ポケモン小説wiki
甘味処「三日月の微笑み亭」にようこそ の変更点


 「三日月の微笑み亭」の前に着くと、門の前で店員のエネコロロちゃんがいた。エネコロロちゃんの前にはガブリアスとクリムガンが。

「申し訳ございません。当店は予約のお客様しか、あっ、バシャーモさん! いらっしゃいませ、お待ちしておりました!」

 「ごめんなさい」をしていたエネコロロちゃんの顔が、私を見るとパッと晴れる。私は「こんにちは」とだけ返してエネコロロちゃん達の横を通り過ぎる。目を合わせたわけじゃないけど、背中にガブリアスとクリムガンの視線を感じた。
 ごめんね、実は予約のお客さんしか通れないわけじゃなくて、一見さんお断りなの。私だってここを紹介してもらうのに随分かかったんだから、おとなしく出直してきてね。
 私は柔らかな秋晴れのお日様に照らされた「三日月の微笑み亭」を見上げる。お城かと思うくらい立派なお屋敷。中庭の植木や花壇は手入れが行き届いていて、深い赤のレンガの壁には蔦が何本も伸びていて、一言で言えばとても風格がある。それが港街を見渡せる崖の上に立ってるんだから、誰だって興味はあると思う。だから「三日月の微笑み亭」は一言さんお断り。ここの秘密をバラしてしまうかもしれないポケモンは入れない。この甘味処は店員さんとお客の頑張りで続いているお店だから。

 味わい深い色合いの真鍮でできたキュワワーの形のドアノッカーを三回、間隔をあけてもう一回だけ叩く。これが合言葉の代わり。万が一で店員さんに止められないで扉まで来た一見さんでも、このお作法は分からない。それくらい頑丈にこのお店の秘密は守られてる。

「「「「はーい!!!!」」」」

 扉の向こうからたくさんの返事が聞こえて、私は重厚な黒い木の扉を引いて「三日月の微笑み亭」の中に入った。

「あっ、バシャーモさん、いらっしゃい」

 私が赤い絨毯が敷かれた玄関に入るなり、抱きついてきたのはミミロップちゃんだった。ここは特別なお店だし、店員さんもお客も特別だからこういう出迎え方。私がここに出入りするようになった頃に店員さんになったミミロップちゃん、最初はぎこちなかったけど今では白と黒のフリフリなメイド服が昔より似合ってる。

「こんにちは」

 私は、私より背が低いミミロップちゃんの頭を撫でる。二つの耳の間をあけて、ミミロップちゃんはフワフワな笑顔を私に向けてくれる。これだけでも日々のギルドでの疲れが吹き飛ぶくらい。

「ミミロップちゃんズルイ! 私も! いらっしゃいませー!」

 私の左半身に、さらラランテスちゃんが抱きついてくる。ラランテスちゃんは最近入ったばかりだけど、とても頑張り屋さん。私はラランテスちゃんにも挨拶をして頭を撫でる。茶色の毛並みに白と黒のメイド服がシックな組み合わせのミミロップちゃんもいいけど、華やかな見た目にメイド服を着てるラランテスちゃんのギャップも素敵。私を見上げて笑うふたりを見ていると、こっちの顔までとろけてきそう。

「いらっしゃいませ、バシャーモさん」
「いつも来てくださって嬉しいです」

 ミミロップちゃんとラランテスちゃんに抱きしめられた私からちょっと離れて微笑んでるのは、同じくメイド服を来た店員のルカリオさんとメガニウムさん。ふたりはベテランだから立ち振る舞いに品がある。そして、ベテランだから「ご指名」も高い。それでも私を快く出迎えてくれるのは、私のお財布の紐が緩まることを期待して。その計算高ささえ、ここでは嗜みになる。それにしても。

