*Title……告白のアドバイス [#me212238] 作者……[[リング]] &color(gray){※この物語は[[Xilofono]]さんの許可を得て書いています}; 何回チャンスを逃したのか。百から先は覚えていないって程逃しているわけでは無いんだけれど……とりあえず相当の数チャンスを逃したことだけは確かなのだ。 ただいま私は、条約の関係で輸出を制限された植物体を培養によって増やす事が出来ないか? という研究をしている。仕留めるべきターゲットはその研究に共感を示して付き合ってくれる後輩。よく働くし、研究には喜んで付き合ってくれるし、気の利く快活で良い子なんだ。 最初はただの後輩と先輩の関係だったけれど、いつしかその関係は後輩と先輩という垣根を越えて恋愛に発展……してくれればいいのだけれど、奥手な私は中々恋心を伝えることも出来ずにいる。 彼のロッカーに置手紙の一つでも置きたいけれど、羞恥心が&ruby(まさ){勝};って置くことすらできず。酒の勢いに任せて告白しようとすれば自己嫌悪に陥っていつの間にやらヤケ酒へとシフトしている。そうこうしているうちに、気がつけば私は卒業年次生。 でも、今日こそチャンスをものにしてやる。すっかり日も暮れた午後8時……昼に食べて以来何も食べていない私たちは、当然の事お腹がすいている。さぁ、今こそ食事に誘うのには絶好の時間帯ではあるまいか!! このまま関係が発展しなければ、私は卒業式の前後で『レイヤ先輩はとってもいい先輩でした』と言われるくらいで終わってしまうじゃないのよぉ!! いい人で終わるなんて最悪のパターン。 そうならないためにもがんばれ私、ファイトだ私。 卒論のための作業も終わり、消毒シャワーも浴び終え、わざわざ同じ研究室の友達に着せてもらったスーツを脱ぎ棄てたなら、さぁ夕食についての会話だ。 「トオル君、日曜だってのに長い時間手伝ってくれてありがとね」 よし、ここで切りだすんだ!! 「いえいえ、どう致しましてレイヤ先輩」 後ろ足で頬を掻きながらトオル君が笑う。その笑顔を見るだけで、私の恋慕は新緑のように激しく萌え上がり始め、恋心がぶり返す。その証拠に、今でも笑いかけられると尻尾がキュッ!! となる事は押さえられそうに無い。 「今日も、一緒にどこか食べに行かない? もちろん、私がご馳走するわ。どこか行きたい場所ってある?」 あぁ、もう私の馬鹿。お洒落でスイーツの美味しい店に誘ってしまえばいいのに。なんで相手に選択を委ねてしまうのよ? 「ん~と……じゃあ、どこ行こうかな……今日も腹減ったし、すぐに料理が出てくるお店がいいよね。あ、商店街のタイ料理専門店なんてどう? 最近評判がいいみたいだから行って見たんだけれどとっても美味しいお店だよ」 ほら、積極的に行かないから雰囲気が微妙なお店を選ばれてしまう。普通に食事をするんなら決して悪い雰囲気じゃないお店だと思うんだけれどね……店が狭くって、しかも静かじゃないから告白するような雰囲気じゃない。 「いいわね、友達も美味しいって行っていたから行きたいと思っていたんだ。じゃ、決定!! じゃんじゃん食べちゃってね」 けれど、言ってしまったものは仕方がない……またチャンスを逃してしまったけれど、次の作業は36時間後。今度のチャンスこそ、モノにして見せるんだから!! 結局、その日はスパイスの効いたタイ料理を食べただけで、ガヤガヤと五月蝿い店内では告白なんて雰囲気じゃない。あぁん、もう……次のチャンスこそ絶対にものにして見せるんだからぁ!! ……と、自分を鼓舞してみたはいいものの、高いテンションを維持できたのは一瞬の事。昼間デートに勤しんでいたと思われるカップルが相乗りする電車に乗り込む頃には、陰鬱な気分に支配される。眠ってしまって現実逃避の一つでもしたかったが、ロクな睡眠をとっていない今、一度眼を閉じてしまえばそのまま終点までぐっすりであろう。 だから私は目を瞑る事も出来ずに、カップルを視界に入れないように頑張るしかない。こうして、私の陰鬱な気分はさらなるどん底へと駆け下りていくのだ。 電車を降り、失意の内に私は徹夜の作業で疲れ果てた体を家に落ち着けるべく、住処を目指す。 駅の大通りから少しばかり外れた所にある私の下宿先は駅や商店街から近く、しかも騒音にはそれほど悩まされることも無い。つまるところ立地・環境共に恵まれた場所にあって、それでいて狭くはない。当然だが、家賃はそんな場所に見合うだけあって、学生にとっては少々苦しい値段を誇るのだが、それはルームシェアという方法で解決している。 同じ研究室に属している気の置けない友人で、僅かながらに性格の問題はあるのだけれど、悪い人ではない。私が目指す家には、すでにして明かりが燈っていて、私の帰りを待っている友人の存在を示唆してくれた。 「ただーいま……イズナ、私よ。開けてくれるかしら?」 一応、バリアフリーが徹底されたこのアパートは4足歩行の私たちにも優しい設計になってはいるが、それでも扉を開けるのには四苦八苦する。こういう時、手足を器用に扱えるルームメイトがいるのは本当に役に立つものである。 「あ、お帰り。実験お疲れ様、レイヤ。顔色悪いけれど大丈夫?」 「ははは、最近寝不足なものでしてね。このままじゃクマが出来ちゃうよ」 「そっかぁ……それじゃあ。今からクマを解消するマッサージしてあげるね」 ズレている……私のルームメイトは、ズレた奴だ。 「イズナ……それよりも先に寝かせてくださいよ……寝るのが一番の治療法なんだから」 悪い人では無いんだけれど……本当ににズレている、空気の読めないポケモンである。 例えば、家に小さなゴキブリが現れた時のことだ。 「きゃ、今なんかゴキブリみたいな黒い虫がいなかった!?」 私の頬をかすめるように飛んでいった小さなヒードランっぽいあれ。後ろに居るイズナからも見えたはずだから聞いてみたのだけれど…… 「いませんよ」 そうイズナに言われて、怪訝に思いながらも振り返ってみると 「いるじゃない!! アンタの目の前!!」 「だってあの虫茶色いし……」 「色はこの際問題じゃないですから!! とっとと退治するわよ」 こういう流れを全く意図的にやっていないのだから怖い。これこそがイズナの素の状態なのだから。 「ところで、今日もトオル君と実験していたんでしょう。告白は出来た?」 「……私の雰囲気見て少しは察してちょうだい」 「あーもう、あれだけアドバイスしてあげたのに、またダメだったの? 意気地なしねぇ」 「もう、少しはそっとしておいてください!! それから、早く寝かせて……私昨日から全然寝ていないんだから」 「え? あーごめん。寝不足なの忘れてたわ」 「それはむしろ、忘れたんじゃなくって聞いていないと言うのでは?」 「ふむ、どっちなんでしょうねぇ……」 あぁもう、どうでもいいから…… 「考え込んでいないで早く家に入れてよぉ!! アンタはこのまま扉の前で立ち往生させる気ですかぁ?」 「あららごめんごめん」 んもぅ、これだからイズナは性質が悪い。眠気でふらふらの私を玄関で立ち往生させて、なにも思っていないのだから。 ともかく、こうして私はようやく家に入る事が出来るわけだ。 「うーん、リーフィア自慢の澄んだ空気を吐きかけて『好きです』って呟くのもいいわね~。某ガムのCMみたく『息だけはドレディアなのよね~』みたいな。トオル君も貴方と同じくイーブイ同士なんだし、雄なら絶対……」 「手紙すら渡せなかった私にできるわけないでしょうっ!! ってか、私が息だけって失礼よ!!」 