*純朴の地 [#j33cf192] writer――――[[カゲフミ]] ―1― 強い日差しが広大な砂地を、荒々しく突き出た岩山を、緑と水を湛えたオアシスを照らし出していく。 日の出から間もない時間帯とはいえ、砂漠の日差しは強烈だった。夜間の冷え込みなどあっという間にどこかへ追いやられてしまう。 また、時折吹き荒れる砂嵐や、オアシス以外での水分補給の手段がほとんどないことなど、砂漠の環境は厳しい。 これらの様々な障害に対応することができなければ、ここで生き延びていくのは困難を極めるだろう。 そのため、ここに住み着いてるポケモンは偏っている。砂嵐の影響を受けることがなく、毎日の生活に水分をそれほど必要としない地面タイプのポケモンが大半を占めていた。 今、岩山にぽっかりと空いた洞穴からのそりと姿を現したガブリアスも、その一員である。 体の大半は紺色をしており、胸から腹にかけて朱色と黄色が入り混じっていた。頭の両側には角のような二つの突起が見える。 また、両手に当たる部分に手らしき物はなく、代わりに一本の鉤爪を宿していた。 それは朝日を受け、不気味な輝きを放っている。まるで、その切れ味を誇示するかのように。 両腕と背中にはいびつな三角形をした鰭のようなものがあり、背中の鰭の先端にはわずかに切れ込みが入っていた。 しかし、随所に感じられる鋭さとは裏腹に、のそのそと地面を這うような動きでキレがない。早朝なため、完全に目覚めていないのか。 岩陰から顔を出し、日差しの眩しさに一瞬目を細くしたが、すぐにまた歩き出した。二本の足もその巨体を支えるためか逞しく、砂の上には大きな足跡が残っていた。 「ふあ……」 大きな口を隠そうともせず、壮大なあくびをするガブリアス。口の中にも鋭い牙が生えそろっていた。 あくびと共に滲み出た涙を腕で拭うと、一歩、また一歩とゆったりしたペースで再び足を進める。 鰭を羽ばたかせれば風を切るようなスピードで低空飛行することもできるのだが、あいにく寝起きでそんな元気はなかったのだ。 砂漠のポケモンが朝早く起きて向かう場所と言えば、基本的には一つしかない。 それは、この砂漠の中心部分に位置するオアシスだ。オアシスの有する大きな湖は生命の源である水を与えてくれる。 また、湖の周辺には小さな森といっても過言ではないくらいの木々が茂っており、食用となる木の実も豊富だった。 このオアシスがもたらしてくれる大いなる恩恵を受け、さまざまなポケモンが砂漠で暮らしているのである。 太陽が少し高くなった頃、ようやくガブリアスはオアシスへと辿り着いた。そろそろ他のポケモンが起きだしてくる時間だが、今のところそういった気配はない。この辺りにいるのはガブリアス一匹だけだろう。 周りに生え並ぶ木々を見渡しながら、どこに木の実が成っているのかを確認していく。 皆がここの木々には世話になっているため、見つけやすい場所にある実は粗方取られてしまっている。 とはいえ完全に取り尽くされているというわけではなく、葉っぱの裏側や、高い木に成る木の実などは残っている確率が高い。 現に今、周りよりも少し頭の飛び出した高い木の上部で揺れている二つの黄色い実をガブリアスが見つけたところだ。 実の高さはおよそ彼の身長の二倍から三倍と言ったところか。背伸びして腕を伸ばしてみても届く範囲ではない。 ガブリアスはしゃがんで勢いをつけると、一気に地面を蹴って飛び上がる。軽々と木の実の前まで到達すると、右腕の爪で一薙ぎ。 小気味よい音と共に、木の実はぽとりと砂の上に落ちた。それとほぼ同時に彼自身も砂の上に着地する。 ほんの数秒の出来事だったが、その狙いには狂いがなかった。余分に葉を散らすこともなく、また果肉の部分に傷をつけてもいない。 ガブリアスというポケモンが持つ身体能力のポテンシャルは高い。ここに来るまでは動作が緩慢で冴えない雰囲気だったが、眠気が飛んでようやく本調子になってきたようだ。 目つきも何かを射抜くかのように鋭くなり、ドラゴンタイプという名に恥じない迫力を醸し出している。 取れた木の実を爪にぷつりと突き刺すと、そのまま口まで持っていく。腕の構造上、物を掴むことはできないが食事をするのに困ることはない。 さくさくとした程よい食感と、ほんのりとした甘味が口内に広がる。この木の実は彼のお気に入りなのだ。 勢い余って爪に牙を立ててしまわないように注意しつつ、しばらくの間、彼は夢中で木の実を齧るのであった。 ―2― 好物の木の実だったため、二つ平らげるのにそこまで時間は掛からなかった。爪に残った果汁を、舌を切らないようにしながら舐め取る。 空腹が満たされると、今度は喉の乾きを感じるようになってきた。水分は木の実にも含まれるが、それだけではまだ足りない。 数少ない水源であるオアシスの湖には豊富な水がある。まれにしか雨の降らない砂漠でも、枯れることのないありがたい湖である。 足を踏み出そうとしてガブリアスはふと立ち止まった。時間帯を考えると他のポケモンがオアシスに来ていてもおかしくない。 もっと早く来るべきだったかな。いや、来る途中にのんびりしていた自分が悪いんだ。誰かいたとしてもそれはしかたないか。 心の中でそう呟きながら、ガブリアスはオアシスの湖へと向かった。出来ることなら、誰とも会わないことを祈りながら。 残念ながら彼の祈りは届かなかったようだ。大きな湖の岸辺にはゴマゾウとナックラーがいて、何やら楽しそうに談笑していた。 これ以上近づけば、間違いなくこちらの気配が向こうに伝わってしまうだろう。せっかく友達同士で仲良く話しているところに、水を差すのは忍びない。 どうするか。気づかれないようにそっと、というのもこの目立つ体色と大きさでは不可能だ。 一旦引き返して、少し後になってきてみるのはどうだろうか。時間が経てば彼らもいなくなっているかもしれない。 いや、ただでさえポケモンが少ない朝方なのだ。仮に彼らが去っていたとしても、別のポケモンが来ていることだろう。 あれこれガブリアスが思案していると、ゴマゾウがふとこちらを向いた。目と目が合う。 ああ、見つかってしまったか。その瞬間、ガブリアスはこれから起こるであろうことを諦めと一緒に受け入れたのだ。 案の定、ゴマゾウはぎょっとして血相を変えるとナックラーに何かを告げる。ナックラーもガブリアスの存在を確認し、酷く怯えた表情になる。 直後、二匹は湖の岸辺から一目散に逃げ出していった。ゴマゾウはともかくナックラーはあんなに早く走れたのか、と思うほどのスピードだった。 ガブリアスは寂しそうな目で彼らの背中を追っていたが、彼らは一度も振りかえりはしなかった。 「……はぁ」 彼は小さくため息をつく。仕方ない。いつものこと。そうやって完全に割り切ってしまえるのならば、もっと楽な気持ちになれるだろう。 彼らに見つかったときにある程度の覚悟は出来ていたが、やはり傷つくのだ。別に怖がらせようという意志はないのに、怯えて逃げられるのは辛かった。 何となく沈んだ気分を引きずりながら、ガブリアスは岸辺まで行くと水面にそっと口を付けて喉を潤す。 周辺の気温とは相反する、心地よい清涼感が喉を伝って体に染み渡っていく。さっきのもやもやした気持ちも一緒に飲み下してしまえればいい。 そんな彼の背後にゆっくりと、足を忍ばせて近づく一匹のポケモンの姿が。背中には無数の褐色の棘が顔をのぞかせていて荒々しい。 手足には爪を宿しており、ガブリアスには劣るもののなかなか尖っていて鋭い。体はそれほど大きくなく、彼の半分ほどの高さだった。 そのポケモン、サンドパンはじりじりと距離を縮め、もう背後にまで迫ってきている。当のガブリアスは水を飲むのに夢中でサンドパンの存在に全く気づいていない。 満足いくまで水を飲み終え、ガブリアスが水面から口を離し、顔を上げた。その瞬間を狙っていたかのようにサンドパンは一気に近づく。 「わっ!」 「うわああぁっ!」 大きな声とともに腰のあたりをつつかれ、ガブリアスは驚いて前につんのめった。 結果、壮大な水音を立てて湖にダイブすることに。あちこちに水しぶきが飛び散り、乾いた砂地を濡らす。 飛沫がかからないようにサンドパンはしっかり身を退いていた。ガブリアスを突き落としておきながら、自分は濡れるのが嫌というわけだ。ちゃっかりしている。 「進歩がないわねえ。同じ手に引っ掛かるんだもん」 水に落ちたガブリアスを見下ろしながら、小馬鹿にしたような口調でサンドパンは言う。 幸い湖の岸辺の水深は大して深くないので溺れるような心配はない。それが分かっているから彼女もこうやって悪ふざけをするのだろう。 水面から半分ほど体を出し、水を滴らせながら恨めしそうにサンドパンを睨む。もちろん、これもいつものことだから本気で怒っていたわけではないが。 「おはよ、ガリア」 ガブリアスの名を呼び、全く悪びれる様子もなく、サンドパンはにこやかな笑顔で挨拶をしてくる。 ちょっと度が過ぎるような気がしないでもないが、これは彼女の中では軽いいたずら程度の認識でしかない。 基本的に同じ手を使ってくるので、引っ掛からなければいいだけの話ではある。だが、サンドパンとは毎日会っているというわけではない。 落とされてから少し間が開くと彼女に対する警戒心も薄れ、また同じように水の冷たさを味わう羽目になってしまうのである。 学習しないな、と驚かされるたびに自分でも思う。だからこそサンドパンは面白がって、ちょっかいを出してくるのだろうけど。 情けない話ではあるが、水に落とされるのにも結構慣れた。 ドラゴンタイプのおかげで、普通の地面タイプよりは水に対する恐怖心もない。 最近では水に落ちてもほとんど動揺しなくなってきているくらいだ。これはこれで問題な気もするが。 「おはよう、セルザ」 まあ、全身水をかぶったおかげで頭が冷えてすっきりしたのは事実だ。さっきの嫌な出来事も少しは遠のいてくれたかもしれない。 こうやって自分に全く遠慮なく接してくれるのも、この砂漠では彼女だけだ。これは彼女なりのコミュニケーション、といつも強引に解釈していた。 屈託のない、とまではいかなかったが、笑顔と呼べる表情でガリアはサンドパンのセルザに挨拶を返したのだ。 ―3― 水から這い上がると、ガリアは軽く体を振るわせて水気を飛ばす。砂漠の空気は乾燥しているので乾きは早い。 セルザはと言うと、彼から少し離れた場所で水を飲んでいる。やはり水が飛んでこないように避難しているのだろう。 地面タイプしか持たない彼女は水に濡れることを極端に嫌う。しかし、飛んでくる水しぶきの原因を作ったのはセルザだ。 だからといって、濡れるのが嫌なら突き落さないでよとガリアが訴えてみてもきっと無駄だろう。やれやれ、と思いながら彼は腰を下ろした。 そんなガリアをよそに、セルザは水を飲むのに夢中になっている。