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時渡りの英雄第9話:伝説への挑戦・後編 の変更点


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**128:若い者には負けられない [#v7df4347]
**128:若い者には負けられない [#t384e383]
「勝負開始!!」
 その合図で、二人は打楽器の奏者のように猛烈な打ち合いを始める。袈裟懸けの爪がマリオットの肩口を狙い、それを滑らせるようにいなして爪の切っ先で突きを見舞う。その爪を鰭でいなしたと思えば、その手はそのまま攻撃に利用されて。マリオットの眉間を狙う。
 マリオットは体を翻し、ヴァッツノージの頭上を飛び越えざまにヴァッツノージの目を狙う。爪は丸めているため、目を潰そうとは考えていないようだが、この戦闘中に目が不自由になる程度には容赦しない。

 屈んでマリオットの爪を避けたヴァッツは、振り向くと同時に足で地面の砂をすくって後回し蹴りのように振り掛ける。マリオットが一瞬目を瞑ってバックステップで距離を取ると、神速の瞬発力で間合いを詰めたヴァッツノージが右ヒレの先端に付いた爪をマリオットの胸に一閃。
 痛みのせいか、それとも疲労のせいなのか、ヴァッツの攻撃にいつもの様なキレは無い。マリオットは体を半身に傾けてその爪を避けると、左前に一歩踏み込んで腕の外側からヴァッツノージの肘を取る。
 見事に肘を取ったマリオットは、ヴァッツノージのがら空きのわき腹に爪を叩き込む。防御に使う腕を取られて身を守る手段のないヴァッツの脇腹に、鉛が駆け抜けるような重く鈍い痛みと、氷が通り過ぎるような鋭く冷たい痛みが同時に駆け抜けた。

 その痛みが、怪我をしたという認識とともに脳が激痛のサインへと変える。その認識が訪れる前に、ヴァッツノージはマリオットの足を思いっきり踏みつける。強靭な瞬発力を持ったしなやかな筋肉を持つガバイトの足が、鞭と槌のいいトコ取りをしたモーニングスターの打撃で左足の甲を叩いた。
 このまま許される限りわき腹を小突いてやろうと思ったマリオットは、まさかの足を踏む攻撃に悶絶する。あまりに酷いその痛みが襲い掛かったとき、両の足で立っていられず思わず片足を上げてしまった。
 痛みを訴える脇腹の悲鳴を押して、ヴァッツは片足が浮いているマリオットに地震を放つ。片足で隆起する地面を飛びのいたマリオットは、着地の勢いを保ったまま重心を低くして、片足の激痛に歯を食いしばりながら小手返し。
 ヴァッツは腕を取られたまま内側に押されて体勢を崩されたかと思うと、今度は外側に向けてひねりを加えて投げられて、ヴァッツは地面にうつ伏せ、木の字で転がされる。そのまま関節を極めてやろうかと思った矢先に足の激痛で力が抜けマリオットは派手に転ぶ。受け身を取ろうと、地面に手をついたのが失策。ほんの一足先に起きあがったヴァッツがマリオットにおおいかぶさると、今度はマリオットの首に後ろから噛みついた。
 後ろから抑えつけられ、抱きかかえられた状態での噛みつき。完璧に決まった逃れられない裸締めから、大きな牙で首を抑えつけられてはもう勝負はついたも同然である。
「くっそ、俺の負けだ!! 結局こんなんかよ」
 毒づきながら負けを認めて、ようやく安心してヴァッツは溜め息をついた。

「ったく……ガルーラの腹の中でおっぱい飲んでいたお前も大きくなったもんだ。かわりに可愛くなくなったときやがる」
「るっせぇ!! 今日こそ積年の鬱憤を晴らせると思ったってのに!!」
 元気過ぎるほど元気に毒づく甥っ子を見て、わき腹の痛みに顔をしかめながら、ヴァッツノージは笑う。
「積年の恨みとか、俺は恨まれる覚えは無いぞ?」
 座ったまま、上半身を起こしてマリオットは反応する。
「恨んでねーよ、溜まってたのは鬱憤だっつーの、畜生!! 結局負けちまった」
「なんだ、このタイミングにお前が出てきたのは、俺をボコボコにのめす為か?」
 マリオットの言葉を受けて、ヴァッツノージはおどけた態度で問いかける。
「あー、そうだよ。結局返り討ちにあった上に情けまでかけられちまって……はぁ」
 張っていた虚勢も限界なのか、空元気な態度も終了し、意気消沈してマリオットはうな垂れた。
「……すぐ近くのメシ屋って言われて半日歩かされた事、忘れていないからな。俺は叔父さんのそういうところが嫌いなんだ!!」
「おう、忘れんじゃないぞ。そんでもっと強くなれよ、マリオット」
「うっせぇ!!」
 なんだかんだで家族の絆で繋がっているらしい二人は、反抗期の親子のようにほほえましく話し合う。
「ったく、次はアグニだったな。もう何でもいいからあの糞野郎をぶん殴ってくれ」
 控えの席に戻る前に、マリオットは大声でアグニの名を呼び、頼みこんだ。
「あ……そういえば、次ってオイラだっけ?」
「もしかしなくてもお前だな」
 最後に控えるエッジは落ち着いた顔を崩さないままアグニへ言い放つ。
「うぅぅ……どうしよう。サニーさんより強いあの人に勝てるわけ無いよぉ……」
 先程までの戦いを見ていたアグニはいきなり弱気で足がすくんでいる。
「大丈夫だよ、アグニ。ヴァッツさん、すでに満身創痍みたいだし、何とかなるでしょ。それに、手加減が上手いから負けても大怪我する心配は無いようだし……思いっきりやっちゃいなよ」
 自分を含め、負けた面々を見ながらシデンは笑う。
「う~ん……ところで、ミツヤはオイラが勝てるとか思う?」
「運が良ければ勝てるんじゃない? ほら、自分が攻撃した膝はもう震えているし、それにわき腹だって血が流れている。縫う必要は無いだろうけれど、あの痛みを無視できるわけも無いし……そうだな、一応聞いてみよう」
「……ナニを?」
 シデンは立ち上がる。またロクなことじゃないんだろうなと、なんだかアグニは恐怖を感じた。

