&color(red){※注意};
この小説には&color(red,red){官能表現};の他、&color(red,red){出血やポケモンの死};など過激な表現が含まれる予定です。
苦手だという方はお戻りください。
作者[[オムレツ]]
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*「大空と共に」 [#yc4dbc88]
やはり大空は気持ちが良い…
前方から見えてきたものは、波が光を反射し白く輝く海の景色。
この雄大な秋の紅葉とした山々も、朝日を浴びてその赤みはさらに一層鮮やかに。
はるか遠くをも一望できるこの大空からの光景は心を自然と明るくさせる。
こればっかりは空を飛び交うポケモンのみの特権である。
俺は翼を少したたみ、下降し始めると速度はグンっと早くなる。
斜めに落ちていき最大落下速度に達した後、再び水平飛行に移し猛スピードで空を滑空する。
俺はこのスピード感がたまらなく好きだった。
遠くに見えていた海の景色があっという間に前方いっぱいに広がると、俺は翼を広げて速度を落とす。
ゆっくりと地面に近づいていき、数回羽ばたいた後に着地した。
巻き上がる砂塵もフライゴン特有の赤いカバーで目に入る事は無い。
地面を踏むたび砂浜には俺の足跡が刻まれていく。
東の海からは太陽が水平線の少し上のあたりで神々しく輝いており今日の始まりを告げていた。
ここは俺と同じくフライゴンの父さんと母さんが好きであった場所である。
また、俺が一番落ち着ける平穏な場所でもある。
毎朝ここで黙祷をするのが俺の日課だ。
俺を守るために死んでしまった父さんと母さんに向け、日々の報告と感謝の意を込めて。
黙祷を終え、しばらく海の&ruby(さざなみ){漣};の音を聴きながらその場に座る。
少し冷たい潮風が肌にあたり、火照った体を冷ましていく。
「そろそろ戻るかな…」
適度に火照りが直ったところで住処に戻る事にした俺は、立ち上がり浜辺を後にしようと立ち上がった。
しかし左の方角から何かがこちらへ向かってくる事に気がつく。
近づいてくるに連れて相手がチルタリスだという事もわかった。
ここらではあまりドラゴンタイプのポケモンをあまり見なかったのだが、移住者だろうか。
……ん?
ここでチルタリスの挙動がおかしい事に気づいた。
ふらつきながら滑空し、時折急降下を繰り返していた。
心配になった俺は翼を動かしチルタリスの元へと向かった。
しばらく近づきつつ様子を見ていると…
……チルタリスの翼は急に力が抜けたようにへにゃりと曲がり落下し始めた!
このままでは海に突っ込むと判断した俺はすぐさま翼を大きく羽ばたかせ、大急ぎでチルタリスの元へと向かう。
後ろから瞬時に追いつきチルタリスの体の下へ移動し、できるだけ衝撃がないよう受け止め、
すぐさま水平飛行に移行した。なんとか海への衝突は逃れた。
「おい!大丈夫か!」
返事が無い…
できるだけ急ぎつつ慎重に浜辺へ着地し、ゆっくりとチルタリスを背中から降ろすと…
「な…これは……」
なんと傷だらけではないか……
体の至る所にやけどや切り傷があり、背中は大きく切り裂かれ、血が流れているのだ。
この状況からするに誰かから逃げてきた可能性が高いと思い、再度翼を使いチルタリスを背中にのせ、
地面すれすれを飛行し、近くの森に身を隠した…
怪我の治療が必要なので木の実を採りに行こうとすると…
チルタリスが来た方角からボーマンダが浜辺へ向かうのを確認した。
やはり何かの追っ手だろうか…
一度浜辺でチルタリスを降ろしてしまっているから浜辺に血がついているかもしれない……
この場所が見つからないよう祈りながら数分の間身を潜めた…
やがてボーマンダは北へ向かい、戻っていくのを確認した。
やがて視界から消えていくのを確認したので
今ならこのチルタリスを治療できると思い、木の実が生る場所へ向かった。
オボンの身を数個爪に挟み、低空飛行でチルタリスの元へ向かう。
「起きろ!……起きろ!」
まずは起きてもらわねば…痛々しいが、肩を揺らしチルタリスはうめき声と共に目を覚ました…
「うっ…」
「起きたか?背中の傷がひどい。早くこれを食べて」
「あ…あなたは?」
「いいからこれを早く。オボンの実だ。俺は薬草をとってくるから、その間に食べるんだぞ」