「あれ? コジョンドさんは?」

 私は浮かんだ疑問をそのまま口にした。「三日月の微笑み」亭ではお客の好みに合わせて出迎えの店員さんが変わる。このお店の元締めのサーナイトさんとマフォクシーさんがエスパーだから、来るお客がお店に入る前に分かる仕組みになってる。私が来る時はいつもコジョンドさんがいるはずなのに。まさか。

「コジョンドは、他のお客様から『ご指名』中ですから」

 メガニウムさんが微笑んだまま答える。私は想像した。コジョンドさんは、このお店の中でも一番二番を争うほどのベテランさん。そこらへんのお尋ね者ポケモンを一匹二匹捕まえたくらいじゃ、とてもじゃないけど「ご指名」なんてできない。いつかコジョンドさんを「ご指名」したいなあ。

「ねえ、バシャーモさん、まずはラウンジに行こうよ」
「私たちが連れてってあげる!」

 そう言ってミミロップちゃんとラランテスちゃんにそれぞれ私の右手と左手を引っ張られて、それで現実に戻った。言われるがまま引かれるまま歩き出す私の後ろを、ルカリオさんとメガニウムさんがおしとやかについてくる。私は玄関の奥に見える階段を見つめた。あの奥の一室でコジョンドさんがお客と。ああ、いいなあ。

「目指すべきは、まずは私かルカリオでしっかり慣れてくださいな。コジョンドは、今のバシャーモさんには少し刺激が過ぎるかと」

 両手を引っ張られる私の隣に並んだメガニウムさんが、私の耳元で囁いた。メガニウムさんの吐息が少しくすぐったくて、炎ポケモンだけど顔に火照りを感じる私の目の前で、メガニウムさんが舌を出して小さく笑った。それだって私から多く料金を引き出したいお芝居のはずなのに、とにかくもう、その気にさせられそう。

「バシャーモさん、どうしたの?」
「もしかして体の具合がちょっと良くないの!?」

 私の手を握りながら心配そうに見つめてくるミミロップちゃんとラランテスちゃんだって本当は。ああ、もう。

「なんでもない……なんでもないよ……!」

 私はそれだけ言って頭を横に振った。たぶん今の私は、とんでもなくぎこちない笑顔なんだと思う。




 このお店のラウンジは格調高いソファーやテーブルが置かれた吹き抜けの広間で、ここでは店員さんから「接待」を受けながら食事できる。「ご指名」は個室での「接待」で、今日も私はお財布の中身を気にして、「ミミロップちゃんとラランテスちゃんをラウンジで」と選んだ。
 私は真っ赤なソファーの真ん中に座らされ、横にはミミロップちゃんとラランテスちゃんが私の腕を抱きながら座ってる。ルカリオさんとメガニウムさんは私の食事を持ってくるために一度下がった。もちろん食事の代金もお客が払う。だからこのお店には多く来たいけどそうできなくて、そういう焦らし上手も「三日月の微笑み亭」の魅力の一つ。

「バシャーモさんの噂、このお店にいても聞くよ」
「ギルドの中ですごく腕が立つ賞金稼ぎだって!」

 ミミロップちゃんとラランテスちゃんの話に相槌を打ちながら、私はこっそりラウンジにいる他のお客を見る。
 窓際のソファーでメイド服のフローゼルさんと氷のキュウコンさんと一緒にいるのは、港街で一番の歌手と名高いアシレーヌだ。お客とお客は、普通は話したりしないんだけど、前にアシレーヌがコジョンドさん並みに「ご指名」が高いグレイシアさんを選んだ時、私が座るソファーの横でフンと鼻を鳴らして通り過ぎたのを今でも覚えてる。今に私だって、どんな店員さんだって「ご指名」できるくらい立派な賞金稼ぎになってやるんだから。
 あっちのお客は初めて見る。アマルルガだ。誰の紹介だろう。苦笑いをしてるアマルルガの隣にいるのは、ルカリオさんやメガニウムさんと同じくらいベテラン店員さんのヌメルゴンちゃんとラプラスさん。もしかしたらどこかのお金持ちかも。初めてのお客にヌメルゴンちゃんとラプラスさんをけしかけるなんて、元締めさん達もポケモンが悪い。

