第四回短編小説大会参加作:3票3位獲得 #contents ※この作品には官能表現はありませんが、&color(red){一部下品な表現};があります。 ''&size(18){異文化意思不疎通};'' 「やぁ、初めまして、今日は。今日から僕が君らのトレーナーだ」 左手を自分の胸に当て、右手を開き目前に佇むポケモンたちへ一言。 紫色の髪の毛をあちこちに広がせ一束が頭部から飛び出る髪型、それと同じ色で模した甚平を着込み素足に草鞋のスタイルで、かつ瞳を頑なに閉じるトレーナーの姿は傍から見ても少々不気味である。 それが初対面の異種族ならば、彼に対して警戒を見せても不思議では無いだろう。 念力を高めるために瞳を閉じているのはサイキッカーの青年。 彼から見て左に視線を流すとプルリルの♀、♂のデスマス、ゴルーグに♀のヒトモシが並んでいた。 そしてサイキッカーの左隣には♂のヨマワルが、髑髏の顔の中に浮かぶ赤い瞳をくるくると回して浮かんでいた。 ヨマワルは正直困っていた。 「……んー、通じてないね。ジョウトやカントーやシンオウじゃぁ通じたんだけどねぇ」 ははは、とサイキッカーが笑うと、ヨマワルがヒラヒラとした黒い両手で己の顔を覆い、身体を横に振った。 始めは持ち前の超能力を伸ばすためにトレーナーになった青年だったが、後に同じ出身地の四天王の一人に憧れてゴーストタイプのポケモンをメインに所持するようになり、この所はバトルに精を出し始めジムめぐりに没頭していた。 ジムリーダーに勝つには強いポケモンが必要不可欠であるため出会うトレーナー、戦うトレーナー、さらにはポケモンセンターの掲示板を利用してポケモンの交換をするようになった。 しかし同じ地方のトレーナーとでの交換では、育て方に地方の色が強く出すぎてしまい彼は納得行っていなかった。 そのため、彼は初めてGlobal Trade Station、通称GTSを利用し別の地方からのポケモンと己の手持ちを交換したのであった。 だが、そこには大きな問題があった。 「えー……っと。あー……プルリル……じゃないか、ふ、ふー……ル……、フリッ……シュ?」 いつの間にか開いたポケモン図鑑をプルリルに照らし、そこに表示されたプルリルが送られてきた地方の言語で呼びかける。 すると、プルリルは『リー』と、桃色の触手をヒラリと持ち上げた。 ――――― 初めまして。 『……』 お名前は。 『……』 もしもーし。 『!!』 『LOL.LOL.LOL.LOL.LOL!!!((海外で使われる『www』の意))』 『Wollen wir freunde werden!!!!((友達になろうじゃないか!!!!))』 笑いながらバシバシと仮面でヨマワルの背を叩くデスマスの顔は妙に嬉しそうで、背に叩きつけられる鈍痛に涙目になっているヨマワルは、何故デスマスが笑っているのかその理由を分かっていなかった。 ――――― デスマスはMakabaja((ドイツ))。 プルリルはFrillish((アメリカ))。 ゴルーグはGolemastoc((フランス))。 ヒトモシにいたってはEspañol((スペイン))である。 「うーん、GTSは全ての世界で交換するから仕方ないとは言え……あー読み方わかんない」 図書館の一室で辞典を広げ、ポケモン図鑑を指でなぞり、図鑑と同じ大きさのメモ帳に訳文を書きながらサイキッカーは呟く。 彼の後ろでヨマワルがフワフワと浮かび、自分の&ruby(あるじ){主};の頭部を眺めて骨の顔を手で掻いた。 GTS、Globalが指す通り、通信が行える国全てのトレーナーと交換が出来る。 だが当たり前ではあるが、ポケモンたちは育った国の言語に依存する。 それはトレーナーも同じである。 サイキッカーが新たなポケモンたちの地方の言語を理解出来ないのは当たり前で、またヨマワルも、仲間たちの言語が理解出来ないでいた。 ウィッシュ地方とカロス地方の言葉ならば少々分かるものであったが、最悪なことに皆バラバラだ。 特に、デスマスとヒトモシは『とおいくに』から来たようだった。 「あー! もう、だめ!!」 