ポケモン小説wiki
匙加減一杯の幸せ の変更点


えろいっす。やばいっすって思う人はバックバック
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調理に使うゴムベラ、砂糖の甘い臭い、カカオの粉が宙を舞い、飴を伸ばす炎がめらめらと燃え盛る。スイーツを作る調理室の奥で二匹のポケモンが会話を繰り返す……
「シフォンケーキの砂糖がちょっと多いかな?もう少し匙加減を考えて、お菓子作りはお料理と違って匙加減一杯で全部変わっちゃうから……作り直し♪」
にこやかな笑みを浮かべてパティシエールの格好をしたブースターがパティシエの格好をしたレントラーの作ったシフォンケーキを突っ返した。作り直しという言葉を聞いて、レントラーはがくりと項垂れる。
「うぅ、またっすか?どうすれば料理長の舌を唸らせるシフォンケーキが出来るんですか」
「僕の舌を唸らせる工夫を凝らす前に、匙加減を考えてケーキを作ってね。基本が大事、工夫はその後!!頑張れ頑張れ、ボルト君ほどの腕だったらすぐに美味しいケーキが作れるって!!」
「りょ、料理長…」
ボルトと呼ばれたレントラーはウルウルとした瞳でブースターをみつめる。妙に照れくさくなったブースターは頭をぽりぽりとかいて、
「や、やだなぁ、そんな顔されるとなんて返していいかわかんなくなっちゃうよ……って!ほらほら!!ボーっと突っ立ってる暇があったら他の人を手伝ってあげて。たかがスイーツ、されどスイーツ。食後の軽いつまみ程度でも気を抜かないで!!お客さんは口直しを結構期待してるからね!!みんな!張り切っていくよー!!」
『はい、料理長!!』
ブースターがよしよしといった顔で飴の加工の続きに入る。その後ろから他のパティシエたちの声が聞こえる…
「やっぱりかっこいいよなぁ、料理長」
「あのお菓子に懸ける情熱といい。皆を平等に扱う公平さといい、何より優しいし、女の子だし……」
「あれで彼氏いないんだって。信じられないよね?」
「いや、これはチャンスだ、俺は誓うぞ!調理長を唸らせるスイーツを作って……調理長の心をがっちり掴んで――」
「うっさーい!!喋ってる暇があったら、納品リストをチェックするとか、調理に使った器具を流し台に持ってくとか……ああーっ!!何でこんなところにホイップクリームが出しっぱなしにしてあるの!?液体に戻っちゃうから早く冷蔵庫にしまって!!」
皆が好き勝手に話しているのにいらいらしたのか、ブースターが大声で一括すると、他のパティシエ達は慌てて自分の作業に戻っていった。
ブースターがちらりと窓から外を見る。高い高いビルの上に作られた。高級レストラン。都会ではこういうものが当たり前の世界になっている。そしてそのレストランでは、食前、メインディッシュ、食後のスイーツをそれぞれ各料理人達に分かれて担当している……ブースターはそのスイーツの料理長だった…
「よっし、飴の加工は終了。えと、後は――」
次の仕事をしようと思ったときに、他のパティシエたちがブースターに話しかける。
「料理長、シュガーの納品数が足りません」
「納品リストを後で僕のデスクの上においといて。一週間くらいは持つでしょ?」
「料理長、フォンシダンショコラのカカオはどれくらいでやれば良いでしょうか?」
「えっと、40gぴったしで、目分量でやると真っ黒になっちゃうよ」
「料理長、パンプキンパイのかぼちゃが余ったんですが」
「保存しておいて、後でかぼちゃアイスでも作って出せば良いから」
矢継ぎ早な質問にさらさらと答えながら、ブースターはメレンゲを作る作業に入った。手際のよい動きで、さかさかと作っていく…
「ふうっ、おしおし、だいじょぶだいじょぶ」
ぶんぶんと首を横に振って時計に目を移す…夜の7時を回ったところだ。
――――まだまだ、お客様が来るのはこれからだ……
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「お疲れ様。皆よく頑張ったね!!」
『ありがとうございます。料理長!!』
時間が遅くなり、お客さんのポケモンたちも帰っていく。残されたパティシエールの料理長と複数のパティシエ達は、今日のスイーツ作りの反省をしていた。
「う~ん、今日は暫定的に見た結果、お客さんの好評はおおむねよかったと思ったけど、やっぱりボルト君が出したシフォンケーキが甘かったってお客さんが言ってたんだって…」
ボルトのほうに目線を移して首を傾げる。そういわれたボルト這うぐっと硬直して、冷や汗をだらだらと流した。
「……まじっすか?」
「まじっす。どうしても甘くなっちゃう原因とか自分で分かってる??」
ブースターはそう言って、純粋無垢な瞳でボルトにずずいと詰め寄る。ボルトはごくりと生唾を飲んでから――――
「いえ、全然分かりません」
どきどきしながら答えると、ブースターはふむ、とだけ言って、
「分かった。今日は皆は解散。ボルト君は僕と残って個人レッスンだ。ちゃんとしたシフォンケーキ出来るまで返さないからね♪」
「ま、まじですか?」
「うん、まじです。よし、反省会終わり。じゃあ皆。バイバイ……明日も一緒に頑張ろう!」
『はい!料理長』
全員が気合の入った声で返事をして、いそいそと帰り支度をしていく。中には羨ましそうに残っていく二人を見つめるものもいたが、すぐにそっぽを向いてわらわらと帰っていく。
全員が帰ったことを確認してから、ブースターは改めてボルトと向き合った。
「さて、みっちり個人レッスンといきたいところなんだけど、これから書類の整理と納品リストのチェックと調理場の掃除と戸締りをしなくちゃいけない都合で深夜0時位までしか残れないから、手短にやっちゃおう……そういえばさ、ボルト君はシフォンケーキの材料って何だか知ってる?」
いきなり喧嘩を売るような質問を繰り出す。ボルトは少しだけむすっとしてから、さもあらんといった顔でぺらぺらと饒舌に語りだした。
「それくらい知ってますよ。薄力粉、ベーキングパウダー、サラダ油、水、卵黄、卵白です」
喋り終えた後に一息つく。ブースターはにっこりと笑って首を縦に振った。
「よろしい。じゃあそれぞれの材料の計量は分かる?」
少しだけ躊躇してから、ボルトはゆっくりと思い出すように喋りだした。
「……えっと、薄力粉130g……ベーキングパウダー小さじ2/3杯……上白糖……120ぐら―――」
「ストーーップ!!!ストップストップ!!ちょっと待って…」
いきなりずっこけたブースターを見てボルトは不思議そうな顔をした。というよりもぶつけたところを押さえているブースターを心配そうに見ていた。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「僕はいいから、もう一回ってくれないかな?僕の空耳であることを祈りたいから……上白糖……何gって言った?」
「えっと……120……」
それを聞いてブースターは大きくため息をついた。その姿はまるで出来の悪い教え子を見た感じだった。
「え?違うんですか?」
「全然違うよ!!上白糖は120gじゃなくて70~80gだよ!!どんだけ甘党なんだよボルト君は……」
全くもうといってから、冷蔵庫に向かい、先程ボルトの作ったシフォンケーキを取り出して、ひとつまみつまんで口の中に放り込んだ。食べると異常な味……とまでは行かないがとても甘ったるい味が口の中いっぱいに広がった。渋皮でも食べたかのような苦い顔をして、
「一回つまんでみなよ。絶対これは虫歯になる…」
そういって差し出された自分の作ったシフォンケーキをまじまじと見つめた。焼き加減もばっちりだし、見た目もいい。先程ちゃんと味見もし足し、問題ないと思いつつも恐る恐る一つまみつまんで咀嚼してみる。
「………別に普通だと思いますけど…………」
「はい、ボルト君甘党決定。君の味覚はちょっとおかしいよ…そのケーキは持ち帰って自分の冷蔵庫にしまっておくこと!……明日僕がお手本のシフォンケーキを作ってくるから、それを食べて自分のと比べてみることを推奨するよ……」
言いたいことはそれだけだといわんばかりにブースターはそれだけ言って細かい話を二、三した後に、ボルトを家に返した。
一人になったブースターは、手際よく調理器具を片付け、ささっと調理場を掃除して、デスクに向かって納品リストのチェックを開始した。
「えっと、シナモンシュガーだろ?……えっと、納品数は…」
刹那、後ろから声が聞こえたが、集中していたブースターはそれに気がつくことがなかった。
「あの~、すんません。ホテル"グランド"のスイーツの調理場ってここですか?」
「四箱か……でも三箱しかこなかったって言ってたしなぁ……こっちのミスか向こうのミスかってところかな……どうしようか……」
「えっと、もしもし?ワシの話聞いてますか?」
「電話するのも気が引けるなぁ~、こっちのミスだったらあっちに迷惑がかかっちゃうし……どうしたもんかどうしたもんか……」
「アカン、駄目やこれ。完全に人の話聞いとらん……もしもし?」
「うぅむ、悩みどころ――って、はい?」
後ろから声をかけられたことにようやく気がついて、何事かと振り向く。そこには他のポケモンと同じように、パティシエの格好をした――グラエナが立っていた。
「あ、ようやく気がついたんやな…って、もしかしてパティシエールかいな?……めっずらしいわぁ……あの、ところで料理長しらへんかな?」
そのグラエナはブースターをものめずらしそうに見てから周りをきょろきょろと見回して、料理長を探した。こいつは一体何なんだと思いながら、ブースターは咳払いをして、なるべくよく聞こえる声できょろきょろしているグラエナに話しかけた。
「えっと、料理長を探しているのなら、ここにいるよ。僕が料理長……」
「へ?そうなん?うわっ、しくったわー…あかん、えろうすんません。ワシ田舎もんやから失礼なこといろいろ言ったかもしれん……ホンマかんにんしてください」
いきなり謙った態度になって。グラエナはぺこぺこと謝る。正直に言うと以外だった。こういうタイプのポケモンは絶対自分のことを料理長と思わないかと思っていたが、意外に純情なポケモンなのかもしれない。
「ん、まぁべつに気にしちゃいないんだけど……何というのか、君は一体だぁれ?」
それを真っ先に言いたかったのだが、グラエナのペースに押されてしまった。グラエナはあれ?という顔をして、
「ホテルの人から聞いとらんかったんですか?本日付でここのスイーツ調理場で働くことになったグラエナのマーブルです。よろしゅう!!」
びしっと親指を立ててアピールするマーブルと名乗ったグラエナを尻目に、ブースターは完全に硬直していた。
「えと、ここで働く人の話は聞いてたんだけど……今日の10時にくるはずだったんだけどなぁ……もしかしてこっちの時間采配ミス?」
「え?」
「それともそっちが時間間違えただけ?」
………………
静かな夜に重い沈黙が流れる。と、言うよりもぎこちない雰囲気でどんな言葉を相手に返せばいいのか分からない。相手のほうは何だか情緒不安定になってるような感じでかくかくと落ち着きのない動きをしている。顔に冷や汗を掻いているし、何だかぶるぶるしている。とても落ち着きがない。
「えっと、すんません、今、何時っすか?」
「深夜0時53分23秒……24、25、26……」
秒刻みまでハッキリといっていちいち喋ってみた。それを聞いたとたんにマーブルの顔が紅潮していった。多分恥ずかしいんだろう……
「うわぁ、えろうすんません。ワシ物忘れが激しいんじゃ……まさか二時間以上遅刻するとは思わんくて……あかんわぁぁ…ほんっとに申し訳ない。すんません、料理長!!」
前肢を合わせて謝るマーブルの姿を見て、ブースターは何だか何とも思えない気分になった。別に怒っているわけでもないので、時間の遅れくらいは何とかなるだろうなどとのんきなことを考えていた。
「まぁ、別に良いよ。自己紹介とかはまた明日やればいいしね。とにかく今日はもう遅いから、君のことは明日皆に報告するよ……っと、自分の紹介がまだだったよ……僕はコロナ。ホテル"グランド"でスイーツの料理長を務めているんだ……今後ともよろしく。……マーブル君」
儀礼的な握手を求めるように前肢を差し出す。グラエナは柔和な笑みを浮かべて――
「よろしゅうお願いします!!……ホンマにな」
握手に応じた。
――そのときの顔は、不気味なほどの笑顔で…
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「今日から新しいパティシエが仲間になるよ。皆仲良くしてあげてね!!」
「マーブルです。よろしくお願いします!!」
儀礼的なお辞儀をして、マーブルは簡単な自己紹介をした。ほかのパティシエ達はマーブルに得意なスイーツや好きな加工方法などをひっきりなしに質問する。マーブルは困ったような顔をして一人ひとりの質問に受け答えをしていた。
「へぇ、皆やっぱりマーブル君のことに興味があるんだ……」
「うまくやっているみたいですね?」
後ろからあまり聞かない声が聞こえて、コロナは後ろを振り向く。そこにはコックさんの帽子をかぶったエルレイドが柔和な瞳でコロナを見つめていた。
「あっ…そ、総料理長…何か大切な用事でもおありですか?」
急に現れた総料理長と呼ばれたエルレイドは、からからと笑った後に、口を開いた。
「そんなに硬くならなくても良いですよ。私は別にコロナさんを緊張させるためにここに来たわけではありませんから。……コロナさん、分かっているとは思いますが、一応お知らせにきました。今週末に、ケーキの料理大会がこのホテルで行われます。貴方達パティシエやパティシエールのケーキ調理の力量を測るのと同時に、最も優れたケーキはこのホテルで食後に出されるとても誉れ高いケーキになります…」
何気なく喋っているようだったが、コロナは緊張でかちこちに固まっていた。今週末に開かれるケーキの料理大会が行われるということを改めて言われて、開催日でもないのに胸がどきどきする。心臓の鼓動がどんどん高鳴って、もしかしたら自分の作ったケーキが選ばれるかもしれないなどという淡い期待も抱ける。料理長である自分が作るケーキなのだ。少なくとも特別賞には入るだろう。それに、大会が終わった後はケーキを試食できるのだ。みんなの作ったケーキがどんなものか食べてみたいという期待と、こういう美味しいイベントで大好きなケーキが食べられるという邪な理由で頑張れるという欲望がぐるぐると頭の中に渦巻く。
「は、はい、分かっています」
「ただケーキを作れば言いというわけでもありませんからね。万人向けで、見た目もよく、味もいい。そういうケーキが全体的に高評価をもらえるものです。更にそういうケーキに自分なりのアレンジや、あっと驚く工夫をして、ケーキというのは個性が分かれるものですから……コロナさん??聞いてますか??」
涎を垂らしてニヤニヤしているコロナの顔を、総料理長がぺしぺしと叩く。コロナははっと我に返ってから、じゅるりと涎を吸い上げてぶんぶんと首を横にふった。
「す、すみません!!どんなケーキが出てくるのか今から楽しみでしょうがなくて……」
「はぁ…想像するのも楽しみの一つですが、度が過ぎると妄想になりますよ?コロナさん、貴方は料理長なのですから、他のパティシエたちのお手本になる行動をしてくださいね。その想像して涎を垂らす癖を直すのも、大切ですよ?」
「い、以後気をつけます……」
「報告は以上です。他の皆ももう知っているでしょうし、別に言う必要はありませんよ。では、今週末を楽しみにしていますね……」
総料理長はそれだけ言うと、足音一つ立てずにすっと調理場から消えていった。コロナは嵐が過ぎ去った後のようにどっと疲れた顔をして、ふぅ、とため息をついた。
「あーあー、総料理長苦手なんだよね……何考えてるかわかんないし…」
「嫌いなんですか?」
急に横から口を挟んできたからびっくりして声のしたほうに首を向けると、いつの間にやら横にいたマーブルがクッキーの生地をこねながら話しかけていた。
「いや、嫌いとかじゃないんだ。総料理長は尊敬できる人だしさ、何よりもそこに行き着くまでに努力した人だからさ…そういう人は僕、嫌いじゃないから…」
「成程、努力家が好みのタイプなんですか……」
勝手に解釈をしたマーブルはコロナの返答を聞くこともなくクッキーの形を作り始めていた。星型、ハート型、中にはディアルガの形をしたクッキーまであった。恐るべき器用な手先と、物凄い集中力。口だけではなく、手も動かせる、天然の天才というやつだった…
「わぁ!凄いねマーブル君…手先が器用なんだ…焼き物が得意なの?」
「……得意?こんなん誰にでも出来るでしょ?ただ形作って焼くだけなんやし…」
ぶっきらぼうに言ってから。またいろいろな形のクッキーを作る作業に戻っていく。なんだかひどく無愛想で、さっきまで話しかけてくれていたキラキラした瞳はどこかくすんで、なにやらもやもやした黒色の瞳に変わっていた…
――が、コロナは何か釈然としないものを感じて、ちょっとだけマーブルに食いついた。
「なんだよ、せっかく凄いって思ったのに、まるでマーブル君がお菓子に興味関心を示さないみたいな言い方じゃないか」
若干の沈黙。タブーだったのだろうかと内心ひやひやしながらも、コロナはどきどきしながらマーブルの返答を待った。数秒の沈黙の後、聞こえるような大きなため息を大げさについて、クッキー作りを中断してマーブルはコロナのほうを向くと――
「まるでじゃないですよ。ワシにはスイーツに何の興味も関心もわきませんから…」
――とんでもなく侮辱的な発言をした。さすがにこれにはコロナもピシリと固まった。マーブルがへんなものでも見るような顔で見ていたが。数秒してから大声で怒鳴り散らしたい激情をぐっと押さえて、コロナは静かな怒りを込めて重々しく口を開いた。
「……マーブル君は自分で今なにを言ったのかわかっているの?僕たちパティシエやパティシエールの存在を頭ごなしに全否定する無神経な発言をしたんだよ?……君もパティシエだろう?」
「なんすかそれ?お菓子が好きじゃないとパティシエになれないんですか?それはかなり間違った考え方っすよ…それに、ワシはお菓子が嫌いなんて一言も言ってませんしね…お菓子に興味や関心が無いだけっす」
飛び掛りそうになる身体の衝動をぐっと抑えて、コロナは静かにマーブルをにらみ付けていた。マーブルは何なんだといわんばかりのすまし顔でもくもくとクッキー作りを再開しだす。驚くほど早く、形も綺麗で、このまましっかりとした温度で焼けばかなり完成度の高いクッキーが出来上がるだろう。しかし――
「僕は……絶対に認めない!……どんなにお菓子作りがうまくても、どんなに手早く丁寧な作業を完璧に出来ても、お菓子に対する情熱が消えてる人が作ったお菓子なんて……他人が受け入れてくれるはずが無いよ!」
結局大声を出してしまった。何事かと他のパティシエたちがやんややんやと周りに集まってくる。マーブルはそんな大声にも眉一つ動かさずに、ちらりと周りを一瞥すると――
「勝手な意見っすね。お菓子は美味しいもの、見た目が良いものにお客さんは食いつくっす。お菓子に対する愛情なんてこもって無くても、美味しいものにつくのが周りの反応っすよ…」
「ふざけるなっ!!」
「一般論っす」
ぴしゃり、と一言だけ言うとまたクッキーの形作りに戻っていく。コロナがぎりぎりと歯を食いしばって何かを言おうとしたとき、ふと、マーブルがにやりと笑ってこういった。
「だったら料理長、ワシと勝負しませんか?……今週末に開かれるケーキ大会。料理長のケーキとワシのケーキ…どっちのケーキが総料理長の心を掴むか…」
「えっ?」
いきなり勝負を申し込まれてコロナは動転した。先程の器用で丁寧なマーブルの指先の動きを見る限り、マーブルがただの口だけのパティシエとは違うことが分かる。自分もパティシエールとしては上位に入るほうだが、マーブルのようなパティシエは未だかつて見たことが無かった。そんなポケモンを相手にして勝算はあるのだろうか?