それだけ言い残し俺は薬草を採るために再び翼を羽ばたかせ低空飛行で薬草を採りに行く。
この辺りは庭のようなものでほとんどの植物の配置を記憶している。
目当ての薬草を見つけ出し、チルタリスの元へ駆け付けた。
なんとかオボンの実は食べてもらえたようだ。
「少ししみると思うが我慢してくれ…」
肉厚なこの植物を爪で切り裂きその汁を傷口に垂らしていく…
「うぁぁ…っ」
「この植物は傷口につけると出血が止まりやすくなるんだ。我慢してね…」
ポタポタと傷口に汁を垂らしていくがなにせ傷が深い。
出血が止まるのかと不安になる。
しかし俺が怪我をしたときも世話になった植物だからきっと止まるだろう…
時折顔をしかめていたがこればかりはどうしようもない。
十分に治療が終わった頃には出血はなんとか止まってくれた。
「あの…こんなにしてくれてありがとうございます…」
「いいんだ。こんなに傷だらけだとほっておけないからな。」
それにしてもなぜこんな傷を負って逃げてきたのか、なにか追われるような事でもしたのだろうか。しかし今は傷を癒す事が最優先だ。
でも彼女は追われて来たのだ。体を休める所は…?
…仕方ない。今すぐに俺の住処まで運ぶか。
自分でも甘いとは思うが放って置けないものはやはり仕方が無い。
「その傷だと飛ぶ事は難しいだろ…
俺の住処に来るといい。そこで体を休めたほうが追っ手に気づかれることも無いだろう?」
「……わかりました。でも…移動はどうすればいいでしょうか…」
俺はそっと背を向け、顎で彼女に乗れという指示を送る。
彼女は申し訳なさそうにゆっくりと俺の背に乗った。それを確認した後ゆっくりと翼を動かし、
慎重に彼女を俺の住処まで運んだ。
その光景が誰かに見られていると俺は気付かなかったのだ……
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俺の住処は山に囲まれた谷にある。
川の崖の切り立った岩の下にあるうえ、高さもそこそこある洞窟だ。だから飛行できる奴じゃないと入る事はなかなか難しい。
周囲が岩で囲まれ、入り口が少し狭くなっているので入るときは慎重に…
ゆっくりと住処に入りようやく地に足をつけた後、彼女を背中から降ろした。
「歩けるか?」
「何とか歩けそうです…」
「そうか…少し暗いだろ。移動するときは足元に気をつけて」
しかしチルタリスは先ほどから元気がない。怪我のせいもあるだろうが何かが違う。
まるで何かが抜き取られたかのような彼女の表情に、俺は少し不安を抱いた…
「自己紹介を忘れてたね。俺はリュウ。君の名前は?」
「私はチルって言います…」
「それじゃあしばらくよろしくね、チル」
「よろしく…お願いします」
今更自己紹介というのもおかしいかと思った。
しかしこれからしばらく暮らすことになるのは必須。
名前を知っているほうが何かといい時もあるだろう。
「木の実は部屋の奥のほうにたくさん置いてあるから、腹が減ったら食べるといいよ」
「こんなにお世話になっていいのでしょうか…」
自分の身よりも俺の心配か…
そんなこと思わなくても大丈夫。今は俺の事より自身の事を第一にしてほしいと。そう思えた。
「なに問題ない。もうすぐ冬だから食料は調達してあるからね。念のため多めに準備したからしばらく一人増えたぐらいで冬が越せないなんてことはないさ。
それよりも早く体を休めるといい。傷が癒えなきゃ何もできないだろ?」
冬になると森に生る木の実が一気に減るのだ。
それに備えて大体この森の者たちは住処を構えて蓄えを作る。
「…ありがとうございます」
「…俺に敬語はいいよ。なんだか堅苦しいからね」
「あ……わかった」
そう言った後、チルは部屋の隅のほうで丸くなった。
さて……俺はどうするかな。きっとまだ太陽も上まで昇りきっていない。
ふと体を見ると、暗くて判りづらいが至る所に血が付いていた。
緑の体に染まる赤。
それは紅葉とは似付かぬ赤黒い、濁った色だった。
俺は顔を下げ、少し目を閉じた。
体を洗うことにした俺は出口へと歩を進める。
出口へ向かうと眼下には大きな川が広がる。
翼を広げてゆっくりと川原に降り、冷たい水に足をつけた。
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出て行ったのかな…?
