匹のポケモンがこの尋常じゃない程不穏な空気を漂わせる空間に飛び入ってきたのだ。
「あ、あんた達は……」
リオの表情も一転。彼女も驚きを隠せないようだ。
そう、二匹のポケモンはミズルとニャンだった。
パミーを発見したものの、とにかくヤバそうだと判断してとりあえず大声をあげて注意をひいたのだ。
ここまでは上手く行っている。だが、この後は無策だ。
このままではわざわざ嬲ぶり殺されに来ただけになってしまう。
すぐさま何とかしようと考えるものの、既に二匹共パニック状態に等しく、とてもまともにものを考えられる状態では無かった。
手の空いていたムーランがパミーを抑えているバッザに代わり、走ってミズル達に迫る。
デートを覗いてやろうとほんの軽い気持ちでパミーを探しに出かけたものの、まさかこんな事態になるなんて。
……これマジでヤバいんじゃないの?
もしかして殺される? もしかして死ぬ?
死ぬ、殺される、絶対死ぬ、確実に殺される、殺される殺される殺サレル殺サレル殺サレル……。

 ミズルとニャンの顔は瞬く間に青ざめ、脳内には絶体絶命の四文字が鮮明に浮かび上がる。
ムーランが蹴りの射程範囲内に入ると、あまりの恐怖に二匹は目をぎゅっと瞑ってしまった。
多分間もなく体が激痛に襲われて地面に倒れるハズ……。
ミズルは最期を悟った。展開があまりに急過ぎたため、抗う気も起きなかったのか、完全に諦めモードに突入している。
隣のニャンも恐らく同じ状況なのでは無いだろうか。
そんな中、辺りに爽快なまでの打撃音が響いた。



 ニャンはミズルがムーランに蹴られたんだと思った。
ミズルはニャンがムーランに蹴られたんだと思った。
しかし、二匹とも不正解だった。
目を閉じていたが故に真実を知るコトができなかったのだ。
二匹は心臓が裂けるぐらいの恐怖を抱えながら恐る恐る目を開いた。
ニャンの想像する景色は自分の隣で倒れているミズルの姿。
ミズルの想像する景色は自分の隣で倒れているニャンの姿。
実際に彼らの視界を満たしたのは二匹を目前にして倒れているムーランの姿だった。

 その横には見慣れない一匹のポケモン。
だがその容姿にはパミーを思わせるものがあった。
「パ……パミー?」
ミズルが恐る恐る声を絞りだす。
彼の呼ぶ通り、そのポケモンはパミーに間違いなかった。
ただ、その容姿は彼らのよく知っているそれとは大きく異なる、エテボースへと変化していた。
まるで拳骨の様に発達した二本の尾が特に印象的だった。
恐らくその尾でムーランを殴り倒したのだろう。

 何度も何度も。パミーは容赦無くムーランを尻尾で殴打する。
逆に自分の尾が潰れてしまうのでは無いかと思ってしまうぐらい、一発一発に渾身の力が込められていた。
更には怒りや憎しみ、あらゆる負の感情も含まれているに違いない。

 当然ながらムーランがボコボコにされている間バッザが何もしていないハズが無かった。
攻撃を中断させるために急いでパミーに接近し攻撃を試みる。
「パミー! 後ろ」
ニャンの叫び声にパミーは間一髪バッザの拳を回避する。
直後にパミーは尾で脚を払い、バッザの体勢を崩させた。
すかさずもう一本の尾で体を強く押し、バッザを転ばせるコトに成功した。
「ミズル、ニャン。リオから玉を取り返して欲しい」
子供っぽくてどこか落ち着きの無かったハズのパミーが今はとても逞しく見える。
今までのギャップ差も少なからず関係しているとは思うが。
二匹は無言で頷くと、間違ってもムーランやバッザに接触しないくらい大回りでリオに向かっていった。

 こうしている間にもバッザは立ち上がっていた
「くく……どうするつもりだい? 生憎オレの体はオマエの尾で殴られた程度じゃ痛くも痒くも無いんだ」
鉄の様な体をもったバッザにはいくら殴ったところで通用しないコトはパミーも分かっていた。
しかし、パミーの表情には微かな焦りすら見当たらない。

