[[作者>リング]] 注意:この小説には官能描写があり、&color(red,red){百合};の表現があります。ネタバレが嫌な方、何でもござれな方はそのままお進みください。 「ねぇ、カエデ。相談に乗ってくれない?」 青春時代を生きる若いハハコモリが、ペンドラーの家を訪ねて、第一声でそんな事を言った。 「あら、久しぶりねツムギ。どうしたの、深刻な顔して……?」 「実は、彼がね……」 「あぁ、恋人と上手くいっていないのかしら?」 「そうなのよ……」 相談が始まる。 包容力が足りない!! 付き合う男のみんながみんな包容力が足りない!! 相談の内容は大まかに言えばこんところで、それは相談というよりは愚痴といった方が正しいのかもしれない。 「そ、そうなの……それは辛いわね」 カエデと呼ばれたペンドラ―は、彼女の悩み相談(という名の愚痴)に相槌を打つ。 ツムギと呼ばれたハハコモリ曰く、彼女の恋人は包容力が足りないのだ。サーナイトのように甘く優しく抱きしめてくれる。そんなことを夢見て優しそうな男と付き合ってみるのだが、優しいと言うよりは優男。どうにもこうにも頼りなければ、抱きしめ方も下手。彼というのはデンチュラなのだから、体の構造上抱きしめにくいのは御愛嬌である。 「うーん……それは大変ね」 ちょっと情緒不安定で、ちょっとさびしがり。そんな自分の性格は分かっている。そんな自分でも抱きしめて欲しいと、それがツムギの悩みである。 「うん、ツムギちゃんはそういう子だもんね」 感情の上下が激しくっても、そんな自分を抱きしめて欲しいし、さびしがり屋な自分のためにいつも一緒に居て欲しい。餌をとる時も一緒、寝る時も、排泄の時だってせめて声の聞こえる所に居て欲しい。 ツムギの相談(という名の愚痴)は続く。 「あー……わかるわ。好きな人とは一緒にいたいものよねー」 流石にちょっと共感するのも厳しくなってきたが、無理矢理共感の演技をしてカエデは頷く。 私は一緒にいたい。ただそれだけなのに、どうして世の中の男たちは『俺はお前の奴隷じゃない!!』なんて言うのだろうか? 私が同じ事をやれと言われたら喜んで出来てしまうと言うのに、もったいないにもほどがある。ツムギの相談(という名の愚痴)はヒートアップする。 「いや、ツムギ。その発想はおかしい」 ここに来てカエデの反論。ガーンと来た。ツムギはガーンと来た。ガーンと来た。 「な、なんでよ!! カエデ!!」 「いや、貴方のその考えは世間一般には束縛っていうもんだし……あんたの心の内面を絵画に表したら、それはもうデンチュラが蜘蛛の糸とエレキネットで雁字搦めに拘束している光景しか浮かばないような感じだし……今の彼がデンチュラなのに、それじゃ立場逆転しているじゃない」 「えぇ……そんなこと無いでしょ?」 「あるわよ……うん、絶対にある。こんなことになっているのなら、もっと早くに相談してもらうべきだったわね……」 カエデは巨大な上体を傾けて溜め息をついてから、ツムギを見下ろす視点で彼女を諭す。巨体を誇るペンドラ―の視点から見下ろされると、その構図は母と子供のように体格差が著しい。 「あのね、貴方はそうしないと不安なのかもしれないけれど、普通の女性はそんなに雁字搦めにしなくたって普通に暮らせるものなのよ。『貴方も普通になれ』とは言わないけれど……もう少し普通に近づかないと……そうしないと、これからも付き合う男がことごとく貴方の元を去って行くわよ」 「で、でも~……私、寂しいのよ」 「貴方の気持ちは分かるんだけれど……でも、貴方の元を去ってしまう男の人はきっと悪くないと思うの。もちろん、貴方が悪いってわけじゃないけれどね」 「私が悪くないならなんなよぉ……」 「出会いの無い運命……かしらねぇ。ともかくアレよね……相性の良しあしって言うのもあるでしょうし、気の合う人同士探すしか……」 「うーん……みんな、嘘付きなんだもんなぁ」 「嘘付きって言うかそれは……」 「嘘付きだよぉ!! 私はちょっとさびしがりやだからいつも一緒に居てってきちんと言ったのにぃ」 それは、嘘付きと言うよりもツムギの言う『ちょっと』が全然ちょっとではない事に起因するのだが、彼女はそれを自覚しない。 「そうよね……確かに男の子は嘘付きよね。すぐ浮気するし、すぐに飽きるし……でも仕方ない所もあると思うよ?」 「例えば?」 「予想に対する覚悟じゃ、現実に対して覚悟出来ないこともあるから……ね。現実ってのは、予想を上回る事が往々にしてあることだもの……」 「うーん……そんなぁ……」 「大丈夫よ。きっとツムギはまだ言葉で自分の悪い所を告げる事が下手なだけ。男の子に慣れていけば、きっと上手く自分の想いを伝えられるわよ」 「そ、そっかぁ……」 ツムギは悩む、また悩む。彼女は自分を治そうとする事よりも、どうしたら自分の気持ちを伝えられるかを悩む。ツムギは自分が変なことは自覚して居ても、彼女にとってはあくまで『自分はちょっと変なだけ』。ちょっとくらいなら大丈夫とか、そんな気持ちだから男が逃げる。 「ともかく、気持ちを整理して……またチャレンジするしかないわね。いつかあなたの苦しみを分かってくれる人がどこかに居るわよ」 「うん、ありがとう。それでね……彼ったら酷くって……」 また彼に関する相談(という名の愚痴)。無限ループだった。 デンチュラの彼は、自分をフッても何処か未練たらしく自分のことを気にかけていると風の噂で聞いたのだが、しかし戻って来てくれない。 「あー……ちょっと女々しい感じね」 ツムギは自分としてはいつでも戻って来て欲しいから、彼のくれた物はすべて取っておいてあるし、家に来た時に彼へプレゼントした葉っぱの下着だって、枯れて茶色くなった今でもきちんと家に保管してある。 「そ、そ、それだけ……愛しているのに、 熱意って伝わらないものなのねぇ」 すでにどん引きの域に達しているカエデだが、そこは頑張って共感して少しでも心を癒してあげようと努めた。ひきつった笑顔をなるべくひきつらないように努めて、スマイルスマイル。 「そうなのよ。一緒に食べた木の実だって今でもとっておいているし」 「あら、ホズの実とかかしら? あれって笛にするといい音が鳴るのよね……大切にしたくなるのも頷けるわね」 「うぅん、マトマの実」 それは食べた後に取っておくような木の実ではない。 「いや、それはおかしい」 もう流石にカエデも限界だ。 「あのね、彼の立場に立ってみなさいよ……彼はね、きっと別れた後でも貴方の事が心配なのよ。俺に依存していたのに、俺が居なくなったりなんかして、ちゃんと食事はとっているのか? とか、自殺を考えたりしてはいないか? とか。 