頭を水面に近付けているから、背後の様子は見えていないだろう。 なるほど、水を飲んでいるときの自分はこんな風に映っているのか。確かに隙だらけに見え、セルザがいたずら心を起こすのも分からないこともない。 さすがに彼女を水の中に落としたりしたら、いたずらでは済まない。下手をすれば命に関わるかもしれない。 突き落すような真似はしないが、何か彼女にも仕返しを、とガリアが思ったのは一度や二度ではなかった。 しかし、結局思うだけで実行も出来ず、次に会う頃にはセルザへの恨み自体を忘れているのだ。ある意味便利な体質である。 それに、自分がやられたらやり返すような果敢な心意気の持ち主でないことは、ガリア自身が一番よく知っていた。 「ふう、おいしかった」 水面から顔を上げ、セルザは口元を右手で拭う。そしてガリアの方へ歩いてくると、隣に腰を下ろした。 二匹が会話をするときはいつもこの形だ。互いの顔を見ながらだと、ガリアを見上げなければならないセルザが疲れてしまう。 「ねえ、今朝なにかあった?」 「……どうして?」 「なんとなーく、沈んでるようにみえたからさ」 「そりゃあ、朝っぱらから湖に突き落とされたからね」 「嘘。そんなことで落ち込むあんたじゃないでしょ、毎度のことだし」 それもそうだ。あれくらいで傷心していては正直身が持たない。 水に関しては、セルザのおかげでガリアも少しは心が鍛えられているようだ。 できるだけ思い出さないようにしていたけど、どこかで顔に出してしまっていたのかもしれない。セルザは鋭いから、隠そうとしてもすぐにばれてしまう。 「また?」 「……うん」 「そっかあ……」 短いやり取りだが何があったのかを理解するのに、セルザはそれ以上言葉を必要としなかった。 ガリアの気持ちを沈める原因で、思い当たることは一つしかない。また、他のポケモンに怖がられて逃げられたのだろう。 「相手は誰?」 「ゴマゾウと……ナックラー」 「あーまだ幼いからね。思いっきり怯えられたんじゃない?」 「うん……」 ポケモンによってもガリアと出会ったときの反応は変わってくる。進化系のポケモンはある程度こちらを気遣ってか、それとなくそそくさと逃げ去る感じだ。 あからさまに逃げ出したり、怯えた表情を出したりはしない。逃げられた、ということはもちろんガリアに伝わるが、それでもまだダメージは少なかった。 だが、まだ未進化のポケモンは感受性が豊かなためか、ガリアを見たときの反応も激しい。今朝のように遠慮のない感情表現をされた上、必死で逃げられるとかなり傷つくのだ。 「別に今に始まったことじゃないんだし、気にしなきゃ……って、それが出来ないから元気なかったんだよね」 「分かってるつもりだけど、なかなか難しくて」 自分は驚かそうとしたわけじゃない、向こうが勝手に逃げていっただけ。そんな奴らの反応をいちいち気にして落ち込むのも馬鹿馬鹿しい。 本当にそれくらいの意気込みがあればいいのだが。ガリアの中の繊細な心はなかなかそれを許してはくれない。 恐がられたという事実がまるで亡霊のように彼の心に纏わりつき、気持ちを揺り動かすのだ。 「ま、仕方ないんじゃない。私は見た目がすべて、なんてもちろん思ってないけど、誰だって何も知らない相手のことはまず外見で判断しちゃうわけだし」 第一印象というのはやはり大きい。初めて見た相手が、小さくて愛らしいポケモンならばそこまで警戒したりはしないだろう。 愛らしいポケモンが内面まで外見通りとは限らないが、その相手がどんな性格かを判断するのはまず外見を受け入れてからになる。 「私だってガリアと初めて会ったときは、正直怖かったもん」 「分かってたよ。でもあのときは、何か声かけなきゃって僕も思ったし」 ガリアとセルザがこうして仲良くなったきっかけは、ノクタスにしつこく絡まれて困っていたセルザを彼が助けたからである。 もっとも、ガリアが自らセルザを助けようとしたわけではないことは言うまでもなかった。そんな勇気は彼にはない。 ノクタスがセルザに言い寄っている現場に偶然彼が通りかかったのだ。ノクタスも例外なくガリアを恐れており、彼の姿を見るなり慌てて逃げ出してしまった。 セルザとノクタスのやり取りを聞いた限りでは穏便な雰囲気ではなかったため、さすがのガリアもその場に残された彼女が心配になり、恐る恐る声を掛けたのだ。 彼にそういった意思はなかったのだが、結果的にセルザを助けたことになったのだ。 始めのうちはガリアのことを怖がっていたセルザだが、話をするうちに彼が想像していたような怖いポケモンでないことが分かったらしい。 おかげで今ではこれでもか、というくらい気兼ねなくガリアに接してくれているというわけだった。 ―4― 「絶対何かされる、って思ってたガブリアスからの一言が、大丈夫? だもんね。拍子抜けしちゃった」 「何かされるって……僕をなんだと思ってたのさ」 「だってさ、体は大きいし目つきは鋭いし、何でも切り刻めそうな鉤爪携えてるし……。そんなあんたが近づいてきたら無意識に身の危険感じちゃってね」 遠慮なしにずばずばとガリアの第一印象を述べていくセルザ。彼にとっては欠点を指摘されているような気がして、耳の痛い話だった。 自覚している事柄は、誰かに言われると余計に応えるものだ。誰かとは言っても、この砂漠ではセルザしかいないだろうけど。 「今はそんなことないけどね。話してみると、なんかおどおどしてて頼りない感じだったし、全然イメージしてたのと違ってた」 「あ、あの時は、会話するのに慣れてなくて、何話せばいいのか分からなかったから……」 思い切ってセルザに話しかけてみたはいいものの、彼女がちゃんと言葉を返してくれた後、なかなか次の言葉が思い浮かばずしどろもどろになってしまったのだ。 ずっと怖いという印象を抱いていたセルザから見ると、そのギャップがあまりにも酷かったようで笑われてしまったことを今でも彼は覚えている。 その笑いがきっかけでお互いの緊張もほぐれたらしく、それなりにまともな言葉を交わせたような気がする。もちろん今では何を喋ろうかなど考えずに、自然体でセルザと話ができるようになっていた。 「ガリアがそういう性格だって分かれば、みんな逃げたりしないと思うけどねー」 おっとりしていてどことなく弱気で頼りない、それでも優しい心を持っている。セルザから見たガリアのイメージはこんな感じだ。 ガブリアスというポケモンの荒々しい外見からは想像もつかない。だからこそ彼は思い悩んでいるのだろう。 「なかなか分かってもらえないよ。セルザのときみたいなきっかけがあればいいんだけど」 誰かがノクタスに絡まれているところを狙ったように通りかかれるわけもない。 それを考えると、ガリアがこうしてセルザと仲良くなれたのはまさに偶然の賜物だった。 「きっかけ、かあ。私にはガリアの方からそれを逃してるような気がするけど」 「え……どうして?」 「今朝みたいに、あんたの姿を見るなり逃げだす奴ばかりじゃないんでしょ。少しは話の通じるポケモンもいるんじゃない?」 「……そうかな」 遅いか早いかの違いはあっても、結局逃げられるのは同じだ。 どうせ逃げられる相手に、話しかけてもしょうがない。もし話しかけて逃げられでもしたら、さらに空しくなるだけ。 繰り返し他のポケモンから避けられるうちに、いつしかそういった考えがガリアの中で根付いていたのだ。 その後ろ向きな姿勢が、きっかけを逃していることに彼自身は気づいていない。 「会ったときに思い切って話しかけてみるくらいの勇気をもたなきゃ。誰も近づいてこないんだから、自分から近づいていかないと友達なんてできないわよ?」 誰も寄ってこないのは事実、となると自ら行動を起こすしかない。正論ではあったが、ガリアにはなかなか厳しい言葉だった。 心を許した相手には隠しだてせずに、堂々と意見を述べる。相手の顔色を窺って取り繕ったりはしない。それがセルザの長所でもあり、短所でもあるとガリアは思っていた。 「いつまでも話し相手が私一人ってのも寂しいでしょ?」 「そんなことない。セルザがこうやって傍にいてくれれば僕は……寂しくないよ」 セルザの明るさは、纏わりついた孤独や寂しさを簡単に追い払ってくれる。 誰かに避けられたりすることがあっても、自分を理解してくれる彼女の存在は本当にありがたかった。 だからこそガリアは素直な気持ちで、その言葉を口にしたのだが。 それを聞いたセルザは一瞬驚いたような表情になると、少しだけ頬を赤くしてそっぽを向いてしまった。 「ま、真顔でそんなこと言わないでよ……もう」 風の音にかき消されてしまいそうな声。控え目でつつましい、セルザらしからぬ様子だ。 彼女は何を恥ずかしがっているんだろうと不思議に思いながら、さっきの台詞をもう一度思い出してみて、ガリアはようやく理解に至った。 傍にいてくれれば寂しくない。とらえ方によっては、ずっと傍にいてほしいということ。それはすなわち――――。 「あ……え、えっと、それは友達としてって意味だよ、もちろん!」 両腕を胸の前にかざして左右に振りながら、慌てて弁解するガリア。 全くそんなつもりで言ったわけではなかったのだが、セルザには彼の意志とは別の意味で聞こえてしまったようだ。 「わ、分かってるわよ。あたりまえでしょう!」 怒っているのか、それとも照れ隠しなのか。セルザはくるりと背中を向けてしまった。 彼女が何の反応も示さなかったら、きっと自分の発言の意味深さに気付かないままだっただろう。 恥ずかしがる彼女に指摘されたことでそれを自覚してしまい、なんだかこっちまで変な気分になってしまう。 心臓の鼓動が速い。ガリアは胸に鰭をそっと当て、大きく息を吸い込んで気持ちを落ち着ける。 さっきの言葉は、友達としてのものだ。それ以上でも、それ以下でもない。そう自分に言い聞かせていた。 だが、もしかすると。無意識のうちに発せられた彼の言葉の中には、セルザと友達以上の関係でありたいという望みがあったのかもしれない。 どちらにせよ、ガリア自身がそういった想いを完全に取り払ってしまった今となっては、真相は分からないままである。 ―5― セルザがそっぽを向いてから、どれくらいの時間が経っただろう。時々彼女の方を見やっても、目に入ってくるのは背中の荒々しい棘ばかり。 何かを話していればあっという間に過ぎていく時間も、こうしてお互いに黙っていると異様に長く感じてしまう。 おそらくまだ数分しか経っていないと思われるが、ガリアには何十分もこうして座ったまま何も話さずにいるように感じられた。 「もう。ガリアが変なこと言うから、さっき何を言おうとしてたのか忘れちゃったわよ」 そう言いながらようやく正面を向いたセルザの横顔は、まだほんの少し赤みを帯びているような気がした。 もしかすると自分の顔も赤くなっていたのかもしれないが、この色合いだと外見上は分からないだろう。 