#author("2025-06-15T14:18:47+00:00","","") #author("2025-06-15T15:13:58+00:00;2025-06-15T14:18:47+00:00","default:admin","Administrator") #include(第二十一回短編小説大会情報窓,notitle) * 一万円 [#vb2238f4] 爪に挟んでひらひらと。紙にしては中々に頑丈で、軽く引っ張ってみても簡単には破けなさそうな強さ。 俺の幻覚を見せる能力だろうと、これ完全に再現する事は出来ないだろうと思う精緻な絵と模様。 一万円札。 人が使う、全ての価値の元としての意味を持つ金の中で、一番の価値を持つもの。 時々小銭をかき集めて買うジュースを百本近くは買えるし、屋台のポカブのスパイス肉焼きだって満腹になる以上に買えるし、ガラス越しにじゅわじゅわと脂を垂らしながら焼いているワカシャモの丸焼きだって買える。 ……ま、使えればって話なんだが。 自販機では一万円は受け付けないし、野良の俺なんかがこんな札を人に見せようものならまず盗んだ事を疑われる。千円札ですら疑われるんだから、間違いない。 盗んだ訳じゃなくって、同じ野良から貰った訳なのだが、まあ大して変わらん事は身に染みて分かっている。 最悪見せただけで、この居心地の良い街から追い出される可能性も無きにしもあらず。 どうすっかなあ、これ。 人に化けたところでずーっと無言で会計を通すなんて、ばれる可能性もかなり高いし。 連れのルカリオなら行けるかねえ、って思うところもあったが、俺と良く一緒に居るところはもう街中の誰もが知ってるし、いかにあいつが裏表のない性格だって言っても無理だろうなあ。 あー、一万円。俺には使えるかすら怪しく、かと言って捨てるには惜し過ぎる。ひとまず隠しておこうかなと思うけれど、それもそれで見つかって盗られたら嫌だなあとなって、いつもの場所以外のどこかに隠したい。 でも万一でも濡れるような場所はダメだし、本当にどうしようかな、この一万円。 広げてみても、しわくちゃな一万円。一番高い硬貨の十倍以上の価値があるこの一万円。何で価値が高くなったら硬くてキラキラした金属からこんな薄っぺらくて頼りない紙になるのか俺には良く分からんが、一番価値があると知っていれば、硬貨よりもよっぽど目を引き付けて離さない。 一万円。 人間の何食分になるのかは分からないけれど、少なくとも一日、二日、いや三日、もしかしたら五日以上も保てる金。贅沢するにしても、多分相当なものになる金。 屋台やらの、簡単な食事を売る店。俺達だって綺麗な小銭をかき集めてきちんと身なりを整えれば売ってくれるところもあるようなものは、十回は通える金。 こぢんまりとした料理を賑やかな雰囲気で食べている人が外から見える店。まあ、そんな店に入るには確実に人と一緒の必要がある訳だし、軽く汚れを落とした程度の身なりでもダメだろうし。でも、一万円があれば金としては十分だよな? 外から内側が見えないような、見るからに金を持っている人間が入っていくレストラン。入る事は無いだろうとしても、一万円で足りるんだろうか。 一万円、一万円。一万円、一万円。 本当に……どうするかなあ、これ。 ---- あの紙を貰ってからずっとゾロアークがその紙を弄りながら上の空で過ごしている。 人気のない屋根の上で、ずーーっと悩んでいる。 俺が隣に来れば流石に気付くけれど、時々俺の方を見つめて、そして溜息を吐くばかり。 腹が減って木の実やらを持ってきても変わらないし、本当に、本当にずーーーーっとその紙を摘んで離さない。 奪い取って破ってしまえば良いかと思いながらも、多分、お金、しかもすっごい価値を持つものなんだろうとは思うから、それは流石に引ける。 でもつまらない。折角この街に来て仲良くなれたのに。この街での暮らしがとても、とっても楽しくなったのに。 そのお金にずっと心を奪われて。どれだけの価値があるのか知らないけれど、それってそんなずーーーーっと悩む程の価値があるものなのかなあ? ジュース、果物、肉焼き、どれくらい買えるものなのか、だったら何で使おうとしないのか、俺にはあんまり分からないけれど。 ……うん、決めた。 明日の朝になっても悩んでたら、その紙、奪って破って捨てよう。 ---- ルカリオが不満そうな雰囲気を段々と強くしている。 その内、行動に出そうだ。最悪俺からこの紙を奪って捨ててしまいそうな。 まあ、それでも良いかなと思わなくもないのだけれど、やっぱりきちんと使いたい。 俺達みたいに人間なのに街の中で家を持たずに暮らしている人間なら、渡したらある程度察してくれるかな、とかも思ったけれど、奪われたとしたら俺達に出来る事も限られてるんだよな。ボコったらそれが如何に俺達の方が悪くなくても、追われるのは俺達の方になる訳だし。 ルカリオのその良い人間と悪い人間を見分けるような目があれば出来そうだろうなーって思ったりもするんだが、そもそもそこ辺り察して貰うのも、ちょっと出来なさそうだし。 頭が悪いって訳じゃないけれど、人間社会ってものの複雑さにまだ追いつけていねえんだよな、こいつ。 ルカリオに一万円の価値を教えたら、どう反応するだろうか? いやー、俺達がそんなものを持っている事を怪しまれる事すら分からずに使おう使おうと言って聞かなくなる可能性。 ルカリオを見る。すっごい不満そうな顔。そろそろ眉間に皺が寄ってきそうな。犬歯が剥き出しになりそうな。 ……少し、歩くか。 ただこんな場所でぼーっと考えてるより、何か思いつくかもしれないし。 ゾロアークという幻覚を見せる、言ってしまえば騙す事に長けた種族でも、ルカリオと一緒に歩いていれば、敵意までは飛んでこない。 一緒に居る事が長くなってくれば、多分、俺が俺だけで歩いていてもそんな変な目で見られる事まではなくなってくるだろう。 本当にルカリオさまさま、ルカリオ様。貴方様が居なければ未だに私は残飯を漁る事もある、ひもじい暮らしをしていた事でしょう。 昼がぼちぼちと過ぎてきた時間帯。 人の活気もあるけれど、まったりとした雰囲気もある。屋外のテーブルで甘い匂いを醸しながら、ふわっふわのケーキを食べる人間。カップにはコーヒーとやらから放たれる、特徴的な匂い。その、何と言うか物を燻したような匂い自体は嗅いでても良いんだが、缶で飲んでみたら……甘いようで体がふわふわするような感じもしてきて……うん、俺には合わなかった。 きちっとした身なりをして、電話とやらをしている人間。 「ええ、はい、え、あ、あの? 申し訳ありません、今一度確認しますが、貴方様が今回購入するのは『ガラルの郷土カレー10点セットを10箱』でしたよね? …………申し訳ありません! 此度はこちらの不手際でご迷惑をお掛けしてしまい…………」 ルカリオが何故か変な目で見ていたが、それは電話が切れてから分かった。 「絶対あの客、注文間違いをこっちの不手際にしようとしてきやがった……あのクソ野郎は、ブラックリストに入れておけ、と」 ああ、口では申し訳なさを演出しておきながら、内心では怒ってたんだな、あの人間。 ルカリオが変な目で見ていた訳だ。 続いて、そんなきっちりとした、せわしない人達が多く居る区画、高いビルが立ち並ぶオフィス街とやらに足を運ぶ。 毎日、昼時になると車で飯を作る、キッチンカーとか言うものが数多くやってきて、そのせわしない人達に飯を作っているが、流石にこんな時間になればもう大半が過ぎ去っている。 ただ、昼時にそのまま行く事はしない。そのような毎日でっかいビルに篭って良く分からない仕事をしている人達は携えているポケモン達も立派なのが多く、俺達が逆立ちしようが勝てない奴ばっかりなのも珍しくない。 そんな奴等に、時折来るような子供達と似たように、仲間にしてやろうとボールを手にして寄ってこられたら逃げるしかないからだ。 それに加えて、せわしない人達は同時にきっちりもしているからか、こんな野良の俺達に飯を与えたりだとかそういう事もそこまで期待出来ない。ただ……キッチンカーの飯はとても美味く、稀に買ってくれるような人や売れ残りをくれる人が居たりするから、俺達もこういう時間帯に稀に来たりする。 ルカリオが俺の脇腹を突いて、それ、使わないの? と髪の中に隠した一万円に指を指してくる。 ……使えないんだよ、って言っても分かってないだろうしなあ。 けれど首を振っておく。 