**129:やっぱりシデンは卑怯がお好き [#daf8dd3a]
**129:やっぱりシデンは卑怯がお好き [#gf8bc023]

「あのぅ、ヴァッツさん。そういえば、誰も言及しないので聞きそびれておりましたが、この試合って道具の使用はありなんですか?」
 シデンが首を傾げて尋ねると、ヴァッツ自身考えていなかったのか、彼は首をひねる。
「あぁ、構わないんじゃないかな。あまりにも殺傷能力の高い猛毒を塗ったナイフとか、そういうのは遠慮してほしいけれど……うん、ちょっとしたお尋ね物を捕まえる程度の道具ならかまわんよ。サニーもお日様スカーフなんて反則級の道具を持っていたわけだしな」
「ありがとうございます……そして、&ruby(げんち){言質};とったり」
 したり顔でシデンは言って、アグニへ微笑む。
「この中でもっとも器用に指が動くアグニに、そんな事を言っちゃったのが運の尽きだね」
「え、なにそれ。オイラが勝つ事前提?」
「うん、頑張ってね。サニーさんに帰りの食事を全て奢らせないためにも」
 有無を言わせないシデンの笑顔に後押しされ……と、言うよりは鞭を打たれ、アグニはおっかなびっくりとヴァッツノージに向かわされる。
 確かに敵は満身創痍。だが、勝てるかどうかといえば正直微妙なところである。
「言ったでしょ、アグニ? もし、私がとても敵わないような相手が現れたらどうするの? その時は君が頑張るんだよ? 大事なのは、その時は手段を選ばないこと……ヴァッツさんは、その『とても敵わないような敵』という意味ではタイプも強さも仮想敵として申し分ないんだ、頑張って戦いなよ。
 ほら、私が作ったあの道具もあることだしさ」
「う……わかったよ」
 アグニはもしもの時に備えて持って来たあの道具の位置を確かめる。『それを使え』と、シデンから命令されたわけではないが、あの会話の流れでは命令となんら変わらない。
 憂鬱な思いでバッグを抱えたまま、アグニは戦いに赴く。

「自信がないのか、少年」
「はい……恥ずかしながら」
「パートナーには信頼されているんだ。お前も自分に自信持って戦え、お前も探検隊なんだろ?」
 ヴァッツに尋ねられ、恐る恐るアグニは頷く。
「なら、虫の息の俺ぐらい倒して見せろ。いざとなれば猛火の特性がお前にはあるだろ?」
「それは……分かってます。ミツヤにああまで言われたら……オイラだって退けない事は分かっている……」
 アグニは全身の筋肉に血液と酸素を大量に送り込む、剣の舞の呼吸法。ヴァッツは先程までと同じく、龍の舞の呼吸法で相手を迎え撃つ準備。
「いいじゃないか、気合いが段違いだ」
「期待にこたえなきゃ……だから」
 ヴァッツの目をじっと見つめながらアグニが返答する。戦闘用の呼吸を続けながら二人が静止したのを見て、審判は頃合いと判断した。

「試合開始!!」
 その合図を皮切りに、アグニは口から炎を吐き出す。軸をずらして、降りかかる火の粉をヒレで払いつつアグニの元を目指す。あっという間に横に回りこまれ、アグニは火炎を収めるとともに腰を落として方向転換。
 唾を吐くように火の粉を一発地面に吐き出し、相手の脚をけん制しながらバックステップ。吐き出された火の粉を小さく跳躍してヴァッツは避けるが、アグニはヴァッツを空中に居させることで急な方向転換が出来なくなることを狙っていた。アグニがバッグから取り出した木の実を投げる。
 ヴァッツノージはそれを打ち払ったが、同時に爆発霧散する唐辛子の粉。驚いて目を閉じ、吸気してはいけないと息を吐き出したヴァッツに、アグニはバックステップから高速で切り返し、懐に飛び込んで飛び上がりながら渾身のアッパーカット。
 まだ得体の知れない粉が周囲にあるような気がして目を開けられなかった彼の顎に、顎よ砕けろとばかりのアグニの拳が叩きこまれる。顎を撃ち抜かれてヴァッツの意識が一瞬遠のく。そしてアグニにはその一瞬で十分だった。
 続いて、先程マリオットが爪を刺した脇腹に空中回し蹴り。アグニは受け身をとりながら地面に落ち、跳ね起きてから蟲の力を纏った脚で敵を蹴り飛ばしてサマーソルトで距離をとる。
 最後のトドメに、痛みで呻いているヴァッツに向かって草の目覚めるパワーをおもむろに放った。
 わざと外した――が、それはヴァッツが先程までやっていたように、実質の勝利宣言。わざと外すまで、ヴァッツが全く動けない以上は、アグニの勝利は動かない。

「あ……夢中でやっていたけれど……ねぇ、ミツヤ。もしかして、オイラ勝っちゃった?」
 夢中で戦っていたアグニは、踵や拳に残る感覚が信じられないといった様子で指の開閉を繰り返す。
「いや、まぁ……夢中過ぎて気付かなかった?」
「う、うん……」
「つつつ……この糞餓鬼……今のは効いたぞ」
 うめき声に近い声色と一緒にヴァッツが上半身を上げる。
「あ、ごめんなさい……」
 糞餓鬼と呼ばれて思わず萎縮してアグニはかしこまった。
「うんにゃ、探検隊ならあれでいい。憎たらしいくらいに、勝利に執着する方がな……なんせ、探検隊が戦うのは大自然やお尋ね者だ、大自然は強大な力を持っているし、お尋ね者は捕まえるべき標的。
 卑怯な行いを恥じるなんて馬鹿げている。それをよくわかっている、お手本のような戦いだよ、お前は」
 今までで一番痛そうな顔をしながら、ヴァッツノージの顔はしっかり笑っていた。

