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第二話 砕かれる日常、砕かれる今 の変更点


writer is [[双牙連刃]]

第一話は[[こちら>第一話 とあるサッカー好きの少年達]]

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 ミオシティ住宅街。現在午後七時、辺りは夕食の香りや家族の笑い声が支配している。
かと思ったのだが、この夕食真っ盛りの住宅街の一角、一軒の家の前は恐るべき怒りのオーラに包まれていた。
「先輩……これは何ですか?」
 日が沈み、家々の窓からの明かりに照らされない暗闇の中、怒りのオーラを発する根源はその気を全く隠さずにそこに居た。
「い、いや、あの少年のパーソナルデータだが?」「こっちじゃないです」
 しどろもどろになっている男がそこには居た。だが、怒気を放ってはいない。怒気の原因は……。
「何ですかこの『海鮮たっぷりのミオピラフ』って! ずるいですよガレット先輩~! 私なんかファーストフード店のバーガーしか食べてないのに~!」
 ……この男、ガレットと言うのか。の横の女がすんごい剣幕で詰め寄ってる。手には飲食店の精算表が握り締められている。これが怒りの原因か。
「う~……この家だって私が一生懸命あの子を尾行したから分かったんですよ!? 私が頑張ってる時に先輩は美味しい物食べてたんだ……ずるい、ずるいなぁ……」
 食い物の恨みとは恐ろしい物ですよ。軽く涙目になるほどかは置いといて。
ガレットさんたじたじですよ。本来は見せる気なんかなかったでしょうに、何かの弾みで出ちゃったんでしょうね。お気の毒~。
「こっちだって別に仕事をしてなかった訳では無いだろう! ……今度飯ぐらいおごってやる」
「本当ですか!? 絶対ですよ!?」
 あ~、ついには食事の約束までさせられちゃった。まぁ、自分が一人で美味しそうな物を食べた所為だから自業自得って事で。
それにしても気になるのは精算表じゃなくてその横。ガレット氏曰く、少年のパーソナルデータって奴ですね。
「気が済んだのなら早くそれを読め」
「あ、はい。……パーソナルデータって何処で調べたんですか?」
「この街の役所に忍び込んでちょっとな」
「えぇっ! それって泥棒じゃないですか!」
「他に調べようが無かっただろう? なに、昨日の深夜、お前が寝てる間に少し行ってきただけだ。それにそれはコピー。オリジナルは持ってきていない」
 そう、現在はアツシ少年達がサッカーをしていた日の翌日。もうすでに一日が経過しているのだ。
……パーソナルデータという事は、個人情報……だよな。オリジナルを持ってきてないから良いって事になるのか? ならないよな。
「う~ん……本名、本城アツシ。年齢は……生まれた年を逆算すると10歳みたいですね。両親は……本城コウジと本城マナミ。……養子であるとか、そういう表記はありませんね」
「あぁ、紙面上は間違い無くその二人の子供という事になっている。養子と書いてくれていれば確証に近付いたが……」
「これじゃあの子が普通の男の子だって決まったようなものじゃないですか。……止めましょうよ、コンタクトを取るの。あの子の平和を脅かす事なんて無いじゃないですか」
 平和? それを脅かすって……この二人は一体何をしようとしているんだ? コンタクトを取るって……。

