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血を啜る白 の変更点


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*血を啜る白 [#AOuIP1X]

作者:[[COM]]

 そこの旅行く御仁。貴方が手に持つそれはここ最近普及しだしたというからくりだったかね?
 名前は確か……そうそう、モンスターボールという名前でしたな。
 身の危険を感じると身を縮め、難を逃れるという同一の性質を持つ故、そのからくりで捕まえれば懐に収まるという奇妙奇天烈な獣ということで付いた、『ポケモン』を捕まえ、調査し、人々に正しい知識を広めんとする調査団の一人、とお見受けした。
 失礼、私はミチノベ。不肖ながら語り部をさせてもらっている旅人です。
 魑魅魍魎が跋扈するこの時勢、貴方のような方が知恵を広め、人々の不安を少しでも取り除こうと助力する様、正に頭の上がらぬ思いです。
 しかし、順風満帆な今こそ気を引き締めるべきでしょう。
 どれ、一つ語りましょう。
 この地に伝わる噺、貴方への戒めにもなるように。



     血を啜る白



 時は今より半世紀以上も前の話。まだ『ポケモン』の名が存在せず、数多の超常を操る獣達がただそのまま獣と呼ばれていた頃。人々は獣を恐れ、夜に怯える必要のない人の住める地を探し歩いて切り拓き、漸くぽつりぽつりと安住の地を手に入れ始めた頃。獣は我が物顔で世界狭しと闊歩していた時代。
 燃え盛る火の河の中に、深遠なる海原の底に、何の変哲もない草原にも、そして鬱蒼と茂る陽の光も届かぬような森の中、果ては地の底我等の足の下、仰ぎ見るしか適わぬ空の彼方にまで、獣共は心地よい寝床のように住み着き、それに見合う力を備えていた。
 人間にはからくりを作り、田畑を耕し、その地に根付くための知恵を絞ることはできるが、瞬時に灼熱を吹き出したり旋風を起こす事は叶わない。
 誰もがその獣達を恐れていたが、同時に獣達もまた生き物。傷を負えば弱り、そして情けを受ければその恩を決して忘れぬ。
 故に極稀ではあったが、獣達と縁を結び、共に歩む者も現れていた。
 獣の助力を得た人々はその力を用いて生活を豊かに、また別の者は来る侵略者を打ち倒す為の牙とする。故に獣を恐れ、同時に畏れを持って人と獣が少しずつ互いを理解し合い、分かっていた袂を結び始めてもいた時代。
 そこにサトルという名の六尾の狐と縁を築いた青年がいた。
 草原で鳥共に追い詰められ、弱っていたところをサトルは何か思うところがあったのか割って入り、助けたのだ。
 結果その狐はサトルを慕うようになり、寝食も共にする仲となった。
 サトルは元々聡い青年であった。既に獣達には同種でなくても襲い合う間柄では無い個体がいることに気付いており、それは人であっても大差無いだろうとの考えだったようだ。
 その考えは正しく、狐はサトルの言う事をよく聞き、決して他の人を襲うような事もなかった。
 気付きを得たのは何も仲の話だけではない。狐は言葉こそ達者ではなかったが、明らかにサトルの言葉の意味を理解しており、くるりと回れと言えばその場で回ってみせ、火を噴きと言えば火を噴く。そして獣は異なる獣とも言葉を交わしているらしく、別種同士でも争う気さえなければ世間話でもしているかのように見えたそうだ。
 そこでサトルは思い立った。
 あらゆる獣の姿形を書き記し、特記すべき特徴を記載した姿書きがあればきっともっと獣に襲われて命を落とすような被害が減るだろう、と。
 思い立ってからの行動は早かった。村の周辺に住む獣達を調べ、狐に気を引いてもらっている間にその姿を書き写す。そして書き写した獣に一先ずの名前を付け、主にどんな業を使うのかを記し、気を付けるべき点を纏めた物を村に配って回った。
 小さい村故、その内容が全員に行き渡るのに時間は然程も要さなかった。
 見事サトルの狙いは的中し、小鳥に突風を起こされて鞭打たれるような事も減り、怪我で済む者は多くなった。
 だが、帰らぬ者は未だ減らず。
