*竜の島 [#Dvz6HqD] 作:[[COM]] #contents [[この儚くも美しき世界]] 前<[[魚の島]] 前<[[魚の島]]||[[魂の島]]>次 **16:決戦の時 [#Fma3mpB] ベインの襲撃の噂は瞬く間に港中に広まり、島の復興の話どころではなくなっていた。 このままでは竜の島から最も近いこの島がまた狙われる。 そんな恐怖がまた魚の島の住人達を襲っていた。 「……迷っている暇はない。ベンケ。子供達を頼む」 「何をする気だ?」 「竜の島に向かう。もう悠長なことは言っていられない。すぐにでもヒドウを止めなければ島の者達どころかこの世界が危うい」 「無茶を言いなさるな。敵の本拠地へ単身乗り込むつもりか? それならば某も助太刀申す」 「だからだ。俺と渡り合えるお前が生きていなければ、もしも俺が死んだ時に皆を守れる奴がいなくなる」 「故にみすみす死にゆく者を見送れと? 武人を舐めないで頂きたい」 シルバの決意を聞いてベンケも戦う意思を示したが、二人の意見は食い違っていた。 第十六話 決戦の時 「二人が言い争うのは勝手だが、言っておくが船は竜の島にも不帰の島にも向かわないぞ」 ピリピリとした空気が流れる中、船着き場の船員からそんな忠告が飛んできた。 これから竜の島へ向かうのであれば間違いなく船が必要になる。 だが現在世界中へ喧嘩を吹っ掛けている国への定期連絡船などあるはずも無ければ、特例的に送るなどという事も危険すぎてできない。 「決まりだな。某ならば空を飛んで行ける。お主一人ぐらいならば乗せて飛ぶこともできる」 「なら子供達はどうなる? 誰がこの島を守る? 俺一人ならば最悪船を作り出してでも行ける。二人で攻め込み、その隙にここを攻撃されれば終わりだ」 二人の話は平行線となり、互いに頑として譲らない。 次第にヒートアップしだし、二人の口調は喧嘩腰になり始めた。 「はいはいそこまでですよ。他の人達から話は聞きました」 今にも殴り合いを始めそうな二人の間に分け入ったのはスキームだった。 思わぬ人物の登場で少々驚いていた二人にスキームは変わらない淡々とした口調で話す。 「シルバさん。船が作れるのであれば中規模の船を造るべきでしょう。それにシルバさんとベンケさんを見てから、そのフライゴンが退いたというのであればこちらの動きを待っているのは確実。出るにしても退くにしても考えの裏を突かなければ共倒れになります」 「スキーム。ありがとう、知恵を貸してくれるのか」 「これしか能がありませんし、貴方には返しても返しきれない恩がありますので。で、話を元に戻しますが、行くならば少なくとも十数名。使う少数精鋭はシルバさんとベンケさんの部隊、そしてシルバさんの連れている子供達がいいでしょう」 スキームの提案はかなり予想外のものだった。 シルバに賛同したのかと思ったが、その内容はベンケどころかベンケの部隊や子供達まで連れて行くという突拍子も無いものだ。 これには当然シルバがもう反論した。 「何を考えているんだ!? それではこの島が攻め込まれた時は……」 「お忘れですか? この島は別名"要塞島"。難攻不落が故に名付けられた名誉ある二つ名です。島民にも屈強な兵士は沢山おりますし、まだこの島は住人全員で本島ないしは王宮のある場所まで逃げてしまえばそもそも追ってくることさえキツイという自然の防壁があります。安心して全ての元凶を叩きに行ってください」 「そんなことを言って某から監視の目を逸らすつもりだろう?」 「正直世界の命運が掛かっている状況で島の内情をどうこうしようと考える者は大馬鹿ですよ。貴方方が竜の軍勢をどうにかしてくれなければより良くなった魚の島をお見せできないでしょう? 必要な物資はいくらでも持って行ってください。さっさと戻ってきてもらわないと人手が足りないせいで工期が遅れてしまいます」 スキームは淡々とそう語るが、語る内に二人から背中を向けてしまう。 分かりやすい照れ隠しだが、シルバとベンケは二人して顔を見合わせてからしっかりと頷いた。 「恩に着るぞスキーム殿」 「着せた恩は後で労働力としてお返しください。……ですので必ず帰ってきてください」 「当然だ。この島の観光案内。頼んだぞ」 そう言ってシルバ達はすぐに港へと駆け出し、ベンケは逆に自分の部下達に声を掛けて回った。 スキームの立てた作戦の詳細はこう言うものだ。 まず中規模の船を作成し、必要最小限の人数のみを乗せて竜の島へと向かう。 もしも外洋で交戦する事となった場合を想定し、小型の避難船を幾つか括りつけておき、泳げない者はその船に乗り、ベンケの部下達がその船を引いて一気に竜の島へと逃げ込む算段だ。 船の規模が小さいため攻撃される可能性も多少は下がっているため、どちらにしろ本島へと辿り着いたら船はすぐにシルバの能力を利用して解体。 可能であれば海岸に横穴を作成してそこに拠点を築き、子供達はそこで待機、シルバはベンケ達と協力して軍本部へ奇襲、そしてヒドウを捕縛し降伏させるというものだ。 こうなればシルバ達の攻撃の間に島を攻撃されても子供達は安全なため探し回る時間が必要となるが、そこもシルバの技術があれば探し出すことも不可能なレベルになるだろう。 「戦力差が大きいのに真正面からぶつかっても意味はありません。数が無ければ趣向を変えてゆくしかありません。次は我々が取った作戦をあなた達が実践する番です」 経験者は語るとでも言わんばかりにスキームは作戦を説明し、仕事があると言って去っていった。 すぐさまシルバは停泊していた船をくまなく観察してゆき、一応それらしい形状のコンパクトな船を生成してみせた。 海にも浮かんでおり、しっかりと動く事を確認してからすぐさま子供達とベンケ達を呼び集めてゆく。 「そういやその船は蒸気船にしなくてよかったのか?」 「あー……正直構造がよく分からなかった。バラしていいなら分かるかもしれないがそういうわけにはいかんだろう?」 「そりゃあ困る」 シルバが作り上げたのはざっと見で作った帆船である。 蒸気船には普通帆は無いのだが、岩の島からの燃料供給が減っている今、帆船としての運用も多かったため汽帆船とも違う世にも珍しい蒸気機関帆船が交易の基本的な船となっていたのだ。 そのため蒸気機関の構造は複雑であるため、見様見真似で付けられる代物ではないので帆船としての生成となった。 「すっごいすっごい! 遂に自分達の船だ!」 「ヤベー!! シルバ! 今度これの作り方教えてくれ!!」 その船を見た子供達の反応は皆とても嬉しそうだった。 だが、今度ばかりはシルバは少し厳しい反応をしてみせた。 「悪いが遊びじゃない。これから行くのは敵の本拠地だ。はしゃいでいるようならとてもじゃないが乗せられない」 「分かってるよ! でもさ、そんな張り詰めた顔じゃシルバは絶対に失敗するよ?」 「事と次第だ。もう今は余裕もない。気を抜く暇など無いんだ」 「シルバ様はそうは言わなかった。『どんな時でも冷静にいるために、必ず心に余裕を持て』そう言ってたのが本当のシルバなんだよ」 アカラに言い返され、シルバは表情には出さなかったが内心驚いていた。 自分のミスが原因でこの島や子供達を危険に晒し、更には後戻りできない最悪の状況にしてしまった事に対して物凄く焦りと危機感を覚えていた。 まるでアカラの語る昔の自分が今の自分を見透かしていたかのように言葉を投げかけてくるお陰で、今の自分にどれほど余裕がなくなっているのかがよく分かってしまう。 子供達にはそれぞれが歩んできた人生があるだろう。 だがそれでも子供達に何処か大人びた所があるのはその余裕のおかげなのかもしれない。 そう思うと自然と変わらねばならないと思えた。 「そうだな。折角の俺が作った豪華客船だ。皆楽しんでくれ」 「豪華ぁ? 質素の間違いだろ!」 「なら美味しい御馳走をくれてやろう」 「御馳走"は"豪華になるんだ! やったー!」 「"は"じゃない! "も"だ!」 シルバはそう言って極めて明るく振舞ってみせた。 自分の昔の明るさというものをイメージしながらではなく、チャミならばこうしただろうと考え、あの時自分が出来なかったことをやろうと考えてそう振舞った。 子供達と一緒に楽しそうにしているシルバを見て、乗り込もうとしていた兵士達は少々驚いていたが、逆にそれが他の兵士達の無駄に力んでいた方の力を抜いてくれたのかもしれない。 「子供達にとっては折角の船旅だ。見事楽しいものにしてみせようぞ!」 ベンケはそう言うと舵を取り、水中にいる人達から押し出されて魚の島を後にした。 洞窟を出ると帆を張り、満帆の風を受けて航路を竜の島へと取る。 世界の命運を賭けた船出は賑やかな声と共に始まった。 ---- 船を出してから数時間ほど、現状大きな問題も無く順調に進んでいた。 良い海風が吹いており、予定通りに進んでいればもう間もなく竜の島が見えてくるはずだろう。 だがそれから一時間ほど経ったが、今だ島が見えてくる気配はない。 「航路を間違ったか?」 「いや、進路は間違っていない。そもそも船乗りに教えてもらったおおよその時間は貨物船での話だ。この船はそもそも規模が違う。時間が掛かるのは当然といったところだな」 少々不安になってきたシルバがベンケに聞いたが、ベンケの方が乗り慣れているのか落ち着いた調子でそう答える。 というもの元々は海難救助等も請け負っていたのがベンケの所属していた部隊だったため、船の操縦は久し振りではあるものの慣れたものなのだという。 多少の時間間隔のずれを気にしつつも船はまっすぐ進んでゆき、そして日が暮れた。 シルバ達としては初めての船上での一日となる。 「どうしたベンケ。寝ないのか?」 「その事だが、可能ならば夜の内に接岸したい。子供達や船を隠すのであれば都合が良い」 「確かにな。だがあの調子だ。じっとしているとは言わんだろう。あの子達には確かに危なっかしい所も多いが、同時に俺はその柔軟さや芯の強さに何度も救われてきた。……俺も今ならば共にあの島を調べる方法を考えたいと思っている」 「ほう。船を出す前はあれほど連れて行く事さえ渋っていたというのにか」 「……もう一人、旅を共にしていた仲間がいた。彼女はどんな時も子供達を守りながら情報という武器で戦っていたんだ。俺にはそれを真似することは出来ないが、だがその意思を継ぐことは出来る。もうこれ以上誰かが苦しむ姿を見たくない。そのために……俺はこの争いを終わらせる。何となくそのためには子供達の力を借りなきゃいけない気がしてな」 「直感、という奴だな。大切にしておいた方がいい。得てしてそいつは経験から来るものだからな」 暗い夜闇を風切りながら、シルバ達はそんな会話をした。 それと共にベンケから少々古くはなるものの、島の概要を聞いておくことにした。 竜の島は程良く広い土地に森や切り立った山、海岸など様々な顔を併せ持つ島だという。 丁度今向かっている方角ならば崖の方に接岸できる可能性が高いため、潜入するのであれば都合が良いそうだ。 島民は名の通りドラゴンタイプのポケモンが多いが、同時に空を飛ぶことを得意とするポケモンやトカゲのような見た目のポケモンも少なくはない。 しかしそれが原因なのかそれとも全く別の要因なのかは分からないが、ベンケが幼い頃から島民達の関係性は険悪だったのだという。 ドラゴン、非ドラゴンで派閥が生まれ、島民は完全に住む場所を二分して暮らしており、それなのにも拘らずしばしばいざこざが発生していたのだという。 ベンケはタツベイやコモルーだった頃はよく非ドラゴンの村の子供達と楽しく遊んでいたのに、彼がボーマンダに進化してからというものは一緒に遊んでいた子供達にまで避けられるようになっていった。 そんな現状に違和感を覚えていたベンケは、その頃設立されたばかりだった竜の島の治安維持部隊に入隊し、少しでもその蟠りを緩和できればと奔走していたのだという。 「だが、結果は見ての通り。関係は良くなる所か悪化する一方。それどころか治安維持部隊だった竜の軍はヒドウに乗っ取られ侵攻部隊になる体たらく。この島に秩序をもたらすよりも先に他の島が滅ぶ。某はそう思い魚の島へ馳せ参じ、竜の軍、牽いては竜の島そのものと袂を分けた」 「その根底は一体何になるのか……聞いている限りでは分からんな」 「左様。生まれ育った島なれど、あの異様な雰囲気だけは最後まで理解できなかった。……なればこそ、某からも頼みたい。あの島が抱えているあの異様な差別を、可能ならば取り除いて欲しい」 「善処はする。……だが保証は出来ない。竜の島が抱えている問題は今の所それだけではないからな」 シルバの返事を聞き、それでもベンケは感謝と謝罪を口にした。 それから暫くもしない内に暗い海の中にぼんやりと火の光が浮かぶ何かが目の前にあることが確認できた。 子供達を起こさないように兵士達を配置に付かせ、細心の注意を払いながら接岸し、島へと辿り着くことができた。 最悪の事態は免れたため一先ず皆安心したが、まだ気を抜く訳にはいかない。 本来ならば上陸可能な場所へ接岸する必要があるが、探し回っていては結局バレずに島まで辿り着けたのに本拠地に着いてから存在がバレてしまうことになる。 故にシルバ達は子供達を抱えてから空を飛べる者から順に崖の上の安全を確認してから乗り込んでゆき、飛べない者は彼等の補助を借りて上陸していった。 当然水棲系のポケモン達はここまで連れてきていないため、子供達や飛べないポケモンの上陸が完了すれば潜入成功となる。 最後にシルバは船の先端に触れてその船を消し去り、崖をよじ登って全員と合流した。 「すまぬシルバ殿。ちらと周りを見回したがどうも某の覚えている頃と随分景色が変わっている。とてもではないが記憶を頼りに行動するのは難しそうだ」 「構わん。どちらにしろ歩き回らないといけないからな。子供達を俺の髪束に押し込んでくれ」 「ん? 髪束に? 流石にそれだけで連れ歩くのは難しいのではないか?」 「過去に実績がある。