「醜くても、あさましくっても……とにかく、戦いになったら生き残ることを考えろよ。逃げられるんなら逃げるべきだし、さっきみたいに変な道具を使ったっていい……とは思ったが、まさかあんなんで来るとはなぁ……適わないねぇ、若いっていうのには」
 大きくため息をついて、ヴァッツノージはうずくまる。
「正直、最後に控えているあのストライクまでやられないと思っていたが……俺もまだ修行が甘いな」
「まだ修行する気かお前は……」
 ヴァッツの独り言を拾ってマリオットに頭痛の種が増える。
「あぁ、人生日々これ修行。重要なことだぜ? 生涯現役になりそうだし、な」
「これ以上強くなられたら、俺以上に泣く奴が増えるっつーの」
 鋭い爪で頭を掻きながら、マリオットは大きくため息をつく。これ以上叔父がパワーアップして、その力に振り回されるとなるとハブネークと同居する方がまだストレスがたまらないかもしれない。
「あ、そうだ……傷口を思いっきり蹴り飛ばしちゃったけれど……縫っといた方がいいよね」
「あぁ、頼むよ。小さな勇者、アグニ君」
 自分でやっておいてなんだが、て酷い攻撃をしてしまったことを反省して、アグニは申し訳ない気持ちを前面に押し出した。探検隊としてアグニの行動を褒めつつも、内心穏やかでなかったヴァッツの心境も、熱心に傷の治療を行うアグニの表情を見ると許してしまえるような気がした。

**130:酒宴 [#o779dd07]
**130:酒宴 [#i418f01e]

 思えば、依頼は何とも妙な結果であった。ヴァッツノージは部下の士気を上げるために、酒宴の前の余興のような物を見せるつもりであんな勝ちぬきバトルを提案したのだが、最後の最後でアグニがあんな手段を使ってしまったがために、観衆の熱気も冷めた者とあれはあれで興奮した者と、両極端に分かれていた。
 エッジはと言うと、口にこそ出さないが自分だけ戦えなかったことを内心かなりしょげているらしい。彼自身は戦いが好きなわけではないのだが、強烈な仲間外れ間のせいか、終始溜め息が多く、そして無口であった。

 しかし、あんな余興などはっきり言えばどうでもよいのだ。気分を盛り上げる方法として、一番分かりやすいものはやっぱり酒。探検隊達が背負えるだけ背負ってきた大量の酒は、地上の酒場の匂いに飢えていた男たちの五臓六腑を存分に癒したようで。
 酔いつぶれた者は皆無、久しぶりの酒なだけに、豪快にではなく楽しんで飲む事を優先させてた酒の席は女性にも配慮して羽目を外し過ぎることは控えられたが、男臭さい下品な話だけは抑えようもなく、アグニまで胸の大きさがどうのこうのというお話にしっかり参加して盛り上がっている。
 たった二人の女性陣は酒を飲み交わしながら苦笑していた。

