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なぜかガラル地方に転生したコライドンだけどイケメンなので何とかなった その2 の変更点


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CAUTION
※今作のコライドンの描写は主にSV発売前の情報と印象に依拠しており、本編での描写、設定とは&ruby(・){著};&ruby(・){し};&ruby(・){く};異なる場合があります。
※※故に設定が迷子の箇所がございます(特に冒頭10話まで)
※※※要は顔とガタイの良さだけで書いた妄想の代物です
※※※※SVに関する重大なネタバレも含みます(予定)
※※※※※ケモホモです、⚣です。複数、過激なプレイなど基本何でもアリです。

&size(25){なぜかガラル地方に転生したコライドンだけどイケメンなので何とかなった その2}; 
作:[[群々]]


 38

「それで」
 とキバ湖の瞳のオノノクスは腕をキツく組みながら、どう言葉をかけてやったものかと思案する。
「どうしようもねえからって、俺のところに来たって?」
 目の前には朱色のカラダが映えるドラゴンポケモンが肩を落としてオノノクスと向き合っている。ある日、突然ワイルドエリアに姿を現したそのポケモンは、名前をコライドンといった。長年この場所を住処にしてきたオノノクスは、元よりさほど外界に詳しいわけではなかったが、ついこの間まで、コライドンなどというポケモンを見聞きしたことはもちろんなかったが、ジャラランガのやつがいきなりコライドンを連れてきた時には、一目見ただけでその内側にこもる力を感じ取って殺気立ちそうになったものだ。そんなヤツを連れて、能天気に振る舞っているのだから、ジャラランガのヤツちょっとくらい注意力を持ったらどうなんだ、と実のところ呆れもしていたのである。
 別の世界から飛ばされてきた、と話すコライドンの言葉には少々信じがたい部分もある。が、悪いことを企んでいる様子はなさそうだったし、ジャラランガやプテラやオンバーンやら、勝手にオノノクスの元へやってきては好き勝手騒いでいく「陽気な」輩どもとは、うまくやっているようでもある。それに、畑を作るのも手伝ってくれたしなと、かき氷のようにふっくらと柔らかい土がこんもりと盛られた畑にオノノクスは目を移す。
 ところが、明け方にたった一匹で現れたコライドンの様子は何やらおかしかった。その姿は屈強であるはずの体格に反して小さく、弱々しく見えるのだ。普段ならば力強く風になびいているはずの額からの触覚が力無く重力に押し負けていたし、胸元から飛び出さんばかりのタイヤのような膨らみも今はパンクを起こしたかのように微かに平べったい。
 コライドンはオノノクスの顔と地べたを交互に落ち着きなく視線を泳がせながら、もじもじとしていた。相手の機嫌を慎重すぎるほどに伺っている様子だった。怒られることを恐れる怯え切った子どものようで、オノノクスはまだ事情もよくわからないうちから、いじらしいと感じた。どうしたんだよ、とオノノクスは努めて穏やかな口ぶりで話しかけた、貴様に何かあったらしいってのはわかるが、まずは何でもいいから話してみろ。
 コライドンはこれまでの事態を包み隠さずオノノクスに話したのである。舌足らずではあったが、ガブリアスとの間で起こった出来事について。そのせいで迷惑をかけたどころか、プライドをひどく傷つけるような真似をしてしまった以上は、ジャラランガのところにいるのも気まずく、申し訳も立たない気がして、何も言わずに出てきてしまった、ということらしい。とはいえ、コライドンにとってワイルドエリアは未だ右も左もわからない土地に変わりなかった。結局どうすればいいかわからず、向かったところは自ずとキバ湖の瞳だった。
 確かに、そんな体躯でワイルドエリアなどほっつき歩いていてはイヤでも目立つ。おまけにガラルでは知られていないポケモンなのだから、もしヒトにでも見つかったりしたら余計に騒ぎが大きくなってしまう。そうなっては元いたところへ帰るどころか、平穏無事に過ごすことさえままならないだろう。
 オノノクスは首を振る。
「別に何から何まで口に出す必要はねえよ」
 コライドンの口元に腕を伸ばす。
「言わんとすることは大体わかった」
 ふしくれだった手の平を、コライドンは目を丸くして見つめ、微かに頷く。制した腕をゆっくりと下ろし、オノノクスは胸を軽く膨らませながらみずみずしい草の匂いを含んだ空気を吸い、人間がするところの喫煙のようにやんわりと口を窄めて息を吐き出した。コライドンの大きな瞳がくりくりとして、胸が膨らんでは縮むのを見つめている視線がこそばゆかった。自分よりも一回り大きい図体をしているくせ、こうして相対しているとまだ年端も行かないような印象を受けた。貴様みたいな野郎なら、ちょっとは世間ずれしててもおかしくねえと思ってたけど案外そうでもねえんだな、とオノノクスの言葉を待ち受けている相手の不安そうな表情を観察していると、見られていることを察したコライドンは黙って目線を泳がせた。
「で、貴様はどうしたいんだ?」
 不意をつかれたようにコライドンは仰け反った。本当に困惑した表情を浮かべ、目は半ば閉じてオノノクスの様子を恐る恐る伺っている。オノノクスは腕を組み直し、コライドンの答えをじっくりと待つ。
「えっと」
 やっと絞り出した言葉だったが、コライドンは俯き加減になって、なおも考えをまとめられないでいた。
「いずれにせよ、ここにいたらきっとアイツ、探しに来るんじゃねえか」
 ジャラランガのヤツ、不貞寝でもしてねえといいが、とオノノクスは願うが、その一方であの「うろこポケモン」が不機嫌になったり気落ちしたりすると大概昼まで起きあがろうとしないことも知っていた。よりにもよって、こういう時にそんなことをするのがジャラランガというままならない雄であることを、オノノクスはこれまでもわからされてきたのである。
 何となく、今回も、よりにもよって、そうなるような気がした。ワイルドエリアに太陽が昇った。青みを帯びた地べたの暗がりが幕を開くようにじわじわと明らんでいく。朝の日差しをまともに受ける格好になったコライドンが顔を顰める。その表情は今の深刻らしい状況からはあまりにもかけ離れたように見えたので、オノノクスはつい顔をほころばせる。
「す、すみません」
 と、コライドンは何も言われていないのに、ワケもわからないままに謝るのもおかしかった。オノノクスは握り拳を作って、コライドンの逞しい胸をそっとパンチする。
「ま、気が済むまでいたって構いやしねえ。もしアイツが尋ねてきたら話はするだけしといてやる。ただし、な」
 そうして、白地に朱で描かれた葉っぱを思わせる模様があるあたりでグッと拳を押し込むと、程よい抵抗感を持ちながら沈み込んでいく。引きつった面持ちのコライドンに、オノノクスは揶揄うような笑顔を見せ、空いた方の手でフカフカした土の盛り上がった畑を指差した。
「お前が作ったソレ、またちゃんと世話してくれるんだろ?」
 な? っとオノノクスの拳が筋肉ごしに肋骨に触れた。
「……すみません」
 色々なことを言おうとしたけれど、結局さっきと同じ言葉を繰り返すコライドンなのだった。