「実験室で有毒ガスが漏れ出した時に澄んだ空気をマウストゥーマウスとか」 「日の差さない室内で発生した有毒ガスを分解する能力はありません!!((リーフィアの特性『リーフガード』は、天候が日本晴れの時のみ状態異常を防止する特性である)) 私まで危ないでしょうが!! ってか、トオル君は私よりはるかに脚速いんだからとっとと逃げるわよ。ついでにそんなことしたら私が怒られるし、有毒ガスは可燃性でなければ換気扇つけますから!! 加えて言うなら、私の実験は悪臭が発生することがあっても有毒ガスや可燃性ガスが発生するような薬品は使いません!!」 「もうこうなったら置き手紙しかないわね」 「それすらできないって10秒前に言いいましたぁ!!」 ……つっこみすぎて寝る気がなくなってしまいそうだ。寝不足の解消のためにも寝るべきなのに寝られるだろうか。 「もう、いいから寝かせて……」 「あ、そうね。ごめんごめん。でもさぁ、目の下のクマはストレスが原因とも言うし、やっぱり告白できない事がストレスになっているんじゃないかなーって……」 いちいち言い返す気も起らない。このままじゃ、『今眠れない事がストレスだーっ!!』なんて叫びたくなってしまう。 「そうそう、あなたがいない間に考えてたけど、レイヤ、あなたはもっと大胆にならなくちゃどうしようもないの。なれない?」 今日は改めてイズナのすごさに気づいた。ある意味で収穫かもしれない。 「自分でもそんなこと分かってますわよ。なれるならもうとっくになっていますぅ!!」 本当、イズナは大物になりそうな女性だと思う。 「うーん、そうねぇ……」 本当に、イズナは悪い人じゃないんだ。でも、お願いがあるんです。私の事を考えてくれるのは嬉しいけれど、せめてもっとズレてないことを言ってください。お願いだから。 「あ、そうだ!! トオル君って女装すると貴方より綺麗だし、この際貴方が男装して告白してみれば?」 だ、だめだ……本当にお願いします。そうでないと貴方のそのやさしい心が完璧に無駄になっちゃうから。 「意味が分かんないです!!」 あー、イズナにいちいちつっこんでたから疲れてきた。とにかく寝よう、すぐ寝よう、本当に寝よう。風呂は明日の朝でもいいや…… 「大胆になるためには……男の子の気持ちになるのが一番だと思ったんだけれどなー男装じゃ意味無いかー」 ……イズナってば、まだ言ってるよ。もう電気消したんだから、私を眠らせてくださいな。 「よしっ!」 巨大な顔の四隅に付いた手をグッと握りしめるイズナ……あのねぇ、貴方。歯並びの良さを前面に押し出したその素敵な笑顔はなに? ただでさえ、あんたらゲンガーは暗闇でも不気味なほどハッキリと顔が見えるんだから、そんな不気味な笑みを浮かべるのはやめなさいな。 どうせ、ロクでもない事を考えているに違いない。あんな顔を浮かべるのはいつもそんな時なんだから。ともかく、不安だけれど今は寝よう……寝なきゃ体壊しちゃう。 ……ぐぅ 今日も今日とて消毒シャワーを浴びてスーツを脱ぎ棄て、さぁ夕食のお話だ!! 「よし、終了!! いつもいつもすまないね、トオル君」 「いいですってば先輩。先輩が卒業したら、俺が卒論でこの続きをやるんですから、それまでにいろいろ慣れておかないと」 トオル君ががさわやかに笑いかけた。その笑顔を見て、私の尻尾がキュッと引き締まる!! やはり、彼は本当に格好良いし、笑顔も素敵なんだから…… 「じゃ、今日もお礼に奢りたいんだけれど……今日は私がお店を選んでいいかしら」 そういった私に、トオル君は意外そうな顔をした。あれ、私何か変な事言ったかなぁ? 「珍しいですね? いつもは俺に選ばせるのに……」 一瞬、トオル君の言う事がなんだかわからなかった。自分はいつも通りのつもりだが。確かに、思い出してみれば雌らしいことかもしれないけれど、取り立てて言う程のことではない気がする。 「まぁでも、奢られる立場なんですから何処に連れてったって構いませんよ」 「本当? じゃ、ついてきて」 私はともすれば飛び上がりそうな勢いで喜びの感情を表し、小躍りしてレモン色の体毛に真っ白な閃光のようなアクセントを彩る白いタテガミを甘噛みした。トオル君を強引に私の方を振り向かせて、そこから先は口を離したけれど本当は二足歩行ポケモンよろしくずっとタテガミを掴んだまま強引に連れまわしたいくらい。 振り向くと、首を曲げて自分のタテガミに残る感触を不思議に思っている最中のトオル君が…… 「なんか様子が変だけれど……どうしちゃったんだろ……」 トオル君ってばなに言っているんだか。私は私じゃない。何の変わりも無いのに。 「どーもしていないってば。ほら、サンダースがリーフィアに追いつけないなんて笑われるよ。お腹もすいているし、走って行きましょう?」 「んーー……まぁ、いっか。ってか、遅いですよ先輩。俺を抜けるなんて100年早いですよ」 出遅れたトオルはすぐに追いついた。ただのかけっこのようなものだし、かけっこ勝負なんてしても負けが見えているのに、なんでこんなに楽しいのだろう……? こんな気分初めてで、私の気持ちは舞いあがる。自分の気持ちに鈍感というのは。こういうことなのかもしれなかった。 目的の店はいつもはお客さんが並んでいるんだけれど、ラストオーダーも間近なこの時間にはお客さんも少なめのようだ。全く、昼から何も食べていない私達はお腹が空いて仕方ないわけだけれど、丁度いい。 「……ねぇ」 「ん?」 「このお店ね、とっても雰囲気がいいところなんだけれどさ……その、お店に入る前に言っておきたい事があるの」 「……なに?」 困惑しているのだろう、トオル君は僅かに純白のタテガミが逆立っている。私も、四肢が震えて力が入らないし、口の中がカラッカラに乾燥している。けれど、善は急げだ。私の想いを伝えよう。 「私、今まで言い出せなかったけれど……トオル君と、ずっとこういう店に来たいと思っていたの。その……恋人としてさ。……だから今日から……今日だけでも私恋人になってくれないかな?」 沈黙……願わくば、断る言葉を探しているわけではありませんように…… 「ごめん……」 めのまえが まっくらに 「俺も同じような事を言おうとして……ずっと言いだせずにいたから……先輩の口から言わせることになっちゃって」 ならなかった。 「え、それって……両思いってこと?」 「た、多分そうなるかと……そのぉ……お互いこういうのには奥手のようで……」 嬉しい!! 脳内では抑えきれない感情は行動になって現れた。 「わわっ」 上体を屈めて普段見下ろす位置にあるトオル君の首に自分の首を絡め合わせると、チクチクとした体毛が私の肌を刺激した。興奮したのか驚いたのか、体毛が逆立ったようで、ちょっぴり痛みすら感じるくらいだけれど、気になりはしない。 どちらにしても、トオル君が喜んでくれているってことだといいな。 「先輩……本当に、今日はどうしちゃったの? それに人目があるからさ……」 「大丈夫、他の人もこれくらいやっているから、人目なんて憚るもんじゃないよ」 暖かい……私はこの暖かさがずっと欲しかったんだ。幸せ……でも、さっきからトオル君がしきりに口にしている『どうしちゃったんだろう?』これはどういう事なのかな? 何か大切な事を忘れているような気がするんだけれど……それでも、いい。今はこの幸福をかみしめたいんだから。 「ただーいま!!」 「お帰り、レイヤ……どうしたの、何だか嬉しそうね? そろそろ開き直った?」 あぁ、二足歩行のポケモンならばここでVサインのひとつでもできるんだろうけれど、そういうジェスチャーが出来ないのはちょっともどかしい。