「よう、お嬢ちゃんがた」
 見かねたように現れたヴァッツは酒に強いようで、足取りもしっかりと二人の近くに座る。
「ちょっと離してよー!!」
 腋には強引にさらった格好でアグニが抱えられており、足をばたつかせながらもがいている姿は陸に上がった魚のようだ。なるほど、こういう扱いを毎日のように受けていたとすれば,
マリオットが嫌がるわけも分かる気がする。
「済まないね、俺の甥っ子もなんだかんだで楽しんでいるようで……女性には聞くに堪えない言葉ばっかり飛び交っているだろ?」
「『俺の格好良さに女は濡れる!!』だとか『惚れる!!』だとかなんだとかねー。そんな事じゃ濡れないっていうか、お前ら一度くらい女になってみろって感じだよねー」
 シデンはすっかり出来あがった口調で楽しそうに喋る。彼女もきちんと酔っていた。
「み、ミツヤさんも結構酒が入っておりますわね……私達はここに仕事で来ていて、お酌をする接待役って言う話を忘れていますわ……」
 シデンの粗野な言葉に若干距離を置いて、サニーはポツリと言葉を漏らす。
「まぁ郷に入れば郷に従えって言うしな。適応力が高いお嬢さんって事だ。いい女じゃないか」
「当然、ミツヤはオイラのパートナーだもん」
「おぉ、アグニ? お前言うなぁ」
 アグニは、いつもの彼とは打って変って酒で少々態度が大きくなっていて、そんな生意気なアグニにヴァッツは昼間のお返しとばかりにちょっかいを出している。
「でなぁ、お前ら駆けだしの探検隊なんだってなぁ……その割には、いい具合にこなれていて、良く熟成されている。一年後が楽しみだな」
「へへ」
 アグニが照れて笑う。まだ抱かれっぱなしのアグニは、その笑い声を上げてから一瞬あと、後頭部を軽くヒレではたかれる。
「さて、そんな二人に俺からアドバイスだ……お前ら二人……特にアグニ。あの戦い方は観衆を楽しませる上で正直有り得ないとは言っておきたい」
「ははは……賭けに負けたくなかったもので……ごめんごめん」
 そうシデンが謝ると、ヴァッツは高らかに笑う。
「気にすんな!! さっきも言ったが……むしろ、お前のような探検隊こそ、俺達は素晴らしいとすら思っているんだぞ? 高く評価しているんだぞ?」
「さっきも同じ事を言っていましたね、そう言えば」
「おうよ」
 シデンが相槌を打てば、ヴァッツノージは上機嫌で応える。
「勝ちに執着して、ちょっと卑怯かと思えるような事も平然とやってのけたアグニの根性は素晴らしく探検隊向きだ。探検隊ってのはどんなに絶望的な状況でも、足に噛みついてでも、這いつくばってでも生き残ろうとするくらいがちょうどいい。
 大自然を相手にするときだってそうだ。飢えで幻覚が見えるまでは頑張って見るといい。そうやって生き残ってみると、人生ってな素晴らしいものだって思えるんだ。」
「そ、そりゃ……素晴らしいとは思えるだろうけれどさ。でも、それが大事な時に出るかどうか……」
「と、言うと?」
 腋の中で弱気に上目づかいをするアグニに、ヴァッツノージは突っ込む。いつになったらアグニは下ろされるのだろう。
「痛いって……怖いことじゃないですか。ほら、ヴァッツさんは優しいから、負けてもそう大きな苦痛は与えられないだろうって思うから思いっきりやれるけれど……死ぬよりも苦しい辛いことって……あるじゃない? 下手に怒らせて、延々と拷問されたら……なんて思うとさ」
「そうだな。グラードン信仰ではね、地中に体を埋めて延々と石を投げられる処刑法とか、磔にされて鞭を打たれる処刑法があると言うが……そう言う目に会うのは確かにごめんこうむるなぁ」
「そうそう、そう言うの。そりゃ、そんな事は滅多にないだろうけれどさ……飢えて苦しんでいる時に、どこまで頑張れるかって思うとね……オイラ、自信無いの」
 ヴァッツノージの発言に頷いて、アグニは弱気になる。
「ふーむ……俺も、そう言う拷問やら処刑法がどれくらい痛いのかは知らないし、下手に生き残ろうとしてそんな苦痛を貰うくらいなら死んだ方が楽だって思う時もあるかもしれない……まぁ、そういう時はね。助かった後のことを想像したって埒が明かない。
 家族の顔とか、そう言うのを思い出してみるのも悪くないが、それだけじゃやっぱり駄目なんだ」
「ふむぅ……」
 アグニが頷いて真面目に聞く気になったところで、ヴァッツノージは彼を解放する。
「大事なのは、助かる道筋を想像することだ」
「道筋……?」
「うむ」
 アグニのオウム返しに、ヴァッツは頷く。
「駒を動かすボードゲームに強い奴は、勝った時の光景を思い浮かべ、そこにたどり着くように手順を整えるんだ」
「じゃあ、探検中もそうするようにってこと?」
「あぁ、村にたどり着いた。敵に勝った……そういった風景をまず思い浮かべる前に、そのシーンへ行きつくためになにが必要なのかをひたすら考えるんだ……
 さっき話した毒沼でザングースの血を飲んで助かった時は、血を飲む光景を思い浮かべた。と言うか思い浮かんだ。アイアントのモンスターパレスの時は、とにかく仲間がふわふわと浮かんでいる光景を思い浮かべてなぁ……エスパータイプに頑張ってもらって仲間を避難させた後、地中で地震を打ちまくって助かったんだ。
 俺が地中に潜れば敵のアイアントも地中に潜らざるを得ないからな……威力は二倍、大勝利ってわけだ」
「地中で地震……そんな発想もあるのですね」
 感心してアグニは口にする。
「普通はしない。穴の上から攻撃されたら逃げ場が無くなるし、穴の側面から攻撃されても結局逃げ場が無くなる。つまり近づかれる前にやるしかないというわけだ」
 そう言ってヴァッツは苦笑した
「でも、生き残った……何でもやってみるもんさ。あの、地平線が動いているような物量に対抗するには、地震の威力をなんとかして跳ねあげるしかなかったんだ。相手が、知能のある『ナカマ』だったらまずい所だったな。
 ま、後は運だ運。アイアントの時も、運よくヒメリの実があったからなんとかなったけれど、もしもアレが無かったら……地震の使い過ぎで力尽きていただろうし、毒沼の時は運よく毒の無いポケモンがいたから……ま、こればっかりは神頼みでもしてくれ」
 そう言って満面の笑みを見せて、ヴァッツはアグニの頭を撫でて顔を近づける。
「時には、奇策を講じてみると勝てることもある。馬鹿みたいな技だと思って、メロメロを軽視したアルセウス信仰の奴らが、ホウオウ信仰に返り討ちにあったようにな。
 卑怯? だからなんだ? 生き残るためになら、どんな馬鹿なことでもやってみるといい……ボードゲームには、わざと最強の駒を犠牲にする事で、一気に王手を詰めるサクリファイスって戦略だってあるんだ。
 忘れるな? これはお前らが優秀な探検隊になりそうだから言っているんだ……でも、優秀な探検隊になればなるほど、無茶しなければいけない困難にもぶつかるだろう。そんな時、生き残るにはコツが必要だ。
 こればっかりは言ってもどうにかなるもんじゃないけれど……でも、いつかはコツを掴まないと死んじまうからな?」
「怖いこと言うなぁ……」
 ぼやいたアグニをようやく腋から下ろして、ヴァッツはアグニの両肩にヒレを添える。
「なに、俺だってそうだ。初めて死を意識した時は、怖くて逃げたくなったものさ……死ぬのが怖いんじゃなくて、苦痛が怖くってね。でもまぁ、生きようと出来たのは、生き残る道筋が見えていたからだ。どうやれば見えるかなんてわからない……だが、優れた探検隊なら見えるものさ。自然とね」
「う~ん……難しそうだなぁ」
 アグニは酔ったおかげで理解力が浅くなっているのか、的外れな感想を言って首を傾げる。
「あぁ……アグニ君はそう言う風にまだ自信を持てない? ええい、お前がそう来るなら俺はあれだ!! 参考までにって名目で、お前が眠るまで武勇伝自慢してやる」
「おー、いいぞいいぞヴァッツノージ!! アグニの奴を寝かしてやるなー!!」
 やはり、シデンはすっかり出来あがっていた。彼女はヴァッツを急きたてて、アグニを疲れさせろとヴァッツに命令する。何をたくらんでいるのかというと、アグニに思いっきり甘えさせてみたい。自分がいなきゃアグニはダメなんだと再認識させてやりたい。今宵はアグニを思いっきり疲れさせて、朝の世話をすべてやってやるんだと、本当はあまり酔っていないシデンはほくそ笑んでいた。
 そして、もう一つ。サニーとの戦いを見てシデンは一つの決心をした。その決心は、明け方アグニが眠気に潰れた頃を見計らい、僅かな時間を使って決行された。
 そんなシデンの思惑、心情、行動などアグニはつゆも知らず。長話に付き合わされて、翌朝起きる事が出来なかったアグニは、シデンの思惑通りに身の回りの世話を色々やってもらって目を覚ますのであった。

**131:鱗の譲渡 [#tac99808]
**131:鱗の譲渡 [#xf565206]

 酒臭い息と、若干頭痛の残る体調の男性陣。シデンとサニーとエッジは飲む量を少なめにしたおかげか、酒の反動に悩まされる事もなく、近道のためにダンジョンを越える時は率先して敵と戦い、二日酔い真っ只中の情けない集団を助けていた。ダンジョンを突っ切れば、依頼人が待つ街には案外早くたどり着く。
 一日半の道のり、その過程で立ちよった食事処では、もちろんかまいたちの財布から金が飛んでゆくことになる。賭けの結果には忠実で、全くカヤの外であったエッジは財布から金を出すのもしぶしぶといった様子だったが、ルールはルールだと諦めて金を出していた。

