[[狸吉]]作『からたち島の恋のうた・豊穣編』 ~溶けるビター・チョコレート~ 「義理だ。食え」 『一切の期待をするな』と言わんばかりのそっけない素振りで差し出されたのは、雑な包装を施された小さな塊。 誰がどう見ても、手作りのバレンタイン・チョコレートであった。 「……いいんでやすか?」 八分音符の鶏冠を傾けるぺラップの&ruby(ナオト){鳴音};の訊ねに、 「遠慮は無用だ。港の雄ども全員に配っているものだからな」 とあっさり答えた青玉色の背が、たっぷり中身の入った麻袋を担ぐ。 ガサリ、と音を立てて、袋の口から中身が顔を覗かせた。 「あ」 それは彼女の襟飾り程にも大きく、光沢のある桜色の紙で丁寧に包まれ、愛らしい金のリボンで結ばれていた。 「総長、それって」 羽根で指して問いかけようとした鳴音に向けて、振り返った勝色の瞳が―― カラタチ島海洋警備隊総長、シャワーズの&ruby(レンカ){蓮花};の瞳が冷ややかに、余りにも冷ややかに輝いた。 ★ 「本命チョコを持ってただとぉ!? シャワーズの大将がかよ!?」 カラタチ港管理局の一室で、黄と黒の縞模様の耳をピンと立てて端正な顔を驚かせたのはこの港の若き港長、デンリュウの&ruby(テルマ){照真};。 港の伝令員ペラップの鳴音の兄貴分である。 その鳴音は哀れにも凍えた羽根を縮こまらせ、ガチガチと嘴を震わせながら頷いた。 「へぇ……あれはどう見ても……」 「あの堅物の大将がねぇ。やる相手なんかいるようには思えねぇけどな」 「兄貴にじゃないんですかい? アッシはてっきり……」 「うんにゃ、俺も今朝貰ってる。お前同様きっぱりはっきり『義理!』と言い切られてな」 お手上げのポーズで肩を竦め、照真は鞄から小振りのチョコレートを取り出して口に放り込んだ。 「美味いでやすか?」 「ぉう。こいつは美味いぞ。何しろ――」 「それを聞いて安心しやした。んじゃいただきますでやす♪」 シャワーズの蓮花は海上に立つと誰もが恐れる女戦士として名を馳せているが、厨房に立っても誰もが恐れる腕前の持ち主だという事もまた有名である。 昨年島の住人になったばかりの鳴音も、新春パーティに出された彼女の手料理と称する木の実と海産物の残骸を味わった際にその恐怖を思い知っていた。 まさか溶かして型に流し込むだけの手作りチョコまでそう酷くはないだろうと思いつつも、レビューを聞かずには食べられなかったのである。だが、 「菓子屋のピクシーちゃんが俺にくれた奴だからなこれは。大将のは焦げてて苦かったからミルクと一緒に食べた方が……って聞いてから食えよ」 「うぎゃーーー!! 水! 水~~~!!」 極彩色の羽根をバタつかせてのた打ち回る鳴音に、ミルクの入った水飲みを差し出したのは緑色の手。 背中の玉虫色の翅を震わせて、クリアレッドの殻に覆われた眼をニコニコとさせている。 海洋警備隊航空部隊長、フライゴンのミラージュだ。 「大げさだなぁ。蓮花さんの料理の中では食べられない方ではないでしょうに」 「いや、正直これは本命を貰う奴が気の毒になるレベルでやす!」 「あれは大丈夫だよ。僕の家内がしっかり指導したからね。苦労した甲斐あってそれなりにマシにはなったよ。最後には、何とか、ね」 微妙に遠い目をしながら語るミラージュであった。 「だいぶ、味見させられたんだな」 「……思い出させないで」 「それで、〝カラタチの守護神〟にそこまでさせる果報者って、一体誰なんでやす? フライゴン隊長は知っているんでやしょ?」 「おぅ。俺もそれは聞きてぇな」 「いや、誰も何も、勿論あれは――」 とミラージュが言い終えるよりも早く、 「自分で食べるものだが」 深いアルトがズンと彼の背後から響き、その場にいた3匹を戦慄させた。 「美味かったか? 私の義理チョコ」 非情極まる問い掛けに冷凍ビームの気配を感じて、ミラージュは彼にしがみ付いた鳴音の頭を掴んで強引に頷かせようとした。その横で、 「焦げ臭かったぞ。モーモーミルクと一緒なら何とか食えたがな。いくら義理だからって失敗作を押し付けんなよ」 照真は実に率直な感想を述べ、抱き合った2匹を震え上がらせた。 「そうか。すまん。義理に回す分もマシに出来るまで精進せねばな。世話になるぞ、ミラージュ」 素直に頭を下げた後、蓮花は麻袋を担いで部屋を去っていった。 ほっと安堵の溜息を吐く鳴音を抱えながら、ミラージュははぁ……っと絶望の溜息を吐いた。 「やれやれ、また当分味見地獄か……」 「悪ぃな。