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新緑との邂逅 の変更点


 新緑との邂逅 



 by セリノス 



 注・ エロ無し 



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 この天界という空間には、様々な種族、ポケモンが住んでいる。 
 その種類は実に様々だ。 
 だけれど、その様々なうちに含まれる中でも、僕は群を抜いて稀有で珍しいポケモンだと思う。 
 月の神、ルナトーンに仕えるポケモン。 
 それが僕、ブラッキーのブレアだ。 




 地上という世界では、三つの神が崇められ、崇拝されているという。 
 空と風、そして大地の息吹を司る、天空神・レックウザ。 
 熱と光、そして生命の息吹を司る、太陽神・ソルロック。 



 そして我が主、月の神ルナトーン。 
 その3神を直々に補佐する者、と括ってしまえば・・・まあ肩書きは凄いようにも感じる。 
 しかし、如何様にしてそのシステムが出来上がったのか、僕は全く知っていなかった。 
 知りたい・・・とは思う。 
 何時から、このように地上を管理する存在・・・組織が動いていたのか。 
 誰がこのような、手の込んだ地上を管理する組織を作り上げたのか。 
 どのようにして、僕はこの月神補佐という仕事に就いたのか。 
 そもそも、何故僕はここに着たのか。 
 何故僕はルナトーンというポケモンに仕えているのか。 



 僕は一体、誰なのか。 
「覚えていない・・・」 
 地上に住んでいたらしい。 
 その頃はイーブイだったらしい。 
 自分には母親が居たらしい。 
 父親は…父親は知らない。死んだと思う。多分。 



 朝の、うっとおしいとも思える日差しで、目が覚めていた。 
「・・・また、あの夢か」 
 何時からだろう、その夢はたびたび見るようになっていた。 
 母親と僕が、緑溢れる草原で、仲良く遊んでいる・・・そんな夢。 
 ベッドから体を起こすと、まずは大きな欠伸を一つ。・・・はっきり言って、眠い。 
 別段夜更かしをしたわけではないのだけれど、夜の種族である僕は、潜在的にも先天的にも朝に弱い。ついでに低血圧だし。 
 朝なんて無くなってしまえばいいのに、と思っていた時期が僕にもあったけれど、そんな気持ちは彼女と出会ってからは綺麗に無くなっていた。そんな彼女は朝の種族。僕とは本来、相反する者。 
 音を立ててベッドから立ち上がると、窓辺へと歩いて窓を開け放つ。 
 部屋へと舞い込む、朝独特のスッキリとした冷たい風。 
 気分がしゃっきりするまでぼうっとした後は、ほとんどいつも通りの、朝の日常行為だ。 
 顔を洗って、朝食を食べて、歯を磨いて、身なりを整えて・・・余裕を取った15分を、苦い苦いブラックコーヒーを啜りながら過ごす。 
 ふと、テーブルの上に置いてあった写真立てが目に入って、僕は自分でも気づかないうちに顔を歪めていた。 
 その写真には、どこか見慣れない風景が撮られており、イーブイの男の子とシャワーズの女性が写っている。 
 先ほどまで夢の中で見ていた風景が、そこにある。 
 イーブイの男の子は、僕。ブレア。 
 シャワーズの女性は・・・多分、お母さん。名前は、知らない。 
「・・・覚えてない」 
 何度も何度もつぶやいたと思う、この言葉。 
 また口にしてみるけれど、やはり失われた記憶が戻ってくる風には思えなかった。 
「貴方がお母さんなら・・・いつか、僕は必ず会いに行きます。それがいつになるかは、全く分からないけれど」 
 そのシャワーズの女性・・・お母さんは、写真の中で、実に優しそうな表情をしている。 
 実際に、やさしいのだと思う。・・・会いたかった。 
 …。 
 天界にやってきたポケモンは、何故みんな記憶を失くしているんだろう。 
 それは、いつも思うこと。 
 まるで、要らないものを捨ててきたかのごとく。 
 天界へと移住してくるポケモンは、天界へとやってくる以前の記憶をなくしているのだ。 
 僕やエーフィも、果てはルナトーン達”神”とて例外ではない。 
 しかし、不思議と皆はそれを恋しがる素振りを見せることは無い。未練がないとか、不満が無いとか、そんな感情に近いとは思う。 
 こんなふうに、写真立てを眺めて・・・自分の母がどんなポケモンだったのか、なんて思いにふけっているのは、実際僕だけなのだろうし。 
 さてさて。 
 しばし、ぼうっとしすぎてしまったようだ。 
 思い出とコーヒーをキッチンの流しに捨てて、玄関へと向かう。 
 そう。所詮は、僕の勝手な独りよがりなのだ。僕は今の生活にもそこそこ満足しているし、不満も無い。 
「…いってきます」 
 だから、断じて。 
 寂しい、なんて感情を胸に抱いているわけではないのだ。 
 誰も居ない自分の部屋に呟いて、僕はその日も”仕事”に出かけたのだった。 