「どうぞ、これがお薬の材料の……ガバイトの逆鱗だよ」
 最終的な勝者であるアグニが、依頼人であるコリンクの少年に鱗を渡す。
「ありがとうございます……えと、その……これで、きっと妹の病気も……」
「まだ決まったわけじゃないさ。病気が治ったって、それだけですぐに元気になるわけじゃないし、元気になるのは妹さん自身の力でしょ? お礼を言う前に、早く元気になった姿を見せてよね。それがオイラ達にとって、何よりのお礼だからさ」
「はい……妹には伝えておきます……それと、私も妹と一緒に頑張りますよ」
「その意気ですわ!! 頑張って回復したら、プクリンのギルドに手紙の一つでもお願いしますわ」
「はい、皆さん本当にありがとうございました」
 そうして頭を下げるコリンクに、皆は思い思いの言葉をかけて微笑んだ。報酬はもちろん貰ったが、皆この笑顔が何よりの報酬とでも言うように互いに微笑みを交換しあっていた。特に、ペドロは少々うっとおしいほどにべたべたしている。腕に布を巻いている((戒律を犯すことになるが、グラードンへの信仰を忘れたわけではないと言う証。戒律を守ったままでは出稼ぎが難しい時に入れ墨を隠す時に用いる))というのに、節操がない事はあまり気にしてはいけないのだろうか。

「んもう、相変わらずペドロさんの子供好きぶりは恥ずかしいレベルですわ。貴方本来はグラードン信仰ですのに、そんなんじゃ貴方を故郷に帰せませんわ」
 依頼人の若干ひきつった笑顔を思い出し、帰路の最中のサニーはむくれて愚痴を漏らす。
「仕方ねーじゃん。精通迎えた男子と初潮迎えた女子は入れ墨を刻まれて、入れ墨の無い子供にむやみに触ることは禁止だなんてよー。禁じられたら余計可愛がりたくなっちまうだろ? グラードン信仰も結構ロクでもねーよ」
「まぁ、禁じられたら余計にしたくなるってのはあるけれどさ……」
 アグニが苦笑する。
「だが、節度がないことへの言い訳には厳しいな。ヴァッツさんは、拾い子のビブラーバが定義上は他人だからって理由でな、『自分の子供も抱けないのか!!』って憤慨して、勢いでホウオウ信仰に改宗したくらいの蛮勇だが、お前は中途半端すぎるのもいささか問題だ」
 エッジはアグニの言葉を継ぐように言って、ひとり頷く。
「うん、エッジさん正論ドストライク」
「ストライクだけにな」
 シデンとマリオットが順番に囃し立てると、エッジとペドロ以外の四人は愉快そうに笑う。
「その皮膚、俺が剥いでやろうか―? 入れ墨も綺麗になるぜ―」
 更にマリオットが茶化して笑う。
「なーによそれ、お前ら酷いなー」
 ペドロが文句を言うが、他の4人は笑うばかりであった。
「俺はノーコメントだ」
 無愛想にエッジは言って、小さく鼻で笑った。

「なんだよー、サニーだって同じ子供好きのくせにいい子ぶりやがって」
「だって、私必ずしも子供が好きなわけではないですわー」
 きっぱり返されてペドロの仲間作りはあえなく失敗した。
「うー……それは何度も聞いているって。ちくしょー、ノリが悪いぞサニー」
 ノってくれないサニーをうらんで不平をもらしつつペドロは項垂れた。
 ノってくれないサニーを恨んで不平をもらしつつペドロは項垂れた。
「え、意外……サニーって子供好きじゃなかったの?」
「大体は好きですわ」
 初耳の告白に、シデンは興味を持って尋ね返す。
「見た目としては、頭身が低くて目玉が大きい……それだけでも可愛い事は可愛いのですがね。だからといって、いつまでも進化しないだけの大人では子供の魅力は出せませんわ」
 葉の腕で頬を押さえて顔をフリフリ。カワイ子ぶりっ子な動作をしてサニーはおどける。
「中身が伴ってこその子供なので、さわって撫でるだけが可愛がり方ではありませんもの。見守ってニヤニヤするのも可愛がり方の一つですわ。
 そういうわけで、わたしは同じ子供好きでもペドロさんとは違いますわ」
「だってよ、ペドロ。いつも笑っているキマワリのサニーに隙は無いようだぜ」
 キマワリの答弁を聞いて、マリオットはペドロのとげの生えた背中を叩く。
「うひー、厳しいねぇ。戒律がなくってもとがめられるだなんて子供を触るのも怖いなあ」
「それ、子供にしてみれば貴方のほうが怖いですって」
 以前ペドロに可愛がられた立場であるアグニからの発言に、一同は盛大に笑いあった。

**132:遠征前の諸注意 [#fee31350]
**132:遠征前の諸注意 [#s8a6c64d]

 六人という大人数での依頼は初めてだったが、予想よりも楽しく、つつがなく終えられた達成感の余韻は、報酬清算のあとでもしばらく続くのであった。
 ギルドにたどり着いたのは夕方頃。いつもの経理担当のチャットも、今日ばかりは掲示板の仕事を引き受けているらしく、代わりにレナが報酬清算を行っていた。肝心の食事当番は、なんとソレイス親方がやっている。
 今日はとりわけ複雑ないい香りが漂ってくるから、なにを作っているのかと思えば、海外で異国の料理を毎日体験した親方がみようみまねで作った料理のようである。
 魚の切り身を燻製にし、カビを付けて発光っせることで極限まで水分を抜いた完成品の状態がまるで堅木のような調味料。発酵させた豆の調味料や香りの強い球根野菜と併せて、白身魚の身を煮立てたスープ。
 麦を粥にするでもなく、粉にしてパンやナンを作るでもない、麦を麦の形のまま炊き上げるという独特の調理方法を用いた穀物。
 スープに使ったものと同じ豆の調味料をまぶしたワラビー肉のあぶり焼き。
 添えられたタマゴは、机の上で回してもうまく回転しない((ゆで卵は重心が安定するため、回転しやすい。))ので生卵だという事が分かる。
『闇の恵みに感謝し、光の守護に感謝します』
 全員の声が重なり、最後にチャットがもう一言。
「いただきます!!」
 結局、この生卵はいったい何に使うのだろうかと、一同疑問に思いながら夕食が始まった。
「このスープ、薫さんが作ってくれたのと同じ味だなぁ……美味しい」
 食べ始めて数秒。アグニがその味にまん丸な目を見開いて絶賛する
「素材の風味が活かされているでしょ? これ、北の大陸の人たちがよく作っていた料理でね。あっちにいたころは、濃い味の料理が恋しくなったものだよ……今は、こんな料理も結構好きだけれどね」
 しみじみと若いころの経験を思い起こしながら、ソレイスは語る。
「ケッ、こんな味の薄いもん食えねーな」
 ドクローズのガラン相変わらず最悪のマナーで吐き捨てるように口にした。ドガースである彼には、風味のよさがわからないらしい。
「へへ、北のやつらの味覚はわかんねーな」
 ドクローズの面々は全員鼻が悪いのか、コーダも追従して賛同する。
「そうだね」
 自分の作った料理をけなされたのだ。普通ならば怒っても良いところだが、ソレイスは目くじらを立てることはせず、穏やかに肯定する。