ってか、なんで今日に限ってアンタは悪い結果を想像するんですか!? 天の邪鬼にも程があるでしょーに。 「両思いだったのよ……その、トオル君と」 「えー……ってことは、告白成功したの? 私のおかげね」 ここで歯並びの良さを前面に押し出す笑顔。こらこら、その言いぐさは厚かましくないですか? 告白したのは私で、貴方は応援しただけでしょう? 「……またまたぁ。貴方は有効なアドバイスを何一つ出来なかったでしょーに?」 「したわよ。覚えていない?」 と、ここで語られたイズナ流の『告白のアドバイス』に、私は言葉を失った。私は本当に大切な事を忘れていたようで…… ---- ……ぐぅ …zzz ? 四肢を投げ出した体勢で横向きに眠りについた私は、何かの気配を感じて目が覚めた。瞼は重かったけれど、またゴキブリだったら嫌だし…… 「……っ!!」 目を開けるとイズナの顔が背中側のすぐ近くに!! 「ななな、なによイズナ?」 「あら、起きちゃった……」 「『起きちゃった』でも『起きたっちゃ』でも何でもいいから、なにするつもりだったのよアンタは?」 「いや、催眠術を掛けてあげようかと……」 どこか気まずそうに顔を掻きながらも、イズナはしれっと言う。 「眠っているのに催眠術って……アンタこのまま永眠でもさせる気ですかぁ? 大人しく寝させてくれた方がよっぽどありがたいんですけれど」 「いや、そうじゃなくってね……なんて言うかこう、貴方を大胆にさせるには貴方を引っ込み思案の殻から解放しなきゃならないと思うのよ……それを、眠っている間に催眠術で殻を破ってやろうと思ったんだけれど」 あー……案の定というかなんというか、ロクでもない事を考えていたようで。 「ちょっとぉ……私はオモチャじゃないんだから、そんな訳のわからない実験はやめてよぉ」 「大丈夫だって。いくら催眠術に掛けたからって自分がしたくない行動を取らせる事は出来ないの……例えば、催眠術で自殺させるとかたまにあるけれど、あれは創作の嘘だからね?」 ニカッと歯並びの良さを前面に押し出す笑顔を見せて、如何にもイズナは自信たっぷりだ。 「っていうか、どちらにしろちょっと怖いんだけれど……」 「だから、大丈夫。サンダースがザングースに変わるくらいの変化しかないから」 「字面だけ似てても全く違うでしょうが!! いつかのドッチーニョじゃあるまいし! トオル君がザングースになったら私、泣くわよ!!」 「ま、ともかく……目覚めちゃったんならば仕方がない」 言いながら。横たわる私の背中を……じっとりとした舌で舐める。女同士でなにをするのよ!? と思う間もなく…… 「あぅ……」 私の体は凍りついたように痺れて動かなくなった。 「さ、始めるわよ」 やーめーてー……イズナの眼が怪しく光る。私のまぶたは段々と下がっていき、それでも聴覚だけは不思議と残っていて……私は……もっと積極的に…な……る…… ---- 「じゃあ、私は催眠術のおかげで告白に成功出来たってわけ?」 「まぁ、そういうことになるわね。でも、いいじゃない? だって告白したのも、惚れさせたのも貴方の力よ。私はひと押ししただけ」 そうなのよね……何だか、催眠術で性格を変えちゃったと言われると少しばかり怖いような気もするけれど、自分では自覚させないほどの変化だったんだ。 なんだか、嫌な溜め息が漏れるけれど……ふつふつと感謝の念が湧きあがってきた。 「……なんというか、その……ありがとう、イズナ。確かに貴方のおかげだったみたいね」 「いや、『やめてやめて』って叫びながらうなされていたから一時はどうなる事かと思っていたけれど、近所から苦情が来なくってよかったわ」 そこですか!! もっと喜んでよ、私の事を!! っていうか、近所の人もそこは助けに来てよぉ……強姦みたいな事だったらどうするのよぉ。 「もちろん、貴方の事も十分に良かったと思うわね。私も頑張って恋人見つけなきゃねー」 「そうね、イズナも頑張って」 ズレた奴だと思い続けていたけれど、こんなこともあるのね。これからはイズナの事を見直さなきゃ。 数ヶ月経っても私達の恋心は冷めることなく続いている。ついでに、ズレた思考の同居人との生活も相変わらずだけれど。おま、自己催眠の一つでもしろ!! 「ああ、この問題は簡単ね。答えは……」 ただいま、二人でクイズ番組鑑賞の真っ最中。 「ちょっと、絶対に答えは言わないでよ!!」 『名画を盗んだ奴がいて、』『犯人だけが嘘をつき、』『他の皆は本当の事を言う』という条件と登場人物の証言から、誰が犯人かを割り出すと言うありがちな頭の体操のクイズの真っ最中。イズナは普段思考がズレている癖に、こういうのは得意である。 こういったクイズは時間を掛ければ誰でも解けるのだから、私はなんとかして解こう解こうと四苦八苦。 しかしてその答えを言わんとするイズナの口を封じ込めたと言う所だ。 「分かったわよ。まあとりあえず、AとCとDとEとFとGは違うけどね」 封じられていなかったぁぁぁぁぁぁ!! その台詞は予想外すぎるわよ!! 「それ結局答えがBって言ってるのと同じじゃない!!」 「あー、そうだったわね。ごめんなさいね」 んもう……これだからイズナは性質が悪い。 「あー……今司会者にネタにされているけれど、この女優さん妊娠したんだってね。今5ヶ月だっけ?」 そのクイズ番組に出演している女優を見てイズナが呟いた。 「そうねぇ……私あんまり興味無いけれど……何だか妊娠を発表した時は大騒ぎしていたよねぇ。相手は一般人だったっけ?」 「う~ん……レイヤは今何ヶ月だっけぇ」 私は思わず、イズナの実家から送られてきた黄金のリンゴを噴き出した。 「あー……ウチの農園ではセカイイチ((これ一つで満腹になるほど大きくて、そしてとあるプクリンが病みつきになるほど美味しいリンゴ))すら上回る最高級の代物なのに、もったいない」 なら、そんなものを食べている最中でそんなお話しないでよ!! おかげで美味しいはずのリンゴの味が全然わからないわよ。 「なによアンタはその質問!! 妊娠していること前提!?」 「んー……いや、最近生理来ていないなぁって」 「アンタとは種族が違うから月経周期も違うんです!! 恥ずかしい上にくだらないこと言わせないで!! 私は一切そういう関係になっていません!! ってか、まだトオル君と付き合って4ヶ月ですから!!」 「そっかぁ……やっぱりあなた達って奥手なのねぇ。4カ月あれば一度くらいはそういうことになっても大丈夫だと思うわ」 「いいじゃない……一応貞操の一つや二つ大切にしなくっちゃ……って、貞操は一つしかないか。うん、だからこそ大切にしなきゃ。いくらトオル君が相手だからって簡単にあげるわけにはいかないわ。そう、何か記念日になるような事でもなければ……」 そう言うと、イズナは何事かを考え始めた。……さて、珍妙な案が飛び出さなければいいのだけれど。 「そういえばさ、実験も一段落したから今度の旅行いけるんでしょ?」 「う、うん……正月にもお休みあるけれど、卒論やら里帰りやらで忙しいだろうから実質これが最後の旅行になるのよね……なんというか名残惜しいわ」 「じゃあ、最高の思い出作りに……何かしてみない?」 「なにか……ねぇ」 そして、月日はあっという間に流れて、旅行当日。 もう9月に差し掛かった海は観光客も少なく人はまばらだった。それでも気温は十分すぎるほどで、それに準じて水温だって泳ぐのに支障はない。