 同じ事を言うようだけど、僕は朝が苦手だ。

 …いや。起きたばかりの時のような、生理的な”朝”の話じゃない。 
 街全体が、眩しくて、活気付いていて。 
 一日の始まりを嬉しそうに噛みしめながら歩いているポケモン達の姿が。嫌いだ。大嫌い。憎い…と言っても過言じゃない。 
 何が嬉しいのか分からない。何でそんなに楽しそうなのか理解できない。 
 ………。 
 …駄目だ。 
 どうやら僕は、今日の朝はとびっきりに機嫌が悪いらしい。 
 黒くて穢れた、もう一匹の僕の思考が、今朝は異様に強いように感じる。 
 何でだろう。 
 あんな夢を見たからか…いや、朝食べたトーストが真っ黒だったからか…いいや、飲んだブラックコーヒーが、苦くて甘くて辛くて酸っぱかったからか…? 
 うん、違うな。 
 神経を尖らせて左右を見つめる。…今朝は妙に、人気が多い。 
「あぁ…そうか」 
 僕は理解した。 
 たった今やってきた、商店街の入り口。 
 その入り口とも言える、アーチ状の看板…”東口入り口”とでかでかな文字で書かれているソレに、大きな垂れ幕が下がっていた。 
 ”天空神感謝祭”…垂れ幕にはそう書かれていた。 
 だからだ。 
 その”お祭り”の準備で、今朝はやたらとポケモンが多いのだ。今更ながら、納得する。 
 …そういえばそのことでも、昨日の帰りに主に言われていた事が…あったような気がする。 
 …………なんだったろうか。何か、言われていたのだが。 
「面倒くさい」 
 思い出そうとすると、頭痛が酷くなる。…馬鹿馬鹿しい。あんな奴の言うことなんて思い出す必要も無いだろう。 
 そう決め付けると、僕の足は人気を避けるために道を外れていた。 
 いつもなら商店街を真っ直ぐに突き抜けて行くのだが、僕はわざわざ人気の無い路地裏へと進んでいく。 
 ぐるりと迂回するために、大分遠回りだ。早く出てきたわけじゃあないんだから、遅刻するだろう。別にソレでも良い。 
 朝とはいえ、日当たりの悪い路地裏は、やはり薄暗かった。 
 薄汚れた灰色と黒の建物が密集する、天界の…文字通りの”暗部”。 
 ここを住居としているポケモンは、ゼロだ。皆無。 
 それでもこの場所は、天界には必要なものなのだ。…その理由は、夜…周りが寝静まった頃に来てみれば分かると思う。 
 だから朝や昼間には、この場所にはポケモンは居ないのだ。必ず。絶対に。 
 薄暗い建物達を通り過ぎると、裏路地には不似合いな公園が見えてくる。…ここも夜にはポケモン達が密集するのだろう。 
 滑り台も砂地もシーソーもジャングルジムも無い公園だ。あるのは、薄汚れて壊れかけた一つのブランコだけ。 
「…ん?」 
 例によって人気の無い…無い筈の公園。 
 しかし、今朝は違った。 
 薄汚れたブランコに、一匹のポケモンが座っているのだ。 
 通りかけて思わず立ち止まった僕の目に、そのポケモンの姿が嫌でも入ってくる。 
 体の大きさは、自分とそう変わらない。だが、雰囲気や迫力といったものが、そのポケモンには無かった。 
 こげ茶色の整った毛皮の上から、まるで襟巻きのような白い絹皮をまとっている。 
 それは、自分の進化前の姿でもある。イーブイだ。 
「なんだ…? どうしてイーブイがこんなところに…?」 
 余りの非常識さに、思わず足が止まってしまっていた。 
 だからかもしれない。そのイーブイがこちらの存在に気づくのに、そんなに時間は掛からなかった。 
「…」 
「…」 
 意図せずに、視線が絡み合う。 
 なんだ。そのすがる様な瞳の色は。僕に何かを期待しているのか? …ふん。馬鹿馬鹿しい。 
 鬱陶しい。その時機嫌の悪かった僕には、残念ながらそういう風にしか感じなかった。 
 勝手に遊んでろ。勝手に生きろ。勝手に死ね。 
 後ろ髪を引っ張られるような錯覚を、敢えて振り払うのは…容易だった。 
 すたすたと歩き去る僕。 
 そんな僕の後姿を、ずうっと見つめ続けるイーブイ…。 
 ただひたすらに機嫌が悪かった僕は、その時は何も感じていなかったんだ。そう。その時は。 




