[[時渡りの英雄]] [[作者ページへ>リング]] [[前回へジャンプ>時渡りの英雄第19話:星の停止の真実・後編]] #contents **287:過去への帰還 [#w44e81bb] **287:過去への帰還 [#xd567b74] かまいたちが作った狭い小屋の中で吹雪が止むのを待ち、なんだかんだでチャームズとも円満に(リアラとセセリは最後まで口喧嘩していたが)別れて。リアラはまず、盗賊ジュプトルことコリンの事件に関する情報収集の最中という事情を話し、地底の洞窟の謎を聞けないものかとプクリンのギルドに向かう。 リアラは熱い場所が苦手なために非常に渋った沙漠ではあるが、部下の二人がついでに里帰りもしたいと言って聞かず、思いがけず沙漠への里帰りに付き合う羽目となった。 フレイムがコリンからすべての歯車の仕掛けを解説しており、それを又聞きする形でMAD、チャームズ。そして無理矢理だが付き合わされる形となったかまいたちはそれぞれの仕掛けを解く方法を把握し、向かう。 MADは沙漠、かまいたちは水晶沙漠、チャームズは霧の湖と針路を定め、それぞれの場所へと散っていた。そこで彼らは、拷問じみた質問を繰り返し、闇に囚われた彼らの心を強引に正常に引き戻す。 終わったころにはすでにボロボロになっていたアンナだが、盗賊と言えど優秀と称されるだけの実力のあるMADはそれなりに傷つけ方もわきまえている。尋問の方法も、それによってこうむった怪我の治療も彼女らは適切に行い、元のかわいらしい外見に戻るのもそう長くはかからなそうだ。 「それで……時の歯車を戻してもなかなか時が戻らない……と。そう言いたいわけだね、アンナ?」 さすがに、殴って正気に戻したせいか、アンナはまだまだMADに対して恐怖心を抱いている。しかし、正気に戻ってからのMADは優しいもので、リアラとスコールが作った料理をごちそうしたり、傷の世話を献身的にしたりと、アンナはそのギャップに戸惑うばかり。 いい人だな思わせるための激しいギャップを伴ったMADに、彼女は計算通りに心を開いてゆく。そんな折、彼女は自分から話を切り出し、本来は大事な秘密であるはずの時の歯車の秘密をいくらか話したのが今日の事。 「はい……あのコリンと言うジュプトルの言う通りかもしれません……歯車を停止した瞬間から時間が停止した場所の範囲は狭まったと言えばそうですし、今も日ごとに狭まってはいますが……だんだんそれも頭打ちになってきています。時が停止した範囲が拡大に転じるのも時間の問題。 ことによれば、本当に今回は例外が起こったとする考えもありでしょう……コリンという盗賊が言ったとおりに」 リアラは短くなった煙草を捨てて、水たまりへと投げ込んだ。 「なるほど……じゃあ、もし時の停止した部分が縮小から拡大に転じたら……私が歯車をもらいうける。その時には、トレジャータウンに居たプクリンのギルドの奴らにも協力を頼もうと思うから、今の内に渡しでも信用されるような手紙をしたためておきな。手紙が無ければ時の歯車を持っている私が誤解を受ける可能性もあるし、手紙があればギルドの力を迅速に借りる手にもなる……」 「なるほど……じゃあ、もし時の停止した部分が縮小から拡大に転じたら……私が歯車をもらいうける。その時には、トレジャータウンに居たプクリンのギルドの奴らにも協力を頼もうと思うから、今の内に私でも信用されるような手紙をしたためておきな。手紙が無ければ時の歯車を持っている私が誤解を受ける可能性もあるし、手紙があればギルドの力を迅速に借りる手にもなる……」 リアラの言葉にアンナは小さくうなずいた。 「よく、話してくれたな」 微笑んで頭を撫でるリアラに、アンナは照れた表情で顔をそむける。 「ありがとう。こっちも助かったよ」 笑顔で語りかけるリアラは、何も知らずに見れば優しそうな女性という印象を受けるが、傍で見ている部下二人にとっては恐ろしいことこの上ない。 「なんというか、計算ずくなんだよなー……うちのリーダー」 「だよなぁ……なんというか、人を懐柔するのが得意と言うか……」 ジャダもスコールも勝手なことを言っているが、ここで二人はあることに気付く。 「そう言えば……感情ポケモンって他人の感情を知ることは出来ないのかな、ジャダ?」 「あ……チャームズのあのサーナイトのねーちゃんは昔感情ポケモンだったころから感情を感じることが出来たみたいだけれど……感情の神ともあろうものが、他人の感情を感じたりできないなんてことがあるのかねー……」 ジャダが天井から滴る石灰交じりの水を見つめながらつぶやく。 「サーナイトのねーちゃんはアレだ。オンオフ出来ないからたまに日常生活に不便だって言っていたし、アンナの奴はオフにしているだけかもしれないけれど……まさかリーダーが天然だなんてこと……」 「いやいやいやスコール……ないないない。リーダーが天然であの性格とか、それは絶対ない……多分」 外野はいつでも勝手な言葉を吐いている。優しい顔で振舞うリアラの顔が本心なのか、それとも天然なのかは誰もわからぬまま、アンナとリアラのまったりとした時は過ぎて行った。 ◇ MADとアンナのやり取りの数日前、コリン達が目覚めてみれば、そこは浜辺であった。仰向けになった体の下に砂浜を感じる。夜もそろそろ本番となる時間帯で、頭上にも光り輝く星の砂浜があった。 それが吸い込まれそうなほど眩しい気がして、その感覚がこの場所が未来世界でない何よりの証拠であった。季節は冬。シャロットが急ぎ足だったせいもあってか、未来世界で過ごした時間以上に月日がたっているような星の位置であった。 「ここは……シデンとオイラがであった海岸……ってことは、トレジャータウン?」 「ここは……シデンとオイラが出会った海岸……ってことは、トレジャータウン?」 初めに目覚めたのは、アグニであった。足に波が触れたせいもあってその冷たい感触が五感を蘇らせたらしい。 ドゥーンにうちつけられた背中がまだ痛むが、起き上がるだけの余裕はある。 「シデン、コリン……起きてよ。オイラ達……元の世界に帰れたんだ」 眼を開けたコリンは首を僅かに動かして周囲を確認する。 「う……ん……どうやら、そのようだな……暗いのはただ夜だからか……時渡り出来ていないのかと不安になったぞ」 ムクリと体を起こしたコリンは、自分の手のひらの開閉を繰り返して、力が入るかどうかを試していた。 「うぅ……」 最後に置き上がったのはシデンだった。 「ここは……トレジャータウンの……」 霞がかったような頭の中で、ぼんやりとアグニは口にした。 「うん、オイラ達が出会った場所。オイラ達帰れたんだよ……シデン、生きて帰れたんだよ!」 言うなり、アグニはシデンを手に取りぶんぶんと上下に振る。 「わわわわわわ……」 「それくらいにしておけ、アグニ……」 あまりに激しい喜びの表現に頭まで揺さぶられているシデンを気遣い、コリンはアグニの頭を軽くたたく。この短時間で何がそんなに疲れたのか、アグニは息切れしながら笑って、おまけに涙を流していた。 **288:マイホームへ [#s8a9c587] **288:マイホームへ [#mf0c4ca3] 「ところで、シャロットにトレジャータウンへ送ってもらうように頼んだのは。ここがお前達が出会った場所と聞いたが……?」 「ところで、シャロットにトレジャータウンへ送ってもらうように頼んだのは、ここがお前達が出会った場所と聞いたが……?」 いまだにはしゃいで居る二人を笑う対象に移して、コリンは尋ねた。二人は今まで見たことのないコリンの暖かい微笑みを見て、そんな表情も出来るんだと驚きの顔。 砂を払いながら気を取り直して、アグニはシデンと出会った場所を探す。 「えっと……このへんかな」 大きな岩が目印なのだろう、アグニは岩を指差した。 「そうね……自分は、丁度そこら辺でうつ伏せに倒れていて……拾った時には、丁寧に介抱してくれたよね……アグニは」 「そうだったのか……俺がタイムスリップでたどり着いたのはトロの森だったから……シデンとは随分離れたところに降りてしまったんだな」 アグニが指示した岩を見ながら、コリンは胸にこみ上げる想いを抑えるように大きくため息をつく。 「でも、また会えた……こんなに嬉しいことはないよね、コリン」 気が付けば、シデンはコリンに寄り添っていた。 「あぁ、会えたな……未来世界では動揺させたくなかったり、時間稼ぎのためだったりで気付かないフリしてごめんな……」 コリンは思わず顔がほころんでしまう。