浜辺では女子、男子一緒になってにビーチバレーを楽しむ集団や日向ぼっこに興じる者、水タイプゆえの能力を生かして起きまで競争に励む者と同じ研究室内の仲間内でも様々だ。 で、私達はすでに研究室内では公認のカップルと認められているようであって冷やかしの声も沈静化して久しい。お陰でこうして二人で泳ぐことになっていても周りの眼を気にする事が無いのはありがたいことだ。 無地にして地味な救命胴衣を着けるのは憚られたけれど、この夏デザインのステキな救命胴衣を買うお金も自分に合うものを選ぶセンス無く、不本意ながら私はと純白無地のそれで我慢する。 まぁ、とは言え男子が救命胴衣を見ているかと言えば微妙で、救命胴衣なんてアクセサリー程度にしか思われていないのかもしれない。極めつけは、ファッションを気にするのが悲しくなるこんなセリフ。 「レイヤ、その救命胴衣可愛いね。やっぱ白が似合うよ」 まぁ、悩んだ私が馬鹿だったのかと思うと何と言うか複雑な気分。毛が濡れてしまうと体のラインが強調されるけれどトオル君はそれをどう思っているのやら? 救命胴衣なんておまけなんだから、私自身も見て欲しいのに。 「救命胴衣見いいけれどさ、濡れたら体のラインがくっきりでしょ? どうかしら?」 「ん……? 濡れた時の体のライン……言われてみれば、結構スリムかな? でも、もう少し安産体型でもいいんじゃない?」 「ちょ、なに言ってんのよ!? 馬鹿じゃないの!!」 「うぁ、ごめん……別にそう言う事を言っているわけじゃなくって……痩せすぎは体によくないってことでさ」 そう言われても、連想する物はきっちりしてしまう。恥ずかしさのあまり顔を伏せた私は、塩水に鼻まで浸かりながらひたすらぶくぶくとやっていた。 「あぁもぅ、顔上げてってば。君が思っている程男は野獣じゃないんだからさ」 慌てて弁護するトオル君もまた可愛いのだけれど……ふぅ、何だか大事な事を思い出せそうで思い出せない。 「本当? 『夜になったら男は野獣に戻るのさ!!』なんて言ったりしないでしょうね?」 大事な事……なんだろう? 「無い無い。君を不幸にするような事はしないつもりだよ……そりゃ、さ。そう言う欲求は無いわけじゃないけれど、君がいいって言うまでは俺だって……ってなんかこういう話生々しいね。やめよう」 今度は、トオル君がブクブクしてしまった。あーあ……なんか変な雰囲気になってしまったなぁ。 「そうね。じゃさ、そろそろ皆と一緒に遊ばない? 海を見るのもいいけれど、やっぱりワイワイガヤガヤ浜辺で遊ぶっていうのも捨てがたいよ」 「そうだね。せっかくだしみんなで遊ばないと……リア充爆発を通り越して大爆発しろって言われちゃう」 「よし!! それじゃ、浜辺まで競争しよう」 「お、いいねぇ。シャワーズでもない限り泳ぎでも負けないよ」 それにしても、なんだかすごいもやもやが……この何かを忘れている感じ、すっごく嫌な予感がするんだけれど。 夜。外は昼の騒がしさは何処へやらとばかりに静まり返ってはいるが、室内では酒とつまみを口にしながら宴会で賑わった。二次会はそれぞれ男子と女子の部屋で行われることになったのだが…… 「ふひーっ……もう限界」 お酒は苦手だったりする。日光浴びながら飲めばそれなりに強くもなれるんだろうけれど、この国ではお酒は夜にって言うのが一般的だからリーフガードの特性も意味がない。一応ジュースを中心に飲んで、お酒を飲むにしてもチューハイやサワーをスープ皿に一杯くらいだからそこまできついわけじゃないんだけれど、ジュースを飲み過ぎてお腹が張っているような気分がする…… 「あら、レイヤは外に出るの?」 ふらりと立ち上がった私を心配してくれたのか、それらしい顔でイズナが私を見ていた。 「うん、まぁね」 まぁ大丈夫ですよとばかりの曖昧な顔と声色で返事して私は笑う。 「うん、まあね……もうフラフラだしさぁ。夜風に当たってこようかなぁ……って思うんだけれどトオル君も誘っちゃおうかなぁ?」 「わ~、熱帯夜も真っ青の熱々カップルだぁ!!」 と、イズナが言えば…… 「えーい、幸せ者ぉ!!」 「幸せ太りしちゃえ!!」 「羨ましいぞコンチクショー!! リア充癒しの願いしろ!!」 流石に酔っているだけあって、イズナのひやかしに追従する声も声高らかだ。まぁ、仕方ないよね~実際に私達熱々なわけだし。 「頑張りなさいよ。彼をものにしてやりなさい」 そして、イズナの眼が怪しく光る……何か大切な事を……そう、私は……もっと…積極的…に……淫…乱に……な……る………… 「おい、未来の嫁が呼んでいるぞ」 ゴローニャのロッキーに呼ばれて、そこでも盛大な冷やかしを受けることになる。ある者は口笛を吹いて、またある者は『熱いねぇ』などと囃し立てて。あ~恥ずかしい。顔の毛を刈り取ったらきっと真っ赤になっているんだろうな。 外に出た二人はホテルから数百メートルほど離れた、身長の十数倍ほどの岩が乱立する海岸の影を歩いて酔いを冷ましていた。暗さも相まって、互いに足元が不安な気もしたけれど以外にも二人の足取りはしっかりしている。 「それにしても、未来の嫁だなんて皆もすごい事言うわよね……そこまでまじめに考えるのは、大学生という立場が微妙な気がする……」 「……悪くないとは思うけれど、このままこの関係が続くかなぁ? とりあえず、俺が卒業するまでは続かなきゃ何とも言えない……って思うけれど、そうなると一年半以上だし」 酔っていると言うのに、そんなしんみりしたお話をしてどうするんだか。 「酒に酔っている時くらい、もう少し明るい話をしようよ。それまでどうやって仲を保つかなんて、いくらでも方法はあるんだしさ」 「そうだね。じゃ、今度のデートなんだけれどさ、見たい映画があるんだよ」 「も~……そう言うんじゃなくってこう、セックスの話とかぁ」 「あ~、うん……えぇっ!?」 わ、何よその反応!? 「セックスのって、ちょちょ、ちょっと、何言ってんの!!」 ん、私何か変な事言ったかな? 「よ、酔っているんじゃないの? 酔い覚ましの散歩とかそういうレベルじゃなくって、いっそのこと部屋で休んだ方がいいと思うんだけれど……」 「そりゃ酔っているに決まっているわよ。でも、思考も足取りも正常よ。その証拠にほらぁっ!! 押し倒すのも簡単」 「あっ……」 私の頭突きがトオル君の肩口にヒットすると、酔っていたせいもあってか、トオル君は呆気なく倒れて四肢を横に投げだす体制になる。 「軽い軽い。やっぱり、いくらすばしっこくっても打たれ弱いんだねトオル君は。それに、いくらすばしっこくっても、力の弱いサンダースは転がしちゃえばただのダルマさんみたいなものだし……いただきます」 「ダメダメ、駄目だってばぁ!!」 ぐおぅっ!! 仰向けになりながらも、私の腹にはトオル君の蹴りがクリーンヒットした。攻撃するためでは無く抵抗するためのものだとはいえ腹が限界近い今の状態では効いた……もう駄目。 その瞬間、私の中で張り詰めていた糸が切れてしまった。 「オエェェェェェ……」 あぁぁぁぁ……やってしまったぁ。恋人の前で吐くとか……最悪。 「ご、ごめん……大丈夫?」 頭を垂れる私の背中を、トオル君がさする。それだけで、僅かながらにも体は楽になったけれど……気分は最悪。 「いいのよ、私が悪いんだから……ごめん、トオル君の言うとおり、ホテルに戻った方がいいかも」 「あ……」 憔悴しきった私は、セックスする気も失せて、ふらりとした足取りでホテルへと歩みを進める。名残惜しそうなトオル君の声がするけれど、振り向いたらきっと酷い顔を晒すことになってしまう……はぁ、次顔合わせる時はどんな顔をすればいいのよ? こんなことになったのも……誰のせいでもない……私のせいか。