 主にぐだぐだと怒られて。彼女に呆れられて。…昼食を食べた後あたりから、大分頭痛もよくなってきていた。 



 …ちょっと、ルナトーン様には悪いことをしたかな。それと…エーフィにも。 
 僕が何時間も遅刻して(結局、今朝は遠回りしただけでなく、喫茶店で時間を潰したのだ)やってきた間、その仕事を負担してくれていたのは彼女だった。 
 機嫌がよくなった僕は、どうやって恩返しをするかに余念がなかった。それと、主へも謝罪の意味で…なにかしなければ。 
 そんなことを考えながら、帰路につく。 
 一日の終わりを象徴する夕陽が、なんとも心地よい。黄昏色は、好きだ。 
 そんなことを考えながら、商店街を真っ直ぐに突き抜けていく。 
 祭りで賑わった商店街は人気が多いが、今朝のように鬱陶しく感じることも無い。 
 むしろ、”祭り”という一つの行事のために集まるポケモン達に、僕は好感を覚えていた。 
 わくわくと楽しそうに通りすがるポケモン達を見ていると、なんだか此方までウキウキとしてくるような…そんな錯覚にさえ囚われてしまいそうだ。 
 今晩、ちょっとだけ祭りを覗いてみようか。 
 そんなことを考えていた、その時だった。 
 今朝も見た、あの垂れ幕が目に入り、何故だか僕は頭を両手で押さえていた。 
 あたまが…ずつうがする…。 



「…」 
「…」 



 …鮮烈な衝撃と共に、今朝の…路地裏での出来事が…記憶が、チラチラとフラッシュバックする。 
 自分を…僕だけを頼りにしていた、あのイーブイの姿が、強く、激しく思い起こされた。 
「行かなくちゃ」 
 呟く前に、僕の足は既に動いていた。 




 急ぐ。とにかく、走る。 
 裏路地の夜は危険だ。日が暮れる前に、あの公園へと行かなければならない。 
 …こんなに全力疾走したのは何時以来だろうか…。 
 そのおかげで大して時間も使わずに公園へとたどり着くことが出来た。 
 乱れる息を整えながら、木陰からそおっと夕暮れの公園を覗いてみる。 
 公園とはいえ、流石に立地条件が悪いらしい。朝方と同じく、人気は全く無かった。 
 そんな無人の公園の、ボロボロのブランコ。 
 朝と同じく、やはりそこにはイーブイの姿があった。 
 とてもではないが、誰かを待っているようには見えなかった。ただただ時間の流れに身を任せているような…そんなかんじ。 
 …あんまり時間は取れない。 
 躊躇いの気持ちをかなぐり捨てて、僕は夕暮れの公園へと躍り出た。 
「こんにちわ」 
「…」 
 …我ながら、言語の乏しさに呆れるしかないな。 
 てくてくとブランコへと歩いていっての第一声は、ものの見事に空回りした。 
 特にリアクションや返事をよこすことも無く、じいっと僕を見上げてくるイーブイをまじまじと観察する。 
 …どうやら、女の仔らしかった。 
 遠目では分かりにくかったが、体の大きさは僕と同じくらい。年はそんなに離れていないだろうし、きっと進化はもう目の前に違いないだろうな。 
「君、朝もここに居たよね? 僕のこと…覚えてるかな」 
「私のこと、無視したお兄さん」 
「…う、うん。そうだね」 
 今度は応えてくれた。…氷よりも冷え切った、感情の薄い声が僕を責めてくる。 
 しかしまあ…覚えてくれていただけ、まだマシだろうか。 
 苦笑いと共に頷き返す。 
「あの時はごめんよ。…その、虫の居所が悪かった」 
「うん…別にいいの」 
 誤ると、彼女は存外に柔らかい微笑を浮かべていた。その表情に真っ直ぐに射止められて、ついつい視線を逸らす。…と。こんなことがしたいんじゃなかったんだ。 
 そうだ。ここは危険なんだ。…これからの時間、イーブイの女の仔が一匹で居て良い場所じゃない。 
 すくなくとも、そういうのが目的じゃなければ…ね。 
「君、そろそろ此処を出て行ったほうがいいよ」 
「なんで?」 
「…朝や昼は確かになんとも無いけど…これからの時間は危険だ。寝床に帰ったほうが良い」 
 …僕は何を言っているんだろう。本当に、遠まわしな言い方しか出来ない自分に、少し腹が立つ。 
 そもそも”裏路地が危険”なんてことは、天界に住むポケモンなら誰だって知っていることだ。 
 それを知らない者はつまり、新しく天界にやってきたポケモンってことになる。 
 目の前の彼女は、まさしくソレに違いない。 
「…そう、なの?」 
 案の定、きょとんとした彼女の表情が帰ってきて、僕は少しだけ…ため息を吐く。 
 決まりだ。 
 別に…どっちでもいいんだけどさ。僕としては…ね。 




