[[小説まとめページへ>テオナナカトル]] [[前半へ戻る>テオナナカトル(10):結果的には復讐の手助け・上]] [[前回へ戻る>テオナナカトル(9):海の歌謡祭]] そして二日後。完成したグレイプニルのお披露目会……というような派手な物も無く、ナナはシャーマンの仲間に出会えば即座にその効果のほどを見せつけた。ロイやリムファクシがグレイプニルに精神を集中すれば、シャーマンとして格上であるはずのナナを相手にしてもその神器の効果を綺麗さっぱり消し去ってしまう。 流石にクリスティーナの力を封じるには、シャーマンとしての格が違い過ぎて、彼女を相手取ると誰もがその効果を封じることは不可能となってしまうが、制限を掛けることくらいは可能であった。クリスティーナは別格の存在だから、とナナは自分の作ったグレイプニルの出来に満足していた。 そうして、ナナとロイは次の行動に乗り出す。基本的に一般市民に正体を明かすことなく、それでいて強敵と戦うための道具を作成し終えた以上、チマチマと小物狩りをしてやる必要もない。 敵を倒すために、あぶり出しても良い頃合いだろうと判断して、ロイ達は派手な動きに出ることにした。 「さて……一応打ち合わせの確認しておくからな……」 ロイは中央広場の晒しものにされた売人の傍らに居座り、ロイはリムファクシに語りかける。海の民の言語で話し、周りに話しの内容を悟られることの無いようにという念の入れようで。 『俺が尻尾でお前の脚を叩いたら……思いっきり吼えてくれ。空に向かって強力な技を放ってくれよな』 『おお、エアロブラストぶちかましてやるかんなー』 『そして、絶対に動揺する姿を見せるんじゃないぞ。スモーククォーツの力は使わず、俺達の言葉は潮騒の音だと思って聞き流してくれ。美味しい料理を食べたいなら……俺と約束だ』 『おうおう、約束するする。じゃあ、とびっきり美味いもん頼むぜー。ナナの奴はいい奥さんになるなー』 『今の台詞ナナに聞かせたらどんな反応するだろうかな?』 『だなー』 ふふ、とロイは微笑みリムファクシも笑顔を綻ばせた。 『じゃあ、堂々とした格好を保ったまま、俺の合図を待ってくれ』 『りょーかい!!』 (『堂々としたポーズ』が翼を脇腹に当てて大威張りの姿勢であるのは気になるが……まぁ、贅沢を言ってはいられない。 これは海の文化ということにしてしまおう……それにしても、伝説のポケモンであっても所詮は子供、素直で扱いやすいな……) 口の端を緩ませた表情を真面目な表情に取り繕いながらロイはギャラリーの方へ振り返る。海の神ルギアと、最近暴れまわって目立っているロイとナナ。元から3番街の有名人である二人に加えて海の護り神が集まり、しかも場所が場所だ。否が応にもギャラリーは集まるし、集めるためにまずリングマとサザンドラとフーディンという目立ちすぎるくらい目立つ三人組みが立ち止まってロイをゆっくり見ていた。 リングマとフーディンはもちろんウィンとクリスティーナであり、サザンドラは当然ユミルの変身である。ユミルはギャラリーに紛れて皆を盛り上げる役であると同時に、アクアマリンを用いて場の心を一つにまとめ上げる役も兼ねている等、何気に重要な役割でもあった。 力の強いクリスティーナに任せない理由は、彼女に任せるのはなんとなく不安なので、という理由だ。次点でユミルが選ばれたのは、なんだかんだで一番アクアマリンの扱いに慣れていると言う理由からであった。 緊張した面持ちでリムファクシとロイが正面に向き直ると。場の雰囲気が一気に変わる。 「さて、皆にも聞いてもらいたい事がある……今、この街は神龍信仰の巡礼ルートから半永久的に外されることにより、神龍軍が駐屯していない、いわば無法地帯だ。そして、以前のハッサムによる船舶襲撃事件も相まって経済の破綻したこのご時世。 失業したものが強盗に走る事を想像するのは難くない。 犯罪者が集まりやすい環境と、犯罪者が生まれやすい状況の二つが合わさって、今この街は非常に危機的状況にある。麻薬の蔓延という危機だ……失業者相手に。労働で疲弊したり悩みを抱えた一般市民相手に。そう言った心の隙間に入り込んでは、巧妙に麻薬を売りつけている。 そうして麻薬の中毒になった者の末路は、金に苦心して強盗に走るか、そうでないにしても如何わしいことに脚を突っ込まないことには金に都合が付けられなくなる。最近増え続ける強盗の類の犯人は、失業者の増加だけによるものではないのだ…… そして、中毒となればどうなるかは、今教会で見ることが出来る……だが、まだ生きているのはいい方だ。先日、俺の知り合いが一人死んだ……麻薬を服用した時に、急性中毒死だ。今後も、死者・中毒者ともに増えるだろう」 ロイはまず不安を煽った。なんとかしなければ――と思わせるように。ロイの狙い通りギャラリーは不安にざわついていた。 「だが、神龍信仰の神、レックウザはこの土地を見限り、罪人たちへ天罰を与える者はいなくなっている。この街の教会にほとんど人が残っていないことからもそれは伺えるはずだ。 それでさえ絶望的なのに、敵はあの新聞記事に載っているポケモンである可能性が高い。春先から夏にかけて、神龍信仰の領地を荒らしまわり、たった二人で神龍信仰を壊滅させて教会に火を放ったと言う極悪人。 捩じ切りメタグロスと消し炭バシャーモの二人だ」 と言って、ロイはナナの持っている新聞記事を視線で示す。 「対抗勢力がなければ……この街に蔓延る悪を止めることは不可能であったろう。我らは敗北し、この街は悪と暴力が支配する混沌とした街になり果ててしまう所だったろう……しかしだ」 ロイは、ギャラリーの方を見るのを止め、リムファクシの顔を見上げる。 「海より訪れし神、ルギアのリムファクシ様が我らを守り導いてく対抗勢力になると仰っている。そして、相対する敵を倒す準備も整った」 『えぇ!?』とギャラリーから声が上がる。ユミルを始めとする盛り上げ役に呼ばれた仲間は嘘を塗りかためているロイの言動に苦笑していた。 「だが、海の神ルギアといえど、この方は見ての通りまだ子供である……成体になれば、家ほどの巨体を身につけ、羽ばたき一つで民家を吹き飛ばすといわれる姿からみれば、この子は未熟も未熟だ。 つまるところ体が未熟なために街の危機的状況を一人でどうにかする力までは無いのだ。故に、このルギア、リムファクシ様はこう仰っている。『皆で一致団結し、戦え』とな。 今のこの方……リムファクシ様は未熟な体故頼りない。しかし、逆に言えば一致団結すれば勝てると仰っているのだ」 周囲のギャラリーのざわめきが一層増した。 「本物なのか?」「神龍様じゃなくっても大丈夫なのか?」「大体ルギアってなんだ?」「すげぇ、頼もしい」「神龍様以外の神なんているものか!!」 口々に勝手な事を口走るギャラリーに対してロイは前脚を上げてざわめきを制する。 「今までの段階で最も率先して動いていた俺を、リムファクシ様はリーダーに任命された。もちろん、これは臨時のリーダーであり、以後作戦の指揮を執る者が変更される可能性は大いにあるが……まずは最初に私がリムファクシ様の言葉を代弁させていただく権利を承った。 どうか、応え、決起して欲しい。さぁ、此処で訪ねよう。この街は誰のものか? 我々のものか、それとも犯罪者たちのものか? さぁ、お前らの答えを聞かせろ」 ロイはサザンドラ(というよりはダービーというべきか)に変身しているユミルにウインクを送る。これもまた合図の一つだ。 「私達のモノに決まっています!! この街を荒らされて商売できなくなるなんてまっぴらごめんです!!」 ユミルが三つの顔全てから声を上げる。叫んだと言うのにそれを感じさせない綺麗な声なのが印象的であった。 (よし……ユミル、上出来だ) ロイはユミルの声に満足そうにうなずく。 「そうだ!! あのサザンドラの言うとおりだ。では、犯罪者たちはどうするべきか? 追い出すべきか、怯えながら生きるべきか?」 「追い出すべきだ―!!」 僅かにだが、ユミルに追従する声が聞こえる。 (あとひと押し……) 「ならば立ち上がることを惜しまぬか!?」 「オォーッ!!」 さらに数人、追従する声が響く。ユミルが左の顔を天に突き出すのを見て、それを真似する者も多数いる。 「ならば神と共に戦うか!?」 「オォーッ!!」 「ならば親兄弟や隣人と共に戦うか!?」 「オォーッ!!」 「俺達の街を取り戻すぞー!!」 「オォーーーッ!!」 流石に女性には追従する者は少なかったが、それでも無邪気な子供達が一緒に鼓舞してくれるなど、士気は上々だ。 「女子供には戦えとは言わない。ですが、戦う者達を支え、被害者たちを支えてあげるのが貴方達の仕事です。武力をもつだけが戦いではない……共に戦いましょう。いいですね?」 ユミルはロイの手腕に尊敬していた。マナフィの力がこもるアクアマリンを使っただけでは、こうまで見事な一致団結には簡単にはならないだろう。ロイは、かつて軍に所属し100人長を務める事が出来たのは親の七光のおかげと謙遜していたが、それは過小評価だ。この時ユミルは、ロイなら街を動かせると確信した。その証拠に、優しく声を掛けられた女性達も口々に言っている。 「私も戦う……」「男達が頑張るんなら……あたし達もしっかりしなきゃ」「そうだね、男達にばっか頑張らせたら女房失格だよ」 そうして形成された雰囲気に満足そうにうなずきながら、ロイは言う。 「では、作戦が決まり次第指示を下そうと思う。それまでは、皆それぞれの生活を普通にこなしていて欲しい。それから、恐怖にかられた時も忘れないでくれ……我々の新たな守り神は、我々の味方だ」 と言って、ロイはさりげなく尻尾でリムファクシの足を叩く。約束通り、リムファクシは大量の空気を吸い込み、それを一気に空に向かって吐き出した。エアロブラストによって光の屈折が視認できるほど空気が圧縮され轟音が響く様子を、ギャラリーは陶酔しながら見つめていた。 「それでは、何か質問があれば承りましょう」 ◇ 演説を終えて、ロイ達の仲間は酒場に集合していた。 厨房では、集められた調味料や食材の匂いが充満して思わずよだれが出そうな気分だ。テオナナカトルのメンバーは全員揃っていないし、リーバーもしばらく家を使うからと引き払わせているので、居ない人の分は少々さびしい。しかし、それでも久々に酒場に活気が戻ったおかげか、ロイは満足そうに微笑んでいた。 料理係に任命されたのはナナとローラとまさかのウィン……なのだが野次馬にリムファクシが見学している。 『おー、すげーなおめー。物を握れない手でよくそんなに上手く包丁扱うもんだなおいー』 鎌首をもたげて、リムファクシはローラの調理風景を覗く。ふわふわと浮かんだ包丁が高速で野菜を刻んだかと思えば、刻まれた材料がふわりと浮かんでボウルの中に放り込まれる。野菜にへばりつく青い光は戦闘時のそれと違って淡い光。最小限の力で野菜を取り扱う様はエスパータイプの華である。 『ふふ、お料理は昔っから少しばかり齧っていましてね。