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遼来来 の変更点


#include(第十八回短編小説大会情報窓,notitle)

*遼来来 [#eBleKhj]
 ユナイトのチームメイトから”親戚の泣き虫を治してほしい”と打ち明けられたゼラオラは、当然渾身の素っ頓狂なはぁ?を繰り出した。
 エリートやマスターのスターたちにはまだまだ及ばないが、じわじわと実力を上げているこのチームは、今日の出番は午前の前座ですべて終わり、控室でダラダラしていた。
 準メインのエリートマッチがちょうどカジリガメとロトムに襲い掛かる時間となって、場内が大歓声に包まれていた矢先だった。
「知らない兄ちゃんが来たら逆にビビッて泣いちゃうんじゃねえかな」
「そこはほら、伝説の威厳でさ、泣くなって一喝してくれたらさ」
 いくら周りがうるさかろうとも、これ以降は味方の指示を絶対に聞くようにというのがルールだったから、こんな要件でも聞いてしまった。と、ゼラオラは後悔した。
「あー……ハピナスとかワタシラガは? ガキの扱いは得意だろ」
 スポーツ一本で食っていくことは、それはそれは実に難しい。
「託児所のパートタイムだって」
「フーパは?」
「宅配のアルバイト。そもそもときはなたれた姿見たら多分あの子倒れちゃう」
「アブソルなんかどうだ?」
「モデルの撮影があるって」
「オーロット」
「お墓掃除」
「ギルガルド」
「発電所の草刈り」
「カイリュー」
「郵便配達」
「バリヤード」
「塾講師」
「……ステージギミックのサンダーとか、レジギガスとか」
「彼らはユナイトチームに殴られるっていう仕事があるでしょ!!!」
 ここでエリートバトルの戦況が大きく傾く。サンダー出現前とはいえ、片方がもう一方を全滅させ、ゴールを2つもぶっ壊した。
 エースバーンは単純で脳筋な女子だというのは、ゼラオラもよくわかっていた。代役を立てようとするゼラオラの言を遮断し、中継の方に全神経を集中させる大きな耳がそれを象徴していたのだから。
 そこに現れた影三つ。まだ残ってトレーニングなりシャワーなりしていたチームメイトが駆けつけた。
「おめーら!」
 それぞれ、ゼラオラの肩に手をかけて、こうアドバイスした。
「痴話喧嘩はくわんぬも喰わんぬ」
「ああ知らん。知らん知らん。関係ない」
「ガキはそもそも嫌いだ」
 上から、イヌ、キンニク、キツネである。
「「「さっさと行ってこい」」」
 こうして猫と兔は出荷されていった。

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 兎というのは実に親戚が多種多様で数も多いらしい。
 自然あふれる広々とした兎の集会所は、エオス島とは完全に趣の異なる、いわゆる”おいでよいい田舎”といった地域になっていた。
 法事か結婚式でもあるのかというほど入れ替わり立ち代わり続々と一家がやってくる。これが普通だというので驚きだ。ゼラオラはそこに子守のアルバイトとして兎の一族集会に紛れ込んだ、という形。
 ゼラオラの最初の仕事は兎の一族はどうなってんだという常識を覚えることだった。
 その次はかなり簡単だった。多様な一族のお子様たちを、充電が切れるまで振り回すこと。
 ユナイトのプロ――やや誇張あり――のお兄ちゃんが球技で遊んでくれるとなれば、必然サッカーをすることになる。
(で、あいつだよなあ)
 ユナイトで付けた体力と、足さばきで子供たちをあしらいながら、ゼラオラは別のガキを見ていた。
 サッカーに参加せず、木陰で黙ってこちらを見ているジメレオン。
 別の子と交代しようか、と子供たちに暗に連れてくるように言っても、ジメレオンは無視していたし、されていた。
(いるよな、こういうやつ)
「ゼラオラ君のお陰で助かってるわぁ~」
 兎のおばちゃんがお茶をいれて冷たいお菓子を用意してくれた。子供たちに休憩させて、ゼラオラはお茶だけを貰う。
 そして、ジメレオンを射すくめた。ビクリ、と体が跳ねたあと、悠々と近づいてくるゼラオラに、ジメレオンは逃げることも隠れることもできなかった。
「君は遊ばないのか?」
「別に……」
 顔を背けるジメレオン。話する気がないというのは、想定通り。
「そんなところにいても暇だろう」
「うっ……」
 ゼラオラが腕をつかんで立たせようとする。とにかく引っ張り出さないと話にならない。ゼラオラは教育者でもなければ保護者でもないのだから。
「うええええええ!!!!」
 大泣きされた。

