~三章序幕~ 薄暗い大陸の中心地に聳え立つ塔の中核にファイは戻ってきていた。 「おかえり、ファイ。・・・その顔じゃあ勇者様様は倒すことができなかったみたいだな・・・」 くくくっと忍び笑いを漏らしたヨットをきっと睨み付けて、ファイは口を開いた。 「私は負けたわけではありません。あんな奴に・・・負けたわけじゃ・・・」 言葉を紡ぎだすたびに顔が屈辱に歪む。よほど気に障ることでも言われたのだろうと判断し、そこに漬け込むようにヨットが語りかけた。 「そういうのは負け犬の遠吠えって言うんだぜ?変なこと言われたからって起こるなよ。」 ヨットの言葉に益々臍を曲げたファイはぷうっと剥れるとそっぽを向いた。 「戦略的撤退と言ってください。あんなことさえ無ければ私は勝っていました」 めったに見られない怒ったファイを堪能したヨットはケタケタ笑いながら立ち上がった。 「聞こえが言い言葉で言うならそうかもな。さてと、そんじゃあ戦略的撤退しちゃったファイちゃまの代わりに今度は俺が行きますかね・・・」 のろのろとした動作で空間から出ようとするヨットにファイが忠告した。 「あまり相手をなめないことです。・・・危険ですよ?」 この言葉はファイの親切心から出た言葉だったが、ヨットは特によく聞きもせず大げさに手を振って了解の合図をとると、のろのろとした動作から一転した俊敏な動きで異質な空間から抜け出した。 「・・・ランナベールか・・・あそこには私達でも手に負えないポケモン達がいるというのに・・・」 誰もいない空間でファイは一人で呟いた。 ---- ランナベールはとても綺麗な街だった。町の北側に面した大きな門で検問に引っかかったが、ただの旅人だと認めてくれたようですぐに通してくれた。 町に入ると大きな道路がまっすぐに伸びていて、その先に巨大なビルが来るものを威圧するかのごとく聳え立っていた。ライチ達はまず向かって右、海岸に沿って西の住宅街を通り南の港市場へ行くことにした。 低く白い町並みは先程までの高層建築とは違ってとても静かだ。時間はまだ早い。海沿いの住宅街を照らす朝焼けに、ライチ達は感嘆の声を上げた。 「わあ・・・とっても綺麗な街だねっ♪」 レモンがおのぼりさんのようにきょろきょろと町を見渡す。シナモンが笑いながらレモンの横に立ってどこまでも白に染められた町並みを見つめた。 三十分暗いそうして歩くと右手に小高い丘が、その上にはこれまでとは違うホテルのような洋館があった。 その屋敷を右に見ながら閑静な住宅街を通り抜けると、急にひらけた場所に出た。 大きな市場のような場所だ。先には港も見える。 「へぇ・・・港まであるんですか・・・これが港・・・凄いですね・・・」 ミントもレモンと同じような動作できょろきょろと市場を見渡す。見る物全てが新鮮で、今までの狭い価値観が一気に吹き飛んでしまいそうな感覚だった。 「噂程度にしか気いたこと無かったけど・・・本当に発展した町なんだね・・・僕達の村とはとても比べ物にならないなぁ・・・」 ライチが素直に感じたことを素朴な疑問のようにポツリと口に出す。 「ヴァンジェスティ社の本社がこの町に設立していますから。これだけ町を発展させることができたのもヴァンジェスティ社の力でしょうね」 シナモンが軽い説明をするがシロップは意味が分からずライチに聞いた。 「ヴァンジェスティ社って何だ??」 シロップの顔を見たライチが面白半分呆れ半分で口を開いた。 「ここに入ったときに最初に見た建物・・・あれがヴァンジェスティ本社だよ。漁業とか貿易産業で大きくなってさ、土地を買い取って町を築き上げた大企業。この町の貿易業は僕達の村にも伸びてるんだよ」 ライチが詳しく説明するとシロップは納得して街を見ていた。 「ほえー、オイラ達の村にもこの町の貿易商品がきてるんだ・・・すげえなぁ・・・」 ミントが街を見ていたシロップの横顔をちらりと見てシロップに話しかける。 「ヴァンジェスティ社の貿易商品の一つとして私達が持っているノートや教科書などの資材も全てここから来ているんですよ」 シロップは益々感嘆の声を上げて町を見つめる。よほど自分達の村と違うことにカルチャーショックを受けたのだろう。 「あまりいい噂ばかりではないですよシロップさん。この町には法や秩序というものがありませんから、強姦に会うこともあるし窃盗もされることもあります。一応保安隊が動いてくれるのですが大半が現行犯逮捕の形をとっているためあまり期待はできません。それに私達が騒ぎを起こしたら私達がヴァンジェスティ本社に連行されて〆られてしまいますよ」 ミントとレモンが強姦と言う言葉に反応してブルりを身を震わせる。そんなことをされたら大変だと言うことを自覚していなかったらしく、しきりに周囲をきょろきょろと見渡す。 「あはは・・・大丈夫ですよ。朝からそんなことをする人なんていませんし、そう言ったたちの悪いポケモンに物理的に接触しなければ大丈夫です」 シナモンが大げさに手を振って二匹を安心させようと横を向いて――― 前を向いていたポケモン達に思い切りぶつかってしまった。 「痛ぇっ!!・・・んだてめぇはぁ!!??」 「きゃあっ!!」 シナモンが思い切り尻餅をついて上を見る。鼻と耳にピアスをつけたリザードがこちらを睨んでいちゃもんをつけていた。その後ろでは首の毛を黒く染めて金色のメッシュを入れたルカリオと端整な顔つきのブラッキーがしかめっ面をしてそのリザードを見つめていた。 「すみません!!余所見をしていて・・・」 シナモンがぺこぺこと大げさに頭を下げる。相手が下手に出ているのを逆手にとってリザードはニヤニヤ笑いながら言葉を吐いた。 「すみませんじゃねぇよ。人にぶつかっておいてただで済むと思ってるだろ。姦っちまうぞおい」 リザードの言葉にビクリとシナモンが反応した。奴隷のような扱いを受け続けていたのでその手の言葉にも異常に反応してしまうのだろう。その身体はカタカタ小刻みに震えている、嫌なことを抉り出されたように顔に涙の片鱗が浮かぶ。 その瞬間、シロップはシナモンの前に躍り出ていた。 「やめろ!!」 シロップが思い切りリザードに言葉を叩きつける。リザードは一気に顔を不機嫌な顔に変えてシロップにがんをつけ始めた。 「んだ手前ぇ・・・俺は今お楽しみ中なんだよ。餓鬼は帰ってママのおっぱいでも吸ってな」 リザードがケタケタと笑う。シロップはそんな下品な挑発に乗ることもせずに罵詈雑言で言い返した。 「何がお楽しみだこの変態野郎!!!シナモンがあんだけ謝ってるんだぞ、その心を踏み躙りやがって!!!お前の方が餓鬼だっつーの!!木の実ジュースで顔洗って出直せこの●漏野郎!!!」 非常に下品な言葉だったが相手を怒らせるには十分だった。シロップの予想通りリザードはこめかみに青筋を立てて怒鳴った。 「だっだれが早●だ!!!このクソガキ!!殺してやる!!」 「上等だ!!あとで後悔すんなこの早●野郎!!」 リザードの腕が鋼のように硬くなる。"メタルクロー"を使うつもりなのだろう。後ろでブラッキーが「・・・ったく。子供同士の喧嘩は疲れるな」と呟いてルカリオに合図を送ったが彼はそれには答えず、シロップの周りに立ち上る異常なエネルギーの唸りをいち早く感じ取って呟いた。 「・・・あいつ・・・」 シロップは頭の中でイメージを働かせる。敵を久遠の眠りに誘う巨大な冷気・・・高速で飛んでいく強烈な氷塊。シロップの頭にイメージが湧き出し右腕に形となって集まっていく・・・ 「くらえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!!!」 シロップが腕を突き出すのと、後ろにいたルカリオが波動でリザードを吹き飛ばすのはほぼ同時に起きた出来事だった。強烈な冷風はリザードのいた場所を跳び越していって路上に降下して。 着弾、氷結。巨大な氷の柱が天に向かってバキバキと伸びていった。 「!!?嘘だろ!?見切られたのか!!?」 シロップが驚愕に目を見開く。リザードは尻餅をついたまま巨大な氷柱を見つめていた。ゆうにビルと同じ高さ位の、それはそれは巨大な氷の塊だった。 「なっ!!!!なっなっなっ・・・何だァ!!!???」 リザードは口をパクパクとさせてルカリオとブラッキーを見つめた。ブラッキーは驚きの表情で巨大な氷柱を見つめていた。 「ゼニガメにしては凄いな・・・兄ちゃん並みか?」 ブラッキーは氷柱を見つめて静かに驚いていた。すると横からルカリオが声をかけた。 「ローレル!あのゼニガメまだ何かやらかすつもりらしいぜ!!」 ローレルと呼ばれたブラッキーは美しい琥珀色の瞳にシロップを映した。シロップは右腕を押さえてぜいぜいと喘いでいる。よく見ると右腕が凍り始めていた。 ルカリオは警戒の色を露にして構えを取り、シロップへと視線を向けた。 「ヘッ、まだやろうってんなら話は別だぜ?こんなモン見せられちゃァ手加減できねェからな」 先程までとは明らかに雰囲気が違う。相手は戦闘態勢だ。 彼の見据える先でシロップは凍りついた右腕をゆっくりと天に掲げた。 「はぁ・・・はぁ・・・っぐうぅぅぅっ・・・うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 シロップが叫んだ瞬間右腕から巨大な冷気のエネルギーが開放された。天高く伸びたエネルギーの塊は空中で弾け、超大規模な吹雪となってランナベールに降り注いだ。 『うわぁぁぁぁぁっ!!!』 それまで野次で集まっていたポケモン達が逃げ惑う。強力な吹雪は視界を完全に遮り、さらに拳大の雹も混ざり始めて流星群のように町に降り注いだ。強力な力は止まることを知らずに十分間暴走し続け・・・視界が晴れた時には辺り一帯の地形が雪景色に変わっていた。 「はぁ・・・・はぁ・・・・」 シロップは虚ろな瞳で周囲を見つめる。住宅街に大きな被害は無かったが、港に止まっていた船の何隻かが大破してしまったようだった・・・ 「・・・・」 シロップの意識はそこでぷっつりと途絶えて気絶してしまった。 「シロップさん!!」 シナモンが駆け寄って容態を見る。顔色が優れずにぐったりとしていたため、シナモンは静かにシロップを持ち上げて自分の背中におぶせた。 「シナモン!!どうなのシロップは!?」 ライチの慌てた顔を見て、シナモンはゆっくりと口を開いた。 「大丈夫です。衰弱はしていますけど外傷は特にありません。きちんとした施設でゆっくりと休めば元気になると思います・・・だけどこの騒ぎは・・・」 レモンがあっと声を上げる。周囲が落ち着いていたところで辺りを見回す。そこには新たに出現した数匹のポケモン達が他のポケモンに何が起こったのかを聞いているところだった。 「ってオイ!!何で私兵隊がいンだよ!!やべぇってローレル!!!」 リザードが白い息を吐いてローレルを揺さぶる。ローレルはぼうっとして立っていたが、なにやら統制の取れた数匹の部隊を確認すると静かに頷いた。 「ああ。この子達のことは気になるけど・・・・兄ちゃんがいたらやばいしな。適当に散って、またいつもの場所で」 と、ローレル達三匹は瞬く間に人ごみの中へと消えた。 その直後、部隊の先頭にいたエーフィの少女が走ってきた。 「ローレル・・・・?」 消えた三匹の知り合いだろうか。彼女は誰かを探すようにきょろきょろと辺りを見回している。 「・・・気のせい、かな」 先程のリザードが"私兵隊"と言っていた。私兵隊といえば国でいうところの軍隊だ。 ―――この少女が? 年の頃はライチ達より少し上くらいでまだ成人には達していないだろう。瞳は宝石のような琥珀色で、美しい毛並みと細い体躯は軍人のイメージとはかけ離れている。それどころか、ライチ達の目が釘付けになるほどの美しい容姿だ。 「・・・・綺麗・・・・」 レモンが自然に呟いた。ライチ達は時間が止まったようにそのエーフィに見惚れていた。 ―――と。 「ホンマにアンタら・・・・・か?まぁええわ、話は後で聞かせてもらうで。確保!」 一匹のバクフーンの女性がライチ達の方へ近づいてきて何かを言うなり、手を上げていきなり物騒なことを叫んだ。 私兵隊の女性達がライチ達を拘束するのに十秒もかからなかった。 その間も、エーフィの少女は表情にどこか暗い影を落として立ったままだった。 「隊長・・・・・・どうかなさいましたか?」 と、彼女に後から声をかけたのは若い男性のライボルトだ。隊長、と呼ぶ辺りこのエーフィの部下か何かだろうか。しかしライチの目にはどう見てもライボルトが隊長でエーフィが部下にしか―――というより、まずこの少女が軍人で、それも隊長クラスの地位にいるなんてのが未だに信じられない。 「あっ・・・・あぁ、大丈夫。何でもないよ・・・・・・」 エーフィは誤魔化すように前を向いたが、後ろから来たアブソルが彼女を小突いた。 「シオン、しっかりしろ。歩哨中のアクシデントとはいえ任務は任務だ。気を引き締めろ」 少女の――エーフィの名はシオン、というらしい。 「ええ・・・・・・すみません、シャロンさん」 シャロンと呼ばれたアブソルは白い体毛に覆われ、黒い肌がとてもよく映えている。美人の部類には入るだろうが―――こちらの女性はいかにも堅そうで、シオンと呼ばれたエーフィとは対照的な印象を持っていた。まるで戦乙女のような力強さを感じさせる。 ―――などと美しい女性達を見ている場合などでは無かった。ライチ達は後ろ手を縛られて拘束されたままなのだ。シロップは衰弱しているため縛られることは無かったが、一番先に疑われて締め上げられるかもしれない。 ライチの力を使えば拘束を解除して逃走する事も可能だが、そんなことをしたらスパイ扱いで処刑されるかもしれなかったので大人しくしていた。 「で、ヒルルカ。この異常気象というか謎の現象の原因は何なのだ。まさか自然現象ではないだろう」 シャロンが先程ライチ達を拘束したバクフーンの女性――ヒルルカに顔を向けた。 ヒルルカは首を傾げてばつが悪そうに言葉を紡いだ。 「うーん・・・一応犯人っぽい奴拘束してんけどなぁ・・・なんちゅーか――――」 「じゃあさっさとわたしの前に連れてこい」 シャロンの言葉にヒルルカは益々顔を渋らせたが、仕方なく拘束した五匹のポケモン達をシャロンの前に連れてこさせた・・・ 「な・・・・んだと?」 「この子らやねん。吹雪起こしたってのは・・・」 シャロンは驚愕に目を見開いた。シオンもびっくりしている。 ・・・何故なら目の前に連れてこられたポケモン達が。年端も行かない子供―――ヒトカゲとゼニガメとフシギダネとピカチュウとリーフィアだったからだ・・・ ---- ~三章第一幕~ シロップ・メイプルードは悪夢を見ていた。ひゅうひゅうと冷風が吹きつけるセピア色の空間に身動きができずに仰向けに寝転んでいた。じたばたともがけばもがくほどその空間の中で動くことができなくなり悔しくて顔を顰める。 よく見ると周りに巨大な氷柱が四本伸びていた。その中に入っている物体を肉眼で捕らえて――驚愕に目を見開く。 ライチが、レモンが、ミントが、シナモンが、氷柱の中に入っていたのだ。 自分がカチコチにしてしまったのかもしれない。シロップは慌てて助けようとするが身動きができずにその場でもそもそと動くことしかできなかった。 無力。あまりにも無力。シロップは必死に手足を動かして助けようとする。今すぐに動けば助けられるのに動けない。どれだけ頭を働かせても、どれだけ指先を動かしても、絶対に助けることができない。 知恵の輪を解けない子供のように、シロップは苛立ち、泣きじゃくった。自分の愚鈍さを呪い、自分の無力に絶望していた。ライチ達の肉体が入った氷柱がずぶずぶと沈み始める、シロップは叫ぼうとした。 ライチ、レモン、ミント、シナモン、起きて・・・起きてくれ!!早く逃げ出してくれ!!! どれだけ声を出そうとも、まったく声を出したという実感が湧かない。まるで喉が何所かに行ってしまった様な感覚だった。そんなことを考えている間にもどんどん氷柱は沈んでいく、シロップの顔は絶望と恐怖に歪んだ。すると後ろから不意に声が響く。どこかで聞いたその声は、重く、沈んだ声でシロップに語りかけた・・・ 「言ったはずですよ・・・貴方の意思に少しでも揺らぎが生じれば、私の氷は貴方を永遠の終焉へと誘う・・・と」 シロップは自分の身体を凝視した。自分の身体がどんどん凍り始めていた。 シロップは恐怖と、絶望と、失望に心を支配されていき・・・ 「―――――――っうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」 シロップは自分の悲鳴で目が覚めた・・・ ---- 「二日間も眠っていたんだよっ」 レモンが林檎を器用に剥きながらシロップに事のあらましを説明した。 あのあと気絶したシロップはランナベールの私兵隊が使っている団の治療室に運び込まれて療養していたと言う。私兵隊の隊長の一人が「衰弱していますし、尋問はこの子が目覚めてからでいいですよね」と言ってくれ、シロップが目覚めるまで治療室に監禁するという条件でシロップの傍にいさせてくれたと言う。 「食事は私兵隊の兵隊さんが持ってきてくれたから困らなかったけど・・・何分監禁されてたからね・・・全然情報とか集まらなかったんだ・・・ごめんよ」 すっかり剥ききった林檎を綺麗に等分してレモンはぺこりと頭を下げる。シロップはまだぼんやりする頭をぶるぶると振ってレモンに話しかけた。 「いや・・・オイラのせいで情報収集ができなかったなんて・・・オイラこそごめんな・・・でも心配してくれてありがとう。うれしいよ」 レモンがにっこりと笑って扉の向こうに消えていく。おそらくライチとミントとシナモンを呼びに行ったのだろう・・・ 「・・・この林檎・・・食っていいのかな」 目の前に皮を剥かれて綺麗に等分された林檎が皿の上に置かれている。かなり熟れているらしく、芳醇な香りが部屋いっぱいに広がっていた。シロップのお腹が素直な音を出す。丸二日間眠っていたということは、何にも腹に詰め込んでいないのだ。 「・・・ごめんレモン・・・いただきまーす」 シロップは食事の音頭を申し訳ない程度にとり、林檎を一つ摘んで思い切り齧りついた刹那―――レモン達がドアを開けて中に入ってきた。 「んぐっ!!ごほっ!ごほっ!れ・・・レモン!?シナモンにライチ・・・ミントまで」 シロップは大きく咽こみ、慌てて齧りかけの林檎を皿に置いた。ライチ達が喜色満面の笑みを浮かべてシロップに詰め寄った。 「シロップ!!目が覚めたんだね!!よかったぁ・・・」 「シロップさん!!身体は大丈夫ですか!?痛いところはありませんか!?」 「シロップ!!あまり心配させないで下さい!!ほんとにお馬鹿なんですから!!」 「シロップ!!僕の林檎勝手に食べないでよ!!」 4匹の口からいろいろな言葉が矢継ぎ早に吐き出される。シロップはきょとんとしてからくっくっと声を押し殺して笑い始めた。 「シロップ?どうしたのさ?」 ライチが不思議な顔をしてシロップを見つめる、シロップはしばらく笑っていたがやがてやわらかい微笑を浮かべて、 「いや・・・皆が心配してくれるなんて、オイラは幸せ者だよ・・・心配かけてほんとにごめんな・・・」 シロップがそう言ってまた食べかけの林檎に手を伸ばして―――レモンにぴしゃりと手を叩かれた。 「痛い」 「僕のだよ」 シロップからひったくるように林檎の皿を手にとって思い切り齧り付く。シロップは渋い顔をしてレモンを見つめた。 「オイラ一応病人なんだけど・・・」 シロップが病人と言う言葉をいやに強調してレモンが食べている林檎を見つめた。 「んぐっ・・・しゃくっ・・・人の林檎・・・むぐっ・・・横取りするくらい体力あるなら・・・はぐっ・・・ご飯食べる必要ないでしょ・・・」 綺麗に切り揃えられた林檎を残すことなく食いつくし、げふっと大きなげっぷをしたレモンが恨めしそうに見ているシロップににっこりと笑って「食べちゃったー♪」と言って皿をくるくる回した。 「レモンさん酷いですよ・・・シロップさん・・・後で食事をもらってきますね」 シナモンがやんわりとレモンから空っぽの皿を取り上げてシロップに渡した。シロップは心底嬉しそうな顔をして、 「助かるよ。オイラお腹減りすぎてもう何にもできないんだ・・・」 お腹をさすってからからと笑っていたが、心の中でシロップは安堵のため息を漏らしていた。全員の反応が特に変わったものが無くてほっとしていたようだ。先程見た悪夢はもしかして予知夢だったのかもしれないという考えが真っ先に浮かんでいたのだが、全員が特に目立った外傷もなく何も変わらないのなら、自分が見た夢を気にする必要は無い―――とは言い切れなかった。 「(あの時・・・オイラは怒りの感情に任せて力を使った・・・そのせいで自分の力を制御できなかったんだったら・・・諸刃の剣じゃないか・・・やっぱりオイラやライチが勇者の力を完全に御することはできないのかな・・・)」 シロップがよく回らない頭でうんうんと思案していると、不意にドアが開いて一匹のポケモンが入ってきた。 「あ・・・目が覚めたんだね」 そのポケモンをライチ達は最後に見ていた。煌くような毛並みと美しい容姿で、柔らかく艶のある、優しい感じの音質を持った声で話すエーフィだ。 「あっ・・・あの時のとっても綺麗なエーフィさん・・・」 レモンがぺこりと頭を下げた。その仕草を見てエーフィは柔和な笑みを浮かべると美しい声で言葉を紡ぎだした。 