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終焉とその後 の変更点


#author("2023-05-27T14:38:02+00:00","","")
#include(第十九回短編小説大会情報窓,notitle)


 世の中にはいろんな事情というものがある。そうした事情が持ち込まれてくるのがこの調査会社である。
 この会社を立ち上げて、仕事が軌道に乗り始めた矢先に、例の感染症騒動があって、この会社もこれまでか……と思われたが、仕事量はそこまで減らなかった。むしろ、増えたといっても良い。
 こういう事態が起きること自体が嘆かわしいのだが、世の中は善人ばかりではない。うまいことやって、楽に金銭を得ようとする輩がいるのも事実である。
 まあ、楽をしたいというのは人間の性。楽に金銭を得ようとすること自体は悪いことはではないだろう。だが、法に触れるようなことがあれば話は別だ。そして、その悪事が明らかとなれば、それ相応の対応をしなかればならない。といっても、そこからは司法の領分なので、この会社は関係のないことではあるが。
 保険会社や役所、あとは、裁判の証拠集めを手伝ってほしいという依頼が、この会社に持ち込まれてくる。ずっと働いていたら倒れてしまうし、証拠集めというのもなかなかの長期戦になることが多いので、どうしてもという時は仕事を断ることもあるが、それでも持ち込まれてくる以来は多い。
 ある時
「もう、性善説で運営をするのはやめたらどうですか?」
 と言ったことがある。この時の依頼主は保険会社。だが、帰ってきた答えはこのようなものだった。
「性善説で、運営しないと本当に困っている人に支援ができないのです」
 確かにもっともなことではある。とはいえ、保険制度の悪用を野放しにしていたら、出資者から保険金を集めて、何かあったときには困っている出資者に保険金という形で支援を行うという原則が崩れてしまう。
 当然のことながら、月々に徴収される保険料よりも、何かあったときに支給される保険金の額の方が多いわけで、保険制度の悪用が多発すれば、保険会社そのものの経営が成り立たなくなってしまう。
 これは、役所などが支給する給付金や補助金にも言えることだ。当然のことながら、こういった悪事が明るみに出ればただでは済まない。支給された金額の返還のみならず、詐欺罪に問われることになる。法に触れるような行為はしない方が身のためだ。