「ご、ごめん……。そんなつもりで言ったんじゃないんだよ」 「そりゃそうでしょ。あんたにそんな台詞を堂々と言える勇気があるんだったら、とっくに私以外のポケモンと友達になれてるだろうしねー」 どことなく言い方が突き放すようで冷たい。セルザはさっきのことをまだ怒っているのだろうか。 意識して言ったわけではないため、怒られるのは何となく理不尽な気がしないでもなかった。 だが、彼女がそう捉えてしまったのだから仕方がない。言葉というものの難しさ、気持ちの伝え難さをひしひしと実感させられる。 「まあ、いいわ。とにかく、勇気を出して話しかけてみなさいってことよ。私がガリアに言いたかったのは、そういうこと」 このまま何もしなければ、ガリアを取り巻く環境はきっと変わらない。他のポケモンからは避けられるばかり。 周りが動かないのなら、自分から動くしかない。セルザの言う、勇気を出すというのはそういうことだ。 「勇気……かあ」 その言葉を反芻してみて、自分とは尽く無縁の物のように思えてくる。 確かに、セルザ以外の誰かとちゃんと話してみたい気持ちはあった。彼女とはいつも会えるわけではない。 会わなかった日は一日中一人で過ごすことになる。一人で過ごしてきた時間の方が多いガリアだったが、やはり寂しさを感じることはあるのだ。 しかし、いざ他のポケモンを前にするときっと声をかけられずに踏み止まってしまうように思えてならない。 話しかけてみて、何も反応してもらえなかったら、余計に怖がられて逃げられたりしたら。そうなってしまうのが怖いのだ。 このように、やってみる前から失敗したときのことを考えているあたり、彼の勇気というものの少なさを伺わせる。 「まあ、頑張ってみるよ。……自信ないけどね」 「はあ……いきなりそんな逃げ腰でどうすんのよ。こんな調子じゃ明日か明後日、また一匹でぽつんと湖の畔に佇んでるあんたの姿が目に浮かぶわ」 額に爪を当て、やれやれと言った感じでため息を交えながらセルザは言う。 本当にそうなってしまいそうで、ガリアは何も言い返すことができなかった。 そして気持ちの沈んでいるところを、彼女に驚かされてまた湖へダイブさせられるのだ。 突き落とされた自分を無条件で思い描いてしまうあたりが、情けない限りである。 「私はあんたのそういうところ、嫌いじゃないけどね。ガリアらしくて」 ガリアは少し驚いて彼女の顔を見る。セルザが自分に対する前向きな、少なくとも後ろ向きでない意見を述べてくれるとは珍しい。 「何よ。人の顔じっと見て。何かついてる?」 「いや、何でもないよ。それじゃ、僕はそろそろ戻るね」 立ち上がり、背中を向けたのはセルザに対する照れ隠しだったのかもしれない。 何かと遠慮のない意見ばかり飛んでくる彼女の口から出てきた、嫌いじゃないという言葉。正直なところ、かなり嬉しかったのだ。 お腹は膨れたし、喉も潤った。もう住処に戻っても問題ない。さあ帰ろうかと足を踏み出そうとして、セルザに尻尾を掴まれる。 「帰るんなら乗せてってよ。その方が早いし、ね?」 見上げながら、微笑むセルザ。この時のために笑顔を練習してるんじゃないかと疑いたくなる。 それくらい彼女の笑顔は屈託がなくて、愛らしくて。ガリアもその魅力に負け、頷いてしまうというわけだ。 「……分かった。いいよ」 「やった」 セルザの住処はガリアの住処よりもオアシスから離れた所にある。 彼が帰る途中にセルザを降ろすのではなく、彼女の住処までわざわざ足を運ばねばならない。 面倒といえば面倒だが、このあとどこかに寄るような予定もないため、送るくらいならいいかという気持ちになってしまうのだった。 ガリアはセルザが乗りやすいように、少し前かがみの姿勢になる。セルザは慣れた感覚でガリアの尻尾の付け根辺りに跨ると、背びれを掴んだ。 「いつも言ってるけど、あんまり爪は立てないでね」 「分かってる。でも、落ちないようにしっかり掴まってるから、痛かったらごめん」 ガリアの皮膚は硬くて頑丈だ。セルザが少し爪を立ててみたところで、傷ついたりはしない。 それでも必要以上に力を込められると、チクリとした感覚が背びれに走るときがあるのだ。 とはいえセルザの体の構造上背びれを握ることはできないため、多少の痛みは大目に見ているのだが。 「それじゃあ、れっつごー」 「……!」 振り落とされないためか、セルザはガリアの背中にぎゅっと身を寄せてくる。 背中は硬くて荒々しい棘に覆われているが、お腹の部分は意外とぷにぷにしているのだ。 セルザの体が、体温が、感触が、すぐ近くに。ガリアもこういうところではしっかりと雄だ。多少なりとも意識してしまう。 彼女に乗せてと頼まれて、首を横に振れない理由の半分くらいは、これがあるからかもしれない。 だが、あまり体が密着していることを意識しすぎると安定して飛べなくなってしまう。 セルザの存在はほどほどに意識しながら、呼吸を乱さずにまっすぐ飛ぶのだ。これはこれでなかなか技術を要する。 ガリアは一度深呼吸して、荒立ちそうになる気持ちを落ち着ける。大丈夫、冷静に、まっすぐ。そう心の中で言い聞かせながら。 「じゃあ、行くよ!」 「うんっ」 両腕の鰭を何度も羽ばたかせ、飛翔の準備に取り掛かる。風に煽られて舞い上がった砂が辺りに漂い始めた。 直後、地面を両足で蹴り、飛び上がる。その勢いを利用して鰭を羽ばたかせ、風に乗る。 鰭は翼と違い、風を切る面積が少ないせいか高くは飛べない。飛びながら速度を保てるのは一メートル程の高さがやっとだった。 だが、そのスピードはかなりのもので、この広い砂漠を移動するのにはとても快適な速度だ。 砂埃を巻き起こしながら、今日もセルザをその背に乗せ、ガリアは砂漠を滑空するのであった。 ―6― 肌寒い空気を感じ、ガリアは体を起こした。砂漠の冷え込みは外だろうが洞穴の中だろうが関係なしに伝わってくる。 もう夜なのかと思い、入口に目をやると光が差し込んでいた。昼間や夕方にこの気温は考えられない。どうやら次の日の朝らしい。 セルザを送り届けた後、自分も住処に戻って寝転がっているうちにいつの間にか眠ってしまったようだ。 砂漠を飛ぶことは慣れているため、大して疲れはしないが、セルザを乗せているとなると話は別だ。 彼女の感触を意識しすぎないようにして飛ばなければならないため、何かと気苦労が多くなる。朝まで寝過してしまったのは精神的な疲労が原因だろう。 昨日の半分以上を寝て過ごしたとは言え、やはりお腹は空いてくるものだ。オアシスに向かうため、ガリアは洞穴の外に足を踏み出す。 「……ん?」 いつものような眩しい日差しを感じなかった。どうしたんだろう、と見上げた空はどんよりと曇っていて灰色だった。澄み渡るような青空は見る影もない。 こんなにも雲が出ているなんて珍しいことだ。砂漠では滅多にない、雨が降るのかもしれない。 自分はそれなりに水に耐性があるからいいけど、砂漠に住む大半のポケモン達は大変だろうな。 そんなことを考えながら、やはり寝起きなためゆっくりとした足取りでガリアはオアシスへと向かったのだ。 晴れた日は強烈な日差しの手荒い歓迎のおかげで、歩いているうちに目は覚めてくるのだが。今日は曇り空のせいでいまひとつすっきりとしない。 まだ覚めきらない頭を抱えたまま、ガリアはオアシスに足を踏み入れた。いつもははっきりと見える木々の様子も、何となく霞んでぼんやりとしている。 「……っ」 もやもやを吹き飛ばすように頭を左右に振ってみる。少しはましになっただろうか。何となくすっきりしなくて気だるいのは昨日寝過ぎたせいもあるだろう。 ガリアが眠気と戦いながら歩いて行くと、一本の木の根元に腰を降ろして木の実を齧っている見慣れた姿が。セルザだった。 食べることに夢中になってはいたが、近づいてくるガリアに気づかないほどではなかったようだ。顔を上げ、木の実を抱えたまま笑顔で挨拶を持ちかける。 「あれ、おはよ、ガリア。ここで会うなんて珍しいね」 「おはよう。そうだね……言われてみれば」 湖の外側に広がる木々は意外に入り組んでいる。障害物のない湖の畔よりもお互いの姿を確認しずらい。 それに、大抵二匹が出会う状況と言えば、岸辺に佇んでいるガリアを見つけたセルザが驚かして突き落とすという流れになっている。 とりあえず、ここでなら突き落される心配はないはずだ。ガリアは心の中でほっと息をつく。 「あ、そうだ。たくさん木の実が取れたから、ガリアにもおすそ分け。はい」 「え……うわっ」 セルザが投げてよこした木の実を、ガリアは両腕の爪を交差させてどうにか受け止めた。 鋭利な鉤爪は何かを突き刺して固定するのには向いているが、飛んでくるものを受け取るのには不向きなのだ。 「ナイスキャッチね」 「ありがと」 受け止めるのは苦手だから投げないで、といってもセルザは聞かないだろう。 分けてもらった木の実はまあまあ好きな部類だったし、食料を探す手間が省けたのは事実。とりあえずガリアは礼を言っておいた。 「それにしてもたくさん取れたんだね……」 「勢いつけてこの木に体当たりしたら思ったよりもたくさん落ちてきてね。もっと欲しかったら遠慮なく取っていいわよ」 木の幹には何本か棘で引っ掻いたような跡が残っている。ガリアのようにジャンプでは届かないから木を揺さぶって木の実を落としていたようだ。 まだ彼女の足元には三つ四つ木の実が転がっている。これを一匹で全部食べるのはなかなか厳しい。セルザのように体がそれほど大きくないポケモンならばなおさらだ。 食べきれずに痛ませてしまうのももったいないし、せっかくだからガリアは彼女の言葉に甘えておくことにした。 「それじゃ遠慮なくもらうね」 爪で抱えていた木の実を口まで持っていき、一つ丸ごと放り込む。ガリアの口は大きいため一個くらいならば丸かじりできるのだ。 瑞々しくてほんのりとした酸味が口の中に広がった。昨日食べた木の実とは一味違うが、なかなか悪くない。 噛み砕いた木の実を嚥下する。腹が膨れた感覚はあったが、一個では少し物足りない。もうひとつ貰おうかな、とガリアは地面に転がっていた実に爪を伸ばそうとして、ふとセルザが目に留まった。 彼女は両腕の爪で木の実を抱え込むようにしておいしそうに齧っている。自分と違い、一口が小さいためか少しずつ実を消費している感じだ。 好物の木の実らしく、それを食べているセルザは本当に幸せそうな笑顔を浮かべている。いつの間にかガリアは彼女の顔を凝視してしまっていた。 「ん、ガリア、どうかした?」 「え……あ、いや、何でもないんだ、うん」 はっと我に返るとガリアは慌てて首を横に振った。 自分に対するあけすけな態度に隠れがちだが、セルザは綺麗な顔立ちをしていると思う。何気ない彼女の表情を可愛いと感じたことは何度もあった。 