「ありがと。きみ、身体の調子はどう?まだどこか痛いところとかある?」 シロップは静かに首を横に振っていいえと答える。エーフィはそれを確認するといつの間にか扉の横にいたアブソルに話しかけた。 「シャロンさん、もう大丈夫そうです」 シャロンと呼ばれたアブソルは少しだけ頷くとライチ達の前に歩み寄り――― 「目が覚めたばかりで悪いが、上からの命令だ。お前たちにいくつ訊きたい事がある。軽い尋問をさせてもらうぞ」 ―――空恐ろしい事を平気で口にした。 ---- 無機質な壁に囲まれた部屋の中に、数匹のポケモン達が並んでいるそれらの視線は全て、椅子に座っているライチ達に向けられている・・・ 軍の取り調べを受けるなんて、考えもしなかったことだ。 「・・・・うぅぅぅぅぅぅぅ・・・・」 ライチがその場の空気に耐えられずに情けない泣き声をあげる。レモンは静かに自分達を見つめているポケモンたちを見据えている。シロップは虚ろな瞳でシミ一つない部屋の壁を捉えていた。ミントは俯いたまま動かず、シナモンはきょろきょろと辺りを見回していた。 ――――――不意に、先頭に立っていたマニューラが口を開く。 「・・・・で、ほんまに自分らなんか?シオンの九番隊でもあれだけの氷の使い手はおらへんし・・・そんな風には見えへんけどなぁ」 少しは止めの口調で喋ってから、そのマニューラはライチ達をじいっと見つめる、その不思議な行動に気圧されて、ライチは完全に怯えてしまった。 「ひっ!ひええっ、あっ・・・あのっ・・・あのあのあのあのあああのああのあのあの・・・みみみ見ないで下さいぃぃぃぃぃ・・・」 ろれつが回らない口調で喋り終えた後、ライチは顔を真っ赤にして両手で隠してしまった。マニューラはライチの様子をしばらく見ていたが、訝しげな顔をしてシャロンに話しかけた。 「・・・ん?何や?」 「お前だお前。アザトの訛りってやつは柄が悪く聞こえるんだ」 シャロンはマニューラの頭を軽く小突く。 すると、傍らにいたエーフィがライチ達に向き直って淡々とした口調で話しかけた。 「とりあえず落ち着いて。調べるって言っても拷問とかそんな物騒なことはしないからさ。ランナベールだって皆が皆悪いひとばかりってわけじゃないよ」 「・・・はい・・・あの・・・・すみませんでした」 エーフィの言葉を聞き取り、ライチは顔を覆っていた腕を退けて、マニューラに謝罪した。マニューラは気にしなくていいといわんばかりに優しく微笑んで見せた。ライチはそれにつられてにこりと笑った。 「よかった。それじゃあ、まず名前と年齢から教えてくれるかな?」 そういわれて、ライチから順番に話し出した・・・ 「ら・・・ライチ・レイシ・・・17歳です・・・」 「レモン・・・・レモン・ネイド・・・17歳です」 「シロップ・メイプルード・・・17歳です」 「ミント・ポプリン・・・17歳です」 「シナモン・シュガー・・・18歳です」 ライチ達が答えると、エーフィは少しだけ驚くような表情をちらりと覗かせた。 「僕とそう変わらないんだ・・・未進化だから子供だと思ってたよ」 そう言った後、エーフィ達の態度がほんの少しだけだが変わった。よく言えば礼儀正しく、悪く言えば厳しく。同じ年齢層のポケモン達によくとる態度の一つである。 「僕達も一応名乗っといたほうがいいかな。その方が話しやすくなるしね。あまり険悪なムードになると大変だしね・・・」 エーフィの言葉にシャロンとマニューラが頷く。 「そうだな。・・・わたしはシャロン=ミクロキスティス。ヴァンジェスティ社の軍の小隊長だ」 「同じく、小隊長のアスペル=ハーラントや」 シャロンとアスペルと名乗ったマニューラが軽く自己紹介をした後、エーフィはライチ達に笑顔を向けた。 「僕はシオン=ラヴェリア。この二人と同じ小隊長だよ。それから勘違いしてるかもしれないけど、僕」 シオンと名乗ったエーフィはそこでこちらに心の準備をさせるかのように言葉を切った後、信じられないことを口にした。 「女の子じゃあないよ」 ・・・まさしく信じられないだろう。 女の子じゃあない。それはつまり子供じゃなくて大人の女性・・・普通に考えるのならば"女の子"の否定は"男の子"である。しかし、ライチ達は信じられないと言った顔でシオンを見つめていた。 「・・・男の人・・・なんですか?」 レモンが言葉を選ぶように聞き返した。それは道理であろう。目の前の美少女はどう見ても雄には見えない。一人称が"僕"であるにもかかわらず気付かなかったのは女性のような体つきをしていたからなのだろう。 「男だよ、僕」 シオンの返答を聞いてライチ達は混乱していたが、一人だけ――――レモンだけが背中に薄ら寒いものを感じていた。 自分で男であると言っているのだから、シオンは男なのだろう。そう考えると、あの優しい笑顔や美しい声などは・・・全て作り物かもしれない・・・レモンはそんなことを考えていた。最初にシオンに出会った時・・・レモンはその姿に酔い痴れるのと同時に、シオンに近寄りがたい雰囲気が漂っているのを感じていた。例えるのなら抜き身の刀のような近づいただけで切れる・・・あの雰囲気・・・ 考えてみれば彼も私兵隊の一人なのだ。いくら容姿が美しかろうとアイドルではない、一兵士なのだ。あの美しい姿は表の顔で・・・きっと戦いになったのなら無常に敵を殲滅する兵士の姿に変わるのだろう――――と。 ライチ達は何も答えを返すことが出来ず、レモンは静かにシオンを見つめ、妙な沈黙が流れる。 「バカ、混乱させてどうする」 静寂を破ったのはシャロンの声だった。シャロンはシオンの頭を軽く叩いて呆れるようにそう言った。 「や、別にそんなつもりじゃ無かったんですけど」 「お前が男だろうが女だろうがどっちでもいいんだ。さっさと訊く事を訊け」 シャロンのぶっきらぼうな言葉に「結構大事なことだと思うけどな」と、小声で呟き、シオンはライチ達に向き直った。 「えーと・・・じゃあ次だけど。きみ達は何処から来たの?」 シオンの質問にレモンが答えた。 「はい・・・ライチとシロップとミントと僕はライラの村から来たんです」 「ライラの村、ね・・・南西の辺境にある集落でしょ?結構遠くから来たんだね。シナモンさんは?」 ライチがすぐさま「奴隷だったのを僕達が買いました」と言おうとして、慌てて口を噤んだ。シナモンの心の溝をこれ以上掘り下げるわけには行かないからである。しばらく沈黙していると、シナモンが唐突に口を開いた。 「私は・・・樹木の街ファンジァリアから来たんです・・・」 シナモンが自分の出身地を明かしたあと俯いてしまった。 「え?ファンジャリアっていうとあの・・・ホント?」 シオンが少し驚いたように聞き返す。その声にはやや疑いの色も混じっていた。 「嘘はつかないほうが身のためだぞ。お前らが何もしていなかったとしても立場が危うくなるからな」 「シャロンさん、そういう言い方するとまた話しにくく・・・」 「いえ・・・大丈夫です。私が喋らなかったら尋問が進みませんし・・・」 ライチ達は意味が分からないと言った顔をしてシナモンを見つめた。シナモンはいつもどおりの顔色で特に隠す様子も無く口を紡いだ。 「私の澄んでいたファンジャリアの町は・・・謎の出火で完全に無くなってしまったんです・・・」 『えっ!?』 ライチ達が驚きに目を見開く。シナモンがなぜ奴隷として扱われていたのか・・・どうして奴隷になったのか・・・何となくだが読めたような気がした・・・ 「シナモン・・・」 シロップが申し訳なさそうな顔をして遠慮がちに頭を下げる。シナモンは静かに首を横に振って、 「大丈夫です」 と、一言だけ告げた。シャロンは訝しげだったが、シオンは納得したように頷いた。 「全員亡くなったって聞いたけど、演技しているようにも見えないしね・・・・きみはファンジャリアの生き残りってことで信じておくよ」 シオンはそう言ってシナモンに笑いかけた。その笑顔を見つめてレモンは先程の考えを頭の隅に追いやった・・・きっと敵には容赦しないけど・・・仲間には優しいんだろうと結論付けた。そう考えてシオンを見れば見るほど軍人と言う言葉が頭から離れていく。まるで小説に出てくるお姫様―――ではなくて王子様のようだ。 「じゃあ本題に入らせてもらうよ。まず、あの局地的な寒気はシロップさん、君が起こしたの?」 尋問と言うよりも本心からの疑問と言った感じでシオンは言葉を紡いだ。 「そうです。あれはオイラがやりました」 別段隠すこともせずに、シロップは口を開いた。 「それでその仲間の君達が一緒にシャロンさんの隊に捕まったわけだね。それで、ここからは込み入った話になるけど。何の目的であんなことをしたの?答えようによってはきみ達への対応を修正しなくちゃいけないかもしれないけど」 シオンの言葉にほんの少しだけ威圧感のようなものが感じられた。別段語気を強めているわけではなく物腰は柔らかなままだったが、言葉に妙な気迫が感じ取れた。シロップはそれに少し気圧されながらも、自分の思うことを口にする・・・ 「あれは自分がしたくてしたわけじゃあないんです。その・・・自分の力が暴走してしまって・・・」 シロップの歯切れの悪い言葉と"暴走"と言う言葉に、シオンの表情は―――疑問ではなく、純粋な驚き。一瞬ではあったが、シオンはなぜだか唇を噛んで俯いた。 「まさか、君――」 「暴走?何だそれは。倍化器を装備しているわけでも無いのに、自分の力に振り回されるなどと言うことがあるのか?」 シオンが言いかけたところでシャロンが口を挟んだため、シオンは口を噤んでしまう。 「そんなものは神話の世界の話だろ。力と言うのは自分で自分を高めない限り手に入らない」 「まぁ、そらその通りやけどな」 アスペルが口を開き、西国独特の訛りで話し始めた。 「俺らポケモンは皆無意識のうちに力をセーブしとるんや。自分の力で自分の身体を壊してしまわんようにな。例えばシロップみたいな進化前のポケモンの肉体でも、物理的な構造上ではカビゴンを持ち上げられることになってんねん」 アスペルの言っていることがミントには何となく理解が出来た。・・・要するに火事場に働く莫迦の力である。その例えもなかなか着眼点が言い。これならシロップにも理解できるだろう。アスペルは自分の考えていることを皆に分かりやすく説明できている、かなり博識の部類に入るだろう。自分が理解していても、その説明が分り難かったら駄目である。軍人と言うよりは先生と言った感じだな、とミントは思っていた。アスペルは更に説明を続ける・・・ 「エレメンタルプレーンの力でも同じことが言えんねん。だから理論上はゼニガメでもあれくらいは出来る」 ライチ達は驚きの表情でアスペルを見つめていた。エレメンタルプレーンなどという意味不明な言葉が出てきたが、説明が分りやすいとおおよその理解は出来る。おそらくは自分達が使っている"技"の元素的な力のことなのだろう。 「エレメンタルプレーン??・・・ああ、そういえば6,7年ほど前リュートで習った」 「アスペル先輩、理屈はあっていてもそれじゃ説明がつきませんよ」 シオンとシャロンが納得がいかないとばかりにアスペルを見つめていたが、まだ続きがあるよと言わんばかりにアスペルの指がシオン達を止めた。 「確かにな。自分の限界を超えた力をマテリアルプレーンに召喚したら身体の方が持たへん。ここにシロップがピンピンしとるのはおかしいわな・・・」 アスペルは説明した後に小首をかしげた。本当に不思議そうだった。信じてもらえるものかと思っていたが、ただシロップの引き起こした現象がありえない事をではないと証明されただけで、結局は疑いの目を向けられてしまった。ライチ達に宿る勇者の力と言うものは未知の領域なのだろう。 「実はあの力・・・オイラ本来が持っている力じゃないんです。・・・皆さんは・・・魔王アスラの伝説って知ってますか?・・・」 シロップが突如口を開き、伝記じみた話をしだしたので、シオンたちは訝しげな顔をしてシロップを見つめた。 「世界を滅ぼそうとした魔王アスラが、勇気と、愛と、知恵と、希望の心を持った4匹の勇者に滅ぼされたって話だったかな。子供の頃お母さんから聞いたよ」 それでもシオンがまともに受け答えをしてくれたので、シロップは少しだけ間を置いてから、はっきりとこう言った。 「その魔王が・・・実は生きているって言ったら・・・信じますか?」 その言葉を聞いた瞬間、シオンは波一つ立たない湖面のように静かな瞳を二、三度瞬かせた。アスペルもぽかんとしてシロップを見ている。シャロンは二、三度首を傾げ、シロップの言葉をよく吟味しようとしていた・・・。 「ふーん・・・つまりその世界転生伝説の起源はライラの村にあって、あれは神話じゃなくて実話だった。そして魔王が実は生きているってことを伝説の勇者の精神体から気いて、その野望を阻止するために旅に出てここへ辿り着いたと」 レモンがあのあと自分達がここまで来る経緯を説明して、シオンがその話を繰り返して確認をとる。 「なるほど、それならあの"暴走"と言うのも説明がつくね」 シオンは半ば信じてないようではあったが、肯定的な対応を見せた。兵隊にしては人が良すぎる気もするが、今は話を信じてもらうのが一番いいので、シオンの肯定的な対応は大いに助かった。 「待てシオン。そんな話を信じるのか?」 文句をつけたのはシャロンだ。・・・まぁ大抵の人はそんな反応をするだろう。それが普通なのだ。 「ここで嘘をついても何のメリットもありません。それに、僕達を騙すつもりならもっとまともな話を作ると思います。それに、彼らだってもう子供と呼べるような年齢ではありませんし」 「精神体だか魔王だか知らんが神話が本当だったなどと・・・あまりにもファンタジックだ。わたしには信じられない」 「確かにそうですね、僕だって完全に信じたわけではありませんよ。ただ、彼らがその意識を持って動いていることは確かでしょう。勘違いに過ぎなかったとしても」 「何やそれ??何でわかんねん?」 シャロンだけでなく、アスペルもシオンの言動を不審に思い始めたようだ。これでシオンが二人と同じ意見だったのなら・・・大変なことになっていただろう。半信半疑であったとしてもライチ達の話を信じてくれる人で本当に良かったと思う。 「僕、精神感応が得意なんですよ。相手にはっきりとした言語を送る事も出来るって知ってますよね?」 「ああ・・・確かにあれは凄いな。わたしはあんなことが出来る奴をお前以外に知らない。だがそれとどういう関係がある」 「相手の心の中がちょっとだけ、本当に何となくだけど見えるんですよ。彼らは至って真剣です。それに―――」 シオンはライチ達に視線を向けると、こんな事を口にした。 「――シナモンさんを除く四人からは精神波が一つではなく、違う種類のものが二つ感じられるんです。あながち精神体がとり憑いたというのも嘘ではなさそうですよ」 シオンの言葉で、理解した。シオンは何となくだがライチ達の心に宿る精神を感じ取っていたのだろう・・・ 「それはあくまでお前の見解だろう?上層部に報告するのにそれで信じてもらえると思うか?報告にはまずボスコーンの野郎を通すんだからな」 「団長はシオン嫌っとるからなぁ」 「承知していますよ。だから、客観的にする必要があると思うんです」 「どうするんだ?」 「今回の件は力の秘密を解明する事では無くて事実確認ですから、彼らの力を目の前で見せてもらうのが一番早いんじゃないですか」 そう言って、シオンはライチ達を見据えた。 「演習場での模擬戦闘。そこそこ戦い慣れしてるみたいだし、大丈夫だよね?」 シオンの言葉にライチ達は自分の耳を疑った。つまり、勇者の力を実戦により近いもので見せてみろ、と言うことだろう。しかしライチ達は戦い慣れなどしていない。今まで戦ってきた相手は撃破にせよ撤退にせよ一撃で勝負を決めているからだ。その中で戦闘技術を磨けと言うのが無理な話である。しかし自分達の身柄を解放するには、これに挑み、打ち勝たねばならない。あまりに唐突に事が進んでいるのでライチ達が動揺していると、アスペルが話を進めてしまった・・・ 「なるほど。このシロップっちゅー奴と誰かが戦えばええわけやな」 「いえ、戦うのはシロップさんではありませんよ」 「なんでやねん。"暴走"したんはこいつやろ?」 アスペルがシロップをさす。確かにシロップは少なからず私兵隊のいざこざと一番関わっている。しかしシオンはシロップと戦うのではないと言った。 「彼らの話が本当なら四匹が四匹とも伝説のポケモンの魂を持っているはずです。それなら誰でもかまわないんじゃないですか。それに、実は一人だけ・・・第二の精神波が凄く不安定で、今にも殻を破って飛び出して来そうな・・・そんな危険な匂いのするひとがいるんです」 シオンが琥珀色の瞳に一匹のポケモンの姿を捉えた。その瞳に映ったものは―――― 「レモンさん、僕とお手合わせ願えますか?」 ――――レモンだった。 「・・・ぼ・・・く・・・?」 レモンはいまだに信じられないといった顔でシオンを見つめた。シオンの顔は真剣そのもので、冗談を言っている風には見えない。 ――――何故僕なのか・・・まともに戦闘もせず、ただライチやシロップの背中に隠れていた自分に・・・勇者の力が出始めている・・・?悪い夢かと思えたが、頬に伝わる汗の感触が「これは紛れも無い現実だ!!!」と大合唱していた。 やれるのだろうか・・・自分に・・・ここは大人しく無理ですと言って下がったほうが――――そう思いかけて気がついた。 こんなことで怖気づいていては、自分は魔王はおろか、魔王の部下すら倒せないと言うことになる。自分は世界を救いたいのではなかったのか、ライラの村を立つときに先生達や村の皆が見せてくれた最高の笑顔・・・帰ってくると約束したあの時の事が鮮烈にフラッシュバックする。 ・・・立ち止まってなど・・・いられない・・・!!!ここで逃げたら・・・自分は一生自分を責め続けることになる・・・ 「・・・やります・・・シオンさん・・・貴方に・・・必ず勝ちます!!」 「ふふ。その意気なら心配はなさそうだね」 言葉を発したレモンの瞳には・・・絶対に諦めない希望の灯火が宿っていた・・・ ---- ~三章第二幕~ 大きな空間の中に大勢のポケモン達が集まっている。 そのうちの二匹は軽く身体を揉み解して自分の体調を確認している。 ・・・身体に異常なところは無い、内臓器官に損傷も見られない・・・精神に異常もきたしていない・・・いたって健康体だ・・・ 「肩の力を抜け。緊張しすぎだ」 シャロンがなにやら妙な首輪を持ってきて柔軟体操をしていたポケモン――レモンに話しかけた。 「・・・はい」 レモンはややぎこちない答えを返す。よほど緊張していたのだろう、シャロンが現れたことにまったく気付いていないようだった。 シャロンは静かにレモンに歩み寄ると持っていた首輪のようなものをレモンの首につけた。 「これは・・・何ですか??」 レモンは自分の首につけられた物を不思議そうに触っていた。 「訓練用の首輪・・・&ruby(ハーファ){半化器};と呼ばれているものだ。それをつけると業の威力が半減し、装備者が一定のダメージを蓄積すると気絶させる仕組みになっている。いまじゃどこの軍隊でもこれを使って訓練をしている。安全に、かつ実戦に使い訓練が出来るようにな」 シャロンがざっと説明を追えてレモンの向かい側にいるエーフィ―――シオンを見つめた。 シオンも同じような首輪をつけ終えたところだった・・・ 「お待たせ。準備はいい?」 シオンが静かにレモンを見つめる、レモンもシオンを見つめ返す。 二匹が数歩下がってお互いの距離をあわせる。 戦闘体勢に入り、ピリピリとした空気が辺りを包み込んだ。 「レモン・・・」 ライチ達は広い空間の隅の方でレモンの様子を遠巻きに伺っていた。 シロップ達も真剣な顔をして二匹を見つめている、心配と不安で胸がつぶされそうになる・・・すると横から三匹のポケモン達が声をかけた・・・ 「心配船でも大丈夫やて。シオン様かて本気は出さんやろ」 「半化器もついてるしねー。うちの団長みたいにダメ押しとかしないからだいじょーぶだと思うよ」 「リル・・・そんなことを言うと余計に心配をかけてしまいませんか・・・?」 ライチ達は視線を横に移動させ声の主を見た。バクフーンと、オオタチと、ニドリーナが立っていた。 ライチはそのバクフーンの顔に見覚えがあった。と言うより忘れることができなかったと言う言葉が正しい。 自分達を捕まえたポケモンの顔など、誰が忘れられよう。・・・しかし、名前までは流石にわからなかった。 「貴方は・・・僕達を拘束したバクフーンさん・・・ですよね?」 ライチが確認のためにバクフーンに問いかけると、バクフーンはその通りだと言わんばかりに頷いた。 どうやら自分の記憶が正しかったようだ。 「そうやで。覚えててんな・・・名前まで知らんやろ?うちはヒルルカって言うねん」 そう言ってにこりと笑った。ヒルルカと名乗ったバクフーンに続いて隣にいたオオタチとニドリーナもそれぞれ自分の名前を紹介した・・・ 「リルだよっ」 「アマダです・・・」 それぞれが名前を名乗ってから代表としてオオタチのリルが握手を求めて手を差し出した。 それに答えたのはライチだった。 「よろしくお願いします、リルさん」 リルと儀礼的な握手を交わす。リルの手はとても暖かく、力強い手をしていた。 