良く分からない顔をされたけれど、何らかの理由があるとは思ってくれたようだ。 ---- ゾロアークから学んだ事は沢山ある。 人の感情に関しては俺のようには見えないはずなのに、人がどういう事に重きを置いて動いているのか、という事に関してはゾロアークの方がよっぽど知っていた。 こういう場所で働く人間にはどのような振る舞いが効くのか、また粗暴な人間に舐められない為にはどのように振る舞うべきなのか、そんな事をとても細かく知っている。 ゾロアークは人間が近くに居ない時くらいしか、警戒を解かない。 俺が隣に居る時はそんな警戒も薄れるようになったけれど、それでも完全に解く事はしない。 つま先立ちで、いつでも全力疾走が出来るように。その視線は全方位をくまなく索敵する。 多分……俺と会うまでに、色んな目に遭ってきたのだと思う。俺が一緒になり始めてからも、ゾロアークにだけ嫌な目線を向けられる事は良くあった。俺には向けられた事のないような、何と言うのか……種族的な嫌いとでも言うようなもの。 だから、俺が分からない事があっても、ゾロアークが分かっているのならば、俺は気にしない事にしている。 ただ、その内俺にも分かる時がちゃんと来てほしいとも思ってはいる。 木の実をきちんと食べたから、お腹は減っていない。けれど、満腹な訳でもない。 でもこんな整った場所では、いかにも腹を空かせた様子で誰かからの恵みを期待してはいけない。 ゴミを誰もそこらに投げ捨てたりもせず、きちんと指定された場所に捨てていく。野良である俺達、ゾロアークを見てもゾロアークだからと言って変な目で見る人も居ない。そんな場所で俺達は、掃除やらの人間の手伝いをして何か見返りを貰うなんて言うような事も期待出来ない。そして同時に、いかにも腹を空かせて、一度飯を施してしまったらその後ずっと付き纏われてしまうような野良に施しを与える事もない。 貰えたら幸運。貰えなくても当たり前。そういう乾いた形で振る舞うべきである、と教わった。 段差の隅に座って、匂いを嗅いでいると、来た方向から足音が聞こえてくる。ゾロアークは一度振り向いて誰かを確認した。 隣を歩いて来たのは、さっき言っている声色と感情が逆だった人間だった。 その人間は俺達を見て、溜息。 「疲れたなぁ……」 ……何と言うか、お疲れ様? と思っていると、俺の前にしゃがみ込んで、俺の顔の前に手を伸ばしてくる。俺が何もしていないと、頬を揉まれた。 「あー……癒やされる」 続いてゾロアークにもそうしようとして、ちょっと嫌がっていたけれど、最終的に同じように揉まれていた。 それから残っていたキッチンカーにまで行って、サンドイッチを買って戻ってくる。 ……三つ。その内の二つを俺とゾロアークに渡せば、俺の隣に座り直してきた。 「給料上がらないしさぁ、その癖してクソ客の相手ばっかりさせられるしでさあ、俺、転職しようと思ってるんだよ。 でもさ、俺、これ以外の仕事した事ないしさ、休日も寝てたら大体終わってしまうし、貯金もあんまり無いし、というか酒に消えていくし。 転職しようと思ったら、その分何かしなきゃいけない訳じゃん。それだけの余裕も今の会社は与えてくれねえんだよ。俺、どうしたら良いと思う?」 半分以上言っている事が分からないのだけれど、取り敢えず耳を傾けながら、貰ったサンドイッチは食べる事にした。 しょっぱくて、辛くて、時々酸っぱくて、それでいて美味しいサンドイッチ。 ふわふわで、カリカリで、シャキシャキで、みちみちなサンドイッチ。 噛み締める度に色んな味と食感が口の中を駆け巡って、とても忙しい。とても美味しい。 「お前達は良いよなあ、なんて事言いたかないけどさ。お前達にもお前達の悩みがあるんだろうし。 でも、やっぱり、こういう時はお前達は良いよなあって思っちゃうんだよ。許してくれ」 ……人間だからと言って、それだけで幸せだとは限らないんだよな、というのはゾロアークから教わらなくても知っていた事の一つだった。 ---- サンドイッチを食べ終えると、その見るからに疲れた人間は俺達からゴミを回収して去っていった。 人になりたいかって言われると、こういうのを見ると微妙なんだよな。