一夜の愛のかけら by [[Lastertam]] &color(red){この小説には官能表現が含まれています。}; * 「今日はここで宿……だな」 僕は夕焼けに染まった空を見上げて呟く。遠く高く、ヤミカラスの影が頭上に見えた。夜にはまだ早い。しかし、と僕は目の前の町を見て思う。寂しい町だ、という印象が去来する。木造の家々は散らばるように建ってはいるが、通りにはあまり人影もなく、家自体もどことなく薄汚れて華やかさといったものと無縁であるように窺えた。しかしここを抜けてしまうと野宿の羽目になってしまうだろうと思うと、流石にそれは防犯上好ましくないと思い、躊躇の念もあって二股に分かれた尾を揺らす。少々のみらいよちはできるがそんなことに力を使うくらいであれば多少の金銭を使っても宿を求める方がずっと有益に思われた。 宿を取るには少々早い時間のようにも思われたが、人通りがすっかりなくなってしまってから宿を探すのはこの町では困難であると判断して、僕は通りすがったトリミアンに声をかけた。 「すみません、この町に宿はありますか?」 宿がない場合には誰かの家に泊めさせてもらうことも辞さない。まずは宿があることを確認しなければならない。 エーフィの姿が珍しいのか、また荷物を背負っていることが気になるのか、ぱちぱちと瞬きしながら見つめてから、トリミングもしていない素朴なトリミアンは答えた。 「ええ、この道を戻ったところに広場があったでしょう。そこを右に曲がって右手に。名前は……民宿オストだったかしら。オストはこの町の名前で」 「それは良かった。ありがとうございます」 ひとまず、宿があることに僕は安堵した。 「旅の方? それともどこかへお引越し?」 「ええ、カロニアの大学まで」 カロニアはここからまだ遠い、学問の街として知られる大きな街である。僕はそこに留学させてもらうことになってこうして旅をしている。 本当は友人の力を借りてひとっ飛びでカロニアまで行くこともできたのだが、僕は徒歩での旅を選んだ。それはこれまで小さな町でしか暮らしたことがなかった僕にとって冒険のように思われたし、自分ひとりでもなんとかやっていけるのだという自信を持ちたかったのである。 「まあ、カロニアまで……。あそこはいい街だと聞いてますわ。こんな寂れた町でお恥ずかしい」 「いえ、そんな。僕が住んでいたところには宿もありませんでしたから。宿があるということは、それなりに人通りがあるのですか?」 「ええ、ここは物資に乏しくてね。商人の人が訪れたり、あとは――」 ここまで行ったところで、トリミアンは何かに気づいたのかその後を継がなかった。 「わざわざご丁寧にありがとうございました」 「いい旅をね。それと、お気を付けて」 素朴だが感じのいいご婦人だ、と僕は思いながら、広場まで戻って右、さらにその右手、と繰り返した。名前は、民宿オスト。 * トリミアンのご婦人が言っていた民宿オストは、僕も一度気付かずに通り過ぎてしまったような小ぢんまりとした佇まいの宿だった。普段は別のことを商っているようで「ほぐしやオスト」の看板が出ていて、その裏に「民宿オスト」と書かれていたことに後で気づいた。 「すみません」 戸を叩くと、はい、と低めの声がして、少ししてからカエンジシの女性が出てきた。鬣の部分からほわりと温かい空気が漂ってくる。 「宿泊の方ですね。今日は空いてますから、大丈夫ですよ」 ふわりとした笑顔を浮かべて、僕より大きな体躯のカエンジシはそれを感じさせないように穏やかでしなやかな態度を取った。戸を開くと、尾をひらりと振りながら僕を奥の間へと案内した。 「お名前は?」 「ああ、エスク、と言います」 「学生さん?」 「え、あ、はい」 「カロニアへの旅でしょう。ここを利用する人には少なくないものでして」 「よく分かりましたね」 「目で分かりますわ。とても聡明な顔つきをしてらっしゃる」 僕は少し照れて、深紫の瞳を瞬いた。眉目が賢そうであるとはよく言われる。エーフィの顔なんて目が鋭くてみんなそんなものなのじゃないかと僕なんかは思うのだが、エーフィが周りには一匹もいなかったし、そもそもこれまでの人生でエーフィに逢ったことが一度もないのでなんとも言えなかった。 