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written by cotton
漆黒の満月 三,
雨は今日も降り続いている。雨粒は木々を掠め、鳥たちの歌声は全く聞こえない。近くを流れる小川は氾濫し、鈍い音を立てる。
アブソルは住処とする大木へ帰ると、気を失ったイーブイの治療に努めた。大木は、根が二股に分かれ、洞となっている。特にモモンがよく効いたようで、その甘い味は彼の疲労をとってくれたみたいだ。
二匹を沈黙が包む。アブソルはただ雨の降る外を眺め、イーブイは悲しさからか淋しさからか、起きようとはしない。
「…どうだ、寝心地は」
話そうとしてもその位しか話題が見つからない。イーブイのそっけない返事は宙に消え、虚しさを残す。
昨日の出来事は、彼に過去を思い出させた。思い出したくもない、あの悪夢のような過去をー
ー急に、目の前が眩しく、開ける。
外の心地よい空気は、殻に閉じこめられていた彼に解放感を与える。彼は、自分を閉じこめていた殻を抜け出す。
目の前には、こちらを覗きこむ少年がいた。この少年が、自分の「主人」なんだろうか。そう思いこみ、名前を呼ばれるのを待つー
ー「実験」は、うまくいったみたいだな。
ー…「実験」…?
彼は、自分の前足を見、その言葉の意味を知った。
ー黒い毛で覆われている…足も、体も…
全ては、「主人」の思い通りとなった。
ーじゃあな、『実験台』。
自分は、その「実験」の実験台として生まれたのだった。その一言が、彼に重くのしかかった。呼び止めることさえ、できなかった。
行く宛もなく、彼は歩き続けた。主人に捨てられ、自分の力で生きてゆくしかなかった。
街で、自分の姿を見た人は叫ぶ。
ーアブソルだ、アブソルが出たぞ!
そう呼ばれ、自分がアブソルであることを初めて知る。
…あっという間に、自分の周りに人々が円を作り、こちらを見ている。自分はどうすることもできない。
辺りを見回す度に、悲鳴が、非難が、自分に浴びせられる。
ー黒い毛のアブソルだ…
ーどんな災いを呼ぶか分からない!この街から追い出せ!
人々は自分に攻撃を始めた。
石を投げる者。ポケモンに指示をする者。水をかける者。…それは何分続いただろうか。戦うことを知らない自分は、何もできない。
やっとのことで「電光石火」を使い、逃げ出した彼は、街の外へ走る。傷を負って、時々倒れそうになりながら。
彼は自分の境遇を憎んだ。
アブソルとして生まれたことを、
黒い毛をもって生まれたことを、
「実験台」として生まれたことを、
そして、あの「主人」のポケモンとして生まれたことを。
「…ちゃん、兄ちゃん?」
イーブイにそう呼ばれ、アブソルは我に返った。イーブイは彼を「兄ちゃん」と慕うようになっていた。同じ主人のポケモンとして生まれたのだから、ある意味兄弟なのかもしれない。
「…どうした?」
「だって、さっきから怖い目して、外見てたから…」
「ああ…すまない。ちょっと考え事してただけだ」
雨は、いつの間にか弱くなっていた。
「…なあ」
ふと、イーブイに質問をした。
「お前は、ロン…主人の元へ帰る気はあるのか…?」
「うん」
言い終わらないうちに、答えは返ってきた。
「もしも、御主人がボクを求めるのなら、ボクはいつでも、帰るつもりだよ」
彼は、笑顔で言葉を返す。その笑顔はあまりにも健気で、優しくて。「主人」の冷たい笑みとは、あまりにかけ離れている。
「ボクは、御主人のポケモンとして、生まれたんだもん。絶対、もう一度会いにゆくから」
悔しかった。こんなに、信頼してくれている仲間を、「使えない」と捨てる主人をもったことを。
住処の前には、少し高い丘がある。太陽は雲の切れ間から、頂上の木を照らしていたー
[[漆黒の満月 四話]]へ。
気になった点などあれば。
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