そう叫ぶと同時にサイキッカーは両手を高く上げて、背を椅子の背もたれに押し付けた。 「分からないよぉ、ヨマワルぅー」 そのままの体勢で顔だけを上に向け、&ruby(くう){空};に浮かぶ自分の相棒に泣き言を投げると、ヨマワルはプルプルと縦に身体を振って、自分もです、と意を示した。 「あ、そっか」 思いついた様にサイキッカーは呟き、身体を前に動かし、背もたれから背と体重を解放して今度は机に腕と体重を乗せた。 「ヨマワル、お前が通訳して指示出してよ」 何て事を言うんですか!? ヨマワルはブンブンと身体を振り回して拒絶の意を示すが、その姿を見てサイキッカーは不満そうに口を尖らせた。 「お、イヤだと言っているな? 大丈夫だろ。ポケモン同士だしさ」 ニンゲン同士でも別の言語では通じないではないですか。 と、ヨマワルは身体の動きでそう示そうとしたが、どうやって動かせばいいのか分からず、ただただ身体をブンブンと横に振る事しか出来なかった。 ――――― 今日は。 『Bonjour!((今日は!))』 お名前は何て言うの? 『Pardon?((何?))』 『Comment allez-vous? Il fait tres chaud et tres beau aujourd’hui!((ご機嫌いかが?今日は暑いねいい天気!))』 あの…… 『Bonne journee!((良い一日を!))』 ウキウキとこちらへ陽気な態度で接してくれているゴルーグに対し、ヨマワルは泣きそうな顔で大きくため息を吐くしかなかった。 ――――― 「行けッ! マーッカバヤッッ!!」 街外れの公園の一角。 野良バトルを申し込まれたサイキッカーは、エリートトレーナーの少女が出したバチュルに対してデスマスを出した。 モンスターボールの口が開き赤い閃光と共に飛び出るデスマスを眺め 「へぇ、キミ、ポケモンにニックネームつけているの?」 とエリートレーナーは呼びかける。 「い、いやそうでは無くて……」 何度目だろうか、こう勘違いされてしまうのは。 「えー?」 「な、何でもありません……マカバヤ! 鬼火!!」 サイキッカーが指示を出すと、デスマスは動……かず、ヨマワルがすぐさまデスマスの横に移動し、ポケモンの言葉で『Irrlicht!!((ドイツ語で鬼火))』と発するとデスマスはコクリとうなずき、手に持った仮面を掲げ、怨念のエネルギーをそこへ集中させて青白い鬼火を発生させた。 掲げた仮面を勢い良く振り下ろし、その力で鬼火をバチュルへと投げ飛ばした。 ……が、サイキッカーが指示を出し、ヨマワルがそれを伝え、デスマスが鬼火を作り出しているその間に、バチュルはピョンピョンと跳んで鬼火が届かぬエリートトレーナの足元まで逃げていた。 むなしく鬼火は地へと落下し、ジュッと草を軽く燃やし、消えた。 「……バトルのテンポが凄~~~~く悪いんだけど……」 両肩を落とし、背を丸めてエリートトレーナーが鬼火が落ちた地を指差しては、サイキッカーへ湿った視線を向ける。 「……やっぱり?」 頭部を掻きながら、はははと苦く笑うサイキッカーに対し、ヨマワルは合計五百回は越えたであろうため息の数を、また増やした。 その後ヨマワルが戦闘に出たが、結局負けた。 ――――― はろぅ。 『Ha....Halo?((ひ…光?))』 うん、今日は、だよ。 『Cone niche??((とうもろこしを置く??))』 リッチ? あー高級なとうもろこしじゃないよ……。 『Niche!! Niche halo!??((置く?光を置く??))』 ?? 『You are strange!!((あんた変よ!!))』 触手をバタバタと振るってイヤイヤと首を振るプルリルに、ヨマワルは間違った事を行ってしまったかなぁ、と頭を抱えた。 ――――― 「はいよ、夕食。皆に配ってくれよ」 夕方を過ぎ、夜の前。 街から大分離れた森の入り口の前でサイキッカーは野宿を決め込み、リュックサックから寝袋と自分の食料、そしてポケモンたちのフードを取り出しそれの一つをヨマワルへ手渡した。 缶に入ったポケモンフード。