案内された部屋はこれまた小さく纏まった一部屋で、低めのテーブルがあり、椅子があり、奥にはやや大きめの、だが低めのベッドが設置されていた。こうした類の宿にはよくあることで、小さな体躯のひとから大きな体躯の者まで利用する。そうした場合に利用しやすいように椅子には座り込みが深く幅は広いが肘置きはなく、逆に壁側に設置されたテーブルは頑丈な足をして、大きな体のひとが来た際には椅子としても使えるようになっている。都会まで行けば大きいひと用の宿、小さいひと用の宿、四足歩行者向け、二足歩行者向け、と様々あるらしいが、僕が泊まってきた宿はどこもこのような感じだった。 「お食事はどうなさいますか」 「あ、いえ、結構です」 本当は温かく美味しい食事にありつきたいものなのだが、残念ながらそこまでの余裕はない。僕は背負ってきた荷物の中にあるきのみパンのことを思いながら、カエンジシのご婦人の提案を断った。 「一泊のご利用で銀貨一枚分になります」 「分かりました。先払いですかね」 「ええ、よろしくお願いします」 銀貨一枚分は高くはないが安いわけでもない。ちょうどいい値段、と言ったところだろう。僕は背負った荷物とは別に首にかけてあったポシェットから財布を取りだすと、銀貨を一枚カエンジシに手渡した。 「確かに承りました。領収書は」 「いえ、結構です」 大学から費用が出ればうれしかったのだが、あいにく留学先までの旅費は含まれていない。 「それではごゆっくり。町に出ても構いませんので」 「ありがとうございます」 カエンジシのご婦人は一つ深くお辞儀をした後、後ずさってドアを閉めた。客に背を向けない配慮か、と僕は少し感心して、この宿の待遇の良さに少しうれしさを覚える。旅費に余裕があれば、食事など頼んで支援するところなのだが、そこは心を鬼にするほかあるまい。なんだか少し自分が惨めに思われるような気もしたが、僕はその思いを振り払って、重たい荷物をテーブルの脇に下した。 * 数学の本を開きながら、僕はきのみパンを食べていた。今日の昼にひとつ前の村で買い上げたものだが、硬くて噛みごたえがあり、なかなか顎にくる。焼きたてだよ、と言って渡してくれたリングマさんの顔が頭に浮かぶ。焼きたては非常に柔らかくて香ばしかったのだけれど。 愛用している万年筆――母がプレゼントしてくれたものだ――で本に書き込みを加えながら、僕はこれからの大学生活に想いを馳せる。どんな人たちがいるのだろうか。僕は果たしてその中で何者かになれるだろうか。 * 夜も更けて、さあ寝ようかと本を閉じた時、ちょうどドアをノックする音が聞こえた。 「エスクさん?」 「はい?」 「入ってもよろしくて?」 聞こえてきたのはカエンジシの低くゆったりとした声ではなく、それよりずっと高い、少女のような軽い声だった。 一体何だろうかと訝りながら振り返ると、入ってきたのはひとりの毛並みの美しい若いエネコロロだった。僕と同い年か、それより少し上くらいだろうか。 「ロアネ、と申します。毛づくろい、マッサージ、ご入用ではありませんか?」 「ああ」 なるほど。風呂屋がない旅館や宿の場合こうして毛づくろいのサービスをしてくれることがある。それに、ほぐしや、と看板にあったくらいだから、この民宿では夜でもそういうサービスを行っているのだろう。 「いや、特に。大丈夫だよ」 「あら。旅のお客様だから疲れてらっしゃるかと思ったのに」 鈴を転がすような声で、エネコロロ――ロアネはころころと笑った。なんだか明るいけれど、どこか含みある感じのひとだな、と思った。 「エスクさん、学生さんだとうかがったわ。何を勉強してらっしゃるの?」 サービスを断ったにも関わらず、ロアネは尻尾をくねらせながらベッドに転がり込み、座り込んだ。一体どういうことだろうか、と思ったが、一つ思い当たる節ならある。 「数学……まあ、算数の進化したみたいなやつだよ。空間が曲がっているかどうかとか」 「……よく分からないわ。面白いの?」 「僕にとってはね。でも、正直分かりにくいと言えばものすごく分かりにくいよ」 ふぅん、と笑ってロアネは自分の体を舐めて毛づくろいを始めた。よく笑うひとだ。明るい、というよりかは軽い、と言った方が適切なようなそんなひとな気がする。 いけない。