ポケモン小説wiki
泡姫倶楽部 の変更点


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#include(第九回仮面小説大会情報窓・官能部門,notitle)
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*注意 [#L92rmEs]
・本作品は仮面小説大会官能部門小説大会官能作品です。売春、暴力、強姦などの極めて過激な表現や、口戯、飲精、素股などの特殊な性表現を含みます。
・物語の都合上、本家ポケモンゲームの設定と、とある別種のポケモンゲームとの設定が混在する仕様になっています。
・本作品はフィクションであり、登場する街、道路、施設、事件などはすべて架空のものです。

*目次 [#aqoBjtw]
#contents

*泡姫倶楽部 [#x647Qy5]
**序章・ゼロからの始まり [#d2oykmq]

 その日まで、私は。
 巡り会ったご主人様と一緒に、ずっと幸せに暮らせると思っていた。
 いつか素敵な雄と出会い、恋をして結ばれる未来が、待っていれば必ず訪れるものと、信じて疑っていなかった。

 ▼

「何、ですって……!?」
 私を抱えているご主人様の腕が、小刻みに戦慄いている。
 私自身も目を見開いたまま、白く透き通った髭を震わせて硬直していた。
「もう一度、言ってくださいリーダー。何かの、間違いじゃないんですか……!?」
 訂正を期待して縋るご主人様に、しかし目の前に立つシアンブルーのコートを羽織った人物は、浅黒い細面を飾る若草色の瞳に冷徹な光を宿して言った。
「いや。残念ながら今言った通りだよ。全体的に君のコイキングは、バトルでの活躍はなかなか難しい……いや、はっきり言えば、バトルに出すべきではないと言わざるを得ない」
「そ……そんな…………どうして、だって、こんなに綺麗な仔なのに…………」
 声を喘がせながら、ご主人様は私の紅玉色をした胴を確かめるように撫でさする。
 他のコイキングより光沢の強い、宝石のように透き通った鱗と髭は、これまで私の自慢だった。出会って以来、ご主人様も何度も私の美しさを誉めてくれた。だけど。
「その芸術的に透き通った身体こそ、能力の低さを示すものだったのだよ」
 リーダーの背中に長くまとめられたプラチナブロンドが、横に揺れる。
「確かに防御の高さは特筆すべきだ。驚くに値すると言っていい。だが体力と攻撃力に関しては、まずまずと言う表現では足りない。まずいと言う他ない。ここまで低いと逆の意味で測定できないほどだ。悪いことは言わない。無理にその仔を育てるのは、諦めた方がいい」
「……どうしようも、ないんですか?」
 打ちのめされた表情で、ご主人様はリーダーに縋る。
「俺の誕生日にゲットした仔なんです……思い出の仔なんですよ!? どうにか役に立てるように育てる方法は……!?」
「そうか。ならばなおのこと戦わせず、相棒として連れ回すことをお勧めするよ。せっかく驚異的なまでに美しい仔なのだからね」
「……………………」
 気遣うようにかけられた言葉に却って突き放されたように、ご主人様は言葉もなくふらついた足取りでその場を後にしていた。

 ▼

 ガツンッ!!
「痛っ!?」
 煉瓦敷きの歩道に叩きつけられて、紅玉の鱗が軋みを上げる。
 ひと気のない夜の公園に放り捨てられた私を、スニーカーの靴底が踏みつけた。
「ふざけるな! このクズポケめ!!」
 刺々しくささくれたその叫びが、ご主人様の声だなんて信じたくなかった。
 出会ってから今まで、決して長い関係ではなかったけれど、ずっと優しい声をかけて可愛がってもらってきていたのに。
「攻撃力も体力もないんじゃ、進化させたって使い物になりやしない! バトルに使えないポケモンなんて、何の価値があるって言うんだ!?」
 生まれついての能力を問われたところで、私にはどうしようもない。跳ねることしかできないコイキングの身では、価値を示してみせる機会さえ望むべくもない。一方的に踏みにじられ、罵り倒される以外、私にはどうすることもできなかった。
「折角強いギャラドスに育てようって決めたのに、誕生日のポケモンがこんな大ハズレだったなんて! リーダーの前でよくも大恥を描かせてくれたな!? 連れ歩くなんて論外、博士に送りつけることさえできやしない! お前みたいなみっともないゴミをこれ以上人前に連れ出せるものか! 今ここで処分してやる!!」
 絶望的な拒絶と共に、私は力任せに蹴り飛ばされた。憤激に肩を荒ぶらせたご主人様は、紅白に色分けられた球体を取り出すと、無造作に放り捨てる。私のモンスターボールだった。
 続けてもうひとつ、モンスターボールが懐から取り出され、中から現れた、イボのついた太い深緑の脚が煉瓦道に降り立つ。
「&ruby(シギネ){鴫根};! まずはそのモンスターボールを始末しろ!!」
 命令を受けた雌のフシギバナ、ご主人様の手持ちの中でも一番の古株である鴫根は、いつも私を妹のように可愛がってくれていた優しい眼差しをしかし見せることもなく、命令のままに朱い毒花の根元から蔓の鞭を伸ばして振るった。一閃。悲鳴を上げる暇すらなかった。たったそれだけで呆気なく、私とご主人様とを結びつけていた絆は、見る影もない残骸へと変わり果てた。
「次は中身だ。やれ、鴫根。その役立たずをズタズタに引き裂いてぶち殺せぇっ!!」
 冷酷な照準が、私に狙いを定める。
 恐怖より先に、混乱と悲しみが私の身を竦ませていた。
 私にだって、本当は鴫根と同様に、ご主人様がつけてくれた素敵な名前があったのに、もうその名前で呼んでくれようともしない。クズポケ。ゴミ。役立たず。ご主人様にとって、私はそんな存在でしかなくなってしまったのだ。
 身じろぎもできなかった私の頬を、唸り飛んできた緑の衝撃が抉った。
「っ!? うあああ…………っ!!」
 鱗が弾け散った激痛で、ようやく危機回避本能が硬直を凌駕した。跳ねて逃れようとした私の黄金のヒレを、水晶色の髭を、獰猛にうねる蔓の鞭が幾度も打ち据えて引き裂く。腹をかすめた先端が煉瓦を叩き、巻き起こった砂埃を浴びて紅玉の鱗が土色にまみれた。
「ひぃ……っ!?」
 退避も虚しく、砂塵を破ってきた蔓が私を絡め取る。もう跳ねることもできない。
「いいぞ、そのまま絞め殺せ! いや、叩きつけろ! もしくは引きちぎれ、捻り切れ! なんでもいいぞ、鴫根。お前の考えつく一番残虐な方法でそいつの息の根を止めてやれ!!」
 おぞましい言葉の羅列が、それ以上におぞましい悪意が、命令の執行よりも早く私の心を食い荒らす。
 どうして。
 私がいったい何をした。
 ただ生まれついての能力が足りなかったというだけで、どうしてここまでの仕打ちを受けなければいけない!?
「たす……けて…………」
 声を喘がせて、私は鞭の向こうに救いを求めた。
 鴫根は何も言わず厚い瞼を伏せると、蔓をもう一本煉瓦道の上へと伸ばす。
 ガタン。重苦しい音が響いた。
 見れば鴫根の蔓の先端が、大きな鉄の円盤を持ち上げていた。
 むせるような異臭が夜風に漂う。円盤が退けられた、その下から。
 つまるところ、鴫根が開けたのはマンホールの蓋。下水道へと続く穴が、その下で口を開けていた。
「おぉ、そこに落とすのか。いいぞ、クソポケに相応しい末路だ!!」
 狂気を帯びた哄笑が公園に轟く。普段より高い位置に持ち上げられているはずなのに、やたらと星空が遠かった。
「やめて……おねがい…………」
 必死に哀願する私を、鴫根は顔の側に手繰り寄せた。
「お逃げ」
 押し殺した呟きが、私の耳へと囁く。
「ハズレを引いたのはあなたの方よ。もう彼のような酷いトレーナーには捕まらないで」
 ――ご主人様の豹変に身を竦ませていた私の頬を打って叱咤し、嬲るふりをして直撃しないよう鞭を振るい、ご主人様を満足させつつ私の逃げ道を確保してくれた鴫根の心遣いに私が想い至ったのは、随分と時間が経って落ち着いてから当時のことを振り返った後のことである。その時の私には、地獄への門に堕とそうとされている恐怖しか感じられなかった。
「汚水の底に帰れ! 二度と湧いて出るな! 死ね、クソポケ!!」
 それが、ご主人様から送られた手向けの言葉で。
「いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ!!」
 闇に悲鳴を反響させ、コンクリートの壁面に何度も身体を打ち付けて、臭く汚らしい汚水の流れへと私は堕ちていった。



**1・この世のいや底 [#cuk0gsk]

 ▼

 どのぐらい、時間が経ったのだろうか。
 何も分からなかった。分かりたくもなかった。確かなのは、周囲には嫌なものしかないということだけだった。感覚も心もすべて閉ざして、ただ私はそこに有り続けた。まだ命が有るかどうかさえ、確かめることもできなかったのだが。
「おー、こいつが詰まりの原因か」
 だから、その声が鼓膜を震わせた時も、夢かうつつか判別はつかなかった。
「よっしゃ、お前ら退け。俺が排除してやる。ったく、コイキングの死骸なんて、どこから流れ込んで来やがったんだ?」
 ゴポリ。差し込まれた細い指が私の身体を持ち上げ、鉄格子に私を押し付けていた水圧がドッと流れ去る。
 そのまま私は、ジットリとヌメるコンクリートの岸へと引き上げられた。
「待ってな。いつも通り俺の分の肉を捌いたら、残りの残骸はお前らにやっからよ」
 私の尾ビレを抱えて引きずる者の声に、前歯の打ち合う音が混じる。どうやらラッタのようだ。水路内で波紋を立てて蠢いているのはベトベターの群か。鉄格子に引っかかって水路を塞いでいた私の身体を、ベトベターたちの不定形な腕ではどうすることもできず、器用なラッタに頼んで取り除いてもらったのだろう。
 やがてほのかな灯りの下に、私は連れ込まれた。
「けっ、思った以上にガリガリの痩せっぽちでやんの。これじゃほとんど食いでなんてなさそーだな。全部ベトベター共にくれてやっか……ん?」
 鱗に指を這い回していたラッタが、不意に訝しげな声を上げた。
「うわ、こいつ、まだ息がありやがる!? あんまり酷ぇ有様だからてっきりくたばってるとばかり思ってたぜ。さすがはコイキング、しぶてぇもんだなぁ」
 正直、この言葉に私も驚いた。とっくに自分は死んでいて、魂だけになって自らの亡骸の行方を眺めているのだろうとばかりぼんやりと思っていた。
「ま、いーや、どうせ虫の息だし、さっさと絞めてやった方がむしろ情けってもんだな……いや、待てよ!?」
 ラッタの指が、腹ビレの後ろをまさぐる。
 脊椎を異様な感触が走って、僅かに身体がビクッと跳ねた。
「オホッ、雌じゃんか。こいつぁありがてぇ。息があるうちに楽しませてもらうとすっか」
 ラッタの声が、下卑た劣情に彩られる。
 意味が解らないほど仔供じゃなかった。経験こそなかったが、仲間たちから色恋に関する話は度々聞かされていた。
 いつか私も、素敵な雄に純潔を捧げたいと夢見ていたのに。初恋すらしていないのに。それがこんなラッタなんかに。こんな汚らしい場所で。
 嫌でも悔しくても、もうどうにもならなかった。放り出された褥はカビの生えまくったクッションで、煉瓦やコンクリートに比べると遙かに柔らかく私を支えてくれたが、要するにそこは私を捌くまな板だった。細い指に下腹が乱暴にこじ開けられる。荒い鼻息に香りを嗅がれ、押し当てられた堅い前歯の間からチロチロと舌が蠢いて、何も知らなかった秘所が貪られていく。
「へへ、そんじゃそろそろ……ありゃ」
 のしかかったラッタが、私の顔を覗き込んで舌打ちした。
 開いたままの眼から、頬をつたい落ちた滴に気付いたのだろう。
「悪く思わんでくれよ。こっちはここのところベトベター共としか相手してねーんでな。この世の最期の思い出に、ちょっとだけ仲良くしてくれや。グヘヘヘヘ……」
 もう、それでもいい気がした。
 ゴミとして棄てられたこんな身体でも、このラッタが喜んでくれるというのなら、それはそれで。
 なされるがままに私は、下腹を刺し貫く肉包丁を受け入れた。

 ▼

「く……、うぐ……痛っ!?」
 苦悶の唸りが、狭い室内にこだまする。
 私の声ではない。ハラワタを引き裂く破瓜の激痛は余りに凄まじく、私は悲鳴を上げることすらできなかった。
「痛てててっ!? いかんいかん、こりゃダメだ!?」
 悪態を吐きながら、ラッタは私の腹から処女血にベットリとまみれた肉包丁を引き抜く。
「なんちゅー粗マンだ!? ただキツいばっかで、骨ばった感触が擦れて全然気持ちよくなんねーぞ!? こんなんじゃ自分でコイてた方が全然マシってもんだぜクソッタレ!!」
「……なに、それ……ひどい…………」
 犯された挙げ句に具合を酷評され、打ちのめされた声が喘ぐ口から漏れた。
「おぉ、声が出せる程度には回復したかい? 悪かったな、勝手にぶち込んだ上に勝手なケチつけちまってよ。ま、もう嬢ちゃんとはヤる気しねぇから安心してくれや」
 私を宥めるために言ったのであろうその台詞が、余計に私の心を苛む。
 ラッタは勘違いをしていた。酷いのは、ラッタの行為でもなければ文句でもない。
「こんなことでさえ……こんなことでさえ役に立つことができないなんて! 酷いよ、こんな身体、あまりに酷すぎるよ……!!」
「……はぁ?」
 虚空に吐き出した私の嘆きに、ラッタの目が丸くなる。
「なんでぇお前、俺にヤられたことより、俺を満足させられなかったことの方を悔しがってんのかよ?」
「だって……役立たずだって言われちゃったんだもん。ゴミだって言われて、棄てられちゃったんだもん…………」
「人間のトレーナーにか? だから下水道に棄てられてたのかよ。一体どんなヘマをやらかしたんだ?」
「何もしてない……ただ、生まれつきの能力が低いって分かって、そしたら急に…………」
「ふぅん、とんだクズもいたもんだ……あぁ、もちろんクズってのはその人間のこったが。最低だな、そいつ」
 端的な感想を述べて、ラッタは私の顔の側に腰を降ろした。
「で、どうすんだ? 嬢ちゃん」
「どうする、って……?」
 ずっとご主人様と一緒に暮らしていくつもりだった私に、行く当てなんて何もない。途方に暮れるしかなかった。
「ヤられるのでも何でもいいから誰かの役に立ちたいってんのなら、実のところ話は簡単なんだぜ? このまんまくたばって、ベトベターどもの餌になればいい」
 残酷な言葉を語りながらも、ラッタの声は落ち着いた口調で、むしろ優しささえ感じられた。 
「嬢ちゃんの痩せっぽちな身体じゃ俺でさえ食えるところがねーが、アイツらだったら喜んで骨まで食ってくれるだろーぜ。それだって立派に『誰かの役に立つ』って話だ。嬢ちゃんが早く楽になりたいってんなら、予定通りに絞めさせてもらうが?」
 薄闇の中、白い前歯が妖しく浮かび上がる。
 頷けば、いや、このまま何も言わず受け入れるだけで、ラッタの口付けが私のつまらない一生に終止符を打ってくれることだろう。
 それでもいい。もう楽になりたい。
 諦観に浸りかけた心の声を、
「い……や…………」
 けれど私は、身体を構成する細胞のすべてを賭けて否定した。
「そんなの、嫌……っ! それじゃ私は、私が生まれてきた意味を実感できないじゃない! こんな惨めな想いを抱えたまま、終わりになんて絶対したくないよ……っ!!」
「生まれた意味の実感なんて、知らんまま死んでいく奴はいくらでもいるぜ? 大抵の奴は、んなこと考えることもねぇと思うがね」
 素っ気なく語るラッタに私は応えを返さず、尾ビレに力を込めて跳ね、クッションから降りた。ずり落ちた、と言う表現の方が正しかっただろうが。
「どこ行くんだよ?」
 ラッタが問う。制止をかけるための咎め立てではなく、ただ行き先を訊ねるように。
 精一杯跳ねながら、私は応えた。
「どこだっていいじゃない……どこだっていい! 私は行きたいの! 生きたいの! 活きたいのよ! この身がどんなに非力でも、まだ動き続ける限り、最後の最後の最期まで、足掻いて足掻いて足掻き抜いてやるんだから……っ!!」
 けれど、元より貧相な上に傷つき弱り果てた身体はままならず、跳ねても跳ねてもろくに進むこともできないまま、部屋から出ることすら叶わずに力尽きた。
「ふん、そこまでか?」
「待ちなさいよ……待ちなさいってば! ちょっと休んでるだけだもん。すぐに出て行くから……」
 強がっては見せたもののその声さえ絶え絶えで、硬く冷たい床に転がった身体はもうピクリとも動かすことができない。
 もう嫌だ。
 ただでさえコイキングというだけで、ギャラドスになるまで跳ねることしかできないのに、その上もっと何もできないひ弱な身体になんてどうして生まれて来てしまったのだろうか。
 ヒタヒタと歩み寄ってきたラッタが、また私の顔の側に腰を降ろす。
 止めを刺す気だろう。
 もうダメだ。こんな暗い地の底に捨てられて、汚されて、何もかも失ってお終いなんだ。
 助けて――――
 絶望に強張った私の頬に、血の臭いを漂わす硬い感触が突きつけられる。