兵隊にもこんな手をした人もいるんだなとライチが想い、同時に自分達の名前を名乗っていないことに気がついた。 「僕の―――」 「ライチくんにシロップくん、ミントちゃんにシナモンちゃん。あそこでシオン様と戦おうとしているのはレモンちゃん・・・だったよね?」 名乗ろうとした刹那、リルに名前を先に言われて少しだけ驚いたが、アスペル辺りから聞いたんだろうと推測し、「その通りです」といって微笑を浮かべた。 「実はシャロン隊長たちの話、ちょっとだけ聞いてたんだよ。君達の伝説のポケモンの力をこの戦いで調べるんだったっけ」 リルは子供のような口調でライチに問いかけた。しかし言葉は理を的確に現している。 その通りだった。自分達の話を信用させるには証拠を見せなければならない。 リルはそのことをはっきりと言い切っているのだ。 どうやらリルは自分が思ったことをそのまま口にするタイプのようだ。それは時として長所に、時として短所になるだろう。 本人が気付いているかどうかはわからないが。 「リルさんは・・・伝説なんて信じませんよね・・」 ライチは言葉を選ぶようにリルに話しかける。リルは静かにライチのほうを向いて、 「うーん、シオン様が信じるならあたしも信じちゃおっかなー」 と、冗談交じりにそんなことを返された。 シオンが信じるなら自分も信じるとは・・・彼女は自分の意見はあまり言わないのだろうか、と、考えていたが無意味な考えだとかぶりを振って、ライチは自嘲気味に微笑むと、「意味のわからないことをいってすみません」と言い、謝罪するように頭を下げた。 リルは「気にしないでー」と暢気に言うと、シオンのほうを向いた。いろんな意味で良い性格をしている。 そんな会話のあと、しばらく沈黙が続き、それまで黙っていたアマダが唐突に口を開いた。 「でも・・・本当だとしたら・・・私達なんかより全然・・・」 「そうか?」 アマダの言葉にヒルルカが首を捻った。 「でも・・・街一帯に猛吹雪と雹の嵐を起こすなんて・・・私達にはとても・・・」 「それを言ったらさぁ・・・シオン様だって北凰騎士団入団演習のとき」 「リル・・・!そのことは・・・」 突然語気を強めて、アマダがリルの言葉を静止した。静かに話していたアマダの突然の剣幕に、ライチ達は身体をビクリと振るわせた。普段物静かな女性が怒るとこんな感じなのだろうとライチは勝手に想像した。 アマダに静止されてリルはこめかみの辺りをぽりぽりとかいて、 「あっ、ごめん。外に漏らしちゃダメだったんだよねー」 と、謝罪した。 ライチはリルの言葉を吟味して考えていた。 シオンが私兵隊になるためのテストを受けるとき、自分達と同じようなことが起きたというのだろうか?だとしたらシオンも自分達と同じ存在となるだろう。 もしかしたらシオンがここまで自分達に協力してくれているのは、同じ穴の狢を見つけたことに対するシンパシーに近い感情かもしれない・・・ ライチがいろいろと思考を働かせて考えていたら、ヒルルカが横から言葉を紡いだ。 「どっちにしても特殊なケースやろ」 その言葉で思考が現実に引き戻される。確かにその通りだった。そんな力を持ったポケモンがごろごろしていたら、特殊は普遍になる。 世界の調律は大きく乱れてしまうだろう。 それを止めるには、まず今の状況を何とかしないといけない。シオンの話も気になったが、今はレモンを見ることに専念した。 「まぁ、力=強さとはちゃうからな。なんぼ力があったかて当たらんかったら無意味やろ。戦闘技術も必要やし、集団戦闘なら戦略はもちろん、チームワークも必要やし、単独戦闘なら読み合いや駆け引きが重要になるかもしれんしな」 ヒルルカが思い出したように付け加えた。言葉は的を得ているかもしれないが、ライチたちにはいまいちよく分からなかった。 戦闘というものをまだ知らないライチ達にとっては、力の流れや、戦闘中の心理的な駆け引きなど理解するのは難しいだろう。 そう考えると、この戦いで、戦闘についての何かが掴めるかもしれない。 「始まるみたいやで」 ヒルルカの言葉で視線を前に向けた。アスペルが始まりの合図を告げる。 「制限時間は五十分。どちらかが降参するか、半化器の作動で試合終了。ほんなら・・・はじめっ!」 アスペルの大きな声が、戦闘開始を告げる。 「・・・はぁっ!!」 レモンが先制を取るように地面を蹴って大きく跳躍、そのままシオンの後ろに飛び降り、体を横百八十度回転させ、そのままの勢いで"たたきつける"を繰り出した。 シオンは小柄な身体をすうっと屈めて、レモンの横殴りの一撃をさらりと回避した。そのまま身体を背筋の瞬発力だけでぱっと起こした。「ジャック・ナイフ」と呼ばれる動きである。これを使うと手足を使って立つよりも早く直立できる。瞬発性や背筋の力を使うため、体操などにも広く運用されている機動だ。その動きを見切る暇も無く、シオンの額の宝石が輝く。 「(!!!何か来る!!)」 レモンは身の危険を感じて、大きく横っ飛びに飛んで距離を保った。その間シオンは何もしてこなかったが、何もしなかったといったほうが正しかった。シオンはレモンの力を見るという任務があるため、攻撃をすることをしなかった。 もしあの時攻撃をされていたら―――命が吹き飛んで消えていたかもしれない。 体勢を立て直そうと身体を起こそうとした瞬間――シオンが目の前にいることに気が付いてその体勢のまま側転し、後ろに大きく跳躍、そのまま"でんじは"を走らせる。 シオンに向かって走る"でんじは"を、妙に緩やかに動いて"でんじは"を掻い潜ると、突如大きく跳躍した。その瞬間大量の砂埃が舞い上がる。 「うっ・・・わぁっ!!」 砂埃に一瞬視界を奪われたレモンはあたりを確認使用とした瞬間背中に強烈な衝撃が走った。 「がふっ!!」 その瞬間地面に激突し、大きくバウンドした。 「うーん・・・やっぱりちょっと無理かなぁ・・・」 遠くからシオンの声が聞こえた。どうしてここまで吹き飛んだのかはまったくわからなかった。動きが見えなかったのだ。 何か接触系の物理攻撃を受けたのかもしれないが、それが何かもわからない。 小柄なシオンから溢れる大きなパワーの前に、驚愕する。 しかし、そんなことを考えて寝転んでいるとまたさっきの様に一撃を喰らうかもしれない。 レモンは無理のないジャックナイフ機動で身体を起こすと。シオンに向かって"10まんボルト"を叩き込んだ。 空を切り裂く電撃が、シオンに向かって伸びていく。しかしシオンに近づいた瞬間、一瞬で消えてしまった。 「・・・・"ひかりのかべ"・・・・」 シオンの周りを蒼い光が囲む。特殊技を二分の一に軽減するといわれる"ひかりのかべ"だが、レモンの"10万ボルト"をあっさりと弾き飛ばしてしまった。 弾き飛ばされた理由は簡単だった。シオンが強すぎるのと、レモンが弱すぎるだけだ。 「あらら、コレ反則だね。やめとくよ」 シオンはあまりにもあっさり防御手段を解いた。別段レモンをなめているわけでもなく、レモンに実力を出し切ってもらうためだろう。シオンが本気になれば、レモンは赤子の手を捻るようにやられてしまうだろう。 レモンは、自分が悔しかった。理由は分かっていた、シオンは本気を出していない。自分がやると決め、なおかつ生意気にも絶対に勝つと宣言してしまったのにこの体たらくだ。 せめて一撃でも入れないと、勇者の力はおろか、自分の力まで粉々に粉砕されてしまうかもしれない。 レモンは地面をぐっと踏みしめ、"でんこうせっか"を使ってシオンに肉迫した。真っ直ぐではなく、シオンの手前で左に方向転換し、左に回避しようとしたシオンに突撃した。 その刹那、天と地が逆転した。シオンはレモンの攻撃を完全に見切っていてあえて誘ったのだ。 電光石火の爆発的なエネルギーを尻尾で受け止め、勢いを殺すことなく上空へ放り投げた。投げられたレモンが自分の状況を確認する暇も無く、いつの間にか前方にいるシオンの尾の一撃を喰らって、地面にものすごいスピードで激突した。 「がぁっ!!」 地面に接触した瞬間強力な弾力で跳ね上がり、そのまま無様に地面を転がって動かなくなった。 遅れて綺麗に着地したシオンは―――何故だか焦っていた。 「あ・・・大丈夫?」 しまった、といわんばかりの表情だった。レモンは答えることも出来なかった。 「まさか受身も取れないなんて思わなくて・・・って、もしかして半化器作動しちゃった?」 柔らかな物腰も、温厚な眼差しも変わっていない。レモンは静かに前を向いて、シオンが歩いてくるのをじいっと見つめていた。 正確に言うなら、シオンの歩く早さを計算しているようだった・・・ シオンが実に三メートルほどまで近づいたとき、レモンはガバリと身を起こし、右手に集めていた"チャージビーム"のエネルギーを掃射した。 「わぁっ!」 熱線のような雷が、至近距離にいたシオンに直撃した。 バリバリと轟音が鳴り響き、爆発、閃光があたりを照らす。 「・・・はぁ・・・はぁ・・・」 レモンが肩で息をする。よほど高エネルギーで発射したのか心なしか蓄電の力も弱まっているようだ。 シオンが自分に対して無防備な姿を晒していた所に、不意打ちの奇襲。いささか卑怯くさい戦法だったが、そんなことは考えなかった。こちらの力が通じないと分かった以上奇襲でもかけないと勝つことは出来なかったからだ。 戦いには・・・野蛮も紳士的も綺麗も汚いも無い・・・ 「凄いね。今のはびっくりしたよ」 「・・・・・無傷・・・ですか」 晴れてきた煙の中から小柄なシルエットが浮かび上がる。大体予想はしていたが、・・・シオンは無傷だった。 「ESP使わされちゃったね」 なんて言いながら、シオンは首を傾けて笑顔を浮かべた。 ESP・・・その言葉が何かの呪文のようにレモンの頭の中にリフレインする。 よく分からないがシオンは何かをしてレモンの攻撃を無力化したのだ。ESPと呼ばれるそれが、その何かかもしれない。 レモンは戦いのことなど何一つ分からない。 唯一つ分かったことは、・・・シオンには奇襲も不意打ちもフェイントも通じないということだ。 「不思議そうな顔をしてるね。」 シオンが分けも無いと言った顔でレモンに暢気に話しかける。 「・・・ESPのこと・・・分かってないみたいだね。・・・教えてあげるよ。」 シオンが出来の悪い教え子に諭すような口調でレモンに説明をし始めた。 「ESPって言うのは超感覚知覚と呼ばれる一種のエスパー能力なんだよ。さっきレモンさんがやったように通常、技には使う前に溜める必要性があるんだ。そうしなければ強力な力は出ないし、相手を倒すのにも手間取ってしまうからね。」 レモンはシオンの言葉を必死に頭で追いかけた。ESPと言われた長感覚知覚とやらは、集中力によって生み出される一種の力場と解釈した。 「・・・つまり・・・先程僕の攻撃を無力化したのは・・・その超感覚知覚が"一瞬"で働いて、僕の攻撃を弾き飛ばしたということですか?」 レモンは確認するようにシオンに問いかけた。シオンはユニークな回答をもらった教師のように微笑んで言葉を紡いだ。 「その通りだね。でも、半分正解だけど半分不正解だよ。ESPにも溜めのタイムラグは存在する。じゃあ何故さっきは一瞬で発動したのかわかる??」 「・・・・日々の鍛錬と努力の集大成の結果ですか?」 レモンが答えると、シオンは笑顔を一層にこやかにしてレモンに言葉を返した。 「正解。この位の事なら訓練を積めば意図的に特殊な集中状態に入らなくても、戦闘になれば条件反射的にそうなるんだ。」 レモンはシオンの言葉を聞いて、改めて目の前の存在を知った。 シオン・ラヴェリア、彼は強い。強いと言う言葉では表しきれない何かがある。油断していると思っていたがそうでもなかった。彼にはESPなる見えない力場のようなものが展開されている。つまりは不意打ちを喰らっても一瞬で戦闘状態に持ち込めるのと同じである。 油断や慢心、レモンが唯一勝てるかもしれないというその心は、完全に無くなった。 「それから、エネルギーの収束なんかもね・・・これは要らないことはないんだけど、僕がそれをすると威力が上がりすぎちゃうんだよね。兵士同士の訓練なら大丈夫だけど、君が相手だといくら半化器があっても危ないからさ」 圧倒と言う言葉はあながち嘘ではないのだろうとレモンは考えた。 事実、いま自分はシオンに圧倒されている。 相手がそういうつもりでなくても、その場にいるだけで身体が竦んでしまうこともありえる。 自分の攻撃が全て通用しないとなると、どうやって勝てばいいのか分からなくなる。例え全力で電撃を撃ったとしても、簡単に相殺されて首を取られるだろう。 「・・・そろそろ大丈夫?」 「・・・えっ!?」 レモンはシオンの言葉の意味を探った。敵を気遣っているわけではない。これはつまり、レモンの身体の回復を待っていたのだろう。 それに気付いたレモンがなんともいえないやりきれない表情になる。ここまで気を遣われると帰って自分が惨めになる。 「・・・うーん、でも・・・なんかこのままだと僕が君を虐めてるみたいじゃない。見たところ勇者の力とやらも覚醒してないみたいだし、一度やめにする?」 シオンの言葉が胸に突き刺さる。しかしレモンは首を横に振った。 「お気遣いどうも。ですが引くわけにはいきません!!」 眼に戦う意思を宿して、レモンは再度跳躍した。 攻防につぐ攻防。薄紫と黄色のシルエットが、絡み合うようにして戦闘場を駆け抜け、轟音と雷光がほとばしる。突風が唸って乱流を生み、砂埃を天高く舞い上げる。 挑発的でありながら、なおかつ冷静な、舞踏を思わせるような独特のリズム。そしてエネルギッシュでありながら、どこか湖水のごとき静かさ、深さを漂わせているシオンの動き。 筋肉の躍動や汗のにおい、心臓の鼓動、骨のきしみまで感じられそうだった。 光る雷や閃光は、華麗な動きを際立たせるサスペンションライトのような存在に過ぎなかった。 ---- ライチ達は遠巻きにその戦いを見ていたが、とても見らるものではなかった。 「素人よりは幾分マシやけど・・・魔王の手下とやらと戦ってた割にはな」 「ええ・・・その手下が弱かったのか・・・"勇者の力"に依拠した勝利だったのかもしれません・・・」 ヒルルカとアマダが率直な感想を漏らす。彼女達も、ライチ達の能力を過大評価していたらしい。 4匹の勇者に選ばれた者という肩書きを聞いて、自ずと期待していたのかもしれない。 シオンの動きは柔軟で、あらゆる動作に清水の動きを感じさせる、ある種の調和があった。 どんな動きも見切っているし、あらゆるフェイントも見破ってくる。 それに比べてレモンは、直線的であらゆる動きがどこかぎこちない。 相手の動きを読んでいないし、素早く動くことも出来ていない。 まるでブリキ人形が踊っているようだった。 まさしく、一方的という言葉が相応しい模擬戦闘だった。 「・・・レモン・・・」 ライチが苦しげな顔をしてレモンを見つめる。 レモンの体力の消耗のスピードに反比例して、シオンは息一つ乱すことなく、戦闘を開始した時と相違ない動きを続けている。 一般市民と訓練された兵士の間に、これほどの差があったのだと改めて認識させられた。 この戦い・・・レモンが勝てるはずが無い・・・ 「お願い・・・神様・・・レモンを助けて・・・」 ライチが瞳を堅く閉じ、弱々しい声で掠れる様に呟く。 しかしライチの祈りも神には届かず、無常にも戦闘は一方的なものに追い込まれていった・・・ ---- 「闇雲に攻撃しても体力を消耗するだけだよ?」 攻撃が効かないのにもかかわらず、レモンはシオンに向かって突撃する。 シオンは緩やかに、しかし絶対に読めないような動きで身体一つ分だけ横へ移動し、すれ違いざまに足を引っ掛けた。 「うぁっ!!」 レモンはシオンの足払いに引っかかり、前のめりに倒れこみ―――口から赤黒い血を吐き出した。 「うっ・・・ぐっ・・・・」 レモンは朦朧とする意識の中で、シオンを捉えようと瞳を動かすが、目の焦点が合わない。技に自分のエネルギーを殆ど注ぎ込んだために疲労状態になっているのだろう。 「だっ・・・大丈夫?」 シオンは慌ててレモンに駆け寄った。 「・・・半化器発動してるか?」 ヒルルカが訝しげな顔をしてリルに問いかけた。 「あれ、装備者がダメージを受けないと起動しないんだよ。レモンちゃんのはダメージじゃなくて、技のエネルギーの消耗だから・・・シオン様はもともと肉弾戦は苦手だし」 リルは心配そうな声でそう言った。 「レモンちゃん・・・なんで諦めないんだろ?勇者の力を見せて欲しいって言ったのはこっちなんだからさぁ、シオン様がもういいっていったときにやめてもよかったのに」 リルが素朴に感じた疑問を口にした。ライチ達はよく分からないといった顔をしてリルの方を見た。 「・・・あれだけ絶望的な状況の中でも・・・目は死んでいないよ・・・諦めてない・・・」 そういわれてライチはレモンに視線を向けた。 ボロボロで・・・顔に疲弊の色が見え隠れしている。息も荒いし、体調も悪そうだった。 しかし、瞳は決してシオンからそれていなかった・・・ 真っ直ぐにシオンを見つめ、決して諦めない意志の強さを象徴するように、瞳が輝いていた・・・ ---- 「やっぱり無理だよ。方法を変えよう。その状態じゃ勇者の力も使えないでしょ?使ったとしてもきみの身体が持たないと思うよ」 「まだです・・・・まだ・・・いけます・・・シオンさんに勝つまで・・・絶対に諦めません・・・諦めたくありません・・・」 シオンは静かにレモンを見つめた・・・身体はヘトヘトで、立ち上がることもままならなかったが・・・亜麻色の瞳だけが・・・真っ直ぐにシオンを捉えていた・・・ 「・・・気持ちは大事だと思うけどさ。手段と目的が混同しちゃってない?僕はきみの勇者の力ってのを確かめたいだけなんだ。勇敢と命知らずはまったく違うもの。君はなんだか意地だけが先行しちゃってるみたいでさ。それだと守れるものも守れなくなっちゃうよ」 シオンは半ば呆れ気味に、厳しい一言をぶつけてきた。その言葉にレモンは訓練場にいる全員に聞こえる声でこう言った。 「確かにそうかもしれません・・・ですが・・・絶対に勝ちます。僕のせいで皆が傷つくのは・・・誰かを守れないことと同じなんだと思います。どれだけ絶望的な状況でも・・・希望の灯は消えません!僕は信じます。勇者の力なんて関係ない・・・僕の大切な人達を守るのは・・・力ではありません・・・心なんです!!自分の心がここで折れたら・・・ここまで来た意味がありません!・・・絶対に諦めない!!・・・信じることが・・・結び合うことが・・・僕の・・・僕の"希望"です!!」 レモンの気持ちが空を駆ける。 その瞬間、レモンの意識は眩い世界に照らされたような感覚が襲った・・・ ---- 不思議な空間の中を、レモンはただひたすらに歩き続けた・・・不思議な光と靄が舞う空間の中に、金色の輝きが見え隠れする・・・ 「・・・」 レモンはその光に向かってひた歩き続ける・・・まるで吸い寄せられるように光に向かって一歩、また一歩と歩みを進めていく。 どんどん光が強くなっていく・・・レモンがその光に近づいて語りかける・・・ 「・・・僕の中に貴方の力が宿っていること・・・僕にはわかりませんでした・・・」 レモンは胸に手を当ててそういった。その瞬間突然光が霧散して、一匹の鳥ポケモンが姿を現した・・・ 「私はサンダー・・・希望の光を司る者・・・」 レモンはサンダーを見つめていた・・・サンダーはレモンの視線を真っ直ぐに受け止め、語りだした・・・ 「レモン、君はあの時何故諦めなかったのかな?」 サンダーの問いかけにレモンは自分の頭を回転させて考える。 確かにあの時は大人しくまいったと言った方が良かったのかもしれない・・・シオンは別の方法を提案してくれた・・・だけどレモンはそれをしたくなかった・・・それは何故なのか・・・ 考えれば考えるほど自分の言葉が鮮烈によみがえる・・・ しばらく黙っていたレモンだが、やがて意を決したように口を開いた。 「確かにあの時はまいったと言った方が良かったのかもしれません・・・ですが・・・絶対に諦めたくなかったんです。ライチ達に迷惑がかかると言うのもあるかも知れません・・・でもそれ以上に自分の力を信じることが出来なくなるのが嫌だったんです!自分の力が信じられないのに・・・希望なんて宿るわけ無いって・・・勇者の力なんて出るわけが無いって・・・」 レモンの思いをサンダーは静かに聞いていた・・・そしてゆっくりと口を開く・・・ 「それが君の意思なんだね・・・レモン・・・」 サンダーの言葉にレモンは力強く頷く。そしてこう言った・・・ 「だから・・・サンダー・・・この戦い・・・貴方の力を借りずに戦いたいんです・・・貴方の力を借りてしまったら・・・それは自分の力を信じないこと・・・自分の希望を信じないことです・・・自分を信じられない者に・・・勇者の資格なんてありません・・・だから・・・僕に任せていただけませんか?」 レモンは自分の力を信じて戦いたいとサンダーに言った。 ・・・サンダーはしばらく考えたあと、こう言った。 「わかった・・・私の力を託すのはやめよう・・・だがレモン・・・君の今の力では到底あのシオンというポケモンに勝つことは出来ない・・・確かに自分の力を信じることも大切だ・・・しかし、負けてしまっては自分の希望も消えてしまうのではないのかな?」 サンダーの言葉にレモンは胸が焼けるような感覚が襲った。 