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どうかお願い愚かな私の首筋にその牙を突き立てて殺してそして の変更点


「痛くない?」

 若様が私にそうたずねて、私は短く「別に」って答えた。別に強がりじゃないし、どちらかと言えば、私の体は強い。私の、白い綿毛と水色の羽毛の上を、若様のしなやかな体がゆっくりと絞めあげていく。本当に、痛くはない。
 だけど私は、横顔を地面の草の上につけながら、その&ruby(さま){様};からそっぽを向いていた。私と若様を、ううん、私を、ここに集まった雌の&ruby(ケモノ){俗};が見つめてる。奇妙で奇怪なものめずらしい、初めて若様に体をゆるした雌を。きっと真顔の私が見つめ返すと、&ruby(ケモノ){俗};たちは目をそらした。
 いらいらしちゃう。だけど私は、心の中からわき上がってくる別の気持ちを押しこめるのに必死だった。


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 ことの始まりは、若様が、ううん、もっと古い。私がこの森に来るようになってから、こういうことになるのは決まってたんだと思う。

「体の力を抜いて……って言ってもできない?」
「別に」

 地面につけたままの私の顔が、若様のそれに少しだけ向く。若様は、さっきと変わらず木もれ日の下で、私の顔とは頭二つ分くらいはなれたところから私を見下ろしてた。見下してはいないと思う。まがりなりにもこの森の主の跡とりで、私の機嫌を悪くしたら待ってるのは恐怖だって分かってると思う。
 嫌だな、なんだかこういうの。自分の立場とか、自分が何であるとか、そういうのをいつだって忘れられない。だからこれは、きっと私にとって私は気ばらしとして体を許したんだと思う。そういうことにしておく。

「少し絞めるよ。怖かったら言って」
「別に、怖くないし」

 若様は別に脅してるわけじゃない。それは分かってるつもりだけど、私はたぶんちょっと不機嫌な顔をして答えたと思う。それに若様は、種族特有のするどさはあるけど、どれかと言えばやさしめの顔で、若様に体をゆるした私を心配してるし。
 若様の瞳はすごい綺麗。ありきたりな言い方だけど、本当に宝石みたい。山にある私の寝床に隠してあるルビーの原石よりもよっぽど。そういうところは母親ゆずりなんだって分かる。

「……っ」

 しゅるるって音がして、若様が私に巻きつかせた体を少し絞めて、私は思わず首をのけぞらせてしまった。なんだろう、この気持ち。もうこれっぽっちの思い出さえも覚えていない母親に抱きしめられたような、違う、これは、&ruby(イキモノ){命};と雌としての本能なんだと思う。
 &ruby(リュウ){天};って言っても私はやっぱり&ruby(イキモノ){命};で、雌で、若様にこうやってぐるぐる巻きにされて、たぶん私は心のどこかで、ああ、違う。私は&ruby(リュウ){天};で、若様を卵からツタージャとして生まれたころから知ってて、&ruby(ケモノ){俗};なんかに、&ruby(リュウ){天};の私が。

「……やっぱりやめる?」
「別に……やめるって言ってないでしょ?」

 心と体がばらばらになりそうなほど、ここから今すぐにでも逃げだしたい私は、目尻を少し下げて困ったような顔をして私を見る若様にそっけなく答えた。
 若様がふたまたの細長い舌をちろちろと口から出し入れする。&ruby(ヘビ){縄};特有のくせ。&ruby(ヘビ){縄};はそうやって匂いを感じとって、その匂いから相手の気持ちを知ろうとする。&ruby(ケモノ){俗};は&ruby(イキモノ){命};としてあまりにも不器用。&ruby(リュウ){天};のように相手の体から出る気から直感で知ることができない。
 私はまた若様から顔をそらした。少しだけ間があって、それから若様はさらにゆっくりと私の体を絞めあげる。痛くないくらいに、だけど、若様がもっと感じられるくらい。じんわりと、まるで焚き火のような、そんな何かが。

