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ぺろぺろひゅーまん の変更点




「はあ……つら……」

 在宅勤務は煩わしい通勤がなく嫌な上司と顔を合わせなくていい上自分のペースで仕事ができるから最高!だってのももう昔の話。
 こういうことに慣れていなかった上司や客先がついに学び始めると、勤務時間フルで働いて、かつ、数日に一回はオンラインミーティングで進捗を監視されるという地獄のようなリモートワークになった。
 昼食休憩を終えたこれからは早く対応しろとしか言わないオブジェ上司とのオンラインミーティング。不幸にもそいつの提案した始業、休憩後、終業の3度ミーティングは役員たちに大いに評価されたらしい。

「え? ああ、聞こえてはいますよ、雪降ってるし電波悪いんじゃないですかね。で、なんの話でしたっけ?」

 最近気づいたのは、どうせ上司ではノルマ達成できないので部下が多少責めてもいいということだ。先輩方の助言があってこそのこの言葉。上司がどもるので、自由にさせていただく。
 ミーティングに出ながらサブウィンドウでもろもろ漁っていると、私の心は一発で仕留められた。

「明日には出せるんだな?」

 聞いてねーよ、ばーか。ぽちっとな。私の心は全部そっちに割かれた。うるさい上司も心配した同僚の助け舟ももう気にするもんか。

「で、――君、この案件どう対処するんだね?」
「……ゲンガー、ですかねえ」
「………………は??」

 危ない危ない、もう少しで今覗いている画面を見せつけてしまうところだった。上司の間抜け面だけでなく同僚や先輩たちのドン引く顔まで目にしてしまった。気分悪ぃ。

「ええ、ま、ちゃんとやることはやるんで、期待しといてください」

 オンラインミーティングの時間は終わった。上司や先輩が少しくらい違和感を覚えたかもしれないが、そんなことはどうでもいい。

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「おお! …………」
 私の心を奪ったそれが我が家にやってきたのは、ぽちってからほんの二日後のことだった。午前配達指定が何故か14時すぎにやってきたとか一応業務中だったのを堂々と席を外して受け取りに行ったとかそういう面もあるが、とにかく物が来たことはとてもウレシイ。
 今日のリモートワークはこれでおしまい。万一サボりがばれたってどうせあとから残業すればいいんだ。手が勝手に包装を破り、高鳴る胸がアドレナリンを放出する。
 露になったそれは、私の期待を全く裏切ることのない逸品だった。
 ゲンガーが大口を開けて人間を舐めようとするドデカぬいぐるみ。ベロをまっすぐ伸ばせば容易に私が寝られるくらいはある。
 そうだよ、こういうのを待ってたんだよ……!!!
 まずは舌をまっすぐ引き延ばし、その上に真っすぐ寝る。床に寝そべるかベッドの上で寝るかの二択にもう一つ選択肢が増えた気分だ。だが、ここで両腕両足を投げ出すと無機質で冷たいフローリングに触れてしまう。これでは心地よくない。
 次に試したのが、いわゆる回復体位という、腕を枕に膝を曲げて横になる最も人間にとって心地のいい体位。これはできることはできるが舌の面積がギリギリだ。これも寝相の悪いというか、安眠に困難を持つ私にはふさわしくない。
 では他の使い方を見よう。方からストールのように巻いてローマのトーガのようにしてみる……なんか微妙だ。負けることは負けるが幅がない。トーガより前のヒマティオンみたいなもんか? とは思えど、長く細いのでどのみち使い勝手が悪い。
 いやいや、それは私が古代人に敬意を表しすぎた使い方をしただけで、現代にあった使用法は絶対に見つかるはず。
 敢えてその舌をぐるぐる巻きにして頭の下に入れる……ダメだ、単なる枕の下位互換でしかない。ゲンガーの舌で寝るという心理的優位性はあるけど首から下がフローリングにあるのが壊滅的失点。
 ということで、春巻きかトルティーヤのように舌を横に使う。すなわち、からだの一部だけをぐるぐる巻きにするんだ。胸を巻いたらなんだか微妙な気分になったので、こうなったら首から上を。ぐるぐる巻き。なるほどこれは良い。かなり暖かい。湿度も保たれるし、何よりゲンガーに巻き取られている気分をびんびんに感じる。
 ただし、首から下はギャップ大きな寒い空気の下に転がっているのでやっぱり嫌だということ以外は。
 なんだよ、よくある満足度☆3の微妙商品か?……と思ったその時、私の背中をかみなりが貫いた。なんでこんなことに気づけなかったのだろう。ぬいぐるみの形状を見ればきりばらうより明らかじゃないか。