彼もね、きっとツムギが心配だからそばに居てあげたいの。でもね、今のままじゃ貴方の事が正直鬱陶しすぎると思うの。貴方の事は心配だけれど会う気になれないのよ……きっと」 「つまり、どういうこと?」 「脂っこい料理って言うのはね……一口二口目は美味しいけれど、ずっと食べてくると嫌になってくるの。そういうものでしょ? それと同じ……たまには貴方もあっさりさっぱりとした料理にならなくっちゃ、飽きられたり嫌がられたりするのも当然でしょ?」 「う……た、確かに」 「そうじゃないとね、貴方が嫌になって他の者に逃げたくなるわ。他の女に手を出すのを許せって言っているんじゃないけれど、たまには友達や家族との時間を過ごさせてあげなきゃ……今の貴方を見ていると彼氏の方に頑張ったって拍手を送りたくなるわよ……」 「私が、鬱陶しいか……」 なんとかここまでツムギの思考を誘導出来て、カエデは安堵の息をつく。 「どうすればいいんだろ……」 「男の人……いや、男の人でなくとも相手の気持ちって言うのを、少しは分からなきゃだめ……なのかもね。恋人とは別に、誰か男友達でもいればいいのだけれど……」 と、言ってもツムギは男性に対して臆病だ。カエデが何人も紹介した中でやっと馬が合いそうだったのが、ツムギがずっと語り続けているデンチュラの恋人なのだが。ツムギは蜘蛛の糸によるぐるぐる巻き高速プレイに定評のあるデンチュラよりも、ずっとずっと束縛したがりな問題児である。 たまにこの森の作家さん達が描いている漫画や小説(R-18含む)を見せても、そのいずれもがどうにも自分の恋愛観と違うようでピンとこない様子。 ピンとこないからこそ、自分が変わっていることを理解しているのだが、それが『"ちょっと"変わっている』ではなく『"とても"かわっている』とか『"すごく"変わっている』と言うが相応しい程度で変わっていることに、ツムギは気づいていない。 「男の子の気持ちかぁ……同性愛とか?」 「ないないない。あんたは絵画祭の漫画の見過ぎ。そんな作品見せちゃった私も悪いけれど、あそこまで乱れていないから……男の娘もね」 「いや、だって女性の同性愛者よりも男性の同性愛の作品の方が感覚的に多いし……」 「そ―ゆー問題じゃないと思うのよね……」 「そっかぁ……」 「そっかぁ、じゃなくてね」 全く、親はこの子にどんな教育を施していたのだと文句の一つもたれたくなる。実際、殆ど教育して居ないのだからこういう世間知らずで人みしりの子が育ってしまったのだが。 「でも、なんて言うの……結局いつでも私に付き合ってくれるくらい包容力があるのって……カエデなのよね。カエデが男だったらなぁ……」 「いや、言い方によってはそうだけれどさ……ほら、私ってなんて言うか、困っている人を見たら放っておけないだけで、むしろ私って損するタイプだし……彼氏になんてしたらきっと大変よ?」 「で、でもぉ……カエデが男だったらなって思う時は結構あるよ」 「貴方に束縛されないのならそれでもいいと思うんだけれどね……私が男だったら、と言うか私が男になっても、多分だけれどツムギは私を束縛しちゃうと思うの。 私があなたと普通に付き合えるのは、男じゃないからというか……恋人じゃないからよ。正直なところね、私も……貴方が言うように逐一自分の行動を監視されたら耐えられないと思うの。 相手が、異性であれ同性であれね。踏み込んで欲しくない領域って必ずあると思うの……ツムギ、貴方はそれをさらけ出している? 他人の生活に踏み込む時はね、自分がさらけ出した領域と同じ分だけしか、踏み込んじゃ駄目なものよ。 貴方は、門をいっぱいに開いているつもりでも……普通の人は貴方の中にずかずかと踏み行ってはいけないわ。なのに、貴方は心の扉を開けただけで、相手が私の中に踏み込んでくれるって勘違いしているのだと思うの。 だから、貴方は一方的に相手の不触れられたくない場所を触れている……そう言う感じだと思うな、 それはね、多くの人にとって、すっごく不快なことだと思う。こうやって友達として話している分には問題なくてもね、恋人になったと思ったとたんに、ずかずか自分の領域に入り込まれたら……私は迷惑だと思うわ」 付き合いの長いカエデから放たれる、しんみりとした口調での考察。 「そ、そんなこと言わなくたっていいじゃない!!」 ツムギは目から鱗が落ちるような気分だけれど、どうにも自分自身の全てが否定されたような気がして納得がいかない。 「私は彼を愛したいからああしているんであって……それを彼が迷惑だなんて思うわけ無い!!」 「それは分かるけれど。でも、愛の形はみんな違うでしょ? そんな風に愛されて、彼は本当に幸せなの? 好きな物はみんな違うでしょ?」 「……もういいよ、カエデなんて知らない!!」 上手く言うつもりだったのだけれどカエデの言葉はツムギには届かなかった。はぁ、と溜め息をついてカエデは自己嫌悪する。 ちょっとだけ厳し目に行ったつもりだが、自分も『ちょっと』と『とても』を間違えてしまったのだろうか。人づきあいって難しいなぁと思うと、ちょっとだけ疲れを自覚した。 ◇ 『家安!! 殺してやるぞぉぉぉぉぉ!!』 ムクホークのツバメ返しがズルズキンの懐を狙う。 『それではダメなんだ!! 蜜成!!』 家安と呼ばれたズルズキンはその翼を籠手で受け止め、いなしてやり過ごした。 『家安ぅぅぅぅぅl!! 貴様の絆をすべて立ち切ってやる!!」 「あー、もう!! だめだぁぁぁぁぁぁ!!」 エモンガは下書き用の鉛筆を放り捨てる。力を入れずとも濃い線の描ける6Bの鉛筆が、回転しながら壁に当たって芯を折りつつ床に転がり落ちる。 エモンガは、腐女子に大人気の紙芝居劇、戦国ディアルガに登場する武将であるズルズキンとムクホークの腐向け漫画を描きたかったのだ。二人が共に仕えていたケッキングが活きていた頃の様子を妄想して、二人が男色に走るまでの甘い描写をこう……描きたかったのだが、いつの間にかガチバトルに発展しているというありさまだ。 「最近Hなことが思い浮かばないなぁ……」 春の季節はとうに過ぎた。浮かれ頭の季節が終わり、メブキジカも桜色の花弁から青々とした若葉を垂れ下げるこの季節。うだるような暑さと、迫る締め切り。 この森では、一年に二回皆の描いた絵や漫画を見せあう絵画祭というイベントがあるのだ。子供向けの健全な物を昼の部に、大人向けのいけない作品は夜の部に。エモンガは、夜の部に参加の申し込みをしたのだが、この暑さである。 去年の冬に参加した時は頭が働いた。いっぱい食べて太った後で、心身ともに快適良好な冬であった。