ポケモン小説wiki
スパイラル の変更点


written by [[朱烏]]
written by [[アカガラス]]

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この物語には主人公という概念が存在しません。あしからず。
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&size(25){''スパイラル''}; 


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開けてあった窓からの吹き抜ける風で俺は目を覚ました。
視線の先にはアナログ時計。丁度3時を表示していた。
確か、1時半くらいまで健康的な番組を見ていたのは覚えている。それからうとうとして…もう1時間以上ソファの上で眠ってしまっていたらしい。
かわりにテレビに映っていたのははあまり目にしたことのない通販の番組だった。
最近親が買ったばかりの薄いテレビの中で、化粧の濃いおばさんと若干禿げかかったおじさんがべらべらと早口で商品の紹介をしている。
しばらくその胡散臭い宣伝を聞く。どう頑張っても興味を持てそうにない商品だった。
うんと伸びをしてから、そばにあったリモコンで鬱陶しいテレビの電源を消す。
ふぅ、せっかくの国民の休日を、家でだらだらと過ごし、寝そべりながらテレビを見て、挙句の果てに寝てしまう。
我ながら実に素晴らしい時間の無駄遣いだ。
昼飯を食べた後は、少しでも勉強しようとノートをかばんの奥底から引っ張り出してはみたものの、5分それと向き合ったのち、結局テーブルの上に放りっぱなしにしてしまった。
もともと勉強なんかする性分じゃないので、そんな行動に移れたこと自体が奇跡だが。
「おはよー。よく眠れた?」
不意に声がして、そちらのほうに目を向ける。
その声の持ち主は、隣のソファで佇んでいるポケモンのものだった。
大きめの耳と尻尾は植物と一体化しているようで、前足、後ろ足、胸にも同じような緑色の葉がついている。
それと調和をとるような栗色の瞳は可愛らしいの一言に尽きる。
「ああ、寝汗びっしょりだ。よく眠れたよ」
寝ぼけている俺に話しかけたポケモンの名前はサフュア――雌のリーフィアだ。
名づけた俺が言うのもなんだが、もっと発音しやすい名前にすべきだった。
それでも本人は結構気に入っているらしいので、それほど後悔はしていない。
「とりあえず着替えたら? うわ、ソファがびしょびしょじゃん。汚い…」
「おい、失礼だぞ。それに人工皮革なんだから拭きゃあ何とかなるんだよ」
そう言いつつも、まさかこんなに汗をかくとは思っていなかった。流石にこの様だとサフュアも嫌がるか…。

&size(20){    ~};

それにしても暑い、暑過ぎる。
確か、朝やってた天気予報のお姉さんは『今年初の猛暑日になりそうです』と言っていた。
猛暑日って言ったら35℃を超える日のことだよな? …やっぱり夏という季節は好きになれない。
しかも今年は運悪くエアコンが壊れてしまっていた。
いや、相当年季が入っていたので壊れるべくして壊れたといったほうが正しいだろう。
まったく、あれほどまでに新しいのを買おうと懇願したのに、結局親は聞く耳を持ってくれなかった。
おかげで今夏は生温い扇風機の風を存分に楽しめそうだ。
「はぁ、暑いなー。なんか冷たいものが食べたいよぅ」
サフュアがわざとらしく語尾を伸ばすときは大概が『お願い』のときだ。それも半強制的な。
「めんどくせえな、自分でやれよ」
とか何とか言ってる俺も実はサフュアと同じ思考回路になっていた。そういえば冷凍庫にアイスキャンディーがあったよな…。
サフュアも結構この暑さに参っているし、ここはふたりでアイスキャンディーを食って復活するか。
フラフラと冷凍庫に近づき、中身を確認する。が、
「あれ? 箱の中身が……」
フルーツの描かれたカラフルな箱は存在するのに、肝心な中身は空になっていた。
「えー? ないのー?」
俺の反応を見て、わざとらしく頭を垂れるサフュア。ここで少しでも可愛いとか思ってしまったら負けだ。
俺も食べたかったが、ないものはしょうがない。ここは諦めるしか…
「じゃあ買ってきてちょーだい」
…でた。
「はぁ? こんな暑い日に外に出れるか! 熱中症になるかもしれないだろ!」
俺はもっともらしい言い訳でサフュアの『お願い』を回避しようとするが…
刹那、何か緑色の鋭いものが俺の頬を掠め、後ろの壁に刺さった。
「お願い♪」
数秒後、俺は財布を握りしめて玄関を飛び出していた。
やはり熱中症なんて言い訳はどう考えても通じない相手だった。
家からコンビニまでの距離は&ruby(チャリ){自転車};で1分なのにそれを面倒くさがる俺への制裁といったところか。
いつからなんだろう、イーブイの頃はあんなに可愛かったのに、今や『葉っぱカッター』を乱発してくる恐ろしいリーフィアになってしまった。

