※この物語はフィクションです。某ベストウイッシュ第10話とは一切関係ありません。 ※&color(#FFFFFF){SMちっくなテイスト};があります。 ***蔦擦れの逢瀬 [#w106bf77] writer――――[[カゲフミ]] モンスターボールの外で眠るのは久々でのびのび出来ていいけれど。このふかふかのベッドは私には柔らかすぎるのかしら。 どうにも寝つけずに、私は体を起こした。すぐ隣からは静かな寝息がいくつも聞こえてくる。ポカブにミジュマルにマメパトに。皆よく眠っているみたい。 私たちが眠っているのは二段になっているベッドの下の方。この部屋には壁に沿って二つの二段ベッド、合計四つのベッドがあった。 向かいの二段ベッドの下側には私のトレーナーと、そしてピカチュウが。あいつのすぐ傍、ピカチュウの特等席ね。 あいつにとってピカチュウは特別な存在だってこと。仲間になって日が浅い私でも分かる。いつも一緒だもの。ちょっとだけ。ほんのちょっぴりだけど羨ましい。 今夜はポケモンセンターの広い部屋が空いてたらしくて。一つ余ったベッドで私たちもボールから出して寝かせてもらったのだ。 その心遣いはありがたかったのだけど。私はボールの外で寝るなら、ベッドよりも草々の柔らかさの方が落ちつけるようね。 どうしようかな、中途半端に目が冴えちゃった。このまま瞼を閉じても眠れそうにないし、気分転換に外の散歩でも行ってみようかな。 皆が起きる前に戻ってくれば心配させることもないだろう。夜中だし、私もそんなに遠出はしないつもりだ。 私は足音を立てないようにベッドから床にそっと降り立った。部屋の入り口のドアじゃなくて、窓の方に向かって歩き出す。 夜も遅いとは言え、ポケモンセンターにはまだ人がいるかもしれないし。センターの人やタブンネに見つかって引きとめられでもしたら面倒だ。 窓際まで来ると、私は首元から蔦を伸ばして鍵を回す。背は届かなくたって私には蔦がある。回すだけで開く鍵ならちょろいもの。 蔦を窓の縁に引っ掛けて出来る限り慎重に、自分が通れるくらいの隙間になるまで開ける。錆ついてない窓でよかった。 ここで、念のため後ろを振り返ってみても誰かが起きているような気配はない。大丈夫、誰も気が付いてないよね。 窓の枠にぴょんと身軽に飛び乗ると、迷うことなく私は外へと飛び出していた。もちろん開けた窓を閉めるのは忘れずに。 今私は単独で行動している。バトルの時と違ってトレーナーの指示もないし、仲間に気を遣う必要もない。 私が好きなように、やりたいように。自由に動き回っていいんだ。何だか自然と笑みまで浮かんでくる。 別にあいつの元に居るのが、仲間と一緒にいるのが嫌なわけじゃなくて。ただ、自分の意思だけで外を出歩く感覚が懐かしくて、気分が高揚していただけ。 このポケモンセンターがあったのは割と街外れだったみたいね。すぐ近くで緑の匂いがする。私は嗅覚を頼りにそちらへ向かって歩き出した。 散歩に気分転換以外の目的は特になかったけど、せっかくなら安らげる方がいい。私は自然の草木に囲まれているだけで、穏やかな気持ちになれる。 それは私が草タイプのポケモンだから、なのかな。夜だから日の光を浴びて光合成が出来ないのが少し残念ね。 でも今夜は天気がいいみたい。月が出ているおかげで明るくて。私の影が地面に映っている。歩く分には外灯がなくても全く困らないくらいだった。 ポケモンセンターから歩いて数分。ちょっとした草地まで私はやってきた。草むらよりも小さな草原という表現が合いそうな、それなりの広さ。 月明かりを浴びてほんのりと照らし出され、風に吹かれてさわさわとなびいている。そうよ、私が求めていたのはこういう雰囲気。 私が緑に囲まれてリラックスするには申し分ない。足を踏み入れてみると、肌に擦れる柔らかい草の感触が心地良かった。 思わず全身でごろごろしたくなったけど、寝っ転がるのはやめておいた。そうすると、草々と風が織り成す子守唄で眠ってしまいそう。 あくまで散歩。自然を堪能して気分転換できたらポケモンセンターに戻らないと。それを念頭に置きながら、私は草原を進んでいく。 夜も遅いから野生のポケモンたちも眠ってるのかな。