 大きく開いた口の中に頭部を突っ込み、あたかも飲み込まれているような錯覚を起こせば、下半身は直立不動の緊張状態を維持できる。床と接する下側の防寒はバッチリだけど上側はどうするか? こればかりは仕方ない。気分は暖かくても物理的に体を冷やすわけにはいかないので毛布をかぶって寝よう。ポケ毛布はこれまで何種類も売られてきて私の家の押し入れにも何枚かある。ゴーストに食べられながらくるまりたいのはなんだ……? 
 というわけで、ほんの一瞬の逡巡のあと、敷毛布に同タイプと言うことでミミッキュ毛布を、掛布団に被食ということでメリープ毛布を持ってきて、室内の暖房を棄権がない程度によくきかせた。だめだ、ブランケットという商品を毛布と言う商品ではサイズが違う! 体の半分しか覆えないミミッキュに救援を駆り出し、ミミッキュ2匹とメリープにくるまった。
 そして、こうして見つけたゲンガーの堪能法を実行する。
 どうしていささかも心地悪いことがありえようか。いや、ない。羊毛とゴーストの二重に包まれて、それでいて視界には緊張感が張り詰めた。

 その日、私は数か月……いや、数年ぶりに質の高い睡眠を得ることができた。

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 最近ストレスがたまりすぎている。毎日のようにクソ上司と対面するからだろうか。クソったれ。顔色が悪いだって? てめーのせいだよ。
 おかげで毎日測らされてる体温はついに36℃を割った。これでアレが不順になったらどう落とし前付けてくれようか。

「はあ……つら……」

 ゲンガーの舌は暖かい。暖房が貧弱な我が家にとっては重要な熱源だ。買ってよかった。
 170cmもある舌は私が真っすぐ寝そべっても冷たい床に投げ出されないし、顔をぬいぐるみに突っ込めば足先までくるりと包んで防寒できる。斜めに巻けば体の大部分を覆うことができるし、元々うちにある暖房と組み合わせれば防寒は抜群だ。
 暖房具と組み合わせるという発想がなかった頃は糞商品とか言ったが、その辺は、まあ、ご愛敬。

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「ああ……ここから出たくない……」

 まあ、PCのカメラが故障することもあるよね。うん、故障してしまったのだからしょうがない。

「すいません、どうもカメラの調子が悪くて」

 こうして自分の面を出さずにミーティング。実際はゲンガーの口の中に足先を突っ込み、そこからアキレス腱、ふくらはぎ、腰骨を通って腹部までを別の毛布で覆っていた。肩まで覆えるのがもう一枚欲しいな、なんて、上司の毎週の意味のない訓示を聞きながら考えつ。
 かってに壊しといてあれだけど、会社からの支給品ってことがネックだけどね、このPC。

「は? ああ、もうそれは提出しましたって……いや、だから」

 今日もクソ上司は自分だけが大事だと思っているどうでもいいことを詰めている。さっさと消えろ。

「え? もうよくないですか、それ? もう終わって――ん゛っ!?」

 通話中だというのに変な声を出してしまった。意図的に電波悪くしてたから多分聞こえてないけど。というか、変な声を追及してきたらこいつら全員自分の案件に集中しろやと言いたくなる。誰が発言しているかを見張るのが管理職じゃないですよ、上司。
 まあ、変な声の正体なんてブランケットの足側が不意に持ち上がり、足裏や泣き所周りを舐めるように毛布がするりと抜けていったこと。
 なんでこうなった、とは、わずかに思ったものの、いやあ、まあ、大したことじゃあない。会議は課長がもういいでしょう、進捗は全員順調なので、また次の報告でと締めてくれた。この人が昇進してくれないかな。