&size(20){    ~};

俺はバトルと言うものをした事がない。
単純に興味を持てなかったし、それでサフュアが傷ついてしまうのが怖かった。
しかしそんな俺とは対称的に、サフュアは物心ついたときからそれに興味を抱いていたようだった。
イーブイの頃のサフュアはとにかく落ち着きがなかった。
何か物を壊すのは日常茶飯事、俺もその小さな体に秘められたパワーに何度もお世話になった。
やはりバトルをさせていない分、他の家のポケモンよりストレスがたまりやすいのではないか。
しかし、俺もトレーナーになる気なんて毛頭ない。
そう考えた俺は、サフュアがいつでも外に出られるように家の裏口を勝手に改造して、カパカパと閉じたり開いたりする穴を作った。
バトルかしたいんだったら勝手に外でやってくれという、トレーナー(便宜上トレーナーということにしておこう)にあるまじきとんでもない発想だった。
今でも俺は自分自身をバカなやつだったと思う。
しかしその数週間後には、町内中に『トレーナーのいないバトル好きイーブイ』として名を馳せることになるとは想像もしていなかった。
流石にそれではいつ不都合が生じてもおかしくなかったので、一応トレーナーとしてサフュアについていかなければならないことになったのもそれからすぐのことだった。
と言ってもバトルには基本的に参加せず、サフュアの天才的バトルセンスやいつの間にか覚えていた技を見て驚嘆しているだけだったが。

&size(20){    ~};

また買いに行かなくてもいいように大量にアイスキャンディーを買い、すぐに冷凍庫に入れるために全速力でチャリをこいでいく。
ああ、またなけなしの小遣いが半減してしまった。
これで10日はもってくれないと困るぞ…。
暗鬱になりかけた心のまま玄関を開けると、底には俺のもう1匹のポケモンが佇んでいた。
「・・・・・・ごめんね、コウ。また姉さんが迷惑かけたみたいで」
「ん、ああ、別に構わねえって。俺も暇だったしな」
開口一番謝ってきたポケモンの名はルシア――雄のブラッキーだ。
サフュアとは&ruby(きょうだい){姉弟};の関係に当たる。性格は姉とまるっきり正反対だ。
ルシアは寡黙で行動も控えめ、それゆえ俺と同じでサフュアの尻に敷かれている。
しかし、やはり姉弟、あの類稀なるバトルセンスの良さだけは血のつながりを感じざるを得ない。
俺的には姉を超えていると思うのだが、実際に姉弟同士で戦わせたわけでもないし、何より本人が戦いを好まない。
ルシア自身、自分の能力にまったく興味を示していないようで、穏やかで平和に暮らしたいと心から願っている。
そんなささやかな願いはたいていサフュアによって打ち砕かれてしまうが。
俺はそんなルシアと境遇が似ているためか、非常に気が合うのだ。
ちなみに、ルシアは俺のことをコウと呼んでいるが、本名はもっと長い。
「ほら、ルシアも食おうぜ。早めに食っとかないとお前の大好きな姉ちゃんに全部消化されるぞ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん」
ルシアは少し俯き加減で応える。長年の経験からなんとなくこの長い間の意味は分かる。
俺が言った『大好きな姉ちゃん』も部分を否定したいんだろうな。
でも持ち前の性格のせいでそれを言うことでさえ躊躇ってしまう。
こっちだって冗談半分で言っているのに真面目に受け取られちゃ困るんだよなぁ。・・・反応しづらいし。
「ふぁ・・・・・・ちょっ・・・・・・」
ルシアの脇を持って抱き上げる。本当、『可愛い』意外になんと形容できよう。
このまま頬ずりとかその他諸々のことをしてみたいが・・・自重しておく。
このサフュアもこいつと同じ性格だったら、いうことは何もないのにな。