 39

 キバ湖の瞳にゃ少なくともあの野郎は近寄らねえからな、とオノノクスが受け合ってくれたことは、ひとまずコライドンを安心させた。オノノクスが言うには、ヤクザなガブリアスはそもそも泳ぐことを好まないし、第一わざわざオノノクスのもとまで会いにくる理由もなかった。だいたい、元々くっついていたジャラランガのヤツとああいうことになってしまったからには、なおさらこんなところまで来るワケもない。オノノクスが堂々と鼠色の胸を張りながら言うものだから、コライドンはその言葉を信じた。
「まあ、なんだ」
 オノノクスは腰に手を当てて、皮肉っぽくはあるが彼としては精一杯の柔和な表情を浮かべた。ひとまず横になっとけよ、貴様、疲れてるようだしな?
 それが魔法の言葉ででもあったかのように、コライドンは急に全身が重たく感じられてきた。胸筋に挟まれた胸袋が鉛のような重みを帯びて、思わず膝をつきそうになった。力無く垂れていた触角が首にのしかかって、肩がひどく凝っていた。オノノクスに案内されるがまま、人目につかない木陰に移動すると、精根尽き果てた旅人のように草むらに突っ伏した。
 胸袋は針で小さな穴を開けられでもしたかのように萎んでいて、生い茂る草の感触が胸元の盛り上がったところまで届いていた。朝になって間もないというのに既に鱗を灼くようになっていた日なたの暑さが、この木陰ではトーンを一つ下げたように和らいでいた。草に覆い隠された土の冷たさも感じられた。それは、夜通しワイルドエリアをあてもなく歩き回り、混乱し、錯綜していたコライドンの気持ちを多少なりとも落ち着かせてくれる。
 ジャラランガの寝床をとぼとぼと離れてから、あてもなくワイルドエリアをうろつき回った疲れがどっと押し寄せてくる。確かに、コライドンはどこかへ行こうとはした。けれど、どこかへ行こうとしてもガラル地方などというコライドンの知らない土地であるからには、じゃあどこへ行けばいいんだよ? そんな当然のことに気づいたのは、うららか草原を横切り、やがてどこか外の世界へ繋がっていると思しき門の手前に辿り着いた時になって、ようやくだった。
 コライドンは呆然としていた。見知らぬガラルという土地に一匹ぼっちにされて、自分はそこから足を踏み出すことも、かといって踏みとどまることもできそうにないという相反する感情に囚われ、訝しげにそばを通り過ぎるイワークの姿や、見慣れないポケモンの姿に怪物でも見たかのように混乱して瞬く間に遠くへ飛び去っていくオンバットたちのことも気に止めず、コライドンは立ち尽くしていた。門の向こうから現れた人間らしき人影に驚かなければ、コライドンはいつまでもその場に立ち尽くしていたかもしれない。
 踵を返せば、まだジャラランガは眠っているあの場所へ戻り、何事もなかったかのように振る舞うことはできただろうが、そうするだけの勇気はいまのコライドンにはどうしても湧いてこなかった。何を話せばいいのか、考えただけで胸が潰れそうだ。後ろを振り返れば、キバ湖の向こうには古びた見張り塔の黒々とした輪郭が浮かんでいた。あの場所でジャラランガと無邪気に戯れていたのは、決して昔のことではないはずなのに、もう失われてしまったことのように感じられてしまい、屈強なコライドンの胸は弱々しく締め付けられるのだった。
 キバ湖の瞳のオノノクスのもとにやってきたのはコライドン自身の意思というよりは、そうなるよりは仕方がないという、それまでの理由に過ぎなかった。北も南も行くあてがないためにコライドンが延々と彷徨わなければならないエリアに、たまたまオノノクスの住む場所があったまでのことで、それ以上でも以下でもなかった。
 思い切り胸と腹を大きく膨らませながら空気を取り込む。土と草と水の香りをふんだんに含んだ空気が鼻腔を流れる。肺がいっぱいいっぱいに膨らんだところでしばし間を置いて息を止める。そうして意を決したように溜め込んだ息をふうっ、と吐き出した。吸った息をすっかり吐き出してしまっても、口先を小さくすぼめてまだ吐いた。
 ギュッと腹に力を込めてしゃにむに腹を凹ませると、腹部の内側まで張り詰めて、ガクガクと震えた。そのまま背中とくっつき、挟まった内臓をぺちゃんこにしようとするかのように、限界まで腹を凹ませようと頑張った。
 コライドンは息を吸い直した。そしてもう一度息を吐き、同じことを何度も繰り返した。無性にそんなことをしたくてたまらなかった。腹の内側から痛みが感じられるようになったところで、コライドンは深呼吸を止め、ゆったりとした動作で横向きに寝返りを打った。
 オノノクスも言った通り休むことが先決だった。先のことはどうにも考えようがなく、不安と迷いしかコライドンの胸の内にはなかったが、むわむわと盛り立つ草いきれの匂いに取り巻かれながら、何者でもない時間を過ごそうとした。
「っ……?」
 目を瞑ってしばらくして、コライドンから苦悶じみた声が漏れた。
「んっ……」
 違和感を感じたのはお尻の辺りだった。ごく微かではあるが奥のあたりがトク、トク、と鼓動している。昨晩、ガブリアスに好き勝手されたばかりの後ろの穴、それがひとりでにブルブルと震え始めているような気がした。
「きゅぅ……!」
 コライドンは下腹に腕を伸ばし、何度も上下にさすって労った。いやな予感がした。何かがまだ後ろに挿入っているかのような錯覚があった。いや、いや、そんなはずは、ねえだろ、とコライドンは自分に言い聞かせ、カラダにも念入りに言い聞かせようとするが、異物感は消えてくれるどころか、煮えたぎっていた。そして茹で汁が止めどない泡を噴き上げながら鍋から吹きこぼれるように、それはいきなりやってきた。
「あっ! ぎゃっ!……」
 気づいた時にはもう遅かった。ドク、と尻の奥が激しく疼いていた。疼いているというよりは痙攣していた。ガブリアスの極悪なペニスが思い切り自分の直腸を刺し貫いた痛みを伴う感触が蘇ってきた。悪いことには、その刺し貫かれた感触はその瞬間で時が止まってしまったかのようにいつまでも続くのだった。
「ぎゃぎゃぎゃっ!……ぎゃっ、す……!」
 コライドンは慌てて背中を弓なりに外らせながら、両手で臀肉をギュッと掴んだが、緊張してオッカの実のような形が浮かび上がる大臀の筋肉は石のように硬くなって引き攣っていた。それに麻痺したかのように、手で触れても感触がしなかった。
「あぎゃっ……あぎゃすっ!……あっ……ぎゃぎゃっ!……」
 こうなってしまったからにはコライドンはひたすら堪えるしかなかった。尻から直腸まで一気にこむら返りをしたかのような痛烈な震えがカラダを苦しめているあいだ、コライドンの見開いた目からは涙が溢れ、キツく閉じた口からは溜まった唾液が流れ落ちる。太ももから膝にかけてカタカタと震えが止まらなかった。
「く……くそっ」
 ただ休んでいたいだけなのに、なんで、なんでこんな目に遭わなくちゃなんないんだよ、コライドンは頭の中で何度も毒づき、早くこの下半身の震えが収まってくれと願った。それはたかだか1分か2分のことに過ぎなかったのだが、コライドンにとっては1時間でもまだ慈悲深いと思えるほどの長さだった。
 ようやく尻の痙攣が和らいできた時には、コライドンはイヤでもガブリアスのヤツがニッコリと八重歯のような牙を見せながらご満悦な表情をするのをイメージしていた。オノノクスが確かに受け合ってくれた通り、ここにヤツの姿はいるはずはないにもかかわらず、またしてもカラダを犯されたような気がして、どうしようもない気分だった。
 けれども、尻がいきなり痙攣した間に、股ぐらからペニスが恥じらいもなく露出して、しかも硬くなっているのに気づいて、コライドンは困惑した。クールダウンした尻穴がもきゅもきゅと蠢くたびに、頭で考えていることとは相反する感情が湧いてきているのにも閉口した。
「あぎゃあっ! はっ……!」
 恐る恐る、爪先を尻穴に触れさせただけでコライドンの腰は後ろから蹴りを入れられたように前方に突き出る格好になった。