自業自得よね……はぁ。 「ねぇ、レイヤ」 「何かしら?」 振り向く事なんて出来なかったけれど、無視することも出来なかった。 「そのぉ……酒の勢いでやっちゃって後悔するのは嫌だから今回は断っちゃったけれどさ……お酒が入っていない時でもそう言う気分だったら……その、誘ってくれても構わないから」 私は……なんと答えていいのか分からずに、その場に立ち尽くした。 「……終わり。行ってもいいよ」 それを察してか、トオル君は私からの返答を無理に求めたりしなかった。そんなトオル君の言葉に私は感謝せずには居られない……ありがとう。こんな私の事をあんなことされても好きでいてくれて。 目を閉じると涙が零れ落ちる……同時に大切な事も思い出した。 ---- 「そういえばさ、実験も一段落したから今度の旅行いけるんでしょ?」 「う、うん……正月にもお休みあるけれど、卒論やら里帰りやらで忙しいだろうから実質これが最後の旅行になるのよね……なんというか名残惜しいわ」 「じゃあ、最高の思い出作りに……何かしてみない?」 「なにか……ねぇ……まさかとは思うけれど、貴方の事だから体の関係になれっていうんじゃないでしょうねぇ?」 「えー、ダメなの? 記念日は待つものじゃなくて作るものじゃないの?」 「そ、それはそうなんだけれどさ」 あのイズナにしては珍しく説得力のある事を言うものだ。その前のセリフも、そこから先にどんな言葉を紡ぐのかも、激しく不安にして不穏ではあるのだが。 「そうだとしてもぉ……その、怖いと言うかなんというか……」 「最初は誰だって初心者なんだから、どんなに仲良くなっても怖いモノは怖いと思うんだけれどねぇ……ま、無理強いはよくないわね」 そうそう、告白とそういう事は訳が違うんだから、こればっかりは諦めてもらって良かったわ。 「でも、心の中で無理して堪えるのも体によくないかもなぁ」 で、そこ。アンタは何を不穏な事を言っているのですかい!? 「そこはもう放っておいてよ……」 「でもねぇ、彼女がリーフィアなら草食系男子でも動くべきなのにぃ……こうまで関係が無いと、一生関係を持たないままと言うか……とのままじゃNTR((NeToRare……寝取られである))もあり得るわよ?」 う、寝取られとは……あり得すぎて怖い。でも、だからと言って…… 「よし、決まりね。善は急げと言う事で、今のうちにゆっくりと催眠術を深めておきましょう。時間を掛けて深く催眠術を効かせれば、その効果は倍増よ!!」 私の前脚の付け根をガシリと掴み取られての舌で舐める攻撃!! 「決まってないぃぃぃぃぃぃ!!!」 「大丈夫。ロズレイドとレズメイドくらいの違いしかないからさ」 「なによそのキモオタ妄想のなれの果てみたいなメイドさんはぁ!! 学園のアイドルがそんなんになったら近所の卵グループ植物と妖精がみんな泣くでしょうがぁ!! 大体、薔薇が百合になっているから正反対の違いじゃないのぉ!!」 叫んでいるうちにも私のまぶたは段々と下がっていき、それでも聴覚だけは不思議と残っていて……私は……もっと…積極的…に……淫…乱に……な……る………… ---- 「あら、お帰りなさいレイヤ」 「ただいま、フリッジ。ドア開けてくれてありがとう」 「いえいえ、お安い御用だから」 クチートのフリッジにお礼をいい、私は笑顔のままその横を通り過ぎる。 「あ~、レイヤ。首尾はどうだったぁ?」 そして、イズナの歯並びの良さを前面に押し出した笑顔を見た瞬間にこみ上げた怒りを、両腕の葉に纏わせて…… 「くおらぁぁぁぁぁ!!」 リーフブレードをイズナに叩きこむ!! 「足が!! 足がぁ!!」 「アンタのせいで酷い目にあっただろうがぁ!! とりあえずここじゃなんだから面貸せぇ!!」 足の中でも特に肉の薄い所を狙ったリーフブレードでイズナ悶絶している間に、私はイズナの体に噛みついてその体を引きずる。オートロックのホテルのドアで鍵も持っては来なかったが、まぁ、中にはまだ人が残っているしまだお開きには早いから大丈夫だろう。 「アンタのせいで大恥かいたじゃないのよ!! 何が『私は淫乱になる』だこのトンチキ!!」 「え~……でも、それが本心なんだし素直にならなきゃあ。それに前回は上手くいったわけだしぃ……」 「前回上手くいったとか、知ったこっちゃ無いですから!! とにかく催眠術をと解け!! 今すぐ解け!! さぁ解け!!」 「あ~……それにしても、またダメだったのかぁ。ここらでチャンスをものにするべきだと思ったんだけれどなぁ」 言いたかないけれど…… 「チャンスのことならお陰様で……とりあえず、私の本心は伝わったみたいよ。絶対に引かれちゃっただろうけれどね……でも、催眠術では『本当はやりたくないこと』はさせられないんでしょ? だったら、きっとあれが私の本心ってことなのよね?」 「まぁ、もうちょっと強力な催眠術ならば多少なりはやりたくないことを本人の意思に反してやらせることは出来るけれど、さすがに友達にそこまでやる私じゃないわよ。安心して、全部貴方よ」 全部私……それ、喜んでいいのか悪いのか? 「……はぁ。まぁ、今まで自分の気持ちに素直になれなかった私が悪いんだもんね……だからこそ、今度こそイズナに頼らない、本当のありのままの自分で勝負しなくっちゃって思うの。だから、友達として真剣に貴方にお願いするわ……催眠術を解いて」 押し倒したイズナの体を前後に揺さぶって、私は命令した。傍目からみれば強盗のように見えたかもしれないけれど、私の知ったことじゃない。今回ばかりは、イズナの催眠術に振り回されていい結果が待っているとはとても思えないのだ。 「仕方ないわね~……チチンプイプイ!!」 ……いや、ね。 「そんなやる気のない呪文じゃ何の変化もない気がするんですけれど」 「大丈夫よ。これできっと、トオル君と目があっても、レイヤが変な気分は起こす事はないでしょうから。うん、それにしても……自分だけの力で頑張るとはよく言った、偉いぞ」 「このタイミングで褒められても嬉しくないんだけれど~……はぁ、もういいや。明日に備えて寝よう」 「明日に備えてって事は、明日またアタックしてみるのかしら?」 「……一応ね。トオル君に嫌われていなければいいけれど」 こんなことを言うと、また催眠術にかけられそうで怖いけれど…… 「よし、じゃあコレ持って行きなさい」 イズナが何かを投げた。私はそれを咥えてキャッチしたわけだけれどちょっと待て。脇を探っていた気がするけれど、それはどこから出しやがった? と、ともかくなにを渡されたのか見てみよう…… 渡されたそれは、丈夫そうな袋に包まれた、一般的なふりかけよりも小さな正方形の何か……飛んでいるときは咄嗟のことで、訳も分からず受け取ってしまったけれど、咥えてみればその正体は大体わかった。この無数の小さな球体が中に詰まっている感じは…… 「コレ乾燥剤じゃないのよ!! これで何をどうしろって言うんですかぁ!?」 「あ~……間違えた。それはただのシリカゲルだ……」 そんなものをワキに入れないで欲しいし、そもそもワキに入れたものを咥えさせないでよぉ。大体なんでそんなものを持っているのやら。腋臭が酷いのか? 「うん、コレね」 と、またもやワキを探って渡されたのは……今度こそ、コンドーム。何でこんなものを常備しているのやら……思春期で盛りのついた男子中学生でもあるまいし。大体これ、形状も取り付け方法も私達に対応していないから使用できないじゃん!! 