 一方、二人が前でコソコソしている家の中。本城一家が夕食を済ませて団欒の時間に入ったようです。
「ねぇ父さん。僕、いつポケモン持っていいの?」
「ん? そうだなぁ……12になったら、かな」
 アツシ少年はやっぱりトレーナーになりたいようですね。親友のタクミがもうトレーナーである事も原因かな?
で、返事は12歳になったらですか。二年は結構長いねぇ。我慢させるのも大変だろうに……。
「え~? どうして今は駄目なの? 僕、一生懸命世話するよ?」
「ははっ、……世話がちゃんと出来るかどうかじゃないよ。アツシにはな、焦らないで色んな事を知っていってほしいんだよ」
「色んな事って?」
「そうだな。ポケモンの事や、世の中のこと。そして、色んな人の事」
「色んな……人の事? なんで?」
「トレーナーになったら色んな人に出会うだろ? だから、それの練習」
「ふ~ん……」
 まぁ、間違ってないから何も言えないよね。トレーナー同士でバトルもあるだろうし、ポケモンリーグを目指すなら、各地を旅して回らなきゃいけないしさ。
ちょっと詰まらなそうだけどアツシも納得したみたいだ。素直な子だねぇ……。
おや、洗い物が終わったみたいだな。アツシのお母さんも二人の座るソファーに腰掛ける。アツシ少年を両親が挟む感じです。
「ふふっ、待ちきれないみたいね。アツシは、ポケモンの事が好き?」
「うん! タクのショックとかメットもカッコいいし、一緒に居て楽しいもん!」
 嬉しそうに話すアツシ。それにつられてか、両親の顔もほころんでいく。仲の良い家族だなぁ……。
ふむ、父親も母親もアツシをトレーナーにしたくない訳では無さそうだ。でも、まだ早いとしている。この少年なら心配は少なそうだがな?
それからはしばらく他愛の無い会話が続く。タクミとの話や、サッカーの話。どれもごく普通の事。でも、アツシがどれもとても楽しそうに話すので両親はそれを笑顔で聞いている。幸せなんだろうなぁ。
そんなこんなで時計の針は進んで、時刻は午後八時半になった。夜も更けてきたと言うには少し早いかもしれないが、良い子はそろそろ寝る時間だ。
「アツシ、明日もまたタクミ君と遊ぶんでしょう? そろそろ休んだら?」
「あ、こんな時間か……そうだ! 明日タクミに朝早くからサッカーの練習しようって誘われてたんだった! 早く寝なくちゃ!」
 約束を思い出したアツシ少年が立ち上がり、それに両親は少し驚いている。そりゃ当然か。
しっかし早朝練習とは……もうかなりの腕前だというのに殊勝な心掛けですな。
「そ、そうか……好きだからといってあまり無理するんじゃないぞ? 怪我なんかしたら大変だからな」
「擦り傷ぐらいならしょっちゅうだよ。僕寝るね。お休み~」
「はい、お休みなさい」
「お休み。アツシ」
 アツシ少年は自室へと戻るのだろう。リビングを後にした。
「……元気だな。アツシ」
「えぇ、本当に……」
 んん? さっきまでと少し空気が変わったな? どうしたのだろうか?
「あれから十年、か。……アツシは、人間だよな?」
「当たり前じゃない。立派な、私達の息子でしょ?」
「あぁ……でも、いつかは伝えなきゃいけない時が来るのかもな。本当の事を」
「……あなた、アツシのトレーナーになりたいって願い、私達に叶えてあげられるのかしら?」
「分からない。けど、俺はアツシの夢を応援したい。あいつの父親として」
「そう、だったわね。私もあの子の母親なんだから、しっかりしなくちゃ」
 二人の会話からは、不安と決意がにじみ出ている……よほど深刻な問題なんだろうな……。
それにしても、アツシ少年自身が知らない秘密があるのはこれで確定だろう。それがどれほどの物かも、この二人の深刻そう顔を見れば分かる。
「さて、明日の分の売り物を仕上げるとしますか」
「そうね。それにしても、仕事を辞めて始めたお菓子作りがまさか人気になっちゃうとは思わなかったわ」
「本当だよね。アツシの為に多く時間を作ろうとしたのが初めだから、こっちももう十年か」
 ほう、お二人ともお菓子作りを始めるようです。販売をして、なおかつ人気がある様なのでその腕前はそれなりに高いのだろう。
……ん~、メニューは……ケーキにクッキー……王道のお菓子と、おぉ!? あれ、ポフィン!? ポケモン用のお菓子も販売してんのか! へぇ~。
あ、アツシパパがポケモンに好かれるのはこの辺が原因か。これだけ甘い物に囲まれてればその香りが体に移るんだろうな。
あれ、でもここ家だよね? 何処で売るんだろう? う~ん……。

 女の最後の問い掛けから一時間半が過ぎたのにガレットさんは一言も発しておりません。女の方もだんまりを決めてしまってるし……時折ガレットの方をちら見してはいるけど。
「……そろそろ時間だ。準備は出来ているか?」
「先輩! どうしてもやるんですか!? 相手はただの男の子かもしれないんですよ!?」
「それが違うかもしれない証拠も出ている。それに、上に報告したら確実に遂行しろとのお達しが来た。今更ミッションを変更する事は出来ない」
 声を荒げる女を余所に、淡々とした口調でガレットは続ける。胸中が読めないな。仕事に徹しようとしているってところか……。
「でも……」
「諦めろ、アリス。これは仕事、完遂しなければならないんだ。どのような結果でもな」
「……分かりました」
 しぶしぶ、俯きながら声を出すアリスと呼ばれた女。……やりたくないんだろうなぁ……。
ガレットは腕に巻かれてる時計を気にする。長針は十時を指し、短針は八時を指し示している。もうすぐ、午後9時……。