…いろいろな問答が頭の中に渦巻いている最中で、返答をしないのが拒絶と受け取ったのか、マーブルはこういった。
「恐いんすか?負けることが…。料理長は勝てる勝負しかしないんすか?それとも馬鹿にされて否定されて、それでも勝負を受けないほど料理長のスイーツに欠ける情熱ってもんは矮小なもんなんすか?」
そこまで言われると、さすがにカチンときた。情熱は本物だし、別に逃げるとも言っていない。何より腹が立ったのは、勝手に人の気持ちを解釈するマーブルの頭だ。コロナはつかつかとマーブルの傍まで歩み寄って、鼻息がかかるほどの至近距離で…
「やってあげるよ!」
パティシエールの服装が長袖だったら腕まくりしそうな勢いで、マーブルの挑発に乗った。それを聞いたマーブルはにこりと微笑を浮かべて――
「承ったっす。ただ勝負しても面白くないっすから。負けたほうが勝ったほうの言うことを何でも聞くっていうのはどうっすか?」
「望むところだ!!その余裕をめちゃくちゃにしてあげるよ!!」
「おお、恐い恐い……。料理長の言う料理に懸ける情熱とやらが、料理には何の意味も無いってことを教えてあげるっすよ…」
「ぬかせ犬っコロ!!後で吠え面かくなよ!!」
お互いがお互いにばちばちと睨み合う。乗せられた感もあるし、公然の場でこんな子供みたいなことをした自分を恥じる気持ちもあったが――
砂時計は流れ出した…運命の硬貨は投げられた…もう後戻りはできない……
かくして、コロナとマーブルの熾烈なスイーツ対決の火蓋が斬って落とされた……
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「まったく!!何なんだよあのグラエナは!!まるで礼儀がなってない。いや、礼儀以前の問題だよあれは!!」
怒りに任せて仕事をすばやく終えたコロナは、自分の家に帰ってくるなり枕を壁にたたきつけた。ぜいぜいと方で息をして、今日の出来事を思い浮かべる。そうしているうちにまた怒りがわいてきて、また枕を壁に叩きつける。
「くっ…何やってるんだ僕は……急いでケーキ大会に出すケーキの構造を考えなくちゃ…」
しばらく息をついていたが、冷静になって首をぶんぶんと横に振り、紙を取り出して鉛筆を握ると、さらさらと適当な絵を描き始めた。二分くらいで描き上げた絵をまっすぐに見てみる。白いクリームとイチゴ、断面にはスポンジやら何やらといろいろなものが適当に描かれている。それはよくお菓子屋さんで見かけるショートケーキの全体図だった。コロナは数分くらいそれをにらみつけていたが、やがて描いた紙をくしゃくしゃにするとゴミ箱に放ってしまった。
「だめだ。こんなありふれたケーキなんかじゃ心を掴むことなんてできないよ…」
そういってから、コロナはまたイラストを描き始める。描いては捨て、描いては捨て、時々ケーキの材料などを紙にメモして、いろいろなケーキの案を描いていた。しばらくそんなことをしていて、何を思ったのか大きなため息を漏らした。
「……なんでこんなにムキになってるんだろ…子供みたい…」
鉛筆を置いて、台所に行く。その台所はちょっとした調理場になっていた。お菓子作りに必要な器具はほとんど揃っているし、冷蔵庫にはお菓子に欠かせない食材や甘味料、香辛料などが大量に冷蔵庫の中に入れてあって、かなり中がぐちゃぐちゃになっていた。
コロナはそこから手前のほうにあるココアの袋を手に取ると、コップに三杯入れてから、水を瞬間沸騰させてコップに注いだ。
「あ~、ブースターって便利~…うっぷ、吐き気がするくらい甘いや…何でこんなものを好き好んで飲むのかなぁボルト君は…」
コロナはあったかいココアを一口飲んでからうえっと吐きそうな顔をした。このココアはボルトが遊びに来たときに遠くで買ってきたお土産といってくれたものだったが、通常のココアよりもかなり甘く、正直コロナには会わなかった。しかし後輩からもらったものを合わないの一言で突っ返すのもなんだか嫌な気分になるので、しょうがないから一日一杯は飲むということでココアを消費しているのだが、全く減らない。そもそも袋のでかさが通常のココアの二倍くらいなのにどうしてこんなに安いのだろうと思う。ボルトが買ってきたココアは値段のラベルが張りっぱなしのままコロナに渡されたためにありがたみもへったくれも無いものになっている。せめて剝がしてから渡せよと心の中で思ったのだが純粋なボルトの気持ちを真っ二つにへし折る発言はしなかったが、値段のラベルを見るとなんとなくありがたみが薄れる。そのラベルに書いてある値段は、普通のココアの二分の一程度の値段で買えるものとなっており、これだけ安いと商売にならないのではないのだろうかという疑問すらわいてくる。
「うっぷす……はぁ……」
ココアをもう一口口に含んでからため息を再度もらす。ため息の力で鍵が錆び付いてしまいそうなくらいに今のコロナは疲れていた。
――料理長の言う情熱とやらが、料理には何の意味もないってことを教えてあげるっす…
「情熱が、愛情が……何の意味もないだなんて………僕は絶対に認められないよ……」
今日の朝方にマーブルにいわれた言葉がコロナの頭の中にリフレインする。マーブルの一言はコロナのパティシエールの人生を引っ掻き回すのには十分な言葉だった。お菓子のことを馬鹿にされると、自身が馬鹿にされたみたいになるようで我慢が出来なかった。この勝負は絶対に負けられない。誰のためでもない自分のために…
「頑張らなくちゃ………うげぇ、ほんとに甘いこれ……誰か何とか――…………ん?待てよ…ココアパウダー…黒と白…今の季節は冬……」
もう一口ココアを飲んでから渋い顔をして、ふとコロナはココアを見つめて何かを考え始めた……
「…………冬眠?…それだ!!決まった!!ケーキが決まった!!」
コロナはそれだけ言って再度鉛筆を握ると、今度は丁寧なケーキのイラストを描き始めた。下書きでどんな形にするのか、色はどういう風にするのか、デコレーションはどうするのか、自分の頭を総動員して、どんどん描き上げていく。
「できた!!よし、これでいく……」
一枚の紙に自分が完成させるべきケーキのイラストを描き上げたコロナは、それを持って再度台所に向かう。描き上げたケーキを作るべく、冷蔵庫から材料を取り出して調理にかかる。
「よし……頑張らなくちゃ……」
自分の描いた理想のケーキを作るために、コロナは気合を入れてケーキを作り始める。もはやマーブルとの喧嘩も遥か彼方に消え去っていた。納得のいくまでケーキを作り直していて―――
――気がつけば、朝になっていた。
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「りょ、料理長……どうしたんですかその顔…??」
いよいよ週末のケーキ対決のときがやってきた。自分の全てを出し切ろうと粉骨砕身の想いで挑むもの。肩の力を抜いていつもどおりにやろうとするもの。さまざまなポケモン達の表情が交錯する中で、一匹だけ目に凄い隈を作って眠たそうにごしごしと瞳を擦るポケモンがいた……それは料理長のコロナで、ボルトが隣に立って支えていなければ今すぐにでも眠りこけそうなくらいうつらうつらと体を揺らせていた。
「ん~?……朝まで徹夜でケーキ作ってたの…ふぁ・・・ぁぁあぁぁぁああっ…」
再度瞳を擦ってから大きな欠伸を一つ。そのまま伸びをしてぽきぽきと首を鳴らす。今にもまぶたが閉じそうなコロナの顔を見て、ボルトは冷や汗を流してコロナにこういった。
「あの、差し出がましいこととは思いますが、料理長?今回のケーキ作成は辞退したほうが――」
「お気遣いどうも。でもね、僕は逃げないよ。マーブル君にじゃない。ケーキと、僕自身にね」
顔色が悪そうで、かなりふらふらしていても、コロナはそれだけきっぱりと言い切った。心なしか静かに燃え上がるような闘志がコロナの背後で立ち上っているように見える…ボルトは心配そうな顔をしながらも、
「分かりました。でも、きつかったら休んでいたほうがいいですよ?料理長が体を壊すなんてことになったら俺達はがたがた崩れ落ちますからね…」
「それは困るなぁ、いつかは自分の力を試すときがくるんだから。いつまでも僕に頼っているようじゃ――」
「――パティシエはおろか、その辺のパン屋さんの菓子パンにまけるっすよ?ボルトさん」
ふと、後ろから声がしたと思ったら、マーブルがいつも通りの無関心な顔で、いやみなことを言っていた。その姿は昨日とまるで変わることなく、今この一瞬一瞬も空気のように感じているかのような、何も考えていない顔。コロナはそんなマーブルの姿を見ていて何だか気分が滅入ってしまい。ふらふらと左右にふらついた。
「だいじょうぶっすか?」
お気遣いどうも。そういってコロナはあくびを噛み殺してぶんぶんと首を横に振る。
「気遣いじゃないっすよ。体調管理云々とかで負けたって言われるのが嫌なだけっす」
「一般的な意見をどーも…でも、僕は負けるつもりはないよ…勝つつもりもないけどね…」
コロナはごしごしと目の下の隈を擦り、余裕を見せ付ける。すでに戦いは始まっていた。いわば心理戦だ。相手よりも見栄を張り、相手を萎縮させることで、相手の戦意を削ぐ。分かりやすくいえば威張っているようなものだった…
「そうっすか。せいぜい頑張って下さいっす。…じゃあ、ワシはそろそろケーキの準備があるんでいかせてもらいますね…」
マーブルはぺこりと控えめに頭を下げて、その場から静かに立ち去っていった。その後姿を見ていたボルトが顔を若干の怒りに歪ませてコロナにこういった。
「全く失礼なやつですね…なんであんなやつがパティシエなんだ??……ねぇ、料理長もそう思いませんか??」
ボルトに話をふられて、ふと考えてみた。失礼というのだろうか。別に礼節は知っているし、料理の腕もいい。多少無愛想でぶっきらぼうなところもあるが、別に失礼というわけでもなさそうだった。
「失礼じゃないと思うよ。ほんとにマーブル君が失礼な奴だったら、わざわざ僕達に挨拶をしてこないし。僕のことを心配するような発言もしないと思うよ…そうだね。一度話しただけじゃ分からないかもしれない。でもなぁ、マーブル君は何だかわざとああいう態度をとってるような気がするんだ…」
「わざとですか?」
ボルトが信じられないといった顔で他のポケモンたちと話しているマーブルに視線を移した。コロナもマーブルを見つめてなにやら考えるような顔をしていたが、総料理長が前に出てきて喋りだしたら、そちらのほうに視線が行ってしまった。
「…パティシエおよびパティシエールの皆さん…」
マイクで話しかける総料理長の声が聞こえると、ざわついた調理場が静まり返る。
「本日のケーキ大会のために準備をしてきたもの、自分の今のままのケーキで勝負をするもの…思いはさまざまですが、その思いを力に変えて、存分に美味しいケーキを作ってください。以上です」
総料理長がそういい終わった後に、すぅっと後ろに下がる。それが開始の合図のようにパティシエたちがわぁっと自分達が求めるケーキの材料のところまで向かっていく。それをコロナとボルトは遠めに見ていた…
「料理長、いいんですか?材料を取りに行かなくても…」
心配そうな声を出すボルトに対して、コロナは非常にリラックスをしていた。
「材料は大量に用意してあるからね。あんなふうにがっついてまでとりに行くようなもんじゃないよ。それに、慌てなくてもケーキの材料は逃げたりしないよ。ほとぼりが冷めてからとりに行こう…」
ゆったりとした動作で、やけにのろのろと動いている。
それほど余裕なのか。
それともそういう風に見せているだけなのか…
ふと、マーブルと目線が合う。マーブルも二人に気付いて、少しだけお辞儀をする。
「マーブルさんも同じことを考えているみたいですね…」
「そうみたいだね」
ひどくぶっきらぼうな返事をして、コロナもよろよろと動き出す…
勝負が始まった。
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炎というのはとても贅沢なものだ。
めらめらと燃え続けて、いろいろなことを助けてくれる。それは料理だったり、灯りだったり、発電だったり…
いろいろなものに使えて、いろいろなことが出来る。
はじめは蝋燭だったのかもしれない。この世界でポケモンが生まれる前の話、だとしたらだ。
創造神であるアルセウスは、最初に原始の始祖を生み出した。そこから、いろいろなポケモンが生まれた。
海に、山に、空に、陸に、地底に、マグマに、深海に、オゾン層に、宇宙に…
ありとあらゆるポケモン達が現れたのだろう。しかし、その中で最初に炎の利便性に気がついて、実用化を推し進めたのは誰なのだろう…
ファイヤー?ブースター?バシャーモ?グラードン?
なんにせよ、炎を生み出したポケモンに感謝したい、そのおかげで将来自分がなるべき姿に、あるべき職業につくことが出来た。
だが、便利な反面、炎というのは危険も含んでいるのだろう。
街中での放火などがいい例だろう。便利な炎も、生き物を焼き殺せば殺人兵器に早代わりだ。
それに、炎というのは自分のもう一つの内面を映し出してくれる。
蝋燭の熱と光のもとに、昼間に出来ない作業ややり取りを交わす、たいていそういう類のものはいやらしいものや悪いことだと相場が決まっている。
そして、そういう作業をするものはたいていほくそ笑むだろう。悪いことというのは、ちょっとだけ誤魔化すとかそういう類のことからいろいろと問題になりそうなことまでピンキリだ。
しかし、蝋燭の炎でなくても自分はほくそ笑みそうだ。それは悪いことではない…ちょっとした勝利の確信…
しかし、その油断や慢心が、負けを招くことに本人は気付かない…
どうやら自分は、そういう類のポケモンらしい…

ざりざり、ざりざり、ざりざりざり…
「細かく、細かく……神経使うなぁ…」
チョコレートを包丁で丁寧に細かく砕いて、温めたお湯でとろとろに溶かす。
そのままそのチョコレートをスポンジの材料に混ぜる。もってりとしたスポンジの材料にとろとろのチョコレートが流し込まれていく。
「よっし、次は――」
混ぜ合わせて美しい茶色になったそれを方に流しいれてじっくりと焼いていく…五分もすると甘い臭いがオーブンから流れて鼻孔を擽る。デコレーションをせずに齧り付きたい衝動に駆られてしまうのをぐっとこらえて、もくもくと次の作業に取り掛かる。
丁寧に延ばした飴を冷やして細かく砕いていく。慎重に、ばらばらの大きさにならないように。
料理というよりは化学工作をしている気分になって一人で苦笑してしまう。
ホイップクリームの材料をかき混ぜてふわふわにする、そのままその状態を維持したまま急いで冷蔵庫に入れておく。
余った飴を更に熱でどろどろにしてから、慎重に形作っていく。
「んしょ、よいしょ…うん、樹氷の完成」
余りものの飴で作った美しい樹氷の木も気泡が入らないうちに覚まして冷蔵庫に入れておく、いろいろごちゃごちゃしているうちにチーンと小気味の良い音がオーブンから鳴った。
「お、焼きあがった」
焼きあがったスポンジを形を崩さないように丁寧に横から麺麭切りナイフを入れていく…ゆっくりと落ち着いたように、まるで割れ物を扱うかのような手つきで均等にスポンジを分けていく…
綺麗に切り取った後は切り口の上にホイップクリームのデコレーションを加えていく。ちょうど白、黒、白、黒と交互になるように重ねて重ねて、最後に上からたっぷりとチョコレートクリームをスポンジに塗りたくり外観をコーティングする。
「ふう、さて、と」
静かに息を吐いて、最後の仕上げに取り掛かる。先程までの睡眠不足など、忘却の彼方だ。
静かな動作で真っ白な粉をチョコレートクリームでコーティングしたケーキの上に振り掛ける。黒が美しい白にどんどん染め上げられていくそれは、まるで雪原の様だった。
「さぁ、これで完成だ」
冷蔵庫から割れないように丁寧に持ってきた樹氷の飴細工を五、六本ケーキの端に寄せて差し込む。その横に真っ白い砂糖で作った雪だるまのオブジェをちょこんと乗せて。コロナのチョコレートケーキ"冬眠"が完成した。
「時間です。各自、調理を終了してください」
総料理長が声を張り上げて、終わりを告げる笛の音が会場に響き渡る。
マーブルはどのようなケーキを作って自分のケーキに対抗してくるのだろうか…そればかりが気がかりでならなかった。
ケーキを作っている最中には余所見もわき見も出来なかった。
ならばこの試食のときに他のポケモン達のケーキを見ることができる。
「マーブル君のケーキは…どういうものなんだろ……」
勝ちたいという願いの強さと、負けるかもしれないという若干の不安の間で揺れる心を無視するかのように、ケーキの試食と対面の時間がやってきた…
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ケーキはやはり、どれも完成度が高いものばかりで、コロナは心が高ぶって止まなかった。
「すごーい!!去年もすごかったけど…今年のケーキも凄さが一入だね…あぁー早く試食時間にならないかなぁ…」
だらだらと涎をたらして子供のように無邪気な瞳で美味しそうなケーキを見つめているコロナを尻目に、ボルトは苦笑いをするしかなかった。
「料理長、勝負はどうなったんですか??」
ボルトに小突かれてはっとする、すっかり眠気も消えたのかぎゅっと顔を引き締めてからきょろきょろと辺りを見渡す。
「だ、大丈夫だよ。勝負はしっかり見届けるから…」
コロナは乾いた笑いを漏らしてからいろいろなケーキを見つめていたら、総料理長の声が耳に入ってきた。
「お待たせいたしました。これより審査を開始します…」
きた。そう思ってコロナはケーキを一つ一つつまんでいる総料理長を静かに見据えていた。
見た目だけではケーキの価値は決まらない、味や食べやすさ、香りなんかもケーキの要素に含まれる。
「あ、料理長のケーキもつまんでますよ」
「ほんとに?…あ、結構好印象♪」
自分のケーキをつまんでいた総料理長が少しだけ驚いてその後ににこりと微笑を浮かべた。それは美味しいものを食べたときに出る顔である。美味しいものを食べたときにひとは正直になる。それはポケモンでも然り、美味しいものには生き物は正直になる。
「このケーキを作ったもの…前へ…」
「はい!」
コロナは勇んで前に出る、周りがざわざわとざわめきだす。
「あのケーキ、料理長が作ったのか?」
「凄いなぁ、あんな発想俺にはないよ」
「やっぱり料理長は凄いな。柔軟な発想と、それを実現する実力も折り紙つきで…」
「それにケーキにちゃんとオブジェもつけてるし、見た目も華やかだしなぁ…」
それぞれが口々に賞賛と賛美の言葉を口々に放つ、しかし、マーブルはなにやらしかめっ面でコロナと総料理長が話している――その横のケーキを見つめて小さくこう言った。
「あかんです。料理長…そのケーキじゃ勝つことはできん…料理長なら、俺に勝てると思ったのに…」
悲痛な顔をしてマーブルはことの全てを見ていた。
「素晴らしいケーキです。これからもその才能を伸ばし続けてください」
「賛美のお言葉、身に余る光栄です…これからも自分の力を精進させるように気持ちをよりいっそう引き締めていきます」
コロナは恭しく頭を垂れると、自分のたっていた位置に戻っていく。
「やりましたね、料理長。このまま行くと料理長のダントツ優勝ですよ!!」
ボルトが興奮してコロナに話しかける、ボルトの作ったケーキはちょっと工夫をしたシフォンケーキで、特に難色も示されずに流されたために、コロナが優勝することが嬉しいのか、すでに優勝した気分でハイになっていた。
「別に凄くないし、これでもまだまだだよ。それに、マーブル君のが――」
まだ出てきてない。そういおうとしたときにわぁっと歓声が上がる、それは自分のケーキの時の比ではない、凄まじい歓声だった。
「な、何だ!?凄い歓声だ。コンサート会場みたいな…」
「どうやらマーブル君が作ったケーキが出てきたみたいだね…期待の新人って肩書きもあるし、かなり総料理長の心を掴みそうだね」
ケーキが見えないためにコロナとボルトは前に出てケーキを見る。
「!!!こ、このケーキは!!」
「成程、皆が驚愕するはずだ…こんな飴細工…僕でも出来ない」
ボルトが驚愕する、コロナが舌打ちをしてマーブルが作ったケーキを見つめた。
そのケーキはいたって普通のショートケーキだった。
そのケーキの上に美しい飴細工のお城がある以外は…
「素晴らしい飴細工ですね」
「ありがとうございます。飴細工は取り外しも可能ですので、ケーキを斬るときに外していただければと思い」
「飴の材料は?」
「のど飴で作りました。ケーキを食べると喉にこってりとした感触が残りがちですから…そういうものを飴で流せればと思いまして」
次々と説明をするマーブルを尻目に、周りの反応はコロナとマーブル、どちらが優勝するかということに話を変えていた。
「あのマーブルってやつも凄いな。料理長と互角だよ」
「どっちが優勝するのかな?」
「料理長だよ、あのケーキを真似できるのは難しいし、マーブルのケーキは普通のショートケーキだから…」
「分からんぞ?あの飴細工も評価に入るしな。ケーキ自体は工夫をしてなくても、ああいうちょっとしたオブジェなんかも評価対象になるし…」
ひそひそ話を聞いて、静かにケーキを見据えるコロナは冷や汗を流していた。
「負けるかも…」
「弱気にならないでくださいよ!!ポジティブシンキングです!!」
「御免、僕ボルト君みたいに単純に生きてないからさ」
ボルトは「ひでぇ」といってうなだれていたがコロナはそんな言葉も耳に入っていない、全てのケーキが試食されて、総料理長が声を出す。
「皆さん、素晴らしいケーキでした。では、審査発表に移ります…」
きた。と思いコロナはぎゅっと目を瞑る。
誰が優勝するのか、それは誰にも分からない…マーブルか、それとも自分か、ボルトだということもありえる…
「審査の結果、数々の工夫、見た目の華やかさ、それらを兼ね備え、優秀の美を飾ったのは――」
お願い、神様…どうか僕に勝利の福音を…!!
「――マーブル君のケーキです」
ボルトが驚愕してコロナを見つめた、コロナは何かの呪文を聞いたように硬直した。
負けた、完全に、料理の腕で、完全に敗北した…
「僕の……負け」
熱に侵されたように呆然と立ち尽くして、コロナは俯いて大きく息を吐いた…
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「おめでとうございます。これからもその力をどんどん伸ばしていってください」
総料理長の言葉と同時に、拍手が巻き起こる。
その中で何ともいえないような顔をしてその様子を見ていたポケモンがいる。
他でもない、コロナだった。
「……不満そうですね、料理長」
「いえ、そういうわけではありません」
コロナは本心からの言葉を放った、本当に分からないのは、敗因だった。
どんな勝負事にも、絶対に勝ちと負けは存在する。
それすらも分からないまま釈然とした気持ちを持って、勝者を祝うことなど誰が出来ようか?
