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摩訶噺 の変更点


よくわからん内容で大して面白くもないけどとりあえず見てみようという心の広い御方専用。
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書いた人[[変態>ウロ]]

摩訶噺


 その日、夜道を走っていたツタージャの樅は夜の怖さを沁みるように浴びていた。子どもということもあってか、どうも夜の道は寒さが絶えない。それは心を底冷えさせるような冷風が吹きつけるせいでもあるし、もしかしたら夜の深さが獲物を探し、手ぐすねを引いて待っているせいかも知れなかった。体中からぞわりとするものを感じながら、樅は左右を確認しながら、華やいだ町へ向かう道をひた歩く。走っても良かったが、走れば自分が何かに急き立てるような気がして、焦るような気分がのし上がる。それが彼女は嫌だった。
 樅は早めにお父に弁当を届けなければいけないと思った。暗がりが怖いのではなく、お父が弁当を忘れたいせいで、腹を空かせているのではないかと心配している。樅のお父は居酒屋で働いている。銀座の華やぎの中の一つとして、その店の繁盛も上々だったが、お父の忘れ癖が激しく、しょっちゅう家に戻ってくることが多かった。認知障害だと思い懸念もしたが、お父は昔から忘れ癖が多い、とお母の言葉で納得した。今日もまた、同じように忘れ物をしてしまったから、とお母は大事な大事な弁当を樅に渡して、持って行ってあげてと笑う。樅はそれを快く引き受けたが、出かけに一言、最近は物騒な輩が帝都を跋扈しているから、十分お気をつけ、と付け加えてくれた。安全祈願のお守りを手渡され、ふ、と気が強くなったような気がした。
 夜道を歩きながら、自分が戻るべき穴だらけの長屋を離れ、帝都の明かりが見えたときに、喜びと同時に、怖いものも感じていた。近頃の悪鬼悪霊は非常に跋扈している。それは目に見えようが、見えまいが、さまざまな形で襲い掛かるだろう。まだ瓦斯灯の明かりができて間もないこの時代。続く先の文明改革とはほど遠い時間に彼女の身は存在した。首都が帝都と呼ばれ、銀座の街道は華やぎと興行が公共の道に賑わいを加えている。彼女はそれを見るのが嫌だった。騒がしいのが嫌いなのではなく、何やら不快なものまで混ざっているような気がしてならなかったからだ。樅は帝都に近づくにつれて、足を戻したくなる。それは猥雑なものが視界に入り込み、喧騒が耳に入り込むのが嫌なのかも知れない。家族がまだ廃止されていない時代、樅のような平民は、落ち着ける場所が自分たちの長屋くらいしかなかった。夜は静かに下りるものだが、帝都の夜は深みを増すごとに騒がしくなる。それはまるで、何か静けさに対して畏怖のようなものを抱いているように見えた。お父の弁当を抱えて、樅は風に押されるように、大きく足を踏み出し、帝都に向かって歩き続けた。


「このあたりでは、まだ事件が続いているんかねェ」
 ウインディのクロキの隣で寒さに身を震わせながら、グラエナのユクノキはため息を漏らした近頃、帝都には子供が失踪する事件が後を絶たない。クロキはうん、と思案するように、頭を垂れた。
「被害はどれも幼子だと聞いている。何か恐ろしいことの前触れだと思うんだ、ユクノさん」
 邏卒として帝都を回っていた二人は、このところの不審な事件が何なのかを調べるために、朝から晩まで町の端から端を行き帰りを繰り返し、周辺の人々に聞き込みを続けているが、なかなか情報を掴むことはできなかった。
「クロ、俺達はもしかしたら、妄言に踊らされているんじゃァないかね?」
 ユクノキはクロキをクロ、と呼び、クロキはユクノキをユクノさん、と呼び親しんでいた。邏卒が設置されて、自分たちが邏卒になった時から、ユクノキは先輩で、クロキは後輩だった。俗にいう腐れ縁というやつで、上司からも二人は縁が強いと笑われた。それほどまでに二人は信頼し合っていたという確たる証拠にもなるが、これで二人が異性なら、と仄めかす人も少なくはなかった。だが残念ながら、二人は同性であった。
「そんな馬鹿な」ユクノキは眉を顰めて、陰鬱な気分を飲み下した。「ユクノさん、やめてくださいよ。それが本当なら、私は発狂しています」さんざんお上からの情報をもとに色々と探し回ったというに、それがすべて妄言であったとしては、必死になって這いずりまわっていた自分達の立つ瀬がないと、ユクノキは眥を吊り下げた。「うむ、しかしそうであってほしいと僕は思っているがねェ」
 彼の言い分もよくわかる。ユクノキは妄言であったならば、子供たちの被害などなかったという証拠ができるだろうし、そういう情報が飛び交う帝都の猥雑な場所を少しは取り締まれるかと思っていた。いくら道から外れていても、事件が起きてほしいと思うことこそあり得ない。クロキは何度も頷いた。
「わかっておりますとも、しかし、それでしたらお上の情報が根本から間違っていると思いませんか」
「その時は、お上を締め上げて、金一封を貰おうさ、酒屋でいっぱい呷れば、陰鬱な気分も払拭できようものじゃァないかね」
 冗談めかして笑うユクノキに、違いない、とクロキも笑う。なかなか面白いと思いながらも、その冗談が現実になることを少しばかり願うユクノキの顔は、にんまりと破顔していた。