一段落ついた後はみんなでアイスキャンディーを食う。
やはりエアコンがないといつもより冷たく感じる。この感覚は結構好きだな。
「ひゃっははいふはふはいはぁ(やっぱアイスはうまいわぁ)」
「サフュア!? 何で10本も口ん中入れてんだよおおぉぉ!!」
最悪だ。綺麗に袋が裂かれてアイスが抜き取られている。
しかも俺の好きなりんご味が1本も残ってないし。
「いいひゃん、へふほんははいひ(いいじゃん、減るもんじゃないし)。へひうはほふはほえはへ(ていうかよく数えたね)」
「何言ってるか全然分か・・・うわっ!?」
またサフュアに攻撃され尻餅をつく。
本日2度目の『葉っぱカッター』。しかもさっきより鋭くなってやがる。
「油断大敵。じゃねー♪ ああ美味しかった」
「待て! くっ・・・」
サフュアは颯爽と2階へ昇っていくが、俺は尻を強打して動けなかった。全く以って情けないな・・・。
「姉さん、食い意地張るの好きだなあ・・・・・・」
そこは感心するところじゃないぞ。頼むからお前からもサフュアに言ってやってくれよ。
「ったく、あいつも少しは俺の小遣いのことを心配しろってんだよ・・・。・・・・・・ぇ・・・?」
ちょっと待て、買ってきたアイスキャンディーは1箱16本入っていたはず。
俺が1本、サフュアが10本、・・・なのになぜ1本も残っていない?
「おい、ルシア・・・」
数秒前にはそこにいたはずの奴も、ドタドタと音をたてて2階へ消えた。
「お、お前らああああああああぁぁぁああああぁぁぁ!!!!!!!」
今日も騒がしい平和が続いている。
これだから帰宅部だとしても毎日が飽きない。体力の減りは激しいが。

&size(20){    ~};