ナナさんのようにとびっきり美味しい料理とかは作れませんが……食べれるだけの品質は保証しますよ』 と、ローラは笑顔を投げかける。 『なー、俺さー。サイコキネシスでそういう細かい作業すること出来ねーんだわ。もしよかったらなんだけれど……俺に教えてくれねーかな?』 『構いませんよ。でも、今日は邪魔にならない程度にお願いしますね。見ているのは自由ですから技術を盗んじゃってくださいな』 『おー。来年の今頃には美味い料理ごちそうしてやっからなー』 『楽しみにしてますよ。でもその前に今日の料理を楽しみにしてください』 『かしこまりー』 笑顔で応え、リムファクシはトコトコとウィンの元に移動する。 『よー、ウィン。おめーはどういう料理作ってんだ?』 『おうおう、よく聞いてくれたな。こいつはミリューサーモンって言ってだな。他の鮭よりも早い時期に河を登ってくる魚だ。厳密に言えば鮭じゃないんだが、味も似ているし、結構美味いもんだよ。 ホワイトソースでパスタに仕上げてやるからな。お腹が破裂する覚悟で食ってもらうぜ』 『ふえぇぇ……鮭なんて料理しないでも十分おいしいのに……料理なんてしたらどれだけおいしいんだろう。楽しみだなー』 と、大口を開けて目を輝かせるリムファクシは口の端から唾液を垂らしている。 『おうおう、だからこその腹が破裂する覚悟って奴だぜ。絶対に美味いって言わせてやるからな』 『約束だよー』 おうよ、とばかりにウィンは親指を立てる。 『ところでさ、皆料理している時って笑顔だけれど楽しいの?』 『あぁ、楽しいな。喰ってくれる奴の笑顔とか、完成図を想像したらもう、な。生憎俺はこまごまとした料理は作れやしないが、酒場に合う豪快な料理なら任せとけってもんだ。海の中じゃ料理は出来ないだろうからな、いつまで居るのかは知らないが陸にいるうちに精いっぱい楽しんでおけよな』 『いやいや、陸の暮らしも気に入っちゃったしなぁ……どーしよっかー?』 『たまには海に帰れよ。待っている家族はいなくっても、愛着みたいなものはあるだろ?』 『……そうだね』 微妙な間を持たせてリムファクシが肯定した。 『どした?』 『何でもない。美味しい料理楽しみにしてるぞー』 『おうよ、見てるのは構わんが見てたらもっと待ちきれなくなるぞ。皆と一緒に待っていないと』 『そうだね……ナナも忙しそうだし……さんざん話しかけたから今日はいっか』 すでに友好的なウィンとの好感度をさらに上げ、今まで話す時間の無かったローラとも打ち解けた。人懐っこいリムファクシはこうしてメンバー全員に受け入れられていくのであった。 その料理が完成して食事を続けている最中、不意にナナの髪が逆立つほどの感覚を捉える。次いで、ユミル、ロイ、ローラ、リムファクシも気が付いて周囲の気配に気を配る。ウィンは髪の気配を感じる術がないでしか、気配らしきものは何も感じておらず、クリスティーナは誰よりも先にその気配を感じているはずなのに全く反応を見せずに黙々とハノイの塔を動かしている。 『ウィンさん……戦う準備を。クリスティーナちゃんは下がっていなさい』 『わかった……』 生気の籠らない顔でクリスティーナは言い、ハノイの塔を持ったまま二階へと避難する。 『シャーマンか?』 『ええ……一応グレイプニルを使えばウィンさんも戦力になるのでお願いします……』 言いながらナナは髪の毛の中からメブキジカの角を取り出し、手に構える。ローラは輝く粘土を身に着け、兄の方へ寄り添う。 『敵ですかコレは……ナナさん?』 兄に近づきながら険しい顔でローラが問いかける。 『ええ、敵よ……先日会ったビクティニの力を使うバシャーモと同じだけれど……同一人物かしらね? メタグロスの方かもしれないし……』 『なんだーこいつら? 悪い奴かなー?』 リムファクシもまた身構え、戦闘に備える。 『兄さん、一緒に粘土に祈りを込めて』 『わかってる』 ローラはロイに体を寄せ、光の粘土の力を最大限まで引き出しつつ、精神を集中してリフレクターと光の壁を張り出す。この分厚い障壁の前には並大抵の攻撃が届かなくなる。 『おい、鍵を開けてくれよ』 最初に響いてきたのはノック音であった。敵も蹴破ったりなど、派手な登場はしないらしく、その態度が逆に警戒心を誘う。 『敵対心や殺意は感じないでやんすが……心を閉ざすことが出来るポケモンだっていやす。油断は禁物でやんすね』 『この声……バシャーモのティオルね……私が開けるわ。みんなは一応下がっていて』 グレイプニルと一緒に炎を切り裂くメブキジカの角をいつでも使えるように構え、恐る恐る扉に歩み寄りドアを開ける。ティオルは不意打ちらしいものはせず、本当に普通に入ってくる。ユミルの見立てどおり、殺意らしきものなどないかのように。 『何の用かしら、ティオル?』 (やっぱり敵さんの神器……ビクティニだわ。しかも……フリージンガメンとは知り合いみたいね……全く、なんという因果なのかしら) 胸でざわつく首飾りの言葉を気にしながら、ナナは歯ぎしりをする。 『俺が用があるのはあっちだ……確か名前は、リムファクシにロイだったな?』 『なんだ?』 自身に視線を移されたので、ロイは鋭く睨み返す。相手は全く動じていないようではあったが。 『いやなに、非常に面白いものを見せてもらったと思ってね』 『なんだー。それって俺のことかー?』 『あぁ、まだまだ可愛らしい子供とは言え、ルギアなんてそうそうお目にかかれるものではない』 苛立たしげな視線でリムファクシは見上げてみせるが、やはり動じる様子はない。 『だから、そんなあなた方に敬意を表して、こちから出向いたというわけさ』 と、そこまで言い終えるとロイの肉球には猛毒の液体が染み出し、ローラの額の赤い珠は光を帯び始め、リムファクシは背びれを逆立てて、ナナは爪に霊の力を溜めている。ユミルも腰が引けているとはいえ、きちんと義兄のシャンデラに変身して攻撃の準備を整えているし、ウィンは『有毒注意』と書かれた液体の瓶を手に持っている。 この場に居る全員が戦闘体制に入るのを見て、ティオルはうろたえた。 『誤解するなって……何も今やれとは言っていない』 『そう。でも、どっちにしろお前を倒しておいたほうが……』 ナナが冷たく言い放つが、ティオルはため息をついて首を振る。 『俺にはメタグロスの仲間がいるんだが……時間になっても俺が帰ってこなかったら……あとは言わなくてもわかるな? 一応、人質という手段は確保しておかないとな』 全員閉口し、溜めていた力を分散させ掻き消す。 『それでいいんだ。テオナナカトルのみなさん』 演技懸かったセリフと共に、ティオルはクリスティーナの席に腰を下ろす。 『……なんで、私達の正体知っているのよ?』 『異教徒のお前が、神龍信仰の奴と友達だと言うから気になって教会を訪ねてみたのさ。その時に……あんたと親しいフリージアと話す機会があってな。おっと、フリージアには何もしていないから怒らないでくれ。ついでにこの酒場には色んな依頼を受けてくれるシャーマンがいると聞いたものでな……仕事を依頼したいんだ。報酬も用意している』 にまぁ、と仮面が張り付いたような笑顔を見せてティオルは皿に盛られていた料理を食べ始めた。 『改めて聞くけれど目的は何かしら……?』 『復讐だと教えたはずだぜ』 自嘲気味な笑顔を浮かべて、ティオルは鮭とホワイトソースのパスタに手をつけ始める。 『依頼内容だがな。お前ら、俺達を殺せ……』 『あら、それはどういう意味かしら?』 いらだたしげにナナが尋ねる。 『言葉通りさ。お前らが俺を殺せばそれでいい』 自嘲気味な笑いを絶やさずにティオルはナイフとをフォークを動かし続ける。 『ここらへんでは「蛮族」と呼ばれる東南の民族はな……焼き畑を行う民だ。ホウオウの炎は死と再生の象徴。炎によって焼け残った灰は、土の栄養となり農作物を育てさせるための糧となる。だから、我々は森を焼き、作物を育てては別の地に移るという生活を繰り返している。その焼き畑という農法を教えて下さったのはホウオウ様だ……そういう由緒ある農法なんだがね。 しかし、神龍信仰の者には野蛮な農法と捉えられているらしい。戦のために大量に木を切り倒して行く奴らが何を言うんだ……と言う話だがな。蛮族として認定された我らは、「大地を蝕む蛮族滅ぼすべし」という大義名分のもとに神龍信仰に駆逐され、もはや残っている同胞も少なくなってしまった』 『それが復讐の理由か? ……まぁ、同胞がやられたとあっては復讐したくなる気持ちも分かるが、それならもっと方法考えてほしいものだな』 ロイが鋭い視線で睨みながら毒づく。 『あぁ。こっちこそ、お前ら神龍信仰なんて糞ほどの役にも立たない……と、証明してやりたくってね。「大きな教会のある町で暴れまわり、教会を燃やした凶悪犯」が、「神龍軍のいない街で、神龍信仰の者ではない奴に」殺される。それこそ、神龍信仰の評判を落とす最高の手段じゃないか。 最初はお前ら以外の者にそうされるつもりだったが、お前らがルギアを連れていると言うのなら話は別だ……ルギアなら、海辺に住む者にとっちゃ神龍信仰以上の崇拝の対象だ』 ティオルはリムファクシを見て、影のある微笑を浮かべる。 『なんだおめー……勝手な奴だなー……よく分からねぇが、そんなよくわからない理由でこの街ひっかきまわしてやがるのかよ? どうしてそんな八つ当たりみたいなことするんだおめー?』 無邪気なリムファクシの質問に、もっともなことだとティオルは頷いて見せた。 『復讐すべき人物が一人か二人ならそうしたさ。でも、復讐するべき人数はどれほどなのか把握することはもはや無理なほど膨大だ。それに、復讐の意味だけでなく、これを機に神龍信仰が活動を自重してくれるように望みを込めてやっているんだ……言うなれば脅しだ』 『私達にその復讐の手助けをさせろってわけ? 人質まで用意して? 御苦労な事ね』 『あぁ、そういうことだな。だが、依頼を受けると言うのは悪い話ではないと思うぞ……報酬はお前らにとって、喉から手が出るほど欲しいものだ』 言うなり、ティオルは革袋を机の上に置く。 『ホウオウの羽根を灰にした万能薬。その名も聖なる灰だ……もうすぐ入手困難になるかもしれないものだが、欲しくはないか? 麻薬の中毒患者の禁断症状にもよく効くぞ』 『万能薬? それ、どんな病気でも治せるのかー?』 皆がごくりと唾を飲む中、リムファクシは眼をギラつかせて万能薬を見る。 『いいや、万能であって全能ではない。治せない病気もある……それが特に海の者ともなると、難しいな……ルギアよ、お前が使いたいのなら諦めろ』 『そっか……』 リムファクシはしゅんとして肩を落とし溜め息をついた。 『ところで、こういうお仕事というのは、前金半分で仕事が成功したらもう残りを渡すのだったかな? だから、この灰は持っている分の半分だが、依頼を発注するには問題あるまいな?』 『ええ、それで問題ないわ……でもちょっとその灰に問題がないか見せてもらっていいかしら? 