 私はみじかくため息をついた。なんで私、若様を、&ruby(ケモノ){俗};を見下してるんだろう。それが嫌で、この森にたむろするようになったのに。私はもう一つため息をついた。自分の気持ちはそれを嘘だと見やぶる。二回目のそれはため息なんかじゃない。こわばってた体の力が、自分で許してないのにとけていく。
 ちょっと待ってって思う私と、期待してる私がいる。若様の顔を見上げることはできない。母親の親友が自分の体に絞めあげられて、きっと雌の顔をしている様を眺めてることを、確かめるのは絶対できない。私は地面に頭をあずけたまま、私と若様の行いを見守ってる雌の&ruby(ケモノ){俗};たちの間から見える森の風景を見て、耐える。どこにいても似たような景色の、退屈な森を。

 だけど、ぎゅっとかたくするんじゃなくて、もう私はとけ始めていて。

「そのまま、力を抜いたまま」
「子供あつかいしないでよ……」
「してないよ、&ruby(つばささま){翼様};」

 私は若様の目を見ない。見れない。
 &ruby(リュウ){天};は相手の気から気持ちを読みとる。若様は、少し嘘をついてた。自分の体の内に収まってる私を、チルタリスを、子供あつかいはしてなかったけど、母親のような存在としてと、一匹の雌としては見ていた。くやしいとうれしいが、私の中で暴れる。若様が&ruby(リュウ){天};じゃないことにもう一度安心する。私は、若様に抱かれていることに。

 私は、私の本当の寝床がある山に住む&ruby(リュウ){天};のように全てを見下して生きることはできない。かと言って、&ruby(ケモノ){俗};のように器用に立ち回ることも苦手。そりゃあ、私が本気になったら&ruby(アヤカシ){霞};になれるけど、それだって誰かをねじ伏せる為の力で、日々の生き方に使えるものじゃない。

 若様には将来を約束してるベイリーフの姫様がいる。だから、これはお戯れ。本当に目合うことまではしない。こうやって若様は雌をその気にさせて、その雌がほかの雄とくっついて子供を増やすことをうながしてる。それが若様の戯れ。
 ううん、若様だけじゃない。それを知ってるのは、この森の中で私だけ。今では若様に森のほぼ全てを任せてるアーボックの御前、つまりは若様の母親で私の親友から続く森の主のお遊び。
 そして、それがこの森のしきたり。&ruby(ケモノ){俗};の&ruby(ケモノ){俗};らしい営み。この森はそうやって子供を増やしてきた。本当は、もしかしたら御前のはかりごとなのかもしれない。私がこの森によくたむろしているから、&ruby(リュウ){天};はこの森の&ruby(ケモノ){俗};に手出しをしない。昔は&ruby(ケモノ){俗};だったとしても、今の私は&ruby(リュウ){天};。&ruby(リュウ){天};と&ruby(リュウ){天};が争えば空が割れて地面がさける。この森の隣のあれ地や水べでは、今日だってそこに住む&ruby(ケモノ){俗};は&ruby(リュウ){天};に食べられないで生きていけるかどうかの営みをしてる。

 私は地面に顔をつけたまま、横目で若様に視線を向けた。若様は耳みたいな部分をぴょこぴょこ動かして、舌を出し入れしながら、ゆっくりと自分の鼻の先を私のほっぺに近づけてきた。
 若様は、真顔でもないし、ほほえんでもいないし、まるでいつくしむような、そんな表情。やっぱりいらいらする。おねしょをして御前に怒られて泣いていたツタージャのころから若様を知ってるのに、そんな私の前で立派な雄気どりみたいな顔つきをしてる。
 もう私には若様が分からない。そういうことにしておく。きっと若様は、これまでの、そして私の次を待ってる雌のように、足と足の間をぬらしたり、こわれたように泣きだしちゃう雌と同じようなことになってほしいって考えてることにする。そうした方が楽ちん。余計な考えをしなくてすむ。そして若様がその気なら私にだっ……。