大体、使用期限が二日前っていう絶妙な期限切れもどうにかして!! でもまぁ、 「ありがたく受け取っておくわ……応援だと言うことでね……」 「え、何かまずかった?」 「なんでもないわよ」 本当はあるけれど。 「そう……レイヤ。私は貴方の幸運をお祈りしているからね。二人の藁人形で性交の姿勢を作っておいてあげるわ」 勘弁して下さい。アンタの事だからトオル君と私を逆の体勢にしてしまうことだってあり得る気がするんですけれど。 正直に言ってもいいのだけれど、そこははまぁイズナ気持ちを汲んで黙っておこう。……さて、今日はもう寝よう。なるべく催眠術にかけられないようにイズナとは離れていて、なおかつ他の人に囲まれている場所を陣取って。 次の日は灯台のある海岸を見て回ったり戦死者を祭る墓へ行ったり、歴史的に重要な建造物を見て回ったりと、海以外の観光メインでの午前中。昨日の事はお互いに『酔った勢い』と言うことで半分以上納得してしまっているのだろう。気まずいながらも話しかけた私とトオル君は互いの第一声が『ごめん』だったから、仲直りをするのに時間は掛からなかった。 むしろ、雨降って地固まるとでも言うべきか、昨日まで以上に互いのことを意識している雰囲気は、前よりも関係がよくなったんじゃないかと思うほど。 落ち着いて島を回った午前中も、昨日と同じようにしゃいだ午後もあっという間に過ぎ去って……気がつけば夜。ホテルでの飲み会ではなく、この地方名物料理のフルコースが楽しめるお店でどんちゃん騒ぎをした後、後は部屋に戻るだけ(ホテルで二次会的なものがあるけれど)。 私は、昨日の出来事もあったので、殆どお酒は飲まないでトオル君と話すつもりだ。皆が酒を飲む横でジュースばっかり飲んでいるのはちょっとばかし気まずかったけれど、たまにトオル君と目があっては昨日のことを思い出して目を逸らしあうのが、恥ずかしいけれど嬉しかった。 意識してもらっているって思うと……。 「今日は……酔っていないよ」 「みたいだね……足取りもかなりしっかりしているし、全然酒臭くない」 悶々とした気分を抱えて二人きりになると、もうまともに目を合わせられる気がしない……でも言わなきゃいけないよね。 「実はね~……私、告白した時も昨日も、ちょっとばかし正気じゃなかったの」 「へ~……それってどういうこと? まさか女の子の人かそういうわけでもないでしょ?」 「馬鹿、違うわよ。なんと言うかね、自分に素直になれるように催眠療法のようなことをやられていたの。イズナにね」 「え゛……」 「あ、いや。誤解しないでよ?」 トオル君が思いっきりいやそうな表情を見せたから、私はあわてて取り繕う。 「本当に、自分に素直になるためだけの催眠術であって、私が本当はトオル君のことが好きじゃないとかそういうことじゃないからさ……うん、私はトオル君のことが好き。この気持ちばかりは催眠術でどうこうしたわけじゃない……」 「な、なんだぁ……よかったぁ。催眠術なんていうから、君が君じゃないのかと思っちゃったよ……」 「それでね、今日は間違いなく催眠術を解いてもらったから、昨日みたいに何の疑問も抱くことなくセックスどうのこうのとは言わないけれど……イズナ曰く、催眠術で自分の嫌がる事は強要できないって言っていたの……だから、昨日の私は私の本心なんだと思う」 機能のことを思い出して興奮したのか警戒したのか、トオル君は全身の体毛を激しく逆立てる。なんだか、一回り大きくなって可愛らしいな。 「という事は……つまるところ……」 「酔っていない時点で昨日の答えじゃないかしら? とはいえ、今度こそイズナに頼らずに自分の言葉で言いたいから……今日こそ私の相手をしてくれませんか?」 あー……言っちゃった。ブースターに進化しなおせるんじゃないかと思うほど顔が熱い。というか、トオル君も何とかいってよぉ……沈黙が耐えられない。早くこの状況を打破したい……お願い。 「喜んで」 「よかったぁ……」 情けない事に、私はトオル君の言葉を聞いただけで全身の力が抜けて砂浜にへたり込んでしまった。その様子が滑稽なのか、トオル君は鼻で笑って私の顔を寄せた。 「まだ始まる前から疲れちゃってどうするのさ?」 いわゆる口付けでは無い。うつ伏せの体勢になった私の顔を引き起こすようにトオル君の舌が私の鼻の頭を舐め取って、トオル君は微笑んだ。 「ほら、起きてよ」 そんな事を言われて体を奮い立たせないわけにも行かず、私は再び四肢に力を込めて砂浜を踏みしめる。肉球の隙間に入り込んだ砂の感触を味わいながら、お返しとばかりに私もキスをした。 鋭い牙を覗かせる口を開き、互いの首を45度ずつに曲げながらアゴを噛み合わせる。唇に相手の牙が当たって少し痛いけれど、息が触れあい舌が触れあうだけで心臓が高鳴る。少し息苦しいけれど、触れていると言う事実そのものが嬉しかった。 先にギブアップしたのはトオル君だった。肺活量が無くってだらしないとも思ったけれど、知らないうちに光合成でもしていたのかしら? 「ごめん、もう我慢できない」 「きゃっ!!」 私の胸の下に潜り込んで、掬い上げるように頭を持ち上げられて、私は砂浜に転がされる。 「いくらサンダースだからってそこまで気を早くすること無いじゃない」 いつも見下ろしている私が珍しく見上げる体勢で悪態をついて見せるけれど、トオル君はあまり悪いと思っていないらしい。以外にも、こういうときは積極的なのか、それとも男子連中にもイズナみたいなのがいて、催眠術に掛けられているわけじゃないでしょうね。 「いいでしょ?」 トオル君は僅かに肩をすくめながらそういって、いつものような素敵な笑顔を見せた。あぁ、またもや尻尾がキュッとなってしまう。 さらにトオル君は、横たわる私の体を最も無防備な仰向けにさせた。怖いわけではなく、このまま身を任せてみたい衝動に駆られて抵抗できなかった。次は何をしようかと考えあぐねるトオル君を、震える瞳で見つめながら、しかして四肢は強張ることなく身を任せる体勢になっていた。 考えが纏ったのか、トオル君が選んだ行動は舌による愛撫。前足と後ろ足の間から体を滑り込ませて、私の胸に前足を置きながら首から顎にかけ手を重点的に。首にかけていたポーチは、口で器用に外されてしまった。 そうして一度舌を這わされただけで、尻尾どころか後ろ足まで強張ってしまう。 「ん……」と、怯えた声を出しながら、一撃で縮こまった私のことなんてお構い無しにトオル君は愛撫を続ける。次第に刺激にも慣れた私は、強張った四肢を最初と同じく脱力させていった。 「新手めて鼻を押し付けると……すごくいい匂い」 「どんな?」 聞くのは恥ずかしいけれど、こんなことで褒められた事の無い私は少しばかりハイになっていた。 「草の匂い……なんというか、干し草のような、刈り取ったばかりの草を乾燥させている途中のよう……いつも清潔にしているから実験が続いた火は分かりにくいけれど、実験から離れたらこんなにもいい匂いになるんだね」 「じゃあ、しばらくして実験を再開したらまた臭いが薄くなっちゃうかしら? ふあぁ……」 「可愛い声……ふふ、かもね。だから今のうちに目一杯嗅いでおくよ」 言うなり、トオルのマズルが私の首の中にうずまった。ヒクヒクと動く鼻と、それに合わせて首に触れる鼻息。時折チョロッと動く舌が私を愛撫する。舐められるたび、意志に反して体が動きそうになる。ピクリ、ピクリとまるで本当に電気が走るよう……けれど、静電気のように居たく無く、電気マッサージのような強制的な感じではない。 