眠っている子供達を連れ歩くならうってつけだ」 そう言って不思議そうな顔をするベンケの前で、次々と子供達がシルバの髪束の中へと消えていったのを見て心底目を丸くしていた。 今頃子供達はゆりかごにでも揺られている頃だろうが、シルバとベンケ、そして彼の部隊員十数名は静かに深い森の中を移動してゆく。 見つかるわけにはいかないため明かりを焚く訳にもいかず、月明かりだけを頼りに進んでゆくと、近くに村があるのか明かりが見えてきた。 「自分が先行して様子を見てきます。大丈夫そうなら一度その村に入りましょう」 部隊員の一人がそう言い、周囲を最大限警戒しながら村の様子を窺った。 しかしいくら夜遅くとはいえ、焚いている松明以外には歩哨の一人も立っていない。 その様子はあまりにも異様だった。 「とりあえず村に敵の気配はありません……が、正直不気味です。何処を見ても歩哨の一人も立っていませんし、偶々兵士が交代で居なくなっていたというわけでもなさそうです」 「崖側だから警戒していなかった。という事だろうか? そもそもどういう村かも分かっていない。どちらにしろ接触はやはり日が出てからだ」 警戒に警戒を重ね、一先ず近くに敵の気配が無かったことを確認してからシルバ達はその場所で一夜を明かすことにした。 翌朝、全員の疲れがそこそこ取れたため、今一度村に入ったが、日が昇っても村には人の気配が無かった。 「どうなっている? 何故人がいないのに松明だけは焚かれているんだ?」 「あまり得策ではないですが屋内を見てみましょう」 兵士の一人がそう言って屋内を確認し、手にしていた武器をその場に落とした。 伏兵の可能性を考え、シルバ達は臨戦態勢を整えたが、特にその兵士は刺されたわけでもなくただ腰を抜かしただけのようだ。 「そんな……こんな惨い事を……!」 腰を抜かした兵士は怯えたような目でその先の光景を呟く。 その兵士の後ろからシルバもその家の中を覗き込んだが、それは凄惨という言葉以外では表現のしようが無いほどの光景が広がっていた。 幾つもの死体が転がっており、その全てが酷い外傷で損傷したのか部屋や檻のあちこちに新しい物から古い物まで血痕を無数に描いている。 傷口も同様に腐敗が始まっている者までおり、光景に目を奪われがちだがその腐敗臭も凄まじい状態だ。 他の建物を開いてもほとんど全てが同じ様相であり、幾つかの建物にはまだ生きている状態の住民だったものが鎖に縛り付けられて檻に入っていた。 だが生きているだけと呼んだ方が相応しいだろう。 虚空を見つめたまま涎を垂らす者や、シルバ達を見た途端に全身を檻に打ち付けて暴れる者、自力で引き千切ったのか、千切れた腕から落ちる血を見つめながら事切れている者……。 それを見ただけでシルバには一体何がその村で行われていたのかが容易に分かった。 「村一つをブースト薬の試験場にしたのか……!」 シルバも思わずその様子を見て怒りを顕にして声に出した。 そこにあるのはベンケが語っていたような島民を守る姿ではなく、島民すらも利用して更に巨大に膨れ上がろうとしている竜の軍の痛ましい痕跡しかなかったからだろう。 そして同時にブースト薬の影響で変わってしまったアギトとレイドの姿を思い出し、目の前の死体の数々がどんな目に遭ったのかなど想像すらできない。 いくら戦い慣れた兵士達と謂えど、その光景には耐えられない者も多く、物陰で吐き戻す者まで現れたほどだった。 唯一の救いは子供達がまだ目を覚ます前だったことぐらいだろう。 これ以上この場で得られる情報も無ければ、今の彼等を救う方法も存在しない以上長居は無用なため、周囲に警戒しながら移動しようとした矢先、近付いてくる者の気配を感じて皆近くの建物の物陰に隠れた。 「いるのは分かっている。この島の現状を目にしたようだな。シルバ」 「ドラゴか。今ならお前が石板を求めた理由がよく分かる」 そこにいたのはドラゴだった。 後ろにも誰もおらず、特に殺気立っている気配も無かったため、シルバは迷わずドラゴに話し掛けた。 「ドラゴ……すまない。まさかこのような事態になっているとは……」 「ベンケさんか、懐かしい人に会えたということは、俺もそろそろ潮時なんだろうな」 「縁起でもない事を言うな! 某はこの島を救いに戻ってきたのだ。一度は袂を分かった者が言うのもどうかと思うかもしれんが、この島を救いたい気持ちに偽りはない!」 「それなら尚更あなたは戻ってくるべきじゃなかった。今の竜の島は事実上ヒドウが支配する地獄だ。自由に出来る者はヒドウの忠実な部下だけで、俺のような反抗的な奴等は皆家族や友人を人質に取られ、いつこの実験の被検体にされるかも分からないまま操り人形になるしかない……。だが俺も同罪だ。家族を守るために俺は関係の無い者達を既に数えきれないほどこの手にかけてきた。もう今更俺一人が良い思いをするつもりもない。シルバ、俺を好きに使え。そしてこの地獄を終わらせてくれ」 そう語るドラゴの目にはもう光が宿っていなかった。 闘いの日々といつ来るか分からない大切な者を失う恐怖で精神が擦り切れ、獣の島で出会った頃の威厳は消え失せている。 まるで亡霊のようなドラゴの姿を見て、シルバは奥歯を噛み締めた。 『浅はかだった……! 竜の島の住人達の現状を、竜の軍のやり方を甘く見過ぎていた……!』 歯痒い思いが沸き上がり、シルバの拳に自然と力を込めさせる。 島々へ攻撃する竜の島はてっきり島全体が世界の支配者にでもなっているものだとシルバ自身も思っていた。 しかしドラゴから聞いた実状は凄惨極まりない物だ。 既に島民の四割はヒドウ率いる新生竜の軍の配下となっており、己の本能の赴くままに戦う者がその中の三割を占めている。 残りの一割は今だ捕らえられている自身の家族や友人などの近しい存在を人質に取られ、彼等の身の安全の代わりに戦わされている者だ。 そして島民の六割、要するに竜の軍に所属していない者は全て元島々にあった村だった場所に収容されており、現状は収容所兼実験場として使われている。 だがそれはあくまでドラゴが今の竜の軍に加盟させられた時の話であり、ドラゴを含めた一割の軍人と関わりの無いポケモン達から次々と実験に使われている以上、今はもう島民がどれほど残っているのかも予想がつかない。 「すまないドラゴ。俺がもっと早くに行動していれば……!」 「気に病むな。どちらにしろ俺達は昔からそうやって互いに攻撃し合っていた。その報いだと思えば当然でもある。それに今のシルバを久し振りに見れて少し安心した。お前は覚えていないかもしれないが、俺のこの目がお前に潰された時、俺は家族を守るために必死だった。家族を守るために他人の命を平気で奪おうとした俺をお前は最後まで諭そうとしてくれたんだ。結局それでも俺は止まることができず、結果不慮の事故のような形でお前の爪が俺の目を抉る形になり俺は光を失ったが……おかげで大切な物は思い出せた。だからこそ俺はこの傷を戒めにしていた。お前に恨みも無ければ怒りも無い。寧ろ感謝すらしていた。そんな偉大なる護り神と呼ばれていた時のお前と同じ表情を、今のお前はしている。だからこそ頼みたい。結果としてこの島を滅ぼすことになったとしても構わない。ヒドウと奴に与する者達を止めてくれ。あいつらは既に災禍と同じになっている。欲望の赴くままに何もかもを貪り、最後には全てを破壊し尽くすだろう。それだけは阻止しなければならない」 「分かった。だが、出来る事なら俺も救いたい。殺すためではなく、救うために俺に力を貸してくれ」 シルバはそう言ってドラゴの手を取り、力強く握りしめた。 それがドラゴの救いになったのかどうかは定かではないが、それでも微かにドラゴの目に光が戻ったような気がした。 「分かった。協力しよう。だが一つ先に警告しておきたい事がある」 「なんだ?」 「俺がここに来たのはカゲと名乗ったお前によく似た別の誰かに居場所を教えられたからだ。だが奴はヒドウの元にも度々姿を現していると聞いている。気を付けろ。お前達がこの島に辿り着いている事はもうヒドウ達に勘付かれているかもしれん」 シルバとしてはカゲの名前が出てきた事はあまり以外ではなかった。 神出鬼没にして時折シルバの元へ現れては一言二言話して消える。 そんなよく分からない存在ならば、敵と関与していたとしても何ら不思議ではない。 だがかといって直接的に危害を加えるような素振りも無いため、シルバとしては敵という認識ではなかった。 「そいつなら俺の所にも表れているから気にする必要はないだろう。だが勘付かれている可能性があるなら尚更早く動くべきだな。ここからは時間との勝負だ。ドラゴ、何処かに子供達を安全に匿える場所はないか?」 「……だったら収容所だろう。俺の妻と息子もそこにいる。あの収容所にいる限りは手出しされる可能性の方が遥かに低い。だがもしも今の俺達の行動がバレれば一巻の終わりだ」 「どちらにしろバレていれば危険であることに変わりはない。それよりも場所を知っているのか? なら何故囚われている家族を助けない?」 「助ければ他の誰かが犠牲になる。かといって全員を助けるには人数が多過ぎる。生きていることも見せつけられて、同時に助け出せない事も理解させる。実に合理的だ」 ドラゴはそう言い、どうするのかをシルバに訊ね直した。 確かにドラゴの言う通り、この島で戦う力を持たない子供達を匿うにはうってつけの場所だろう。 だが同時に必ず攻撃されない保証も無い上に、攻撃された場合には逃げることも叶わない諸刃の刃だ。 それでもシルバはドラゴを信じ、その提案に乗ることにした。 ドラゴの先導の下、シルバ達は収容所として利用されている村へと向かい、一番バレにくいであろう草むらにシルバ達の身を潜めさせ、ドラゴだけが先行して様子を確認しに行った。 「大丈夫だ。来い。見張りの兵士達にも事情は話している」 「見張りまで任せきりだというのか!?」 「ここだけじゃない。他にも幾つか収容所用の村があって一つでも逃げ出したことがバレれば連帯責任。その上自分の家族のいる村は見張りをさせてもらえない。互いに監視し合っているようなもんだ。だからこそこいつらには俺とお前らに賭けてもらった」 「いいのか? 下手をすれば皆殺しになるかもしれないぞ?」 「はっきり言ってもう限界なんです……。誰かを殺しに行くのも同じ村にいた奴等が実験台にされていくのも……。だからこそあなたに賭けるしかないんです。家族のためにお願いします……!」 最初のドラゴがそうだったように見張りについていた兵士達も随分と疲れ切った表情をしていた。 その様子を見てただただベンケは驚いていたが、ドラゴ達は既に意を決している様子を見る限り、これほどの限界状態がずっと続いているのだろう。 もう切欠が無ければ動き出せないほどに彼等の精神は擦り減らされており、抵抗する気力などとうの昔に失われてしまっている。 「分かった。この子達を頼む」 「任せてくれ。命に代えてでも護り通してみせる」 「やだよ」 シルバは髪束からアカラを引っ張り出し、兵士に引き渡そうとしたが、何時から起きていたのかアカラがスッと目を開いて返事をした。 それを皮切りにするようにシルバの髪束から子供達がするすると自分から出てきて、兵士とシルバの間に並ぶ。 「いつから聞いていた?」 「前の村にいた時ぐらい。それよりもシルバ。また無茶をするつもりでしょ?」 「無茶はしない。決着を付けて来るだけだ」 「そう言って魚の島では動けなくなっていたじゃないですか。私達みんなで話し合ったんです。私達に出来る戦い方で戦って、少しでもシルバさんに無茶をさせないと」 「大丈夫だ。今回は俺だけじゃない。ベンケやドラゴ達もいる。この悲しみの連鎖を止めるために戦いに行くだけだ。それにこればかりはお前達では戦えない。少しだけここで待っていてくれ」 アカラとツチカが口々に戦えると言葉を返し、ヤブキ、アイン、コイズの三人がそうだそうだと賛同している。 前回はアカラ達の活躍のお陰で魚の島の最終決戦を制することができたが、今回ばかりはそういうわけにはいかない。 相手は初めから殺すことを楽しんでいるような者達であるため、スキームのように誰も怪我をしないような戦いを仕掛けてくる事はない。 とてもではないが子供達が敵うような相手ではないため、シルバとしても大人しく待っていてもらいたかった。 「皆、今回だけは分かってくれ。前回のような奇跡は起きない。大人しく待っていてくれ」 「シルバ勘違いしてるだろ? オレ達は何も大人と正面切って戦うなんて言ってないからな!」 「不意打ちだとか知恵だとか、そういうのが効くような相手ではないんだ」 「だから! みんなが言ってるのはそう言うことじゃないんだよ!」 「? どういう意味だ?」 「俺達を信頼しろってことだよ! 何にも言わずに自分達だけでどうにかしようなんて考えないでくれよ! 俺達なりの戦い方を考えたって言っただろ?」 ヤブキとアインとコイズが次々に言葉を続けてゆく。 子供達の言う信頼、そしてその戦い方というものの意味がよく分からずシルバは素直に聞いていたが、その答えは至って単純だった。 「シルバが僕達の事を気にしなくていいように出来ること。それはこの収容所の人達を元気付けてあげること!」 「そんで上手く皆が元気付いたらシルバの手助けをしてくれるだろ? 要するに皆の気力を取り戻してやろうって考えだ!」 アカラとコイズの言葉を聞いてシルバだけではなく、その場にいた者達皆がハッと気付かされていた。 今動ける者が戦って取り戻す。 そういう風にしか考えていなかったシルバ達にとって子供達のその考え方は、正に盲点だっただろう。 確かに子供達は力で抵抗しているわけではないが、だからこそ力の無い者達が出来る戦い方でもある。 結託し、少しでもシルバ達の負担を減らせるように戦える者は協力し、戦えない者達は皆で助け合って不安要素を無くす。 今一度全員が協力してヒドウに立ち向かう。 それが意味する危険性も子供達は当然承知の上で言っている事はシルバにも理解できた。 出来る事ならばそれもシルバは『駄目だ』と言いたかっただろう。 「分かった。この収容所の人達を頼んだぞ」 そう言ってシルバはアカラ達を兵士に託した。 