久しぶり投稿させていただきます、[[けん]]と申します。
もしご連絡などある場合は、Twitter (@groggygroggy_)までよろしくお願いいたします。
サンムーンの微量なネタバレが含まれています。
作中に名前は出てきませんが、ミミッキュのお話になっております。
閲覧は少々ご注意ください。
----
どんなにいい布を使って縫っても、ああいう風にはなれない。
どんなに時間をかけても、ああいう風にはなれない。
どうしたって、自分はあの子と一緒になることはできない。
ぽっきり折れてしまった首を縫い直すように、またもう一回縫うしかないのだ。
*
昔は栄えたお店も、いつの日か人が来ることもなくなってしまったらしい。
立地条件が悪いとか、人が足を運びにくいとか、そんなお話を聞いたことがあった。
どちらにせよ僕には好都合だ。
ようやく忘れることができるんだとその時は嬉しいと思ったかもしれない。
そしてとうとうお店も潰れて、人すらも立ち入らない廃墟になった。
しかし、たくさんの人の私怨や感情が染みついたお店には、ゴーストタイプのポケモンがたくさん集まってしまう。
それは不都合だ。
僕だけの世界だと思っていたのに、と顔をしかめることしかできなかった。
ゴースやズバットから身を隠すように僕は息を潜める。
またも生き難い世界になってしまったと嘆く。
しかも少なからずポケモントレーナーみたいな子供もうろつく様になった。
子供たちの後ろ姿を眺めると、ほんのり昔のことを思い出すのである。
そろそろ潮時なのかなとぼんやり考えた。
考え事をすると決まって、お店ができたばかりのことを思い出してしまうのだ。
ここがどうしても離れることのできない思い出が僕を執拗に邪魔してくるのだ。
昔のことを忘れられない、そんな縋りついてしまう自分が嫌だった。
縫っていた布をぺろりとめくると、あの時の思い出がちょっとずつ滲んでくる。
忘れようとしていたことが急に再燃してくる、心地悪さに唸りそうになる。
(どうしてあの時)
わからないと首を振って、縫っている布をびりびりに破いた。
こんなくしゃくしゃな布じゃ、あの子に好かれるはずなんてないんだと思ったから。
約束の言葉を忘れられずに僕はずっと何十年も待ち続けることしかできないのか。
誰にも愛されないのかなと寂しい感情に溺れたときには、もう泣いていた。
*
お店が開店して数日たった日のことである。
お店の裏側からいつものように侵入して、食べ物を探していた時のこと。
たくさんの人で行きかう店内の隅っこの方で、かわいいポケモンのぬいぐるみを抱いて蹲る小さな女の子。
恐る恐る近寄って、僕はその子の顔を伺った。
泣いていた。
ずっとパパママと呼んでいて、きっとこの人ごみの中で女の子は迷子になったであろう。
そう思った時には彼女の手を引っ張って、僕は店内を探し回った。
僕の冷え切った手と彼女の暖かい手、今でも忘れられないその温度差が嫌だった。
数十分も彼女と手をつないでいた状態だったか、両親と出会った彼女は一目散に家族のもとへと走っていった。
「パパ、ママ、あのポケモンさんが助けてくれた! ピカチュウって言うの?」
ぐしゃぐしゃになった顔を母にハンカチで拭かれながら彼女は両親に問うた。
「いや、あの子はきっと違うな、見たことないな」
「パパ、あの子を私の子にしたいな」
「まだダメよ、11歳になってからじゃないと...」
母の一言にその子は頬を膨らませた。
大好きになった子と離れ離れになってしまうのはきっと彼女は嫌だったのだろう。
両親の前で駄々をこねる姿を背に、僕は彼女から去ろうとした。
あの子の前にいたら僕はひとの子を好きになってしまう、ダメなんだと言い聞かせる。
僕はずっと人間のことを嫌いでいたはずなんだ、それなのに。
「待って!」
その子は走ってやってきてしまった。
両親を振り切って、僕の布を掴んで。
一瞬、その布が脱げてしまうのかと冷や冷やしたが、彼女はそこまで乱暴者じゃあなかった。
「お願い行かないで、せっかく友達になれたのに」
その子はぼくのことを友達と呼んだ。
しかも彼女は涙ぐんでいた。
初めて聞く言葉に悶々しながら、やはり僕には分かり得ない世界なんだと確信する。
考えられない彼女の言動と行動に驚きながら、僕は歩みを止める。
「友達になろう、私がもっと大きくなったらあなたを捕まえる」
彼女は確かにそう言ったのを思い出した。
温かい滴が落ちてきたのはきっと、彼女が吐露した本当の思い。
そこで僕は察して、彼女が大きくなるのを待とうと喉を鳴らした。
彼女は嬉しそうに、満面の笑みで僕を抱きかかえる。
少しだけ中身を見られたかもしれない、きっと彼女のことだから大丈夫だ。
そんなことを思って僕は彼女が大きくなるのをずっと待つことにしたのはその日からの事だった。
それから数時間後。
お店から近くの道路でひと騒動があったという。
小さな女の子が持病の発作で搬送先の病院で亡くなったらしい。
彼女のことじゃないよな。
言い聞かせては僕は泣きたくて泣きたくてしょうがなかった。
*
真新しい布を縫っていると、もちろん糸がなくなる。
裁縫売り場で散乱している糸をいくつかもらってきては、それを繰り返す。
いつか大好きな彼女が戻ってくることを信じて。
でも、彼女が暖かい手で僕を抱きしめてくれることはもう二度とないのは知っていた。
明るい彼女の笑顔を思い浮かべながら、今日も針を動かすことしかできなかった。
----
ミミッキュはあの後、誰かにゲットされたのでしょうか云々。
リハビリを兼ねて短いの書き下ろしてみました。
誤字脱字などありましたらこちらへ。
#pcomment(ほつれた布のコメントログ,10,below)