ヨマワルはそれを受け取ってはふわりと浮かび、食事を待ちわびる仲間たちへ順番に渡して行った。 相変わらず言葉はなかなか理解できないが、心では徐々に通じ合っている……と、ヨマワルは思いたかった。 ヨマワルはポケモンフードの缶をヒトモシの目の前に置く。 だが、ヒトモシはそれを目前にして頬を膨らませていた。 ヒトモシの横ではプルリルとゴルーグにデスマスが缶の蓋を取って、次々に口の中へ中身を放り込んでいるのに、彼女だけは食べる素振りをしない。だが、表情からして空腹なのは間違いなかった。 どうしたのか、とヨマワルは身体を横に半回転させて考えてみると、ヒトモシの腕では缶の蓋を取る事が出来ない事に気がつき、だから彼女はむくれているのかと理解した。 あぁ、ごめんごめんとヨマワルが代わりに蓋を外し、缶をヒトモシへ差し出した。 お腹が空いているのにね。 『!!!』 ん? どうしたの。 『Caga!!? No sea chistoso!!!((カガ!!?ふざけないで!!!))』 顔色を変えて怒りまくるヒトモシに、ヨマワルは何がどうしたのか分からず、オロオロとしながら次にこう言ってしまった。 あ、あの~……な、何かした……? 『!!!!』 ヒトモシはさらに怒り、そのあまり頭部の炎が巨大化し、その切っ先がヨマワルの尻尾に触れて、あちちあちちと彼は涙目で逃げ回ったがその後ろを怒りの治まらないヒトモシが執拗に追い掛け回した。 他の仲間たちじゃ食事に夢中であり、サイキッカーにいたっては二匹が遊び回っているのだと思い込み、遊ぶのなら食事してからにしてよー、とのんきに呼びかけた。 ちょ、ちょ、ちょ! ちょっと!! 『Pervertido!!!!((この変態が!!!!))』 ヒトモシは身体を一気に振り回し、その勢いで紫色の炎で溶けた蝋が飛び散り、一番大きな塊がヨマワルの背に命中した。丁度、骨の模様がある所に。 …………。 ヨマワルはお世辞にも軽いと言えない身体を地へ落とし、その衝撃で土煙が軽く上がったが誰も気に留めていなかった。 『Que bajeza!((最ッッ低!))』 文字通りそう吐き捨てて、ヒトモシはぴょんぴょんと跳びながら元居た場所に戻り、ガツガツとポケモンフードを自棄食いした。 「ヨマワルー。お前も食べろよー」 寝袋の上で胡坐をかくサイキッカーは街で購入したおにぎりを齧り、一つだけ余ったポケモンフードの缶をヨマワルに見せるように振りかざしたが、うつ伏せに倒れこむヨマワルにそれが見えるわけも無く、何も分からない主の声を聞きながらヨマワルは、ぐすん、と零れそうになる涙を啜った。 「あー。なぁなぁ、面白いことが書いてあるよ」 はい。 「海外で言ってはならない言葉特集が巻末に載っててさー」 あぁ何でしょうか。 「もしもし((ドイツ語で『女性器×2』))、とか、あの~((スペイン語で『肛門』))、とか、ちょっと((スペイン語で『男性器』))、とかって性器とかを指すっぽいよ。これ意識しなくても、絶対言っちゃうよねぇ」 え。 「あとさー、カガ((スペイン語『大便しろ』))、って言葉がさぁ……」 サイキッカーとヨマワルに新たな仲間が出来て三ヵ月後。 立ち寄った本屋にて、図書館で読んだのを同じ辞書を再び見かけ、購入した一冊。 公園のベンチに腰掛けて、サイキッカーはそれをペラペラと捲りヨマワルが彼の右肩に手を乗せてそれを覗き込んでいた矢先だった。 あぁ、道理で……。 サイキッカーの肩から胸へ、胸から腹部へ腹部から腰へ、ズルズルとヨマワルは前に落ち、ベンチへ顔を押し付ける形で、止まった。 「向こうで『蚊が』とか言ったらダメだよねー。お前以外をボールに入れておいて良かったー。こんなの聞かれたら……ん?」 何も知らずに笑う主の顔はヨマワルには見えない。 木製のベンチの隙間から見えたのは、敷き詰められたタイルとその間から生える数本の雑草。 太陽の光を浴びることの出来ないその雑草に、ヨマワルは一滴の水をやった。 ぽた、ぽたり、ぽたり、と一滴から二滴、二滴から三滴。 