「お待たせしました」
「どうぞお楽しみながらお召し上がりください」

 そうこうしていると、それぞれ手と蔓にトレーを持ったルカリオさんとメガニウムさんが戻ってきた。トレーの上に乗せたスイーツを私の目の前に置く。
 私が頼んだモンブランとマシュマロの盛り合わせ。渦のように巻かれた茶色の小山の上に粉砂糖が振りかけられてて、さらにその上にツヤツヤなマロングラッセが一粒乗ったモンブラン。マシュマロはお皿に指でつまめる大きさのものが何個も乗っていて、その隣に色とりどりのカラースプレーが散りばめられたチョコソースが盛られてる。
 「三日月の微笑み亭」はいつもお客の憧れだから、スイーツも絶品。噂では、街でケーキ屋さんをやっているペロリームさんが裏の仕事として引き受けてるって聞いた事があるけど、本当かどうかは分からない。でも、本当においしくて、本当のお楽しみはこれから。私は私の心臓が少しずつ速くなっていくのを感じてる。
 スイーツを運び終えたルカリオさんとメガニウムさんがまた下がる。ふたりを目で追ってると、他の店員さんからルカリオさんが耳打ちされた。「ご指名」かな、いいなあ。「ご指名」の、個室での「接待」は、それはもうすごい。私は勢いでラプラスさんを一度「ご指名」したことがあるけど、あんなところを、ああしてこうして。ああ、思い出しただけで。

「ねえ、どっちがどっち?」
「私はどっちでもいいよ!」
「じゃあ、ミミロップちゃんがマシュマロで、ラランテスちゃんがモンブランで。まずはラランテスちゃんからお願い」
「うん!」

 ミミロップちゃんとラランテスちゃんの言葉でもう一回現実に戻ってくる。そうだよ、今の私には今の私に尽くしてくれる店員さんがいて、心がフワフワしていたらミミロップちゃんとラランテスさんに失礼。
 ミミロップちゃんとラランテスちゃんが、それぞれテーブルからマシュマロとモンブランが乗ったお皿を持った。
 そして、ふたりが鼻先を手に持ったお皿の上に近づけて、大きな口をあけてマシュマロとモンブランを頬張った。噛み千切って、お皿の上に大きく欠けたモンブランと欠片になったマシュマロが残った。それから、顔にマロンクリームとチョコソースを付けたふたりはモゴモゴと大きく何度も口の中のものを噛み砕く。初めてのお客なら店員さんの正気を疑うと思う。だけど、このお店では。
 ラランテスちゃんが私に向けて口をあけた。レンズみたいな大きな目が可愛いラランテスちゃんの明るい笑顔。そして口があって、その中にはラランテスちゃんの唾液と混ざり合ってグチャグチャのドロドロになったモンブランが。ラランテスちゃんの上と下の小さな牙の間に唾液の糸が通っていて、その奥の薄紅色の舌の上にグチャグチャドロドロのモンブラン。
 私の、前に出た鼻先にその香りが届く。マロンの誇り高い香りが、クリームの甘い香りが、ラランテスちゃんの唾液と息の香りが。それが私の前に広がってる。

「おーお!」

 「どうぞ!」って言ったんだと思う。私はその言葉を聞き終わるかその前に、目をつむったラランテスちゃんの口に自分のそれを重ねた。ラランテスちゃんが舌を使って、噛み砕いたモンブランを私の口の中へ移す。私は私の舌を使ってそれを受け取る。口を閉じるけど繋がったままで、モンブランをさらに噛み砕く。私の舌の上で感じる、マロンとラランテスちゃんの味。元気で、甘くて、ちょっとだけ臭い。
 すぐに飲み込まず、私もラランテスちゃんもまた口をあけて、さらに細かくドロドロになったモンブランをもう一回ラランテスちゃんの口に移す。そうしながら、お互いくっつけたままの口をクネクネと動かす。舌と舌を絡ませる。ラランテスちゃんは元気だけどキスはまだ不器用。これからに期待かな。
 もう一回ラランテスちゃんからモンブランを受け取って、それからさらに味わってからやっと飲み込む。ラランテスちゃんの口の周りに付いたマロンクリームを舌で舐めとってあげる。両手でも頬を撫でてあげる。

