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ニンフィアと老ニンフィア の変更点


森の中は花ざかりの季節を過ぎて、新緑が目立っていた。
その緑を湛える木々の隙間からの木漏れ日は、確かに初夏の微熱を孕んでいる。
「約束」では、春の前には此処へ送り届けるつもりだった。
度重なる不意の出来事、今でも記憶に新しい。
「まだ帰りたくない」と駄々をこねられている内に冬の終わりの吹雪に見舞われたり。
自らの宿敵、オンバーンとの決着を迫られ追いかけられ逃げ切り。
この帰路の途中で、2匹とも地図を上下反対に見ていることに気づき。
色々、あった。
だが、楽しくなかったと言えば嘘だ。
楽しかった、大いに。
昔を、「あいつ」と二匹で馬鹿な冒険ごっこみたいな大冒険に明け暮れていた日々のようで。
「なんだよ、俺の顔に何か付いてる?」
宙を浮き飛ぶサザンドラは、無意識の内に横を並んで歩くニンフィアの顔を覗いていたようだ。
美しい白と桃色の毛並みの上でも見て取れるほど、はっきりと眉間に皺を寄せている。
彼の胸中は現在、複雑怪奇の極みだろう。
旅の終り、そしてこれからその成果を「一族の長」に披露しなければならない。
「ただの物見遊山に終始していました」では許されないのだ。
「あいつ」自身はそれでも笑い飛ばして終りだろうが、一族の代表として修行の旅路に出た手前、こいつ自身の矜持が許さないのだ。
これまで苦楽を共にして野を駆け海を渡ってきた仲だ、それくらいは理解している。
そして、それはサザンドラも同じだ。
「あいつ」から預かった、「あいつ」の孫。
無事に送り届けるに叶いつつあるが、子守りで預かったわけではない。
一人前の雄に仕立て上げる約束で預かったのだ。
「別に」
これからの事を予想するに、ここで余計な気負いをさせるべきではない。
それを配慮した上の返事。
だが、サザンドラの胸中とは裏腹に、ニンフィアの双眸は険しさを増す。
「別に、って。何かあるだろ!?」
「何かって? ああ? 何だよ?」
つい売り言葉を買ってしまった。
旅の中で培った気心が知れた仲である故の失敗。
サザンドラが取り繕うとした時には遅かった。
ニンフィアの声がさらに荒く猛る。
「何かって!? そんなことも分からないのかよ!?」
「テメエの間抜け面見て、何か思うかよダボが!」
2匹の気の短さが仇となる。
こうなったら簡単には止まらない。
「あいつ」の住処、この森一番の大木がある広場までは少しもない。
それまでにこれを終わらせなければ。
この旅の意味、全てが無駄になる。
「お前っていつもそうだよな! 結局俺の事なんて全然分かってない!俺はただ……!」
「ただ、何だよ!? 言ってみろよ!?」
「俺はただ……! お前にさっきからありがとうって言いたかったんだよ!」
サザンドラの目と頭に掛かっていた怒りの雲が晴れる。
いつの間にか、ニンフィアの両の瞳、雄にしては愛らしいそれには溢れんばかりの涙が。
今にも頬を伝うのかと思うほど湛えている。
「テメエさあ……その泣き虫を治す為旅に出たんだろ……」
「お前が気づかないからだろ……!」
サザンドラの鼻腔から息が漏れる。
これ以上、意地を張るのは何も生まない。
もうこれで、最後なのだ。
地に四肢を着けて立つ獣、空を裂く翼を持つ竜。
同じ時間を過ごせるのは一時。
サザンドラにとっては。
「あいつ」との冒険は、昨日の事のように思えるが。
現実は、「あいつ」にとっては大昔で、俺はいつまでも年を取らない若造なんだろう。
そんな関係だからこそ。
「ありがとうな……楽しかった……昔を……テメエのジジイと一緒に旅をしている時のようだった……」
先に礼を述べたのは、サザンドラだった。
「俺とおじいを……比べるなよ…………ありがとう……サザンドラ……」
笑っているのか憤っているのか判別付かない顔つきのニンフィア、その瞳からついに涙が流れ落ちる。
「馬鹿か……泣くんじゃねえよ……」
サザンドラが頭部となっている腕の先で、ニンフィアの顔を拭う。
まるで互いの熱を求め寄り添うかのような光景だ。
互いに雄であるが。
互いに雄であるからこそ、育める仲というものがある。
「だってお前が……」
「言い訳すんなよ……」
「いや、今のはサザンが悪かったな。ちゃんと謝るべきだろう」
不意に、2匹の横から聴き慣れた声が響く。
忘れもない、あの声。
「ニン!」
「おじい!」
2匹が応えるそこには、老いたニンフィアが1匹。
年相応の外見について老いが見られても、鮮やかな新緑の中でもその出で立ちは尊厳に満ちて。
出で立ちだけ、中身は良くも悪くも茶目っ気たっぷり。
顔には満面の笑み。
その者は2匹がよく知る者。
ニンフィアの祖父であり、サザンドラのかつての相棒。
彼もまたニンフィア。
「本当に久しぶりだな、元気にしていたか?」
その問いに、2匹がそれぞれ応えようとした瞬間だった。
「おおおじい!」
「おじいちゃん!」
「おじじ!」
森の緑の中から幾匹かのイーブイが飛び出し、老ニンフィアの周りに群がる。
皆一様に彼を見上げ、目を輝かせている。
「おじいちゃん! このポケモンたちはー?」
「おじじとおなじニンフィアとへんなかおがいっぱい!」
「変な顔がいっぱい……」
「子供が言ったことに目くじらを立てるもんじゃないさ」
彼が笑顔でサザンドラを窘める。
年老いてもその笑みの魅力は、変わらず、さらに磨きがかかっている。
「ニンフィア、エーフィ兄さんの子だ。今は俺が連れて散歩していたところだ。つまり、お前の甥や姪だな」
「エーフィ兄さんの!?」
「ああ、今日はお前が帰ってくると知っているから、もうすぐ戻ってくるさ。何なら、お前が後はこいつ達を俺の家まで連れてってくれ」
「え!? 俺!?」
驚くニンフィアを尻目に、彼の祖父はイーブイ達を見つけ返す。
「あのニンフィアはお前たちのお父さんの弟。じじの孫。怖いポケモンじゃないから、あのニンフィアと一緒に家まで競争」
「きょうそう!」
「わかった!」
「え!? ちょっと!? 何それ!?」
「よーい、どん!」
老ニンフィアの掛け声で、イーブイ達はニンフィアとサザンドラの間を駆けていく。
「ほら、ニンフィア。これも旅の成果を見せる一つだ」
「え!? あ!? あああ!」
数拍遅れの半ば自棄気味、ニンフィアはイーブイ達を追走し始める。
残された2匹の間に、少しの静寂が訪れた。