 中には、こういった類の話とは別の依頼が持ち込まれてくることもある。あまりにも突拍子もない話なら断るのだが、この時は気分転換になりそうだな、という軽い気持ちで受けてしまった。依頼料はきっちり支払ってもらったので、後はもう、依頼者がどうなるかは知ったことではないのだが……。
「だから、本当なんです。警察に行っても埒があきませんし……」
「いや……。嘘だとは言っていませんけどねぇ……」
 噓を言っているようには見えなかった。しかし、どうも言っていることが現実離れしている。実際にそんなことがあり得るのだろうか? 話をざっくり整理するとこういうことだった。最近、自分の友達が次々と事故に遭っていて、それがケガで済む場合もあれば、最悪の場合……ということらしい。
「だって、事故なんでしょう? 他殺ならともかく、事故なら事故ということで処理されて、それでおしまいですからね」
「それは、そうなんですけど……。友人が次々にこんな目に遭うなんてあり得るんでしょうか?」
「まあ、確かに確率は低いでしょうが……」
 依頼主は男性。まだ若い。こういう場に来るからというのもあるのだろうが、小ざっぱりした格好をしている。だが、顔は憔悴しきっている。自分の身の回りに次々と起きる緊急事態にどうすればいいのか分からないのだろう。
 依頼主は写真を見せる。苦労してスケジュールを合わせ、友達と依頼主の計12人で旅行に行ったときに撮られたものだという。今回、わざわざここへ持参するために焼き増ししたのだという。見ると写真に写っている何人かの顔には赤い×印がかかれている。
(なんか不気味だな……)
 この赤い×印が、顔に書かれた人物は、この旅行から帰ってきた後に……ということらしい。2人は海へ釣りに出た時に、高波にさらわれて、数日後に溺死体となって発見され、1人は崖から落ちて死亡。さらに、×印が書かれていないものの1人は階段から足を滑らせて転落、1人は車にはねられたという。この2人は怪我はしたものの、すぐに病院に運ばれ、命に別状はなかったらしい。
 ただ、共通しているのは、足首に掴まれたようなあざが残っていたということだった、が、怪我をしながらも命に別状はなかった2人から聞いたところによると、足を掴まれたような覚えはないという。
(どれも、不運な事故のような気もするが……。説明がつかない点もあるな……)
 もちろん、崖から落ちた、階段から転落なんていうのは、突き落とされた可能性もあるわけだが……。12人の内、5人の身に不幸が襲い掛かる。偶然としてはあまりにも確率が低い気がする。といって、誰かの作為によるものというのも今の段階では考えにくかった。
「ちなみに、旅行はどちらへ行かれたんですか?」
 これは、ほんの気分を変えるために、ほとんど雑談のような形でした質問だった。
「北国のY市にある炭鉱跡と、そこからはるか北にあるJトンネルです」
「え……? なんでまたそんなところに?」
 出てきた地名は観光地でもなんでもない場所だった。
「それが、その……実は出るみたいで……。普通に観光するだけじゃ、面白みに欠けるから、本当に巷で言われていることは確かなのか、この目で確かめてみようという話になって……」
 良くも悪くも恐れを知らない、この辺りが実に若者らしい。
「ちなみにどうして出るんですか? そこまで出る出るというのなら、何らかのいわれがあるはず」
「そこまでは、知りません」
(調べてないんかい!)
 あっさり「知りません」という言葉が出てきたときには、呆れてしまったが、それはこちらで調べれば済むことだろう。
 ちなみに、なぜ観光地でもない曰く付きの場所に行ってみようということになったかというと、もし遭遇したらしたで、動画に収めてしまおうということだった。
(そんな場所に、そんな軽い気持ちで……)
 若さゆえだろうか、それとも単に無知なだけか。動画にするというのも、旅行の記録として動画を作り、動画サイトに投稿したところ、それなりに好評で、広告をつけていたため、いくらかの収入があり、それに味をしめたのだとか。
「ちなみにどのくらいの収入だったのですか?」
「え……それは、まあ、みんなで焼き肉を食べたらなくなってしまうくらいの額ですよ。それだけで生活なんて無理ですね」
 具体的な額は言わなかったが、そこまで多いというわけではなさそうだった。
(入ってくる金額が多かったら、その金をめぐって仲間割れが起きたということもあるかもしれないが、この額なら、まあ、それは考えにくいな)
 とりあえず、カマをかけてみることにした。依頼主が、自分に都合の悪いことは話さないということもあるのだ。だが、こちらとしては、都合が悪かろうがよかろうが、話してもらったほうが後々楽なのだ。
「なんか、恨まれるようなこととかしたんでしょう? 旅先で失礼なことをしたとか」
「してませんよ、動画と写真を撮っただけです」
 だが、肝心の動画というのはアップロードはしたものの、もう削除してしまったという。撮影したときは何の問題もなかったが、いざアップロードすると、ノイズが入っていたり、画面が乱れたり、画面一面が真っ白になったりと、奇怪な現象が次々と起こったため、薄気味悪くなり削除してしまったとのことだ。写真も似たような感じだという。
 機材が壊れたのかと思ったが、そういうわけではなかったという。
 どうも、写真や動画を撮って、不特定多数の目に触れる場所へアップロードしたことに問題があるとしか思えないのだ。
「まあ、調査はしてはみますが、他の案件も抱えていますし、答えが出ても仮説止まりになりますが、よろしいですね? あとはまあ、神社でお祓いでもしてもらってくださいね」
 と、変わった依頼ではあったので、条件付きで引き受けてみることにした。本当に気分転換にはなるかなという気持ちだった。