僕はどうしても上から目線にひとを見てしまう。頭がいいからという理由で小さいころから褒められ続けて天狗になってしまったのだろうか。良くない傾向だ。 ロアネが喉をごろごろと鳴らしながらあちこちの毛を手入れしているところで、僕は一思いに切り出した。 「ねえ」 「なあに?」 「悪いけど、夜伽なら別に求めてないよ」 こういう田舎の宿ではありがちなことではある。私娼として従業員が性的サービスを提供する、ということは。恐らくあのトリミアンのご婦人が言おうとしたのもそういうことだろう。だが、僕は娼館に泊まったつもりはないし、そういうことも求めていなかった。 「分かってたのね」 彼女はまたころころと笑う。笑顔が素敵な人だ。それがたとえ商売道具だとしても。 「でも、私は貴方を求めているのよ」 と言って、彼女は部屋の隅に二つあった角灯のうちの一つを吹き消した。途端に闇が部屋を半分染める。彼女はころり、と横たわり、ベッドのシーツに顔をこすりつけるようにしながら横目で僕の顔を、眼を射抜いた。どくん、と心臓が鳴るのが自分でも分かった。そのままロアネは前脚を伸ばす。その手を丸めてこまねくような動作をして、じっと僕のことを見つめている。そのまま、ロアネは後ろ脚同士をこすりつけるような動作を取った。 ゆうわくだ――。 分かっていても、僕はそれに捉えられて逃れるすべがなかった。既に体が彼女を求める態勢に入っている。全身の血が熱く滾って、頭の中が目の前の彼女のことで、目の前の彼女の躰のことでどんどん占められていく。 いけない、と思う。ただ、体はそれと関係なく反応してしまう。彼女の媚びる動作の一つ一つが反芻されて、熱っぽく僕の心に粘りついた。 これは、仕方がない。僕の負けだ。 いっそ負けを認めてしまった方が気が楽だ。 僕はそっとロアネの方に滑り寄った。ロアネは待っていたように腕を拡げ、僕のことを抱きしめた。 * 「ん」 「はっ……」 ロアネの唇が僕の唇に重なる。僕は自分の吐息が熱いことが判ってしまうことに気づいて頬を紅潮させたが、息が熱いのは彼女も同じだった。同じだけの熱さの吐息が混ざり合う。 口を話したところで、ロアネはもう一度僕の頬にキスをする。 「エスクさん、あまり経験は豊富じゃなくて?」 そう言われて、僕はますます頬を赤くする。 実のところ、僕の経験は一度だけ、故郷の街で友人に誘われて娼館に行って筆下ししてもらったことしかない。その時に一通りの手ほどきは受けたが、はっきり言って数学の方が遥かに得意だ。 「……うん」 「こんな端整な顔で、美しい体をしてて、もったいないわ」 「女の子みたいだろ。僕はあんまり気に入ってないんだ、エーフィの姿ってやつは」 「そんなこと言わないで。私は綺麗でとても好きよ」 ロアネはまた僕に口づけをした。好き、という言葉が胸に食いつくように痛く、沁みるように優しい。故郷では柔弱なように言われて、僕はとてもこの体が好きになれなかった。それを、綺麗だと言ってくれることはこの上なく嬉しいことだった。 彼女の舌が僕の口腔の中に忍び込んでくる。その感触に、ひどくどきどきした。僕はお返しに彼女の舌に自分の舌を重ね合わせて、からませて、ほどいて、そのたびにちゅぱちゅぱという音がして、ふたりの興奮を高めていった。長くて、優しくて、魅惑的なキスだった。 「っ」 僕は思わず息を呑む。ロアネの手が僕の股間をまさぐっていた。そうして僕のモノを探り当てて、柔らかく包み込むように愛撫する。 「堅いこと言ってたけど、体はやっぱりこうなるのね」 「そりゃ、時と場合で体も変わるさ……っ」 彼女の手は柔らかく、時に激しく、僕のモノを刺激した。快楽が僕のモノから体中に電気のように伝わる。先端を執拗に攻めてくるかと思えば、竿の部分を握り込んでこすりあげてみたり、くびれの部分を弄ってみたり、とにかく慣れている感じが否めなかった。彼女に任せていれば、なんだか安心できるような気がして、不思議と母性のようなものを感じて苦笑する。こんな時に母だなんて、僕は一体何を考えているのだろう。 「ねえ、ここは好き?」 「ぁっ……!」 今まで感じたことのない快感を感じて、僕は声を洩らした。 「好きみたいね」 彼女が揉みしだいているのは僕の玉袋らしかった。