ポケモン小説wiki
ベノムカルテットG の変更点


#include(第五回帰ってきた変態選手権情報窓,notitle)
&size(25){ベノムカルテットG};
作者[[カナヘビ]]
作者:[[カナヘビ]]
 1
「シディル、主人が呼んでたよ」
 そう言って声をかけてきた彼に目を向けるけど、ちょっと逸らし気味になってしまう。
 私は、主人さんが作ってくれたヘドロ入りビニールプールでくつろいでいるところだった。どこからか産業排水をもらってきた主人さんは、汚い水と一緒にビニールプールに沈め、私が落ち着ける場所を設けてくれていた。
 外に置いていると迷惑になるからと、主人さんの家の部屋の1つに置かれている。ヒトはもちろん、他のポケモンからしても相当な臭いがするらしくて、この部屋に訪れる者はそんなにいない。
 目の前の彼は、数少ない訪れる者の1体だった。
「主人さんが?」
 私は聞き返す。ちらちらと彼の顔をうかがうと、彼もちょっと目を逸らし気味だった。
 この世に生を受けた時、私の目の前には主人さんがいて、隣には彼がいた。ほとんど同じタイミングに生まれたらしく、主人さんは嬉しそうに私達の頭を撫でてくれていた。撫でられる中で、隣にいる彼のことが気になり、その気持ちを持ったまま今に至っている。
「何の用かな」
 私はプールの縁を持ち、流体の体を這い出させる。足が無いし、ジャンプもできない体は、プールから出すのにちょっと苦労する。中身をこぼすと大変なことになるから、迂闊に勢いも付けられない。
「つ、つかまるか?」	                 
 彼は言うと、宙に浮いた体を少し落とし、私の手のそばまで持ってきてくれた。
 彼がいる時はいつもこう。プールから出るの結構大変だから、こうして手伝ってもらう。
「ありがとう」
 私は腕を精一杯伸ばし、彼につかまる。本当は密着したほうが彼も私も楽なんだけど、そんなの恥ずかしくてできない。不定形な体がのっぽに伸びるけど、力を入れて体をついてこさせる。
「よいしょ……。ありがとう、ディオクシン」
「あ、ああ」
 お礼を言う時も、やっぱりまともに目を見れない。彼の口元の牙や骨みたいなマークばかり、私の視界に入ってくる。
「おれもさっき、レオノーラに呼ばれてさ。主人の所にいったら、シディルと一緒に話をしたいって言ったんだ。何の用かは分からないけど、いつになく真剣な顔だった」
 そうだったんだ。それにしても、私とディオクシンと一緒に話をしたいなんて、やっぱりバトルのことなのかな。
「分かった。一緒に行ってみよう?」
 ディオクシンは頷く。
 ディオクシンと一緒にいる。それだけで、心なしか顔がほぐれてくるのが分かる。と言っても、やっぱりディオクシンのことは気になってるから、ちょっと緊張はしてしまう。ディオクシンも、口がにやけそうでにやけなくて、ちょっと硬くなってるみたい。隣の小さな顔は赤紫に染まって、小刻みに茶色っぽいガスを噴射してる。
「ああ」
 ディオクシンの返答と共に、私は部屋から出た。
 部屋の外の空気は、すっきりはしてるけどやっぱり物足りない。ヒトと過ごしてるおかげで、きれいなのもいいと思うようになってきたけど、やっぱりガスと臭気に満ちているほうが落ち着く。とどのつまり、隣にディオクシンがいるだけで安心する。
 安心できるけど、会話は弾まない。話となると、やっぱり緊張が上回って、それでも何か話をしたい気持ちがあって、それでも何も切り出せなくて。でも、一緒にいたい。
 ディオクシンはどうなんだろう。微笑んでいるのか、固まってるのか、よく分からない表情をしてる。私も、こんな顔をしてるのかな。小さい顔は満面の笑みなんだけど。
 無言で進むうちに、『Master’s room』の札が掛かった、主人さんの部屋についた。この家は結構大きくて、移動するのに結構時間がかかってしまう。そこまでの間、なんとも微妙な雰囲気が、私たちを包んでいた。
「主人さん、失礼します」
 一声かけて、腕を伸ばしてノブを回す。開いた先には、机に向かい合った主人さんの後姿があった。
「来たか」
 主人さんは椅子を回して私たちと向き直る。壊れかけたような眼鏡をかけた、若い印象のヒトが、私達の主人。
「戸は閉めてくれ。大切な話があるんだ。ああ、臭いは気にしなくていいぞ」
 主人さんはいつもこう。周りのヒトは明らかに顔をしかめているっていうのに、自分は気にならないって言う。私にとってはありがたいんだけど、少し気にしてる私としては複雑な気分。
 私は戸を閉めて、主人さんに近づいた。ディオクシンも、臭いを気にしてか、主人さんに近づくのを躊躇ってるみたい。
「さて。話は真剣だが内容は簡単だ。シディル、ディオクシン共に、コンテストに出てもらう」
「コンテスト!?」
 あまりに驚いて、つい声を出してしまった。都合よくディオクシンと声が重なって、つい口を閉じてしまう。
「俺が最近コンテストに出てるの知ってるだろ? 他のポケモンからもちょくちょく話は聞いてるはずだ。次はお前たちの番ってわけだ」
「そ、そうなんですか……」
「そ、そうなのか……」
 また、私とディオクシンの言ってることが微妙にかぶってしまった。
 驚いてはいるものの、そこまでじゃない。このヒトは少し変わり者で、バトルの時は毒タイプだけを手持ちに入れている。なぜか毒タイプが異常に好きみたいで、コンテストの体験談も、その育成済みのポケモン達からばかり聞いていた。
 毒タイプだけでコンテストに出場する主人さんのことだから、こういう話が来るかもしれない。期待していたわけじゃないけど、心の準備はしていた。でも、やっぱりちょっと驚いてしまった。
「強制はしないが、是非ともお前たちに出てほしい。ディオクシンはかっこよさコンテスト、シディルは美しさコンテストだ」
「はい?」
「え?」
 また、私とディオクシンの返事がかぶってしまう。
「ん? 嫌か?」
「えーと、その、そうじゃなくて……」
「主人、何かの間違いじゃないか? おれ達の種族、分かってるのか?」
 私が聞きたかったことを、ディオクシンが聞いてくれる。うん、何かの間違いだと思う。
「何も間違いはないぞ? マタドガスであるディオクシンにはかっこよさコンテスト、ベベトンであるシディルには、美しさコンテストに出てもらう。寸分たりとも、間違っていないぞ?」
 このヒト、何を言ってるんだろう。びっくりというより、ありえないというより、意味が分からない。ちらりとディクオクシンを見ると、その目は大きく見開かれていた。小さな顔なんか、目を見開いて、その小さな口を大きく開けている。わたしは、どんな風に驚いてるんだろう。
「嫌なら強制はしない。ただ、少なくとも俺は、お前達の魅力を引き出せると思っている。今まで、様々な毒タイプを扱ってきたが、揃いも揃って、素晴らしい魅力を発揮してくれた。それは、他の奴らからも聞いてると思う。そして、次はお前達の番ってわけだ。どうだ?」
 どうだ、って言われても。なんだか困ってしまう。コンテストに出たくないわけじゃない。主人さんを信じてないわけじゃない。なんというか、その。
 主人さんとその毒ポケモン達を除いて、わたしを見たヒトないしポケモン達は、例外なく嫌悪の表情をしていた。臭いのが好きならまだしも、そうでないヒトやポケモンが、わたしを美しいと思うことなんて、あるんだろうか。
 不安。わたしの感情を支配するのは、いいようのない不安だった。
「まあ、ゆっくり考えるといい。答えは急がない。コンテストは、いつでも開かれてるからな。部屋でゆっくり考えてくれ」
 そうさせてもらいたい。気持ちの整理がつかないし、するにしても心の準備くらいはしたい。わたしは頷いて、部屋から退散する。
「主人。おれは――」
 ディオクシンの声。彼はもう決めたみたいだったけど、戸が閉まってそれ以降は聞こえなかった。
 美しさコンテストかあ。不安しかないんだけどなあ。
「マスターからコンテストの依頼を受けたの?」
 美しく澄んだ、静かな声。目を上げると、そこにはレオノーラが浮かんでいた。
「わ、分かるの?」
「大体ね。私も、マスターからコンテストの話を受けたとき、同じように悩んでいた。あなたも、そういった表情をしていたわ」
 奥のほうにちょこっとだけトゲがあるのは、スピアーという種族上仕方ないのかもしれない。
 レオノーラは、主人さんがかっこよさコンテストを始めて制覇したポケモン。シザークロスや影分身を巧みに使い分け、メガスピアーにメガシンカして大いに盛り上がったって聞いてる。わたし的には、彼女は美しさコンテストのほうがいいと思ったんだけどね。
「それで、どのコンテストと言われたの?」
「えーと、美しさコンテスト」
「そう。はて……」
 レオノーラの翅の羽ばたきが激しくなる。両腕の先端をかちあわせ、何かを考えているようだった。
 レオノーラも、ちょっと戸惑ってるのかもしれない。種族柄、レオノーラは表情が分かりづらいけど。
「やっぱり、ダメよね?」
「ダメということはないわ。ないのだけど、しかし驚いているわ。マスターがシディルを気にかけていることは聞いていたけど、ここまでとはね」
「わ、わたしを?」
「ええ。あなたとディオクシンを」
「え!?」
 わたしとディオクシン? ひょっとして、昔からわたしが気になっているってことを、なのかな。
「くっつきそうでくっつかないあなた達を気にかけていたから。もしかしたら、あなた達の恋を応援するためのコンテストなのかもね」
「こ、恋!?」
 い、いや、その、それは、その、えと、恋、じゃなくて、あの。
「ほ、ほら! 同じ不定形なら、グラトニーが!」
「あなた、グラトニーを気にしてるの?」
「えと、違う、けど……」
 恋、かあ。わたしは、ディオクシンに恋してるのかな。
 分からない。何せ、自覚がなかったし、言われても実感がもてない。でも、否定できない。
「なら、乗っかりなさい。あなた達のその曖昧な気持ちを、はっきりさせてくれるはずよ。あなたがディオクシンをかっこいいと思い、ディオクシンがあなたを美しいと思うことで、自分の中にある気持ちに気づけるはず。私はそう思うわ」
 そう、なのかな。レオノーラの赤い目は、わたしをまっすぐ見つめている。
 レオノーラもそうだったのかな。
「レオノーラは……恋してたの?」
 考える前に、口が動いてた。
「私?」
 そう答えるレオノーラは、小さく首を傾げる。
「私は心当たりがないの。マスターのことだから、多分ユロウかシアンかどちらかと一緒にしたいんだろうけどね。でも、ユロウともシアンとも、あまり話したことがないわ。それでも、評価されることはいいことだと思って、コンテストには出たのだけどね」
 確かに、タマゴグループで言えばユロウかシアンだろう。確かに、この2体ともあまりレオノーラと話してる様子を見たことがない。ユロウはのほほんというか、惰性的というか、マイペースに対応してるし。シアンに関しては、なぜかレオノーラの前だけ妙に早口になる。もしかしたら、こっちが本命かも。
 それにしても。自分が「美しい」ということには、違和感を感じざるを得ない。
「わたしがきれいに、かあ……」
「マスターを信じなさい。あのヒトは、私達の内に秘められた魅力をきちんと引き出してくれる。少なくとも私は、そのおかげで優勝できた。大丈夫よ」
 大丈夫。そのレオノーラの言葉は、確信に満ちていた。
 そうよね。主人さんは、バトルでも全力でわたし達を助けてくれる。ダストシュートなんか結構外れるのに、当たると信じて指示してくれる。それで勝っても、あるいは負けても、主人さんはわたし達を労ってくれた。
 そんな主人さんが、ディオクシンをかっこよく、わたしをきれいにしてくれるという。信じてもいいのかもしれない。主人さんがわたしを信じてくれるなら、わたしも。
「ただ、コンテストに出るまでにはいくつかの段階を踏まないといけないわ。特に、マスターの過剰な愛撫には気をつけて」
「愛撫?」
 わたしが聞き返すと同時に、後ろの戸が開いた。心なしか、表面がてかっているようなディオクシンが、顔中を真っ赤に染めて出てきたのだった。
「デ、ディオクシン!? どうしたの!?」
 その変化ぶりに、思わず声を張り上げてしまう。ただ、ディオクシンはわたしと目を合わせてくれない。
「何でもない。その……ただ、満ちてるというか……」
「何でもないって……」
 誰がどう見てもそうは見えない。小さな顔なんて、とんでもない痛さを味わったみたいに顔が崩れ、大きく口を開けている。何か、話せないようなことでもあったのかな。もっと聞きたかったけど、それを制するようにレオノーラの腕がわたしの前に下りてきた。
「聞くものではないわ。あなたも、マスターの元に行けば分かると思う」
 何それ。何か、恥ずかしいことでもしたのかな。
「それより、シディル」
 ディオクシンが真っ赤なまま話しかけてくる。しきりにガスが出ていて、今にも爆発しそう。
「おれ、出ることにしたよ。かっこよさコンテスト」
 真っ赤にしつつも、ようやく目を合わせて、ディオクシンは言った。
 何か、変。今までのディオクシンと何か違う。彼って、こんなに目が鋭かったっけ。こんなに、体ががっしりしてたっけ。こんなに、牙が輝いていたっけ。
「おれ、自分がかっこよくないことなんて知ってる。マタドガスをかっこいいなんて思う奴なんて、どこにもいない。だからこそ、かっこよくなる。そして、その……」
 ディオクシンの言葉が続かない。何かを続けて言いたそうだけど、口がまごついて中々出てこない。小さな顔なんて、溜め息をついていた。
 とりあえず。ディオクシンがやるっていうのなら、わたしもやってみよう。わたしはベトベトンだけど、それでも女の子。きれいって言われたいし、みんなにそう思ってもらいたい。主人さんなら、それができる。
「ディオクシン、レオノーラ。わたし、主人さんに言ってくるね」
 レオノーラは小さく頷いた。ディオクシンは、まだ何か言いたそうだったけど、頷いてくれた。
 再び、ドアの向こうへ。まるで分かっていたかのように、主人さんは仁王立ちで待っていた。
「決めてくれたか?」
 主人さんの問い。
 レオノーラに押されたから。ディオクシンが出るから。きれいになりたいから。それでも、迷いがないわけじゃない。不安がないわけじゃない。もしかしたら、という気がかりが、心のどこかにある。
 その反面。周りのヒトみんなを、驚かせたい。いい意味で驚かせて、わたしをきれいと言わせたい。だから、だから。
「やらせてください」
 わたしの答えに、主人さんは大きく頷いた。わたしの前で片膝をつき、目線を合わせてくれる。
「よく言ってくれた。これから技を考えたり、ポロックを配合したりしないといけないが、まず先にやらなきゃいけないことがある」
「はい。なんですか?」
 主人さんは右手を上げて、わたしの頭に置いた。これって、撫でてくれるのかな……って、え?