「ああ、ありがとう樅」
「おっ父、もう忘れないでけ」
 居酒屋で働いていたダイケンキの店主に樅は弁当を手渡すと、にこりともせずにそっぽを向いて、出て行ってしまった。扉を開けて、喧騒から離れようとする樅に、お父は心配そうに声をかける。
「気をお付け、近頃の帝都は――」
「気をつけるのは、お父の忘れ癖じゃ」
 一本取られたような顔をして、お父は顔をきょとんとさせて、ぺちり、と頭を叩いた。居酒屋の酒やけした常連達は、どっと笑いを漏らす。
「うむぅ、一本取られたわァ」
「馬鹿なことをいっとらんと、仕事をするけ」
 またまた笑いが漏れる。喧しい喧騒が一通り大きくなったところで、樅は乱暴に戸を閉めた。盛大な音が周りに響き渡り、居酒屋の笑い声は少し小さくなった。
(私は、大丈夫じゃ)
 近頃の帝都はおかしい――それは誰もが認識していることであり、黙認していることである。何がおかしいのはわからない。それが人々の言い分だった。わからないことは本当にわからないままで、そのままとどめておく。それを許していいものなのかどうかは、既に曖昧模糊の混沌に投げうっていた。物騒な事件が起きたとしても、結局は見たものがいなければなかったことと同じだった。樅は、自分は気をつけているから、と自意識を持ちあげていた。弁当を届けてくれたお礼にと、お父のくれた駄賃が小さな手の中で弄ばれる。こんなものをもらっても樅にはどうしようもなかった。猥雑な道端の露店で使う気にはなれなかったし、そもそも喧騒を気にして通り過ぎる樅にとって、駄賃というものはただの石ころと変わらない価値だった。
 道端の方へ耳をすませれば、嫌な言葉ばかりが聞こえてくる。さあさあ、はったはった。丁か、半か。やあ、兄さん、ちょいと遊んで行かないかねェ。そこ行く人よ、こちらの店はほかのものとは出来が違うよ。さあさあ、寄った寄った。
 頭が痛くなり、建物と建物の間に挟まり、喧騒から少し遠ざかった。帰り道まで、あの喧騒を通ると思うと、心が軋むような思いだった。隙間から顔を少しだけ覗かせると、そこにあるものは華やいだ町の景色。それが樅には恐ろしいもののように見えて、口元を押さえて小さく咳こんだ。その時、視界に不可解なものが一瞬だけ映る。黒絽の袋を背負って、ゆっくりと歩いていった人物、何でもない風貌に見えたが、その袋が怪しい光をたたえ、中のものが不規則に揺らめくさまが見えた。おぞましい色をしているわけでもないというに、それが不気味なものに見えて、樅は眉根を寄せた。
『ありゃぁ、人魂売りじゃあないかね』
 急に後ろから子供の声が聞こえて、樅は背筋が凍りついた。ごくりと生唾を飲み下し、一気に後ろを振り向く。そこにはムウマージと、両手にはしっかりと握られていた。ピチューと、ゾロアのよくできた傀儡が口を忙しなく動かしていた。
(傀儡か)
 背筋が寒くなるような思いをした樅は、傀儡であるということに安堵し、そして息を大きく吐いた。心臓がとび跳ねたような心持ちをした彼女を見て、ムウマージはに、と笑う。暗がりに、その笑みだけが浮かび上がるようで、底冷えした恐怖が心の臓を鷲掴みにするようだった。
『吃驚させてしまったかぁ』
 ゾロアの傀儡が口を動かす。
【こまうたこまうた、我らは驚かせるつもりなど毛頭なかったでなァ】
 ピチューの傀儡もケタケタと鞴の様な笑い声を響かせる。それに続く様に、両手で傀儡を動かす本体が、口の端を吊り上げて息を小さく吐きだした。
「人魂売りは、とった人魂を、見世物として売り飛ばすなり」
 樅はそう言って笑うムウマージの持つ傀儡を興味深げに覗く。とてもよくできた傀儡だった。本物を小さくしたかのように。一つ一つが精巧にできている。本物か、と見間違えるほどだった。樅の見た傀儡遣いと言えば、一尺ほどのお粗末な傀儡を、黒布を顔にかけた遣い手が口ずさむ浄瑠璃に合わせて躍らせるだけ。その踊りも両手がひらひらと舞う程度。今目の前で動く傀儡とは比べ物にならない。どちらもよくできた。幼子の女子の人形だった。
『こちらのお嬢さんは、なにをしているや?』
「彼女はね、お父に弁当を届けてきたところだ。感心なことじゃないか。この夜道、神隠しやら怪しげな見世物やら盛んに世間を騒がせているのに、提灯も持たずにねェ」
【ほんに、それは孝行な】
 ムウマージはふわりと浮きながら、ゆっくりと近づいた。樅はそれに対して何か動くこともなく、ただただ見入るようにその姿を双眸に焼き付けるだけ。
「孝行者にはよい報いがある。人魂売りもさすがにこの子は見逃した。これが遊び浮かれて家を忘れた子供ならば、くるりと捏ねて袋の中」
 ぞ、と背筋に戦慄が走る。恐怖の顔色を見透かしたように、傀儡達が笑う。
【これ、そのように意地悪を】
『お前様、少うしお人が悪いぞ』
 これはすまないことをした、とムウマージは傍にある雨ざらしになった酒樽に腰をかけた。傀儡は宙に浮いたようにふわり、ふわりと漂っている。樅はぎょ、と眥を見開いた。これではまるで傀儡が勝手に動いているようではないか。
「私は子供に傀儡の劇を見せるのが好きさね、怖ーいお話をするのも好きさ。そこのお嬢さん、わるぅことをしてしまいましたなぁ」
 樅は無意識に首を横に振った。それは暗示のように、ごく自然に操られたような感覚だった。
「どれ、一つお詫びと言っては何だ、面白い摩訶噺を聞かせてあげよう。夏の夜は、底冷えするような畏怖がよく合うものさぁ」
『あやや』ゾロアは縮こまるように体を丸める。【お前様、またそんな与太話を】ピチューも怖がるように耳を折りたたむ。その一つ一つの仕草が、まるで生きているようだった。
「何、一つの噺さ、不幸な鉢合わせにおうた、レントラーの、一人の男の噺さ」
【封印切やら籠釣瓶やら】
『耳に蛸もできようなぁ』
「いいからお聞き、その男は――名を檜といった」