「こことあちらでは気候が違うし、育つ植物も違う。更に言えば、気候が違うから作れる料理も違う。夏は乾燥して涼しいここでは信じられないことかもしれないけれど、北の大陸では夏に雨季が来るんだ。そして旱魃の年もあるけれど多くは年中水が豊富なんだ。
 だからこそ、豊富な水を活かした料理と生活が発達する。そこでは毎日のように、水浴びをするし、水を大量に使った料理が発達しているんだ。この白身魚のスープだってそうでしょ?
 それどころかなんと、池と川を合わせたような畑……米と言う植物を育てるための『田んぼ』と呼ばれる畑だってあるんだ。本当は、麦じゃなくってその……米を炊き込んで食卓に出したかったのだけれどね……」
 ソレイスは苦笑しながら続ける。

「そんな生活はここでは考えられないかもだけれど……うん、というよりは、異国の土地っていうのはとにかく考えられない事ばかりだ。
 だから、味覚があわないのはある程度当然の事なんだよ」
 言い終えて、ソレイスは微笑みかける。

「分かるかい? 僕がこんな料理を作ろうと思ったのはね、遠征に行く前に、新人さんたちに離れた場所に行くという事がどういうことかを知って欲しかったからだ。
 ドクローズのお三方と、ディスカベラーのお二方。旅先で美味しい料理に出会うことがあれば、逆に食えたものじゃない料理にだっていくらでも出会う。
 でも、料理ならまだましだ。楽しい、嬉しい出来事に出会う事もあるけれど、それ以上に圧倒的に危険も多い……今回の遠征に参加出来る、出来ないに関係なくそれをよく肝に銘じること」
 そういって、ソレイスは生卵を割って炊き込んだ麦にぶっ掛け、ぐちゃぐちゃに混ぜ込んだ。いわゆるタマゴかけご飯なのだが……
「うわー……生卵ってそういう風に使うモンでゲスかぁ?」
 トラスティを筆頭に冷ややかな反応が返ってくるばかりだ。
「お、親方さまったら……はしたない」
 と、レナがいうのも当然だ。なんせ、この大陸にはタマゴを生のまま食べる習慣がない。
「コレがタマゴかけご飯……始めてみましたわー」
「オイラも、久しぶりに見た気がする……」
「あ、自分はこれ大好きだよー」
 どうやら、知っているのはサニーとアグニとシデンくらいか。
「はん、勘弁して欲しいぜ」
 ドクローズのインドールも、このときばかりは珍しくまともな事を言うと周囲に思われたせりふを呟いた。
「ヘイヘーイ!! でも、これはこれで塩と混ぜると美味いもんだぜ!!」
 ただ、タマゴかけご飯自体見た目は異様で独特の生臭さはあるものの、タマゴ好きにはたまらない味。ハンスは適応力の高いその種続柄ゆえか、タマゴを生のまま食すそのある種異様な光景への適応も早く、美味しそうに食べていた。

「この料理を気持ち悪いと思った人は、それこそ肝に銘じておくんだよ。信じられない事や物は世の中にたくさんある。常識にとらわれていたら失敗することだっていくらでもある。
 柔軟な発想が大事なんだよ。この料理を考えた人みたいにね。この料理は気持ち悪いとか、まずい料理じゃない……これにはこれなりの味わい方があるんだ。卵って言うのは、命の源……それを最大限に味わう方法がこれなんだよ」
「でも、この料理ってただの物臭なんじゃ……美味しいんだけれどねー。卵は温泉卵が一番体のためになるんだよね」
「あらら」
 シデンのなんとない突っ込みに、ソレイスは無い肩をすくめる。
「そういわれるとそうかもしれないね。うん、でもそういう考え方もいいじゃない? この世界には色々な解釈の仕方があるからこそ、いろんな楽しみが生まれるんだし」
 ソレイスは苦笑してさらに付け加える。
「それに、ミツヤのように違う始点から鋭く突っ込めるというスキルも大切だよ。ともだちともだち~!!」
 シデンの突込みをつくろいきれず、最後に適当にごまかしてソレイスは話を終える。珍しく親方様のありがたいお話しが聞けたということで、弟子達の間でもひそひそと『たまには親方もまともな話をする』なんて、話のタネになっていた。

**133:だべりあい [#r0629b1c]
**133:だべりあい [#m2d7e554]

 遠征のメンバー発表まで丁度残り一週間ということで、特別に賄われた美味しい食事を食べ終えた3人は、ディスカベラーの部屋で今回の仕事の感想を語り合っていた。
 陰口というほどでもないが、かまいたちがいる場所ではしにくい話題も含まれており、そういう話題は大抵ペドロが話題の中心に上っていた。