確かにその通りだった。いくら自分の力を信じて戦っても、先程の戦いで実力の差は火を見るほど明らかだった・・・ やはり無理なのか・・・偉そうなことをいわずに力を借りたほうがいいのだろうか・・・ 「・・・あの・・・僕はどうすれば・・・」 レモンがサンダーに問いかけた。サンダーはしばらく考えていたが、意を決したようにこう告げた。 「レモン・・・私の力を使うのに抵抗を感じると言うのなら・・・私の力を君の力と融合させよう・・・"託す"のではなく"融合"させるのだ・・・」 「融合??」 レモンが不思議な顔をしてサンダーを見つめた。 聞きなれない言葉を繰り返すように呟く・・・ 「そう・・・融合すれば私の力は全て君の力になる・・・それは私の力を借りて戦うのではなく・・・君の力を使って戦うのと同じになるだろう・・・」 「・・・それは僕の力を増幅させると言うことですか?」 レモンの疑問にサンダーはゆっくりと頷く。 「そう。しかしこれは本当に自分の持つ心の力を理解しているものにしか出来ない・・・だがレモン、君は自分の中に眠る"希望"という心の力を信じている、迷いや焦りが微塵も感じられない・・・純真そのものだ。だからこそ君に私の全てを捧げたいのだよ・・・どうかな?」 サンダーの言葉にレモンはこう言った・・・ 「サンダー・・・貴方が僕を信じて力を捧げるのなら・・・僕は貴方の力を拒む理由がありません・・・貴方と・・・融合します」 「・・・ならば手を」 サンダーとレモンの手が触れ合う。その瞬間サンダーがレモンに吸い込まれていった。 すさまじい力がレモンの中から溢れ出す・・・不思議な空間が崩れるその時、サンダーの声が聞こえた。 「(レモン・・・君のその心が・・・揺るがないことを願おう・・・)」 レモンの意識は一気に現実に引き戻されていった・・・ ---- まぁ、模擬戦闘を提案したシオンにも責任はある。 ここまでの旅路の中で"魔王の手下"を倒したと言うものだから、もう少し強いかと思っていたが、こんなにも戦闘能力が低いだなんて思っていなかった。 そして――――あえて言葉を選ばずに言えば、ここまで意地っ張りだとも。 シオンだって戦闘があまり好きなわけではないし、もし自分の立場に立たされたら間違いなく降参するだろう。 何かしら大切なものを賭けて戦っているわけでもないし、相手が戦闘以外の方法を提案してくれているのだ。 子供じゃないんだから・・・・ 「―――ふぇ?」 立ち上がることの無いレモンを前にぼーっとして、間抜けた声を上げてしまった。 それは唐突に訪れた。 レモンが・・・ゆっくりと立ち上がったのだ。 「シオンさん・・・いきますよ」 レモンは先程とはまったく違う戦う者の顔つきになって、シオンを見つめていた。 体中から白雷が迸って、周りの空気をちりちりと焼いている。 レモンの背後に陽炎のようにゆらゆらと揺れる大きな鳥のようなシルエットが見えた。その影は翼を広げるような仕草を見せて、そのまま消えて言った・・・シオンの目の錯覚だろうか―― ―――否。 レモンの気迫と、シオンの直感が告げている。気のせいでも、まして幻でもない。 「・・・はぁっ!!」 レモンが一呼吸おいて、跳躍した。 その跳躍力たるや、先程の比ではなかった。そしてそのまま空中で身体の向きを変え、シオンに突貫した。 「っ!!」 シオンは咄嗟に跳び退ってかわしたが、レモンの着地と同時に、まるで小隕石が落ちたかのような轟音と共に地面が陥没し、小石や砂が飛び散った。 「嘘・・・」 先程と同じ、何も考えていない安直な動き。しかし、破壊力は桁違いだ。 レモンが再度高速で突っ込んでくる。 シオン目掛けて手当たり次第に"でんきショック"を叩き込もうとする。シオンはそれを難なく回避するが、回避するたびに地面が轟音とともに陥没し、蟻の巣のようになった。 「くそっ・・・」 このままでは埒が明かない。反撃の糸口を掴まなければジリ貧に陥ってしまう。 レモンの突進に対してシオンは低く跳躍し、レモンの背中に前足を置いて、跳び箱の要領で飛び越えた。先程までシオンのいた位置が、轟音とともに崩れ落ちる。 「ふふ・・・・きみへの評価を修正しなきゃいけないね。それが勇者の力ってやつ?」 余裕ぶってはいるものの、内心シオンは焦っていた。先程とはまったく違う何かしらの威圧感が、押し寄せる波のごとく襲い掛かってくる。 十メートル以上離れているのに、喉元に刃を突きつけられているかのようだ。 「シオンさん・・・・僕の全て・・・受けてもらえますか?」 そう言うと、レモンは静かに集中した。 ありのままの力を、ありのままの思いを、ありのままの自分を・・・全て相手にぶつけるべく・・・シオンにはそう感じられた。 下層要素領域への接続、上層物質領域への要素エネルギーの召還。収束し、紡ぎ上げられていくエネルギーは留まることなく増幅していく・・・ 戦闘状態に入った瞬間から、恒常的に下層要素領域と上層物質領域を接続しているシオンは低威力なら間髪を入れずにESP技を連射することが出来る。 低威力といえど、先程のレモンのチャージビームも相殺した。 今、彼女を蜂の巣にしてしまうのは簡単だけど―― ――彼女は自分の全てを受けてくれるかと言った。 これを受けずして何としよう。そもそも、シオンには彼女の"勇者の力"がどれほどのものなのか見届ける義務がある。レモンの中に二つ目の魂を見出し、それを覚醒させてしまったのはシオンなのだから。 「いいよ・・・受けて立ってあげる」 そう言って低く笑うと、自分の持てる力を使って下層要素領域への接続を開始した。 レモンよりも若干遅めの接続だったが、集中状態に入って領域間穴を本気で広げれば、シオンのほうがエネルギーの収束は何倍も早い。 さりとて、今のレモンの力で勝るかといえば、はっきり言ってまったく自信はない。 それでもこのスリルが、シオンの心を昂ぶらせてやまなかった。 戦闘が好きじゃないって? ふふ、そうかな、どうだろう。 一瞬の後、シオンの頭上で空気が叫び声をあげ、幽い影が渦巻き始めた。 収束したESPの要素エネルギーを使って幽界から召還された黒い炎が、直径一メートルほどの球状に圧縮されてゆく。 「ちょっと・・・あれ・・・・大丈夫なんですか?」 「・・・まぁ、レモンちゃんのほうもさっきまでと様子ちゃうし、死にはせんと思うけど・・・」 アマダの不安げな声と、ヒルルカの訝しげな声。そんなのが聞こえたような気がした。しかし程なく空気のように流れ去る。 はっきりと言ってしまえば、力と力で勝負するのは明らかにシオンに分が悪い。 本気を出さなければ危ないのはこちらの命だ。 レモンの頬の電気袋がおぞましいまでの電撃を帯び、膨大なエネルギーが稲妻となって流れ出す。 それが彼女の右腕に集中して眩いばかりの白光を発し始めるのと、シオン"シャドーボール"を完成させるのとはほぼ同時だった 渦巻く暗黒の球は竜巻のごとくあたりの空気を掻き回し、乾いた風がゴォゴォと吹き荒れる。本来はこの演習場を覆い尽くすほどの大きさになるシャドーボールを直径一メートルほどに圧縮しているためだ。 対するレモンは、収束という言葉を知らないかのように猛る雷を右手で御している。吹き上げるような期の流れで舞い上がった小石がバチバチと弾け、削岩機に放り込まれたかのように粉砕されていく、その様子が、白雷の力を如実に物語る。 「行きます・・・」 同時だった。 術者の軛空と気はなれた"10まんボルト"と"シャドーボール"は目で追えないスピードで直進し、両者の中央で激突した。 打ち震える空気。吹き荒れる風。律動する地面。 深淵の闇――全てを焼き尽くし飲み込むはずの業火は、網のように襲い繰る電撃に瞬く間に覆いつくされた。 シャドーボールは電撃のエネルギーを飲み込みながら、切り開くようにして押し進む。レモンの右腕から迸り続ける電撃が、それを押し返す。 ボシュッ、と、潰れるような音と同時に、黒い火柱が天を突き上げた。範囲こそ狭いが絶大なる威力を誇る"シャドーボール"―― ――――届かなかった。 いや、足りなかった。レモンの"10まんボルト"に力及ばず撃ち負けて、"シャドーボール"はシオンの意思とは無関係に崩壊し、レモンに届く前に爆発してしまったのだ。 猛獣のごとく迫り来る網のような電撃は、当然ながらそんなことで止まるはずもなく。 「ふふ、これは・・・・・・やんなっちゃうなぁ・・・・・」 呟きつつも、シオンは妙に冷静だった。持てる力の全てを"シャドーボール"に注ぎ込んだシオンは反動で一歩も動けないし、もとよりこの広範囲の雷撃をかわす術などなかった。 電撃に身を焼かれる苦悶も長くは続かない。半化器が作動し、忽ちヒューズが切れたようにシオンの意識は昏い海の底へと堕ちていった。 ---- 「嘘やろ・・・!?いやいや、とにかく。勝者、レモン!」 シオンの気絶を確認したアスペルが大きな声をあげて戦闘終了をつげる。レモンは放心状態のまま天井を見つめていた・・・ 「勝った・・・シオンさんに・・・勝ったなんて・・・信じられない」 亜麻色の瞳が倒れているシオンの姿を捉える。シオンも消して油断などしていなかっただろう。むしろ本気だったのかもしれない・・・それを易々と倒してしまった自分の力に、レモンは何かしらの不安があった。 「・・・この力・・・ライチやシロップとはまったく違う・・・異質の力なのかな・・・」 あの不思議な空間でサンダーが言っていたことを思い出す・・・自分の力をレモンの力と溶け合わせて、レモン自身の力にする・・・それはレモンが自分の中にある"希望"を信じて疑わないからこそ出来ることだとサンダーは言っていた・・・ 「(じゃあもし・・・僕の心が揺らいだら・・・どうなるんだろう・・・)」 レモンは不安げな顔をして、ライチ達を見つめた。ライチにシロップ、ミントやシナモンが自分を見つめている・・・その表情は―――期待と不安、驚愕と恐れに満ちていた・・・ 「・・・・・・・」 レモンは無言でライチ達を見詰め返していた・・・ 「・・・・・なんて力なんだ・・・」 ライチはレモンがシオンを倒した雷を見て、驚きと不安、そして――劣等感のようなものを抱いていた。 自分達よりも数倍以上の力、凄まじいエネルギー、それらを全てレモンは操って、シオンを倒した・・・おそらく自分やシロップが戦っていたのなら――確実に負けていたのかもしれない・・・それほどシオン=ラヴェリアという存在が圧倒的な強さを誇っていたのを、ライチは無意識のうちに感じ取っていた。 それを短期決戦で倒してしまったレモン・・・自分やシロップの力を全否定するような――圧倒的な力・・・ しかも半化器という力を抑制するものを装着して・・・あの威力・・・ 「(レモンが強くなった・・・このままじゃ・・・僕やシロップ・・・ミントにシナモン・・・僕達の存在が・・・レモンにとって足枷になってしまうかもしれない・・・)」 強いもののそばに弱いものが群れていれば、強いものは弱いものを意識して戦わなければいけない・・・それだけでも足枷になってしまうものだ。 ライチは自分達の存在が足手まといのように思えてしまって、とても滑稽だった・・・ ライチの視線がレモンを捉える。その表情は――苦悩と葛藤に満ち溢れていた・・・ ---- 「・・・・ん・・」 シオンはうっすらと目を開けて辺りを見回した。私兵隊の傷の手当てをする治療室の壁が視界に広がっていく・・・ 「シオンさん!!目が覚めたんですね!」 レモンがとびきり嬉しそうな顔をしてシオンに詰め寄ってきたのに辟易して、困ったような笑顔を浮かべることしかできなかった。 「や、そんなに大したダメージじゃなかった・・・半化器で気絶しただけだから大丈夫だよ」 シオンの言葉を聞いてレモンは安堵したようにため息を漏らした、レモンの隣にいたアスペルとシャロンも少し安心したようだ。 シャロンは横目でシオンの表情を伺い、すぐに目を逸らして口を開いた。 「・・・まさかパワーゲームで挑むとはな。お前らしくもない」 「ちょっと無謀でしたね。勇者の力ってのを甘く見てたみたいです。レモンちゃんがこんなに強いなんてね」 答えて、レモンに視線を向け、シャロンの方へ向き直った。 「でも、彼女の力を計るにはああするのが最善でしたから」 「北凰騎士団最弱の小隊長の台詞やないなあ」 「ちょっ、それは言いっこなしですよ先輩!他、確かにタイマン張ったら僕が最弱ですけどっ。先輩だって、チーム戦なら僕の後方支援は心強いって言ってたじゃないですか!」 「おう、確かに二人で組んだときは強いな」 「いつだったか、わたしと組んでボスコーンとキールと戦ったときは何もできないままに瞬殺されていたがな」 「や、あれは、その・・・団長は別格!うん!」 「なんやかんや言うてレモンに負けとるしな」 「はうぅ・・・それは」 確かに、力比べに応じたのは、シオンの能力からすると無謀な判断だったと言わざるを得ない。が、それでも勝つつもりで挑んだのだ。今さら言い訳もできない 「で、でも!シオンさんは強かったです!!ホントですよ!!勇者の力が目覚めなかったらどうしようって内心は冷や冷やして・・・だから・・・あのぉ・・・」 レモンが慌ててシオンをフォローを入れてくれたものの、その先何と言っていいのか分からないようで、あたふたとして二人を見つめるばかりだ。 「まあな・・・もしもう一回勝負して、シオンが勝つつもりやったら何ぼ勇者の力があったかて敵わへんで。一発の破壊力も身体能力もレモンちゃんのほうが上やけど、技術的にはまだ荒削りや。こいつもこんな奴やけど、一応俺らと肩を並べる小隊長やからな」 と、アスペルがシオンの頭を撫でた。 「や、やめてくださいよ、子供じゃないんですから・・・」 「でもレモンちゃん。経験つんだらシオンぐらい軽く超えれるで」 そういうと、アスペルはレモンに向かってウインクした。 「あのぉ…シオンさんって…嫌われているんですか??」 レモンが疑問の瞳をシオンに向けてきた。こんなやり取りは日常茶飯事なのだが、レモンにはそう映るのかもしれない。 「や、べつに・・・いじられてるだけというか、いつもこんなだし」 「俺らはシオンのこと好きやで。なっ、姉さん」 「あ、ああ・・・」 シャロンは頷きかけて、はっとしたように首を振った。 「だっ、で、でも、あれだ!な、仲間としてだからな!」 「ですよね。シャロンさんに限ってそんなことあるわけないですもんね」 「当たり前だ!シオン、あんまり変なこと言うと斬るぞ!」 「や、変なのはシャロンさんのほうじゃ――」 「まあええやん。それより、シオンもこれに懲りて精進せな、あっちゅう間に抜かされてまうで?女の子三人と悠々自適に暮らしとる場合やないで」 「ええっ!?お・・・女の三人と・・・悠々自適な・・・・・・ハーレム生活をしてたんですか!?・・・・・・シ・・・シオンさんが・・・そんな・・・そんなチャラチャラした人だったなんて・・・!!」 レモンはかなりショックを受けたようで、心なしか身体が小刻みに震えていた。 「おお、セコいやっちゃ。こいつ、美形やから言うて女の子を三人も――」 「根も葉もない嘘はつかないで下さいよ!レモンさんなら本気で信じかねないんですからっ」 レモンの視線が殺気を帯びてきたような――気のせいだろうか。 「あ、あのね。女の子三人中二人は使用人だよ使用人。で、残りの一人とは正式に婚約してるの。ハーレムとかそんなんじゃ断じてないから」 「・・・そうなんですか?・・・すみません、僕てっきりシオンさんが安っぽい歓楽街のホストみたいな感じだとアスペルさんの話から勝手に想像して・・・」 レモンがぺこぺこと何度も頭を下げて謝罪する。安っぽいホストとは失礼な話だが、あながち間違いでもない。紆余曲折あって、シオンはその昔男妾をしていたこともあるのだ。 「ま、まあ、誰にでも間違いはあるし。うん。ていうか、この場合レモンさんは悪くないから。全部僕の先輩のせいだから」 「ゆうても若い女の子のお手伝いさん二人とフィアンセと四人で豪邸暮らし!ジブン、そら羨まれるわ」 「アスペル、その辺にしておけ。シオンが泣いたらどうするんだ」 「泣きませんよそれぐらいで!」 シャロンさんまで僕をからかって楽しむなんてひどい・・・ 「とにかく、これからレモンさんたちをどうするか・・・」 「おう」 アスペルは腕を組んで頷いた。 「とりあえず吹雪の謎も解けたわけやし、事件解決や。団長に『シオンがボコボコ二された』って報告してやな」 「それはやめてください!何言われるかわかったもんじゃないですよぉ。ボコボコってのもちょっと違うというか・・・」 「冗談や。適当に報告しといて、もうレモンら解散してもええやろ」 「あっ、その前に・・・」 レモンがやけに神妙な顔つきになってシャロンとアスペルに話しかけた。 「・・・すみません、シャロンさん、アスペルさん、シオンさんと大事な話があるんです、席を外してもらっていいでしょうか・・・」 「大事な話・・・まぁええわ、ほんなら出とくか」 アスペルはそう言って、シャロンは訝しげな一瞥を向けただけで無言のまま、治療室を後にした。 人がいなくなったを確認してからレモンに問いかけた。 「・・・大事な話って、何?」 シオンの言葉を待っていたと言った感じで、レモンは重い口を開いて―― 「僕のこの力の事・・・ライチたちには黙っていて欲しいんです・・・」 「ふーん、どうして?」 レモンの目を見て言い返した。彼女の瞳には――迷いの色が浮かんでいた 「こんなことを突然申し上げてしまってすみません。・・・ですが、シオンさんと戦った後にライチ達の顔を見て分かったんです。・・・精神感応が出来るシオンさんなら、わかりますよね・・・」 レモンが申し訳なさそうな顔をしてシオンを見つめる。 テレパシーは万能じゃないし、あの時は半化器が作動するまで戦闘に集中していたから、ライチ達の心情まではうかがい知れない。 でも、レモンの今の心境は手に取るように分かる。テレパシーは、気持ちを伝えようと言う相手の思いが強いほど効果が高い。敵の心情を推し量ったりするのが困難なのはそのためだ。 「・・・ライチさんたちが、君の力に対して劣等感を抱くってコト?」 レモンは頷ずくと、さらに続けた。 「はい。おそらくライチはそう思っていると思うんです。自分達より強い僕が、自分達のせいで足を引っ張ってしまう、と、考えているんだと思います・・・でも、僕はライチ達のそんな不安要素になりたくないんです・・・ですから・・・」 「僕はきみたちの事情はよく知らないし、ホントはひと決めたことにどうこう干渉したくないんだけど。自分が強すぎてみんなが劣等感を抱くとか、あんまり考えないほうがいいんじゃない?きみに負けた僕の言うことじゃないかもしれないけどさ。兵士になって一年しか経っていない僕だってそうだけど、きみ達はまだ成長株でしょ?ライチさんたちがいつ追いつき追い越すかわかんないよ?」 レモンは俯いたまま暫く答えなかったが―― 「・・・ぼ、僕は・・・」 ――やがて、苦しそうに切り出した。 「今の関係が壊れてしまうのが・・・嫌なんです・・・怖いんです・・・」 レモンの搾り出した言葉はどこかがらんどうで、心が抜けているように思えた。自分でもそれが最善ではないと言うのは分かっているのだろう。 「・・・そう。じゃあ、このコトは黙っておくね」 「・・・すみません。・・・失礼します」 御礼の謝辞をしてから、レモンはふらふらと覚束無い足取りで治療室から出て行った・・・ ---- 一人治療室に残ったシオンは、何となく首を回して伸びをしてみた。 「うーん・・・・・・」 身体の調子は悪くない。さすがに普段の訓練ほどハードな戦闘でもなかったと言うことか。しかし、それはシオンが半化器慣れしてしまっていることの裏返しでもある。要するに、負けてばかりだってことだ。 ――さすがに自信なくなるんだよねぇ。 ただの旅人に遅れをとるなんて。ただの旅人、と言うと語弊があるかもしれないが、その背景に何があろうと、レモンが行使したチカラがシオンのそれを上回ったというだけのことだ。 持ちすぎた力が枷になるなんて、シオンには正直よく分からない。言葉を飾らずに言えば、ライチ達の不安も、レモンの心配も、どうしてそういう方向に考えがいくんだろう、としか思えない。学生時代は優等生で、風紀委員長も勤めていて、学校始まって以来の最速で卒業してヴァンジェスティ私兵隊北凰騎士団に入り、新兵の中でも飛び切り優秀だった僕は、ヴァンジェスティ社社長令嬢のフィオーナの婚約者という後ろ盾もあって、瞬く間に一小隊を任せられるに至った。そこで真実を知った。ほかの小隊長たちは、兵卒とはまるで生きている世界が違うみたいだった。上には上がいるのだと言うことを改めて認識させられた。それでも十三小隊に分けられた北凰騎士団では、後方支援能力に関してはシオンが一番だから、九番隊の隊長になったわけなのだが。 僕は仲間より遥かに強かった。今は仲間より遥かに弱い。双方の立場を経験している。仲間より強かったときは、一人高みを目指して。仲間より弱い今は、少しでも追いつけるよう努力を重ねて。 そこに劣等感やら、足枷やらといった意識は介入しない。 でも、それは単に僕が自己本位であることの現われなのだろうか。 レモンたちの中にシオンと何か決定的に違う点があるとすれば、力を持つことに慣れていないということだ。