「はぁ……眠れないな~」
 自室に戻ったアツシは、ベッドの上でサッカーボールを眺めていた。ボールの表面は細かい傷はあるものの、丁寧に磨かれているのか光沢を失ってはいない。
軽く上に投げては、落ちてきたボールを両手でキャッチ。それを繰り返しながら眠気が来るのを待っているようだ。
部屋の中を見渡してみると、数個のポケモンの縫いぐるみと、机があるのが分かる。部屋の電気が消えてるのは眠るためだろうな。
お、机の上に写真立てがある。月明かりに照らし出されたその写真には、一組の男女の間にサッカーボールを持った小さな男の子が写っている。
この家族の数年前の写真……だろうな。真ん中の子は、嬉しそうにサッカーボールを抱えている。買ってもらったばかりなんだろうな。
このサッカーボール、今アツシが持っているものと同じだ。そうか、初めて貰ったボールだから大事に使ってるんだな。
不意に、アツシの動きが止まる。暗くなっている天井を見つめたまま。
「トレーナーになるんだったら、どんなポケモンをパートナーにしようかな?」
 アツシ少年の口から出た一言です。パートナーね。最初に自分が持つポケモンがそれに当たる人も多いんじゃないかな?
アツシ少年の頭の中では、さまざまなポケモンが駆け抜けているところでしょう。
「ポケモンていっぱい居るもんなぁ……ぜ~んぶに、会ってみたいなぁ……」
 ははっ、夢は広がっていきますね。ポケモンも新種や色違いまで合わせると莫大な数になるから、一生ものの夢として追いかけなくちゃならないね。
それをやってる人も少なくはないか。トレーナーなんかも、そういう夢追い人だもんな。
「……ちょっと、トイレ行こ」
 アツシがベッドから起きて、ボールを持ったまま自室の扉へと手を掛ける。置いていけばいいんじゃないのかな? 時計の針は、もう間もなく九時を指そうとしていた。