シルバの言葉は気遣っての嘘ではない。 その姿に何処かチャミのような信頼できるものを感じたからだ。 子供達はそのまま収容所の一室、ドラゴの妻と息子が閉じ込められている檻へと入れられた。 施錠こそはしているものの、兵士達に声を掛ければいつでも開錠はしてもらえる。 信頼はしているものの、シルバは兵士に耳打ちし、もしもの場合はこの収容所の人達が逃げられるように手引きしてほしいとお願いした。 「約束は出来ませんよ。ベインが来たら俺達ではもう歯が立たない。それにあいつらは絶対に俺達ではなく、俺達の家族に攻撃する。ギリギリまで粘るつもりですが、最悪の結果も想定しておいてください」 「だったらそれよりも先に全部終わらせるまでだ。子供達が元気付けると言ったのならやってくれる。だからお前達も希望を持て」 そう言って監視役の兵士達と別れ、ドラゴと共に竜の軍の本部方面へと進んでいった。 道中も兵士に出会うような事はなかったが、やはり竜の軍本部だけはそうはいかなかった。 各所に兵士が巡回しており、遠目で見える距離からでしか確認することもできないが、それだけでも兵士の数は軽く百を超えている。 「正面突破は当然ながら不可能だな」 「可能だったとしても俺なら避けるように言う。上手く適合したブースト兵が何名か配置されていた筈だから、かなりの痛手を負うことになる」 「そもそも我々は少数だ。狙うのならば奇襲に限る。混乱に乗じて本丸を叩く以外に我々に勝ち目はない」 状況を監視しながらシルバ、ドラゴ、ベンケの三人は作戦を立ててゆくが、作戦は奇襲以外には考えられないため、どのようにして奇襲を仕掛けるかの算段になる。 とはいえその奇襲もかなり厳しい。 ぐるりと周囲を確認したが、何処を見ても兵士が配置されており、ヒドウ直属の部下というだけあって士気も高い。 非常に注意深く周囲を警戒しており、気を抜く気配が無い所からシルバ達が潜入したことも既にバレているだろう。 そのためか裏手側にまできっちりと兵士が配置されており、正に難攻不落の城となっているのだ。 「某の兵団を全て囮に使い、その隙にシルバ殿とドラゴ殿は裏側より侵入。これが最も妥当だろう」 「駄目だ。損害が多過ぎる。それにドラゴの言う通りブースト兵が潜伏しているのであれば囮なんぞすぐに壊滅させられる」 「そのブースト兵というのはそれほどに危険な代物なのか?」 「危険なんてものではない。恐怖も限界も知らない戦闘のためだけに生み出された化物だ。例え死んだとしても最後の瞬間まで喉笛に噛み付こうとするだろう」 ブースト兵の存在を知らないベンケにドラゴとシルバが説明したが、それを聞いただけでベンケもその異常性を理解してくれた。 いくらベンケが腕が立つとはいえ、彼の部下達もベンケと同等の強さを持っているわけではない。 そもそも力比べをしようものなら物量で勝るヒドウ達に分がある。 ならばと全員で裏手から特攻を仕掛けようにも、その裏手には見覚えのあるベインの姿があった。 そのせいもあり裏手まで回った時点で不用意に動く事が出来なくなり、なんとか打開する方法を考えることになるが、こればかりは誰も良い手が思いつかなかった。 正に八方塞がり。 そこでシルバは今の状況ではなく、自身のこれまでの取り戻した記憶と幻影を実体化させる能力から何か打開する方法を編み出すことは出来ないかと意識を集中させた。 ---- 時を同じくして収容所内、子供達は元気に周囲の女性や子供達に声を掛けていた。 「初めまして! アカラだよ!」 「アカラ? あなたがレイドが言っていた子供なの?」 その檻の中にいたドラゴの妻、同じくリザードンのイヴァンがアカラの言葉に反応した。 どうやらレイドが岩の島へと向かう直前、イヴァン達にこの島を目指し旅しているシルバ達の事を話して聞かせていたらしい。 「レイドさんは元気かしら? 最近は全く顔を見せてくれないから心配で……」 「……うん! 岩の島で出会った時に、岩の島を守ってくれるって約束したから暫く来れないと思うって!」 アカラはそう言って珍しく嘘を吐いた。 だが当然だろう。 レイドの名前を聞いた途端、他の檻に入れられている人達も顔を起こす程、ここの人達にとってレイドが生きているということは希望になっている。 いずれ真実を告げなければならない日が訪れるとは知っているものの、少なくとも今はその日ではないだろう。 「私はイヴァン。この子はシュイロン。レイドさんから聞いてた話なら、あなたがアカラちゃんね」 「そうだよ! よろしくねイヴァンさん。シュイロン」 「よろしく……」 イヴァンは可能な限り明るく振舞おうとしていたが、シュイロンと呼ばれたヒトカゲは見るからに元気が無かった。 だが元気が無いのも当然で、檻の中に入れられているポケモン達は皆痩せ衰えており、抵抗するだけの体力を残されていないのが分かる。 その中でも子供達は比較的元気ではあり、親達が子供のために食事を多く分けているのであろうことが想像できる。 「やっぱりみんな元気が無いね……よし! 僕がシルバと一緒に冒険してきた事を聞かせてあげる! だからみんなもシルバの事を信じて! 僕達が諦めなければみんなが戦えるんだ!」 そう言ってアカラはぴょんと立ち上がり、ツチカ達他の子供達と共にこれまでの冒険のお話を語り始めた。 ツチカがシルバの冒険譚として書き綴られたチャミの手帳を読んでナレーションをし、アカラがシルバの代わり、コイズが今までの敵として戦ってきたポケモン達の役をするという正に即席演劇のような物ができあがる。 ヤブキとアインは糸や石で小道具を作り、小さな檻の中はまるで劇場のようになっていた。 それはとても拙い物だったのかもしれない。 しかし子供達が演じるシルバの活躍と、これまでに救われてきた島々の物語はそこにいる人達にもう一度笑顔を取り戻すには十分過ぎた。 「……そうして僕達シルバとその仲間達は世界中を苦しめるヒドウの一党を成敗すべく、竜の島へとやって来たのです!」 何処と知れず拍手が聞こえてきて、それは次第に喝采の拍手へと変わってゆく。 静かだった部屋の中には笑顔と拍手が溢れ、外で見張っていた筈の兵士まで嬉しそうに手を叩いている。 「お父さんって……ずっと僕達のために戦ってくれてたんだ……」 「そうだよ。それに絶対に他の人達を無闇に傷付けようともしなかった。凄い人なんだ」 「僕もそうなりたい」 アカラ達の小さな演劇を見て、一番勇気を貰ったのはシュイロンだった。 何処か遠くを見つめて諦めていただけのシュイロンの表情には確かに強い意志が宿っていた。 「なれるよ! だってあのドラゴさんの息子なんでしょ? ドラゴさんはドラゴさんなりのやり方でみんなを元気付けてくれてたんだ! 一緒に皆を元気付けよう!」 そう言ってアカラは手を差し出した。 シュイロンはその手を迷わず掴み、しっかりと立ち上がる。 その様子を見て、また小さく拍手が沸いた。 「お母さん。僕もアカラちゃん達と一緒に行ってもいい?」 「ええ。今のあなたはお父さんみたいにとても頼もしいわ。だから、その勇気を他の人達にも分けてあげて」 イヴァンがそう言ったかと思うと、少しだけ身体を動かし、床板を剥がしてみせた。 そこには小さな通路があり、随分と長い距離が既にきちんと掘り抜かれているようだ。 「本当はもしもの時に子供達だけでも逃げられるようにと作ってもらった脱出用の通路だったのだけれど……。シュイロン、それにアカラちゃん達。みんなで他の村の人達も勇気付けてあげて。それに兵士さん達も。私達なら大丈夫。いつまでも助けて貰うのを待つのは終わりよ。あの人を、シルバさんを手伝いましょう!」 「そうね……。軍人の妻がしおらしくしてたんじゃ恰好がつかないもの。死ぬ覚悟ができているのなら立ち上がるべきよ!」 気が付けば檻の中にいた人々の目には光が戻っていた。 口々に自分を焚きつけ、今一度立ち上がる決意を固め、覗き込んでいた兵士に視線を送る。 「アンタ達、ヒドウの部下の兵士は近くにいるの?」 「い、いや……いないですけど、今の俺達では歯が立たないですよ!?」 「馬鹿言ってんじゃないよ! 子供達の言葉を聞いてなかったの? 私達には私達なりの戦い方があるでしょ! 男共の杞憂を取り除いてやる。それだけでアンタ達だって戦えるでしょう!? もしもの時のための避難所はある。そこで守りを固めるのよ!」 「そんなこと言ったって!」 「うじうじしない! 子供達は地下通路を使って一足先に他の村へ向かって。子供達がいなければ私達だって戦える。母の強さを思い知らせてやろうじゃないの! ほら! さっさと鍵開けなさい!」 そう言って兵士達に檻を開けさせ、子供達は全員アカラ達と共に地下通路を通って他の村へ彼女達の言葉を伝え、同時にアカラ達の演劇を見せて回ってほしいと伝えられた。 彼女達も口では強がって見せているが、明らかにその足取りはおぼつかず、やせ我慢をしているのは目に見えていた。 それでもシルバやドラゴ、ベンケ達が戻ってきてくれたことによって生まれたそのチャンスを逃すまいと必死なのだろう。 「分かった……! シュイロン、みんな! 他の村の人達を元気付けに行こう!」 それを承知の上でアカラは首を縦に振った。 アカラもその立ち上がる母達の姿に自分の両親の姿を重ねていたのだろう。 あの時の何もできなかった自分と決別するためにも、アカラ自身も覚悟を決め、地下通路へと潜り込んだ。 **17:それぞれの戦い [#WCuw4Tv] 子供達ならば全力で走れるぐらいの広さがある通路を、アカラ達とシュイロンや他の檻に閉じ込められていた子供達と共に駆け抜けてゆく。 シルバ達がヒドウ達と戦っている間に勘付かれる事無く全員を避難させ、残りの兵士達が心置きなく戦えるようにするためにはとにかく時間が無い。 そう分かっているからこそアカラ達は他の子供達から場所を聞き、近くの村から順に巡ってゆくと決めた。 閉じ込められていた人々も監視役にされていた兵士達の手を借りてすぐに他の村を目指し、移動を始める。 それは正に決死の逃避だったが、ドラゴの予想通りヒドウ達はシルバ達の潜入に気付いていた。 だからこそこのアカラ達の動きは予想外であり、警戒されていなかったからこそ決行することができたのだ。 「カゲ、あなたの報告通りシルバには動きがなさそうですね。一応感謝しておきます」 「シルバが他人の協力を受け入れたのは意外だったからな。こちらもそれなりの援護をしてやらなければつまらなくなってしまう」 「……やはりヒドウ様のためではないようですね。これ以上徒に戦況を乱すのであれば私があなたを処分しますのでそのつもりで」 「おお怖い怖い。それなら俺はまた傍観者に戻ろう。後はあんたの好きにすればいい」 木の枝に腰掛けたままカゲはベインとそんな会話をしていた。 ベインとしてはカゲの神出鬼没で何を考えているのか分からない行動が気に入らないのか、睨み付けるように視線を送りながら話す。 するとカゲは軽口を叩いたかと思うとフッと最初からなにもいなかったかのように木の上から消えた。 シルバの行動にいち早く気が付いたのはカゲだった。 彼からベインへ裏手の方へシルバが他数名の兵士と移動したことを伝えてくれたおかげで、ベインはすぐに兵士全員を本部へと招集して守りを固めることができ、同時にベイン自身が裏手側に回ることでシルバの位置を確認することができた。 既にベインもシルバの位置は把握できていたため総攻撃を仕掛けることもできたが、シルバに協力している者というのはベンケだろうと予想していたため、彼の強さを考えるならば攻めるよりも痺れを切らして動いたところを囲んで倒すのが確実だと踏んでいた。 シルバとベンケ、この脅威に対処するためには全戦力とブースト兵を投入してもかなりの痛手を負うことは覚悟するしかない。 それをしっかりと分かっていたからこそ、それ以外の警戒は怠っていた。 第十七話 それぞれの戦い 「初めまして! 僕はアカラ! シルバと一緒に皆を勇気付けにきたよ!」 子供達は地下通路から各村の床板の部分をコンコンと叩いて下から誰かが来たことを知らせては、他の村の収容されているポケモン達の檻の中へと入ってゆく。 当然他の村は事情を知らない状態であり、その床板が捲られるという事は子供だけでも逃がさなければならない最悪の事態の到来を告げているため、檻の中は恐ろしいほどに静まり返っていた。 そんな中でもアカラは決して笑顔を絶やさず、初めに披露してみせた通りにまた小さな演劇場を展開する。 獣の島を護っていたシルバが記憶も感情も失っても尚、世界を救うために一つずつ島を巡って行く物語。 石板を手に入れ、一つ記憶と感情を取り戻す度に人間味を帯びてゆき、そして同時に島で起きていた問題も解決してゆく。 アカラから見たシルバと竜の島から来ていた戦いたくなくても戦っていた人々とのシルバの交流を語り、ぶつかり合って分かり合って一つずつ歩を進めて来たことを分かりやすく、そしてとても楽しげに見せてゆく。 それはそのまま、この島へ来たシルバが竜の島を敵として裁きに来たのではなく、救いに来たのだと直感的に教えてくれる。 だからこそ竜の島で希望を見失っていた人々に今一度希望の炎を灯せたのだろう。 「こうしちゃいられないね。いつまでも腑抜けてたら旦那に合わせる顔が無い」 「逃げることも戦い、か。出来る事をやりましょうかしらね」 アカラ達がそうして一つずつ檻のある家を地下から巡り、皆に希望を与えて回る。 それはとても時間の掛かる事ではあったが、見た人達は一人残らず立ち上がってくれた。 「アカラちゃん。僕、竜の軍の方に行ってくる」 「駄目だよ!? 僕達が捕まったら折角みんなが立ち上がってるのに全部無駄になっちゃうよ!」 「分かってる。でも立ち上がってくれたお母さん達や他の大人達もみんなやつれちゃってる。このままだと前で戦っている人達を本当に安心させてあげられないんだ。だから兵糧庫にいって何か食料を取ってくる!」 「そんなこと言ったって! 捕まっちゃうよ!」 「大丈夫! この地下通路の地図は貰ってるんだ。