自分の力を、自分の力だと正しく認識することができないでいる。倍化器を始めて装備したときのあの感覚にも似るかもしれない。自分の意識の上でのチカラと、実際に発揮できるチカラとの間に大きなズレが生じて困惑してしまう。レモンの能力開花は、倍化器による能力倍化の比率を大きく上回っていたことは間違いない。覚醒前は一般人と大差ない戦闘能力だったのだから。 ガチャリ、と再度ドアの開く音。 「シオン、身体はもういいのか」 レモンと入れ替わりに部屋に入ってきたのはシャロンだった。 「―――――はい、もう大丈夫です」 ---- 「レモン!シオンさん・・・どうだったの?」 治療室から出ると、ライチが立っていた。そわそわしている、シオンのことが心配だったのだろう。 「・・・・・・大丈夫だよ。意識もあるし、本人も元気そうだったから・・・」 レモンはやけに元気のない声でシオンのことを伝えた。ライチが怪訝そうにレモンを見つめる。 「レモン・・・大丈夫?元気ないみたいだけど・・・」 ライチが心配そうにレモンを見つめる。レモンにはその心遣いがずしりと圧し掛かる。 レモンは暫く沈黙した後に、口を開いてゆっくりと言葉を紡いだ。 「・・・・・・ライチ・・・あの・・・あのね・・・さっきの戦いのことなんだけど・・・」 ライチがびくりとしてレモンを見つめる。やはり心の片隅にそのことを引っ掛けていたのだろう、緊張と焦りの色が瞳からにじみ出ていた。レモンは更に言葉を紡いだ。 「あの力はさ・・・まぐれ・・・なんだ・・・と思う」 「・・・?」 「ほら、ライチやシロップの時も力を出したときものすごいエネルギーを放ってたじゃない?それでその後に力が抑制されたよね?」 レモンの言葉にライチは静かに頷く。 「だからさ、きっと僕の力もライチやシロップと同じなんだと思うよ、だから・・・その・・・」 僕のことは心配しないで。―――そんな子と言えるわけがない。力を制御していると言ってもシロップは一度暴走した。ライチもそうなる危険性を含んでいる。・・・では、僕の場合はどうなんだろう。僕の力が暴走したら・・・二人とは比べ物にならないエネルギーがあたりを覆い尽くすだろう・・・ 「その・・・僕・・・えっと・・・」 歯切れが悪く、口をもごもごさせていると、ライチがゆっくりと口を開いた。 「レモン・・・信じていいんだよね?」 「・・・え?」 「レモンの言ったこと・・・嘘じゃないんだよね?」 「・・・・・・うん」 頷いた後に、罪悪感がどっと押し寄せた。レモンは嘘をついてしまった。自分の力を否定する嘘を――― 「・・・そっか・・・ありがとう・・・・レモン」 「・・・・」 「僕、あの後ずっと考えてた、あれがレモンの力だったら・・・僕たち足手まといになっちゃうって・・・でも、あの力はやっぱり抑制し切れなかったエネルギーの放出だったんだね・・・ちょっと安心したよ」 ライチの疑いのない言葉の一つ一つがレモンの心に突き刺さる。そのときのレモンには、深い迷いが生じていた・・・ このままでいいのか、やっぱり自分の本当の力のことを言った方がいいのか?・・・でも、そうすると、ライチ達は・・・ 「レモン!行こうよ!シロップたちが待ってるよ!」 いつもの調子に戻ったライチがにこやかに笑うと、シロップたちのいる方へ走っていった。 「・・・まっ、待ってよ!」 ―――結局、逃げてしまった。自分の本心を打ち明けず、有耶無耶のままにしてしまった。レモンがライチを追いかけて走っていく。 ---- 「・・・・勇者の心の穴・・・見ぃつけた」 全てを見ていたマッスグマが、くすりと笑った・・・ ---- ~三章第三幕~ 「お前たちはその謎の力に振り回されていただけだったんだな。長い間拘束して悪かった」 シャロンが眉一つ動かさずに謝罪の言葉を述べた。外はすっかり真っ暗になっていて、微かに光るネオンの光が町をぼやぼやと照らしている。 ライチ達はあの後釈放と言う形になった。自分たちのいったことが真実だったことを、多くの私兵隊のポケモン達の瞳に焼き付けることができたので、そこは万々歳だった・・・が、シャロンが釈放する際にこういっていた。 「とにかく、あまり騒ぎは起こさないことだ。わたしたちとて、二度は庇い立てできない」 ライチ達はその言葉を肝に銘じておいた。そしてわざわざ私兵隊の中で強い力を持つ北凰騎士団の隊長達にお見送りまでされて、ライチ達は萎縮しっぱなしだった。 「ありがとうございました・・・あの、シャロンさん、・・・シオンさんはどうしたんですか?」 ライチが素朴な疑問を聞いた。シャロンは少しだけ上を向いてから、やがて視線をライチに合わせて答えた。 「シオンは先に帰宅した。疲労が激しかったからな」 「はあ・・・」 酷くぶっきらぼうな返答だったため、ライチは何か釈然としないものを感じていたが、特に重要なことでもなかったので、そのことは無視しておいた・・・ 「夜の街は危険だから、気をつけてな」 シャロンが前足で真っ暗な道を指す。確かにこれ以上ここにいても何の意味も無い。ライチ達は再度礼を言うと、真っ暗な道に吸い込まれるように、北凰騎士団駐屯地を後にした。 真っ暗な道を、ライチ達は歩き続ける。その姿は、まるでいく当ての無い乞食のようだった・・・ 「・・・今どのあたりまで歩いたんだ??」 シロップが力の無い声でレモンに問いただす。レモンはよく見えない瞳で辺りを見回したが、やはり何も見えない。 「ごめん、全然見えない、この町・・・・・・広すぎ」 レモンが両目をどんよりとさせる。ミントとシナモンは黙ったまま何も喋らなかったし、ライチはきょろきょろしてあたりを確認している。 完全に迷子になった。真っ暗な町がこれほど恐ろしいとは思っていなかったのだろう、次第に口数が少なくなっていき、終いには誰も喋らなくなった。 迷子になった原因は、自分たちの持っている貨幣にあった。ライチ達はシナモンを持ち金の殆どを叩いて買ったが、宿屋で一泊するくらいの資金は持ち合わせているはずだった・・・が、この町ではこの町のみで使われる貨幣を、貨幣換金所で換金しなければいけないことになっていた。検問のポケモンにも言われていたことだが、ランナベールでの暴走事件に加え、シオンとの戦闘、そして極めつけがレモンの力の覚醒・・・貨幣の換金など忘却の彼方だ。しかも貨幣の換金は夕刻までしかやっていない。 「・・・・・・お腹すきましたね・・・・・・」 シナモンがポツリと口に出すと、全員のお腹が同時になった。さすがに私兵隊の食堂で何か食べさせてもらえばよかったと全員が思っていただろう。暫く歩き続けていたが、これ以上歩いても意味がないと感じ、五人はその場にへたり込んだ。 はぁ、と、ミントの口からため息が漏れる。その重苦しい空気が伝染して、五人の間には晴れない暗雲が立ち込めるような沈んだ空気がどんよりと流れていた・・・ 「・・・駄目だよ、こんなこと考えてちゃ!とにかく野宿できる場所を探そう!!」 静寂を打ち破ったレモンが、すくっと立ち上がると、そのまま真っ暗な道を走って見えなくなった。突然の行動に呆気にとられていたライチ達だったが、すぐに立ち上がりレモンの後を追って走った。 「レモン!単独行動は危険だよ」 「お~い、戻ってこ~い!!」 「レモンさん!!夜は危険も潜んでいるんですよ」 「危ないから戻ってきてください!レモン!!」 それぞれが口にした言葉を、闇は吸い込み、霧散させる。 レモンの身体はどんどん上に言っていくような感覚になり、それを追うライチ達の身体もどんどん上に言うような感覚が襲った。次第に走るのが辛くなり、はぁはぁと荒い息をつき始めて、この道が坂道だということに気がついた。かすかに耳を澄ませば、波と波が打ち合う音が聞こえて、この辺り一帯に海が広がっているということが見なくてもわかった。 静寂はどこまでも、どこまでも続き、やがて真っ暗な闇の先に、美しい黄色が映えるように突っ立っていた・・・ 「いたいた、レモン、急にどっかいかないでよ・・・」 ライチはレモンにそういったが、レモンはまったく聞いていなかった。ぼうっとして、視線の先にある大きな建物を見つめていた。 「・・・・この建物、確か丘の上にたってた・・・」 ライチたちもレモンの視線の先を自分の視線で追うと、自分の炎に照らされて、目の前に聳え立つ分厚い堀が露になる。正面部分には、薔薇のアーチが彩られた荘厳な門が構えていた。闇夜に薔薇のアーチはどこか不気味でもある。 門からは、石畳の道がほとんど林に近い木々の合間を真っ直ぐに貫き、その先の、左右に分かれた城のような屋敷の玄関らしき扉へと続いている。 「ほえ~、凄いなぁ・・・遠くからじゃよく分からなかったけど・・・なんかこう、王様の城って感じじゃない?」 シロップがライチの傍に歩み寄ってその建物の外観を見て感嘆の声を上げる。遠くからでは分からなかったが、近くで見るとその建物は他のポケモンたちを威圧するかのごとく聳え立っていた。その大きな建物の屋根には、シロップが暴走で引き起こした雪の名残が積もっていた。 「ですけど・・・こんな凄いお屋敷に住んでいる人はどんな人なんでしょうね?」 ミントが首を傾げて屋敷を見渡す。その素朴な疑問に、シロップが胸を張って堂々と答えた。 「そりゃあ決まってるだろ、オイラ達には手も届かないようなセレブなポケモンが住んでるんだよ」 「セレブ?確かにそうかもしれませんけど、そんなポケモンこの町にいましたっけ?」 ミントが首を傾げると、門の向こうに突然影が現れた。 「何か・・・ご用でしょうか・・・?」 「「「「「うわぁぁぁっ!!!!」」」」」 五人がいきなり現れた第三者の声によって、素っ頓狂な悲鳴を上げる。声をかけたポケモンは、特に驚く様子も無く居住まいを正すと、 「ヴァンジェスティ社社長邸に何かご用でしょうか」 再度問いただした。 ライチ達が両目を細くしてよく見ると、そのポケモンの全身が真っ暗闇の世界にぼんやりと映し出された。 キルリアの少女だった。顔立ちは幼くも見え、もしかしたらライチ達より下かもしれない。身につけているのは、俗に言うメイド服というものだ。この国は個人のファッションとして、装飾品等をつけているポケモンがいる。ライチ達はここの町で、何匹かそういうのを見かけた。 この屋敷の使用人らしきキルリアの少女は白いフリルのついたカチューシャがよく似合っていているものの、表情はどこか無機質で、ライチを見つめる瞳もライチを見ていないかのような、形容しがたい不思議な雰囲気をまとっていた。門をはさんで対峙する状況と周囲の暗い闇が相まって、彼女の姿は幻想的ですらあった。 「え・・・えっと、その、僕達・・・道に迷ってしまいまして・・・」 ライチがしどろもどろになって自分たちの状況をキルリアに説明する。キルリアは黙って聞いていて、おもむろに丘の下――に指を向けた。 「この丘を下って、右側・・・港町の方へ向かえば・・・宿が、あります・・・」 抑揚の無い声で静かにそう返すと、深々とお辞儀をして、そのまま広い庭へと吸い込まれるように消えていった。 ライチ達は夢魔でも見たかのように突っ立っていたが、あわてて周りを見渡した。先程のキルリア以外に、殆ど人影は見えない。ライチはがっくりと肩を落とし、レモン達のほうを向くと、掠れる様な声で謝罪した。 「ご、ゴメン皆・・・一晩だけ泊めてくださいっていえなかった・・・やっぱり僕・・・意気地なしだよ・・・」 ライチが深いため息をついた。シロップは気にするなと言わんばかりの表情で、ライチの肩を優しく叩いていた。レモンもミントも特に気にはしなかったが、一人、シナモンだけは険しい表情をしていた。 「ライチさん、どうして何も言わなかったんですか?」 シナモンの言葉にライチはどきりとするが、すぐにこう言った。 「ご、ごめんシナモン。なんだか話しづらくて――」 「言い訳なんて聞きたくないですよ」 シナモンがぴしゃりと言い放つ。いつもとは違うシナモンの雰囲気に、シロップもミントもレモンも気圧されて何もいえなかった。 「人の第一印象で全てを決めるのは間違っています。その人の内面をしっかりと見て、その人が自分にとってどのような態度でいてくれるかによって、人との付き合いは広く浅く。ライチさんに足りないのはまさにそれです。自分が後悔して、僕なんかやっぱり――なんてことは考えるべきではないんです。"我事に於いて後悔せず"。自分が失敗や間違いを犯したとき、そのことにいつまでもとらわれずに、改善すべきことは改善して先に進んだ方がどれだけ生産的かわかりますか?・・・そんなことだから200年前のあの時も貴方は私達に――」 「えっ?」 シナモンが一気にまくし立てた言葉の中に、意味がわからない言葉が含まれていてライチは思わず聞き返してしまった。 「シナモン、200年前ってどういうこと?」 ライチの質問にシナモンははっとしたような顔をして――逆にライチに聞き返してしまった。 「ライチさん、私、さっき何ていったんですか?」 シナモンが本当に自分で何を言っているのかわからないといった顔で、ライチに聞き返した。ライチ達は心底驚いて、シナモンがなんと言ったのか思い出すように口を紡いだ。 「え・・・えっと、その、失敗や間違いを犯したとき、改善すべきことは何とかって言ってて、その後に、そんなことだから200年前もって・・・」 シナモンはライチの言葉を聞いて、目を丸くした。そして本当に自分がそんなことをいったのだろうかと頭を抱えて考え始めた。 シロップが心配そうにシナモンを見つめていたが――ミントは険しい表情でシナモンを見つめていた。 「シナモン、貴方は一体何者なんですか?どうして貴方の口から200年も前のアスラと関連のある言葉を――」 アスラ、とシナモンが言葉を吐いた瞬間、シナモンがぞっとするような瞳をミントに向けた。その瞳はまるで――血に飢えた殺人鬼のような瞳だった。 「あすら?・・・あすら、あスら、アすラ、アスら、あスラ、asuら、アsura、ア・・・ああ・・・・あああア・・・・ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」 何度も何度も同じ言葉を呟き――発狂したように叫び、シナモンは頭を抑えて苦しんだ。 「ひっ!」 「シナモン!?」 「しっかりして!!」 「な・・・何!?」 ライチ達がおかしくなったシナモンを見つめるが、シナモンは依然発狂したように荒く息をつくだけだった。 「なっ、何??ア・・・頭が、頭がおかしくなりそうっ!!アスラ・・・アスラ・・・うあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」 身体を小刻みに震わせ、何かを押さえつけるように必死になっているような表情を時折覗かせ、シナモンは地面をのた打ち回った。 ライチ達がどうしていいのか分からず、困惑していると、急に後ろから声が聞こえた。 「ライチさん!さがってて!!」 その声の主は、塀を飛び越えて疾風の如く飛び出してきた。一瞬にしてシナモンの背後に回ると、首筋に一撃を加えてシナモンを気絶させた。 「うあっ!!」 くぐもった嗚咽を漏らして、シナモンは前のめりにくずおれた。シナモンを昏倒させた相手の顔が暗がりからうっすらと見える。 忘れるわけが無い端正な顔つき。まるで女性のような物腰、吸い込まれるような琥珀色の瞳。先程レモンと大接戦していたエーフィ――シオン=ラヴェリアがそこにいた。 「橄欖にきみたちのことを聞いて来てみたら・・・今度は僕の家の前で問題を起こすなんてね。あ、厳密に言うと婚約者の家だけど」 「「「「えっ?」」」」 ライチ達は我が耳を疑った。そしてシオンと目の前の城の様な屋敷を交互に見て、―――シオンはやはり王子様なのか?と、本気で思ってしまった。 ---- 「・・・で?こんな時間にどうしてこんなところにいるの?」 シオンがライチ達に事の顛末を問いかける。ライチ達はすぐさま事情をシオンに伝えた。 「いえ、その、あの後宿屋に泊まろうかな・・・と思ったんですけど、この町、貨幣が独特のもので換金しないと使えないってことに気がつかなくって、それで換金しようと思ったんです」 ライチが静かに言うと、シオンが頭を抱えてこう言った。 「為替は夕方までしかやってなかったと思うけど」 「はい、ですから換金することができなくて、このまま野宿ということになったんですけど、どのあたりが安全な場所か確かめるためにこのあたりを彷徨ってたんです。そしたら・・・」 「ここにたどり着いちゃったわけね」 「はい、それでさっきのキルリアさんと会話したあとに――シナモンがおかしくなっちゃって・・・」 シロップに支えられているシナモンを一瞥しながら、ライチがさらに続ける。 「どうしようもなかったときにシオンさんが現れてくれて・・・」 ライチはそうつげて、すっと踵を返す。それにつられてほかのみんなも踵を返してその場から立ち去ろうとしたが、シオンがそれを呼び止めた。 「ちょっと待って、どこに行くの?」 「ここにいてはシオンさんに迷惑がかかるだけですし、どこか安全な場所を探して野宿しようと思います」 「野宿って、この国じゃ無理だから。ホームレスやストリートチルドレンにも縄張りがあるって知ってる?よほど慎重に身を隠さないと、見つかったらただじゃ済まないと思うよ。大体、僕に迷惑だなんて。そんなこと言ってないでしょ」 「・・・え?」 「この家、無駄に広いくせに使用人さんを含めて住人も住んでないんだ。南館は四人だけだし・・・部屋はたくさん余ってるから、泊まっていけば?シナモンさんを放っとくわけにもいかないし」 ライチ達は驚いた。こんな豪勢な城のような家に、自分たちのようなみすぼらしいポケモン達が泊まってもいいのかという後ろめたさもあったが、何よりここは先程の会話から推測するに――世界に羽ばたく大企業、ヴァンジェスティ社の社長令嬢の屋敷なのだ。自分たちとは住む世界が全く違うポケモンの家なのに、そんな所に入っていいはずがない。 かなわない夢を夢想するのが自分たち平民であり、叶った夢をさらに大きくするのがシオン達のような高みを目指す存在なのだ。自分たちのような薄汚い何処の馬の骨とも知れない輩が足を踏み入れていい世界ではないのだ… 「で、ですけど、僕達みたいな薄汚いポケモンが、こんな所に入っていいはずが・・・」 シオンは首を横に振って、ライチの言葉を否定した。その仕草も女性のそれにそっくりであり、ライチ達は誤作動でもドキリとしてしまう。まるで闇の中に映える美しい蝶のように、その仕草は妖艶だった。それでいて、発したのはどこか暗い影を落としたような、自嘲じみた声だった。 「・・・僕だって見たようなものだったから。・・・ううん、きみたちなんか僕に比べたらずっと清澄。とにかく、自分のコトそんなふうに思わなくていいよ」 真意は推し量れないが、少なくともライチ達を邪魔者として扱う気はさらさらないみたいだった。 「・・・・・・本当にいいんですか?その、シオンさんの婚約者の人は、了解したんですか?」 ライチが気にしていたといった感じで問いかけてみた、シオンはぎくりとした感じで一瞬だけ硬直すると、照れ隠しのようにふふ、と笑った。その仕草がまたなんともまた・・・艶っぽさMAXなのであった。 「ま、多分大丈夫だと思う。なんだかんだ言って僕の頼みは断れないから」 どうやら本当に何も考えてなかったらしい、ライチ達は呆れるというよりも、何事にも冷静に対処するシオンが、こんなことで戸惑うという姿を見て、意外と自分たちと近い感覚の人なのかな、と思った。 と、いつの間にやら門が開いていて、どうやら橄欖という名らしい先ほどのキルリアが立っていた。 「ご案内致します」 ライチ達は橄欖とシオンの後についていって、豪勢な屋敷の内部に一歩足を踏み入れた。 庭というよりは、林の中を続く一本道だった。先導する橄欖に続いて暗い林を抜けると、様々な種類の花に彩られた――といっても暗いのでよく分からなかったが、美しい庭園が広がっていた。 林と庭園の中を進むこと三分程度。 歩みはゆっくりだったとはいえ、門から玄関まで分単位の時間がかかるなんて、ライチ達の知る常識の範疇を超えている。月に照らされた屋敷は、間近で見上げるとまた迫力が違う。 「何・・・だこりゃ・・・」 シロップは思わず息を呑んだ。遠くで見た屋敷と、間近で見た屋敷の外観は、まるで違うものと認識したようだった。その第一印象は――大きい。自分達の住んでいる家とはまるで格が違った。 橄欖が両開きのドアを開き、シオンを先頭に、ライチ達が皆玄関をくぐったのを確認すると、最後に入った橄欖が静かに扉を閉めた。 そこには左右両側に螺旋階段を備え、二階まで吹き抜けになったロビーだった。花が活けられた花瓶、壁に掛けられた絵画、高い天井に吊るされたシャンデリア。素人目にも高価と分かるそれら調度品は周囲から浮くこともなく、嫌味ったらしくもなく、さもそこにあるのが当然であるかのように配置されている。正面にはこれまた豪奢な扉が二つ並んでいて、左右には長い廊下が伸びていた。 「・・・ここ、ホントに家かなぁ、豪華なホテルとかじゃないのかなぁ・・・」 ライチが周りをきょろきょろと見渡してから、自分の頬をつねっている。これが夢かどうか確認しているようだった。じわりと頬にかかる苦痛が、これが現実と教えてくれた。周りの壁からなにやら不思議なオーラが出ているようにも見える。