「コンディションを効率よくあげるため、まずはトレーナーとポケモンの絆を深めなければならない。シディルはよく懐いてくれているが、それ以上の絆が必要だ。それこそ、友と言えるほどの絆が、な。そのために、ポケパルレを実行する」
 ポケパルレ。話には聞いたことがあった。トレーナーとポケモンが、戦闘以外で特別に絆を深めるために位置付けられた、コミュニケーションカリキュラム。義務的なものじゃないけど、ポケモンと近い関係でいたいヒトが、これを実践しているとか。
 内容は、撫でたり、ポフレをもらったり、遊んだりすること。。でも、それを、わたしにするの?
「それじゃあ、シディル。始めるぞ?」
「え?」
 ポ、ポケパルレを?
 わたしが考える間もなく。主人さんは左手も上げて、体ごとよりかかってくる。まるで抱きしめるようにわたしの体を鷲掴みし、鼻を鳴らしながら大きく息を吸い込んだのだった。
「シディル! シディル! シディル! シディルぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!! あぁああああ……ああ……あっあーっ! あぁああああああ!!! シディルシディルシディルぅううぁわぁああああ!!! あぁクンカクンカ! クンカクンカ! スーハースーハー! スーハースーハー! いい臭い。なぁ……くんくん。んはぁっ! シディルたんの紫の体をクンカクンカしたいお! クンカクンカ! あぁあ!! 間違えた! ベタベタしたいお! ベタベタ! ベタベタ! ヘドロヘドロベタベタ! ベチャベチャベタベタ……きゅんきゅんきゅい!! メガフーディン対面のシディルたんきれいだったよぅ!! あぁぁああ……あああ……あっあぁああああ!! ふぁぁあああんんっ!! ダストシュート2発決まって良かったねシディルたん! あぁあああああ! 美しい! シディルたん! 美しい! あっああぁああ! 突撃チョッキも追加されて嬉し――」
 2
 できあがったなんてものじゃなかった。
 うん、主人さんとはすごく絆が深まった。これからもずっと主人さんのポケモンでいたいし、それを曲げるつもりはない。でも、さすがに恥ずかしすぎた。
 なんというか、もう体中をいじくりまわされた感じ。腕も、体も、まんべんなく触られたし、顔なんて、目の周りとか額とか舐められてしまった。主人さん、体大丈夫かな。
 しかも、あんな至近距離で、あんなに大きく息を吸って。本当に臭くないのかな。
 心配は尽きないけど、主人さんは嬉しそうにわたしと触れ合ってくれた。色んなポフレをたくさんくれておいしかったし、バトル以上に体を使って遊んだ。なんか変な言葉を使ってたけど、わたしに対する親愛を精一杯表現してくれていた、と思う。
 それと。触れ合いが終わった後、主人さんはポロックを渡してくれた。なんか、虹色をしてて、汚いものが好きなわたしでも食べるのが躊躇ってしまった。実際は、色んな味がしておいしかったんだけど。
「シディル、大丈夫だったか?」
 主人さんの部屋を出ると、ディオクシンが待ってくれていた。不安そうというか、心配そうというか、とにかく冴えない顔で待っていた。
「ええ。わたしは大丈夫。心配しなくても大丈夫だから」
 ディオクシンが心配するのも無理はないかもしれない。主人さんに愛撫されている間、大声とまではいかなくても、ちょっと声を出してしまっていた。どんな声なのかは恥ずかしいから思い出さないけど、主人さんの愛撫が心地よかったのは間違いない。
「ディオクシンも、主人さんに色々とされたの?」
 そういえば、ディオクシンの声が聞こえてなかった気がする。部屋から一切聞こえなかったから、気になって聞いてしまっていた。
「ああ。おれはあまり声は出さなかったけどな。シディルはその……声が大きかったから、聞こえていた」
「え?」
 そういえば。ディオクシンの声はもちろん、主人さんの声も聞こえなかった。どうも主人さんの部屋、音が通りにくくなってるみたい。それでも外に聞こえたわたしの声って……。
「だ、大丈夫か?」
「えーと……ごめんなさい。あまり思い出さないで」
「あ、ああ……。分かった」
 やっぱり、意識してるのかな。ディオクシンに聞かれていたってだけで、すごく恥ずかしい。なんだか頭が沸騰してるみたいで、いつも以上にディオクシンをまともに見れなかった。
 そんなわたしの気持ちを察してくれたのか。ディオクシンはそれ以上何も言わず、そっと離れてくれた。
 そして、わたしは1体残る。本当にもう、恥ずかしい。
 気持ちを切り替えなきゃ。
 主人さんの話によると、わたしはこれから、技を新しく覚えなおしたり、ポロックを食べたりしないといけないみたい。他にも何かあるようだったけど、今回は話してくれなかった。時が来たら分かるみたいなこと言ってた気がするけど……。
 とにもかくにも。初めてのコンテストの出場だし、主人さんを信じてるとはいえ、やっぱり不安は拭えない。この家には、コンテストを経験したポケモンはいっぱいいるし、色々アドバイスももらいたい。
「ちょうど話に出てきたし……」
 レオノーラが話してた、シアンとユロウ。シアンはまだコンテストには出てないけど、ユロウは出てたはず。色んなポケモンからアドバイスをもらいたいって思ったけど、最初は彼にしようかな。
 考えているうちに赤くなった顔もなんとかおさまってきたみたい。気持ちが落ち着いたわたしは、ユロウの部屋へと体を進めていた。
 わたし達の部屋は、アパートのマンションみたいに隣り合わせになって連なっている。種族ごとに部屋の大きさは微妙に違うし、相部屋になっていることもある。そういえば、ユロウとシアンは相部屋だったっけ。
 そんなに時間がかからず、『Yullow&Cian』の札が掛かった部屋に着く。普通にノックしても、ベチャベチャしてまともに鳴らないから、瓦割りのエネルギーをちょっと纏って戸を叩いた。
「どぞー」
 のらりくらりとした返答があったところで、わたしは戸を開けた。
 わたしの部屋とは違ってヘドロ1つないきれいな部屋。かなり大型のランニングマシンが隅に置かれていて、部屋の中央にはペンドラーが寝そべっていた。
「あ! シディルさん!」
 ペンドラーとは違う方向から、かなり甲高くて元気いっぱいな声が聞こえてきた。大きい目を輝かせたモルフォンが、わたしをまっすぐ見据えていた。
「シディルさん、てえーい!」
 モルフォンは翅を大きく動かし、微量な風を一瞬発生させた。
 え?
 な、なにこれ。モルフォン、つまり、シアンがまともに見れないっていうか、恥ずかしいっていうか、えーと、どうせなら一線を――
「こらシアン。せめて断りくらいは入れろよ」
 無気力でローテンポな声と同時に、いつのまにかペンドラー、すなわちユロウがわたしの正面に立っていた。その見上げるような巨体に似合わない小さな口に、もごもごとメンタルハーブをくわえていた。
「あ、ごめん! ごめんねシディルさん! 大丈夫?」
 なんとか、大丈夫みたい。なんかさっき、とんでもないことを考えた気がするけど、忘れよう。
「シアン、さっきの何?」
 思わず聞いてしまう。
「あれ? メロメロだよ! 主人が技マシンで覚えさせてくれたんだ! ぼくね、可愛さコンテストに出してもらうんだ!」
「本当!?」
 シアンは翅をばたつかせて喜んでいる。レオノーラと同じく表情は分かりづらいけど、シアンは感情表現が多いから分かりやすい。
 それにしても、かわいさ、ねえ。確かに、シアンは見た目がかわいいから、ふさわしいかもしれない。
「うん、そうなんだ! あ、もしかしてシディルさんもコンテストに出してもらうの?」
「ええ。美しさコンテストに出るの」
「ホント!? じゃあ、一緒に頑張ろうよ!」
 シアンは、私の部門を聞いても驚かない。精神年齢的にも、もう子供じゃないはずだけど、シアンはいつまでも無邪気だった。
「そうか、シディルもコンテストに出るんだ。おめでとう。頑張ってよ」
 ユロウも横から無気力に言ってくれた。
 わたしはユロウのバトルもコンテストも見たことがないけど、話は聞いている。主人さんのポケモンとして最前線で戦っているポケモンで、その巨体に似合わない速度と身軽さで敵を翻弄し、回避主体の戦闘で相手を圧倒するらしい。コンテストでも、レオノーラみたいなメガシンカはないけど、その無気力な第一印象と、対照的なキレのありすぎる技や動きのギャップで、かっこよさコンテストではダントツで優勝したって聞いてる。
 ペンドラーという種族は、ヒトに可愛いとかかっこいいとか言われて結構人気なポケモン。もともとのかっこよさもあるのだけど、ユロウの場合は、それをおくびにも出さず、周囲に振りまく無気力な魅力が、かっこよさを引き立てているのかもしれない。
「近くで見たら、確かにきれいだね」
「きゃっ!」
 考え込んでいると、ユロウはその大きな鎌首をわたしの真ん前に下ろして凝視していた。気づくのが遅れて、つい声を上げてしまう。
「ヘドロで波打つえくぼとか。時々泡立つ眉間とか。そのスラリとした左手とか。うん、主人の判断は正しいね」
「ゆ、ユロウ!」
 な、何言ってるの彼! そんなストレートに言えることじゃないはずなのに、表情全然変えなくて、変わらない無気力な目でわたしを見てくる。ディオクシンとはまた違った意味で、恥ずかしくてしょうがない。
「ほんとだ。そう見えるね、うん」
 ちょっと恥ずかしそうに言うシアンの言葉も、わたしにとっては恥ずかしさを増やす追い打ちになってしまう。
「多分、まだ美しさは上がると思うよ。それにつれて、シディルはきれいになっていくはずだ。それとともに、シディルは自分のいい所を生かして、コンテストに臨めばいいと思う」
 あまり抑揚のないユロウのアドバイス。なるほど、確かにそれは……って。
「な、なんでわたしが、アドバイスもらいたがってたこと分かったの?」
 思わず聞いてしまう。
「ん? 分かってた? 別にそんなつもりはないなー。 シディルを見て、勝手に意見が出ただけだよ。君がきれいなのは事実だし、それをきちんと魅せてもらいたかったし。それだけだ」
「そ、そうなんだ……」
 自然に意見が出る。こういう、自覚のない心優しさも、ユロウのかっこよさの1つなんだろう。
「ぼくもね、ユロウにアドバイスもらってたんだ。本当は、同じ可愛さコンテストにでてるポケモンに聞きたいんだけど……。2体とも女の子だから、聞きづらくて……」
 わたしにはきれいって言ったのに、そういうことを聞くのは恥ずかしいなんて。
 と言っても、可愛さコンテストにでたモロバレルの子は――ちょっと名前は度忘れしちゃったけど――故郷の島に里帰りしてるから聞けないし。ベノミンはドラミドロの女の子なんだけど、やっぱり聞きにくいみたい。
「可愛さコンテストでいっぱい活躍して、一番になるんだ! そして、レオノーラを……!」
 シアンは顔を真っ赤にして言葉を止めた。大きな眼球があちこち向いて、今にも翅が止まりそう。
「レオノーラのこと、好きなの?」
「う……うん」
 わたしの問いに、シアンは素直に答えてくれる。この恥ずかしがる姿、確かに可愛い。
「ユロウにも話したんだけど……。ぼく、自分に自信がなくて……。でも、このコンテストで優勝したら、自身が持てるっていうか、勇気が出るっていうか……。ぼく、優勝したら、レオノーラに告白するんだ……」
 シアンの眼球が動きを止めて、真ん中で小刻みに震えてる。まぶたがあったら、まず間違いなくしきりにまばたきしてるに違いない。
 ユロウがシアンに目を向ける。
「そういう点では、シアンもシディルと同じかな。好きな異性のために、自分を磨く。そのために、より一層頑張れる。目標があっていいと思うよ」
 ユロウは無気力そうに言ってる。
 そういえば。ユロウは、レオノーラに対して何も思ってないのかな。シアンと同じく、ユロウもそういった気持ちを持っててもおかしくないのに。
「ねえ。ユロウは、レオノーラのことどう思ってるの?」
「俺? 別に。興味ないわけじゃないよ。レオノーラは魅力的だし、番う意思がないわけじゃない。でも、なんなんだろうね。自分から進んで、っていう風には、なぜかならないんだ。シアンが好きだって言うなら、俺は応援する。まあ、そのうちモテ期は来るさ」
 要するに、シアン以上に異性に対して奥手ってことなのかな。決めつけるわけじゃないし、ユロウが眉1つ動かさないから分からない。こういうのも、魅力だったりするのかな。
 ユロウは下ろしていた首を上げ、一瞬上を向く。次の瞬間には、大きな地響きとともに床に横たわり、敷いてあった藁に寝そべるような姿になった。
「まあ、俺達のことはあまり気にしなくていいよ。俺はやれるだけのことはやったし、シアンもやろうとしてる。それだけだ。シディルも、やれるだけのことをやるといいと思うよ。俺だけじゃなくて、たとえば同じ美しさコンテストにでたフローレンスでも、みんなアドバイスはくれると思うから、聞くといいと思うよ。ちなみに……」
 ついにユロウは、わたしと合わせていた視線を外し、どこかに目を逸らした。