 それもその筈、肝心要の獣達がよく出没する住処についてはまだ調べが追いついていなかったからだ。
 故にサトルは決心した。
 周辺の地形を書き記し、出没する獣達の分布と何処で襲われたものが多いのかを調べ、より人々が安心して旅をできるように、より詳細に、より詳しく書き纏めた百科を作る、と。
 これが今調査隊が作っているポケモン図鑑と呼ばれる物の前身にあたる代物ですな。
 さて、話を戻しまして、サトルの足の軽さは言うまでもなく、すぐさま長い旅に備えて荷物を纏め、狐と共に村を後にした。
 近くの草原の調査に始まり、森、洞窟、沼地、山岳、海岸……あっという間に自らの脚で行ける場所を調べて回り、まだ当時はなかった詳細な周辺の地形も把握できる地図もおおよそ出来ていた。
 残すは来る者を拒み続ける白き凍土と天厳なる霊峰のその裾に広がる山麓。
 上等な紙のように白い雪原は見る者の心を奪う程美しい。だが、その実濁り無き白の大地は謂わば墨を落としていない紙と同じ。
 吐く息さえも白く凍る大地に息づく命はこれまで見てきた地よりも明らかに少なく、故に今日を生きる為に誰もが食料を求めて彷徨う白き餓鬼道。
 草木に木の実、草の生える地では命を狙われながらも生きるために草を食む獣が息づき、それらを狙う獰猛な獣が常に目を光らせている弱肉強食の世界。
 だが、これまでの旅も決して楽な道ではなかった。
 サトル自身も獣の気配を感じ取る勘が鋭くなり、襲われたとしても多少のことでは怯まぬほどの屈強な身体になっていた。
 なれば元々自然に身を置いていた狐の方はというと、六つに分かれていた尾は九つに分かれ、揺らめく業火の如き姿へと変えるほどの強さを得ていた。
 身の丈はサトルに迫るとも劣らず、いざ戦うとなればその長き尾を炎のように揺らめかせて炎を纏う。
 その気になれば既にサトルなどいつでも炭に出来るほどの力を備えていたが、最早語るまでもないほど彼等は互いを信頼していた。
 だからこそ今ならばその白き裾野を踏破できると踏んだのだ。
 真っ先に向かうは白き裾野に住むシンジュの民の集落。
 彼等にこの地で生きる知恵を授かり、水辺に住む寒さに強い海獣の皮で作った衣に身を包み、必ずシンジュの民にも自らの知恵を分け与えると約束し、白き地の調査を開始した。
 雪原の獣達は強く、諦めが悪い。ようやくありつけた獲物を逃すまいと皆必死なのだ。
 しかしサトルと狐も最早ただ逃げ惑い、隠れ潜んで調べて回らねばならぬ程の弱者でもなかった。
 白に塗られて久しく忘れられていたであろう雪原の雪の下すら顔を出す程の熱を帯びた炎が情け容赦無く襲いかかる獣共へと噴きつけられる。
 寒さに強いその極寒の地の獣達は逆に熱には極端に弱かった。
 突如襲う恐ろしい熱とそのような地では見た事も無いであろう踊る炎にあっという間に戦意を失い、襲い掛かる獣を片っ端から退けていった。
 とはいえ戦い続けるのにも限度はある。
 敵の少なそうな雪洞を見つけ、その端に火を起こし、狐と共に体力の回復を図るために軽く眠りに就く。
 普段ならば獣が寄り付けばサトルか狐のどちらかが気が付き、すぐに身構えるものだが、次に目を覚ました時にはいつの間にか白い狐が一匹増えていた。
 燻る火を前に小さくなっている様子を見るに、暖を求めて寄ってきたのだろう。
 別段敵意が無かったためか、九尾の方も特に警戒していなかったため、サトルはそのままうつらうつらとする白い子狐を絵に収めていった。
 描き終わる頃には目を覚ましていたらしく、目の前の見知らぬ獣と人間が目を覚ましていた事に気が付き少々狼狽えていたが、同じ狐故九尾によく与えていた食事と同じ物を分け与えてやると子狐は夢中でそれを頬張り続けていた。
 警戒心の無さからそれが成体でない事は推察できたため親の存在を警戒していたが、暫くしても現れなかったため、次の場所へと往こうとするとその子狐まで付いてきてしまったのだ。
 これまでにも行先で縁を結んだ獣は少なからず存在はしたが、其方のように複数の獣を連れ歩くためのからくりも存在しなかった時代。故に九尾以外とは一期一会の出会いで、いずれは別れてきた。