私は顔を上げてリュウが洞窟から出たのを確認した。
リュウがいなければ私は死んでいたのかもしれない。
追っ手に捕まってまた元の生活かそれよりもひどくなっていたかもしれない。
そんな事を思う内に、私はリュウの事を知りたいと思い始めた。
いつからここにいるのかな。友達とかもいるのかな。
リュウも昔はどうだったんだろう……
私の昔…
嫌だ。考えたくない。
それよりも早く傷を治さなきゃ。寝よう。
そう思い、目を閉じても……私はまだ眠れなかった。
お母さん…お父さん……
ぎゅっと目を閉じても私の思考は止まらない。私の涙も止まらない。
私は何処へ行けば幸せになれるの?私はこの先どうすればいいの?
教えて…ねぇ……お母さん。
だけど私が頼れるお母さんはいない。
3年前の私が16歳だった頃、お母さんは病気で死んでしまった。
私の前で弱っていったお母さん。
「チル。お前だけは幸せになるんだよ?いいね…?」
かすれたような小さな声で言ったこの言葉。これがお母さんの最期の言葉だった。
私に触れていた翼が地に落ちた時、私には理解できなかった。
母の死。私には衝撃が大きすぎた。
「ねぇ…起きてよ…起きてよねぇ!」
何度も何度もお母さんの体を揺すって…でも目を開けてくれない。
「お母さん!ねぇ……お母さん!」
「……ぃ……ぉ………起きろ!」
ハッと私は目を開くとリュウの姿が。
目に涙が溜まっていて少し歪んで見えたが、リュウは少し体が濡れているようだった。
「大丈夫か…?随分とうなされてたけど…」
「大丈夫…ありがとう」
夢……いや、夢ではなくて私の過去だった。私は立ち上がろうとしたが、リュウに阻まれ出来なかった。
「まだ安静にしてなきゃだめだよ。大怪我なんだからね」
「うん…リュウこそ濡れてるけど乾かさなきゃ風邪ひくよ?」
「大丈夫さ、ある程度炎で乾かしてあるからね」
「本当に…?でも、リュウはやさしいね」
「えっ……」
リュウは少し戸惑ったような…そんな表情だった。
「だって…見ず知らずの私をこんなによくしてくれて。とてもうれしかった」
「…俺もチルが少し元気になったようでうれしいよ」
その言葉を聞いてきっと私も戸惑ったような顔をしていたに違いない。
でも内心は幸福な気分だった。
まだ出会ったばかりの人だけど、私はリュウの事が好きなのかもしれない。
リュウの事を知りたい。私の事も知ってもらいたい。そう思い始めたが、少し躊躇した。
リュウに私のこと話してもいいのかな。
私の事なんか話したって、リュウは退屈するだけかもしれない。
どんな返事をしたらいいのか困らせてしまうかもしれない。
「どうかした…?何か話したそうだけど…」
「えっ……」
「話したい事があったらなんでも話してね。自分に溜め込むのはよくないと思う」
そんなに表情に出ていたのだろうか…
そうだと思うと少し恥ずかしく思って顔が少し熱くなるのを感じた。
そしてリュウは溜め込むのはよくないと言った。なによりこれ以上は私が耐えられないと思った。
誰にも話した事がない私の過去。自分の暗い過去なんて…聞いても気分が沈むだけだと思った。
でも私もリュウの事を知りたいと思ったし、それなら私の事を先に話すのが筋だと勝手にそう思った。
勇気を出して話すことにした。
「それじゃあ…聞いてくれる?私の話」
「無理がないようにね…?きっと過去の事でしょ?」
「それでも知ってもらいたいの。リュウには…知っていてほしい」
やっぱりバレていた。私はどうにも顔に出やすいのかもしれない。
少し動揺してしまったが、心を落ち着かせて…話し始めた。