「自分に自信を持つことは難しいと思う。たとえ主人を信じていても、本番になると不安は出てくると思うよ。それでも、縮こまらずに、せめて堂々としたアピールをするといいんじゃないかな。これが、俺の言えることだなー」
 縮こまらずに、堂々と、かあ。
 正直なところ、主人さんに何を言われても、ディオクシンに何を言われても、わたし自身が『ベトベトンだから』っていう劣等感は、少しはあった。まわりがどんなによく言ってくれても、悪く言われることのほうが多かったから。
 でもユロウは、それだからといって縮こまらずに、精一杯全力でアピールするようにと言ってる。自分の種族を理由に奥に引っ込むんじゃなくて、進んで前に出るようにと言ってる。
「うん。ありがとう」
 考えてみれば当たり前のこと。コンテストなんだから、自分を見せつけてなんぼのもの。そうね、わたしも、わたし自身をみんなに見せつけないといけないんだ。
「ありがとう、ユロウ」
「どういたしまして」
 ユロウはやっぱり無気力でのらりくらりと返す。
「ぼくも精一杯頑張るよ! シディルさんも頑張ろうね!」
「ええ、頑張りましょう」
 シアンは再び、誰もいない方向にメロメロの練習を始めた。
 やっぱり、こうやって仲間たちからアドバイスをもらうのはいいことね。わたしの奥に眠っていた不安をかき出して、向い合せてくれる。
 こうやってみんなの言葉を聞いていれば、なんとなく、わたしのやりかたが決まってくる気がする。もっといっぱい聞かなくちゃ。
 そう思った時には、わたしは彼らの部屋を後にしていたのだった。
 3
「美しさコンテスト? ええ、あれは最高の舞台だったわ」
 ロズレイドのフローレンスは、主人さんが美しさコンテストを初めて制覇したポケモンであり、そして唯一のポケモン。他の部門に関しては、2体以上のポケモンが制覇しているのだけど、美しさコンテストに関しては彼女だけが制覇していた。
「舞台に出た瞬間、周りが紫っぽい演出で覆われたの。まるで、あたくしの舞台を歓迎してくれてるみたいで、勝つしかないって思ったの。でも、正直勝てる気がしなかったわ。何せ、見るのも眩しいチルタリスと、どう足掻いても美しいミロカロスがいたもの。熱風を浴びせられたみたいに心が熱かったし、デンチュラを目の前にしたみたいに緊張感があったわ。負けたくなかったし、負けられなかったわ。1度、負けちゃってるしね」
 そう。フローレンスは、主人さんがコンテストそのものを初めて制覇したポケモンでもあった。でも、フローレンスは最初、マスターランクで負けを経験していた。
「ホウエン地方では有名なチルタリスの男性だったわ。彼は、本当に完璧な外見の持ち主だった。あたくしが負けて当然ね」
 その日帰ってきた主人さんの顔はよく覚えてる。悔しさ、不甲斐なさ、申し訳なさ。フローレンスに対する、そういった感情でいっぱいだった。ため息ばかりついて、悩むあまりに毒ポケモン用の食事を間違えて口に入れてしまって、病院にお世話になる騒ぎにまでなった。
 それからというもの、主人さんはポロック作りに熱中し、見た目をもっとよくするための勉強もした。その成果もあって、次に挑んだマスターランクで優勝することができた。その時の表情といったら、本当に嬉しそうで。思わずフローレンスをすごい勢いで抱きしめていた。あまりに頬ずりするものだから、旦那さんのフシギバナのバスチアンが制止に入ってたっけ。
「周りのポケモンのアピールも、それは美しいものだったわ。彼が、彼女が、アピールをするたびに観客の皆さんが盛り上がっていくの。そして……」
 フローレンスは天井を仰ぐ。もちろん空もないし、なんの模様もない。何かを思い出して、上ではない上を見てるようだった。
「盛り上がりが最高潮に達した時だったわ。あたくしは……」
 フローレンスは目を閉じる。首を振りながらゆっくり息を吐いているようだった。
「ダメ……言い表せないわ」
「え?」
 言い表せないって?
「ライブアピールって言うらしいわ。なんというか……。まるで、参加してるポケモン達が、観客たちが、すべてのヒトが、ポケモンが、世界のすべてが、あたくしを肯定してるみたいだった。いえ、そんなのじゃないわ。全然足りない。こればかりは、体験しないと分からないわね」
「そ、そんなにすごいの?」
 フローレンスは、右腕のブーケで口元を隠した。横目で見たその先には、同じ部屋に住むフシギバナが座っていた。
「ねえ、バスチアン?」
 フローレンスの問いに、バスチアンは目を逸らす。
「そうだったな。目を奪われた……そういった言葉では表現できなかったな」
「ふふっ。そういうあなたも本当に立派だったわよ」
 バスチアンは、逞しさコンテストを制覇しているポケモン。フローレンスとバスチアンは、互いに相手のコンテストを観ていたみたいだった。控えめながらお互いちらちら見つめ合って、ほのかに顔が赤い。
 わたしも、ディオクシンとこうなるのかな? ……え、ディオクシンと?
「どうしたの? 赤くなっちゃって」
 フローレンスがわたしの顔を覗き込んでいた。
「きゃっ!」
 思わず驚いて、体が流動してしまう。
「ひょっとして、ディオクシンのことでも想っていたのかしら?」
「え、なんでそれを……じゃなくて、そんなことは……」
「いいのいいの。隠さなくても分かってるから」
 いや、隠してるとかじゃなくて、あの。
 わたしの言葉を尻目に、相変わらずフローレンスは、口元をブーケで隠してこっちを見ていた。
「頑張ってね。マスターのためでもあるけど、好きな相手がいると、もっときれいになれるから。恋する女はきれいになるのよ。ねえ、バスチアン?」
 ダメだ、恥ずかしすぎてまともに前を見れない。いつもは大きく広がってる体が、心なしか縮まっているような錯覚さえしてしまう。
「ほら、そんなに固まらないで。せっかく柔らかい体してるんだから、にんまりと笑顔をなさい。きっとみんなも、ディオクシンも、その柔らかい笑顔で癒されると想うわ」
「笑顔?」
 考えたこともなかった。
 そういえば、わたしって笑顔なんてしたことあったっけ。生まれてこの方、笑った記憶というものがない。種族柄、そういったことがらが少ないというのもあるのかもしれない。バトルに勝ったときでさえ、嬉しくはあっても笑った記憶はなかった。
「でも、笑顔を作る必要はないわ。笑顔は、自然にでるもの。自然に出して、ディオクシンに惚れ直してもらいなさい」
「い、いやっ」
 ダメだ。恥ずかしすぎてまともに前を見れない……って、繰り返してる?
 これは、もう。
「え、ええ。分かった……」
 こう言うしかない。
正直、わたし自身自覚がない。気になることは気になるけど、恋してるなんて、想ってもなかった。
でも。周りが揃いも揃って同じこと言ってるし、わたしも嫌ってわけじゃない。
素直に受け止めるべきなのかもしれない。わたしが、ディオクシンのことを好きだって。ディオクシンに恋してるって。
「安心なさい。ディオクシンもあなたのことが好きだから。あなたが示してあげれば、彼もそれに応えてくれるはずよ。あなたがきれいになればなおさら、ね」
 ブーケで隠れててよく分からないけど、フローレンスは微笑んでいる気がした。わたしを応援してくれて、背中を押してくれている。ただでさえ流体で引っ込み思案なわたしの背中を、彼女は押してくれていた。
 彼女に言われて、初めて気づくなんて。でも、今はそれを嘆いている時じゃない。自分の気持ちに気付けた今、わたしはもっと頑張らなきゃならない。フローレンスの言うように、ユロウの言うように。
「とにかく。あたくしが言えるのは、きちんと恋しなさいってこと。そうすれば、素晴らしいアピールができるから」
「うん。ありがとう」
 なんだか、心が熱い。
 それは、激しく燃えるようなものじゃなくて。ヒトモシの火のように、小さく揺らめいて、ほのかに温めてくれるようなもの。自分の感情に確信が持てて、落ち着かせてくれる。
 フローレンスにちょこっと頭を下げて、わたしは彼女の部屋を後にする。戸を閉めた廊下は、しんとしていて。でも、遠くに見覚えのある影が佇んでいた。
「ディオクシン!」
 わたしの呼びかけに、ディオクシンは体をびくりとふるわせる。わたしに向けられたその顔は、いつもの暗い表情から、見る見るうちに明るくなっていった。
「シディル……!」
 これは……笑顔?
 距離をつめた彼は、長年いっしょにいるわたしでも見たことのない表情をしていた。口元はまるで三日月のように上がってて、顔なんかすごく赤い。小さい顔が赤くなっているのは何回か観たことがあったけど、ディオクシン本体の顔が赤くなってるなんて、本当に初めて見た。
 その彫りの深い笑顔は、今までの彼からは到底想像できない、黒線が何本か入りそうな渋さと、満月のような明るさを兼ね備えていた。
 ……かっこいい。さっきもちょっと思ったけど、昨日というか、さっきよりさらにかっこよくなってる気がする。
 そして、そのちょっと鋭い目で、わたしをまじまじと見てくる。あまり見られると……恥ずかしいんだけどなぁ。
「あの、シディル」
 その目とは裏腹に、やっぱり緊張した声で切り出す。
「おれのコンテスト……見ててくれないか?」
「え?」
「その……おれ。シディルが好きなんだ」
 突然の告白。体が固まってしまう。
「突然ごめん。でも、本心だ。だから、おれの姿を……コンテストの姿を見てほしい。かっこいいおれを見てほしいんだ。……その、だめか?」
 ああ。
 ディオクシンが、こんな正面からわたしに想いを伝えてくれた。
 たぶん、ディオクシンもわたしと同じように、他のポケモン達にアドバイスをもらってたんだと思う。そして、同じように、わたしとの関係を散々言われたんだと思う。
 だからこそ。こうやってわたしに、想いを伝えてくれた。あくまでもわたしの想像だけど、それでもあながち間違いはないと思う。
 拒むわけがない。そんな理由もない。
「もちろん、OKよ」
 ディオクシンが顔を上げる。赤かった顔がさらに真っ赤になって、口をもごもご動かしている。
「それは……あの、わたしもそう。わたしも、あなたが好き」
 恥ずかしい。でも、前みたいに、話すだけで目が合わせられなくなったりすることはなくなった。
 あの時は、自分の心がもやもやしてたせいか、恥ずかしさもあってまともに話せなかった。でも、今は違う。自分の気持ちに気付くことができた。だからこそ、もやもやした気持ちが晴れて、堂々と前を見て話すことができる。
「もちろん、いいわ。あなたのかっこいいところ、見てあげる。でも、その代わり。わたしのコンテストも見てくれる?」
「あ……ああ! もちろんだ!」
 ディオクシンの語気が強まる。更に晴れやかになった顔でわたしを見てくれる。うん、かっこいい。間違いない。彼は優勝する。こんなにかっこいい彼が、優勝しないはずがない。
 だから。わたしも、彼に笑顔を向けよう。フローレンスが言っていた、柔らかい笑顔で。
「頑張ってね」
 彼は、おろおろと目を動かしながらうなずいてくれた。
 4
「シディル! ディオクシン!」
 主人さんの声とともに、わたしはボールから出された。
 見えてきたのは、ヒトやポケモンでにぎわう大きな建物の前。隣にはディオクシン、振り返ると、主人さんと、空を飛んできたクロバットのハヤテナさんが飛んでいた。
「さて、シディル。おめかしだ」
 そう言って主人さんが取り出したのはアロマの瓶。主人さんの弟さんが育成しているフレフワンが調合してくれた、わたしの臭いを中和してくれるものみたい。
いくら主人さんが慣れてると言っても、周りのヒトはそうじゃない。わたしを公共に連れて行くために、こういうものを用意してくれていた。本当、感謝してもしきれない。
「さ、いくぞ。今日はディオクシンのコンテストだ」
「ディオクシン、頑張って」
 主人さんとハヤテナさんから声がかかる。ディオクシンは見るからに緊張してて、いつも半開きの口はきっと横に結ばれてて、小さい顔なんか世界の終わりみたいな顔してる。
 ここは……わたしも言うべきかな。
「ディオクシン、頑張って。わたし、見てるから」
 ディオクシンの顔が見る見る緩んで、小さいガスの塊が吐き出される。本当に緊張してるみたい。普段は、口からガスが出ることなんて滅多にないのに。
「安心しろ、ディオクシン。大丈夫だ。シディルとハヤテナもついてくれてる」
 コンテストの見学は観客席でするのが原則だけど、やっぱりヒトが圧倒的に多い。だから、ポケモンがトレーナーなしでいることはそんなにない。だから、ポケモンだけで観覧する時は、大抵複数でいるのが普通みたい。
「ハヤテナ、シディルを頼むぞ。ディオクシン、気合入れて行くぞ」
 ここに来るまでに、主人さんはあちこち飛び回って、わたし達は技教えでいろいろ技を覚えたり、技マシンで技を覚えたりしていた。その結果、わたしは対戦用の技が1つしかなくなってしまった。ディオクシンに関しては1つも無くなってしまって、正直わたしは不安で仕方ない。バトルのしすぎかな?