私があなたにそうしたみたいに、毒でも入れられると困るんのよね』 『構わんよ』 差し出されたそれに歩み寄り、ナナが革袋の中を覗く。 『見た目はただの灰ね……でも、これは死者すら蘇らせる力があるはず……これはどうやって使えばいいのかしら?』 『飲むか、傷口にまぶすかすればいい』 『なるほど』 ナナは自分の爪で自分の腕に傷をつけ、血が流れ始めた灰を傷口にまぶす。 『流石に、速攻で治るってことはないわね……、まぁいいわ。こっちからも質問していいかしら?』 『ご自由にどうぞ』 ティオルは肩をすくめてナナを見る。 『貴方の持っている神器……それはカーネリアン。勝利石であるそれはビクティニの力が宿る……でもそのビクティニは、私達黒白神教の敵。当然、ホウオウ様の親友であるゼクロムの敵でもある炎の軍勢の王の残留思念が宿っている奴でしょう? そんなモノ持ち歩くなんて正気?』 「ああ、それか」とばかりに笑いながら、ティオルはシチューを啜る。 『その恐ろしさを知る前までは正気だった。恐ろしさを自覚した頃は正気じゃなかった。そんな答えじゃ不満かな? 復讐心や邪心ばかりを刺激するこのビクティニは……俺達を凶行に走らせた。正気に戻って良心の呵責に耐えきれなくなっても、勝利のみを求めるこいつの思念に囚われてしまって自殺すら許してもらえない。 死ぬことで勝利するという形でしか……俺達は死ぬことすらできなくなっただけさ』 溜め息をついて、ティオルは酒をあおる。 『何だかお前、馬鹿見てーなこと言ってんなー……だったらそれ、壊しちまえよー、被害者ぶってんじゃねーよ馬鹿』 『お、リムファクシがいい事言ったぞ。どうしてそうしないんだ?』 リムファクシとウィンが茶々を入れると、ティオルは自嘲を含んだ笑みを見せる。 『やって見ろ。出来たらな』 と言ってティオルは笑った。 『お、言ったなてめー』 と、息まいてリムファクシが翼をカーネリアンの首飾りに近付けると、翼に小さな火が着き、それでも手を近づけようとすれば瞬く間に翼を包み込まんばかりの炎となる。 『あっつ……な、なんだよこれ!? 反則だろ!!』 リムファクシは顔をしかめながら翼をひっこめた。 『な? 熱いだろ。この炎のせいで、俺達はもう……&ruby(こいつ){首飾り};をはずすことすら出来やしないんだ……だから俺達は勝利する形でしか死ねなくなる。死とは敗北……っていう考えがあるんだろうね、ビクティニには。確かに被害者ぶっていると言われれば……否定はできないが……』 『ともかく、今は正気だと言いたいわけ? 正気の奴が自分を殺すことを頼むなんて滑稽ね』 ナナは精いっぱいの皮肉を吐いて舌打ちする。 『まぁな……それも否定できんよ。ところで、俺の依頼は受けるのか?』 味気のない返事で返されて、ナナは舌打ちをする。 『受けるわ。あんたらがいつでも街の住人を殺せる状態にある以上、私たちに選択肢はないみたいだし、その依頼受ける』 『それはそれはありがたい……それでは、場所と時間だが……一週間後の28日午後11時。場所は教会だ……俺はわざと負けるが、それらしく戦ってくれなかったり……お前らが来なければ教会を焼くからな。 友達が焼かれないように気をつけろよ』 『分かったわ。じゃあ、さっさと失せなさい。あんたの顔を見ていると不愉快よ』 『分かった。もう何も質問がないようなら行くぞ……』 言いながらティオルは思い出したように財布を取り出し、誰とも眼を合わせずに金を置く。 『しかしなんだ、飯も酒も上手い酒場だな。その酒で火攻めをするのはもったいないぞ、ロイ』 『あぁ、そりゃどーも。ところであのメタグロスはどうなったよ?』 『クラボの実を3つ使って治したよ。全く、乱暴な奴だ』 ティオルは出入り口まで歩き、店を出る前に立ちどまる。 『あぁ、そうだ。フリージアと言ったな……神龍信仰にしておくにはもったいないほどのいい奴ではないか……あいつのような奴がたくさん生まれていれば、俺も復讐なんて考えずに済んだかもしれないのにな。まったく、もったいないことだ……』 ティオルは溜め息をつくがすぐに背筋を伸ばし姿勢を正す。 『……せいぜい格好良く俺を殺せよ』 ティオルは振り返らずに手を振り、その場は悠々と去っていった。 ナナがその後ろ姿が見えなくなるまで見送って、ようやくナナは肩の力を抜く。 『あいつ……一体何を考えているのよ……まったく……おっと、もう傷が治ってる。流石は聖なる灰ね』 大きなため息と共にナナは椅子に腰掛け、みんなもそれに続く。ナナは先程自分で付けた傷を確認しながら、さりげなく自分のワイングラスに葡萄酒を注いで、これ以上は飲むなというロイの言いつけ平然とを破る。 『まったく……寿命が縮まるでやんすよ……』 『ナナ……お前もう酒は飲むなと言ったろうに……』 ナナが葡萄酒を注いでいることに呆れたロイは、溜め息をつきながら項垂れた。 『あらあら……キスで許してくれないかしら?』 ナナは悪びれることなく口に手を当て笑う。ティオルの乱入で凍り付いてしまった空気も、そんなナナの仕草で溶けていくようだった。 *** 『全く、ティオルだかなんだか知らないけれど、物騒な奴じゃないか レシラムの逆鱗のような反則的な力さえあれば、弱いジャネットとユミルでさえ敵を全滅出来るんだ。そして、この前に戦ったマンヅとかいう奴も本当はすさまじい力の持ち主だと言うし……水中に沈めて勝負を付けたから直接は見ていないけれど。 これが戦争に使われたりしたら大変だから。大きな力を持ちすぎた英雄は疎まれるから……だから、シャーマンは破壊の力を世間にさらせない。力を世間に晒せない理由はとてもよく納得出来るんだけれど、そういうのをおおっぴらに使っているなんて、ちょっと奴らが羨ましくなってしまうな……歯がゆいもんだ。 それはともかくとして、敵の真意はなんなんだろうか? ナナがルギアの唾液からグレイプニルを作ったように、奴らもルギアの体の一部か何かを使って何かしようとしている……? ユミル曰く、サーナイトに変身して感じた限りでは何か企んでいる様子はないそうだけれど……訓練次第では心を閉ざしたり、さらに閉ざしたことを感じさせない偽造術もある程度可能らしい。うぅむ、リムファクシには危険だが……こっちはグレイプニルとやらが完成すれば相手に為す術もなくなるだろうし……というか、本当にリムファクシを面倒なことに巻き込んでしまったなぁ。 海の神様だからって訳じゃないけれど、本当にここまで付き合ってもらってしまうの罰当たりな気がする。本当にあとあと丁重に扱ってやらないとな。ま、とりあえずはまだ子供なわけだし、色々しょげるようなことがあったら甘えさせてやるでもいいかな?』 RIGHT:テオナナカトルの構成員、ロイの手記より。神権歴2年、9月22日 LEFT: *** ティオルと約束した一週間までの間、ナナとロイの二人はこれまで通り小物狩りに勤しむことにした。その前 「フリージアは無事でよかったわね……ティオルの言い方だと、何だか教会のポケモン皆殺しにでもされているかと思ったわ」 「そこはまぁ、ユミルの見立て通り何か裏が無いってことなんじゃ……」 「どうもね、胡散臭いのだけれど……今はもう、成り行きに任せるしかないでしょ? 敵は、人質が大量に居るわけだもの……それをどうこうというのは非常に難しいわ……」 ナナの言葉はもっともだが、ロイはそれを聞いて悪い可能性が脳裏によぎる。 「もし、俺達がホイホイ誘いに乗った時……敵が大量の人質を取ったりなんかしたらどうなってしまうんだ?」 「……えぇ、確かにそうね。貴方が言ったように、敵がルギアの何かを欲している可能性も無きにしも非ずだし……うん、もしも敵が往生際悪く人質を取るなんて真似したら……その時は仕方ない。人質には申し訳ないけれど、その時は本気で殺しにかかりましょう。 放っておいても被害を増やすばかりならば……ここで人質を見殺しにしてでも止めるべきだと思う。……軍人として、そういう行為はどうだと思う?」 「捕虜は、身代金を払えば返すのが正しい騎士道だが……まぁ、人質としての価値もあるわな。城壁に縛りつけて盾代わりにするような戦略だってない事はない。そういう時は……まぁ、殺すのが俺達のやり方だよ。まぁ、それが一般市民だったりしたらやるせないけれどね……」 「ビクティニが……復讐心を煽ったってさ、ティオルは言っていたけれど、復讐心って怖いわね」 思い出したようにナナは確認する。 「あぁ……俺も復讐心がなかったわけじゃない。神龍信仰を憎む気持ちなんてものがあるならば……分からないでもないよ。復讐心を煽られたなら、なおさらあんな凶行に走っても納得できる。しかし……奴らはあれだろ? 確かホウオウを信仰する民だと聞いたが……なぜ、今更ビクティニの力を手に入れたんだ? ……いや、偶然なのかもしれないけれどさ」 「偶然ってのはあると思うわ。私だって、フリージンガメンは嵐の日に拾ったわけだしさ。優れた物は持ち主を選ぶのよ……あのカーネリアンも恐らくは、くすぶっている火種に風を吹き込んだだけなんじゃないかしらね」 「奴らの言葉がすべて真実ならば……奴らも被害者ってわけか」 「えぇ、だからと言ってこのままハッピーエンドにするつもりにはなれないけれどね。結果的には復讐の手助けになるっていうのも、釈然としない……なんで奴らだけ満足して死ぬのよって感じで」 「だが……結局は予定調和じゃないのか? 奴らの言うとおりにする方が、一番事が上手くまとまりやすい気がする……奴らだって、一応被害者みたいなもんなんだからな」 「ほんと、釈然としないわね……被害者であって加害者だとか……しかも、操られているみたいなことを言われるとどうにも後味が悪い……」 二人は同時に溜め息をついた。そのまま、言葉も無く二人は路地裏を歩いて、薬の匂いを探る。鼻を引くつかせながら並んで歩いて、ふとナナはロイを見る。 「ロイ……」 「なんだ?」 尋ね返されて、ナナは照れ気味に眼を逸らす。 「いや、最近酒場でワイワイ喋ることも少なくなって……二人きりになっても暗い話題ばっかりだなって」 「……だな。また楽しく話せる時間が来てほしいもんだ」 「うん、私もちょうどそう思っていたのよ……だからね。この騒ぎが静まったら……また、貴方に部屋に行っていいかしら?」 「それが意味する所は……」 と、ロイが言いかけた所をナナが笑いロイの頭を撫でる。 「うん、エッチなこと……不謹慎かしら?」 「そのエッチなことっていうのが目的なのか手段なのか……?」 「も、もちろん目的よ……」 「そうか、俺はじゃあ……目的であり手段でもあるかな。でも、今度は生殺しにしないでくれよ?」 ロイが見上げて苦笑すると、ナナは愛おしむような笑顔でロイを見下ろす。 「うん……もうあんな意地悪は必要ない。……今更、貴方がどれだけ私を思っているかなんて確認しなくたっていいものね……」 そのまま会話が途切れて、気まずくなったナナはロイの耳を優しく握る。 「……なに?」 