  ◇

「無理強いは確かにダメだったが……」
 夜。ゼラオラが子供を泣かせたということで一時現場は騒然としたが、常習犯のジメレオンということですぐにその場は沈静した。
 あれは単なる泣き虫とは違う、とゼラオラは確信した。それに、ジメレオンならしょうがないという雰囲気も、ゼラオラにとっては違和感があった。
 だからエースバーンは慣れてしまった親戚一同じゃくて部外者のゼラオラに頼んだのだろう。ダメで元々で。
「でも俺はあんなやり方しかできねーぞ」
「知ってるよ。でもウチらではもうどうにもできないから。ジメちゃんの親も悩んじゃって」
 子供は顔見知り相手と、全然知らないお兄ちゃん相手では態度が豹変することがよくある。

  ◇
 
 今日は子供たちは自分の親そのきょうだいが面倒を見ている。バーベキューでもするからと働いていた。
 ジメレオンはこういう時、空気に交じって最低限働いているフリはするが、交流は全くしない。話しかけられても最低限の会話しかしない。
「昨日は悪かったな」
 そこに、昨日の知らない兄ちゃんがやってきた。そして、連れ出された。ほぼ強引に。
 泣こう泣こうとは思っていたが、それは昨日使ってしまった分、今日もまた泣くのは憚られた。しばらく歩くと、ゼラオラが話しかけてきた。
「サッカーは嫌いだったか?」
「それが何? そもそも、あんた、どこのエースバーンの何?」
「おい。調子に乗るなよクソガキ。エースバーン”さん”だし、”あなた”だ」
「うっわ、くだらね」
 わかった、もうよそう。と、ゼラオラは案外あっさりと折れ、ジメレオンは肩透かしを食らった。泣いてやろうかという不愉快さもどこかへ投げ飛ばされた。
「サッカー、得意じゃないんだろう。それは悪かったよ。」
「……二度と誘うなよ」
 得意じゃないのに無理やりやらせるのは、泣くほど不愉快だった。じゃあ頑張って練習しよう!とか、下手でもいいんだよ、やろう!というのは輪をかけて不愉快だった。
 二度と誘うなよ、というのもゼラオラは了承してくれた。が、まだ解放はしてくれない。手を引っ張ってずんずん歩いていく。
「何しに行くんだよ。働かざる者はバーベキューも喰うなよ」
「いいんだよ、これが仕事だ」
 川だった。一緒に飛び込まされた。

  ◇
 
 別に、ジメレオンに何の才能もないわけではない。エースバーンとは体の使い道が違うのだ。親が兎の方ばかりに顔を出すから、こういうことに気づけない。
 ユナイトは多種多様なポケモンが自分たちの役割を果たして勝利を掴むスポーツだから、ゼラオラはそう考えた。
 とりあえず、水に入れてみた。それでだめならまた別のことをさせる。狩猟、採集、工作、学問、何かは当たるだろうというのんきな発想だったのだが、最初に当たりを引いた。
 川に電気を流して感電させるのは反則だと取り決めをして、小魚の捕獲競争をした。
 ジメレオンの身体能力のほどはよくわかっていなかったが、万一溺れてもこの大きさならゼラオラでもなんとかなるし、実際杞憂だった。
 すいすい泳いでばさあ、とびくに投げられていく小魚たち。慣れない水中での格闘にゼラオラが苦戦しているのを揶揄う余裕まで出てきて、木の下でムスッとして腐れていたクソガキとは大違いだった。
 結果はゼラオラの惨敗だった。
「得意なこと、あるじゃねえか」
 バーベキューで焼いてもらった。これはジメレオンが取ったと、全員に自慢して回った。

  ◇

 その日は子供の世話はせずに、大人たちで家屋の修繕をしていた。兔ばかりで手が足りない、これが本当の猫の手を借りるだガハハと、族長兔は笑った。
 子供は子供だけで楽しくやっているだろうとほったらかしにされていたが、子供だけにしておくと、しばしば良くないことが起こる。
 わああ……、と、歓声ではない子供の叫び声が上がった。
 兎が何匹か様子を見に行ったが、いつもの子供の戯れだと言って帰ってきた。  
 エースバーンとゼラオラは、それはそうだと思いながらも、現場を、一応見には行った。
「おい! どうした!?」
 いなくなったのはジメレオンだと、すぐにわかった。
 が、その時はどうせすぐ帰ってくるだろうとタカを括っていた。他の大人たちも同様だった。