そこがこんな快感を生むものだなんて僕は知らなくて、ただその快楽に身を委ねるほかなかった。彼女は玉袋から時折手を離しては、更にその下の、肛門との間の部分を愛撫した。彼女が男の体を知り尽くしているのがよく分かった――こんなの、自分でも気づかなかった。 ロアネはもう一度僕の唇に唇を押し当てる。小さなキスを繰り返す中で、僕は彼女も頬を赤く染めていることに気づいた。柔らかなベージュ色の被毛の奥で、頬がひどく熱い。彼女も興奮しているのだ。 僕は、そっとロアネの秘所をまさぐった。 「ひゃぅっ」 思った通り、ロアネの秘所はぐしょぐしょに濡れて、滴らんばかりに愛液を滾らせていた。蜜壺の少し上――教わったままにだが――のクリトリスのあたりを弾くように触ってやると、ロアネは息を喘がせて悦んだ。 「やっ、あん」 善がるロアネの唇を、今度は僕が奪う。そうすると蜜壺がきゅっと締まるのが伝わってきた。そのまま蜜壺へ手を滑らせて、入り口のあたりを丁寧になぞる。柔らかくて、それでいて愛液で濡れていて、触っている感じからしてとても興奮させられるものだった。 「ねえ」 と、ロアネが声をかけた。 「お願いしたいことがあるの」 「なにを?」 「……私のそこ、踏んで」 一瞬何を言っているのか分からなくて混乱した。そして一瞬後に脳裏に浮かんだのは、淫乱、という言葉だった。淫乱というよりは変態に近いかもしれないが、ともあれ彼女が言っているのはそういうことではないのか。 僕は彼女を組み敷くように下にすると、ゆっくりと、慎重に、後脚で彼女の秘所を踏みつけた。 「ああっ」 「気持ちいいの? これが?」 「気持ちいい……もっと、して」 淫乱だ、と僕は思いながら、もっとぐりぐりと押し込むように彼女の秘所を踏む。 「こんなことされて感じるものなんだ」 「ふふっ……変かもしれないわね」 「僕にはわからないけど」 今度は彼女の方から僕に接吻をして、ありがとね、と囁いた。僕が後脚をのけた時、その隙をついて彼女が僕のことを押し倒す。ロアネの首回りのファーが触れるほど密着して、彼女は秘所を僕のモノに押し付けた。 「うわっ」 「お礼、してあげる」 そのまま挿れるのだと思ったが、そうではなくて、ロアネは秘所をモノに当てがったまま、腰を動かし始めた。挿入されていないもどかしさと、濡れた秘所の立てるぴちゃぴちゃといういやらしい音と、一方で確かな気持ちよさが混ざり合って、僕は夢中になってしまう。 「あっ、あっ」 「君も、気持ちいいの?」 「ええ、もちろん……ふふ、挿れてほしい?」 「……うん」 「まだよ、まだだめ」 ロアネは啄むようなキスを僕の首筋に繰り返し、腰を振り続けた。薄暗い部屋の中で、僕の喘ぎと、彼女の息と、性器同士が擦れあう音が響く。それはひどく淫らで、僕はそれを俯瞰しているところを想像してますます劣情を加速させた。 彼女は一頻り秘所を擦り付けると、僕の体から一度離れた。その時見えた彼女の躰は、まだ灯っている方の角灯の明かりを受けてひどく艶めかしく、しなやかで、美しく見えた。 「ちょっと失礼、するわね」 ロアネは僕の顔を跨ぐようにした。彼女の後脚が僕の頬の毛の房に当たって少しくすぐったい。だがそれよりも、てらてらと光る彼女の秘所が目の前に広がって、僕はこの上なく「いけないこと」をしている気持ちになった。 「いけないこと」。これが「いけないこと」なのかは分からない。ただ、彼女に誘われてきた淵が、こんなにも深いものだとは思わなかった、そんな気持ちでいる。 「ぁっ……!」 ちゅぱ、と唇の音がする。彼女が僕のモノを咥えているのだ。彼女の舌は僕のモノを抜き差ししている間にも蠢いて、これまでにない快感を与えた。僕は悶えるようにしながら、目の前にある彼女の蜜壺に食らいついた。 「やっ、ん」 彼女の蜜壺は蕩けるような蜜を湛えていて、僕はそれを舌でこじ開けていく。メスの香りが鼻腔にも口腔にも広がった。舌で彼女の中をまさぐっているあいだにも、彼女は僕のモノを弄ぶようにしていた。くびれの部分に引っかかるように唇をすぼめながら、ゆっくりと、またある時は速く、僕のモノを刺激していく。 それに対抗するように僕も彼女の蜜壺をかき回し、彼女が感じるところを探そうとするが、残念ながら僕の舌はあまり長くはない。