そして、調子はずれの鼻歌混じりに花瓶の手入れをしている使用人らしきサーナイトが目に入った。サーナイト独特の白い布のような部分が、このあたりでは見かけないようなカタチをしている。山吹色のリボンで後ろ髪を止めているせいか、髪型もどこか印象が違う。 彼女はシオンが近づくと手を止めて振り返った。 「あら、シオンさま、橄欖ちゃんとの夜の散歩はもうおしまいですか?それに、その方々は・・・」 「あー・・・あれかな?ランナベールに立ち寄った勇者様御一行ってやつ。いろいろあって泊まるところがなくて」 「はあ。なんだかドラ○エみたいですね」 「え?」 「いえいえ、何でもありませんよ。どうやらお怪我をなさっている方もいらっしゃるご様子ですね」 「うん、まあ、怪我とはちょっと違うかもしれないけど、とにかくそういうことだから、一晩泊めてあげようと思ってさ。フィオーナには僕から説明するから、孔雀さんは彼女――シナモンさんをお願い」 「・・・・・・これは、日常会話なのかなぁ・・・」 レモンが全く近寄れない感覚で遠巻きに二人の会話を聞いていた。これは自分たちの頭がお粗末なのか、会話レベルが高すぎるのか。真相は謎だが、とにかくライチ達は完全に蚊帳の外状態だった。 それとは対照的に、シオンの要望を受け取った孔雀は滑るような足取りですすっとこちらへ歩み寄ってきた。 「本来ならば歓迎の意を表するところではありますが、急を要するみたいですので・・・少し失礼」 「あ、お願いします」 ライチが孔雀にシナモンを委ねる。孔雀はシナモンの傍に屈み込んで、その身体に手を触れた。 「うーん・・・精神的なものでしょうか?」 シナモンの身体に触っただけで、彼女は何かを感じ取ったようにそう呟く。 「お名前は――シナモンさま、でしたか。彼女はお先に奥の部屋にお連れしますね」 彼女は何と、手を添えただけで造作もなくシナモンの身体を軽々と持ち上げてしまった。これも念力の一種なのだろうか。 「あ、これでも私、東洋医学のたしなみが少々ありまして・・・シナモンさまのコトはお任せくださいな」 そうして、孔雀は音もなく左側の廊下へと歩き去っていた。 物腰の柔らかい人だ、こういうのを何ていうんだっけ、・・・ヤマトナデシコ??・・・・などとレモンがかなり間違った解釈で去り行く孔雀を見つめていると、それと入れ替わりに一匹の―――大変美しいエネコロロが螺旋階段を降りてきた。 「お客様ですか。これはこれは・・・ヴァンジェスティ社長私邸へようこそいらっしゃいました」 エネコロロは突然の来訪者を目の当たりにして、しかし全く戸惑うこともなく、落ち着いた口調で歓迎の意を述べた。ともあれ、ひとまず安心だ。 シオンはすぐに彼女に駆け寄って説明を始めた。 「あ、その・・・えっと、僕の知り合い・・・みたいな?このひとたち旅人なんだけど、いろいろ事情があって泊まるところがなくて、怪我人もいるみたいで・・・あ、怪我してる女のひとは孔雀さんが。それで、一晩泊めてあげようと思うんだけどさ」 「・・・落ち着いて話しなさい。客人の前ですよ。ともあれ、大方の事情は飲み込めました」 「泊めてあげてもいいよね?」 「私は&ruby(ゆうりょ){憂慮};すべき状況に陥った方々を見捨てたり、怪我人に追い討ちをかけるような残酷な仕打ちをするポケモンではありません。そうでなくとも、客人は丁重におもてなしするのが御父様のご留守を預かる者のつとめ。違いますか?」 「うん、それはたしかに・・・」 「全く。ヴァンジェスティ家の次期当主がシオンに務まるのか、不安でなりませんわ。少しは婿養子としての自覚を持ちなさい。・・・尤も、シオンを過大評価しすぎる御母様にも問題はありますが」 「・・・・・・・」 またもや蚊帳の外状態となったライチ達には、もはや彼女が何を喋っているのかすらわからなかった。何とか理解しようと思って耳を傾けても、頭の痛くなるような言葉の羅列はやはりライチ達にとって頭痛の原因になりかねなかった。先ほどの孔雀とシオンの会話では、宇宙語っぽい謎の発言に戸惑っていたぐらいだが、このエネコロロは使う言葉や語彙の豊富さが一般人とはかけ離れているようだった。 ふと、エネコロロはライチ達に優雅な所作で向き直った。 「・・・これはお見苦しいところをお見せしました。御非礼をお許しください。申し遅れましたが、私はフィオーナ=ヴァンジェスティ。ヴァンジェスティ社長の長女にして、現在当家の片面を預かるものです」 フィオーナと名乗ったエネコロロはライチ達ににこりと友好的な微笑を浮かべ、握手を求める前肢を差し出した。シオンとどっちが優雅なんだろうと、ミントがこっそりと失礼な想像をした。 が、ライチ達は凍り付いて握手に応じることができなかった。 ヴァンジェスティ・・・その姓がライチ達を氷付けにした、言わずともがな、ヴァンジェスティ社のご令嬢様なのだ。そんな身分の高いものに握手を求められるとは、常人ならば頭が真っ白になるだろう。それでも、何とかライチがぎこちなくフィオーナの前肢を握り、握手をした。 「あ、よ、よろしくお願いしま――」 よろしくお願いします。と言おうとした瞬間にライチ達のお腹が大きく鳴る。流石に何食べていなかったためか、正直な音だった。あはは・・・と静かに苦笑したシオンとは対照的に、フィオーナは柔らかな微笑みを浮かべただけだった。フィオーナは何が起こっても折り目正しい振る舞いを崩さない。さすが、国家級の規模を持つ大会社の社長令嬢だけのことはある。 「お食事はまだでしたか。&ruby(そさん){粗餐};ではございますが、ささやかな&ruby(きょうおう){饗応};をいたしましょう。橄欖、速やかに支度なさい。北館の使用人にも応援を頼みましょうか。シオンはお客様を食堂にご案内して」 フィオーナは二人に命令を残すと、先ほど孔雀がシナモンを連れて行ったのとは逆の、右側の廊下――北館と思われるほうへと歩いていった。残されたライチ達はその姿を遠巻きに見つめていた。 「・・・・・・なんだかシオンさんが二人いるみたいですね」 ミントの放った率直な感想に、シオンが意外そうな顔でミントを見つめ返した。 「二人って、フィオーナと僕?」 「類は友を呼ぶというものでしょうか?」 「や。ミントさん、たぶん何か勘違いしてるよ。うん。僕とフィオーナが似てるところなんて一つもないってば。フィオーナのどこに惹かれたのか、自分でもぜんっぜんわかんないし」 何だか妙に力の入った否定だった。 しかし、レモンはにっこりと笑って、シオンにこう言った。 「生涯同じ時間を生きる最高のパートナーはそう簡単には見つからないですよ。シオンさんとフィオーナさんみたいに、お互いがお互いを好きあっているポケモンはいませんよ。・・・言葉はそう言っても、シオンさんは・・・フィオーナさんのこと愛しているんでしょう?」 「ばっ・・・きょ、今日あったばかりのきみに何がわかるのさ!」 シオンは頬を朱に染めて、子供みたいにそっぽを向いてしまった。レモンはくすりと笑って、更に言葉を紡ぎだす。 「何となくですよ。シオンさん、フィオーナさんとお話しているとき、とっても幸せそうな顔していましたから。本当に何とも思っていないなら、そんな顔しませんから、ね?」 レモンが悪戯っぽく笑う、シオンは照れているのか、憮然とした表情のまま何も答えなかった。 「・・・とにかく。食堂に案内するから、ついてきて」 ライチ達は照れくさそうにシオンの後に続く、どんな料理が出るのかという妄想を膨らませながら・・・ ---- 食堂に入ると、やたらと長いダイニングテーブルに椅子がいくつも並べられていて、白いテーブルクロスが広げられた卓上には燭台や花を活けた花瓶が据えられている。 「じゃあ、真ん中のほうに座ってくれる?」 もてなしを受けるゲストの方には上座に座ってもらう。ランナベールでの礼儀作法はジルベール王国の貴族の格式に従っていて、上座は長テーブルの真ん中。もちろんもてなす側にもマナーがあり、夫婦やカップルでホストを務める場合は、長テーブルの両端に向かい合って座らなくてはならない。とはいえ、食事を楽しむことに重点を置くジルベール王国では、マナーはそれほど厳格ではない。 「こちらの席へどうぞ」 橄欖が椅子を引き、ライチ達を椅子に座るよう促した。 ……が。 「あ…えっと…その、あの…あのぉ…」 ライチはしどろもどろになって戸惑うばかりで、レモンはどの椅子に座ればいいんだろうか、と橄欖の引いた四つの椅子に視線を泳がせ、ミントは目を丸くして眺めているし、シロップは気絶したシナモンの容態が気になるのか、心ここにあらずといった感じで机を見つめていた。 「そんなに緊張しないでよ。テキトーでいいから」 そうライチ達を促してとにかく座らせ待つこと一分弱、フィオーナが食堂に戻ってきて、ライチ達に軽く微笑みかけてから席についた。シオンはフィオーナの対面に座り、ライチ達四匹を挟んで向かい合う格好となった。四足歩行仕様の椅子はテーブルのとあまり高低差がないが、直立二足歩行とはいえ未進化のライチにはちょうど良いみたいだ。。一般的に生産される家具の多くは直立二足・四足兼用の中間型、もしくは直立二足様式で、四肢で歩行する者はそもそも椅子に座ることが少ない。 「ワインはお好きですか?」 と、フィオーナが普段は見せない 余所行きの笑顔 でライチ達に尋ねた。 「あっ、ええと、僕らはその……お酒、飲めないです……」 ライチが答え、シロップ、ミントも頷いた。レモンだけは興味がありそうだったが、三匹に合わせることにしたらしい。 「わかりました。橄欖、わたしとシオンはいつものスーペル・メイアンディナで。お客様にはそれのノンアルコールワインを用意して頂戴。」 「かしこまりました」 シオンの後に控えていた橄欖はそう頭を下げ、静かに扉を開けて食堂を出た。 ややあって、橄欖がジルベールのメイアンディナ地方産の高級ブランドワインを一本とノンアルコールワインを二本持ってきて、孔雀さんが四匹分のサラダとスープを乗せたディナーワゴンを押してきた。 「こちらのノンアルコールワインは……ジルベールのメイアンディナ地方特産のスーペル・メイアンディナを元に……逆浸透法により精製されたものです……」 ぎゃくしんとーほーって何だろ? と、シオンが抱いたのと同じかそれ以上の疑問符がライチ達の頭の上に浮かぶのが見えた。 「前菜の海藻サラダとオニオンスープです。調理時間が十分に取れませんでしたので、お粗末かもしれませんが……」 孔雀さんはそんなことを言いながら、ライチ達の前に前菜を並べてゆく。たしかに、いくら北館の使用人に応援を頼んだとはいえ、シナモンの応急手当てをしてから作ったにしては随分早い。しかし――粗末、と自分では言っているものの――孔雀さんの料理の腕は一級品だ。謙遜は陽州の文化なのだとか、なんとか。雑用から送迎人 、庭師、料理人、果ては護衛までこなす孔雀さんがいてこそ、だだっ広いこの屋敷の半分をたった二人で切り盛りできているのだ。 「さて……旅の方々。当家を訪れることとなったのは偶然によるところであるとお聞き致しましたが、我が国へはどのような目的で?」 フィオーナがゆったりとした仕草でライチたちにこの国へ来た目的を尋ねた。ライチが説明しようと口を開きかけたところで、ミントが代わって簡潔に説明した。 「私たちも未だに事情を飲み込めていないのですけど…この世界の秩序を混沌に陥れた遥か昔の魔王…アスラが今現世に蘇って、アスラを封印した勇者の力を持っている私達を…この世から消し去ろうとしたんです。事実、私以外の三人は勇者の力を持っています。先程シオンさんにもそれは確認していただきました。それで私たちは魔王を討伐するために、今この世界で何が起こっているのか、魔王とはどのようなポケモンだったのかを調べるために、ここランナベールのような大きな国で、情報を得ようとしていたのです」 ミントが大雑把に自分達のおかれている状況を説明した。 「アスラ、ですか……」 フィオーナが前肢の先を顎に当て、思案顔で俯いた。 「わかりました。今晩父の書斎の文献を探させてみましょう」 さて、会話の間に橄欖と孔雀さんがライチたちのグラスにノンアルコールワインを注ぎ、食事が始まった。ライチたちは最初戸惑っていたものの、食べ始めるとやたらと速かった。 前菜の皿は瞬く間に空になったが、その勢いを見た孔雀さんは先に厨房に戻っていて、どうやってそんなに早く作ったのかは知らないが、もう主菜を運んできた。魔法でも使ったんじゃないかと思うほどだ。とはいえ孔雀さんもエスパータイプの端くれ、それどころか超能力の使い方はシオンより器用なくらいだから、驚きはしない。 が、その次の台詞が問題だった。 「本日の主菜、シェルダーとパラ――こほん、失礼。アサリとしめじの陽州風パスタです」 孔雀さんはにこにこ笑顔で前菜のスープ皿を下げて主菜のパスタを並べていくか、ライチ達の顔が若干引きつっていた。 「あ、あの……」 たまらず、レモンが恐る恐るといった様子で孔雀さんに尋ねた。 「ぼ、僕の聞き間違いじゃなかったらですけど……今、シェルダーとパラスって……」 フィオーナが孔雀さんに視線を向ける。客人の前だからか笑顔は崩さなかったものの、若干目がつり上がったのをシオンは見逃さなかった。 孔雀さんはそれに気づいたのやらいないのやら、くるりとターンしてレモンの後に回り、両手を彼女の方にぽんと乗せた。 「ふふふ。そう緊張なさらないでくださいな。冗談ですよ♪」 さすがのランナベールでも海辺の住人をひっ捕まえてきて調理するほど非人道的なポケモンはいないだろうけど、なんだか心臓に悪い冗談だ。 「食事は楽しまないとダメですよー。あまりに緊張なさっていましたので、軽くリラックスしていただこうと思いまして」 ライチ達が緊張するのもわかるし、孔雀さんがそれを解そうとしたのもわかる。シオンとて、初めてこの屋敷に食事に招かれたときは心臓が浮かび上がるほど緊張したものだ。なんたって相手はヴァンジェスティ社の社長令嬢と会社のトップ、その夫人で、こちらはシオン一匹だったのだから。一人きりではないライチ達はそれほどではないにしろ、いかにも上流階級の貴婦人といった感じのフィオーナと相対するプレッシャー、はたまたこの屋敷全体を包み込む荘厳な雰囲気に呑まれて固まってしまうのも無理はない。 さりとて、孔雀さんのユーモアセンスは明らかに一般人とずれている……が、効果はそれなりにあったようで、その後はライチ達も徐々に慣れていったのか、フィオーナやシオンにこれまでの旅の話を聞かせてくれたりしながら食事を楽しむことができたようだ。 「デザートです。シオンさまとフィオーナさまもどうぞ」 孔雀さんが最後にアザトのセルスエラから輸入した紅茶にプティフールを運んできて、シオンもクッキーを二つ三つつまみながらライチ達の会話を楽しんだ。 「たまにはこういう賑やかなのもいいよね」 「でもオイラ達、いきなり押しかけたのにこんなにしてもらって……」 シロップが申し訳なさそうにフィオーナを見た。 「礼には及びません。貴方がたにもご事情がお有りのようですし、何よりわたし達も外の世界のお話を聞かせて頂きましたからね」 そう言ってフィオーナがシロップにこやかな笑みを返すと、シロップや他の面々の顔も綻んだ。 対してこの屋敷の住人たちはというと、フィオーナの変貌ぶりに驚いて―― ――いないみたい。孔雀さんや橄欖はたぶんお客さんに接するフィオーナの姿を知ってたんだ。僕はこんなフィオーナを見るのが初めてで、終始、なんという職業スマイル、なんてツッコミを入れたくなって仕方がなかった。 お客さんの前だし、さすがにやめといたけどね。 ---- 食事を終えて、軽く雑談をしているときも、シロップはシナモンのことが気がかりだったのか、時折屋敷の向こう側を見ては、何かを忘れるように頭を振っていた。ミントはそんなシロップの姿を見て、寂しそうな瞳を向けるだけだった。 「シナモンのことが気になるの?」 レモンが思いつめた顔をしたシロップに問いかける。シロップはちらりとレモンを一瞥したあとに、こくりと頷いた。 「気になるんだよ、シナモンの容態もそうだけど、シナモンが言った言葉…あんなことをでたらめに言えることができるとはオイラは思えないんだ。だとしたら、シナモンっていったい何者なんだ?…ほんとにただ奴隷だったポケモンなのか?…分からない、オイラには何も分からないよ…」 シロップがつらそうに頭を抱える。ライチがそれをみて辛そうな顔をする。確かに、この屋敷前でのシナモンの行動は異常なものだった。あの時見えた威圧のような殺気、そして、アスラという言葉…なぜ何も知らない一ポケモンがアスラという言葉を知っているのか、どうしてその言葉に過剰に反応したのか、あの行動はまるで、記憶を封印されたかのような行動に等しかった。ライチたちの会話を聞いていたシオン達も、思案顔をしてそのことを考えていた。ライチたちの会話に、孔雀が割って入って、自分の意見を少しだけ述べた。 「あの女性……シナモンさまでしたか。ただならぬ雰囲気というか……あ、いえ、ただ眠っているだけのようで、命に別状はなさそうでした」 「孔雀さん…」 シナモンを見てくれた孔雀さんだからこそ分かるのだろう的確な言葉を言われて、シロップは益々混乱した。直接シナモンを見たほうがいいのだろうが、もてなしの席を無断で立つことは、相手に対して失礼に値する好意だということがよくわかっていた。特に、この厳かで厳粛な雰囲気の中では、席を立つどころか、動くことすら萎縮した行為になってしまうだろう… 「気になるなら見に行ってもいいよ? 僕たちに気なんて使わなくていいから」 「えっ?」 シオンが唐突に吐き出した言葉に、シロップは一瞬だけ耳を疑った。シオンは向こう側の席に座って温厚な笑みを浮かべているだけで、何も変わってはいなかった。しかし、シロップはありがとうございますといって席を立つことはできなかった。やはり遠慮しているのだろう。そのことを感じ取ったシオンは、遠慮しないでといった感じでにこやかに微笑むと、こういった。 「大切な友達…なんでしょ?」 正解だ。その通りだった。シナモンは大切な仲間だ。どんな経緯であろうとも、シロップは彼女に笑って欲しくて、彼女を助けたのだった。なのに、シナモンのことをほったらかしにして、自分たちがこんなことをしていていいはずがない。シロップはシオンにお辞儀をすると、孔雀にシナモンの部屋の位置を聞いた。 「ご案内いたしましょうか?」 孔雀が身に案内を提供したが、シロップは首を横に振り大丈夫という。孔雀は「そうですか」とだけ言うと簡単にシナモンが寝ている部屋の場所を説明した。 「よくわかりませんけど…分かりました!」 本当に分かっているのか定かではないが、シロップは孔雀が教えてくれた部屋の方向へ向き直ると、急ぎ足で食堂をあとにした。残された三匹は、なんだか居心地が悪そうに辺りをきょろきょろと見回していた。 「えっと、その……お話の続きでもしましょうか?」 レモンが苦笑いに近い微笑を浮かべて、フィオーナに話しかける。フィオーナはゆったりとした口調で、ゆっくりと頷いた。 「ええ。」 「は、はい!分かりました…。えっと、どこまで話したんだっけ、そうだ!ランナベールに着いたらシオンさん達に逮捕されたんですよ。それから紆余曲折を経て、僕はシオンさんと戦うことになって、それで――」 「わーーーーーーーーー! えと、ぼ、僕たちが捕縛したあと軽く尋問して解放したんだよね! うん!」 シオンが慌ててレモンの言葉を静止する。レモンはきょとんとしていたが、フィオーナは何か不満そうな瞳で、シオンのことをじぃっとねめつけていた。 「シオン。お客様のお話に口を挟むとは、何かわたしに聞かれるとまずいことでもあるのですか?」 「や、その……」 「貴方が如何に北部山岳地帯演習で戦果を挙げたとはいえ、小隊長昇格はわたしの力に依拠するところが大きいでしょう。それ相応の実力は発揮してもらわねばわたしの顔が立ちません」 「……僕まだ何も言ってないんだけど」 「大方、彼女に敗北した、といったところでしょう?」 気がつくとシオンはうつむいてしょんぼりしていた。フィオーナがどれだけ強い力を持っているのかが、二人の会話から丸分かりだった。レモンはひたすら苦笑いをするしかない。ライチとミントは明後日の方向を見て、知らん振りをしていた。 「……ですが、恐らくはレモンさんのお力がシオンのそれを上回っていたというだけの事なのでしょう」 「いえ…そんな…」 とんでもない、と言おうとしたレモンの言葉が――一瞬で止まる。 「…………………………」 殺気。強力な殺気が、先ほどシロップが向かった方向から吹き付けてくる。レモンはもう笑ってなどいなかった。注意深く耳を研ぎ澄まし、辺りを見回す。シオンやフィオーナは気付いていないようで、レモンとライチにだけ感じ取られていた。ライチもきょろきょろと辺りを見回していた。その隣に座っているミントは、何が何だか分からないといった感じで二人を見つめていた。 「レモン、感じたの?」 「うん。どうやら僕たちにだけ送られているみたいだね。でも、なんか変だよ。普通こんなところで襲ってくるなんて、いくらなんでも不自然だ。ここでシオンさんたち諸共僕たちを襲うつもりだったら…五分と待たずに私兵隊が駆けつけてくる。だからこんなところでこんな風に殺気を出すなんておかしい…」 レモンは辺りを見回しながら思考を働かせる。