「咥えろよ」

 しかしそれは、ラッタの前歯ではなかった。
 先刻私の下腹を抉った彼の肉包丁が、私の口元に切っ先を向けていた。
「後ろの穴はダメでも、それだけのことが言える口なら使えるかも知れねぇかんな。もう一辺試してやる。お前が活きたいってんなら、その口で俺をイかせてみせな」
 顔の上に覆い被さるラッタの毛皮から、濁った汚水が滴り落ちる。
 人の世のあらゆる澱が寄り集まった悪臭に鼻孔を汚され、それだけでもうえずきを抑えられない。
 眼前に剥き出しにされた肉包丁には、まだ私の破瓜の名残やら何やらの残滓やらが拭われきれずにこびりついていた。それに加え、中断されたままの劣情が発散を求めてはちきれんばかりに赤黒く膨れ上がっており、根本にふたつ丸くぶら下がる毛むくじゃらのコブ玉も含め、まるでラッタの腹を割って現れた悪魔のように醜悪な代物だ。
 こんな、見ているだけでも怖気立つ汚らしいものを、口に入れろと。
 反射的に私は、動かぬ身を反らして拒絶する。
「顔を背けんな!!」
 前歯を鳴らして、ラッタの叱責が飛んだ。
「嬢ちゃんみたいな弱っちいポケモンが、それでも生きてこうってんなら、世の中なんて辛いことや嫌なことばっかだぞ! 俺の逸物程度の苦汁も飲めねえってんなら、生きることも活きることもできっこねぇ! さっさとベトベターたちのとこに逝っちまった方がマシってもんだぜ、あぁ!?」
 乱暴に吐き捨てられたその言葉に、しかし陵辱者の嘲笑は感じ取れなかった。
 真剣に私を励まし奮い立たせ、生きる気力を与えようという真心が、確かに伝わってきた。
 しばしの躊躇の後、私は強ばる唇を、それでも力の限りに大きく開く。
 ラッタに言われるままに、ではない。
 ただ言葉に流させるのではなく、彼の激に応えたい。そう想えたから。
 肉包丁が放つ禍々しい気配が、唇の内側に漂ってくる。
 それがどうした。
 口なんかよりもっと受け入れがたい場所で、これを迎えた後ではないか。
「いい仔だ。そんじゃ、今度こそ楽しませてくれよ」
 ラッタの湿った腹が、顔面に押し付けられる。
 熱い塊が口腔を押し開き、喉の奥まで入り込んできた。
「なるべく歯を立てんでくれよ。嬢ちゃんなんぞに噛みちぎられる逸物じゃねーが、ヤる以上は楽しみたいかんな……お、いいぞ。やりゃあできるじゃねーか」
 唇を膨らませて歯を覆い、噛まないようにしながら頬を窄めて吸いつくと、咥えた肉塊が張りを増して反り返る。
 刀身から剥がれた滓が唾液に乗って喉の奥に流れていったが、それが何の滓だったのかはもう考えるのをやめた。
 熱く脈を打つ肉包丁は、今や私の命をつなぎ止める命綱。口を放したら未来はないのだと覚悟を決めて、一心にすすり上げる。もしかしたら、哺乳系のポケモンの赤子が、母親の乳首をしゃぶるのは丁度こういう感じなのかも知れない。
「そうそう、いい感じだ。ちょっと舌も使ってみてくれるか? ……うはっ!?」
 刀身の脈に沿って、口内で舌をうねらせる。たちまちラッタの声が喜悦に弾んだ。
 咥えた口先から舌を這い出させて根本のコブ玉を舐め転がせば、ラッタは腰を浮かせて立ち上がり息を更に昂らせる。
「こ、こりゃ堪らん!? 嬢ちゃん上手ぇな、素質あんじゃねーか!? 大した名器だぜこの口は……へへ、動くぜ」
 合図と共に、ラッタは腕で私の胴をガッシリと抱き、腰をしならせて律動を始めた。
 毛むくじゃらの腹が私の額を叩く度に、口の中で熱く刀身が暴れ回る。
 身体を外から内からと揉みくちゃに掻き回されている内に、頭が少しづつぼんやりとしてきた。
 何をやっているんだろう、私。
 つい昨日までご主人様の側で、幸せな未来を信じていたのに。
 こんな地獄に堕とされて、見知らぬ雄の欲望に身を任せているだなんて、昨日までの私が知ったなら、死んだ方がマシだとしか思えなかっただろうに。
 濁って歪んだ薄明かりの中に、ご主人様の隣で幸せそうに跳ねる私が見える。
 咥えたものを吐き捨てて跳び出せば、帰れる気がした。
「ハァ、ハァ……おい、出すぞっ!!」
 官能の喘ぎと共に、ラッタが腰をひと際深々と突き入れる。
「うぅーーっ!!」
 咥えた刀身がドクドクっと大きく脈打つ。
 喉の奥で迸った苦い現実が、脳裏を覆っていた甘い幻想を押し流した。
「ムッ!? ムグ、グ……カハッ!!」
 帰れるわけもない以前に、そもそもラッタを振り解くことからして、非力な私には無理な話だった。熱く粘ついた白子が出尽くすまで刀身をねじ込まれ続け、クッタリと張りが萎えてきたところでようやく口から引き抜かれた。
「カ……グガ…………」
「ふー、良かったぜ、嬢ちゃん……ん!? おい、どうした? 子種を喉に詰まらせちまったか?」
 ひと心地ついたラッタが、もがく私の横腹をポンポンと叩く。
 粘液に塞がれていた喉からポフッと息が漏れたが、私は必死に口を閉じて、中の白子を喉の奥に押し込めようとした。
「ゴボ……ッ!!」
「あ!? お前まさか……バカタレ! いくら苦汁を飲めっつったからって、何もんなもん無理してまで呑まんでもいーんだよ! 吐き出せ、吐き出しちまえ!!」
 慌てた声を上げて、ラッタは更に強く横腹を叩く。
 それでも私は、戻したくなかった。
 帰ることなんて、できないのだ。
 この苦い現実を飲み込めなくては、未来に進むことなんて。
「ググ……!!」
「あーったく、この意地っ張りめ! 安心しな、俺が認めてやる! 嬢ちゃんは立派に俺の役に立った! 役立たずのゴミなんかじゃ絶対ねぇよ!!」
 呆れ混じりにかけられた言葉が、荒んだ心に沁みた。
 その言葉を。
 その言葉を私は、ご主人様の口から、聞きたかったのに――!!
「ゴッ……ゲホッ! ゲホホッ!!」
 ラッタの腕に抱かれながら、私は激しく咽せて、澱んだ白子を吐き戻した。
 吐いたのは、白子だけでは済まなかった。
「ゲホ……ェ、ウエア、ウア、アアアアア! ウアアアアァァァァアァ~ン!!」
 溜まりに溜まった激情のすべてを、私はラッタの胸に吐き出した。
 白子と澱と涙で毛皮がグチャグチャになるのも構わず、ラッタは私が泣き止むまで優しく撫で続けてくれた。

 ▼

 気が収まった後、座り込んだラッタの膝を枕に、疲れ果てた身体を横たえる。
 組み敷かれていたときは気持ち悪いだけだった湿った毛皮が、今はなぜだか暖かかった。
「なぁ嬢ちゃん、これからのことだけどよ」
 ふと声をかけられ、私は頭上のラッタに眼を向けた。
「ここから北にちょいと行ったとこにな、俺が昔通ってた店がある。嬢ちゃんみたいに行き場をなくした仔たちが住み込みで働いてる店だ。そこでなら嬢ちゃんも暮らしていけると思うんだが、行って見るかい?」
「お店って、何の……?」
「あぁ、えっとな、だからその……」
 言い辛そうに言葉を詰まらせたラッタの態度で、大体予測がついた。
「……つまり、さっきみたいなことをするお店?」
「まぁ、そんなとこだ。いわゆる娼館、って奴だな」
「…………」
 つい先刻、咥内を蹂躙した醜悪な肉欲を、喉の奥底に撒き散らされた白子の粘ついた苦みを、それ以前に、下腹の純潔を引き裂かれた激痛を思い起こす。
 あんなことをずっと、見知らぬ雄たち相手に。
 客によっては、タマゴを孕まされることになるかも知れない。きっと二度とまともな恋愛なんて叶わなくなる。
 それでも――
「ハッキリ言っちまうと、このまま俺のとこにいたって嬢ちゃんにやってもらうことは大差ねぇ。俺一匹に囲われるか、毎回違う客相手かってだけだ。それに、いくら環境に強いコイキングだからって、嬢ちゃんの身体じゃこんなとこで長持ちできるか心配だろ。どうせヤるなら設備の整った施設に行った方が嬢ちゃんのためになると思うんだが?」
「…………行くよ」
 逡巡を乗り越えて、私は頷いた。
「連れてって。もう、覚悟決めたもん。どんなことをしてでも生きて、活きるんだって」
 まともな恋愛、なんて。
 そんなもの、下水に棄てられ汚され尽くしたこんな身体じゃ、どの道もう望めっこないのだから。
「おう、そっか。まぁ、そう悲壮な顔すんな。あそこじゃラッキー印の避妊具を種族に応じて各種常備してっからタマゴを孕まされる心配はねぇ……まぁ、マナーの悪い客に生ハメされちまうこともあるかもしれんが、仕切ってるクラブさんがしっかりもんだから、俺よりロクでもねぇ雄は回されんと思うぜ。嬢ちゃんの口なら充分仕事はできるって思うし、精進すれば後ろでもちゃんとできるようになるかも知れん。希望を持てや」
「うん……頑張る」
「その意気だ。……あ~、それと、これはついでなんだが」
 頭を描いたラッタの頬に、微妙な苦笑いが浮かぶ。
「実は俺、昔あの店で粗相をやらかしててよ。クラブさんから出入り禁止食らっちまってんだ。だからよ、彼女になるべく俺の印象が良くなるよう計らってもらうと助かるんだがな?」
「分かった。実際命を救われてるんだもん、それぐらいは恩返ししなきゃだよね」
 その上、捨てられて絶望していた私を叱咤して、価値を認めてくれて、行くべき道まで示してくれた。それぐらいどころか、どれだけ感謝しても足りない。
「色々とありがとうね、ラッタさん」
「よせやい、好き勝手ヤらせてもらった挙げ句、女郎に売り飛ばそうってんだぜ? 礼なんざ言われたらむず痒いじゃねーか」
 確かに痛くて、&ruby(にが){苦};くて、&ruby(くる){苦};しくて、恥ずかしい想いをさせられたけれど、でもきっと、全部必要だった。これが運命だったのだ。
 粗野で不器用だけど、とても優しいラッタ。捨てポケの私なんて、どれほど粗雑に扱われようが文句の言えない立場だったのに。私の初めてが、彼で良かった。
「んじゃ、善は急げだ。とっとと出発すっか」
 頭を私の下に潜らせ、ラッタは私を背中に抱え上げる。私は落ちないように、ヒレを広げてラッタの肩にしがみついた。
「しっかり掴まってろよ」
「うん!」
 クッションのカビの臭気が遠ざかる。薄明かりの灯る部屋を後にして、闇に染まる経路へ。
 パチャリ、と近くで跳ねた水音に向かって、ラッタの声が飛んだ。
「悪ぃなお前ら。お前らにやれるのはゴミだけだ! こいつをくれてやるわけにゃいかねーよ!!」
 微かに感じた揺らめきに、不満の色はひとつもなかった。
 穏やかに揺蕩う、安堵と祝福の波。ベトベターたちは皆、部屋の外で私を心配してくれていたのだ。
 この限りなく暗く臭いいや底で、住人たちの心は皆限りなく澄んで暖かかった。