勝ちたいとか、負けたから悔しいとか、そういう気持ちではない。
何が原因で負けたのか?それが知りたかった。
「総料理長…」
「はい、何でしょうか?」
総料理長の視線がコロナに集中する、他のパティシエ達もいっせいに視線を合わせる。
一呼吸おいて、静かに息を吸うと、コロナは、低く、冷たい声でこういった。
「敗因を、お聞かせ願えませんか?」
他のパティシエたちが驚愕に目を見開く、マーブルが意外そうな顔をして見つめてくる。
どれだけ恥を掻こうとも、どれだけ自分の立場に泥を塗ろうとも、これだけは譲れない…
誰かに聞かなければ、自分の敗因など永遠に分からないのだ。
「敗因ですか?非常にシンプルな答えですよ。料理長、貴方のケーキは食後に出すようなケーキではなかったということです。あくまで食事の後の口直しとして出されるのがケーキですから。料理長のケーキはチョコレートで作っていましたね?あれは少しくどさが口の中に残ります。マーブル君の作ったケーキは単調なショートケーキでしたが、見事な飴細工にくわえて、食後でも食べやすいように余計な細工をしていません。そして基本をしっかりと押えた素晴らしいケーキを作りましたからね、総合的に見てマーブル君のケーキが一枚上手だったということです。納得しましたか?」
「……分かりました。ありがとうございます」
丁寧に説明をしてくれたので敗因が分かったコロナは、静かにお礼をするとふぅ、とため息をついた。
「それでは、皆さんが作ったケーキの試食に移ります。どの人のケーキが一番美味しいのか、自分の舌で確かめてください」
総料理長の言葉が終わると、パティシエ達がわあっと歓声の声を漏らす、それぞれ気になるケーキを思い思いに切り分けて次々と口に運んでいく。
コロナのケーキは一番人気が高かったのか、次々と切り分けられてあっという間になくなってしまった…が、コロナはどのケーキにも手をつけようとはせずに、晴れない暗雲の中にいるような感覚でぼうっと突っ立っていた。
「料理長、ケーキ取りに行かないんですか?」
ボルトが心配そうな顔をしてコロナに声をかける、コロナは今気付いたといわんばかりの顔をして口の周りをチョコレートだらけにしているボルトの顔をぼんやりと見つめた。
「いい、僕、今そんな気分じゃないんだ…」
「えっと、その、料理長のケーキも美味しかったですよ?」
「…ありがとう」
どんよりとした空のような気持ちがいつまでも拭いきれないまま、ボルトの言葉が耳に入ってくるが、まるで聞こえていない、蚊のような声でお礼の言葉を述べると、死体のようなのろのろとした動きで料理会場から出て行く。
ボルトはそんなコロナを遠めに見ていることしかできなかった……
「負けちゃったのか…僕、何か情けないなぁ…」
窓から差し込む月光を遠めに見つめて、自虐的に微笑む。
負けた。
完全に。
それだけが今のコロナの頭の中に入ってくる、後ろからはわいわいとポケモン達の声が聞こえる。
自分から啖呵を切って、絶対に勝つと自信過剰になって、そして負けた。
まるで世界が壊れるような悪夢を見せられている感覚だった。
「お疲れさまっす」
ふと、後ろから声が聞こえてきて振り向いた。
そこにいたのは自分を負かした張本人…マーブルが立っていた。
「あれ?マーブル君…君は今日の主役でしょ??いいの?僕なんかに構ってて」
いやみのこもっていない純粋な疑問からそう問いかけてみると、意外な答えが返ってきた。
「ワシ、五月蝿いのはちょっと…」
「あ、そうなんだ。僕とは間逆なんだね…」
「料理長は…騒がしいのが好きなんすか?」
そういわれて首を左右に振る、五月蝿いのが好きなわけではなく、賑やかなところが好きなだけだ。
「うぅん、違うよ。僕は賑やかなところや華やかなところが好きなだけだよ…ほら、寂しいとか、悲しいとか、忘れられるから…」
そういうと、マーブルは首を傾げて意味不明っすとだけ言った。
「それって単なる現実逃避じゃないっすか。明るいところや賑やかなところに良くだけで、周りに会わせれば楽しいっすからね…」
「うん、そうだね。ただの現実逃避。やっちゃいけないことだけど、ポケモン達はそういうところに惹かれて集まる…まるで蜜に集まる虫ポケモンみたいにね…」
そういうとまた窓のほうを向いて、綺麗な月を見上げる。ブラッキーだったら今頃体の模様が発光しているのだろうと考えながら…
「料理長の作ったケーキ…食ってみたっすよ」
「まずいでしょ」
「いや、別にそういうわけじゃないんすけど…美味しかったっす」
「それはどうも」
「でも、あのケーキって"冬眠"をイメージしたんすよね?…俺だったら子供が喜ぶ工夫をもうちょっとだけひねるっすよ。たとえば…チョコレートで作った人形をケーキの中に埋め込むとか…」
それを聞いたコロナは答えを横から言われたような顔をして、目を大きく瞬かせて、マーブルを見て一言だけこういった。
「そのはっそうはなかったよ…」
「そうすればたとえくどくっても、子供の心をがっちりキャッチできる良いケーキになるんじゃないですか?」
そういったマーブルの顔は、何だかキラキラしていて、とてもお菓子作りに興味がないポケモンの目ではなかった。
「マーブル君ってさ…ほんとにお菓子作りに興味ないの??」
「おっと、今度はこっちが質問される番っすか?…でも、料理長は勝負に負けたから質問には答えられないっすよ…」
勝負と聞いて、何でも願いを聞くという言葉を今頃思い出して、ああ、そういえば約束してたねとのんきに言った。
「でも、勝負は勝負だし、負けたことは事実出し、いいよ、何が望みなの?何でもいいよ。出来る範囲ならね」
何もかもを諦めたかのように&ruby(りょうて){両前肢};を上げて降参のポーズを見せると、マーブルはくっくっと笑いを堪えてこういった。
「案外潔がいいっすね…そうっすね、じゃあ最初のお願い事は――」
めちゃくちゃな願い事が来るだろうと予想して、思わずゆっくりと瞳を閉じかけてしまった。
しかし、マーブルの口からは出た言葉は、意外な言葉だった。
「料理長の言う、情熱のこもったお菓子っていうのを、ワシに持ってきてもらえませんか?」
閉じかけた瞳を開いて、驚愕する。
それが、一つ目の願い事だった――
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情熱がこもっているものってなぁに?
それは、まだ分からない…自分が頑張っていることとか、頑張って作ったものとかにこもるものだろうか?
情熱という言葉はよく使うが、それを他人に言われたときに少しだけ口ごもってしまう…
「情熱のこもったお菓子ねぇ…自分で言われたことなんだけど…いざ口にしてみると、何だろうなぁ??」
まるで解き方の分からない方程式を与えられたような感覚がして、自分の頭がこんがらがるのが分かるくらいに、コロナは思い悩んでいた。
情熱とは何なのか?そもそも、本当に情熱のこもったお菓子なんてものは存在するのだろうか??
考えれば考えるほど、頭がこんがらがってくる。
「この問題、そう簡単に解決できそうにないや…」
この間、コロナは確かにこういった。
どれだけ料理がうまいポケモンでも、情熱がこもっていなければ、その料理を受け入れてくれるはずがない…と。
だがマーブルのお菓子は現にいろいろな人に受け入れられている、総料理長も認めるくらいの腕前ゆえに、そのお貸しは万人に受け入れられているのだろう。
「間違っているのは、僕なのかな?…」
何も分からなくなった子供のような瞳をウルウルと潤ませて、分からない問題を前にしてひざを折る。
部屋の灯りはやんわりと淡い光を放っていて、その光がより一層問題の難しさを強調しているような気がした…
「ダメなのかな?偉そうなことをいっていても、僕も結局マーブル君と変わらないのかな…」
そういってふと、自分の机の隅に立てかけられている写真に目をとめる、その写真にはパティシエの格好をしたゴーリキー、そしてその隣には恥ずかしそうに顔を赤らめて、しかし嬉しそうに笑顔をカメラの目に向けているパティシエール――コロナが立っていた。
「師匠と…僕の…最後の記念写真……」
写真立てに飾ってあるその写真を手にとって、自分がまだ新米のパティシエールだったことを思い出した。
つらくて、厳しい修行が続く中でも、自分は頑張ってきた、師と呼んだゴーリキーの言う事を聞き、技術を学び、それを応用させ、見事に師を超えるパティシエールとなった。
何度も挫折しかけて、何度も泣き出しそうになった…が、それでも自分がここまでくることができたのは…
「師匠の…あの言葉だったんだよね」
コロナは顔をあげて思い出す…自分貸しと呼んでいたゴーリキーの言葉を――
「コロナ、いいかい?お菓子だけじゃない、どんな料理を作るときにも必ず必要なものは、料理の腕じゃないんだ…確かに、料理は美味しいほうがいいかもしれない。だけど、それ以上に必要なものは、食べてもらう人に自分の気持ちを伝える心…情熱が必要なんだ…見た目や、味だけじゃない、その人の心を振るわせる情熱も必要ってことを、絶対に忘れないで――」
言葉がこれ以上思い出せない…何を言っていたのだろうか??それでも、自分はその言葉を誇りに、今の今までやってこれたのだ。
「今の僕は、美味しいお菓子を作ることに固執しちゃってるんだ…マーブル君と勝負したとき…僕、勝つことしか頭になかったんだ…」
勝負のときは平静を装っていたのかもしれない、だが、実際にはどうだろうか?心の奥底で、マーブルに勝てると慢心していたのかもしれない。
その結果が、見事な敗北だった。
「ははは、師匠のいってたこと、僕、何にも理解してなかったよ…」
コロナは乾いた笑い声を上げて、写真立ての師匠を見つめた。
師匠の言葉を聞いて、理解していた、いや、理解したと思い込みたかっただけだった…
「最初から何にも変わってなかったんだ…あの時から、ずっと……僕は、永遠に未熟者のままだ…」
ごしごしと瞳を擦る、潤んだ瞳からジワリと湿った感触がする。
「……初心忘れるべからず…か、お菓子作りを楽しむこと…それが僕のお菓子に対する情熱だもんね…」
つき物が落ちたような顔をして、コロナは厨房に消えていく…
自分の気持ちを、昔の心を、思い出すために…
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「料理長、何か最近元気なさそうですけど、大丈夫なんですか?」
一週間が過ぎて、未だに自分の家でお菓子を作り続けているために睡眠時間ががりがりと削られたコロナの死にそうな顔を見て、第一声を上げたボルトの顔をぼけーっとした瞳で見つめて、軽くため息をついて、無理やり笑顔を作ってみた。
「あ、大丈夫だよ、元気だから、…心配するほどのことじゃないよ…最近お菓子を家で作ることが多くなってね…結構これが凝っちゃってて…まいったなぁ」
「……そうっすか?…無茶だけはしないでくださいね?」
あきらかに嘘と分かっていても、それを嘘だと口に出す程ボルトは子供ではなかった。
きっと何か事情があるから、何かをしているから、それを邪魔するのだけは…やめておこう。
そんな気持ちがボルトの心配する心よりも、何よりもコロナの好きにさせようという気持ちが勝った。
「大丈夫だよ…ところで、マーブル君見なかった??」
またか、とボルトは思った。
最近料理長はマーブルを探すことが多くなったと自分は思っている、たったの一週間だが、それでも些細な変化というのはいつでも身近なものに表れるような気がすると思う。
今回は料理長の心境にその変化というのが現れたのかもしれない、あれほど否定したマーブルを探し続けるというのは一週間の間に何があったのかわからない、しかし、あのケーキ対決からどうも二人の様子がおかしいというのは周りから見ても分かるくらいにぎこちなくなっている。
「どうしたの?ねぇ、質問に答えてよ…マーブル君はどこにいるの?っていうよりは、どこにいるか知ってる??」
いろいろ考えていると、料理長が少しだけ訝しげな顔をしてこちらを見上げてきた、少しだけ起こっているような気もする。
しかし、こちらは知っていても教える気にはならなかった、本当に知っているのだが、今の料理長には何も教えたくなかった。
「さあ?どこに言ったかは分かりません…ご自分でお探しにおなりください…」
少しだけ意地悪くそういうと、ささっと料理長から離れていく。
料理長は少しだけぽかんとしていたが、すぐに我に帰り自分の後姿を恨めしそうににらみ付けていた、もちろん料理長のことだ、自分が知っているということなど百も承知だろう。しかし絶対に教えたくない。
「ボルト君?いいの?あんなこといっちゃって…」
そういって心配そうに話しかけたのは自分の同僚のパティシエール――ガバイトのマロンだった。
いいんだよ、そういってちょっとだけ後ろを見る、すでに料理長の姿は消えていた。
「あ、いっちゃった、…まぁ、いいか…」
最近の料理長は周りを見てなんかいなかった、一人のパティシエを見ているだけで、殆どみんなの事を見ていない。
それがどれだけ仕事に支障をきたすのかもわからないくらい、料理長はほかのことに夢中になっている…それが、自分はとても嫌だった。
何でこんな嫌な気持ちになるのかも判らない、だけど、自分の見てきた料理長は、誰よりも御菓子を好きで、誰よりも仕事をするポケモンだった、しかし、今の料理長は仕事もほっぽり出して私情で動いている。
「何か、嫌だなぁ…」
「嫌ってどういうことですか?」
マロンにそういわれて、ボルトは静かに息を吐いて、右前肢をこめかみに当てて低い声でこういった。
「今の料理長のことさ、心が入ってない人形みたいにふらふらしてる、それがどれだけ支障をきたすのか分かってない…この間なんかやることを書いた紙を渡して僕にこういったんだ、ボルト君に一任するよって…」
「丸投げしたってことですか!?…あの料理長が、信じられない…」
マロンもさすがに驚愕したのか、目を見開いて本当に信じられないという顔をした。
マロンとボルトは古参からコロナのもとで互いに磨きあってきた中であり、それゆえにコロナのことで知らないことなど殆どないくらいに、彼女と親密な信頼関係を築いていった中である、それゆえに二人には信じられなかった、コロナが仕事に打ち込まない姿が――
「何か事情でもあるんでしょうか?だって、私料理長の好きな食べ物から嫌いなポケモンまで全部知ってますから…あの料理長が理由もなく仕事を他人に丸投げするなんてとてもじゃないけど私は認めたくありません…ボルト君もそう思いません?」
「百歩譲って事情があるっていうのなら…それは多分マーブル君のことじゃないかな……確かあの対決で敗者は勝者の言うことを聞くっていうとか何とか言っていた様な気がする。…料理長負けちゃったから、きっとマーブル君に何かやらされてるんじゃないの??」
ぶっきらぼうにそういってふんっとは名を鳴らすボルトの姿を見て、マロンはやりきれない顔をしてこういった。
「ボルト君は、マーブル君のことが嫌いなの??」
「ああ、嫌いだね。あの鼻に止まった態度が気に食わない…お菓子に情熱も何もないってはっきり言い切ったこともカチンときた…あんなやつがどうして総料理長のおめがねにかかったのか不思議で不思議でしょうがないよ。最近料理長もマーブルマーブルってさ…」
「……嫉妬?」
「違うっ!!!」
思わず声を張り上げて怒鳴ってしまい、はっとする、マロンは心底びっくりしたという顔をして、何ともいえない顔をしてボルトを見つめることしか出来なかった。
「ごめん…言い過ぎた…」
「う、ううん、こっちこそ、変なこといっちゃったね…ごめんなさい」
互いが互いに頭を下げて謝罪をしていると、そこに聴きなれた第三者の声が聞こえた。
「うっさいっすね、朝から元気なのは結構なんすけど、みんなの注目の的になるっすよ??」
その声を聞いたとき、一瞬で全身の毛が逆立った、体中が警告をしている、こいつは敵だ、こいつは味方じゃない…
「……マーブル!!」
後ろには、確かに黒い体毛に覆われたグラエナ――マーブルが不思議そうな顔をしてたっていた。
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黒は不吉、破滅、滅亡を連想させるような嫌な感じがするようなまさに最悪の色だ、少なくともボルトはそう感じていた…なぜならば――
「なんですか?そんな凄い剣幕をして…俺が何かしたっすか?それとも…ボルトさんには注意と暴言の違いも分からないほどお粗末な脳みそをしてたんすか??」
不吉な黒色に覆われたグラエナのマーブル、彼の口から何とも人を怒らせるような発言が飛び出した、しかしボルトは眉一つ動かすことなくはっと鼻で笑ってその言葉を一蹴した。
「逆に言うと、君の最後の発言は注意じゃなくて暴言って言うのじゃないのかな?それとも、君には先輩を敬うっていう常識も分からないほどお粗末な低脳だって事かな?」
「敬うねぇ…料理対決では何もかけられなかった先輩の何を敬うって言うんすか?…あっと、これは失敬、失言でしたね」
マーブルはわざとらしくそういって、片方の前肢を口に当てて声を殺して笑った。
しかし、そんな挑発にもボルトは乗ることも無く、逆に哀れみの視線をマーブルに送った、そのボルトの瞳を見たマーブルは訝しげな顔をしてボルトをぎろりとにらみつけた。
「なんなんすか?その顔、めちゃくちゃ不愉快なんですけど、やめていただけないっすか?ボルト"先輩"」
先輩という言葉を強調していったのは、先程のボルトの言葉の反逆と皮肉の意味をこめて言ったのだろう、ボルトはその言葉をまるでそよ風で設けるかのように受け流すと、たったの一言、こういった。
「マーブル君、料理長が探していたよ。早めに言ってあげないとまずいんじゃないの??僕なんかと話している場合じゃなくて…ね」
「………そりゃ、どうもっす。…失礼するっす」
ボルトの言葉を聞いたマーブルは、ぺこりと会釈をすると、すうっと奥のほうへと消えていく、その後姿をじっと見ていたボルトとマロンは、マーブルが消えたのを確認すると、二人だけの会話を再開した…。
「ふぅん…私は直接マーブル君と話をしたことが無くて、マーブル君の性格が今一掴めなかったんですけど…成程、ああいうはねっ返りの強い性格をしているんですね…でも、何か叱って欲しいとか、自分を見て欲しいとか、そういう気持ちがちょっとだけこもっているような気がします…それにあの性格も、何だか作り物のような気がしますね…」
マロンはコロナやボルトほど料理が得意なわけではない、だが、手先がとても器用で、デコレーションの類は大体マロンがやっている、それと同時に、二、三度話をするだけでそのポケモンがどういう心境なのか分かるというのも、彼女の大きな特技であり、魅力であり、コンプレックスなのであろう。
「さすがだね、マロン。あのマーブル君を見ただけでそこまで分かるんだ…マロンはお菓子職人じゃなくてさ、精神科とか、心のケアとかそういう類の職業に就けばよかったんじゃあないのかな?」
ボルトはマロンの特技を褒め称えた後に、新しい職業につけばいいじゃないと提案してみた、別にこの職業をやめろといっているわけではなくて、その特技を生かせる職業でもよかったのではと提案してみただけだ、だが、マロンはふるふると首をゆっくり横に振った。
「ダメですよ、ボルト君。私はこういうの嫌いだって、知っているでしょう?ダメなんですよ、何だか相手の本心を抜き出しているような気がして…ですから、私はお菓子を食べてもらって心を幸せな気分になってもらうって言う、このパティシエールの職業を選んだんですから…」
「…ああ、そうだったね、ごめん、最初に言ってたねそういう事…マロンは複雑すぎて、僕にはわからないよ…」
失言だったことをボルトは謝罪した、もちろんマロンはそのことについて怒ったりなどはしない、それはマロンが優しいからだろう…ボルトはそんなマロンの心のうちを複雑といった、マロンはその言葉を聞くとくすくすと苦笑交じりに話を続けた。
「ポケモンの心、ううん、生き物の心が複雑なのは当たり前じゃないですか…そんな他人の心の全てなんか分かりませんよ…エスパータイプも心の中を覗く事は出来ますけど、覗いて何を考えているのかを読み取るだけですよ…その心のうちに溜まっているものや主張したいこと、苦しんでいることなんかははっきりと読み取れませんからね。私のさっきの意見も私の勝手な推測に過ぎませんから…本心は何を考えているのか分かりませんよ…生き物の心は複雑で難解、ですから生き物というものが成り立つんです…だから、ポケモンは面白い」
「――そして面白いからこそ、そのポケモンのことを知りたいと思う。…それがマロンの心意気だったね…良い考えだと思うよ。それに僕も共感する部分はあるけど…僕はあのマーブルだけは信用なら無い…」
ボルトの言葉を聞いて、マロンは悲しそうな顔をする、やはりポケモン同士、しかも同じ職業の仲間同士で喧嘩をしたり勝負をしたりするのは嫌いなのだろう…心の底から争い事や競うこと嫌うマロンは、お互い高めあい、磨きあうことが精進への近道だと考えている――だが、
「マロンは優しすぎるよ…この世界は強い実力を持っているポケモンだけが更なる高みに上がれる業界だから…マロンの考えを変えないと、いつまでも君の言う精進とやらは達成されないよ…。それに、悔しいけど、認めたくないけど、マーブル君の実力は本物さ…料理長と互角、いや、それ以上…もしかしたら、更に上かもしれない…だからこそ、彼の技術の全てを盗んで、彼の力を吸収しなくちゃ、勝負には勝てないから…」
ボルトはそういうと、ふぅ、と、大きくため息をついた。
マロンも小さくため息をついて、やりきれない表情をしていた、やはり嫌なのだろう、勝負事が…。
「だけど、…マロンの言ってたこと…確かに一理あるかもしれないな…マーブル君、僕を挑発するときに、あからさまに縁起をしているような感じがした。…マーブル君は…一体何を考えているんだ?」
本心を隠して、ただ相手に嫌われ続けることで自分を保てるのならそれを続けるが、マーブルにはあきらかにそれに抵抗しているような顔をしていた。
何を考えているのか、何がしたいのか、今のボルトには分かるはずも無く、ただ単にマーブルの言動を遠く絡み続けることしか出来なかった…
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「今度は何を作ったんすか?」
興味津々と言った顔でマーブルはコロナの顔を見つめる、コロナは余り顔を見られたくなかった、睡眠不足による疲労と、体調管理をする時間も惜しんで作り出したお菓子による精神力の酷使により、体が限界に来ていた…疲弊の顔が誰でも見て取れるように目の下にくまができ、ふらふらとおぼつかない足取りでマーブルにお菓子を持っていった。
「今回は、チョコレートを作ったんだ…」
ふらふらしながら両手で弱弱しく握ったお皿をマーブルに手渡すと、その場でぺたんとへたり込む、マーブルは若干訝しげな顔をしたが、師愚にもとの表情に戻るとお皿に乗せられた綺麗なチョコレートを見た。
「………じゃあ、いただくっす」
チョコレートを一つつまんでみて、じっと見つめる。
手抜きは見られない、あれだけ疲労している体でこんなチョコレートを作り出すのはある意味凄いことだなぁと感心しながら、マーブルはぱくりとチョコレートをほお張る、甘さは控えめで、まろやかな舌触りが口の中にいっぱいに広がる、確かに美味しい、これは万人向けに作られたチョコレートだろう…が。
「だめっすね」
はっきりといってもあの人は気付いてくれない、気付くまでどれだけ時間がかかるのだろうか?それとも、一生気付かないまま終わってしまうのだろうか?