昔シデンがコリンへそうしたように、コリンは膝立ちになって抱きしめて頭をポンポンと軽く叩く。 「もう、二度と離さないからな……シデン」 シデンの頭に顎を乗っけて呟いたコリンは心底安心したように微笑んでいた。一人で孤軍奮闘し、いつどこでだれが自分を捕えに来るかも分からない四面楚歌の状態。次第に追い詰められていく精神状況の中、それがどれほど辛かったのかを思わせる、重い意味のある笑顔だった。 「……コリン」 シデンが抱き返す様を、傍で見ていたアグニは何も言えずにその様子を見ていた。少し、恋人を取られたような気分で嫉妬していたのかもしれない。 「その頃のミツヤ……いや、シデンはさ。色々と問題行動も多かったけれど……でも、弱いオイラの面倒を見てくれたんだよね」 「ほう、シデンはピカチュウになっても面倒見の良さは変わらなかったのだな」 「自分、そんなに面倒見良かったの?」 懐かしげに語るコリンの表情を伺いながら、シデンが尋ねる。 「お前以上に強くて面倒見のいい奴を俺は知らん。まぁ、いないとは言わんが……お前は、俺が知る限りじゃ最高の女さ」 恥ずかしげもなくコリンに言われて、シデンは赤面する。体毛に覆われて肌の色こそ見えないが、逆立った体毛がその気持ちの高ぶりを証明するように紫色の静電気を放電する。 「そんなに褒めちぎっておいて……実は旅の途中で恋人も出来てたんじゃないの?」 「あぁ……実はその……お前がすでに死んだと思っててな。長氏の通り恋人作ってた……フレイムってチームのソーダ=ポニータって女でな……良い女さ」 「あぁ……実はその……お前がすでに死んだと思っててな。お察しの通り恋人作ってた……フレイムってチームのソーダ=ポニータって女でな……良い女さ」 「あの子……コリンと……へぇ」 「シデン。ソーダとは知り合いか?」 どうやら共通の知り合いであるらしいことについて尋ねると、シデンとアグニはうんと頷く。 「……盗賊の種族がジュプトルであることを聞いたら、すっごく様子が変だった。今思えば、あの時にはもうコリンのことを気にしていたのかもしれないね」 あの時のおかしな彼女の様子を思い起こしてアグニが納得する。 「そっかぁ……あの時の態度はそう言う……自分としてはあの子、同じ女としていい子だと思うよ。コリンもいい相手を見つけたものだね」 二人にとってもソーダはいい女であるらしく、耳に心地よい褒め言葉が入ってきてコリンは思わず笑顔になる。 「まあな。いい女さ」 しかし、このまま続けてしまうと、ともすれば恋話になってしまいそうである。その雰囲気を打ち切るように、照れを隠すように、コリンは生返事の後で沈黙する。 「さて、これからどうする?」 コリンは二人を見る。 「えっと……時渡りとか、シデンとの関係のこととか含めて分からないことがまだたくさんあるから……いろいろ聞かせてよ、コリン。いまなら……このトレジャータウンにいる今なら、落ちついて話も出来るだろうし……でも、ここで話すのもなんだから、プクリンのギルドとか……もしくはカフェにでも行って話さない?」 「ちょっと待て……そのギルドは俺が行っても大丈夫なのか? 俺はこの世界ではお尋ね者だ……そんな俺がギルドになんぞ行ったら、みんな目の色変えて俺のことを捕まえようとするんじゃないのか? まぁ、お前らが説得できる自信があるというのならばそれで構わんが……」 「あ……」 間の抜けた声で、アグニは自身の頭を掻いた。 「言われてみればそうだったね……どうしよ……」 アグニがふと見上げたその視線の先に、凶悪ポケモンサメハダーによく似た形の岬があった。 「そうだ……いい場所があった……でも、トレジャータウンを通らないといけないんだけれど……」 「今は深夜。時間も時間だ……見つからないように隠れながら行けば問題ないだろう? 案内してくれ」 「わかった……こっちだよ……ていうか、あのサメ肌岩って言う崖なんだけれどね……」 アグニは二人を先導しながら自分の元住んでた家を案内する。道中、どうしても寒くて仕方ないコリンのために、シデンが無理を言って店を閉め終えた毛皮商店を尋ね、迷惑料込でキュウコンの毛皮で作られた炎にも寒さにも強いコートを買う。 アグニは二人を先導しながら自分が元住んでいた家を案内する。道中、どうしても寒くて仕方ないコリンのために、シデンが無理を言って店を閉め終えた毛皮商店を尋ね、迷惑料込でキュウコンの毛皮で作られた炎にも寒さにも強いコートを買う。 その間、コリンとアグニの二人は、顔見知りもおらず馴染みのない区域にある商店街で手分けして食料を買い集め、その日の夕食を確保した。買い物を終えた一行はサメ肌岩に集結し、アグニの案内を待つ。 「この崖は……昔オイラが住んでいた場所でね……昔はデンリュウの母さんが灯台守りをしていたんだけれども、いつの間にか必要とされなくなっちゃって、母さんも不貞腐れちゃってね……。 二人とも死んじゃってからは、オイラずっと一人で暮らしてきたんだけれど……まさか、またこうして団欒できるだなんて……この家も喜ぶなぁ」 アグニは拳に火をともして部屋を見回しながら、昔を思い出して眼が潤んでいるようだった。 「よかった、誰にも荒されていないようだ……」 「ふふ、自分はここに来るの二回目だ。ホエルオー便が来たらフラッシュしてみようかしら……灯台を懐かしんでくれる人がいるかもねー」 アグニの昔話を聞いて、シデンは無邪気に笑う。 「目立つ行動は慎めよ? そういうのは後にしろ」 「わかってる……落ち着くまでは、やらないよ」 シデンはクスクスと笑いながら、アグニの明かりを頼りにサメハダーの口の中まで通じる階段を下りていった。 **289:シデンは何者? [#b26a212f] **289:シデンは何者? [#q5927f23] 「なるほど……サメハダーの口の中が空洞で、そこが住処になっているとはな……」 「ここなら目立たないし……素敵な住処だし……久しぶりに、美味しい食材で料理も出来る……本当に、帰ってきてよかった……」 シデンは湧き水を飲むと、早速買い込んだ食料を捌き、塩漬けの虫と魚を刺身にする。未来世界でも平然としていたシデンも、彼女なりに感じていた欲求不満はあったようで、それを解消するような料理という行為は、コリンもアグニもそっちのけ嬉々としてで始まる。 ただ、シデンの行動がおかしいのは、欲求不満なだったことだけが下人ではなく、未来世界で感じた動揺が激しく気を紛らわそうとした側面もあったのだろう。外字な話をしようとするコリンの声掛けにも応じず、現実逃避をするようにごはんごはんと言う彼女は、今必死で心に整理をつけていた。 ただ、シデンの行動がおかしいのは、欲求不満だったことだけが原因ではなく、未来世界で感じた動揺が激しく気を紛らわそうとした側面もあったのだろう。大事な話をしようとするコリンの声掛けにも応じず、現実逃避をするようにごはんごはんと言う彼女は、今必死で心に整理をつけていた。 コリンに対してどう話しかけていいかもわからないで、平静を装った結果がこれである。最初こそあっけにとられていた二人も、黙ってシデンの隣について料理を手伝う。アグニは釜戸で火を焚き、コリンはエアームドの羽で作ったナイフで材料を切る。 コリンとアグニに挟まれ、その二人が何も言わずに手伝ってくれたことでmシデンは自分が拒絶も何もされていないことに安心する。 コリンとアグニに挟まれ、その二人が何も言わずに手伝ってくれたことでシデンは自分が拒絶も何もされていないことに安心する。 少し涙が出そうになったが、それをぐっとこらえてシデンは料理に黙々と没頭した。 料理が完成すると、釜戸を暖炉代わりに寄り集まり、食事前のお祈りをする。久しぶりの温かい食事を前にして、イの一番にアグニが口を開く。 「さて……コリン……教えてよ。コリンとシデンはどんな関係だったの?」 まず最初に訪ねたのはアグニだった。このころにはシデンも覚悟を決めており、荒くなりそうな呼吸を必死で抑え込んでいる。 まず最初に尋ねたのはアグニだった。このころにはシデンも覚悟を決めており、荒くなりそうな呼吸を必死で抑え込んでいる。 「最初は、親代わりさ……」 懐かしむような目で、シデンを見てストレートに言われたシデンはいかにも恥ずかしいと言った表情で顔を伏せた。 頬のあたりが赤くなる代わりに少し放電している。 「そこら辺はな……お前と同じかも知れないな、アグニ」 「ど、どういう意味?」 突然話を振られて、アグニは肩をすくめる。 「今は、お前がシデンのパートナーなんて銘打っていても、お前がまだまだお子様ってことだ。