「そういえばさ、一昨日だっけ。子供が好きな理由を教えてもらったけれどさ……なんだっけ、子供の外見もだけれど、内面も好きだってさ。
 サニーさんは、具体的に子供のどういうところが好きなの?」
「あ、それ自分も聞きたかった」
 アグニが持ち出した話題にシデンが乗る。
「え、えーと……それはアレですわー」
 突然の質問に戸惑いながら、サニーは答える。
「子供のころって、何も考えずに恋愛が出来るのですわ。『君と僕』、ただそれだけがあれば成立する恋が……ほら、大人になると、収入、家柄、家庭事情、仕事……色んな&ruby(しがらみ){柵};が増えますわ。そして、背負うものも増えていますので、世間体やらなにやらのために、プライドや意地を大事にして……素直に感情を表現できなかったり、仲直りも難しくなったり。
 大人になったら友達が増えるけれど、増えた分だけそれが時に足枷にもなります。そういうのがわずらわしくって、大人は恋に妥協したり、諦めたり、時に名前も顔も知らなかった男性の元に嫁いだり。
 そんな大人の恋愛間や人間関係に疲れた私は、子供のころの恋愛への憧れが、そのまま子供への好意にすり替わっているのですわ……多分」
「なるほど……そんなわけが」
 感心したようにアグニが相槌を打つ。
「特に大事なのは、卵グループ。女として生まれたからには、子供を生んで育てたい……けれど、それが出来ない男性を相手取って、恋は出来ても……夫として愛せるかどうか難しいところですわ」
「へー……そんなに言うって事は、昔か……もしくは現在進行形で恋でもしているとか?」
 アグニがさらに突っ込んで聞くとサニーは肩をすくめる。
「昔の話ですわっ」
 語尾を強調してサニーは言う。
「昔は、子供は壷の中で熟成すれば出来るって教えられてましたもの」
「つ、漬物じゃあるまいし……」
「でも、それがセックスを生々しい表現で伝えられない親達のウソだって知ったときは……両親だけならまだしも、何も悪くない恋人に当り散らしまして……仲直りできなかったのですわ。『君と僕』、それだけの恋に、卵グループの概念が混ざった瞬間、恋は終わりを告げましたの」
「なるほど……子供のときは、将来子供を生むとか考えなかったり、あるいは子供を作る方法を知らなかったり……」
 シデンが納得したところで、サニーは少々センチメタルな顔で頷く。
「ええ、だからこそ思うのですわ。子供のころは良かったと……」
「なるほど、言われてみれば」
 アグニが相槌を打つとサニーはいつもの笑顔を取り戻す。
「それと、ですね……貴方達、ディスカベラーもまた魅力的だと思っておりますわー」
「え?」
「えぇ?」
 ディスカベラーの二人はほぼ同時に首をかしげた。
「だって貴方達、互いにコレ以上ないくらい信頼しあっているじゃないですか。もしも貴方たちの卵グループが違っても……なんだか、貴方達なら今の関係までは持っていけたと思うのですわ」
「そ、そうかなぁ……」
「自分とアグニが……ねぇ」
 二人は照れながら互いを見る。確かに、思えば二人は卵グループを意識した事なんて少なかった気がする。
「天涯孤独というわけでもないですが、家族として付き合える知り合いもそう多くは無いアグニさん。それと、記憶を失って新天地で一人きりのミツヤさん。
 身軽な二人だからこその恋の形かもしれませんが……見ていて本当に嫉妬しちゃいますわ。っていうか、お互いほとんど意識していない事が鈍すぎますわー」
 サニーは腕組をしながら自分の言葉にうなずいた。
「はは、光栄&ruby(ヽヽヽヽ){キマワリ};ない……って言うべきなのかな?」
「イマイチ反応に困っちゃうよね……」
 ノリノリで恋愛論を語り、自分達の恋愛を囃し立てるサニーに対して、二人が出来るのはただ苦笑いのみ。
 ただ、互いに恋を意識していない鈍い二人も、他人からはもはや『付き合っちゃえよ』と思われていることを、ようやく自覚できた時でもある。全くさりげなくは無いけれど、それを自覚させたサニーの功績は大きい。
「そうじゃなきゃ、手繋ぎ祭のショートストーリーのモデルなんて頼みませんわ。本当に、私にとって理想的な恋の形なのですから」
 言うだけ言って、サニーは満足そうに二人を見る。恋していることを自覚させられ、どこかよそよそしくなった二人は本当に子供のようで可愛らしい。身軽な恋、なんて言葉は自然に口から出た言葉だが、距離という障害も年の差という障害も、仕事という障害も種族という障害も、本当に何の障害も無い恋。
「まぁ、間違ってはいないけれどね。自分はアグニのこと……好きだし」
「て、てれ臭い……けれどね。モデルにしたくなるくらいって言うなら……悪い気はしないかな」
 障害が無さ過ぎて戯曲にするには物足りないけれど、安心して見守るならコレくらいが丁度いい。それに、恋の障害は無くっても越えるべき人生の壁ならいくらでもあるだろう。
「ふふ、恋が愛に発展するかどうか……見者ですわね」
 二人が、それを協力し合って超えることが出来ますようにと、二人の恋路を一歩はなれたところから見守るサニーはひそかに祈る。
「茶化さないでよ、もぅ」
「サニーってば、物好きな性格直しなよ」
 なんて、アグニとシデンに同時に突っ込まれて、サニーは笑っていた。二人を祝福するような笑顔であった。

**134:発表を前に [#m3f2b200]
**134:発表を前に [#n5a7dc43]

 そうして、月日はあっという間に過ぎてゆく。
「明日だね、遠征のメンバー発表は……結局今日まで何かすごいことを達成できたわけではないし、後はギルドへ帰ったらその日はもう休むだけ……オイラ達、遠征にいけるかなぁ……」
 ベッドの上、炎を消した暗闇の中で、二人はいつものように会話を交わす。目を閉じながら、眠くなるまで話し合うこのまったりとした時間。二人はこの気楽な会話が好きだ。