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俺はその場で座りなおし、話を聞いた。
「私の群れは少し変わってるの。私の父はボーマンダで、母は私と同じチルタリスだった」
チルは少し深呼吸をして体をほぐし、話を続けた。
「私の群れは私が生まれる前に寒冷化で危機にあったらしいの。そこで5体のボーマンダの群れと協力することになってね」
「協力体制で乗り切ろうとしたわけか」
たしかに他の群れ同士が協力関係を築くのは珍しい。
俺なんかは群れで行動せずに単独で生きている。実はこれも珍しいのだ。
「うん。そこからしばらくはうまく協力をして助け合っていたのだけれど…私が生まれてからしばらくした後にボーマンダ側の群れのボスが変わってね…そこからだったの」
となると、相手の群れのボスが変わって何かが起こったのは間違いなさそうだ。
「そのボスが私達チルタリス側を支配しようとする動きが出始めたの。そのボスの名前はボル。もちろん私の父は反対してくれた。だけど…」
「だけど…?」
「そのせいで私の父は群れから追放されたの…。私の父は戦ってボーマンダ数体を戦闘不能にしたけど…ボルには敵わなかった。そこからが始まりだったの」
チルのお父さんはかなり強かったのが伺える。だけどボルには敵わなかった。
だけどその妻であるチルのお母さんや子供のチルがどうなるのか…想像するのは容易いことだった
「それはいつ頃の事だったの?」
「5年くらい前…かな。そこから父は何処に行ったのかわからない…」
チルの5年前以前の事はわかった。だけど核心はその後の5年に違いない。
でもチルは話していて辛くないのだろうか?そんなわけは無いはずだ。
その証拠に、チルは俯いていて&ruby(うな){魘};されて起きた時よりも暗く見えた。
「大丈夫?よかったらまた今度話してもいいと思うよ?」
「うん…だけど今……今話したいの」
チルが顔を上げた。
その顔は今にも「助けて」と、訴えかけているようだった。けれどまだ希望を捨てていないような…そんな感じがした。
そしてその言葉には、俺なんかが断われる物ではないように感じられる何かがあった。
これで強引に話を終わらせるなんて…誰にも出来やしないに違い無い。
「そっか…無理はしないでね」
「うん…ごめんねリュウ。こんな暗い話聞きたくないよね」
「チルが楽になれるなら俺は全然大丈夫だよ」
できればチルには笑って欲しかった。けれど過去がチルの足に纏わり付いているように感じられた。
「それじゃあ…続けるね。残された私と母は裏切り者の妻と娘として扱われたの…そしてボルは私達チルタリス側の群れの“ボス”になったの」
チルは再び俯き…反対する者は排除して、と付け加えた。
今までの協力関係で築き上げてきたものを一人のボスが全てぶち壊したのだ。
ボーマンダとチルタリスでは戦闘能力差があって反抗もできないのだろう…
「それで…母は日に日に&ruby(やつ){窶};れていって……今から3年ほど前に死んでしまったの」
「今日魘されてたのはそれで…っ!」
チルは堪え切れずに涙を流していた……
俺はチルの隣に座り、翼でチルを覆ってあげた。
ありがとう、とチルは小さく震える声で言った後、さらに話を続けた。
「…チルタリスの群れのみんなは…ボーマンダがいない時だけ…優しくしてくれた。
けれど数ヶ月前、群れにいる3体全てのボーマンダが私の周りを囲んでこう言ったの…“今日から奴隷だ”って」
声は震え、今にも泣き崩れてしまいそうだった。だけど、必死に自分の事を教えてくれた。