「……それっ」
「だめ?」
「…………別に」

 私はみじかく息を吸ったりはいたりしながら、木もれ日を反射する若様の瞳から自分のそれをそらして、それからつむって、はき捨てるように答えた。これ、ちょっと、くやしい。
 若様は巻きつけた体で私を絞めたりゆるめたりを短く何度もくり返して、まるで卵のからと中身が逆になったみたい、私はもっととけていく。若様が、私の横顔に、自分のそれをくっつけた。これまで私はいっしょにお昼寝一つしてあげなかったのに。こんな私を、あなたは。
 嘴がかちかちと音を鳴らし始めたから、ぎゅっと力をこめた。だけど、すきまからよだれがもれ出しそうな錯覚がある。もしかしてもれちゃってるかも。今の私は確かめられない。目をあけて気がゆんだら、きっと私は本当にこわれる。

「息をゆっくり吸って、吐いて……そう……怖くはないから」

 子供あつかいしないでよ。私の方が何年はやく生まれてきたのか知ってるくせに。だけど、そんな言葉は返せない。私にできたのは、だんだんゆっくりになった絞めたりゆるめたりする動きに合わせた若様の息づかいに、自分のそれを重ねただけ。あっ。勝手に口が開いて、はっはっと息をする。若様が「ゆっくり……落ち着いて……」って言う。誰の所為でこんなになってるのか知ってるくせに。
 言い返してやりたい。だけどそれ以上に、これを続けていたい。心臓の鼓動とは違う、若様の調べ。怖くて、わけが分からなくて、ふしぎで、気持ちいい。たぶん御前がこんなこと教えないと思う。ああ、だったらこれはやっぱり、雄としての。

 &ruby(ケモノ){俗};であることを捨てて&ruby(リュウ){天};にもなりきれない私は、雄と目合ったことがない。雄を知らなければ、自分の中にある雌も知らなかった。これがそうだと気づいたのは、教えてくれたのは今この時だった。

「翼様?」
「…………うん?」
「……」

 ちょっと待って、それは。若様に言われたとおり、ゆっくり息を吸ったりはいたりしながら、私はがんばって頭を少しだけ持ち上げて見る。
 体の動きをとめた若様が、私の長い首筋を舌で逆なでる。若様の感触が、羽毛のとおって私の体にとどいた。逆なでされてるのに、嫌じゃない。森の&ruby(ケモノ){俗};には毛づくろいなんてさせたことなかったのに、若様にやめてって言えなくなってる。
 若様は目をつむって、細長い舌で私の水色の羽毛をなでる。舌の上の若様のよだれがきらりと光る。ちょっとずつ横にずれていって、何度も。
 私は、何も言えない。きっとしゃべることができたら、私は「噛んで」って言ってると思う。&ruby(リュウ){天};の牙とは違う、舌と同じように細長い若様の牙で。
 ああ、きっと若様だって、ああ、ああ、ああ、きのみだけじゃお腹が満たされないはず。私が森の外で少しは&ruby(ケモノ){俗};を狩って食べてるように、若様だってその体を満たす為に&ruby(ケモノ){俗};を。若様に抱かれて泣きだす雌の気持ちが分かった。若様、私は。

「……やりすぎだったよ」

 そう言って若様は急いでるように見えるくらいするすると、私の体から自分の体をといて、私の足の方にたたずんだ。私は大きく息をはいて、もう一度地面に横顔をつけて、それから横目で見上げた。
 私を見下ろす若様は真顔でもないし、ほほえんでもいないし、やっぱりこれはお遊び。私は息をととのえながら、目をつむった。まだちょっと立てそうにない。

「大丈夫、翼様?」
「……別に」

 くやしいけど、そう返すのが精いっぱいだった。

「あっ……あの……私、お水でもくんできますか……?」

 まぶたをとじた向こうで、雌の誰かがそう言った。悪いけど、私は今、そういう気分じゃない。この余韻をじゃまされたくない。
 まだ気持ちがふわふわしてる。私の体からずれて、若様になでられた首筋とか、折りたたんでそのままにしてる翼とか、自分の体じゃないみたい。