「確かにね……厳しそうだ。救助するよりもセカイイチをとっていったほうがポイント高かったかもね。親方の肩でも揉んでおけばよかったかなぁ?」
 シデンのその台詞にアグニは苦笑する。
「親方の肩をねぇ……それでどうにかなるんだったら……いくらでも揉むってば。無駄だよ、親方の肩が凝っている訳ないじゃん。そもそもプクリンに肩ないし」
「まあ、そうよね。結局は自分たちのがんばり次第。一応あれから……一度も仕事に失敗はしていないわけだし、そっちを評価してもらえればあるいは……と言っても無理かなぁ」
「でも、がんばったもん。ああ見えて、親方様はちゃんと見ていそうだから……」
「それに期待するしかないよね」
 シデンは苦笑する。
「でも、ミツヤ。こう考えるのも良いんじゃない? もしも、オイラ達が留守番なら……このギルドでオイラ達二人っきりだよ」
「ビッパ辺りも居残りかもよ?」
「あはは……有り得るからやめてよ。もっと夢のある事をね……言おうよ」
「二人きりだとどんな夢があるのかな?」
 ミツヤが意地悪な口調で尋ねる。
「二人きりになったら……みんなと一緒じゃ出来ない事を……」
 アグニだって、健康な男子である。こんなのは最悪のタイミングかもしれないが、言ってしまいたい言葉があった。サニーに恋心を意識させられてからずっと言いたかった言葉。 
「いいよ、何でも言って。アグニが頼む事なら……まさか、君が言うことなら『死ね』なんて言わないだろうし」
 それを答えやすくしたかったのか、それともその気がない風を装ったのか、シデンはニヤついている事が手に取るように分かる口調でそう言った。
「……やっぱりやめた。恥ずかしい」
「デート? それともエッチなこと? 自分はどっちでもOKって言うよ?」
「落ちた時のメンバーで考える!! 二人きりじゃなきゃ言わない!!」
「そっかぁ……自分、メンバー入りに落ちても良いやって初めて思えたなぁ」
 そう言ってミツヤは笑う。
「ちょ、ミツヤ……縁起でもないこと言うのやめて」
「前向きに考えろっていったのアグニじゃん」
 語尾に音符マークでも付きそうなほど上機嫌でシデンはアグニをからかう。
「女の子の、体の神秘を、探検してみる?」
「二人きりになるまで遠慮しまーす」
 アグニはおどけてごまかした。無論そんなのはごまかしにもならないのだが。
「自分はね、アグニを受け入れる準備はいつでもあるよ。公衆の面前でやれって言われたら躊躇しちゃうけれど……」
「しないしないしない!! 公衆の面前ってオイラどんだけ変態なのさそれ……」
「いいんだよ、いつでも?」
 潤んだ目でシデンは言う。その眼が潤んでいることなどアグニには見えないが、声も&ruby(なま){艶};めかしい猫なで声。
「それをやるには……まだ覚悟が出来ない。今のオイラじゃ、まだシデンを守れる気がしない」
「守ってくれたじゃない? 自分の心が折れそうな時に抱きしめてくれたり……自分がこの街のこと、なにも知らなくって……蠅を食べてしまった時、貴方は庇ってくれたじゃない。同じ立場に立って、自分を一人にはしなかったじゃない。
 いいのよ、戦いが弱くっても……自分は、そんなこと以外にもアグニにいい所があるって知っているんだから。それに……自分の身は自分で守れる。自分の心を守ってくれるのが、アグニの役目じゃなくって?」
「ちょっと、それだけじゃ格好悪いかな。女に守られる男が許されるのって、子供の時だけでしょ……」
「そんなことないって。ホウオウ信仰の元では、女性は男性よりも偉いのよ? ダサいとか、そんなのは瑣末なこと……自分はそれでもアグニが欲しい。それってわがままかな?」
 アグニは言葉に詰まる。
「えっとぉ……情けないままのオイラじゃ、シデンには約不足だと思う。だから、その……シデンに追いつけるようになるまでは……」
「意気地なし……そんなアグニには、喰らえ、メロメロォ!!」
「え……って、うわ……この匂い」
 芳しき芳香。甘美で、むせかえるような、雌の香り。
「ヴァッツさんからメロメロのコツを教わったんだ……『異性をイメージしろ』。まずは男をイメージする。
 『出来れば好きな男の方がいい』。次にアグニをイメージした。
 『好きな異性をイメージしたら、そいつに自分の全てを捧げたいと本気で思え!!』。自分は、体のどこだってアグニに差し出せる。そして、差しだしたい……
 『そして、[望む所だ!!]とその意中の男に言わせようと言う意気込みで』そう、今の様な状況……
 『全身から、煙が発生するようなイメージ、全身から息を吐くイメージで、全身で口付けを交わすイメージで。匂いを吐きだすんだ』。自分は言われたとおりにした」
 そこまで言ってシデンは笑う。
「アグニがいない時にメロメロの練習していたんだけれど……どう? ヴァッツさん曰く、メロメロ状態にされると自分もメロメロ返しを成功させやすいって言われたから……アグニが寝静まった後は、メロメロを浴びまくって大変だったんだよ?
 ヴァッツさんったら猫耳のカチューシャとエネコロロのマフラーを身につけて『あうあうあー♪』なんて言っておどけながらメロメロをしてきたりして……気さくないい人だよねー。気分だけでもメロメロボディにしたいだなんて言ってさー。
 それと、こっそり親方のメロメロボディにも補助してもらって……そうやって必死で覚えたんだ」
 照れ笑いして、シデンは続ける。
「それにしても、親方といいヴァッツさんといい、伝説の探検隊って言うのはメロメロと、人を笑わせるが得意なのかね」
 シデンは短い修行の時間を思い起こして微笑み、言葉を継いだ。
「そうして覚えた自分のメロメロの味……どうかな、アグニ?」
「あのねー、ミツヤ……オイラ健康な男子なんだよ?」
「だから良いんじゃない……。それで、健康な男子のアグニはどうしたい?」
 耳を舐めるような口調でシデンは悪びれずに誘惑を続ける。
「いや、何と言われようと、なにをされようと……オイラは……シデンを守れるようになるまで、そう言う事をする気はないから……だから、ごめん」
 長い沈黙が場を支配した。二人とも、天井を見詰めたまま、吐息の音だけがひびく。闇夜だから、シデンがアグニの体を見ても、なにも見えないのは幸運だった。
「残念……でも、その心意気やよし。それなら、出来るだけ早く一人前になりなさいよ……アグニ? 自分が他の男に取られたら、私じゃなく、アグニ自身を恨んでよね」
「分かってるよ……もう、上から目線なんだから……」
 その上から目線が無くなるまでは、自分も一人前には程遠いのだろうと考えながら、アグニは天井を見る。トイレに行って済ませるものを済ませてこようかとも考えたが、シデンに何かを言われるのも嫌だった。
 アグニは悶々とした気分を抱えながら何の変哲もない天井を見つめて、何の解決にもならなかった。












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[[次回へ>時渡りの英雄第10話:二つ目の歯車]]

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**コメント [#gf1bdf67]

#pcomment(時渡りの英雄のコメントページ,12,below);




IP:182.169.6.202 TIME:"2012-03-21 (水) 22:57:56" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E6%99%82%E6%B8%A1%E3%82%8A%E3%81%AE%E8%8B%B1%E9%9B%84%E7%AC%AC9%E8%A9%B1%EF%BC%9A%E4%BC%9D%E8%AA%AC%E3%81%B8%E3%81%AE%E6%8C%91%E6%88%A6%E3%83%BB%E5%BE%8C%E7%B7%A8" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"

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