これの通りだと兵糧庫の床にも繋がってるからこっそり取ってこれるよ」 「すごいすごい! それなら僕達は皆を元気付ける! シュイロンと他に力持ちな子達が食べ物を集めてきて皆をお腹一杯にしてあげよう!」 広げられた大きな地図の前でシュイロンやアカラ、他の子供達は次々に作戦を立てていった。 既に地下で動き回れる子供達の数はアカラ達だけだった頃から見ても数倍の人数に膨れ上がっており、手分けして行動するには十分過ぎる人数になっていた。 足が速い子供達は先にアカラ達の事を知らせに行き、アカラ達がまっすぐに迎えるように誘導する。 力持ちの子供達はシュイロンと共に食料を奪取しに行き、兵士や皆の親に食料を渡すことで少しでも戦力を回復。 年長の子供達はまだ幼い子供達を引き連れて先に合流地点となるこの地下通路の出口を目指して進んでゆく。 そうして役割を分担し、アカラ達は地下を走り回って何度も演劇を披露してゆく。 勿論走り回って演劇をして、とそんなことを続けていれば体力も消耗する。 それでもアカラ達は全力で走り回り、少しでも早く皆に声を届けられるように笑顔を絶やさないようにしていた。 「あった……! みんな、作戦通りに豆とお鍋を最初に持っていこう!」 「おー……!」 シュイロンを筆頭にした食料奪取班も兵糧庫の下へ辿り着き、チラッと周囲を確認したが敵兵の姿が無かったため、当初の予定通りに食料と調理器具を集めてゆく。 豆の袋から穴に通る分だけの小分けの袋にして次々と運び出してゆき、子供達でも持てるサイズの小さな鍋を次々に持っていく。 そして子供達よりも大きな袋を一つ空にすると、一度食料を脱出先に届けるために全員その場を後にし、シュイロン達も脱出地点を目指して歩いていった。 別行動をし始めてから一時間ほど、地下通路の先である脱出地点には既にシュイロンの母親や他の村から逃げ出してきた人々が到着しており、子供達の中にはほんの少しの時間だったが泣きながら再会を喜んでいた者達も沢山いた。 「お母さん! 豆と鍋を持ってきたよ! これでみんなにスープを作れる?」 「流石は私とお父さんの子ね。水タイプのポケモンはまだ何でもいいから水を出せる? 私が火を点けるから急いで食事の準備をするわよ!」 脱出地点となっていた場所は切り立った崖にぽっかりと開いた空間で、この場所への入り口はカモフラージュされているため知っている者以外では見つけることも困難な形状になっている。 この穴を掘ったポケモンによってこの場所は囚われていた人々には伝わっているため、合流地点としても避難場所としてもこれ以上うってつけの場所はないだろう。 とはいえ完璧ではない。 元々人質を監視していた兵士達は今度は外から敵が来ないか見張り、外からの敵に警戒し続けていた。 その間にも続々と逃げ出せた人質と兵士達が訪れ、そして兵士達とその家族が出会えることも多くなり始め、感動の再開を果たす者が多くなり始めていた。 「こうしちゃいられない。そのシルバという人とあのベンケさんやドラゴさんがヒドウに立ち向かっているんだ。俺達も加勢するぞ!」 「今日でこの島の支配を終わらせる! ヒドウを討ち倒せ!!」 再開を果たした者達から次第に士気が回復してゆき、打倒ヒドウの意識が高まってゆく。 「だったら食べていきなさい。私達もまだ倒れるわけにはいかないけれど、あなた達が倒れればまた多くの人が傷付く。いいえ、それだけではもう済まされないかもしれないわ。とにかく必ず生きて帰ってきなさい!」 出来上がったスープをイヴァンは誰よりも先に兵士達に振る舞っていた。 本当は彼女達の方が空腹だったはずなのに、戦いに赴く兵士達の前では毅然とした振る舞いを保っていた。 だからこそ兵士達は何の心配もなく前線に立つことができるのだろう。 そうして鍋を囲んでゆき、人質や子供達も久し振りに思う存分食事を楽しむことができた。 人質の殆どは女性だったが、流石はドラゴンタイプのポケモン達。 しっかりと食事を摂ったことである程度力が戻ったのか、見張りをしていた兵士達も追い出し、代わりに彼女達が槍を手に見張りを変わった。 「男共みたいに大立ち回りは出来ないかもしれないが、背中を気にさせないことぐらいは出来る。自分達の仕事をやってきな!」 そう言って送り出すイヴァンたちの姿は勇ましくも優しい戦士の母の姿だった。 もうそこに希望を瞳に宿していない者はいない。 シュイロン達や他に一度この場へ戻ってきた子供達は、この場所の現状を先行している子供達に伝え、少しでもアカラ達の負担が減ればと奔走し、腕に自身のある女性や老人は他のまだ人が囚われている場所を兵士達から聞いて自ら赴き、遂に島民全体が自ら行動を起こした。 「お母さん達が戦ってるんだ! 僕達だってまだ戦える!」 そう言ってシュイロン達は今一度竜の軍本部へと向かった。 今度は食料も目的ではあるが、同時に出来るならば武器も調達しようと考えたのだ。 しかし地下通路は食料庫までしか通じていないため、もしも武器を取りに行くとなれば竜の軍本部内を歩かなければならない。 それはあまりにも危険すぎるため、当然シュイロンも大人達には相談していなかった。 だが食料庫への侵入、そして食料の奪取に成功してしまったためにシュイロンは間違った自信を持ってしまっていた。 『僕もお父さんやお母さんのように戦える』 その思いがシュイロンの気持ちを逸らせ、子供達だけでの相談の下、作戦を決行しようと多くの子供達を集めて竜の軍本部下、食料庫直下の位置に集まっていた。 「ねえ……本当に大丈夫なの?」 「大丈夫だって! 食料庫に入ったのもバレなかったんだから、ちゃんと静かに周りに警戒しながら行動すればバレないよ!」 「でも武器庫って何処にあるの?」 「前にお父さんに連れてきてもらった事があるから大体の場所は覚えてる! サッと行って武器を取ったらすぐに戻ってくる! いくよ?」 不安そうな子供達にシュイロンは言い聞かせ、そしてそっと食料庫の床板を開けた。 初めにシュイロン達が潜入した時と同じく食料庫内は特に変わりなく、しんと静まり返っている。 一人ずつ食料庫内へと静かに入っていき、まずは当初の目的である食料の運び出しを行う。 シュイロンについてきた子供達の数は一回目の二倍ほどになっているため、持ち出せる食糧も豆だけではなく木の実や干し肉、葡萄酒や水等も次々に渡して持ち出させてゆく。 そして必要なだけの量を持ち出し終わると、シュイロンは年長の子供達数名とその場に残り、食料を運ぶ子供達を先に避難場所まで戻させた。 壁に耳を当てて壁の向こう側の音を探り、ドアの隙間から向こう側の様子を窺って、ゆっくりと食料庫のドアを開いた。 通路内にも人影は無く、皆シルバのと睨み合いが続いていたため外壁側に移動していたことが功を奏していた。 「よし、行くぞ……!」 そう言ってシュイロンと他の数名は廊下内を静かに駆けてゆき、残り数名の子供はもしもの時のために食料庫内でシュイロン達の帰還を待つ。 ドラゴと一度訪れた際の記憶を頼りにシュイロンは廊下内を進んでゆき、そして見事武器庫まで辿り着いた。 武器庫の扉を開き、そっと中へと侵入したシュイロン達は大小様々ある武器の中から自分達でも持ち運べる小振りのナイフや盾を手にして、最初に宣言した通りにサッと武器庫を後にした。 「ん? なんだあれ?」 「マズい! みんな走れ!!」 「うおっ!? あ! あいつ等人質のガキ共じゃねぇか!! 待ちやがれ!!」 装備を手にして武器庫を後にしようとしたその時、偶々通りかかった兵士にシュイロン達が見つかってしまった。 最初は子供達の小ささから状況がよく理解できていなかったが、シュイロンの声で駆け出した姿を見て事態に気付き、すぐさまその兵士はシュイロン達を追いかけた。 距離は十分にあったものの、子供達の足ではすぐに距離を詰められてゆき、あっという間に追いつかれてしまった。 「このガキ共! 嘗めた真似しやがって!」 「僕が相手だ! 皆は早く逃げて!」 「はぁーん? そんなナイフで俺に勝つつもりか?」 皆を逃がすためにシュイロンは手にしていたナイフを構えて振り返り、追いかけてきていたオノノクス相手にそう言い放った。 オノノクスはシュイロンの事を完全に嘗めきった態度で見下ろしていたがそれもそうだろう。 ほぼ丸腰のシュイロンに対してオノノクスの方は完全武装しており、更に言えば体格も倍以上の差がある。 どう頑張っても勝ち目はないが、シュイロンもそれは理解していた。 それでも立ち向かった理由はただ他の子供達を逃がすためだけではなく、自分が言い出したからその責任を感じているためだけでもなく、子供達が逃げた先にある逃走用の地下通路の存在がばれる事を避けるためにここで足止めしたのだ。 ナイフを構え、如何にもナイフで応戦しようと見せかけ、シュイロン自身も逃げる算段は立てていた。 「とりゃ!」 「ほらほら頑張りなチビ。当たってないぞ?」 オノノクスも拙いナイフ捌きをただ躱すだけで反撃する気配はなく、シュイロンが立ち止まり立ち向かってきた事で他の子供の事などどうでもよくなり、ただシュイロンを弄んで遊びたくなっただけだ。 だからこそシュイロンはその隙を見計らってナイフを顔目掛けて投げた後、オノノクスの足元へ向けてひのこを吐いた。 「残念! ……って熱っつ! 熱っっつ!!」 「喰らえっ!」 意表を突いたひのこでオノノクスを驚かせ、慌てているその隙にシュイロンは煙幕を吐き出して周囲の視界を遮った。 「うおっ!? 見えねぇ!?」 混乱している隙にシュイロンはオノノクスの脇を走り抜けて、別の場所へと走って逃げた。 当然場内の詳細な構造などシュイロンは知らない。 そのため別方向へ逃げた所でどうしようもないのだが、時間を稼ぐには十分だ。 だからこそ一分一秒でも逃げ回り、他の子供達が逃げ切ってくれることを祈るばかりだったが。 「あんまり大人を嘗めるなよ? クソガキ」 煙幕で巻いたはずのオノノクスの表情は先程までのにやけ面とは変わっており、完全に隙が見当たらなくなっていた。 ---- その頃、シルバ達は茂みから顔を出すことすらままならない状況が続いていた。 既に情報が洩れているせいでベインがこちらを監視しており、仕掛けてくる気配も無い。 かといって行動を起こそうにもここから更に部隊の動きを二つに分ければ各個撃破される危険性も大きい。 「シルバさんもう悠長にはしていられませんよ!」 「慌てるな。あの感じ、ベインはもう気が付いている。それでいてあいつの性格上、動きを見せないのはこちらが動いて罠に嵌るのを待っているという事だ」 「ならどうするんですか!? それこそこのまま睨み合っていたって何も変わらないですよ!」 「可能性があるとすれば夜だ。俺とベンケさんで囮になって、その隙にシルバが本部に突っ込むしかない。少数ならば闇に紛れて動くのは得策だ。ベンケさん、部下を半数貸してくれ」 「駄目だ。ベインは相手の裏をかくのが上手い。こちらが思い付く普通の作戦はまず通用しないと考えた方がいい」 ベンケの部下やドラゴが作戦を提案してもシルバはその全てに対して首を縦には振らず、ただ時間だけを浪費していた。 当然これにはベンケやドラゴが黙っておらず、流石にこの状況になって急にシルバが保守的になったことに気付いた。 「何を今更迷っている!? 迷えば迷う程多くの者が犠牲になる。お主の言う通り魚の島への攻撃が再開されるやもしれぬのだぞ!?」 「分かっている!! 分かっているんだ……。だがどう動いても必ず誰かが犠牲になる! それをどうにかする選択肢が……俺には無いんだ」 「今更そんな生易しい事を言っている場合か!? 俺もベンケさんも部下達も! この島にいる住人全員がもう死を覚悟の上で戦っている! 今更誰かを亡くすのが惜しいとでも言うのか!?」 「殺す必要が無いのなら殺さない! 死なせる必要が無いのなら死なせない! 俺はただそんな当たり前の事を言っているだけだ!」 「今お前が言っただろう!? もう無いんだ! 十分過ぎるほどの罪をこの島は重ねてきた! 誰かの犠牲無くして今一度平穏が訪れるなど思ってはいない! お前がやれないというのなら俺達が自分の意志で反乱を起こすまでだ!」 シルバの迷いに対してドラゴとベンケは烈火の如く怒りをぶつけた。 彼等も当然シルバの言う無血開城を望んでいないと言えば嘘になる。 だが相手にはそう言った甘さや手加減を加えた上で勝てるような相手ではないと分かっているベインがいて、しかもお互いに手の内がバレているような状態である以上、作戦はほとんど意味を成さない。 ドラゴ達の言う通り、もう血の一滴も流さずにヒドウを止めることも逃げることも叶わない状況になっている。 だからこそシルバの言う言葉はもう理想論でもなく、ただの現実逃避でしかない。 「所詮お前は部外者で、そこにいる奴等はこの島で生きている当事者。お前の覚悟は自分の手を汚さずに叶えられる理想でなければ諦められる程度ということだ」 今にも殴りかかりそうなベンケとドラゴの更に後ろから、カゲの声が聞こえてきた。 その瞬間ベンケ達はすぐさま臨戦態勢を取ったが、その声の方向にカゲの姿はなかった。 「別に俺はあんた達に喧嘩を売りに来たわけじゃない。シルバ、俺はお前に問いかけているだけだ。選べ、もうすぐここにこの島を本気で救いたいと考えている奴等が大挙する。その時にお前はまだ手を汚すまいと理想を語るのか? それとも……その手を汚してでもお前はこの島で生きている彼等の想いを汲み取ってやるのか? どちらを選んでもお前は必ず後悔する。だとしても……道は選ばなければならない。情報と選択肢は与えた。後はお前が考えろ」 その声が聞こえた時には振り返ったベンケとドラゴ、そしてシルバの間、部隊が隠れている茂みの丁度真ん中に現れていた。 振り返りざまにドラゴとベンケは爪を振り抜いていたが、その攻撃はカゲに触れる前に現れた薄い謎の膜に阻まれて弾き返される。 「話を聞け」 「得体の知れん相手がいきなり現れて警戒するなという方が無理がある!」 「まあそれもそうだが言った通りだ。