**2・隻腕のクラブ [#7rcoEIR]

 ▼

 鉄蓋が持ち上げられると、涼やかな夜風が頬を撫でた。
 ご主人様に捨てられた夜からまだ明けていないのか、それとももう翌夜以上たった後なのか、私には判らない。
 見上げると、この町の中心街から遠くの町まで繋がっているのであろう長大な高架路が、悠然とカーブして夜空を遮っていた。直角に歪曲する高架路のすぐ外側は、それぞれ高架と寄り添ってきた幅の広い舗装路がふたつ合流する交差点で、コンクリートでできた灰色のアーチ型歩道橋が井の字を描いて跨がっている。
 私が住んでいた町、モモンガタウン北の町外れ――この辺りまでなら、ご主人様に連れられて何度も通っている見知った場所だ。高架路に沿って南東へ進むと市場やバス停などがある中心街。私の故郷で、ご主人様にゲットして頂いた小さな池がそのずっと向こうにある。南西への道に沿った南側は高台の上に住宅街が並んでいて、私の……ご主人様の家のある場所だった。
 振り返るまい。もう帰る家なんてないのだから。
 夜中だからか、道を通る人影も車もなく静まりかえっている。高架路に関して言えば、これまでこの道を通った時でも、上を車などが通った気配を感じたことはない程だ。小綺麗で閑静な、寂れた田舎の新興住宅地である。
 交差点から南側への高架路に沿った2方向はそれなりに知ってはいたが、高架路から外れる2方にはほとんど連れて行ってもらった覚えはない。ラッタは宣告した通り、私の知らない北東への道に歩を進めた。
 切り通しの谷間を抜けると、左右に広大な田園が広がる。左に大きく曲がりながら北に向かって進み続けると、嫁にも碧々とした山並みが行く手に聳えていた。
 山間を真っ直ぐ貫く登り道から、途中の脇道を右折し山裾を東へ。しばらく進んで行くと、
「見えたぞ。あそこだ」
 大きな円筒状の建物が、左手に見えてきた。
 建物に続く入り口を見れば、雷の鳥――サンダーを模した黄色い紋章が描かれた板状の門が架けられている。
「黄組?」
「おぉ、トレーナー共の間では今、3色のグループに分かれて競い合ってんだっけか?」
「うん……ご主人様は青組だった。私はバトルに出されることもなく棄てられちゃったけど」
「ここは見ての通りオーナーが黄組でな。表向きは黄組トレーナー付きのポケモンを鍛えるトレーニングジムってことになってんだ。娼館って看板出すと、人間共のルールに障んだとよ。俺はここしか知らんけど、青組や赤組にもその手の〝ジム〟はあるって噂だな」
「そうなんだ……あれ? ラッタさんってここ使ってたんだよね? 黄組トレーナーのポケモンだったの? てっきり野生かと思ってた」
「いや、野生なんだが、ベトベター共と一緒にここの配管整備を頼まれたことがあってな、報酬代わりに世話してもらったんだよ。そん時にちょっと、な」
 などと話しながら門を潜る。建物の裏に回り込むと、円筒状に見えたのは南側だけで、実際には中央の塔を中心にほぼ半円に広がった扇形の建物だと分かった。中央の塔に建物の玄関があり、門前のネオンの下で、
「止まりな」
 鮮やかな朱色の甲に身を包んだクラブが、左の大きな鋏を振りかざしていた。
「どの面下げて勝手に敷居を跨ごうとしてんだい、このドブネズミ。さっさとそのお粗末なディグダをお出し!」
 頭上の突起を角のように尖らせて、剣呑な口調でラッタに迫るクラブ。左利きなのか、片側の鋏ばかり振り回しているのでクラブと言うより小さなキングラーにも見える。しかしディグダとは何の話であろうか? 私はコイキングなのだが、まさか見間違えたわけでもあるまいに。
「や、ま、待ってくれよプライムさん、今回は洗ってもらいに来たわけじゃないんだ。まずはこの娘を……」
「だぁれが洗ってやるなんて言ってんだい!?チョン切ってやるからお出しっつってんだよ!!」
「ひうぅっ!?」
 内股になって後ずさるラッタ。どうやらクラブの名前は〝プライム〟と言うらしい。ディグダについても、今のやりとりで大体察せられた。
「あんた、自分がこの店で一体何をやらかしたのか忘れたのかい!? 仕事の出来が良かったからと最高のサービスでもてなしたあたいらの顔に泥を塗る真似をしておいて、よくもまあのこのことやってこれたもんだよまったく!!」
 牙を剥く竜のように鋏を開いて威嚇するプライムの様子を見ている内に、ネオンで陰になっていて見えにくかった右側の様子に気がついた。
 鋏が生えているべき右肩には、根本に丸く白い傷跡があるのみだった。
 プライムは小さなキングラーなどではなく、隻腕のクラブだったのである。
「すまねぇ、あの時は本当に悪かった!」
 私を抱えたまま、ラッタはしおらしく頭を下げる。
「できれば、あの時の&ruby(あわひめ){泡姫};にも直接謝りたいところなんだが……」
「コダックのダクテンなら、あの後すぐに店を上がったよ。あんたのせいで仕事を続けられなくなったんだ」
 怒気をそのままに、憂いを含ませた声でプライムは言った。
「念のため言っとくけど、行き先は教えられないからね。ダクテンに詫びたいならディグダを詰めて代わりにすることだね!!」
「あわわ……と、とにかく俺の件はひとまず置いといてだな、まずはこの娘を見てやってくれよ頼むよ!」
 強引に話を逸らして、ラッタは私をプライムの眼前に突き出した。
「何だい? 酷い有様じゃないか。どうしたんだいこの娘は」
「それが可哀想な話でな、強くなる素質がないってだけで、トレーナーに下水道に棄てられちまったそうなんだ。ここで面倒見てやれねぇか?」
「そうかい……分かった。とりあえず預からせてはもらうよ。随分と痩せっぽちだし、ここで客に出せるかどうかは様子を見ないといけないけどね」
「おぉ、そんなら問題ねぇ。こう見えて口使いはなかなか乙なもんだったからな。後ろの方はまだちっとばかし未熟だったが、ここで鍛えりゃなんとかなんだろ」
「……ほぉ?」
 ひと時柔和になりかけていたプライムの表情が、たちまちまた厳めしく吊り上がる。
「つまりあんた、こんな可哀想な娘を手込めにしたってわけかい」
「うぐっ!?」
 滑らせた前歯を抑えてももう手遅れだったが、ラッタはどうにか取り繕い直して反論した。
「い、いや、仕方ねぇだろ!? だってこいつ、トレーナーに役立たず扱いされてすっきり絶望しちまってたからよ。売りだろうが何だろうが、役に立つ道はあんだと教えてやりたいって俺なりに考えてだな、」
「そういうお題目で、行く道のなかったこの娘を誑し込んだんだね。大方『ヤらせなきゃベトベター共の餌として役立てる』とでも恫喝したんだろ?」
「ギックゥ!?」
 凄い。大体合ってる。客観的に事実だけ拾えばほぼその通りだ。
「相手が身寄りのない捨て仔なのをいいことに、下の意地汚さが丸出しじゃないか。あんたがちっとも懲りてないってことがよく分かったよ。チョン切ったディグダを尻メドにぶち込んで思い知らせてやろうかい腐れ外道!!」
「ひいいいっ!? お、お助けぇっ!!」
「あの、待ってくださいクラブさん」
 さすがに見かねて、今にも襲いかかりそうなプライムと遁走開始寸前のラッタとの間に割り込む。
「ラッタさんは傷ついてた私をとても優しく励ましてくれました。色々されたのも確かですけど、私は全部納得してます。それに、下水に落とされた私を拾ってもらった恩もあります。昔何があったかは知りませんけど、私のことについてラッタさんを責めるのは勘弁してあげて下さい」
 数瞬の間、プライムは一本鋏を構えたまま血走った三白眼で私を睨みつけていたが、やがてふっと溜息を吐いて鋏を下ろした。
「ま、この娘を拾ってやったことと、あたいのとこに連れてきたことは誉めてやってもいいぐらいだからね。今夜のところは見逃してやるから、この娘を置いてこのまま帰んな」
 緊張から解放されて、ラッタはガックリとその場にへたり込んだ。
「ふ~、助かったぜ。ありがとな、嬢ちゃん」
「約束を果たしただけだよ。でもこんなに怒られるなんて、本当に昔何をしたの?」
 訊ねると、ラッタは気まずそうに顔を背けて言った。
「……生ハメ」
「え?」
「だってよぉ、下水道なんぞで暮らしてると、同じ獣タマゴグループの雌とつき合える機会なんてなかなかねーもんでな。それがここでめっちゃ水掻きの色っぽいコダックちゃんに相手してもらっちまって、もう俺にはこんなチャンス2度とねぇかもって考え出したらもう辛抱効かなくってよ。挿れる直前に彼女の目を盗んで、ラッキー印を取っちまったってわけだ」
「じゃあ、さっき言ってた『マナーの悪い客』って……」
「言ったろ? 俺よりロクでもねぇ雄は回されねぇってな」
 自嘲気味にうなだれたラッタに、プライムの辛辣な言葉が吐きかけられる。
「あたいら泡姫はね、知らない多くの相手に触れられる身だからこそ、清らかに扱われなければならないんだ。買ったからって好き勝手に汚していいもんじゃないんだよ。客を信頼できなきゃ、誰が身体を許せるもんかね。こいつはその信頼を裏切った、最低な下郎なのさ!」
 確かにこれは、魔が差したにしても酷過ぎる。彼女が激怒するのも無理はない。
 だけど私は、ラッタを信じてあげたかった。
 助平でだらしなくってとても紳士とは言えないけれど、真摯な一面だってちゃんとあるって、私は知っていたから。
「ラッタさん。私、このお店で頑張るよ。ちゃんと雄を悦ばせられる雌になる。だから、ラッタさんも頑張って真面目に更正して。いつかクラブさんに、昔の罪を水に流してもらえるまで。そうしてまたこのお店に来れるようになったら、私を指名してよ。満足してもらえなかったところまで、楽しませてあげるから」
「許してやる保証なんざしてやらないがね。ま、あんたが本気で悔い改めるって言うんなら、あたいとしてもそれに越したこたぁないさ」
 鋏のない右肩をやれやれと竦めて、プライムが補足する。
「最低限、いつまでもお気楽に下水で居候なんぞしてないで、ちゃんとしたトレーナーに雇われて働きを認めてもらうのが条件だ。生まれ変わった気になって頑張るこったね。もしまた、こんなに信頼してくれているこの娘の気持ちを台無しにしやがったなら、そんときゃこっちから出向いてディグダをぶった切ってやるからよく覚えとき!!」
「……わかった。肝に銘じる。必ずだ」
 座ったまま表情を引き締めて、ラッタは一礼する。
 そのラッタに私は跳ね近づき、肩にヒレをかけた。
「じゃあ、ラッタさん、これ、」
 軽く前のめりになったラッタの顔を引き寄せ、長い髭を口先で掻き分けて、頬に唇を押し付ける。
「――予約の証、ってことで、ね」
 たちまち頬の温度を上げるラッタ。後ろではカラカラと、プライムの笑い声が上がっていた。
「こりゃますます裏切れなくなっちまったねぇ! しかしなるほど、口使いは立派なもんだ。これなら期待できそうだね」
 照れて顔を掻くラッタから唇を離した私に、朱色の左鋏が差し出された。
「〝ふれあい山道ジム・泡姫倶楽部〟へようこそ、新たな泡姫。歓迎するよ。しっかり働いとくれ!」