ロイがくすぐったそうに見上げると、ナナは頬を上気させて笑っていた。 「いや……恋人同士、たまには手をつないで歩きたいなってさ……ご、ごめんね。私、変なことしちゃってさ。貴方って……耳しか掴む所がないから……そういえば、私もゾロアの頃はお父さんにも口に咥えられていたっけ。 私、二足歩行の親子が手をつないでいるのを羨ましそうに見たりなんかして……大人になったら、恋人は絶対二足歩行が良いって思っていたんだ……でも、せっかく出来た初恋の人は旅人で、しかも私がゾロアのうちに別の街へと旅立って行っちゃったし……こうして年をとって見れば、 貴方が恋人になってしまった……べ、別に貴方じゃ不足があるって言っているわけじゃないから安心してね」 ナナはロイの耳から手を離し口元も隠しながら取り繕う。 「……確かに、俺からお前の手を握り返してやれないってのは、ちょっと残念かもな。でも、こうして隣に居て……寒い時は温もりを分け合える。まだそんなに寒くないけれどさ……それで充分だろ?」 「うん……身長低いけれど……」 ナナはロイの頬を撫ながら頷いた。 「でも、ありがとう」 改めてそんなことを言うのが恥ずかしいのか、ナナの眼は泳いでいる。 「どういたしまして……これからもこう言い合えるようにな……奴からの依頼、どんな罠が仕掛けられていたとしても生き残ろう。何があってもさ」 「うん、まだちょっと気が早いけれど……お祭りは成功させようね……神も仲間になってくれたんだし」 「あぁ、ルギアが仲間になってくれるのは本当に嬉しいことだよ」 「うん……でも……」 ナナは顔を曇らせた。 「どうした?」 「いや、陸で暮らすルギアって……寿命が極端に短いのよね。10年とかそこいらで死んじゃうのが普通なのよ。だから……早めに終わらせないと……」 「そう……なのか。じゃあ、リムファクシをはやいとこ陸に戻すためにも祭りの準備は急がなきゃな……」 自分達の目的のためにも、今回の戦い何があっても無茶は出来ないと、二人は心に堅く誓いあう。そうして一週間はあっという間に過ぎていくのであった。 *** 『ナナから誘いを受けた……なんというか今までとは何か雰囲気が違う誘い方だ。……なるほど、今まではあの雰囲気が盛り上がったら誘われていたっけか。でも、今回のようにあらかじめ誘われるなんてのは初めてかもな。 ……だからどうしたってわけじゃないけれどさ。なんというか、本当に俺たち仲良くなったよなぁ。いつの間に何だろう?酒場で二人っきりで話す機会は沢山あったけれど、その間にこんなに仲良くなったのだろうか? こんなに愛し合っていても、祭りが終わるまではナナは結局処女を貫くのだろうな。残りはシャーマンが二人……処女のシャーマンが一人で、掛け持ちありだから最低二人。早くても……祭りを行えるのは来年の春分。 今から待ち遠しいな……』 RIGHT:テオナナカトルの構成員、ロイの手記より。神権歴2年、9月23日 LEFT: *** 神権歴2年、9月28日。教会にて。 『なあなあ、この戦いで勝ったら、俺って英雄かー?』 『でしょうね……この街が残っている限りは永遠に名を刻まれるでしょうし、銅像も立つかもしれないわ……』 リムファクシの無邪気な問いに、ナナは子供をあやすような優しい笑顔で微笑む。 『だよなー……これだけでも、陸に来た価値はきっとあるんだよな……誰かに覚えていてもらえれば……本当の意味で死んだことにはならないんだから……』 『陸に来た価値なんていくらでも出来るさ。ゆっくり価値を作って行こうぜ、リムファクシ』 『おうおう、いい事言うなおめー。そういうの好きだぞロイ―』 ロイの激励に、リムファクシは笑顔で応対する。そんな二人を見ながら、ナナはリムファクシの心配をする。 『ところで、リムファクシは怖くないの? 今は9月29日午後10時55分……もうすぐ時間よ』 リムファクシの首を抱きながら、ナナは訪ねる。 『怖くはないけれど……そーいえば本当に罠じゃないのかー? 大丈夫なのかよロイー?』 リムファクシは鎌首をもたげてロイの顔を覗きこみ 『ダメでもやるまでさ。仲間にも待機させているから……いざという時はなんとかしてもらえるように頼んでいる。ウィンさん達はもう帰っちゃったけれど……この街の噂を聞いてワンダが来てくれたからある程度戦力になるだろうし……教会には仲間がたくさん待機してくれてる。普通に戦えば負ける戦いではないだろ』 『そうね……ロイの勘に期待しましょう』 ナナがそう言って、3人は黙って敵を待ちかまえ始めた。そうして現れた敵は二人だった。深夜ゆえか、ギャラリーは殆どと言っていいほどないので、あまり人目を気にする戦い方をする必要も無かろう。 『……よぉ、麻薬の元締めさん。予想通り、教会を燃やしに来たんだな』 ロイはナナの身長5つ分はありそうな教会の屋根から飛び降り、気の乗らない声で言い終える。 『あぁ、この街はもう食いつくしたからな……お前らが一致団結した所で、取るにも足らない……狩る価値すら無い』 ティオルは嘲るような口調でそう言った。わざと負けるなどと言っていたが、このお芝居のような臭い台詞も演技の内なのか。ある意味大真面目に来るよりもよっぽど性質が悪いと思いながらロイは応対する。 『あらあら』 ナナも屋根から飛び降りて、負けじとばかりに挑発的な口調でティオルを煽る。 『そんなこと言って……あんたらルギアが怖いんでしょ? 臆病者……あんたらを逃がすな、とリムファクシ様は言っているだから、逃がさない……教会を燃やして勝利宣言なんてのもさせないから……』 『おらー、逃げんじゃねーぞ!!』 リムファクシが翼を振り上げる。 『もちろん逃がしやしないさ』 リムファクシの鼓舞に応じるように、ロイが黒い眼差しでメタグロスとティオルを睨みつける。 『……黙っていれば調子に乗りおって!!』 激昂したメタグロスが右腕に取り付けていたカーネリアンを光らせ、ビクティニの力を解放する。 地面が爆ぜる。石畳が魚の鱗のように軽くめくり上がり、間欠泉のように宙を舞う。 『まぁまぁ、神龍軍でも勝てなかったというのに、こいつらは二人で勝てると思い込んでいる馬鹿どもだ……甚振って楽しもうじゃないか、ルバス』 続いて、ティオルもビクティニの力を解放する。瞬間、街の何処に居ても見えるほどの高さを誇る教会の時計台に届かんばかりの火柱が上がる。 (ワンダの解けない氷の比じゃない……あれが幻と伝説の差か……わざと負けてやるとか言っていたのは嘘かよ……) 腰を抜かし地面にへたり込みたくなる衝動を押さえて、ロイは自身を奮い立てるように大声を張り上げる。 『この街は誰の者だ!!』 『私達の物だ!!』 そのロイの鼓舞にナナが応える。 『誰が為に戦う!?』 『嵐の化身、ルギアがため!!』 『誰が為に戦う!?』 『海の護り神、ルギアがため!!』 『行くぞ!!』 『了解!!』 その叫び声はリムファクシへの合図。『行くぞ』の声と共に、リムファクシはナナから預かったグレイプニルの力を発動させる。神の力を注ぎこんだその&ruby(グレイプニル){魔法の紐};は強烈な光を放ち、周囲に居る自身以外の神の力をすべて無効化する。 即ち、ビクティニの力もダークライの力も、グレイプニルの力が及ぶ場所ではただの無用の長物でしかない。本人の純粋な力量のみがモノを言う、まっとうな勝負へと強制的に引きずりこむのだ。 ナナは自身を包む幻が消え去り、火傷の残る醜い外見へ。ティオルの炎はバシャーモの身の丈に合った、種族本来の力を超えない程度に。ルバスと呼ばれたメタグロスのサイコキネシスもまた、メタグロスの身の丈を超えない程度に。 『な、何をした!?』 『さあな?』 突然、炎が意志に反して弱まり。ティオルが戸惑っている間にロイは行動を開始した。ロイはティオルへ向かって肉球から猛毒の液体を振りかける。横薙ぎに放たれたそれはスピードこそ乏しいものの非常に避け辛い。 ティオルが炎で押し返そうとして、しかし液体と気体同士のぶつかり合いでは部が悪かったか、毒液が数滴付着する。皮膚の上からでも対象を侵す毒に触れられ、ふっきれたのだろう。ロイを本気で潰しにかかろうと、ティオルは荷物を捨てて間合いを詰めに、ロイの元に走り出した。 『神の力が使えないだと?』 『そりゃ、海の神様の前だもの。邪神の力なんて野暮なものを使わせられないわ』 一方ナナはルバスと呼ばれたメタグロスを相手にする。ナナがシャドーボールで先制をとるが、ルバスはそれが当たることもいとわずに突進。まずは、一瞬で間合いを詰めて攻撃するルバスの一撃。後ろ足を置いてけぼりにするような勢いの極端な前傾姿勢は、放った後のことを考えない非常に潔いもの。追撃なども不可能になるために総合的な威力は弱い。 しかし、敵は巨大にして重厚な体躯を持つメタグロス。巨大な前脚が&ruby(バレット){弾丸};のように伸びるその一撃に秘められた破壊力はハッサムの使うバレットパンチなどは及びもつかない破壊力を秘めている。まともに受け止めれば骨が砕けてもおかしくない衝撃を恐れて、ナナもナナで避けた後の事は考えていないかのような大げさな避け方をする。 互いに体勢は崩れた。しかし、ナナはこういう時に身軽な立ち居振る舞いが可能だ。片手で着地すると、そのまま後転して体勢を立て直しながら、シャドーボールをティオルに向けて放った。 その時、ティオルは距離を詰めたロイに対して、後ろ回し蹴りを叩きこんでいた。ロイは頭を下げ、耳がなぎ払われる痛みを歯をくいしばって耐えながら、浮足立っている敵に頭突きを喰らわせる。一瞬、体勢を崩したティオルは、ロイとすれ違うように転げ、尻もちをついた。 そこに、ナナのシャドーボールがティオルの足へヒットする。左足への一撃であった。体勢を立て直そうと、ティオルは立ちあがろうとして左足を踏み外す。殴ってくれと言わんばかりの位置に突き出たティオルの顔にダメ押しするようにロイの頭突きがヒットする。ティオルが痛みに呻いて思わず顔を押さえたところで、ロイはサイコキネシスで吹っ飛ばした。 ナナが体勢を立て直すと、大股で一歩またいだルバスが巨大な前脚を振り上げて、巨大な槌を振るうがごとく地面に叩きつける。隕石が堕ちたかのような衝撃音だが、ナナの骨が折れる音はその轟音に混ざらない。力が使えないとわかった途端にエスパータイプの技を封印したルバスの切り替えの早さは称賛に値するが、本来の戦闘センスはナナに比べれば数段劣る。 アームハンマーが振り下ろされる前に、ナナの蹴りがルバスの顔面を右足で一回。左足でもう一回叩き、その反動でナナはアームハンマーの射程から離脱する。 同時に軽やかな足取りで着地したナナは、髪の中からナイフを取り出しティオルに向かって投げつける。 悪タイプの力を纏って飛ぶそれは、正確にティオルを狙っていた。腕を払ってナイフを弾き、直撃を免れたティオルだが、その際に切っ先に触れた腕が傷ついた。ロイの追撃をこれ以上受けまいと、ティオルは這うように後ずさりしながら立ち上がる。