マーブルにきっぱりとそういわれて、コロナは落胆の色を見せた、また失敗したという気持ちと、やはり自分には無理なんじゃないだろうかという気持ちが入り混じって、複雑な顔をしている…
「君を納得させるお菓子を作れるようになるには、いつになるのかな?」
ぼそりと呟いたその言葉を、マーブルは聞き逃さなかった。
それは間違いだろうという顔をして、マーブルはこういった。
「そんな考え方してるから、ワシはダメって言うんすよ」
わざとらしく大きな声でそういうと、コロナは何か不思議なものでも見ているかのような感覚で、マーブルをじっと見つめていた、マーブルはその瞳をじいっと見つめ返して、何でわからないんすかとでも言わんばかりの顔をぬっと近づけた。
「ワシ、料理長になんていいました?…心の…情熱のこもったお菓子を持ってきてほしいっていったっす…料理長の言う心のこもったお菓子というのがこれなら、ワシでも作れます。…そうじゃないって、自分で分かっているんじゃないっすか?」
「そうじゃない?………そう…じゃ…ない?」
ふらふらとおぼつかない足取りで、回らない頭を必死に開店させて考える、そうじゃない、それはどういう意味だろう。
「それじゃ、ワシは仕事があるんで…料理長…もう一度考えてみてください…料理長が、何のためにパティシエを目指すのかを…ワシの心を見るためですか?」
そういうとマーブルは、ありがとうございましたとお礼を述べて、すぅっと自分の持ち場に戻っていった。
一人残されたコロナは、マーブルが最後に言った言葉の意味を考えていた、自分が何のためにパティシエを目指していたのか…
「それはもちろん…みんなの笑顔が見たいだよ…言われなくてもこの心だけは――いや、この心すらも僕はなくしていたんだ…」
マーブルにいわれて気がついた、この間のボルトと同じことを自分がしていたということを…。
「あのときの言葉そっくりそのまま、返されちゃった…エヘヘ…恥ずかしいな」
鼻の頭をぽりぽりと掻いて恥ずかしそうに舌を出す、ボルトはいつになったらコロナの下をうならせるケーキが作れるのかといった、それに対してコロナはそういうことを考える前に基本的なことを大事にしろと言い聞かせた。
今回もそれと同じだったのだ。
マーブルは間接的にコロナに伝えていたのだろう、自分のために作るお菓子という考えを捨てろ、と。
「…不思議な感じ…昔に戻ったみたいだ…」
頭が痛くて、睡眠不足でふらふらして、疲労が溜まって今にも死にそうな体をしているというのに、コロナの顔はにこやかだった。
「今日はきっとぐっすり眠れるな…ボルト君…マロンちゃん…ごめんね……そして、マーブル君……ありがとう」
コロナは右前肢をすっと胸に当て、静かにそう呟くと、自分の持ち場に戻っていった……
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一週間がたった、今日もやたらと元気な声が厨房に木霊する、静かで、それでいて何だか居辛い雰囲気の一週間前までとは大違いで、いろいろな声が交錯し、そこは賑わっていた。
「料理長!!胡桃割ってくれませんか?何か今日調子が悪くて…」
「どうしたのさ、いつもだったらふんっ、とか言って割っちゃうのに…ん~、まぁいいや、ちょっと貸してね、……はぁっ!!このやろっ!!粉砕!!玉砕!!大喝采!!」
変な掛け声をふんふん言いながら我等が料理長――ブースターのコロナは両腕にぐぐっと力を込めて、胡桃を真っ二つに割った、ぱきゃり、と、小気味の良い音がして胡桃は綺麗に割れた…
「どーだ!!僕の怪力!!見た見た?」
「見ました見ました、じゃあその調子で後四十個お願いします♪」
「…………(゚д゚)」
あからさまに嫌そうな顔をしたコロナだったが、一度やるといった手前、途中で放置するわけにはいかない、渋い顔をしながら再度両腕に力を込め始めた――
「あからさまに嫌そうな顔してたっすね、料理長…」
「僕もやだけどね…胡桃割り人形にでもやらせときゃいいのに…」
「あ~、知ってますか先輩?胡桃割り人形ってバレエなんですよ」
「へぇ、そうなの?」
「ミルクのみ人形は実際にあるらしいんすけどね…」
「ふぅん…」
そんなコロナを遠めで見て、そんなやり取りをしていたポケモンが二匹――レントラーのボルトと、グラエナのマーブルだった…
「……ボルト先輩、助けに行ってあげたらどうっすか?」
「いやぁ、料理長より力ないのに無理でしょ…僕よりもマーブル君が助けにいってあげたほうがいいと思うよ…ホラ、僕仕事あるし」
ええ!?、と嫌そうな顔をして、マーブルはワシにも仕事があるっすよ、などといってどっかにいってしまった。
「やれやれ…照れ隠しかな?」
ボルトはそういってはははと笑いながらコロナと目線があわないようにこそっと隠れて、そそくさと作業場所を変えようとして――飛んできた胡桃の殻が頭に直撃して悲鳴を上げた。
「あじゃぱっ!!」
痛いのを我慢して飛んできたほうを向くと、凄い形相をしたコロナと、その横で頑張って力を入れてますといった表情をしているガバイトのマロンがたっていた。
ばれた、まずい、言い訳を考えておこうと思ったら二個目が飛んできた、頭に直撃、しかも今度のは実が入っている、殻の三倍くらい痛かった。
「い、いたい、料理長、痛いです」
「男軍勢二匹…逃げるなよ…そこの&ruby(マーブル){グラエナ};!!隠れるんじゃない!!」
一括して隠れようとしたマーブルもびくりと毛を逆立たせてしぶしぶひょっこりと顔を出して降参のポーズをとった、ボルトとマーブルはコロナの目の前に呼ばれ、コロナは不機嫌そうな顔をしていた。
「呼び出されたわけを言ってみようか…」
「逃げようとしたからですか?」
「違いますよ、ワシは胡桃を割るのに便利な道具があるかどうか探してただけっす、それをボルト先輩がワシを身代わりにしようとして…」
「ちょっ!!ちょっと待ってよマーブル君、嘘を刷り込むのはやめて欲しいな、僕は逃げようとしたわけじゃなくて、やり過ごそうとしただけで」
「へぇ?やり過ごそうとした?…成程」
しまった、といわんばかりの顔でボルトは口を押さえる、マーブルはあららと言って他人のフリをした、もともと他人だが。
「そんなに胡桃を割るのが嫌なんだね?か弱い女性二匹に任せて、男は生クリームを粟立てる方が好きなんだ?……ふぅん」
じとっとねめつけるような視線を二匹に送って、コロナはふん、と首をそらした。
「えええ~~、誰もそんな仕事するとはいってないのに…まぁ、原材料の在庫確認よりも楽しいけどね…」
「本音が出てるっすよ先輩…ここは逃げるためにちょっとした作戦が――」
「なになに?」
マーブルが耳打ちでボルトに何かを告げようとしたとき、小さく、低い声でコロナがぼそりと呟いた。
「現実逃避…」
二匹がびくりと肩を震わせる、気がつけばコロナが冷めた瞳で二匹を見ていた。
「責任転嫁…」
二匹の顔に脂汗が浮かび始める、すでに四個目の胡桃を割り終わったマロンは、がたがた震えている二匹を見て、
「そんなにやりたくないのかな、胡桃割り…」
そんな言葉など二匹には聞こえない、コロナがべきりべきりと腕を鳴らせる、おおよそ、女性が出すような音ではないのがよくわかった、殴られたら殺されるなどと思っていたら、コロナは突然しなをつくっておよよよと泣き出した。
「二人にはそんな言葉がお似合いだよ!!ぐすん、か弱い女性の僕でも出来る胡桃割りが出来ないようななよなよ男がこの厨房にいたなんてっ!!…信じられないや!!」
「自分で怪力って言ってたじゃん…」
「か弱いって…自分で言うっすか普通?」
二匹がそれぞれ口にした言葉をしっかりと聞いていたコロナは、じろりと睨み付ける、その途端に二匹はついっと顔をそらして喋らないようにした。
「……後でおぼえとけよ………お仕事も出来ない男の子って、ポケモンとしてどうなのよ!?…まさに駄目ポケモン!!ヒモ街道をまっしぐら!!」
小さい声で何かをぼそりと呟いた後に、またしなをつくって演技をする、言われ放題だった二匹だが、さすがにヒモという言葉には反応した、今現在バリバリ稼いでます、ヒモじゃありません、二匹は同時に食ってかかる。
「さすがにヒモといわれて黙っていられるほど、ポケモンできちゃいないですよ」
「言われた仕事くらい、軽く片付けてみせるっすよ…」
二人がそういうと、一瞬で素に戻ったコロナは、にこやかな笑みを浮かべながら――
「本当!?ありがとう、じゃあ、残りの胡桃割りお願いね♪さっき二人が話しているときに増し増しされて百二十個になっちゃったけど♪」
「(゚д゚)」
「(゚д゚)」
二人が同じ顔をして、コロナが、頑張れなどといって肩を叩いてクリーム係のほうに逃げていくのを見て数十秒後、横暴だ!!とか鬼っすか!?などという声が聞こえてきた。
「…良かった…みんな元気になって…」
二十三個目の胡桃に手を伸ばして、ぐっと力を入れながらマロンはそんなことを思っていた、段々コツがつかめてきた、これなら簡単に割れるだろう。
一週間前の死んでいた空気とは大違いの笑顔が、厨房いっぱいに溢れている。
「料理長が元に戻って、本当に良かった…」
マロンは二十五個目の胡桃をぱきゃりとわってから、一週間前の出来事を思い出していた―――
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美味しいお菓子とは何なのか、見た目がいいことなのか、口に入れたら舌触りが最高のものなのか。
そうではない、本当に美味しいお菓子に、終わりなど無い。
終わりが無いのではない、それぞれで違うのだ。
皆が食べているという理由でつまんでみたお菓子がひどい味だったときもある、周りが馬鹿にしていたお菓子を口に入れてみると、とてもユニークな味で美味しいと感じたときがあった。
味覚は人それぞれ、それゆえにどんなものが美味しい、どんなものがまずいという感覚など無いに等しくなる。
それぞれがそれぞれで、それぞれの味覚で美味しいものを楽しめばいいのだ。
誰かに強制させるのは間違っている、本当に美味しいお菓子というのは、初めて食べたときの感動。
本当に、言葉など要らない…ただ単純に、美味しいと思えるもの。
「それが、僕の答えだよ…」
一週間前、コロナはマーブルを満足させるお菓子を作り続けていたのだが、それをことごとく粉砕した。
コロナは悩んでいた、本当に満足させるものなど出来るのだろうか、しかし、マーブルはこういった。
自分を満足させるために作るものでは心は入らない。
その意味が、今、コロナにはよくわかっていた。
「……これは?」
マーブルが不思議そうな顔をしてコロナが両手で持っている皿に乗った――不恰好なクッキーをじっと見つめた。
「見ての通り、クッキーだよ」
「…そうっすね…」
「食べてみて。美味しいから」
そういってにっこりと微笑む、よほど自信があるのだろうか、どことなしか満ち足りた顔をしている。
「…いただくっす」
マーブルは不思議な顔をしながらそのクッキーを一つつまんで口の中に入れる。
「……」
特に何かをしているわけではない、何のことは無い、何の変哲も無いプレーンクッキーだった。
「……うまいっす」
しかし、自然とそんな言葉が出た。
「良かった…君に喜んでもらえて…」
安心したのか、コロナの目には涙が浮かんでいた。
「…でも、どうしてクッキーなんすか?」
マーブルは疑問を持った、それは、他にもいろいろなお菓子があるのに、最終的にマーブルがうまいといったのはクッキーだった。
マーブルはどうして他のお菓子にしなかったのか、そこに疑問を持った。
マーブルの言葉を聞くと、コロナは東の方向を向いて、思い出すようにポツリポツリと語りだした。
「クッキーした理由はさ、僕が本当にちっちゃかったころ、その頃はお菓子も満足に無いときだったからね…お菓子が欲しいって我侭言って親を困らせてたんだ……あの頃は本当に我侭だったな……でも、僕の親はそんな僕の我侭を聞いてくれて、マーブル君が食べてるクッキーを一生懸命作ってくれたんだ。仕事も忙しいのに、僕のために時間を割いてくれて…そのとき食べたクッキーの感動が忘れられなくて…平凡かもしれないけど、僕はこれが一番好きなお菓子だから…」
コロナは笑いながらそういうと、マーブルの顔をじっと見つめた。
「…このお菓子には、料理長の思い出が詰まってるんすね…」
マーブルは考え込むように右前肢を口に当てて、しばらく黙っていたが、何をしだしたのか急にコロナに頭を下げた。
「料理長、今までの無礼、本当にすみませんでした…」
「…え?」
マーブルはにこりと笑ってこういった。
「そして、ありがとうございます。料理長の言う本当に美味しいお菓子、それは作る人の気持ちがしっかりとこもっていること…ワシがここに来たのは、やっぱり正解でした…」
そういって頭を下げた。
「…?どういうこと??」
急にいろいろといわれてコロナも若干頭が追いついていないようだ。
「それはまた後から話します…それじゃあ!!」
そういって踵を返すと、厨房のほうに消えていってしまった。
「…また、今度話す……認められたってことかな?」
あのマーブルが、他人に無関心なマーブルが、自ら進んで自分のことを話そうとしてくれている、先程言った意味深な言葉が気になるが、それでもコロナは満ち足りた顔をしていた。
「よかった、ちゃんと、通じ合えて」
コロナはそういって嬉し涙を流す、緊張と圧迫が一瞬にして解けたのか、その場でへたり込んでしまった。
が、それでもコロナは満足そうな顔をしていた。
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いろいろ考え込んでいたら、もう胡桃が無いことに気がついて、マロンはあれ?と、言う顔をした。
「おお、集中力の賜物」
いつの間にか隣にいたコロナがそういって拍手をした、マロンは顔を赤らめて何だか照れくさそうにしていたが、向こう側で未だに格闘しているボルトとマーブルは凄く渋い顔をしていた。
「あ、そういえば料理長。あの二人はいいんですか?」
「あ~、大丈夫大丈夫。あの二人は結構やるときはちゃんとやる二人だからね」
コロナはそういって、自分の作業に戻っていく、マーブル本人から聞いた話だと、あの後ボルトにもちゃんと謝ったらしい、どんな謝り方をしたのかは不明だが、皆が仲良くやれるということで、マロンはどうでもいいかと思っていた。
「ボルト先輩、しっかり割ってくださいよ」
「君に言われたくはないな」
「ワシはちゃんとやってますよ」
「嘘つけ、隙を見て逃げ出そうとしてるだろ」
「それは無いですね、ボルト先輩も同じことを考えているからなかなか動こうにも動けないんじゃないんすか?」
「そういうくだらないときだけは無駄に頭が回るね」
「伊達に下らないことしてませんからね」
「皮肉が通じないという意味で受け取っていいのかな?」
「ボルト先輩は心の器が狭いという認識に変えますけどね」
「………」
二人の会話を聞いているととても仲良しには見えないが、喧嘩するほど仲が良いという言葉も世の中にはあるので、きっと中はいいのだろうという事だけは憶えておいた。
「それにしても、結局なんでマーブル君はここに来たんでしたっけ?」
マロンは次の作業に移りながら、ふと、そんなことを考えた。
マーブルほどの腕前があれば、別にここに転勤しなくても、ここよりももっと自分の腕が揮えるお菓子の専門店なども存在するというのに…
「どうしてでしょう」
「ききたいっすか?」
急に声がしたからびっくりして後ろを向くと、そこにはボルトとマーブルがいた。
「あれ?二人とも胡桃割りはどうしたの?」
「「場所移動」」
二人して同じ言葉を吐き出したから思わず笑ってしまった、二人は仲が悪いのじゃなくて、妙なところでシンクロしている、それは仲良しの証だ。
「っと、そうそう。さっきマーブル君とそういう話してたらさ、急にマーブル君がこっちに来た理由が気になってさ…それでどうしてなのかってマーブル君に聞いたんだ」
胡桃を割りながら、ボルトはそういってマロンのほうに顔を向けた。
「そうなんですか、まぁ、私も同じようなこと考えてましたから…あ、どうも」
マーブルに胡桃をもらって片手で胡桃の殻だけを握りつぶす、ばきゃりといい音がして中から胡桃のみが現れた。
「…すげぇパワー」
「地味に怪力って、マロン先輩なんじゃ」
二人が同じようなことをひそひそ囁いた、別に怪力なんかじゃない、ガバイトというポケモンの種族上力が以上に高いだけだ。
「種族の問題だよ…えっと、それでなんだっけ?マーブル君さえ良ければ私は話を聞いてみたいな」
「僕も興味あるからね…君は他人のことは知りたがるけど、自分のことはめったに話さないからさ…」
ボルトも一緒のことを言った、他人のことは知りたがるが、自分のことはめったに話さない…確かにその通りだ、マーブルには、未だに謎の点が多い。
「…知りたいみたいっすね…いいっすよ、へるもんじゃありませんから」
「いや、少なくとも話したくないことを話すってことは減るんじゃないかな?」
「いや、話したくないというよりも、話す必要がないって言うのか、ホントに下らない理由なんで」
マロンは下らなくても、気になるなといった、マーブルは敵いませんねという仕草だけしてから、思い出すように話し始めた、ここに車でのこと、それまでの時間に何があったのか…
「そうっすね、前の仕事もここと同じということはわかるっすよね…前の仕事場もここと同じくらいに明るかったす。皆親切で、優しくて、自分のことをひけらかす人もいましたけど、別に嫌な仕事場じゃなかったっすよ。自分の腕前も振舞えるところでした」
「へえ、一度行ってみたいなぁ…」
マロンが想像を働かせる、きっといいところなんだろうと思っていたら、マーブルが更に言葉を紡いだ。
「そうっすね、いい所だったっす」
「いい所……"だった"?」
ボルトがマーブルの言葉に不審げな顔をした、立ったということは何かあったのだろう、おそらく、前の仕事場にいたくないというほどの事が…
「鋭いっすね。ボルト先輩…考えていると通りっすよ…俺はあの仕事場にいることが、いや、絶対にいたくなかったっす…」
「何かあったの?問題を起こしたとか」
「そんなものじゃないっすね…逆っすよ……ワシが裏切られたんすよ…信頼してた店のほうにね」
「!?何だって!?お店のほうがマーブル君を裏切った!?」
ボルトが驚愕に目を見開く。
「お店内のトラブルじゃなく、お店自体がトラブルメーカーだったんですね…」
マロンも下唇をかんで目を細める。
「…俺はあるときから、誰も作ったことの無いお菓子を作ろうと思ったんすよ…皆をびっくりさせようと思って…誰にも秘密にして綿密に材料を選んで、レシピを書いて、ちゃんとできるところまで練習して…とうとう完成したんすよ…」
「ヘェ、マーブル君のオリジナルのお菓子かぁ…きっとおいしそうなんだろうね…」
「……そうっすね、自分が作った感じではうまかったっす…それで、皆をびっくりさせようとした思ったんすけど、その日の仕事の終わりに、レシピが誰かに盗まれたんすよ…」
「「盗まれた!?」」
マロンとボルトが口を合わせる、未公開の料理のレシピを盗まれるということはかなり危険だった、盗作といっても証拠が無いからだ。
それが分かっていたのか、マーブルは悔しそうな顔をして話を続けた。
「そうっすね、レシピ自体を盗まれたら盗作って言っても証拠が無いっすから…ひょっとして家に忘れたのかもしれないと思って、家に帰ってからも必死に探したっす、厨房のほうでも皆が探してくれて…嬉しかったっす」
「…そう聞いてると、いい人たちだね…でも――」
「裏があったんですね…その紛失したレシピと、店の皆と…」
そうっす、と、言ってマーブルは話を続けた。
「無くなったものはしょうがないので、また書き直そうと思ったんす…こんな気持ちがいつまでも続いたら皆に心配をかけると思って…次の日に出勤したら…ワシは今まで出一番屈辱的な気分になったっす」
マーブルの顔が飢えた獣のごとく険しくなる、マロンとボルトは何があったのか大体予想がついてきた。
「何があったの?」
「なんとなく想像はつきそうですけど…まさか?」
「……お二人の想像の通りっす……誰にも教えなかったお菓子が……仕事場のみんなの前に出てたんすよ」
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「秘密だったのに、目の前に出ていたとき、ワシは全員が敵に見えたっす」
静かな声で、マーブルは当時のことを呟いてはぎゅっと目を瞑る…よほど嫌なことがあったのか、わなわなと肩を震わせて、ゆっくりと首を横に振る。
「最悪だ、何だよその職場…」
ボルトが歯軋りをして俯く。
「私、そんなことがあったらやった人殴っちゃうかも…」
マロンも悲しそうな瞳をして思案顔にくれる。
「そして呆然としていたワシの目の前に、一匹の同僚…いや、同僚だった奴がやってきて…「お前も食べてみるか?これ、俺が作ったんだぜ」って言ったんす…」
「……」
二人はただ押し黙った…次に何が起こるのかは大体明確にわかる。
「ワシがそこをやめる理由は……それで十分だったっす…」
マーブルはそういった後に、無言で手が止まっていた作業を再開させる…
「成程…そんないきさつがあったんだ…」
「それは大変でしたね…」
ボルトとマロンはなんともやるせない気持ちになって、マーブルを見つめていた。
職場でできる拗れというのは、次の職場でも現れるものだ。
もしかしたらマーブルは、まだ全員のことを疑っているのかもしれない…この職場の人たちも前と同じように、誰かを騙す集団なのかも…そんな風に思うしかない出来事が前にあったのならばなおさらだった…マーブルのいやな態度や、反抗的な言葉遣い…もしかしたらそのせいかもしれない…