**3・誰も傷つけぬ泡 [#zosaNf3]

 ▼

「あの、色々と分からないことばかりなんですけど」
 ラッタを見送った後、プライムの鋏に担がれて、私は扇形をした建物の軸に当たる塔の中に運ばれた。
 鴫根によって下水に堕とされて以来の清潔な空気にようやく触れて安心感を味わいながら、私は今後の仕事について訊ねてみることにした。
「まず、ここでは娼婦のことを〝泡姫〟って呼んでるんですか?」
「まぁそうだね。ラッタからは、ここの事はどれだけ聞いているんだい?」
「えっと……娼館っていうと人間たちのルールに障るから、表向きはトレーナー付きポケモン用のジムって事になってるってことは聞いてますけど」
「事実ではあるけど、大事なところの説明が抜けてる。泡姫倶楽部のジムとしての要素は、ポケモンを鍛える事じゃない。日頃のトレーニングやバトルでくたびれたポケモンの身体と心を、風呂に入れて洗ったり揉んだりしてやることで癒すのがここでの仕事なのさ。つまり基本ここは、」
 細い脚がひょいっと上がり、曇りガラスの戸を横に引く。奥は派手な花柄のタイルに覆われた、香料の匂いが爽やかに漂う小部屋で、つるっとした質感のバスタブが中央に鎮座していた。
「浴場なんだよ。個室だけどね。欲情を発散させてやるのも心を癒すサービスってわけさ。と言っても、結局大抵の客はサービスの方が目当てで来てるワケだけど。こういうの、人間たちの社会にもチャッカリあるんだよ。ソープランドとか、ファッションヘルスとか呼ばれてるんだって。さて、と」
 一本の鋏だけで巧みにバランスを取りながら、プライムは私をバスタブの中に横たわらせた。
「今夜はあんたは客の立場だ。綺麗に洗ってやるから、ついでに仕事の内容も体験しておき。ここは普通の遊廓と比べて、客にさせてやることよりもこっちから客に奉仕する事の方が多い形態なもんで、覚えなきゃならない技も多いからね」
「は、はい! お願いします」
 力を抜いてプライムの鋏に身を任そうとしたが、気負い過ぎているせいか却って身が固くなってしまう。ピクピクと痙攣する尾ビレが恥ずかしい。そんな私の様子をプライムは可笑しそうに笑いながら、口からボコボコと泡を吐き出して私の鱗に塗りつけた。
「ああぁ……っ!?」
 白い泡が鱗の表面を舐め、下水の汚れを吸い上げながら黒々と濁って弾ける。
 続けて吹き付けられた泡は、最初の汚れをさらりと洗い流した。
 プライムの左鋏と中脚が、泡にまみれた私の身体をトントンと軽く叩き、傷の痛みと緊張とで固まっていた強ばりを解していく。
 鱗の隙間に潜り込んだ泡粒がプチプチと弾け散り、下地の皮膚まで浸透して甘い官能を骨身に響かせた。
「傷に滲みてないかい?」
「んあ……へ、平気です。凄く気持ちよくて……ぁああぁぁ……っ!?」
 実際、下水に落とされた時に身体のあちこちが傷ついていて、絶望の中で麻痺していた痛みを運ばれている途中辺りからジンジンと訴えていたのだが、泡に拭われているうちに痛みが引いて、すっきりとした爽快感に変わっていっていた。
 鱗だけではなく、ヒレの一枚一枚やエラ蓋にも泡が吐かれ、鋏で磨かれる。まるで羽毛のブラシで柔らかく全身を梳かれているように心地良い。
「解っただろ。誰も傷つけない優しい泡で、こうやって気持ちよくなってもらうのがここでのお仕事なのさ」
「はい……でも、私は泡は吐けないんですけど、務まるんでしょうか?」
「バスタブの脇にローションが置いてあるから、掻き混ぜてやれば泡は作れる。例えば引退したコダックのダクテンなんかも泡を吐けない娘だったけど、尻尾を振って泡立てたり、念力を使ったりしてたね。あんたも跳ねるのなら得意だろ? 上手く泡を立てて、マッサージしてあげられるよう工夫してみるといい。ちょいと裏返すよ」
 鋏が手早く胴の舌に差し込まれ、私は身体を反転させられて裏側も同様に洗われた。
「ぁはあぁぁ、素敵……こういうところなら、雄だけじゃなくて雌の客を呼んでも喜ばれるんじゃないですか?」
「うん、雌のお客様も少なくないよ。今うちにいる泡姫も、片方は元雌の客として通ってたのが、泡姫に転向した口だからね」
「やっぱり……」
 陶酔の中で頷きかけて、ふとプライムの言葉に引っかかりを覚える。
「……片方? それじゃ、今ここにいる泡姫の数って、」
「あぁ。あたいも含めて3尾だけだよ。だからあんたが来てくれるのはほんと助かる。田舎の山奥だから客も少な目だとはいえ、やっぱりこの数だと厳しくてねぇ。雑用も雇ってないから、後始末とかも含めてほとんどあたいたちだけでやりくりしなくちゃいけなくて大変なんだよ。時々サービスを報酬代わりにして手伝いを頼んだりもしてるんだけどね」
「あぁ、ラッタさんもそのお手伝いだったんですね」
 納得した私に、プライムはやや翳りの差した表情で続けた。
「ちょっと前なら、この倍もいた時期があったんだけどね。まさにそのラッタの件で皆ビビっちまって、揃って辞めてって新しいなり手も来なくなったのさ。残ってんのはあんた同様、特にワケありの仔ばかりだ」
「……?」
 その説明に、ふと不穏なものを感じた、
「あの、被害を受けたコダックさん自身はともかく、他の方まで辞めてしまわれるなんて……ラッタさんがしたのって、起こしてしまったことって、ひょっとして……!?」
「察してるようだね」
 声を緊迫させた私に、プライムは頷く。
「ラッタを追っ払った後、ディグダ穴の奥までこの脚を突っ込んで、矯めつ眇めつ泡で洗ったんだよ。だけど、あのドブネズミの種はしぶとかった」
「じゃあ、コダックさんは……!?」
「孕まされちまったよ。気軽に快楽を売れる店としては致命傷さ。ダクテン自身も、ショックで仕事を怯えるようになっちまってねぇ。床上手で評判の売れっ娘だったのに……。あんたも気を付けとくれよ。同じ魚やドラゴンの雄を相手する時は特に注意しな。雄なんてどんないい奴に見えても、欲情が昂るとケダモノになっちまうからね」
「……タマゴは、どうなったんですか?」
「よっぽど叩き潰してやろうかと思ったよ」
 恐る恐る訊ねた私の問いに、プライムは忌々しげに吐き捨て、けれどすぐに表情を和らげた。
「だけど幸い、彼女のトレーナーさんができた人でね。ちゃんと引き取ってくれて、無事に産まれて今では母仔一緒に幸せに暮らしてるって話だ」
「良かった……!」
 少なくともその仔は、産まれる前から要らない仔扱いはされなかったのだ。棄てられた者としては、安堵せずにいられなかった。
「タマゴのこと、ラッタさんには?」
「教えてない。他の仔にも口止めしてある。あるいは噂で聞き及んでいるかも知れないけど、会わせるわけにはいかないよ。根無しのドブネズミが悪戯したってだけで、父親ヅラされたんじゃ仔供が可哀想だろ。ほんとに人様の下で真面目に働いてくれるのなら、あんたの仔供がいるよって教えて上げられるんだけどねぇ」
 いつかそんな日が来ればいいと心から思う。悩んだり苦しんだりもするかも知れないけど、それを乗り越えられなければラッタは決して許されないだろうから。
「さて、身体はあらかた洗い終えたし、そろそろディグダ穴を洗おうかね」
「あ……そう言えば、その〝ディグダ〟って……?」
「あ、ゴメンゴメン。隠語っていうか、業界用語みたいなもんだよ。大体何のことかは察してんだろ?」
 苦笑しながら、プライムは私の下腹を鋏で探る。
「出っ張ってんのがディグダ。穴が開いてるだけならディグダ穴。雄でも雌でも、ね。お客様のだからとはいえ股座を弄るとなると経験の浅い泡姫にはキツいもんだけど、ディグダを泡で洗ってんだと思えばそう気色悪さも感じないだろ? そのための隠語ってわけさ」
「でも、何だか本物のディグダさんたちに、ちょっと失礼な気がしちゃうんですけど……」
「アハハ、あたいも業界に入った頃はどうなのかなって思ったもんだけどさ、当のディグダやダグトリオたちに言わせりゃ、『性の象徴みたいに扱われるのなら誇らしいこと』なんだそうだよ。元々ディグダの娼婦が言い出したって説もあるね。雄のもちっこい〝仔供〟だと思えば可愛いもんだってね」
「そういうもの、なんですか……」
 文化もポケモンによって色々あるらしい。妙なところに感心しているうちに、
「ふむふむ……」
 プライムは鋏で私のディグダ穴をくぱぁと開き、膣内をギョロリと覗き込んでいた。
「どうですか? 私、どっかおかしくないですか……?」
「まぁ、荒れてるね。元々粘膜が薄目なのに無理して突っ込んだからだろうが、内皮があちこち擦り剥けちまってる」
「……!?」
 雌の大事なところの無惨な様子に怖気立ったが、柔らかな仕草の鋏に腰をさすられて宥められる。
「心配はいらない。ちゃんと治るよ。ディグダ穴ってのは、ディグダよりずっと大きいタマゴが通れるぐらい丈夫なんだからね。ただ、ラッタも言ってた通りまだまだ未成熟だから、ディグダを挿入するのはしばらく断った方がいいだろう。当分はディグダ穴持ちか、素股でもいいって客の相手をしてもらおうかね。さ、泡かけるよ。滲みても我慢しな」
 腹ビレの後ろに、プライムの口が寄せられる。
 ヌルッとした生温かさが、私の膣内を遡った。
「うああ……っ!?」
 悶える私を押さえつけて、プライムは更に泡を注入する。脚は挿入せず、泡の水流だけで膣内の澱みを除くつもりのようだ。
 私の中でプチプチと泡が音を立てる。肉襞を震わす痛みが、私に自分の内側を知覚させる。
「あっ……あっ……ああぁ……っ!」
 幾度となく切なく喘いで、私はバスタブの底にへたり込んだ。
 細かく砕けた泡粒が、白く濁って私のディグダ穴からタラリと漏れる。まるで、雄に汚された痕のようだ。このままタマゴを孕んじゃったりするかも……などと埒もなく妄想に耽っている側で、プライムは鋏をバスタブ脇に据え付けられているパネルへと伸ばす。
 ポケモンにも使いやすいようタッチ操作に対応しているそこを鋏が弄ると、ザァ……ッと暖かなシャワーが降り注いで、身体にまとわりついていた泡の残滓を洗い流した。
 快感の余韻と温水の温もりに浸りながら、疲労と安堵がもたらした睡魔に捕らえられて、そのまま私は薔薇色の淵の底へと沈んでいった。



**4・倶楽部の姫たち [#1veFwh9]

 ▼

「霊長主義、だね。君のトレーナーはそれにかぶれたんだ。これだから人間は……っ!」
 尖らせた蒼い吻先から、深い怒りに戦慄く声が絞り出される。
 水鉄砲に撃たれたような威圧を感じて、思わず私はたじろいだ。

 翌朝。
 ほの温かく清潔な湯の張られたプールの中で、私は目を覚ました。ご主人様のモンスターボ-ルよりも快適な寝心地だった。
 鏡を見て確かめた自分の姿は、ヒレ先がささくれ立ったように傷ついてはいたけれど、鱗も髭も泡に磨かれて本来の透明感を取り戻していた。
「洗い終わってみて驚いたよ。なんて綺麗な鱗だろうね。それだけでもきっとお客さんに喜んでもらえるだろう」
 起こしに来てくれたプライムの評価が嬉しかった。ヒレの傷も、いずれ癒えて元通りになるらしい。見栄え負けしないよう頑張らなければ。
 彼女に連れられて案内されたのは塔の食堂。ポケモンフーズの他、当地名産のモモンの実を使った蜜漬けや果肉入りパンが皿の上に芳しい香りを漂わせて並べられていた。
 モモンのみの産地だから、〝モモンヶタウン〟なのである。語感が似ている脇に皮膜のついた電気ポケモンは、この辺で見かけたことはない。
「他の泡姫たちも起こしてくるけど、腹が減ってんだろ? 待たなくていいから、先に召し上がっときな。喉に詰まらせないよう気を付けるんだよ」
 と勧められたので、遠慮なくむしゃぶりつく。思い返せばご主人様の家を出て以来胃の腑に入れたものといえば、ラッタのディグダにこびりついていた、何だったのかは分かりたくもない滓だけだ。ようやくありつけた食事は、エラ蓋が蕩け落ちるほど美味しかった。私はどちらかというと辛党なのだが、そこは雌の仔のはしくれ、甘いものだって大好物なのである。
 無我夢中で舌鼓を打っているうちに、青いポケモンが2尾、食堂の戸を開けた。
「君が新入りさんだね!  初めまして。わぁ綺麗な鱗! まるで宝石みたいだねぇ!!」
 丸まった尻尾をバネにして可憐に跳ねながら朗らかに話しかけてきたのは、パッチリとした紅い眼が可愛らしいタッツーで、
「仲間が増えてくれて嬉しいわ。困ったことがあったら何でも相談してね」
 深みのある黒々とした眼でたおやかに挨拶したのは、透き通ったお腹に浮かぶ螺旋が美しいニョロモ。
 クラブも含めて皆、体格こそ私より小さいが、磨き抜かれた風格を漂わせる泡姫たちばかりだった。
「ボクはタッツーのボウビキ。棒線一本で〝&ruby(ボウビキ){ー};〟ね。で、こっちはニョロモのアマダレちゃんだよ」
「私の源氏名はいわゆるビックリマークの〝&ruby(アマダレ){!};〟なの。あぁ、〝源氏名〟っていうのは泡姫としての名前のことよ。私も&ruby(ボウビキ){ー};ちゃんもトレーナーからもらった名前を持ってるけど、ここでは本名は使わないのが流儀なの」
「お客様に身を捧げる〝泡姫〟として現実の自分を封じるために、普通の名前では使わないような記号を源氏名にしてるのさ。逆を言えば、本名に名乗り返ればいつでもカタギに戻れるためでもある。ちなみにあたいの源氏名も、点ひとつで〝&ruby(プライム){'};〟ってんだよ((〝'〟は正しくはアポストロフィーだが、読みやすさと女将役に似合いの名前という点を考慮して、類似の記号であるプライムとした。))」
 なるほど、コダックのダクテンというのもダックだからダクなのだと思っていたが、つまりは濁点――〝&ruby(ダクテン){゛};〟という源氏名だったということか。
「あんたにもいずれ源氏名を名乗ってもらうことになるんだけど、生憎オーナーが遠くに住んでるもんで中々連絡がつかなくてね。当分は種族名で呼ぶことになるけど、それでいいね?」
 本名を名乗らなくていい、と知って、私はむしろ安堵して頷いた。
「そうですね。私も、本名で呼ばれると、ご主人様のことを思い出して辛いですし……」
〝その名〟で呼ばれていた過去への未練に、瞳を曇らせて。

 そこから、私がご主人様に棄てられた件について打ち明けることとなり、吻先を険しく尖らせた&ruby(ボウビキ){ー};が、耳慣れない呼称でご主人様を評したのであった。

「れいちょう……主義?」
「ザックリ言うと、『人間はあらゆる生き物の中で一番偉い』っていう主張をしてる人間たちのことだよ。ボクらポケモンを使い捨ての道具みたいに思ってて、気に入らなかったらそれだけで命さえ平然と奪う、野生のポケモンより野蛮で危険な連中さ」
 先ほどまで快活だった表情を憎しみに染めて、&ruby(ボウビキ){ー};は毒づく。
 隣の&ruby(プライム){'};も、表情を険しくして言った。
「ずっと昔、人間がポケモンを一方的に従えてた時代があったのは事実だよ。だけど争いを越えて互いに話し合った結果、人間たちは私たちに向ける剣を折ることを約束してくれて、仲良くやってくことになったのさ。((『剣を折る』は、トバリ神話の表記より。))それなのに、互いのご先祖様たちが命を懸けて築いてくれた平和を『人間がポケモンに屈した結果』だとか決めつけて、人間の権利を取り戻そうなんて言い張ってるバカ共がいるんだ。ちょっと前まではならず者共が陰でコソコソと悪さをしてるだけだったのに、最近は一般のトレーナーたちにまでどんどん影響が広がってて、ポケモン協会の人たちも収拾に苦労してるって話だ」
「……私をゲットしてくれた頃のご主人様は、あんな酷いことをするような人じゃなかったんです」
 食べる口を休めて、私は天井を仰いだ。
「ゲットした日が誕生日だったってことで私をとても大切にしてくれて、バトルの勝ち負けや強さへのこだわりとかもあんまりなくって、毎日私たちと楽しく過ごせればいいって言ってました。なのに、最近街の若いトレーナーたちの間で、弱いポケモンを持っている人に嫌がらせをするようなことが流行ってきたらしくって。ご主人様のところは相棒のフシギバナさんがとても強い方でしたので被害には遭ってなかったんですけど、絶対に虐められないようもっと強くならなければって、口癖のように言うようになったんです。そのために私をギャラドスに進化させようって決めて、どれだけ強くなれるかを確かめるためにリーダーに相談したら、私の潜在能力が絶望的に低いことが分かって、それで……」
「元々は周りの霊長主義からあなたたちを守ることが目的だったはずなのに、力を求めるあまり霊長主義に染まってしまったのね。いつかあなたのご主人様も後悔してくれるといいわね……」
「本性を現しただけじゃないの? そんな人から無事に離れられて良かったんだよ」
「そこまでにしておき。&ruby(ボウビキ){ー};、ちょいと言い過ぎだよ」
 憤懣やる方ない様子の&ruby(ボウビキ){ー};を、&ruby(プライム){'};が鋭く窘める。
「あんたが人間を嫌ってんのは仕方ないけどさ、まだトレーナーさんに心を残してるコイキングの気持ちも考えてやりな」
「うん……ゴメン。当のコイキングちゃんを差し置いて、勝手にボクが怒ったりなんかするべきじゃないよね」
 荒くなっていた息吹を深呼吸で鎮め、&ruby(ボウビキ){ー};は元の快活な表情を取り直した。
「早く一人前になって、トレーナーを見返してやらなくちゃ。仕込みはまた、ボクに任せてもらえるんだよね、&ruby(プライム){'};ママ?」
「そうだね、頼むよ。ディグダ穴が未熟だから相手は選ぶとしても、今晩までに客を洗えるぐらいには仕上げといてくれ」
 &ruby(プライム){'};の答えに、ゾクリ、と鱗が震えた。
 今晩にも――こんなにも早く、泡姫として客を取ることなるだなんて。
 覚悟を決めて選んだ道、今更嫌がることもない。だけど果たして本当に、私なんかに務まるのだろうか!?
 だって私、ラッタに散らされて、彼のを咥えて白子を口に含んだだけ。他には何にも知らないのだ。どうお客様を洗えば喜んでもらえるのかも、何も知らない。
 挿入はしなくていい相手を選ぶって言われてはいるけど、その候補となる雄にディグダのないポケモンには、よりにもよって私と同じコイキングだっている。もしいきなり同族の雄を相手にして、その前でみっともない醜態を晒してしまったりしたら、その先やっていけないレベルで立ち直れなくなるかも……!?
「そんなに固くならなくても大丈夫よ、コイキングさん」
 &ruby(アマダレ){!};のしっとりとした尾ビレが、凍てつきかかっていた私の背を溶かした。
「&ruby(ボウビキ){ー};ちゃんは新入りの教育に関してはエキスパートなの。任せていれば、今からでもひと通りのことはお充分教われるわ。私もこの仔のおかげで、すぐにこの仕事になれることができたから」
「食べ終わってひと休みしたら特訓を始めるよ。練習台になってあげるから、一緒に頑張ろうねっ!」
「お客様の中には、ウブな娘の拙い奉仕が好みって奴もいるんだ。付け焼き刃でもいいから、まずはやってお見せよ。ただし、」
 意味深な笑みをククッと浮かべて、&ruby(プライム){'};は言った。
「夕べも言った通り、同種の雄にはくれぐれも注意しておくれよ。いいね?」
 ……やっぱりコイキングのお客様が初のお相手なのだろうか。