ただ、今日のように食い入るように見つめてしまったりはしない。さっきは無意識のうちだった。ということは、おそらく……。ガリアの中で一つの結論に辿り着く。 本当は何でもないことはなかったのだが、いくら相手がセルザでもそれを話すことはできない。いや、セルザだからこそ話したくなかった。 「そう。ならいいんだけど。……ふう、お腹一杯だわ。一個余ったけど、食べる?」 「貰っとくよ」 ガリアは爪を伸ばして転がっていた木の実にぷつりと突き立てる。そしてそのまま口の中に放り込んだ。 何度も咀嚼し、再び口の中に酸っぱい味が染みわたっていく。今は木の実を食べることに専念しておいた方がいいだろう。 「湖に行く?」 「……いや、今日はあんまり喉渇いてないから、僕はいいよ」 渇きはさっきの木の実のおかげで大分癒された。少し水が欲しいかな、とも思っていたのだが。 今の状態でセルザと一緒にいるのはあまり思わしくない。誘ってくれた彼女には悪い気はしたが、背に腹は代えられなかった。 「そっか。じゃあ、私は行くから」 別段気にすることもなく、セルザは立ち上がると湖の方角へ向かって歩き出す。 深入りされなくてよかった、とガリアは心の中でほっと胸を撫で下ろした。喉が渇いてないなら仕方ないか、位に思っててくれればいいのだが。 「あ……そうだ。雨になるかも知れないから気をつけた方がいいよ」 自分はまだいいが、セルザのように地面タイプのみのポケモンには何かと雨は厳しいかもしれない。 彼女がこの雲を全く意識していないわけではないと思うが、一応の忠告だ。 「分かった。ありがと。バイバイ」 「バイバイ、セルザ」 笑顔で手を振るセルザ。ガリアも笑顔で手を振り返す。 このとき、自分の表情が引きつっていなかったか、手が震えていなかったか心配だった。 特に訝しがる様子もなくセルザは湖の方へ歩いて行ったため、不自然ではなかったのだろう。 「…………」 セルザの背中が見えなくなった後、ガリアは腕の鰭で口元から零れそうになっていた涎をそっと拭った。 ―7― ぽつり、と小さな水の雫が乾いた地面に染みを作った。それが一滴だけならばきっと誰も気づかない。砂漠の熱にあてられて、あっという間に蒸発してしまうことだろう。 だが、砂漠の至る場所でぽつり、ぽつりと落ちてくれば話は別。瞬く間に勢いを増した雨の滴が、砂地の色を変えていく。 降り注ぐ雨の線が徐々にはっきりとしてくる。空は灰色で重々しく、ざあざあというはっきりとした水音も混じり始めた。 砂漠でこんなにも強い雨がふることはまれだった。今日のように空が曇っていても、結局降らずじまいということもよくあるのだ。 しかし、回数が少ないとはいえ、可能性はゼロではない。滅多に来ない雨、いつ来るか分からないから皆対処に困るのである。 慌てて自分の住処に駆け込んだガリア。体から滴り落ちた水滴が雨の侵略を受けていない、洞穴の乾いた地面を染めていく。 セルザと別れた後、雨に打たれる前にと帰路についたのだが、少し間に合わなかったようだ。あと一歩というところでしっかり襲撃を受けてしまった。 昨日と違いセルザを乗せていなかったため、滑空のスピードは上々だったはずなのだが。読みが浅かったのか、あるいは運が悪かったのか。 ガリアは頭や体を震わせて体の表面を伝う水気を飛ばす。今日はセルザに突き落とされはしなかったが、結局濡れる羽目になってしまった。何かと水に縁があるようだ。 雨のせいか洞穴の中の空気もどことなく湿っていて、重いような気がする。いつもより時間は掛かるが、そのうち乾くだろう。 いつも聞こえてくる乾いた風の音も、今は水音に掻き消されてしまっている。しばらく雨は止みそうになかった。 水はそこまで苦手ではないが、こんな雨の中外を出歩く理由もない。今日はここでじっとしておこうかな。洞穴の奥まで行き、ガリアはどかりと腰を下ろした。 特に何かをするわけでもなく、ただ座ってぼんやりとしていたような気がする。どれくらい時間が経ったのか分からないが、今だに雨の音は弱まる気配を見せない。 眠りにつこうとしても、今朝寝過ぎてしまったせいかどうにも寝付けなかった。それに、油断しているとどこからともなくセルザのことが頭に浮かんできてしまう。 「……っ」 それを振り払うかのように、頭を左右に激しく振ってみる。しかし、一瞬意識がぼうっとしただけで何も変わらなかった。 洞穴に帰ってきてからというもの、セルザのことが頭から離れなかった。彼女の仕草、声、表情がふっと浮かんでは消えていく。 さっきオアシスで彼女の笑顔を前にしたとき、自分の中で何かがぞわり、と疼いたのを感じていた。幸いにも小さな疼きだったため、セルザを凝視してしまうぐらいで済んだ。 しかしその時の自分は間違いなく、セルザを友達ではなく一匹の雌として見ていたのだ。もしも、大きな疼きが弾けて、自分を本能のままに突き動かしていたらと思うと。 そうなれば間違いなく、たった一人の大切な友達を失うことになるだろう。それだけは何としても避けたかった。 「……やっておこうかな」 ガリアは立ち上がると、この洞穴の最奥にある岩の前まで歩いて行く。 洞内の岩はどれも表面が乾いた樹皮のようにごつごつしていたが、その岩だけは凹凸が少なく滑らかであった。 なぜその岩だけが他と違った形状をしているのかは、ガリアにも分からない。自分がこの洞穴を見つけて住み始めた時からそこにあったのだ。 「…………」 正面に立ち、黙ったまま岩を見つめるガリア。こうしている間にも頭の片隅ではセルザが笑っている。 自分の本能が彼女の存在を、セルザという雌を求めているのだ。暴れだす前に、力ずくでねじ伏せてやらなければ。 ガリアは両腕を岩に回し、抱きかかえるような姿勢になる。そして股ぐらをそっと岩の表面に押し当てると、腰を上下に動かして擦りつけていく。 いくら表面が滑らかな岩とはいえ、表皮の柔らかいポケモンがこんなことをすれば擦り剥いて怪我をしてしまうだろう。 彼が独特の厚みのある皮膚を持った、ドラゴンタイプだからこそなせる技だった。 すりすりと何度も擦りつけるうちに、何ともいえない心地よさがじわじわとせり上がってくる。 腹部の黄色い模様がちょうど途切れたところくらいにあるスリットが、ほんのりと湿り気を帯びていた。 「あぁ……」 徐々に増してくる快楽に、ガリアはうっとりと目を細める。やり始める前は何となく気乗りしなかったが、いざ気持ちよさが伝わってくればもうブレーキは掛からない。 束の間ではあるが、至福ともいえる快感をたっぷりと堪能しておきたいという欲望が沸き起こってくる。だらしない笑みを浮かべながら、ガリアはさらに腰を擦りつけた。 幾度もずりずりと腰を動かすうち、スリットはぐっと左右に広がり、むくりと雄の象徴が顔を覗かせる。 割れ目から染み出た液が、岩を伝って流れ落ち地面に染みを作っていく。ここまでくればもう後一息だった。 もしも自分にちゃんと物を掴めるような手があれば、ちゃんと扱いてやれるのだが。両腕の鉤爪ではいくら硬めのモノだとはいっても、傷ものになってしまう。 腕の鰭を使って頑張ってみたこともあったが、なかなか刺激が伝わって来ず、上手くいかなかった。自分の手で出来ないとなると、夢精に任せてしまうという手段も残されてはいた。 だが、その方法では欲望が溜まっている時間をぎりぎりまで延長させなければならない。そのせいでセルザと会えなくなってしまうのは辛かった。 ついでに言ってしまえば、朝起きて自分が果てていたことを知ったときの虚しさよりも、ちゃんと自分の意志で果てたときの快楽を味わっておきたいのだ。 そんなわけで、彼が自慰をするときはいつもこの岩を利用する。 ただ他の岩よりも表面が滑らかだったせいで、こんなことに使われている岩はたまったものではないだろう。 何となく岩には悪い気がしていたのだが、ざらざらした感触が絶妙なのだ。 強すぎず、弱すぎない刺激が肉棒を撫で上げる感覚がたまらない。 一度この心地よさを知ってしまったため、もう抜け出せはしなかったのだ。 ―8― 「……っ、はあっ……」 割れ目から顔を出した肉棒が柔らかいうちは、少々刺激が強すぎて思わず顔を顰めてしまう時もあった。 だがそれも最初のうちだけ。何度もごりごりと岩に撫で上げられるうち、次第にむくむくと強度を増し、岩肌の質感が丁度よい具合になってくる。 赤く、大きくそそり立ったそれは、いずれ遠くないうちに訪れる快楽の瞬間を待ちわびるかのように、小刻みに震えていた。 「セ……ルザ」 掠れた声で、無意識のうちに彼女の名前を呟いていた。頭の中のイメージが声を通して外に零れていたのかもしれない。 今ガリアが思い描くセルザは、普段自分と何気ない話をして笑い合っているようなそんな彼女ではない。 仰向けにごろりと寝転がり、まるで誘うような艶のある表情で微笑んでいる。 そして、無防備に曝け出された彼女の尻尾の付け根には雌の部分がほんのりと濡れていて。 雄の欲望を掻き立てるような、淫らな姿。それを思い浮かべながら、ガリアは腰を動かしていた。 己の情欲の吐け口にセルザを利用していることに対する罪悪感はもちろんあった。あくまで自分の妄想の中とはいえ、彼女を穢しているような気がしてならない。 だが、何もしないでいるといつか本当にセルザを襲ってしまうかもしれない。そうなってしまうよりは、こっちの方がまだましだろう。 絶頂を迎えた直後の快感が収まってから、徐々に湧き上がってくる虚脱感や虚無感はどうしようもなかったが。 セルザではなく他の雌で、と考えたこともある。しかし、ガリアには彼女以外に異性の知り合いと呼べる存在がいなかった。 何度か顔を合わせたことのある異性のポケモンもいたが、よく知りもしない雌にそういったイメージを抱けるほどガリアは器用ではなかった。 また、セルザが振る舞いによっては十分雄としての本能を奮い立たせるくらいの容姿を兼ね備えていたことも大きい。 それらの理由から、ガリアの頭にはいつの間にか色気を纏わせた彼女が居座っているというわけだった。 「ああぁっ……」 油断していると膝が震えてしまいそうだ。絶頂はもうすぐそこまで迫って来ている。 その前兆とも呼べる鈍い快楽が段々と強さを増していくのがわかる。無条件で呻き声を漏らしてしまうほどに。 もう自分の雄は痛いくらいに張りつめていた。滲み出た先走りの汁が岩の表面にまで流れ出し、ねっとりとしたてかりを放っている。 もう少し、もう少しで。一気にかたをつけようとガリアが勢いよく腰を突き出そうとした、その時だった。 「ガリアー、いるー?」 「……っ!」 洞穴の入口から響いてきた、聞き覚えのある声。いつも話しているのだ、聞き間違うはずがない。セルザだった。 どうして。どうしてよりにもよって今彼女がこの洞穴に来るんだ。雄を滾らせて岩に突撃する直前の姿勢のまま、ガリアは硬直してしまっていた。 