「絶対に許せないよ!!」
「「「!!?」」」
三人が三人、びっくりして後ろを振り向くと、そこには火山エネルギーの固まりみたいに憤慨した我等が料理長が立っていた…
「あ、アレ??」
「りょ、料理長…」
「まさか、今の話し全部」
「聞いてたよ!!」
うわぁ、と、マーブルがげっそりとした顔をする。
マロンは凄い耳だ、と、内心感心する。
ボルトは、何をする気だこの人は、と、訝しげに首を傾けた。
「それは絶対に許せない、食い物の恨みは古今東西古来より人殺しより恐ろしいとされているんだから!!!ボルト君!!!マロンちゃん!!!そして、マーブル君!!!」
「はいっ!!」
「はい!」
「…はぁ」
「食い物の借りは、食い物で返すべき!!!!…来週の日曜日、出陣だ!!!!」
大事な殿様が討ち死にして憤慨した家臣みたいなトンでも考えを巻き起こして、我等が熱血料理長はフライパンとフライパンをがしんがしん打ち鳴らして「戦だ!!!」と叫んでいたりもした。
「…なんだろ、あのテンション…」
「一番聞かれてはいけない人に聞かれたみたいですね…」
「来週の日曜日に出陣て…戦争でもするんすかあの人??」
マーブルが首をかしげてため息をつくと、違う違うとボルトが訂正を入れた。
「来週非公式で、お菓子製作の大会があるんだよ…殆ど知られていないからね、なんせ非公式だし…でも、料理長は自分の腕がどれだけか見てみたいって言うんだ。だから出るつもりだったんだよ。でも、僕達を巻き込むってことは、おそらく団体戦の可能性が大だね…」
「……日曜日は新しい料理器具を買おうと――」
「諦めたほうがいい…今日は…水曜日か…決戦の日まで英気を養うなり才能を伸ばすなり何らかのアクションを起こしたほうが賢明だと僕は判断するよ…」
マーブルはがくりと肩を落とした。
だが、その顔はまんざらでもなさそうな、どことなしか嬉しそうな顔をしていた。
「…マーブル君…何だかとっても嬉しそうだよ?」
「え?」
慌てて自分の顔を見る、確かに嬉しそうな顔をしている…と、言うか、これはさすがににやけ過ぎかもしれない…
「気持ち悪いっすね…」
「それほど嬉しかったんだね…さっきの料理長の言葉…」
「…」
私ね、と、マロンは静かに語りだす…
「一度職場でトラブルがあったときに、何もできなくて泣く事しかできなかったんだ…世間体から見れば鳴いてごまかすずるい女の子って思われる…でも、料理長はそんな私に優しく接してくれたり、アドバイスをくれたり、励ましてくれたりした…」
マロンは当時を思い出すかのようにうっとりとした。
「その頃と何にも変わっていないけど、それが料理長のいいところなんだ…一人は皆のため、皆は一人のため…皆の力を、私に貸して、私の力も、皆に貸すから…料理長が就任したときの挨拶がそれだった…」
「…人望があったんですね」
「そんなんじゃないと思うよ…誰かのために何かをしたいって言う気持ちが…料理長には人一倍強いだけだよ…」
「それでも、凄いことに変わりないっすよ…」
マーブルはにこりと笑うと、大きく伸びをした、時間はまだ昼前だ……まだやることはたくさんある…
「ワシもやる気出さんといかんっすね…よっしゃ!!」
元気な声を出して、マーブルは仕事に取り掛かる…
「…決戦は、五日後…」
「団体戦に自信はないけど、やってみる価値はありますね」
ボルトとマロンはお互いを見合わせてにこりと微笑む、しかし、その憎い敵がその非公式のお菓子大会に来るとは思えない…
だが、必ず来る…
四人は、少なくともそう思っていた…
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「ココアとバターを使ったお菓子っていうのはどうかな?結構斬新だと思うけど…」
「ちょっとそれじゃあくどすぎるんじゃないっすか?それならフルーツを加えたほうがさっぱりしていい気がするんすけど……」
「じゃあ、生クリームとフルーツの取り合わせも候補として考えられるかもしれませんね…」
「フルーツを加えるならマドレーヌなんかも候補に入るかもしれませんね…」
四つの声が、狭い部屋の中に響き渡る……外はすっかり暗くなり、伝記で照らされた部屋野中では四つの影が伸び縮みを繰り返して、なにやら話し込んでいる様子だった。
「う~む、なかなか決まらないね…」
蛍光灯の光の中で大きく伸びをしたブースター――コロナは大きなあくびを噛み殺して辺りに散らばった紙をかき集めて視線を両手いっぱいの紙に落とす。
「これだけ皆が頑張って考えてくれてるのに、何だかなぁ…」
「何か不満点でもあるっすか??」
コロナの隣――グラエナのマーブルは首をかしげてそういった。
が、しかしコロナは首を横に振って、不満なんて無いよと口にする。
「不満点なんか無いよ。マーブル君にボルト君、それにマロンちゃん…全員で力をあわせてやるんだから、変なのができるはずが無いからね…」
「じゃあ、何か気になることでも?」
向かい合わせで座っている二匹のポケモン――レントラーのボルトとガバイトのマロンがココアを飲みながらそういった。
「いや、気になることも無いなぁ…皆がアイデアを出したお菓子におかしい所なんて無いからね…」
「じゃあ、どうしてそんなにため息つくんですか?」
マロンがそういうと、コロナは壁にかけられた時計を見て、憂鬱そうな顔をした、今現在は深夜の二時、良い子でも悪い子でも就寝する時間に、悪い大人が四人集まってあれこれと考えている。
考えるのはもちろん四人で作るお菓子のデザインだ……団体戦という名目上、四人が力を合わせてお菓子を作らなければいけない、それゆえに、全員がアイデアを出し、悪いところはちゃんと指摘し、よいところはどんどん組み込んでいく……そういう触れ込みでコロナの家に集まろうということになり、仕事が終わると、コロナ、マロン、マーブル、ボルトの四人は朝まで優勝できるようなスイーツを考えている。
しかし、一向にいいアイデアが思い浮かばない、全員の得意分野を生かし、全員が納得できるスイーツを作るのが一番いいのだが、やはり意見の食い違いや、見栄えの問題、味に関しても四人の意見がそれぞれぶつかり合いなかなか決めることができずに、戦いを誓った日から、決戦の二日前まで来てしまった…
「どうしたもんか…」
一応全員のアイデアがまとまりつつあり、これなら何とかなると思っていた、一人を除いて…
「今日が金曜日、で、次の日までに完全にレシピと完成品を作って、それをしっかり頭に叩き込まないといけないし……」
「悪いところは指摘しあうんじゃないんですか?料理長、悪いと思うなら遠慮しないでください」
マロンがそういうと、コロナは頑なに首を横に振った。
「悪いわけじゃないんだってば、なんていって言いのかさ…なんていうんだろ、こういうの」
「よく分かりませんけど、はっきりいってください」
ボルトが苦笑いしながら催促したら、コロナはうーむと首を横に傾けていたが、喉に何かがつっかえているような顔をして、机の上におかれた全員のアイデアスケッチを見て……
「僕のも含めて全員……何というのかさ……"インパクト"に欠けてる様な気がしてさ…」
「む」
「あ」
「確かに」
三人が同時にそんなことを言って、自分達の描いたアイデアスケッチに目を落とす。
「やっぱりマドレーヌじゃ心を掴むことはできないっぽいよねぇ」
「ケーキにしても面白みに欠けるっすね」
「やっぱりクッキーなんかは食べていて飽きますからねぇ…」
「僕のアイデアも結局凡骨の才能だからなぁ…」
四人がそういってため息をつく、今は冬で、部屋の中は暖房が聞いていてとても暖かいが、四人の心はブリザード状態だった…
「冬にちなんだ何かにするとか…」
「おでん?」
「何でそんな発想が出てくるんすか?マロン先輩…」
「あ、ごめんなさい、冬といえばおでん食べてなかったなぁって思ったら自然と口から…」
マロンが失敬といって、再び視線をスケッチに落とす。
「……へっくしょっ!!」
しばらく沈黙が訪れていたが、ボルトが大きなくしゃみをして三人がびくりと身を震わせた。
「うわっ!!びっくりしたぁ」
「ちゃんと口に手を当てないと黴菌が感染するっすよ?」
「大丈夫?そんなに寒い??」
そんなことを次々に言われてボルトは違う違うと首を横に振る。
「大丈夫ですってば…寒いからじゃなくて、鼻に埃が入っちゃって……それでむずむずしちゃって……」
それを聞くと、マロンがなぁんだといって安心したような顔をした。
「びっくりしたなぁもう、ボルト君が寒がりかと思っちゃった」
まさか、といって、ボルトは笑った。
「そんな、冬場にアイスを食べるわけではないんですからそんなことは――」
そんなことを言って笑っていたら、ボルトを除く、三人の目つきが変わった。
「……え?」
「くどくなくて、それでいてさっぱりしたもの……」
「あの?……」
「フルーツにも会う、冬にも食べているもの……」
「……もしもし?」
「シンプルだけど、美味しいもの……」
「おーい」
それぞれがいろいろ考えている……ボルトの声は完全無視だ……三人が三人、思案顔にくれ、そして――
「「「"アイス"だ!!!!」」」
三人が思い切り声を張り上げて、そんなことを言った。
「アイ……す??」
「アイスなら、すっごくさっぱりしてるものが作れるよ」
「それに果物とも相性はあるっすね」
「デコレーションも豊富だし、冬場にも結構食べられてます」
三人がそれぞれの意見を口に出し、ボルトがえ?といった瞬間に三人は立ち上がった。
「いろいろ試して見ましょう!!」
「ジェラードの類でも何かできるっすね」
「とにかく、作ってみましょう!!」
そういって、三人が厨房に消えていくのを見て、ボルトはぼけっとしていたが……
「ま、待って!!無視しないで!!」
情けない声を上げて三人の後を追っていった…
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「……うげぇ、なぁにこれ……」
「めちゃくちゃ甘いんですけど……」
「さすがにこれはないっすよ」
「え?そう??」
四つの異なる声が、厨房から聞こえてくる、なかなかどうして、コロナの家の料理場は広かった。
「ボルト先輩いつもこんな味覚してるんすか??これはさすがに甘党のワシでも引きますって…」
「う~ん、ボルト君は子供の味覚を良く捉えているってことなのかなぁ??」
うっぷと口を抑えるマーブルと、苦笑いをしながらボルトの作ったバニラアイスを食べるマロン、しかしコロナは首を横に振って……
「子供でも角砂糖を舐めたり口にいれたら嫌な顔すると思うよ、マロンちゃん、ボルト君は超甘党だから普通の人とは次元が違うって考えなくちゃ…うえっぷ」
「そこまで言われるとなんかいやな気分になるんですけど……」
げふっと重い息を吐き出すコロナと、自分の作ったバニラアイスを憂鬱な瞳で見つめるボルト……
「しかしまぁ、瞬間冷凍庫なんて、よくもってたっすね……」
「ふふん、凄いでしょ、お年玉代わりにってお父さんとお母さんが買ってくれたんだ……こういう冷たいもの食べたいときとかには凄く有効だよ」
マーブルが感心しながら電子レンジ大の小さな箱をまじまじと見つめる、コロナはえへんと胸をそらして、自分の家庭にある冷蔵庫を自慢する。
瞬間冷凍庫とはその名の通り、液体を瞬時に固体にする冷蔵庫である…温度をレバーで調節し、スイッチを押すと凍らせることができるという優れものだった。
「今のご時勢便利になったね…使い方を間違えるとかなり危険な代物だけど、ちゃんと正しく使えばこんなに便利なものはないね……」
「確かに……って、それはいいんですけど、料理長、どんな感じですか?今のところ全員アイスを作ってみたんですけど……」
「うぅむ……」
コロナは悩んだ……先程ボルトから出た一言でアイスを作ることに至ったまではよかったのだが、いざ作ってみると、さまざまな壁に行き当たった……
マーブルのチョコレートアイスは、シンプルながらもとても素材の味を引き出していた……
ボルトのアイスは甘すぎるが、少量ならばお腹にすっきりするし、味も申し分ない……
マロンはジェラードを作ってくれたが、これもとても美味しかった……さまざまな果物をふんだんに使ったため、ジュースを飲んでいるような気分にもなれた……
自分のアイスもかなりシンプルなヨーグルトアイスにしたが、これもなかなか、自分で自慢するのも変だが、かなりのできばえだった……
「うっ、うぁぁっ……」
突然うめき声を上げたコロナを、心配そうに三人が見つめる。
「ちょ、料理長??」
「大丈夫っすか??」
「アイスの食べすぎでお腹を??」
コロナはそれぞれの回答に首を横に振って答えた……そうではない、そうではなく――
「――だめだ、どれも個性があって、どれも美味しい……この中から選べって言われたら、僕は、選べない……」
コロナは頭を抱えてうんうん唸っている……それを見ていた三人は何ともいえない顔をして自分達の作ったアイスを眺めていた…
「私の作ったジェラード……なんか控えめすぎるんですよね…ボルト君みたいに思い切った味があればインパクトが出来るかも…」
「ワシの作ったアイス……シンプルすぎるんすよね……マロン先輩みたいに多面な所があれば……インパクトができると思うんすけど……」
「俺の作ったアイスだとくどすぎる……こんなんじゃすぐに胸焼けしちゃうか……せめてマーブル君みたいに素材の味を生かしてシンプルに作ることができれば……インパクトがつくんだろうな……」
三人が同時にそういって思い切りため息をつく……
その話を聞いていたコロナが、唸るのをやめて考え始める……
控えめすぎるんですよね――味がくどすぎるからなぁ……――シンプルすぎるんすよね――もっと多面の方向から攻めれば――思い切った味があると――素材を生かしてシンプルに――まっがーれ……
さまざまな言葉がコロナの中に入ってくる……
インパクト……何を求めたいのか……団体戦は仲間と力を合わせること……仲間とともにやっていくには……甘すぎても駄目……控えめでも駄目……匙加減一杯で……与えられるインパクト――――
「……ックスだ」
ぼそりと何かを呟いたコロナを、三人がぎょっとして見つめる。
笑っていた。
コロナは微かに、しかし大胆に――笑っていたのだ……
「ミックスさせよう!!!みんなのアイスを!!」
それは唐突に言った一言だが……捨て鉢になって言った一言ではなかった。
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決戦の朝……という時間なのに、誰一人としておきることはなかった。
ポッポの声が聞こえるというのに、重なって眠り続ける四つの影は動くことも無く、穏やかな寝息をたてるだけであった。
「ぁ……今、何時??」
一つの影が身をもぞもぞと動かす、時計を取ってそれに目をやると、時刻は8時30分……
「うわっ!!!!やばい!!!」
いきなり大声を出して、物凄い速さで支度をし始める、その声を聞いて、他の影ももそもそと動き出した。
「……何なんですか?」
「腹でも下したんすか??」
「もしかしたら、大事な用事でもあるんですか?料理ちょ――」
「全員が大事なようだっつうの!!!!今日は何がある日!?……ほら、復唱!!」
そういうと、三人の影がガバリと動いた、そしてそれぞれがあわただしく動き出す。
「しまった!!」
「今日は……」
「大会の日!!」
三つの声が重なり合う。
「そうだ!!寝てる場合じゃないの!!!」
コロナが三人に鞭を打つようにたたき起こす、ボルト、マーブル、マロンは三人同士でもんどりうって倒れ、それぞれあわただしく動いていた。
「あ、ごめんマロン……」
「先輩、急がないと遅れるっすよ……」
「早くしないと、失格になっちゃいます!」
もはや身嗜みの何だのといっている場合ではなかった、急いで支度を整え、コロナ達は転がるように走り出した……
「そういえば、ちゃんと作ったレシピは持ってきたんですか?料理長……」
走っている最中にマーブルがそういった、アレだけみんなの力を終結させたスイーツなのだ、作り方を忘れてしまったでは話にならない……が、コロナは不適に笑うと、手を頭にこんこんとおくと、笑いながらこういった。
「心配後無用だね……みんなの力は、全部ここに入ってるから……」
「心配だ……」
かっこよく言った後にボルトが不安そうな顔をしてコロナを見つめていた、それを聞いたコロナはむすっとした顔になって、ぎろりとボルトをにらみつけた。
「何でそんなこというのかな???」
「いや、だって、料理長忘れっぽいじゃないですか、この間も遊びにいく約束を忘れて一人で厨房に引きこもって……」
「そりゃ関係ないでしょ!!」
ぎゃいぎゃいと喧嘩をしている二匹を尻目に、マーブルはマロンに話しかけていた。
「マロン先輩、単刀直入にきくっす、この勝負、勝てると思いますか??」
単刀直入に聞いてきたマーブルの一言、曇ってなどいない、不安にもなっていない、本当に、ただ単純に、この勝負に勝てるのかどうかという、疑問の言葉だった……マロンは走りながらしばらく考え込んでいたが、やがて息を大きく吐いて気持ちを整えると、こういった。
「分からない。やってみないと分からないときもあるから……でも、少なくともこれだけは分かると思う……私達は全力で戦い、そして勝つという気持ち、目標があるから、その辺の人たちには早々負けないと思うよ……あくまで、私の推測に過ぎないけどね……」
そういって、笑う。
マロンは絶対勝てる、だから自信を持て、などといったありきたりの言葉などは一切口にしなかった。
ただ、分からないけど、自分達が頑張ってきたことを全力でやれば、その辺の奴らには負けない。
そういった。
「そうっすね。ありがとうございます……やってみないと、結果はついてきませんからね」
「珍しくやる気になってくれてるんだね?」
「そうっすね。……ワシのためにあそこまで動いてくれた人は初めてだったし……そこまで信頼してくれているのなら、ワシはその信頼に全力でこたえたい……そういう気持ちなのかもしれません」
「律儀なんだね、マーブル君は……」
「距離をとりたいだけですよ……」
そんなことを言って笑った、その笑顔を見たマロンも釣られて笑う。
「お、二人とも余裕だね!!」
そんな二人を見たコロナも笑いながらそんなことを口にする。
「変に緊張していると本来の力は出ませならね、リラックスも大切だと思います」
マロンが返答する。
「そうだね、いつもどおりで行こう。マーブル君の話していた奴らはきっと現れる……そのとき、がっちり勝利して、そいつらの鼻を明かしてやろうじゃないか!!」
コロナが不適に笑う、それはいつもどおりの笑顔とはちょっと違う感じがした。
「その顔はいつもどおりとはちょっと違う気がするんすけど……」
「そういう余計な茶々を入れる余裕があるならマーブル君は大丈夫だね……皆も変わりないから、きっと大丈夫だね……」
そんなことを話しているうちに目的の会場に辿り着いたコロナは、開口一番見てはいけないものを見たような顔をして……
「うえええっ!?」
蛙が轢かれたようなヘンテコリンな声を上げて、マーブルの後ろに隠れた、その様子を見ていた三匹は変な顔をして縮こまっているコロナを見て、首をかしげた。
「何収縮してるんですか料理長……」
「何か恐ろしいものでも見ましたか??」
「もしかしてドッペるゲンガーでも見たとかー!!」
ボルトが笑いながらそんなことを言って先程コロナが見ていたものに視線を移して――
「うえええっ!?」
変な声を出した。
「急にどうしたんですか?ボルト君まで……」
「りょ、りょりょ、りょりょりょ…………料理長がいる!!」
何を言ってるんだろうと思いながら、マロンはケタケタと笑った。
「そりゃいますよ。今後ろに隠れてますから」
「ち、違う。違うから!!そこにいる!!そこにいるんだ!!!」
「は?」
マロンはがくがく震えるボルトの指が指した先に目をやった。
大勢のお客さんや、審査員達……その中にまぎれて―――
「……え?」
マロンは一瞬目を疑った。
その先には……見間違えるはずも無い。
コロナがいたのだ。
「あ、アレ??料理長、双子だったんですか??」
「何いってんの!?」
マロンの一言にボルトが即座に突っ込みを入れる。
「あ、悪夢だ、ドッペるゲンガーがいる……僕の命は今日終わってしまうんだ……」
嗚呼、花の命は短く、などと勝手に死亡確実などといっているコロナを尻目に、マーブルは物凄くしかめっ面をしていた。
「マーブル君どうしたの??」
「ビター……」
一言だけ言って、コロナにそっくりのブースターを見つめていた。
そのブースターも、マーブルたちに気がついたのか、ゆっくりと、しかし確実に近づいてきた……そして、
「久しぶりだね、マーブル……それが君の新しい道具ってことかな??」
とんでもないことを口走った。
「それ?……道具??……貴方は、生き物を何だと思っているんですか??」
その言葉に反論したのは、マロンだった。
「ま、マロン先輩……」
「ヘェ、粋がいいねぇ、……なかなかいい性格してるじゃないの……ね、お姉ちゃん?」
そのブースターはにやりと笑って、コロナのほうへと向き直る。
一方コロナは、険しい顔をして、自分にそっくりなブースターを見つめていた……まるで見たくないものでも見るような瞳で……
「見たときにきっと違うって脳が拒絶反応したんだけど、どうやらその反応事態が間違いだったみたいだね……まさか、マーブル君が前に勤めていたところにお前がいたなんてね、ビター……」