私が足音を立てても、草むらが不自然に揺れることはなくてとても静か。 だからこそ、草原を撫でる風の音が余計に際立って聞こえてくる。私はふと、足元にあった手ごろな葉っぱを一枚千切って口元に当ててみた。 両手で葉っぱの両端を抑えながら息を吹きつける。草笛のつもり。私は技として使えないけど、昔、ハハコモリが吹いているのを見たことがあった。 優しくて綺麗な音色で、森のポケモンたちが周りに集まって聞き惚れていたのをよく覚えている。それの見よう見まねでやってみたんだけど……だめね。 葉っぱの隙間からすーすーと息が漏れるだけでさっぱりメロディーに、音にすらならない。やっぱり一回見ただけで吹けるような簡単なものじゃないのかしら。 こんな静かな草原の真ん中で草笛の音を響かせられたら素敵なのになあ。なかなかイメージ通りにはいかないみたいね。 小さくため息をついて、私は持っていた葉っぱを離す。手を離れた葉はひらひらと風に乗って飛んでいった。 私は何気なくその葉っぱの行方を目で追いかけていて。何度か宙でくるくると回った後、草の上へと着地する葉。 葉っぱが落ちた個所の少し先に居た薄緑の影と、丁度目が合った。あら、いつの間にそこに。さっきは気配なんて感じなかったんだけど。 私が草笛に夢中になっていて気がつかなかっただけか。音の出ない草笛を必死になって吹いてるところ、見られてたかしら。だとしたら恥ずかしいわね。 「あ、君は……」 その影は驚いたように声を上げて私の顔を見る。ん、驚きぶりからすると私のことを知ってたりするのかしら。 確認するため、私は声の主にちゃんと向き直る。月明かりのおかげでわざわざ傍までいく必要はなさそう。輪郭もはっきりしてるし。 細長い薄緑の姿で、色合いは私と酷似していた。進化形なんだから面影があるのは当然と言えば当然か。 私が思い当たるジャノビーの知り合いは……うん。行きつく先は一匹しかいないわね。考えるまでもなかったわ。 「ああ、昼間の」 てっきり私は野生のポケモンが出てきたものだとばかり。まさかここでトレーナー付きのポケモンと会うとは思わなかった。 ああでも、向こうから言わせれば私もそうなっちゃうか。だからジャノビーは驚いてるのかな。にしても、ちょっと慌て過ぎというか。 目線があちらこちらを彷徨っている。妙にそわそわして落ち着かない感じ。何だろう、私がいたらまずいことでもあるのかしら。 「どうして、君がこんなところに?」 「何よ。いつどこに居ようと私の勝手でしょ」 進化形が相手でも下手に出るつもりなんてない。突っぱねるかのように強い口調で私は返す。 別にジャノビーは私のトレーナーでも仲間でもあるまいし。私の行動にとやかく言われたくはない。 もし私にけちを付けるなら、彼の方こそこんな時間にここで何をしているのかという話だ。私は特に彼の動向に興味なんてないけど。 「え、あ……ごめん。それもそうだね」 ジャノビーはばつが悪そうに下を向いてしまった。あんな突き放すような返事をしたんだ。一言二言反論されてもおかしくないのに。 体は私よりも大きいくせに、威勢がないわね。もちろん彼を怒らせたかったわけではないのだけれど。 彼が黙りこんでしまったのはたぶん、単に気が小さいだけとかそういうのじゃない。俯いてはいるものの、時々ちらちらと私の方を見ているのが分かる。 やっぱり変だ。私を前にした彼は明らかに挙動不審。昼間のバトルの時はもっと堂々としてて全然そんなことはなかったのに。 私が当てるつもりで打った蔓の鞭を軽々とかわしてみせたのをよく覚えている。その時と同じジャノビーとはとてもじゃないけど思えない。 実は普段はこうで、バトルになれば性格が変わるタイプだったりするのかしら。少し気になった私は彼に近づいていく。 私が距離を縮めるごとに、いちいち反応するジャノビーの体が何だか面白かった。おかしなダンスでも踊ってるみたいで。 今はバトル中でもなんでもないし、身構える必要なんてないのに。つくづく変なポケモンねえ。 私はじいっとこのジャノビーの顔を眺めてみる。彼の方が大きいので正確には見上げていたのだけれども。 「な、何だよ」 このジャノビー、私が目を合わせようとすると反らす。反らした所へ合わせようとするとまた反らす。 