俺が用があるのはシルバだけで、さっきのを伝えたから俺はすぐにでも消える。答えは俺ではなく、この島の奴等のために答えろ。自分のエゴを通したいのか、それとも本当にこの島を救いたいのか。それだけだ。じゃあな」 それだけ言い切るとカゲは皆の目の前でフッと消え去り、言葉だけを残した。 「シルバ、今の奴は知り合いなのか?」 「恐らくな。いつの間にか現れては何かを教えたらいなくなる。出会った時から傍観者を名乗っていた」 「どちらでも構わん。シルバ殿、奴の言っていた通りだ。この島は遅かれ早かれ何もしなければ滅ぶ。大切なものを守るためには犠牲を払わなければならんこともその覚悟もとうの昔に出来ている。もう手をこまねいている時ではないのだ。もし、それでも腹が決まらんというのであれば、女子供を連れて他の島へ逃がしてやってほしい」 今一度ベンケはシルバに問いかけた。 シルバが迷っている理由は単に誰かが死ぬからというだけではない。 だが、このまま迷っていてもどうしようもない事はシルバ自身もよく分かっていた。 「ブースト兵というのは……自我は残っているんだな?」 「……詳しくは俺も知らない。あの研究の実権を握っているのはベインとその直属の配下で研究員の奴等だけだ。精神と肉体に大きく作用する薬品としか聞かされていない」 「あの中にレイドがいるかもしれない」 「知っている。あいつは隠し通したつもりかもしれないが、この閉鎖的な空気の中でもう長い事姿を見ていない以上、何が起こったのかは容易に想像が付く」 「ならレイドを殺したのが俺だと知ったのなら、お前はどう思う?」 シルバを思いとどまらせていた最大の要因は共に戦ったレイドとの敵対、そしてその果てに恐らく死んだであろうという事実だった。 もしもまた誰かを死なせないためにシルバが全力で戦えば、ブースト兵は間違いなく命を落とすだろう。 彼等にも家族や友人があり、アギトのように戦いたくないと願いながらも戦わされている可能性がある。 そう考えるとどうしてもシルバには戦う決断ができなかった。 「やはりあの馬鹿はお前と戦って……。だったら答えよう。あいつが本物の化物になる前に止めてくれてありがとう」 一つシルバの心臓が大きく跳ねた。 ドラゴの言葉を聞いてシルバは目を見開いて彼に顔を向けた。 その言葉には多分に憂いを含んでいたが、何処か安心したような表情を見せている。 シルバにはドラゴが何故そんな言葉を返したのかが理解できなかった。 大切な親友を殺した相手が目の前にいる。 だというのにドラゴは恨み言の一つも言わなかった。 「何故……」 「あいつとは物心ついた頃からの付き合いだったからこそ、だ。タイラントとかいうブースト兵を見た事があったが、あいつもタイラントのように……無差別に殺して回るような化物になっていたのならそっちの方が俺にとっては辛い。だからこそそんな化物になる前に、俺の友人のままあいつを死なせてくれたのなら俺はただ感謝するだけだ」 ドラゴの言葉を聞いてシルバの胸を貫く痛みが激しくなってゆく。 しかし、その言葉を聞いたからこそようやくシルバの中で覚悟が決まったのだろう。 いくつもの感情と記憶を取り戻したせいでシルバが忘れていた合理性と一つの『救い』。 殺すことが本人と、そうなってしまった者へのせめてもの救いになるのだと思い出した。 「アギト……。お前もあの時、泣いていたな……」 自分の手を見つめ、シルバはそう呟いた。 胸を苦しめ続けていた痛みが少しずつ引いてゆき、水面のように静かになった。 「カゲの情報を信じよう。あいつが言った事が本当なら恐らくもうすぐ他の島民の兵士達もこの場に訪れる。それまでにブースト兵だけでもどうにかしなければ大勢が犠牲になるだけだ。お前達はまっすぐベイン達の元へ向かい戦ってくれ。目晦ましをしている間に俺がブースト兵を全て片付ける」 「そんなことができるのか!? ブースト兵は尋常じゃなく強い。一人でどうにかなる相手では……」 「殺さないように加減をしなくていいのなら、初めから敵などいない。腕を一振りすれば皆両断できる。防御しようと無駄だ」 ドラゴ達に指示し、己の爪を見るシルバの視線はとても冷たかった。 その凍るような視線はドラゴがシルバに初めて相対した時と同じ、容赦のない異質な恐ろしさを感じた時のものと同じだったため、それ以上ドラゴが口を開く事はなかった。 今一度三人で視線を送り合い、ドラゴとベンケは左右に展開し、敢えて回り込んでいるようにみせかけながらベインの方へ向かってゆく。 そしてベインがそれに対応するために前線へと出た瞬間にシルバは黒い風になり、本部を囲んでいた兵士達の間を駆け抜けてゆく。 何が起きたのか。 それを理解する間もなくシルバは兵士達の間をすり抜け、その速度で走り抜けてゆくシルバの存在に気が付いている者に爪を振り抜いた。 シルバの爪と敵の腕は触れ合うことなく、その遥か下の腰の部分を通り抜け、シルバはそのまま走り抜けてゆく。 「敵襲だ!」 そんな声が響く頃にはブースト兵が同から上と下に分かれており、シルバはもう次のブースト兵の元へ駆けている。 何時かの時と同じように迷いのない攻撃を振り抜いてゆき、一人また一人とただ両断してゆく。 「チィッ!! あなた達の狙いがまさかこれとは予想外でしたよ! てっきりヒドウ様の元へ行くのかと思っていました」 「させん!」 「行かせるか!」 戦場から悲鳴がいくつか聞こえ騒然とし始めた事でベインは何が起こったのかを理解した。 眼前のドラゴとベンケを無視し、反転してシルバを追いかけようとしたが二人がかりでベインの動きを阻止し、シルバの動きを援護する。 その時間はものの数分も無かっただろう。 だがその間にシルバは全てを終え、今にも逃げ切ろうとしていたベインの前に立ち塞がった。 「諦めろ。もうお前らの頼みのブースト兵はいない。後の雑兵はあいつらが相手をしてくれる。終わりだ。ヒドウ諸共裁きを受けろ」 ベインの前に立ちはだかったシルバがそう言い放つと、四方から声が聞こえてきた。 現れたのは言うまでもなく、援軍としてやってきたこの島の兵士達だ。 シルバがブースト兵を薙ぎ払ったことで生まれた隙を突き、一気に雪崩れ込んだのだ。 「ハッハッハッハッ! やってくれましたねぇ! だが勘違いをしている。裁きを受けるのはヒドウ様ではない。お前達のような正義を振りかざす存在だ!!」 一つ高笑いをした後、ベインは目にも留まらぬ速さでシルバの脇を抜けようとしたが、それすらもシルバはしっかりと捉え、地面に叩きつけるようにして組み伏せた。 必死に抜け出そうとしたが、力ではシルバの方が上回っているのかただ藻掻くだけで抜け出せる気配はない。 「放せぇ!! 何も知らない部外者の分際でこの島にやっと訪れた秩序を乱すんじゃない!!」 「これの何処が秩序だ!! 大勢の命を犠牲にして独裁者にでもなったつもりか!!」 「僕を救ってくれたのはヒドウ様だけだ! 何も知らないくせにこの島の秩序を語るな!!」 シルバの言葉がベインの逆鱗に触れたのか、ベインは自分の爪でシルバの腕に掴みかかって拘束を解かせた。 反転して更に爪を振り抜いたがシルバも素早く距離を取って攻撃を躱し、すぐに反撃に出た。 しかしその攻撃は先程までの無慈悲な一撃とは異なり、互いに攻防戦を繰り広げられるようなもので、シルバとベインの一騎打ちとなると同時にシルバは拳を作って戦っている。 組み合っての戦いはベインの得意とするところではないため、距離を取ろうとするがさせまいとシルバは距離を詰め続け、ただの殴り合いを維持させる。 速度だけならばベインの方が上回っていたかもしれないが、距離を詰めた状態での殴り合いでは少しずつ押されてゆき、遂に今一度地面に倒れ伏す事となった。 「今度こそ諦めろ。もう決着は着いたも同然だ」 「その通りだなシルバ。決着は付いた」 シルバの言葉に応えたのはベインではなかった。 倒れ伏すベインのその先に立っていたのは一人のボスゴドラ。 そしてその手には縛られた状態のシュイロンの姿があった。 「ヒドウ様!!」 「初めましてだな。私はヒドウ。竜の軍総帥にして、この島の現支配者だ」 「お前がヒドウか」 シュイロンの姿を見る限り特に縛られている以外には何も無いが、それは同時にシルバの返答次第で変わることを意味している。 よろよろと起き上がったベインはすぐにヒドウの足元に跪き、揺るぎない忠誠を見せた。 シルバの動きが止まったのと同様に、ドラゴとベンケもシュイロンの姿を見て動きを止めざるを得なかった。 「分かっているとは思うがわざわざ顔を見せに来たわけではない。お前にしてほしい事があってな。これだ」 「石板の欠片? 悪いがもう持ち合わせはないぞ」 「勿論分かっているとも。そうではなくて、君にこれを手にしてもらわなければならない。苦心して竜の島の石板を探し出したというのにカゲが言うには、どうもお前が一度触れなければ意味を成さないそうだ。そういうことだ。一度手に取って私に返してくれ。念のため先に言っておくが、私の気が変わる前にいい返事を頼むぞ?」 「……分かった」 シルバに宥めるように緩やかに話すそのボスゴドラ、ヒドウは口調こそ穏やかだがシルバに話している時点でシュイロンの喉元に爪が軽く食い込むほど力を込めた。 ほんの一瞬でも気の迷いを許さない姿勢が窺え、同時にその目の奥底は一切笑っておらず、シルバや他の者達の動きをしっかりと追っている。 選択する時間も無いと判断し、シルバは迷わずヒドウの提案を受け入れたが、カゲの名が出たことに少し動揺していた。 自分が今まで警戒していなかったカゲがもしもずっとこうして暗躍しており、それが原因で多くの人々を死なせてしまったのだとすれば、シルバの判断が招いた死以外の何物でもない。 詳細を聞きたい気持ちを抑えつつ、静かに右手を差し出すとヒドウは何も言わずに石板の欠片をシルバへと投げ渡した。 ――目の前に広がるのは黒い空間。 そこにはいつものような何もない空間は広がっておらず、あちらこちらでその暗闇を照らし出す炎と、燃え盛る音を掻き消す程の泣き声と叫び声が聞こえてくる。 魚の島の時と同様、それは記憶の中であるはずなのにしっかりと自分の意識も存在しており、その光景を前にしてシルバ自身は戦慄していた。 立ち上る炎は家屋の焼け落ちた跡。 泣き声や叫び声は子供や女性の悲痛な物。 そしてその黒い空間の先には何者かの巨大な影が立っている。 「これが終末の世界だ。秩序を失い、混沌と欲望が世界を支配し、弱者はただ全てを貪られるだけの世界。それを君は望んでいるのか?」 その巨大な影が喋ったような気がした。 顔のような物はあまりにも大きすぎて見えないが、確かに語り掛けてきたのはその影なのだと謎の確信があった。 「そんな物は望んでいない! ただ私はあるがままの世界を生きて行きたいだけだ! そのためにも私は必ずこのような終わりを訪れさせない!」 発そうとした言葉とは少し違ったものの、シルバがその光景を見て、その言葉を聞いて口から出そうとした言葉と殆ど同じ言葉が空間の中へ響き渡る。 「……ならば証明してみせてくれ。そんな世界が訪れないと。君なりのやり方で皆を納得させるのだ」 「分かった。証明してみせよう。必要な鍵を集め、決してこうはならないのだとあなた達に可能性を示してみせよう」 シルバの言葉はやはり少し違う。 それでもその影の言葉に応えたかった言葉はほとんど変わらない。 そしてシルバは記憶の中で思い出していた。 確かにその言葉は昔、誰かに向かって発した言葉なのだと。 「クロム……まさか奴が……?」 「クロム? 誰だそれは?」 意識を取り戻したはずのシルバは確かに先程までの景色を克明に覚えていた。 取り戻した記憶はあの光景を見た後はいつも曖昧になり、すぐに思い出すことができなくなっていたが、思わず口にするほどその記憶の中は現実と同じにしか思えなかった。 そのせいで思わず口にした言葉にヒドウが言葉を返す。 はっきりとした意識でシルバは今一度ヒドウの方を向き直し、そしてその手の中で苦しそうにもだえるシュイロンの姿を捉えた瞬間、心の中で何かが噴き出した。 以前に取り戻したはっきりとした怒りとは違い、もっと複雑な感情が入り交じった殺意に近い激情。 怒りを覚えた時とは違って思考が明瞭になってゆき、次々に記憶が鮮明に視界をよぎる。 アギトの涙、チャミの涙、レイドの言葉……そして死んでいった多くの人々の姿とその最後の瞬間を思い出し、抑えていたはずの怒りが噴き出す。 この状況からでもどうすればヒドウだけを殺せるのかが、明瞭に思い浮かび、そして考えるよりも先に行動に移していた。 パンッという乾いた物同士がぶつかり合うような音がし、シルバとヒドウ、そしてシュイロンの間に何かが沸き上がった。 「え?」 「お前は知らなくてもいい事だ。ヒドウ。どうせお前はここで死ぬ」 何が起こったのか状況が理解できていないヒドウに向かって言い放ったシルバの表情は笑っていた。 しかしそれはシルバが前に見せたような優しい笑顔ではなく、酷く歪んだ恐ろしささえ覚える顔だった。 地面から沸き上がった黒い板のような物はシュイロンとヒドウの間の地面から伸び、ヒドウの腕を切り落としていた。 そのいたから更に細い線が何本も走り、シュイロンに食い込んでいたヒドウの指だけを切り落とし、跡形も無くなるまで切り刻んでゆく。 それはまるで憎しみが具現化したかのようなドス黒い物体。 ヒドウの腕を跡形も無く消した後、そのままあっという間に地面の中へと消えてしまった。 「う、腕がぁぁぁあ!! 貴様! 貴様貴様キサマぁぁぁ!!」 「喚くな」 遅れてきた痛みで自分の身に何が起きたのか気が付いたヒドウは、自分の斬られた腕を押さえ、逆上していたが、シルバはその巨体をまるで軽石でも扱うかのように引き倒し、シュイロンにしていたようにシルバがヒドウの首を爪が食い込むまで力を込めて掴み、地面に組み伏せた。 暴れようとしたヒドウの身体はあっという間に地面から伸びてきたワイヤーによって何重にも縛り上げられ、その場に固定された。 