**5・棒惹き [#Rpb3sNd]

 ▼

 ぱしゃんっ!
「あたっ!?」
 ローションでぬるりと艶めいたヒレが蒼いタッツーの顔をまともにひっぱたき、思わず叩いた私の方が悲鳴を上げる。
 泡姫の修行のためにふたりで浴室に入り、湯船に浸かってまずは洗う技を試してみようと、&ruby(プライム){'};に言われた跳ねる技を使う泡の立て方を試した結果が、この無惨な有様である。ビンタというか、ヒレからぶつかる体当たりになってしまった。
「ご、ごめんなさい! 大丈夫……!?」
 出だしからいきなりの大ポカに狼狽えながら、私は&ruby(ボウビキ){ー};の顔を覗き込む。
 打たれた頬を尻尾の先で撫でさすりながら、&ruby(ボウビキ){ー};はぽかんと紅い瞳を見開いていた。
「うん、大丈夫っていうか……もう一回今のやってくれる?」
「え……? でも、もし商売道具の身体を傷つけちゃったりしちゃったら……」
「いいから。いっそボクを突き倒すぐらいの勢いでぶつかってみて」
「えぇ……」
 いきなり顔を打たれたショックで、Mに目覚めちゃったりしたんだろうか。
 ますます心配になりつつも、私はもう一度ローションに浸したヒレをうねらせ、&ruby(ボウビキ){ー};めがけて跳ねた。
 今度は顔ではなくおでこにヒレが命中し、このまま勢いをいなされて頭で受け止められる。
「……使える」
「はい?」
「ちょっとヒレを見せてみて」
 湯船の中に下ろされた私のヒレに、くるりとしたタッツ-の尻尾が巻き付いた。
「やっぱり……! キミのヒレ、凄く柔らかいんだ。まるで卸したての刷毛を触ってるみたい。当たっても全然痛くなんかなかったんだよ!」
 感嘆の声が、シャボンのように弾ける。
「攻撃が低いってジャッジされたのもこのせいだったんだ。しなやかで繊細な女性の事を、古い言葉で〝&ruby(たおやめ){手弱女};〟っていうんだけど、このヒレはまさにそれを体現してる。この弱さは、泡姫としては武器になるよ。うまく使いこなせば、お客様を傷つけずに快感だけを与えられるんだからね」
「じゃあ、私、やっていけそうなんですか?」
「うんうん。そもそも〝手弱女〟って言葉には娼婦の意味もある。キミはまるで、泡姫になるために生まれてきたような身体をしてるんだよ。気を悪くするかもしれないけど、キミを捨てたトレーナーにも、ここに連れてきてくれたラッタさんにも感謝しなければいけないかもね」
 胸の奥が沸騰して、私は誉められたばかりのヒレで&ruby(ボウビキ){ー};に抱きつき、ついでに叩いてしまった場所に唇を押し当てた。
「嬉しい……この身体、無力なんかじゃなかったんだね…………」
「ふふ、ヒレだけじゃなくって唇も、化粧パフみたいにふわふわだね。使い方さえしっかりと覚えれば、きっとお客様を喜ばせてあげられると思うよ。ただ……」
 腹ビレに沿って下腹を這う&ruby(ボウビキ){ー};の尻尾が、その後ろをさらり、と撫でる。
「ぁう……っ!?」
「やっぱり、ここだけは防御が固いね。&ruby(プライム){'};ママにも注意されたけど、無理せずちょっとずつ育てていこうね」
「あ……ん……ひゃうんっ……」
 尻尾の先端で秘裂の入り口を舐めるように擦られて、私は&ruby(ボウビキ){ー};の首に抱きついたまま身悶えした。
「いい感じに盛り上がってきたね。そろそろ、その素敵な唇でボクのディグダを洗ってもらえるかな?」
「あ、うん……」
 促された私は、上気した顔を&ruby(ボウビキ){ー};の下腹へと移す。
「ん、でも、&ruby(ボウビキ){ー};さんのはディグダじゃなくってディグダ穴で――」
 言いかけた唇が、眼と一緒に開いたまま固まった。
「……………………」
「どうかした?」
 囁きをかけられて、私はパクパクと口を喘がせた後、ようやく眼にしたモノについて訊ねた。
「なんか……顔、覗かせてるんですけど?」
「だからディグダって言ってるでしょ?」
「えっと、あの、だって…………あれ!?」
 &ruby(ボウビキ){ー};の顔と、そのスリットを割って飛び出しているモモン色の肉塊とを交互に見やっていると、どこかとぼけたような調子で&ruby(ボウビキ){ー};は言った。
「知らなかったかな? タッツーの雌には、普通にディグダが生えているんだよ」
「えええええ~っ!? そ、そうなんですかぁ!?」
「うん。本来はタッツーやその進化系同士のカップルでしか使わないんだけどね。産卵管がディグダのように伸びて、雄のお腹にある育児嚢っていう袋に挿れてタマゴを産むんだ。そして雄はお腹の中でタマゴを孵す。それがボクら本来の生態なんだよ。((モチーフであるタツノオトシゴが元ネタ。))他の種族とも仔供を作れるように、こうして普通のも生えているんだけどね」
「へ、へぇ……」
 明かされた生命の神秘に、茫然と感心すること数瞬。たった今された解説を反芻して、
「……………………!?」
 唐突に、私の脳裏にスパーキングギガボルトが炸裂した。
「い、今……『普通のも生えてる』って…………え!?」
 他の種族と交わるために普通にあるべきモノがディグダ穴なら、『生えてる』とは表現するまい。
「ってことはつまり、&ruby(ボウビキ){ー};さんって、」
「ゴメンね。普通にオトコノコでした」
「ぅええええええええええ~~っ!?」
 驚天動地の真実に、今度こそ私はバスタブの中で盛大に飛沫を巻き散らしてひっくり返る。
「おっ……雄ううぅ~っ!? 雄なのに泡姫やってるのっ!?」
「まぁ、ね。こんな身体だから、どっちのお客様も取れるよ。何しろ正真正銘、雌のディグダを迎えるためのディグダ穴だもの、雄のもちゃんと挿れられるし、気持ちよくなれば濡れもするんだからね」
「う……うわぁ……きゃああ……」
 完璧に絶句して、意味を持たない声を上げ続けるしかできずにいると、&ruby(ボウビキ){ー};はちょっと困った様子で苦笑を浮かべた。
「ドン引きしちゃった? でも、この身体のおかげで、ボクは雄雌どっちの気持ちも理解できるんだよ。ボクが新入り泡姫の仕込みを担当しているのも、練習台として最適だからなんだ」
「え……ドン引き!? 違う違う、滅相もない!!」
 ブンブンと顔を横に振って、私は〝彼〟の言葉を否定する。
「ドン引きどころか、私、感激してます!!」
「……はい?」
「だってつまり、&ruby(ボウビキ){ー};さんのディグダ穴って……いわゆる〝やおい穴〟ってことなんでしょ!?」
「は、はぁ!? いや、別にそんなワケじゃ……ん? あれ、定義上どこも間違ってないような…………?」
 それこそドン引きした様子で顔をひきつらせた&ruby(ボウビキ){ー};に、私は荒々しく迫った。
「間違いなんかありませんよ! 雄が雄のディグダを挿れるためだけに空いてるディグダ穴なんですもん、どう見てもやおい穴です本当にありがとうございました! 凄いです! 奇跡です! 腐女雌の夢の中にしかないとうたわれ続けた幻の器官が、今私の目の前に存在しているなんて!!」
「い、いや、だからね、育児嚢は雄のタッツーなら当たり前についてるものなんだし、そんな大袈裟に感動されても……ねぇ、ちょっと、聞いてる? 眼がヤバいよ?」
「もっとよく見せて下さい!!」
「ちょ、待、きゃああああああっ!?」
 跳ねかかって&ruby(ボウビキ){ー};の胸に飛び込んだ私は、ディグダ穴をヒレで開いて食い入るように眺め回した。

 ▼

「落ち着いた?」
「何とか……ごめんなさい…………」
 頭から泡を浴びせられ、尻尾でクシャクシャに洗われて、ようやく私は理性を立て直した。
「もう、ちょっとは謹んでよ。ボクら同じドラゴンタマゴグループの雄と雌なんだからね? ボクが泡姫だからどうにか収集がつけられたけど、お客様だったら勢い余ってまた妊娠騒動に発展しちゃってたかも知れないところだったじゃないの」
「うぅ、お恥ずかしい……&ruby(プライム){'};さんが言ってた『同種の雄には注意しろ』って、&ruby(ボウビキ){ー};さんのことだったんですね。まさか私の方がケダモノになりかけちゃうだなんて……」
 興奮状態から盛大に落ち込みつつ、ここまでの状況を振り返って、
「……っ!?」
 そしてまた、エラ蓋の奥が加熱する。
「じゃ、それじゃ私、さっきは同じドラゴンタマゴグループの雄の仔に、尻尾でディグダ穴を弄られて……!? きゃああっ!? いやぁん、恥ずかしいよぉ!?」
「今更!? 色んな意味で今更!? そもそもお客様に触らせるために特訓してるんだし、さっき同種の雄だと分かった途端にボクのを力一杯ガン見しておいてそれはないでしょ!?」
「だってだって、不意打ちですもん!? いきなり雄だなんて分かっちゃったから、もーどうしたらいいのかワケ分かんないし!?」
 パニックにのたうち回る私の腰を、&ruby(ボウビキ){ー};は尻尾で抱き寄せ、先端でまたディグダ穴をくすぐった。
「ひゃうっ!?」
「慣れなきゃ、ね」
「分かってる……頑張ります」
 愛撫に身を委ねつつ涙目で頷くと、&ruby(ボウビキ){ー};は中性的な顔で可愛らしく微笑んだ。
「よし、じゃあ続きをしてもらおうかな。ボクのディグダに、キミの唇の味を教えて。……ディグダ穴にキスしてくれても嬉しいけど、くれぐれも冷静にね?」
 そして私はまた、顔を&ruby(ボウビキ){ー};の下腹に沈める。
 改めて開き見た&ruby(ボウビキ){ー};のディグダ穴は、襞々が奥まで続いていて、まさしく本物のヴァギナのようであった。
 肉壁は微かに黒ずんでいて、使い込まれているのが判る。一体何匹のディグダを迎え入れてきたのだろうか。
 秘裂の上端では奥からずっと続くピンク色のディグダが、先端を隆々と外に突き出ている。
「ひょっとして、この&ruby(ディグダ){棒};にちなんで〝棒引き〟って源氏名だったり?」
「いや、そういうわけじゃないよ。&ruby(ボウビキ){ー};も、&ruby(プライム){'};や&ruby(アマダレ){!};も、泡姫の源氏名としては昔から由緒ある名前だからね((由来はポケモンGoで、ボックスを名前順にした時に上位に並ぶ記号。長音符とアポストロフィーは単体で使った時のみ最上位で、他の文字を後に続けると無効化される。))」
「あ、じゃあむしろ、お客様の&ruby(ディグダ){棒};が惹かれるから〝棒惹き〟なのかも」
「あはは、それは本当かもね。源氏名には他にも、&ruby(ダクテン){゛};に&ruby(ハンダクテン){゜};、((濁点と半濁点は!より上位だが、使えるかどうかは日本語環境による。(iosでは使用不可?)環境に左右されない記号では!が最上位。))&ruby(イゲタ){#};、&ruby(ダラー){$};、&ruby(ワリアイ){%};、&ruby(ホシ){*};、&ruby(ミミダレ){?};や&ruby(タンカ){@};なんてのもあるよ。キミにはどんな源氏名がつけられるんだろうね?」
 新しい自分に想いを馳せつつ、ディグダ穴に口付ける。唇を奥に沈めて、なるべく根本の辺りを撫でるように舐めた。
「うぅ……っ!?」
 ディグダが露出しても外気に触れないその場所は、やはり格別に敏感だったらしい。呻きと共に、ギンッとディグダの張りが増す。
「上手いよ……責めどころを心得てるね。ほんとにラッタさんのしか咥えたことないの?」
「うん……でも、雌のディグダ穴みたいなんだから、自分ならどこが気持ちいいのかって見れば判りますし」
 熱く硬く、そそり勃った&ruby(ボウビキ){ー};のディグダ。サイズこそ大きめな雌の陰核だと思えそうなほどに控えめだが、ムンッと醸し出す臭気が力強く性別を主張している。根本に這わせていた唇を、裏筋に沿って先端までツッと舐め上げると、ビクビクッと戦慄いて鈴口から蜜を溢れさせた。
「くうぅぅ~っ! あぁ、気持ちいいな、もう出しちゃいそうだ……ぅあっ!?」
 出そうだと聞いて、私は口を開いてディグダを頬張り、ギュッと締めて啜る。
 ラッタの臭く汚らしいディグダに比べたら、ナナの実みたいなモノだ。果汁がどんな味だろうと吐き出すものか。
「あぁ、ストップストップ! ヌくのはもう少し待ってよ」
 今にも白子を搾り取ろうとする私に、&ruby(ボウビキ){ー};が昂る声で制止をかけた。
「せっかく今勃っているんだからさ、先にラッキー印の使い方について教えておきたいんだ」
 ラッキー印と言えば、避妊具の俗称である。今夜にも客の相手をする身として知っておかねばならないことだ。名残惜しくも私は、タッツーのディグダから口を離した。
 バスタブから上がったこと&ruby(ボウビキ){ー};は、洗い場の壁に据えられていた引き出しに尻尾をかける。
 開かれた中には、木の樹脂を加工して作られた避妊具が、各種サイズごとに分けられてギッシリと詰まっていた。
「ラッキー印はその名の通り、野生のラッキーさんたちが作った避妊具だよ。((なお、〝コンドーム〟の語原も、考案した医師の名前という説がある。))彼女たちも、野生のポケモン相手に性経験を売って生計を立てているからね。時々うちのような泡姫倶楽部に通っては、美容を整えていくんだ。そのサービスの代償として、ボクらは避妊具を分けてもらってる。言わば持ちつ持たれつの関係なんだよ。同じ身体を売る商売同士ながら、客層も被らないしね。本来お客様に序列をつけるべきではないけど、ボクらの生命線を握っている彼女たちが一番重要なお得意様なのも確かだよ。大抵はボクか&ruby(プライム){'};ママがお相手することになってるけど、新入りの味見でキミが指名されることもあるかも知れない。大らかな方々だからまず心配はいらないと思うけど、なるべく粗相のないように気を付けてね。さて、と」
 引き出しの一角を、尻尾がくるりと指し示す。
「この辺がディグダ穴持ちの雄用ラッキー印ね。袋状じゃなくって、挿入して精液を吸わせる用になってる。((タンポンみたいなもの。))しばらくは一番お世話になると思うから、よく覚えておいて。で、ボク用のがこれ」
「はい、覚えました。ドラゴンSSサイズですね」
「……お客様の時は、間違ってもサイズを口にしちゃダメだよ。相手によっては傷つけることもあるからね」
 何故かやや不機嫌気味に、&ruby(ボウビキ){ー};は身を仰け反らせていきり勃ったままのディグダを突き出した。
「つけてあげるのも、泡姫のサービスだよ。できるかな?」
「や、やってみます」
 両のヒレでラッキー印を持って、ディグダの先端にあてがおうと試みる。しかしピクピクと蠢くディグダには、中々狙いをつけられない。
 そこでやり方を変えて、片方のヒレでディグダを捕らえ、もう一方のヒレでラッキー印を被せようとしてみた。が、やっぱり片ヒレだけではラッキー印を広げるのは難しかった。
 ふと思いついて、両のヒレでラッキー印とディグダの頭を一緒に挟み込み、咥えながら唇と舌を使って押し広げてみる。
 これが上手くいった。程なくして樹脂の帽子を被ったディグダが、私のヒレの中で元気よく跳ねた。
「できた……! あは、なんだか可愛い」
「それもお客様には言っちゃダメだよ!? 雄のを指す表現としては全然誉め言葉になってないからねっ!!」
「え~、でも、ほんとに可愛いですよ?」
「さっきからボクの方ばかり恥ずかしい想いをしてるのはなんでなんだろ……まぁいいや。ここでちょっと教えておくことがあるんだ。尾ビレを出して」
 私も身を反らして尾ビレを差し出すと、&ruby(ボウビキ){ー};はラッキー印をはめているディグダを私の尾ビレに寄せた。
「ディグダから脇へと尾ビレを滑らせて、雄の腰を抱えて誘うんだ。この時なるべくさりげなく、ギリギリまでディグダから目を離さないこと。そうしなきゃいけない理由は、もう分かってるよね?」
「あ、はい。ラッキー印がちゃんとついているかどうか確認するため……というより、お客様が勝手に外しちゃうのを防ぐためですよね。ラッタさんのことがあったから……」
「そういうこと。あの時から徹底するよう&ruby(プライム){'};ママに言いつけられてるんだ。このテクニックの応用として、裸のディグダを導きながら気付かせないようにラッキー印を被せて生ハメ気分を味わわせるって技もあるんだけど、お客様にも避妊マナーを学んで頂くために店としては禁じ手にしてる。でも、強引に生ハメを迫られた時なんかに使うと役に立つから、早めに覚えておこうね。じゃあ、誘ってみて」
 ラッキー印の感触を尾ビレで確かめた後、その尾ビレを&ruby(ボウビキ){ー};の腰へと回す。
 抱き寄せようと試みたが力加減が掴めず、蒼いお尻をポンポンと払うだけになってしまった。
「う~ん、確かに誘っているのには違いないんだけどね、これじゃ導くっていうより急かされてるみたいだなぁ。まぁ、こればかりは場数を践んでいくしかないよ。ところで、誘う方ばかりに気が行って、ラッキー印のチェックが疎かになってないかな? ボクが悪い客だったら、もう取っちゃってたりして」
 慌てて覗き込もうとするも、腹ビレがじゃまになって肝心なモノがよく見えない。感触で確かめようと尾の腹側を&ruby(ボウビキ){ー};の腰に押し付けると、程なくして樹脂に包まれた熱い感触を捕らえた。
「あ……っ!?」
 腹というか、ディグダ穴のスジで捕らえてしまった。まともに。
 ゴールで確かめていてはチェックの意味がない。もし本当に取られていたら絶体絶命である。
 っていうか、つけていようが気分的には既に絶体絶命なのだが。
「大丈夫、今回は挿れないよ。だから落ち着いて、力を抜いて」
 バスマットの上に寝かされて、同じドラゴンタマゴグループの可愛い顔をした雄の仔に横からのしかかられ、ディグダ穴の入り口にラッキー印越しとはいえディグダの先端を当てがわれて、それでも落ち着かなきゃいけないなんて泡姫って本当に大変なお仕事だ。
「入り口を擦るだけで済ませるけど、されっぱなしは泡姫の流儀じゃないからね。自分で動くことできるかな?」
「ふえっ!?」
 思わず、素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
 入り口に触れられているというだけで、もう一杯一杯なのである。まるでディグダ穴に灼熱の杭でも打たれて張り付けにされているかのように、全身が硬直していうことをきかない。
 どうすることもできないまま、救いを求めて相手を見やると、&ruby(ボウビキ){ー};は尻尾を私の胴の下に割り込ませ、抱え上げた私を自分の腹の上に乗せた。
「っ!?」
 身体が彼の方に滑り落ち、重みでディグダに私のディグダ穴が押し付けられる。
「やっ!? ぃやん、あっあぁっ!?」
「この体位なら、動くしかないでしょ? ほら、頑張って」
 このまま身を任せていると、私の固いディグダ穴に彼のディグダがズブズブとメリ込んでしまう。処女ではなくても割と痛いので、胸ビレと尾ビレを突っ張って身体を支えた。それでも縫い止められてしまったかのように、僅かに入り口をくぐっただけのディグダを引き抜けない。
 無理な体勢で疲労を訴えるヒレを少しでも楽にしようと身動ぎすれば、身体の中心でディグダがうねる。
「ああんっ!?」
 逃れようとして胴をくねらせると、ますますディグダの先端が、私の入り口をこねくり回した。
「あっ、んあっ、ぁんあぁっ!?」
 もう僅かにでもヒレの力を抜けば、秘所に滲む快感が苦痛に転じる。そのギリギリの綱渡りが、鼓動を切なく沸き上がらせる。
 いつしか私は、身体を支え続けるためではなく、快楽を受け続けるために胴を振っていた。
「あぁ……もう、ダメ、堕ちちゃう……っ!?」
 ヒレが震える。限界が近い。これ以上続けたら、身体が&ruby(ボウビキ){ー};の上に落ちて、私のディグダ穴が貫かれてしまう。
 堕ちてしまおうか。痛くてもいい。もう楽になりたい。気持ちよくなりたい。
 くたびれ果てたヒレから、フッと力が抜けた瞬間、
「よっと」
 尾ビレに尻尾が巻き付いて、クルッと視界がひっくり返ると私は再びバスマットの上に寝かされていた。
 胴の上にのしかかり、ディグダを私にあてがい直して、&ruby(ボウビキ){ー};は悪戯っぽく囁く。
「上下が入れ替わっただけだよ。どう動いたらいいか、もう分かるよね?」
 あぁ、本当だ。
 ヒレで支えなくていい分、楽に求められる。
 熱い強ばりにディグダ穴を擦り付けて、私は彼の下で一心不乱に踊った。