コロナがぎろりと睨み付け威圧すると、ビターと呼ばれたブースターは恍惚の表情を浮かべてコロナに近づいていく……
「こっちにくるな、敵情視察ならほかでやれ、妹よ……」
「ウフフ、その言葉、その怒った顔、本当に久しぶりだよ、お姉ちゃん……やっぱり来てくれたね、マーブルを痛めつければきっとおねえちゃんはここに来るって思ってたからね……」
「……どういう意味っすか?前料理長……」
マーブルが憂鬱な瞳をビターに向けると、ビターはいかにも鬱陶しそうな顔をした。
「ふん、お前と話すことなんて何もないよ……私のお姉ちゃんの時間を邪魔しないでよね……」
「話すんだ、ビター……マーブル君に何をした!?」
コロナが声を荒げる、後ろにいたボルトとマロンは驚愕して二人を見つめていた……
「料理長が思い切り怒ってるなんて……」
「っていうか、妹!?料理長に妹がいたなんて、聞いてないですよ!!」
ボルトがそういうと、コロナは一瞬硬直して、ゆっくりと後ろを向いた。
「そりゃそうだよ、いいたくなかったからね……この子のことは……ビターのことは誰にもいいたくなかった……知られれば絶対にビターが何かしてくると思ったから……」
コロナはそういうと、改めてビターをにらみつけた。
「話してよ、ビター……彼に何をしたの!?」
「そんなに大きな声で叱ってくれるなんて、私、凄くイイキモチだよ……この声は、私だけに向けられているものだから……」
「ふざけないで!!僕はお前を満足させるために叱っているわけじゃない!!マーブル君に何をしたんだ!!」
「ウフフ、彼には何もしてないよ……ただ、お姉ちゃんがいなくなって、彼が親しくして来て鬱陶しかったから露払いをしただけだよ……私はおねえちゃんだけのものだけのものだもん」
そういってぬらっと笑う、その笑顔にぞっとしたボルトが、マロンに語りかける。
「まさか、このこ……」
「異常な性癖をもっているのかもしれませんね……」
二人の話を聞いても、ビターは眉一つ動かさなかった。
「ウフフフ……こうして並んでると昔を思い出すね……おねえちゃんは何でもできた、私は何もできなくて叱られてばかり……才能の違い、生まれたのが遅かったから……そんな言葉じゃ埋まらない劣等感を抱いて、私はただ努力した。でも、お姉ちゃんは違った、お父さんやお母さんが私をどれだけ罵っても、お姉ちゃんは優しくしてくれた、自分のことをひけらかしたりしなかった……」
「ビター……」
「それどころか、私の才能が羨ましいとおねえちゃんは言った。生まれつきの才能なんて、ほっておけば錆付いて朽ち果てる。でも、お前のそのひたむきに努力する力が、僕は羨ましい……いっつもそういって褒めてくれてそれが嬉しくて、私はもっともっと努力した……一緒にパティシエールになるといったときも、他の人よりもずっと努力して、試験に合格した……でも、」
ビターはそういって言葉を区切ると、苦悶の表情を浮かべた、まるで、この世の終わりを見たような顔で、真っ直ぐに、濁った瞳をコロナに向けていた。
「お姉ちゃんは私と一緒になることはなかった……私とおねえちゃんは別々で働くことになった……私は悲しんだ、どうしてこうなったのか?何でお姉ちゃんと一緒じゃないのか……悲しんだ、苦しんだ……でも、気付いたんだ……」
「気付いた?」
「これがお姉ちゃんの愛情表現なんだって……冷たく突き放して、身も心もズタズタになって……でも、最後にお姉ちゃんはやっぱり私のことを愛してくれる。これが本当の愛の形だから……」
「違う!!聞いて、ビター!!」
「違わない!!!!!」
コロナの声をかき消すように、ビターは大声を張り上げた。
静寂が場を支配した後に、くすくすとビターが笑った……死人のような顔をして、呪いの様な言葉を吐いて……
「お姉ちゃんは私に勝つことはできないよ?……何をどう足掻いても、勝つのは私……そして、この勝負に私が勝ったとき……今度こそお姉ちゃんは私のもの……今度こそ永遠にね……ウフフ……ウフフフフフフフフフ……」
朝の海上を不気味な笑い声が木霊した、その音と重なるように、締め切りの鐘がなる――
「違う……違うよビター……」
コロナはうわごとのようにそんな言葉を繰り返していた……
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「料理長……大丈夫ですか?」
先の騒動のあと、締め切りが終わり、大会の開会式が行われたのだが、コロナたち四匹は曇り空のような濁った顔をそろえて、向こうにいるコロナの妹――ビターに顔を向けていた。
「まさかマーブル君にちょっかいを出したのがビターだったなんて、ごめんね、これは姉妹の管理不行き届きの僕の責任だ……」
「いや、そんな、別にもう過ぎたことですからいいっすよ………それにしても驚いたっすね、あのビター元料理長の"愛して止まないもの"っていうのが、まさか料理長だったなんて」
マーブルはそういって踏むと考え込むような顔をするが、コロナはそんな顔を見て深いため息をつくしかなかった。
その理由はやはり、自分の妹のせいで、誰かに迷惑がかかるという一点につきる。
「あの子には辛いことや嫌なことが人一倍ふりかかったんだ、僕は少しでもビターの心の支えになってやれるようにって、誰よりも頑張って妹を、ビターを愛してあげようって思ったんだ……それが、あんな歪んだ愛の形になるなんて、僕にも予測できなかったんだ……どうしてああなっちゃったんだろう」
コロナはそういって再度深いため息をつく、今の季節は真冬、吐いた息は白く尾を引いて、煙のように空中に上がって消えていく……そんな言葉を後ろから聞いていたマロンが、寒そうに手を擦り合わせながら近づいて、コロナに話しかけた。
「ええと、その、心の支えになってあげようっていう気持ちが、ちょっと違うんじゃないでしょうか??」
「え?」
コロナは驚いて、マロンのほうを向いた……マロンは小さくくしゃみをして、失礼しましたとお詫びをしてから、続きを話す……
「私、実家は町医者をやっているんですけど、私には弟がいるんです。この間がバイトに進化したばかりなんですけど、昔は腕白な正確がたたって、誰も友達ができなかったんです……私、弟が馬鹿にされないようにって、必死に理想のお姉ちゃんになれるように頑張ってきたんです。だけど、弟はそういった私の姿を見て、自分のことは自分で何とかするから、お姉ちゃんが気を使う必要はないって……はじめに言われたときはショックだったんですけど、後々冷静になって考えてみると、確かにその通りでした。その後弟はちゃんと自分の言葉通り、自分のことを自分で解決できるようになりましたから、これなら私が何かをする必要はないんだなって思って……料理長のお話を聞く限り、料理長の妹さんは努力家ですから、そういった自身の問題も、しっかりと受け止めて解決できるくらいの理解力と実行力はあるんじゃないでしょうか??料理長が余計な情けや中途半端な慈愛を捧げたから、あの人は真っ直ぐな自制心が徐々に歪んできたのではないでしょうか??」
マロンがそういって、もし違っていたらすみませんといって大きく息を吐いた。
白い息がもうもうと上がる中、コロナはただひたすら考え込んでいた……マロンの言ったことは正しいのだろう、正しいがゆえに、反論することができないのだ……
「確かに、守るなら、一度でもいいからあのこの気持ちをちゃんと理解しておくべきだったんだ……僕は、お姉ちゃん失格だなぁ………」
そんなことを言って乾いた笑い声を漏らす。
「失格じゃないですよ、この大会で勝って、もう一度分からせてあげましょう、あの迷惑な料理人に……料理長の本当の思いを……」
「そうっすね、ワシみたいなことが二度と起きないように、しっかりと叱ってあげないと、どんどん壊れていくっすよ、ビター元料理長は……」
「言葉で言ってわかんないなら、お菓子で分からせるまでですよ……あのヤンデレ妹さんを、しっかりと更正させましょう!!」
三者の声が聞こえて、コロナは振り返る。
いつもどおりといった面子のいつもどおりの顔が見える。
でも、そのいつもどおりが逆に頼もしかった。
「皆、ありがとう……僕は、ううん、僕達は……絶対に勝とうね!!」
そういって握りこぶしを点にかざすと、皆が同じように同じ動きをする。
「勿論!!」
「やるからには全力をだすっすよ」
「皆で力を合わせてがんばりましょう!!」
掲げたこぶしをぶつけ合い、闘志を高める……不意に、後ろから声が聞こえてきた。
「無駄だよ、お姉ちゃん……」
「ビター!!」
いきなり現れたコロナの妹は、幽霊のような動きでコロナに近づいていった。
「私は今まで、お姉ちゃんに勝てたことが無かった……ずっとずっと、でも、それも今日、終わる……私はこの数年間、お姉ちゃんをやっつけることだけを考えて、ひたすら自分の腕を磨いてきたからね……もう、負けないよ……ククッ……」
ビターはそういってニヤニヤ笑うと、周りにいたマーブルたちを見つめて、更に笑顔を歪めた。
「マーブル、私に弄られた憂さ晴らしによりにも寄ってお姉ちゃんのところに転がり込むなんてね……徹底的に壊してあげる……そう、徹底的に……ね」
「料理でポケモンを壊せるなら、今やっている料理屋は全部閉店ですね」
マロンがそういってくすりと微笑をする。
「ビター、僕は勝ち負けにこだわらない、お前に教えてあげるよ……本当に僕が伝えたかった思いが何なのかを……」
「お姉ちゃんの、思い??そんなものもういらないよ……私が欲しいのは、お姉ちゃんの無限の愛だから……」
「……本当に僕に勝てる気でいるなら、今のうちに言っておくといい……勝つのは……」
コロナはぎゅっと声を抑えて、思い切り叫んだ。
「僕達だ!!!」
その声は会場中に響いて、審査員、参加しているポケモンたち、見学に来ているポケモン達の注目の的になった。
「フフ、相変わらず面白いことを言いますね……ここにいるポケモン達全員に喧嘩を売るとはね……」
不意に、後ろから聞きなれない声が聞こえた。
「え?」
「初めからわかっていましたよ、君がこの大会に参加するということはね……」
「こ、この声は……」
コロナは身を震わせて、驚愕に目を見開いた。
その声の主は、コロナに全ての知識と技術、そして、作成、創造の楽しさや、人の笑顔の素晴らしさを教えたポケモンだった……
逞しい体躯に、それに似合わないようなコック帽を被っている……ズボンをはいて身なりをパティシエのようにしていても、腰に巻いてあるベルトはやはり見せている……
「久しぶりですね、コロナ、そして、ビター……」
「し、……」
「お前は……」
コロナは嬉しそうな顔で、ビターは何か汚らわしい汚物でも見るような目つきで、それぞれ声の主を見つめた。
「師匠!!」
「下衆野郎……」
そこには、パティシエの格好をしたゴーリキーが、総審査員長という札を胸につけて立っていた……
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不思議な雰囲気、一言で表すならそんな感じだった。
「この人は……一体……」
ボルトがまじまじとゴーリキーを見つめた……パティシエ姿のゴーリキーはボルトのほうを振り向くと、にこやかな笑みを浮かべた。
「君がボルト君だね……話は聞いていた……ふぅむ……お菓子を作るときに砂糖は控えめにしたほうがいいだろう……このままだと糖尿病になる恐れがある」
「へ?え??……」
いきなり確信を突くような一言を言われて、ボルトは赤くなったりあせったりと忙しい表情を顔に浮かべた、そのままゴーリキーはマロンとマーブルのほうへ向き直ると――
「成程、君がマロン君だね……失敗を恐れていては成長することはない、まずは果物以外にも手を伸ばしてみてはいかがかな?そしてマーブル君……君は自分に自信を持ったほうがいい、君の作るものは美味しい、自分の作るものをもっと信じてあげたほうがいいだろう」
「私が果物を使ったスイーツしか作らないこと、知っていたんですか??」
「何で、ワシの……気にしてることまで知ってるんすか??」
やはり確信を突いたような言葉を言われて、二匹は硬直した、それを聞いていたコロナも、首をかしげて自分の尊敬する人物に話しかけた。
「どうして師匠がそのことを知っているんですか??私は、師匠の元を離れた後に、師匠に連絡したことは一度もなかったのに……」
コロナが不思議がってそんなことを聞いたら、ゴーリキーはにやりと笑い、コロナのほうへと向き直る。
「それは、君の事をずっと見ていたからだよ………記念すべき第一号の弟子だからね、そりゃもう心配にもなるから……こういうことをして君を見ていたんだよ」
そういうと、ゴーリキーがいきなりぐにゃっと歪んで、別のポケモンに変化した、その時点でそのポケモンは、ゴーリキーという認識をすることはできなくなった。
「!!あ、貴方は!!!」
「そ、そんなっ!!!」
「まじっすか……」
三匹が驚愕する、そこに立っていたのは……三匹が見慣れたポケモンだったのだから……
「そ、総料理長……」
「な、何で!?」
「どうして、総料理長が、師匠!?え、ていうことは、師匠と思っていたのは、総料理長で、アレ??」
頭が混乱しているコロナをよそに、ビターは冷めた瞳でゴーリキーからエルレイドに変わった生物を見つめていた。
「お前、メタモンか……まさか軟体生物に教えをもらうとはおもわなかったよ………そうやっておねえちゃんの気を引いて、私からおねえちゃんを奪おうっていうの?」
低く、重い声で呟くと、総料理長、もとい師匠はくるりと向き直ると、静かにビターを見据えた。
「まさか、ここまで歪んだ性格になるとは思いませんでしたよ。君たち姉妹が一緒に弟子になったときから、君は歪んだ愛情を心に持っていましたからね……そのことに気がつかなかった私の責任でもあるでしょう……」
「下らないね、私はおねえちゃんと私を邪魔するものは全部いらない……それがたとえ教えてもらった人でもね……」
「ビター!!なんて失礼なことを!!!」
仮にも自分の総料理長であり、師匠という立場だ、コロナは思い切り怒鳴ったが、総料理長はそれを手で制した。
「大丈夫ですよ、コロナさん……確かに私の正体はメタモンですが、コロナさんの気を引くためにここにきたわけではありませんから。あくまでも、審査員という名目でここに来ましたからね。二人がどこまで成長したのか、ここではっきりと分かります。果たして優勝するのは誰なのか??それはまさに、神のみぞ知る、ということですね。」
「ふん」
ビターは興味をなくしたのか、くるりと踵を返した。
残された三匹はなにやら気まずい沈黙の中でたっていたが、不意に総料理長が声を出した。
「すみません、今まで黙ってて……何やらいきなりこんなことを言っても信じられないかもしれませんが……」
「い、いえ、その、いきなりだなぁとおもって……」
コロナは控えめにそんなことを言っていた、今思えば、どうして総料理長が苦手だったのか、苦手ではなくて、おそらく雰囲気で感じていたのだろう。
自分の師匠であるということを。
「これから、なんて呼べばいいのかなって……」
「好きなように呼んでかまいませんよ。」
「わ、わかりました。師匠」
「フフ、やはり私と君は師弟関係のほうがしっくり来るようですね。……おっと、そろそろ時間です。では、頑張ってください。」
師匠はそういってにこりと笑うと、また別のポケモンに変化した。
その姿は、一匹のルカリオだった。
「……まさに七変化」
「師匠!!!最後に教えてください!!!!師匠はどうして、ゴーリキーになってたんですか!?」
「クッキーの生地をこねるときに、便利だからですよー!!」
遠くでそんなことを言って、審査員席のほうへと向かっていった。
「だったらカイリキーになっても良かったんじゃないでしょうか??」
マロンがそんなことを言うと、マーブルは横目で師匠を追いながら……
「カイリキーだと砕け散るからじゃないっすか??」
そんなことを言った。
「ぼけっとしてるお二人さん、そろそろ始まるよ」
ボルトが声をかけると、ぼけっとしていた二匹は、慌てて自分達の調理場所についた。
しばらくすると、開始の前に総審査員長のルカリオこと師匠がマイクを持って言葉を紡いだ。
「非公式の場ではありますが、皆さん全力を尽くしてください。食材は食材机にあるもの以外の使用は禁止です。足りなくなったらもってきます。長くなりましたが……それでは――」
師匠は超えたからかに、マイクを強く握ると。
「開始!!」
綺麗な声で開始の宣言をした――
「全力でやるっす!!」
「本気を見せましょう!!」
「僕達に生クリームの加護を!!」
「いっくぞぉ!!」
マーブルは泡だて器を、マロンはヘラを、ボルトは生クリームのチューブを、コロナはなぜかアイスクリームを高々と掲げて、四つの心を合わせた。
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何を作っているのかすらもわからないくらいに集中すると、時間などはあっという間に過ぎていくものだ。
それは時間を気にすることもなく、ただただ何かを作るということ一点に集中することができる生き物という存在だからこそなのだろうか?……動植物は本能が備わっている、食べることや眠ること、生きるために必要なことは頭ではなくて体がそうなっているからだ。
更に発展し、知能を持った生き物、すなわち、ポケットモンスター……本能を押さえ込む、理性を司ることに成功した生き物、これらはしっかりとした理性を保って、知識をふんだんに使い、いろいろな発展に貢献してきた、ビルや、いろいろな機械などは、その英知の結晶だろう。
しかし、それでも、本能を押さえ込むことはなかなかに難しい。
時として、理性よりも大きくなり、押さえ込むことが出来ないときもあるからだ、それはまさに、今、その状態である四匹のポケモン達のことだろう。
理性などかなぐり捨て、ただ単純に”自分が出来ることに全力を注ぐ”という本能の元、まさしくその通りに動き、行動しているのだ。
そうなったポケモンたちに、時間など見ることもないのかもしれない。
あるいは、できることが全て終わったとき、本能はいったん眠りにつき、そしてまた、理性が動き出すのかもしれない。
それが早いか遅いかは分からないだろう、しかし、そのときがくるまで、彼らはただただ動き続けるのだろう、本能の元に、単純に体を動かして。
そして、その終わりが来るのは、人為的に、何かいきなり起こった出来事が、彼らの頭を支配している本能を取り除き、理性という名の思考を蘇らせる。
そのきっかけは、ほんの些細なものでいいのだろう、石ころを蹴る音や、何か妙な感覚にとらわれたとき、そんなときに、一瞬でも、本能はなりを潜めるのかもしれない……
そのきっかけは―――
「――終了です!!」
「っ!!」
「終わりっすか!?」
「でも、ギリギリ完成です」
「これで、僕たちのやるべきことは全てやったから、後は、運を天に任せるのみ。そうでしょう?料理長!!」
「……そうだね、僕達は勝つよ。必ず!!」
きっかけは何でもいいのだ、小鳥の囀りでも、変なものを触った感触でも、そのちょっとしたことが、本能を引き剥がす役割を果たすのだから……そして、今回は、声だった。
ただそれだけなのだ……
何をやっていたのかすらもいまいち覚えていないコロナ達は、本当にちゃんと作ることができたのだろうかと不安に思っていたが、自分達の傍に自分たちがやるべきことをやったという証があり、ちゃんと出来ていたのだという実感もわいた。
「良かった、ちゃんとできていました」
「あれだけ夢中につくってたからね、もしかしたら大事な部分をもいじゃったとか――」
「料理長、それ言わないでください、めちゃくちゃ恐いっす」
「結構えげつないこと平気でいうよね……料理長って……」
思い切り殴りたい衝動に駆られるのと、審査員のポケモン達の声が聞こえるのとはほぼ同時。
「この野郎、思い切り殴らないと気がすまな―――」
「では、皆さん!!できた作品を持ってきてください!!」
「料理長、行きましょう。結果が終わってからボルト先輩を殴ればいいんすよ」
コロナはぴたりと動きを止めて、くるりと百八十度回転、そうだねと一言だけ言うと、すたすたすたと歩き出す。
「ええー……殴るんだ、やっぱり」
ボルトは脂汗を流して、凄い顔をした、そんな顔を間近で見てしまったマーブルは、どういうべきか言葉に詰まっていた。
「いや、ボルト先輩、さっさと行きましょうよ、そんな顔したってパンチが弱くなるわけじゃないっすから」
「そうだけど、もう一個気がかりな事があってさ……」
ボルトは神妙な顔つきになって、ぼそぼそとそんなことを言った、そんなことを言うもんだから、マーブルはその気がかりなことというのが何なのか気になった、まぁ、大体の予想は当たっていると思うが。
「妹さんのことっすね」
「大当たり、まぁ、こんなの僕だけじゃなくて全員がきっと警戒してると思うよ」
「何でそんなことが分かるんすか」
「ただのヤンデレっ子なら、始末がいいと思う。だけど、きっとあの妹君は凄いケーキを作ってくると思う。あのこの実力は、おそらく僕より、いや、僕はあんまり実力無いから放っておいて、マーブル君と同じ、いや、それ以上かもしれない」
それ以上、そういわれて、マーブルは全身の毛が奮いあがる。
「それは、ワシのレシピをよこどったからってことですか?」
「違う、そんなことをしなくても、あの子は実力があるんだよ。おそらく、マーブル君のレシピをとって、嫌がらせをしたのは、本当に自分に突っかかってくるポケモンが、料理長意外だと撃退するような過激な性格だからだよ。マーブル君は優しいから、気になったポケモンとは、よく接点を持とうとしたから、妹君にはそれが嫌だったんだ」