「せ、セルザ?」 反射的に返事をしてしまい、しまったと思った。これでは自分が洞穴にいることが分かってしまうではないか。 突然の出来事に冷静な判断が下せなくなっている。ただ、セルザにこんな姿を見られたくないという気持ちで頭がいっぱいだったのだ。 「悪いけどさー、ちょっと雨宿りさせてくれない? 思ったより雨がひどくて」 どうやらセルザも雨が降る前に住処に戻ることができなかったらしい。 確かに、地面タイプしか持ち合わせていない彼女があの雨の中を突っ切って帰るのはなかなか厳しいものがある。 雨がひどくなってきたところ、ちょうどガリアの住処の近くだったため雨宿りをさせてもらいに訪れたというわけだった。 「雨が小降りになるまででいいからさ。入るわね、ガリア」 まだいいよ、とも言っていないのにセルザは洞穴の中に足を踏み入れてきた。入口に見えていた彼女のシルエットが大きくなってくる。 これは居留守を使ったとしても、勝手に上がりこまれていたかもしれない。きっとセルザのことだ、ガリアが断るとは思っていないのだろう。 もちろん彼も、こんな雨の中彼女を追い返す気にはなれなかったが、今洞穴の奥に来られるのはまずい。非常にまずい。 セルザに奥に来ないで、と言ったところで何の制止力にもならないのは目に見えている。そんなことをすれば返って彼女の好奇心を掻き立ててしまう結果になりかねない。 心の中で何度も何度も静まれと念じてみたものの、悲しいことに彼の股間の一物は元気なままだった。 仕方ない。ここはどうにかセルザに見つからないようにしながら、落ち付いてくれるのを待つしかなさそうだ。 幸いなことに両腕には鰭が付いている。それで肉棒を隠すようにすれば、少しは誤魔化せるかもしれない。 「いきなりザザーって降ってくるんだもん。まいったわ」 「そ、そっか。大変だったみたいだね、大丈夫?」 声が震えてしまわないように繕うのも一苦労だった。できるだけ不自然さがないように振る舞わなければ。 まだ岩を前にした姿勢から動いていないため、ガリアはセルザに背を向けたままになっている。 岩の表面が湿っているのも出来れば見られたくない。ねっとりとした輝きを放つこの水気を雨漏りだと言い切るのは厳しいものがある。 「体が濡れてちょっと寒いけど、大丈夫よ。しばらくすれば乾くと思うから。ねえ……どうかしたの?」 「いや……何でもないよ」 やっぱりずっと背中を向けたままでは不審に思われる。ちゃんと彼女の目を見て話ができるか自信がなかったが、とにかく振り返らなくては。 問題はどのタイミングで振り返るかだ。どうすれば両腕で股間を隠しつつ、不自然さがないようにくるりと向きを変えることができるだろうか。 あいにく鰭は二つしかなく、さらには平べったい形をしている。どんな角度から見られても大丈夫、というのは不可能だった。 左右の鰭の触れあう角度が上から見てちょうど直角になるくらいに、両腕を交差させてみる。 これならば少しは分かりにくくなるかもしれない。あとは慎重に振り返るだけ――――。 「そこに何かあるの?」 「うわあっ!」 すぐそこで聞こえたセルザの声。この洞穴の地面は比較的軟らかい砂であるため、足音が響きにくかったようだ。体重の軽いセルザならば尚更のこと。 そして、雄を隠すことと振り返るタイミングを意識しすぎるあまり、近づいてくる彼女の気配に気づかなかったというのがもっともな理由だった。 一向にこちらを向こうとしないガリアを妙だと思い、彼の前には何があるのか見ようとして、セルザは背後からそっと覗きこむような姿勢をとったのだ。 まさか彼女がこんなにも近くに迫ってきているとは思ってもいなかったのだろう。せっかく前を隠そうと固定していた鰭も、驚いた拍子にずれ動いてしまった。 その結果、いきり立った肉棒を彼女の目の前に曝しだしてしまうことに。ちょうどその先端が彼女の顔の高さだったというのも災いしていた。 「えっ……?」 一瞬何が起こったのか分からずきょとんとしていたセルザだったが、彼の目の前の岩が湿っているのと、脈動している雄の象徴を目の当たりにしてガリアが何をしていたのか理解したらしい。 目を大きく見開くと、彼の元から数歩後ずさりする。そして、まるで体の関節から軋む音が聞こえてきそうなほど、ぎこちない動きでくるりとガリアに背を向けたのだ。 最悪の事態が起きてしまった。セルザには、セルザにだけは自分がこんなことをしていると知られたくなかったのに。きっと軽蔑されてる。どうすれば、どうすればいい。 背を向けたまま、石のようにぴくりとも動かない彼女の背中を前に、ガリアはただただ狼狽えることしかできなかったのだ。 ―9― 気まずい、この上なく気まずい沈黙が流れていく。洞穴の中に響くのはまだ降り止まぬ雨の音と、二匹の発する呼吸の音だけ。 相変わらずセルザは背を向けたまま。こちらに向けられた背中の無数の棘が、自分を拒んでいるように思えてならなかった。 何か、何か言わなければ。これ以上お互いに無言の状態が続くのは精神的に耐えられそうにない。 「……せ、セルザ、これはその……えっと」 そのまま、自慰をしていたとはっきり言ってしまえれば少しは気持ちが楽になっていただろうか。 彼女にはもうばれてしまった。隠そうとしてももう無意味。ならばいっそのこと潔く自白してしまうというのも一つの選択肢だ。 だが、寸でのところで言い淀んでしまう。ただでさえ人前で口にできないような行為だ。それがセルザの前とくれば余計に。 今更恥ずかしがることなんてないか、と開き直れるほど図太い神経をガリアは持ち合わせていなかったのだ。 「べ、べ、別に慌てなくても……い、いいわよ。き、き、気にしてないから」 背中を向けたままのセルザから聞こえてきた、上ずった声。笑って受け流してくれるような余裕はまるでなさそうだ。 もしかしたら何事もなかったように振る舞ってくれたりはしないだろうか、というガリアの淡い希望も打ち砕かれた。 とはいえ、もし彼女が無反応だったとしたら、それはそれで対処に困っていたかもしれないが。 「無理、しなくていいよ……」 一応気にしてないとは言ってくれたものの、それが本心でないことは火を見るより明らかだった。 変に気を遣われるよりは、明け透けな普段の彼女らしく、正直な反応をしてくれる方がまだいい。 それで自分が傷ついてしまっても、身から出た錆として受け止めればいい。きっと、しばらくは立ち直れないかもしれないけれど。 「……そ、そう?」 まだぎくしゃくした動きで、セルザはこちらを振り返った。心なしか頬は紅潮している。 こんな状況だというのに、そんな彼女の表情を可愛いと思ってしまった自分がちょっと情けない。 「ふう……」 セルザは右腕を胸に当てると、目を閉じて大きく深呼吸する。そしてゆっくりとガリアの方へと視線を移した。 危うく目を逸らしてしまいそうになったが、ガリアは何とか制する。ここはちゃんと彼女の目を見て話さなければ。 ついさっきまで頭の中であられもない姿を思い描いていた本人がすぐそこにいるのだ。何となく彼女に合わせる顔がないような気がしてならなかった。 「やっぱり……びっくりした。な、なんか、邪魔しちゃったみたいで……ごめんね?」 「あ……いや、別にセルザが謝らなくても……。僕の方こそ、その、驚かせてごめん」 今回の場合、どちらが悪いというわけではない。ただ、タイミングが悪過ぎただけなのだ。 朝、オアシスでセルザと会っていなければ。雨が降りだしたりしなければ。セルザが洞穴に入ってくるのがもう少し早ければ。 それらの要因がいくつも重なり合った結果、お互いに非常に気まずい結果となってしまった。 一つでも外れてくれていれば、と嘆いたところで仕方がない。起こってしまったことは取り消せないのだ。 「でも……あんたがそんなことやってたなんて、ちょっと意外だったなあ。ガリアも雄だったのねえ……」 どことなく薄笑いとも呼べる表情で、セルザ感慨深げに言う。 確かに彼女から見れば、ガリアは雄々しさとは無縁で気弱なガブリアスとして映っているのかもしれない。 だがそれはあくまで表面上の話。きっとセルザは気付いていないのだ。 彼女を背中に乗せた時、彼がその柔らかい感触に胸をときめかせていること。 蓄積された欲望が疼いて、彼女を友達としてでなく異性として見つめているときがあるということに。 「ふーん、そんな風になってるんだぁ……」 セルザの視線がやや下に向けられる。そこには多少勢いは衰えたものの、未だ興奮状態を保っている雄の象徴が。 「あっ……!」 ガリアは慌てて鰭でそれを隠す。セルザに自慰行為を見られてしまったショックで、まだまだ元気な肉棒のことをすっかり忘れてしまっていた。 頬がかあっと熱くなっていくのを感じる。これを今までずっと彼女の前に曝け出していたなんて、恥の上塗りもいいところだ。 だが、そんなガリアの戸惑う様子を見て、何故だかセルザは微笑していた。しかもその笑顔は無邪気なものではなく、どことなく色気を含んだ妖しげな笑み。 今まで見たことのない彼女の表情に、ガリアはどきりとしてしまう。なりを潜めていた雄の本能がまた、音を立てて動き出したような気がした。 「ねえ、雄がこういうことするときってさ、雌のこととか考えながらやるんでしょ?」 「えっ……」 突拍子もないセルザの切り出しに、ガリアは言葉を失う。 彼女の口からそんな台詞が出てくるだなんて信じられなかった。 実際それは間違ってはいなかったのだが、そのとおりだよ、なんて言えるはずもない。 「ふふ……ガリアはどんなこと想像してたの?」 「べ、別に何だっていいだろ!」 聞いてるこっちが恥ずかしくなってくる。ガリアは思わず声を荒げてしまっていた。どうしてセルザはそんなことを平然と言えるんだろう。 恥じらいの他にも、苛立ちや怒りを含んだ彼の声色にも、セルザは全く怯む様子を見せない。それどころか、彼女がそんな自分の反応を楽しんでいるようにさえ思えてきた。 「あんたが思い描く雌が誰なのか、私としては結構興味あるんだよねえ……?」 「……!」 ねっとりとした笑みを保ったまま、セルザは生々しい質問をガリアに遠慮なくぶつけてくる。 これはひょっとして、自分をからかっているのだろうか。彼女の性格ならこの状況に悪乗りすることも考えられなくはないが、それにしても性質が悪い。 もしこれが彼女のからかいを含んだ冗談だったとしても、それを軽くあしらえる心の余裕などガリアにはなかった。 それよりも、目の前で笑みを浮かべているセルザが妙に憎たらしく思えてきて。何らかの報復をしてやりたくなってきた。 そうだ、丁度いいのがあるじゃないか。セルザは自分がどんな雌を思い描いていたのか知りたいと言った。だったらそれを彼女自身の体に直接教えてあげればいい。 よく見れば今のセルザの表情は、ついさっき頭の中に思い浮かべていた彼女と大差がない。 