**6・紅を灼く炎 [#dYXaaIQ]

 ▼

「ねぇ、野生でギャラドスに進化するのは、どんなコイキングか知ってる?」
 練習の合間、浅く湯を張ったバスタブの中で、&ruby(ボウビキ){ー};の尻尾を枕にさせてもらって一息吐いていると、疲労と官能の余韻でぼんやりとした頭にそんな声をかけられた。
「キミたち野生のコイキングは、跳ねて池の水面に立てる飛沫の大きさを競い合い、より大きく派手な水柱を上げた者が縄張りを主張して、負けた者たちを追い散らす。やがて弱いコイキングたちは池からも追い出されて下流に流されていき、強者だけが池を独占する……」
 私は縄張りを競い合えるまでに育つ前にご主人様にゲットされたけれど、両親はどちらもコイキングだった。きっと、ふたりとも勝ち残って池に住処を得た、強いコイキングであったのだろう。
「……だけど、そうやって池に勝ち残ったコイキングは、どんなに強くてもそのままでは決してギャラドスに進化することはないんだって。ギャラドスになれるのは、敗北を経験し、厳しい外海に落とされて、それでも挫けずに滝昇ってきたコイキングの方なんだって父さんが言ってた。((サケやマスの生態が元ネタ。そもそも進化とは、敗北者がリベンジを積み重ねて起こすものである。))キミがここに落とされてきたのも、いつか素敵なギャラドスに進化を遂げるためかも知れないね」
「&ruby(ボウビキ){ー};さんのお父さんって……?」
「うん、ギャラドスだった。野生時代からの、ね」
 単にドラゴンタマゴグループという以上に、このタッツーには近しいものを感じていた。彼に流れる同族の血を、無意識に感じ取っていたのだろう。
「見かけは強面だったけど、ちょっと呑気でトボケてて、仔供好きな優しい父さんだったよ。それに対してシードラの母さんはキビキビとしたしっかり者で、父さんがのんびりとしてる度に急かしてた。正反対な性格の夫婦だったけど、だからなのかな、見てて恥ずかしくなるぐらい仲が良くて、ふたりで力を合わせてトレーナーさんの下で働いてた。ボクの自慢の両親だった……」
 窓の外を眺めながら、&ruby(ボウビキ){ー};は虚空に呟く。
 泡姫倶楽部の扇状に広がった区画の一角を占めるこの部屋は、南側一面が見晴らしのいい展望窓になっており、昼前の澄んだ青空が遙か遠くまで広がっている。
 けれど、その空に響く声は、にわかに静かな悲しみと憤りに掻き曇り、

「そんな父さんと母さんを、霊長主義の人間たちが殺したんだよ」

 雷鳴のように重苦しく、私を打ち据えた。
「〝ポケリゾート〟って分かるかな? トレーナー付きのポケモンが、一時トレーナーの下を離れて羽根を伸ばすための遊興施設……まぁ、ここも実質的にポケリゾートの役目を持っているんだけど、狭義的には離島とかにあって、ポケモンが長期的に暮らせる場所のことをそう呼んでいるらしい。中には引退したポケモンが余生を過ごすためのポケリゾートっていうのもあってね。ボクの両親も、そんな島に行ってふたりで幸せに暮らすために、あの日紅い船に乗って旅立ったんだ……」
「紅い船……? あ、引退ポケモン用のポケリゾートにポケモンを運んでいた紅い貨客船って、もしかしたら以前ご主人様と一緒に見たTV番組で見てるかもしれません。でも、その番組って昔の事故や事件を扱った特集番組で、その船も事故を起こして沈んでしまったって……同じ船、でしょうか?」
「事故を、起こして、沈んだだって!?」
 荒々しい激昂が、蒼い吻先を震わせる。
「人間共は、そんなデタラメな伝え方をしているっていうの!? ふざけるな! 犯人だってすぐに捕まって、相応の裁きを受けたって事実があるのに何が事故なもんか! あの船は撃沈されたんだ! 霊長主義者の卑劣な襲撃によって!!」
 ひとしきり怒号をぶちまけた吻先をしばらく大きく喘がせ、やがて&ruby(ボウビキ){ー};は「驚かせて、ゴメンね」と小さく謝った。
「それじゃ、つまり……同じ船どころか、ご両親が殺されたっていうのはその時に……!?」
「そうだよ。霊長主義者は、ポケモンの価値を人間の役に立っている時にしか認めていない。引退後のポケモンに、生かす価値はないなんて考え方なんだ。そんな身勝手な主張を喧伝する生け贄として、奴らは島に向かう船を襲い、沈めた。乗員も乗客も、1頭残らず皆殺しにされたんだって……」
「え、でも確か、特番では救出されたポケモンもいたって……?」
「うん。いたそうだね。どこかのお母さんが、命がけで守り通したタマゴがひとつだけ」
 思い出した。確かにそう報じられていた。無事に産まれて育ったその仔が映っていたから、状況の深刻さが薄らいでいたのだ。
「生きてあの船に乗ったポケモンに、生存者はいなかった。父さんと母さんも電気ポケモンにやられたらしく、真っ黒な炭にされて帰ってきたよ。荼毘に付す時、ボクのトレーナーさんは泣き叫んでた。『焼かないで、もうこれ以上この仔たちを焼かなくてもいいじゃない』って……」
「酷い……」
 話に聞くだけでも凄惨極まりない状況に、ただただそう呻くしかない。
 だが、&ruby(ボウビキ){ー};の愁いを帯びた蒼い顔は、ゆっくりと横に振られる。