それが今じゃ…… 「暑いなー……」 飛膜を広げて放熱する。舌を出して気化熱を奪わせる。そうしても、暑いという今の状況はどうにもならない。呼吸するごとに、体の内側から熱は次々生産され、体の奥底から自信を苦しめる。 この熱のせいで苦しんでいるのに、どうして私は熱生み出す呼吸をせにゃあかんのか、なんて疑問には物知り爺さんだって答えられまい。 水浴びしたい。そうすれば涼しくなるのだが、水に濡れた体で漫画を描いては絶対に原稿が濡れる。せめてアイデアだけでも納涼しながら考えればよいのだろうか? しかし、アイデアが浮かんでも描く気が起きない。最近はこの暑さのせいか友達とガールズトークをする機会も減り、色恋沙汰にも疎くなって、たまに思いつくエッチなこともHはHでもHELLの方だ。だから、血みどろの戦いの光景しか浮かんでこない、 愛しさが高じて愛する人を殺してしまったり、心中したり自殺したり。私が描きたいのはそんなんじゃなーい!! と、心の中で叫んでも、思い浮かぶネタは無い、空虚な日常。 小さな虫達はうざったいほど飛び回る季節。木をゆすれば雨のように虫という食料が降り注ぎ、食料がそこらじゅうを飛び回る季節だから食糧は豊富だ、それについては充実している。しかし、夏バテのせいで性欲は減退。一応食事はとっているから健康面では心配がないと思うが、このまま原稿が間に合わない、原稿が間に合わないと、向こう2年間は出場権が停止させられてしまう。 それだけは、なんとしてもどうにかしなければならない。アイデアだけでも……せめてアイデアだけでも!! 結局、せめてアイデアだけでも絞り出したいエモンガが向かう先は小川。澄んだ水がさらさらと流れる小川は、皆の憩いの場であると同時に、生活の一部となる場所。この季節は、納涼のために水浴びをしている者が多く、人混みが苦手なエモンガには少々居心地が悪い。 しかし、濡れた男女が同じ小川ではしゃいでいる光景だ。何かインスピレーションの一つでも、そんな風に縋ってしまうくらい、今のエモンガには余裕がない。エモンガは飛膜を水に浸す。 「ふぅいいぃぃやぁぁぁ……」 熱を帯びてほてった体が表面から芯まで徐々に冷えて行くのを感じて、彼女はオヤジくさい喘ぎ声の伴う溜め息をついた。 川の端っこで、ぼんやりとはしゃいでいる者達を見る。男性同士の場合も女性同士の場合も、ボール遊びやら水の掛け合いやらが基本である。 濡れた体毛が水の中でたゆたう感触を味わいながら、エモンガは考える。 ボール遊びから、ゴールデンボールいじりに発展する……いや、無理だ。我ながらオヤジギャグすぎる。はしゃぎ合っているうちに、抱き合うように水の中に飛び込んでしまってそこから……ありだが、もうしゃぶりつくされたスルメのようなシチュエーションだ。 などと、ひたすらエモンガは思考を巡らせる。それでもネタが浮かばない、絶望的なまでに浮かばない。 焦りが炊きつけるような脳内でも、夏バテが納涼で収まれば空腹を覚えるらしい。エモンガは、ぐぅと音を鳴らし始めた胃袋を労わるように小川から這い出る。思いっきり濡れたおかげで、とても涼しい。 汗をかくポケモンは、汗がうっとおしいと不平を漏らすが、汗は熱くなった体を冷ますためにあるのだという。なるほど濡れた状態で風を浴びるのは気持ちの良いものだ。放熱器官でもある飛膜の広がりきった血管も、少しは楽が出来るだろう。体をぶるぶるとふるわせ、エモンガは水気を振り払う。 こうして余分な水分を弾き飛ばすと、肌から気化熱が奪われるのを強く感じられて風が本当に涼しい。この状態なら何かいいアイデアが浮かぶかもと、少しすっきりとした頭でエモンガは歩き始める。 「おい、待ちなよトビン」 「あれ、その声……」 と、トビンと呼ばれたエモンガが右から聞こえた声に振り返ってみると、美しい光沢に包まれたポケモンが顎を振り上げ笑顔を作っていた。 「アリスじゃない、貴方も水浴び? 私、ネタ詰まりで気分転換にさー」 トビンに話しかけたアリスは、同じく同人誌をたしなむ友達であった。たまに作品のネームを見せあっては、互いに批評し合う仲である。 「私は熱かったから来ただけ。ほらぁ、触ってみてよ、私の肌……目玉焼きが焼けちゃうよ?」 「あら、目玉焼きが出来るなんていいじゃない、薪を節約できるわ」 アリスと呼ばれたアイアントの冗談に、トビンもまた冗談めいた口調で返す。 「冗談じゃないわよ。体の中がどんだけ暑いと思っているんだか……貴方は今上がった所?」 「うん、なんだけれど……アリスがいるならもうちょっと入っていようかなぁ。相談したいこともあるし……」 「あら、なあに? 展開の相談かしら? 協力しちゃうわよー」 顎を振り上げるようにアリスは笑う。 「実は、そこまで行っていない……のよね」 気まずそうな、情けなく思うような表情を見せてトビンが肩をすくめる。 「ってー事は……ま、まだアイデアまとまってないの?」 「う、うん」 おずおずと頷いてトビンは目を逸らした。 「それって結構やばいんじゃ……」 「やばいわよー……暑くってやる気でないしエッチなことも思いつかないし……このままじゃ出場権をはく奪されちゃう……」 「声がでかい!! うら若き乙女がエッチな事とか言っちゃダメだって」 アリスに大声で突っ込まれ、後半小声で諭されて、トビンは我に帰る。 「は、つい……ごめん、もう頭がいっぱいで……」 「いっぱいなのは良いんだけれどさ、もう少し周りに気を使いなさいな。それに、自分の殻に閉じこもっていたら出るアイデアも出ないよ? 周りに目を向けりゃ、何気ないことから自然とアイデアだって浮かんでくるかもしれないじゃない?」 「そう……よね。でも、今のこの季節で盛っている人なんて……いるのかなぁ」 「盛って……うん、卵グループが虫の人たちなら、それなりにね……私達は夏が本番だからさ」 ハサミのような顎をカチカチと鳴らして、アリスは笑う。 「だからそうねぇ……虫ポケモンのガールズトークでも聞いてみれば少しは参考になるかもよ」 「いいわねそれ、何かネタ頂戴!!」 「断る」 即答してアリスは笑う。 「私も、今現在ネタは一つしかないし、こっちもなんだかんだで遅れているのよねー。それが落ち着いたら、ネタを考えてみるのも悪くないんだけれどね間に合わないっしょ。展開の相談くらいなら聞けても、流石に全部というのはねー」 「えぇ……そんなぁ」 「ノープランで祭りに突撃するあんたが悪いんでしょーが。自業自得だと思って受け入れなさいな」 「むがー……!!」 トビンは頬袋を膨らませてむくれる。 「それじゃ、それとなくネタになりそうなカップル……男同士でも何でもいいから探さなきゃ!!」 