鳴りやまない胸の鼓動が、治まらない肉棒が、セルザという雌を求めている。この勢いに準じてしまえば――――。 果てるまであと一息というところで中断させられた欲求不満。 身も蓋もないセルザの問いかけに対する苛立ち、そして怒り。 そして、自分の妄想を彷彿とさせるような表情をしていたセルザ。 それらの相乗効果からか。ガリアは無意識のうちにセルザを押し倒してしまっていたのだ。 ―10― 体格差のせいか、押さえつけているセルザのお腹がちょうどガリアの胸に当たっている。 背中に乗せたときとなんら変わりのない柔らかさ。ふっくらとしていて堪らない感触だ。 体重を掛けているので、彼女の背中の棘がずずず、と乾いた音を立てて柔らかい砂の中へと沈んでいくのが分かった。 「……が、ガリア?」 最初は何が起こったのか分からずに、ぽかんとしていたセルザだったが、息を荒げているガリアの様子にただならぬ気配を感じ取ったのだろう。 不安げな声とともに両腕の爪の甲に力を込めて、圧し掛かる彼を押しのけようとする。 だが、セルザとガリアとでは体格も力量も違い過ぎる。抵抗されたところで圧倒的な力の差は揺るぎはしない。 彼女の爪の圧力は伝わってきたが、この程度では何の抑止力にもならなかった。とはいえ、爪の先端を突き立てられたりしたら面倒だ。 ガリアは両腕の鰭でセルザの爪を左右に払いのけ、そのまま鉤爪を地面に突き立て、鰭でがっちりと彼女の両腕を押さえつけた。 「……っ!」 セルザは頭を左右に振ったり、前後に揺れて勢いをつけたりしてみたようだが、何の振動も伝わってこない。焼け石に水だ。 これで邪魔になるものは何もなくなった。あとは自分の思うままというわけだ。さて、どうしようか。 組み敷いたセルザの顔を舐めまわすように見つめてみた。オアシスでは目を逸らしてしまったけど、今はじっくりと堪能できる。 大きな瞳はどこか落ち着かない様子で、ゆらゆらと揺れている。弱々しげな彼女の表情にもそそられるものがあった。 「ね、ねえ……ガリア、何を?」 「セルザは知りたかったんでしょ? 僕がどんな雌を思い描いていたのか」 「そ、そうだけど……」 「それが君だったって言えば、何で僕がこんなことしたのか……分かるんじゃない?」 どことなく怯えた表情のセルザを前に、ガリアは笑みを浮かべる。今度はこっちが笑う番だ。 普段は彼女に何かと振り回されていたが、今はどうだ。こんなにも容易く御すことができているではないか。 きっと今の表情は自分でもぞっとするくらい嫌らしい笑いを浮かべていたことだろう。 「え、ガリア、それって……あっ」 口元をぐっとセルザに近づけ、首筋にそっと舌を這わせてみる。雨に打たれたせいか、ほんのりと湿っていた。 首元の肉も程よい柔らかさでいい感じだ。背中の棘は硬くてもお腹と言い首筋といい、内側は弱いのかもしれない。 その証拠なのだろうか。ほんの少し舐めただけだというのに、セルザは艶のある声を漏らしている。 耳から伝わってくる声も、両腕や胸で押さえつけている彼女の感触も妄想の中では味わえない。 本物の雌を前にしているという事実が、彼の欲望をさらに掻き立てていた。 「が、ガリア……」 「いい声だよ、セルザ……」 さっき彼女の声を聞いた時、全身がぞわりと逆立つような感覚がした。寒気ではない、どちらかといえば快感に近いような。 自分がセルザを穢している。想像の中などでなく、直に。そんな背徳感も今は更なる興奮の誘発剤にしかならなかった。 もっと彼女の声を、喘ぎを聞いていたい。自分の鼓膜に焼き付いて、離れなくなるくらいに。 「ぁ……っ」 舌はセルザの首筋に触れたまま、つうっと滑らせて位置を変える。首から少し下、胸の部分に口元を持っていく。 その動きでも感じているのか、彼女の口からか細い声がこぼれ出た。 儚げな雰囲気のそれも悪くない。だが、もっと激しい、叫びのような声にも興味があった。 胸、といっても膨らみはない。お腹とほとんど一体化してしまってぱっと見はどこか分からないが、舌の触角は優秀だ。 胸に当たる部分を舌で触診するうちに、小さな突起を探り当てる。 きっとここだ。経験なんてなかったが、本能的な野生の感がそれを告げていた。 きっとここだ。経験なんてなかったが、本能的な野生の勘がそれを告げていた。 その突起へ舌先を這わせ、ちろちろと小刻みに動かしてみる。 「ひゃああっ!」 今までにない大きな反応。びくんと反射的に動いたセルザの体の振動が、両腕を通して伝わってくる。 艶めかしい彼女の声が、自分の体の奥底へと浸透していく。だが、まだ足りなかった。己の欲望はさらなるものを求めている。 ガリアは何度も執拗なまでにセルザの小さな突起を、その周辺を舐めまわす。 はあはあと荒い息を零しながら、まるでたっぷりと熟した甘い木の実を貪るかのように。 雨音にも負けないくらいの湿った音が洞内に響き渡る。彼の口元から湧き出た涎が彼女の胸元を湿らせていく。 「……ぁ……っ!」 そこからくる刺激に身を震わすだけで精一杯なのか、セルザからはかすれた声しか出てこない。 だが、がくがくと揺れる上半身や、頬を赤く染め恍惚に満ちた表情を見れば、感じていることは明白だ。 一通り舐め終えた後、何かを思い出したかのようにガリアはふと顔を上げる。 舌で味わうのに夢中になりすぎて忘れていた。この際だから唇も奪ってしまえばいい。 セルザは誰かとキスをしたことがあるんだろうか。そういった話はしたことないから分からないけど、自分が初めてだといいな。 ぐったりと力ない瞳で見上げるセルザの表情を眺めつつ、ガリアはゆっくりと口を近づけていく。互いの唇があと少しで触れそうになった、そのとき。 「……や、やめてっ!」 セルザの叫び声。慟哭といってもおかしくないくらいの気迫、そして悲痛さ。 ガリアの動きがぴたりと止まる。湖に突き落とされたときのように、体が、そして心が冷めていくのが分かった。 冷静になればなるほど、目の前の光景に対する衝撃は大きくなってくる。 自分がセルザを押し倒して、辱めていたという、逃れようのない現実。自分は、なんということを……。 「やめて……ガリア……」 「……!」 震える両腕を離し、セルザの拘束を解くと、ガリアはゆっくりと体を起こした。 彼の頭が冷えたことを察したのか、セルザものそりと立ち上がる。まださっきの余韻が残っているのか、息は荒い。 だが、ガリアを見つめるその瞳はひどく怯え、うっすらと涙まで浮かんでいた。 「変だよ、こんなの。なんか、ガリアじゃないみたい……」 「…………ご、ごめん」 そう絞り出すのがやっとだった。これ以上喋ろうとすれば、涙がこぼれてしまいそうだったから。 本能と欲望に身を任せてしまった自分の行い。本当に、なかったことにしてしまえればどんなに気持ちが楽になることだろう。 だが、恐ろしいものを見るようなセルザの視線が、耐えがたい現実と共に彼の心に突き刺さる。 ガリアもセルザも何も喋ろうとしない。さっきとは比べ物にならないくらい重々しい空気が流れていたが、やがてセルザはそのまま踵を返し、洞穴の外に駆け出して行った。 「セルザ……!」 思わず呼びかけてしまったが、振り返ってはくれない。セルザの背中はそのまま雨の中に消えていった。 どうすることも出来ずに、ガリアはがっくりと項垂れた。自分の中の大切な何かが、大きな音を立ててがらがらと崩れていく。 きっとセルザとはもう二度と顔を合わせられない。軽蔑されても仕方ないくらいのことをしてしまったのだから。 さっきの彼女は自分を見て怯える、他のポケモンと同じような表情をしていた。そう仕向けてしまったのは、自分自身だ。 「…………」 項垂れた視線の先に入ってきたもの。それは未だに精力を保った雄の象徴。 さっきの行為の余波が残っていたらしい。この期に及んでまだ元気なそれを見ていると、無性に腹が立ってくる。 こんな、こんなものがあるせいで。セルザに……。 「……っ!」 やりきれない思いを、ガリアは岩へと向ける。肉棒を岩の表面に押し当て、がむしゃらに腰を動かした。 時折痛みも伝わってきたが、それでもなお擦りつける。肉棒を痛めつけるかのように、何度も、何度も。 かつてない強烈な衝撃に、彼の雄は耐えきれずにあっという間に限界を迎えてしまった。 「ぐぁ……がっ……」 肉棒がびくっと震え、岩の表面に白濁液を放出する。一度寸止めを食らったことや、セルザを組み敷いていた時の興奮も手伝って、量は多かった。 びくんびくんと激しく脈動し、岩を白く染めていく。今まで感じたことのないような強烈な快感に、ガリアは立っていることもままならず、膝をつきそのまま岩の横に崩れ落ちた。 「あぁ……はあっ……」 柔らかい砂の感触を感じながら、ガリアはじわじわと広がってくる心地よさに酔いしれる。 このまま快楽に、何もかも塗りつぶされてしまえばいい。何事もなかったかのように、白く、白く。 彼の目から溢れ出した涙は、悲しみからか、あるいは快感からか。 目を閉じて果てた後の余韻に身を委ねるうちに、ガリアはいつしか眠りに落ちていった。 ―11― ガリアは目を覚ますと、気だるそうに体を起こした。ひんやりとした外気が肌をつついてくる。 洞穴の入口から光が差し込んでいるところを見ると、もう朝になっているようだ。 雨は降っていなかった。時折聞こえてくる岩を伝って落ちる雫の音と、いつもに比べて湿った空気が雨の痕跡を匂わせる。 まだ何となく体が重いような気がする。腕に、脚に、尻尾に、頑丈な岩を乗せられているような感覚だった。 精神的にも肉体的にも疲れていたから、ぐっすり眠れたはず。自覚はできなかったが、体の疲れは取れているのだ。 問題は心の方。体と違って一晩眠れば回復するといった単純なものではなかった。 「…………」 ひょっとしたら昨日のことは、欲望が溜まった自分が見た夢だったんじゃないか。 セルザを穢してみたいとどこかで思い描いていた妄想が具現化したものじゃなかったのか。そんな考えすら浮かんでくる。 もしそうだったらどれだけ心が軽くなるだろう。どれだけ、気持ちが晴れ晴れすることだろう。 だが、地面にくっきりと残った彼女の背中の棘の後と、彼女が洞穴に出入りしたときの足跡。 まだ真新しいそれらは、ガリアが目を合わせたくない現実からの逃避を許してはくれなかった。 どうしてあんなことをしてしまったんだろうか、と後悔してみても何も変わりはしない。 できることならあのときの自分を思いっきり引っ掻いてやりたいくらいだった。そうすれば痛みで少しは目が覚めていたかもしれないから。 いろいろと思い悩んだところで、セルザに合わせる顔がないのは確かだ。 ほとぼりが冷めるまでは外に出ない方がいいかな、とも考えたが昨日水を飲んでいなかったため喉が渇いていた。 