「勢い余って殺されなかっただけ感謝しろ。今までの俺や他の奴等が受けた怒りと悲しみ、思う存分償わせてやる」 「ヒドウ様!!」 「お前もだ!」 シルバに組み伏せられたヒドウを見た瞬間ベインも動き出していたが、ヒドウと同じくいきなり空間に現れたワイヤーによって絡め取られ、あっという間に身動きを取れなくされた。 「貴様なんぞにぃ!!」 「今すぐにでもお前を殺してやりたいと思っている事を忘れるな!! お前一人のためにどれだけの人々が犠牲になった!? 問うまでも無い。お前を裁くのはそいつらの怒りだ。……ドラゴ、ベンケ。この不毛な争いを終わらせるぞ」 怒りで歯を噛みながら言葉を発したヒドウの声を完全に掻き消す程の声量でシルバは怒りをぶちまけた。 一つ深く深呼吸をしてからシルバはドラゴ達に協力を仰ぎ、今も戦い続けている島民達を止めるためにシルバはその場を離れ、軍本部の方へ走ってゆく。 「ドラゴ、某は先に行くぞ」 「分かった」 ドラゴに声を掛けてベンケと彼の部下達はシルバの後を追い、ドラゴはシュイロンの元へ駆けよった。 シュイロンの拘束を解き、首元の傷意外に何処にも異常が無い事をしっかりと確かめた後、ドラゴは涙を零しながらシュイロンをしっかりと抱きしめた。 「ごめんなさい……お父さん!」 「いい、謝るな。お前が無事でいてくれたのならそれだけで十分だ……」 戦場の真ん中ではあったものの、その一か所、その一瞬だけは二人はただの親子の再開を喜んでいた。 とはいえドラゴは何故シュイロンがここにいるのかその理由を知らない。 イヴァンの身に何かあったのかと不安になったものの、シュイロンが事情を説明したことで落ち着きを取り戻した。 「シュイロン。俺の傍を決して離れるな。この戦いを終わらせるぞ!」 全員の無事を確信し、ドラゴはようやく全ての憂いを振り払って戦う事が出来るようになり、以前のように覇気に満ち溢れていた。 シュイロンと共に背後でまだ戦い続けているベンケから借り受けた部下達の応援に入り、圧倒的な強さでヒドウ達の部下を薙ぎ払ってゆく。 シルバと並ぶ勇猛が蘇った事でベンケの部下達も士気が目に見えて上がり、その場に残るヒドウの残党を全て討ち倒すとシルバやベンケを援護するために本部の方へと走っていった。 戦場に鬨の声が響き渡り、長い長い全ての島を巻き込んだ大戦の終わりを告げる最後の剣撃の音が、それから暫くの間鳴り響いた。 **18:憎しみの果て [#7lQZqcd] シルバ達とヒドウ達の残党との戦いは結局、丸一日続いた。 いくらヒドウが捕らえられたことを告げてもヒドウの部下達の士気が下がる事はなく、大半の兵士は降伏する様子も無かったことで討ち滅ぼす以外の道が無くなったのが原因だ。 結局シルバ達が勝利を収めたものの、ヒドウ達の激しい抵抗もあって多くの者が死傷する事となった。 「ヒドウ答えろ! 貴様の部下達の様子がおかしい。まさかあいつらにまでブースト薬を使っていたのか!?」 「当然だろう? 元々闘争本能の強い者には少量使うだけで闘争心を高められる上に身体能力も向上する。多少理性的で無くなるぐらいどうでもいい事だ」 「貴様ぁ!!」 「落ち着けドラゴ! 彼奴等にはまだ果たさねばならぬ責務がある。怒りは分かるが抑えるのだ」 第十八話 憎しみの果て 負傷した兵士達の治療でシルバ達もまだ勝ちを祝えるような雰囲気ではない中、あまりにも異常な闘争心を見せたヒドウの兵士達に疑問を抱き、ドラゴがヒドウへ問い詰めていた。 ワイヤーで縛られ身動きができなくなっても、尚もヒドウはその態度を改めるような事はなく、さも当然のようにブースト薬の使用を語ってみせる。 降伏したヒドウの兵士達に事情を聞いたところ、周りの兵士よりも強くなりたいと願った者達にその薬を配っていたそうだ。 量にして爪の先程も無い小さな錠剤だったそうだが、確かにヒドウが公言した通り服用した者は非常に戦闘能力が上がっていた。 しかしブースト薬の最大の弱点はその効果時間に限りがあることで、その錠剤程度では一時間も持てば効いた方という所だろう。 そのため一度でも服用した兵士は常用するようになり、ブースト薬を服用した状態がほぼ常時となる。 欲望に忠実で、強さに拘っていた者を集めたヒドウの部下達は結果ヒドウの思惑通り競い合うように服用し合い、その副作用である理性の抑制がほぼ常に発症するようになり、戦闘狂のような者まで現れ始めていた。 「俺だってそんな簡単に強くなれるなら欲しかった。だがどうしてもそいつらの変わり様が恐ろしくて手が出せなかったんだ」 捕らえた兵士達は皆一様にその豹変ぶりに慄き、服用しなかった者達で、確かに言動に粗暴さはあるもののきちんと話が通じる。 シルバ達が遠目から見ていたあからさまなブースト兵は、適合者ではなくただ一錠だけだと言われていたブースト薬を多量に摂取し、理性が完全に破壊された者達だったようだ。 何名かのブースト薬を服用していたと思われる兵士を捕らえることは出来たものの、彼等のこの常態的になってしまった薬効を解除させようとヒドウ達に問いただしたが、返事は非情なものだった。 「あるわけないだろう? その研究をしていた科学者はもうこの世に居らん。あくまで私が指示したのは薬効の強化と量産だ。まあその過程で面白い実験体もできたがな」 「アギトの事か?」 「あ? 名前などいちいち覚えている訳が無いだろう。サザンドラのくせにビクビクと怯える兵士だったが……薬を使った途端、凶暴竜の名に相応しい豹変ぶりを見せてくれたのは滑稽だったぞ? 所詮、臆病は真似事だったという事だ」 「もういい、それ以上喋るな」 一縷の望みを賭けてヒドウに聞いたが、一度服用したが最後、助かる道はないことだけが分かった。 例えシルバとの戦闘で負傷しただけで、今も尚何処かで身体を休めているだけだったとしても、もうレイドは帰ってこないだろう。 そしてヒドウの部下達の九割方が薬を服用していたこと、島民の中で人質として囚われていた人々以外は全て薬効の被検体として使用され、既に死んでいるか生きていてももう救いようがない状態になっていることも判明した。 ようやく手にした勝利はあまりにも喜ばしい物ではなく、竜の島の生き残りは既に元の三割以下まで減っている事を意味している。 抵抗を許さないようにするため主要な町の機能はすべて破壊されており、竜の軍の本部と囚われていた人々のいた村以外はほぼ機能していない。 この先、全員が一丸となって島を復興したとしても、また元の生活に戻るにはこの先何十年と掛かるだろう。 シルバが信念を曲げてまで勝ち取った勝利は、辛勝としか呼ぶ事の出来ないものだった。 負傷者の手当ても断絶された貿易により物資が不足しており、十分に行き届いていない。 この場にシルバが居合わせたのは正に不幸中の幸いで、不足した医療物資はシルバが生成することで足りた。 だが、それでもシルバはやはり後悔していた。 医療用の物資も食料も家も、シルバのこの実体を持つ幻影の能力であれば全て満たすことができる。 しかし死んでいった人々や失った腕などはどうしようもない。 再会を喜び合う家族達が大勢いる中で、同じだけ大切な家族の死を嘆く人達もいる。 『やはり、もっと他に方法があったんじゃないか?』 増えてゆく墓を前にしてシルバの後悔の念は絶えない。 迷うなとドラゴとベンケに言われ、カゲにどちらを選択するのかと迫られ選んだ結果だが、まだ他にもっと沢山の人々が死なずに済む選択肢があったのではないかと嫌でも考えてしまう。 どちらを選んでも後悔する結果になるとは言われていたが、もしも島民同士の全面戦争まで発展しなければ、あるいはもっと死人を出さずに済んだのではないか、と。 死人が出る事を避けることができない事は覚悟していた。 だがそうであったとしてもこれほどまでに死ぬ必要はなかったのではないのか。 寧ろもっと昔から、島々を巡ってゆっくりと問題を解決して回っていた時間があれば、この島の惨状を少しでも良く出来ていたのではないのか。 「シルバ! 皆がシルバに会いたがってるよ!」 「ああ……。すぐに行く」 墓を前に立ち尽くしていたシルバの後ろからアカラの声が聞こえた。 後悔ばかりが募ってゆく中、決戦の日から二ヶ月もの時が過ぎていた。 後悔を口にする間などシルバには無く、ようやく終結を迎えたこの島での残りの問題を片付けるために奔走する日々。 シルバが切欠となり、この島に今一度平穏が訪れた事でシルバはまたしても救世主と崇められていたが、当然本人にはそう言われても嬉しくはなかった。 生き残った人々の想いを無碍にするまいと島民達の前では極めて笑顔で話していたが、全ての問題が解決するのはまだ先となる。 シルバにとって特に気掛かりだったのは、カゲとの関係性と祭事場の現状だ。 「カゲとはどういう関係だった?」 「どうも何も、ただの協力者だ。石板の情報をくれたのは奴だ。もう今となっては手に入らんがな」 「……そうか。なら祭事場はどうなったんだ?」 「祭事場? そんなものはないぞ」 「石板を手に入れた場所だ」 「ああ、"創始の祭壇"のことか。あそこなら特に何もしていない。石板もすぐに見つかったからな」 ヒドウとベインは元竜の軍本部の地下にそれぞれ拘留され、様々な情報を引き出すためにまだ身の安全を保障されている状態だった。 とはいえ決して逃げ出せないように両名とも手足に鎖を巻かれ、身動きが取れないようにされている。 檻を挟んでシルバはカゲと"創始の祭壇"と呼ばれた神の居るであろう場所の情報を聞いたが、どちらもあまりシルバの期待する答えは返ってこなかった。 竜の島の戦いの後、カゲの姿は島の何処にも見当たらない。 元々神出鬼没で不明な部分の多かったカゲだったが、今回の件で少なくともカゲもこの世界を乱そうとしている者の一人ではないかとシルバは考えていた。 だからこそ本人の口から何故ヒドウ達に協力したのかをシルバは聞きたかったが、今も尚行方知れずとなれば最悪の場合、彼とも戦わなければならないと考えていた。 直接的な危害を加えて来てはいない上、時折シルバの協力をしているためシルバとしてはあまり緊急性はないと考え、先に"創始の祭壇"に向かうことにした。 島の北部、高い山々の谷間に開けた空間があり、そこにはまるで祭壇のような一枚岩が広がっている。 シルバは一人この場所まで赴き、その一枚岩の中央まで歩いていく。 『久し振りだな……シルバ』 中央まで辿り着くと何処からか声が聞こえてきた。 「この声……獣の島で俺に語り掛けてきたやつか」 「その通りだ。石板は手に入ったはずだ。何故わざわざここまで来たのだ?」 「教えてくれ。俺は……俺と奴、カゲは何者なんだ?」 その声の主、獣の島でも出会った謎の光は今一度シルバの前に姿を現し、シルバと言葉を交わした。 シルバが"創始の祭壇"へ向かいたかった理由、それはこの場所に誰かがいる事をシルバが取り戻した記憶から予感していたからだ。 だからこそ自分自身が何者なのかを彼等に訊ねたかった。 「君もカゲもただのこの世界に住む住人の一人だ」 「ならば何故俺の幻影の能力はアカラ達が言う普通のゾロアークの能力と違うんだ? カゲは何故この島をくまなく探しても見当たらない!? あんた達は知っているんだろう!? もう隠さないでくれ!」 「隠してなどいない。言葉の通り君はこの世界の住人でしかない。我々のような存在とは違う、あくまで我々から見れば君は普通のポケモンなのだ。君や君達がカゲと呼ぶ存在のことも同様にな」 「絶対に違う……。石板やあんた達、そしてあんた達が居る場所には何故俺しか辿り着けない場所があるんだ? 頼む、教えてくれ。俺にはもっといい選択肢があったのか……ただ俺に知識が無かったせいでこれほどもの犠牲を払う羽目になったのか……ただそれが知りたいんだ」 その謎の光へ問いかけたシルバの言葉はある種一つの悲痛な叫びでもあった。 仮にもしもシルバが彼等のような神と呼ばれる存在なのだとすれば、今回の騒動の解決にもシルバにはもっといい方法があっただろう。 逆にそんな力が無ければ、自分には限られた選択の中からそれでも最良と思える選択肢を選ぶことができたのだと考えることもできる。 何者にもなりきれず何者なのかも分からないままただ直走ってきたシルバは、全てを救うことも全てを投げだすこともできないまま悩んでいた。 このままでは彼から聞かされた言葉を勝手に意味深長に汲み取って自分の使命だと思い込み、子供達を巻き込んでただ危険なだけの旅に連れて行った非道な男である、と少なくともシルバは思っていた。 「言ったはずだ。この世界の終焉を防ぐために君は石板を集めなければならない。私達は君に使命を与えはしたが、君自身には何も施していない。この旅は君が歩く事でしか成されないのだ」 「なら何故石板には俺の記憶や感情が封じられているんだ!? 初めから俺の全てが揃っていたのなら、もっと違う選択肢もあったはずなのに!!」 「確かに他の選択肢もあっただろう。だが君にその選択肢は与えられなかった。だから自分の選択肢を放棄するのか? 君の選択で確かに大勢が死んだだろう。しかし同時に君に救われた者達も沢山いる。選ぶ事の出来る選択から君は少なくとも人々の喜びを取り戻せた。……我々神ですら万能ではない。出来る事に限りがある。見ての通り私達は君達の世界に不完全な姿でしか現れることができない。語り掛けても声や姿が認知できる者でなければこうして話すことすらできない。君はただその認知することの出来る者の中の一人だったというだけだ」 「だから俺がこれほどまでに苦しみを覚え続けなければならないのか!? 今の俺になら分かる。この胸の痛みは"悲しみ"だ。今だ俺が取り戻せていない感情だ。どれほど辛かろうと俺は泣く事すら許されない。そう感じる事すらできない! 何故、俺なんだ……」 「その答えを知る者はいない。答えはお前が旅を終えた時に分かる。もしも今君が考えているように全てを投げだしてこのままただ生きる事を選べば、世界は緩やかに終焉へと向かう。それも一つの選択であり、これ以上傷付く者のいない優しい終わりだ。