 40

 果たして、キバ湖の瞳には誰も来ないのだった。
 指定席の切り株の上に腰掛けたオノノクスは、降り注ぐ陽射しが牙に反響して、目元に直撃したので思わず目をキツく瞑り、ふと、時間が経ったと思った。俺は何をしてたんだっけか、いや、別に何もしようとしてたわけじゃねえな、とオノノクスは考え、冴えてもいるし眠たくもある瞳を細く閉じたままにしながら、そうだ、と思い至った。
 果たして、キバ湖の瞳に来やがらねえ、ったく、ジャラランガの野郎め! オノノクスはグラファイト色の胸板を流れる汗の滴を爪でほじくるように拭った。まだ十分に太陽が上りきってはいないとはいえ、日陰にでも留まっていないとやっていられない暑さだった。ワイルドエリアでもとびっきり暑い一日になりそうだ。だからといって、コライドンに去られたジャラランガの野郎が、ここにやって来ない理由にはなんねえよなあ、と拭っても拭っても止まらない汗を、今度は手のひらで胸全体に伸ばす仕草をした。
 コライドンはまだ茂みで横になっているらしいが、時折悶えるような声を上げるのが聞こえた。様子を観に行くと、寝静まってはいるようだが、何かに触れられるのを恐れているかのように腰のあたりがひとりでに震えているのに、いじらしいという感情さえ起こった。寝顔を覗き込んでみれば、随分とあどけなかった。普段から、どこかおどおどとした様子は感じられていたが、あんなことがあったからには、気持ちに整理がつかなくなるのもしょうがないことと思われた。
 ガブリアスの野郎にカマを掘られるならまだしも、ジャラランガの目の前で淫らな姿を見せてしまった申し訳なさに、こうして世界から身を隠すように縮こまっているコライドンに同情はする一方で、やはり、どことも知れない場所、知っていたとしても遥か遠い場所からやってきたポケモンを匿うのは、オノノクスの身には余った。何を考えているかわからないキテルグマの群れを除けば、島の外の連中とはできる限り没交渉でいたいオノノクスにとって、コライドン一匹だけでここまで落ち着かなくなるものかと、自分自身でも初めて自覚するほどなのだった。
 ともかく、丸く収まって欲しいとは思っているのだから、俺の意思を汲んでジャラランガの野郎には一刻も早くキバ湖の瞳を尋ねてきて欲しいと願っていた。とはいえ、奴の不貞腐れていざという時に意気地のない弱さを考えれば、当分来ないだろうことも予測はしていた。果たして、キバ湖の瞳に誰も現れなかったとしても、それほどガッカリせずに、苛立たずに済んだのだ。
 もともとがやかましく鱗を打ち鳴らすことに生き甲斐があるような種族のくせ、どういう了簡かは知らないが、打たれ弱さでいえばコライドンの10歩先を行く雄だった。まだガブリアスと付き合ってたころに遊びに来て(バカなドラゴンどもは、ここが離れ小島だからといってすぐリゾート地扱いする)、野生のキテルグマの連中と組み合ってボロ負けした日は、ガブリアスの軽口めいた揶揄いすら受け付けないくらいに塞ぎ込んだことがあった。その時は、まだ生意気だが気のいい雄だったガブリアスと揃って苦笑いをして済ましたものだが、いま考えてみれば、自分の弱さを突きつけられることを異常なくらい恐れていた。むかし、よっぽど可哀想な目にでも遭ったんだろうが、かといって自分の弱みを曝け出す根性もなく今に至るのも、こう言っちゃなんだが、ドラゴンらしい振る舞いじゃなかった。ある胸を堂々と張って、何物にも動じていなきゃそれでいい、としかオノノクスは思わなかった。そうでもなければ、ワイルドエリアで野生として生きてくのは覚束ないとさえ思った。
 それにしても、普段は誰にも来てほしくないと思っていたのに、今日に限っては真逆のことを考えている。オノノクスは我ながら笑ってしまいそうだった。こうなったら、オンバーンとプテラのバカどもでもいいから来てほしいと思い、それはそれで、別の意味で面倒になるじゃねえか、と自分自身にツッコミを入れた。淫らなことは淫らなことで上書きしろってか、馬鹿馬鹿しい。これ以上変な考えをしていたら、オノノクス自身むかしのことを思い出してしまいそうになる(イッシュ、という土地の名前は
 やおら立ち上がり、腰を落とし、頻りに首を降って汗を弾き飛ばす。首筋から背中にかけて連なる黄金色をした甲冑の鱗がくねくねと横揺れした。物置代わりにしている木の窪みに腕を伸ばすと、ポケモンだけの世界にはいかにも不釣り合いなプラスチックの容器を取り出す。いつだったか、ここをキャンプ地にしていったトレーナーの誰かが忘れていったボディーソープ。湖畔までそれを持っていき、四角柱をしたディスペンサーの上側についたポンプを慎重に押すと、半透明のドロっとした液体が手のひらに垂れてくる。
 少し湖水を混ぜて、手を洗うようにしばらく擦り合わせ、湧き立ってきた泡が消えないうちに、オノノクスは慌てて全身に塗りたくる。手の届く範囲で首元から胸、腹、脚にまで泡を行き渡らせると、花のような香りがほのかに立ち上ってくる。花のようで、花ではないだろうが、いい香りであることには変わりはない。
 たまたま拾って以来、トレーナーとそのポケモンたちが使っていたのを見様見真似でやっているのだが、ボディーソープでカラダを洗った後はとてもサッパリとして気持ちがいいから、こんなものに野生の身分である自分が毒されるのはどうかと思いつつ、やめられなくなっているオノノクスなのである。これを拾ってから随分経つが、大切に使っているから、まだ半分ほどは残っている。とはいえ、量が少なくなっていくにつれ、なんとなく憂鬱になっていくのだろうと考えると既に憂鬱である。いざとなったら、遠目に見えるエンジンシティやらその向こうにあるとかいうナックルシティによく出入りしているオンバーンとプテラの二匹組にそれとなく頼まないといけなくなってしまうのか、とまで先のことを考えると、反吐までは出ないが、ため息のひとつはつきたくなる。
 キバ湖に浸かり、全身の泡を洗い落としてから、のそのそと水飛沫を上げて戻ってくると、時たま樹木に憩っている虫ポケモンが軽率に進化だか脱皮だかしている、あの気分を味わったような気になれる。確かに、一度この気分を味わってしまったら、もう止められそうにないのは、身をもって知ってしまった。全身から漂う心地よい香りを吸うと、オノノクスは満ち足りた心地だった。
 さて、少し暑さが和らいできたら、ちょっくら畑でも弄ろうか。そして、あの野郎が起きてきたら、手伝わせてやろう、少しは気分転換にもなんだろ。もし良い仕事が出来たんなら、一押しだけだが、このボディソープを使わせてやるのも悪くないと思った。俺とは違ってちょっと羽毛のようなものが生えてるから、半押し程度でもそこそこ泡立つに違いない。
 そんなことをウキウキで考えていたところ、アギャッ! と悲鳴がしたので、オノノクスはコライドンのところへ慌てて向かった。鎧を纏ったような図体ゆえ、そう急ぐこともできないのがなんとももどかしかった。