地味な攻防が数秒続いた。先に折れたのは私。何が何でも目を合わせない気ね。 私の目を真っ直ぐ見られない理由でも……ん、彼の頬がほんのり赤くなってる気がするのは、私の気のせいかしら。 ひょっとすると。大胆な行動ではあるけど試してみようかな。もし違ってたら、このツタージャはなに寝ぼけたことを言ってるんだと思われるかもしれない。 別にいいか。彼からの印象悪くなっても困らないし。ジャノビーとはトレーナーも違うから、頻繁に顔を合わせるわけでもないしね。 草笛もうまく吹けなくて手持無沙汰だったところに、ちょうど彼は現れてくれた。少しは私の夜の散歩を楽しくしてくれるといいな。 「ねえ。昼間のメロメロがまだ残ってるの?」 「え……ち、違っ、そんなんじゃないっ!」 顔をさらに赤くしてぶんぶんと首を横に振るジャノビー。ここまで大げさに否定するのは、逆にそうですと認めているようなもの。 図星を突かれた彼の動揺っぷりはむしろ清々しいわね。ふうん。さっきから私を前にしてそわそわしてたのはそういうことか。 バトルの時の一時的なメロメロが抜けきらないなんて、可愛いところがあるじゃない。技を受けるのは初めてだったのかしら。 でも、技は技。メロメロを使うのも作戦のうちで、本人の気持ちとは全く別問題。変に本気にされても困っちゃう。 「残ってるのは、メロメロじゃなくてさ……」 下を向いてぼそりと呟くと、ジャノビーは私の首元を見やる。黄色い突起が二つ、反り返るように伸びている個所を彼はしきりに気にしている様子。 はっきりしないわね。メロメロじゃないなら何なのよ。そこは私の蔓の鞭の出所だけど。ん、もしかしてメロメロじゃなくてこっちなのか。 でも蔦が気になるなんてどういう了見なんだろう。私は試しにしゅるりと首元から二本の蔦を伸ばして、ジャノビーの目の前でちらつかせてみる。 伸びた蔦を目の当たりにして彼の瞳が一瞬だけど大きく開かれたのを私は見逃さない。ふうん、やっぱり何かあるみたいね。 手がかりは掴んだものの、これだけじゃはっきりしない。そわそわしつつも、ジャノビーはだんまりを決め込んで口を割ろうとしないし。 ただ、彼はどことなく期待の色を含んだ瞳で私の蔦をしっかりと捉えている。そんなに気になるのなら、これはどうかしら。 「な、何をっ……」 ジャノビーの戸惑う声を聞き流すと、私は伸ばした片方の蔦を振りかぶって。彼のお腹目がけて一気に振りおろしてみた。 ぴしりと乾いた音が静かな夜の草原に響き渡る。ジャノビーの体ががくんと揺れた。口元からは細い呻き声が零れ落ちる。 このままじゃ埒が明かないから、私がこんな行動に出れば彼も何らかの反応を示すはず。かなり手荒い選択だったとは思う。 まあ文句を言われたとしても、私が強く出ればジャノビーを黙らせることはできそうだったから思い切ってやってみたのだけど。 多少加減はした。でもしなやかな蔓の鞭。当たったら痛いはず。それなのにジャノビーは、蔦が当たった個所をまじまじと眺めているだけ。 「あなたの能力なら造作もないはずよ、どうして避けなかったの?」 不意を突いたわけでもない。蔦を振り上げるところまでジャノビーは見ていた。これから攻撃しますよと言っているようなもの。 回避したり、自らの蔦で弾き返したりするチャンスは十分にあったはずだ。昼間は出来たのに夜になると出来ない、なんてのもおかしな話。 彼とのバトルを行ったのは室内だったから、太陽光を浴びて身が軽くなっていたとも考えにくいし。 「それに……どうして怒らないの?」 一番気になっていた。何の謂れもなくいきなり蔓の鞭を打ちつけられて。もし私だったら何するのよ、と声を荒げていたところ。 それでもジャノビーはどこかぼんやりとした顔つきで、打たれたお腹に手を当てている。白いお腹に蔓の鞭の跡が残り、若干赤くなっていた。 傍から見ても大したダメージじゃないとは言い難い。痛そう。うん、鞭を振るった私が言えることじゃないけど。 非難の一つや二つ飛んできてもおかしくないのに。なお黙ったままの彼は私にとってひどく不気味に思えてならなかった。 「もっと」 突如、私の方に迫ってきたジャノビー。若干息を荒げて、目つきをとろりとさせて。苦痛ではない、明らかに悦んでいる表情だ。 