ティオルの太い脚が自分に向いている状態では、寝ころんだままの体勢から蹴りが飛んできかねない。ロイは物理攻で攻めあぐねて地面の砂を掬って投げつけた。 立ち上がりざまを狙われ、思わず目を逸らし腕で顔をかばったティオル。 『脇ががらあきだ!!』 戦いの最中にしてはいけないな姿勢を取ったティオルの急所をロイのアイアンテールが打ちのめした。 『ぐふぇっ!!』 ティオルが唾の飛沫と共に汚らしい声を吐き出しす。 ナナには小細工らしい小細工ではあしらわれると判断したのか、ルバスは四肢を浮かせて風車の様に。しかし風車とは比べ物にならないほどの質量と回転スピードで以って回転して、ナナへと体当たりを仕掛けた。 ナナは回転のタイミングを見計らって、スライディング。敵の股下にもぐりこんだところで、敵の平たい円柱状の胴体の端っこを蹴り飛ばしてバランスを崩して見せる。 『ハッ!!』 進行方向を前として、後ろ側を蹴り飛ばされたルバスは、バランスを崩してジャイロボールの最中に地面へと突っ込んだ。 『イカサマって技知っているかしら? 相手の力を利用して攻撃するの』 クスクスと笑いながら、ナナは地面に突っ込んだままぐったりとしているルバスの上空に飛び上がる。その手に暗黒の球体を纏い、ルバスの体へ向けて叩き付ける。暗黒の衝撃波が着弾点を中心に広がり、その衝撃に飲まれた者は被害に見舞われた。 ロイの攻撃によって膝を折ったティオルの脚には、さらに鋼の力を纏った尻尾による足払いが決まり、うつ伏せに倒れ伏せたティオルの背中に穴を掘る要領でバリバリとひっかき傷を刻んでゆく。 地面の力を纏わせたロイの爪は、ティオルの体を保護している炎の力を容易に打ち破り、骨にたどり着く傷を付けるのに時間はかからなかった。 『勝負あったな……軍隊には勝てても、神の力には勝てないぜ』 地面に横たわる血まみれのバシャーモを見下ろし、ブラッキーの月輪が&ruby(かちどき){勝ち鬨};をあげるように輝いた。 『途中からは本気で戦っていたと言うのに……強いな、お前は……最初二人で挑まれた時は舐めているのかと思ったが……そんなこと無かったか』 うつ伏せの体勢のまま、ティオルは息も絶え絶えに呟やいて見せる。何故まだ余裕があるのかとロイは考えたが、真っ先に猛火の特性の事を思い出してロイは後ずさる。 『警戒するなよ……これでようやく俺達の復讐が叶うんだ……あのルギア様の力で、俺達のカーネリアンの力も封じられているみたいだし……今更誰かを襲う気力も無い……ところで、あのルギアが使ったあの力ありゃなんだ?』 『神器や神の力を封じる道具……グレイプニルって言うんだ』 『ほう……何だか知らないが大したものだ。俺が俺のまま、死ねる。こんな嬉しい状況が来るとは思わなんだ……』 ティオルは、ナナが投げつけたナイフの元まで這って行く。 『お前……本当に死ぬのか?』 理解できない、といった風にロイが尋ねる。 『ああ。それが復讐なのだからな』 にっこりと、勝ち誇ったような笑みを浮かべて、ティオルはナイフを掴み。それを首に宛がった。 『ああそうだ……忘れる前に言っておく……聖なる灰の残りは俺の荷物の中にある……有効に使えよ』 ティオルの首に切れ目が入る。鮮血がとめどなくあふれ、地面を濡らした。ロイは戦場で似たような光景を見た事があるし、その際に民間人を殺した時のような罪の意識も生まれない。だから、動じずにその光景をじっと見ていられた。 フリアを麻薬におぼれさせたり、それから連鎖してルインがショック死したりと色々恨みごともあるはずなのに、ロイは第一に浮かんだ感情が、『哀れだな』の一言であった。 もちろん、ティオルに対する釈然としない恨みもあったのだが、それよりもティオルが首に下げていた勝利石カーネリアン。何の変哲もない安ものの宝石のようなそれに対する憎しみがふつふつとわき上がってくる。 ふとロイが向こうを見れば敵のメタグロス。ルバスも鋼タイプに通じるような毒を飲んで自殺したらしい。ナナが膝立ちの体勢でメタグロスを見下ろしている。ティオルの荷物の中には、言い訳のように麻薬の抽出液が入った瓶が詰まっていた。 そして、ティオルの言った通り聖なる灰を入れた袋もありナナは人知れずそれを自分の髪の中にしまい込んだ。 夜で見物客が少なかったとはいえ先程のティオルが挙げて見せた火柱を見て、何事かと駆けつけてきた住民がちらほらと集まってくる。ロイは真実に嘘を交えて色んな説明をする。例えば、死体になった二人が麻薬の元締めであること。この二人は教会を焼きはらおうとした背徳者であること。軍隊をたった二人で破ったやつらであること。 そこら辺が真実だ。嘘なんて、それこそ沢山だ。今回はリムファクシのおかげで勝てたと言う事。正直言って、リムファクシの役割はシャーマンであれば誰でもよかったのだ。他にも、敵の素性は焼き畑を行う民族に対して迷惑がかからないように伏せておいた。 復讐の連鎖が始まればひたすら不毛になる事は目に見えていたからだ。ビクティニに操られていただけであった二人に同情するわけでもないが、わざわざ争いの種をまく必要もないだろうと判断して。 *** 『何とも呆気ない終わりだった。敵の真意はあまり分からず、目立って残った物と言えば街の被害だけという、何ともむなしい結果だ。敵の親玉格を倒した後の掃討戦にはある程度の人数が集まった。しかし、捕まった奴はぼこぼこにのめされた揚句晒しものにされるという噂を聞いてか、麻薬を売り捌く者はすでにほとんどいなくなっていた。 なんだか不完全燃焼のままこの事件は終わり街は落ち着いて行くことになる。これで一件落着ということでいいのだろうかね。 でも、それよりも重大な問題が発生した。なんだかんだでこちらの噂を聞きつけたワンダがこちらに来てくれたのはいいのだけれど…… で、街の観光案内と……家に招くわけか。家で何が行われたのかは……うん。まぁ、前々からやっていたわけだけれど……実際に家を訪ねて声を聞いてしまうと精神的にきつい。 妹だってもう16で結婚していてもおかしくない年齢なんだ……ワンダは変な所もあるが、根はいい奴だし上手くやっていけるかもしれないし……寂しいな。 俺が結婚出来るのは、少なくとも祭りをやった後かなぁ……そうなると少なくとも来年。もどかしい……』 RIGHT:テオナナカトルの構成員、ロイの手記より。神権歴2年、10月8日 LEFT: *** 教会で二人きりになれる懺悔室にて、フリージアとナナは二人きりでの話をする。 「やっぱり、貴方があの二人をけしかけたのね……」 フリージアのネタばらしを聞いて、呆れたナナは肩を落とす。 「私は、不信心でしょうかね? 私は、例え神を貶めることになっても、被害を最小限に食い止める方を選ぶべきだと思ったのです……それに、元々の原因は我らにあるわけですし……」 「そう言えば、落ち着いて話しする気になれなかったから聞いていなかったけれど……奴らの言う復讐ってのの具体的な理由は何?」 「具体的も何も……神龍信仰にとって目障りだったから民族丸ごと潰して、そこを領地にした……それを『恨むな』というのは、神龍様の教えからすれば正しい事ですが……心情としてはどうなのでしょうね? 敵すら愛せよなんて……私達でさえなかなか出来ないことなのに。 恨むなと、面と向かって言えるような事ではないでしょう……だから、私は偉そうに何か口出しすることもできず、ただただ頷いているだけだった」 「それを聞き上手って言うのよ、貴方の場合。ロイだって……神龍信仰を嫌っていたのに、貴方にだけは心を開いているわけだしさ。ティオルだっけか、あのバシャーモもそんなことを言っていたわよ……」 「聞き上手でも、行動しませんと意味はないです……」 自分のふがいなさを悔やむように、フリージアは首を振る。 「そう言えば、あの方々が……復讐に走った理由なんて、簡単すぎる理由ですから語る必要もないと思いましたが……一応、直接の理由ではないですが、あのビクティニの神器を手に入れた経緯については聞いております。聞きますか……?」 「ええ、お願い」 「一昨年の神権革命の直後……南方で起きた流行り病の際に、丁度焼き畑を行う民の聖地に向かってデオキシスが飛び立って行った姿を確認されたのです……まぁ、デオキシスが神龍信仰において悪魔扱いされているのは今更言うまでも無い事でしょうが、何人も死人が出る状況でデオキシスの影が見つかったら貴方はどう思います?」 「私はともかく……まぁ、普通の人はいい気はしないわよね」 「それで、神龍軍はデオキシスがその場所を潰すとか、デオキシスごと焼き払うとか……そんな風に乱暴な計画が企画されたのです。その……焼き畑を行う民にとって、デオキシスが力を補給する場所は、同時に彼らの聖地でもあるようなので、彼らは困ってしまうわけです。 焼き畑を行う民は、聖地がなければ……ホウオウの羽根を燃やして作る聖なる灰を入手することが困難になりますので。彼らにとっての聖なる灰というのは、日常にも祭事にも大切な意味を持っていますので……聖なる灰がなければ物凄く困ってしまうのですよ」 「例えば、どんな風に?」 ナナが尋ねると、フリージアはメモ帳らしきものを取り出し、答える。 「焼畑を行う前には、そこに生きる生物に感謝と謝罪の意を込め、祈りをささげなければならない。そのために焼畑を行う場所にはそのために……『そのために』って二回書いてありますね。走り書きとはいえ恥ずかしい」 と、フリージアは照れかくしに頭を掻きながら苦笑する。 「そんなこといいから、続けてよ」 クスクスと笑い、ナナは続きを促す。 「焼畑を行う前には、そこに生きる生物に感謝の意を込め、祈りをささげなければならない。焼畑を行う場所にはそのために聖なる灰を撒く必要があるのです……まず、その祭事のために必要です。 そしてもう一つ……焼畑を行う場合には、焼けて死した命を弔うために償い行者を立てなければならないそうです。その償い行者は他の集落を渡り歩きながら人々を癒すヒーラーの役に専念すること。その際に焼畑によって得られた作物・食料を口にしてはならないという苦行を負う必要があるのです……重要なのは、そのヒーラーという役割」 「つまるところの医者よね?」 (なるほど。それであいつは私の正体がゾロアークだって気がついたのか……匂いを幻影で取り繕う事は出来るけれど……コジョンドの匂いは出せていなかったのかも) 「ええ、医者です。」 ナナが一人で納得した所で、フリージアの言葉によってナナは我に帰る。 「医者としての責務を全うするために……傷にも病気にも効く万能薬となり得る聖なる灰は、必要不可欠。そう言った噂が流れただけでも、警戒せざるを得ないような事を……神龍軍は幾度となくしてきましたしね。神権革命のゴタゴタもあって、民衆の心を掴むために神龍軍は噂を現実のものにしようとしました。 そして、聖地破壊の先駆けとして焼き畑を行う民と神龍軍の衝突は何度も起こりました。