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「ミッションタイムだ。ターゲット、本城アツシ。ターゲットとのコンタクト、必要になれば拘束しミッションを完了とする。行くぞ、アリス」
「了解しました」
 ガレットが本城家のドアに手を掛けてゆっくりと回す。……まだ鍵を閉めていなかったのが災いして扉が開いてしまった。
音を立てずに玄関へと侵入を果たす二人。だが、ここで誤算が一つ発生した。
「ふぅ……ん? うわぁ! おじさんとお姉さん、誰!?」
 トイレから出てきたアツシに見つかってしまった。玄関の近くにトイレへの扉があるとは思ってなかったんだろうな。
まぁ、家の中の構造を調べ忘れてたこの二人のミスですよ。
当然、アツシのこんな声を聞けば、家の中に居る両親も駆け付けて来る。
「どうしたアツシ!? な、誰だあんた達は!」
「泥棒!? は、早く警察を呼ばないと!」
 アツシの母さんがリビングに戻ろうとする。……侵入されてるのに電話を掛けようとしても遅い気もするけど……。
「ちっ、フーディン! 金縛り、発動!」
 ガレットが腰からボールを一つ外し、それを投げると中からポケモンが現れる。
ねんりきポケモン、フーディン。纏め上げられた念が、アツシの両親を捕らえた。
「ぐぁっ!? 体が……」
「う、動かない……!」
「父さん! 母さん! 二人に何するんだぁ!」
 持っていたボールをフーディン目掛けてシュートするアツシ。エスパータイプのポケモンにそんなことしても止められ……。
「フー!? ディァァ!??」
 なかった。アツシ少年のボールは確実にフーディンの顔面を捉え、クリティカルなヒットを叩き込んだ。うわ、痛そ……。
跳ね返ってきたボールをアツシがキャッチ。完璧なシュートだ。
「な、フーディン?! 馬鹿な、何故念力で防がなかった!?」
「フゥゥ……」
 フーディン、気絶です。バトルダメージではないのでボールには戻らなかったが、金縛りを解くには十分な一撃だろう。
「アツシ凄いぞ! 観念しろ泥棒め!」
 拘束の解けた父がガレット達の前に躍り出る。……あれ、達と言ったけど、アリスが居ない。何処へ?
「きゃああ!?」
「マナミ!?」
「ふぅ……警察なんて呼ばれたら確実に逮捕されちゃいますよ。しばらく眠っててくださいね」
 居たー! 電話を掛けようとしていた母の方を止めに行ってました! その傍らには一匹の頭に花を乗せた踊り子のようなポケモンが居る。
今度はフラワーポケモンのキレイハナ。こいつの眠り粉を浴びてしまったみたいだな。
「ちっ……フーディンは失敗したが……ライチュウ、電磁波だ」
「あっ! うわぁぁぁ!」
 アツシの頑張りも空しく、両親はダウン。一人は眠らされ、もう一人は麻痺。残ったのはアツシと、ガレットとアリス。そして二人の使役するポケモンが二匹。
「手荒な真似はしたくなかったんだがな。暫くは大人しくしててもらおう」
「う……あ……アツシ……逃げ、るんだ……」
「と、父さん! 何でこんな酷い事するの! っていうか、おじさん誰!?」
 逃げようにもガレット達が居るのが玄関の方向なのだ。無理だって……。おまけに玄関先だから窓なんて無いし。
ライチュウとフーディンをボールに戻しているガレットにアツシが問い掛ける。真っ当な反応だな。
ガレットは少しだけ驚いている。10歳の少年がこの状況で怯えず、泣きもせずに自分に対峙している事に。
「……私はガレット=ウォーレン。君に二、三聞きたいことがあってお邪魔させてもらった。質問に答えてくれれば、これ以上の事はしない」
「僕に……聞きたい事?」
 身構えるのは忘れずにアツシはガレットに聞き返す。勇敢だなぁ。
「君は、ポケモンを保持しているか?」
「えっ、ポケモン? 僕はトレーナーじゃないよ。まだ……」
 その答えはガレットは知っている。昨日散々尾行したりしているから。本当に聞きたいことは、次の質問。
「ならば、もう一つ聞かせてもらおうか。君自身、不思議な事が出来ることは……」「アツシ聞くんじゃない! は、早く逃げるんだ!」
 ガレットの質問は父によって遮られた。麻痺してても喋れてるという事は、ガレットがライチュウに手加減をさせたんだろうな。じゃなきゃ口が痺れて喋る事なんて出来ないだろうから。
このままじゃ質問が出来ない。そこで動いたのは……アリス。
「あなたも少し眠っていて下さい。眠ってる間に全て終わっていますから」
 そう言ってキレイハナに指示を出す。指示はもちろん……眠り粉。
キレイハナはそれを聞いてアツシパパに近付いていく。これをもちろんアツシは黙って見ている訳は無いよね~。
「止めて! 父さんにこれ以上何もしないで!」
 言ってる事は弱弱しく聞こえるけど、やってる事は全然違う。
足を振り上げて……渾身のシュートをキレイハナに向けて放つ。威力はさっきのフーディンで立証済みですよ。確実に当てれば気絶は確定な破壊力です。
が、それに気付いてキレイハナが僅かに避けてしまった。当たりはしたから父から離す事は出来たけど。
「キ、キレイハナ!? 大丈夫!?」
 吹き飛ばされたキレイハナを尻目にボールはアツシの元へと転がってくる。正直、コントロールが上手過ぎると思うぜ。
「どうだ!」
「ポケモンとサッカーボールだけで渡り合うとは……やはり、君は……」
 ガレットの中で疑問は確証へと変わっていく。高い身体能力、機械の反応……それらが、繋がっていく。
そんなガレットは気付いていなかった。だから制止できなかった。アリスの、キレイハナを。
「キレイハナ待って! 攻撃しては駄目!」
 アリスの指示を無視してキレイハナは攻撃の態勢を取っていた。原因は一つ。キレイハナは、怒っているのだ。さっきのシュートに。
複数枚の木の葉が宙に撒かれ、空中に静止する。
それを見ていた父か叫ぶ。
「アツシ逃げろおおぉぉぉぉ!!!」
「えっ……」
 父の叫びも間に合わず、葉が一斉にアツシに向かって飛んでいく。
絶対に逃げられない。相手を追尾していく木の葉の刃、マジカルリーフ。
「なっ、馬鹿な! 誰が攻撃を許可した! 少年! 逃げるんだ!」
「うわぁ! だって、キレイハナが勝手にぃ! アツシ君逃げてぇ!」
 ガレットとアリス、両者が叫ぼうが、アツシが逃げようがもう遅い。この技は発動したら最後、相手に当たるまで追い回すのだから。
鋭利な刃となった木の葉がアツシに襲い掛かろうとしている。10歳の少年がそれを受ければ、もちろんただでは済まないだろう。
「う、うわぁぁぁぁ!」