 そのため今回の子狐も今だけの関係だと狐の方からも言い聞かせて連れてゆくことにした。
 だがこれがまずかった。
 その後の凍土の調査は正に破竹の勢い。最早野生の獣共はサトルと九尾を天敵とみなしたのか、見れば寄り付かなくなっていたため始めに比べると調査はとても楽なものになっていた。
 子狐の親が現れるかと始めに出会った雪洞の付近へも何度か向かったが、やはり親らしき獣が現れる様子はなかったため、この厳しい地で生き抜いていけるようにするために子狐の狩りの訓練も付き合うようになったのが日課となっていた頃。
 子狐のこと、順調に進みだした雪原の調査に加え、シンジュの民に教わった防寒によって最早その地を踏破するのも目前と迫っていたサトルは慢心していた。
 常に烟る天冠の山麓からは時折冷たい風が吹き降ろす。
 それこそが凍土を常に白く染め上げる正体だったのだが、その日はいつもと様子が違う事をサトルは気が付くことができなかった。
 否、気付いてこそはいたが、いつもの雪だと高を括ったのだ。
 本来ならばシンジュの集落の世話になるべきところを地図と百科の完成が眼前に迫っていたが故に逸ってしまった。
 サトルと九尾を遠くから伺っていた獣達の姿も全く見なくなっていた事に気付いた頃にはもう遅く、神の怒りだとでも言うのか、この地を創りたもうた神の住むと言われる頂きから一寸先すら見えぬ程の猛吹雪が吹き降ろしてきたのだ。
 流石にサトルも二匹の狐共々雪洞の中へと逃げ込み事無きを得たのだが、この猛吹雪ではとてもではないが歩くことすらままならない。
 火を起こして一人と二匹、吹雪が去るのをただ黙して待つだけとなったが、一夜明け、二度目の陽が沈み……五度目の日の出を迎えてもその吹雪は決して勢いを衰えさせない。
 元々この地に住む子狐と炎を操る九尾は幾分か問題のなさそうな様子だったが、サトルはそうはいかない。
 火を起こそうにも肝心の燃料が無く、食料も残り僅か。
 狐に身を寄せ寒さを凌ぎ続けていたが、体力の限界は近かった。
 そうして耐えること十日目の朝。漸く陽の光が白い大地を再び照らした。
 だが、それは同時にサトル達のように吹雪を凌いでいた獣達が活動を再開する事も意味する。
 そして最悪の状況で、子狐の親がサトルに連れられた彼等を発見してしまったのだ。
 対峙した時、飢えた獣よりも恐ろしい存在はこの世にはいないというが、それを上回るのは子を守る母だろう。
 ならばそれらのどちらにも当てはまる者が目の前に現れたとすればどうなるか。それは火を見るよりも明らかだろう。
 疲労困憊に加え空腹のサトルと九尾は対峙する朧狐の動きに対応することができなかった。
 子狐の必死の声も飢えと怒りに掻き消され、終ぞその耳に届くことはなかった。




 この話はここまで。
 忘れるなかれ。恐るるべきは獣のみに非ず。
 人も獣も自然の前には同じ木っ端にすぎぬ。
 天より降り注ぐ雷に撃たれれば獣とて死に至る。吹き荒ぶ風は家ばかりか木々も命もなぎ倒す。
 誰も天の怒りには逆らえぬ。
 故に慢心するべからず。
 獣ばかりに気を取られ、空の様子を見るのを決して忘れてはならぬ。
 そうすればこの噺の者と同じ末路を辿る事はなかろう。
 ポケモン図鑑とやらの完成、心待ちにしております。
 いつか貴方達調査隊の話を私が各地へ説いて回る日を、楽しみにしておりますとも……。


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*あとがき [#2cIg6xz]
 本来はポケモン小説スクエア様で開催された『覆面作家企画11』用に書いた作品でしたが、エントリー締め切りを見誤ったため生まれたただの作品となってしまったのです。
 とはいえ、普段の自分だとあまり書かないようなタイプの書き方をした作品なので、幅を広げられたと考えればヨシッ!!
 ということでまた別の機会があれば……。

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