 主人さんが前を歩き、その後ろをわたし達がついていく。ディオクシンの顔はさえないし、今日はコンテストじゃないわたしでさえ緊張してる。それに対して、横を音もなく飛んでるハヤテナさんは平然としてる。彼女自身も賢さコンテストを制覇してるし、何度も付き添いに着てるらしいから、慣れてるんだろうな。
 建物の中に入ると、賑わいは更に大きくなった。いつも人ごみから聞こえてくるのは、技構成や能力値の配分、パーティ構成の話ばかりだった。でも今聞こえてくるのは、外見に対するほめ言葉や、最後のコンディションの調整とか、小難しい用語が一切聞こえてこないものだった。こういうところはあまり来たことがなかったから、すごく新鮮。
「シディル、ハヤテナ。観客席に行っててくれ。ディオクシンと準備をしなきゃな」
「分かったわ」
 ハヤテナさんが慣れた様子で応える。ほんと、落ち着いてて頼りになる。ここによく来ているだけじゃなくて、お母さんだからっていうのもあるのかもしれない。娘さんを育てた包容力が、こういう所でも発揮されてるみたい。加えて、毒タイプだけじゃなくて、主人さんが持ってるポケモンの中でも古株だから、やっぱりわたしよりヒトに慣れてるんだろうね」
「シディル、行きましょう。こっちよ」
 ハヤテナさんが呼びかけてくる。ディオクシンが気になってたけど、待たせちゃ悪いからついて行く。
 静かに飛ぶハヤテナさんを前に、わたしは階段を這い上がっていく。前に体重をかけながら、なんとか上っていく。この体は階段が上りにくくて、どうしても遅くなってしまう。周りの目がちょっと刺さってきた気がしたけど、思ってたほどじゃないかもしれない。刺さってたっていうか、何か別の視線に感じたかな。
 よく分からない。今まで感じたことのないタイプの視線……。
 もやもやしながら、大きな扉をくぐる。
 そこは、とても広かった。うん、広い。遥か彼方まで続いてるような観客席に囲まれるように、巨大なステージが広がっていて。ステージのバックスクリーンは、どこの席からでもはっきり見えていた。
 こんなところで、ディオクシンはアピールをするんだ……。いや、感嘆してる場合じゃない。わたしだってそうなんだから。決して他人事じゃない。
「こっちよ」
 ハヤテナさんに呼ばれて、席と席の間の狭い空間を這い進む。だいぶ席間が離れてるスペースがあって、そこには既に何体かのポケモンが場所を取っていた。
「ここにしましょう」
 ハヤテナさんが止まったから、わたしも隣に佇む。徐々に観客が集まってきて、間を待たずして会場は満席になった。
 人々の私語やざわめきで会場が埋め尽くされる中、突如、画面は暗転する。そして、バックスクリーンが点滅し、会場中が色付く。バックスクリーンが赤く光り、大きな文字が映し出される。
『かっこよさコンテスト マスターランク』
 ……え?
「マ、マスターランク!?」
「そうよ。1度、コンテストをハイパーランクまでクリアしたら、どのポケモンでもマスターランクに挑めるようになるの」
「い、いや、でも、いきなりマスターランクなんて……!」
 ハヤテナさんが説明してくれるけど、気が気でならない。だって、最高レベルのコンディションやアピールが必要なのに、それをいきなり求められるなんて。緊張しないはずがない。
 ということは、わたしもマスターランクに出場することになるのかな。そう考えると、見てるわたしもなんだか緊張してくる。体の奥で鳴る鼓動が、全身で波打ってるような感覚に陥った。
「始まるわ」
 ハヤテナさんの静かな声がかかって、わたしはやっと落ち着いた。気がつけば会場は暗くなり、かすかに入場してくる
 1人目。画面にアップで映し出されるとともに、ステージ上に光が集まる。ステージの真ん中で大儀そうに寝そべっているケッキングが雄たけびをあげ、観客からあがった。
 ……やだ。彼もけっこうかっこいい。ディオクシン、大丈夫かな?
「大丈夫。ディオクシンはあんな程度じゃないから」
 ハヤテナさんが声をかけてくれる。
 光が消えて、2人目。画面にアップで映し出されるとともに、ステージ上にヘラクロスが現れる。大きな角を振り上げ、観客は盛り上がる。
 ……やだ。さっきのケッキングほどじゃないけど、彼もかっこいい。
「来るよ」
 ハヤテナさんの声とともに、光が消えて、3人目。画面にアップで映し出されたのは、チルタリス。彼が……フローレンスが言ってたポケモンに間違いない。フローレンスの言うとおり、かっこよさ、かしこさ、かわいさ、たくましさ、うつくしさ、全てを兼ね備えているように見えたし、空に浮くために羽ばたく翼の1振り1振りも、ただ飛んでいるだけで、さっきの2体とは全然違うレベルの魅力をだしていた。実際観客達も、さっきとは打って変わって、大きな歓声でチルタリスを迎えた。
 ……嘘でしょ? 彼、すごくかっこいい。ここに来たディオクシンって、本当は場違いなんじゃないのかな。
「心配しないで」
 気がつくと、ハヤテナさんは横目でわたしをじっと見ていた。
「確かに。あのチルタリスはとても魅力的だし、とても手ごわい相手。でも、それでも問題ないわ。見てて。何をどうあがいても、ディオクシンは見た目で勝ってるから」
 本当かな?
 心配になっていると、またステージが暗転する。画面が点滅して……。
「な、なんだ?」
「あ、あれは一体」
観客席のざわめきやどよめきが一層大きくなる。
 漆黒の闇に青い光が一閃し、薄明かりとともにその姿が浮かび上がる。彼を支えるかのように眩く輝き、現れたディオクシンは……赤いバンダナを頭に巻いていた。
 な、何あれ。えーと……かっこいい。
「あれは……何が起こってるの……?」
 ハヤテナさんも目を奪われてるみたい。
 ディオクシンのバンダナは、長さが余ってて、巻かれてない布が垂れ下がっていた。その布が、鉢巻みたいになびいている。
 別に風が吹いてるわけじゃない。誰かが持ってるってわけでも当然ない。でも、ディオクシンから垂れ下がった赤い布は、間違いなくなびき、風に吹かれるようにはためいている。……なんで?
「刮目せよ! その真髄を!! 硬き拳を受け続けた体は、磐石にして落つるにあたわず! その燃える魂が通るところ、常に熱い風が吹き付ける!! 熱き風になびく万里の毒壁! マタドガス!!!」
 突如主人さんの声が会場中に響き、観客のボルテージは最高潮まであがった。何、あの口上……?
「いつものこと。別に規定されてるわけでもないし、ポイントに入るわけでもない。なのに、その自慢の大声で、よく分からない口上を叫んでる。でも……なんでなびいてるのかしら、あれ」
 ハヤテナさんが言ってるのは、やっぱりバンダナのこと。口ぶりにから察するに、ハヤテナさんも初めて見たみたい。
 会場がピンク色に染まり、画面に4体のポケモンが映し出される。他のポケモン達は、緊張してたり怠けてたりするのに、ディオクシンに関しては、出てきたときから全然表情が変わってない。いつもみたいな冴えない表情じゃなくて、かと言って、緊張してるわけでもない。それは、毅然としてて、堂々としてて。凛として、エモーショナルで、凛として。ピジョットみたいな鋭い目で、前を見据えていた。
 バックスクリーンが再び点滅し、4体のポケモンが映し出される。左から、ディオクシン、チルタリス、ケッキング、ヘラクロス。アピールの順番みたいね。
 司会の進行などもなく、コンテストは流れで進んでいく。ディオクシンより順番が後になったポケモンやヒト達は、悔しがるなんてことはなくて、むしろ奮起した様子で、ステージの端に下がっていた。
 ディオクシンはステージの真ん中に進み出る。こんなに大勢のヒトから見られているのに、ディオクシンは全然緊張してないみたい。わたしだったら確実に緊張する。
 さすがに声を抑えた主人さんが、ディオクシンに指示すると同時に、コンテストが幕を開けた。
 ディオクシンの体が震えた。時間がたつとともに彼の周囲に閃光がほとばしり、電光の環が広がる。目立っているディオクシンは、大いに張り切ってるみたいで、宙で回転しながら電撃波を放つ。そのパフォーマンスで、会場は大いに盛り上がった。
 ディオクシンが引っ込んで、次に出てくるのはチルタリス。特徴的な水色の髪形をした女の子が、コマ送りみたいなポーズを決めていた。そんな中、チルタリスは空中で宙返りをするように舞い、大きく翼を広げてアピールしている。無駄のないスタイリッシュな竜の舞は、チルタリスの調子をあげたみたいで、会場はすごく盛り上がった。
 続いて出てきたのはケッキング。本当にけだるそうにでてきた彼は、両腕をだらしなく垂らしてのそのそと歩く。でも、そんな姿や立ち振る舞いでさえかっこよく見えてしまうあたり、マスターランクのレベルの高さを感じさせられた。
 よっぽどけだるいのか、ステージの中心に来てすら寝転がってしまう。そんな状況で何をするのかと思うと、床についていない左腕を上げ、筋が見えるほど力を込めてのビルドアップ。その力強い二の腕と面倒くさそうな表情のギャップは、観客を大いに盛り上げた。
 そして、最後はヘラクロス。順番が最後になってるからか、とても張り切ってるみたいだった。充分かっこいいけど、先にアピールした3体と比べると目立ってない。その影響からか、逆境をひっくり返すかのように放った渾身の起死回生のアピールはとてもうまくいき、会場はすごく盛り上がった。
 会場の盛り上がりは最高潮に高まってる。なんだか、観客のテンションが爆発しそうで、ところどころであがる歓声が、会場のボルテージを上げていた。
「来るわ。ポイズンクアッドS」
 ハヤテナさんが囁く。
 そういえば、フローレンスが言ってたっけ。盛り上がりが最高潮になったとき、ライブアピールっていう、言葉では言い表せないことが起こったって。
 今がまさにそう。まるで、なるようになり、なるべくしてなったように、会場の盛り上がりが上がってきている。
 でも、ポイズンクアッドSって、なんなんだろう。
 1回目のアピールが終わったみたいで、また順番が変わる。順番は、直前のアピールの性向度によって決まるみたいで、結構目立っていたディオクシンは、またもや最初のアピールになっていた。チルタリスはというと、なんと最後。堅実にいってたってだけで、目立ってなかったってことはなかったんだけど。
 ともかく。二度最初になったディオクシンは、よりいっそうかっこよく見えた。原因不明になびくバンダナも、さっきにも増してはためいているように見えた。
 ディオクシンに指示する主人さんは、妙に大げさな身振りをくわえてディオクシンに指示。さっきの電撃波とは大きく変わって、黒い閃光がほとばしっていた。そのまま身を震わせて、漆黒の環が広がる。見るもかっこいいそのアピールに、会場は盛り上がる。
 このまま治まるかと思ったら、そうはならなくて。盛り上がりは止まらずに、ディオクシンに声援をかけている。最高潮まで高まったボルテージの中、ディオクシンの周りの空気が揺れて、赤やピンクに輝いて見えた。
 盛り上がり続ける空気の中、ディオクシンの周囲が地震のように揺れる。空気も、ステージも、波動に干渉されたように揺れて、彼の周囲は瞬く間に紫色へと変わった。
 所々小さく輝く白い閃光と、泡立つ毒々しい泡。まるで、閃光に突き刺された泡がはじけるかのように、次々と現れては消え、繰り返す。1つの巨大な泡が派手に破裂したところで、その衝撃波が辺りへ散り、彼のバンダナを大きくはためかせた。
 彼の周囲の色が元に戻ったところで、歓声とともにステージが感動に包まれてるみたいだった。
……だめだ。なんか、だめだ……。これが、ライブアピールなんだ。言葉が出ない。ただ、すごい。フローレンスが言葉にできないっていってたのも分かる。
「何下向いてるの?」
 ハヤテナさんが声をかけてくる。目を向けると、ハヤテナさんまで、少し好調してるみたいだった。
「えーと……。かっこよすぎて。見れないの」
「だめ。見てあげて。彼、すごく頑張ってるんだから。かっこいいのは同意するけど、それをちゃんと見ないと、意味ないわ」
 ハヤテナさんの言うとおりだ。かっこよすぎて見るのも辛いけど、ここはきちんと彼の勇士を見守ろう。
 ライブアピールの盛り上がりのせいか、その後はあまり盛り上がらなかった。盛り上がったことは間違いないんだけど、あまりにも彼の余韻がありすぎて、ヘラクロスの乱れ突きはあまりうまくいかないし、ケッキングは、なし崩し的にアピールするし、チルタリスに至っては、逆鱗という大きなアピールをしたにもかかわらず、周りを気にしてしまう始末だった。
 そうして2回目のアピールが終わって、3回目。三度ディオクシンは先頭で、チルタリスは逆鱗のかいもあってその次。さっきほどじゃないけど、会場は盛り上がりを見せていた。
「大丈夫かしら。このままだと、ちょっと危ないかも。いつも考えなしに技を決めちゃうし……」
 危ない?