 檜は夜道を歩くとき、冷えるような畏怖に急き立てられているような気がした。このあたりでは間が悪いと辻斬りに会い、首と胴が離れてしまうなどと恐ろしい話を聞いたばかりで、勤め先の醤油屋の帰りからも、妙に足早になってしまう。体に駆け抜けるものは心地の良い冷風ではなく、夏に来る、寒々とした恐怖そのもの。先ほど易者から死相が出ていると言われたことも、妙に拍車をかけたのかもしれない。
「全く、験の悪い」
 悪態をつきながら、檜は小走りで人通りの少ない道を選び、雑踏を避ける。雑踏を避けるのは、自分が賑わいが嫌いなのではなく、早めに帰れるからだ。そう言い聞かせた。一瞬だけ足を止めて、体を調子を整えると、ゆっくりと曲がり角を曲がる。そこで動きは止まる。
(なんだ――ありゃァ)
 夜道に立てかけられた木の柵。策より先には下生の雑草、目に映るのはそれではない。策によりかかる一匹の奇妙な人物と、柵にぶら下げてある白いものが四つほど、どれもこれも、白い毛並みのポケモンの、生首のようなものに見えた。死相が見えることと、この首は関係ないと思い、見ないようにして体をゆすりながら、そろりそろりと立ち去ろうとする、首を下に向けるのは、怖いからではないと言い聞かせる。
――顔をあげると、口がめの間にとどまり、にんまりと笑う。
 ぎゃ、と声をあげ、腰を抜かしたように尻餅をつき、もんどりを打った。ケタケタ笑う生首に囲まれながら、お助け、お助け、と寄り縋り祈る様は、まさに滑稽だった。
「ありゃ、首遣いだよ」
 いきなり声をかけられて、檜は声を上げた。飛び交う首と視線があった気がしたが、とっさに目を閉じたので実際のところはわからない。
「お助け」
「趣味の悪い見世物だ、おい、生首、銭でも投げれば消えて失せる」
 檜はようやく顔を上げた。目の前にあったのは薄桃色の体の色、女性のような、男性のような、中性的な体つき。耳は猫の様、かといって、尻尾は恐ろしく長い。腰に抱えている刀で、何とか居合抜きの芸人だとわかる。
「さっきのは」
「見世物さ、私と同じ、人の後をつけて回るのが好きさね」
 檜は息を吐いた。振り返れば首もなく、怪しげな人物もいなく、手ぬぐいを持った人物がだけが見えた。
「全く、気味の悪い見世物だ」
 居合抜きの芸人はクックと笑う。
「だろう。ついでに私の芸を見ていかないかね」
「冗談はやめてくだせぇ」
 檜はかりかりとして土を払う。
「私は早く帰って寝ちまいたい。出し物ならまたにして下さいよ」
 自分の長屋に帰ろうとする檜の背に、朗々とした声が響いた。
「そも武芸八般、短剣仕合の一流は誰しも自由自在な芸当、拙者一流居合の義は外に真似手と抜き手のなき、中心はすなわち六尺五寸、腰の工合と腰の冴、首尾よく抜けば、お慰み」
 ふざけるなと声を上げ、振り返る。目の前に白刃がきらりと閃く。抜きそうで抜かないのが居合の芸。抜くと見せかけてもう抜いた、その薬を売るまでの手際、それがどうしたことか、すでに白刃は鞘から滑り落ちていた。
 この間の当たりの悪さ、自分は運がない――辻斬りと首遣いに出会うとは運がない。そう思ったときは。ゆっくりと檜の首は地面に落ちた。