「暑ちいぃ・・・」
明くる日、昨日とまったく変わらない気温の中で、そしてまったく変わらない姿勢でソファに寝転んでいた。
「暑~い・・・」
「暑いね・・・」
「そう何度も何度も暑いって言うなよ。余計滅入るだろ」 
「コウだってさっきから暑い暑いしか言ってないじゃん。そんなに言って欲しくないならさっさと扇風機直してよ」
サフュアの言うことはもっともだった。
不幸なことに今日は無風で、家中の窓を全開にしているのだが一向に涼しさを感じない。 
そんなわけで仕方なく扇風機を使っているのだが、一つ問題が浮上した。『強風』と『涼風』のスイッチが効かない。
もっと簡単に言おう、このくそ暑い中で『微風』で我慢しなければならないのだ。  
だいたいこの家の構造もおかしい。馬鹿みたいに広いのに、コンセントの数が2つしかない。
そのうち1つは家電に使用されているから、実質的に使うことができるのは1つだけだ。
しかしソファのある位置からかなり離れた場所にあるので、扇風機を繋いでもなかなか風が届かないのだ。
「じゃあ最終奥義出そうよ。アイスとか」
「なあ、お前今朝俺が起きる前に3箱食ったよな。俺の小遣い無駄にしたよな。何で腹壊さねえんだよ。壊せよ。俺の苦痛を身に染みて覚えろよ。それとルシア、お前らが協力すれば俺がいなくても冷凍室は開けられる。でもな、サフュアの踏み台になって何が愉しいんだよ?  獲った&ruby(アイス){獲物};も全部サフュアに食われてるしよ。惨め過ぎるよ、お前は・・・」
「・・・コウにだけは言われたくない」
ほう、言うようになったじゃないかこの野郎。
「はっ、俺は誰かさんみたいに虐められて泣きついたりしねえよ」
「俺も誰かさんみたいに姉さんの技を食らって気絶したりしない」
「それはお前がサフュアに媚売ってるからだろ」
「そういえばコウさ、姉さんに本気で力負けして泣いてたよね」
あれ、いきなり暗雲。
「なっ・・・泣いてねえよ!」
「分かるよコウ、苦しいんだよね、すごく」
「同情すんな!!」
「周りにもっと慰めてくれる人がいたらいいのにね。・・・彼女とか」
「おい、それ以上は…」
「生まれてから18年間もいないって寂しくない?」
「う・・・・・・うっせえなァ!!!! まだ&ruby(・・・・・・・・){使いたくねえだけ};だァ!!!!」
「うるさあああああああああああああい!!!!!!!!」
俺とルシアの口喧嘩は、近所中に響き渡ったドゴームのような声と緑色の手裏剣によってピリオドを打たれた。
「やめてよ、暑苦しい、下品! 私抜きで喧嘩しないで!」
今言ったこと後半おかしくないか?
「あーもうやだ、ほんと暑い。どこか涼しいところ行かない? どこでもいいから」
強制的に話題を変える業には心の底から恐れ入る。これじゃいつまでたっても対等には戻れないだろうな。
「コンビニ行くか? クーラー効いてて涼しいぞ」 
「なんでそんな安っぽいところで涼まなきゃいけないわけ!?」
お前がどこでもいいって言ったからだろーが、なんてツッコんだらそれこそ動けない体になってしまうので、喉で留めておいた。
ていうかコンビニを馬鹿にするな。コンビニを冒涜することは人類の限りなき利便性追求の歴史を否定しているのと
同罪だ。
「それにポケモンは入店禁止でしょうが。そんなんじゃなくてさ、もっと広くて心も涼しくなる場所があるでしょ」
プールのことか? いや、近くの町営プールは体格が小さめの水ポケモン以外は水泳禁止にされている。
ということは・・・海?
丁度その考えに至ったとき、俺は確かにサフュアの眼がギラッと光るのを見た。

&size(20){    ~};

家からチャリで20分。途中からの潮風が気持ちよかった。
防砂林に敷いてある砂利道を突き進む。木々の間からでも今日の陽射しの強さは十分に伝わる。
目の前が開ける。そして広がった光景は…
真っ青な海。白く厚い入道雲。照りつける陽射し。
そして――汚れた砂浜。
「うわぁ…こんなに汚かったっけ。2年前はこんなにゴミはなかったよな…」
想像とは著しくかけ離れていた光景に嘆息する。
確か前に来たときは貝殻や&ruby(ヒトデ){海星};が散りばめられた綺麗な海だったと記憶している。
それがいつのまにやら文字通りゴミの海と化しているのだから人間の醜態を嘆くほかない。
俺たちのほかにこの海水浴場で遊んでいるのは数人。ポケモンはいない。
実はこの海水浴場、近くに新しい海水浴場ができてから閉鎖された。かれこれ10年以上前の話になる。
原因が安全上の問題というのは聞いたことがあるが、閉鎖しなければいけないほどに危険だったんだろうか。

2つのモンスターボールをバッグの中から取り出して、カチッとボタンを押してサフュアとルシアを外に出す。
「やっぱ、ボールの中よりも断然外だよね!」
「俺はどっちでもいいけど…」
一度でいいからボールの中がどんな環境になっているのかを見てみたい。
「俺は着替えるから、お前ら先に行ってて遊んでろ。ガラス片は危ないから踏むなよ」
サフュアはよっぽど嬉しいのか、俺の忠告を聞く前に走り出していた。ルシアも後についていく。
やっぱり来てよかったな。
シャツを脱ぎながら、微笑ましい彼らの追いかけっこを見てそんな風に思う。
なんだかんだで半分は後悔することになると思うけど。