 わたしには分からない。会場は結構盛り上がってるし、さっきのライブアピールもあって、状況はディオクシンに有利に見える。
 ステージに進み出たディオクシンは、また電気の環を広がらせ、電撃波を繰り出す。1回目と同じように盛り上がり、ディオクシンは張り切ってるみたいだった。
 会場は大いに盛り上がっている。これって……ライブアピールの時と同じ?
 次に出てきたのはチルタリス。ふわふわしてそうな翼をはばたかせたかと思うと、自らを押し出すかのように追い風を吹かせる。暴風ともとれるようなその風は、ステージ中の客の服や鞄を揺らさせた。
 それに続かのように。会場の盛り上がりはピークに達し、チルタリスはピンクの光と灰色の積乱雲に包まれた。
「え?」
 思わず声が出てしまう。
 光の中から解き放たれ、暗雲の中から出てきたのは、さっきよりも明らかにもふもふした外見のチルタリス。その外見とは裏腹に放たれる尖りきった覇気は、会場全体を包みこんだ。
 ……だめだ。なんか、だめだ……。
「シディル!」
 いつの間にか下を向いてたわたしに、ハヤテナさんはやれやれといった様子で声をかけてくれる。ハヤテナさんはもさっきとは打って変わり、顔が赤紫色だった。
 とりあえず顔は上げるけど、安心はできない。どう考えても派手すぎるライブアピールは、後にも影響を及ぼしてしまう。ケッキングは同じールをしてしまってがっかりされてしまうし、ヘラクロスは、最後だからって頑張って起死回生を見せていた。チルタリスほどではないけど、結構目立ったみたいだった。
 一気に空気が変わった。ディオクシンがライブアピールした直後とは違って、まるで一転攻勢にでたように、ディオクシン以外のポケモン達が輝いて見えた。ディオジュシンの表情に変わりはなかったけど、若干歯を噛みしめているのが、遠くからでも分かった。
 4回目のアピール。先頭に進み出たチルタリスは、目立っているからか、さらに張り切って、空中でアクロバティックにツバメ返し。その動きにくそうな体からは想像もできない身軽さで会場を盛り上げた。
 ディオクシンは、キレのある影分身で調子をあげている。派手にしすぎたから、慎重になっているのかもしれない。
 それに続くヘラクロスは、あまりうまくいかなかった乱れ突きをまあまあうまく成功させ、ケッキングはさすがに危機感を覚えたのか、空で振る左腕をまわしつつ、カウンターで張り切ってアピールしていた。
 そして。再び、あの時のように盛り上がる。これって……ライブアピールの時の盛り上がりよね? でも、次の順番は……チルタリス。
 チルタリスは飛び上がり、息つく間もない逆鱗でアピール。その激しいアピールは、更に会場のボルテージを上げ、またもや黒い雲が……。
 ……だめだ。なんか、だめだ……。
「さすがに3回目はないんじゃない……?」
 ハヤテナさんの呆れた声が聞こえる。でも、察してほしい。かっこいいのもあるし、見てられないっていうのもある。例えば、わたしが男性だったら見ていられたのかもしれないけど、わたしは無理。かっこよすぎて。
 でも、やっぱり見なくちゃいけない。どうにか気力を振り絞って顔を上げると、ライブアピールは終わったところで、会場は大盛り上がり。チルタリス一色で盛り上がっていた。これじゃあ、ディオクシンは……。
 変わらない。変わらず、彼はバンダナをはためかせ、目の前のことをしっかり見ていた。わたしと違って慌てふためくこともなく、淡々と。うん、かっこいい。
 会場が盛り上がる中、出てきたケッキングはなしくずしでアピール。堅実に攻撃するたくましさは、かっこよさの枠を超えて大いに盛り上がった。
 続いて、ヘラクロス。3番目に出てきた彼は、体に大きな力をため込んでいるようだった。体中に満ちたエネルギーが右腕に集約されたかと思うと、空を叩き割る轟音と共にギガインパクト。その大きすぎる衝撃に、先にアピールしたポケモンたちはびっくりしていて、さっきまでの盛り上がりが若干下がった。
 最後に、ディオクシン。主人さんは不敵に笑い、ディオクシンの頭に手を置く。よくみると、どうやら撫でてるみたいだった。
 ディオクシンはきっと前を見据え、一点に視点を絞る。その先は……わ、わたしに向けられてるんだけど……。
 大きく口を開ける。紫や白や赤といった色が弾け煌めき、大音量の破壊光線となって放たれた。破壊光線はどこに当たるでもなく、一定まで進んだところで、何条もの光となって散った。これは、先にアピールしていたポケモン達をまたも驚かせて、チルタリスなんて体をびくつかせて、かっこよさなんて微塵もなかった。会場の盛り上がりは、一気にチルタリスからディオクシンへと移り、歓声が上がった。
「なんとか大丈夫だったみたい」
 ハヤテナさんはまだ頬を赤くしながらほっと息をつく。
 彼女の言葉と同時に、ステージは暗転。全部のアピールが終わったみたい。
 暗がりの中、4体のポケモンとトレーナー達が並ぶのが微かに見える。ステージのライトが荒ぶり、バックスクリーンが点滅する。
 4体のポケモン達の絵の右からゲージみたいなものが伸びていく。最初にケッキングが止まり、次にヘラクロスで止まる。ディオクシンとチルタリスのゲージが伸びる中、先にチルタリスが止まり、ディオクシンはそれより長くなって止まった。
 これは……つまり?
「ディオクシンの勝ちね」
 ディオクシンに全部のライトが辺り、観客は歓声を上げた。でもディオクシンは、喜ぶ様子を見せることもなく、ただ、まっすぐ前を見て、いまだにバンダナをはためかせている。
 かっこいい。アピールしたポケモンはみんなかっこよかった。でも、それにも増して、いえ、それに引き立って、ディオクシンはかっこよかった。途中、ちょっと勢いが落ちた部分もあったかもしれない。でも、それらも含めて、彼はかっこよかった。
「シディル。顔が真っ赤よ」
 それは当たり前。だって、好きな彼の勇士を見れたもの。彼がかっこいいのだから、赤くなるのは仕方がない。
 アピールの余韻が治まらない中、かっこよさコンテストは幕を閉じた。
 5
「いやあ、本当に驚いた。バンダナをはめると、なぜだか急にはためきだすからな。それがもうかっこいいったらありゃしないじゃないか。ディオクシンの行くところ、常に熱い風でも吹き付けてるんだろうな」
 かっこよさコンテストから日が経って。今日はわたしがコンテストを受ける日になっていた。
 あれから、ディオクシンとちょっとだけ話をした。素直にかっこよかったって言ってあげると、彼はうつむいてありがとうって言ってくれた。隣の小さな顔は、真っ赤でデレデレだったけどね。
 今日は、ディオクシンが見てくれる日。マルノームのグラトニーも、彼の付き添いという形で一緒に来ていた。
 わたしも、頑張らないといけない。ベトベトンだって、きれいになれる。それをみんなに証明できたら、きっと、ディオクシンももっとわたしを好きになってくれる。そんな気がする。
 でも。
「あの、主人さん? 今日は、アロマはしないんですか?」
「ん? ああ、しないぞ。今日はシディル魅力を引き出すコンテストだ。臭いもまた、魅力の1つ。魅力を隠す必要なんてないだろ?」
 大丈夫なのかな。周りのポケモン達は、しぐさには出さないけど、きっと鼻には来てると思う。主人さんは、気にするなとでも言うように、頭を撫でてくれる。それに繋がるように、主人さんは青いバンダナを巻いてくれた。
「いくぞ、シディル。栄光のため、そして、ディオクシンのため。魅せてやろうぜ、ベノムカルテットG」
「え? なんですか、それ」
 また、知らない単語。ハヤテナさんも、ディオクシンのアピールの時、ポイズンクアッドSなんて言ってた気がするけど。
「アピール技だ。ライブアピールの時、ディオクシンやあのチルタリスが、けた違いにすごいアピールをしただろう? あれのことだ。彼ら自身はあまり意識はできないらしいが、ああいうときに自然とでるものらしい。それの名前がタイプごとに決まってるんだ。シディルの場合は、ベノムカルテットG。フローレンスが出したときは、それは美しかった。だから大丈夫だ、シディルも負けないくらい美しい」
 そうだったんだ。アピール技の名前。
 不安があるとか言いたいけど、もうこの際それは言わない。周りのみんなが応援してくれるし、わたしにはディオクシンがいる。例え、どんなに美しいポケモンがいても、わたしはベストを尽くすだけ。
 幕が開き、光が差し込んでくる。前にいるポケモンたちが進み、わたし達もついていく。
 「臆するなよ? どう足掻いても既に見た目で勝っている。予定調和のごとく、勝ちは確定してるんだ」
 ◇
 先に出て行ったのはサクラビス。水中のポケモンのため、大きな水槽をスタッフが押す形でステージへ。水しぶきとともに飛び上がるその美しい姿は、会場を盛り上がらせた。
「大丈夫だ。見た目で勝っている」
 次に、大きな体をくねらせながら、ミロカロスが出ていく。
 美しいポケモンといえば。その問いに、文句なしに現れるだろう、絶対的といっても過言じゃないその姿。その輝く鱗と均整な顔立ちは、会場を大いに盛り上がらせた。
「大丈夫だ。見た目ならこっちが上だ」
 どこ……いや、そうね。大丈夫。こっちが勝ってる。
 次に、ふわふわな翼をはためかせながら、あのチルタリスが出る。やっぱり不滅のアイドルのようで、出ただけで会場は歓声に包まれ、盛り上がりは最高潮に達した。
「その程度の見た目か。いくぞ、シディル。美しさってものを見せてやろう」
 主人さんは確信してる。この中では、わたしが一番美しいって。その核心は、わたし自身もその核心を得られる勇気になった。
 わたしは、進んだ。
 観客席は見ない。声も聴かない。緊張して体が固まってしまいそうで、固まるともちろん動けなくなる。薄目をあけてステージの中心にたどり着き、思い切って目を開けた。
 聞こえてきたのは……もちろん。悲鳴じゃない。歓声だった。
「な、なんだあれは!?」
「あんな美しいポケモン……見たことない!」
「なんで? なんでこんなに、ミロカロスやチルルたんがみすぼらしく見えるの!?」
「この臭いは……!! この臭さまでもが、美しさだと言うのか!?」
「ままー。あのぽけもん、すっごくきれーい」
 意識して美しく、体の奥底から、声を出す。叫ぶんじゃなくて、歌うように。
「括目せよ! その真骨頂を!! 怪しき念を受け続けた体は、その柔き硬さによって敵するにあたわず! その美しき魂が通り過ぎるところ、常に刺激的たる芳香が漂う! 汚泥に舞い散る一輪の花!! ベトベトン!!」
 まるで、桜が舞ってるみたいだった。わたしの色みたいな紫で周りは染まって、散りゆく花弁が花開いて輝くとき、会場は、限界を超えるような歓声に包まれた。
 心の奥が熱い。わたしが出ただけで、こんなに喜んでくれるなんて。お客さん1人1人の声が、心に届くみたいだった。
「やったぞ、シディル。トップバッターだ。火炎放射で頼むぞ」
 主人さんからの指示。もうやるしかない。
 他のポケモン達が下がり、ステージ上はわたしだけに。体の中にエネルギーを溜め、口から勢いよく炎を吐き出した。空気にからんで燃える炎は美しく見えたみたいで、会場は大きく森がった。
 わたしは引き下がり、次はチルタリス。まるで、後を追うかのような歌声で、会場を魅了していく。大きく気に入られた輪唱は、前のわたしのアピールよりもさらに大きな歓声を生んだ。
 次は、ミロカロス。ステージの上で派手に1回転したかと思うと、それに沿うように水の環が現れ、ミロカロスを包み込んだ。美しい環を作ったアクアリングは、会場を少し盛り上がらせた。
 次は、サクラビス。水槽で運び込まれてきて、水の上で飛び上がる。そのまま、水がついて行って……ええ!?