 しばらく経ってもムーランが動かないところを見るかぎり、彼は気を失ったのだろうか。
パミー自身も止めを差した手応えがあったのだろう、少しもムーランには意識を向けていない。
視線の先はあくまでバッザ一択。今はそれ以外には何も映らない。
パミーはバッザの攻撃は回避に専念し、稀に反撃を行うも先程既に実行したような足払いのようなものばかりである。
直接的なダメージはゼロに等しいその行為をなぜずっと続けるのか。
時間稼ぎ、それ以外にパミーの行動を説明する言葉が思い当たらない。
その目的は一体何なのだろうか。
バッザの意識の片隅ではそのコトについて思考を進めていた。
何かを待っている、となると仲間でも呼んだのだろうか。
しかし、後から現れた二匹はどこかに行った訳でもなく、今頃リオと取っ組み合いでもしているだろう。
……と、そこでバッザは気付いた。
パミーが待っているもの、それはすなわちミズルとニャンによるリオからの玉の奪還だ。
そうと分かれば阻止してやらねばな、とバッザは想起し、パミーから離れてぐるりと辺りを見渡した。
彼がリオの姿を捕らえた時にはもう遅かった。



「パミー! やったよー」
玉を掲げながらミズルが報告する。
「く……雌一匹に雄二匹でかかるなんて、恥と思わないのん?」
ニャンに取り押さえられたリオが悔しまぎれの発言をする。
「ニャンの友達を騙すような嘘つき女に言われたくないね」
冷たくニャンが言い放つ。ミズルも調子に乗ってそうだそうだと便乗する。

「オマエら、このまま無事に逃げられると思うなよ……」
バッザが鋭い形相でミズルを睨み付ける。
しかし、バッザは一つ勘違いをしていたようだ。
リオから玉を取り返せばそのままそそくさと逃げ出すのだろうとそう思っていた。
戦ったところで、所詮オレには勝てないんだ。それが一番賢い判断だろう。
実際には、そのようなバッザの推測とは大きく異なるコトをパミーは思案していた。
「玉を渡せよ……」
バッザはそう呟くと全速をもってミズルに接近を試みた。
とは言え、バッザの機動力は全力を出したところでお世辞にも速いとはいえない速度だった。
すかさず後方からパミーが追い打ちをかける。
今回は全身をフルに使ってののしかかり。
敵と密着するため反撃の危険がともなうが、与えられる力の強さもその分大きくなる。
パミーが上に乗っかった状態でバッザはうつ伏せに倒された。
「は、早く玉を渡してくれ」
バッザから降りながらそう言い、ミズルの手元まで尻尾をのばした。
「あ、は、はい」
あまりのパミーの貫禄に思わず堅苦しい返事が出てしまった。
パミーは半ば奪い取るように玉を受け取ると起き上がる途中のバッザに向けて尾を振りかぶった。
もちろん、玉は握ったままのその尻尾で。



「ぐあぁっ!」
辺りをこだまするのはバッザの呻き声。
頭を金属でぶん殴られたのだ、いくら堅さに自信のあるバッザと言えど、無事でいられるハズが無かった。
玉にはピシリと一筋ヒビが入ったが、それに構うコト無くもう一撃、ひるんだバッザに全身全霊の一撃を与えた。
バッザはがくりと力が抜けた様にその身を地面に預け、更に玉は粉々に砕け散った。
どうやらバッザも二回にも及ぶ頭部の強打を浴びて気を失ったようだ。



 リオはニャンにがっちりと押さえられ身動きがとれない。
そんな彼女にミズルとパミーがずんと歩み寄る。
「ホントにごめんなのん……」
目に涙を浮かべ、とても悲しそうな表情でリオは謝った。
「許してたまるかよ! こっちは死ぬかと思ったんだぞ」
ミズルが大きな声を出して主張する。
ニャンもそれに便乗し、無意識に押さえる力が強くなったりもした。
が、パミーだけは無言のまま立ち尽くしていた。
「あ、あれ……? パミー?」
びっくりするくらいに大人しいパミーが心配になってミズルが声をかける。
パミーの表情は今にも雨が降りだしそうな曇り空のようだった。
例え騙されて命の危険にさえ冒されたとはいえ、一度は愛した相手なのだ。
今まで異性と付き合ったコトの無い彼にとってこの上無く充実した一時だっただろう。
簡単に許してあげようとは思わない。だけどこれ以上の制裁を加える気は微塵も起きなかった。
「おれはさ……割と本気だったんだ。リオに告られて、凄い嬉しかった。こんな形になってしまって残念だけど、リオと過ごした数日間はホント幸せだった……」
淡々と言葉を紡ぐ。あまり感情がこもってないように聞こえたのは……。
涙が、もうそこまで来ていたから。
雄としてのプライドなのか、変な意地なのか、人前で涙は見せないように撤した。