あ、これはやばい、と私の本能が警鐘を鳴らしたらしくて。思わず後ろに飛びずさっていたことに後から気がついた。 「あ、ま、待って。君には何もしないからさ……」 ジャノビーの手が届かないところまで後ずさって、私は恐る恐る彼の顔を見る。もう彼は目をそらしたりはしていない。 若干頬を染めながらも、ジャノビーの双眸はしっかりと私を映していた。何もしない、なんてどの顔が言ってるのかしら。信じられるわけないじゃないの。 ただ、彼が本気を出せば逃げる私に追いつくことなど容易いはず。未進化と進化形の基本的な能力差の壁は厚い。 まだ私が無事なのは、彼が加減をしているのか。あるいは本当に言葉通り何もする気がないのか。どっちなんだろう。 「さっきみたいに蔓の鞭で……ぼ、僕を叩いてくれるだけでいい」 開いた口が塞がらなかった。そんなことしたって痛いだけじゃない。あなたは何を言ってるんだ、とジャノビーの顔を再度確認すると。目が、本気だった。 寒い季節じゃないはずなのに背中がぞくりとした。正直バトルの時よりもずっと、彼の顔つきは尋常じゃない雰囲気を纏っていて。 どうしよう。私としては何も聞かなかったことにしてこの場を去りたい気分だったけど。私が逃げても追いかけてきそうなのよねえ。 「昼間の君の蔓の鞭、すごくよかった。バトルが終わっても感覚が忘れられなくて……」 ええと、私のメロメロで彼が怯んだ隙に、何発か鞭を叩き込んだんだっけ。びしばしと良い音してたし、あれはクリーンヒットしてたような気がする。 更にはさっき私がジャノビーに向けて蔦を振るったことが合わさって、彼の中の変なスイッチが入っちゃったのか。 煮え切らない態度が気になって行動に出てみたけど、本能に忠実になっちゃったジャノビーもめんどくさいわね。 「だから、だ、だめかな?」 「……私に何もしないって、嘘じゃないわよね」 「もちろんさ」 ジャノビーの顔がぱっと明るくなった。私が条件を承諾したとでも思っているのだろう。生憎それは早合点というもの。 私は無抵抗の相手に鞭を振るって悦ぶような趣味なんてないし。ジャノビーの真意をもう一度見極めるために尋ねただけ。 ふむ。顔色を窺った限りでは嘘を言ってるようには思えなかった。だけど、私を油断させるための口実だと考えられなくもない。 私の身体能力では彼に敵わないから、もし嘘だった場合は想像したくないわね。いざとなったらメロメロで突破――――いや、余計状況が悪くなっちゃうか。 結局はジャノビーの良心に任せるしかない。始まってもないのに興奮気味だし、どうも説得力に欠ける。どうしたものかしらね。 「待って、まだやるなんて一言も言ってない。それに、誰かにものを頼むなら相応の態度で示しなさいよ。ねえ、ジャノビー?」 意地の悪い笑みを浮かべながら、私は彼に問いかけた。乗り気じゃない相手の快諾を促すには、ご機嫌取りくらいはしてもらわないとねえ。 ジャノビーははっとして姿勢を低くし、地面に手を付ける。そして頭を草の上に擦りつけるようにして、お願いしますと小さく呟いてくれた。 進化前の私に頭を下げるのに、何の躊躇いもなかった。察しが早すぎて、私の方がびっくりしたくらい。 なるほど。これが彼の返事か。今のジャノビーなら私の言うことを何でも聞いてくれそう。進化形を自分の意のままに手のひらで転がせるなんて、なかなかない機会。 夜の散歩に出かけて、彼とは思いがけない遭遇だったけど。鳴りもしない草笛よりもずっと面白そうな玩具が転がり込んできたのかもしれない。 「それで、あなたは私にどうして欲しいの?」 頭を下げたジャノビーの元まで近づいていき、私は囁くようにして彼に問う。お願いしますと頭を垂れるのは最低ライン。 常軌を逸脱した頼みごとだし、ハードルが高くなるのは必然的。ジャノビーには私にどこまでも屈服するくらいの勢いでやってもらいたいところ。 「ぼ、僕を、その」 「聞こえない」 私はぴしゃりと言い放ち、ジャノビーの言葉を遮断する。ぼそぼそとくぐもった声じゃだめ。もっと力強く堂々と。そう、この草原に響き渡るくらいに。 俯いたままの彼の頭が揺れる。この期に及んで躊躇うことなんてあるのかしら。蔓の鞭がよかった、なんて私に面と向かって言ってたくせに。 