「わぁっ」
 樅は耳を塞いだ。
「以上。不幸な男は、間の悪いときに辻に斬られてあの世へと」
『お前様、人が悪うぞ』
【またぁ、そんに子供を怖がらせて、生粋の性癖異常者じゃのう】
「これこれ、夏の夜はその類の噺がいくらでも飛び交おう。そんに私を非難して」
【顔がにやにやとしておるのぉ】
 樅はそんな会話を聞きながら、何か目の前にいる者たちが、悪霊のようなものに見えて仕方がなかった。
「ますます怖がらせてしまったかね。これは失礼、でももうひとつ。暗がりであったとても不幸なお話があるのだよ」
「いい」樅は耳を塞ぎ、その場を立ち去ろうとしたが、足が地面に張り付いたようにして、動けない。なぜだかわからないが、最初に話を聞いたときに、間違えてしまったという思いが頭をよぎった。
『まァ、そう焦らずとも』
【ひとつ、聞いていけばよろしいねェ】
 二つの傀儡がからからと笑う。それに続く様に、空を見上げて、ムウマージが息を吐く。遠くの物見台を刺し、樅はそれにつられるように視線をそちらに移した。
「これはあそこに見える物見台、そこで起きた出来事さ、輪入道に魅入られた者の噺。男の職は邏卒、種をザングース、名をイヌガシと言った」