「男同士の二人組をを優先して探す気でしょーに」 「ギクゥッ!!」 「擬音を声に出さなくって良いわよ……ふふ」 アリスはトビンと自分のやり取りが漫才のようだと思って笑い、釣られてトビンも笑う。 「よし、虫タイプを優先で盗み聞きに行く!! アドバイスありがとね」 「頑張ってねー!!」 と、見送ってみたはいいものの、そんなネタになるような会話を白昼堂々している虫タイプなんているのだろうかと。目玉焼きが焼けそうな熱を帯びた体でアリスは思っていた。 ◆ 「昨日はごめん……なんだか感情的になっちゃって」 「いつものことよ。でも、私以外に同じ態度はとっちゃダメよ?」 感情は一過性。冷静になってみれば、言ってしまったことを後悔するなんてのは日常茶飯事。友達も兄弟も両親ともあまり離さなかったツムギは感情的になり易く、そんな彼女の気質を知っているカエデは次の日には謝ってくるだろうと予見して、目くじらを立てることなく彼女の謝罪を受け入れる。 「うん、気をつける……」 鼻から溜め息をつきつつ、澄ました顔を経てカエデは笑顔を向ける。 「よし、とりあえずは許そう。でさ、これからツムギはどうするの? 昨日私が言った事……きちんと自分なりに考えてみたりとかはした?」 「考えたけれど……わからない……ごめん」 「う~ん……」 申し訳なさそうな口調でツムギの謝罪。考えたけれどわからないというよりは、きっとツムギは何が分からないのかさえ分かっていない。これではにっちもさっちもいかないではないか。 「でもさ、思ったのよ。カエデとは適度な距離感を保てるんだから、カエデを基準にすればいいんだってさ……」 「ま、あくまで友達の時の距離感としてはね……でも、貴方私以外の友達いないでしょ? はっきり言ってさ……だから、なんて言うのか友達同士の距離感もできるかどうかって言われたらちょっとだけ怪しい気も……」 「うー……」 痛いところを突かれてツムギは閉口する。 「流石にきついことばっかり言い過ぎちゃったかしらね。でもまぁ、なんて言うのか……悪くない考えだとは思うな」 「そ、そう!?」 自分の考えが完全に否定されていない事が分かり、安堵を込めてツムギは聞き返した。 「そうよ……多分、みんなもそう思うんじゃないかな。私が、貴方よりももうちょっと親しくなったら私達はどういう風に付き合って行くのか……想像してみるのはどうかな?」 「親しく……どんな仲になるのかな?」 顎に草の鎌を当て、ツムギは考える。 「なーんか、真面目に考えられるとちょっとばかり……恥ずかしいんだけれどな……」 「なんて言うかアレよね。カエデってさ、積極的だから、あまえたがりな私をちょっとリードしてくれそうな所があると思うんだ」 「うんうん」 「だから、セックスる時とかも私をリードしてね……」 「うんうん……っておい!!」 「え!?」 カエデの乗り突っ込みに、ツムギは驚いて肩をすくめる。どうやら天然ボケらしい。 「ツムギ……あんたねぇ、『ちょっと』の意味をなんだと思っているんだっつーの!! ちょっと親しくなったらセ……その、アレとか時期尚早過ぎるでしょーが!!」 「え……だって、ほら……カエデってそんなに器量が良いし、男友達が多い割には彼氏もいないし……私なんかの相手もしてくれるし……」 「そ、それはね、あれよ……ほら、面倒見がいいって奴。自分で言うのもなんだけれどさ」 「いや、それもあるかもだけれど……あわよくば……とか思っていそうというかなんというか。もしかしたら、もう少し親しくなったらカエデは女の子に手を出すのかなーって……」 「な、ないない……ないから」 妙に焦っているその反応が、ツムギにとってはなんだか…… 「怪しい……」 のだ。 「わ、わたしはー……そりゃ、恋とかそういうのじゃなくってさ……女性を好きになるってのは当たり前じゃない」 「うーん……確かに、私もカエデの事は好きね。面倒見がいいし、こんな私にもよくしてくれるし……」 「そ、そうそう……」 まだ戸惑いや動揺を残したまま、カエデはツムギに同意する。 「で、カエデは私のどこが好きなの?」 そして女性の常套文句である。 「えっと……その、なんだか放っておけないのよね。それがなんというか母性本能をくすぐるというかー……あとね、怒ったり笑ったりした時の仕草がいちいち子供っぽくって可愛い所とか。 人によってはそれが鼻につくこともあるだろうけれど……なんて言うのかしら、ツムギの仕草は飾らないって感じでね。そういう所が好きかな」 「……それだけ?」 こ、こいつは……カエデは口に出しそうになった言葉を呑み込んで続ける。 「貴方は貴方。どこが好きじゃなくって全部好きなの。薔薇の花は綺麗だけれど、ヒマワリの茎に薔薇の花がついてても気色悪いだけじゃない……」 「ふーむ……」 「な、なによその眼は?」 ツムギはこれ見よがしに上目遣い。いつもカエデを見上げる時は顔ごと上に向けているが、今は目だけを上に向けて。 「私がね、カエデにそういう気があるんじゃないのかって思ったのはさ……彼氏とのセックスのお話をしている時にね……彼の反応よりもやたら私の事について訪ねていたからなのよね。私は、彼がどうすれば喜ぶかを知りたかったんだけれど……」 「や、それはあれよ。男性は女性が自分の攻めに喘いでくれるのを嬉しく思うものだからよ。ほら、絵画祭でも男性が描いた作品には……『嫌がっていても体は素直だな』的な台詞を言う作品が結構あるじゃない?」 「やだ、なにそれカエデ。妙に真に迫った演技じゃない。ホントは自分が『嫌がってても~』なんて誰かに言いたいんじゃないの?」 漫画の中のセリフを引用する時、妙に演技がかった声がおかしくて、ツムギはクスクスと笑いだす。 「そ、そう言うわけじゃないのよ。だから、貴方も多少の演技を交えて彼を喜ばせないといけないんじゃないかって思ったわけで……ほら、やっぱりあなたって、素直すぎて嘘をつけないじゃない? だから、気持ちよくない時は本当に無反応で、きっと彼氏さんつまらないと思うの。それにね、演技でも楽しいふりをしていると、意外に本当に気持ち良くなったり楽しくなったりするものよ。 痛いと思えば痛くなったり、痛くないと思ったら痛くなかったり……そう、プラシーボ効果ってのもあるわよ。だから……ね、私が言わんとしていること分かるかな?」 「あー、なるほど。だから私の反応について詳しく聞いていたのね。『もっとセックス自体を楽しんだら?』ってそういうことだったんだー」 「そうそう、そうなのよ。口に出してみるのが結構恥ずかしかったから言えなかったけれどそういうことなのよ!! 