だがそれでも尚君が鍵を集め、世界の終焉と向き合うのであれば……また別の答えが待っているだろう」 『答えになっていない』シルバはそう言いたかった。 だが何となくシルバにはその光が言わんとすることが理解できた。 「お前達は世界を作ることができるのか? 俺や他のポケモン達を自在に操れるのか?」 「遠い昔に一度きりだ。そこからの世界はただ歩んで行くのみ。私達はその世界という箱庭をただ眺めるしかできない。世界を変えられるのはこの世界に生きている君達だけだ。そうだろう? シルバ」 「……神の代わりに誰かがその世界を変える役割を担うということか。なら俺以外の誰かがこうならなくてよかったのかもしれないな」 「そうか、やはり……」 シルバの言葉を聞いてその光は何かを話そうとして言葉を止めた。 光が話しかけた言葉は気にはなったが、それを問い質すよりも周囲の光景に目を奪われた。 周りにあったはずの森は白い空間に置き換わっており、以前からずっと記憶で見てきた光景に包まれる。 記憶の中で見えていた周囲の巨大な影は、空間に立つ柱と柱の間に立っており、それが巨大な影ではなく巨大な光の姿なのだと理解することは出来た。 目の前で話していた光の姿が四肢を地面へ伸ばし、細くしなやかな四本脚へと変わり、四足歩行の巨大なポケモンの形状の光となる。 それに合わせるように周囲の柱の間に立っていた光達も具体的な姿を手に入れてゆく。 巨大な複数の竜や鳳凰、鯨のような姿、そしてその中の黒い光がゆっくりとシルバへと近寄ってくる。 まるで死そのものが姿を持ったかのような、その黒いと分かるはずなのに光だと認識できる矛盾した存在はシルバの前で立ち止まり、先程まで話していた光の言葉に続けるように話し始めた。 「忘れたとしても、ただ思い出せないだけなのだとしても、この旅は君が望んだものだ。私達に君の答えを教えてくれ。例えどんな結果になろうとも、私も彼等も納得するだろう」 その光の言葉は見た目に反しとても優しく懐かしく聞こえた。 気になることがあり思わず言葉を返そうとしたが、次の瞬間にはもう先程までの空間も光達も消え失せており、元のただの岩棚に戻っていた。 「結局分かった事は無し……か。やはりカゲを見つけ出すしかないな」 言いたかった言葉を飲み込み、シルバは一人そう呟きはしたものの、今までずっと心の中でつっかえていた言葉をようやく吐き出せたからか少しだけすっきりとしていた。 結局自分が何故普通のゾロアークと違うのかも分からず、自分によく似た姿を持つカゲの存在や彼の考えも今だ分からないが、それでもその会話の中で一つだけ思い出すことができた。 黒い光が言っていた通り、自らこの旅を行う事を望んだという事と、恐らく彼こそが記憶の中で呼んでいたクロムという名のポケモンだろうという事だ。 今までの白い空間で見ていた記憶の数々も恐らくはこの場で行われていたやり取りの断片であり、全てはこの場所から始まったのだと理解できたことで、自分自身への疑問を一度忘れようと考えた。 『どう転ぼうとも残りの石板はあと一枚。旅を終えれば答えが分かるのならばそれまで考えないようにすればいい』 そう自分に言い聞かせることで納得することにした。 ---- "創始の祭壇"から竜の軍本部へ戻ってきたシルバはその光景を見て絶句した。 「おい! しっかりしろ! 何があった!?」 「シルバさん……申し訳ありません。一瞬の隙を突かれてヒドウとベインに逃げられました」 地面に倒れ伏す大勢の兵士達を見てシルバは一瞬事態を理解することができなかった。 倒れていた一人の兵士に事情を聞くと、見張りの交代の一瞬の隙を突き、無理矢理鎖を引き千切ったベインが看守を殺害し、鍵を奪い取ってヒドウを救出して逃亡したのだという。 急な事態で混乱したものの、兵士達もすぐに応戦しかなりの手傷を負わせたはずだがベインの戦闘能力の高さで強行突破され、今は兵士を総動員しての追跡中だと語った。 『油断した……! 今更抵抗する意味などないと奴等も分かっている者だと……!』 既に他のヒドウに与していた兵士達は投降しており、罪を償う為に各地で再興に駆り出されている。 それ以外の兵士は既に死んでいるため、今彼に力を貸す者は既にベインぐらいしかいない。 逃げ出した所でただ徒に怪我人を増やすだけであり、もう抵抗は無意味でしかないことぐらいヒドウにも分かっていると思っていたからこそ、シルバも自分の目標のために動き、ドラゴやベンケは残された兵士達を束ねあわせて島を再建するために、他の島への謝罪と協力を募るために一度ベンケを知る魚の島へと向かっている。 残された島民達の指導者であったラティオスとラティアスも既に亡き者にされており、今ヒドウ達がまた混乱を起こせば今度こそこの島の再建は不可能になってしまう。 シルバも急いで倒れた兵士達を辿ってゆく。 風の如く進んでゆく内に、その方向がアカラ達の居た村の方向だと気付き、シルバの中に最悪の光景が浮かび上がり、ジワリと憎しみの混じった怒りが込み上げる。 「アカラ! 皆! 無事か!?」 「シルバ! みんな大丈夫だよ! それよりも他の戦っている人達がこのままじゃ持たないよ!」 「分かった。アカラ達はこれを使って可能な限り怪我人の手当てをしていてくれ。俺はヒドウ達を追う」 屋内に隠れていた子供達は無傷だったが、代わりに村を警備していた兵士が応戦してくれたのか血を流して倒れている。 一先ずアカラ達の無事を確認して安心したシルバはすぐに応急治療キットを生成してアカラ達に渡し、そのままヒドウ達が逃げたと思われる方向へと走っていった。 「囲め! いくら手負いでもベインは強い! 不用意に近寄るな!」 シルバの向かう先では残された兵士達を纏める司令官が必死に指示を出してこれ以上怪我人が増えないように努めていた。 相対するベインも既に満身創痍であり、肩を大きく動かして息をしている。 「くっ……! ヒドウ様の部下は一体何処に……! ヒドウ様、申し訳ありません。もうこれ以上は持ちこたえられそうにありません。貴方だけでも兵士達と合流し、野望を果たしてください!」 「ふざけるな役立たずめ! 何の用意もせずに助け出したつもりだったのか?」 「時間がありませんでした。だからこそ兵士達と合流すれば……」 「おるわけないだろう!? 今まで散々利用してきた兵士共が地下牢に閉じ込められていない時点で皆殺されておる!」 ヒドウを庇いながら戦っているため、早さが最大の武器であったベインは恐ろしいほどの傷を負い、既に満身創痍となりながらも追撃しようとする兵士を返り討ちにしていた。 一方でヒドウはただベインに対し文句を言うだけで応戦する気配すらない。 そのせいかじりじりと追い詰められてゆき、ベイン達は遂に島の端まで追い詰められた。 「だったら私を運んで逃げるぐらいしたらどうだ!」 「無茶を言わないで下さい! 私の体格ではヒドウ様を持ち上げる事など不可能です!」 「なら最後ぐらい役に立ってみせろ!」 「ガッ!? ヒドウ様……それは……!」 追い詰められたヒドウはずっと彼を支えていたベインに対して謎の液体が入った注射針を取り出し、背後から首筋へ突き刺した。 中身を全て注入されるとベインは崩れ落ちるように地面に倒れ、呻き声を上げながらヒドウを見つめた。 「何故……試作品のブースト薬を、私に……!」 「何故!? 力も無い! 体格にも恵まれない! だからお前は裏工作しかできなかったくせにそれすらも存分に出来ない! お前のような屑でもこの薬があればまだ利用価値があるからだ!」 「僕は、あな……たに、ヒドウ様が掲げた弱者を守る世界のために……! 戦ってきたのに!」 「そんなもの有るわけないだろう? 世界は常に強者が制する! お前は私という強者に利用されただけのただの弱者だ! 最後に強者の気分でも味わうといい!」 ベインが絶望した目でヒドウを見つめ、何かを言おうとして口を動かしていたが、最後のその言葉は遂に発せられることはなかった。 およそ生物が発しているとは思えない咆哮を上げ、その場にいた兵士達をそれだけで一瞬硬直させるだけの示し、ギラリと定まっていない瞳で兵士の一人を睨みつけた。 闘争本能のままに飛び込み、ベインが不得手とする爪での攻撃を繰り出し、兵士が身に付けていた鎧ごと引き裂く。 そのまま振り向きざまに横にいた兵士を尾で薙ぎ倒し、文字通り狂ったように暴れ始めた。 小柄なベインの得意とする戦術は一撃離脱のアサシン戦法である。 故に今までヒドウの参謀役として様々な裏工作や裏切り者の排除を担ってきた。 しかしそうとは思えないほどの力でベインは兵士達を戦慄させたまま次々と蹂躙してゆく。 「これ以上やらせるか!」 あわや全滅という所でシルバがベイン目掛けて飛び込み、その攻撃を受け止めた。 一度離れ、シルバが腕を構え直そうとしたその時、ベインはその腕に噛み付き、引き倒そうと全身を使って身体を振るった。 もはやそこに知性は感じられない。 ただの獣の一撃にシルバも一瞬怯んだが、すぐさま逆の腕でベインの首を押さえつけ、そのまま地面に押さえつけた。 それでもベインは決して顎の力を緩めず、狂犬のようにギリギリとシルバの腕を噛み続けたため、仕方なくシルバは掴んだベインの首をギリギリと音が聞こえそうなほどに締め上げる。 暫くはそのまま噛み締め続けていたベインだったが、今にも気絶しそうなことに気が付いたからかのたうち回り拘束を解こうとする。 全身を使って押さえつけ、何とかワイヤーを生成して拘束しようとしたがあまりに激しく抵抗するため生成に集中することができない。 結局ベインが噛み付く力が弱まり、腕を引き抜けるようになったことで両腕でしっかりと押さえつけてから今度こそワイヤーロープで完全に拘束した。 「そこまでしてヒドウを逃がして何になる! お前達も早くヒドウを追え!」 「シンジ……てタ……」 シルバが他の兵士達に指示し、この戦いの間に逃げていたヒドウを追わせた。 その時、ベインは一つ涙を零しながらなんとか言葉をひねり出す。 それはまるで喋る事すらままならないような掠れた声で、その言葉を発した途端に拘束してからも続けていた抵抗がパタリと止んだ。 何度かベインは大きく呼吸をし、そしてそのまま全く動かなくなった。 「死んだ……?」 シルバが急いで拘束を解いても既にベインは完全に脱力しており、瞳は何処も見ていない。 そうしてベインはあっという間にその命を散らした。 結局その後逃げたヒドウを追いかけたが、当然逃げ切れるわけもなく兵士達の手によって取り押さえられた。 「ヒドウ。お前にはこの島や他の島に与えた被害をきちんと償わせるつもりだった。だがもう、俺もお前への怒りを抑えられない。俺だけじゃない。この島の住人が、お前の巻き起こしたこの戦争の全てで被害にあった奴等がもうお前が生きている事を許していない。その命で罪を償え」 「罪を償え? 我が物顔でドラゴン以外を卑下する者共と暮らしたことがあるのか? お前達に私の受けた屈辱の何が分かる!!」 「やり方なら他にいくらでもあっただろうに!!」 捕らえられたヒドウはもう檻へ戻されることもなく、最後のヒドウの逃亡によって死傷した兵士やその家族の前で貼り付けにされた。 シルバとしては例えそんなことをしでかした者でも、なんとか真っ当に罪を償い、己の罪を清算してもらいたかった。 ヒドウにもヒドウの掲げる信念があると信じていたからだ。 しかしヒドウには信念などなかった。 ただ虐げられた自分の屈辱をこの島の者達に向け、己が支配する世界で自分だけが笑っていられる世界のために全てを利用していただけだった。 最後にベインに使用したブースト薬も最後の切り札に取っていた試作品で、使用すればものの数分としない内に死に至る使い物にならない代物だということを理解していたうえでベインに使用した。 劇薬として敵に使うか、自分を慕っていたベインをけしかけるか、どちらにしろそう使う事しか考えていなかったのだ。 結局、残された兵士の内の三割もの人々を殺害、又は再起不能な大怪我を負わせたベインは死に、ヒドウはドラゴやベンケの帰りを待たずして島民達の手で最大限の苦痛を与えられながら絶命した。 「すまない皆……俺はヒドウの事を甘く見過ぎていた」 「過ぎた事を咎める人はいないですよ。そもそもシルバさんが来てくれていなければどちらにしろこの島は崩壊していたんですから」 怪我人達を手当てしながらシルバは後悔を口にしたが、兵士達はただ感謝していた。 シルバに恨み辛みをぶちまけたいと考えていた者も必ず居たはずだったのに、それでも島民達は決してそれを口にせず、戦いの終わりを静かに受け入れた。 「まだだ……カゲ。奴を見つけ出さない限り、この戦いは終わらない」 「そう思うのは勝手だが、言った通り私はただの傍観者だ」 覚悟を決め、カゲの名を口にしたシルバの背後からカゲの声が聞こえてきた。 躊躇なくシルバは自らの爪を振り抜いたが、その攻撃はカゲに触れることなく宙を掻く。 「何処が傍観者だ!! これだけのことをしでかしておいて!!」 「有り得るかもしれない一つの世界の終焉。そうなるようにただ俺は進言しただけだ」 「お前がこの世界を終わらせる存在なのか!!」 「俺じゃない。お前だ。俺はただこの世界でお前がどう動くのかを見ているだけだ。だからこそ俺はお前に助言はすれど、他は何もしない」 「減らず口を……!」 「今更どうでもいいだろう。ようやく世界の終焉は一先ず免れたんだ。ここからお前はどうする? これ以上は辛いから旅を辞めるのか? それとも自分を殺してでもまだ旅を続けるか? もしも続けるつもりなら俺の協力が無ければこれ以降の島へ行くことは出来ない。決まったらいつでも教えてくれ」 怒りを顕にするシルバに対して、カゲはその存在同様掴みどころのない言葉しか返さない。 そして伝えたい事を伝えきるとカゲはまた目の前で消え去ってみせた。 ---- ヒドウ達が処刑された報は瞬く間に世界中を駆け抜けた。 そしてそれは同時に魚の島を始め、他の島々へ竜の島でシルバが世界を救った事と竜の島が最大の危機に瀕している事を伝えた。 