 イヌガシは物見台に上り、不審な人物がいないか確かめた。ここ最近、物騒な事件が立て続けに起こっているために、普段見ない範囲まで見て回ることが多くなる。自分が見るべきところではないが、どこから情報が舞い込んでくるかなどわかるはずもない。物見台の上で、周りを見渡す。この物見台は下で繁盛している食事処の物見台で、夏になれば夜空に花が咲く、その時にこの物見台を使い客に花火を見せるという趣向になっている。イヌガシも何度かそれにあやかったことがあるので、事情を話すと店主は快く物見台へと続く道を譲ってくれた。
 最近はどうにも不審火やら辻斬りやらで騒がしい。つい先日も、首のない遺体がころりと転がっているのが見つかったばかりで、イヌガシは小さく舌を打った。帝都がこうも騒がしくては、羅卒の自分は駆り出されるばかり、それが悪いとは言わないが、あまりにも情報がなさすぎることに、彼は少々の手持無沙汰を感じた。
 物見台に上り、見渡せば何かがわかるかと思っていたが、別段そんなことはなかった。何か自分が無為なことをしているような気分になり、息を吐いて物見台を下りようと踵を返した時に、何か噴き上げるような威圧が背後ににじり寄った。体から滑ったような汗が流れて、ぎょっとした。
(何――)
 夏の夜に吹く風はとても心地が良いが、風が吹いているというのに背後のこの暑さは何なのか、物見台は高く、風もよく吹くだろう、微風だとしても寒さこそすれ、こんな焼けるような暑さを感じることがない。この熱を感じ、イヌガシははっと思い立つ。不審火、突然体が燃え上がり跡形もなくなくなってしまうという話。それはまさに、何かに飛び火というよりは、燃え包み、そのまま連れ去るような――
――振り向いてはいけないと思いながらも、ゆっくりと体を動かす。動かした目線の先に、輪入道の姿があった。車輪の中央についた親父の顔、それはまさにこの世のものとは思えない怪異であった。イヌガシが狼狽した叫びをあげた。川を見下ろすように物見台に立ったイヌガシの体は、炎に包まれ燃え上がる。熱に炙られるような痛みと、空気がじりと焦げる音。仰天し、くずおれるイヌガシの耳には、含みを帯びた笑いが聞こえた。眥が裂けるほど見やった目と焦点が合い、それが最後の視線となった。


 物見台の不審火を見たときに、最初に気がついたのは帝都についたばかりの華族だった。ここまで来るのに時間をかけてしまったというわけではないが、何の気なしにあるいて帝都までたどり着いたということ。そこで突然、上方の物見台から炎が噴き出すのを見た。何だあれはと思ったときに、それが異常だと気がつく。その時にはもう終わっていた。炎に包まれていたザングースの体は燃え尽きることなく、まるで包まれるように消えていった。あれは何だと周りの人々も見上げてはいたが、夜風がゆるりと体を撫でて、含んだ笑い声の様な音が響き渡っただけだった。