未来世界ではお前、結構シデンに世話になっていたじゃないか」 コリンの視線は、可愛い弟を見るような温かい目で、子供扱いされたアグニは反論したくなるが未来世界での出来事を引き合いに出されるとどうにも反論できない気がして口を噤む。 「とにかくな、シデン。お前は未来世界の異世界から来た人間でな、この世界とは違うけれど……四季のある世界というものを教えてくれた。 俺は、そんな世界を夢見て、絵を描くようになったんだ……ポケモン達の死体を煮詰めたり削ったりしながら、絵の具のようなものを作って。特にドーブルは何回狩ったかもしれないけれど……苦労して絵具を手に入れて苦労して絵を書いたら上手いってみんなに褒められていた…… 俺は、そんな世界を夢見て、絵を描くようになったんだ……ポケモン達の死体を煮詰めたり削ったりしながら、絵の具のようなものを作って。特にドーブルは何回狩ったかもしれないけれど……苦労して絵具を手に入れて苦労して絵を描いたら、上手いってみんなに褒められていた…… そんなある日のことだ……エリックって名前のセレビィが俺達の元にやってきて、こうして過去に戻って歴史を変える計画を提案してきたんだ。 俺の絵という存在の影響もあったのだろうな、俺達のコミュニティは、歴史を変えて世界に光を取り戻すコミュニティ連合……『星の調査団』に所属することを誰も拒まなかった。 シャロットと出会ったのも、その時だ。そうして俺はシデン達と共に星の停止について一緒に調査をしていた……」 「ポケモンと、ニンゲンって組み合わせで?」 黙っているのもつらくなったのか、アグニが口を挟む。 「そうだ。シデンは誰にもない特別な能力を持っていた……時空の叫びだ。時空の叫びを使うには信頼できるパートナーが一緒に居ないと発動しないからな……その、信頼できたパートナーが俺なんだよ、シデン」 「コリンが……かぁ。何となくわかる気もするけれど……」 実感のないシデンは、キョトンとした表情で口にするだけで、言葉自体がふわふわと頼りない。 「いや、ちょっと待ってよコリン。時空の叫びは信頼できるパートナーが必要だって言っていたけれど……オイラ達が出会って間もないころから時空の叫びは見れていたよ?」 コリンが茶化すように笑う。心底嬉しそうでもあり少し寂しさをかみしめるような笑い声でもあった。 「何を言うか、アグニ。それだけお前達が初めから信頼し合っていたってことじゃないのか?」 真顔でコリンに言われて、アグニとシデンは顔を見合せ、照れながら逸らした。 「そんなにストレートに言われちゃうと……ちょっと恥ずかしいけれど……オイラが、そうかぁ」 「シデンは記憶をなくしていたんだろう? 俺の時もそうだった……頼れる者がいないと、頼れる者にすがってしまう。だから、シデンの信頼もより深くなったのではないかな。 俺とて時空の叫びなんて指標はなかったけれど……俺達は深い絆で結ばれていたと思うしな」 うんうんと一人頷きコリンは続ける。 「だが、それはきっかけに過ぎない。例え普通に出会っていたとしても、お前達はいずれそうなっていただろうな……今のお前達を見ていると、そう思う」 コリンが一人頷いて微笑んだ。 「とにかく、俺達は星の停止について調査を続けた。そして、この世界にある時の歯車の場所を……未来から時空の叫びを使って探したのだ。 そうやって時の歯車の場所を突き止めて行くうちに、星の調査団は襲撃をうけ……壊滅することとなった。そこで、シャロットが少数精鋭での単独行動を提案したんだ……俺とシデン二人でな。 しかし、タイムスリップ中に事故があり……そこから先は、知っての通りだ。シデンはなぜかピカチュウになり、記憶を失った……記憶を失ったのはその事故が原因として、ピカチュウになっていたのは意外だったよ」 「その……星の調査団とかいうのがどういうものかはよくわからないけれど、もう全滅だって……シャロットは言っていたよね……」 「ああ、そうなんだろうな。ドゥーン達は何気に兵隊も多いから……シャロットもなんだかんだで一人でほぼ全壊に追い込んだようなことは言っていたが……」 恐る恐るアグニが聞いて、コリンはそう言う事もあるだろうと肯定する。会話に中々入れないシデンは、コリンの話の端々に懐かしいものを感じて、白日夢を見ているかのように視線が浮いている。 「自分は……未来からやってきた……しかも星の停止を食い止める使命まで負って……か」 独り言をつぶやきながら、シデンは自分の体を見つめた。 「なんだか、まだピンと来ないというか……実感がわかないね」 シデンの独り言に、コリンは嬉しそうに笑う。 「そうか、ならアグニ……ちょっと体を貸してくれ」 「へ?」 **290:心の整理 [#bf77c28d] **290:心の整理 [#y0616434] アグニの返答を待たずに、コリンはアグニに関節技を仕掛ける。コリンは自分の尻を仰向けに寝かせたアグニの肩に密着させ、脚はアグニの顔を跨ぐ。そうして掴みとった腕を手前に引いた。 痛みを感じる寸前で止められているとはいえ、いつ関節を極められるかも分からない恐怖にアグニの顔を引きつっている。 「この技はなんて言うんだ?」 「腕十字固め……」 「ほらぁ、即答できるだろ? こんなもん即答できる奴はそうそういないよ」 コリンは嬉しそうに言ってから、アグニを掴んだ手を離してシデンへ優しく微笑みかけた。 「シデン、今のお前は覚えていないかもしれないが……お前は俺の家族であるだけでなく、師匠でもあったんだ。お前、関節技の達人だったんだぞ? なんでも、光矢院流忍術だとかいうわけのわからないものの教官だとか師範だとかで……本当に強かった。一度も勝てなかった……離れ離れになった後とても心配したが……元気で、それに関節技も忘れていないようでよかった……」 コリンはシデンを抱き抱え、ピンと立った尖った耳をつまんで弄る。 「例え姿が変わり、記憶をなくしたとしても、お前はお前だ……家族であり仲間であり恩人であり、師匠であるのは変わらないし……お前自身が、初めて出会った奴の子守をやるのも変わらないんだな。お前の子守りのお陰で俺は成長できたし、ここまでこれたし、アグニも順調に成長したって所か」 「子ども扱いしないでってば……」 アグニは言またもや子ども扱いされたことに腹を立てる。反面、シデンはからかわれることにだいぶ慣れてきたのか、照れながらも嬉しさを冷静に噛みしめることができた。コリンと話していると無性に懐かしい気がするなんて、シデンは恥ずかしくて言えないけれど、コリンとアグニを見ている時に自然と漏れたため息が妙に気持ち良かった。 「例え姿が変わり、記憶をなくしたとしても、お前はお前だ……家族であり仲間であり恩人であり、師匠であるのは変わらないし……お前自身が、初めて出会った奴の子守りをやるのも変わらないんだな。お前の子守りのお陰で俺は成長できたし、ここまでこれたし、アグニも順調に成長したって所か」 「子供扱いしないでってば……」 アグニは言い、またもや子供扱いされたことに腹を立てる。反面、シデンはからかわれることにだいぶ慣れてきたのか、照れながらも嬉しさを冷静に噛みしめることができた。コリンと話していると無性に懐かしい気がするなんて、シデンは恥ずかしくて言えないけれど、コリンとアグニを見ている時に自然と漏れたため息が妙に気持ち良かった。 「さて、これからのことだが……俺は前にも言ったとおり……また、時の歯車を集めに行く。お前達はどうするのだ?」 「うーん……時の歯車をとっちゃうとその地域の時が止まっちゃうのが気になるんだけれど……これも一時的なものなんだよね?」 コリンに見つめられたアグニはとりあえず思うところを口にする。 「そうだ。時限の塔に時の歯車を収めて、塔が修復した後に歯車を回収すれば……また元に戻る」 「だったら……オイラ達もコリンと一緒に行くよ。確かに、時が止まっちゃうのは頂けないけれど……でも、星の停止だけは絶対に食い止めなきゃいけないからね。シデンもそれでいいよね?」 一も二もなくシデンが頷き、コリンを見る。 「わかった。じゃあ、一緒に行くことにしよう。ただ、今日はもう遅い……それに今までずっと逃げっぱなしで疲れている。とりあえず今日はゆっくり休んで……明日出発することにしよう」 「うん……食べ終わったらすぐに後片付けをして寝よう」 暖かな食卓を囲んだあと、三人はほどなくして眠りについた。