俺はそのボーマンダの群れ…ボルが許せなかった。あまりにも不平等、一方的、暴力的だ。
「それで逃げて来たんだね…背中の傷はそのときに?」
「うん…今日で逃げて3日目。一度戦闘になって…」
ここまで傷を負って良く逃げ続けれたな…正直すごい。
「そっか……それじゃあ、此処に住むといいよ」
「えっ?」
驚きを隠せないようだ。
それに、俺は……なんだろう。この感じ。
「帰る家が無いんでしょ? 俺はいいよ」
「本当に…いいの?」
「もちろんだとも。お姫様」
そう言った途端にチルは俺の隣で号泣してしまった。
あわわわ…笑わせようと思ったのにどうしよう。
けれど…チルの顔を見ていると安心してしまった。
なぜなら以前のような暗い印象はちっとも感じ無かったからだ。
「でも今日は休んだほうがいい。3日も逃げ続けてたのならなおのこと」
俺は少しその場を離れて洞窟奥の木の実を取った。出来るだけ新鮮なものがいいだろう。オレンの実は体を癒す効果もあるしな。
「さぁ。これでも食べて」
「うん……ありがとう」
そう言ってオレンの実を口にしたチル。手渡す際に少しだけ笑ってくれたのがうれしかった。
「まだ体の洗い残しがあるから外に行ってるよ」
チルはゆっくりと頷いたので、俺は再び住処を出た。
もう日は傾き、西の山に落ちる夕日はいつにも増して一層鮮やかなオレンジ色をしていた。
今日の終わりを告げる陽光は、俺が体を洗い終わる頃にはすっかり山に隠れてしまった。
住処に戻ると寝息を立てて休むチルが。それで安心したのか俺もじわりじわりと眠気に襲われてきた。
体を丸め尻尾を枕にして、俺も眠りに就く事にした。
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……ん~……ん?
頭に何かもこもこと柔らかい感触が…あ。
……うん。
この感触はチルの翼に違いない。
俺はチルを起こさないように頭を持ち上げた。しかし入り口の狭いこの洞窟は、朝日がでていないこの時間だから真っ暗だ。
体内時計でいつもこの時間に目が覚めるから慣れたものだ。いつもはこのまま洞窟の外の僅かな光を頼りに外へ出るのだが……
……チルの寝顔がみたいのだ。
俺はゆっくりと立ち上がり、口笛を吹くように口を尖らせて。弱い火炎放射で周りを照らした。
火に息を吹いたような、そんな音がする中でチルを見ると…
穏やかな顔つきで眠るチルの姿が。
安心してぐっすり寝ているのだろう。昨日のような険しい雰囲気は微塵も感じられない。俺もチルのそんな姿に安心した気分を感じた。
事も済んだし顔を洗おうかと、火を止めて出口に歩みを進めて飛び立った…が。
「うわっ…寒っ…」
思わず口が動いてしまった。昨日には無かったひんやりとした空気が俺の周りを包み込む。
朝日も出ていない薄明かりの中、砂利の地面に着地する。すぐに翼を体に巻いて寒さから身を守った。
寒さが苦手なんだし仕方ない…。川に向かい、手を水につけるが…無理。冷たい。冷たいよ。
ふと左を向くと、同じくして手を引っ込めるポケモンの姿が遠くにあった。
……こんな時のためのアレである。
翼を動かし飛び上がり、一度住処へ戻る。再び火炎放射で照らすとチルはまだ眠っているようだ。だからゆっくりと物が積まれている所に行った。
引火しないよう火を消した後に、暗い中でがさごそと探って…見つけた。
両側に取っ手が付いた金属の入れ物だ。誰かから聞いたところ『鍋』と言う物らしく、色々と便利。
以前に人間の住む遠くの街に行った時に拾ったのだ。
なにせ結構大きくて両手を入れる事ができる上、火に直接かけても平気。しかも丈夫。これは使う他あるまい。