 アツシにそれに抗う術は無い。ボールを蹴ろうが、走って逃げようが、それは一時しのぎにしかならないんだから。
マジカルリーフがアツシを包む。痛い、痛いと言うアツシの叫び声が聞こえて……こない? あれ? もう当たってる筈なのに?
叫び声の代わりに、マジカルリーフの隙間から光が溢れ、……破裂した。
「な、これは!?」
「……あの時の光と一緒……アツシ……」
「どうなってるんですか先輩~! 眩しくって見えません~!」
 マジカルリーフを吹き飛ばした光の奔流が治まっていく。その中にあるのは……。
漆黒の体、長髪のようにも見える先端を蒼きリングで纏めた紅き鬣、四肢の先端には鋭利な爪を持つポケモンの姿があった。
「こ、このポケモン! ターゲットリストにあった……」
「……化け狐ポケモン、ゾロアーク!」
 二人が身構える。このポケモンの力をリストで見ただけながら知っているからだ。
捕獲ランク、特A。このページに載っている他のポケモンの名前を挙げるなら……ルギア、ホウオウ、フリーザー、この辺りを言えばお分かりだろうか。
そう、伝説のポケモンと呼ばれるポケモン達がノミネートされているのだ。そんなところに名を記されるポケモン。弱いはずが無い。
「ミッション変更だアリス! ゾロアークの捕獲にシフトするぞ!」
「えぇっ! 無理ですよ無理! だって、キレイハナが怯えちゃってますもん!」
 あぶりだしてしまった張本人のキレイハナは、アリスの足にしがみ付いて震えている。やってしまったから、自分が一番危険な状態にあると判断したみたいだな。
……ゾロアークが動く。目を覆っていた腕を恐る恐る外し、赤いクマドリがされているような両目がきょろきょろと辺りを伺っている。
「あ、あれ? 痛く……ない?」
「しゃ、喋りましたよ先輩!」
「しかもその声は……アツシ少年のままだと!?」
 二人は戸惑っている。当然だ、ポケモンは人間の言葉を喋らない。だが、目の前のポケモンはそれをしたのだ。
さらに戸惑ってるのはポケモンの方。明らかに自分を見る目が変わっているのだから当然か。
そう、このゾロアークはアツシ、だろう! うん! 声からの予想だけど!
さて、侵入者二人が変貌したアツシに釘付けになっている足元で、動かない体に力を溜めている男が一人。全てを知っているからこそ、やらなければいけない事があるのだ。
「ぐうおおおおおおおおぉぉぉ!」
「なっ、ぐはっ!?」
「と、父さん!?」
 アツシパパの渾身の体当たりは、完全にゾロアークのみを見ていたガレットを弾き、一つの道を作る。我が子を、守るために。
「アツシぃぃぃ! これしか言えない俺を許してくれ! 逃げるんだ! 今のお前はポケモンだ! この二人に捕まっちゃいけない!」
「え? 父……さん? 今なんて……」
「先輩!? こ、こうなったら私が!」
 アリスがモンスターボールを取り出す。その中身は空。アツシを、捕獲しようとしているのだ。
「させない!」
「へ!? きゃあ!?」
 アツシの父がアリスの足を思い切り払う。痺れた体でこれだけの事が出来るとは……凄いなこの人。
アツシは父から言われた事が分からずその場を動けずに居た。突然自分がポケモンだと言われても、頭で理解出来る筈が無い。
その自分の息子の様子を見て、父は続ける。
「アツシ頼む! 今は逃げてくれ! 俺はお前が捕まるところなんて見たくないんだ! 早く!」
 その言葉にはっとして、アツシは玄関に走り出す。自分の父さんが作ったチャンスを無駄にしないために。
「くっ、逃がすか!」
「動くなぁぁぁぁ!」
 アツシの足を掴もうとするガレットにのしかかる様に体当たりを決める。これが最後の攻撃だったのか、そのまま動けなくなってしまったようだ。
アツシは、玄関のドアまでたどり着いて気付いた。自分の手が、人のそれから変化していることに。
「父さん……何なのこれ……僕……どうなってるの?」
「アツシ行け! ……どんな姿でも、お前は俺達の息子。大切な子供なんだ。それを……忘れないでくれ……」
 父の言葉を聞いて振り返ると、アリスが鼻を擦りながら立ち上がろうとしてるのがアツシにも見えただろう。今は、逃げなければいけない。父の言ったとおり。
涙が零れそうなのを我慢しながら扉を引いて開け、アツシは夜の闇の中へと駆け出した。
今のアツシの体は、夜の闇に溶ける様に見えなくなる。住宅街を駆け抜けて、一体何処まで逃げる事になるのだろうか……。

 ……運命の歯車が、その回転を早める。一人の少年、その変化に呼応するように。
歯車は何も言わない。これから少年に……黒きポケモンに待つ運命はどのような道を辿っていくのか?
願わくば、その道に深き夜の闇ではなく、昇る朝日の輝きが満ちる事を……。

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第三話は[[こちら>第三話 失われた姿、そして……旅立ち]]

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