「で、お前らは何したいんだ?」
「そりゃあ、海といったら…&ruby(バトル){戦闘};でしょ!」
「何でそうなる。できるわけないだろ。だいたい相手はどこにいるんだよ。お前ら以外のポケモンはいないぞ」
「いるじゃん、目の前に」
ルシアのことか? いや、ルシアはサフュアの後ろにいる。
サフュアが栗色の眼でまっすぐ捉えているのは…俺。…俺!!??
「ふざけんな! 生身の人間が戦闘に慣れてるポケモンとどうやって…」
「大丈夫大丈夫。あくまで遊びだから……。ルシア、やっていいよ♪」
「う、うん……」
逃げようとする俺を阻んだのはなんとルシアだ。…やめてくれよ、お前そんな性格じゃないだろ。
「ごめんね、コウ」
ルシアの眼が赤くぼうっと光る。不意に俺の体が浮く。
俺が驚いて声をあげる前に、既にその体は海の中に放り込まれていた。
…いつの日だったか、ルシアの誕生日にと俺の父親が買ってきた技マシン『サイコキネシス』。
それをなぜこんなときに使う? しかも気づかないうちに人ひとり吹っ飛ばせるほどに使いこなせるようになっている。
知らぬ間に成長されるのも困るもんだな…。
「ぷはあ!」
海面に顔を出す。そこに対峙していたのは水に浮かんでいるサフュア。
「どれだけ私たちが強くなったか…最近戦闘見に来てないでしょ? だから今日は私たちの成長を見てもらうの。」
これがサフュアなりのコミュニケーションというのは前から知っているとおりだが…ほとんど迷惑なだけだ。
俺も男だ。こうなったら腹を括るしかない。海中戦なんだから多少は人間のほうが有利なはずだ。
ゴーグルを着用して準備万端。俺も戦闘態勢に入る。
もう後へは引けないのだ。…引きたいけど。

「食らえ、『葉っぱカッター』!!」
「甘い!」
何度も何度も、数え尽くせないほど浴びせられてきた技。
どれだけの衣服が犠牲になってきたのか。考えるだけで涙が出てくる。
でも。俺だって今までやられ続けてきたわけじゃない。
木の葉のスピードは勿論、切れ味、避けるタイミング、技発動後の隙、全て熟知している。
木の葉が顔面に直撃する寸前まで引きつけて…海中へ逃げる。
サフュアまでの距離、目測10m。技を発動してからのタイムラグは5秒。いける!
素早く海中に潜ませていたものを取り出す。
俺が手にしていたのは愛器、アクアスプラッシュ&ruby(ダブルゼット){ZZ};、またの名を水鉄砲という。
ネーミングセンス? そこは気にしないで欲しい。
遊び用に持ってきたものだったが、サフュアが不穏な言葉を口にし始めるときには既に海パンの中に忍ばせていた。
全長30cmの小さなボディからは想像できないような火力(水力)。10mの距離なんざ屁でもない。
「食らえ、『アクアシュート!!』
ネーミングセンス? これも気にしないで欲しい。
「ひゃっ!?」
水の糸は正確にサフュアの顔面を捉え、目を潰していく。
「うっ…見えないよぅ…」
必死で目を拭うサフュア。可愛い…じゃなくて。
水をかき分けてサフュアに近づく。攻撃するつもりなど毛頭無い。ただ…ちょっとくすぐってやるだけだ。
「もらったあっ!!」
まさに俺の両手がサフュアの体に触れようとしていたとき、何かが上から落ちてきた。
透明な球体。そして馬鹿でかい。…え?