あくまで、私の体がより強い刺激を求めて動きを促すような、そんな意志の反しかたは初めてだ。これが、セックスの味……言葉に出来ないくらいすごい。 「もう大丈夫? 余計な力が抜けてきたみたいだけれど……俺も、レイヤの匂いに満足したしね。もっと違う事をしてもいいかな?」 次第に顔を上気させた私の顔を見て、舌なめずり。まだ首筋だけしか舐められていないということから考えれば……次はもっと下を攻めたいっていうことなんだろうか。それなら、 「大丈夫……もう緊張して無いから」 次の段階に進んでもらおう。 「いよし」 待ってましたとばかりに、トオル君は私の腹にかぶりついた。普段、イズナに洗われたりしても全く気にしなかった部位だけれど、そこは女性にとって大事な場所があるわけで。この状況、この厭らしい舌遣いで乳房をいじられては感じない方が難しい。 「ふぇ……」 思わず上げてしまった情けない声。普段の彼を思えば似合わないくらいに気を良くして、トオル君は攻めを再開する。ただ這わせるだけでなく、押し付けるような舌遣い。僅かに流れる微弱な電流も、まるで媚薬のように乳房全体をを刺激した。 マッサージのように体がほぐされていくような快感ばかりだったけれど、今は体の奥からわき上がるような、今までとは異質な快感が……。あまりその経験はないけれど、自慰をした時と同じ……けれど、副乳を弄ったくらいでこんな快感を覚えた事なんて無かった……これが恋人補正なのかしら? まぁ、考えてみれば子供を産んだら子供に母乳を与える必要が出た時にいちいち喘いでもいられない……だからって、相手が恋人ってだけで舌が触れるたびにジンジンと熱くなるなんて聞いていない。誰も言わないだろうけれど…… 漏れだす息を何としても声帯に絡めないように、なんて努力もむなしかったようで、意識が快感に塗りつぶされた頃には甘い声が上がり始めた。 「大丈夫? 苦しいわけじゃないよね?」 快感に翻弄されっぱなしの私は苦し紛れに「うん」と頷く。苦しいわけじゃないけれど大丈夫な気もしない。彼の遠慮のない愛撫で、すでに私の一番大切な場所はむず痒い程に湿り気を帯びていて、速くそのほてりを解消して欲しい所だけれど、やっぱり言い出せないのは恥ずかしがりやで引っ込み思案の&ruby(さが){性};のせいか。 気がつけば、もっと強い快感を懇願する私の腰は、控えめながらも意志に反して僅かに前後していた。何も触れることの無い秘所がそんなことで快感を得られるわけもないのだけれど。 「へぇ、自分で動くんだ」 なんて、トオル君の意地悪な言葉が、爆発しそうなくらいに顔を熱くさせる。注意深く観察しなければ分からないであろう私の仕草に気付いてしまう余裕が何だか恨めしい。 「変なこと言わないでよもう!!」 「実況しただけなのに?」 「恥ずかしいから……」 悪びれることなく、トオル君は得意げな顔で私を見下ろすばかり。いつも見降ろされていたトオル君にこんな形で主導権を握られ続けるとは思っても見なかった。 その恥辱すらも快感に置き換えそうと言うのか、愛撫に飽きたトオル君は私の体にのしかかる。彼の欲望を代弁するかのような怒張したモノが、先程まで散々舌を這わされ敏感になった場所に居座り、これがこれから私の中に入るのかと思うと、ことさらに秘所がうずき出す。 もちろん、痛みとかに対する恐怖が無いわけではないけれど、トオル君とならば耐えられる気がした。 トオル君が胸から顔を離し、物欲しそうに半開きになった私の口に狙いを定めると再度のキスが行われた。さっきした時よりもずっと、舌を絡めたい衝動に突き動かされ、半ば噛みつくような貪り方で、私はトオル君を味わった。 運動をしているわけでもないのに荒ぶる私の呼吸は、自身の抑えきれない欲求の表れか……もう我慢できない。 「ねぇ……」 口を離したトオル君が私の声を掛けただけで、次に何をするのか本能的に決め付けてしまった。 「分かってる」 私は立ち上がり、四肢で大地を踏みしめた。力なんて入らないとか思っていたけれど、本来性交を行うべきこの姿勢を取れないなんて事は無く、むしろ四肢にはいつもよりも力が入る感じさえしてくる。 でも、その前にしなきゃいけない事が…… 「仰向けになって、トオル君」 「ようやく気持ちよくしてくれる?」 何か期待に満ちた眼差しだけれど、私の口では牙のせいで咥える事も出来ず、ただ舐めることしか出来ないから……なんというかその、フェラなんて行為は出来やしない。 だからと言って、生殺しにしていじめる目的があるわけでもない。昨日イズナからもらったものは結局役に立たないので、一人でこっそり新しく買い求めたコンドームを嵌めておくんだ。一応二人とも学生だしね。 「残念でした。気持ちよくなるのはしばらくお預けね」 悪戯っぽく笑いながら、私は首にかけていたポーチの中を探る。 「あぁ、なるほど」 バッグから口を離すと、いわゆる咥えゴムと呼ばれる艶めかしい恰好に。そんな私の痴態をトオル君は苦笑して見つめる。トオル君がゴウカザルか何かなら、『自分でつけてよ』なんて言う事も出来たのだけれど、4足歩行のポケモンには無理な話だ。 その私も4足歩行なわけで、取り付けには専用の物を使うしかない。噛みついても破れない、そういう素材で出来たそれを強引に引っ張って装着するのは、骨が折れると言うか牙が俺そうな重労働で、四苦八苦した時間に比例して二人の欲求もいい具合に落ち着いた。 「あとはもう、いつでもどうぞ」 上目づかいを意識して精いっぱい無い魅力を絞り出した。興奮したのか、トオル君は僅かにタテガミを拡張させて舌舐めずりをしながら大きく息を吸う。 「じゃ、お言葉に甘えて」 「ひゃっ!?」 背を向け、完全に受け入れる体制をとった私への洗礼はまず、秘所への愛撫から行われた。刺激が途絶えて時間がたっていたにもかかわらず私の体は未だに興奮さめやらなかったらしく、後ろ足が縮こまる衝撃が駆け巡った。 まだ軽く触れただけでこれなのだから、否が応無しに期待は高まるばかりだ。 「本番……行くよ」 どうやらこれ、愛撫と言うよりは合図だったようで、そのあと待ったなしで私はトオル君に覆いかぶされた。まだ一度も雄を受け入れた事の無い私の秘所にあてがわれる。 トオル君のものが熱を帯び脈打っているのが触れただけでも伝わってきて、相手の鼓動に合わせて微かにぴくぴくと揺れる様は、私のうずきをさらに加速させた。 指先、爪先にまで力がこもり、地面に噛みつくようにギュッと体をに力を込めた。 初めてだと言う事を感じさせる初心者丸出しな挿入は、一回、二回、三回と失敗して、その間は素股のようにクリトリスを擦られるだけ。でも、それはじれったく熟れた体をさらに焦らすような絶妙な攻めになっていて、こいつわざとやっているんじゃないかと。 ようやく四回目に入った時は……すごく痛くて、ゴホッと咳こむような、肺が押しつぶされたような息が漏れる。 「大丈夫?」 すかさず、私を心配する声もあまり耳には入らなかった。痛い……けれど、それ以上に快感もあってなんだか耐えられないものではなさそうだ。 「あまり痛くないなんて楽観視してたけれどさ……もう、大丈夫。覚悟していればきっとそんなに痛くないよ」 苦笑して、力無い笑みで私は告げる。 「そんなの悪いよ」 しぶしぶと言うべきか私を痛い目に合えわせるかもしれない事は気が進まないらしい。一旦繋がったまま首筋に舌を這わせ、ゾクゾクとした快感に痛みを忘れさせようと言う算段なのか。 「しばらく休ませよう」 のしかかる彼の重み、彼の鼓動、体温、全てがそれだけで媚薬になる今の私には首筋だけでも十分な刺激たりえた。