 パミーが一通り話し終えると、辺りは不思議な空気に包まれた。
そんな中、大きく感情を揺さ振られたのはリオだった。
「ありがと。……でも、あたしは全部作戦の一環だったのん。残念だけどその気は全く無かったのよん」
「……本当に全然気が無かった?」
ミズルがすかさず口を挟む。そして相手の返事を待たずに続けた。
「じゃあさ、何でリオは今涙を流しているんだ?」

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「えっ……」
リオ自身無意識だった。言われて初めて頬をつたる液体の存在に気が付いた。
何で……本当のホントウにパミーのコトを何とも思ってなかったのに……。
自らで自らが信じられないリオはどんどん困惑していく。
そんな取り乱すリオの様子を見てミズルは更に言葉を投げ掛ける。
「好き……までの感情は無かったかもしれない。ケド、あまりにも酷いコトをしてしまった、て気持ちはあるんだよね……?」
そういう涙なのか……。謝罪の涙? 反省の涙?
涙腺の仕組みってよく分からないなぁとか思いながら、割とあっさりミズルの言葉を受けとめた。
それをきっかけにダムは崩壊した。
リオの双眸からはとめどなく涙が流れ続ける。
「ひっく……ぐす」
しばらくはこのようにとても話せたような状態では無かった。



 リオが落ち着いた頃。
それまではパミー達は近辺からロープになりそうな物を調達し、ムーランとバッザを近くに生えていた木に括り付けていた。
途中で意識が戻るんじゃないか、とひやひやしながらの作業だった。
だが、その心配も余計なものであったが。

 リオを含めて四匹は正方形を作るように地面に座り込んだ。
「ごめんなさい……」
リオが地面に手をつき、頭を地面に押しつける。
それからしばらく誰もが黙っていた。
「うん、リオ。頭上げて」
声をかけたのはパミー。言動から察するにやはりもう許してしまったのだろうか。
「もし、さ。おれが許さないって言ったらどうする?」
パミーはまさかの質問に出た。リオもえっと驚いた表情を見せる。
「……死ぬくらいの覚悟なんてトレジャーハンターになった時に決まってるのん」 
しかし、リオの返事は思いの外強気なものだった。
やはり信念たるものが据わっているのだろうか、ここは折らない、という強い意志が伝わってくる。
涙の枯れたその目からも同様にハッキリと感じ取れた。
「……あたし、生まれてからずっとこうやって生きてきた。……だから、この生き方があたしの人生、命そのものなのん。トレジャーハンターをやめるコトは死ぬコトと同義なの」


「…………」
誰も何も言い返せなかった。
リオの覚悟にもはや付け入る隙が無かったのだ。
許してくれないのならもういつでも死んでやるぞ、と言わんばかりの表情。
そういう風に察したものの、もちろん無償で釈放する気などはさすがに起きない。
命を狙われたんだ。それなりの償いはやってもらいたいというのが彼らの本音だった。
許すコトも許さないコトもできず、時間だけが刻々と過ぎていく。

「こんな言葉だけじゃ、やっぱり許して……もらえないのよねん」
リオは独り言のように呟くと、どこからか錠剤の様な物を取り出すと、ぽいと口の中に放り込んだ。
「リオ? 一体何を……?」
リオは口元だけ少しつりあげて特に感情もこめずに言った。
「今あたしが飲んだのは毒薬よん?」