&size(30){ザッパアアァァン!!};

「うわ!?」
「きゃ!?」
波に埋もれる俺とサフュア。今何が起こったんだ?
「やば、姉さん巻き込んじゃった…」
そういや前にも同じようなことがあった。
ルシアを風呂に入れてからかっていたとき、『サイコキネシス』で作った水のボールをぶつけられた。
今回はサイズがそれの比較にならないくらい大きいものだったが。
「こらあルシア!! 私も巻き添えにしないでよ!!」
「だってタイミングが…」
「うるさい!!」
そもそもこれってタッグバトルだったのか?
「ついでに隙あり!! 『エナジーボール』!」
ちょっ…こんな至近距離でやったら…
眼前で緑色の閃光が飛び散る。気づいたときには砂浜に打ち上げられていた。
…ああ、やっぱコイツら半端じゃなく強いな。今度サフュアのバトルでも見に行ってみようかな。
「続いて2回戦! コウ、早く!」
それマジで言ってんの? 体もたないって…。全然涼めてないし。

&size(20){    ~};

ふう、やっぱり姉さんについていけるのはコウぐらいだ。
ちなみにさっき使ったのは『サイコキネシス』。
姉さんから、タイミングのいいときにコウの頭上にでかい水球を落とせ、と命令されたんだ。
まったく、姉さんは自分の悪戯心のためだけに俺やコウの体力がどれだけ削られているのかなんて考えもしない。
さっきの水球も、コウが気づかないように自分のサイコパワーが及ぶギリギリの高度まで上げたもんだから、エネルギー消費が尋常じゃない。
しばらくの間は打ち止めだな。これといって困るわけでもないけど。
しかし…このままここにいては絞り粕にされてしまうのが関の山だ。

…というわけで逃げてきた。
コウ、ごめんね。主人を置いて逃げるダメポケモンで。
でもコウは手馴れているから、どんなに悪くても打撲ぐらいで済む…って信じてる。
とりあえず足の骨折だけはしないでください。帰れなくなったら困るので。
おそらく姉さんとコウのじゃれ合いが終わるのにはもう少し時間がかかるだろう。
その間は防砂林の中でも散歩してようかな。こっちのほうが十分に涼めそうだ。

それにしても…最近はまったく外で遊んでなかったから、こうして土を踏むことさえも新鮮な感触だ。
空気も街中よりおいしい。木陰の中にいると一層清々しく感じる。
海に行くなんて気乗りしなかった。けど、実際に来てみれば、やっぱり来て良かったと思う。

普段なかなか浸れない気分を楽しみながら、辺りを散策する。
しかし…散歩だけというのも暇になりそうだな。乱闘はよほどのことがない限り(コウが死にでもしない限り)、しばらく終わりそうにないし。
やはり何かで遊びたくなってくる。穏やかに過ごしたいから逃げてきたのに、少し矛盾しているな。けど気にしない。
さて、何か遊び道具はないかな? できればいじってるだけで面白いものがいいんだけど。
なんて思って足元に目を落とすと、ミミズが土の中から顔を出していた。顔なのか尾なのかまったく見分けがつかないけれど。
丁度いい玩具が見つかったので、素早く引きずり出した。勿論弱めの『サイコキネシス』で。
強めのを使っちゃったら千切れるかもしれないし、いくら悪タイプでもそこまで残忍なことはできない。
それに姉さんのせいで今日いっぱい強力なのは使えないしね
ミミズを宙に浮かせる。すると奇怪な動きをしながらじたばたした。
原始的な下等生物をいじるのは本来の趣味ではないけど、これはこれで退屈を凌げそうだ。
サイコパワーを使って捻ったり伸ばしたり巻いたり…ミミズ1匹でも割と遊べるものだ。
それにしても、自分がここまで力を細かく使うことができるようになっているのには驚いた。
ほんの数ヶ月前までは力の制御すらできていなかったのに、今や人間でも(主にコウ)軽々と吹き飛ばせるぐらいに
コウのお父さんにも一応感謝しなきゃ。頼んでもないのに高価な技マシン買ってくれるんだから。
姉さんは&ruby(ねだ){強請};って『エナジーボール』を買ってもらったみたいだけど。
普通主人の父親を脅したりするかな? まあ、コウにマスターとしての風格が微塵もないことには同意するけどね。
さて、そろそろミミズの元気がなくなってきた。というか、しなだれてる。死んでないよね?
いじるのはここまでして、彼の暮らすべき場所に帰してあげよう。飽きてきたし。なんか動かないし。
それにしても、コウと姉さんはあとどれくらい&ruby(や){戦};るつもりなんだろうか。
遠目で見る限り、コウは思ったより押されていない。安っぽい水鉄砲を駆使して姉さんの動きを封じ込めてる。
流石コウ、伊達に10年間もやられっぱなしだったわけじゃないんだな。
俺としてはさっさとやられてくれれば、無駄に体力を減らさずに帰れるんだけど。
だいたいポケモンバトルは意地でもやらないくせに、どうしてああいうじゃれ合いは体を張るんだろうか。そりゃ、俺が無理矢理海に叩き込んだって言うのもあるけどさ…。