コリンは毛皮を着ていても寒いのかアグニを抱いて眠りたいと申し出て、最初こそ嫌がったアグニだが、シデンがやってあげたらと笑いながら言うので、結局アグニとコリンは寄り添い合って眠ることとなってしまった。 最初こそ嫌々であったアグニも、毛皮とコリンの大きな体に包まれる感触で、昔親に抱かれた記憶を思い出して悪い気分ではなくなった。両親が死んでから親代わりだった唐美月は良い父親であったが、そういった愛情表現も出来ずにいたため久しぶりの抱擁である。 口にはとても出せないが、シデンとは違った頼もしさを持つコリンに抱かれて感じる安心感は、不安と恐怖の連続であった未来世界でのそれらが、溶けて消えていくような気さえする。 それでも、心の奥底に刻まれた恐怖はなかなか消えてはくれなかった。声に出さないように注意こそしていたが、ちょっとした物音が怖くてすぐに起きてしまう。中々深い眠りは訪れてくれず、家の下から聞こえる波の音だけが唯一物音を包み隠してくれるBGMである。 (未来世界よりもずっと騒がしくって……だから、静かすぎて怖かったあの時よりもよく寝られると思ったけれど……) 「そう簡単にはいかないか……」 寝ている最中に尿意を催したアグニは、一度トイレに向かってから、コリンの元には戻らずに崖の先に立つ。冷たい風がそよぐ岬の先端でアグニは海を見て物思いにふけった。 (しかし、シデンが未来から来た人間……か。色々と納得できるエピソードもあったよね……蠅を食べた時とか、ドクローズの二人を殺そうとした時とか、人助けという行動を理解出来なかったりとか……) 「だから、シデンは平然としていたんだね……未来世界に連れてこられても……」 (未来世界と言えばオイラ、色々大変なことをしたなぁ……シデンを強姦しようとしたり、あのドゥーンさんに殴り掛かったり……自分があんな風になるなんて思いもよらなかったけれど……未来世界は、本当に怖かった) そうやって、未来世界の事を思い出してしまうと、脳裏に浮かぶ処刑場の記憶。思い出した瞬間に皮膚は泡立ち、ざわざわと肌に無数の尺取虫が這いずるような不快感を伴って、体毛が逆立つ。 気づけば、体は震え、呼吸はどう見ても異常であるほどに早まってゆく。 そのしばらく後、ふと寒さで眼を覚ましたコリンが暖房代わりのアグニを探しに外へ出る。まだ半分眠ったままの寝ぼけまなこを水で洗い流して崖の上に出ると、そこにいたのは苦しげに息をつくアグニの姿。 「お、おい!! アグニ!!」 アグニが荒い息をついて横たわっているのを見て、コリンはすぐに駆け寄って介抱する。コリンは一度アグニに口付け、生きた空気を吸いすぎることで、逆に生きた空気に呑まれてしまったアグニに死んだ空気を程よく含んだ空気を送る。 アグニが落ち着くまで、コリンは口付けたまま呼吸させた。コリンの腕に抱かれたまま呼吸が静かになると、アグニ浮ついた目でまだ暗い空を見上げる。 「コリン……ありがとう……」 アグニは言いながらポニータの炎と同じ、熱くない炎を尻から出し、闇黒の夜を煌々照らす。力ないお目覚めの挨拶を聞いて、ようやくコリンは肩の力を抜いた。 アグニは言いながらポニータの炎と同じ、熱くない炎を尻から出し、闇黒の夜を煌々と照らす。力ないお目覚めの挨拶を聞いて、ようやくコリンは肩の力を抜いた。 「おはよう、アグニ」 「おはよう」 安心したコリンの笑みに、アグニは力ない挨拶で応えた。 「どうした? まだ、怖いのか……未来世界のことが……」 「うん……」 コリンの問いに、アグニはガタガタと震えながら頷く。 「考えただけで、体に震えが走るくらい……」 そう言って、アグニは体を縮める。コリンは震えだしたアグニを起こして、胡坐をかいたその上に座らせ抱きしめる。毛皮越しにコリンの抱擁を感じたアグニは、こわばった体に込められた力が少しだけ抜けて行った。 **291:たまには甘えてみよう [#e51985da] **291:たまには甘えてみよう [#y5053916] 「なぁ、アグニ……処刑される時は、俺も怖かったよ」 「そう……なの?」 あぁ、とコリンは頷く。 「ひび割れに草を生やして脱出するっていうのも……本当にできるっていう確証はなかったからさ……お前、俺に怖いものなんてないとでも思っていたんじゃないのか」 「うん……怖いものなんてないと思ってた……」 素直なアグニの答えにコリンは笑う。 「俺だって、怖い物がたくさんある……お前が敵だったころは、お前の事だって怖かったんだぞ? 怖くて怖くて……誰かに弱音をぶちまけたことだってある。だからな、アグニ」 そよ風のように柔らかな口調でコリンは語る。 「怖かったら、泣いていい。怖いとか、不安だとか……そう言う気持ちは全部吐き出しちまえよ。お前が怯えている姿は目に毒だ……見たくない……」 コリンの腕に抱かれ、背中と尻にコリンを感じて促されるままアグニは涙を流した。 「本当に泣いていいの?」 「お前の涙で毛皮が溶けるなら泣かないで欲しいが……」 冗談交じりにコリンは言う。 「俺はアレだ……頼られて悪い気なんてしないし……目の前で、怯えている奴がいたら助けてあげたくなるのは……多分だけれど、お前も同じじゃないのか?」 「そりゃ、そうだけれど……」 「どうせお前、シデンにも涙を見せ無いようにとかって思っているんだろ? 恥ずかしいのか、それとも気遣っているのか知らんが。仲間なんだから頼ってやれよ」 「そりゃ、シデンも不安だと思っていたから……もっと不安にさせちゃいけないと思って……」 「そうだな。シデンは前世であっちにいたせいか平然としていたが……そう思うのも無理はないさ」 コリンはアグニの涙を拭う。 「でも、アグニ。俺にならば弱音を吐くことも出来るだろう? シデンの事は気にするな……ここで泣いても内緒にしておくから……たまには誰かに甘えてみろ。お前くらいの年齢ならば、甘えたって罪じゃないぞ」 アグニが拳を握りしめる。口をぎゅっと結び、瞼も固く閉じて体を震わせ、声を押し殺して。 「よく言うだろ? 体の一部が欠損すれば困るのは自分達だって。骨は肉を守るし、肉は骨を守る。一人はみんなのために、みんなは一人のために……ホウオウ信仰の基本的な思想じゃないか。 お前がシデンを守る肉となれ、鱗となれ。俺は羽毛にだってなんだってなってやる……」 コリンがアグニに声をかけ続けていると、アグニは火がついたように振り向き、コリンの胸にすがる。 「怖かったよ……シデンに心配かけらんなくって、ずっと……無理してた……」 毛皮越し、コリンの大きな胸にすがってさめざめと泣くアグニの頭を、腫物を触るようにやさしい手つきで撫でる。 「良く頑張った。アグニ……あんな怖い場所に放り出されても、良く生きたと思うよ……それだけでも上出来さ」 出来る限り優しい言葉をかけて、コリンはアグニの心をなだめる。海のように寄せては返すゆったりとした呼吸を取り戻すまでずっと。 やがて、コリンの胸の中で落ち着きを取り戻したアグニは、涙の乾いた顔を上げて、そこで見たコリンの顔が微笑んでいることに安堵する。 「もう……大丈夫か?」 「うん、大丈夫」 控えめに頷いて、アグニは微笑む。 「思えば、コリンって未来世界にいた時とずいぶんと態度が違うね……」 他人をからかう余裕も出来たのか、アグニは隣に座り込んで、憎まれ口を叩いた。 「あの時は……お前を叱咤激励してだな……いや、すまん、嘘だ」 言い訳をしようとして、きっと言い訳が通じないことを悟ってコリンは慌てて訂正する。 「なにそれ、酷い」 クスクスと笑い、アグニは笑みを見せた。 「正直に言うとな。最初はお前らを足手まといと思っていたから……本当は連れて行ってやりたかったが、諦めたんだ。というか、連れて行きたかった……いきなり連れてこられて可哀想だったからな。だが、あの時……俺はお前らに、ミカルゲから助けられたし……その恩義を無視はできなかった。 そして極めつけは……あの時ミカルゲと闘うミツヤ。シデンが関節技の名前を口にするたびに、俺はシデンとミツヤをイコールで結びつけるようになった。そしたら、絶対に過去まで連れて一緒に話をしようと思ったさ」 「そうだったんだ……というか、最初は見捨てようとしていたんだね……」 「仕方ないだろ? 生き残るのに精いっぱいだったんだから……それでな、ミツヤと一緒に行動するうちに、俺がシデンから生きるための色んな技術を教わったときのことを思いだしてな。 黒の森を進みながら、ミツヤと一緒にお前に関節技を教えている間……俺は初めて、年下を世話する楽しみを知ったんだ。シデンも、こういう気持ちで俺に色んな技を教えてくれていたんだなぁって……理解出来たんだ。