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 うぜえ
 うぜえうぜえうぜえ
 てめえごときが私の体調を心配するな。
 今日も無能上司の進捗監視に駆り出され、客先対応に駆り出される。
 ちゃんと仕事はするっつってるのに一々監視してくる上司が嫌いだ。こっちの意図を聞かずにてめえの意図を並びたてて反論してくる上司が嫌いだ。挙句誰も見ない資料や客先に呆れられるプレゼンを作らされる自分が嫌いだ。先輩や同僚も最近お前顔色悪いぞ大丈夫かしか言わない。原因はお前らも分かってるだろ、クソが。おまけに最近の社会の流れで会社がお情けで雇っているシルバー人材は意味不明なことを言い出すから上司も部下も全員ぶちぎれた。それで顔色が良くなるわけがあるまい。

 最近体力は落ちたし常に気分は悪いしといって食事量は減るわいくら寝ても足りないわ私は大変なのだ。上司お前にイラついてる暇はない。
 つらかったよぉ~、とばかりにゲンガーの大口に飛び込む。明日は月に数度のリモートではなく出社しなくてはならない日。余計に気分が悪くなる。

 そんな時はもう現実の全てから逃避から逃げるためにゲンガーの喉奥まで逃げる。下半身もまた下の半分くらいはベロをぺろんと戻すだけで覆ってくれるようになった。
 ……ん? なんか変か? これ?
 パソコンなんか開いてられるか。飯なんか食ってられない。体重は多分結構減ってるがそれは喜ばしい減り方ではないのは分かっている。
 なんとかしなくては、とは思うが睡眠は大事だ。まず何かしようとする精神状態を整えるのに必須だから仕方がない。ずいぶんと生ぬるくなったゲンガーの喉奥。心なしか長い舌にも質感と湿り気を感じる。さすがに選択せずに使いすぎたか……と多少は後悔するが、全然足りない睡眠には代えられない。
 なにせ睡眠は生物の最も強い基礎的な欲求の一つなのだから。
 ぼふり。お休み。

 え? おい、ちょっとまて、なんだよこれ。お前単なるぬいぐるみじゃ……オイ、やめろ、お前に食われるために突っ込んでんじゃねえ! おい! おい、お……い……!




 ''……ケケッ!''

 
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 翌週月曜日の部署ミーティング。先週の対面会議をついに無断欠勤し、以降音信不通になっていた社員がどうやら救急搬送されたらしいという噂が立ったすぐ次の週。
 何事もなかったかのように装おうとしながらも明らかに挙動不審すぎる社員と管理職が集まり、ミーティングが始まる。当然、最初の議題はチームメイトなのにも関わらずこの場にいない彼女のことになる。口ごもる上司が―おそらくそれなりの詳細は聞かされているのに言いたがらないということは、本当に何も分かってないか、真実を隠そうとしているかの二択だろう。
「いったい何があったんですか」
 彼女の同期でもっとも親しかった社員が、自分しか聞けるものがいないと口を開く。
「それが結局分かってないんだよ」
 そんな答えは求めていない。先輩がわざと聞こえるように舌打ちをした。
「彼女はどうなってるんです」
「A市立病院に入院中で、いつ退院できるかは全く不明だ。なので、彼女が担当していた案件を再度割り当てようと思う」
 チーム全体が重い溜息に包まれたとき、彼女はもう全員の第一の懸念事項ではなくなっていた。


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ゲンガー シャドーポケモン ゴースト どく
高さ1.5m 重さ40.5kg 特性のろわれボディ
(以下省略)ながらもヒトの命を奪いに暗闇から現れることがあるという。

そんなゲンガーの舌に抱かれるやべーぬいぐるみ、それが絶対に舐められたいゲンガー!
販売価格は25950円(税込み) なお現在品切れとなっておりますのでご了承ください。

&color(#FFFFFF){ウケケケケ!!!!!!};

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ここまで読了いただきありがとうございました!

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