セルザが自分に会いに来るような可能性はゼロとして、怖いのは偶然はち合わせてしまったときだ。 まだ昨日の今日だから、彼女が心に受けた傷も大きいはず。もしセルザに怯えて逃げられでもしたら、それこそもう二度と立ち直れなくなってしまうかもしれない。 とはいえ、一度渇きを意識し始めると余計に喉が渇いてきたような気さえする。体があの清涼感ある湖の水を欲していた。 背に腹は代えられない。ガリアは重い腰を上げると、洞穴から出てオアシスへと向かった。セルザに出くわさないことを願いながら。 オアシスの木の葉っぱにはまだまだたくさんの水滴が残っていた。濡れるのを嫌うポケモンが多いせいか、今朝のオアシスは静まり返っている。 太陽の熱で水分が蒸発するのを待ってから、ここに来るつもりなのだろう。とりあえず他のポケモンがいないのは好都合だった。 だからと言って油断は出来ない。セルザがオアシスに来ている可能性だってあるのだから。 水を飲んだら、さっさと住処に戻ればいい。ガリアは早足で湖の方へと向かう。 低空飛行してでも早く済ませたい気分だったが、木々の立ち並ぶオアシスでは何かと具合が悪かったのだ。 やがて、大きな湖が見えてくる。何となく普段と雰囲気が違って見える。水の嵩が増しているせいだろうか。 砂漠では滅多に降らないような大雨だ。きっと湖も新たな水を得て喜んでいることだろう。 湖のほとりにも誰もおらず、しんと静まり返っている。今日は逃げられる心配はしなくてよさそうだった。 ガリアは岸辺に立ち、身をかがめて水面に口をつける。一日ぶりの水は喉に心地よかった。 体の中に清々しさがじわじわと浸透していく。ごくりごくりと喉元で音を立てながら、夢中で水を飲んだ。 「……ふう」 もう十分だ。ガリアは湖面から口を離すと、鰭で口元を拭う。目的は果たせた。これ以上長居する理由もとくになかったのだが。 何気ないうちにガリアは地面に腰をおろしていたのだ。そう、セルザと話していたいつもの体勢がこれだった。 ふと、隣に視線を移してみる。もちろん誰もいない。ただ、隣に座っていたセルザをありありと思い描くことができてしまった。 お互いの顔を見て話すのは首が疲れるからと言って、並ぶように座っていた。自分の半分くらいしかない小さな体だったけれど、その存在感は大きかった。 何やってるんだろう、余計空しくなるだけなのに。そう自己嫌悪してみても浮かんでくるのは彼女に関する事ばかり。 湖に突き落とされていたことが、本当に遠い昔のことのように思えてくる。たった二日前の出来事だというのに、あれから何か月も経ってしまったかのような感覚だった。 何度もちょっかいを出してくるセルザを煩わしく感じたこともあった。だが、もうそんなことはされないんだろうなと思うと無性に寂しくなってくる。 気兼ねなく話すことができていた、友達としてのセルザ。一緒にいることに慣れてしまっていて、いつの間にか自分の傍にいてくれるのが当たり前のように思っていたのかもしれない。 セルザと一緒に座って、何気ない会話で笑い合ったりしていた、そんなありふれた日常。今はそれを失ってしまうのが、ひどく怖かった。 迫りくる現実に怯えてみたところで、どうにもならないことは分かっていた。自分の身から出た錆なのだ。 「セルザ……」 途切れそうな声で彼女の名前を呟いてみる。やっぱり返事は返ってこない。 呼べば、応えてくれていた彼女の存在がこれほどまでに大切だったなんて。 喉の奥が、胸の奥が熱い。涙は流すまい、と思っていたけれど。だめだ、堪え切れそうにない。 「ガリア」 「うわあああっ!」 そんなとき、背後から不意に声を掛けられ、強張っていた体がびくっと反応する。結果、例の如く湖にダイブすることに。 「きゃっ!」 自分以外の悲鳴が聞こえたような気がしたけど、全身水の中で今はそれどころではない。 慌てて底に足を付けて、水面からザバッと顔を出す。雨の後のせいか、いつもよりも冷たかった。 「今日は背中つついたりしてないのに、いきなり落ちないでよ! 濡れちゃったじゃない!」 あれだけ派手に落ちたんだから、当然水しぶきも酷かったんだろう。セルザの肩やお腹が少し濡れて――――セルザ? 湖に落ちた自分を少し怒った様子で見下ろしているのは紛れもない、セルザだ。幻なんかじゃない、正真正銘の。 「こっちがびっくりしたわよ。……大丈夫?」 そう聞いてくる彼女の言葉の流れには、震えたりどもったりと言った不自然さがない。いつものセルザだった。 昨日あんなことをしてしまったのに、こうして声を掛けてくれた。避けたりしないで、彼女のほうから近づいてきてくれた。 安堵と同時に、胸が一杯になって。思わずガリアは涙を流していた。頬を伝ってつうっと流れ落ちる雫。 「ちょ、ちょっとどうしたのよ、ガリア?」 「ご、ごめん……でも、悲しくて泣いてるわけじゃないんだ……」 セルザの目の前で泣いてしまうなんて、情けない。 涙はまだ溢れてきそうだったけど、これ以上無様な姿を見せるのは嫌だ。ここはぐっと我慢。 心配そうに見つめる彼女の視線を感じながら、ガリアは鰭でそっと涙を拭いた。 ―12― 湖のほとり。ガリアとセルザは並んで座っている。いつものポジションだ。 当分の間、もしかしたらこれから先ずっとこうして一緒に座ることなんてないだろうと思っていた。 それだけに、隣にセルザがいることがとても不思議な感覚だった。 「……そっか、それで泣いてたわけね」 「う、うん……」 湖から上がった後、ガリアは涙の理由をセルザに説明していた。 昨日の自分の振る舞いで、セルザが二度と口を利いてくれないぐらいの覚悟をしていたこと。 セルザと話すことができなくなることが、ただただ寂しくて怖かったこと。 そして、セルザがこうして普通に自分に接してくれたことで、嬉しさのあまり涙を流してしまったということ。 「確かに、昨日のガリアにはびっくりしたけど。泣くほど思い詰めなくてもよかったのに。……まあ、そういうところ、ガリアらしいけどね」 小さな微笑みを交え、普段となんら変わらない調子で話すセルザ。 自分が心配していたよりも、彼女の傷は浅かったのかもしれない。そこには少しだけ安堵した。 それでも、やっぱりセルザを傷つけてしまったことに変わりはない。ちゃんとけじめはつけなくては。 「だ、だけど……僕、セルザにあんなことして……ほんとにごめん!」 すっと立ち上がり、彼女の方に向き直ると頭を下げるガリア。 そんな彼の行動に少し驚いた様子を見せたものの、セルザも立ち上がりガリアの正面を向く。 頭を下げているとはいえやっぱりまだ彼の方が背が高い。少しだけ背伸びをして、セルザはガリアの頬に優しく触れた。 「顔を上げてガリア。もう、いいの。そんなに気にしてないわ。……それにさ、謝るのは私の方かもしれないって思ってたんだ」 「……え?」 ゆっくりと頭を上げ、ガリアはセルザを見つめる。セルザも彼を見上げるような形で、ちゃんと目を合わせていた。 いつもはセルザが首が疲れるからと言って、取ることのない会話形式。面と向かって話すことは少ないだけに、何となく新鮮な感じがした。 体格差があるために、必然的に上目づかいになってしまうようだ。自分を見上げてくるセルザは何だか可愛い。 もちろん、今はそんな風に和む場面ではないことは、いつになく真剣な雰囲気の彼女を見れば分かる。ガリアは黙って、セルザの言葉を待った。 「私ね、同じ雌の友達は結構いるけど、こうやって何でも話せるような異性の友達ってあんたくらいなのよ」 「……そうなの?」 セルザの交友関係をガリアは知らなかった。友達の話題を出されても、きっと誰が誰だか分からない。 まあ、彼女の性格を考えれば、きっと多くの友達と呼べる存在がいるであろうことは何となく想像できた。 だが、異性の友達が自分ぐらいしかいないというのは少々意外だったのだ。 セルザ自身がどう思っているかは知らないが、なかなか魅力的な外見をしているとガリアは思う。 それこそ、あのノクタスのように彼女に言い寄ってくる雄がいてもおかしくないくらいに。 「うん、だから……その、昨日あんたが洞穴の奥で……してたじゃない?」 いきなりの話題にガリアは面食らう。だが、昨日のようにからかったりふざけて言っているわけではなさそうだった。 はっきりと言わなかったのは、口にしてしまうのが恥ずかしいからだろう。セルザの頬がほんのりと赤くなる。 「え、えっと……う、うん」 堂々と答えるわけにもいかなかったが、事実は事実。抵抗はあったものの、ガリアは頷いておいた。 「あんなふうに生々しい雄を見たのも、初めてだったの。異性との経験がある友達の話で、雄の体にはそういうところがあるんだって、ちょっとは知ってたつもりだったんだけど……やっぱり聞くのと、実際見るのとは全然違ってた。 ガリアの雄を前にして、何だか自分でもわけ分からないくらいドキドキしてた。だからあんな露骨なこと聞いちゃったんだ。言いわけに聞こえるかもしれないけど……ごめんね、ガリア」 そう言ってセルザは小さく頭を下げた。あんなふうにそそり立った雄を前にして、彼女自身も興奮していたということなのか。 確かにあの時のセルザの目つきや言動は、普段の彼女を逸脱していたような気がする。 性的なことに関する気持ちの高揚は、思いがけない行動を呼び起こす。それは雄も雌も同じらしい。 「それでね、どんな雌を思い描いてたかって聞いたでしょ? あの時、心のどこかでガリアに私の名前を呼んでほしいって思ってたんだ」 「……えっ?」 直接セルザの名前を呼びはしなかったが、一連の行動で自分がどんな雌を思い描いていたのかは十分彼女に伝わっているはず。 それよりも、名前を呼んでほしかったってどういうことだ。彼女が自ら自分に欲望の吐け口とされていたことを望んでいたなんて、あるはずが……。 「私がガリアのそういう存在になれてたら嬉しい。雌としての魅力を感じていてほしい。あの時の私は、間違いなくそう思ってた。これってたぶん……あんたのことが、す、好きだからだと思う」 あるはずがない、と心の中で否定しようとしていたガリアだったが、セルザの口から出てきた言葉で思考が停止してしまう。 ぽかんと口を開けたまま、セルザの顔をじっと見る。さっきよりもさらに紅潮した彼女の頬を見た限りでは、どうやら聞き間違いではなさそうだった。 「え、えっと。セルザ……それって」 「ああもう、やっぱりはっきり言わなきゃだめか。……ガリア、私はあんたのことが好きなの。ちゃんと聞こえたでしょ?」 戸惑うガリアを前に、セルザは再び想いをぶつける。きっと、こんなことを言えばガリアは慌てふためくだろうと予想していたのだろう。 まだ照れてはいたが若干の覚悟があったためか、さっきよりもはっきりとした口調だ。否応なしにガリアの耳の奥に飛び込んでくる。 「今までは、あんたを友達としてしか見てなかったけど、昨日のことがあってから、自分でも気づいてなかった想いがあるってことが分かったの。