本当に探すのなら、僕のモノで、ということになるだろう。そう思うと武者震いが起きるようだった。 「ねえ、そろそろ……」 「ええ、分かったわ」 ぷは、と僕のモノから口を離し、彼女は起き上がって、後ろにそのまま倒れる。脚を大きく開いて、僕を誘う体勢を取った。それがひどく淫靡で、僕のモノはさらにびくりと反応する。 僕は彼女に覆いかぶさるようにして、いくよ、と小声でささやいた。そのまま腰を沈めて、彼女の蜜壺に僕のモノを挿入していく。 「あああっ……はぁっ……」 彼女の洩らす声が悦びに満ちていて、僕は嬉しくなる。僕自身も彼女を征服したような感情と、「いけないこと」をしているような背徳感と、そして強い快楽とに狂いそうになりながら、彼女のことを奥深くまで犯した。 「あっ、やっ、はぁっ……!」 そうして腰を強くロアネに打ち付けた。柔らかい肉と硬い肉が交わって、その隙間で愛液がくちゅくちゅと淫らな音を立てた。 加減、というものが分からない。激しいのがいいのか、それとも優しい方がいいのか。それを訊く手間さえ惜しくて、僕はただ腰を振り続けた。腰の肉がぶつかり合ってぱんぱんと音がする。それを遠く聞きながら、僕は快楽に没入した。 「ねえっ、エスクさん……っ」 だから、彼女の声を危うく聞き漏らすところだった。 「後ろからして、ケダモノみたいに……!」 僕は一瞬のちにそれを理解して、一度彼女から僕のモノを引き抜いた。ねっとりと愛液が糸を引いて、銀色の橋を作る。ロアネは起き上がって、僕の方に尾を向けて四つん這いになった。後ろからの眺めは、やはりどこか征服欲を刺激して、さらに興奮を助長させる。 やはり、激しいのがいいのだろうか。そう思いながら、今度は一気に、ロアネの躰にモノをねじ込む。 「あああっ……!」 前脚をくずおれさせて善がる姿は非常に煽情的で、僕は一層激しく彼女の躰を突いた。手前では蜜が溢れてくるし、奥を突けば、おそらく彼女は奥が好きなのだろう、きゅっと締まって、非常に気持ちがよかった。僕は興奮してしまって、後ろからロアネの背中にキスをした。 「ああっ、あっ、もうイくっ……! エスクさん、エスクさんっ……!」 「ああ、僕も……! ロアネ……!」 やがて彼女の中がきゅううっと締まって、僕を招くようにきゅんきゅんと律動的に動き始めた。僕も耐えられなくなり、達した。 頭が真っ白になるくらいの快楽を得て、僕は彼女の中に精をどくどくと吐き出した。あまりの気持ちよさに自分を失ってしまいそうだ。 僕はしばらく、彼女の腰を掴んだままでいた。けれどやっと落ち着いたところで、彼女の蜜壺からやや小さくなったモノを抜き出す。その後から白い精液がゆっくりと滲み、滴り落ちた。 * 僕はそのまま転寝していたらしい。気が付くと、ロアネが舌で僕の全身を毛づくろいしていた。 「起きたのね」 彼女は顔を挙げて微笑し、ころりと僕の方を向いて寝転がった。そのまま僕の手を取る。 「銀貨一枚、だっけか、相場は」 「あとでいいわよ、今はゆっくりしましょう」 そのまま、どちらが何を言うでもなく、沈黙が僕たちの間に落ちた。じっと覗き込んだ彼女の眼は深い紫色に澄んで、まるで宝石のようだ、と思った。 「……なぜ、こういうことをしているの」 「私が?」 ふと、疑問に思ったことをそのまま口に出した。彼女が体を売るという選択をしたことが、純粋に疑問だった。花柳病に罹る危険性だってある。そこまでのリスクを冒して、私娼をすることが不思議だった。 「そうねえ……」 ロアネは天井に顔を向ける。横顔も、町娘にしてはよく整っていて、こんな寂れた町においておくのは惜しいのではないか、と思った。 じゃあ僕が連れ出せるか? 否。そこまで彼女に愛着を持っているわけではない。それに連れ出すことが彼女のためになるのか、彼女の望むことであるのか、それすら分からないし、身請けするためのお金もない。 「私はね、たとえ一夜であっても、愛が欲しいの」 「愛が?」 「ええ」 だから、その回答は僕の心を少し抉る形をしていた。 「一人の夜は怖いわ。それよりも、誰かに愛されていたい。それに、性の悦びと、お金が付いてくるだけ」 「……」 「心の奥が空っぽになりそうで怖いのよ」 「……僕も、似たようなものかもしれないな」 「え?」 