「お、おいリオ!?」
三匹は一気に取り乱し、加えてパミーは思わず声がもれ出た。
「許さないんでしょ? ……それとも毒盛ってもうすぐ死ぬあたしなら許してくれるのん? もともと誰も惜しまない命、大事にする意味も無かったのよん」
何か全てを諦めたようにリオは淡々と話す。
この言葉に反論が無い訳も無く、パミーは即座に言い返した。
「誰にも……? おかしいな、おれはリオに死んで欲しくなんてないのに」
「そんなコト聞きたくないの! 毒飲んだあとだから好きなコト言えるんでしょ!?」
パミーの発言はリオには随分耳が痛むようで、リオは彼に大声で怒鳴った。
パミーはかなりの衝撃を受けたように見えた。しかし、ここで過去の経験が生かされるなんて思ってもいなかった。
彼はどれだけ雌にきつい言葉を吐かれた所でものともしないのだ。
パミーは彼女の言葉を聞き入れた上で一瞬で返した。
「おれはもっと長く一緒に居られると思ってたから。……もうすぐお別れになるんなら、言えるコトは今の内に言っておかないと……後悔するかもしれないだろ?」
言い終えると、すっとリオの正面に座り彼女の体を抱き寄せた。

「それこそ……飲む前に言ってほしかった、ねん」
パミーの誠心誠意の詰まった言葉はリオの心を動かした。
リオはパミーの胸の中で静かに泣いていた。


「ねぇ? 毒消しみたいなものって無いの?」
不意にニャンが尋ねる。
意外なまでに盲点だったと誰もがはっとする。
パミーも思わず顔を上げ、ニャンの方を向いた。
「……あたしは持ってない。でも一般的な解毒作用のある木の実でもあれば、あるいは」
「つまりまだ助かるんだ!?」
パミーはそれを聞いてバッと立ち上がり、大きな声をあげた。
そして、すぐさまどこかに向けて数歩走り、振り返って腕でミズル達を招きながら言った。
「ミズル、ニャン。行こう! 解毒の木の実を探しに!」
二匹ともあまりに突然のパミーの行動に驚いたが、強い決意がこもった表情でうんと答えた。
二匹ともすぐに走りだし、パミーに追い付こうとする。
こうして三匹はリオをその場に残し、ここを後にした。



 去っていくパミー達の背を見て、一つの安堵と罪悪感を覚えた。
彼ら、希望に満ちた顔をしていた。まるであたしが助かるかのように……。
そんな彼らの表情が鮮明に脳裏に焼き付いてるみたい。凄い胸が苦しい。
……時間的に間に合わないコト分かっていたから。
これから彼らは死ぬと決まった者のために必死で近辺を走り回るコトになるのねん。
仮に解毒剤が見つかっても助かる見込みは無いのに。
……でも、こうでも言わなきゃあたしがみんなの目の前で苦しみ、悶え、そして逝くコトになる。
あたしは死ぬだけだから別に構わないんだけど、彼らは目の前であたしが苦しみの果てに息絶える瞬間なんてきっと見たくないでしょ。
だから、あんた達が奔走してる間に静かに眠らさせてもらうコトにするのん。
適当なコト言って動かしちゃったケド、これがあたしから最初で最期のせめての気遣いなのねん。
多分“必死に頑張ったケド間に合いませんでした”で納得してくれるハズ……。



 もっと早くにあんた達に会えてたらもっとまともに生きれたのかな?
あたし、純粋な気持ちなんて馬鹿にしてたケド、本当にブレない真っすぐな思いって……全然違うねん。
偽られた正直、偽られた正義。今までこれらに騙され続けられたのはむしろあたしだったのん。
ずっと勘違いしてた、惜しかったなん……。
じゃあねん。後はあんたたちに簡単に見つけられないように、残った命でここからなるべく離れて行こうと思うのん。

――ごめんね。ありがとう――






 それからしばらくしてパミー達は帰ってきた。
よほど彼女のために必死になったのだろう、滝の様な汗をかき、息も乱れきっている。
それでも彼の手の中にはいくつかの木の実がしっかりと握られていた。
「リオ……?」
辺りを見渡してもリオの姿は見当たらない。
近くでムーランとバッザが相変わらず縛られたまま身動き一つせずじっとしているので場所を間違えた訳では無いというコトは分かる。
だとしたら、何故彼女はいないのだろうか。

「この期に及んで、また僕達を騙したのか!?」
ミズルが怒りを少しばかり表に出しながら言う。
「……そんなコトは無い……ハズ」
真剣な表情を一切崩さず、パミーは冷静に返す。
まだ、どこかで毒に苦しんでいるのかもしれない……。
そんな思いがじわじわとパミーの胸を締め付ける。
動かずにはいられなくなったパミーは闇雲に辺りを捜索を始めた。