その頃にはもう、お前たちの事を足手まといだとも思ってなかったし、例え足手まといだとしても関係なかった。 あの時にはすでに、俺はお前が好きになっていたんだよ、アグニ」 「ず、ずいぶん面と向かって好きだなんて……言うね」 「恥ずかしがることでもなかろう」 「まぁ、シデンも……そんな感じだったし……」 そう言うところは未来世界の特色なのかと思いながら、アグニは照れる。 「まぁ、なんだ? 好きな相手なんだ、好きな相手に甘えられたり頼られたりして悪い気になるわけがない。恥ずかしがるのもいいが、俺じゃなくシデンにももっと頼ってやったら喜ぶと思うぞ? 俺だけがアグニを独占するのは忍びない」 「え、あ……うん……ありがとう。そ、その……オイラも、コリンの事好きだよ……」 「そうか、それは何よりだ」 何の恥じらいもなしに好きと言われて、誰かに聞かれていないかと心配するほどアグニは照れる。顔もカァッと熱くなり、触れれば火傷しそうな温度であった。 そんなアグニの心情を知ってか知らずか、コリンは何の変わったそぶりも見せずにバッグの中を探り、未来世界のダンジョンで拾ったオレン取り出す。 「ほら、オレンの実だ……バッグの中に一つ残っていたから、腐る前に」 コリンは、千切った果実の大きい方をアグニへ差し出した。 「ありがとう……コリン。ホウオウ様も、闇の恵みと非界の加護を感謝いたします」 「ありがとう……コリン。ホウオウ様も、闇の恵みと光の加護を感謝いたします」 そのお兄ちゃん風を吹かせた行動に、また子供扱いされているな、とアグニは思ったがここは甘えることにする。 (でも、コリンとシデンが眠っていた藁のベッドは死に別れた家族が使っていたものだから……もう、使う事もないと思っていたそれを引っ張り出してみると……なんだか、家族って感じがするよね……色々あったけれど、コリンがもしも兄だったなら……子供扱いされても、良いか) コリンが渡してくれたオレンを見ながらそんなことを考えると、アグニの心は温かくなった。 **292:夜明け [#r7cbd72e] **292:夜明け [#vec61c21] 「ところで……アグニは、さっき、苦しそうにしていたが……ドゥーンのことを考えていたのか?」 「いや、違うよ。そりゃ、裏切られたのはショックだったけれど……でも、今までのコリンの話を聞いて、シデンの反応も見て、未来でドゥーンが言っていたことも、コリンの話も改めて本当だったんだなって……そんなことをなんとなく考えていたんだ……」 「そうか……」 「それにね、シデンがこの世界に来た時の行動も、今となっては色々理解できるようになったんだ……」 「というと?」 コリンは首をかしげる。 「たかが子悪党を、殺そうとした。オイラの宝物を、価値のある物かもしれないと思って奪い取った奴らを懲らしめてくれたんだけれど……シデンは、その二人の悪党を殺そうとしたんだ……あの世界では、もしかしたら常識だったのかなって」 「まぁ、なんだ。強姦したり、殺して見せしめにしたりって言うのはあるかもしれないな。シデンも……腹が減って食料に手を出しただけなら、その悪党を許したかもしれないが、宝物を奪ったなんて理由だったら……うん、納得だ」 と、コリンはその頃のシデンの様子に想いを馳せる。多分アグニも必死に止めたんだろうなと考えると、シデンも苦労したのだという事がありありと浮かんできた。 「……結局、シデンは最後までまともに攻撃出来なかったオイラに活を入れるため、オイラにそいつらを延々と殴らさせた。 「……結局、シデンは最後までまともに攻撃出来なかったオイラに活を入れるため、オイラにそいつらを延々と殴らせた。 他にも、仲良くなったオイラとセックスしようと……出会って一日で言われた時は少々引いちゃったね」 「まぁ、未来世界じゃそんなもんだ。あっちは貞操観念が低いものでな……」 「それに、未来世界では食料がまともに取れなかったせいか……シデンって異常なほど何でもよく食べたんだ。魚の頭を食べたこともあるし……先輩の探検隊が食事の最中、人参が食べられなかった事をシデンが咎めて……先輩はつい感情的になって『シデンが好き嫌いないって言うんなら、これ食べろ!』って、蠅を差し示したの。 シデンはそれをね……何の躊躇いも無く食べたんだ。それで……みんなもシデンの事を変人として見るようになっちゃったんだ……」 「あぁ、あるある。俺もその辺の虫を何の躊躇も無く食べた時は、変な目で見られたぞ。木に群がっている蟻を食べるのは今でもやめられんがな……」 「思えばその時……シデンの目の前で蠅を食べて見せた事が、時空の叫びの発動条件に繋がったのかもなぁ……すごく気持ち悪かったけれど」 「はは、無茶するなお前は」 アグニの行動にコリンは笑う。 「蠅を食べても、シデンはシデンだったから……シデンは悪者ではないと信じていたから。だから、オイラはシデンを見捨てるような事はしなかったんだ。だから、シデンを変な目で見るのならば、オイラも変な目で見られてやる感じで食べたんだよ……うん、今思い出しても気持ち悪いけれど、あれをやってよかった」 「改めてお前らは、本当に最高のコンビだな……お前が、シデンを支えてくれたんだな……」 「さ、支えただなんて……そんな、オイラはただ強引に探検隊に誘っただけで……」 「俺にはそれが嬉しいんだよ。シデンと一緒に居てくれたこと……一緒に居たいと思わせたこと、あいつに寂しい思いをさせなかったこと……全部、本当に感謝したい。だから謙遜するな。シデンと一緒に居てくれて、シデンが寂しい思いも苦しい思いもせずに済んだ。それだけで俺にとっちゃ恩人さ……俺だってさびしかったから、良くわかる」 「俺にはそれが嬉しいんだよ。シデンと一緒に居てくれたこと……一緒に居たいと思わせたこと、あいつに寂しい思いをさせなかったこと……全部、本当に感謝したい。だから謙遜するな。シデンと一緒に居てくれて、シデンが寂しい思いも苦しい思いもせずに済んだ。それだけで俺にとっちゃ恩人さ……俺だって寂しかったから、良くわかる」 言い終えるなりコリンは、アグニと目線を合わせるように腰を屈めて抱き寄せる。 「わ、何するのさコリン」 アグニは恥ずかしさのあまり、思わず尻で燃え盛る炎の火力を強めたが、それもすぐに収まった。 「すまんな……しばらく、出会うもの全てが敵に見えて、人肌恋しくなってしまったんだ……それに今は七月か八月の真冬だろう? 草タイプの俺には寒いんだから、抱かせてくれ……寝ても覚めても寒いんだ。特にこの時間は」 臆面もなくコリンは言って、アグニを困らせる。アグニには男色の気はないものの、コリンに抱かれて悪い気はしなかった。 ザザァン……ザザァン……波が寄せては返し、浜風は止まない。しかし、冷たい風に吹かれてもコリンの体はアグニのおかげで冷えることはなかった。心地よい抱擁に身を任せ、春のそよ風のように吹きすさぶ風を受け流して、しばらくの沈黙。 「そんな風に、シデンが未来から来た人間だってことを、今更ながらに実感していた。未来世界に居連れ去られたシデンが妙に冷静だった理由も……コリンのためにシデンが涙を流してくれた理由も……」 「そんな風に、シデンが未来から来た人間だってことを、今更ながらに実感していた。未来世界に連れ去られたシデンが妙に冷静だった理由も……コリンのためにシデンが涙を流してくれた理由も……」 「そう言えばそうだな。あいつは最初から最後まで冷静だったし……それにしても、俺のために泣いてくれたってのはどういうことだ?」 「オイラ……」 コリンと目を合わせることも出来ずにアグニは下を向く。 「思いだしたら、未来世界に行く前は……コリンがそんなに悪い人には見えなかったってこと。でも、未来世界では……ドゥーンにあんなことをされたせいで、すべてに対して疑心暗鬼になっていて……コリンを頑なに信じないオイラを……シデンはオイラに対して怒るんじゃなくって泣いて説得してくれた。 『自分を抱きしめたようにコリンも抱きしめてやってくれ』って……照れも恥じらいもなく、涙をボロボロ流して……記憶は戻っていなくっても、コリンに対する感情だけはきっと、消えていなかったんだろうなって……今わかった。未来から来たとか、過去から来たとか年代は関係ないけれど、シデンがコリンと知り合いだったのはとてもよく納得できたよ」 「そうか……シデンがそんな……」 大切な人が自分のために泣いてくれるという事が嬉しいのか、コリンの顔に笑みが灯る。 