自分の力で叶えられる事も多分、俺の想像なんか軽く超えて来るのだろうけれど、そのためにやらなければいけない事や、耐えるべきストレスも比べ物にならなさそうで。 こうやって、言ってしまえば人の生活のお零れを軽くでも摘めていれば俺は満足出来る。 人のボールに入りたくないってのも多分そこから来ているんだよな。楽しいけれど、やらなきゃいけない事や守らなきゃいけない事が確実に増える。それって、群れの中に居るのとそんな変わんねえじゃんっていう。 一万円札を、人に見られないように取り出す。 そうなると……そもそも一万円なんて、俺にとって身の丈に合わない代物なんだろうな、うん。 街に落ちている小銭やらをせこせこ集めて自販機のジュースを買ったり、掃除とかを手伝って見返りを貰ったり、こういうお零れにありついたり。 その位が、街でただ暮らしているだけの、人間の煩わしさまでを嫌う俺には丁度良いって事なんだろう。 ただ……でもなあ、だからと言ってポイッと捨てるのもなあ、っていう。 そうやってまた一万円札を爪でひらひらとさせていると、ルカリオがジト目で見てきた。 うん、今日中にはどうにかするからそんな目で見ないでくれ。 最後のキッチンカーがこの場所を去るまでのんびりと過ごしてから、オフィス街からまた別の場所に足を運ぶ。 もうそろそろ人間の子供達が、学校が終わって活発に動き始める時間帯になる。 俺達は良く狙われる。強いからっていうのもありそうだけれど、どうにも見た目っていう理由もありそうではある。 俺もか? と最初は思ったんだが、俺も、らしい。ゾロアークというだけで毛嫌いされる事もある俺も、所変われば人気になるらしい。 そんな学校の近くまで来て、ルカリオと俺は自然と体を解す。結構腹も膨れたし、そんな子供達と遊んでやろうという気持ちになるのは意志を合わせなくてもきっちり合う。 勿論、負けたらその子供の手持ちになってしまう訳でもあるのだが、今のところそこまで手強いポケモンを持つ子供は居ない。……オフィス街に務めるような親のポケモンを借りて来た時だけは注意だが。 そうしてしっかり準備を整えて、学校の近くまで行ってみるが、けれど今日はどうにも静かだった。 子供達がどこにも歩いていない。休日という訳でも無さそうだし、と不思議に思っていると、唐突に大きな歓声が学校の方から。 何だ何だと行ってみれば、いつもは閉まっている学校の門が開かれていて、その校庭の中央で、大勢の子供と、それからその親とかが集まっている中で何かをやっていた。 ---- 俺達も木の上に陣取って何をやっているのか見てみる事にすると。 中央では、人と見慣れないポケモン……多分、他の地方からやってきた人間と三匹が何かのショーをやっていた。 形作られた炎を支えにして立ち上がり、重低音でありながらも陽気に歌う、炎と……ゴーストのポケモン。 それにリズムに合わせて小刻みに踊っている水と……格闘も入っていそうなポケモン。 空中に花束を沢山投げたと思えば、それをポンポンと弾けさせ、更に大量の花びらを子供達の頭上に降らせて歓声を上げさせる、草と、多分悪が入っているポケモン。 暫くそれが続くと、人間の指揮と共に歌のテンポが変わった。先程まではどちらかと言えば静かな様子で謳っていた炎のポケモンが、派手な音調に切り替わる。 小道具が取り出されて、それをひょいひょいと手の内で回し始める。最初はボール、水のポケモンが特徴的な尾羽を派手にはためかせながら、十個もありそうな色とりどりなボールを空高く放ってどれも落とさずに回す。 草のポケモンはそんな傍らで何やらおもむろと準備をし始めて。 小さな棒を取り出したかと思えば、その中から収まるはずのない多様な花を噴き出させた。ふわりと宙に舞うそれと、そして水のポケモンが投げていたボールがパンパンと破裂し、それもまた多様な色の煙を吹き出させ、子供達からより強い歓声が上がる。 激しさは更に増す。どういう仕組みになっているのか俺には全く分からないけれど、何もない場所から今度は刃物を取り出した草のポケモンは、自らを丸い的の前に立たせて、その刃物を水のポケモンに投げ渡す。そして、的の前で草のポケモンは体を大きく広げると、また何もない場所から両手と頭の上に、花の蕾のようなものを出した。 歌が緊張感を盛り上げるように、静かに重いリズムを奏で始める。 