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予兆――旅立ちの合図 の変更点


* 予兆――旅立ちの合図 [#YNyMrpM]

 それは、もしかすると、私の旅の始まりを告げる合図だったのかもしれない。もしくは、他の何かしらを告げるものなのかも分からない。いずれにせよ、私にとって意味のある「お告げ」だったことだけは、確信が持てる。

  *

 当時、私は地元の中学校に通っていた。卒業を間近に控えた私の行く先は、すでに決まっていた。ポケモントレーナーとなって、各所を周ることである。そのことを知った父親は、最初のうちは反対していたものの、母親が夢を応援するためにと快諾してくれたのと、とりあえず三年間だけでも、という期限を設けたのとで、しぶしぶ父も飲んでくれた。ただ、父の反対する気持ちも、十分理解できるものである。というのも、私は一人っ子であり、両親の期待を一身に浴びる状況にあったからだ。兄弟姉妹の一人や二人いれば流れは違ったのかもしれないが、私は両親にとっては本当に大切な唯一の子宝である。トレーナーとしての旅は実に危険を伴うだけに、そんな目に子供を遭わせたくはない、というのが親心というものであろう。それに、一流になれなければ、哀れな末路を辿ってしまう恐れだって、十分に考えられる。親としては、子供に安定した道を歩んで欲しいと思うものだから、トレーナーのように一か八かの大博打なんてことは以ての外のはずだ。
 もっとも、ポケモントレーナーというのは、気軽に名乗れる肩書きであると同時に、誰も彼もが憧れる職業でもある。特に、一世を風靡した少年たちが続々と出てきてからは、その傾向が強くなっていったように思う。彼らの登場以後は、「子供がなりたい職業ランキング」でも、毎年のように一二を争う常連だ。もちろん、この私も小さい頃からずっと憧れ続けてきたのである。テレビにラジオに新聞に雑誌、トレーナーに関するものはこの目に焼き付けてきたものだ。
 ただ、私は住居の制約上、ポケモンを飼うことが許されてはいなかった。だから、学校に通う傍で、地元のトレーナーズスクールやポケモンセンターに通いつめ、少しでもポケモンたちと触れ合う機会を設けていった。当時は父親に内緒で行っていたのだが、そのうちにバレてしまったときには、こっぴどく叱られてしまったものである――あんなところに行くんじゃない、トレーナーになるつもりなのか、と。この時、そばに母親がいてくれなかったら、私は折れていただろうと思う。
 ともあれ、決して着実とは言えないけれども、私はトレーナーになるための道を歩んでいった。とは言っても、好きなポケモンや思い入れのあるポケモンがいたと言うわけではない。普通なら、このポケモンと一緒に旅に出るんだ、というような意気込みが見られるものだが、私の場合、そんなものはなかったのである。ただ漠然としたような、トレーナーになるという意気込みだけしかなかった。だから、実際にそうなると言っても、今一つ実感は湧いてこなかった。
 そんな時のことだった。週末、私がいつものようにトレーナーズスクールに通っている道中で、あるポケモンが幅広の歩道のど真ん中で黄昏るようにして立ち尽くしていた。私の身の丈と同じくらいの高さだったそのポケモンは、道行く人やポケモンに気をとられることなく、微動だにしなかった。その視線の先にあったのは、道端にあったポケモンセンターである。
 何だか奇妙な光景だな、と私は思った。ただ、奇妙ではあるけれども、何か事情があるのだろう、とその時は思うにとどまった。このポケモンのことを気にしていられるほどの時間的余裕があるわけではなかったのもあったし、何より、街中である以上、誰かが飼っているポケモンである可能性だって十分に考えられる。もしそんなポケモンであったら、気安く触るのはやめておいた方がお互いのためだろう。変に懐かれてしまっても、少なくとも私は困るし、飼い主だって困るはずだ。そう思い、私は一旦その場をそそくさと後にしたのである。
 だが、話はこれだけで終わりはしなかった。トレーナーズスクールでの授業を終え、帰路についていると、やはり先ほどと同じポケモンが、先ほどと同じ場所で、ずっと立ち尽くしていたのである。それも、やはり微動だにせずに、だ。
 一体何なのだろう、と私は思った。ポケモンセンターに入りたいのなら入れば良いだけの話のはずだが、どうやらそうではないらしい。とすれば、何がこのポケモンにとって気になっているのだろうか。もしかすると、このポケモンにしか見えていないものがあるのかもしれない。だが、それが何なのか、聞き出せるはずはあるまい。私は人間、ポケモンはポケモンなのだから。
 ただ、そのポケモンの種族名を、恥ずかしながら当時の私は知らなかった。もっとも、ポケモンでない可能性も決して否定できない。人間でない生き物をポケモンと決めつけるのは、実に短絡的というものである。とは言っても、別の種類の生き物である根拠もない。もし今すぐにモンスターボールを投げつければ、その生き物がポケモンであるかどうかは分かるのだが、仮に捕まえてしまうと泥棒になってしまうかもしれないし、第一、方法としてはかなり乱暴だ。私自身、そのときはモンスターボールを持っていなかったので、確かめようがなかった、ということもあったのだが。