それでも彼らは神器を持ちいなかったそうです……というよりは攻撃用の神器を持っていなかったようでもあったそうなのですが」 「どちらにしても、人前で神器を使うのは伝説のポケモンの間では共通のタブーとして伝聞されているし……だからこそ戦争に使う事は出来ない」 「しかしながらこのままでは本当に聖地を破壊されてしまうと、焼き畑を行う民は考えたそうです……ですから焼き畑を行う民の者達は……相手を思うように殺す事が出来たらいいのに……とは思っていたでしょう。 でも炎の力に頼ることを考えたのは別の思惑があったのですよ。聖地の力に頼らずホウオウの羽根を灰にする事が出来るなら……聖地が破壊されてもなんとかやっていけると考えたからだそうなのです。なんと平和な思考なんでしょうね……神龍軍にも見習ってほしいくらい」 自嘲するようにフリージアは言う。 「しかし、ようやく手に入れた力がよりにもよってビクティニの力が籠った宝石なのです……ある日歩いていたら偶然拾ったそうで。それ以前は火山などに出向いたり、炎ポケモンの伝説が残る土地に出かけたりしても手に入れられなかったというのに、そういった力を……偶然拾って」 「それ、多分偶然じゃないのよね、多分……私のフリージンガメンだって、拾いものだもの」 「そうでしたね。神器は時に持ち主を選ぶのでしたっけ……」 少々口ごもりながら、フリージアが相槌を打つ。 「えぇ……平穏無事に暮らしていた自分達に、理不尽な理由で襲いかかる神龍信仰に対しての憎しみを持っている者達なら。逆恨み勘違い野郎なビクティニの思念が封じられたカーネリアンは憎しみを増長する力も持っているらしいし、持ち主に選ぶわけもわかるわ」 「ナナさんはビクティニの事……よく知っておられるようですが……」 「いや……知っているってほどの事でもないわ。まぁ、なんて言うの?。私が持っているフリージンガメンが、黒白神教の神話で語られる豊穣の女神の持ち物にしてその意志が宿ったものならば……あのカーネリアンは神々と戦った炎の軍勢の一柱。自身の命が尽きるときに、死なば諸共って世界のすべてを焼き払うような炎を放った逆恨み野郎の石が宿ったものよ。 豊穣の神の兄妹はそこで力尽きたから。代わりに主神として名を馳せたゼクロムの息子が、未熟ながらも雷雲を携え世界に雨を降らして炎が世界に広がるのを防いだけれど……そのまま敵さんの意志は残っていたみたいね」 「その逆恨みの意志は……世界で最も権威のある神の一つ、神龍信仰に向けることで……満たされたということですか?」 「えぇ、世界を混乱に陥れることが出来る。ビクティニの独り勝ちだったわけ……八つ当たりに勝利しても空しいことこの上ないと思うんだけれどね。ま、それは個人の価値観だし? 可哀想なのは、それに心を操られてしまったあの二人よね……」 「ですね……その二人も言ってみれば被害者なわけですし」 「でも、同情は出来るけれど許すことはできないし……本人も、操られたまま生きることを苦痛に感じて死ぬことを望んでいた以上……あれが最良の終わり方だったのか……」 自己嫌悪や虚しさを綯い交ぜにして、ナナは溜め息をつく。 「貴方が気に病むことではありませんよ……結局、加害者はそのビクティニの力が宿ったカーネリアンであり、その加害者が動く原因を作ったのは、我らが神龍信仰。 結局は巡り巡って、私があなたに謝るべきなのです。まぁ、こんなことを言うとナナさんは『悪いのは貴方ではない』と言うのかもしれませんが、神龍信仰が悪いことには……変わりないですし。それより、誰が悪いかではなくどうすればこのような事が二度と起こらないようにするかのほうが大事ですよ」 「まあね……一応、ビクティニの思念が籠るカーネリアンはグレイプニルで効果を封じて、砂になるまで砕いて二つの川と湖に流しておいたからアレの処理については多分もう安心。でも、問題は大本の原因である神龍信仰なのよね。 神龍信仰の生臭神父も、これでリムファクシの神威にうたれて改心でもしてくれればいいのだけれど……逆に、権威を取り戻すために暴走して変な政策をとったりしないか恐ろしいわ」 皮肉めいた最後の言葉には、同意も否定も相槌も無く、フリージアは黙りこくる。ナナは返答が期待できないのを感じて、溜め息をつきながら勝手に喋り始める。 「神龍信仰が内部から変えられないなら、案はあるわ。シャーマンの力を見た者は&ruby(みなごろし){鏖};にする。そうしなければ、その力を戦争に利用する者が必ず現れるから……かつて秩序のため、『正義のために』と粛清を続けた闘神、コバルオンが提唱したこの掟……それももう潮時なのかもしれないわ。 戦争では、伏兵とか斥候とか戦目付けとか、必ずどこかに目撃者がいるから、シャーマンの力は利用しちゃいけないわけだけれど……今となっては、掟を破らせてでも神龍信仰を叩きのめして返り討ちにするべきだと思う。例えば、焼き畑を行う民なんかが、攻め込んできた神龍軍を圧倒的な力で駆逐すれば、きっと神龍信仰も眼を覚ます。 掟がどうとかそんなことを言わずに容赦なく使ってしまった方がいいのかもしれない。 例えばね、ロイが言っていたのよ。『ルギアから授かった力』とか、『神龍から授かった力』ということにしてみれば、神器を使ってもばれないんじゃないかって。少数派の宗教を信じる者は、実際に神を味方につけるか……もしくは、神龍信仰自体にレックウザの協力があれば……」 「私達の神に……ですか」 「うん、いっそのことレックウザが出てきてくれた方が話が丸く収まるかもしれない。『かもしれない』の域を越えないのだけれどね……」 「……状況の改善は難しそうですね」 そうね、とナナは相槌をうつ。 「当面の問題は貴方よ。貴方はこれまで、看護活動や悩みの相談などで地道に築いてきた信頼がある……だから、例え神龍信仰の評判が悪くなっても、余程の事じゃなきゃ貴方自身が疎まれることはないでしょう。でも、貴方の信じる神龍信仰から人が離れる事だけは絶対に避けられないわ。 自分が……自分が信じるものを……けなされる結果になっても貴方は……ショックじゃないの?」 「いえ、その事はもういいのです」 ナナに尋ねられて、フリージアはうつ向くかと思いきやその逆。とびっきりの笑顔をナナに向ける。 「私……これを機にテオナナカトルに入ることにしました」 「へ!?」 ナナは素っ頓狂な顔で耳を疑う。 「言葉通りの意味にとってもいいのよね……?」 「ええ……私は、ずっと貴方達の仲間になりたがっていました。しかしながら……レックウザへの忠誠心がそうはさせませんでした。 けれど、今回の事件や、マンヅの事件が起こった理由は神龍信仰にあり、サイリル司教の件など……この数ヶ月で色々ありましたね。そのせいで今まで執着……狂信していた神龍信仰に対する信仰心がここ数ヶ月で薄れていったのです。恥ずかしい話ですが。 ティオルさんにも、『神龍信仰にしておくにはもったいない』とまで言われまして……褒め言葉なのか、それとも馬鹿にしているのかもわからない非常に皮肉っぽい言葉でしたが……そうなのかもしれないと妙に納得してしまったのです」 「私がずっと言いたいけれど言えなかったことを……あいつは……言っちゃったのね。 全く……死んでもムカつく野郎だわ……今回だけはでかしたって言いたいけれど」 ナナは死人の顔を思い浮かべて苦笑する。 「今の教会の腐敗ぶりをみると、その言葉も仕方のない物なのですがね……ティオルの言葉を聞いて私は、理想を追って現実を見て見ぬふりをするのは止めたくなったんです。最初にも言われています……」 フリージアはこんなときでも聖書を捲ることをやめない。 「コリン第1、7章31節……『世を利用している者はそれを十分に用いていない者のようになりなさい。この世のありさまは変わりつつあるからです』……と。世界は変化している……だからこそ、確かな目で現実を見据えたいし、確かな力で理想を追いたいのです。 彼らをけしかけたのは……神龍信仰が貶されても仕方のない物という事実、貴方達の言う『神龍信仰は嫌われる』という事実を認め今一度建て直そうと言う私のけじめでした。 ズルズキンの依頼人の際に貴方にした宣言も……テオナナカトルではなく神龍信仰としてプロテスタントになりたいという宣言も、結局は嘘になってしまいましたからね。もう『嘘は付かない』、『出来ない宣言はしない』というけじめのため……」 「うん、ちょっと乱暴なけじめだけれど、そういう心掛けはいいと思うわ」 ありがとう、と言ってフリージアは続ける。 「藍色の物体をずっと見続けていると、それが藍色なのだか黒なのだか、段々分らなくなります。けれど、そんなものでも黒と並べたら藍色と黒の区別というのははっきりと分かるモノです。それと同じ……私は、貴方達を通して自分が信仰してきた物が何だったのかを知りたいのです……自分達の信仰は藍色なのか黒なのか? それを、確かめるため……お願いです……私をテオナナカトルに入れてくださいませ」 深く下げられたフリージアの頭。ナナはフリージアの後頭部の体毛をつまんで、彼女の顔を起こす。 「フリージアが仲間になるんなら……断る理由がないじゃない。よろしく……フリージア。私こそ頭を下げたい気分だったわ」 「ありがとうございます」 いつ涙ぐんでもおかしくない、感無量と言った顔でフリージアはナナへの感謝を口にした。 ◇ その夜すっかりおとなしくなった街で、酒場も休業中。何もやることがなくなったロイは窓を開けて夜風に当たっていた。 「こ~んば~んはっと」 すると、屋根のヘリにぶら下がって体制のナナがロイを見下ろしていた。 「ナナ……お前……また窓から入って来る気か?」 「窓から入って来る方が私らしいでしょ?」 ナナは屋根から窓へ滑り下りて、ロイの部屋で髪を掻きあげてポーズをとって見せた。 「……全く、常識の無い奴だな」 ナナのフリージンガメンが月明かりに照らされて、光を照り返している。積乱雲のような白い濁りの中で、琥珀に入り込んだ虫が美しくその姿をとどめていてそれが一層ナナを引き立てる。 「今日はね、フリージンガメンに導かれたの。ほら、貴方に会えって言って来て……」 ナナが指さした先には、不自然に生えた草がいつの間にか出現していた。 「でも、フリージンガメンに案内されたのはここで終わりなのよ……貴方と一緒に何かをしろってことなのかしら? でも、何かなんて決まっているわよね……貴方との約束を……」 「……なら、それでいいんじゃないかな。でもその前に、この呆れた雰囲気のままやりたかないよ」 ロイは力なく苦笑する。 「約束どうのこうのの前にさ、他愛のない話でもいいから前ふりを置こうぜ、ナナ」 「あら、話のネタでもあるのかしら?」 ナナがロイの頭を撫でると、ロイは気持ちよさそうに頭を委ねてから頷く。 「そう……でも先に、私にちょっとだけ喋らせて」 「いいよ」 と、ロイに許可されたナナはベッドに腰掛け、隣にいるロイの方を向いて語り始める。 「私は……誰がティオル達に私達の正体を教えたのか、気になって調べてみたの……と言っても、ただ尋ねて回っただけだけれどね」 「そしたら?」 