「ヨマワル、どうしたんだよ」 骨が描かれたかのような模様が浮かぶヨマワルの背を、サイキッカーは手を添えてユサユサと揺さぶるが、ヨマワルはそれに応えなかった。……応えられなかった。 ふるふると細かく身体を震わせ、ヨマワルは恥ずかしさと己の情けなさと、どうやって仲間たちに顔を見せればいいのかと悩み、髑髏の顔の中に浮かぶ赤い瞳を歪ませ、ただ、泣いた。 ―おわり― #hr **後書き [#kb90238c] そんなこんなで初めまして、今日は。[[両谷 哉]]と申します。 wiki初参戦が短編小説大会、ついでに言えば小説は畑ではない、 さらに言えば小説を書くのは3年ぶり(!)と非常にハードルの高い物で御座いましたが 3票獲得3位タイと、自分にとって大変過ぎた評価であり、投票してくださった3名の方々に感謝します。 実は登場人物のサイキッカーとヨマワルは、個人で発行した同人誌の登場人物と同一です。 出身地はホウエン。最初のパートナーがヨマワル。 トレーナーの名前は出さない、ポケモンにもニックネームは同種が出ない限り付けないのが個人的なモットー。 今後もお付き合いくだされば幸いです。 **投票コメント返信 [#i86dcb84] 笑わせてもらいました。しかし、ほとんどの言葉の意味が分からなかったので、大会終了後は是非解説を入れてもらいたいです (2013/06/25(火) 17:59) 投票ありがとうございます。注釈として訳文や説明を入れましたのでまた読んで下さいませ。 言語圏の違いによる誤解とは言え、こんな何気無い言葉が性的な意味になってしまうんですね。 誤解どころか下手すると信頼関係を崩壊しかねないという怖さがありました。 ヒトモシちゃんの憤怒ぶりは凄まじかったですけど、あれからヨマワルとはちゃんと仲直りできたのでしょうか。 (2013/06/28(金) 19:42) 海外へ行った時に失言などしてしまったら怖いものですよね。 ヨマワルとヒトモシですが、ヨマワルが失言に気がついたのが既に3ヵ月後となっているので 誤解を解くにも同じような時間が掛かるかと…頑張れヨマワル。 くすっと笑える作品でした (2013/06/29(土) 23:25) 笑ってくださりありがとう御座います!下品な内容だから引かれるかと心配しました…(笑) **コメント欄 [#a87bfc24] 何かありましたらどうぞ。 - 後書きを読んで、作者のまさかの正体の意外さに物凄く驚きました。このヨマワルが後にぬいぐるみとあんな事になるとは……どうやらこの後そこまで中が険悪になっていないようで安心です。 解説も読んでみて、そもそも相手が言葉が通じていない事に気付かないヒトモシも大概ですね。スペイン語は日本語と発音が似ていますから、バイオハザード4なんかでもかなりの空耳が生み出されましたが、逆もまたしかり。 ニコニコ動画のように空耳を空耳と割り切らないと異文化交流はやっていけませんね。 ――[[リング]] &new{2013-08-11 (日) 04:53:37}; - コメント頂きまして、真にありがとうございます。 リングさんは件の同人誌を知られているのでバレるかなーと思ったのですが(笑) 別の国に送られたことくらいは理解しつつも、やっぱり勘違いしちゃうようですねぇ。 その後ちゃんと仲直りできていればいいのですが、さてはてそれはまた別と言うわけで。 ――[[両谷 哉]] &new{2013-08-18 (日) 20:24:33}; #comment(above) IP:219.205.26.62 TIME:"2013-08-18 (日) 20:24:33" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?%E7%95%B0%E6%96%87%E5%8C%96%E6%84%8F%E6%80%9D%E4%B8%8D%E7%96%8E%E9%80%9A" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 5.1; rv:23.0) Gecko/20100101 Firefox/23.0"