「年甲斐もなく、嫉妬してしまった」

自嘲気味の笑み、寂しさを秘めた瞳のニンフィアはサザンドラを見つめた。
「若いって、いいな」
これまで旅を共にしたニンフィアか、自分か。
或いはその両方に向けられたものか。
それは定かではない。
「ニンだってまだまだこれからだろ。あいつと旅に出た頃から変わってねえし」
「お世辞でも嬉しいな」
「あ? 俺とニンはそんなのを言い合う仲か?」
「確かに、そんな仲じゃないな」
外見や年齢の事を言っている訳では、サザンドラはそんな心づもりは持ち合わせていない。
かつての相棒の、笑顔とその奥にある本質が、変わらないと言っているのだ。
それこそ何より尊いものだと、彼は感じる。
「何なら、これから今すぐもう一度俺と旅に出るか?」
「それもいいが、まずはあいつの成長を確かめてやらないと」
ニンフィアがサザンドラに並び、その先に歩を進める。
サザンドラも翼をはためかせ、再び並び、そして共に進む。
「昔を、思い出す」
「ああ」
これから、ニンフィアとニンフィア、祖父と孫の手合わせが待っている。
両の相棒を務めたサザンドラとしては、ニンフィアに勝ってほしいが、ニンフィアに負けてほしくはない。
「あいつはどれくらい成長したかな? かつてサザンを一声でメロメロにした俺の美声に一回でも耐えてほしいが」
「メロメロじゃなくてギタギタだろ。あれは卑怯だっつーの。それに、ニンとあいつは互角くらいだと思うぞ」
「サザンが言うなら、そうなのかもな」
ニンフィアが、笑う。
本当にこいつは笑顔が似合う。
それに釣られて、サザンドラも笑みを禁じ得なかった。


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