「どうか僕を、あなたの……」 「もっと大きな声で。はっきりと願望を言ってみなさいよ」 ジャノビーの目がぎゅっと閉じられる。ここで彼が黙ってしまったのならそこまでだ。 せっかく私が協力してあげようとしてたのに、自分を捨てきれずにいた哀れなジャノビー。そう見下しながら私は草原を後にしていたことだろう。 私の気持ちを近づけるか、それとも遠ざけるか。すべては彼の行動次第。暫時、沈黙を保っていた彼だがやがて大きく息を吸い込み。そして。 「どうか僕をあなたの蔓の鞭で苛めてください、つ、ツタージャ様!」 ジャノビーの心の叫び。近くの草むらで眠っているポケモンがいたら、驚いて飛び出してきてもおかしくないくらいの声量。思わず顔をしかめてしまったくらい。 彼の切実な望みは確かに届いた。届きすぎて耳の奥が少しじんじんする。ツタージャ様、か。様付けで呼ばれるなんて初めてだわ。 でも、気分は悪くないものね。ジャノビーが私をそう呼んだ瞬間、彼は自ら私の下僕となることを選択したのだ。上出来よ、それじゃあ望み通りに。 私は首元の蔦を振りかぶって。まずは一本目、続けざまに二本目。ジャノビーの黄緑色の背中に向かって、一気に振りおろす。 「あうっ」 しなやかな蔓が織り成す乾いた小気味よい音に、彼の情けない呻きが混じる。苦痛に耐えきれずに漏らすような声じゃなくて、喘ぎに近いもの。 蔦が触れた瞬間、うつ伏せになっていたジャノビーの体がびくりと動いた。快楽を感じるとはいえ痛いものは痛いのか。 とりあえずジャノビーに言われたように鞭を振るってみたけど、こんな感じでいいのかしら。 加減しすぎて物足りないなんて言われても腹が立つし、だからって力を込めすぎて怪我させちゃうのもちょっとねえ。 私とて鬼畜じゃない。相手の流れる血を見て興奮するような趣味はないし。何より私の大事な蔦が彼の血で汚れてしまうのは嫌。 ジャノビーは今のでどうだったのかなと恐る恐る足元の彼の顔を見てみると、笑っていた。頬を紅潮させ、焦点の合わない目をしたまま口元だけは吊り上っている。 ああ、体内の温度が一気に下がっていったような気がする。次からは出来るだけジャノビーの顔は見ないようにしなくちゃ。 その場の流れで引き受けるような形になっちゃったけど、私ったらとんでもないのを相手にしてるのかも。 ま、私自身に実害がないんだったらそれでいいのよ。うんともすんとも言わない草笛とにらめっこしてるよりはずっと面白そうだし。 蔓の鞭の振るい方や力加減はひとまずこんな感じでよさそうね。とにかくジャノビーは笑ってたんだから、不服なわけではないでしょう。 私は再び蔦を振りかぶると、彼の背中への殴打を続行していく。一度当たったところは赤くなるので、次に狙うのは別の個所。 皮膚が破れて血でも出てしまったら面倒だ。たとえ流血してもジャノビーは怒ったりしそうには思えなかったけれど。 首元に近い部分から、尻尾の付け根まで。余すところなくびしばしと。彼がどんな反応をしているかは心の外へ置いといて、無心に鞭を振るい続けることだけを念頭に。 ジャノビーの背中で、一度も当てていない黄緑色をした場所をピンポイントで狙う。だんだんと狙えるところは少なく、小さくなっていく。 これはなかなかいい蔓の鞭のトレーニングになりそう。これでバトルの時に少しは相手に当てやすくなったりするかしら。 そんなことを考えながら蔦を動かしているうちに、気が付けば私の方も若干息があがってしまっていた。 もう、何度ジャノビーに蔓の鞭をぶつけたのか分からない。彼の背中は痛々しいくらいに真っ赤になっている。 「これ以上やると血が出ちゃう。あなたの血が付いたら嫌だし、ここまでよ」 「あ……はぁ、さ、最高です、ツタージャ様ぁ」 だめだ、完全に溺れてしまっている。まるで会話になってない。ジャノビーはまだ続ける気でいるのかしら。 なかなか出来ない体験が出来たし、私は割とお腹いっぱいだったり。良い運動にもなったから、今からポケモンセンターに戻ればよく眠れそうな気がする。 これだけ痛めつければいくらジャノビーでも走り去る私を追いかけてくる元気なんてないだろうし。ほっといて帰っちゃおうかな。 