 そのポケモンらしき生き物は、何ともエキゾチックで特徴的な模様をしていた。頭部こそ黄緑色になっているのだが、胴部に赤い目のようなものがあったり、白や赤が目立つ部分があったりと、なかなか派手なようにも見える。そして、人間のような立ち方をしているが、一応、翼らしきものがあるので、おそらく鳥の一種なのだろう。立ち方のせいで、ずいぶん変わった鳥に見えてしまうのだが。
 鳥のような生き物は、私がその目の前を通りがかったところで、全く意に介そうとせず、ずっとポケモンセンターの方ばかりを見ている。その間、じっとしたまま動かず、鳴くこともない。道を歩く人たちがどんなことを考えていようが、全くの知らん顔だ。
 ポケモンセンターの警備員らしき人が見回りに来てみるに、この生き物のことが気にかかってしまうようだが、特に奇妙な行動を起こしているというわけではなく、ある意味では無害なので、なかなか近寄れずに困っている様子である。持ち場を離れるほどのことでもないと判断しているのだろう。そこで通信機で何やら喋っているようだが、私には詳らかには聞き取ることができない。
 ともあれ、私自身はこの後に取り急ぎ予定が入っているというわけではなかったので、とりあえずこの生き物に構ってやることにした。
「どうしたんだい」
 私はそばまで近寄って、そっと声をかけてみた。しかしながら、緑頭の鳥は全く反応を示してこない。取り憑かれているかのように、自分の視線を動かそうとはしないのである。
 そこで私はその鳥の目の前を通せんぼするかのように立ちはだかってみた。しかしながら、ここでも反応はない。見えないからどいて欲しい、というようなメッセージすら感じはしない。ずっと、ずっと、顔すら動かさない。銅像のごとく硬直しているかのようだ。しかしながら、不思議と置き物の印象は少しも感じられない。あくまで、これは生き物なのだ。それだけは確信できた。
 次に、私は身体を軽く叩いてみた。羽毛の感触が手に残ってくる。そのまま手でさすってみるが、やはり、その鳥のようなものは、何の反応も示してはこないのである。顔の表情も、まるで変化を見せない。不快感すら伝わってはこないのだ。
 鳥があまりに何もしてこないので、私は虚しい気持ちに駆られずにはいられなかった。もう離れようか、そう思ったほどである。他の道行く人たちと同じように興味を持たない方が良かったのかもしれない。
 ともあれ、別にその生き物と長時間にわたって戯れたいわけではないので、私は思い切ってその場を離れようとした、ちょうどその時だった。ポケモンセンターの入り口のドアが開き、中から係員と思しき人が近寄ってきたのだ。
「こらこら、いったい何をしてるんだい」
 係員は鳥と私のそばに来るなり言った。警備員の報告を耳にして、仕方なくやって来たのだと言う。
 私は返答に困った。というのも、特に理由があってその鳥のことを突っついたわけではなく、単に興味本位でやっただけのことだからだ。一方、緑頭の鳥は相変わらず微動だにしない。
 黙ってしまう私と全く喋ろうとすらしない鳥を目前に、係員は引き続き声をかけてくる。
「そのネイティオ、君のポケモンか?」
「えっ、ネイティオって言うんですか」
「えっ」
 係員は私の反応に思わず驚いたようだ。私はこの鳥がポケモンであること、そして、ネイティオという名前があるということを、この時になって初めて知ったのだが、係員からすればすでに分かっていたものと思っていたらしい。
「変なのが突っ立ってるなと思って、とりあえず近づいてみたのですが、全く反応を示さなくて」
 私は当たり障りのない範囲で自分の言いたいことを正直に述べると、係員が注意するように私に言ってくる。
「ネイティオっていうのは、どうやらそういう習性を持つポケモンらしいんだ。一度何かを見つめはじめたら、取り憑かれたかのように動かなくなることも、決して珍しい話じゃない。ともかく、ずっとこの場にいられても迷惑なだけだから、いったんセンターの方で預からせてもらうよ」
「えっ、預かる、って?」
「簡単なことさ。このネイティオの飼い主を探してみて、二週間後になっても見つからなかったら、野生に戻す。それだけだよ」
 そう言うと、係員はモンスターボール、ではなく、青色のカラーリングが特徴的なスーパーボールをポケットの中から取り出した。彼の話では、ポケモンセンターで預かっていたポケモンが暴れ出したときなど、緊急時にポケモンを捕縛するために支給されているものだということらしい。ポケモンにも通り一遍の性善説が通用しないときがあるということは、当時の私にとっては良い勉強になったと思う。
 未だに動こうとしないネイティオに、係員は右手に持ったスーパーボールを、コツンと当てる。すると、スーパーボールに吸い込まれるかのように、ネイティオは姿を消していった。最後の最後まで、ネイティオの視線は全く動かないままだった。
 ネイティオは、特にスーパーボールから出てくることなどなく、一時的に係員のものとなったのである。なぜ嫌がる仕草すら見せなかったのかは、神のみぞ知るといったところだろうか。

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 試作品。一応この後の続きもある予定ですが、今はとりあえずこの辺で。([[作者>幽霊好きの名無し]])

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