(さて、誰連れていこうかな……?)
 人間だけでは難しいことや、できないこともあるので、そういう時はポケモンたちの力を借りることにしている。そのこともこの調査会社が繁盛している理由の一つかもしれない。
「千歳、水無月。今度、出張に行くからさ、付き合ってくれよ」
「え~、所長、あの胡散臭い依頼を受けるのかよ……」
「そうだよ、こないだも『トランプに狙われているから調べてくれ』とかいうのが来たじゃん」
「あれは、叩き出したろ?」
 お二方とも渋っている。それどころか「着手金だけもらって、遠出するつもりだ」などと人聞きの悪いことを言い出す。
 千歳。察知能力に優れているといわれるアブソルである。給付金の不正受給の疑いがあるから調べてほしいという依頼のときだ。調査対象の生活パターンなどを調べるとき、尾行や張り込みが気づかれそうになるのを回避してくれる。どういう原理なのかは分からないが、とにかく分かるのだという。
 災いをもたらすとか言われているのが、不憫なのでこのような縁起のよさそうな名前にしたのである。たまに女性っぽい名前だとか、飛行機を飛ばしそうとか言われてしまうが……。
 一方で、水無月。ヒスイバクフーンというちょっと変わった種族である。何でもさまよう霊魂を浄化することができるのだとか。北国の限られた地域にしかいないそうだ。なんで、こんな名前にしたかっていうと、単純に6月生まれだったからである。それ以上でもそれ以下でもない。
 水無月は、どういうわけかとにかくビビりである。ゲリラ雷雨が発生すれば、雷の音にビビり、落雷に伴う停電でビビり、しまいには復旧したことで突然点く明かりにビビる有様である。
 あまりにもビビるので「周りを笑わせようとして、わざとそういうリアクションをしているんじゃないか?」と誰もが思った。
 以前、演技なのか、それとも本当のビビりなのか確かめるために、嫌がる水無月を「ここのお化け屋敷は、怖さはマイルドにしてあって、可愛いお化けしかいないから大丈夫」と騙して、遊園地のお化け屋敷に連れていったことがあったが、これが酷かった。
 いざ、お化けに出くわすと……
「うわああぁ~、怖いよ~! おか~さ~ん!!」
 と、音量最大といいたくなるような声で、情けない悲鳴を上げたばかりか、恐怖のあまり錯乱状態に陥った水無月はたまたま近くにあった非常用の扉(といっても施錠されていたが……)を強引に開けて外へ逃げようとした。このため、騒ぎを聞きつけた遊園地のスタッフが止めに入る事態になり、思い切り恥をかいてしまうことになった。ただこの一件で、演技などではなく、正真正銘のビビりであることが判明した。
(ゴーストタイプでお化けがダメってどういうことなの……?)
 と、誰もが思ったが、水無月がいうには「なんでって、ダメなものはダメ。霊魂は大丈夫だけど、実物はダメ」とのこと。
 全然頼りにならなさそうだが、それでも万が一出てしまった場合、タイプで言えば互角のはずだし一方的にやられることはないだろう、と思ってのことだった。
「一人で逃げるかもしれないぞ?」
「大丈夫、どうせ腰を抜かすから逃げらんないよ。それに、さすがに追い詰められたら、火事場の馬鹿力で何とかするだろ」
 と、そこまで言われたら、ちょっとは克服しようとは思わないこともないらしいのだが、やっぱりダメなものはダメらしい。

 出張当日、まず最初に訪れたのはY市にある炭鉱跡である。炭鉱「跡」なので、当然のことながら今は稼働していない。北国ということもあってか、春も半ばを過ぎたというのに、少々肌寒い。事前に入手した地図を頼りに炭鉱跡まで行く。時間にも制約があるので、今回はレンタカーを手配していた。自分で運転をしなければならないが、歩かなくてもいいという点では楽である。
 目的の場所から少し離れたところに車を止める。車のドアを開けて、一歩踏み出したときに、何かを感じる。全方向から突き刺すような視線で、寒気を感じる。
(誰かに……見られている……?)
 衆人環視というのだろうか、それに近いような感覚。だが、この場にいるのは所長と、千歳と水無月だけだ。後は誰もいない。そもそも、市街地から遠く離れたところにあるため、通行人がいるような場所ではない。
「まずいぜ、さっさと離れたほうがいいぞ」
「うん、そうだな」
 千歳や水無月はともかく、所長には霊感のようなものが全くないはずなのだが、それでもこの場から一刻も早く離れたかった。とにかく長時間いるような場所ではないと思うのである。
 慰霊碑があるというのも聞いていた。依頼主とその友人たちはこの辺りで撮影に興じていたらしい。
(命知らずもいいところだな)
 さっさとこの場から離れたかったが、慰霊碑に持参した清酒と花束をおき、手を合わせる。慰霊碑の根元にはお供え物が置かれている。置かれてからある程度時間は立っているようであったが、まだ新しい。定期的に慰霊に訪れる方がいて、管理もされているのであろう。
 その近くに、トンネルのような建造物がある。といっても、鉄格子がされており、中へ入れないようになっている。
 何もないのに、慰霊碑が建つはずがない。慰霊碑が建つような大事件が過去にあったはずである。あとは市の図書館で文献などを調査する予定だった。
「しょ……ちょ……。せ……」
「え、どうした水無月?」
「気持ち悪……。洗面器……」
「洗面器? 吐きそうなのか?」
 水無月は無言で頷く。どうやらもう、限界が近いらしい。が、洗面器など持っていなかった。さっきまでお供え物を入れていたビニール袋があったので、それを手渡す。
「あ、ありがと……」
 水無月はその場に座り込むと、本当に「戻して」しまった。よく見ると、顔色も悪い。
「もう、ダメだ。調査を打ち切ろう。宿へ行こう」
 文献調査はあとで行うとして、完全にやられてしまった水無月を引きずるようにして、その場を後にし、車で市街地へ戻ると、予約した宿でチェックインの手続きを済ませた。実は、チェックインの開始時刻まではまだ時間があったのだが、事情を話すと宿の人は何も言わず、部屋へ通してくれた。
「千歳、水無月のことを頼むぞ」
「ああ、分かった」
 その後は図書館で文献の調査を行うことにした。図書館というのは本の貸し出しを行うだけではない。記録の保管所でもあるから、絶対に何か見つかるはずだ。