甘い声が再び漏れ出して、 「もう大丈夫」 「じゃ、じゃあ行くよ」 密着しているせいか、トオル君が唾を飲む音まで聞こえた。 「……んっ!!」 大丈夫という言葉は、実は虚勢のつもりで言ってみた事だけれど、存外にも痛みは大分収まっていた。ゆっくりと奥へ奥へと突き進む感触には、かさぶたを撫でるような小さな痛みしか伴わないのに、反比例して強くなった快感が私に声を上げさせた。 声にならない声は、痛みによる声色と全く違う甘いもの。 「大丈夫?」 なんてトオル君が心配した言葉を発していても、その声色からは私からは見えない彼の顔に笑みが浮かんでいる事を容易に想像させた。 「多分、思っている通りだと思うよ」 この程度なら、きっと彼を受け入れられる自信があった。次に襲いかかる快感に嬌声なんて出さないように口を食い結んだら、襲いかかる快感にくしゃみのような勢いで鼻息が駆け抜けた。 外での行為なんだから大声を出してしまうのもはばかられて、口を閉じていなかったら危うかった。危うく大声を出してしまうところだった。そんな、悲鳴にも似た嬌声が漏れそうなのを無理矢理閉じている様子はトオル君を興奮させたのか、もしくは意地でも喘がせたくなったのか……どちらにしても、私が苦痛は感じていないと理解されているみたい。 だとしたらそれは全くその通りで、自分でももう何か余計な事を考えられる余裕がない。容赦のない前後運動だけれど、それを拒否しようなんて思考が全く湧きあがらない快感が下腹部から下半身の大部分を支配した。 視界が揺れて、ぼやけて、二重に映って、それでもそれが気にならないくらいにトオル君を感じている。溶けてしまいそうな快感に酔ってふやけた思考は本能による命令に取って代わられる。その本能は砂浜にを踏みしめた後ろ足に力を込め、自らも腰を動かす事を強要した。いつもならあったかもしれない恥ずかしいなんて思考が無意味になり、私は快感の命じるままそれに身を任せた。 「うぐっ」 頭が真っ白になった私に届いたトオル君の絶頂を告げる声。激しい腰の打ちつけが止んで、トオル君はただ最も奥に子種を注入しようとする体勢をとった。コンドームを付けているにもかかわらずそうする意味は本能的な快感に身を任せた結果なんだろう……私もその快感に身を任せて、ただ自身の中に彼を受け入れる感触に浸っていた。 ずるりと引き抜かれた後にトオル君の顔を見てみると、今すぐにでも座り込みたそうな憔悴を見てとれる半開きの口。 「どうだった?」 「思ったより痛くなくって……それに気持ち良かったと思う……」 もう快感の余韻も大分冷めてきたろうに、とろんとしたトオル君の表情は雰囲気に酔っている証拠なのか……でも、きっと私も同じ顔をしている。 「良かった……途中から夢中で、レイヤの事殆ど考えられていなかったから……」 「ちょ……ちょっとそれ酷くない?」 「きっと、気持ちよさそうに喘いでいたから油断しちゃったんだと思う……本当に御免」 「んもぅ……もしいたかったらきっと嫌いになっていたわよ。全く……普段は私と同じで奥手のくせに、どうしてこういう時だけ異常なまでに積極的なんだか」 「おれ、積極的だった?」 「意識していなかったのぉ?」 呆れた……まぁ、こんなときぐらいそれでも構わないけれど。 「ふぅ……満足している所悪いけれど、私今回はまだ満足しきっていないからね」 不機嫌そうな口調と満足そうな表情を同居させて私は告げる。 「だから次やる時は私も満足させてよね。いいかしら?」 「……喜んで。てか、俺もまだまだ甘いって感じだから……これから二人で慣れていこうよ」 「賛成。でも、今度は室内で落ち着いてやりたいね……」 「君の家はイズナが同居しているし……いつか俺の家に泊まるときでも」 「それなら、旅行から帰った日にそのまま泊まっちゃおうかしら?」 「なに言われるかわかったもんじゃないけれどね、それ……」 そうして、二人はひとしきり笑い合った。鼻が利く種族もいるから、海水で臭いをごまかすようにはしゃいだりもして、そろそろ寝なければいけない時間になって、ようやく以って二人はホテルに戻る。 「ただいま」 もしかしたらドアを開けてくれる者は全員眠っているんじゃないかって嫌な想像も駆け巡ったけれど、よりにもよってと言うべきか、もしくはやはりと言うべきなのか、イズナだけは起きていた。 「あら、その様子だと何と言うか……」 みんなが寝静まっている事もあってか、流石のイズナでも声のボリュームはいつもより控えめだ。 「みなまで言わないで……」 首を軽く横に振り、私は微笑んだ。 「せいこうしたわよ。二つの意味で」 「そう、良かった」 いつもの歯並びの良さを前面に押し出す笑みとは違う、控えめで祝福するような笑み。そんな表情の違いが、友情を感じさせてもらってとても嬉しかった。 「今日は自分の力で出来たけれど……最初のきっかけを思えば貴方のおかげ。イズナには本当に感謝しているわ」 「そう。でも、結婚のプロポーズは出来るかしらね? また私に頼むことになっちゃったりして」 「もう、告白のアドバイスは必要ないわ。きっと、多分……何だかこれからは積極的になれそうな気がしてきたから。だからあなたには感謝しているわ……感謝しているから……」 「何かしら?」 「早く……部屋に入れてくれないかしら? 眠いし、疲れているんだけれど……」 全く。どんなにいい友人だとしても、イズナはやっぱりズレた所があるようだ。 ---- ---- **後書き [#k66abba6] この作品はXilofonoさんが完結させないまま放置していた作品の設定とコンセプトを流用させてもらっています。アイデアはいいのにもったいないなぁ……などと思い、チャットに来た本人と交渉して書かせてもらった作品でありました。 今回の登場人物の名前は、レイヤはフレイヤ。トオルはトール。イズナはイズンと言ったように北欧神話の登場人物が元になっています。なんでそんな名前にしたかと言うと、某斬撃ゲーの影響ですw そっち系のネタも僅かですが含まれています。 何だか、しりすぼみと言うか竜頭蛇尾になってしまった感が否めませんが、そこを反省点として次の作品ではより精進できるように頑張らせていただきます。 (終わり) 【作品名】 告白のアドバイス 【原稿用紙(20×20行)】 75.1(枚) 【総文字数】 23804(字) 【行数】 569(行) 【台詞:地の文】 38:61(%)|9103:14701(字) 【漢字:かな:カナ:他】 31:59:5:4(%)|7499:14060:1279:966(字) #pcomment -------------------------------------------------------------------------------- IP:125.198.70.102 TIME:"2013-11-22 (金) 17:25:51" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E5%91%8A%E7%99%BD%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%B9" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 10.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/6.0)"