  ◇

「ジメレオン、まだ帰ってこない」
 いよいよ日が傾き、夕方に差し掛かろうという時刻になって、大人たちも焦り始めた。
 まだ明るいのは救いだが、どこに行ったかは全く見当がつかない。
 何よりまずいのは、空気が重く、湿っている。入道雲が発達して雷雲に進化しようと頭を垂れ始めた。自分が雷を操るからこそ、ゼラオラにはそれがよくわかる。風も出てきた。
 ――はやく見つけないと、夕立に降られる
 この場にいる大人の大半はエースバーンで、タイプは当然ほのお。豪雨に打たれ続ければ体力を消耗して自滅してしまう。
「皆さんそこにいて! 俺が探してきます!」
 場所に心当たりがあったわけではないが、動いていいのは雨に打たれても雷に打たれても平気な大人のゼラオラだけ。
 すぐに体が動いた。

  ◇

 雨は本降り、雷は最盛。周りは大雨特有の暗さで、しょっちゅう稲光に目をやられる。声を出してもこのバケツをひっくり返した滝のような雨音にかき消されて聞こえやしないだろう。
 ぬかるんできた地面に足を取られ、溜まった水溜りに嵌り、風雨で雨の弾丸が突き刺さる。
 ジメレオンは水ポケモンだから、雨だけなら致命傷には至らないだろうが、問題はかみなりが落ちていること。
 まだピカピカ閃光が眩しく、たまに遠方でドォン、と音がするくらいだが、いつここまで落ちるようになってもおかしくない。
 この雨では鼻が良くても効かないだろう。耳がよくても聞こえない。目が良ければ少しは役に立つだろうが、結局のところ、一番大事なのは、運と、感。

 ――いた
 しばらく走り回って、ようやく見つけた。寄らば大樹の陰と、最初の頃のように木の下で縮こまっていた。
 これでめでたしめでたしとはいかない。とにかく無事なのか、それを確かめなくてはならないが、雨も風も雷も、一層強くなっていた。

 疾風迅雷。
 ゼラオラの本能が、自己最速の加速と危機感を持って、大樹の下のジメレオンに向かっていく。突っ込んでくるファイアローより速かった、というのはのちの彼の回想である。
 ジメレオンは何が起きたのか分からず、体が浮いたので不思議そうな顔を顔をしていた。ゼラオラの渾身の走りは大樹からジメレオンを十分引き剥がしたところで止まった。
 そして、雷が落ちる。ゼラオラの本能で察知してしまった。だから体が動いた。
 大樹が焼ける。電流は地面に伝わり、周りを焦がした。ゼラオラも雷を感じたが、一仕事の後には呆然とするしかなかった。
「……気分はどうだ」
 大雨に打たれつつも、ジメレオンとゼラオラはようやく言葉を交わした。
「あ……あ……うわあ……」
「雨で泣いてるかどうかもわかんねえよ、好きにしろ」

  ◇

「なんで飛び出した」
 しばらく雨を凌げそうなところを探した。ゼラオラが雷を感じられるから、また大きめの木を探し、面積の広い葉っぱを何枚か切って雨と、防寒具代わりに巻いて耐えている。
 ジメレオンは水ポケモンだから、雨自体は平気らしく、主にゼラオラが葉にくるまって凌いでいた。
 状況が落ち着いたので、話は再開した。
「やっぱり、おれにサッカーは向いてないって」
「そうか。残念だったな」
 変なことを言われたのだろう。これまで不機嫌そうに眺めていたやつが急に仲間に入ってきて、そのうえ下手くそ。悪口の一つや二つ言われるに決まっている。それが良いことか悪いことかは別として。
 ユナイトを長年やっているゼラオラにも、自分が関係したり、無関係の場面だったり、規模の大小を合わせて何度もそういうことは見てきた。
 鼻水をすすった。
「それで、泣いて好き勝手して、このザマだぜ」
「……」
「もちろん嫌なこと言うやつが一番悪いんだけどな」
 そういうのを、全員が全員理解できれば話は単純だが、物事は簡単じゃないと子供も、大人だってよく知っている。
 しばらく沈黙ののち、ジメレオンは意を決して呟いた。
「もう泣かないよ」
「それがいい」
 雨も風も雷も、ようやく緩む兆しが出てきた。

----


「ジメちゃん、ジュニアのユナイトチームに入ったんだって! ゼラオラのお陰だね!」
「まじか」
 しばらくのち。彼らのチームは微々たる成長曲線ながらも実績を積み重ね、いよいよエリート帯からマスター帯へと差し掛かる段階まで来た。
 もう託児所も寺仕事も塾講もその他単発バイトも、シフトに穴をあけることが普通になっていた。
 ジメレオンも親戚同士ではまだ交流を嫌がるが、全く知らない者同士ならそれなりに行けるということで、全員が全員知らないもの同士のスポーツチームに入る選択をした。
「いつか対戦したらぶっ飛ばしてやるか」
「あはは、もう泣かないだろうね」


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