 僕は、彼女の手を取って、再び帰路へとついたのだった。 



 何故か、新しく天界にやってきたポケモンは、何も覚えていない。 
 そんな例に漏れず、彼女もやはり、何も覚えていなかった。 
 覚えているのは、ただただ”地上に住んでいた”という零に限りなく近い記憶と、”リース”という名前だけ。 
「リースか…可愛い名前だね」 
「あり…がとう」 
 照れてそっぽを向く彼女が、少し可愛い。 
 その日は、僕の機嫌が悪かったこともあり、夕食は軽く済まそうとしていた。 
 少々多めに買ってきた惣菜パンに、簡易的なスープをつけて食べるような…そんなモノ。 



 …そういえば最近の夕食は、こんな事が多かったような気がする。 
 いや、夕食だけじゃない。全ての食事を、僕は”最低限”以下の量ですましていた。 
 食欲がないとか、そういうレベルじゃないような。 
 テーブルの向こう側で、実に美味しそうにパンを頬張る彼女を見ながら、ふとそんな思いに駆られる。 
「明日は何かつくるよ」 
「うん。ありがとう」 
 自分へ言い聞かせる意味も込めて呟くと。彼女は嬉しそうに返事をしてくれた。 




 ところがその日の夜。眠りにつこうとしたときに、ちょっとした不都合が起こった。 
 女の仔である彼女にベッドを譲ったのだが、彼女はなかなか眠りに付こうとはしてくれなかった。 
 ソファで横になっていた僕には、それが気になってしかたない。 
 …どうも、眠る気が無いらしい。 
 ベッドの衣擦れの音と気配を感じながら、ふとそんなことを考える。 
「ねえ、ブレアさん」 
「なに?」 
 ブレアさん。 
 突然そう呼ばれたことに、自分でも少し驚いた。 
 名前を教えたのは僕だが、そういう風に呼ばれるとは思っていなかったんだ。 
 驚いたのを隠しながら、体を起こす。 
「ど、どうしたの?」 
 ソファの目の前。 
 月明かりに照らされながら立ち尽くす、リースの姿があった。 
 彼女は、がたがたと少し体を震わせている。 
「一緒に寝よう?」 
 弱弱しく呟かれたそんな台詞に、内心で仰天する。 
「な、なな…どうかしたの?」 
「なんか…寂しくて」 
「…?」 
 ……別段、やましい意味は無いのかもしれない。というか、無いのだろう。 
 彼女の様子から、なんとなくそういう風に思えた。 
「いいよ」 




 その夜は、自分でも思っている以上に”心地よい”夜になった。 




 朝だ。 
 徐々に表層へと出てくる意識が、僕に言った。おきなくてはならない。 
 目を開けると、目の前に居るのはイーブイの女の仔。 
 彼女は目を閉じて、すぅすぅと安らかな寝息を立てている。その呼吸に合わせて上下するお腹が、なんとも可愛らしい。 
「…」 
 だが。 
 自分と彼女の位置と体勢に、少し…いや、かなり絶句する。 
 どういうことなんだろうか。 
 ふと、僕は自分の寝相に疑問を持ってしまった。 
 僕は、眠っている間に彼女を抱きしめてしまっていたらしかった。 
 等身大の抱き枕よろしく、僕の両腕は彼女の背中へと回されている。 
 ついでにいうのなら、それは彼女も同じだ。…まあ要するに、昨日僕らは抱き合いながら眠っていたわけだ。うん。 