元々は数万もいた島民は既に千人ほどにまでに減っており、島を導けるような指導者ももう生き残ってはいない。 島の物資も長く続いた侵攻戦の影響で殆ど使い果たされており、他の島からの援助が無ければ到底この島が生きていくことは出来ないだろう。 ベンケやドラゴに白羽の矢が立ったが、ベンケは一度島を捨てた事を、ドラゴはいくら家族のためとはいえそれ以上の多くの罪のない人々を殺めてきた事を告げ、互いに指導者を辞退した。 生き残った島民達だけを残してシルバが島を去れば物資が不足して全滅する未来は容易に想像できた。 しかし他の島々も同情こそあれど、同じようにヒドウと竜の軍に大きな痛手を負っているため多く渡せるような物資の余裕はない。 例えシルバの名がどれほど島々に影響を及ぼしたとしても、物資の問題牽いてはこのままこの島が存続してゆけるかという問題は解決のしようがない。 「シルバ……これからどうするの?」 あれこれと手を尽くし、竜の島も形だけは元通りになったが、既に島自体の活気は衰えていた。 シルバにもどうすることもできない問題を前にして、シルバも方法を考えるために遠くの景色を眺めながら考えていた所に子供達が訪れていた。 「分からない。ようやくこの島の平和を、世界中の問題を解決できたのに、このままじゃこの島は緩やかに滅んでゆくだけだ。どうにかしたいが、これだけは俺にもどうにもできない」 「旅は止めてしまうんですか?」 「それも分からない。世界の終焉が指していたのがこの竜の島の侵攻の事だったのなら解決したことになるが……もしそうでないとすれば最後の一枚の石板を探しに行かなければならない。そうすればこの島を離れることになる」 アカラやツチカにこの先の事や旅の事を訪ねられたが、シルバにもその答えは見えていない。 もしも旅を止めてこの島に残ることを決めたのならば、シルバは間違いなくこの島の指導者として担ぎ上げられるだろう。 そうすればもう自由に行動することは難しくなる。 しかしシルバが見た神達の言う世界の終焉がこの騒乱の事を言っていないのであれば、あと一枚の石板を集めなければ遅かれ早かれ世界は滅んでしまう。 シルバにももう、この答えを出すことは出来なかった。 沢山の人々がこれまでの旅の中で死んでゆき、多くの悲しみと憎しみを世界中に残してきてしまった。 だからこそ、もうシルバは諦めていたのかもしれない。 「お前達ならどうする?」 自分ではどうしようもできない。 そういう時シルバはいつも子供達に助けられていたことをふと思い出し、そう訊ねてみた。 「それなら虫の島の住民にさ、移住してもらったら? オレもそうだったけど結構住むところが無い奴は多いからさ。活気があればまたすぐに復活できるよ」 「岩の島にある技術なら、少ない物資からでもやりくりできる技術があると思う。元々ずっと地下シェルターで暮らしてたんだからここよりももっと何にもなかったはずだもん」 「あ! それなら魚の島の人達にも手伝ってもらおうぜ! 海に潜ればまだ他にも色々選択肢が出て来るだろ!」 口々に子供達が案を出す。 ヤブキは自分の住んでいた島の人口の多さという問題を逆の視点から捉え、アインは閉鎖されていた空間が生み出しているであろう技術を同じように逆の視点から考え、コイズは魚の島という水と共にある生活だからこそ思い付く発想を提案した。 「それならシルバさんに精巧な貨物船さえ作っていただければ、鳥の島に住む優秀な船員や船頭が仕事が増えて喜ぶかもしれません!」 「獣の島ならずっと農耕をしてたよ! きのみとかお芋とかそういうのを育てるのなら得意な人が多いから手持ち無沙汰な人に教えに来てもらおう!」 ツチカとアカラも同じように自分の住んでいた島の特色をシルバに教えた。 支援してもらうという発想ではなく、その島で発生している供給過多の問題を解決するという提案。 それはある意味住んでいる者ならではの考え方であり、竜の島の現状を危機ではなく、他の島から移住する好機と捉えさせる別の観点からの発想。 それを聞いているとここ最近ずっと張り詰めた表情をしていたシルバの頬も緩んだ。 「よし、やることは決まったな」 「ま、待って下さい!」 笑顔を取り戻したシルバが立ち上がった時、背後から誰かの声が聞こえた。 振り返るとそこにはシュイロンが息を切らした状態で立っており、急いでここへ向かってきたのが窺える。 「どうした?」 「それなら……竜の島の人達も色々と他の島に協力できるはずです。皆力が強いですから、本当なら農耕や建築なんかでみんな活躍できたはずなんです!」 「……そうだな。なら逆に竜の島の住人の良い所も他の人達に伝えに行こう。一応、ドラゴとイヴァンにも確認を取ってからな」 「はい!」 シュイロンの申し出をシルバはにっこりと笑って受け入れた。 この島で起きた沢山の問題の解決方法を、シュイロンはシュイロンなりに考えていた。 少なからず、自分が下した判断でシルバ達に迷惑を掛けた事を後悔していたようだ。 また元々ドラゴもイヴァンもこの島が平和だった頃から名の知れた有名人だったのだという。 それが原因でシュイロンの中に焦りがあった事も打ち明けた。 「焦る必要はない。私もイヴァンも昔から秀でていたわけではない。成したい事のために沢山の失敗と成功を積んできた。シルバや子供達と一緒に世界を見て回って沢山の経験を積んできなさい。そうすればやりたい事は自ずと見えてくる」 「はい! お父さんお母さん! 行ってきます!」 「行ってらっしゃい。それとシルバさん。シュイロンの事、よろしくお願いします」 「俺からも礼を言いたい。沢山の犠牲はあった。だがお陰でようやく皆が笑って暮らせる日々が訪れた。もう二度とヒドウのような物を生み出さないためにも、この島には新しい考え方が必要だ。生き残った竜の島の代表として今一度感謝を伝えたい」 「礼ならこの子達に言ってくれ。提案してくれたのは子供達だ」 シルバとドラゴ、イヴァンはそう言って笑い合い、ようやく家族が落ち着いて暮らせるようになったことを素直に喜んでいた。 他の家々でもようやく普通の家庭の煙が立ち昇るようになり、まだ少なくはあるものの少しずつ活気は取り戻しつつあるようだ。 こうしてシュイロンが新たにシルバの旅に同行することになり、その初めの旅としてシュイロンはシルバと共に初めて島を出た。 当然最初はシルバが見様見真似で作った小さな船。 それでもシュイロンにとっては初めての経験であり、とても楽しい旅となる。 いつものようにアカラがシュイロンに船旅とこれまでの旅の事を、竜の軍との戦いを省きながら話してゆく。 ツチカは今まで通りチャミから引き継いだ手帳に旅の物語の続きを書き記している。 そしていつもならばヤブキやアイン、コイズは遊びまわっているのだが、今回は船が小さいという事とあまり人手を割けなかったこともあり、ヤブキが帆に異常がないかを監視し、アインとコイズは船内と船外から船に異常が発生していないか監視していた。 「流石はシルバさんですね。竜の軍と竜の島の迅速な問題解決、お見事です。それと移住の話ですが、是非協力させて下さい。私のせいではありますが、島々の交流が減って暇な漁師が増えていたので喜ぶ事でしょう」 魚の島に着くと現状の島の内政を整えているスキームと話をした。 当然竜の島での出来事の全てはベンケ達から伝わっており、スムーズに話が進んでいった。 「レインさんは元気?」 「こらこら。レイン王とお呼びなさい。王も元気ですよ。今は王宮で帝王学を学ばれています。もう数年としない内に賢王として治世してくれることでしょう」 そう言ってアカラ達に言葉を返すスキームの顔は随分と晴れていた。 今だ贖罪としての意識が強いようだが、それでも楽しそうに仕事をこなしていた。 魚の島からは各島々の連絡船に乗り、訪れた島を巡ってゆく。 「あれ? ヴォイドさんが港にいる!」 「シルバ達か。いつぞやは世話になった」 岩の島の港へ辿り着くと、そこにはヴォイドを含めた岩の島の住人達の姿がちらほらと見受けられた。 シルバと別れた後、岩の島の住人達は島内で技術の浸透を推し進める者達と、島の外を知りたいという探究する者達に分かれ始めていた。 その多くはジャーナリストとなり、様々な情報の交換を行えるようにするためにヴォイドから様々な事を学び、いつか海に出る日を心待ちにしている様子だ。 ヴォイド自身も島外の者との交流を図り、これから先技術をどのようにして島外の者達にも安全かつ自然に伝播してゆくかを模索しているらしい。 「竜の島の現状は把握した。この島の技術者を何名か移住させるのであれば培養技術などの伝播も構わんだろう」 「いいのか? まだ早いとか言いそうだと思ったんだがな」 「君は約束を果たした。次は我々が歩みだす番だ。培養技術自体に危険性は殆ど無い。使い方を間違うことも起きんだろう。それになにより……科学が生まれた理由は貧困を救い、生活を豊かにするためだ。それならこの申し出は正にうってつけだ」 保守的だったヴォイドもシルバ達と別れた数ヶ月の間に随分と丸くなっていた。 既に外からの話も島内の方へ伝えており、様々な情報が行き来している状態となっているため、皆不安や期待に胸を高鳴らせているとのことだ。 だからこそ先駆者となる者を輩出し、抱いている不安を取り除きたいと考えていたのだろう。 「移住計画ですか!? それはもう大助かりですよ! 虫ポケモンはどうしても成長が早いですからね」 虫の島に辿り着いたシルバ達は久し振りに世界一の混雑を見せる港町に揉まれながらもウルガモスシティまで辿り着き、忙しなさそうに動き回るメルトに竜の島への移住計画を提案した。 願ったり叶ったりと言った調子でメルトは二つ返事をし、あっという間にこの話を他の町々へも伝えていたところを見ると、流石に巨大な島を治める者の動きは違うとシルバも思い知らされた。 「ああそれと! 他の町にも時間があれば顔を出してやってください! シルバさんのお陰でこの島どころか世界中がようやく平和になったんだ。皆感謝を伝えたくて仕方がないので! では会議がありますので私はこれで」 「襲撃直後も忙しなかったが普段からあの調子なのか……」 バタバタとメルトはすぐに次の場所へと移動していったため、少々呆気に取られていたシルバだったが、ゆりかご園の様子も確認したかったため、メルトの言葉通り町々を巡っていった。 沢山の人々から感謝され、気分は正に凱旋だったが、ゆりかご園に辿り着いたシルバは少しだけ呼吸を整えた。 「皆元気そうで何よりです。ヤブキもシルバさんのお役に立てているのね」 「ああ、ゆりかご園の方も変わりなさそうでよかった」 「変わりがないのも問題ですけれどね。そういえばチャミはどちらに?」 ミールにそう言葉を返されて、シルバの心臓が一つ大きく跳ねた。 向かえば必ずそう聞かれることを分かっていたが、それでもシルバはどう伝えるべきか迷っていた。 「……今は竜の島で島民達を元気付けていますよ。これまでの冒険を本にすると息巻いていました」 嘘を吐いてもいずれはバレる。 そう分かっていても真実を伝える勇気はシルバには無かった。 ミールはそうして寂しそうな表情を見せはしたものの、元気ならよかったとだけ言葉を繋げた。 その後は多くを語らず、ただ互いに笑顔で別れて虫の島を後にした。 「シルバ、そしてその一行。いつぞやはお前達に無礼を働いた。今一度こうして謝罪できたこと、そして世界を救ってくれたこと、きちんと感謝を伝えたかった」 「俺もあんた達には謝りたかった。俺も遠慮が無さ過ぎたからな」 鳥の島に着くとホムラ、フブキ、イカヅチの三人に改めて感謝と謝罪を互いに交わし、要件を伝えた。 「確かに少女の言う通り、本来この島は鳥ポケモンの船頭とそれ以外の船乗りが阿吽の呼吸を行っていたから最も事故の少ない船ではあったが……まさかその少女がそれを知っているとはな」 「お婆様や書物で沢山学びました」 「次代も育っているようだな。安心だ。丁度島民達の連携が取れてきていた所だ。その申し出受けよう」 この島に古くから住む者の間では船乗りの話は有名だったそうだが、それも今ではあまり語られなくなっていたそうだ。 勤勉なツチカがホムラから褒められ、少しだけ頬を赤らめて嬉しそうにしている。 彼等も竜の島への移住計画に賛同してくれ、その代わりに船を何隻かシルバが提供するようにして話を纏めた。 ただの一対一の交換に持ち込まないのは流石に治世が慣れていたこともあるのだろうが、同時に今後増えるであろう船乗りを見越しての先見性なのだろう。 「シルバ様。まさか戻ってきていただけるとは……」 「すまない。まだやらなければならない事があるので今回は少しの間滞在するだけだ」 「構いません。私達もようやく努力の成果をお見せできると息巻いているだけです」 獣の島まで戻ってきたシルバ達は随分と打ち解けた様子の三闘神と三帝神達に迎えられた。 既にこの島の体勢は六人全員で協力して三つの村を守ることで定まっていたため、蟠りは奇麗に無くなっていたようだ。 島の何処にも笑顔が溢れ、守備兵達が暇そうに欠伸をしている所を見れば、ようやく全てが終わったのだと安心できる。 「申し出の件、承知致しました。守備兵共が皆暇を持て余しているので出稼ぎ組と移住組とで分けさせて下さい」 「出稼ぎか。確かにそうすれば島々の経済交流も図れるのか。いい提案をありがとう」 「いえいえ。これも偏にシルバ様がもたらした平和のお陰です」 彼等もシルバの提案を快く受け入れ、ついでに移住だけではなく出稼ぎも行いたいと提案した。 これは子供達からも上がらなかった案だったためシルバも今の計画に付けたし、そのまま採用する事となった。 そうして全ての島々との話し合いも済み、後は移民の受け入れや交易路の再構築を残すのみとなり、本当に世界中が抱えていた問題は解決した。 ---- [[魚の島]]の章へ戻る [[魚の島]]の章へ戻る [[魂の島]]の章へ進む #pcomment(この儚くも美しき世界/コメント);