「嬉しいな」 気分良さ気に一言だけ呟いて、二人はまた波の音を聞き入る。蒼い蒼い水平線を見つめながら、吹きすさぶ強い風をアグニの熱でしのぐコリンは鼻歌でも歌い始めそうな表情で風を感じている。そっとアグニを抱き寄せる手も、今では少し大胆に体を密着させている。 「ん?」 不意に、アグニが背後が明るくなるのを感じる。アグニがコリンに抱かれながら振り返ったその先にあったのは、暁に染まる空で直視できるほどの明るさしか持ちえない、寝起きの太陽だった。会話が止まり、二人は孵化する卵を見るように期待する眼差しでその様子を見守った。 目がくらんできて、涙が出るまでそれを続ける。その涙は、まぶしさや目の乾燥によるものだけではないことを、双方が理解していた。あまりに綺麗過ぎる朝日に、二人は涙が止まらなかった。 「ははっ……コリン、見てよ。朝日だ、朝日が昇ったよ」 アグニは、コリンが肩にまわした腕を振り払って、立ち上がるや否や崖際に生えている木に登る。 「綺麗だ……綺麗だよ、コリン……」 抱いていたアグニが上の中から消えたせいで、寒いなんて暢気に思いながら、コリンは立ち上がり朝日を臨む。 抱いていたアグニが腕の中から消えたせいで、寒いなんて暢気に思いながら、コリンは立ち上がり朝日を臨む。 「ああ、綺麗だ」 何も考えることなく、本当に自然に出た言葉であった。やがて、太陽には雲がかかり、大気中の水分は太陽光を反射させることで雲から漏れる光は柱のようにその姿を具現化させ、神々しく大地にそびえる。 「今までずっと当たり前に夜が明けていたせいか……夜が明けることがこんなにも新鮮に感じるとはオイラ思わなかったよ。 日が昇り、沈んでいく……とても当たり前なことなんだけれど……でも、その当たり前のことが……実はものすごく大切なことだったんだね。今まで……知らなかった」 アグニは、こちらの世界に初めて訪れたコリンがそうしたように、涙している。拭う先からあふれ出る涙はいつまでも止まることなく、流れ続けた。 「俺は、暗黒の未来世界しか知らなかったから、こっちへ来て初めて太陽を見て衝撃を受けた……お前の反応は、今の俺にそっくりだよ。あの時は、俺も赤子のように泣きじゃくった気がするな……そうそう、処刑場で繰り返し言っていた石畳に咲く花ってのにも感動した覚えがある」 コリンは以前の自分に重ね合わせるようにして、木に登ったアグニを見ていた。同じ思いを共有できて嬉しいと、表情が語っている。 コリンは以前の自分に重ね合わせるようにして、木に登ったアグニを見ていた。同じ想いを共有出来て嬉しいと、表情が語っている。 「あぁ、そう言えば……言っていたね。あれが、草結びで脱出しろっていう意味だなんて全然分からなかったけれど……」 「シエルタウンって街で見たんだ。そして感動した……過去の世界は、本当に感動に満ちていたさ」 数多の実感を込めてコリンは笑った。 「そして……な。過去の世界は感動に満ちている……だからこそ、感動なんて欠片もない暗黒の未来を変えなくてはいけないと強く思ったんだ。お前だってそう思うだろう?」 「うん……」 **293:頑張れる理由 [#b0667742] **293:頑張れる理由 [#q74bff58] 頷いたアグニの隣に、コリンがひとっ飛びで飛び移り、枝に座る。 「今まで俺は質問されっぱなしだったが……アグニ、俺もお前に聞きたいことがあったんだ。あのとき……未来でディアルガ達に囲まれて絶体絶命の状況の時……俺とシャロットには策があった。けれど……お前にはそんなものなかっただろう? そんな状況の時でさえ、お前はドゥーンに一人で立ち向かった……時の咆哮の性質を知っている俺達だからこそ、策はあったが、それを知らなければ本当に普通に諦めていただろうよ。 ドゥーンに勝てるとでも思っていたのか? 破れかぶれって感じでもない鬼気迫るものを感じたし……実際最初の方はお前が押していたしな。気に押されていたんだろうな……あのドゥーンでさえ」 「あれは、気が強いっていうか……多分、ブチ切れちゃっただけだと思う。途中から、オイラ自身何をしているかもわからなかったくらいだし……」 「そうか……だが、その後もお前は……諦めずに時渡りで対処をしようとしただろう? ……どうしてあそこまで気を強くもてたのだ?」 「そうか……だが、その後もお前は……諦めずに時渡りで対処をしようとしただろう? ……どうしてあそこまで気を強く保てたのだ?」 コリンにさらに突っ込まれ、アグニは少し考える。 「そうだね……この時代には、ヴァッツノージ=ガバイトって人がいるんだけれどね……」 「あぁ、そいつなら名前だけは知っている。確か伝説の探検隊の一人だったな」 「うん、そう。その伝説の探検隊の人に……助かりたい時は助かったシーンから逆算して考えてみろって言われたんだ……だから、オイラはまずは時の回廊に飛び込むシーンから想像して……どうやってそこに持ちこむかを考えた。その時……シャロットが一切気配を感じさせずにオイラの頭の上に乗ったのも、きっと時渡りを利用して近づいたんじゃないかって思ったわけ。だから、小さな時渡りならばできるって言ったシャロットの力ならばできるかもしれないって……そんな風に考えてみたんだ」 「なるほどね。だが……伝説の探検隊が言うと素晴らしいことを言っているように聞こえるが、それってごく普通の当り前のことじゃないか?」 「原点回帰っていうんだよ、コリン」 コリンのあんまりな言い方にアグニはその通りだと笑ってごまかす。 「でも、それは助かる方法を思いつけたことに対する答えでしかないね……コリンが聞きたかったのは気を強く保てた理由だっけか……」 「ん……あぁ、確かにな。そうだよ、気を強く保てた理由に対して答えを言ってくれ」 答えを急かすコリンを笑ってアグニは答える。 「それは多分……ミツヤ。いや、シデンが……そばに居てくれたからかもしれない……」 「シデンが?」 オウム返しにコリンが首をかしげ、アグニは続ける。 「これ、見てよ……」 アグニが敵の根城から逃げ去る時にバッグの中へ突っ込んでおいた首飾りをコリンへ差し出す。 「これは、何だ? 何か不思議な模様が描かれているが……こんな模様は初めて見たな……」 コリンが興味深げに見つめてくれたことで、アグニは共感できる者が出来てうれしいと表情が語っていた。 「これはね……オイラが探検隊を目指す切っ掛けとなった、オイラの宝物。何かの遺跡の欠片だと思うんだけれど……なんなのかはわからない。でも、何か謎があると思うから……いつかこの欠片の謎を解くことがオイラの夢なんだけれど」 アグニが恥ずかしそうに微笑む。 「けれどオイラ、意気地なしでさ……ギルドの修業がつらいとか怖いとか、そんな風に考えていて、ギルドに弟子入りすることすらできなかったんだ。 でも実際の所は、オイラの自主トレの方がギルドの修行よりもよっぽどきつかったって言うオチでね……実戦経験はともかく、身体能力だけは一人前だったんだ。だから攻撃ばっかり上手くって防御はダメダメで……臆病で」 「なるほどオーバーヒートが使えるわけだな……それと、なんだ? ドゥーンとの戦いで見せたあの技……あの技も基礎体力の高さがなせる技なのか?」 「うん、修行していなかったら成功しなかっただろうね。メガブラボー……ヒコザル系統の、最強の技の一つ。あれ、一回ですべての力を使い尽くすまで……鬼神の如く攻撃出来るって言われてるし、実際そんな感じだった。逆鱗よりもはるかに強力な技だって教えられていたけれど……自分でも怖いくらい、強かった」 「そうだな。俺もあのまま勝ってしまうかと思ったぞ」 ドゥーンに見せたゴウカザルの最強の必殺技を思い起こして、コリンは笑う。 「普通は……メガブラボーはゴウカザルにならないと使えるような技じゃないって……子供の身体で使うと、関節とかに悪い影響があるからって。でも、使わざるを得なかったし……成功したのもあの時が初めてさ」 「なら、ドゥーンにはある意味感謝しなきゃな。だが、多用はしちゃダメだぞ?」 「うん……」 アグニの頭に自身の手を乗せて、コリンが言う。 「そもそも、オイラはシデンと違って思い切りが悪いから……メガブラボーどころか、火炎放射を誰かに振るう勇気すら全然ない。誰かを傷つけるのが怖くって、傷つけられるのも怖くって……そんな時にオイラはミツヤに……いや、シデンに出会ったんだ……シデンは……シデンはいつもおいらを励ましてくれたし、いつだってオイラを助けてくれた。 