 41

 しばらく後のこと、二匹は水辺であぐらを掻いて向き合い、押し黙っている。
 オノノクスは口にする言葉を言いあぐねていた。対するコライドンは俯き加減で、時折上目遣いでチラチラと相手の様子を伺っている。
 何か言いたいことあるなら、直接自分でいいやがれ。いつもならば喝を入れて然るべきところだろうが、どうやら俺はそこまで酷薄な性格じゃないらしい、とオノノクスは思い、手持ち無沙汰に口斧の平たいところを爪先でコツコツと叩く。案外、大きな音が鳴るので、コライドンが大袈裟なほど全身をビクリとさせる。飾り羽根がふんわりと宙に漂うのが、時たま向こうのミロカロ湖から飛翔するギャラドスの浮遊の仕方を思わせた。
 先ほどは、いきなり悲鳴が上がったので様子を見に行ったところ、コライドンは太い腕で尻を抑えながら、ウデッポウ反りになってカタカタと身を震わせていた。何事かとそばに駆け寄ると、瞳がオノノクスを捉えた。
「ア……アギャギャギャギャギャあっ……!」
 口を曖昧に開き、何かを訴えようとしている。苦しげなのはわかった。腕で押さえた尻の方に目を映すと、他の部位よりもいっそう激しく痙攣をしている。触れてみると、石のように固かった。そのうちキテルグマたちがぞろぞろと寄り集まってきて、痛がるコライドンを取り囲んで、得も言われぬ表情で眺め始めた。助けるでもなく、無視するでもなく、もしかしたら何かしら気遣っているのかもしれなかったが、長いあいだ同じところに暮らしているオノノクスにもその気持ちは測りかねた。
「アンギャっ……アンギャギャギャっ……」
 そんなことに気を配る余裕もなかったコライドンは、ただオノノクスにいるあたりを見つめ、不自然なまでに胸を張り、腰を捩らせ、あたかもミロカロスにでも締め付けられているかのように絶え絶えの息で、訳のわからない苦悶が終わるまで必死に耐え忍んでいた。オノノクスのできることといえば、その肩に手をあて、自らも苦しげな表情をして、それで痛みを分かち合えるというのでは決してないとは知りながらも、じっとコライドンを見守っていることだけだった。
 やっと痛みが引いて、キテルグマたちもまた思い思いの場所へ散り散りになっても、コライドンはしばらく立ち上がることができなかった。力なく腕を伸ばし、すがるようにオノノクスの手首を掴んできた。こんなにも健気に救いを求められたことは絶えてなかったので、柄にもなくどぎまぎしてしまうのが自分でもびっくりしてしまうくらいに恥ずかしかった。
 そして今に至る。オノノクスはコライドンと向き合いながら、暑くなるばかりの陽射しを浴びていた。
「おい」
 コライドンは驚いたようにオノノクスと目線を合わせる。さっき尻を痛がっていたときとまったく同じ、不安と羞恥が入り混じった顔つきをしている。そんな立派な図体を持っているくせに、メッソンばりに瞳を潤ませていたのがいたたまれなかった。雄なんだからシャキッとしろとシャキッと! と言って面を引っ叩くのは簡単だったが、ジャラランガの奴ならともかく、今するべき言動じゃないことは十分承知していた。
 オノノクスは腕を組んで、何かを言おうとして言いあぐね、うまい言葉が出てこないのに自分自身でも苛立ちながら、口をもぞもぞと動かして逡巡した後で、隠し持っていた手持ちのボディーソープをそっと差し出した。不安げな面持ちをするコライドンに向かって、どういう顔をすればいいのか悩みながら、ぎこちない笑みを浮かべる。
「別に何も言わなくたっていい。俺だって根掘り葉掘り聞きたかねえ」
 呆気に取られ、言語に絶する形をしたプラスチックの容器とオノノクスの顔を交互に見るコライドンの前で、ポンプを一押しする。手際よく両手で擦り合わせ、こまかく泡立てて見せる。
「まあ、ちょっくらサッパリしといたらどうだ?」
「えっ?」
 コライドンがことさら不安げな反応を示したので、唐突な言い方を取り繕おうとして、オノノクスは慌てて首を振った。
「……とりあえず、背中見せとけ」
「……」
「早く」
「……はい」
 事情をよく飲み込めないながらも、大人しく言うことには従うコライドンの大きな背中を間近に見て、オノノクスはつい息を飲んだ。短い羽毛に覆われていながらも、僧帽や広背の筋肉が盛り上がって、そのカラダを一回りも二回りも大きく雄大に見せている。肩甲骨の辺りはまるでオニゴーリの目のような眼光をギラつかせて、こちらをきっと睨めつけているようだった。背中の輪郭が腰へ向かうにつれて急速に細まって、三角形をひっくり返したそのままの形になっているのも見事だった。
 頸から鳩尾の裏側にかけて生えている群青色の毛並みが朱色のカラダに実によく映えている。配色だけで言えば、クリムガンと同じなのにどうしてこうも印象が変わるものなのかと驚きながら、そっと泡立てたボディソープを当てる。触れてみると、ゴワゴワとした手触りがあった。部位によってドラゴンのような鱗と、鳥ポケモンのような羽毛に覆われているところがあり、つい興味を掻き立てられて、あちこちをさすっているうち、そのカラダを洗うという目的をうっかり忘れそうになるほどだった。
 思えば手足の指と指の間についている水かきや、胸の半ばから肩を通って背中にまで回り込んでいる、何のためについているのか謎としか言いようのにない羽飾りだとか、コライドンという雄は色んな生物の特徴をごちゃ混ぜにしたような、何とも不思議なカラダの作りをしていた。細部まで自分の強さをいちいちアピールしてやまないといった風情であった。
 肩から腰のあたりまで満遍なくさすると、ボディーソープが羽毛と絡み合って、くしゅくしゅと音を立てながら気持ちよく泡立っていく。コライドンの背中はあっという間に白く染まった。ソープの間から微かにのぞく峻厳な朱色のカラダを、オノノクスは目を細めつつ見ていた。
「おい、どうだ?」
 肩を叩くと、コライドンは胡座を掻いたままの姿勢で、ワタシラガのように跳ね上がった。
「とりあえず、肩の力抜け」
「す、すみません」
「まだ固い」
「……」
「で、どうなんだよ?」
「えっと、その……」
「ん?」
「何ていうか……くすぐったい? っていうか。そわそわする、っていうか……」
「そうか」
 どことなく優越感を覚えながらオノノクスは頷いた。ボディーソープの香りに、コライドンの肉体から放たれる何とも言えない雄臭が混じり合って、何とも言い難い風味を醸し出していた。ちょっとおつむの悪い陽気な連中ならば、ちょっと触れ合っただけで落とされるのもわかる気がした。色んな雄どもと仕方なしに接してきたが、確かにコイツはとびっきりの雄かもしれんと直に触れて直感した。
 あまり密に接していると俺も足をすくわれちまうかも、と心中独言ちつつも、自分で言い出したからにはコライドンの背中を洗う手を止めるわけにもいかなかった。


 42

 羽毛や鱗ではとても隠しきれないゴツゴツとした岩肌のような背中におしなべて泡を広げると、オノノクスは手を止めた。
「……?」
 コライドンが振り向く。困惑したように少し瞼を閉じ、そわそわと心配そうにオノノクスの表情を上目遣いで覗き込んでいる。柄に合わずいたいけで、何か悪いことでもしてしまったかとでも問いたげな様子だった。普段の佇まいから感じるものとはまるで違う、卑屈さを感じさせた。まるで、一匹の中に二匹の性格が含まれているかのようだったが、もちろんオノノクスはすぐにそんな戯けた想像を打ち消した。
「どうした」
「いや、えっと、その」
 コライドンは口をあぐあぐと動かした。
「どうしたのかな、って」
「何でもねえよ。考え事だ」
 そうは言いつつも、何かを考えていたわけでもなかった。むしろ何も考えられなくなりそうなくらいに、目の前の雄龍が醸す曰く言い難い臭いに気を取られていた。臭いというのではもちろんない。かといって瑞々しい草葉の香りや、時々うららか草原から流れ込んでくるミツハニーたちの運ぶあまいミツのようなものとは違うのだが、何故かずっと嗅いでいてもイヤにならないどころか、ワイルドエリア全体がこの臭いで満たされたとしても平気だと思える類のものだった。
 足をすくわれちまう、などと思ったのも束の間、反射的に膨らませた鼻腔に入り込んだ臭気が想像以上に効いたのである。間が悪いことに、急所に当たった感じだった。マタドガスのまとう薄緑色のガスをうっかり吸ってしまった時だって、こんな状態にはならない。ったく、何て野郎だ! 内心で毒づきながら、オノノクスはぶんぶんと首を振り、気を確かにする。
 背中のちょうど中心のあたりは、そこだけが羽毛が抜き取られでもしたかのように黒い鱗がひし形に敷き詰められている。例えて言えば、ギャロップ——ルミナスメイズにいるという実物を拝んだことはないけれども——とか、あるいは遠いカンムリ雪原に住んでいるとかいうバドレックスの何とかボスとかいう愛馬たちの胴回りに付けられる鞍を思わせた。やたらと大きい喉袋や尻尾の付け根と、鱗の質感はよく似ているようだった。
 なんでこんなカラダのつくりをしてるんだと訝りつつ、派手な色合いをしたカラダが少しはだけて滑らかな鱗が覗くのには、思わず息を呑んでしまうし、背中を洗ってやりながらも、ずっとそこばかりに触れ続けていることに気づいて、オノノクスは慌てて手を離す。すると、またしてもコライドンは先ほどと変わらない不安げな表情をもって振り向いてくるからたまらなかった。
「いいから、前向いてろ、前!」
「はっ、はい!」
 背中を一発叩いてやる。やはり手は勝手に鱗の露出したところに伸びていて、小気味の良い音とともに泡が舞った。それがほんの少し目に入ってしまい、オノノクスはキツく目を瞑った。目を細めたまま、今度はカラダの前側に泡を含んだ手を伸ばしていた。
「うっ」
 コライドンが背筋を張る。頭部を覆う羽飾りの一枚一枚が、まるで生きているかのように揺れた。
「あっ、オノノクスさん、俺っ」
「なんだ」
「そこは……自分でもできるから」
「いいだろ、別に」
 オノノクスは諭すように言った。
「心身共に疲れてんだ。変なことはしないから、俺に任せとけ」
 変なことはしないなどとわざわざ口にするのはとても変なことだったが、オノノクスはそう言ったのだった。ゆっくりと手を這わせ、ボディーソープの泡を胸元に、喉袋に、脇腹に、丹田の辺りに、太腿に手早く塗りたくった。
 コライドンは瞼を閉じ、プルプルと上半身を震わせるが、言うことは素直に従った。腋を洗うために、爪を腕の付け根に滑り込ませると、肩の力を抜いておもむろに腋を開いてくれた。腋窩の窪みは筋肉同士に挟まれて深く埋もれていた。ついでに触れた上腕の力こぶも立派な形をしていた。
「ぎゃあんすっ……」
 低い声で唸るコライドンの喉元から顎下までざっくりと泡で濡らしてやると、オノノクスは、肩を怒らせながら息を吐き、相手の肩を揉む仕草をした。泡ですべすべになった肩の上で、爪は横滑りする。
「どうだ? なんだかさっぱりしねえか?」
「ええっと」
 コライドンは目を瞬いていた。
「こんなことするのはもちろん初めてだろうな」
「それは、は、はいっ」
「じゃあ、いっちゃんそこの水辺で洗い流して来いよ。きっと、悪かねえはずだから」
 オノノクスの様子を何度も振り返って伺いながら、コライドンは水辺に浸かり、カラダにまとわりついた白く泡立ち香りを放つものを洗い落とした。手のひらに溜めた水をカラダにかけて、びちゃびちゃと洗っていたが、小面倒になってくると、思いっきり水中に飛び込んだ。コライドンが潜った地点から波紋と一緒に洗剤のあぶくが勢いよく湖面に流れ出す。
 しばらくして、長い触覚と飾り羽根がゆらゆらと藻のように漂ったかと思うと、整ったコライドンの顔が勢いよく水上に飛び上がった。
「ぷはあっ!」
「おう、どうだったよ?」
 水辺に控えていたオノノクスが呼びかけた。
「は、はい!」
 両手で顔を思いっきり拭ってから、覗いた表情はさっきまでに比べれば晴れやかだった。
「サッパリしました!……なんだか」
「だろ?」
 オノノクスは牙を見せて笑った。
「気持ちが落ち込んだ時は、とりあえずこうしときゃ少しはマシになるもんだ」
「そうなれば……はい」
「相変わらず、硬いぞ」
「す……すんません」
「いいか、今は今のことだけ考えとけ。ムシャクシャすることなんてな、働いてりゃそのうち忘れられる。第一、貴様は俺のところに居候してるってわけだ。気持ちはわかるがロハでは泊めん。だから、これからたっぷりと貴様をコキ使ってやるからな、覚悟しとけ」
 ゆっくりできるうちにゆっくりしとくんだな! そう言うとオノノクスは肩を揺さぶりながら、妙に急ぎ足でいつもの場所へ戻っていった。