「お、お腹もお願いしますぅ」 と、ごろりと仰向けになったジャノビー。私の意見は無視かい。あれだけ痛めつけられておきながら大したものだわ。 背中は鞭を受け止める容量の限界に達しているけど、お腹ならいけるとジャノビーは判断したのだろう。そんなに鞭が欲しいのか。 ああ確かに、お腹は最初に私が鞭を振るった後が赤くなっているだけ……と、思いきや。 他にもあった、赤い部分。彼の股間のスリットからにょきりと小さく顔を出しているものが私の目に留まる。あら、こっちも元気なのかしら。 「あっ」 すっかり蕩けきっていたジャノビーの顔つきがみるみるうちに変わっていく。私の前に曝け出した一物を隠そうとする理性は辛うじて残っていたのね。 慌てて起こそうとした彼の手と体を、私は蔦で制する。私にここまで好き勝手されておいて、今更何を恥ずかしがってるのよ。 「隠すほどのものでもないでしょう。見せてみなさいよ」 「あ、う……」 それぞれの蔦でぐいと押さえつけたジャノビーの首とお腹。最初のうちは抵抗しようと頭や手をばたばたとさせていたが、やがて大人しくなる。 傷の影響もあって振り払う元気がなかったのか、あるいは私に抗うことを諦めたのか。密着させた蔦からは彼の細い息遣いが伝わってきた。 「こ、これは、えと……」 私の顔を見上げながらそわそわした様子でジャノビーは何かを言いかけたが、そのまま口を閉ざしてしまう。 弁解でもするつもりだったのだろうか。されたとしても聞くつもりなんてなかったわよ。 別に隠す必要性はないんじゃない。私の蔓の鞭が良かったから、興奮して。それが目に見える形で露呈した。それだけのこと。 健康な雄なら自然に起こり得る事柄。まあ、ジャノビーが興奮を求めている矛先はお世辞にも健全とは言えないけどね。 私は蔦でジャノビーの体を拘束したまま、しばらく無表情で肉棒を観察していた。彼の呼吸に合わせてぴくぴくと揺れ動くのが何だか面白い。 やがて、彼のそれは徐々にスリットから外へ這い出てくる。まるで他の生き物のようにもぞもぞと、膨張は止まる気配を見せなかった。 私が鞭を振るったわけでもないし、ましてや一物を愛撫したわけでもないのに。まったくこのジャノビーときたら。 「見られて興奮するなんてね。気持ち悪い」 道端に転がっている石ころでも眺めているかのような冷めきった瞳で。私はジャノビーに言い放つ。この上ないくらいの冷徹さを含ませて。 でも彼なら、こういう私の態度はむしろご褒美かしら。他者をことごとく罵倒するなんて、今までにやった記憶はないけど。 このジャノビー相手ならいくらでも辛辣な台詞が浮かんできそうな気がする。私自身でさえ寒気を覚えてしまいそうな冷たい言葉すらも。 「……ツタージャ様、ごめんなさいっ、あうっ」 予想通り。表面上は謝ってるけど、へらへらと笑う締まりのない口元はどうしようもない。私の一言でジャノビーの肉棒がぴくんと反応したのを見逃さなかった。 この、変態め。口で罵る代わりに、私は一発彼のお腹に蔓の鞭を叩き込んでいて。あ、今のは体が反射的に動いていた。まずいわね。 ジャノビーを虐げる役柄にすっかり嵌り込んでしまっている。このまま続けていると私も何だか変な方向性に目覚めてしまいそう。 もう早いところ終わらせてしまった方がいいのかもしれないけど。私にしてほしいことがあるなら、彼自身の口から聞きだすつもりで。 何を望んでるかは、ジャノビーの様子からして大体分かってる。でもあえて私は押さえつけていた蔦の力を緩め、反応を窺ってみた。 仰向けで息を荒げながら、私に何か期待するような視線を送ってくるジャノビー。残念ながらそれだけじゃ足りない。私は何もしてあげない。 さっきの鞭の一撃で完全にむき出しになった彼の竿。すごく立派ってわけでもないけど、恥ずかしくない程度の貫禄は保ってるんじゃないかしら。 この状態で私がずっと見ているだけと言うのも生殺しの極み。ジャノビーはそれすらも興奮へと昇華させてしまうのではないかと頭を過ぎったけれど。 「あのっ……こ、これを」 さすがにしびれを切らしたらしい。ジャノビーは私に必死に縋るような声を上げ、自由になった両手で肉棒を指し示す。 「なあに。