「よっこいしょ……」
取り出そうとしたその時だ。持ち上げた拍子に何かが落ちたらしく「カァアン」と金属特有の音がこの洞窟内に響き渡った。
「ひゃぁっ何!?」
……当然ながら起こしてしまった。
「ごめんチル。物を落としてしまって…驚かせちゃったね」
そう言うと何故かチルはクスクスと笑い出して。
「ふふっリュウもそんなドジしちゃうんだねっ」
「う…うん」
そう言われると申し訳ない気持ちだったのが急に恥ずかしくなってきてしまって…もごもごと何かを言う事しか出来なかった。
もごもごする事しか出来ない自分がまた恥ずかしくて、顔が熱くなるのを感じた。ここが暗くてよかった……。ん? やや、良く無かった。
「だけど何を取り出してたの?」
「いや、今日は外が寒くてね。顔を洗うのが辛かったからこの鍋で温かい水を作ろうと思って」
そうそう。本題はそこなのだ。
「鍋?作るの…? 私も作るところ見たいかも」
俺は去年もその前もやってきたからもう当たり前のようになってきたけど…チルはやったことないのかな?
見せるのはいいけど飛べるのだろうか。背中の傷はどうだろう。さすがに一日で完治はないだろうし……
「う~ん。いいけど背中の傷は大丈夫…? 痛みはない?」
「おかげ様で痛みは無いよ……でも、昨日はありがとう」
俺は少し驚きを隠せなかった。礼をいうチルの姿が余りにも暗かったのだ。
「……いいえ、どう致しまして」
傷の方は無理をしなければ大丈夫か。けれど昨日の事になると雰囲気が一気に暗くなって、俺は悲しかった。
俺に出来る事があるとすれば、出来るだけ幸福というのを知ってもらうように振舞うこと。
ただそれだけしか今の俺にはできなかった。
「それじゃあ下で待ってるね!」
「了解~」
そう言ってチルは慎重に出口から飛び立った。
俺も地面に置いてある鍋を掴んで運びそのまま出口へ運ぶ。
既にチルは外でじっとここを見つめてる。チルの翼のもこもこ……いいなぁ。
フライゴンの俺にもああいうのがほしいよ。
そう思いながら俺は住処を飛び立った後、川のスレスレを低速で飛行しながら、鍋に水を入れた。
翼の加減を間違えたか…手が濡れてしまった。これが嫌だから鍋を持ってきたというのに。
満水まで入ってしまって重たい重たい。少し水を減らしながらチルの元へ向かう。
「お待たせ~」
「なんだか豪快だったけど…水飛沫が飛んでたけど濡れちゃったんじゃない?」
チルが少し心配した面持ちで言ってきた。
「少しね…ドジしちゃった」
何のために鍋を持ってきたのか判らなくなってきた。明日からは気をつけよう…
気を取り直して、一旦俺は鍋をその場の砂利に置いた。そして両手サイズ程の手ごろな石を数個探して半円形に並べた。
「これをどうするの?」
「この鍋はね、火にかけても大丈夫なんだ。だから火炎放射で鍋を温めてその中の水も温めてしまおうというわけ」
「火にかけても大丈夫なの?不思議ね」
俺も最初は驚いたな。いらない物を焼却しようとしたらこういう金属のものは原型で残ったんだから。
「早速やってみてよ!」
「ん?あぁそうだな。枯れ枝を集めてくるね」
半年ぶりだからか手際も悪いな。チルもじっとしているだけで寒いだろうし…少し急ごう。
様々な大きさの枯れ枝を持って来て石の中に入れ、鍋を上に置いた。これで準備OKだ。
「さて、いくよ?」
「うん!」
そして俺は体の中の炎の気を高めていく。風量は強くすると枯れ枝が飛んでしまうので高温低速の火炎放射だ。
フーっと息を吹きかけるように、けれど強めの炎で。木の枝に炎が触れて次第にパチパチと音がなる。