「本当に酷いことが起こったのは、その後だったよ」

「…………!?」
 絶句した。
 ここまでの話が〝本当に酷いこと〟ではないというのなら、本当はどれほど酷い話だというのだろうか!?
「事件の後、被害ポケモンのトレーナーたちは、団結して過激な霊長主義に対する抗議運動を行った……いや、行おうとした。だけど、声明を上げてすぐ、嫌がらせの手紙や電話が相次いで、対応に追われるようになったんだ。人間の名誉を貶める〝反人〟の活動だなんて決めつけられてね。抗議集会を予定していた会場は、ことごとく直前でキャンセルを要求され、まともな活動なんて何もできなかった。そしてある日、うちのトレーナーさんは、勤めていた会社から突然解雇を要求されたんだ。露骨だったよ。『人間社会で生きて行くつもりがあるのなら、反人活動に関わるのをやめろ』だってさ。カンカンに怒って辞表を叩きつけたトレーナーさんが、ボクたちを連れて家に帰ってみたら……」
 紅い瞳が、耐え難い激情を押さえ込むように爛々と燃えていた。
「家が……ボクの産まれ育った、トレーナーさんの家が、父さんたちと、同じになってた」
「放火……!?」
「現場を担当したジュンサーさんは、そう言ってた。どう見ても誰かに火をつけられたに違いないって。だけど、後でニュースを調べたら失火扱いになってた。どこかでもみ消されたんだと思う。家についた火は、誰も消しちゃくれなかったのにね……」
 ふっと、&ruby(ボウビキ){ー};の顔から、激情の色が消えた。
 悲しみすらも見えなかった。凍てついた無表情で、彼は言葉を続ける。
「途方に暮れたトレーナーさんが、ボクたちを抱いて歩いていると、周囲の物陰から次々と、クスクスと含み笑いする声が聞こえてきたんだ。初めは気のせいだと、ただ辺りの民家の談笑が聞こえているだけだと思ったよ。だけど、そのまま歩き去ろうとしたトレーナーさんの背中に、誰かがハッキリと声をぶつけてきたんだ。『ざまぁみろ、反人!』って……」
 理解した。
 こんなの、在り来たりの怒りや悲しみでは、顔に表すことなんてできっこない。
「そいつが……その声の主が、火をつけた犯人だったんじゃないんですか!?」
「分からない。違うかも知れない……違う方が怖い」
 淡々と告げられた言葉に、私は背筋をゾッとさせられた。
〝犯人〟が、〝敵〟が明確な誰かなら、断固としてそれに立ち向かえばいい。
 だけど&ruby(ボウビキ){ー};とそのご主人様を追い詰めたのは、〝主義〟だけで声を揃えた形のない悪意。
 誰が敵かなんて、初めから判りっこない。むしろ周囲の誰しもが最悪の敵であり得たのだ。そんな人たちの中に孤立させられて、戦い続けられるわけがない。
「そのままボクたちは逃げ出した。何もかも放り出して、遙か遠いこの街まで引っ越してきたんだよ。以来ボクは、知らない人間と顔を合わせることができなくなった。親切そうな顔をしていても、心の底ではどんな霊長主義でボクたちのことを蔑んでるか判ったものじゃないもの。トレーナーさんと一緒にいると、どうしても誰かと会わなくちゃいけなくなるから、しばらくは新しい家の中で引きこもってたよ。でも、いつまでもそうしてはいられないってことは解ってたから、窓の外を通りすがったポケモンを捕まえて訊いたんだ。何か人間の来ない場所で、ポケモンだけでできる仕事はありませんか、って。そして紹介してもらったのが、このふれあい山道ジムだった。こんな山奥の泡姫倶楽部なら、お客様だけを相手にしていれば、人間と顔を合わせずに済むからね……」
 余りにも酷過ぎる霊長主義者たちの話を聞いている内に、例の特番の中でコメンターが言っていた台詞を、ひとつ思い出した。
 だけど、それを今、&ruby(ボウビキ){ー};の前で口にできるだろうか?
 言いたくない。あるいは彼もそう言われていたことを知っているかも知れないし、これ以上傷口を抉ることはない。
 その沈んだ、否、沈められた紅い船が、ポケモンだけで動かしていた無人船だったから、と。
『人的損害が出なかったのは幸いでしたね』とか言われていたことなんて、わざわざ今ここで付け加える必要はないだろう。
「そっか……そういう経緯があったから、私が棄てられた話をした時にあんなに怒ってたんですね……」
「ボクたちだけじゃないよ。&ruby(プライム){'};ママも、&ruby(アマダレ){!};ちゃんも、人間たちのせいで散々な目に遭わされてここに来てる。ボクなんて自分自身は直接被害に遭っていないんだから、キミや&ruby(アマダレ){!};ちゃん、ましてや&ruby(プライム){'};ママと比べたらまだ幸せなぐらいさ。楽な仕事じゃないけど……雄のボクでさえそう思うんだから、&ruby(ダクテン){゛};ちゃんみたいな目に遭うことを恐れなくちゃいけないキミたちには尚更苦しい仕事になるけれど、それでも外の地獄を思えば、客の欲情を拭うぐらい構うもんか」
 バスタブにもたれて、は天井を仰いだ。
「ただ、その地獄にボクはトレーナーさんを置いてきてしまった。週に一度は様子を見に来てくれるけれど……会う度に心配になるよ。また霊長主義者に虐められていないか、それともひょっとして、彼女自身が…………」
 それ以上は口にするのも嫌な想像だったのだろう。&ruby(ボウビキ){ー};はそこで吻先を閉じた。
 ご主人様自身が霊長主義に染まるなんて思っているの。そんなはずない。信じてあげて。
 言おうとした励ましは、しかし口の中で形を成さずに消える。現に霊長主義者のご主人様に棄てられた私が、その可能性を否定するなんて説得力がないこと甚だしい。
 懸命に言葉を選び、考えに考えた励ましの言葉を、私は&ruby(ボウビキ){ー};の胸にそっと呟いた。
「……変わらないと、いいですね。あなたのご主人様だけは…………」
 柔らかな私のヒレで、細い身体をふわりと包む。
 惨たらしくささくれ立った心が、少しでも癒えるように。
「ありがとう。……合格だよ、コイキングちゃん」
「……え?」
 目を瞬かせて顔を上げると、平時の快活な笑顔がそこにあった。
「日頃の悩みや心の傷を枕話に打ち明けてもらって、それを癒すのも泡姫の大切な仕事なんだ。お客様のことも、今みたいに優しく慰めてあげてね」
 危うく吹き出しそうになるのを、どうにか堪える。
 ここまでの話を練習扱いにしたことで、重苦しい空気が一瞬にして吹き飛んでしまった。あるいはこれもまた、学ばなければいけない技巧のひとつと考えるべきか。
「さぁ、練習の再会だ。跳ねる技とヒレを使ったお客様の洗い方、夕方までには形にしないとね!」
 気を引き締めて頷き、私たちは再びバスタブに湯を継ぎ足した。



**7・恋を売るコイ [#Y7b4BdN]

 ▼

 永劫にも思えた緊迫の静寂を、遂に呼び出しの鐘の音と、インターホンからの&ruby(プライム){'};の声が引き裂く。
「コイキング、お客様だよ。準備はできてるかい?」
 来た――!!
 とうとう、泡姫として客に身を捧げる時が来てしまったのだ。
「は、はい、大丈夫です、行けます……っ!!」
 どうにかそう応えたものの、一昼漬けで積んだはずの成果は真っ白に吹き飛んでしまった。
 覚悟なんて決まっていたはずなのに、決めていたつもりだったのに。
 私、一体何をやっているんだろう…………!?
「あんたの初めてのお相手はカメールさんだ。立派なディグダ持ちだが、ここの常連でね。&ruby(オボコ){新入り};の扱いも、挿れずに楽しむやり方も心得ているお方だから安心おし。どうせ初めてなんだ、分からなくなったらお客さんに甘えるぐらいでいいからね、気軽に頑張りな」
 気軽にと言われても、既に破裂しそうなほどの鼓動が胸の中で暴れ回っている。
 そうだ、お化粧のチェックをしなきゃ。
 みっともない顔でお客様になんて会えないもの。なるべく綺麗に整えておかないと。
 バスマットに上がって、鏡に写った世界に逃げ込むように身体をいじる。
 ふと、小道具入れの中に置かれた一本のスティックが目に留まった。
 ヒレでキャップを外すと、濃いめのピンクに染まった小さな筆が現れる。
 実はこれ、ディグダ穴を化粧するための紅なのだ。泡姫タッツーもお仕事の時は使っているらしいが、彼によるとこれは使い込んで黒ずんできたディグダ穴を補色するためのものなので、私のはまだ素のままでも全然綺麗なんだからつけなくてもいいよ、とは言われていたが、どうなんだろう。塗っておいた方が喜ばれるだろうか……?
「お邪魔するよ」
「はひぃっ!?」
 扉の向こうからの呼びかけに、私は危うく筆を取り落としそうになりながら上擦った声で応えた。
 入ってきたのは、赤茶色の丸っこい甲羅から、水色の四肢と絹糸のような長毛が豊かな尻尾を生やした、ハンサムな亀ポケモンだった。
「ほぅ、これは美しいコイキングさんだ。泡姫仕事はこれが初めてなんだって?」
 場慣れしている落ち着いた声に、しかし返事どころか振り返ることもまともにできない。
「ふふ、アガってしまっているようだね」
「す、すみません……」
「いや、清純っぽくて結構なことだよ。まずは一緒にお風呂だ。入れてあげようね」
 マットに横たわっていた私を、水色の腕が抱え上げる。見た目よりずっと逞しい膂力で、軽々と私はバスタブの中に運ばれた。お湯と力強い腕の温もりが、動悸する私を包み込む。
「すっごいドキドキしてるね。可愛いなぁ……ほら、感じてくれてるかい?」
「……?」
 一瞬戸惑ったが、ギュッと強く抱き寄せられた瞬間、鱗と甲羅を越えた向こうで打ち鳴らされる鳴動に気付かされた。
「あ、お客様のも、こんなにドキドキしてる……?」
「そうだよ。僕もゼニガメだった頃からあちこちの泡姫倶楽部に通っているけれど、何度経験しても胸のトキメキが治まることはないねぇ。なんと言っても、恋を買っているんだからね」
「コイ……ですか…………?」
 確かに、私が買われたわけだが。
「うん。僕にとっては一回一回が本当の恋だとも。時間がくれば弾けて終わるけれど、七色に輝いて膨らむ泡のような恋だ」
 そうか。
 得体の知れない動悸に怯えて竦んでしまっていたけれど、これが恋だというのならドキドキなんてして当たり前なんだ。
 そう意識したら、ますます加速を強める鼓動さえ、愛しく受け入れられた。
「だから、いっそこのままずっと抱き締め続けているだけでも、僕としては幸福なんだけど?」
「あ、いえ」
 力みが抜けて動けるようになった胸ビレを大きく掻いて、私はカメールの腕から身を離す。
「お客様をお洗いするために、練習した技があるんです。披露させてもらってもいいですか?」
「ほほぅ、それはまた楽しみだね。どれ、お願いしようか」
 にこやかに頷き、カメールはリラックスした姿勢で湯船に白い尾を揺蕩わせた。
 まずは下準備。湯にたっぷりとローションを混ぜ、ヒレで擦ってカメールの身体に泡を立てていく。
 首筋や肩、足や尻尾の毛まで、ねっとりとローションの泡にまみれさせたところで、
「そ、それでは……行きますっ!!」
 合図一番、私は湯船に身を沈める。
 カメールの脇下まで深く静かに潜行し、全身のバネを引き絞って。
 飛沫を蹴立てて湯面を突き破り、私は跳ねた、
 柔らかな胸ビレを、ローションにぬめるカメールの肩へと勢いよく滑らせながら。
 湯煙に飛沫と泡の緒を引いて、逆側の肩から腕までを撫でながらまた湯船の中へ。素早く甲羅の腋をくぐって背中に回り込むと、大サービスとばかりに腹ビレで甲羅を磨きながらまた空中へと躍り出る。カメールの耳に生えた白い飾り毛の上を飛び越える瞬間、舞い散る泡の合間に陶然と目を閉じた表情が見えた。
 湯船に落ちた後、更にとっておきの大技を決めるために、カメールの足元に寄り添う。
 胸ビレを左右逆に掻きつつ身体を捻り、螺旋の渦を巻いて跳躍。胸ビレで、腹ビレで、背ビレも尾ビレも全部使って、カメールの股間から尻尾、甲羅の腹までをも一気に磨き上げ、
 ――回り過ぎた果てに、空中で目を回した。
「はぁうっ!?」
 たちまちバランスが崩壊し、制御できない方角に身体が流れていく。
 感覚を立て直した結果判ったのは、落ちる先がバスタブの縁だと言うことで、
 きゃあ、と悲鳴を上げるより早く、カメールの腕が私を抱き止めていた。
「おっとっと、大丈夫かい?」
「は、はい。すみません、失敗しちゃいました!」
「いやいや、気持ちよかったし、泡の緒を引きながら舞う姿はとても綺麗だったよ。もっと魅せてくれるかな」
「あ……ありがとうございます! 頑張ります!!」
 誉められた喜びで踊る心のままに、私は湯船の中を舞い続けた。

 ▼

 ジャンプ技で身体を磨いてあげた後は、全身へのキスサービス。
 肩口に、首筋に、目元、頬、そして内股へと、敏感そうな部分に次々と口付けして舌を這わせていく。
 いよいよ次は……と尻尾の付け根に視線を向けると、
「きゃっ!?」
 小さなゼニガメの頭がヒョッコリと鎌首をもたげていて、ついついたじろいでしまった。
「泡姫さん、キスは初仕事と思えないぐらい上手いねぇ。ヒレのタッチも気持ちよかったし、ムスコが待ち切れなくなってしまったよ」
「ディ、ディグダなんですね……本当に息子さんの頭かと思っちゃいました」
 むしろそう思えば怯えることもない。気を落ち着けて、私はディグダに顔を寄せる。
 熱く張り詰めたカメールのディグダ。体格のせいもあるが、ラッタやタッツーのとは比べものにならないほど大きい上に亀頭のエラも張った逸物で、噛まないように頬張るのは大変そうだ。
「あの、私、呑めますから、遠慮なく出してくださいね」
「お、それは嬉しいなぁ。お言葉に甘えさせてもらうよ」
 既に練習で、&ruby(ボウビキ){ー};の白子を呑ませてもらっている。ラッタとの経験があったせいか、耐えられないほど苦くはなかった。そういう意味でもやっぱり、ラッタが初めてで良かった。 
 湯内に顔を沈め、長大なディグダを口に入れる。エラの縁に歯が当たってしまい心配になって見上げたが、大丈夫だよ、と頷かれたのでそのまま根本まで頬張った。
 そのまま身を前後させる。肉幹を抽送する度にカメールのやんちゃなムスコが元気よく咥内で暴れ回り、強烈な刺激に目眩がした。これを私の未熟なディグダ穴に挿入したらと想像すると、それだけで思わず腹ビレの後ろが縮みそうだ。
「う……くっ! はぁっ!!」
 ディグダの横腹を唇で扱き、舌先を根本に這い回らせると、興奮したカメールは鋭い爪で私を掻き抱き、甲羅を振って突き動かす。
「う……うっ! 泡姫さん、出すよ……ああぁっ!?」
 荒々しく咆哮を上げたディグダが、灼熱のマッドショットを放出する。
 味や粘つきに嫌悪感を感じてしまう前に、出されたすべてを喉の奥へと押し込んだ。
「ふ……うぅ~っ、良かったよ泡姫さん。さぁ、続きは上でしてもらおうかな」
 満足げなカメールと微笑みを交わし合い、今度は自分でバスタブを跳ね出て、マットの上で身体を重ね合った。

 ▼

「湯の外で見ると、ますますご立派なムスコさんですねぇ。怪獣Mサイズかと思ったけど、Lでないとキツいかしら……あ、すみません、ディグダのサイズを言っちゃうなんて失礼なことを……」
「ハハハ、いやいや、大きいと言われて悪い気はしないよ」
 引き出しから取り出したラッキー印を、胸ビレと唇を使ってカメールのディグダに被せる。
 キノコの傘のように広がった亀頭に樹脂の皮膜を潜らせている間、カメールには私のディグダ穴に唾液を塗り付けて濡らしてもらっていた。
「あン、くすぐったいです……」
「ハハ、しかし、キスは上手いしゴックンもしてもらえて、本当に初仕事なのかなって思ったりもしたけど、ここを見ると本当に新鮮なんだねぇ。化粧もしてないのに、綺麗な色だ」
 そう言ってもらえて胸を撫で下ろす。無理して紅を塗らなかったのは正解だったのだ。
「はい、できました」
「おぉ、根本までピッチリとハメてくれたね。これなら気持ちよくできそうだ……ん?」
 ラッキー印の被せ具合に感心してくれたカメールの股間に、私は尾ビレを伸ばす。
 白い尻尾をを抱き寄せるように回した尾ビレで、パンと張ったラッキー印に触れて感触を確かめた。
「そうやって誘われると、挿れたくなっちゃうなぁ……ん、いや、大丈夫。&ruby(プライム){'};さんから頼まれているからね。素股で済ませるよ」
「すみません、まだディグダ穴が未熟なもので」
「成長した暁にはまた指名するから、その時にはしっぽりハメて楽しませておくれ」
「はい。お願いします」
「うん。……じゃあ、擦るよ」
 寝台に私を俯せにして横から抱えたカメールは、甲羅の下端でまだまだ暴れ足りなさを主張しているディグダを、私の下腹とマットとの間に潜り込ませた。
「あぁ…………っ!?」
 塗り付けられた唾液の滑りに乗って腹の下を自在に蠢くディグダの亀頭が、熱く激しくディグダ穴の入り口をエラで撫で回す。
 私も挿れさせない分だけ刺激を強めてあげようと、尾ビレを振ってディグダを寝台に擦り付けた。
「積極的だね。ふふ、いいよ、凄く、いい……っ!!」
 カメールが甲羅を小刻みに動かす毎に、ディグダが硬さを増して反り返り、ディグダ穴を突き上げる。
 入りたい、挿れさせてくれ、と彼のムスコに懇願されているかのようだ。
 何かないのか。未熟で固いだけの私のディグダ穴に挿れないまま、カメールのディグダをもっと満足させてあげられる方法は、何か、他に。
「…………!?」
 ハッと思いついて、私はカメールが甲羅を引いたのに合わせ、身体を後ろにスライドさせた。
 ディグダ穴から逸れたディグダが、その前にある腹ビレを突き刺す。
 瞬間、私は腹ビレをギュッと収縮させて、鏃のように尖る亀頭を掴んだ。
「……っ!? これは……おぉっ!?」
 喜悦に声を色めかせたカメールが、尻尾をバタバタとはためかせる。
 更に私は、尾ビレを巡らせてディグダの付け根をくすぐった。
 尾ビレを入り口に、下腹とバスマットを肉壁に、そして腹ビレを秘奥にして、まるで身体全部がディグダ穴そのものであるかのように猛るディグダを抱き締める。
「あぁ、素晴らしい……うくぅぅ~っ!!」
 ドクッ! 尾ビレで掴んだ根本が脈を打って戦慄き、腹ビレで掴んだ亀頭が加熱して膨れ上がる。
 一転、ジワジワと萎びてきたディグダからヒレを離して解放すると、掴んでいたラッキー印の内側に、トロッとした白子がたっぷりと満たされていた。
「最高だったよ! 挿れないプレイでこんなに気持ちよくイけたのは久しぶりだ! 君は素晴らしい泡姫になれるよ……」
 かけられる賛美の嵐が、やたらに遠い。
 風呂場での連続ジャンプから、気を張り詰めさせたまま精一杯奉仕し続けて、最後には練習以上のアドリブまで追加して、もうただでさえ貧弱な体力が底を突くどころか突き抜けて、ヒレ一枚も動かせない。
 とにもかくにも、ひと仕事終わったんだ…………
 そう思った瞬間、フッと力が抜けて、私の意識はバスマットの沼の奥底に沈み込んでいった。