「そうやって聞くと、わしがすげぇ御人よしの馬鹿みたいですね」
「でも、実際馬鹿を見たんだろ?」
「そうっすね、あれは馬鹿でした」
お互いがお互いに、マーブルというポケモンを、御人よしの馬鹿と認識した。
「っと、話が脱線しちゃったね。そうそう、話を戻すとだね、妹君に実力があるっていうのはね――」
本題を話そうとしたときに、後ろから二人の声が聞こえる。
「ちょっとー!!二人とも早く!!」
「早く来ないと!!遅れて失格になりますよー」
コロナとマロンの声を聞いて、急がないとやばいということが分かり、ボルトとマーブルはいそいそと小走りで二人を追いかける。
「で、なんなんすか??」
走っている最中に、マーブルはボルトに問いただした。
「え?」
「さっき言いかけたことっすよ」
「ああ、あのこと、そう、実力って言うのはさ、大体身につくと自然に肌で感じ取れるものになってくるんだ。サッカーとか、野球とかがそうじゃない?でも、料理は違う、実力があるのかどうかは、見ただけじゃ分からない。使い込まれた包丁とか、鍋とか、そういうものを見れば、練習をしているってのは分かるじゃない?」
「そうですけど、それが実力に繋がるとは考えにくいっすね……」
「その通りさ、でも、妹君は傍目から見たら凄い実力があるって言うのが分かった」
「??」
「"香り"」
「!!」
「食材や果物の香りが、彼女の体から微弱に漂ってきたんだ。おそらく、体全体に臭いがしみこむってことは、相当長い時間厨房に立ってたって言う確証にもなる……」
「そういうことっすか」
「僕たちの体からはそんな"香り"は漂わないでしょ?せいぜい手から甘い"匂い"がするだけさ」
「"匂い"と、"香り"」
「その違いだよ、あれだけの香りだ、凄くいろいろなことをしたってことぐらい、僕でもわかるさ……料理長も、あんな香りだけどね」
「二人の実力は、ほぼ互角ってことっすね」
「多分、ね」
話しているうちに、二人に追いついた。
「全く遅かったね」
「何か心配事でもありましたか?」
ボルトとマーブルは首を横に振る。
心配事など無い……
「そう思わないと、負けそうだ」
ボルトはそう一人ごちた……
----

「では、審査の結果を発表させていただきましょう」
静かな声を出して、総料理長、もといコロナの師匠はなにやらごろごろと音のするダンボール箱を取り出して、高々と上げた。
「結果が全てだって思っても、頑張った行いを数字で表されるって言うのは……やっぱりなれないなぁ……」
「へぇ?料理長は意外とそういうのに免疫が無いタイプなんですね……」
コロナがそういって少しだけ視線を段ボール箱からずらすと、マロンが面白そうなものを見つけたときのような顔をして、笑った。そんな二人を見て、ボルトはなにやら神妙な雰囲気で、総料理長がもっている段ボール箱をじっと見つめていた。
そんな空気を感じ取ったマーブルが、ボルトに小声で話しかけた。
「どうしたんすか?先輩」
「中に入っているボールの数で決めるってことは、かなりまずいかもしれないな……」
「へ?」
「この大会、結構規模が大きかったみたいだね……周りのポケモン達の多さから、そういうのは分かるもの、大体ざっと見て百から百五十匹……この会場に集まってる。小さい大会だとか思ってたけど、失敗だったかもしれない」
ぶつぶつとそんなことを言っているボルトを見て、コロナは首をかしげた。
「それはどういうことっすか?」
「あのボールの数で決まるってことは、この会場にいるポケモン達の数がものを言うってことさ……段ボール箱はいっぱいあったでしょ?あれはチームの数だけ作られてある。急いで作ったみたいだから簡易的なものかもしれないけど、採点方法がその場にいた人に食べてもらって、美味しいって思ったケーキに票を入れる、一人一票だとしたら、僕たちの作ったアイスのケーキが優勝するには最低でも七十票はぶっちぎりで勝ち取らないと……勝つ事は難しいね」
そういわれると、マーブルの背中に嫌な汗が流れる。
ボルトの言うことはもっともだ、確かに、数でものを言う採点方法が一番分かりやすいのかもしれないが、逆にそのはっきりとしすぎた数が嫌な現実を突きつける槍にもなる。
なかなかいやなことを考えてくれるものじゃないかと思っていたが――
「どうやら妹君は全然答えてないみたいだね」
ボルトはそういって、三時の方向を指差す。
そこにたっていたビターは薄ら笑いを浮かべて、コロナを見つめていた。
それにコロナは気付いてはいなかったが、気付かないほうが幸せなのかもしれない。
「うわぁ、こっち見てるっす……」
「ほかのことなど眼中にないと言った感じだろうか……どうやら自分達が優勝すると思っているらしいね……」
実際そうなのだろう。
彼女が完成させたものは、ただのチョコケーキだったのだ。
そんな基本のケーキだが、審査員達は大絶賛だった、基本的なものでここまで素材の味を出せるのは天才だと。
こちらの出したアイスケーキにも、惜しみない称賛を贈ってはくれた……
実際に作ったアイスは、我らの料理長ことコロナのヨーグルトアイスをベースにして、その中にマロンの作ったジェラードの素材を入れて、フルーツヨーグルト風味に、その上にマーブルの作ったチョコレートアイスの殻をかぶせて、最後にボルトのアイスを少量外側に塗る。
最後の見栄えなどは考えに考えて、マロンがデリバードとオドシシのアイスの人形を作って、マーブルが飴を使った飴林を作り上げた。
最初は甘いが、後からすっきりしてくるアイスであって、最初に食べたコロナ達はこれならいけると思い、これに決めたのだった。
「だけど甘く見ていたね、まさかあの妹君、あそこまで凄い料理技術を持っているなんて……殆ど一人で作成していたね」
「ええ、他の人たちは簡単な作業だけこなすって感じでしたね……ああいうタイプは、他の人がわって入ろうとすると一括するタイプっすね」
「かなり嫌な性格だけど。作業脳では本物だった……他のチームが作ったケーキはたいしたことは無かったから、やっぱりあの妹君のチームにどれだけの票が入るのかが、今一番の問題点だね……」
二人して話しこんでいたら、いつの間にか自分達の投票結果だったらしくコロナが夢から覚ますような声を出す。
「二人とも??大丈夫?僕たちの投票結果が出るよ?」
「おっと」
「失礼」
そういわれて振り向くと、審査員の一匹が段ボール箱に入ったボールを一つ一つ取り出して数を数えだした
「一つ、二つ、三つ……」
「うわぁ、ゆっくり」
「生殺し状態っすね」
「ああ、お願いします」
「七十以上、七十以上、七十以上」
コロナはゆっくり加減に若干イライラし、マーブルは真綿で首を絞められるかのような顔をして、マロンは目を瞑りひたすら神に祈りを捧げ、ボルトは七十以上という言葉を口に出して繰り返す。
ゆっくりと数えられる数字に、緊張と焦りのみが募る。
まだかまだかとせかされるような感覚が、コロナたちを包み込む。
永遠とも言えるような長い時間の中で、ようやく数え終わった、その数字は――
「六十九です。これはすごいですね」
それを聴いた瞬間、コロナの目がこわばる。マロンは横を向いて顔を伏せ、マーブルは何とも言えない顔をしていた。
他のチームの票は一二票弱、これでは残りの票が全てビター達に入ってしまうことは明白だった。
「ここまでか」
「後ちょっとだったのに……」
「くそ」
「ごめん、マーブル君、でかいこといっておいて、結局勝てなかった……」
口々に言葉を漏らす中、コロナだけは、マーブルのほうを向いて、謝罪の言葉を漏らしていた。
「料理長、気にしないでくださいよ。その気持ちだけで十分です。それに、まだ勝負は終わってません」
しかしマーブルは気にすることも無く、最後の票が入った段ボール箱を凛として見つめていた。
「でも、勝負は終わってないっていっても……」
「今まで消費した表の数を差し引いても、七十一票」
「二票も差があるのに、どうやって勝てばいいの?」
「最後まで、望みは捨てないほうがいい事あるとおもうっすよ。さ、始まります」
マロンとボルトの言葉を聞いても、マーブルは不敵に笑うのみだった。
審査員の声が聞こえる、数えるのが始まったのだろう。
「十一、十二、十三……」
声は静かに響いて、終盤に差し掛かったとき……
「六十八、六十九……おや?六十九票ですね」
その声を聞いたとき、ビターの顔に僅かな同様が走るのを、マーブルは見逃さなかった。
「やっぱり、誰か入れてないポケモンがいたんすね」
「ええ?」
これはあくまで憶測ですが、という前置きで、驚愕している三匹を落ち着かせながらマーブルは語りだす――
「この海上にいるポケモン達の数で審査が決まるとしても、実際に本当に票を入れるかどうか分からないじゃないすか。たとえば、ごっちゃごっちゃしてるところでポケモンを集めて数を数えても、ちゃんと分からないときがある。今回もそれと同じですよ。票を入れるポケモン達の中に、たぶんめんどくさくて入れてないポケモンがいるわけっすね」
「で、でも、それだとやり直しになるんじゃ?」
マロンの一言ももっともだったが、マーブルは静かに首を横に振った。
「それはありえないっす。その場即決で作った投票っすから、審査員達はあの数で納得してしまうっすよ」
「ええ!?じゃあ、同時優勝ってこと?」
うーんと唸って、マーブルは首をかしげた、さすがにそこまでは予想できなかったのか、訝しげな顔をして、コロナの師匠を見つめる。
「どうなるのやら、あの人、まだ何か考えてそうなんですけどね」
マーブルがそういうのを尻目に、遠くで審査員達が話し合っている。
「ううん、どうしましょう」
「今回は同時優勝ということでしょうか?」
「まだ票を入れていませんよ。私が」
そういったのは、コロナの師匠だ。
「し、師匠?」
「やっぱり何かたくらんでたっすね」
「じゃあ、料理長の師匠の一票で」
「勝敗が決まる」
それぞれに呟き、息を呑む。
コロナの師匠は、静かに周りを見渡すと、はっきりと聞こえるくらい大きな声で、チーム全員にこういった。
「私はどれも素晴らしいと感じました。はっきり言えば、どれも悪いケーキなど一つもありません。しかし、この中で最も輝いていたケーキ―――私の持つ最後の一票は……コロナチームのケーキに送らせてもらいます」
一瞬の沈黙、湧き上がる歓声。
他のチームがコロナたちを褒め称えた。
「凄い、優勝おめでとう!!」
「へっ、口だけじゃ無かったってことか」
「啖呵を着るそのいき、そしてそれを実行するチームワーム。いい部下に恵まれたものだ!!」
周りの声がよく聞こえるが、コロナは呆然としていた。
勝った、勝てた。
「やった!!!!」
気がつくとコロナは舞い上がっていた、それに便乗するようにボルトたちも現実に引き戻される。
「勝てた、勝てたんだ!!」
「やりましたね、マーブルさん!!」
「ええ!!本当に!!」
それぞれが喜びを分かち合う中、一つのチームは沈んだような雰囲気を出していた。
「ま、負けた……何で!?」
ビターは体を震わせて、思い切りコロナの師匠を睨み付けた。
「何でだ!!味も、技術も、全部こっちのほうが上だったのに!!」
そんなありきたりの台詞を涼しい顔で受け取ると、コロナの師匠ははっきりとこういった。
「分かりませんか、ビター?……貴方に会って、コロナにあるもの、それは――仲間との協力ですよ」
仲間、協力、そんなものビターにとっては微塵にも必要のないものだった。
彼女が最も欲したものは、自分の姉だったのだから。
それ以外のものは、彼女にとって何の意味も成さない道具、それ以外の認識をしていない。
だからこそ、コロナの師匠は、たとえ味や技術が勝っていても、ビターに票を入れようとは思わなかった。
「貴方の性格は歪んでいます。もう一度真っ直ぐな気持ちを持って、誰のためにお菓子を作るのかを思い出しなさい……」
コロナの師匠はそういうと、穏やかな顔でコロナたちを見つめた。
「私は、お姉ちゃんに勝つために、ここまで来たのに……」
心の中の黒いもやもやが大きくなることに気がつかずに、ビターは一人で呟いた。
「勝負に勝てないのも、お姉ちゃんが私から離れたのも……全部、全部……あいつのせいだ」
呪詛を吐くように言葉を吐いて、ビターはゆらりと起き上がり、口に包丁を咥え、コロナの隣にいるマーブルをうつろな瞳で見つめる。
その目はまさに、病んで濁っていた。
「お前はやっぱり邪魔者だ。だから、ここでいなくなれ!!」
包丁を咥えたビターは思い切りマーブルに突進した。
「!!マーブル君、危ない!!!」
「え?」
どすり。と、鈍い音がして、鮮血が尾を引いて飛沫する。
会場内に悲鳴が響き渡り、大きな渦となった―――
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透き通った赤色は、イチゴジャム。
濃い赤色は、トマトジュース。
だが、赤黒いものは何だ?それは、血の色だ。
「………料理長?」
飛び散った血を顔に浴びて、マーブルは豆鉄砲を食らった顔のように呆然として、コロナを見つめた。
心臓より少し上のほうに、深く、それはそれは深く刺さった包丁。
もちろん、当たったのはマーブルではない、マーブルを庇い、代わりに妹の憎しみを受け止めた、姉だった。
「うっ……ぐぅっ……」
パシャ、とコロナは口から血を吐いて倒れる、目の焦点があっていない、体から熱が引いてくのが感じられた。
「料理長!!」
「料理長っ!!」
マロンとボルトがコロナに寄り添い、肩を揺する。
返事は無い、ただ沈黙して、うすぼんやりした瞳を虚空に向け、口をパクパクさせるだけだった。
「お姉ちゃん?」
「ビター……何ということを……!!」
コロナの師匠は恐ろしい目つきでビターを見つめる、ビターは、予想外の出来事と、急に起きた出来事に呆然とした。
「料理長!!私の声が聞こえますか??私の声が聞こえるのなら返事をしてください!!」
「料理長、返事をしてください。お願いです、声を聞かせてください!!料理長!!料理長!!」
耳元で、マロンが、ボルトが、叫び続ける。
ぴくり、と、コロナの体が動いた。
「料理長!?」
「大丈夫ですか!?」
コロナはゆっくりと目をあけて、ゆっくりと左右に首をする……誰かを探しているような行動を見て、ボルト達は口々に声をかける。
「料理長。ボルトはここにいますよ!!」
「料理長、私はここです」
「料理長、ワシはここっすよ」
しかし、その声にコロナは反応せず、ただ一人のポケモンの名前を呼んだ――
「ビター……どこにいるの?視界が、霞んで……何も……見えないや」
「おねえ……ちゃん……」
そこにいたんだ、とコロナは笑う。
ビターは静かにコロナの目の前に来ると、そっと前肢に触れる、その感触を感じて、コロナは静かな声で言葉を紡ぎだす……
「ごめんね、お姉ちゃん。お前に何もしてやれなかった。お前のためをと思って、お姉ちゃんは少しでも、誇れる姉でありたかったから、他よりも一生懸命頑張ったつもりだった。でも、それがお前にとっての負担になるなんて思わなかった。やっぱりおねえちゃんは駄目だね、誰かの気持ちを分かってあげることができやしない」
「お姉ちゃん……」
「でもね、お姉ちゃんはお前のことが嫌いになってお前と別れたわけじゃないんだ。お姉ちゃんのせいで、いつまでも振り回されるお前を見たくなかったんだ……だから、お姉ちゃんは……お前のことを、今でも大切に思っていたよ……」
「お……ねえ……ちゃ……」
「ごめんね」
そして、好きでいてくれて、ありがとう。
その言葉は、言う前に頭の中で千切れ飛ぶ。
コロナは眠るように静かに、本当に静かに……瞳を閉じて、ビターと触れ合っていた左前肢が、ゆっくりと力をなくし、そのまま地面に触れる。
「料理長!!」
「返事をしてください!!」
「お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!」
コロナは答えなかった。
ただ静かに、本当に静かに、笑っていた。
「早く病院に!!」
マーブルがそういうと、ボルトは前肢の力だけでコロナを自身の背中に乗せると、もうダッシュで病院へと走っていった。
「後を追いましょう!!」
「了解っす!!」
マロンとマーブルは、お互いに頷いて、ボルトの後を追う。
「お姉ちゃん……私は……」
残されたビターは、そう呟くだけだった………




傷は深く、意識が目覚めたら奇跡だと言う言葉を医師から聞いた。
「そんな、料理長」
ボルトはぜいぜいと息を吐きながら、絶望的な顔をする。
「信じましょう、料理長を……」
「あの妹君……絶対に許さない!!」
ボルトは思い切り左の前肢で病院の壁を叩く、がぁん、とまるで金属がぶつかる音がして、病院の壁が少しへこんだ。
マロンは軽くボルトの頭を小突くと、少し怒った声でボルトを叱りつけた。
「ボルト君!病院に当たってもすっきりしないし、他の患者さんに迷惑がかかるだけですよ……怒りや憤りは分かりますけど、それをほかにぶつけるのはおかしくない?」
正論だった、ボルトは軽くしたうちをして首を左右に振って、マロンを真っ直ぐ見つめる。
「ごめん、マロン。確かにこんなことしても、何もかわりゃしないね」
ボルトは謝罪の言葉を述べて、近くの壁に持たれかかる。
マロンは静かに椅子に座って、コロナのいる病室の扉を見つめていた……
「料理長……そういえば、マーブル君はどうしたんですか?」
「え?さあ?」
そういえば、と二匹はきょろきょろと辺りを見回す、が、しかし、マーブルの姿はどこにも見えない。
「料理長があんなことになったから、ショックを受けてるんじゃないのかな……」
マーブルに一番接していたのはコロナであり、それを知っているからこそ、マーブルは堪えられなかったのかと思っていたが、近づいてくる影を見て、そんなことはないとすぐに思ってしまった。
「……病院はお見舞いの人は飲食禁止ではなかったでしょうか?マーブル君」
ゆっくりと近づいてくるマーブルは、背中にアイスの入った容器を載せて、てくてくとこちらに向かってくる。
「いや、大丈夫でしょう。それに、こんなところで料理長の葬式なんてあげたくないっすよ」
「そりゃそうだけど、何やってるの?何でアイスを持ってきてるの??」
「………もしかして、それ……」
「わしに任せてくれませんか?きっと料理長を目覚めさせて見せます」
「………」
強い強いまなざしで見つめられて、マロンとボルトはお互いに頷きあい、そのままくるりと踵を返し、階段を下りて行く……
「料理長……失礼します」
マーブルは静かにドアをノックすると、ゆっくりとドアを開けた。
白いベッドの上には、コロナが瞳を閉じて、血の入った袋と繋がったチューブを腕に刺されて眠っていた、おそらく血液が足りなくなったのだろう、輸血をしないとまずいほど出血していたのか、そう考えるとマーブルは顔が苦虫を噛み潰したような顔になる。
こうなったのは、間接的にも自分に責任がある、そう感じてしまう。
最初の発端は、自身が被害にあったことだった。
初見で、仲良くしようとした料理長に、突っぱねられる形で追い出されてしまった、その後、コロナがスイーツを担当しているホテルで働くことになったとき、すでにマーブルの頭の中には疑問がわきあがっていた。
それは、ここの料理長も、結局は同じように、ただ作ることに振り回されているポケモンなのか、誰かの笑顔を見るために作るわけではないのか……
初めてそんな疑問を感じてしまった。
マーブルは、誰かの笑顔を見るのが好きだった、他人が笑えば、自分も幸せを分けてもらったような気分になれた、感覚を共有しあえると感じていた。
しかし、お客さんの笑顔が見たいという一身で始めたパティシエの仕事も、最初の一撃で自身の気持ちを粉々にされた。
不安と、疑心と、裏切りに満ちた厨房には三日もいられなかった。
しかし、コロナたちの働く姿を見て、唖然とした。
本当に楽しそうにやっている、誰かを幸せにするために、自分のためではない、誰かのために、お菓子を作っている、そしてそれを楽しんでいる。
初めて感じたその感覚に、マーブルは感動を覚えた、だが、見た目だけかもしれなかった、そう感じたマーブルは、料理長のコロナに揺さぶりを欠けて、どんな行動を起こすのか見てみた。
結果は案の定、誰かを喜ばせたいというよりも、自分の為にお菓子を作っているような感じがして、芽生えたものが消えかかりそうだった。
しかし、それは違った。
コロナは、決して自分のために、お菓子を作っているのではなかったということが、彼女のクッキーを食べたときにわかった。
彼女は本当に他人が美味しいといってくれることが好きで、そのためにお菓子を作っているのだろうと感じた、その気持ちが、クッキーにこもっていたのだ。
自分自身の保身や名誉のために作るものではなく、本当に、誰かに美味しいと思ってもらいたくて作ったもの……
そういったわだかまりのない思いを、心の中でコロナはしっかりと持つことができたのだ。
次の日に、マーブルは今までの非礼を詫びた。
他の人たちにも謝り、そして厨房の一員として打ち解けていった……
毎日が楽しかった、やる仕事が楽しいと感じることなど、子供の頃に遊んだときのようだった、そんな感覚は、マーブルにとって久しぶりだった。
ふとあるとき、マーブルはマロンとボルトに自分のこれまでのいきさつを話していた、ただ聞かれたので、黙っておくのも悪いと思ったのだろうか、しかし、それをコロナが聞いて、憤慨した。
本当にそんな人はめったに見ない、他人の為に怒ってくれる人など、この世界に何人いるだろうか?