それだけじゃ分からないわよ、汚らわしい」 「う……ぼ、僕は蔓の鞭で打たれて、肉棒を見られて興奮する変態ですっ! だから……」 ジャノビーは顔を自分の背中と同じくらい真っ赤にしながらも、声を高らかにしていく。まだ羞恥心が抜けきってないみたい。でもいいわ、その調子。 彼が冷静になったときに、今の台詞を聞かせてあげたらどんな顔をするだろう。きっとリーフストームの中に飛び込みたくなるんじゃないかしら。 「そうねジャノビー、あなたは救いようがない変態だわ。それで、その変態さんは私にどうして欲しいの?」 まだ言わなくちゃだめなのか、と若干ジャノビーの顔が涙目にすらなっているような気さえしてくる。中途半端に理性が残ってるから反応が面白くって。 完全に吹っ切れて恥ずかしい欲求を遠慮なしに言われてもつまらないし。逆に私の方が恥ずかしくなっちゃいそう。 と、そんなことを私が考えているうちに。ジャノビーは腹を決めたらしく、眉間にしわが寄るくらいきつく目を閉じ深く息を吸い込むと。 「あなたの蔦で僕の肉棒を扱いてくださいっ……ツタージャ様ぁっ!」 卵から孵ったばかりの幼いポケモンが泣き喚いているような、悲鳴にも似た声。ジャノビーは全身全霊を込めて叫んでくれた。 びりびりと、私の皮膚を震わせるくらいの迫力。これが愛の告白とかだったら、ちょっとロマンチックよねえ。 けれども内容が内容だけに、優美さの欠片もない。ため息しか出てこなかった。 ジャノビーは何が何でも扱いて欲しいわけね。気持ち良くなるためにはなりふり構わない、と。 「ふふ、よく言えました。えらいわ」 満面の笑みを湛えて、私は彼に優しく語りかけてあげる。きっとジャノビーはこれが必死の作り笑いだなんて夢にも思っていないだろう。 欲求を聞いてくれたんだ、蔦でゆっくりと一物を扱いてもらえんだ、と。邪な希望に満ち溢れた彼の表情はただただ私を苛立たせる効果しかない。 「でも、あなたにはこれで十分よっ……!」 私は二本の蔦同士をぴったりと密着させて一本の形にすると、ジャノビーの股間からあられもなく伸びている肉棒目がけて。一思いに、振りおろした。 予想していたよりも小気味よい音。竿に触れたのは一瞬だったけど、ちょっと表面がぬめっていたような。いや、深く考えるのはやめましょう。 「あひぇっ!」 ジャノビーは私がどんなに鞭を叩き込んでも耐え抜いていた。でもさすがに一物を直撃されたら悶絶せずにはいられなかったみたい。 一本でも十分痛いのに、二本分の蔓の鞭で。おまけに文字通り急所に当たったわけだし。ジャノビーの肉棒に蔓の鞭の効果は抜群ね。 草の上をごろごろと転がりながら口をぱくぱくさせて声にならない声を零している。どんな痛みなのか私にはちょっと想像つかないけど。 苦痛に溢れる声で喘ぎながら股間を押さえてうずくまる彼の様子を見れば、筆舌に尽くしがたい激痛なんだということくらいは分かった。 やがて、ジャノビーの背中が突然がくがくと震えだして。前屈みになっていた彼の顔に白いものが一つ、二つ、三つと。体が揺れるたびに付着していく。 「あっ、ああぁっ……はああ」 あの一撃が誘発剤になっちゃったのね。優しく愛撫した覚えなんて一切ない。とんでもなく痛そうだったのに、あんなので達しちゃうものなんだ。 痛烈な痛みも引いてくれば快感に変わってしまうのか。それとも、股間に鞭を打たれるのも彼からすれば喜ばしいことなのか。私には判断しかねる。 果てたことで脱力したのか、だらりと両手両足を投げ出してジャノビーは仰向けになった。後ろに倒れ込んだといった方が正しいかしら。 くたりと元気を失った肉棒の先端からは白濁液がとろりと垂れており、お腹にも点々と白い跡が残っていた。 その量も、私の鼻を突く生臭さもかなりのもの。せっかくの草原の緑の匂いが台無し。長くここに居ると気分が悪くなっちゃう。 ジャノビーもこんなになっちゃって、これ以上面白い反応が期待できそうもないし、おしまいかな。 もし彼が起きあがってもう一回お願いしますと言っても、私は脱兎のごとくと逃げ出していたけどね。もう勘弁してよ。 虚ろな瞳で口元はだらしなく開かれている。鼻先と、お腹と、股間の周りを白く汚して。ひどく惨めな姿。 私とバトルフィールドで対峙して、凛々しさと精悍さを兼ね備えていたジャノビーは見る影もなく。