「輪入道は人をさらう。その確率は運のいいも悪いも関係ない、ただ眼についたものをさらうもの。ひどぅ話だねェ」
 ムウマージの笑い声に、樅は恐怖を払拭することができなかった。傀儡達もクックと笑いを漏らす。
『幕は必ず引かれるもの』
【だが、帝都の怪異はまだ幕を引く繋ぎが見つからぬ故、引くことがない】
「その通りだとも。さて、如何だったかな?」
「もういい、帰る」樅は異常なものを感じ取りながらも、動かない体を動かそうと必死になる。早くここから抜け出さなければいけない。最初にこの場所に自分から足を踏み入れたときに、違和感を感じていればと後悔した。初めから、この傀儡遣いは何かがおかしいと感じることがなかったのは、その人形があまりにも精巧にでき、興味をそそられたからだったのかもしれないと思った。
「怖い話には抵抗があるのかもしれないね。もしかしたら、もうこれ以上はいけないのかな?」
「帰るんじゃ、お母が心配しとる」
「そうかい、なら、最後の一つ、不思議な話を聞いてお行きなさい」
「嫌じゃ」
『そう邪険にせぬと』
【お前様、お話しておあげ、なぜこんなところにいるのか】
「そうさね――帝都には先ほど言ったとおり、物騒な怪異が飛び交っている。暗夜の辻斬り、突如として人をさらう輪入道。これらはすべて、人が恐れているものさね」
 話しながら、ゆっくりとムウマージは樅に近づいた。体が金縛ったように動けない樅は、その姿にただ恐怖するしかない、声が出ることなく、ただ潰れたような息が漏れた。
「ひとは夜になるにつれて明るさや騒ぎを増すだろう、瓦斯灯をつけていても、結局はそんなものただの明かりにしかならない。我々のような夜の怪異には、昼の太陽こそ恐れはするが、夜の瓦斯灯など何の意味ももたないのだよ。ひとは怖れ、そして噺を聞けば、必ず心の底に恐怖が湧き上がる。特に幼子はよう震える」
「怖くない」
【その言葉こそ、怖い証拠じゃ】
『人の子は恐怖というものを心の底から持っておる。夜が近づくにつれて、喧しいのは夜の怖さを振り払おうとする無為な行動じゃなぁ』
「そう。そんなことをしても夜というのはやってくる。それを振り払うことも、跋扈する者を止めることもできないのだよ。――お嬢さん。君は最近の事件を知っているかね?幼子が唐突に行方不明になるのはなぜか?それはね――」
 ムウマージがゆっくりと大きな布をかぶせる。その行為に上がる術もなく。樅は最後にふと、思い至る。
(ああ、自分は――大丈夫じゃないんだ)
 帝都の闇は誰にでもその魔性の手を伸ばす。だれが選ばれるかなどわかるはずもない。結局は確率の問題で、今宵は自分に当たっただけなのだと、樅は最後まで己の心を悔やんだ。
「――私が子供の心を燻らせて、恐怖を掘り起こし。傀儡にするためだよ」
『しかしまぁ、なぜ女子ばかりを選ぶかねェ』
「なぜかって?そんなの決まっているさ」
 さ、と布を取り払うと、一つの傀儡が、そこに転がっていた。瞳は真紅、すらりと整った体は緑黄、小型ながらも、一つ一つがよくできた、ツタージャの傀儡だった。
「男の子はね、すぐに壊れてしまうからだよ。この間も作っては見たがね、どうにも遊び呆けて心が濁っていた。すぐに壊れてしまう。そんな壊れやすい傀儡などいらないからね、私は、女子の心の清らかさ、純真さ、そして――夜のものとなりうる魔性を、とてもよく知っているからねェ」
『ほんに、趣味の悪い』
【性癖異常者じゃな】
 宵の深い路地裏で、クック、と笑う声が聞こえる。そこに残されたのは、安全の守りと、お父が握らせた駄賃だけが残された。