もったいぶった言い方をするナナに、ロイは結論を促す。 「フリージアだったのよ……『ナナさん達はただの知り合いです』って言えばいいのに、わざわざ私達は便利屋のようなものをやっているって教えちゃったのよ」 「ははぁ……神龍信仰の者が俺らシャーマンと繋がっているなんて言ったら……フリージアは神龍信仰の信者として品位が問われるだろ? それどころか、神龍信仰の評判を&ruby(おとし){貶};めようとしている輩に俺達の情報を流して、何をさせようとしていたんだ……?」 呆れながらロイはナナへ尋ねる。 「フリージアは仲介屋だもの。ティオルとルバスは、私達テオナナカトルに自分を殺す依頼をさせたかった……フリージアがその依頼を仲介した。ただそれだけのことよ。 まぁ、あの二人組は私たちに依頼をするまでもなく、いつかは同じ結果になるのでしょうけれど……私達が殺すからね。 そうして相対的に神龍信仰の価値が下がる……ということになる以上は、被害が少ないうちに収集を付けた方がいい。つまり私たちに任せた方がいいのでしょうけれど……でも、フリージアと話をして、フリージアには別の思惑があることを知ったの。 私は、何度も何度もフリージアをテオナナカトルに誘っていた。彼女の思想、彼女の行動力、彼女のシャーマンとしての適性……全てが、テオナナカトルに相応しいから……」 「あいつ、三日月の羽根の声とか普通に聞いているもんな。シャーマンとしての素質はありまくりだ。で、その話を前ふりに持ってくるってことはつまるところ……」 うん、とナナが頷く。 「フリージアは、私達の仲間になるための決意の表れとして、神龍信仰の評価を下げてでも街の平和を優先した……そういうわけ」 「神龍信仰の評価を下げてまで、か……改めて言葉にすると随分な決意だな。ティオルとかルバスとか……相手さんがわざと俺達に負けるつもりだったとは言え、結構本気だったみたいだぞ? 死ぬかと思ったってのに、けしかけたフリージア本人は悪いと思っていないんなら気楽な物だなおい」 「そ、それは……まぁ、フリージアも色々精神が参っていたんでしょう? 私達が彼女の看護の仕事増やしちゃったから……冷静な判断が出来なかったのはある程度仕方がないわよっ。と、とにかくそんなことはさておき嬉しいことよね。これで、神子のノルマは達成……後はシャーマンが一人いれば……」 「そうだな、プラスの方を考えよう……」 と、言いつつもそこで話は終わってしまい、沈黙と言う気まずい時間が流れる。話すべき事があったじゃないかとロイは我に返り不意に口を開いた。 「あ~……そうだ。さっき言った話のネタなんだけれどね、酒場は……もう店員もいない状態だしさ。リーバーには悪いけれど、酒場は閉店しようかと思っているんだ」 「あら、リムファクシ辺りをこき使って続けるのかと思ったけれど……やめてどうするの?」 驚いたナナは自然と尋ねていた。 「この街にはさ、治安を守る者がいないだろ……今。だから、俺がそれになろうと思うんだ……治安を守る者にさ」 ナナは言葉を失っていた。 「大変そうね……」 「大変だが、利用できるうちは、リムファクシを利用しようと思う。そうすりゃ、人心を掌握して支持を受けたり、人を集めたり、活動資金の寄付を受けたりも出来るだろう。リムファクシとは色々話あってさ……あいつ、陸の暮らしがすごく気に入ったらしくって海には帰りたくないそうなんだわ……ま、ホームシックになることもあるだろうけれど、それでも。あいつがいてくれれば……なんとかできる気がしてきたんだ」 「神の威光を利用するのね」 「不本意だがな。何だか、障害のある子供をダシに物乞いする親みたいで気分は悪いが……でも、この街は変わる。変えるべきなんだと思っている……。何、領民を守るのは領主の務め……ってことで良いじゃないか。今はもう領主じゃないけれど、昔にもそういう経験がある。 ただそれを、何の後ろ盾もなく始めるのは大変かもしれないけれど、リムファクシが来てくれたのは本当に幸運なことだよ」 フーッとロイは細長い息を吐く。 「でも、俺たちにとっては幸運でも……リムファクシは、あの年齢で身寄りもないんだ……本人の前では、幸運だなんて言えないな」 「それでも……残された物を有効に使うのが黒白神教の教え。残された物とは薬の材料となる死体のみにあらず」 ナナは膝を屈め、ロイを後ろから抱き締める。 「あの子の不幸と幸福に、最も深くまで触れることが出来るならばそれでいいじゃない、ロイ。この街を守った貴方なら……出来ないことじゃないわ」 「そんな大したものじゃないだろ? あいつらを倒して街を守る事が出来たのは、言ってみればナナ……お前のおかげなんだから。お前がグレイプニルを作ってくれたからだ」 「でも私には、リムファクシを見て一瞬でそれを利用する手立てなんて思いうかばないわ。チャンスをモノにする力は、貴方の方が上。街を守るって言うなら……それ、やってみなさいよ。私も……貴方なら出来そうな気がする……」 ナナに力強く後押しされて、ロイは溜め息をつきながら現実を見る。 「ナナはこれからどうするんだ? それの如何によっても……」 ロイを抱きしめていたナナは、そっと腕を離す。ただ、かがめた膝はそのままにして立ち上がろうとはしない。 「酒場が終わると言うのならば……私もそろそろ旅に出て、仲間となり得るシャーマンをスカウトする旅に出ようと思う。……テオナナカトルの仕事は、貴方とジャネットだけでも出来るでしょうし。 思えば、祭りを行うために……テオナナカトルも随分と仕事を様変わりさせたものね。すっかり集団で仕事を行うのが普通になっちゃった。先代のジャネットの父さんはたった一人でも立派に仕事をやっていたわけだから……少数での仕事に慣れていないジャネットにはいい経験になるでしょうけれど」 「……神子のノルマはもう達成した。後は優秀なシャーマンが一人いれば、祭りは行えるのか」 「えぇ、だから……あと少し。頑張りましょう……そうすれば、私達が結ばれる日も遠くはない」 ナナは膝立ちのままロイの前方に回り込み、そっと口付けをかわす。ロイは寝がえりをうつように、息を吸うように自然に口付けに応えて、終わった後で自分は何をしているのだと我に返った。 もちろん、キスをする事が嫌だったわけではない。ただ、条件反射のような無意識のキスが不思議な感覚でならなかった。 「さぁ、約束したように……エッチなことして遊びましょ」 「何度も言うようだけれど……今度は寸止めしてお預けなんて中途半端な事はしないでくれよ」 「大丈夫だって何回も言っているでしょ? それに今日はそういう気分じゃないわ。貴方をねぎらう意味を込めて……」 と、ナナはそこで言葉を切る。 「楽しませるつもりよ」 ロイの大きな耳を舐めるようにそう囁いた。 「俺も」 はにかみながらも、ロイは包み隠さずにそういった。 ロイはナナを部屋へと手招きする。以前は窓から入ってきたが、今度はきちんと玄関からだ。ナナは暗い階段を大胆な足取りで登ってゆく。悪タイプ特有の夜目の利きは、リーバーのような危うさが無くて安心して見守れる。そのリーバーはこのごたごたを切っ掛けに、もうこの家を引き払ってしまい、代わりにしばらくはこの家がリムファクシの住処になったのだが。 そのリムファクシもまた、深海で僅かに発光しながら物を見る目があるから、この階段に躓くことはなさそうだ。要するにもう、この階段につまずく者はいないのだ。 (少しばかり寂しいことだが、それも仕方がない事か……) 「リムファクシが隣で眠っている……起こさないように気をつけような」 「うん……」 ナナが髪を結んでいるグレイプニルの模造品を外して正体を晒す。火傷と、本来の髪の色が露わになってロイはナナありのままの美しさを再確認する。もつれ込むように二人はベッドに横たわった。やっぱりナナはさりげなく火傷した方を下にして隠している。 「……ふぅ」 「……はぁ」 横たわったのはいいが、二人とも何もしようとは思わなかった。このまま寝ようとしているかのように、寄り添う二人は互いの息遣いを感じている。 ナナがいつも攻めるのだ。だから、ロイはそれに身を委ねる気でいた。チク、タク、チク、タク。懐中時計の音が五月蠅い。闇の中におぼろげに浮かぶ長針が90度動いても、ナナは起きていた。こうまでナナが動かなくっても、ロイは不思議とじれったくなかった。 欲求不満にならないわけではなかったが、ナナが起きていると言うのはいつか攻めてくるであろうことだと信じていたから。 (それに、甘えてもいいのだとナナは言ったことだしな) ナナがゆっくりと、ロイに口付けた。舌先が触れる。ナナの手が下半身に触れたのもほぼ同時だ。ゆっくりゆっくりと。快感を与える気はさらさらなくって、むしろ欲情させるためだけのデモンストレーションのようだ。 こんな弱い刺激じゃ、欲求不満になるだけ、だけれどナナのやり方に任せたんだ。不快ではない……むしろもっと身を委ねていたくなる気分だ。息を荒げそうになる。けれど、ナナはマイペースに口の中を弄ぶばかりで、下の方もじれったい。 開始までに焦らし、開始してからも焦らす。甘えている相手にはとことんお預けするのがナナの性癖だ。だが、ロイは委ねている感覚が好きだった。雪が降り積もるように徐々に補給される劣情。ロイはたまらずに口を離し、ナナの胸に顔をうずめた。 ふさふさとした厚い体毛の中にある乳房を見つけロイはそれをマズルで押しつけるように、息でマッサージするようにナナを翻弄する。思えば、ロイがキス以外で初めてナナに愛撫した瞬間でもある。それがこんな赤ん坊染みた愛撫であることに対してナナは呆れているようだが、嬉しそうでもあるような複雑な表情をしている。 「甘えん坊さんね」 ベッドに横たわってから20分前後。初めての会話がそれだった。 「ナナじゃないか……甘えてもいいって言ったのは」 「生意気な子」 ナナがロイの肉棒の根元をギュっと握る。突然加わった強い刺激に反応して、そり返ったうなじがさらにそりかえる感覚を覚える。 「感じた? ロイ」 「うん、気持ちいいよ」 「……でも、私はまだ気持ちよくない。くすぐったいだけよ」 ナナはロイの耳を食む。 「もっとゾクゾクさせて……もっと甘えてもいいの」 とは言われても、ロイは困った。赤ん坊の真似ごとのように母乳を吸う仕草でナナは感じるのか? それとも下半身の割れ目にそって愛撫すればナナは感じるのか? 他の女性はそれで十分だったが、ナナの場合は意地でも純潔を守らなければいけないから勝手が違う。 (感じたとして興奮させ過ぎるのも体に毒だろうし……) 思考がグルグルと回って、答えが出ない。 「いいのよ、貴方の思うままにやっても。きっと私はそれを喜ぶから。ほら、胸に耳を当てて……私がドキドキしているの、分かるでしょう? 貴方がこうさせたの……貴方のせい。だからこれを収めるのも貴方」 ナナの鼓動を間近で聞いて、ロイはごくりと唾を飲む。 