結局全部言わせてんじゃないのよもう」 「でも本当は……ちょっと、違う答えを期待してた」 「え……」 「だって、カエデって私の悩み聞くだけなんだもん。私だって、たまにはお返ししたいしさ……」 ツムギが口にした言葉は、本当の所はちょっと違う。自分も、少しばかり同性愛の気があって、しかしそれを口にするのは憚られる。もし、同性と何かをする機会があるのであれば相手のせいだと言い訳できる道を残しておきたくて、カエデに原因であることをを求めるあいまいな答え。 カエデに同性愛の気がなければ完全に一人相撲だが、果たして―― 「いや、ホントの事言うとね、百合の気……あるのよ」 美味い事ツムギの思惑通り、カエデはカミングアウトする。 「いや、男の子も普通に好きなのよ? 普通じゃないかもしれないけれど……とりあえず好きになることは出来るの……」 「そ、そうよね……そこはそうよね」 「でも、女性の事もそれとは違う観点で愛しているって言うか……甘い木の実は別腹って言うかさ。それが友達として好きならそれでいいんだけれど、自分の思考を鑑みるに友達というよりは……女性を性の対象として見ちゃっている感があるの……男の子に対しての性的な意識とはまた違う感じでね…… いや、でもあれよ!! それをしないと生きていけないってくらい衝動が強いわけでもないし……普通に男性にも恋出来るから、そんなに気にすることも無いんだと思うよ。きっと」 「でも、たまには素直になったっていいんじゃない?」 「うーん……そういうもんなのかなぁ……でもさ、素直になるってどうするのよ?」 そう言ってカエデは力なく笑ってツムギを見る。『あんたが相手にでもなってくれる?』という、挑発の意味も込めた目で見降ろされて、ツムギは無理矢理笑顔を作った。ぎこちない笑顔、作り笑顔には慣れていないのがよくわかる。 「ほ、ほら……キスしてみるとか」 「……それじゃ、ダメなのよね。多分。満足できないわ」 自嘲気味にカエデは言う。 「ツムギはその先に……行ける?」 「そ、それは……」 見下ろす視点から、カエデの問いかけ。包容力のありそうな笑顔で居て、巨体に見合うだけの威圧感を浴びて、ツムギはたまらず目を逸らす。 「やれって言われるなら、出来るよ」 「私がツムギに強制するわけないでしょ?」 ツムギの『やれ』というのは、確かに命令形。しかし、それが強制を意味する命令形ではない事なんてカエデだってよくわかっている。ただ、無垢な女子をこっちの道に引き込むのは気が引ける。だからこんな意地悪な言い方をする。 「……カエデが、そうしたいなら出来るってことだよぉ。カエデの事、好きだし、恩も返したいもん」 ツムギが食い下がる。 「私はね、他人がね、不幸になるのは見ちゃいられないの。……だから、不幸にするかもしれない事をむざむざやらせたくないの……察してよもぅ、ツムギ。同性愛者って、いばらの道だよ?」 「そっか……同性愛者だなんて知られたら……確かに、不幸な目なのかもしれないわね……うぅん、でも!! 私の彼は百合好きだし!!」 「あ、それは関係ないと思う」 急に真顔でカエデは突っ込みを入れる。 「いや、とにかくいいじゃない……なんか、言っているうちにツムギがどんなことしたいのかも興味が出てきちゃったし……」 「ちょっとー……それは、おかしいんじゃないかな―……と思う」 上り坂を登ろうとするツムギに対して向かい風を送ってやったつもりだが、どうやらツムギは逆に火がついてしまったらしい。いや、百合百合しようという提案は本心ではとてもありがたいのだけれど、それに友達を巻きこむとなるとやっぱりモノが違う。 こういう妄想はした事がある。しかし、それが現実に現れるとなると、ちょっと事情が変わってしまう。だって、現実は妄想のように甘くない。妄想のようにみんなが祝福してくれるわけでもなければ、つつがなく円満百合ライフが出来るわけではない。 妄想は外界と遮断された二人だけの世界が作れるけれども、現実は現実なのだから。色々な問題が付きまとうじゃないか。 「うーん……」 「うーん……」 二人が揃って悩みあった。どうすれば相手に言い聞かせられるのだろうか、それだけが問題だ。 「あのね、カエデ……案ずるより産むが易しって言葉もあるよ」 先手を打ったのはツムギ。 「どうしてそういう結論になったし。貴方は案ずることをしな過ぎる気もするけれどなー……」 しかし、お手本通りのカウンター。 「そっか……やっぱり、非常識過ぎたよね」 カウンターに屈してくれたかと、カエデが安心しようと思ったが―― 「でも、やっぱり逃げてちゃダメだと思う」 「ど、どうダメなのよそれ!?」 なんだか、ツムギは変な思考回路に陥っている。早々に切り上げ、この場は逃げて冷静になるのをじっと待った方がいいのかとも思うが、一体どこへ逃げればいいのやら。この巨体が隠れられる場所なんてそうそうないのだが。 「本音言うと私に喘ぎ方のお手本、見せてくれないかなーって……」 「いやいやいや……適当にやっていれば結構大丈夫だから……タブンネ」 お互いに無言になる。互いに見つめあって考える。 友達を自分の趣味に巻き込んじゃいけないとは思いつつも、やっぱりカエデは百合な行為をする事に憧れのような物はあった。 その憧れと、理性の前で揺れていたカエデの心は、結局憧れの方に揺れた。 「わかった。やりましょう。でも、互いに、お互いが嫌いにならないように慎重に……自分よりも相手を気遣うぐらいでやりましょ」 ついに折れたカエデは、ため息交じりに微笑んだ。 「うん……」 「やっぱりほら、こんなことで友達じゃなくなってしまうのって後味悪いし」 「うん」 「これから先、何があっても友達でいたいじゃない、お互いさ?」 「うん」 「良いわね……私達、例えどっちも気持ち良くなくっても、むしろ痛くて気持ち悪くっても、今日これからやることのせいで喧嘩しても……私達は一日経ったら必ず仲直り。約束よ?」 「わかった。なんだか、最終的に私のわがままを押し通す形でごめんね……私も約束するから」 「いいのよ。貴方は私の肩を押してくれたのよ……期待しているわよ? 心配もするけれど、期待してる。きっと、私たちがもっと仲良くなれるって」 怪しい雰囲気の二人を風が凪ぐ。その音にまぎれて一匹のポケモンが飛び&ruby(ヽ){ン};立った事など、二人は知る由もなかった。 ◇ 「おーい!! アリスーー!!」 「あら、トビン。どうしたの?」 水浴びを終えて&ruby(マイホーム){穴倉};に戻る途中のアリスを空から発見して、トビン一気に急降下。