入り口から炎が勝手にこぼれだした所で火炎放射を止めて木の枝をぽいぽいと入れていく。
「チルこっちに来てごらんよ。暖かいよ」
「なんだか焚き火をしてるみたいだね」
「それで合ってると思うよ」
炎が時折鍋を舐めるようになぞっていく。中々に幻想的でしばらく焚き火で体を温めた。
チルも炎にあたって暖を取っていたが、その様子は良い意味で昨日とはまるで別人のようだった。
しばらく見つめていると鍋の水から湯気が立ち上り始めた。
沸騰させては顔を洗えないので、そろそろかな? と鍋を火から降ろした。
「さて、できたかな? 先に顔を洗っておくよ」
出来たてのお湯に手をつけると何とも気持ちがいい…寒さから開放された気分だ。
「チルも早く使いなよ!気持ちいいよ」
「ありがとうリュウ」
そう言ってチルも器用に少しだけお湯を翼に含めて顔を拭き始めた。
俺もさっさと顔を洗って海へ行かなきゃな。
バシャっとお湯をかけて手早く用を済ませた。顔に付いたお湯も次第に冷めて冷たくなってしまうのが残念だ。
バシャっとお湯をかけて手早く用を済ませた。顔に付いたお湯も次第に冷めてしまうのが残念だ。
ふと気が付いた時には夜が明け、空からは朝日が差していた。
また一日が始まる。今日の太陽はオレンジでは無くて、さわやかな白色の光を帯びていた。
「なぁチル。ちょっと俺の日課についてこないか?」
「日課って…?」
「チルが飛んできた辺りなんだけど、いつもそこで朝日に向かって黙祷をするんだ。昔俺を守るために死んだ父さんと母さんへ挨拶するためにね」
「リュウにも……辛い事があったんだね」
「あぁ…けれど今はもう乗り越えたよ。8年も前の事だしね。どう?いかない?」
「いいけど…鍋はどうするの?」
確か顔を洗いたがっている人がいたな…いるかな?……今朝見たのとは違うが同じ境遇のポケモンを見つけた。
「おーい!そこの人!よければこのお湯使ってくださいな!」
するとこちらの呼びかけに気が付いたのか顔を向けて。
「すまないねー!去年にも世話になったけど今年も頼むよ!」
その後は会釈で返事をしておいた。
「リュウはやさしいのね」
チルは少し笑みを浮かべてなんだか嬉しそうだった。
そんなチルを見ているとこちらまでなぜか嬉しくなってしまう。
「さぁ行こうか!」
「わかった!」
チルを背中に乗せて飛び立とうと空を見上げると視界に紫の何かが見えた。目を凝らして見ると……チル達の群れを乗っ取った奴らと同じ種族。
なんとボーマンダだったのだ。
to be continues.
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さて、今回はほのぼの行きたかったのですが所々シリアスが……
リュウ達にとって鍋はどのように映っているのでしょうかね。
便利な丈夫な器?くらいなのでしょうか。作者なのにも関わらずよくわかっていないのです(
この作品について感想、指摘、批判などありましたら下記へお願いします。
#pcomment(大空と共に/ログ,10,below)
IP:60.56.129.164 TIME:"2012-01-14 (土) 06:24:09" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E5%A4%A7%E7%A9%BA%E3%81%A8%E5%85%B1%E3%81%AB" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0; BOIE9;JAJP)"