ここで襲うつもりならこの屋敷を破壊してシオン達諸共生き埋めにするという手段が一番手っ取り早いのだろう。だがこの殺気は、何かの信号のようにも思えた。なぜシオン達は気付かないのか。フィオーナはともかく、シオンは私兵隊の隊長だ。これだけおどろおどろしい殺気を感じ取れないわけがない。もしかしたら特殊な信号を織り交ぜてあるのかもしれない…それだけ考えているうちに、レモンは思い出し、はっとした。 あの時、屋敷の前でシナモンが鬼神のような形相を見せた。あの時シナモンが発していた殺気が、この殺気に非常によく似ていた……と、言うことは…。 「シロップ!」 言うが早いか、レモンはがたりと椅子から飛び降りると、シロップが走っていった道へと走り出す。 「ねえ、感じたって何を?」 シオンが何事かとライチに告げる。ライチはレモンほど感じ取ることはできなかったが、肌でこれはよくないものだと感じ取った。 「よくわかりませんが、シロップが危ないような気がします。だから、僕はシロップの様子を見に行きます!!」 「わ…私も行きますよ!!」 ミントも椅子から下りると、待ってくれといわんばかりに二人を追い始める。 「フィオーナさまはここでお待ちになっていてください。わたしとシオンさまが様子を見て参りますので……橄欖ちゃん、フィオーナさまをお願いね」 「わかりました」 孔雀はただの家政婦とは思えないようなてきぱきとした指示を出し、食堂を出た。いや、シオンと一緒にライチ達の後を追ってくるのかと思えば反対方向へ駆け出し、一瞬後にはどこからか持ち出した箒を片手に、瞬間移動的な速度で追いついてきたあたり、ただの家政婦ではありえない。 「嫌な予感が当たっちゃいましたね」 「予感って、孔雀さんも何か感じてたの?」 箒なんか持って何をするのだろう、という至極当たり前の疑問を感じている猶予はライチ達にはなかった。 「龍と蛇の血が騒ぐというかなんと申しますか」 「は?」 「一言で申しますと、第六感ってやつです♪」 発言に脈絡がなくて、この孔雀というひとは頼りになるのかならないのか、いまいちぱっとしない。どこか真剣味がないというか、当事者意識が欠けているというか。炎や電撃技の飛び交う戦場をのほほんと散歩しているような。それでいて、一つも直撃を受けずに悠然とたたずんでいそうで… 言い換えて言うならば…雲。 捉え所のない、あけどない感覚…それでいて、しっかりとその形を保っていて、悠々とその場に存在している…そんな感じ。 「シオンさん、孔雀さん、気をつけてください…もし本当に孔雀さんの悪い予感というのが当たったのなら…僕たちがどうなるのか分からないかもしれません……」 ライチは走りながらシオンと孔雀に忠告をする。しかしその言葉の半分以上は、自分に向けて言った言葉。……よくよく考えたら、自分たちはシナモンのことを何一つ知らない…それは当たり前なのだが、先程のシナモンを見て、その考えが一気に膨大した。吹き付けるような殺気に身を震わせながら…ロビーから螺旋階段を上り、長い廊下を走った。本当にこれは一軒の家なのかと思うほど道筋は長く、どれだけ走ったのか分からないが、孔雀の言っていたドアにつくころには、ライチ達は完全に息切れを起こしていた…それなのに隣にいる孔雀は息切れどころか服装一つ乱れていない…東洋のポケモンというのは、何かしらの護身術や対術でも学んでいるのだろうか?などと思いながら、バクバクと動く心臓を押さえて、ゆっくりとドアを開けた。 「シロップ?」 「ライ…チ?」 部屋は庭に面した窓が一つあり、寝台が一つ、タンスが一つ、机らしき物が一つずつ置いてあって、寝台の上にはランプが置いてあるといった、簡素な造りをしていた。しかし、そのどれもが一級品であることはライチ達にもわかるほどだった。 ライチは部屋の中を見て唖然とした。シナモンは穏やかな寝息をたてて幸せそうに眠っている――体中から刺す様な殺気を放ちながら… 「…………」 孔雀が無言のまま、左手に箒を持ってシナモンに歩み寄った。ライチは何をするつもりなんだろうかと思いながら、じっとりとした空気の中で、シナモンと孔雀を見つめていた。 孔雀はシナモンの頭に手を当てた。感情ポケモンキルリアの進化系、サーナイト。何かしらの感情でも読み取って原因を探ろうということなのだろうか…… 「……………!!」 瞬間、孔雀は目を見開き、弾かれるように手を離した。 妬み嫉み僻み憎み弱み蔑み恨み痛み…そして、悲しみ。ぐるぐると渦巻く憎悪の感情の中に光る。七つの異質な光…。 その場にいたライチ達にも、シナモンからそんな負の感情の塊が伝わってきた。 その刹那だった。シャッ、と金属か何かが擦れるような音がして――孔雀の持っていた箒の穂先が床に落ちた。いや、孔雀が放ったのか。彼女の右手には、箒の柄とそこから突き出した鈍い輝きを放つ鋼鉄の棒が残っていた。しかも、それをシナモンの首筋にぴたりと当てていた。 「!!孔雀さん!?」 「ちょっ、何を――」 「下がっていてください!」 孔雀はふざけてなどいなかった。駆け寄ろうとしたシオンを制し、朱い氷のような瞳で、眠っているシナモンを静かに見据えていた。 「正体を現しなさいな。この屋敷に入ったのが運の尽きです」 「や、正体って……」 緊迫した状況が続く。それは何分か何十秒か、はたまたほんの数秒だったかもしれない。ライチ達にはそれがひたすら長く感じられた。突然、シナモンの体が一瞬だけもぞりと動いた。 「シナモン?」 「…………うぅ…ん……」 シナモンがうっすらと瞳をあける。その瞬間、張り詰めていた殺気が、雲を散らすように消えていった。孔雀もまだ油断のない視線でシナモンを見てはいたものの、ひとまずは鉄の棒を引いた。 「ここ……は?」 シナモンはきょろきょろと辺りを見渡して、シロップの顔を見た。あけどない顔には、本当に何も知らないということが見て取れた。殺気が消えたことと、シナモンが元に戻ったことに安堵したのか、シロップは大きなため息をついてその場にへたり込んでしまった。シナモンが慌ててベッドから飛び降りてシロップに駆け寄る。 「し、シロップさん!!大丈夫ですか!?」 シナモンがシロップを優しく抱きとめる。シロップは静かに息を吐いて、うっすらと笑うと、静かに首を横に振った。 「大丈夫だよ…オイラそんなによわっちく無いと思うから……シナモン、何も覚えてないの?」 シロップが真剣な趣になって話すが、シナモンは首を傾げるばかりで何も覚えていない様子だった。 「何かあったんですか?屋敷の前辺りにいたことは何とか覚えているんですが…というよりも、ここはまさかその屋敷の中ですか?」 シナモンが辺りをきょろきょろと見渡す。見たこともないような豪華な部屋の中で、シナモンは改めて自分が似つかわしくない場所にいるような気がした。そしてライチの隣にいる孔雀とシオンを見て、きょとんとした。 「あの……もしかして、このお屋敷の人ですか?」 「はい。こちらは当家の婿養子のシオンさまです」 孔雀がシオンを紹介し、二匹して恭しく一礼すると、シナモンは慌てて居住まいを正して、同じように恭しく頭を下げ返した。 「わわっ…あの、すみません、勝手にお部屋の中に入って眠ってしまって…」 「いえいえ。あ、申し遅れました。わたしは使用人の孔雀です。以後お見知りおきを♪」 孔雀がいつもの微笑を浮かべて、シナモンを見つめる。シナモンはそれでも何か申し訳ないような顔をしていた。ライチが横からシナモンをつついて、今の状況を説明した。 「シナモン急におかしくなっちゃって、それでシオンさんがシナモンを気絶させたんだよ。それからどうしようかって思ってたら、シオンさんがお屋敷に泊まらせてくれるって言ってくれて、それで気絶しちゃったシナモンを運んでくれたんだ。で、その運んでくれた人がこのサーナイトの孔雀さん。華奢な体に見合わず凄いパワフルなんだ」 何かずれているような説明を大真面目に聞いていたシナモンは、それを聞いて益々萎縮してしまった。 「あぁ、そんな醜態を晒してしまったんですか…申し訳ありませんシオンさん孔雀さん……どれだけ謝罪しても謝罪しきれません…」 シナモンががっくりと頭をうなだれて申し訳なさそうな顔をするが、孔雀は全く気にしていないといった様子で、優しくシナモンの肩を叩いた。 「どうかお気になさらずに。お客様を丁重にお迎えするのが使用人のつとめです。ぱわふるというのは、少し違いますけどね」 「うぅ…でも、すみません」 まだシナモンは謝り足りないといった感じだったが、謝罪しても何かが変わるわけではないとミントが言ってくれたので、シナモンは頷いて、首を左右にふるふるとふった。 「そういえば、きみはまだ何も食べてなかったよね。フィオーナと橄欖も心配してるだろうし、一旦食堂に戻ろ?」 シオンはそういうと、手招きをするように尾を振って、歩き出した。ライチたちはそれに続くようにぞろぞろと歩き出す。最後尾にいたシナモンが、頭を少しだけ抑えて、うわごとの様に呟いた… 「アスラ…ファンジャリア……イプシロン…………ディガンマ………」 シナモンはまた首を横に振ると、虚ろな瞳でライチたちの背中を見つめていた… ---- 再び食堂に戻ってきた時、孔雀さんが事情を説明してくれて橄欖さんが食事を持ってきてくれた。出された食事に手をつけ始めたシナモンの食べるスピードといったら、見ているこちらが唖然とするほどがつがつと料理を貪っていた。礼儀もへったくれもあったものではないが、それほど肉体的、精神的に負担がかかっていたということが、シナモンを見て分かった。 「し、シナモン…ちょっと落ち着けよ…そんなにがっつかなくても料理は逃げたりしないと思うけど」 「んぐ……むぐ……もぐ……」 「そ、そんなに急いで食べると喉に詰まると思うよ?」 全然聞いてない。オイラの言葉もライチの言葉も耳に入ってないみたいだ。それとも耳には入っているけど頭に入っていないのか…仕方ないから遠慮がちに肩をちょんちょんしてみた。少し反応。よかった、気付いてくれたみたいだ。 「んっ…シロップさん??」 「周り見て、周り…」 小声で教えてみた。そしたらシナモンはきょとんとしてから周りをきょろきょろと見渡した……さすがに気づくかなと思ってみたが、辺りを見ただけでまたもぐもぐと口を動かした……ある意味図太い性格をしているなぁ…なんて感慨に耽ってしまう。 「むぐむぐ…」 シナモンは料理を口いっぱいにほおばって幸せそうな顔をした。そんな顔をしててもこっちが見てると凄くびっくりだよ…… 「シナモンってさ、痩せの大食いなの?」 レモンがストレートに言った。レモン、そこは空気を読めよ…シオンさんも驚いたような顔をしていたけど、孔雀さんは笑顔を浮かべて料理を運びまくってくるだけだ。凄いなぁ…完璧超人じゃん、あの人… 「僕はスイーツならいくらでも入ったりするんだけど……」 シオンさんは驚きを隠せない顔で、若干ズレた感想を漏らした。やっぱり目を見張るんだなぁ…シナモンの食いっぷり。でも、ちょっと気絶してたくらいでどうしてお腹があんなに減るんだろ…なんか不思議な感じだなぁ… 「これだけ料理を食べてくださるとわたしも嬉しくなっちゃいます。はあ、これは追加しないと足りませんねー」 孔雀さんがニコニコ顔を崩さずに料理をとりに何処かに行った。そういえばこの屋敷って台所なのかな…厨房って言ったほうが正しいのかもしれないのか?なんてことを考えてたらもう孔雀さんが料理を持ってきていた。アレ?さっきまでシオンさんと雑談してなかったっけ?何したんだろあの人…瞬間移動?まさかね… 「んぐっ、んぐっ…ふう。ご馳走様でした…………あっ!!す、すみません…理性が空腹に勝てなくって…その、やっぱりこういうところって礼節とかマナーとかを考えて食べたほうが…」 料理をあらかた食い尽くしたシナモンが水をいっぱい飲んでからおろおろしだした。いや、シナモン。あれだけ豪快に食ってたらもう礼節とか関係ないと思うけどなぁ……まぁ、オイラ達も礼節とかマナーとか考えずにがっついてたからなぁ…空腹は緊張に勝るのか…納得。 「お気になさらなくてもよろしくてよ? 好きなだけ御召し上がりくださいな」 とか思ってたらフィオーナさんが絵画でも表せないような微笑を浮かべてきにしていない的な発現をした。他の人はそう思ってないのかもしれないけど、少なくともオイラにはそういう風に見えちゃった。すげぇ綺麗。表現できない。 「はい…でも、すみません……」 シナモンは申し訳なさそうな顔をする。さっきもそうだったけど、シナモンはすぐに謝る。ミントは言っていた。謝ったところで何かが変わるわけではない。それは心理だ。物を壊したとき、謝ったら壊した物が復活するわけじゃない。それでも反省しているという気持ちと、もう絶対にこんなことをしないという戒めの気持ちを込めて、謝罪をすることを生活習慣の中に義務付けられるように取り入れた。――だけど、シナモンの言葉には、謝罪の気持ちが入っていない。フリーザーの力のおかげで、相手の気持ちをなんとなくだけど読めるようになったときから、感じていたシナモンへの違和感。上っ面だけで謝る仕草をしてるだけ。見た目では完全に謝っているように見えても、心がそういう気持ちになっていない…それだけじゃない。笑った顔、怒った顔、心配してくれているシナモンの顔…顔、顔、顔、……その全てに、死人のような冷たい感情が心の中に詰まってた…まるで機械と会話している感覚に、何度も気持ち悪い気分に見舞われた。はじめてあったときに見せてくれた、あの笑顔には…そんな感じなんてなさそうだったのに。 「落ち着いたところで、ちょっと訊きたいんだけど……」 シオンさんも違和感を覚えたのか、シナモンの顔を下から覗き込んだ。あ、シオンさんってシナモンより小さかったんだ。 「どうしてあんな風になっちゃったのか、心当たりとかあるの?」 確かに本人に聞くのが一番いいのかもしれないけど…シナモンはあまり自分のことを話さないから―――あれ?何でシナモンは自分のことが話せないんだ? 「わたしも気になりますー」 孔雀さんも興味ありげな顔でシナモンを見ていた。サーナイトの孔雀さんなら、胸のツノで相手の感情を読み取ることができるはずだ。シナモンの上辺の表情と内心が一致していないことには気づいているに違いない。感情を読み取れるといえばもう一匹の使用人さんもそうだけど、孔雀さんほどの達人ならあの強力な殺気が何だったのか気にもなるだろう――あれ?孔雀さんってフィオーナさんの家にいるただの使用人じゃなかったっけ? 「………すみません、私、ライチさん達やシオンさん達に嘘をついてました…」 シナモンの口からそんな言葉が出たとき、オイラはもちろん、皆驚いた。シナモンは少しだけ躊躇してから、やがてぽつり、ぽつりと、自分の嘘を剥がすように、小さな声で話し始めた… ---- 話を聞き始めた皆は、とても静かだった。シナモンの声も静かで、透き通っていて、よく聞こえた。シオンさんも静かに話を聞いている。ライチもシロップもレモンも、真剣な趣だった… 「私は、私は……ファンジャリアで生まれたわけではないんです…」 いきなり吐き出された意外な言葉。私はその事実をただ受け止めることしか出来ない。レモンたちもそんな感じだったが、シオンさんは違った。顔を少しだけ顰めて、細い瞳でシナモンを見ていた。 「そうなの? 最初と話が違うような」 シオンさんの問いかけに、シナモンは少しだけ俯いて、それからゆっくりと話し出す。 「確かにファンジャリアで育ったのは事実です……ただ、私はそれ以前の記憶が無いんです……私の"お母さん"と呼べる存在のポケモンの話では、私は物心ついたときからファンジャリアにいたという事実だけです……私はそれでも構わなかったんです。母と呼べる存在がいて、帰るべき場所があるところがあって、それだけで……幸せだったんです」 シナモンは静かに、しかし重苦しいような声でぽつり、ぽつりと語る。今まで隠してきた事実の数々、驚愕もそっちのけで私は話に聞き入っていた。どうして隠す必要があったのか、シロップもそんな感じでシナモンを見つめていた。 「でも、私は異常だったんです。それだけのことをしてもらっても、私には感謝するという感情が全くわかなかったんです…それだけではありません、おいしいものを食べたとき、それをおいしいと感じることができませんでした。嬉しいと思ったとき、嬉しい顔をすることが出来ませんでした。悲しいとき、涙を流して悲しむという感情すらわかないんです……」 それを聞いて、孔雀さんが首をかしげた。それは当然の反応だった。さっきまではあんなに幸せそうな顔をして料理をほお張っていたのに… 「はあ。感情が受信できなかったのはそのせいでしたか。でも、見た目には普通でいらっしゃいますよね」 思ったことをそのまま孔雀さんに言われた。でも、聞かずにはいられないだろう。シナモンは、一言だけで答えた。 「演技です。全て作った顔。嬉しいときに、笑ったような顔、悲しいときに、悲しそうな顔、起こったときに、起こったような顔……全部、張りぼての顔なんです………ホントは、何も思ってない。何も考えてない。どうして皆が悲しむのか、どうして皆が怒るのか、どうして皆が喜ぶのか……全く理解できないんです」 「それは……理解しすぎるくらいに……理解してしまうわたしからすると……羨ましいくらいです……しかし……」 それまで石のように押し黙っていた橄欖さんが急に口を開いた。それは小さな棘が埋め込まれた言葉。彼女はシナモンと全く対照的だ。感情ポケモンキルリアの能力なら、相手の感情は手に取るように、ときに痛いほどにわかってしまうのだろう。半面、橄欖さん自身は無口で感情を面に出さない。 皮肉られても仕方が無いのかもしれない。だって、シナモンは、それを言われるのを覚悟でそんな言葉を発したんだから… 「はい、橄欖さんの言うとおりです……でも、そんなことをいわれても何も思わない、何の気持ちもわかない……そんな自分が、嫌でした。でも、その嫌という感情もわかないんです……だから、私は、作ったんです……」 「……表情を、ということでしょうか?」 「そうです」 フィオーナさんに言われてシナモンは頷いた。自分で顔を作る。それは嘘をつくときによく使うものだ。面白くないものを見せられたとき、隣に友達がいて面白かったでしょう?ときかれると、一概に面白くないとは言えなくなる……だから、無理をして笑って、面白かったというのだ。ばれない様に、心の底からの笑顔を……作る。そうすることで相手を騙して、自分は相手との気持ちを共有することが出来るのだ…シナモンはしょっちゅうそんなことをしていたというのだろうか…… 「私は、他の皆さんに不審な顔をされたくなかったんです…だから、無理を顔に出さないような気持ちの練習をした。何度も何度もそれをしているうちに。とうとうそれでばれなくなったんです……だから、ファンジャリアの村が燃えるまで、私はずっと偽りの仮面を被っていたんです……ファンジャリアが燃えてから、いく当ても無く、そのまま商人につかまって……それから、シロップさんたちと出会ったんです…」 喋ったあとに、沈黙する。シロップはどう声をかけていいのか分からないといった感じだった。確かに、あの時シナモンを助けたときに向けた笑顔には、邪な念など微塵も無いように感じられたからだ。それが、シロップは力に目覚めてからはシナモンの心から邪な念を感じるようになってしまったといっていた。それは、最初に目覚めたライチも、最近力に目覚めたレモンもそうだといっていた。シオンさんやフィオーナさんは分からないといっていた(孔雀さんは分かっていたようだけど)… 私だけ、力に目覚めていないのは……私だけ。どうして私だけ力に目覚めないんだろう……今、一番役に立たないのは……私…… 「でも、私は信じていました。嬉しそうな顔をすれば、いつかきっと笑顔になれるって……でも、そうはならなかった。それどころか、どんどんそういう気持ちが消えていって、最近は笑顔とはなんだろうかという気持ちすら浮かんできました……これは、いけないことなんですよね…」 「考えると余計にわからなくなっちゃうかも……ね。僕もそーゆー難しいコト考えるの得意じゃないし」 シオンさんはふふっ、と静かに笑って肯定とも否定とも取れないような答えを返した。確かに何が悪で何が善かを判断するのは己の心自身である。だが、シナモンはそれすらを判断する気持ちが欠落していたのだろうか、他の皆にも自身のことを聞いていた。 「シナモン、それおかしいよ。どうしてそれをいけないことって聞くの?」 「オイラもそう思う。シナモン、何が正しいかなんて自分自身で決めるもんだろ?」 同じ答えを考える。ライチもレモンも私と同じ考えを述べていた。ライチは何かを考えるようにじっと押し黙っているだけだった。 「はい、私には……どうやらそれすらも出来ないようです……それに……私は、皆さんにあってから、何か別の記憶のようなものがおきあがることがあるんです…」 「別の記憶?」 レモンが首をかしげてシナモンの話を聞いている。シロップも別の記憶という言葉が何か引っかかるのか、訝しげな顔をしてシナモンを見ていた… 「分かりません。それは凄く曖昧で、何だかもやもやして、全然知らないのに、何だか知っているような…まるで皆さんと一緒にいたような記憶が、私の中にあるんです…」 シナモンがそれだけを言う。