 43

 拠点にしている大木のそばに帰ってきて早々、その太ましい幹に両手をついて、オノノクスは俯き加減で重々しい深呼吸を繰り返していた。吐き気がしているのではなかったが、それと大して変わらないような猛烈な感覚に囚われていた。木の幹に深く口斧を突き刺し、それだけでは足らず太太しく雄らしさの権化でさえあるような幹に噛み付いて、ヤドンの尻尾を襲うシェルダーのように離れなかった。目は血走って、血の涙さえ流れ出そうだった。
 誰かの面前で阿呆みたいに勃起してしまうとは、オノノクスのような堅気な雄からすれば、こんなにも不覚で不面目なことといったらないのだった。
 不意に股ぐらに違和感を抱いて、出し抜けに背を向けはしたが、あの野郎に見られてはいなかっただろうか。不安ではあったが、そんなことを考える余裕も——オノノクスらしからぬことだが——全くなかった。目を逸らしてもそいつは視界から消えなかったし、目を瞑ってもそいつの主張する存在感はなくならなかった。
 オノノクス自身、いい歳をした雄だから発情しないことはないはずである。だが、いま、カラダの内側にこもっているそれは、普段より遥かに危険で致命的なものでさえあるとオノノクスは確信していた。こんなに全身から湯気が立ちそうなくらいに発情したのは、それこそ性を覚えたてのオノンド以来のことだった。いてもたってもいられず、今と同じような幹に噛みつかんとするような姿勢を取ったことも、不覚にも思い出された。
 口斧を幹に軽く突き刺したまま、オノノクスは限界まで殺気だった瞳を逡巡させ、どうにか周囲を確認する。あの野郎はもちろん、気まぐれで神出鬼没なキテルグマの気配も今はないことを、繰り返し、入念に、細心の注意でもって確かめた。
 コライドンの奴が醸す「毒気」にこんなにヤラれちまうなんて、さっきまで想像だにしていなかったオノノクスだが、冷静になろうとして先ほどのことを振り返るにつけて、カレーに添えられたスパイスが否応なしに食欲を増進させるように、煮えたぎった狂おしい欲望は余計に煽り立てられるばかりだった。
 とにもかくにも、今すぐこのどうにもならないカラダ中にわだかまっているそれをぶち撒けないことには、どうにもならないと思った。ったく、こんなに辛いのはいつ振りだろうな? と自嘲しながら、りゅうのまいを何回も舞った後のような自身の雄を掴むと、それだけで腰が引けそうになり、あまりに狼狽したためにいま自分が変な声を上げてしまったかどうかも思い出すことができず、改めて周囲を確認してしまった。仮にジャラランガだのプテラやオンバーンだののバカどもに見られたら最後、死ぬまで物笑いの種にされちまうだろうな、と考える理性は、ギリギリ残っていた。
「……」
 抵抗感の強い凸部の粘膜がいちいち爪に引っ付く。それも、随分と熱い。スリットの内側にこもっていたために、じゅわっと鼻をつく臭気がたちまち立ち上って、これが俺自身の放つ異臭だと考えるとイヤになる。
 握った爪先を手前に引くと、ぎこちなくペニスを滑って、付け根のところで軽くバウンドする。その勢いに任せて今度は逆の方向へ爪を動かしてみれば、先っぽの細まった、一番敏感な部分が思いがけず刺激されて、つい身が震えてしまう。一回擦っただけでも、勃起はいよいよ激しくなった。しばらく経験しなかったくらいの、暴力的で、抑圧的で、支配的なかたくなりようだった。
 俺にもまだこんな獣性——と言うと変だが——が残っていたことに驚き呆れつつ、熱い息を漏らしながら自分のモノを扱く。胸の鼓動が激しく打ち鳴らされていた。キュッと臓器が一回り引き締まったあまりに、発作でも起きないか心配になるくらいだ。
「……ふぅう……はうっ……!」
 あのコライドンの奴め。さっき様子を見に行った時には、尻のあたりをつって悶絶していたが、その股ぐらから勃起しているものをオノノクスは確かに見たのだ。逞しい太腿で挟み込んで必死に隠そうとしていたが、それでもはみ出した肉棒の一部を見逃すことはできるわけもなかった。わずかに見える先端から透明でドロリとした液体が、木漏れ日に照らされて白く光るのだって、この目でしかと見たのだ。
 辛いことには辛いのだろう。その朱色の際立った精悍なカラダに溜まっている哀願じみた欲望も否定しきることはできないのだろう。あの一晩でコライドンの奴が抱いた——抱かされた感情とでも言えるか——は、決して割り切れるものではなかったろうと、オノノクスは手淫を続けながら斟酌した。
 よしんばガブリアスにあんな形で凌辱されることは嫌だったに違いないとしても、あんな形で凌辱されること自体は嫌ではない。その二つの事柄の微妙な差異によって生まれる、矛盾した感情がコライドンの尻肉を痙攣させでもしたかのようだった。
 それにしても、赤々と充血して、血脈だってさえいるそれを見て、最初はギョッとさせられたが、続けざまに、随分ご無沙汰だった発作的な感情に囚われそうになっていたことは、オノノクスには実に恥じ入るべきことだったが、事実といえば事実なのだ。俺はもうそんなものとは縁を切ったのだと自分自身では思っていたし信じ切ってもいたので、困惑しかなかったが、結局は人目を忍んで必死に自慰に耽っているのだから、何を考えても、何をどう反駁しようとしても無駄なのだった。
 そもそも、何だか変な空気になってしまったがために、秘蔵のボディーソープを勧めたのがマズかった。雄であるオノノクスから見ても、嫌味ったらしいほどまでに雄らしさを誇っているコライドンのカラダに直に触れたが最後、硬派を通していたつもりであるオノノクスでさえ、これまで感じたことのない圧倒的な何者かに心を支配されていたのである。それは、サーナイトやブリムオンのメロメロこうげきなどでは、到底比肩することのできそうもないものだった。所詮野生のポケモンごときには形容しようのない雄臭と、どのような鍛錬を積み、どんなものを喰らっていれば手に入れることができるかわかりそうもないカラダ。オノノクスとて、見立てが甘かったと後悔しても遅かった。
「……くふっ……っ!……」
 コライドンのことを考えていながら扱いていると、鍛錬を積んだ幼いポケモンのように、ペニスが一つ進化したかのように膨らんだ。空いた方の手で、オノノクスは自分の胸元に手を当て、ゆっくりと撫で回した。胸と腹の境目となっている胸下の膨らみをなぞり、軽くつまみ、てっぺんのあたりをくすぐるようにこねくり回していると、幹を噛む力が強まった。見開いた目が乾いて痛くなってキツく目を瞑ると、反射的に涙が溢れた。
 やがて、カラダを撫で回す手が腹にまで伸びて、呼吸に応じてもぞもぞと蠢く腹筋の感触を確かめ始める。筋肉が収縮すると皮膚からうっすらとした輪郭を現す腹直筋の溝に何度も触れながら、もう片方の手の動きを早めた。
 俺は一体何てことをしてんだ、こんな時に。そんなことを思いながらも、カラダはなおのこと燃え盛っているし、自分のカラダの一部をこねくり回す手つきは止まらなかった。くそっ、全然止められねえ、早く、終わってくれるんだったらとっとと、さっさとしてくれよ。
「………………イッ!……ぐ」
 ここまで激しい自慰をするのは久々だったので、絶頂に達する予兆も測りかねた。低い唸り声を上げたのは、激しい一発を迸らせてからのことだった。勢いよく飛び出したそれは、射精の瞬間に垂直に向いた肉棒から、ちょうど幹を噛むオノノクスの顎下に命中した。これがインテレオンのねらいうちだったら即瀕死になるような角度だった。
 ゆっくりと息を整えながら、自分のペニスから飛び出す精液が大樹にかかるのを気だるげな眼差しで見つめていた。少し濁った精液は空気に触れるとたちまち黄身がかって、樹皮の色とも混ざり合って黒ずんで見えた。
 それにしても、何ちゅう臭いだ、クソっ! 幹から口斧を引き抜き、手早く土や葉を被せて証拠を隠滅しながら、これからがひどく思いやられた。ようやっと馬鹿げた興奮が治まっていくにつれて、自分のことが恥ずかしく、情けなく思われてくる、そんな思いにかぶりを振った。