 ステージを覆うような津波が起こって、会場を包む。絶対に水槽では足りないような量の水は、本当に美しく見えた。
「シディル、大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫です」
 あんな大きな波が起こるものだから、本当に驚いた。体なんて飛び上がってしまって、これじゃベトベトンじゃなくたって美しくなんか見えない。チルタリスは、翼が湿って輝きがなくなってるし、ミロカロスも目を伏せていた
 そんなパフォーマンスにも驚かない観客のノルテージは、今や最高潮。確かこれって、ライブアピールができるような雰囲気じゃなかったっけ。2回目のアピール、次の順番は……進み出たのは、チルタリス。
「これはまずいかもな」
 言ってる主人さんの顔は、なぜか不敵に笑ってる。
 ゆっくり羽ばたくチルタリスの翼の動きが早まり、体が輝く。そのまま激しく光り、ピンクの光を発散させるマジカルシャイン。その強烈な光は、会場を盛り上がらせる。
 そして。そのまま、その光に包まれて……これは、あの時と同じ。そのやんごとない美しさが抑えきれなくなり、突然ステージが暗くなる。
 出てきたのは、夜空。月に向かうように飛ぶチルタリスは、その可憐な立ち振る舞いで会場を感動に包んだ。
 また、あの時と同じ。チルタリスの羽毛が心なしか増えて、より一層美しく見えた。
 会場は、一気にチルタリス一色に。盛り上がった場を狙って指示されただいもんじも、チルタリスのアピールのあとじゃ全然うまくいかない。そんな時だからか、続くミロカロスもサクラビスも、アクアテールで堅実にアピールして会場を盛り上がらせていた。
 大丈夫かな。会場を盛り上がらせていないのって、わたしだけなんだけど。
「安心しろ。最後は、お前が有終の美を飾る」
 落ち込んだわたしに気が付いた主人さんが、慰めてくれる。うん、有終の美を飾らないと。
 3回目。またもや、チルタリスが先頭に立ち、白い霧をだして身を包む。その神秘的な美しさは、会場をまた盛り上げる。その霧の中で、チルタリスが落ち着いてるのがかすかに見えた。
 チルタリスの後にきたのが、ミロカロス。さっきのチルタリスと同じく、美しい技の応酬で、会場は盛り上がっていた。これは……たぶん。
 ミロカロスは、再び体を回転させてアクアリングを作る、その美しい環が体を包んだとき、会場は大いに盛り上がる。
 ミロカロスの周囲に突如として水が現れ、それが体に集まる。包み込むように弾けあがり、頂点に達したところで霧散する。その美しさで会場は感動に包まれ、流れはミロカロスへ。
 これ、どうしたらいいんだろう。先に出たサクラビスは、高速移動で水中と空中を激しく泳ぎ、前に進み出た。その素早い動きは、次への組み合わせが期待されてるみたいだった。わたしは、火炎放射でなんとか繋いで、ちょっとは盛り上げることができた。
「ここからだ」
 主人さんは焦ってない。この逆境を、楽しんでるみたいだった。
 4回目のアピール。前に進み出たサクラビスは、水槽の中でぐるぐる回転し、ついには水槽を突き出るような大きな渦潮が発生する。その美しく回る様は。観衆の目をすごく引き付けていた。
 この渦潮は、なぜか継続的に続いていた。次に出てきたミロカロスは、本来なら気に入られて目を向けられるはずのりんしょうをしたのに、全然目を向けられない。
 これじゃあ、ね。次わたしがすることなんて。
「頼むぞ、シディル」
 わたしは進み出る。ステージの真ん中で、体を引き延ばすように、なるべく大きく伸ばして、とおせんぼう。
 主人さんの話によると、これは美しさには関係ない技みたい。だから、盛り上がらなくても気にするなって言ってた。その言葉通り、会場は盛り上がらなかったけど、何か次を期待されてるみたいで、たくさん目を向けられていた。
 なんだか。結構いきがって出てきたのはいいけど、本当に良かったのかな。こんなに目立ってなくて。始めこそ目立ってたけど、今注目されてるのは、わたし以外の3体。こんなので、本当に優勝できるのか、疑問に思えて仕方がない。
 次に出てくるのはチルタリス。どんなアピールをするのかと見ていると……一向にアピールが始まらない。よく見ると、体が大きく震えてて、目なんか見るも明らかに下に向いていた。
「しめた! 緊張してるぞ!」
 そのまま、なんのアピールもせずに、チルタリスは下がっていった。
「シディル、流れに乗ったぞ」
 どういうことだろう。
 分からないまま、最後のアピールへ、わたしは3番目。
 最初は、ミロカロス。安定して美しいアクアリング、最後だからか派手に回転して作り上げ、その身を包み込む。その美しさは、会場を大きく盛り上げる。
 次に、サクラビス。水の中から、掬いあげるようにアクアテール。飛び散った水飛沫は美しく舞い、会場の盛り上がりを最高まで上げた。
 こ、これは。
「シディル。言っただろ? 有終の美を飾るって」
 確かに言った。でも。
 こんなにうまくいくものなの? こんなに追い込まれて、追い込まれて、そして最後の最後にチャンスが来るなんて。
 でも、疑う余地はない。
 今。この瞬間。誰にも望まれて。みんなに望まれて、こうして、わたし自身を発揮できる。
 進み出る。無数にいる観客の中、ディオクシンの4つの目を見つける。
 確信した。勝てる。間違いはない。その意味を、そしてお礼の意味を込めて、わたしは彼をまっすぐ見た。
「大爆発っ!!」
 火炎放射とは比べ物にならないくらい、あまりにも大きなエネルギーが体の中に溜まっていく。核融合みたいに増幅していくエネルギーは、やがてわたしの中では収まりきらなくなって。頂点を過ぎると、とてつもない轟音と共に、エネルギーを放つ。
 対戦でもたまに使ってた技。コンテストで残った唯一の技は、わたしの最後を飾るきれいな花火となるために覚えていた。
 もう、体はボロボロ。余力はちょっとしかないけど、歓声は聞こえる。まだ、倒れてなんかいられない。まだ、残ってる。
 会場は、これまでにない盛り上がりを見せていた。さっきのとおせんぼうとの組み合わせが気に入ってもらえたみたいで、もう声が上がりすぎて何が何だか分からない。
 その上。残った余力がうずいていた。この場で出すべき技があると、うずいていた。
 正直、どうやって出したらいいのか分からない。ただ、体の中に、さっきとは違う感じで、溢れ出そうとしてるものがある。これを抵抗なく、成行きのまま、放出する。
 周りが、紫に包まれる。液体質の音とともに、いくつかの泡が発生し、青い光とともに弾ける。その光がわたしを包んで、優しい光を放ってくれる。
 その光は。サクラビスから、あるいはミロカロスから、あるいはチルタリスから来ているように感じられて。わたし4体で奏でる美しさの旋律が、会場に響き渡っているようだった。
 もう、悔いはない。ありったけの思いを込めて、体の奥底から、声を放った。
 会場は……まるで、揺れているみたいだった。
 叫ぶ声で。揺れ動く拳で。何より、現実として、目の前に伝わってくる「感動」
 わたしは。ベトベトンは。感動を与えたんだ。こんなに大勢の人々に。
「シディル、よくやった」
 そう言って頭に置いてくれた主人さんの手は、とても暖かかった。
「決まりだ。シディル、お前の優勝だ」
 紫の空気の中で、最後の1発とばかりに放たれた流星群。それは確かに観客の目を引いたけれど、歓声に飲みこまれるように燃え尽きていき、消えていった。
 ◇
 主人さんの言う通り。わたしは優勝を修め、美しさマスターリボンを手に入れることができた。会場から出るのも一苦労で、わたしのアピールに感動したというファンのヒト達が、主人さんに気持ちばかりの贈り物を渡していた。
 そんなこんなでようやく建物から出ると、そこには。
「シディル!」
 いまだに赤いバンダナをはためかせているディオクシン。顔を赤らめながらも、わたしに近寄ってくる。
「おめでとう。その……きれいだったぞ」
「ありがとう」
 ディオクシンと目が合う。もう、お互いの顔を見ることに恥ずかしさはない。だって、好きなんだから見つめあうのは当然じゃない。
 自然に、距離が縮まる。ディオクシンも、意識してかしないでか、近寄ってくる。次第に彼との距離が縮まり。
 口が、重なった。
「んむっ!?」
「むっ!?」
 意図してたわけじゃない。見つめあってたら、自然に近くなって、勝手に重なってしまった。
 いや、勝手っていうのは言い過ぎなのかな。今ここでそう望んでたわけじゃなにけど、心の奥底では、そういった流れになってることを感じてた気がする。彼より大きく空いてた口が、口づけできるくらいまで小さくなってたのが、その証拠。
 だから。びっくりしても、思わず顔を話してしまうなんてことはなかった。初めて触れる彼の唇を、静かに味わう。
「ん……」
「む……」
 正直なところ、口づけなんてしたことなかったから、いまいち勝手が分からなかった。でも、口の中に何かが押し入ってくる感覚を察したとき、なんとなく分かった。
 舌を入れるものなんだ。
 彼から伸びてきた舌を受け止めて、絡ませる。その向こうからは、彼の口から発せられるガスの臭いが微かに入ってきて。
 彼の臭いも初めて感じた。本当は発していたんだろうけど、わたしの臭いと混ざって分からなくなっていた。こうして密着することで、初めて彼を感じることができた。
 口が自然に離れる。絡まっていた舌は、濃い紫色のねっとりした橋でつながれ、真ん中から切れて落ちると、紫の煙を出してその場にとどまった。
「2体とも、バンダナがよく似合ってるな。しばらく貸しておくよ。それで、もっと愛し合えるだろう」
 主人さんは気を使ってくれたみたいだ。
 今、ディオクシンはわたしを見つめてくれている。そしてわたしも彼を見つめている。もう、恥ずかしくなんてない。わたしは、彼と向き合える。
 もう、躊躇いはない。何に関しても。彼と、本当の意味で、愛し合いたい。
 6
「シディル……」
「ディオクシン……」
 わたしの部屋。コンテストの余韻も冷めないまま、わたしとディオクシンは、自然と一緒に部屋に入っていた。悪臭漂うプールの部屋にいるのは、わたしと彼だけ。
「きれいだった。そんなわけはないんだが、チェリムが満開に開いているように、優美できれいだった。あんなきれいなもの、今まで見たことがなかった」
 真正面から顔を向けてほめてくれるディオクシンは、やっぱりかっこいい。
「ディオクシンも、すごくかっこよかった。コンテストの後に言った気がするけど、改めて言うわ。ほんと、見とれちゃった。それで、すごく心配もしたの。信じてたんだけど、勝てるかどうかだけは、やってみるまでは分からなかったし」
「おれは……別に気にしてはなかった」
 え? どういうこと?
「周りがシディルを認めてくれることは、もちろんうれしい。だが、たとえシディルがコンテストで優勝できなかったとしても、おれの気持ちは変わらなかった。シディルが魅力的なことも、きれいなことも、おれの中では変わらない。例え優勝できなくて、皆に認められなかったとしても、おれはお前が好きでい続けただろう」
 それは、わたしも同じ。例え優勝できなかったとしても、ディオクシンのことは好きだった。それは間違いない。
「ありがとう。嬉しいわ。そして……優勝したディオクシンもまた……、いえ、もっと好きよ」
「おれもだ」
 また、彼と見つめあう。ずっと、このままでいたいくらい、彼の顔は魅力的だ。
「あなたのでこぼこの体。尖った牙。三角形の目。なにもかもが、かっこいいわ」
「それは……シディルもだ。ヘドロで波打つえくぼとか。時々泡立つ眉間とか。そのスラリとした左手とか。おれも、魅力的と思う」
 あれ?