軽い足取りでスタンと着地してアリスの行く手を塞ぐ。 「いやね、中々すごい会話をしている二人がいたから、色々と盗み聞きしていたのよねー。で、そろそろ行為に入るっぽいから、一緒に見ようかなーって思って」 「うぅ……さっきも言ったけれど、堂々と言うには趣味の悪すぎる事よ……それ。声を押さえなさいよ貴方」 「まぁまぁ、良いじゃない。1ページに掛ける時間は、アイデアさえまとまれば約1時間。これでアイデアを受け取れば締め切りの時間を考えればもしかしたら楽勝かもしれない」 「……大丈夫なのかなぁ」 トビンの不穏な言動にアリスも一抹の不安を覚えるが、そんな事を考えつつも彼女自身興味は尽きない。少しばかり、無いはずの後ろ触角を引かれる思いで躊躇いがちなアリスだったが、ウキウキと気分が弾んでいるトビンを見ているとその誘惑には勝てない。 具体的な内容を『見てからのお楽しみ』と言い張って前を行くトビンを追い掛けて、戸惑いを徐々に忘れて行くアリスは期待に胸を躍らせていた。 「あれ、この場所……」 見覚えのある場所だ。それに、トビン自身が虫タイプを中心に差がしてくるといった以上、虫タイプを中心に探してきたのだろうし、そういった所から考えてみると、この嫌な予感は非常に――非常にアレである。 「どしたの、アリス?」 「いや、何でもないわ。ここはちょっと知り合いが住んでいる場所に近いもので……」 「ふーん」 と、ここまで言えばトビンも空気を読んでもよさそうなものだが。そして、うすうす感づいているならアリスも尋ねるべきである。 『もしかして、その二人のうち一人ってペンドラーだったりする?』とか、なんとか。 ペンドラーの彼女は身を隠す場所も無いから野外でやるしかないわけで、木の枝や穴倉に家を作って生活する自分達のような者とは事情が違う事を考えれば、盗み聞きどころか覗き見を許してしまう事になる。それが見知らぬ他人ならばまだしも。友達がそういう事になっているのなら、トビンに覗いてもらうのは気分の良いものではない。 でも、もしもカエデちゃんがそう言う事になっているのであれば覗いてみたい気もするし、しかしやっぱり覗いちゃいけない気もするし。 そうだ、もしもカエデちゃんだった時に全力で止めるために私はトビンと一緒に向かっているのだと、アリスは結論付けた。そう、だから覗くのは一瞬、覗いてしまったとしても、それは事故。そう言い聞かせて、アリスは突き進む。 事故事故事故事故事故事故事故事故事故事故事故事故事故事故事故事故事故事故事故事故事故事故事故事故。念仏のように頭の中で唱えながら……―― ◆ カエデの家は、家というよりは縄張りであった。生垣で囲ってこそいるものの、音はだだ漏れ、空からは見えないものの、横も上も頭を突っ込めば覗き見ることは可能だ。 ふたをすれば一応は視界を遮断できるトビンやアリスの家は、以外と立地条件がいいのである。 「で、でも……女同士だとどうすればいいんだろ?」 その池が気に囲われた空間で、二人の女性は戸惑っていた。 「どんなって、男女でやってもいきなり挿入するってわけじゃないんだし、いつも男性にされるような事をやるとか……」 正確には、一人だけか。しかし、緊張したツムギをどうやって落ち着かせようかと考えるカエデは妙にそわそわしていて、やっぱり普通に振る舞えそうな感じではない。 「と、とりあえず……私は、上におおいかぶさるとかそういうの無茶だし……」 「重いもんね」 「あ、あの……一応私女の子なんだからね」 「ごめんごめん。ペンドラーとしては平均的ぐらいだと思うから気にしないでよ」 「……んもぅ」 軽く毒づきながらカエデはごろりと仰向けになる。普段は隠れて見えない雌の大事な部分が露わになり、息を飲んだツムギの呼吸が少し深くなる。 「おっきい……」 「体に相応なだけよ」 実際、ツムギがのしかかってもカエデは苦しそうなそぶり一つ見せない。自分の体の重さゆえに、ハハコモリ程度は味噌っかすの様なもの。しかし、乗られているという事実それだけで期待も興奮も高まって、物理的な要因ではなく精神的な要因でカエデは苦しそう。 はぁはぁと、はしたない呼吸をしては恥ずかしいのでばれないように深呼吸。のしかかった方とのしかかられた方、双方の呼吸が荒くなって、しかし見つめ合ったまま動けない。じれったくなったカエデが、短い四肢を動かしてツムギを持ちあげ、顔の前まで持って行ってキス。 ちょん、と触れるだけの軽いキスから一度顔を離して、蕩けたような瞳でツムギを見る。 「次はもっと激しくしてもいい?」 「う、うん……カエデの好きなようにして」 まだ、心は舞いあがってふわふわとして地に足付かない心境で。雲の上にいるようにおぼつかない視線を揺らがせながらツムギが了承する。 「ありがと」 短く切って、まだ息が荒いままのカエデがそっと口寄せる。口を塞がれても呼吸は出来るけれど、やっぱり苦しい。猛烈な圧迫感がある。たがいに舌を絡め合わせながら口以外で息をする。舌を絡め合わせているうちに、不思議と自然体な気持ちになれた二人は呼吸が苦しくなくなっている。 徐々に絡み合う舌の動きに神経を集中するようになって数十秒。そっと口を離すと、二人の唾液が僅かに糸を引いた。 「どう、女同士でのキスって言うのは?」 「ちょっと優しいかも……激しいのもいいけれど、柔らかい舌使いってやっぱりいいな……」 カエデに尋ねられて、ツムギは顔を赤らめながら素直な感想を口にする。 「あと、舌がすっごく大きい。なんかエロい」 「あ、あのね……」 そりゃ体格差のせいでしょと突っ込みながら、カエデは苦笑する。 「でも、エロいって事は興奮しちゃったって事よね?」 「ま、まぁ……その……」 「んふっ。その反応可愛い」 カエデは笑顔でカエデを持ちあげ、首の関節にした這わせる。外骨格のハハコモリの露出した肉。普段は甲殻に阻まれ触れる機会のない敏感な場所だけれど、今日この時は侵入も容易だ。 「ほら、ここで楽しんでツムギ。貴方に言われたとおりの肉厚な舌が、露わにされた関節を濡らすのよ……それでもって、濡れたその場所に残るくすぐったさと、湿り気と、微かな粘り気を感じなさい。貴方は興奮しているんでしょ? 興奮したた今の状態で、自分がもてあそばれていることを自覚するの……ほら、気持ちよくないわけがないじゃない? あえぎ声が抑えられなくなるのも時間の問題。そうでしょ?」 「う、うん……頑張って見る」 ここで先程話した、男のためにも演技で良いから楽しんであげなくちゃというカエデのアドバイス。無言でくすぐったさに耐えている姿にもそそる物はあるが、やっぱり攻めている方としては快感に震えてくれる方が嬉しい物。