「別に……若、少し放っておいて……」
「翼様?」
「いいから……」

 私はそれだけ言って、若様の言葉をさえぎった。私のいないところで&ruby(ケモノ){俗};の雌が私をどう言っても私には関係ない。悪いけど、若様との付き合いが一番長いのは私。一緒にお昼寝なんてしなかったけど、一度だけ「彼女」のかわりに卵をあたためたことはある。

「翼様、また後で」

 若様がそう言い残すと、草がこすれる音とか足音が聞こえた。
 うん、やっとしずかになった。だけど、私の中はまだ私が暴れてる。
 それを押さえつけるように、私はいつしか眠りに落ちた。














 目が覚めると、その私の目の前にオボンの実がいくつか転がってた。空はもう夕焼けになっていた。森の緑まで赤みがかってる。
 ゆっくり体を起こす。頭から首、今度は体。もうなんともない。たぶん。ばかみたい、息子みたいな存在にお熱になるなんて。

「やっと目が覚めた」

 さっきからしゃりしゃりとした音が聞こえてた。体が起こした私が振り返ると、しっぽの先でオボンの実をつかんだ御前が私を見てにやついてた。ジャローダよりも無骨な体つきのアーボックなのに、見くらべてみるとやっぱり若様はどこか母親似なんだって分かる。もう何度も見た御前の&ruby(ヘビ){縄};としての牙を見て、恥ずかしさが少し戻ってくる。

 って言っても、御前は若様の本当の母親じゃないんだけど。若様の本当の母親は、とある&ruby(リュウ){天};に殺されて、その&ruby(リュウ){天};を私が殺した。&ruby(リュウ){天};に「勝った者が正しい」というしきたりがあるように、この森の主には次のそれを選ぶしきたりがある。さいごの力をふり絞った森の主が選んだのは、「彼女」が一番たよりにしていたアーボックだった。
 そう、だから御前と若様で種族が違う。血が繋がってないことは、この森の&ruby(ケモノ){俗};の全部が、若様だってもう知ってる。だけど若様は、御前を「最高の母親」とよび続けている。「アイツには見せられない」って言われて、涙と鼻水まみれの御前に胸をかしたことがある。

 私は前に向き直って、御前から目をはなして背中を向けたまま、地面に置かれた木の実をついばみ始めた。のどごしがよくて、さっき感じたことをそのまま体の奥にしまうような。でも、若様を見たらすぐに全部思い出すんだろうなあ。
 御前に気の隠しかたを教えといてよかった。いくら私と御前の仲でも、本当の気持ちを知ってしまったら少し気まずい。

「アイツと抱き合ったんだって、翼?」
「別に、お遊びだし」
「結構真に受けてたって聞いたけど?」
「……誰から?」
「教えるわけないじゃん」

 御前が、&ruby(ヘビ){縄};だけがそうする変な笑い方をする。ううん、御前と御前の息子の若様と「彼女」の、森の主の一族だけに伝わるへんてこな笑い方。
 やっぱり森の&ruby(ケモノ){俗};を食べないなんて誓いを立てなければよかった。誓いを立ててなくても食べるまではしないけど。

「アイツ、結構な雄に育ったでしょ?」
「若にあれを教えたのは御前?」
「あれって?」
「ほら、首筋を舌で、つうって」

 そう言いながら、舌を出してさっきの若様のまねをしながら私が振り返ると、御前はもっとにやついた笑顔を浮かべていた。しまった。

「もう、アタシより翼の方がアイツを知ってるってわけね」

 耳ざわりで一際大きな笑い声をあげる御前に、私は何も言い返せなくなった。




















「姫ちゃんがヤキモチするようだったら、アンタがアイツを責任もって止めて。今日の話を聞く限りじゃ、翼でもちょっと不安だけど」

 追いうちはやめてよ、クソアーボックっ!!


 了


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素晴らしいオマージュ元は、「[[冴えない私が、この森きってのイケメン、ニンフィアくんに抱かれるって!!マジ?!?!]]」です。
掲載の許可を頂き、改めてありがとうございました。

Para-detailed by [[四葉静流]]


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