 ▼

「泡姫さん、時間だよ。ほら、起きて」
 微睡みを揺さぶった声がカメールの――お客様の声だと気付いて、私は大慌てで跳ね起きた。
「あ……ああああっ!? す、すみませんお客様、後始末もしないでひとりで寝ちゃったりして……!?」
 気を抜くのが早過ぎた。ことが終わったらラッキー印を外して、ディグダにまとわりついた白子を舐め拭わなければいけなかったのに……もちろん、カメールはとっくに自分で後始末を終えてしまっていた。
「ハハ、いいよいいよ。初仕事なのにあんなに張り切っちゃってくたびれたんだろう。それに、可愛い寝顔を堪能するのも楽しかったしね」
 平身低頭するしかない私をカメールは尻尾でそっとくるみ、頬を擦り寄せて言った。
「よく頑張ってくれたね。おかげで十二分に満足させてもらったよ。ありがとう。これからまた他の客も取るんだろうけど、身体に気を付けて、無理はしないようにね。それじゃあ、また次も楽しみにさせてもらうよ」
 爽やかな笑みを残し、私の初めてのお客様は部屋を後にした。
 赤茶色の丸い甲羅が扉の向こうに消えた後、息を抜く暇もなくバスマットを流し、バスタブを洗って身嗜みも整える。次のお客様をお迎えするために。
 笑って許してくれたけど、大ポカをやらかしてしまった事実は反省しなければならない。次こそは、最後までご奉仕してあげないと。

 ▼

 その夜、私はカメールを含めて、3頭のお客様の身を洗った。
「ゴメンね、驚かせちゃって。怖かった?」
「ちょっとスリリングでした。でも、優しく抱き運んでいただきましたから、平気です」
 2頭目のお客様となった金色の長い飾り羽も華やかなピジョットは、羽毛を拭うスピンジャンプが上死点に到達した瞬間、跳躍一番鍵爪で私を捕らえ、そのまま水気とローションを拭うのもそこそこに、休憩所のベンチの上までさらったのである。すぐに余興だと判ったが、一瞬取って食われるのではないかとこっちが鳥肌モノだった。
 後はそのまま、硬いベンチ上でのサービスとなった。尾羽の付け根のふかふかと綿羽が茂る場所で腹ビレの後ろを擦られ、ラッキー印を挿入した彼のとディグダ穴同士の口付けを交わし合うのは何ともくすぐったい気持ち良さだった。 
 最後に迎えたのは、紅白に彩られた優雅な魚体に漆黒の斑模様が錦絵を描く、一本角も雄々しいアズマオウ。
 お客様としては初めてとなる、同じタマゴグループの雄。警戒はしていたものの、結局ママの忠告の正しさを実感する羽目になってしまった。ジャンプしながらの磨きをかけている最中に、興奮極まった彼は湯船の中で盛大に暴発してしまったのである。
「いやぁ、申し訳ない! いい歳して何ちゅう恥ずかしいことを……あんまりコイキングちゃんが可愛くて可愛くて、気持ちよく身体を撫で回してくれたもんでつい漏らしちゃったよ。あぁ、本当に可愛いなぁ!!」
 湯を抜いてバスタブを掃除するのを責任を取って手伝ってくれている間、平謝りしながらもアズマオウは終始デレデレな表情で私に擦り寄っていた。身の危険を感じたので、以降はすべてあらかじめラッキー印を付けた上でのサービスとなったが、白子とたっぷりと吸ったラッキー印を取り替えること実に3回。交換を待てずに乱れ撃ちしていた様子なので、達した回数は一体何発だったのやら。魚タマゴグループの雄の場合、ディグダ無しと言うより興奮時には全身がディグダ相当の性感帯になるのだとよく解った。
 終いにはPP切れに陥って、バスタブの中で私に寄り添ったまま終了まで眠り込んでいた。



**8・  [#1C6mYEd]

 ▼

 起こしたアズマオウを見送り、浴場を綺麗に片付けて、すべての仕事を終えた私は寝床のプールに身体を漂わせていた。
 尾ビレれの先までクタクタに疲れきっているのに、頭の中を悶々とした思考が駆け巡っていて、睡魔はなかなか迎えに来てくれそうにない。
「コイキング、入るよ」
 寝ていたら起きれなかったぐらいの小声で戸を開け、隻腕のクラブが静かに入ってきた。
「やっぱり、眠れないんだね。初日から3匹も担当してもらったんだ、興奮して寝付けないのも無理ないよ。お疲れさんだったね。今夜はあたいがそばについていてやるから、安心して休むといい」
「&ruby(プライム){'};さん……」
 プールに脚を沈めて、&ruby(プライム){'};さんは甲羅を私に寄せる。硬い感触に身を預けると、ざわついていた心がフッと安らいだ。
「失敗、結構しちゃいました。カメールさんの時はスピンジャンプに失敗して転びかけたのを助けてもらいましたし、プレイの後で眠っちゃって後始末を忘れたのも申し訳なかったです。それに、アズマオウさんも加減が掴めずに漏らさせちゃって……」
「反省は大事だけど、落ち込むこたぁないからね。甘えるぐらいでいいって言ったろ? アズマオウの暴発は、まぁ、あんたも危ないところだったけどさ、泡姫としては幸先いいとも言えるだろ。漏らさせてやれもしなかった時の惨めさを思えばねぇ」
 冗談めかした励ましに、ふたりで密かな含み笑いを交わす。
「自覚してない失敗も、きっとたくさんあったと思うんです。でも、その度にお客様たちに支えていただいて。皆さん、本当にいいお客様たちでした……」
 エラで深く溜息を吐いて、私は虚空を仰ぐ。

「だから、こんなこと思っていいわけがないんです。思っちゃ、いけないのに…………!」

 さざ波が立った。
 沸き起こった震えを、水面は隠してはくれなかった。
「悪寒が、走るんです」
 小刻みに戦慄く身体を胸ビレで抑えつけて、私は言った。
「お仕事でしていたことを思い返すと、どうしようもなく身体が震えてきて……だってカメールさんのディグダを……っ、ディグダって、あ、あれ、オチンチンですよ!? あんなものを、あんなことしてたなんて、なんて汚らわしい、イヤらしい! ピジョットさんとも、アズマオウさんとも次々と、なんて破廉恥なことを私は…………っ!?」
 腹ビレの後ろが、ジンッとひりついた疼きを訴える。
 雄たちに何度も弄くられた私の雌。ラッキー印越しに蠢いていた、精虫たちの感触の記憶が心を蝕む。
 擦られただけで済んだ、なんて言い訳では到底片づけられない。アズマオウとなどは、ラッキー印に守られていなければタマゴを作れるようなことをやっていたのだ。
 これからもずっと、こんな夜を過ごすのか。
 いや、いずれは胎内の奥深くまでディグダを受け入れなければならなくなる。そうなったら、日々恥部を襲うであろう疼きはこの比では……!?
「おかしいですよね。こうするしかないって覚悟を決めて、納得づくの上で泡姫になったはずだったのに、初仕事を済ませた後になって、バカみたいに怯えて喚いたりして……」
「別におかしかないよ」
 心が真っ二つに裂かれかけている私を鋏でつなぎ止めて、&ruby(プライム){'};は労りに満ちた声で囁く。
「泡姫なんて、大抵はそんなもんさ。あたいらは所詮娼婦だ。心と身体の一番大事なところを、対価の代償に慰み物にさせるきつい仕事だよ。最初から好きモノなんて奴ぁそうそういるもんじゃない。お客様の前ではどうにか理屈こねて誤魔化したり割り切ったりできても、ひとりになって落ち着いた途端、汚れちまった操が痛み出すなんてのは、水揚げしたての泡姫にはよくある話でね。一晩中泣いたり、狂ったように笑い続けたり、酷いのだと自分で身体を傷つけたりして、結局続けられなくなるなんてのもザラさ。あんたみたいな、つい昨日かそこらまで……そうなんだろ? まるっきりオボコのカタギだった娘が、いきなり苦界に身を堕として平気な方がおかしいんだよ。むしろよく我慢したもんだ。あたいが全部受け止めてやるから、想いの限りをぶちまけたらいい」
 隻腕故に広い懐の奥へと、私は誘われる。甲羅を通して、温もりが頬に伝わってきた。
「不安なんです。心の中で嫌な想いをしながら、無理矢理自分に嘘を吐いてお仕事なんかして……」
 重い唇を割って、わだかまる想いを吐き出す。
「私……こんなので本当に、お客様に悦んでもらえてたのかなって! 嫌がってることに気付かれて、お客様にまで嫌な想いをさせてたらって想うと……あ痛っ!?」
 突然、上から鋏で殴られた。
 否、実際には叩かれたのではなく、脚のバランスを崩した&ruby(プライム){'};の鋏が、抱いていた私の胴に炸裂したのだったが。
 つまるところ、&ruby(プライム){'};は何故かコケたのだった。
「あっ……あんたって娘は、あんたって娘は…………」
 脚を立て直した&ruby(プライム){'};は、もう一度私を鋏で今度はガシッと抱えて揺さぶりながら、呆れ混じりに怒鳴りつける。
「どんだけ……っ、出来過ぎにもほどってもんがあるだろう!? 自分が辛いんだろうに、自分が苦しいんだろうに、口を吐いて出るのがお客様の心配かい!? こんなお客様想いの泡姫が、嫌な想いをしてても頑張って堪えて精一杯奉仕してるんだって気付いたってんなら、それにケチをつけられる客なんているもんかってんだよまったくっ!!」
 上擦った声で吐き捨てて、&ruby(プライム){'};は微かに潤んだ目で私を見据えた。
「あんたのお客様たちはね、皆あんたのこと感心して、そして何より感謝して帰ってったんだよ。今夜の仕事のことで反省をするとしたら、一番はそのことを解ってなかったことだ。誰も伝えてなかったってのかい?」
 &ruby(プライム){'};の言葉と共に、お客様たちの声が脳の奥に響く。
 よく頑張ってくれたね。
 ありがとう。
 必死になり過ぎて空回りする頭で聞き流していたカメールの声は、確かに私にそう告げていたではないか。
 ピジョットだって、アズマオウだって、欲情にまみれた甘い言葉の陰で、しっかりと私を労り支えてくれていた。
 私は、こんなにもお客様たちに、愛されていた――!!
「……いいえ」
 眼の周りの水温に熱を注いで、私は&ruby(プライム){'};の問いに対し、首を横に振る。
「皆さん、本当にとてもいいお客様たちでした……!!」
 先ほどと同じ言葉が、誤魔化しも強がりもなく、心から溢れ出た。
「私、もっとちゃんとお客様のことを愛せる泡姫になりたい。これからのお客様も皆、愛してあげたいんです。できるように、なれるんでしょうか……!?」
 胸の奥底ではまだ、穢れを嫌う純情が狂おしい悲鳴を上げ続けている。
 乗り越えたかった。ひ弱な自分の身体と心に、負けたくないと強く想った。
「オトナになるこったね。心も、身体もね」
 簡単に『なれる』などと安請け合いはせず、&ruby(プライム){'};は慈愛の微笑みで私を諭す。
「あんたの場合、心ばかり背伸びしちまって、身体が大分無理しちまってる。こればっかりは大事に育てていくしかないんだ、気長に頑張りな。差し当たって今やるべきことは休養だよ。分かるね?」
「……はい、&ruby(プライム){'};ママ」
 ごく自然に、&ruby(ボウビキ){ー};が呼んでいたのと同じ呼称で彼女を呼ぶ。
 とうに忘れていた母の温もりを思い起こさせるような、すべてを委ねられる安息がこの硬い懐にはあった。
「よし、じゃあ眠る前にもうひとつ聞いとくれ。実はさっきオーナーから電話があってね、あんたのことを話したら、早速源氏名を送ってくれたよ」
「源氏名……私の名前、もう決まったんですか?」
「あぁ」
 白く透き通る私の髭を鋏で梳きながら、&ruby(プライム){'};ママは言った。
「〝&ruby(クウハク){ };〟それがあんたのここでの名前だ」
「クウハク……?」
「そうだよ。記号も何も書かないただの〝空白〟。珍妙に聞こえるかも知れないが、これでも歴とした由緒正しい源氏名でね。何も持たない代わりに、すべてを受け入れられる……そんな意味が込められた名前なんだよ((全角のみ有効。半角だと名前の先頭に入れても反映自体されない。そのため使えるかどうかは日本語環境による。優先度は!以上で半濁点以下。))」
「それ、すごく私っぽい源氏名ですね……」
 戦う能力を持たなかったために、棄てられた私。
 だけどこの柔弱なヒレのおかげで、お客様たちを悦ばせてあげられる。
〝&ruby(クウハク){ };〟――これほど私を明確に表現した名前があるだろうか。
「オーナーさんにあったらお礼を言わなくちゃ。素敵な源氏名をありがとうって」
「気に入ってくれて良かったよ。それじゃおやすみ、&ruby(クウハク){ };」
「おやすみなさい、&ruby(プライム){'};ママ」 
 眠りの挨拶を交わし合い、今度こそ私は朱色の懐に包まれて瞳を閉じた。
 今夜のお客様たちへの感謝と、
 これから湯船を共にするであろうお客様たちへの期待と、
 クラック水晶のように砕けた亀裂を煌めかせる幼心の名残とを、全部まとめて胸に抱き締めながら。

 安らかに眠れ、乙女だった私。
 今から私は、&ruby(クウハク){ };という名の泡姫として生きて、活き抜いて行く。



 ▼To Be Continued……?▼

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