「くすぐったーい!」

 ラランテスちゃんがそう言うけど、私はお構いなし。私が口の中も外も十分に堪能してから、やっとラランテスちゃんが目をあける。まだ少し顔にマロンクリームが付いていて、笑顔の口の中にも細かい破片が残ってて。

「どうだった?」
「良くないわけないよ」

 またラランテスちゃんとキスをする。甘いスイーツのキスを。舌と舌と絡めて遊んでいると、背中をツンツンとつつかれた。

「うん?」
「次のお楽しみだね!」

 ラランテスちゃんの言葉を聞きながら振り向くと、私に向けて口をあけて待ってるミミロップちゃんがいた。そうだった、ミミロップちゃんの方もちゃんと食べてあげないと。
 私がちょっと長く放っておいたせいで、そのおかげで、ミミロップちゃんの口の中はいい感じにグチャグチャのドロドロになってた。細かく噛み砕かれたマシュマロの白とチョコソースの茶色が混ざり合って可愛くて、ミミロップちゃんの前歯の奥から、甘くなったけどまだちょっと臭い息が漏れてる。

「ん」

 ミミロップちゃんはそれだけ言った。それだけで私は、ミミロップちゃんをソファーの上に押し倒しながら口と口を重ねた。私がラランテスちゃんとキスしている間にミミロップちゃんはお皿をテーブルの上に戻していて、だから私はミミロップちゃんの両腕の手首をそれぞれ私の手で掴んだ。キスした瞬間にとじて小さく拒んでたミミロップちゃんの口を舌を使ってこじ開ける。ミミロップちゃんの舌に襲いかかる。その間で、私とミミロップちゃんの口の中をドロドロのマシュマロが動く。甘くて、ミミロップちゃんの味がして、おいしい。
 ミミロップちゃんの舌が私を求めてきた。お互い口の中をグニュグニュ動かして、それで口と口の隙間からマシュマロがこぼれそうになる。私は舌でミミロップちゃんの口の中をかき混ぜる。ミミロップちゃんの可愛らしい鼻からちょっと苦しそうな息が漏れる。もうちょっといじわるしたいけど、これ以上は「ご指名」じゃないと許されない。
 ミミロップちゃんを押し倒したままマシュマロを飲み込む。やっぱり甘くて、柔らかくて、おいしい。

「バシャーモさんは、私にはいじわるだなあ」
「ミミロップちゃんも良いからだよ」

 鼻先はそっぽを向いた流し目と微笑みで私を見つめるミミロップちゃん。店員さんとしてのコツが分かってきたみたいだなあ。私が育てたって、少しくらい自慢に思ってもいいかな。

「ふたりしてズルーイ!」
「わっ!?」

 私の背中にラランテスちゃんが乗ってきた。とっさにミミロップちゃんから離してソファーの上に腕を立てる。私がラランテスちゃんくらいの重さなら耐えられるって、分かってやってきたなあ。
 ラランテスちゃんが持ってたモンブランの残りをミミロップちゃんのあいた口に入れた。ミミロップちゃんもテーブルに置いていたマシュマロのお皿を持ってラランテスちゃんの口へ傾けた。
 私の背中に覆いかぶさって、横から私を見てくるラランテスちゃん。膝を立てた私の胸の下、そこから見上げてくるミミロップちゃん。どっちもまた口をモゴモゴ動かして咀嚼してる。

 本当は注文はこれだけにしようかと思っていたけど、もう二品くらい頼んじゃおうかなあ。


 了
 

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