ツムギの体が触れている腹からは、すでに湿り気らしきものを感じているけれそれだけでは物足りない。 肩関節は軽く舐めるだけ、胸も通過地点にすぎないと殆ど素通りで分厚い舌を移動させる。 「ん……」 まだ演技のようなぎこちなさが抜けきらない声でツムギは甘い吐息。まだまだ荒削りだけれど、言われたとおりにしてくれる努力は純粋に嬉しい。 ご褒美とばかりに重点的に舐めるのは、柔らかな腹とその継ぎ目。そっと舌を這わせると、くすぐったいのか体がこわばるが、何回もやっているとくすぐったい感覚に慣れてそれ以外の感覚に神経を集中出来るようになってくる。 少しだけざらついた舌触り。痛みを感じることは無いが、荒々しく乱暴な行方をされているようでいて、力加減は絶妙だ。見下ろすツムギの視線も、体の変調に合わせて徐々に恥じらいが見えてくる。 「ちょと、激しい」 ペロ、ペロ、ペロと、肉厚な舌を這わせるごとに、体を抱えられ浮いている足が動く。 「激しくて痛いの? 恥ずかしいの?」 「は、恥ずかしいの!!」 恥ずかしくて照れているのにそんな質問をするものだから、ツムギはむきになって大声を出す。 「そう、恥ずかしいんだぁ。確かに顔赤いわね」 ツムギが言わなきゃよかったと後悔するくらい、カエデはあざけるように笑う。まだ気持ちよくなっていないカエデは余裕綽々で、体格差もあってかすんなり優位に立てたことでご満悦。 空中に浮かせた足をぴったりとじて抵抗する姿は淫靡で、小動物のような可愛らしさがある。それでも、腕の鎌で股間を隠したりしない辺りは、まんざらでもないってことなのだろう。 「こらー。股を閉じちゃったらやりにくいでしょうが」 「だ、だって……」 カエデは悪ノリして、こうなったら自然と開きたくなるように攻めてやろうとたくらんだ。あくまで、強引なことはしない。 本気で相手が嫌がるならば、すぐに止められるだけの理性はとっておいて、じっとりと粘っこく舐める。恥ずかしさからか、生理的な反射からか、ツムギは足が攣りそうなほど両足をピンと張って快感に耐える。僅かにそりかえった体や強張った肩、それら全身が快感に満ちている事を知らせてくれている。 「いいじゃない、演技も混ざっているんでしょ? 男の子もこれなら喜ぶよきっと」 「そ、そう……ありがと」 「だから、もうちょっと私に付き合ってくれると嬉しいんだけれどなぁ」 いくらか演技が混ざっていたとして、それが何割か。自分は感じていると思い込んで演技をしているうちに、演技なんてどうでもよくなってきているツムギの反応は最早演技じゃないというのに。 「付き合うって言うのは?」 「気持ちいいんなら、もっと気持ちよくなれるようにそれなりの姿勢を取るべきじゃない?」 「うぅ……」 カエデの言葉はある種の逃げ道、言い訳を与えて、ツムギの体から力が抜ける。 「よし、いい子いい子」 ツムギの足がぶら下がったところで、カエデは持ちあげていたツムギを下ろす。再びの口付けを数秒ほど交わした後、快感の熱が程良く冷めているツムギと目を合わせる。 「ねぇ、ツムギ。一応聞くけれど、本当にこの道に堕ちちゃっても後悔しない? 百合の味を知ったらもう戻れないかも知れなくっても……」 「大丈夫……こんな時でもカエデはカエデだし、私は私。優柔不断な私が、カエデの後をついて行くばっかりだもん……私は私で居られるよ」 「こいつぅ、嬉しいこと言ってくれるじゃない!!」 ぎゅっと抱きしめ、強引に頬擦りする。抱きしめられるツムギは着ている葉っぱの服が乱れるわ、圧迫されて苦しいわでたまったものではないのだけれど、カエデの不器用な愛情表現をこの身いっぱいに受けていると思うと、堪らなくいとおしい。 「よーし、それじゃ、やられてばかりじゃ悔しいだろうし、ここは漢らしく殴り合いって事で行こうかしら?」 「え、え、え……殴り合い?」 「もちろん、言葉通りの意味じゃないわよ。貝合せって言ってね……女の子の大事な所を、二人で擦り合わせるの。どっちも、攻めでもあるし受けでもあるから……まぁ、殴り合いみたいなものって事でさ」 「な、なるほど……優しく、優しくしてね」 殴り合いの内容を理解して、これ以上の快感に耐えられるものかと思って、ごくりと唾を飲む。 カエデは余裕の態度だから、きっとカエデは耐えちゃうのだけれど、自分はダメなんだろうなぁというマイナス思考も、今回ばかりはプラスに働くことだろう。快感に屈してしまうと思いこめば、思い込みの通りに快感に屈してしまうから、それはカエデを喜ばせる肥やしでしかない。 「とーぜん。二人が明日も自分で居るために、ね」 カエデは微笑んで腹の中ほどまでツムギを導いた。 「さ、好きに攻めてよ。私この状態だと動けないしさ」 二人で擦り合うような形になるから、こっちも喘がされることになる。男のそれとは違う攻め、違う高揚感と背徳感。 いつもと違う、という事が生み出す高揚感は別物だ。緊張が期待に変わり、期待が衝撃に変わり、衝撃が快感に変わる。 ずり、と動かす摩擦。それだけで走る衝撃が新鮮で仕方ない。小さな割れ目の絶妙な凹凸が、男性のそれには無い刺激を与えてくれる、表面を撫でるだけと言ってしまえばそれだけだが、それ以上の何かは気分の高揚が与えてくれる。 「あっ……」 自然とカエデからも声が漏れた。小さな声を漏らしながら、ツムギはひたすらに前後する。上手乗りの体勢のまま、互いの体液が混ざり合った液体をお互いの腹に塗りたくるように。 「大丈夫? 疲れてない?」 「ん……だいじょうぶ。よゆーだよ」 途絶えそうな声なのに、頼もしい返答。無理しちゃってとは思うけれど、死ぬわけでもないだろうと音を上げるまではそのまま頑張らせるのも面白そうだ。それにしても、なんと愛おしいのだろう。そして、ありがたいのだろう。 互いに興味というのもあったけれど、こんな風に思いきった事が出来るなんて、きっと自分達は最高の友達なんじゃないかって。根拠のない謎の感動がこみ上げる。 「もう駄目……」 喘ぐことにも、前後運動にも疲れ果てたツムギが弱音を吐いた。頑張れとは言わない。 「お疲れ……ごめんね、頑張らせちゃって」 「うぅん、いいのよ……私が無理言って始めちゃったんだし」 「そうよね……言うべき言葉は、ごめんじゃなくってありがとうよね……ありがとう!!」 「え、えーと……うん、こっちこそ私に付き合ってくれてありがとう、カエデ」 そう言って、自分の腹にもたれかかるツムギを抱きしめる。応えるようにツムギもカエデを抱きしめた。 「はー……こんなこと一生無理だって思ってたから。なんていうか、貴方と友達でよかったなぁ……いま、本当にそう思う」 「私も、カエデと友達でよかったよ!! 