 帝都の夜に跋扈する者たちの情報がつかめないまま、クロキとユクノキはひたすら情報のないまま邏卒の仕事をこなしていた。見回りを強化したところで、何の意味もないとわかっているが、お上はこの事件をただ単に早くもみ消したいような感じがしてならなかった。
「クロ、そっちはどうだった?」
「ユクノさん……だめです。特に情報はありませんでした。猥雑な見世物やらなんやらをせばまれて、少し疲れてしまいました」
 ため息をついて、お互いの情報を交換し合ったが、どうにも成果はないようで、ますます肩を落とした。居酒屋では喧騒が聞こえ、道々に連なるように続く露店からはいろいろな音や声が聞こえる。様々な音が耳の中に飛び込んで、クロキは息をついた。
 居酒屋の店主の娘が行方不明になったという新たな情報が舞い込んでも、クロキやユクノキはまたか、という思いよりも先に、不可解な出来事が何度も起きるこの帝都の街に確かな異常を感じていた。それが何なのかわからずに、ただただ右往左往することに苛立ちを鬱積させるだけだった。
「そう言えば」クロキはふと、気にかけるように思い起こす仕草をした。「なんだ?クロ、何か新しい情報でも思い出したのか?」
「新しいというよりは、露店の屋台を見ていると気に、見事な傀儡遣いを見かけたのです」「ほう」
「それはそれはみごとな傀儡を使って芸を見せていました。ですが――その傀儡の中に一つ、奇妙な感覚を覚えたのです」
 奇妙という言葉に対して、ユクノキはふむ、と思案をするように顔を顰めた。
「奇妙というと」
「道行く人の陰であまり見れなかったのですが、それはそれは見事な傀儡を操っておられましたが、見世物の傀儡をちらと見やれば――その傀儡の容姿が、さらわれた子供たちの姿にとてもよく似ておられるのです」
 それを聞いて、ユクノキは何の気なしに、首にかけている麻袋から、くしゃくしゃの紙を取り出した。失踪した子供は数名。ピチューの幼子、ゾロアの幼子、そして最近の一件に、ツタージャの樅、という名の幼子が書き加えられている。
「その傀儡の姿形は?」
「ええとですね、ゾロアと、ピチューと、確かツタージャだったような気がします」
 これは偶然だろうか。ユクノキは頭を抱えて、わからない自分に苛立つようにこめかみを掻いた。夜はいつからこんな危ない時間になったのか、わけのわからない失踪、意味のわからない殺人事件、神隠しにあう子供たち。これらはすべてまるでばらばらのように見えて、実は繋がっているのではないか、と首を傾げる。それがわかれば苦労はしない。
 わからないからこそ、帝都に闇が跋扈しているのだから。
「ユクノさん、少し休みましょう。ちょっと気分を変えればまた、捜索の糸口がつかめる気がします」
「ああ、そうだな」
 夜の雑踏に二匹の姿が消えたとき、ゆっくりとそれは地の底から這いあがるように、わだかまった闇から現れた。ムウマージはに、と笑うと。三つの傀儡を動かした。
「やあやあ、なかなか尻尾をつかめず苦労をしているもよう」
 ゾロアは笑う。
『お前様の悪行も、そろそろ終わりかえ』
 まさか、とムウマージは言う。自分は帝都の闇に古来より潜むましょう。早々ただの人如きに捕まりはしないと、口の端を吊り上げた。
「夜の恐怖を忘れた人の子に、私は捕まりなどしないよ」
 ピチューもその言葉に賛成を促すように笑う。
【全く、人というのはそういうところには疎うございますからな】
[私も、恐らくそれに入ったのじゃな]
「君は違うさ。私の傀儡となりて、とてもよく踊ってくれよう」
 ムウマージはツタージャの傀儡を撫でる。頭の天辺から足の先まで、とてもよくできたそれを愛しい娘を取り扱う父親のように、母親のように。くすぐったそうに、ツタージャは目を細めた。
[あれ、そんなことを言って、私ばかりが躍るわけでもございません。お前様、勝手気ままに扱いすぎては、私はすぐに壊れてしまいますじゃ]
「こら、勝手にそんな恐ろしいことを言わないでおくれねぇ」
 ムウマージは困惑したように笑う。クロキとユクノキの残滓を目で追いながら、ゆっくりと視線を移しかえる。遠目から見たときに、こちらの方へ視線があったモノズの少女を見て、に、と口の端を吊り上げた。
[次の傀儡は彼女?]
「さてね、まだお前たちには愛着がわいておるからな」
『いつかは捨てられる定めというわけじゃなぁ』
【ほんに、お前様は罪なお方】
[少しでも長らえるよう、お前様に頼んで男の子と添わせてもらうのはどうじゃ]
 暗い夜に、高い笑いが四つ響く。時代が変わり、時が過ぎても、夜の恐怖は拭えない。それはまるで、昔の時代から抜け出せていないようだった。深い夜の帳を見上げて、ユクノキは背筋を震わせる。
――帝都が発展しても、怪事件が終わりを告げることはなかった。
 夜が人のものであった時代は、もう終わっていたのかも知れなかった。

終幕
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- 時代劇のような雰囲気が物語の中の怪異とよく合っていたように思います。
昔話に出てくる怪談を聞いているような気分になれました。
結局行方不明事件は解決せずムウマージの正体も闇の中……となってしまいましたが。
全てを明らかにせず読者の想像にゆだねるのも、この物語の締めくくりとしてはぴったりなように感じました。
――[[カゲフミ]] &new{2011-08-26 (金) 22:42:04};
- >カゲフミさん
 コメント返信が遅れて誠に申し訳ありませんでした。自分自身としてはこの変な物語のもととなったのは昭和の帝都をモチーフにした奇々怪々な物語を軸に不気味な怪異をやたらめったら怖く書くことを目的としましたので、怪談気分で読むには最適ですね。こういう物語はおそらくそういう気分でかるーく読める感じがいいんですよね、多分ですが。
 事件は解決せずに正体も闇の中、カゲフミさんのおっしゃるとおり、この物語は読者にすべてをゆだねる形で締めくくったほうが想像が膨らんでいいかなと思います。悪く言ってしまえば丸投げですが、こんなのもたまにはいいんじゃないかという苦肉の策ですごめんなさい。それでも、楽しんでいただければと思い筆をとってここまで来ました。なんかほんとにツタージャ好きな方ごめんなさいみたいな内容になりました。それでも楽しくかけたので結構お気に入りの作品です。読んでいただきありがとうございました。
 コメントありがとうございましたorz
――[[ウロ]] &new{2011-11-24 (木) 12:33:52};

#comment

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