「それ、ユロウも同じこと言ってたけど……」
「あ……いや……その……」
 ディオクシンが口ごもる。
「その、すまない。ユロウに相談した時、そういったことを言えばいいとアドバイスをもらったんだ」
「なーんだ。どうりで同じだったのね。がっかり」
「い、いや! 確かにアドバイスはもらった! だが、おれも、間違いなくそう思っている。信じてくれ」
 彼は若干語気を荒げながらまじまじとわたしを見つめてくる。冗談で言ったんだけど、もうちょっとからかいたくなっちゃった。
「ほんとかな?」
 わたしは、普段上に伸ばしてる左手を倒す。彼に向け、伸ばせるだけ伸ばす。
「どう?」
 彼は、まじまじとわたしの腕を見ていた。いや、ただ見てるだけじゃないかな。腕に近づいて、見とれてるのかな
 横に移動して、拳の先から、腕の付け根まで、舐めるように見る。そのうち口を開いたかと思うと……腕を、口に含んだ。
「ディオクシン!?」
 体はびくってなったけど、手は引っ込まない。なんというか、びっくりしすぎて、とっさに反応できなかったのかな。
 腕をやさしく甘噛みしてくれる彼。一旦口を離したかと思うと、その奥から舌が出てきて、触れる。
 ディオクシンは何も言わないまま、まるで皿に残ったソースでも舐めるように、粘っこく舐めてくる。それは、わたしのヘドロをかきとるでもなく、わたしの体そのものを舐めてくれていた。腕の付け根から、拳へ。拳から、腕の付け根へ。時折垂れる彼の唾液は、腕を伝ってヘドロと融合し、黒っぽい紫になって落ちる。わたしはわたしで、くすぐったいやら、温かいやら、恥ずかしいやらで、色んな感情で忙しかった。
「ふう……」
 ひとしきり舐めた彼は、何かを食べたように満足げな息を吐き、わたしに目を向けた。
「この、サーナイトのように細い腕。食べてしまいたいくらいだ」
「ちょっと……。嬉しいけど、さすがに無理がないかな?」
「ない。タマゴグループは同じだ。ただ、色が違うだけだ。しかも、あっちは白だが、こっちは紫だ。どちらがいいか、言うまでもない」
「もう」
 まさか、舐められるなんて。腕を引っ込めて改めて彼の顔を見ると、さすがに赤くなっていた。小さい顔なんて、よだれだらだらだ。
「次は、何を舐めたらいい?」
 ディオクシンが聞いてくる。彼ってば、今までじゃ考えられないくらい大胆で積極的。また舐めたいなんて。
 じゃあ。
「わたしの……口がいいな」
 ディオクシンはうなずくと、何のためらいもなく近づいてきて、わたしと口を重ねた。
 い、いや。もうちょっとムードとか、躊躇いとか、色々あってもいいんじゃないかな。
 でも、それを言うことはしない。あったほうがいいのは確かだけど、そもそも恋愛なんてしたことない。ムードとかそういうものは不慣れだし、何よりよく分からない。変に恥ずかしがってよもよもされるよりも、こうしてさっぱり攻めてくれたほうが、ありがたいのかもしれない。
「んむふう……ぺふ……」
「む……むふ……んむふ」
 外でしたのと比べても、とても激しく動く彼の舌。強引に押し入ってきては、口の中をぐるぐる舐めまわされて。一方的に攻められたかと思うと、舌を器用に使ってわたしを引き入れ、暗黙に口内の愛撫を要求する。そうなると、もって生まれたこの大きな舌が、彼の口を支配する。彼がやったように、強引に押し入って、舐めまわして。攻め合いが終わると、互いにいたわるように舌を舐めあって、口が離れる。
「もう……口づけの仕方なんて、どこで覚えたの?」
「覚えてたわけじゃない。思いつく限りやってみたんだ」
 彼の顔は、もう紫の面影がないんじゃないかってくらいに赤かった。たぶん、わたしもそう。炎技や爆発するときとは比べ物にならないくらい、熱くて、高ぶっていた。
「シディル……」
 ディオクシンが呼びかけてくる。たぶん、ディオクシンもわたしと同じくらい熱いんだと思う。高ぶっていて、でも高ぶりすぎちゃいけない。目の前にいるわたしという存在を、至近距離から、理性をもって見てくれていた。
 ただ。理性を持ちすぎているのか、言葉が続かない。彼が言いたいことは、おおよそ予想がつく。いや、予想というか。わたしとしては、そうであってほしいと思っていた。
 だから。
「……繋がる?」
 シンプルな問い。彼の顔は、まるでマグマだ。そして、わたしも、煮えたぎるマグマになっているに違いなかった。隣の小さな顔なんか、失神してだらしない表情をしていた。
「つな……がり……たい」
 彼の答えに、思わず両腕が出てしまう。彼を鷲掴みして、思わずまた口を重ねてしまった。
 嬉しかった。彼がわたしを好きだって言ってくれているのは知っていた。そして、わたしとそれ以上の関係になることを承諾してくれた。それが、あまりにも嬉しくて。
「のも……シディ……」
「ディオク……んっむ」
 彼に攻める隙は与えさせないなんたって、嬉しいんだから。思うがまま、彼の舌を、歯を、口を、味わい尽くす。
「ん……!?」
 体に感じる違和感。まるで、何かを突き付けられたような、そんな感覚。
 口付けをやめて、彼の口を離すと。
「シディル……あまり、見ないでくれるか?」
 それは、なんとも立派だった。ほかの男性のものを見たことがないけど、いや、だからこそ大きく見えた。ガスに腐食されたかのように、赤紫色の、毒々しい色。部屋に元から漂う臭いとも相まって、それはとても魅力的に見えた。これ、どこにしまわれてたんだろう?
 おいしそう。
「シディル……!?」
 いつの間にか。彼を掴んだまま、それをくわえていた。
「う……あ……」
 それは、固くはなく、柔らかいけど、でも固いっていう、不思議な食感をしていた。さすがに噛むと痛いだろうから、そうはせず。舌で、そして体中をうならして、わたしの口を流動させて、口全体で彼自身を舐める。
 今まで、口に入れたことのない味。苦くて、
 ディオクシンは、白目をむかんばかりに悶絶していて。荒く大きな息を吐きつつも、なびき続けるバンダナはやっぱりかっこいい。
「シディル……!」
 呼吸がはやくなって、中で彼自身が脈動を始める。これは……うん。
 暴れかけたそれを、口からそっと出す。息が上がったディオクシンは、物欲しげにわたしを見てくる。
「何か言うことは?」
 聞く。もっと彼をいじらしくしたかったし、もっと楽しみたかった。だから、彼がよがる寸前に、こうして止める。
 デシオクシンは息荒く。顔にまともにあたる吐息は、ガスの臭いがして熱かった。
「舐めさせてくれないか?」
 ……え?
 思ってたこととは違う返答に、戸惑ってしまう。
「おれも……同じ場所を舐めたい」
 同じ場所。それは、ディオクシンが持っているような、立派なそれじゃない。彼を受け入れ、タマゴを生むための器官のこと。
 まさか、攻めてる途中で、彼から逆に攻めの申し出があるなんて。
「ふふっ」
「な、何がおかしいんだよ」
 思わず笑ってしまった。彼って、意外とと強気な面もあったんだ。
 躊躇いはないけど、でも恥ずかしい。そして、戸惑いや疑問もある。ヒトみたいに服を見てるわけでもないけど、誰にも見せたことのない、わたしに秘密の部分。
「いいわ。でも……ちゃんと舐められる?」
「もちろんだ」
「そう。じゃあ、1つ聞いていい? どこにあると思う?」
「どこにって……どういうことだ?」
「あのね……わたし、自分でも知らないの」
「何?」
 ベトベトンは、ポケモンの中でもメタモンと競えるくらいに不定形。高いところから頭から落ちたって、何事もなかったかのように元に戻れる。目や口、手の位置は決まってるけど、正直それ以外の場所なんて気にしたことがなかった。だから、どこにあるのか、どんな形をしているのか、わたし自身も知らない。
「分かった……探し出して、舐める」
「どうやって探すの?」
「かたくなってくれ。そして、横になってくれ」
 小さいころに覚えた技、かたくなる。技としての機能はないけど、昔覚えたこともあり、防御が上がらない程度にかたくなることはできた。
 それにしても、かたくなる。わたし以外のポケモンだったら、それこそ無防備な、あられもない姿になろうとしている。でも、それは関係ない。
「分かったわ。……お願いね?」
 両腕を彼から離して、垂れさせる。体を構成するヘドロを密着させ、徐々に流体性をなくしていく。まるで縮こまるように固くなる寸前、粘土のような音を立てて、わたしの体が横倒しになった。
 まるで、縦に伸ばした達磨みたいになってるんだろう。地面に付いていた下は真っ平らで、その向こうから、ディオクシンが見ていた。
「舐めるぞ……?」
 言うと、下部の端、体との境目から味わい始めた。
 円を描くように、段々と中心へ。固くなってるから、あまり感触は感じられなかった。それでも、優しく、労わりながら、くすぐるように、渦を描くように。
 中心に近づくにつれて、円が小さくなってくる。彼もまた、舐めながらも、慎重に探してくれているようだった。
 その愛撫は、中心にたどり着く。
「あっ……」
 思わず声が出た。
「ここだな」
 言うや否や、彼は舌先を付、掘り出すように舐めてきたのだった。
「ひあ……あっ……」
 今まで、感じたことのない感触。表面でもなく、内側でもない。まるで、わたしにも確かな肉体があるかのように、違和感を感じるほどに個体的だった。それはたぶん、舌とか、目とか、そういったものと同じ作り。でも、役割は全然違う。
 彼が舐めることで、ヘドロではないわたしの肉体に、直接的に干渉してくる感覚。ぬくもり、湿り気、吐息、舌使い。慣らすように舐めて、奥へと入ってくる。
「……すごいな」
 ディオクシンが言ってるけど、正直わたしにはわからない。どんな形をしているのか、どんな色をしているのか。彼の驚きに共感できなくて、歯がゆくなる。
「すごいって……何が?」
「きれいなんだ。シディルと同じく、ここも。それに、中から液体が出てきてて、そそる」
「もう……」
 急に恥ずかしくなってきた。もうお互いにさんざん、きれいとかかっこいいとか言い合ったはずなのに、ここにきて羞恥心が芽生えるなんて。
 体のむこうから、ディオクシンが覗いてくる。
「……その、シディル。……いいか?」
 曖昧な問い。さっきまでのわたしなら、また意地悪してたんだろう。
 でも。今は、恥ずかしさと不足感が、感情を埋め尽くしている。早く、彼に満たしてほしかった。
 だから、その問いに、単純に答える。
「いいわ。……優しくしてね?」
 ディオクシンは頷く。
 口に含んでから、いっこうに勢いが衰えない彼のそれ。視界から消えたと思うと、敏感な場所に、その先端が宛がわれたことを感じた。
「ぐ……」
「ひ……」
 掘られているというか、抉られているというか。大きなそれが侵入してきて、痛覚とともに体を突き刺す。
「我慢してくれ……」
 痛そうな顔をしてしまってたのかな。気を遣いながら、ディオクシンは侵入を続ける、
 狭いところに大きなものが入り、こじ開けていく感覚。それは、一点まで達して停止した。
「うあ……全部……入ったぞ。大丈夫か……?」
「うん。大丈夫」
 正直、こんな体だから、行為の痛さなんて治したことないと思ってた。でもそんなことはなくて、やっぱり初めては痛かった。それでも、ディオクシンは気を使って、わたしを労わってくれた。
「動くぞ……?」
「うん……」
 後退し、また前進する。感覚と、体の端にちょっとだけ見えるディオクシンの動きが、それをしらせてくれる。宙に浮く彼は、わたしの中でも円を描くように。奥だけじゃなくて、周りの壁も突き刺すように、動いていた。
 でも。わたしからは、ほぼ何も見えない。彼が動くたび、わたしの中から出てるらしい液体と、わたしの体、そして、彼の立派なガス管がぶつかりあって、粘り気のある水音が響いている。でも、それ以外は見えない。音と、段々と体を回ってきた快感はあっても、それが実際にどうなってるのかは分からなかった。
「シディル……!」
 彼の動きがだんだんと速くなっている。その顔すらもまともに見えない。
「ちょっ……ディオクシン……」
呼びかけたけど、彼には届かない。体を動かし続けて、わたしと自分に快感を与えている。
気持ちいいことは間違いない。でも、物足りなかった。
「ぐっ……!」
 息の詰まったような声とともに、彼のストロークは停止する。荒く息遣いとともに、彼自身の感覚が、引き抜かれていく。
「はあ……はあ……」
 彼は息があがってるみたいだった。疲れてるみたいだけど、それでも。物足りない。
「ディオクシン」
 かたくなるを解除して、体を流体へ。見ると、彼のガス管は縮んでいるところで、今にもしまいこまれてしまいそうだった。ちょこっと白い液体がついていて、それがまた扇情的だった。
「何……だ」
 小さくなりかけた彼のガス管を、包み込むように掴む。
「物足りないの。その……だから、もう1回、お願い?」
「な……」
 両手で掴むと、完全に見えなくなる。そのまま、手前へ。赤紫がちょっと見えたと思うと、今度は奥へ。ディオクシンがやっていた上下運動を、今度は私の手で。
「シデイル……!」
 苦しそうに顔をゆがめながらも、悦に浸るディオクシン、感じてきたのか、手の中のそれは段々と大きくなって、手だけでは掴めなくなる。1度離し、今度は根本を掴んで、両腕で彼のガス管を包み込む。まるまるとしたわたしの腕の中では、微かにそれがびくついていた。
 その形で、また動かす。手の中も、腕の中も、べったりと彼に張り付けて、うねらせて、全体を撫でまわすように動かす。時折びくつくガス管は、下の穴と勘違いしているようだった。
「くあ……っ」
 喘ぐディオクシン。腕を加速させ、しごく速度を速めていく。