ロアネは意外そうな目で僕を見る。僕は、その寂しさを共有した身として、軽く彼女を抱き寄せた。 「僕はカロニアの大学に行く。けれどそこで何を見つけられるか分からないんだ。学問は好きだよ。でも、それだけで食っていけるほど学問ができるわけじゃない、きっと僕より優れたひとがいる。僕は、僕であることを許されていたいんだ」 その言の葉が彼女に理解されたかどうかは分かりかねたが、それは僕自身に向けた言葉であったから、ただそれでよかった。彼女には、同じ空隙を抱えた身であることを知ってもらえれば、それだけでよかったんだ。 「エスクさんは、また、私のところにきてくださるかしら?」 彼女はそう囁いた。その言葉が、胸に痛かった。 「僕は偶然、旅の途中にこの宿に泊まって、偶然君と一夜を共にしただけだよ。一夜を共にしただけの相手のために、また来るとは思えない」 残酷だ、と我ながら思う。けれど安易に嘘を吐くよりは、それは優しいように僕には思われた。 彼女はどんな反応をするだろうか。残念がるだろうか。悲しむだろうか。 「……ふふ」 そうした予想を覆して、彼女は笑った。 「だからこそ、愛のかけらを集めるように、夢のかけらを集めるように、様々な愛を求めて生きていきたいのよ」 * 「ご利用ありがとうございました。道中お気をつけて」 翌朝、目が覚めた時には彼女はもう隣にはいなかった。エーフィ特有のベルベットのような毛並みがさらに毛づやを増したこと以外、彼女の痕跡はほとんど残っていなかった。 昨日の残りのきのみパンを食べると、僕は荷物をまとめて、受付で待っていたカエンジシのご婦人に、お世話になりました、と告げた。ロアネのことを訊こうかとも思ったが、やめた。 カエンジシのご婦人は僕を出口まで見送ってくれた。僕は広場まで出た時、ロアネは見送りに来てはいないかと思い、振り返ったが、カエンジシが鬣をゆるりと風に流しながら見送っているだけだった。なぜこんなにも彼女のことが気になるのか、自分でも分からなかった。彼女と寂しさを舐めあったからなのか、久々に夜伽をしたからなのか。それは分からない。 未来のことを考えよう、と思った。僕はこれからカロニアに行く。そこで、僕は―― * エスクさんの見送りに、私は行かなかった。いつものことだ。見送りに出ると、どうにも情が移ってしまう気がして怖いのだ。誰かひとりに愛着を持ってしまえば、この仕事を続けていくことは難しい、そう思っていた。 「行ったよ、エスクさん」 カエンジシのおかみさんが戻ってきてそう言った。 「どれくらいいただけたの?」 「銀貨一枚」 「はずんでくれたじゃないの。最近はどのお客さんもしけてたから」 「よかったわ、いいひとで」 私は笑って言った。本当に、いいひとだった。乱暴に私のことを扱ったりもしなかったし、何よりもどこかうぶなところが、愛らしいものを感じさせてくれた。 「どれくらい溜まったの、お金」 「節約してるから、結構溜まってるはずです。だから、あと何年かのうちには、必ず」 「そう、よかったわ。ロアネちゃんが行ってしまうと、寂しくなるけどね」 そう。私は貯金をして、カロニアに行くことを夢見ている。こんな寂しい町に生まれて、両親を亡くしておかみさんに引き取られて、お客さんに言われるままに処女を奪われて。そんな流されるような人生じゃなくて、私は、私の人生を取り戻して見せる。 必ずカロニアに行く。そこで私は―― * 何者かに、なるんだ。 <了> あとがき [[こちらの絵>https://twitter.com/kurone0299/status/832590963205758976]]と、「エーフィは踏んでほしいポケモンだよね?」というツイッター上の発言がもとになって生まれた小説です。ツイッターって偉大だ。 土台になってるのはヘルマン・ヘッセの『デミアン』だとか言わない。 [[コメント打つのがめんどくさい人向け拍手箱>https://docs.google.com/forms/d/1_GTF_p_nxF1opRP8FSYt-Ew1yhq7cikq1PoK_i1oYRY/viewform?pli=1&edit_requested=true]] #pcomment()