私は、その……こんな風にぶつかり合える人がいなかったから。だから……かなぁ。こんな風に男の人にも向かっていけたらいいんだけれどね……」 二人がお互いの気持ちを吐露し合うと、二人は笑顔になった。 「なんだかんだで……思い切って見てよかったわね。絵画祭の作品みたいに、二人が大声張り上げてイクなんてことは無かったけれど……でも、あっさりとして、なんだか爽やかな気分だわ……」 今更照れた気持ちがこみ上げて来たカエデが、顔を赤らめながら感想を漏らして微笑む。 「私も。なんだか、色々いいことあった気がする……だから、本当にありがとう。カエデ」 「どういたしまして!!」 爽やかに笑顔を向けて、カエデはその言葉を口にした。恐らくは人生で一番の『どういたしまして』は、口にする事で胸が幸福感に満ち足りた気分になった。 そうして、百合の余韻もさめやり冷静になった二人は、そよぐ風の音に耳を澄ませて疲れた体を癒さんとする。そうして聞こえる木の葉擦れの音、小動物や虫の声、 「ほら、早く行くよ。マジでやばいって」 「ま、まって……まだ事後のシーンが……」 そして、ポケモンの声。 「この声……まさかね」 カエデがポツリと独り言。そして、その巨体からは到底想像できない驚異の瞬発力で生垣に接近、盗み聞きか覗きか、それをしている者を問い詰めに躍りかかる。 「あ……カエデちゃん、おひさー……」 「あ……アリス…… おひさ―じゃないわよ、ここで何してたのよ!!」 覗いていた者の正体はアイアントのアリス。苦し紛れに軽い口調で『おひさー』と誤魔化してみたが、カエデには全く意味がない。 「で、あんたは誰!! そこの黒いの!!」 トビンは地面に寝そべって死んだふり。なんとかばれないように気配を消してやり過ごそうと思ったが、やはり効果がない。 「あ、私はアリスの友達……トビンです」 あははは……と苦笑いをしたが、誤魔化せるようなものではない。 「こっちに座れ」 巨体を生かした、地響きのするような低い、ドスの利いた声でカエデが脅しをかける。友達ということで身元も割れている二人は、逃げるわけにもいかずその場に座り込んだ。 「で、あんたは止めようとしていたわけね」 「私が頑なに退こうとしなかったせいで、貴方の友人にも迷惑をかけてしまいました……」 案の定、盛っていたのはどちらもアリスの友人であった。 アリスが『うわぁ、白昼堂々と……これはまずい、早い所トビンを回収してここを去ろう』なんて思っていた横で、トビンは『インスピレーション湧きまくりー!!』などと心の中でガッツポーズをしっぱなし。梃子でも動かないわけではないが、強引に動かそうとすればいらぬ音が漏れてばれてしまう為、アリスも強硬にこの場を去らせる事が出来ず、それで今回の顛末。 ばれずに穏便に済まし、誰も気づつかない結末を目指したというのに、これではアリスも被害者のようなものである。 「……全く、アリスってば。こんなにマナーの悪い人を友人にするなんて焼きが回ったわね。友人を選びなさいよ」 「う……トビンは普段はいい子なのよ。今回は羽目を外し過ぎただけで……だから、カエデもツムギもトビンを怒ってもいいけれど、悪く言うのはやめて……」 アリスはそう言ってトビンを庇う。 「ツムギ……私達の約束覚えている?」 カエデは溜め息をついてから、後ろでおどおどしているツムギに優しく声掛ける。 「えっと……何があっても、私達が今日これが原因で喧嘩することになっても、明日にはまた友達で居られるようにって……」 「うん、そうね。でも、それは二人じゃなくって私達って言う約束だから……ここは広い心でアリスの事を許しましょう。ついでに、トビンさんの事も……ただし」 カエデは希望を与えるが、タダで希望を与えるなんて事はさせない。虫相手だからと言って条件をゼロで終わらせるだなんて虫が良すぎる。 「そのためにはお互いに弱みを握りあわないとね。平等な立場だからこそ、友情って生まれるものだから」 にっこりと笑って、カエデはそれ以上の具体的な命令は言わない。 「さて、ツムギ。今度は私達が観戦する番よ、腰を据えてじっくり観察しましょう」 「え、何それカエデ?」 いまいち話が呑み込めていないツムギは、疑問符を掲げるようにカエデに問い返す。 「同じ弱みを握りあうってことは、二人にも私達と同じことをやってもらうってことよ。頑張ってね、アリス。それとトビンさん」 何をやれとは言わなかった。しかし、もはや殆ど答えを言ったようなものである。 「あのー……カエデ、正気?」 アリスが助けを求めるように首を傾げるが、カエデは無慈悲に頷き『うん』と肯定する、 「だってほら。実演した方が結果的には自分の描写やあえぎ声の出し方の参考になるでしょ? せっかく絵画祭に出場するなら習うより慣れろ、ほら、トビンさんも……台詞の一字一句をメモしてあげるから、頑張ってね」 アリスは絶句した。絶句して、トビンを見る。 「えーと……よろしく」 トビンはすでに心の準備が出来ていた。カエデの『実演した方がいい』という言葉に納得したのか、それとも元々興味があったのか。いや、トビンは食いいるように見つめてインスピレーションを受け取っているあたりどちらもなのかもしれない。BLだけでなくGLまでいいけるとは、なんとも節操がなく迷惑な性癖である。 「トビン、恨むわよ……」 アリスは心の準備が出来ているトビンにそう告げた。 「お、お手柔らかに……」 「保証は出来かねるわ、トビン」 とは言え、アリスはそんな穏やかではない言葉を吐きながらも、カエデが一方的に交わした約束は忘れない。明日もまた笑顔で、そしてトビンやカエデ、ツムギとも友達で居られるように。弱みを共有し合うんだと。 カエデの冗談宣言を聞くまで、アリスは精一杯トビンを許すよう努めながらトビンの攻めにじっと目を瞑って身を委ねるのであった。 ---- とある人の絵を見てインスピレーションが湧いて書いた。後悔はしていない ---- #pcomment IP:125.198.70.102 TIME:"2013-11-22 (金) 17:27:56" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E8%88%88%E5%91%B3%E6%B4%A5%E6%B4%A5" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 10.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/6.0)"