 44

 鋭い光線がキバ湖の瞳全体をまばゆく照らし出していた。水面から照り返す光が、コライドンの茜色の図体をあまねく照らした。草葉から放たれる濃厚な水蒸気が、カラダを内側から熱らせる。お気に入りの切株に腰掛けるオノノクスが命じるままに、コライドンは人間たちが残していった鉄製のカレー鍋やらバスケット籠に、もぎ取ったきのみを詰めていた。
 湖上に浮かぶ孤島の一角にずらりと列をなすきのみ畑は、どれもたわわに実り、ものによってはコライドンを凌ぐほどの背丈になっていた。ちょっとした林と言っても良い畑から、豊かな葉を背景にして、洗練された模様のように点在する色とりどりのきのみに手を伸ばし、手首を捻りながら慎重にもぎ取っていく。
 カラダを動かし続けているのは、何よりありがたく、嬉しいことに感じられていた。引きつった下半身の痛みはまだちょっと気にかかるものの、苦痛ではなくなっていた。一個一個は何でもないきのみでも、カゴいっぱい、山盛りになるとずっしりと重い。そいつを畑から木陰に運ぶために行ったり来たりしているうち、凝り固まっていた筋肉が解れていく。息をすると、むせかえるような暑気が鼻腔いっぱいに広まる。草葉の野生じみた臭い、土の滋味深い臭いが体内をふかした。ゆっくりと肩を回すと、大ぶりな肩甲骨が肉体を突き破らんばかりに浮き出し、くりくりと回る。
「もう疲れたわけじゃねえだろ?」
 煽るようにオノノクスは呼びかける。一見苦々しくも見える表情を浮かべ、ラムのみに腕を伸ばしかけたコライドンを見つめる。
「まだまだやってほしいことがある」
 コライドンは額の飾り羽根を掻き上げながら頷く。ドドゲザンのように堂々とした佇まいでいるあごオノポケモンが、ついさっきまで自分のことで苦しみもがいていたことなど、思いも寄らない。
「ここいらのきのみはみんな成長が早くて驚くだろ」
 アッキのみを味見し、口斧をかちゃかちゃと鳴らしながらどこか自慢げに話す。適切な栄養を与えりゃ、寝てる間に芽を出して、あとは一気だ。ものによっちゃ、サッチムシの成長より早いかもな。なぜかはよく知らねえが。
「だから、木を少しばかし植えときゃいいんじゃねえかって、前々から考えてはいたんだが」
 お前みたいなちょうどいい奴がいてくれて結構なこった。オノノクスの言うことにコライドンは首をしきりに縦に振った。それに対する賛意とか否定とかいう考えはなかった。ただ立て続けに起こった、いまだにうまく説明できないような諸々のことについて、考えないようにするために、カラダを動かすことができればなんでもよかった。
 太陽が高いところに昇ってきた。コライドンは光に反応する植物のように首を伸ばし、まばゆいばかりの光を浴びていた。くるくると丸まった触角がはらはらとほどけかかり、脱ぎ捨てた布のように風のまにまにはためいた。一休みとばかりに息を吐き、じっと目を瞑る姿を、オノノクスは頬杖をしながら眺める。太陽の化身といえばウルガモスだが、そいつに負けず劣らず、太陽の似合う雄だとぼんやり思う。
 摘んだきのみが山盛りになった鍋や籠をオノノクスの前に持っていくと、一つ除いて全て自分の近くに引き寄せた。腰掛けたまま、長い首を伸ばしてきのみの入った鍋を点検し、ご満悦に鼻歌を歌っていた。
「これくらいの量があれば、しばらくは何もしなくても、保つかな」
 コライドンは手元に残った籠とオノノクスの顔をかわるがわる見つめた。オノノクスはまあ待て、と言うつもりで軽く頷いた。
「それはあいつらんとこに持ってけ。どうせ、言わなくても寄ってくるかもしれんが」
 指示された通り、この孤島でオノノクスと共存している無数のキテルグマたちのもとに鍋いっぱいのきのみを持っていく。なぜか湖畔の何でもない一角に屯している彼らは、コライドン、というよりもその腕に抱き抱えられたいっぱいのきのみに興味を持ち、たちまちコライドンは周囲を大柄なキテルグマたちに囲まれてしまった。
 何度見ても慣れないつぶらな瞳たちに気後れし、強張った笑みを浮かべながら、コライドンはその場に籠を置いて、そそくさとオノノクスのもとへ引き返した。振り返ると、キテルグマたちは渦巻状に列を作って、一匹ずつきのみを取るようにしていた。置いてきた籠は、あとで回収しておくことにした。
 日が頂点から徐々に沈みゆくころになって、オノノクスはようやっと立ち上がり、コライドンについてくるように促した。二匹できのみ畑に入ると、オノノクスは幹を掴んで揺さぶる。
「きのみがなるとな、鬱陶しいヨクバリスが住み着きだすんだ」
 コライドンはきょとんとして周囲を見渡す。木々の間からキバ湖がキラキラと輝くのが見える。彼岸は随分離れていた。
「どういう理屈か知らねえが、きのみの気配を察したら最後、群れを成してやってくる。もともとの木にいた連中が繁殖したのか、それともわざわざ向こう側から泳いでやってきたのか、もしかしたら鳥ポケモンにわざと捕まってここまで連れてきてもらったのか、まあきのみにありつくためなら、俺たちが想像もしないことを平気でする奴らさ」
 早速、オノノクスを見様見真似して、ヨクバリスどもがいないかどうか確かめてみる。幹を鷲掴むと、その太さはちょうど誰かの胴回りを思わせて、要らぬ連想が働いてしまう。
「どうした?」
 んな、険しい目つきをするほどのことでもないだろう、と嗜められてハッとする。コライドンは困惑した顔つきを浮かべる。
「いや、ちょっと考え事を……」
「んだよ、しゃらくせえな」
「わ、悪いっす」
「ほら、とにかくやってみろ」
「……うす」
 前後に揺さぶってみると、思いの外木は大きく揺らめいた。葉が擦れ合って、強風が吹きつけたかのようにざわめくのにびっくりした。いくらか葉っぱが落ちてきたが、ヨクバリスは落ちてこない。
「もっと思い切り揺らしてみろよ。折れたって、また新しいのを植えりゃいいんだから」
「そうっすか?」
「おい、貴様、まだ態度が固いじゃねえか。あの野郎といる時みたいに、ちょっとは振る舞ったらどうだよ?」
 あの野郎、という言葉のところだけオノノクスは声音を変えた。
「す、すみません」
「お前だってイライラしてることいくらでもあんだろ? 全力でやってみろ。ちっとは気晴らしになる」
 急かされるようなかたちで、しぶしぶ別の幹を掴むと、全身の筋肉を怒らせた。ツヤツヤとした鱗から忽ち岩石のような峻厳な筋肉の塊が浮き出した。
「アギャ……ギャ……ギャ!」
 力の限り木を揺さぶると、手前に引っ張った勢いで幹は弓なりになって、けたたましい悲鳴のような音を立てたかと思うと、そのまま根本からボキッと折れてしまった。
 一匹のヨクバリスが投げ出されて、幹に思い切りカラダを叩きつけられ、そのまま地面に伸びた。が、強烈な防衛本能ゆえか、すぐに起き上がる、草原を駆けるガラルサンダー顔負けの速さでそこから逃げ出し、キバ湖に飛び込んだ。不器用な水飛沫を立てながら、その姿はみるみるうちに小さくなっていった。
「幸いだったようだな」
 オノノクスは口斧をカチンと鳴らす。
「もう少し起きるのが遅かったら、俺たちの晩飯になっちまうところだった」
 な? そう言って、自分のパンパンに張った胸板を叩いて見せて笑う。コライドンは折れてしまった幹を持ち上げたまま、どうすればいいかわからないでいた。とりあえず、傍に置けよ、それ。あ……すんません。別に謝ることもねえだろ、ったく!