世辞の言えない性分でよ。しかし大将も『自分で食うもんだ』なんて誤魔化さんでもよさそうなもんだが」 「へ? それじゃ、やっぱり本命の相手がいるっていうんでやすか?」 キョトンとした顔の鳴音を照真が小突く。 「アホか。でなけりゃ何でチョコを見ただけのお前が冷凍ビームを喰らうんだよ。第一綺麗な紙で丁寧にラッピングして、リボンまでかけてあったんだろうが。仮にも雌がわざわざバレンタインデーに合わせて特訓までして作ったそんなもんが、自分で食うためなわけねぇっての。そうだろ?」 と言って照真は、真相を知っているはずのミラージュに訊ねる。 「いいや」 しかし、ミラージュの繊細な首は横に振られた。 「確かに〝自分で食べるもの〟には違いないんだよ」 「ありゃ? ど、どういうこった!?」 ずっこけた照真を尻目に、窓の外を見やりながらミラージュは答えた。 「〝暁の塔〟でっていうこと。決まっているでしょ」 「あ~、なんだ。結局そういうことかよ。ま、そりゃそうだわな……」 ポリポリと頭をかいて得心した照真の隣で、まだ状況を理解できない鳴音は困惑していた。 「ええっと、暁の塔っていうことは……どなたか亡くなられたんでやすかね?」 ☆ 人と関わったポケモンたちが亡くなると、多くの場合は火葬されて各地方にある共同墓地に遺骨を葬られる。 ミナモシティのおくりび山霊園。 ズイタウンのロストタワー。 そしてシオンタウンの魂の家などが有名だ。 カラタチ島東部に聳え立つ〝暁の塔〟もまた、そういった霊園の一つ。 カラタチ島はポケモンたちだけの島であるため、死者を悼むポケモンたちのための慰霊施設になる。トレーナーがカラタチ島に預けたポケモンたちを偲ぶために、地元の霊園と分骨する例も多い。 〝彼〟もその例に漏れず〝魂の家〟にもう一つの墓があるはずだ。 ガキどもは、もう参拝に行ったであろうか…… 「作ってきた。苦労したが、なんとかそれなりのモノにはなったぞ」 その墓石の前で、シャワーズの蓮花は麻袋の中身を空けて、包みを解いた。 「供えても悪くなるだけだからな。私が代わりに食わせてもらう。私の舌を通じて味わうがいい」 ハート型というには少々歪な琥珀色の板に、白い牙を立てて噛り付く。 「ん、まぁ、私が作ったにしては悪くなかろう。なぁ?」 灰色の風が優しく流れて、青い額をそっと撫でていった。 ★ 「え~~~!! 総長って、未亡人だったんでやすか!?」 「そういや知らんかったかお前。子供も2匹いたんだぞ」 「僕がこの島に来た時にはもう巣立った後だったから、お子さんたちとは会っていないんだけどね。亡くなった旦那さんとは蓮花さん共々、僕とは現役時代からの付き合いだから。……気風が良くて優しい、いい旦那さんだったよ」 窓から首を出し、緋色の眼鏡に水平線を映して、ミラージュは言った。 「お子さんたちは、トレーナーさんとの修行期間を終えたら島に戻る約束だそうだから、多分じきに合えるよ。楽しみだなぁ」 ―幕― ---- ※あとがき 2010年のバレンタインデーに、即効で書いて掲示板にUPしたものです。 登場予定のまま放置状態にあったカラタチ港の面々、作者の遅筆に我慢しきれずの登場です。 リメイク前に登場して以来再登場を待ちわびているシャワーズの蓮花さん。 まとめWikiの僕のページや、個人ページ『狸の巣穴』をご覧になっている方には蓮花さん共々お馴染みのデンリュウの照真さん。 伝令員は前Wikiでの予告ではキャモメの&ruby(ミガル){海翔};だったのですが、リメイクに伴いペラップの鳴音くんに変更しました。 そして初公開、蓮花さんやその旦那さん、そして想矢の実の両親たちとの過去とも関わりがあるフライゴンのミラージュさんとその奥さん。 どの方も本編登場時にはよろしくお願いします。 【作品名】 溶けるビター・チョコレート 【原稿用紙(20×20行)】 10.2(枚) 【総文字数】 3011(字) 【行数】 97(行) 【台詞:地の文】 47:52(%)|1421:1590(字) 【漢字:かな:カナ:他】 34:51:9:4(%)|1037:1558:285:131(字) ---- ミラージュ「実は僕は、『○○○○●●*●**●●』に出てきた●●とは●●なんだよ。よろしくね」 #pcomment(溶けるコメント帳) ---- [[歪んでいます……おかしい……何かが……物語のっ……>カラタチトリックルーム豊穣編短編#l7c215d3]]