 図書館でまずは、新聞の縮小版を見せてもらうことにした。といっても片っ端から調べていっては時間がかかりすぎる。例の炭鉱だが、稼働していた時期は思いの外短く、たったの7年間であったという。7年で埋蔵されている全ての石炭を掘りつくすというのはちょっと考えにくい。閉山するだけの理由があったはずだ。閉山した年から遡って調べていくことにした。
(あ、これだな……)
 閉山する前年に炭坑内で大規模な火災が発生している。かなり大きな事故であったため、それに関する文献が図書館にも保管されていた。今から40年ほど前のことだ。
 生々しい記述が並んでおり、読んでいるだけでも胸が締め付けられそうになる。
 要約すると、炭坑内で発生したメタンガスに静電気が引火して大規模な火災となった。そもそも、きちんとガス抜きをしていればこんな悲劇は起こらなかったはずなのだが、生産が最優先で安全性は後回しにされていた。
 この頃になると、石炭の採掘というのは斜陽産業で、世の中のエネルギーといえば、石油か、でなければ原子力だった。石炭の出る幕がないわけではなかったが、露天掘りという低コストかつ安全な方法で採掘される、安い外国産の石炭に押されるようになっていった。
 石炭の採掘会社は、国から補助金を受けていたのだが「ノルマを達成できなければ補助金を打ち切る」という恫喝に近い通達が出されていた。斜陽産業の石炭採掘業が生き残るには、危険と分かっていても通達に従うしかなかった。
 事故発生から6日目、火災が収まる気配が一向に無いため、採掘会社は、近くを流れる川から水を引き込み、未だ安否の確認が取れていない作業員もろとも炭鉱を水没させることを決定した。
 当然ながら、安否不明者の家族は激怒し「ふざけるな、命を寄越せということか!」と採掘会社の社長に詰め寄ったが、社長は「お命を……頂戴、いたします……」と苦悶の表情で答えたという。
 それから2日後、永訣を告げるサイレンが街中に鳴り響き、炭坑内に注水が開始され、未曽有の火災事故は終結した。当然のことながら、水が抜かれた炭坑内から多くの遺体が収容された。自責の念に駆られた社長は、自宅に戻ると自分の手首を切って自殺を図ったという。傷が浅かったのと、すぐに発見されたため未遂だったが、その後自ら社長の座を降りた。
(……)
 言葉が、出なかった。そんな場所を金銭を得るための出汁にしようとしたのだ。言い方は悪いが自傷行為である。

 宿に戻ると、水無月は多少は回復したようだった。調査で得られたことを話すと、水無月はこんなことを言うのである。
「死んじゃったら、それで終わりと思うでしょ。半分あっているけど、半分は違うと思うんだ」
「……」
「トンネルみたいな場所があったでしょ。あれはダメだよ、迂闊に近寄ったら危険だよ。僕でもどうにもならない。引きずり込まれるかも、ね……」
(もしかして、足首についたあざは、そのためのものか?) 
「社長のことは恨んでいないようだったよ。でも、怒りのやり場が無いんだよ。そんなところに遊びにやってきたやつらがいたらさ、どう?」
「……」
「まあ、すぐに謝りに行けば何とかならないこともないかもしれないけど、ね……。これ以上被害者が増えないといいねぇ……」


 おわり

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