 45

 一仕事を終えるころには、ちょうどよく日も暮れていた。持ち場の木陰に戻ったオノノクスは、ゆったりと肩を回しながら、向かい側で突っ立ち、もじもじしているコライドンの姿を見据えると、拳を突き立てて逞しい胸を小突いた。
「ったく、いちいちお硬くなってんじゃねえって、そう言っただろうがよ」
 コライドンはハッとして背筋をピンと伸ばした。額から伸びる触角がふんわりと広がる。
「飯にするぞ。勝手に居候しやがってんだから、お前も手伝えよ」
「は……はいっ」
「もっと歯切れ良く言ったらどうだ」
「はいっ」
 うん、まだまだドンくせえけど、まあいっか。そう思いながら、オノノクスは木陰に隠していた鍋を取り出し、コライドンの眼前に放り投げる。反応に困っている相手に対して、ちょっと揶揄ってやろうかという気も起こる。
「これが何なのかも知らねえのか?」
「えっと……そう、っすね」
「ったく。お前がいた『パルデア』とかいうところじゃ、いったい何を食ってたんだよ?」
 コライドンは答えに窮する。質問の意味や答えるべきことがわからないわけではなかったが、何と口にすればいいのかがわからなかった。
 確かに生粋のガラル野郎ってわけじゃなさそうだ、とオノノクスは見てとる。知らないフリという振る舞いでもない。本当にこのオブジェが何なのか知らないってわけか。
「いちいちここで話すのはめんどくせえ。実際に使いながら教えてやるから、来い」
 やおら立ち上がったオノノクスは、いまいちど胸を張り直して歩き出した。コライドンも黙ってその背中に付いていった。
 孤島の岸辺には、むかしここを訪れたトレーナーが残したキャンプの跡がいくつかあり、オノノクスは常日頃からそこを使っている。薪が小さな山のように積まれているところに水を汲んだ鍋を置くといきなり、
「火、おこせるか」
「えっ」
 コライドンはキョトンとした。オノノクスと、薪の上の鍋を交互に見た。
「なんだよ、見た目が赤いから、かえんほうしゃくらいできるもんかと思ってた」
「……すんません」
「冗談だっての。で、火のおこしかたは知ってるか?」
 生のきのみばかり食ってきたコライドンには、もちろん知るよしもなかった。
「……『パルデア』って、どんだけ原始的なとこなんだよ」
 呆れながらも、腹が空いてきたからいつまでもこんなやり取りはしていられなかった。まあ見とけよ、とその辺から拾ってきた枝で火をおこしはじめる。土台にした板に枝の先端を擦り付けながら、手慣れた動作でくるくると枝を回していくと、煙が立ち始めた。煙は次第に濃くなって、やがてそこから小さな炎が立ち始めた。
「まあ、ざっとこんなもんだな」
 コライドンが火元に顔を近づけて目を丸くしているのをよそに、火のついた板を薪のや山に放り投げた。
「本当はこれをやってもらいたかったのに、つい自分でやっちまった」
「あっ……」
「次やるときは頼むぜ。そんだけ見りゃ十分わかったろ」
 しばらくしてお湯が沸騰してくると、そこに口斧で器用の刻んだ種々のきのみを投げ込む。それから、ニヤニヤしながら透明な袋をどこからか持ち出してきた。
「まあ、手伝いは手伝いだ、これ開けてみろ」
 言われるがままに、その袋の端を引きちぎった。その勢いで中に詰まっていたものがドピュッ、と飛び出してしまいそうになったので、慌てて袋ごと鍋に投げ入れてしまった。
「……まあ、初めてのわりには上出来じゃねえか、とだけ言っておく」
「ところで、これって」
「話すと長くなるが、ワイルドエリアってのは食いもんには色んな意味で困らねえとこなんだ」
 オノノクスは言う。
「そいつだって元は人様が使ってたもんなんだが、この手のもんは、訳あってアチコチで拾ってこれるんだよ」
 コライドンはわかったようなわからないような表情をした。それまで自分が過ごしていた生活を軽々と超えるような話に、頭がよく整理できていなかった。
「……まあ、味はちっとよくないかもしれねえが、俺たち野生のポケモンだからな。贅沢は言ってらんねえ」
 コライドンは鍋の中を興味津々に見つめる。豊かな腹筋の浮き出る腹から、重厚な腹の虫が鳴った。
「俺たちはいま『カレー』ってのを作ってんだ。どうせ食ったことねえだろうから先に言うけど、美味いぞ」
「へえ……!」
 久々に明るい表情を見せるコライドンに、オノノクスは微笑ましいというか、妙な感情が湧くのを感じた。
「ってわけで、ほらよ」
 いきなり妙なものを手渡される。細い銀色の棒の先端に半球状の物体がくっついている。
「とにかく、こいつでよ、ちゃんと中をかき混ぜてみろ」
「あっ……うっす」
 焦茶色に変わり始めた鍋の中身に、それを入れて、グルグルと円を描くように掻き混ぜてみる。オノノクスの手が、コライドンの後頭部をポンと叩く。
「早ぇ。そんなにしたらカレーがなくなっちまうだろ」
 慌てて混ぜるスピードを緩める。
「それは遅ぇよ。ちゃんと掻き混ぜねえと、カレーが焦げて不味くなっちまう」
「あっ、えっと、えっと……!」
「とりあえず、落ち着け」
 鉄球のように膨らんだ肩を小突いてやる。自分よりも大きいガタイをしたやつが、カレーを作るだけでこんなに動揺しているのを見るのは、オノノクスにはとても可笑しかった。
 しばらくして、スパイスの効いたカレーの香しい匂いが立ち上ってくる。コライドンはオノノクスに注意されないことばかり気にかけているようで、せっかくのカレーの香りにも頓着していなかった。
「まあ、これくらいでいいだろうな」
 鍋の様子をザッと確認すると、オノノクスはそっとコライドンの背中に腕を回した。
「……!」
「最後に何をすればいいか、教えてやるよ」
「はいっ……」
 急に空気が変わったのだけは理解しながら、コライドンは身を竦めた。
「いいか、『カレー』にまごころを込めるんだ」
「まごころ?……」
「そうだ、まごころ」
 そうは言われても、コライドンには訳のわからない話だった。
「これがあるかどうかで、『カレー』の味は変わる。それこそ、天と地ほどにな」
「……!」
 オノノクスの口斧がそれとなくコライドンの首元に迫っていた。胸の鼓動が、不本意にも高まってくる。
「まずは、鍋をよく見つめてみろ」
「えっ」
「見つめろ、とにかく」
 コライドンは言われるがままに、鍋を見つめる。クツクツと音を立てる「カレー」は、すっかり粘り気を得てトロトロとしている。突然、何かオーラのようなものが鍋を取り囲むのが見えた気がした。
「見えたみたいだな」
 オノノクスが背中を掴む指の力が強まり、コライドンはつい、息を飲んだ。
「いいか、そしたらタイミングを見計らって込めるんだ……お前のまごころを」
「って言われても、どうやって?」
「そんなこと、いちいち聞くもんじゃねえな、坊主?」
 肩甲骨の溝に指を突っ込まれて、コライドンは変な声を上げそうになった。
「感じたままに込めてみろ、俺にはそれしか言えねえ」
「……!」
「何より、これが出来ねえとガラルに馴染んだとはとても言えねえ。わかったなら、思うがままにやってみな」
「は……はいっ」
 なおも混乱した頭で、コライドンはじっと「カレー」の煮える鍋を見つめた。確かに何かが見える。しかし、それが何なのかはわからなかった。見えたのは、二つの輪だった。一つは鍋の上方にピタリと静止していて、もう一方は大きいのが急速に縮んで消えたかと思うと、再び大きくなって現れる。何がどういうことなのかはさっぱりわからなかったが、オノノクスに急かされているからには、ともかくまごころという奴を込めないわけにはいかなかった。
「うっ……うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
 何となく二つの輪が重なった瞬間に合わせて、全身の筋肉を奮い立たせてあらん限りの力を込めながら、コライドンはカレーのまごころ(?)を注ぎ込んだ。
「くっ……うあっ!……あっ……ぎゃあっ!……」
 俄かに辺りの草木がそよめき立った。嵐が来てもいないのに木々が揺れ、湖面に次々と波紋が広がった。
「!……」
 思いがけぬ光景に、オノノクスは一瞬呆気に取られていたが、すぐに気を取り直した。横で目をひん剥いてカレー鍋を睨みつけるコライドンの勇姿を見て、胸打たれる思いがした。カレーの匂いに混じって、コライドンの、得も言われぬ雄の匂いとしか、さしあたっては言いようのないものを確かに嗅ぎ取っていた。先ほど、彼を狂おしいほどの気持ちにさせた、あの匂いを。