「おい、何を……?」
おかしな者を見るような目をしながらミズルは声をかける。
そんな彼の態度にパミーも感情を剥き出しにして答えた。
「そんなもん、リオを探してるに決まってんだろ! ぼさっと立ってる暇があったら手伝って!」
そう訴えるパミーの表情があまりにも真剣だったから、ミズルとニャンも無意識の内に信じてしまった。
リオがまだどこか近くにいるかもしれない、と。
三匹でそれぞれ違う場所を担当し、手分けしてリオを捜すコトにした。

 鬼が三匹もいるかくれんぼはそう長くは続かなかった。
やはり、毒に蝕まれた体では限界があったのだろう。
元居た場所からせいぜい数百歩程度歩いたら辿り着けるような場所にいた。
その四肢を地面に投げ出し、瞼は固く閉ざされた状態で。

 パミーが彼女の遺体を見つけた時、衝撃のあまり声も出せなかった。
足が石になったかのように固まり、全く動かなくなる。
瞬きすら忘れて、彼女ただ一点をじっと見つめていた。そう、いつまでも。







 あの日から何日も経った。一件落着と言いたかったが、そうもいかなかった。

 あの日ムーランとバッザと戦った場所。地面に飛び散った金属球の破片を呆然と眺めているパミーの背後から声。
「玉……壊れちゃったねん」
「リオ!?」
パミーが咄嗟に振り返る。……が、そこには誰も居ない。
もう何度目になるのだろうか。パミーが今の様にリオの幻聴を聞いたのは初めてではない。
大事にはしてたケド、価値も良く分かってなかったからそれは別にいいかな……。
そういう風に自分に言い聞かせはするが、どこか心の虚無感は隠せない。
大切にしていた玉を失ったコトも大いに関係しているのだろうが、彼はもう一つ大切なものを失った。
「リオ……」
彼女の幻聴が聞こえる度、心臓が握り潰されるような感覚を覚える。
出来れば忘れたい。でも、忘れようとすればするほどそれは逆に意識している訳でありただ辛いだけであった。
いつも落ち込んだりしてもすぐにケロリと元気になってたパミーも今回ばかりはそうもいかない。
もう何日も経つというのに、パミーには一向に活力が戻らない。

 ミズルもニャンもパミーの様子がただただ気がかりだった。
“自分もリオのところに逝く”なんてコトすらといつ言い出してもおかしくない程の状態だったために、心配も絶やせない。
何とかして元気を出してもらおうと、いつものパミーに戻ってもらおうと思い色々考える。
だが、中途半端な気遣いはかえって彼を苦しめるだけだとも分かっており、中々行動に移せなかった。
結局そっとしておくのが一番なのかなぁという結論に落ち着いてしまった。
だからせめて、パミーが立ち直った時には三匹で何かパーティーみたいに一日中遊び呆けたい。
そんなコトを話しながら二匹はこつこつと企画を進めて行くのだった。



 ちなみにムーランとバッザだが、気付いた時にはもうこの世を去っていた。
恐らくリオがあの二匹にも毒を飲ませたものだと思われる。パミーに加えられた傷以外は無かったし、外傷そのものも致命傷には至らないものだった。





 子供の頃は幾度も挫折を経験し、その度に立ち上がり強くなっていくものだ。
彼もまた然り。今回の件を乗り越え、立ち直るまでには随分時間がかかりそうだが、これでパミーは一回りも二回りも成長したコトだろう。
もしかしたら、本当に彼女が出来る日も遠くないのかもしれない。

飢えた獣に青春を 完



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・あとがき

 今回も話のベースは僕の友人となりました。エイプリルイリュージョンみたいに軽めの話を書くつもりでしたが、話を立てていく内にどんどん肥大化。
後半は予定していたものより格段にシリアスなものになってしまいました。
文字数も測ってみたところ20000字越えで短篇の中でもダントツの長さになりました。
 パミーがいくらなんでも強くなりすぎたかなと言うのと、リオの生い立ちをもっと挟みたかったかなと、主にこの二点に関しましては心残りですが、個人的にはまぁまぁ書けたんじゃないかと思います。
それでは、ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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ご意見、ご感想、誤字脱字の報告などご自由にどうぞ。

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