こんなに酷い落差も珍しい。 ただ、彼の顔つきだけは。今夜会ってから、いや、昼間のバトルの時も含めて。私が見たどんなものよりも幸せそうだった。 ジャノビーの一物にじっくりと触れるのが嫌だったので最後の要求に応えはしなかったけど。一応満足はしてくれたってことでいいのかな。 会話が出来る状況じゃないし、変に気遣うような真似をして誤解されちゃったら面倒だから、ジャノビーはこのまま放置することに。 彼も子供じゃない。落ちついたら自分でトレーナーの所に戻れるでしょう。白濁液の始末が大変そうだけどね。 「おやすみなさい、ジャノビー」 大きすぎるし、蔓の鞭を叩きつけなければ音が出ない。さらには奏でる音も美しくないし、おまけに叩くところを間違えると変な臭いの白い液を出す始末。 とんでもない欠陥だらけだったけど、まあ全く鳴りもしないやつよりは楽しかったし、ずっと刺激的だったかな。 未だにひくひくと痙攣しながら、開かれた口元から音漏れをし続けている草笛に一言告げると、私は静かに草原を後にしたのだ。 END ---- -あとがき 今回出そうと思っていた作品はもう一つ別にありました。しかし、プロットを完成させていざ書こうとしても筆が進まない。これは私の書きたかったものじゃないと没に。 どうしようかと考えていた矢先、某アニメのあのシーンをネタにしてみてはどうだろうと閃きました。最初に見た時、おそらくSM的なものをwikiの皆さんならどこかで思い描いたのではないでしょうか。 そのシーンの後日談的な話が今回の小説と言うわけです。もちろん私の妄想ですので本編とは一切関係ありません。なかなか楽しみながら書けた作品でした。 最後の描写でふっと浮かんできたので修正も出来ませんでしたが。タイトルは「つたぶえ」の方がしっくりきたかなーと今更ですがね。 以下、感想返し >SMプレイに惹かれました (2011/08/25(木) 00:12)の方 -SMプレイに惹かれました (2011/08/25(木) 00:12)の方 私の作品はわりとそう言うのが多いです( > 何でしょう…良かったです(^q^) -何でしょう…良かったです(^q^) あの回とは関係がないそうですが、あれには驚かされました。 ツタージャの気持ち(心持ち)が詳しく伝わって来て面白かったです! (2011/08/26(金) 10:41)の方 私もあの回を初めて見たときは衝撃でした。 ツタージャの心理描写には力を入れていたのでそう言っていただけると嬉しいです。 > 完全に溺れているジャノビーと、引いたところから冷静に対応するツタージャ。両者の対比が面白く、笑わせていただきました。 -完全に溺れているジャノビーと、引いたところから冷静に対応するツタージャ。両者の対比が面白く、笑わせていただきました。 行われていることは刺激的ですが、そこへ至るまでの過程が丁寧に描かれていて、世界の内側へとスムーズに入っていくことが出来ました。 (2011/08/31(水) 18:55)の方 特に愛も何もないプレイですからねー。ツタージャにはどこまでも冷めたポジションで貫いてもらいました。そういう雰囲気が似合いそうでry > 読んでいて、終始ニヤニヤするのが止まらない。 (2011/09/01(木) 07:31)の方 -読んでいて、終始ニヤニヤするのが止まらない。 (2011/09/01(木) 07:31)の方 思う存分にやにやしていってくださいw > 強くいきますぅ^p^ (2011/09/01(木) 22:54)の方 -強くいきますぅ^p^ (2011/09/01(木) 22:54)の方 何だかよく分かりませんががんばってくださいねー 【原稿用紙(20×20行)】 37.6(枚) 【総文字数】 12664(字) 【行数】 244(行) 【台詞:地の文】 7:92(%)|905:11759(字) 【漢字:かな:カナ:他】 31:62:5:0(%)|4022:7939:665:38(字) 最後まで読んでくださった方々、投票してくださった方々、ありがとうございました。 ---- 何かあればお気軽にどうぞ #pcomment(蔦のコメントログ,10,)