「そもそも、オイラはシデンと違って思い切りが悪いから……メガブラボーどころか、火炎放射を誰かに振るう勇気すら全然ない。誰かを傷つけるのが怖くって、傷つけられるのも怖くって……そんな時にオイラはミツヤに……いや、シデンに出会ったんだ……シデンは……シデンはいつもオイラを励ましてくれたし、いつだってオイラを助けてくれた。 時には、先走った行動をしようとして頭をはたかれたり、弱いオイラだけ怪我を負った時に心配されたり……勇気をくれたこともたくさんあった。悪人に対しては卑怯になることも教えてもらった…… それで、いつしかね……一緒にいればどんなことだって乗り越えて行ける……なんて、そんな風に思えるようになっちゃったの。 だからあの時も、オイラはドゥーンに立ち向かう気になれたのかもしれない。まさか、オイラだけ空気を理解していなかったって言うのは驚きだったけどね……オイラ、頭悪いね」 と、アグニが苦笑する後ろで上機嫌になってコリンは微笑んでいた。 「なるほど、なんとなくわかる気がする。あいつには、シデンにはそう思わせる何かがあるんだ……もしかしたら、それは母性なのかもしれないな。俺もその母性に育まれたもんさ……いっぱいシデンに愛されて、育ってきた。 お前は、シデンを拾えて本当に運がよかったよ。あいつに世話をしてもらえたんだからな……」 言われて見て、どこか納得したようにアグニも笑う。 「そっかぁ……お母さんが後ろに居るってだけで……小さい頃はずいぶん安心出来たもんね。じゃ、じゃあさ……オイラ達母親が同じってことはさ、その……」 「兄弟みたいなものなのかもな。シデンが母親代わりだから」 その先を言おうとして、言葉に詰まったアグニよりも先に、アグニは言葉を先取られる。 「もう……先に言わないでよ」 不平を漏らす、アグニを気にせずコリンは笑う。 不平を漏らすアグニを気にせず、コリンは笑う。 「俺がシデンを大切に思うように……アグニもシデンが大切なんだな。あいつは、本当に幸せ者だな。お前のような友達がいて」 「間違いじゃないけれど……それはあんまりじゃない? コリンは大事なことを忘れているよ」 **294:幸せ者 [#z1192775] **294:幸せ者 [#scf987cf] ただ肯定するだけだろうと思っていたコリンにとっては、アグニの発言は完全に不意打ちだった。 「大事な物……ってのは何だ……?」 「シデンが、オイラを信頼しているようにコリンもシデンに信頼されているでしょ? コリンも、幸せ者なんだよ。自分の幸せを無碍にしちゃだめなんだよ。勿論、オイラも、みんな幸せ者だ」 コリンが他人事のように『シデンが幸せだ』と言ったのが、アグニにとっては許せなかったらしく、自分も幸せだって気が付いたらどう?――なんて意味を持たせてアグニは言う。 「そうか……そうだな」 そんな風に言われることは当然のように嬉しくて、今まで胸にくすぶっていた暖かさが幸福であるという事を始めてコリンは自覚した。 そんな風に言われることは当然のように嬉しくて、今まで胸にくすぶっていた暖かさが幸福であるという事を初めてコリンは自覚した。 「俺は幸せ者だ。お前の言うとおりだよ」 「それに……オイラも……ね。あ、あ、あ……」 「どうした?」 突然言葉を詰まらせたアグニを、珍しいものでも見るような目でコリンは見た。 「兄貴……兄貴のことが大事なんだから」 言ってみて、アグニはものすごく恥ずかしかった。顔で目玉焼きが焼けそうなほど顔は熱く、うっすらと陽炎まで発生している。 「兄貴とか……似合わないな。お前の場合は『お兄ちゃん』の方がよく似合ってる」 コリンは大笑いして、アグニの頭髪をグシャグシャと撫でようとして、頭が燃えそうなほどものすごい熱ともなっていたため、しかめっ面で手を離す。 「せめてモウカザルに進化してからその呼び方で呼べ。そうじゃないと、シデンに笑われるぞ?」 言われたアグニは黙っている。熱は収まったようだが、恥ずかしそうに顔を伏せたままだ。 「オイラね……」 意を決したように、アグニは口を開いた。 「うん、なんだ?」 「両親が死んで……オイラを世話してくれる人はいたけれど、家族らしい家族がいなかったから……シデンと出会えたとき、兄弟が出来たみたいで本当にうれしかった。コリンには、シデンが母親って言われちゃったけれど……」 「年齢的にはそっちの方が正しい表現だがな」 「そうだね」 と、アグニは笑う。 「でね……コリン。コリンとこうして打ち解けられて本当に嬉しかったから……これからも、『お兄ちゃん』って呼んでいい?」 「あぁ……構わないよ。むしろそうしてくれると俺も嬉しい」 コリンは、アグニの頭の上に手を置いた。 「いつでも呼べ。お前が弟なら、悪くない……。いや、お前みたいな弟が欲しかったよ……いや、俺も母親に先立たれてしまって天涯孤独でね。シデンに育ててもらえなきゃ野垂れ死にだったから……ずっと一緒に居られる年下の家族なんていなかった」 置かれた手は、先ほどコリンがそうしようと思ったように、グシャグシャと撫でられている。手のひらが頭に強く押さえつけられているため、頭部が揺られてアグニの世界までぐらぐらしている。 なんだか、今まで見たことのないコリンの一面を見てアグニとしては混乱するしかない。けれど、アグニの眼もとには涙、口元には笑みがそれぞれあった。 満足したのか、ため息をついたコリンはアグニから手を離し、アグニを抱いて木の枝から降りた。 「さて、もう一眠りするか……お前がいないと寒くて眠れないから、今度は勝手に起きないでくれよ?」 アグニを地面に下して、コリンは笑う。 「あ……その前にコリン、一つ聞きたいことがあるんだけれど、良いかな?」 「なんだ?」 アグニはもじもじ恥ずかしそうにしながら、尋ねる。 「草の誓いっていう技……使える?」 どんな言葉が飛び出してくるのかと思いきや、予想外の言葉であったためにコリンは不思議そうに首を傾げる。 「使えるが……改まって、どうした?」 「オイラ……炎の誓いって技を、父さんが残してくれたノートを元に覚えてみたんだ……コリンが捕まるのを待っている間に……」 「そりゃどーも」 嫌な記憶を思い起こされ、コリンは苦笑する。 「だ、だからね……もしも、コリンが草の誓いを使えるのならば……試してみたいことがあるんだ……」 「完全な炎の誓いか? たしか、炎の誓いは草の誓いと組み合わせると、攻撃自体が強力になって、しかも……周りが火の海になるっていう。俺も、とあるサーナイトから噂で聞いたことしかいないが……」 「うん、それもある……けれど、メガブラボーすら超える、ゴウカザルに伝わる最後の技を使うためには……その火の海がなければ難しいんだって。大炎上って技なんだけれどね……」 「最後の技……大炎上……か」 「そう。危険すぎて、使う機会もそうそうないだろうけれど……もしもドゥーンやディアルガを相手にするならば……使う必要も出てくると思うんだ。だからね……お願い」 アグニがコリンを見つめる。澄んだ目で、まっすぐに見つめる。 「誓いを……立てて欲しいんだ」 「アグニ……」 懇願するアグニを見て何を思ったか、コリンは首を振る。 **295:炎の誓い [#lce41d3a] **295:炎の誓い [#wc094192] 「お前は俺の言葉を鵜呑みにはしないって言ったのに……なんでそこまで信じちゃうかな。馬鹿な奴だ……」 その時、一瞬だけ顔をそむけてコリンは言った。 「大丈夫……コリンが嘘をついていると確信したら……ドゥーンの時みたいにメガブラボーでぶっ殺すから……」 「わかった。その意気でいい……そう言ってくれて安心した」 無償の信頼を寄せて、無邪気に拳を振り上げるアグニの表情が嬉しくて、コリンの顔がほころんだ。 「本当は……愛する女性への告白のために覚えた技だけれど……お前となら悪くない。誓いを立てよう」 「ありがとう、コリン……それじゃ、オイラから」 アグニは嬉々として宣言すると、勢いよく足を踏み込んで地面から火柱を噴き上げる。湯気が立ち上るように吹き上がり続ける炎にアグニが手を突っ込むと、炎は彼の手に包まれ、ロウソクの灯火のように控えめに燃えた。 こぼさないように両手で掬った炎をコリンの目の前に持っていくと、コリンは次にすべきことを理解して、アグニの手の上に乗った炎を食べる。その炎はポニータの鬣と同じく、味方と認識したコリンを焼くことはなく、口に含むと赤リンが燃えるような心地よい匂いが鼻腔を通り抜けた。 この、誓いと名のつく技で送るのは愛情。