最初は驚いていたが、純粋に嬉しかった。
その気持ちに答えたかった。
だが、結果はこれだ。
自分のせいで、自分にとっての大切な人を傷つけてしまった……
悔やんでも悔やみきれない。
今目の前に、その人がいる、目覚めて欲しい、自分の気持ちを伝えたい、聞いて欲しい。
「料理長、アイス、美味しいっすよ……」
マーブルは一口アイスを食べて、にこりと微笑んだ。
返事はない。
近くの椅子に座って、独り言のように呟く……
「初めて会ったときのこと、覚えてますか?」
返事はない。
「最低でしたよね……ワシはどれだけひどい奴だと自分でも思ってたっす……でも、そんなところも全部、料理長は受け止めてくれたっすね……」
返事はない。
「そんな料理長を見て、ワシは料理長に惹かれたのかも知れないっす……磁石みたいに、誰かを惹きつける、料理長の魅力に……」
返事はない。
「最初からあんなことをして、何をいまさらって思ってるかも知れないっすけど……ワシは、料理長のことが――」
返事はない。
「――好き、でしたよ………」
「………どうして過去形になってるのかな?マーブル君??」
「っ!?ええっ!?」
驚愕に目を見開くと、口に手を当ててくすくすと笑っているコロナが視界に映る。
「料理長!!いつから起きてたんですか!?」
「最初からさ、マーブル君が入ってきたときには意識がうっすら戻ってたんだけど、話し始めたときに起きるのも野暮かなーって思ってたから寝た振りしてたの……そのおかげで、なかなか面白い話が聞けたよ」
傷は深く、意識が戻ったら奇跡ではなかったのか?それとも、コロナが異常に丈夫なだけだったのか。
なんにせよ恥ずかしい言葉を全て聞かれて、マーブルは俯いて顔を真っ赤にする。
「やられたっす……めちゃくちゃこっぱずかしいっす……」
「アハハ、そう言わないで、あ、マーブル君、アイスとって」
能天気にそういって、コロナはマーブルの右前肢からスプーンをひったくる。
「はい」
「ありがとう、マーブル君……」
アイスの器を受け取ったコロナは、ニコニコしながらアイスをスプーンですくって口に運ぶ。
「美味しい」
「よかったっすね」
マーブルは相変わらず顔を赤らめたままでそっぽを向いていた。
「マーブル君、こっち向いてホレ」
「は?」
急にそんなことを言い出したので、思わずマーブルはコロナのほうへと顔を向けてしまった。
ちゅ、と、柔らかい感触がマーブルの唇に浸透する。
気がつけば、コロナがマーブルにキスをしていたのだ。
「!?」
「さっき言ってたよね、マーブル君。僕のこと好きだって……僕はマーブル君を好きって思ってるかどうかは分からないけど……好きって言ってもらったときに、嬉しいって感じられた。もし、この胸の高鳴りが、マーブル君と同じだって言うのなら、僕は嬉しいよ……」
「料理長……」
コロナは顔を紅潮させて、もう一度マーブルと唇を重ねる。
緩やかに降りた夕焼けも、緩やかに昇る月に変わっていった……
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「夜の病院って言うのは、ドキドキするね」
「変なこといわないでくださいよ」
見つめ合って、くすくすと笑いあう二匹。
何を思っているのか、何を考えているのか……二匹の思考は複雑に絡み合って、お互いを読み取ることができなかったが、それ以上に、二匹はお互いを確かめ合った。
「んー、もう一回チュー」
「………」
コロナが唇を窄めて、うーうーと唸っている姿を見て、マーブルは流すような瞳をコロナに向けた、俗にいう、何やってんだこの人みたいな目で、コロナを見ていた。
「こういうのは、男の子の方からするのが燃えるシチュエーションなんだから!!」
「大きな声出さないでください。そもそも料理長致命傷でしょうが……」
しょうがないっすね、などといって、マーブルはコロナの唇にゆっくりと自分の唇を重ねる、柔らかな感触が唇を繋いで伝わって、コロナはぴくんと背中を仰け反らせる。
「んっ」
「んーっ」
数秒間くらい引っ付いていたが、お互いにそのままゆっくりと唇を離した。
「料理長……舌、入れたでしょ」
「そのほうがマーブル君興奮するかなーって思ったんだけど、どう?」
「めっちゃ興奮しました」
「フフ、素直でよろしい」
お互いにお互いを見つめ合って、笑い合う。
「だけど、本当に興奮してるのかなぁ~?下のモノに聞いてみようか?」
「え!?ちょ、まっ」
コロナは怪しい笑みを浮かべると、徐にマーブルの股間を弄って、ギンギンと直立した剛直を両手でやんわりと握った。
「で、でかい、って言うか、凄い……」
「す、すんません」
「いやいや、これはこれで、ご奉仕のし甲斐が……へっへっへ……」
コロナはいやらしく微笑んで、徐に剛直の先端をぺろりと舐め上げる、マーブルにぞわりとした感触が身体全体を電流のように駆け抜ける。
「うひっ!?」
「あれ?もしかして、弱い?ちんこ」
「女性がそんな言葉を使わないでくださいよ」
「オブラートに包んでペニスといっても、要するに言ってることは同じじゃん」
「うぅ……」
マーブルはご勝手にと思ったのか、ため息をついて頭を項垂れる。
「んむぅ、ちゅぷ……ふむっ」
生ぬるい吐息と、ぞろりと舌をなぞる感触、頭の中に快感という言葉が流れ込んで、マーブルは荒く息をつく。
「くぅ、りょ、料理長」
「んちゅ、じゅる、ぴちゃ、ちゅぶぅ」
聞いているのかいないのか、コロナはただひたすらにマーブルの剛直を舐めたり、しゃぶったりしている。
息継ぎをするたびに、よだれがとろりと垂れて、病院のシーツにシミを作る。
マーブルの息も荒くなり、いやにべたべたした汗も出始めた、声を出そうとしても、くぐもった喘ぎ声しか出ない。
「くぅ、うひぃ、りょう、り、ちょう……」
「んむ、ちゅ、じゅるる、ぴちゃ、ちゅぶ……」
無心、というよりも、ほかのことを考えられない、といった感じで、コロナはとにかく奉仕を続ける。
初めてとは思えないほどの巧みな舌使いに、マーブルは一気に射精感が高まる。
「りょう、り……ちょ………」
「んー?」
「も…………出ます」
蚊のような声でそんなことを言って、マーブルの剛直がびくりと震える、その瞬間、先端から勢いよく白濁色の液体が飛び出して、コロナの顔に思い切り降り注いだ。
「わぷっ……ひゃうぅ……」
コロナはびっくりして目を瞑ったため、目の中には入らなかったが、ねっとりとした感触が顔にこびり付いて、羞恥に顔を赤らめる。
「い、いきなりだなぁ、もう……」
うっすらと目を明けてみると、そこには申し訳なさそうなマーブルの顔があった。
「す、すみません、押さえが利かなくて……」
「別にいいけど、マーブル君って、早漏なんだね……」
「っ!!」
垂れてきた液体をコロナはぺろりと舐めて、べたべたになった顔をくすりと歪ませる。
「別に悪いとは言わないよ~、普段は見られない君を見れて、僕はすっごくしあわせだね」
「そんな幸せは溝に捨ててください」
凄まじい会話のデッドボールを繰り返していると、コロナがしきりにむずむずとしていたので、何が起こったのかマーブルは聞いてみた。
「どうしました?トイレ?」
「いや、そうじゃない、その、あてられちゃって……」
コロナはぬちょ、と自分の右前肢をマーブルに見せる、透明な糸が引いていて、コロナの周りが若干濡れている。
それを見て、マーブルは理解して呆然とする。
「え?料理長……ぷっ」
「うぅ、笑わないでよ……」
むすっとしてコロナ恥と目でマーブルを睨みつける、そんなことを気にもせずに、マーブルはクックッと笑い続ける。
「いやいや、感じやすい上にあてられやすいとは……お互いさまっすね、料理長」
「むぅぅ……」
「でも、そういうところも、可愛いと思うっすよ」
「………あ、ありがと」
照れ隠しのように、コロナは笑った、マーブルも、それに釣られて笑った。
暫く荒くなった呼吸を整えて、沈黙が二人の間を支配していたが、やがて、コロナが静かに口を開いた。
「マーブル君……」
「はい……」
「来て」
「……はいっ!」
マーブルは静かに頷くと、すっかりと濡れそぼったコロナの秘所に、自身の剛直を宛がうと、ゆっくりと沈めていった……
「うぅ、ひぐぅ……」
「料理長、力を抜いてください……息をすって、吐いて」
「す、すぅー、はぁー」
「えいっ!!」
「はひっ!?ひゃああああああぁぁぁぁぁぁん!!!!」
膣内の締め付けが緩くなった瞬間に、マーブルは一気に剛直を押し入れた、膣内の弛緩が再びきゅっとして、マーブルの剛直をきゅんきゅんと締め付ける。
結合部からは少量の地が垂れていて、コロナも若干の痛みに顔を歪ませていた。
「一気にいかないでよ、思い切り吐いちゃうかと思った……」
「そこまでやわではないでしょう。動きますよ」
マーブルは小さくそういうと、ゆっくりと腰を前後に動かし始める、動かすたびに、くぐもった声と、甘い吐息、そして、くちゅくちゅという淫靡な水音が病室に響き渡る。
「うぐぅ、ひぅっ………ふっ、ふぅぅぅ……ふあぁん……」
コロナは痛みと快感の狭間で切ない喘ぎ声を漏らす、そんなコロナを見て、マーブルはコロナの唇に、もう一度だけ自分の唇を重ねた。
「んむっ……ふぁん、ふぁい、ふむぅぅぅ……」
コロナは一瞬だけびく、と体を震わせたが、すぐにマーブルに委ねるように力を抜いた、マーブルもそのままの状態で、腰の動きをどんどんと早める。
「んんっ!?ぷぁっ……あひぃっ、ひゃうんっ!!あぁぁっ!!マーブル君、激しいよぉっ!!」
「くっ、料理長の膣内、エロいっす……ぬるぬるで、締め付けてきて、話してくれないっす」
お互いがお互いに、快感を貪る、コロナは虚ろな瞳で、だらしなく涎をたらして、ただぼうっと目の前にいるマーブルを見つめていた、一方マーブルも、膣内で絡みつくような刺激が剛直を通して身体全体に電流のように流れて、再び射精感がこみ上げる。
「や、やばい、も、もうでるっす!!」
「ふぁぁぁっ、い、いいよっ……僕の中を、マーブル君で、いっぱいにしてっ!!!」
コロナは最後にゆるりと微笑んで、力なくマーブルに凭れかかった。
「うくぅっ、うあああああああああっ!!」
マーブルは獣の咆哮のような声を張り上げて、白濁色の液体をコロナの膣内に思い切り注ぎ込んだ。
「ふぁぁぁぁぁぁっ!!……ぇへへ……あったかいや、マーブル君で、いっぱいだよ……」
小さな声でそんなことを言って、コロナはこてっと糸の切れた操り人形のように、マーブルに覆いかぶさったまま、気絶してしまった。
「ううっ……料理長……」
残されたマーブルは何ともいえないような顔をして、静かに瞳を閉じて、頬を紅潮させたまま気絶してしまったコロナを見つめた。
「やれやれ、前途多難」
そんな言葉を自然に呟いて、コロナをきゅっと抱きしめて、マーブルは病院のベッドにどさりと横になる。
アイスはすっかり溶けてしまって、器からこぼれた甘ったるい匂いが、病室の中に充満していた。
マーブルは、いろいろ考えていたが、今は、とりあえず、二人でいられるということに感謝しながら、遅れてきた睡魔に身を任せて、繋がったまま幸せそうに眠りに付いた………
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それから、数週間……
あのあと、マーブルは絶対に病室に入るなといわれて、たっぷりと怒られた。
第一発見者は、ボルトとマロンだった、幸せそうに抱き合って眠る二匹を見つめて、呆れたように笑って、ため息をついたという。
ビターの起こした事件は、コロナ自身が『あの子を罪には問わないで上げて』と懇願したため、軽い刑で終わったという。
そのまま病院で療養したコロナは、すっかり元気になって、しっかりと仕事をする、またいつもの料理長に戻っていった。
そして、仕事の休みの日。
「遅いなぁ、何やってんだよ、マーブル君……」
懐中時計を見て、コロナはため息をついた、現在午前六時半、殆どのポケモンならば、起きない時間だ。
首をリズミカルに振りながら、暫くぼぅっとしていたら、コロナの方へと走ってくる、一つの影をコロナは捉えた。
「す、すみません、遅れてごめんなさい」
はぁはぁと荒い息をつきながら、コロナにぺこぺこと謝るそのポケモンは――グラエナ。
「遅いなぁ、マーブル君は、ここが戦場なら死んでるぞ?」
「ここは朝の公園ですが何か?」
「つまらん返しをするな、遅刻魔め」
ぺろっと舌を出して、コロナは微笑んだ、そんな子供のような可愛らしい仕草に、マーブルは思わず顔が緩んだ。
「ははは、本当に申し訳無いっす、料理長」
「休みの日くらい、ちゃんと名前で呼んでよね」
「おっと、これは失礼、コロナさん」
「んむ、素直でよろしい♪」
コロナは緩やかに微笑んで、公園のベンチに腰掛ける、隣にはマーブルが座って、まだ日の昇りきってない薄暗い空を互いに見上げる。
「まさかわしが、コロナさんと付き合うなんて、夢みたいっす……」
「今から現実に戻るかい?」
まさか、といって、マーブルは苦笑い、そんな彼でも、コロナは好きなのだ。
「いやいや、僕もマーブル君と一緒になれるなんて、思ってもみなかったよ、こうしてデートまで行く仲になっちゃうなんてね、誰も想像しないよ……」
コロナは空を見上げたまま、そんなことをいった。
暫く時間が流れて、ふと、マーブルが思い出したように口を開いた。
「あ、そー言えば、ワシ、まだコロナさんの返事を聞いて無いっす」
「何の返事?」
「まだ、コロナさんがワシのことを好きって思ってくれてるのか、ちゃんと聞いてないっすよ」
「いや、今ここでそんなこと言うか普通?」
コロナは呆れてものも言えないというような顔をしていたが、マーブルは期待に満ちたような顔をしていたので、くすりと意地悪く微笑んで、控えめに言った。
「そうだね、嫌いじゃないよ」
「ええ!?」
「嘘嘘、前言撤回だよ、好きじゃなくちゃ、君と一緒にいないよ……ううん、違うね、マーブル君と一緒にいるから、今の僕がいるんだからね……」
コロナはそんなことを言って、マーブルの顔を見つめる。
曇りのない瞳に、面白い顔が映る。
そんな彼でも最初の仕事でひどい思いをしたのだ。
だったら、今までのひどい思いを塗りつぶすくらい、楽しいことや、嬉しいことや、幸せなことを一緒にして行こうとコロナは思った。
「僕は、マーブル君の、彼女なんだからねっ!!僕は、一途でしつこいからね!!浮気なんてしたら、包丁で刺しちゃうよ~」
「恐い事言わないでくださいよ!!」
「ハハッ!!うそぴょ―ん。………さて、いこうか!!今日はケーキ巡りだよ!!」
元気なコロナの声とは対照的に、マーブルはええっとくぐもった声を出した。
「この間はチョコレートでしたよね、もっとこう、別の場所に行きたいとかないんすか?」
遊園地とか、喫茶店とか、などという言葉を無視して、公園の遊具に子供のようによじ登って、コロナはにこりと微笑んだ。
朝日が昇ってきて、今日もまた新しい一日が始まろうとしている……
「僕達はまだまだ付き合ったばっかりなんだから、いきなりそんなところに行かないよ!!まずは匙加減一杯の幸せを探すのさ!!さ、行こう!!マーブル君!!」
まだまだ、二人の匙は一杯分にも達していない。
しかし、それでいいのだ――
二人の恋は、まだまだ始まったばかりなのだから……

おしまい
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ようやく終わりましたね、なげぇ。
実はこの作品をアップしているときに、私は絶えずチョコレートを口の中に放り込んでいました、虫歯?シラネw
リクエストをしていただいた[[ダフネン]]様、楽しんでいただけたでしょうか?
長々とした駄文に付き合っていただいて、本当にありがとうございましたorz
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- パティシエは男性形で女性はパティシエールと言うらしいです -- [[りし]] &new{2009-03-22 (日) 10:28:55};
- ここ、料理長いなきゃだめそう。 --  &new{2009-03-22 (日) 11:20:00};
- おお、昨日リクエストしたばかりなのに早速書いて下さるとは…本当にありがたいです。&br;しかし、ブースターが料理長で始まるとは…私には考えつきません。九十九様の脳味噌を少しいただk(殺&br;いえ、気にしないで下さい -- [[ダフネン]] &new{2009-03-22 (日) 11:54:58};
- ぶーすたー、かわいいよぶーすたー。&br;かなり楽しくなりそうなスタートですね、続き期待してます。頑張って下さい。&br;&br;「欠ける」→「懸ける」ではないでしょうか? -- [[昆虫王]] &new{2009-03-22 (日) 12:06:54};
- 若干修正。&br();>りし様&br();すんませんボケてました。パテェシエールですね。&br();>名無し様とダフネン様&br();"調理"と"料理"の一字違いでした。申し訳ないorz。&br();>昆虫王様&br();誤字の指摘ありがとうございますorz -- [[九十九]] &new{2009-03-22 (日) 16:21:15};
- おもいっきりわらっただ --  &new{2009-03-23 (月) 00:51:32};
- 上の間違いました。ごめんなさい。 途中でコメント送った。 --  &new{2009-03-23 (月) 00:53:27};
- おのれマーブルぅぅぅ!頑張れコロナたn(ry週末のケーキ対決の行方が楽しみです! -- [[ななしぃ]] &new{2009-04-01 (水) 23:17:28};
- 買ったじゃなくて勝ったですよ -- [[OGA]] &new{2009-04-05 (日) 21:51:08};
- 髪→紙、一ヵ所間違ってましたよ。&br;マーブルまじウゼー、まじ死んでほしー、料理の腕だけ良くても心が無いなら誰も食べないよ?&br;しかもこういう奴に限って勝ったら言うこと聞いてくださいね?みたいな事言うじゃん?ねぇおねがーい、コロナとボルトが結ばれて~。 -- [[ギアス]] &new{2009-04-06 (月) 00:36:56};
- マーブルの一言、カチンときますね、なんか全否定された感じ。 --  &new{2009-04-07 (火) 18:44:07};
- ついに勝負開始ですか。がんばれ料理長!いや、九十九さんがんばってください。 -- [[ROMer]] &new{2009-04-13 (月) 22:18:06};
- マーブルさんが何を考えているのかとても気になります。&br;何にしろ、コロナさんも九十九さんも頑張ってください。 -- [[座布団]] &new{2009-04-13 (月) 23:58:03};
- マーブルがお菓子に興味が無いと言うのにパティシエになったということは、その先に目指す何かが……?&br;う~ん、謎はフカマルばかり。 --  &new{2009-04-15 (水) 02:21:21};
- 流石九十九様ですね。ギャグセンスが素敵です。 -- [[にょろ吉]] &new{2009-04-26 (日) 21:02:44};
- キャラのバランスが取れていて、読んでいると楽しくなってきます。&BR;マーブルが多面すぎて先が読めない。料理長、名誉挽回になると良いですね。応援しています。 -- [[勇]] &new{2009-05-08 (金) 21:30:49};
- マーブルとコロナエンドで! --  &new{2009-06-14 (日) 13:13:37};
- 私めはコロナとボルトエンドを希望する。マーブルは許せん、言い方が悪いにも程がある。 --  &new{2009-06-14 (日) 14:02:24};
- 誰と誰が結ばれるかは作者が決めるのですお。&br;そんなにアレコレ言わない。 --  &new{2009-06-14 (日) 17:10:47};
- これは、 --  &new{2009-07-04 (土) 23:59:37};
- カップリングはマーブルとコロナか…。ちょっと残念: --  &new{2009-07-27 (月) 23:38:47};
- ゴーリキーの菓子作りに不覚にもワロタww -- [[ザラメ]] &new{2009-07-31 (金) 00:56:13};
- いよいよマーブル君の行動の裏の真相が分かりそうですね。彼がここまで悪役に徹してまでコロナに伝えたいものがなんなのか、楽しみです。裏で一枚噛んでいる人物もいそうで気になります。&br;どの展開になろうとも、自分は九十九様の小説が楽しみです。これからも応援してます。 -- [[想夏]] &new{2009-08-01 (土) 22:37:56};
- コロナは、いつしかただの菓子作りをしていたんですね。&br;マーブルの意外は顔が見れた気がします。&br;想夏さんの裏で一枚噛んでいる人物ってもしかして、師し(ry&br;ま、私の推測ですけどねー -- [[ホワシル]] &new{2009-08-01 (土) 23:20:12};
- 「粉砕!!玉砕!!大喝采!!」…こんなところで…使う…とは…。
マーブルの不可解な行動(?)の真相が遂に明かされましたね。
果たして、一週間前の出来事とは、一体…。
あと、男二人が言い逃れしているところで、マーブルがボルトになってます。(間違っていたら申し訳ないです。) -- [[ジューダス]] &new{2009-08-03 (月) 07:24:44};
- コロナ 可愛いよコロナ ハァハァh(ry
言い逃れとは男らしくないぞボルト
ボルト君にはフィラの実がぴったりだわ。
頑張ってください。
――[[菜菜菜(ry]] &new{2009-10-11 (日) 14:26:30};
- お、更新ですねー
……何かマーブル焦れったい!いよいよ核心なのに!
さぁどんなエンドを迎えることやら……楽しみにしています
―― &new{2009-11-29 (日) 16:47:05};
- 「カクレオン」泥棒だー捕まえて~
と言ってみる(笑)
――[[不思議のダンジョン]] &new{2009-11-29 (日) 23:19:55};
- ↑あの最強名物店長www
―― &new{2009-11-30 (月) 20:48:14};
- 過去に裏切られた事があったので
あんな人になったとマーブルが
カクレオン警察に通報しますか?W
―― &new{2010-02-10 (水) 00:39:46};
- 続き待っていました!!
―― &new{2010-02-10 (水) 07:17:20};
- クッキーは飽きるです~
空きるじゃないです~><
――[[誤字?]] &new{2010-02-10 (水) 18:00:42};
- 伝記で照らされた部屋→電気ではないでしょうか?間違えてたらすいません
では続き楽しみにしていま~す
――[[ブイズ好き]] &new{2010-02-10 (水) 19:33:18};
- 執筆がんばってください
――[[74]] &new{2010-02-10 (水) 21:06:02};
- アレレ?↑
――[[743]] &new{2010-02-10 (水) 23:29:47};
- ダメだこの妹、はやくなんとかしないとw
――[[雪崩]] &new{2010-03-16 (火) 22:08:13};
- あれ? ビターがとあるキャラとかぶってしまう。
ともあれ執筆頑張ってください。
――[[ ]] &new{2010-03-16 (火) 22:44:44};
- これは・・・予想できなかった展開
この後の展開も楽しみにしております
執筆頑張ってください^^
―― &new{2010-03-17 (水) 07:44:37};
- 怖い怖い怖い怖いw
―― &new{2010-03-17 (水) 08:16:13};
- ••••••••ックスだwww
セックスだw
問題発言!
―― &new{2010-03-17 (水) 12:26:22};
- ••••••••ックスだwww
セックスだw
問題発言!
―― &new{2010-03-17 (水) 12:34:44};
- 二重コメスイマセン
―― &new{2010-03-17 (水) 12:36:05};
- ヤン…デレ…?
なんかすごく怖いですよ妹さん…!!
――[[ブラック★]] &new{2010-03-18 (木) 19:34:55};
- ビターって、あるアニメのヤンデレキャラがモデル?
――[[doran]] &new{2010-03-23 (火) 02:55:26};
- この間がバイトに…

働き者ですね、わかりま(殴
―― &new{2010-03-23 (火) 09:58:07};
- そうか、師匠は下衆野郎だったのか
わかりm(殴

執筆頑張ってください^^
―― &new{2010-03-23 (火) 19:08:50};
- 妹さんかなりヤバイですね。
――[[R]] &new{2010-03-23 (火) 21:10:07};
- 予想外だ…メタモン…
―― &new{2010-03-25 (木) 00:07:27};
- メタモンかっけぇ~!
――[[通行人]] &new{2010-04-18 (日) 12:49:27};
- 更新を待っていました・・・
ここからどうやって官能に入るのか期待です
―― &new{2010-04-30 (金) 20:15:24};
- マーブル•••
―― &new{2010-05-29 (土) 00:48:40};
- ぐろ入り?
―― &new{2010-05-29 (土) 00:52:18};
- アワワワワ...:まさかの殺人?事件に発展しちゃってますよー!:
――[[Sikkuzaar]] &new{2010-05-29 (土) 01:41:15};
- トマトジュースだと信じたい
―― &new{2010-05-29 (土) 01:44:20};
- ケチャップであるのを願いたい
―― &new{2010-05-29 (土) 06:12:49};
- ま…まさかの展開っ!?
あまくてふあふあな大会にまさかのっ!!?
……イチゴジャムだと願いたい
――[[通りすがりの仮○作家だ!]] &new{2010-05-29 (土) 09:09:41};
- 血糊であるのを信じたい・・・・・
――[[雪崩]] &new{2010-05-29 (土) 09:44:31};
- こんな展開が…予想外だ…
…赤い水飴だったりして
――[[かめ]] &new{2010-05-29 (土) 10:56:54};
- おせっかいかもしれませんが誤字があったので
この間がバイト→この間ガバイト
の間違いでは?違っていたらすみません。
あと続きが楽しみです。
筆跡がんばってください。
――[[ザック]] &new{2010-05-29 (土) 11:54:38};
- ↑のコメントですがすでに誤字指摘がありました。
すみません。
――[[ザック]] &new{2010-05-29 (土) 11:56:29};
- 料理人失格だw
―― &new{2010-05-29 (土) 12:31:32};
- つ、ついにやっちゃったのか・・・!!
――[[ブラック★]] &new{2010-05-29 (土) 19:53:07};
- 会場が海上になってますよ
――[[凹洲]] &new{2010-05-29 (土) 20:42:04};
- 続ききたああああ      
―― &new{2010-06-21 (月) 23:58:36};
- ついに・・・ついに結ばれますか・・・!!
まさかここからコロナとマーブルがにゃんにゃん・・・
―― &new{2010-06-22 (火) 06:52:49};
- また他の意味でアワワワ,,,,;
――[[sikkuzaar]] &new{2010-06-22 (火) 09:22:48};
- おおおおキターーー
―― &new{2010-06-22 (火) 13:20:44};
- おおおおキターーー
―― &new{2010-06-22 (火) 13:20:58};
- ボルト君は!!?
ボールートーくーん!!
――[[ブラック★]] &new{2010-06-23 (水) 18:26:31};
- 何かアイス食べたくなってきた
―― &new{2010-06-23 (水) 19:21:44};
- 面白かった!ボルトやマロンも素敵なキャラだったので、ぜひサイドストーリー作成してほしいです
―― &new{2010-06-26 (土) 03:16:33};
- ついに完結ですか……お疲れ様でした。
それにしても、九十九さんの作品には驚かされてしまいますね。
他の人と比べると一話々々が長くなっているのに、それでも尚飽きを感じさせないストーリーには惹かれる物がありますし、登場するポケモンは、その数だけアナザーストーリーを作れそうな程にキャラが確立していますし……。
こんなに面白い作品を書ける文才を持っているなんて、本当に羨ましい。いや、むしろ恨めs(ry←
次作も期待しています。
――[[多比ネ才氏]] &new{2010-06-26 (土) 07:40:47};
- コロナさん手馴れてますな。もしや昔師匠t(ry

こんな素晴らしい作品が完結してしまった事に、少しばかり残念な気持ちも浮かびますが、九十九さんの次の作品にも期待しております。
完結・・・お疲れ様でした!!

暇があれば、ぜひサイドストーリーも・・・!
―― &new{2010-06-26 (土) 11:35:25};

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