今度は何して遊ぼうか。海は相変わらず危険だしな…。
川のほとりにでも行ってみるか。少し歩けば海に注ぎこむ川へ行ける。
そこで少し水浴びでもして、リフレッシュする頃には決着がついているだろう。

波とは違う、連続的な水音が俺にはっきりと「川」と認識させてくれる。
ここの水は海水と違ってしょっぱくない。いわゆる真水というやつだ。
いつの日か、コウが教えてくれた。
人間が使った水は汚くなるから、それを綺麗にして海に還しているんだ、と。
どんな仕組みでそんなことができるのか気になったけど、所詮そんな知識をつけても恐らく一生使うことはないので詳しくは聞かなかった。
静かに川の中に入る。水流の勢いは緩めで、底も浅い。
話肴でも流れてこないものかと思ったが、水の流れの中に見えるものは何もない。
ただコンクリートの溝を介して使い終わったものを還元しているという感じだ。風情も何もない。
でもそんなものはどうでもよくて、足から伝わってくるひんやりした感覚を楽しめればそれでいいんだけど。
周りの景色を見渡してみる。直接的な冷たさも手伝って、風景自体も涼しく見えた。
目立つものと言えば、木々の隙間から見えるコウたちの姿、それと何か赤い……もの……?
何か、随分とこの風景に溶け込めてないものが目に映る。
位置は、俺の目とコウのいる場所を結ぶ直線から少し横にずれていて、且つ俺に割と近いところ。
でも、木の陰に隠れていて、近くてもそれが何なのかが分からない。
人間が棄てていった物だろうか。それとも…&ruby(ポケモン){生き物};?
水浴びをしていたことを忘れて、興味本位でそれを見に行く。

今思えば、これが初めてのアノンとの出会い――

「!?」
一瞬息が詰まる。なんだこれは…
そこには一匹の、異様な雰囲気が纏わりついているポケモンがいた。
異様な雰囲気、というのは威圧感とかオーラとか…そういうものじゃない。
あくまで目に見える形での話だ……ここまで傷だらけのポケモンに出会ったことはない。
体躯は俺とそう変わらない。年も同じくらいだろう。
種族名はブースター、赤色の体毛に包まれている、俺と同じ進化元を持つポケモン。
背中にはまるで刃物に切りつけられたような痛々しい傷痕。
本来はもっとふわふわしているはずの尻尾や頭の飾り毛もぼさぼさになっている。
そして一番肝心なのは…目を閉じて、四肢を横のほうに投げ出して倒れていることだ。
「ね、ねえ、起きて」
うまく呂律が回らない。何か嫌な予感が脳裏を掠める。
「ねえ、ねえ……ねえってば!!」
必死で体を揺すってみるが、起きる気配は微塵も感じられなかった。
とにかく落ち着こう、勝手に&ruby(ひとり){一匹};で焦ってどうする。まず必要なことをしなきゃ。
呼吸は…少しおなかが動いてる、辛うじてありそうだ。
えっと、次は……えーっと…そ、そうだ、コウがいるじゃないか! コウになんとかしてもらわなきゃ! コウなら助けてくれるはず!
俺は踵を返して猛然と走っていた。ひたすら、風を裂くように、全力で。







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>第二章へ→ [[スパイラル -鎖-]]

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