恋愛でも、純愛でも、親愛でも構わず、形を問わず相手に対する好意がこもれば、攻撃技であるこれは味方と認識した者に害をなすことはない。先ほどコリンが言ったように、この技が完全な条件で放たれればあたりが火の海になりもする。しかし、こうして誓いを交わした相手には炎が牙を剝くことはない。 「いい香りだな、アグニ」 こうして誓いを交わしあうのも、そのための一つの儀式である。その儀式の過程で、形は問わずとも好意がなければいけないために、ミステリージャングルではこれを愛の告白のキザな方法とされるのだ。 「へへ……いつかシデンに使おうと思って……そう言ってもらえると嬉しいな」 アグニがそう言うや否や、コリンは一瞬表情を変えた。 「ん、コリン……どうかした?」 「いや、シデンをとられるのは悔しいなって……少しな」 「そっか……そう言えば、コリンはシデンのパートナだったわけだし……」 「いいんだよ」 急にしおらしくなるアグニを静止して、コリンは空元気に笑う。 「その炎の誓いは、いつか……シデンに使ってやれ。俺はもう、こいつを使った相手がいるんだから……」 そう言って、コリンは地面に勢いよく踏み込み、芝生のように尖り、岩のように硬い草を生やす。その中で、一本だけ長く伸びた草から咲いた橙色の花を手に取り、コリンはアグニにそれを差し出す。 あれからずっと練習もしていなかったが、先程アグニの誓いを受けた影響なのか、それとも心情の問題か。その花はアグニが口に含むまで消えることなく、アグニの口の中で飴のように溶けて、心地よい花の香りを振りまいた。 「あぁ……良い香り」 「なんだかなぁ……本当は愛する女にこれくらいのクオリティで届けたかったんだが……なんでお前にやる方はよっぽど上手く出来ちゃうかな」 コリンは自嘲気味に笑う。 「大丈夫。オイラなんて、練習に付きってくれた父親代わりのおじさんに何度も何度も食べてもらったんだ。良いお父さんではあったけれど……本命のシデンに対してよりも親愛の情を送っちゃったのは、なんだか複雑な気分だな」 「あぁ、確かに俺よりもきついかもな」 「でしょ? ……でも、恩返しが出来たような気がして、少し嬉しかった……」 「そりゃそうだ。誰かを愛するってのは尊いことさ。それに、お互いが嬉しいし気持ちいい。それがわかるんなら、子供も卒業だよ」 「まだ子ども扱いしているくせに……」 「ばれたか」 「もぅ、兄貴ってば……やっぱり兄貴って呼び方何か変」 自分で言って自分で違和感を感じてアグニは照れる。 「無理して兄貴とか呼ぶからだ……やっぱりお前からそう呼ばれるのは違和感がぬぐえない」 おいおいとばかりにコリンはアグニの頭をはたいて笑う。 「さて……俺達同士で誓い合ってみたわけだし……アグニ。一発、やってみるか……完全な炎の誓い」 はたかれた頭をアグニが擦っているうちに、気を取り直してコリンが誘う。 「そうだね……やってみよっか」 一応、唐美月のもとで覚えたはいいが、まさか使う機会が来るとは思っていなかったこの技。いまいち実感がわかないが、短期間でこれだけ仲良くなれたコリンとならできる気がする。自分の体がどこか遠くにあるような、鏡越しに自分を見ているような奇妙な感覚を覚えながら二人は構える。 コリンが一瞬早く踏込み、遅れてアグニが踏み込んで、踏み込んだ脚が地面に着いたのは同時。草の柱と火柱が同時に吹き上がり、鋭い草は燃え上がって炎の火力を増す。やがて天高く突きあがる炎の塔が形成されたかと思えば、炎の勢いは急激に減退。足元にゆらめくだけの小さな炎となった。 しかし、炎は燻るのではなく波紋が広がるように際限なく周囲に広がってゆく。気付けばコリンの足まで炎に呑まれてしまったが、コリンの脚は一切火傷することなく、ぬるま湯のように暖かく絡みつく炎はむしろ快感すら感じるほど暖かい。寒い冬にはもってこいだとコリンがその場に寝転んでみれば、非常にあたたかくて何とも不思議な気分であった。 しかし、炎は燻るのではなく波紋が広がるように際限なく周囲に広がってゆく。気付けばコリンの脚まで炎に呑まれてしまったが、コリンの脚は一切火傷することなく、ぬるま湯のように暖かく絡みつく炎はむしろ快感すら感じるほど暖かい。寒い冬にはもってこいだとコリンがその場に寝転んでみれば、非常に心地よく、何とも不思議な気分であった。 「これが完全な炎の誓いか……攻撃出来る対象がないからの威力は調べられなかったが、悪くはない」 「なんというか、コリンは火の海を満喫しているね……オイラもしちゃおっかな」 地べたに寝転んで笑うコリンにアグニは苦笑してコリンに倣う。寝転がってみると本当にあたたかく、冬はこれで眠りたいと思うくらいの適温。二人がくつろいでいるこれも、敵意を持った相手には牙を振るうというのだから不思議でたまらない。 地べたに寝転んで笑うコリンにアグニは苦笑してコリンに倣う。寝転がってみると本当に心地よくて、冬はこれで眠りたいと思うくらいの適温。二人がくつろいでいるこれも、敵意を持った相手には牙を振るうというのだから不思議でたまらない。 やがて、炎が消えて暖を取ることも出来なくなったところで、二人はむくりと起き上がって顔を見合わせる。 「ありがとう、コリン……すごく不思議な感覚だったよ」 「礼には及ばない。これでドゥーンと戦うことになっても、安心してお前と肩を並べられるって思えたから」 コリンは立ち上がり、遅れてアグニも立ち上がる。 「本心からコリンにそう言ってもらえるように頑張るよ」 「ばれたか」 嘘を見抜かれバツの悪いコリンが苦笑する。 「わかるよ……だってオイラ、まだ弱いし。少なくともコリンよりは……でも、時間は少ないけれど……ダンジョンを乗り越えたりするうちに強くなれれば……」 「それでいい。お前は強くなればいいんだ、アグニ」 申し訳なさそうに目を伏せるアグニをの肩を掴み、コリンは言う。 「俺も、シデンには褒められながら成長した。それが嘘だってこともわかりながら、頼りになるって言われ続けてね……厳しく叱咤激励されることもあったけれど、一杯褒められた」 そして、アグニの頭を乱暴に撫でて、彼の脳みそを前後左右に揺さぶった。 「ずっとずっと、嘘だと思い続けて強くなろうと奮闘していたら、いつの間にか本当にシデンに頼りにされていたのは……もういつだったかも忘れちまった」 そこまで言ってコリンはアグニの頭を乱暴に撫でる手を止める。アグニの世界はまだゆらゆらとしていて、アグニは頭を押さえて気を取りなおす。 「オイラもそう言うふうになれるかな」 「なれるさ。お前ひとりでも、誰にも引けを取らないくらいの大物にだってなれる」 「なれるさ。お前一人でも、誰にも引けを取らないくらいの大物にだってなれる」 「そっか……」 コリンに言われて、アグニは嬉しそうに自分の手の平を見つめた。 「頑張ろう」 そうつぶやいたアグニの肩をやさしく押して、コリンはサメ肌岩の中に入るように促す。アグニがいないと寒くて眠れないというのもあるが、少しでもアグニに体のことを気を付けてもらうため、早く寝ろと言う命令でもあった。 促されるがまま、命令されるがままにアグニはサメ肌岩の中に戻り、コリンと同じ毛皮の中に入る。眠りについた二人は、シデンに起こされるまで穏やかな寝息を立てて寄り添い合っていた。 「おきなよ、二人とも」 アグニをコリンにとられてしまったことに少々嫉妬しながら、しかしどちらも嫌いになれないシデンは複雑な思いを抱えつつ二人を起こして笑う。 無垢な笑みを寝起きに眺めると、二人はなんだか一日頑張れそうな気がした。 ---- ---- [[次回へ>時渡りの英雄第20話:夜明けの想い・後編]] ---- **コメント [#gf1bdf67] #pcomment(時渡りの英雄のコメントページ,5,below); IP:182.169.5.212 TIME:"2012-02-09 (木) 21:39:00" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E6%99%82%E6%B8%A1%E3%82%8A%E3%81%AE%E8%8B%B1%E9%9B%84%E7%AC%AC20%E8%A9%B1%EF%BC%9A%E5%A4%9C%E6%98%8E%E3%81%91%E3%81%AE%E6%83%B3%E3%81%84%E3%83%BB%E5%89%8D%E7%B7%A8" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"