あれからいろいろと考えて……出した答えよ。私は、ガリアと友達以上の関係になりたい」 「…………」 石のように固まったまま、ガリアは何も喋ろうとしない。立ったまま気を失っていると言っても過言ではないくらいに。 時折聞こえてくる呼吸の音と、瞬きだけが彼の意識がここにあることの証明だった。 やや落ち着かない様子でガリアの返事を待っていたセルザだったが、あまりにも彼が黙ったままなのでしびれを切らしたようだ。 「……もう、何とか言ってよ!」 「あ、ご、ごめん……! な、なんか、まだ混乱してて」 セルザの声にびくっと反応するガリア。半ば放心してしまうくらいに、彼女の言葉の衝撃が大きかったらしい。 「まあ、ゆっくり答えてくれればいいわ。待ってるから」 どうしていいか分からずにおろおろしているガリアに、早く早くと催促するのも酷に思えたのだろう。 今の調子ではまともな返答は得られそうにないし、ここは待つことも大事。焦る気持ちを抑えて、セルザは優しくガリアに言った。 「う、うん……」 ガリアは自分の胸にそっと爪を当てて、大きく深呼吸した。朝の冷たさを保った空気が体の中に入り込んでくる。 火照った頭や体が冷えて、少しは今の現状を冷静に見ることができるようになっただろうか。 聞き間違いでもなく、幻想なんかでもなく、セルザが自分のことを好きと言ってくれた。友達としてではなく、異性として。 嬉しい、確かに嬉しかった。だが、どう答えればいい。今まで告白なんてされたことのないガリアにとっては未知の領域だった。 どんな返答をするにしても、中途半端な受け答えでは彼女を傷つけてしまうことは明らかだ。 セルザがそうすることを選んだように、ここは自分の気持ちを正直に伝えるべきだ。 飾り建てしない、ありのままの気持ちを。拙くたって、しどろもどろでも構うものか。ガリアは腹を決めた。 「えっと、僕も……セルザのこと、す、好きだよ。もちろん友達としてって気持ちもあるけど、それだけじゃない。今までだって、君を雌として意識してたこともあった。それらを全部含めて、僕は……き、君が好きだ」 言った。ついに。もう一度言えと言われたら、たぶん卒倒してしまう。 声が震えて、顔がかあっと熱くなって。心臓が口から飛び出すんじゃないかというくらいに緊張した。 それでも、嘘やごまかしのない、ガリアの正直なセルザへの想いだった。 「ほんとに……?」 「う、嘘なんかつかないよっ!」 「それじゃあ……行動で示して?」 そう言うとセルザはやや上方を向き、口元をガリアの方へ少しだけ突き出した。そしてそっと目を閉じる。 「せ、セルザ……?」 「私がいくら背伸びしたってガリアには届かないからね。昨日はいきなりだったからびっくりして拒んじゃったけど、今は大丈夫よ。心の準備も出来てる」 いくらガリアでも、このときセルザが何を求めているのかは理解できた。昨日奪い損ねた唇。今日は彼女自ら差し出してくれているときた。 だが、昨日と今日とでは事情が違う。今の自分にそんな行動を切り出す勇気なんて、皆無に等しい。 いつでもどうぞと言った雰囲気のセルザとは対照的に、ガリアの心は準備に取り掛かる前に躓いてしまっている。 受け身なんかにならないで、いっそのことセルザの方から来てくれれば、という考えが頭を掠めた。 だが、彼女の言うとおり体格上無理があるし、こんなところまで逃げ腰になっているのでは情けないことこの上ない。 今までほとんど使わずにため込んでいた勇気はきっとここで使うために温存されていたんだ。きっとそうに違いない。 無理やりにでもそう思い込んで、自分を奮い立たせると、ガリアは身を屈めてゆっくりと口を近づけていく。 自分のものとは比べ物にならないくらいに小さなセルザの口。彼女の細い息使いを間近で感じる。 余計なことを意識しすぎるとここまで来た勢いが萎んでしまう。何も考えず、ひと思いに。 狙いを外さないように場所を確認すると、ガリアは目を閉じてそっと口を前に、突き出した。 「……!」 ふに、と柔らかい感触。お互いの体が触れた瞬間、セルザもわずかに震えていたような気がする。 ガリアの方はと言えば、前かがみでかなり苦しい体勢な上にこの状況だ。 足が震えてこのまま崩れ落ちないようにすることで精一杯。せっかくの感触を堪能する余裕などありはしなかった。 どれくらいの間、互いの唇を重ねていたのかは分からない。これ以上は息が持ちそうにないと思い、ガリアはさっと口を離し、はあはあと荒い息を上げた。 「……大丈夫?」 「な、何とか……」 頬を真っ赤にさせてはいたものの、セルザはまだまだ大丈夫な感じだ。 その行動に踏み切るだけで擦り切れてしまっていた自分とは比べ物にならない。 こういった場面でもやっぱりセルザには敵わないなあと、ガリアはふと思った。 「昨日のガリアと、今日のガリア。足して割ったらちょうどいいぐらいになるんじゃない?」 「う、うるさいな!」 悔しいが、今の自分に勢いがなさすぎるのは認めざるを得ない。 あいにくながら、そういった勢いは昨日処理してしまったところだ。当分の間は積極的になれそうもなかった。 「でも……逃げたりしないで、ちゃんと応えてくれて、嬉しかったよ」 もしかするとガリアが、一歩踏み出すことが出来ずに逃げ出してしまうかもしれない、とどこかで思っていたのだろう。 それだけに、喜びはこの上ないもの。セルザは笑顔をほころばせる。本当に屈託のない、満面の笑み。 今まで見てきた中で、一番綺麗で、輝いていて、眩しい笑顔だなとガリアは思った。 二度と見ることはないと思っていた笑顔のセルザ。再び自分の前で笑ってくれた。 もう、その笑顔を壊してしまうようなことはしたくない。その笑顔が、セルザが、自分にとって掛け替えのない存在なのだ。 「どの辺からが友達以上とか、よく分からないけど……セルザがいてくれれば僕は安心できるから、ずっと……ずっと傍にいてほしい」 以前もセルザに似たようなことを言ったことがあった。前は友達として。今は異性として。 言葉としての意味合いやその重みは違えど、セルザと一緒にいたいというガリアの気持ちは変わらない。 「もちろん。ガリアの方こそ、私の……私の傍にいてね。約束よ?」 セルザは自分の右腕を差し出した。これは、握手を交わそうということなのだろうか。 大切な、誓いともとれる言葉。互いの手と手を取りあって交わせば、それがより強いものになる。 何となくだが、そんな気がした。きっとセルザもそう思ったのだろう。ずっと彼女の傍にいる。約束だ。守ってみせる。 「もちろんだよ、セルザ」 そっと腕を差し出し、セルザの爪に触れる。そして、さっきの彼女に負けないくらいの笑顔で、ガリアは答えたのだ。 END ---- -あとがき ネタばれを含むので物語をすべて読んでから見ることをおすすめします。 ・この話について 前wikiのどこかのメモ欄で、ギャップをつけてみるのも面白いと書かれていたのを見たのが原点だったと思います。 確かそこには臆病なボーマンダとかどうでしょう的なことが書かれていたような。それを見て、何かが閃きました。 ボーマンダはもう別の話に出していたので、割と強面だったガブリアスを選びました。 ガリアとセルザの関係の変化に重点を置いたので、官能表現はやや控えめに感じられたかもしれません。 最後のシーンは露骨な官能表現を書くよりもかなり恥ずかしかったような気がします。きっと慣れてないからでしょうね。 &color(#FFFFFF){官能表現に慣れてしまっていることにも疑問を抱くべきだと思います。}; ・ガリアについて 名前の由来はガブリアスから三文字取って並べ替えるとそれなりに良い響きになったので。 何となく弱々しくて頼りない雰囲気ですが、心優しいガブリアスと言ったイメージでした。 早い段階でキャラが確定していたので割と物語の中でも動かしやすかったです。 それだけに、覚醒したガリアをどれくらいまで暴走させればいいのか結構悩みましたが。 書き進めていくうちに私の中でもすっかりガリアのイメージがガブリアスに定着してしまいました。 ガブリアスは格好いいのではなく、可愛いと思います。 ・セルザについて 名前の由来はセンザンコウからセとザだけ借りてきて、ルをつけたらなんか響きが良くなったので。 ガブリアスを出すことは決まっていましたが、その相手をどのポケモンにするかで結構迷いました。 砂漠と言えば地面、もしくは岩タイプ。なかなかいかつい顔ぶればかりで、ガブリアスと組ませてみるとどうにも私の中で違和感が。 フライゴンにしてしまうという手もありましたが、もう主演済みなので却下。サンドパンにしたのは割と消去法でした。 そこまで思い入れのなかったポケモンでしたが、やはり書いていくと何となく愛着が。 元気な雌に振り回されるちょっと頼りない感じの雄、という場面を書きたかったので明るくて快活な雌というイメージのキャラにしました。 サンドパンのお腹は柔らかいと信じています。 ノベルチェッカーでの調査結果。思ったよりも文字数がありました。 無垢な牙に次ぐ長さ。 【原稿用紙(20x20行)】 104.9(枚) 【総文字数】 33816(字) 【行数】 801(行) 【台詞:地の文】 12:87(%) 【ひら:カタ:漢字:他】 63:5:31:-1(%) 【平均台詞例】 「あああああああああああ、あああああああああ」 一台詞:23(字)読点:25(字毎)句点:57(字毎) 【平均地の文例】 ああああああああああああああ。あああ、あああああああああああああああああああああああああああああ。 一行:50(字)読点:38(字毎)句点:30(字毎) 【甘々自動感想】 わー、いい作品ですね! 長さは中編ぐらいですね。ちょうどいいです。 三人称の現代ものって好きなんですよ。 一文が長すぎず短すぎず、気持ちよく読めました。 それに、地の文をたっぷり取って丁寧に描写できてますね。 「だ、だけど……僕、セルザにあんなことして……ほんとにごめん!」って言葉が印象的でした! これからもがんばってください! 応援してます! 最後まで読んでくださった皆様、感想を送ってくださった皆様、ありがとうございました! ---- 何かあればお気軽にどうぞ。 #pcomment(純朴の地コメントログ,10,) IP:220.150.233.54 TIME:"2012-08-07 (火) 21:19:35" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E7%B4%94%E6%9C%B4%E3%81%AE%E5%9C%B0" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"