自分の記憶が自分の記憶でなくなるような感覚なのだろうか。私は疑問に思った。なぜ私たちと一緒にいた記憶なのか。私がライチたちと会ったときは…どんな経緯であったのか覚えていない。それでもいくつもの月日が流れていつの間にかライチ達と一緒にいることがいつの間にか当たり前になっていた。でも、それはなぜなのだろうか…私はそれを全く知らなかった。でも、シナモンはなぜ私が知らない昔の記憶の中で、私たちと一緒にいた記憶があるといった。それを聞いて思い出した。屋敷の前ではなった、あの一言。まるで私たちのことをずっと昔から知っていたようなあの一言が、頭の中に蘇った。そんなことだから200年前も…確かそんなことを言っていたと思う… 「私は、恐いです…自分が自分でなくなるような感じがして……」 いろいろ考えていると、シナモンがぽそりと呟いた。確かにそうだった。今はそんなことを考えている場合じゃなかった。今はシナモンの真実をどう受け止めるかが大切だった。 「記憶はひとを変えてしまうのでしょうか? 誰しも、忘れてしまいたい記憶というものを心の中に抱えて生きているモノです。でも、どんなに目を背けたくなるような記憶でも、失ってしまうのは悲しいコトですよ? 一個の生命体の時間は、記憶によってその存在を定義されると言っても過言ではありませんよー。シナモンさまが今昨日の記憶を完全に抹消されてしまったら……なんとっ。昨日のシナモンさまという存在が消えてしまいます! 他人から昨日の話を聞かされても、自らの内で再認ができなければそれを昨日と理論的に理解することはできても、揺るぎない事実として認識することはできなくなってしまうのですっ。なんとも恐ろしい話ですねー。つまり、です。記憶の存在するに越したことはないというコトなのですね。今ある記憶に目を瞑り無視することはできちゃうじゃないですか。でも、存在しない記憶からは何も生み出すことはできないでしょう? もしあなたの記憶があなたにとって都合の悪いものでしたのなら目を瞑っちゃってください。心をかき乱して、シナモンさまの自我が荒らされそうになったっとしても、荒らしは華麗にスルー♪ これ鉄則ですよっ」 孔雀がそういってシナモンにウインクした。どれだけ記憶が蘇っても、今の自分を大切にすればいいと。それは孔雀さんだから言える言葉なのだろう。シナモンの心の中を一瞬にして見つけて、それに触れてシナモンがどんなポケモンなのかを見切った凄い人…孔雀さん。何で使用人なんかやっているんだろう… 「どんな風になっちゃっても、シナモンはシナモンだよ」 「もし変わったら、オイラが元に戻してやるって!!」 「僕たちは仲間でしょ?シナモン」 「私たちは、貴方がどんな経緯で貴方と出会ったとしても。貴方を見捨てなんてしませんよ」 レモンが笑う。シロップがおどける。ライチが頷く。シオンさんもフィオーナさんも微笑を浮かべている。孔雀さんも橄欖さんも頷いている… 「皆さん…私、皆さんにこんなに思っていただいているのに、私、嬉しいという気持ちもわかないなんて…ごめんなさい…本当に…御免なさい…」 シナモンは静かにうつむいて謝った。時計の音だけが響いて…周りが静寂に包まれる。夜は…更に黒くなっていった… ---- 三章終幕 夜はすでに深夜に回り、レモンが眠そうな瞳を擦って欠伸をした。シロップもうつらうつらとしているし、ミントも若干瞼が閉じかけていた。かく言う僕も、強烈な睡魔に襲われて立っていられない状況だった…思い切り欠伸をしたい気持ちを抑えて噛み殺すと、ぶるぶると首を左右に振る。 「ふぁ……」 と、フィオーナさんが欠伸をかみ殺すような仕草をした。 「……これはお見苦しいところを。失礼致しました。紆余曲折あったとはいえ、就寝時間が大幅に遅れてしまったもので……お客様方もさぞ旅の疲れもありましょう。もうお休みになりますか?」 僕は今猛烈に眠い。難しい話を聞いていたからかもしれない。今日だけでいろいろなことがありすぎたのかもしれない…それだけじゃない。村を出て行ってからが、毎日驚きの連続だった。こんな大きな町に入ることも、こんな凄い人たちと知り合うことも、村を出て行く前とは想像も出来ない奇劇を繰り広げている。そしてその劇の幕は、魔王と対峙した時に下ろされるのだろう…… 「すみません。何だか疲れちゃって…」 瞳をごしごしと擦って皆に謝る。 「女性の方々と男性の方々は別室……もしくは個室の方がよろしいでしょうか? よろしければ大部屋も用意いたしますが……」 「は、はいっ、えっと、その、僕たちいっつも皆一緒に寝てるんで…その、大きな部屋で皆一緒のほうがいいんですけど……」 「かしこまりました。孔雀」 「はい」 フィオーナに名を呼ばれるや否や、孔雀さんは物凄い速さで何処かへ行ってしまった。レモンたちがきょとんとしてみていると、一瞬の間の跡に優雅な仕草で戻ってきた。この間、わずか三秒… 孔雀さんはすでに眠りかけているシロップの頬をつんつんとつついて、夢の世界から引き戻した。 「お部屋の用意ができましたよー」 「はぇっ?…ん~…ふぁぁぁぁ…」 眠そうに欠伸をして、おぼつかない足取りでよろよろと立ち上がる。レモンもミントもそんな感じだった――けど、シナモンは眠くは無いようで、ぼけっとして屋敷の天井を見つめていた… 「シナモン、どうかしたの?」 「いえ、何でもありません。気にしないでください」 シナモンはそれだけ言うとうつむいてしまう。あれだけの話をした後だから、神経が磨り減るのも無理は無いと思ったけど、何で今になってそんな話をするんだろうという疑問は残った…でも、そんなことは考えない。考える必要が無い。シナモンは仲間。それだけだから… 「それではお部屋にご案内いたします」 孔雀さんがレモンたちを誘導して寝室に連れて行ってくれた。扉を開けて、中を見てみる…何というか、凄かった。 大部屋とは聞いていたが、こんなに広いとは思わなかった。十メートル四方はあるんじゃないだろうか。扉の対面の壁にはガラス張りの掃き出し窓があり、その向こうにテラスが見える。ベッドは右奥と左奥に三つずつ。しかも全部ナイトテーブル付きだ。部屋の真ん中には大円卓があり、向かって左に半円形のソファがその円周に沿った形で設置されていた。円卓の真上にはシャンデリアが吊るされていて、右手には暖炉がある。また、出窓や円卓の上には花の活けられた花瓶が置いてあった。花の名など分からない、それどころか花の知識などまったく持たないライチでも、部屋の高級感とみごとに調和しているその花に見惚れてしまうくらいだった。 とにかく驚愕するしかない。眠気が吹き飛んでしまうくらいの豪華さだった。大げさな表現かもしれないけど、僕たちにはそれが一番正しい表現だった。だって、豪華としか言いようが無いから… 「お休みなさいませ」 孔雀さんは深々とお辞儀をして扉を閉めた。残された僕たちの間に沈黙が立ち込める。それを破ったのは―――レモンだった。 「う~ん…今日はいろいろありすぎて疲れちゃったよ…おやすみなさい」 それだけ言うと、レモンはベッドにもそもそと入り込んで、五分も立たないうちにすやすやと穏やかな寝息を立て始めた。シロップも眠そうな瞳を擦ったあとに、レモンの隣にあるベッドにもぞもぞと入り込んでいびきをかき始めた。ミントは何かを考えていたようだったけど、睡魔に負けたのか大きく伸びをして、ベッドに力なく倒れこんで、泥のように眠ってしまった… 「う…ふぁぁぁぁ…」 さすがに僕も眠くなってきた。眠ろうと思ってベッドに潜り込もうと思ったが、シナモンの様子が気になってそっちを向いてしまった…シナモンはこちらに気付くとにこやかに微笑んで 「先に休んでいていいですよ。私はもう少し起きて…月を見ています」 それだけ言うと、テラスのほうに歩いていった。今の笑顔もきっと作り物なのだろう。彼女が眠ったら朝が来る。そして新しい夜明けとともにシナモンはまた…新しい顔を作り出すのだろう。考えれば考えるほど、シナモンという存在が分からなくなってくる…でも、考えたくなかった。 「そう、おやすみなさい。シナモン」 「はい、また明日」 シナモンはそれだけ言うと、テラスから見える綺麗な満月に瞳を移した。その姿は、ブラッキーだったら絵になったかもしれない… 「そういえば…」 ふと考える。この町に来たとき、出会ったブラッキーの少年はいったいなんだったんだろうか……なんだかシオンさんと同じ雰囲気を持っていたけど、あの時はいろいろ大変だから気にも留めなかった…あのポケモンは…この町に住んでいるのかな? 「うぅ…」 考えていると余計に眠くなってくる。もう考えるのはやめよう。明日に向けて、体力を回復をさせよう…それだけ考えて、鉛のように重たい瞼を閉じて、安らぎの世界に飛び込んでいく… ---- 「……」 シナモンは静かになった寝室を一瞥すると、ゆっくりと顔を上げて、再度月を見上げた。まるで眠るような月を見つめて、自分の&ruby(てのひら){前肢};を見る…大きなため息をついて、下を見下ろす。 「私は……何なんだろう…」 静かに瞳を閉じて、眠っていたときの記憶を探り出す…それは思い出したくない、一番嫌な記憶だった… 燃える木々、鮮血に溢れるポケモン達、中央で光る、紅蓮の瞳……自分の村が燃えている…自分の記憶が覚えている懐かしい場所が次々と灰になっていくその光景は、夢の中でも自分を苦しめ続けた… 「……お母さん……」 口に出して呼んでみた。自分のことを育ててくれた母の存在。自分がまだイーブイだった頃。母と思っていたキレイハナに恩返しをしようという形で、自分はリーフィアになった…しかし、あの村に住むことになった記憶が分からない…自分の前世は何だったんだろうか…それを考えると、いつも頭が痛くなる。ああ、まただ、どうして頭痛がする…? 「どうして…私を置いて行っちゃったの?」 口に出していってみても、悲しみなどわかなかった…頬に何かが流れる。手で触れると湿った感触がする。自分が涙を流していた…なぜ悲しくないのに涙が流れるんだろうか… 「今宵は満月ですねー」 いきなり隣から声がした。振り向くと笑顔を浮かべた孔雀がシナモンと同じように月を見上げていた。彼女はシナモンたち三匹を案内したあと確かに部屋を去ったはずなのだが。いや、この際もうそれは気にしないことにしよう。 「眠れないのですか? よろしければカモミールティーなどご用意いたしますよー」 「孔雀さん…」 眠れないのかということを指摘されて、押し黙る。眠れないのではなく、眠りたくないのだ。眠るとまたあの夢が再生される。永遠に解けない呪いのように、擦り切れたエンドレステープのように…シナモンの耳に、瞳に、腕に、足に、頭に、まるでこびりつくようにまとわりつく永遠の悪夢… 「眠れない…というのは語弊があります…眠りたくないんです」 「はあ。先程のようにまた悪魔の囁きに落ちてしまいそうで不安なのですか?」 孔雀さんは興味津々といった感じで自分を見ていた。確かに、一番自分に干渉してくれたのも孔雀さんだし、私の安否を見てくれたのも孔雀さんだ。それくらい自分のことを考えてくれているというのがとても嬉しかったが、その嬉しいという気持ちなど微塵もわいてこなかった。…やはり自分は頭がおかしいのだろう… 「孔雀さんはいいですよね……何でも出来ますから……私は違います。何も出来ない。自分が何なのかすら分からない。まるで人形のよう…」 「何でもできるとは……わたしが、ですか? わたしの辞書には不可能という文字がたっくさんありますよー」 何でも出来るわけじゃない。孔雀さんはそういったが、自分から見れば十分何でも出来ていると思った。可憐な見た目からは想像もつかないくらい強さと、不屈の心を備えている。どんなこともにこりと笑ってそつなくこなす。まさしく完璧という言葉がふさわしいくらいの完璧っぷりだった。 「そんな、孔雀さんが完璧じゃないというのなら、私はきっと出来そこないですよ……私は私の全てを理解することが出来ないんですから…」 それだけ行って、自虐的に笑う。孔雀さんは少し考えるような素振りを見せて顎に手の先を当てていた。自分と孔雀さんとの間で若干の沈黙が訪れる。…ずっと押し黙っていたら急に孔雀さんが口を開いた。 「ご自分が理解できないから出来そこないであるとするのは少し……いえ、ハイパーに早計ですよー。わたしもたまに自分がわからなくなることがあります。わたしと橄欖ちゃんは極東の島国陽州の出身なんですけど、陽州から大陸へ渡って、大陸縦断大山脈を越えてランナベールまでやってきたんですよ。ある目的のために……というより、あるひと達を追って。あ、コレはフィオーナさまにも伝えてはいないので他言無用ですよー。それで、ランナベールに逃げ込んだところまでは掴んだのですが、その先は行方が知れず、使用人に身をやつして最高権力者の家に潜り込み調査を――こほん、今のはナシでお願いします♪ ともかく、それから数年が経過した今も目的を果たせない、いや果たさないのは……なんという板ばさみでしょう。大きな目的を掲げて祖国を飛び出したのに、わたしはここへきて、わたしのようなポケモンにはあまりにも優しすぎる、心地よい居場所を得てしまったのです。妹も同じ気持ちだったのでしょう、わたしは説得されました。このまま平穏に暮らしてゆくのもまた一つの道なのではないかと。わたしは親子二代に渡り、十数年の歳月を経て達成し得なかった目的をそれですっぱりと諦めちゃいました」 自らの主であるフィオーナさんにも話していない――おそらく他人に話すのはこれが初めてなのだろう。孔雀さんの過去。命を賭けるような大きな目的なんてシナモンには想像もつかないけれど。 「そうなるとそれまでのわたしの二十年間は何だったのかというコトになっちゃうわけでして……自分でも自分の選択が理解できなくなってしまって、今でもふと諦めたはずのその目的が首を擡げることがあります。でも、結局はポケモンってみんなそうなのですよ。その時々の意思で、『自分』なんて存在は流動体のごとく絶えず変化するもの。むしろ、流れの止まった固定観念としての自分は偽物あるいは理想でしかないのです。意思に理由を求め、固定された自らの核心を見出そうとするのは間違いだとは言いませんがきっと誰も何も見つけられないでしょう。意思はただ自らの内に"在る"だけでいいんです。砕けた言い方になりますけど、『こうしたい』とか『あんな風になりたい』とか……今のシナモンさまにも、感情はなくとも意思は存在しているのでしょう?」 この世界に住んでいるポケモンで、出来損ないなんていない。どんなポケモンも自分の気持ちを持って生きている。孔雀さんが放った魔法のような言葉は、自分の心に何かを伝えるような感覚で心の中に入っていく… 「…………私も、そんな意思があるんでしょうか…私にも、そんな気持ちがあるんでしょうか?」 「今、シナモンさまはそれを知りたいという意思をお持ちではありませんか」 自分の問いかけに、孔雀さんは柔らかな微笑を浮かべて肯定をしてくれた。こんな風に笑えるときが、いつか自分にも来るのだろうかと淡い期待を抱きたくなるほど、孔雀さんの笑顔は光っていた… 「ありがとうございます。孔雀さん…………今日は、きっといい夢が見られるような気がします…」 自分の話に付き合ってくれた孔雀さんにお礼の笑みを浮かべる。たとえその笑顔が嘘だったとしても、こんな張りぼてのような自分を一匹のポケモンとしてみてくれたことが、とても嬉しかった…それがどれだけ感情が無くても、上っ面で取り繕った自分の気持ちにじゅわっと浸透して、くしゃくしゃな心を溶かしてくれるような気がした… 「おやすみなさい…また明日」 「おやすみなさいませ。良い夢が見られますよう」 孔雀さんは深くお辞儀をして、寝室を出て行った。今夜は大丈夫そうだ…孔雀さんの言葉と、美しい月の光が…自分を悪夢から救ってくれる。そんな気がした…… 三章・終幕 ---- 三章は終了です。こんな下らない小説に付き合っていただいた[[三月兎]]様、本当にありがとうございます!!そして、これからもよろしくお願いします!! そして、こんな駄文を呼んでくれた皆々様、ありがとうございます!!orz ---- 何かあったらどうぞ。 - 申し送れましたが→申し遅れましたが&br();だったと思いますが、もしかしてわたしが最初から打ち間違えてました? -- 三月兎&new{2008-10-06 (月) 20:32:30}; - 修正しました。…たぶん私のせいです、すみませんorz -- [[九十九]] &new{2008-10-06 (月) 22:45:15}; - 覚醒?するシーンの「力の融合」というのも新しい展開だったので、グッときました。&br;次のフシギダネ覚醒どうなるか期待したいと思います&br;リーフィアの過去?前世?も気になる所です&br;シオン達のキャラ構成も変わらない感じで、&br;まさにコラボ!!&br;・・・と、思いました。&br; &br;要望なんですが、ページを分散させて欲しいです。読みやすくなりますし、それに目立つかと、(無理言ってすいません&br; &br;色々な期待を添えて更新まってます頑張ってください。 -- [[眞(失礼しました。]] &new{2008-10-19 (日) 16:40:58}; - 更新をずっと待ち望んでました。&br;殺気を感じるところなど緊張感があって楽しめました!&br;まともな感想は書けませんが、続きを楽しみにしています。頑張ってください! -- [[朱烏]] &new{2009-01-25 (日) 22:31:49}; - 眠れないときにカモミールティーとは流石は兎様……考えることが違いますね。こういうキャラなりの気遣いも、それぞれのキャラに味を出す為には必要……と。メモメモ……&br;私はキャラにポケモンらしさばかりを追求しすぎてキャラらしさを出すことが何気に下手ですからねぇ……見習いたいものです。&br;何はともあれ、平穏無事に夜は過ぎてこれからの新展開が楽しみです。&br;ああ……それとですね。このページ重すぎてコメントの修正のための編集がスムーズに行えなかったので、もう少し分けたほうが…… -- [[リング]] &new{2009-02-06 (金) 23:49:24}; - >リング様&br();すみません、今度からは多くなったら分けるようにしますorz -- [[九十九]] &new{2009-02-07 (土) 00:26:53}; - えと、孔雀の台詞が途中で切れていたので修正しました。&br();おそらくわたしが保留にしておいてそのまま忘れていたものだと思われます。&br();それなりに話が繋がっていたから九十九さんもお気づきになられなかったんですね。&br();ごめんなさい。気をつけるようにします;&br();&br();>リングさん&br();わたしも原型を崩さぬために家具や食器をポケモン仕様に変更したりとか無茶やってますが……&br();人間に適用できる設定はポケモンの種族にもよりますが大抵適用できてしまったりするのですよね。&br();リングさんはポケモンの特徴から設定を考えるのが中心のようですけど、わたしはむしろ先に設定を考えて「この設定をどうやったらポケモンに適用できるか」を考えているんですよ。&br();もちろんポケモンらしさを失くさないためにポケモンならではの設定を組み合わせますが、そこでまた新しいものが生まれたりとか。 -- [[三月兎]] &new{2009-02-07 (土) 21:23:07}; - 人のキャラを使ってもそのキャラらしさが失われていない…すごい文章力ですね…お気に入りです、尊敬しています、崇拝しています、頑張ってください! -- [[フロム]] &new{2009-02-14 (土) 14:17:18}; - ↑そっち書いてるの兎さんだろJK -- &new{2009-02-14 (土) 19:18:57}; - >フロム様&br();名無し様の言うとおり私が書いているのではありません。尊敬や崇拝は私はではなく兎様にして下さい。&br();>名無し様&br();その通りです。私の文章力ではこのような表現は出来ません…多分一生。 -- [[九十九]] &new{2009-02-14 (土) 20:31:08}; - 貴方はソロ作でも十分な文章力ありますよ&br();そういう意味で言ったんじゃないんで気を落とさずに・・・ -- [[さっきの名無し]] &new{2009-02-14 (土) 20:47:53}; - 申し訳ございません…なんとゆうバカっぷりでしょうか。私=KY&ゴミです・・・ よく見たら、「付き合っていただいた三月兎様」って書いてある… -- [[フロム]] &new{2009-02-24 (火) 18:03:11}; - いやあ三月兎様も九十九様も文才ですよ。応援しています! -- [[ジン]] &new{2009-03-04 (水) 17:57:58}; - ヒトカゲ・ゼニガメ・フシギダネ・ピカチュウと昔つながりのあるイーブイ種・・・・・・ハッ!? 失礼しました。応援してます。頑張ってください。 ――[[ウクレレカレー]] &new{2010-05-15 (土) 10:26:45}; #comment