 まあそれは置いておいて。 
 彼女の(なんか異様に強い力だっただが)抱擁を振り払って立ち上がった僕は、大きく伸びをした。 
 窓辺に歩きよって、大きく窓を開け放つ。…入ってきた日差しが、妙に柔らかくて暖かいものに感じるのが不思議だった。 
 昨日とは打って変わって、今日はすこぶる機嫌が良い。…の、かもしれないな。 
 顔を洗って、朝食を準備している途中で…彼女の目が覚めた。 
「おはよぅ…」 
 寝ぼけ眼だ。 
 ふわふわとした視線が、無防備で愛らしい。 
 そんな彼女と一緒に朝食を食べる。…なんだか不思議な気分だった。 
 僕がこうして、他のポケモンと一緒に寝起きするだなんて。考えたことも無かった。 
「今日は少し…ここら辺りを歩き回ってるといいよ。お昼は…自分で食べられる?」 
「うん」 
 余裕をもった15分を、彼女と会話して過ごす。 
 まず彼女は、現状を知る必要がある。そのためにも、まず天界そのものを知る必要があるだろう。 
 お昼の分のお金を渡して、自室を出る。何故か、あまり心配にはならなかった。 



 今朝は、やけに世界が晴れ晴れしているように見えていた。 
 彼女を抱き枕のようにして目覚めた今朝から、思えばいつもとは違っていた。 
「おはよーう! おにいさん!」 
「おはようございます」 
 道行くポケモン達と挨拶しながらの、道中。 
 それがいつも以上に清清しく感じられる。 
 …たまには朝も悪くないかな、と僕は密かに思った。 



「ブラッキー君…今日は機嫌いいのね~?」 
「え…? そ、そうかな」 
 エーフィは、にこにこしながら僕に言った。 



「昨日、なんかいい事あったんだろ」 
「別に…何もありませんでしたけど」 
 主もそんな風に言っていた。 




 どうやら僕は、やはり昨日より格段に機嫌がいいらしかった。 
 道行く人、会う人、皆が皆。そんな風に言う。 



 何かあった…別に。いいことが有ったわけじゃない。 
 ただ、居候のイーブイの女の仔がやってきただけ。 
 それだけだ。 



 でも。僕はそれだけの事で、自分の家に帰る時間を、まだかまだかと熱望するようになっていたんだ。 



 神殿からの帰路を、とにかく急いで走る。 
 なだらかな丘を矢のように突き抜けて。 
 人ごみの込んだ商店街を、真っ直ぐに疾走する。 
 我が家の小さな階段を駆け上がると、もう玄関はすぐそこだ。 
 家の鍵は、開いていた。どうやら、彼女の帰宅の方が先だったらしい。 
「ただいま! 」 
「ブレアさんおかえりー!」 
 ブレア。 
 おかえり。 
 どたどたと廊下を走る音が聞こえてきて、すぐにリースが姿を現す。 
 彼女は、僕に惜しげもなく満面の笑みを浮かべてくれていた―。 



 家族とか。兄妹とか。多分、そんな感じだと思う。 



その夜。 
 一緒のベッドに入ってやると、安心したのか彼女はすぐに眠ってしまった。 
 …他のポケモンとの繋がりを得ただけで、驚くくらいに安らいでいる自分がいる。 
 今までは、そんなものは下らないと思っていたんだ。本心から。嫌悪していた。 
 黒く凍てついた感情の底で、僕はもう一人の僕に囚われていたんだ。 
 …いや、今だって。それは分からない。 
 なんなのだろう…この気持ちは。 
 心地いいような…苦しいような。 
 体を揉まれるような…首を絞められるような。 



 相反する感情、気持ち、感覚。 



 そんなものに体を揺すられながら、僕はその日も安らかな眠りに付いた。 




 そして。 



 その日以降、僕の”機嫌が悪くなる”ことは二度と無かった。 




おしまい



(あーあ。) 
(無理矢理に封じ込められちまったよ。) 
(一匹じゃなければ俺は必要ない。…そういうことか?) 
(今までは俺に縋る事でしか自分を保てなかった癖に。用済みになった途端に御祓い箱たぁ良い身分だぜ。) 



(…まあいいさ。そんなに長く持つはずなんて無い。) 
(いつか、この関係に綻びが生じたとき。俺は躊躇いも無く、お前という『器』を食い破って出てきてやるよ。) 



(その時は恨みっこ無しだからな。くくく……) 



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IP:133.242.146.153 TIME:"2013-01-30 (水) 14:25:10" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E6%96%B0%E7%B7%91%E3%81%A8%E3%81%AE%E9%82%82%E9%80%85" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0; YTB730)"

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