「分かる? たまには私も満足させてよ」 「と、言われてもなぁ……」 「なに? おまたに突っ込んでズコズコやらなければ女性は満足しないって思ってる?」 「う……」 「いいのよ。私は貴方に甘えさせてあげるって宣言しちゃったし……もっと赤ちゃんみたいに、甘えてもいいのよ?」 「いや……何回も楽しませてばっかりだし。前回はおあい子だったけれどさ。それに、もう甘えるとかどうでもよくなってきた……」 ロイは照れているのか、ナナの顔を見れずに顔を伏せた。 「で、具体的に俺はどうすればいいのさ?」 「大丈夫、貴方なら出来るわ」 何が大丈夫なものかと思いながらロイは苦笑するしかなかった。 「ナナ……じゃあ、仰向けになってくれる?」 ナナが頷いて笑う。そっと頬に添えられて手が離され、ロイはナナの体温によって暖められた空気から解放される。 ゆっくり、ゆっくりと呼吸を挟んだ 「体を楽にして……」 心なしか、ナナは緊張しているように見える。 「緊張してる?」 ナナは恥ずかしそうに頷いた。 「親以外で触れるのは貴方が初めて。ゾロアークに進化してから触れるのも貴方が初めて……そういう場所を晒すのだもの」 「……なんだかんだ言って、やっぱり処女なんだよな、ナナは」 ロイは鼻で大きく息を吸う。 「ありがとう」 予想外の言葉に驚いて間抜けな口を開けるナナをロイが笑った。 「初めてに俺を選んでくれて……」 「馬鹿ね、まだ処女はあげられないのに……そんなに愛してくれたらあげたくなっちゃうじゃない」 「分かってる。でも、ありがとう。いつかそうなる気がするから」 ロイは前脚でそっとナナの秘核に触れる。犬形態のポケモンは、クリトリスと膣口がほとんど一体化しているために、ありていに言ってしまえばどちらを触れているかの区別のつきづらいのだが。 地面を踏みしめたざらざらの肉球の腹で、撫でるように、押しつぶすように。しかし優しく調整された力加減は相手に痛みを感じさせないように慎重だ。ナナは声も出さないし、大きく体を動かす事はしなかった。しかし、触れているロイはきっちり毛皮の下でぴくぴくと動く筋肉の動きを感じている。 「ん……はぁ」 思えばナナは、何度か薬を作るために疑似性交の類を行っている。ロイとか、リーバーもその被害者になったのだから良く知っている。そのたびにナナは欲求を滾らせ得られる快感を想像してきたのだろう。 その想像が膨大なイメージトレーニングのようになって、初めてとは思えないほど敏感な体を得ているようだ。ナナの反応の良さは、ロイにも経験がない水準まで達している。 敏感な上に初めての快感。翻弄されるがままのナナはベッドのシーツを強く握りながら、本能的な快感に身を任せようと体を捩じってしまうのを避けている。ロイに身を任せるためなのか恥ずかしがっているのか。 (これではシーツが破れてしまうな……) まさかここまで快感に弱いとは思わず、シーツの心配からナナが喜ぶ嬉しさが綯い交ぜで複雑な気分だ。率直に言ってしまえば、挿入出来ないのがすごく悔しく感じてしまう。 (でも、ナナが喜んでくれるだけでも嬉しいか……) いわゆるM字開脚の姿勢になっているナナが愛おしい。灯りに引き寄せられる虫のように眼がそこへ向いてしまうのが止められない。ナナの顔も見ていたいのに、本能はそんなことを許してはくれないみたいだ。早めに蹴りを付けないと収まりが付きそうにない。 自身の股間で滾る者を気にしながら、ロイは一歩下がる。湿り気を帯びた秘核を舌がなぞった。 「ふあぁん」 「信じられないな……ナナってそういう声出せるんだ」 「だ、出すわよ……貴方相手なら」 似合わないセリフにロイは笑ってしまった。 「……しかし、貴方も躊躇い無くやるものね」 「お前にその台詞は言われたくないなぁ……躊躇いの無さなら負けていないだろうし」 フフッと鼻で笑って、ロイは再開する。ただし、今度は舌ではなく鼻を押し付ける形で。 小休止のために吸って吐いて吸って吐いて。その息遣いが今までよりもずとずっと強く感じられる。それがじれったい刺激なので、ナナは思わず腰をつきあげて要求する。 「意外とせっかちさんだな」 ロイはナナの意外な面を見つけて、また笑った。 「あの日、お預けにされた恨みがあるけれど……ナナには意地悪しないで上げる」 「あら、よかった。意地悪されたらし返してあげようと思っていた所だし」 ぞっとする計画を聞いてロイは苦笑する。 「勘弁してよ」 「して欲しいならやることあるでしょ?」 ロイは呆れて笑う。 「余裕なんだかそうじゃないんだかはっきりして」 グシグシ……ロイは再び口を離して、肉球で以ってナナの秘核を前後に擦る。十分にほぐされたそこを見ていると文字通り吸い込まれそうというか吸い込まれてしまいたくなるのだが、ロイはその欲求をぐっとこらえた。 「あぁぁぁん!!」 ナナが大口を開けていた。目が虚ろだ。自分から快感を求めて腰を振る様は、例えようもなく淫靡で。ロイはもともと赤い眼を血走らせて肉球を強く押し付ける。 「や……」 ナナが言葉を途切る。操り人形の糸が切れたようにナナは力を失ってベッドに四肢を投げ出した。 「もう……だめ……」 「ナナ……休んでもいいけれどさ……俺はまだ……」 ロイはナナの右側から話しかける。この前の二の舞にされるんじゃないかと、ロイは気が気でない。 「分かってる」 ナナがロイの頬を親指で撫でる。 「思えば、今回一番苦労していたのに……ご褒美何も無かったもんね。これ、私からの褒美代わりに……」 「ナナ……」 ナナにいつも通り引き倒されながらロイは彼女の名を呟く。 「何かしら?」 「いや、お前本当に美人だなって……」 ナナの髪が僅かに逆立った。ロイのセリフを鼻で笑うと、ナナはロイにデコピンを見舞う。痛みで顔をしかめるロイに、潤んだ瞳を揺らすナナが言った。 「気障なセリフはいつ勉強したのかしら?」 「思いついたんだよ。お前を見てたら自然に」 ナナは熱っぽい視線を隠すように眼を瞑り、溜め息を漏らした。 「じゃあ私からも……ロイ、貴方を愛している」 「……俺も」 「じゃあ私からも……ロイ、貴方は素敵よ」 「……ありがとう」 ロイに褒められて気分が良くなったナナがロイの顔を撫でる。ロイは気持ちよさそうに眼を瞑って身を委ねる。エネコかニャルマーのようなその仕草はもう立派な大人だと言うのに何だか可愛らしい。 演武のようにナナはゆったりとロイの肉棒を握り、口を近付けるのもまたゆっくりと。ナナはこの時間を出来るだけ長く感じていたかった。ロイはナナのその気持ちを十分理解していたし、焦らされるのも悪くないから急かす事をしない。 (あぁ、心地よい時間だ) 噎せ返るような雄の匂い。ナナは眠っている時のそれのようにゆっくりと吸気し、ロイの匂いを肺で一杯に受け止めた。カプリと、先端を咥える。歯が当たっているけれど、痛くない程度で本当に触れているだけの力加減。 ロイは気が急いてしまうが、今のナナを邪魔したくなかった。限界まで遅くしているように思えるその動作がじれったいのは百も承知。快感を待ちわびる時間を快感ぐらいの心掛けじゃないとナナの相手は出来ないようだ。 口の中で肉棒が弄ばれる感触。時折硬い牙に触れるけれど、傷つけるために使われない牙の動きは、わざとなのか狙っているのか快感に沸騰させられた頭を程良く冷やしてくれる。ナナのことだから狙ってやっているのかもしれない、と快感に負けないように意識を逸らしてみるが、ナナは視線で意識を逸らしているのを見切っている。 「あぅっ」 そういう時に限って、ナナは刺激を強くして意識を現実に戻そうとしてくる。喘いでくれないと楽しくないんだと言わんばかりだ。 (分かったよ、ナナ) ロイは楽しそうに肉棒を咥えるナナを見つめ続けた。それで良し、とばかりにナナは視線を動かした。 「ナナ……もうそろそろ終わりだよ」 張り詰めた肉棒もそろそろ限界に達しそうだ。と、宣言してもナナはそんなことわかっているとばかりにほくそ笑むばかり。いかなるサインで射精が近い事を知っているのか、ロイには知る由もないけれどナナにはお見通しのようだ。 「ぐっ……」 ロイが反射的に腰を突き出した。肉棒全体に走る強烈な快感が白濁した精液と共に駆け抜けていく。ナナは嫌な顔どころか陶酔した様子でそれを呑みこんでいく。媚薬か酒でも飲んだかのような上気した表情を見せて、ナナはロイに覆いかぶさった。 そのまま口付けをかわすのはロイには抵抗があったが、ナナはそれを顧みずに口付けをした。肝心のロイは多少嫌悪感を抱きつつも、まぁいいかと折れることにした。 永いキスを堪能した後、二人は体を拭きあう。互いの体を労わり、マッサージするような手つきで行われる事後処理を堪能すると、ナナはごろりとベッドに横になった。 「今日は泊めてくれるかしら? 明日は龍熱病の薬を作らなきゃいけないから……ゆっくり休みたいし」 「ゆっくり休みたいなら一人で寝るべきじゃない?」 「貴方が、三日月の羽の効果を高めてくれるから……よく眠れるの」 あぁ、とロイは納得した。今ではすっかり三日月の羽を使いこなせるようになって、ロイは毎日穏やかな眠りについている。先日酒場が宿屋と化した時には確かに皆が良い夢を見ていたようだ。特にリムファクシはうれし涙で泣き腫らして目やにがべっとりくっついていたりもした。 「……そうだな。じゃあ、今日はサービスだ。とびっきりいい夢を見せてやろうかな」 「お願いするわ……クレセリアの神器使いさん」 ナナはそう言ってロイに口付けを交わす。後は、糸の切れた人形のように倒れて静かに眠るのみである。 *** 『俺がナナを支えてゆくってのもいいけれど、ナナが俺を支えるってのも悪くないな。よし、明日からもがんばろう。 それにしても、なんだ……結局、もう甘えるとか甘えないとかどうでもよくなってきちゃったな』 RIGHT:テオナナカトルの構成員、ロイの手記より。神権歴2年、10月9日 LEFT: [[次回へ>テオナナカトル(11):ホウオウ信仰の聖地、焼却の雪原・上]] ---- 何かありましたらこちらにどうぞ #pcomment(テオナナカトルのコメントページ,12,below); IP:223.134.158.221 TIME:"2012-01-09 (月) 00:46:32" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E3%83%86%E3%82%AA%E3%83%8A%E3%83%8A%E3%82%AB%E3%83%88%E3%83%AB%2810%29%EF%BC%9A%E7%B5%90%E6%9E%9C%E7%9A%84%E3%81%AB%E3%81%AF%E5%BE%A9%E8%AE%90%E3%81%AE%E6%89%8B%E5%8A%A9%E3%81%91%E3%83%BB%E4%B8%8B" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"