手の内でボールを弄るように刃物をくるくると回す水のポケモン。さっきまではボールを何個同時に操っていても笑顔だったのに、今は真剣な顔をして。 やることには予想が付いたけれど、まさか、本当に? と思っていたら、草のポケモンがおもむろに的にぺったりと張り付いた。そして、的がその草のポケモンごとゆっくりと回り始める。 さっきまで歓声を上げていた子供達も、無言になっていた。気付けば俺も唾を飲んでいて、ゾロアークの方を見れば、自然と目が合っていた。 俺達は、凄いものを見ている。それは自然と共感していた。 水のポケモンが、刃物をまず一つ、的に投げた。 それは吸い込まれるように右腕の蕾に当たって、パン! と音を立てて弾けた。息を落ち着かせている内に、何故か回転する速さが上がって、けれど二本目も無事に命中させる。最後、三発目。頭の上の蕾。水のポケモンが集中し直す。より深く、そして更に回転する速さは加速する。 歌は、更に重く、低くなる。 気付けばいつから息継ぎをしていないか分からないくらいに、歌が切れる事なく続いている。 同時に、俺自身の胸の鼓動が聞こえていた。俺自身も呼吸を止めていた。 手元が狂えば最悪頭に刺さって死ぬ。いつ息を継げば良いのかすら分からなくなっている。まるで水中に居るような。 集中を終えた水のポケモンが、的を見る。くるくると回り続ける草のポケモン。表情が気になって、波動を見た。 水のポケモンはとても集中していて、草のポケモンはとてもリラックスしていた。 強い、信頼。 最後の一本が投げられた。それは、外れる事なく頭の上の蕾を突き刺した。 見世物はそれから程なくして終わった。 子供達の拍手と歓声はいつまで経っても途切れる事がないような感じで、辺りを見回してみれば、他にも色んな場所で俺達みたいな野良のポケモンやらが多くて、そこからもパチパチと拍手や歓声が聞こえてきて、俺達も自然と手を叩いていた。 けれど、凄いというよりも、あんな落ち着いた波動を見せる程に信じきれるなんて事が羨ましくて仕方がなかった。 俺達がまあ、元からそんな関係性じゃないし、一緒に行動するようになってからそもそもそこまで時間も経っていないけれど、俺達も長く付き合っていけばあんな関係性が生まれていくんだろうか? それとも……。 ---- 一万円札の使い道が決まったな。 髪から一万円札を取り出して、丁寧に折り畳む。以前、子供がやっていたように、先を尖らせて、飛びやすい形に整えて。 追い風が来た瞬間に、ひゅっ、と投げた。 ふわりと持ち上がったその一万円札は、ひょろひょろと飛んで、飛んで、人間達の頭上をも通り過ぎていく。 風向きが変わってふらふらと揺れるも、どうにかこうにかステージの上近くまで飛んでくれた後、いきなり風を失ったかのようにすとんと落ちて、沢山投げられている小銭とかの中に混じって目立たなくなった。 ……思うよりきちんと飛んでくれたな。 ルカリオが少し驚くような目で俺を見ているのに気付いた。 結局、俺には過ぎた代物だったのだし、良いものを見せて貰ったという気持ちも十分過ぎる程にあるし。 後悔はない。……多分。 一万円。ジュースなんて百回近くは買える。今日食べる事が出来たサンドイッチは十回以上多分食べられる。それより良いものだってきっと。でも、それに踊らされて一日も二日も何も出来なくなる程の価値もないのだ、きっと、多分。 後悔はない。きっと、うん、いや……そう思う事にする。そう思う事にした! 背を伸ばして、木の上から降りる。 何か、想像以上にすっきりとした気分のような気もするし、疲れて寝たいようにも、腹が減ってまた何か食べたいようにも。 ルカリオも降りてきた時。 「あ! ルカリオとゾロアーク!」 いつも俺達を捕まえようとしてくる子供の一人が叫んだ。 どうする? ルカリオと顔を合わせれば、自ずと決まる。 うん、逃げるか。 「待てー! 逃げるなー!!」 そんな声を聞きながら、学校の柵を超えて走り始める。 ルカリオと一緒に、当てもなくただ気持ち良くなる方に。 風を感じて、ひたすらに自由に。 悩みなんてない。気持ち良い。 うん、やっぱり……あの一万円札はああして良かった。あれは、俺には、俺達には必要ないものだ。 それで良い。