 46

「ほらよ」
 拾い物の器に出来上がったカレーを注ぐと、オノノクスはそれをコライドンに突き出すように渡した。鼻先に差し出された器から漂いそいつの匂いを、コライドンは不思議そうに嗅いでいる。
 カレーに向かってこんな反応するやつ初めて見たな。オノノクスは揶揄うような眼差しを送りつつ、器の縁をふっくらとした胸板へぐいと押し込んでやると、コライドンの胸がクッションのように膨らむ。
「とにかく、いっぺん食ってみろ」
 手本を見せるように、オノノクスは自分の分のカレーを啜った。コライドンは真似をするように、恐る恐る、訝しげに目を細めながら、先ほど自分の手でかき混ぜ、まごころ(?)を注ぎ込んだカレーを口に含んだ。
「……」
「どうだ?」
 コライドンは表情を変えずに、茶色くドロドロとしたカレーというものを味わっていた。口をしっかりと閉じて、ぐちゅぐちゅと唾液のこもった音を立てながら。しばらくして、ゴクリ、とゆっくりと喉仏を上下させながら飲み込んだ。
「……おい、しい」
「じれってえな。当たり前だろうがよ、んなもん」
 オノノクスは安心したように頷いた。頭から首元まで連なった鎧のような鱗が重々しく揺れる。
「疑り深そうにしやがって、俺らがそんなヤバいもん食ってるとでも思ってんのか?」
「いや……そんなことは」
 手持ち無沙汰に胸手を当てる素振りが、雄のわりに頼りなく感じられる。控えめと言うべきか、臆病と言うべきか、いずれにせよタフな生き方をしてきたオノノクスにはもどかしく感じられる。
 コライドンの腹が威勢よく鳴った。腹の中の震えが外側からでも見て取れる。
「グズグズしてねえで、早く食っちまえよ」
 オノノクスに促されるまま、コライドンは一気にカレーを飲み干した。啜っているあいだは何ともなかったのだが、勢いよくカレーを掻き込んでから間を置いて、じわじわと舌が熱くなってくる。熱さはなかなか引かない。今度はむしろ痛くなってくる。
「あがっ……み、水っ!」
 慌てて水辺に駆け込んだコライドンはしばらく湖に顔を突っ込んだ。水中で舌を何度もヒラヒラとさせて、突如生じた熱をなんとか冷まそうとした。顔を上げた。舌はさっきよりはマシになっていたが、オノノクスのもとへ戻るまでにまたぶり返して、コライドンはまたしても湖に顔を突っ込んだ。
 巨体を誇るドラゴンがたった一杯のカレーに翻弄されるのを、悠々とカレーを味わいながら、オノノクスは眺め興じていた。
「まあカレーってのは元々辛いもんだが、今日入れたのはわりかし辛めなやつだったみてえだ。にしても、真っ赤な見てくれしてやがるから辛いのには強いと思ってたが、そういうわけでもねえらしいな」
 やっと戻ってきた居候に向かって、そうおちょくってみせる。ずぶ濡れになったコライドンはブルブルと身を震わせると、周囲に水飛沫が鋭く飛び散った。
 オノノクスは、毛と鱗の入り混じった相手のカラダを頬杖突きながら眺めた。胸から腹を覆う白い毛並みはぐっしょりと濡れて、嵐に見舞われた麦畑のように倒れ、ただでさえほの見えた筋肉の形をいっそう浮き立たせている。筆で描いたかのようにくっきりとした輪郭線をつい丁寧に目で追ってしまう。そんな自分に気がつき、オノノクスは軽い眠りから覚めたようにハッとする。
 あぐらを掻いて座っているオノノクスの目線は、ちょうどコライドンのまたぐらのところにあり、白い毛並みと黒光りした尾の境目のところに、うっすらとではあるが細い線が見えていた。そこから醸し出される雄の臭い。カレーの濃い匂いに薄められてはいるものの、そうであるからこそいっそうと、そいつを嗅いでみたいと思ってしまう。
 コライドンがむず痒そうに腰を揺らした。視線を悟られたか。オノノクスはただ鍋の中身を何ともなしに見ていたという風を装いながら、おかわり分のカレーをよそった。
「本当はライスと一緒に食うのが一番なんだがな……でも、美味かっただろ、な?」
「確かに……」
「もっと食うか?」
「えっと……はいっ」
「ま、最初は辛いかもしんねえが、食ってるうちに慣れてくるさ」
 オノノクスから押し付けられるように、おかわりの分のカレーを受け取り、恐る恐る舌を伸ばした。オノノクスが言った通り、さっき食べたのに比べれば、辛さはだいぶ落ち着いたように感じられた。
「あ……本当だ」
「そうだろ?」
 そう言う間に、すっかりおかわりの分を空にしてしまっていた。こいつが湖に飛び込んでいるあいだに、モモンの搾り汁を入れておいて良かった。自分にはちょっと甘口すぎるカレーを味わいながら、オノノクスは思う。
「まだ全然残ってんぞ。食えよ、もっと、ほら。キテルグマに匂いを嗅がれたら、全部持ってかれちまう。ここはワイルドエリアだからな。手ひどい目に遭っても、基本的には弱肉強食だ。まっ、お前は見るからに上の存在みてえだが……」
 コライドンはへこへこする。
「恐縮してんじゃねえ」
「!……っす」
 慌てて、余ったカレーを食べる。ルーだけとはいっても、きのみやさっき引きちぎった袋に入っていた野菜がたっぷり含まれているので、なかなかの量だった。カレーという食べ物に対する、オノノクス、もといガラルの住人たちの妙なこだわりを否が応にも感じさせられていた。
「にしても、よ」
 オノノクスは不意に話題を変えた。
「カレーくらい、あの野郎のとこでもう教えてもらったんじゃねえかとも思ったんだけどな」
 あの野郎、という言葉に対してコライドンは居心地が悪そうな態度を示した。おそらくはエンジンリバーサイドの大橋の下にいるであろう彼のことが頭によぎり、何とも言えない気分に陥る。 
「お前、まあ、俺が言うのも何だがな」
 オノノクスはお玉にすくっていたカレーを直接啜る。コライドンのやや陰の差した面持ちを見ながら、舌に広がる辛みを味わった。
「あの馬鹿のところに戻ってやるつもりは、ねえのか」 


#hr

なかがき

41〜43話更新しました。
書いてはみたんですが、もうしばらくこんな感じのパートが続きそうです。オノノクス……
また、書き溜めたらマイペースにアップしていきたい(やや適当)
44〜46話更新しました。
確認してみたら、前回の更新が去年の9月!! お待たせしております。
49話あたりまでのネタはふんわり浮かんだので、サクッと書いて上げられればいいなと思います。
鉄は熱いうちに打て。コライドンはエロいうちに書け……って感じで。


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