 ディオクシンは、真っ赤だった。それは。行為そのものからか、あるいはわたしからのものか、それは分からない。荒い息遣いの中、視点の定まらない目で、どこかを見ている。
「シディル……!! で……、で……!」
「え?」
 ちょっと反応が遅れて、根元まで手を持って行ってしまう。直後、腕の中で、ガス管が大いに荒ぶった。恐る恐る引き抜いてみると、ガス管の先端を、白い液体が滴っていた。
 腕を広げようとすると、なんだか広げづらい。彼の中からでた白いそれが、腕の内側に万遍なく撒かれているようだった。粘性のあるそれは、わたしの両腕の間に、蜘蛛の巣のように橋を造る。口づけの時の橋とは比べ物にならない。
「ごめんなさい。大丈夫?」
「ぐ……。大丈夫、だ」
 言いながらも、彼は苦しそうだった。ガス管はまたもや勢いをなくし、小さくなっていく。息絶え絶えながらも、彼はわたしを見ていた。
「シディル……もう1度、頼めるか?」
「え? な、何を?」
「そ、その……。手で、しごいてくれ……」
 なんてはっきり言うんだろう。そして、やっぱり恥ずかしかったみたいで、紫の要素がないんじゃないかっていうくらい真っ赤だった。
「でも、この手よ? いいの?」
「そのほうが……掻き立てられる。頼む。そして最後に……シディルを気持ち良くさせる」
「ふふっ。分かったわ。じゃあ、お願いね」
 再び、彼のガス管を掴む。白い液で色づいた腕の中に、それを吸収していく。
 今度は聞き逃さないように。ゆっくりと、丁寧に動かす。白い液の影響もあって、さっきより滑らかに動く。
 ただ、彼のガス管は中々大きくならない。彼は苦しそうに息をあげていて、このまま続けていていいのかと心配してしまうほど。
 でも。さっきよりは勢いはないけど、また徐々に大きくなってきた。いたわるように上下に動かして、ガス管の肥大化を補助する。
「も、もういい。大丈夫だ……」
 言われて離してみると、さっき撒かれた白い液が、さっきよりちょっと粘性を増して橋になっていた。彼のガス管にもまとわりついて、それがまた、新たな臭いを発生させる。
「じゃ、じゃあ、また固く……」
「いや、必要ない」
「え? なんで?」
「場所は大体分かった。そのままのほうがいい」
 大きくなったガス管を携えて、彼は近づいてくる。
 本当に大丈夫なのかな。でも、彼が言うんだから、それに従ってあげるべきね。
「分かったわ。じゃあ、わたしにできることない?」
「……体を持ってくれ」
 ディオクシンに言われた通り、体を持ってあげる。両サイドから掴んで、三度至近距離に。
 高度が下がる。ガス管の先端を、わたしの体の接地面へと向ける。地面に沿うように、わたしの下に入り込んでくる。
 気が付けば、もうゼロ距離も同然。そんな状況で、ディオクシンは停止した。
「見つけた。その……大丈夫か?」
「何言ってるの? 大丈夫よ」
「分かった……」
 ディオクシンは言うと、口を重ねてくる。そうして進行すると同時に、彼の先端が、わたしの中に入る。
 口が離れた。
「いくぞ……」
「ええ……」
 さっきと違って、わたしの入口は彼の方向に対して垂直になってるはず。入れにくいと思うんだけど。
 そう思ってると。ちょこっと入ったガス管を少し前へ動かしたと思うと、彼の体が、一気に前進してきた。
「くっ!」
「ひゃああっ!」
 大きく突かれると同時に、脳天を貫く快感。不定形の体が飛び上がって、力が抜けてしまう。
「シディル……!」
 落ち着いてみると、わたしの体が、すごく縮まっていた。今度は縦長じゃなくて、薄く引き伸ばすように。ディオクシンのガス管の動きで、形のあるポケモンでいう、仰向けのような感覚になっていた。
「掴んでいてくれよ……? 動くぞ」
「ええ。お願い」
 わたしの手の中で、わたしの体の中で、ディオクシンは上下する。
 その感覚は、まるで全身を突かれるよう。体の中を。腕を。口を。目を。頭を。下から上まで貫通するメガホーンのように、わたしのからだ全体が突き動いていた。
「ひあん! ひゃっ、はあ!」
「くう……!」
 彼が突くたびに、息が漏れる。息がかかる。彼が突くたびに、体を快感が貫く。体中のヘドロが波打って、飛び跳ねて、飛沫となって周りに散っている。
 わたしも、体を脈動させる。ガス管のある箇所を基準に、全身で彼に快感を与える。
 部屋には、何とも判別がつかない水音が、かなりの音量で鳴り響いていた。彼の汗なのか、彼が出した白い液体なのか、わたしの体なのか、体の中からあふれ出てくる液体なのか、どれだかは分からない。いくつもの水音が重なって、まるで音楽を奏でているようだった。
「ディオクシン……! 愛してひぁ! る!! あぁ!」
「おれもだ……! う……っ。 愛している……!」
 私たちの水音と、私たちの声。毒タイプの2体が織りなす4重奏は、終わりを迎える。
 体の奥底から湧く、洪水のような快感。押し寄せてくるそれは、彼の突きとともに、速度を増していく。
「ひはっ……。はああああああああん!!」
 かみなりでも受けたような痺れが、全身を貫いた。
「ううっ……!」
 彼の声とともに、動きが止まった。
 もう、何も考えられない。交尾がこんなに素晴らしいものだっただなんて。話には聞いていたけど、話以上だった。何より、お互いが快感と、愛を求め合う一瞬一瞬が、幸せだった。
「お休み、シディル」
 ディオクシンの優しい口付けとともに、わたしの意識は薄れていった。
 7
「シディル! 見てみろよ!」
 青い額縁の中に描かれているのは、わたしの姿。桜舞い散る紫の背景の下には、『シディル』と書かれていた。
 主人さんに連れられて、わたしは美術館に来ていた。ここに来るまでに見たヒトは、鼻をつまんでいたりはしなかった。みんな好意的に迎えてくれて、美術館に入ったときなんか、大きな歓声で迎えられたのだった。
「おいおい! あのベトベトンとマタドガス、カップルだったのか!」
「お似合いね! これからもお幸せに!」
「握手してください! あ、マタドガスはじかで触らせてください!」
「くっそう! 俺様があの子にアタックしようと思ってたのに! 羨ましいぜ!」
 四方から飛んでくるそういった声の数々に、わたしとディオクシンは1つ1つ対応しながら、ようやくここまできたのだった。
「本当、きれいだ。シディル。美術館に飾られるのも納得がいく」
「もう。ディオクシンも、かっこいいよ」
 ユロウとレオノーラの次に掛けられた、ディオクシンの肖像。青い閃光がいくつも集まった、とてもかっこいいものだった。
 そして。その絵の前には。
「レオノーラ! すっごくかっこいいよ!」
「ありがとう、シアン。シアンも、かわいかった」
 先日、可愛さコンテストに出場し、見事優勝をおさめたシアンは、レオノーラに告白して、今付き合っている。普通は褒める要素が逆な気もするけど、コンテストがコンテストだから仕方がない。
 彼らが既に交尾をしたのかどうかは不明。わたし達はというと、結構大きな声を出してたらしくて、みんなにばれていた。そもそも、汚れた体を洗い落とす手段なんてなかったから、ものすごい姿で主人さんの前に出向き、ニヤニヤ笑いを向けられつつきれいにしてもらった。
「あと1体だな」
 美術館の肖像は、1つを除いてすべてが埋まっていた。残っているのは、わたしの隣。美しさコンテストの、最後の1体だった。
「イッシュ地方の地下水脈の洞窟でさ、いい感じのダストダスの目撃証言があるんだ。聞くところによると、既に番っていて子供もいるらしい。是非ともスカウトして、出てもらおうと思ってるんだ」
 主人さんは言う。
 ダストダス。ちょっと前だったら、意味が分からないというような顔をしてたと思う。でも、今は違う。主人さんは、わたしとディオクシンをコンテストで優勝させてくれたんだ。ダストダスだって、美しさコンテストで優勝させられる。間違いない。
「おっと、そうだ。渡すものがある」
 主人さんは唐突に言うと、わたし達がはめていたバンダナを取ってリュックにしまった。変わりに出したのは、赤い糸と変わらずの石。
「次営む時は、これをもってやってくれ。お前たちの子供を、きちんと育てたいからな」
「は、はあ……」
「あ、ああ……」
 気の抜けた返事しかでない。もうちょっと気を使って言葉を選んでくれたっていいのに。
 わたしは変わらずの石を受け取り、ディオクシンは赤い糸をくわえる。
「さて、もうちょっと見ていこう。みんなの勇士は、いくら見てても飽きない」
 そう言うと、主人さんはさっさと離れていってしまった。
 思わず、わたしとディオクシンは、目が合ってしまう。
「……わたし達も、見る?」
「……おれは、見ない。もう充分だ」
「え? なんで?」
「所詮は肖像だ。どれだけきれいでも、本物にはかなわない。おれは、絵よりも本物を見ていたい」
「あ、ありがとう……」
 ディオクシンも、こんな言葉が出るようになったんだ。だったら。
「わたしも、そうしてようかな」
「……ああ。そうしてくれ」
 主人さんが帰宅の号令を出すまでの間。わたし達はひたすら、いつまでも見つめ合っていた。

 END
----
あとがき
ベトベトンは、僕にとって愛着のあるポケモンです。
廃人を始めたBW時代、当時からイタいマイオナをしていた僕は、『パーティに1体は毒タイプを入れる』という決め事を課していました。その際、2番目のパーティを作った時に入れたのがベトベトンでした。
HAぶっぱD4という単純な振り。乱数も使わず、当時としては頑張ってHADVを出し、フルアタで使っていました。その耐久たるや、臆病珠フーディンのサイキネを乱数(3%)で耐えるほど。耐久と火力を併せ持ったアタッカーとして活躍してました。
それが、今や突撃チョッキとかいう超アイテムがあるのです。メガフーディンのサイキネを確定で耐える素晴らしい子になりました。惚れないわけがありません。
ちなみに、サイコショックは犯罪。異論は認めない。
作品について
今回の作品は、僕が自分のロムで実際に発生させたことをほぼそのまま載せたものです。毒タイプで美術館をコンプリートしたことも、そしてその子たち全てに撫で撫でし愛でたことも事実です。めでめでしたんです。めでめで!!!
コンテストを受けた順番や性別などは多少差異がありますが、問題はないです。物語ですしね。
ポケモンの見た目をそのまま褒めるという手法はギガイアスの時にやってたので、その応用でなんとかできました。
ちなみに、マタドガスは3番目、クロバットは最初に育成したポケモンです。どちらも愛着があるのですが、今回はベトベトンにさせていただきました。
あと、作中に出てきたモロバレルは、[[これ>熱いハートと気弱な彼女]]に出てきた子です。僕の裏設定の中でいろいろありまして、トレーナーの手持ちになっています。

結果は、1票獲得。自分の力量は充々承知していたはずですが、猛烈に悔しいです。これぞ、力量の差。
コメント返しをさせていただきます。

>毒タイプたちの魅力が巧みに引き出されていて、ベトベトンの良さを改めて確認できました。べとかわです。
主人公の目標設定がしっかりとしていて読みやすく、応援したくなる物語でした。コンテストにかけるシディルの強い意志と感情、それを支えてくれる仲間たちの温かさが伝わってきます。読みごたえがありました。
ただ、キャラやストーリーが作り込まれているだけに、メインであるはずの官能が蛇足になっていた感が否めません。コンテスト優勝でかなり満足できてしまい、濡れ場でせっかくの余韻がかき消された気がしました。官能なしの通常の小説大会なら迷わず1票を投じていたのですが、今回は迷いつつ投票させていただきます。 

→ベトベトンの良さを分かってくださってありがとうございます。これを機にポケパルレしてみてください。めでめでしたくなること請け合いです。
仲間たちは、本来はもっとたくさん出す予定だったのですが、物語のテンポの都合上カットしました。ちなみに、作中で唯一、名前すらでていないコンテスト制覇者は、ドククラゲとニドクインです。どちらがどのコンテストなのかは、推測してみてください。
官能に関しては、いわゆる「力量不足」としかいいようがありません。僕自身は、以前のコンテストで優勝したことに満足はしておらず、今回同様悔しさすらありました。官能も蛇足にするつもりはなく、ベトンちゃんにしかできないことを精一杯考えて書いたのですが、それでもまだ足りなかったようです。官能そのものは苦手じゃないのですが、表現力の都合上、官能を書くことが苦手のようです。余韻をかき消してしまい、申し訳ありません。
それでも、1票下さってありがとうございました。

みなさんからの感想、指摘、評価、重箱の隅つつきなど、何かあればなんでもお寄せください。
カナヘビはみなさんの言葉を真摯に受け止め、より良い作品作りにむけて精進していきます。

#pcomment(さも美しきベトベトンへのコメントログ,5)

IP:115.125.17.146 TIME:"2015-12-06 (日) 10:55:16" REFERER:"http://pokestory.dip.jp/main/index.php?cmd=edit&page=%E3%83%99%E3%83%8E%E3%83%A0%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%88G" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 10.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/6.0)"

トップページ   編集 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.